【実施例】
【0018】
1.方法
1-1. マウスレーザー誘発脈絡膜血管新生
1-1-1. マウスレーザー誘発脈絡膜血管新生モデル
ミドリン(登録商標)P点眼液をマウスの右眼に点眼し散瞳させた。ケタミン及びキシラジンの7 : 1混合麻酔液を生理食塩水で10倍希釈したもの(10 mL/kg)を大腿筋肉内へ投与した。その後、眼球が乾燥しないようにヒアレイン(登録商標)点眼液0.1%を点眼した。カバーガラスを右眼に宛てがいながら眼底を覗き、レーザー光凝固装置(MC500; NIDEK CO., LTD, Aichi, Japan)を用いて、視神経乳頭の周囲円周上に等間隔に6箇所レーザー照射 (波長: 647 nm、スポットサイズ: 50 μm、照射時間: 100 msec、レーザー出力: 120 mW) を行った。
【0019】
1-1-2. 標本作製
レーザー照射14日後、ケタミン及びキシラジンの7 : 1混合麻酔液を生理食塩水で10倍希釈したもの(10 mL/kg)で麻酔し、マウス尾静脈内にfluorescein isothiocyanate dextran (FITC-dextran; 20 mg/mL ,Sigma-Aldrich)を0.5 mL投与した。頸椎脱臼にてマウスを安楽死させ、眼球を摘出した。摘出した眼球は、4 %パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液中で12時間固定した。その後、顕微鏡下で角膜および水晶体を切除し、ピンセットで残存する硝子体動脈を除去した。さらに網膜を除去し、脈絡膜に8箇所切れ込みを入れ、平面状態にしてFluoromountで包埋し、脈絡膜フラットマウント標本を作製した。
【0020】
1-1-3. 撮影および画像解析ソフトを用いた定量解析
脈絡膜フラットマウントは、共焦点レーザー走査型顕微鏡 (FLUOVIEW FV10i; Olympus, Tokyo, Japan) を用いて撮影した。撮影した画像を元に、解析ソフトOLYMPUS FLUOVIEW FV1000を用いてCNVの周囲を囲み、その面積をCNV面積(μm
2)とした。
【0021】
1-2. 組織学的検討
1-2-1. マウス高酸素負荷網膜血管新生モデルの作製
新生仔マウスを用いた高酸素負荷網膜血管新生モデルは、Smithらの方法に準じて作製した(Smith, L. E., Wesolowski, E., McLellan, A., Kostyk, S. K., D'Amato, R., Sullivan, R., and D'Amore, P. A. (1994) Oxygen-induced retinopathy in the mouse. Invest Ophthalmol Vis Sci 35, 101-111)。新生仔マウスは、生後7日目 (postnatal day 7 : P7) からP12まで親マウスと共に酸素制御装置 (PRO-OX 110 ; Reming Bioinstrumensts Co, Redfield, NY, USA) によって高酸素 (75% O
2) 状態に制御されたケージ内で飼育した。ケージ内の酸素濃度は酸素制御装置で1日2回計測した。P12に新生仔マウスを大気圧条件下 (21% O
2) に戻した。
【0022】
1-2-2. マウス高酸素負荷網膜血管新生モデルの標本作製
評価時期 (P17) のマウスに、ペントバルビタール (20 mg/kg) を腹腔内投与して深麻酔させ、左心室から蛍光色素である分子量2×10
6のFITC-dextran 20 mg/animalを全身灌流した。灌流後、眼球を摘出し、4%パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液中で6 ~ 24時間固定した。固定した眼球は、顕微鏡下で角膜および水晶体を切除し、ピンセットで残存する硝子体動脈を除去した。さらに網膜を剥離後、平面状態にしてFluoromount (Diagnostic BioSystems, Pleasanton, CA, USA) で包埋し、網膜フラットマウント標本を作製した。
【0023】
1-2-3. 網膜血管像の撮影および画像解析ソフトを用いた定量解析
網膜フラットマウント標本は蛍光顕微鏡 (BX50, Olympus) の下、Metamorph (Universal Imaging Corp., Downingtown, PA, USA) を介した高感度冷却CCDカメラ (DP30BW, Olympus) でXY電動ステージ (Sigma Koki Co., Ltd., Tokyo, Japan) を用いて撮影した。網膜全体像は12枚の画像から作製した。各画像は網膜血管の表層から下層までを14.2μm間隔で連続撮影した。網膜血管の定量化は、Metamorph内のAngiogenesis Tube Formation moduleを用いて行った。本ソフトの設定項目は、最小血管厚、最大血管厚および輝度差からなる。最小血管厚は1μmとした。最大血管厚は最も拡張した動脈もしくは静脈について3回測定し、その平均を用いた。輝度差は標本内の微細血管の輝度値からバックグラウンド値を引いた値を用いた。バックグラウンド値は3点の平均値を、微細血管の輝度値は5点選択した中の最大および最小の輝度値を除いた3点の平均値を用いた。Angiogenesis Tube Formation moduleによって得られる異常血管数および異常血管面積をパラメーターとして、生後17日目における網膜異常血管についてHB-EGF欠損マウスと野生型マウスとで比較した。異常血管は最大血管厚より太い塊数、異常血管面積は塊面積を示す。
【0024】
1-3. ウェスタンブロット解析
1-3-1. タンパク質抽出
マウス眼球を摘出し、網膜色素上皮 (retinal pigment epithelium; RPE)-脈絡膜複合体を単離した。単離した組織はマイクロチューブの中