特許第6369862号(P6369862)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6369862
(24)【登録日】2018年7月20日
(45)【発行日】2018年8月8日
(54)【発明の名称】眼内血管新生抑制剤及びその用途
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/16 20060101AFI20180730BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20180730BHJP
【FI】
   A61K38/16
   A61P27/02
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-160077(P2014-160077)
(22)【出願日】2014年8月6日
(65)【公開番号】特開2016-37450(P2016-37450A)
(43)【公開日】2016年3月22日
【審査請求日】2017年6月2日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1 第87回 日本薬理学会年会 抄録集(Journal of Pharmacological Sciences Vol.124,Suppl.1,February 15,2014)、日本薬理学会、日本薬理学会、平成26年2月15日発行 2 第87回 日本薬理学会年会、平成26年3月21日開催 3 ウェブサイト https://arvo2014.abstractcentral.com/、平成26年3月20日掲載 4 ARVO 2014、平成26年5月4日開催
(73)【特許権者】
【識別番号】313004104
【氏名又は名称】原 英彰
(74)【代理人】
【識別番号】100114362
【弁理士】
【氏名又は名称】萩野 幹治
(72)【発明者】
【氏名】原 英彰
(72)【発明者】
【氏名】井上 雄有輝
【審査官】 伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/140335(WO,A1)
【文献】 特表2011−518554(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジフテリア毒素の変異体であり、HB-EGFとEGFレセプターとの結合を阻害する活性を示すポリペプチドであるCRM-197を含む、眼内血管新生抑制剤。
【請求項2】
請求項1に記載の眼内血管新生抑制剤を有効成分とする、眼内血管新生を伴う眼科疾患の予防又は治療薬。
【請求項3】
前記眼科疾患が、加齢性黄斑変性症、糖尿病性網膜症、新生血管緑内障、増殖性糖尿病網膜症、未熟児網膜症、滲出型加齢黄斑変性症、血管新生緑内障、網膜静脈閉塞症、網膜動脈閉塞症、翼状片、ルベオーシス又は角膜新生血管症である、請求項に記載の予防又は治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は眼内血管新生抑制剤に関する。詳しくは、ヘパリン結合性上皮成長因子様成長因子(heparin-binding EGF-like growth factor; HB-EGF)を標的とした眼内血管新生抑制剤及びそれを用いた眼科疾患の予防・治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、日本における視覚障害による失明原因の第一位は緑内障であるが、異常な血管新生が一因となり発症する糖尿病網膜症と加齢黄斑変性症を合わせるとその割合は最大 (28.1%) になる。このように我が国のみならず先進国において著しい視覚障害をきたす主な原因は眼内血管新生性疾患とされ、代表的なものに、糖尿病網膜症、未熟児網膜症、加齢黄斑変性症、網膜静脈閉塞症および血管新生緑内障などがある。これら眼内血管新生は、網膜、脈絡膜、虹彩などに存在する既存の血管から異常な新生血管を生じる。
【0003】
眼内血管新生の機序には血管内皮増殖因子(Vascular Endothelial Growth Factor; VEGF)が密接に関係していると言われている。VEGFは血管形成の過程で血管内皮細胞特異的に作用する重要な因子である。細胞レベルでは内皮細胞の増殖促進とアポトーシス抑制作用を示し、個体レベルでは血管新生、血管透過性亢進、血管内皮細胞遊走、管腔形成、内皮細胞からの凝固・線溶系タンパク質の産生、細胞接着分子の内皮細胞上への発現などを誘導する。現在、国内で用いられている治療薬はPegaptanib(Macugen(登録商標))、Ranibizumab(Lucentis(登録商標))とAflibercept (VEGF Trap-eye(登録商標))の3種類がある。Pegaptanibは眼科領域での使用が世界で初めて承認された抗VEGF薬(核酸製剤)であり、安全性は高いが、VEGF165しかブロックできないために抗血管新生作用には限界がある。一方、RanibizumabはVEGF-Aのすべてのアイソフォームを阻害するヒト化抗VEGFモノクロナール抗体のFab断片であり、強い抗VEGF作用を有する。さらにAfliberceptは可溶性のおとり受容体としてVEGFおよび胎盤成長因子に天然の受容体よりも高親和性に結合することにより、本来のVEGF受容体への結合および活性化を阻害する。臨床において一定の効果が認められているが、これだけでは完治しないこと、また、抗体療法は硝子体内投与によるため身体的負担が大きい事が問題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−155776号公報
【特許文献2】国際公開第2006/137398号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、眼内血管新生に対する新たな予防又は治療手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題に鑑み研究を進める中、本発明者らはヘパリン結合性上皮成長因子様成長因子(HB-EGF)に着目した。HB-EGFはEGFファミリーの1つであり、細胞の癌化、血管新生に関与することが報告されている。また眼内においてもその発現は知られている。しかしながら、眼内血管新生に対するHB-EGFの作用は未だに明らかにされていない。そこで、HB-EGFの眼内血管新生に対する役割を明らかにすべく各種実験を行った。その結果、HB-EGFが眼内血管新生に深く関与し、治療ターゲットとして有望であることが判明した。更に検討を進めた結果、HB-EGFの阻害剤であるCRM-197によってHB-EGFの作用(細胞増殖及び遊走の促進)を効果的に抑制できることが示された。CRM-197は、ジフテリア毒素の変異体であり、HB-EGFとEGFレセプターとの結合を阻害する活性を示す(例えば特許文献1、2を参照)。近年の研究で、癌血管新生においてHB-EGFの関与が報告されており、CRM-197は卵巣がんを対象とした臨床試験第II相にある。
以下に示す発明は、上記の成果及び考察に基づく。
[1]ジフテリア毒素の変異体であり、HB-EGFとEGFレセプターとの結合を阻害する活性を示すポリペプチドを含む、眼内血管新生抑制剤。
[2]前記ポリペプチドがCRM-197である、[1]に記載の眼内血管新生抑制剤。
[3][1]又は[2]に記載の眼内血管新生抑制剤を有効成分とする、眼内血管新生を伴う眼科疾患の予防又は治療薬。
[4]前記眼科疾患が、加齢性黄斑変性症、糖尿病性網膜症、新生血管緑内障、増殖性糖尿病網膜症、未熟児網膜症、滲出型加齢黄斑変性症、血管新生緑内障、網膜静脈閉塞症、網膜動脈閉塞症、翼状片、ルベオーシス又は角膜新生血管症である、[3]に記載の予防又は治療薬。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】遊走試験の方法。
図2】レーザー誘発脈絡膜血管新生(CNV)に対するHB-EFGの関与。(A)脈絡膜フラットマウントのレーザー誘発CNV。スケールバーは100μm。(B)CNV領域の大きさの定量。データは平均±標準誤差で示した。*:P<0.05 対 野生型(WT)(Student's t-testによる)。
図3】高酸素負荷モデルにおけるHB-EGFの関与。典型画像と解析画像を野生型マウス(WT)とHB-EGF欠損マウス(NO)の間で比較した(上段)。スケールバーは500μm(左側)又は250μm(右側)。また、異常血管(最大血管厚より太い塊数)の数と異常血管面積(塊面積)を比較した(下段)。データは平均±標準誤差で示した(n=6)。*:P<0.05、**:P<0.01 対 野生型(WT)(Student's t-testによる)。
図4】レーザー誘発脈絡膜血管新生モデルにおけるHB-EGFの発現量の変化。HB-EGF(A)及びVEGF(C)に対する免疫反応が認められた。レーザー照射3日後にHB-EGF発現量は有意に上昇した(B)。レーザー照射5日後及び7日後にVEGF発現量は有意に上昇した(D)。データは平均±標準誤差で示した(n=4〜6)。*:P<0.05、**:P<0.01 対 正常群(Dunnett's testによる)。血管新生領域の染色像(HB-EGF発現とVEGF発現)を合成した(E)。スケールバーは100μm。
図5】ヒト網膜毛細血管内皮細胞(HRMEC)を用いたHB-EGF誘発増殖試験の結果。データは平均±標準誤差で示した(n=6)。*:P<0.05、**:P<0.01 対 コントール。#:P<0.05、##:P<0.01 対 VEGF処理群(Dunnett's testによる)。
図6】ヒト網膜毛細血管内皮細胞(HRMEC)を用いたHB-EGF誘発遊走試験の結果。データは平均±標準誤差で示した(n=4)。**:P<0.01 対 コントール。##:P<0.01 対 VEGF処理群(Dunnett's testによる)。
図7】HB-EGF誘発増殖に対するCRM-197の効果。データは平均±標準誤差で示した(n=5又は6)。**:P<0.01 対 コントール。##:P<0.01 対 VEGF処理群。$$:P<0.01 対 HB-EGF処理群、‡‡:P<0.01 対 HB-EGF及びVEGF処理群(Tukey's testによる)。
図8】HB-EGF誘発遊走に対するCRM-197の効果。データは平均±標準誤差で示した(n=4)。**:P<0.01 対 コントール。#::P<0.05、##:P<0.01 対 VEGF処理群。$$:P<0.01 対 HB-EGF処理群、‡‡:P<0.01 対 HB-EGF及びVEGF処理群(Tukey's testによる)。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明は眼内血管新生抑制剤に関する。本発明の眼内血管新生抑制剤を構成するポリペプチド(即ち有効成分)は、ジフテリア毒素の変異体であり、HB-EGFとEGFレセプターとの結合を阻害する活性を有する。該当するポリペプチドとしてCRM-197及びDT52E148Kを例示することができる。好ましくは、CRM-197である。尚、本発明の有効成分の詳細については、上掲の特許文献1、2を参照することができる。
【0009】
本発明の眼内血管新生抑制剤は、典型的には、眼内血管新生を伴う眼科疾患の予防又は治療に用いられる。従って、本発明は、上記眼内血管新生抑制剤を有効成分とする、眼内血管新生を伴う眼科疾患の予防又は治療薬(以下、まとめて「本発明の医薬」と呼ぶ)を提供する。
【0010】
本発明の医薬は、常法に従い、硝子体内投与用注射剤、点眼剤又は眼軟膏などとして調製することができる。硝子体内投与用注射剤は、例えば、上記有効成分を適当な溶媒(例えば注射用蒸留水、生理食塩水)に溶解させることによって製造することができる。適宜、マンニトール、塩化ナトリウム、グルコース、ソルビット、グリセロール、キシリトール、フルクトース、マルトース、マンノース等の等張化剤、アルブミン等の安定化剤、ベンジルアルコール、パラヒドロキシ安息香酸メチル等の保存剤等を製剤中に添加することができる。また、クエン酸等の酸、ジイソプロパノールアミン等の塩基をpH調整剤として製剤中に添加することもできる。硝子体内投与用注射剤を、用時溶解用の凍結乾燥製剤としてもよい。
【0011】
点眼剤は、例えば、上記有効成分を適当な溶媒(例えば注射用蒸留水、生理食塩水)に溶解させることによって製造することができる。適宜、マンニトール、塩化ナトリウム、グルコース、ソルビット、グリセロール、キシリトール、フルクトース、マルトース、マンノース、グリセリン等の等張化剤、エデト酸ナトリウム、アルブミン等の安定化剤、ベンジルアルコール、パラヒドロキシ安息香酸メチル等の保存剤、ポリオキシエチレンモノオレート、ステアリン酸ポリオキシル40等の界面活性化剤等を製剤中に添加することができる。また、クエン酸等の酸、ジイソプロパノールアミン等の塩基をpH調整剤として製剤中に添加することもできる。
【0012】
本発明の医薬を、血管新生を伴う眼科疾患に使用される他の予防又は治療薬との合剤にしてもよい。
【0013】
本発明の医薬による予防又治療対象となる、血管新生を伴う眼科疾患としては、加齢性黄斑変性症、糖尿病性網膜症、新生血管緑内障、増殖性糖尿病網膜症、未熟児網膜症、滲出型加齢黄斑変性症、血管新生緑内障、網膜静脈閉塞症、網膜動脈閉塞症、翼状片、ルベオーシス、角膜新生血管症が挙げられる。中でも、糖尿病性網膜症、増殖性糖尿病網膜症、滲出型加齢黄斑変性症に特に有効である。
【0014】
本発明の医薬の有効成分(HB-EGFとEGFレセプターとの結合を阻害するポリペプチド)はHB-EGFと特異的に結合するものであり、眼内血管新生において抗VEGF抗体のみでは効果を示さない患者に対しても効果を示す可能性がある点で優れている。また、CRM-197は既に臨床試験段階にある医薬品であり、安全性の点でも優れている。
【0015】
本発明の医薬の投与量(使用量)は、患者の病態、年齢、体重、剤形等を考慮して適宜設定すればよい。硝子体内投与用注射剤として構成した場合には、例えば、有効成分を0.001〜5重量%含有する当該製剤を1月に1回、適量を投与すればよい。点眼剤として構成した場合には、例えば、有効成分を0.001〜1重量%含有する当該製剤を1日1〜数回、1滴〜数滴点眼すればよい。
【0016】
本発明の医薬の治療対象は特に限定されず、ヒト及びヒト以外の哺乳動物(ペット動物、家畜、実験動物など。具体的には例えばモルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ニワトリ、ウズラ等である)を含む。好ましくは、本発明の医薬はヒトに対して適用される。
【0017】
以上の記述から自明な通り本出願は、加齢性黄斑変性症、糖尿病性網膜症、新生血管緑内障、増殖性糖尿病網膜症、未熟児網膜症、滲出型加齢黄斑変性症、血管新生緑内障、網膜静脈閉塞症、網膜動脈閉塞症、翼状片、ルベオーシス、角膜新生血管症等の患者に対して本発明の医薬を治療上有効量投与することを特徴とする予防又は治療法も提供する。
【実施例】
【0018】
1.方法
1-1. マウスレーザー誘発脈絡膜血管新生
1-1-1. マウスレーザー誘発脈絡膜血管新生モデル
ミドリン(登録商標)P点眼液をマウスの右眼に点眼し散瞳させた。ケタミン及びキシラジンの7 : 1混合麻酔液を生理食塩水で10倍希釈したもの(10 mL/kg)を大腿筋肉内へ投与した。その後、眼球が乾燥しないようにヒアレイン(登録商標)点眼液0.1%を点眼した。カバーガラスを右眼に宛てがいながら眼底を覗き、レーザー光凝固装置(MC500; NIDEK CO., LTD, Aichi, Japan)を用いて、視神経乳頭の周囲円周上に等間隔に6箇所レーザー照射 (波長: 647 nm、スポットサイズ: 50 μm、照射時間: 100 msec、レーザー出力: 120 mW) を行った。
【0019】
1-1-2. 標本作製
レーザー照射14日後、ケタミン及びキシラジンの7 : 1混合麻酔液を生理食塩水で10倍希釈したもの(10 mL/kg)で麻酔し、マウス尾静脈内にfluorescein isothiocyanate dextran (FITC-dextran; 20 mg/mL ,Sigma-Aldrich)を0.5 mL投与した。頸椎脱臼にてマウスを安楽死させ、眼球を摘出した。摘出した眼球は、4 %パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液中で12時間固定した。その後、顕微鏡下で角膜および水晶体を切除し、ピンセットで残存する硝子体動脈を除去した。さらに網膜を除去し、脈絡膜に8箇所切れ込みを入れ、平面状態にしてFluoromountで包埋し、脈絡膜フラットマウント標本を作製した。
【0020】
1-1-3. 撮影および画像解析ソフトを用いた定量解析
脈絡膜フラットマウントは、共焦点レーザー走査型顕微鏡 (FLUOVIEW FV10i; Olympus, Tokyo, Japan) を用いて撮影した。撮影した画像を元に、解析ソフトOLYMPUS FLUOVIEW FV1000を用いてCNVの周囲を囲み、その面積をCNV面積(μm2)とした。
【0021】
1-2. 組織学的検討
1-2-1. マウス高酸素負荷網膜血管新生モデルの作製
新生仔マウスを用いた高酸素負荷網膜血管新生モデルは、Smithらの方法に準じて作製した(Smith, L. E., Wesolowski, E., McLellan, A., Kostyk, S. K., D'Amato, R., Sullivan, R., and D'Amore, P. A. (1994) Oxygen-induced retinopathy in the mouse. Invest Ophthalmol Vis Sci 35, 101-111)。新生仔マウスは、生後7日目 (postnatal day 7 : P7) からP12まで親マウスと共に酸素制御装置 (PRO-OX 110 ; Reming Bioinstrumensts Co, Redfield, NY, USA) によって高酸素 (75% O2) 状態に制御されたケージ内で飼育した。ケージ内の酸素濃度は酸素制御装置で1日2回計測した。P12に新生仔マウスを大気圧条件下 (21% O2) に戻した。
【0022】
1-2-2. マウス高酸素負荷網膜血管新生モデルの標本作製
評価時期 (P17) のマウスに、ペントバルビタール (20 mg/kg) を腹腔内投与して深麻酔させ、左心室から蛍光色素である分子量2×106のFITC-dextran 20 mg/animalを全身灌流した。灌流後、眼球を摘出し、4%パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液中で6 ~ 24時間固定した。固定した眼球は、顕微鏡下で角膜および水晶体を切除し、ピンセットで残存する硝子体動脈を除去した。さらに網膜を剥離後、平面状態にしてFluoromount (Diagnostic BioSystems, Pleasanton, CA, USA) で包埋し、網膜フラットマウント標本を作製した。
【0023】
1-2-3. 網膜血管像の撮影および画像解析ソフトを用いた定量解析
網膜フラットマウント標本は蛍光顕微鏡 (BX50, Olympus) の下、Metamorph (Universal Imaging Corp., Downingtown, PA, USA) を介した高感度冷却CCDカメラ (DP30BW, Olympus) でXY電動ステージ (Sigma Koki Co., Ltd., Tokyo, Japan) を用いて撮影した。網膜全体像は12枚の画像から作製した。各画像は網膜血管の表層から下層までを14.2μm間隔で連続撮影した。網膜血管の定量化は、Metamorph内のAngiogenesis Tube Formation moduleを用いて行った。本ソフトの設定項目は、最小血管厚、最大血管厚および輝度差からなる。最小血管厚は1μmとした。最大血管厚は最も拡張した動脈もしくは静脈について3回測定し、その平均を用いた。輝度差は標本内の微細血管の輝度値からバックグラウンド値を引いた値を用いた。バックグラウンド値は3点の平均値を、微細血管の輝度値は5点選択した中の最大および最小の輝度値を除いた3点の平均値を用いた。Angiogenesis Tube Formation moduleによって得られる異常血管数および異常血管面積をパラメーターとして、生後17日目における網膜異常血管についてHB-EGF欠損マウスと野生型マウスとで比較した。異常血管は最大血管厚より太い塊数、異常血管面積は塊面積を示す。
【0024】
1-3. ウェスタンブロット解析
1-3-1. タンパク質抽出
マウス眼球を摘出し、網膜色素上皮 (retinal pigment epithelium; RPE)-脈絡膜複合体を単離した。単離した組織はマイクロチューブの中に入れ、液体窒素中で急速凍結した。サンプルはタンパク質抽出まで-80℃に保存した。タンパク質抽出液は、RIPA bufferに対し、protease inhibiter cocktail、phosphatase inhibiter cocktail IIおよびIIIをそれぞれ100:1で混合して用いた。100μLのタンパク質抽出液を入れ、ホモジナイザー (Psycotron, Microtec Co., Chiba, Japan) を用いてマイクロチューブを氷中で1分間ホモジナイズした。その後、20分間氷中で反応させ、10,000×g、4℃、20分間遠心した。遠心した上清を回収し、タンパク質抽出液とした。
【0025】
1-3-2. タンパク質定量およびタンパク質濃度調整
タンパク質定量はBCA Protein Assay kitを用いて行った。スタンダードとして、albumin standardを0〜2,000μg/mLの濃度範囲で用いた、希釈液には各cocktailが混合されていないRIPA bufferを用いた。それぞれのサンプルは希釈液で10倍希釈した。Working reagentを添加後、37℃の水浴中で30分間反応させ、その後532 nmの吸光度を測定した。タンパク質濃度は、RIPA bufferを用いて20μg/mLに調整し、1/4量のsample buffer(20% 2-mercaptoethanol含有)を加えて5μg/mLとした。調製後のサンプルは、電気泳動まで-80℃に保存した。
【0026】
1-3-3. 電気泳動および転写
サンプルを-80℃から取り出し、室温に戻した。その後、100℃の熱湯で5分間煮沸し、室温にて5分間、10,000 rpmで遠心した。SDS polyacrylamide gel (SuperSep 10%) を泳動装置にセットし、容器にrunning bufferを入れ、ゲルを取り付けた泳動装置を浸した。泳動装置の中にもrunning bufferを入れた。1 well当りの添加量は分子量マーカーを5μL、各サンプルを10μLとした。サンプルを添加後、ゲル1枚当たり20 mAで90分間泳動した。泳動後、ゲルをcathode buffer (25 mM tris、40 mM 6-amino-n-caproic acid、20 %メタノール) に15分間浸した。転写膜 (Immobiron P) (Millipore, Billerica, MA, USA) は、メタノールに30秒間浸し、超純水に15分間浸した。その後、anode buffer 2 (25 mM tris、20%メタノール) に15分間以上浸した。陽極側から、anode buffer 1 (0.3 M tris、20%メタノール) に浸したろ紙、anode buffer 2に浸したろ紙、転写膜、ゲル、cathode bufferに浸したろ紙の順に組み、0.8 mA/cm2の条件で45分間転写した。
【0027】
1-3-4. 免疫染色
転写後、転写膜をBlock One-Pで30分間ブロッキングした。その後0.05% tween 含有Tris-buffer saline (T-TBS) で洗浄し、Can get signal solution 1で一次抗体を希釈し、4 ℃で一晩反応させた。T-TBSで洗浄後、Can get signal solution 2で二次抗体を希釈して室温で1時間反応させた。T-TBSで洗浄し、SuperSignal West Femto Maximum Sensitivity Substrateに5分間浸した。その後、Luminescent image analyzer LAS-4000 UV mini (Fujifilm, Tokyo, Japan) を用いて検出した。一次抗体には、抗HB-EGF 抗体、抗VEGF抗体、抗アクチン抗体を1,000倍希釈し、二次抗体には、Horseradish peroxidase (HRP) 結合ヤギ抗ウサギおよびマウス抗体 (Thermo Scientific) を2,000倍希釈して用いた。
【0028】
1-3-5. タンパク質発現の解析
タンパク質の発現は、Multi Gauge Ver 3.0 (Fujifilm) を用いて解析した。Multi Gaugeを用いてバンドの強度を数値化し、個々の値を算出した。
【0029】
1-4. 免疫組織染色
レーザー照射直後、1、3、5、7日目のサンプルを用いて、1-1-2と同様に脈絡膜に8箇所切れ込みを入れた後、室温下で10% normal goat serumおよび0.3% Triton X-100を用いて1時間ブロッキングした。ブロッキング後、一次抗体を用いて4℃で一晩反応させた。その後、二次抗体を用いて遮光下で1時間反応させ、平面状態にしてFluoromountTMで包埋した。一次抗体には、抗HB-EGF抗体 (1:100) および抗VEGF抗体 (1:100) を用いた。二次抗体には、Alexa-633 conjugated goat anti-rabbit IgG (1:1,000) Alexa-546 conjugated goat anti-rat IgG (1:1,000) を用いた。
【0030】
1-5. ヒト網膜毛細血管内皮細胞による検討
1-5-1. 細胞培養
ヒト網膜毛細血管内皮細胞 (human retinal microvascular endothelial cell: HRMEC, DS Pharma Biomedical, Osaka, Japan) は10% FBS含有CS-C培地 [10% FBSおよびCell Boostを含んだ培地] で37℃、5% CO2の条件下で培養した。3日後に培地交換を行い、その3日後に継代を行った。3〜9次継代した培養細胞を実験に使用した。培養器材は器材表面を細胞接着因子で浸し、よく馴染ませてから使用した。
【0031】
1-5-2. 増殖試験
HRMECを96ウェルプレートへ2,000細胞/ウェルの密度で播種し、24時間、37℃、5% CO2のもとで培養した後、10% FBS CS-C培地 (Cell Boostを含まない培地) へ培地置換を行い、24時間、37℃、5% CO2で培養した。HB-EGFおよびVEGFまたは HB-EGFおよびVEGFを同時にそれぞれ終濃度が1〜10 ng/mLおよび10 ng/mLとなるように調整し、HRMECに添加し、CRM-197はHB-EGFおよびVEGF添加1時間前に終濃度10μg/mLとなるように添加した。さらに48時間10% FBS CS-C培地で培養した後、CCK-8を各ウェルへ添加し、3時間、37℃、5% CO2にてインキュベートした。CCK-8は、テトラゾリウム塩 [2-(2-methoxy-4-nitrophenyl)-3-(4-nitrophenyl)-2H tetrazolium monosodium salt: WST-8] を含有している。WST-8 (無色) は電子メディエーターである1-methoxy-5-methylphenazium methyl sulfate (1-methoxy PMS) の存在下で生細胞内の脱水素酵素により還元され、水溶性のホルマザン (橙色) を生成する。このホルマザン吸光度492 nm (対照波長660 nm) を直接測定することにより、生細胞を計測した。
【0032】
1-5-3. 遊走試験
12ウェルプレートへ0.03%コラーゲンをコートし、HRMECを40,000細胞/ウェルの密度で播種した。24時間、37 ℃、5% CO2にて培養した。その後、1% FBS CS-C培地 (Cell boostを含まない培地) へ置換し、6時間インキュベートした。その後、1000μl用チップ (TR-222-C, Axcygen Scientific, Central Avenue, CA, USA) を用いてウェルの中央線上に存在する細胞を剥離し、PBSにて洗浄し、培地交換を行った。その直後に高感度冷却charge coupled device (CCD) カメラ (DP30BW, OLYMPUS, Tokyo, Japan) を用いて各ウェル4ヶ所 (3.6 mm2/1ヶ所) 撮影した (遊走前)。HB-EGFおよびVEGFまたはHB-EGFおよびVEGFを同時にそれぞれ終濃度が0.1〜10 ng/mLおよび10 ng/mLとなるように添加した。CRM-197はHB-EGFおよびVEGF添加1時間前に終濃度が10μg/mLとなるように添加した。24時間、37℃、5% CO2にてインキュベートした後、各ウェルを同様に撮影した。遊走前と比較して剥離した場所に移動した細胞数を計測し、各ウェル4ヶ所の平均を算出した (図1)。
【0033】
1-6. 統計学的解析
統計学的解析はStudent's t-test、Dunnett's testまたはTukey's testを用いた。実験結果は平均値±標準誤差で表し、危険率5%以下を有意とした。
【0034】
2.結果
2-1. HB-EGF欠損マウスにおけるレーザー誘発脈絡膜血管新生モデルにおける影響の検討
HB-EGF欠損マウスにおいて、野生型マウスと比較して、CNV発現面積を24%抑制した(図2)。
【0035】
2-2.HB-EGF欠損マウスにおける高酸素負荷モデルにおける影響の検討
HB-EGF欠損マウスにおいて、野生型マウスと比較して、異常血管数を23%、異常血管面積を28%抑制した(図3)。
【0036】
2-3. マウスレーザー誘発脈絡膜血管新生モデルにおけるHB-EGFおよびVEGFの発現量の変化
レーザー誘発脈絡膜血管新生モデルにおけるHB-EGFおよびVEGFの経時的変化について検討を行った。HB-EGFはレーザー照射3日後において有意に発現が上昇した。一方、VEGFはレーザー照射5および7日後において有意に発現が上昇した(図4)。さらにレーザー照射後よりHB-EGFおよびVEGFが新生血管部位に共局在していた(図4)。
【0037】
2-4. HRMEC増殖に対するHB-EGFの作用
網膜血管内皮細胞に対するHB-EGFの影響を調べるために、ヒトリコンビナントHB-EGFをHRMECに添加し、細胞増殖能を評価した。HB-EGF (1〜10 ng/mL)は、HRMECの増殖に対して濃度依存的な促進作用を示し、各々1、5、10 ng/mLの濃度で有意であった(図5)。さらにVEGFと同時にHB-EGFを添加することでHRMECの増殖に対して濃度依存的にその作用をさらに増強させ、各々1、10 ng/mLの濃度で有意であった(図5)。
【0038】
2-5. HRMEC遊走に対するHB-EGFの作用
HRMECの遊走能はwound-healingアッセイを用いて評価した(Nakamura S, Hayashi K, Takizawa H, Murase T, Tsuruma K, Shimazawa M, Kakuta H, Nagasawa H, Hara H. (2011) An arylidene-thiazolidinedione derivative, GPU-4, without PPARγ activation, reduces retinal neovascularization. Curr Neurovasc Res. 8 (1), 25-34.)。ヒトリコンビナントHB-EGFは、濃度依存的かつ有意にHRMECの遊走を促進した(図6)。HB-EGF (0.1、1、5、10 ng/mL)の添加により、対照群と比較して各々約1.3〜1.8倍の遊走促進作用が認められた。さらにHB-EGFとVEGFを同時添加した群ではVEGF単独群と比較して有意な細胞遊走促進作用が認められた(図6)。
【0039】
2-6. HRMEC増殖に対するCRM-197の作用
網膜血管内皮細胞に対するHB-EGFの影響を調べるために、HB-EGFの阻害剤であるCRM-197をHRMECに添加し、HB-EGF誘発細胞増殖におけるCRM-197の作用を評価した。CRM-197 (10μg/mL) は、HB-EGF誘発およびVEGF誘発HRMECの増殖に対して抑制作用を示した(図7)。
【0040】
2-7. HRMEC遊走に対するCRM-197の作用
網膜血管内皮細胞に対するHB-EGFの影響を調べるために、HB-EGFの阻害剤であるCRM-197をHRMECに添加し、HB-EGF誘発細胞遊走におけるCRM-197の作用を評価した。CRM-197 (10μg/mL) は、有意にHB-EGF誘発およびVEGF誘発HRMECの遊走を抑制した。さらに、HB-EGFおよびVEGFを同時処置した群においてもCRM-197 (10μg/mL)は、有意に細胞遊走を抑制した(図8)。
【0041】
3.まとめ
眼内血管新生にHB-EGFが関与し、有効な治療ターゲットになることが明らかとなった。また、CRM-197がHB-EGFの作用を効果的に抑制することが判明した。CRM-197は、眼内血管新生を伴う眼科疾患に対する予防又は治療剤として有効といえる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の眼内血管新生抑制剤は、眼内血管新生を伴う眼科疾患に対する新たな治療戦略をもたらす。新生血管は正常血管と比べて脆弱で破綻しやすいため、血液成分の血管外への漏出や出血を起こすことにより網膜を障害し、視力の低下を引き起こす。人は情報の約80%を目から得ているため、視力の低下は患者の日常生活において負担となり、生活の質(QOL)の低下を招く。本発明は、このような現状の中で新規治療手段を提案するものであり、その意義は大きい。本発明は、抗VEGF療法のみでは治療できない患者に対する新規治療アプローチとしても有効である。抗VEGF療法における硝子体内投与は患者への負担が大きい。従って、抗VEGF療法で効果を示す患者に対して本発明を適用すれば、硝子体内投与の回数を減らし、患者のQOL向上を図ることができる。このように、抗VEGF療法で効果を示す患者に対しても本発明は有用である。
【0043】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8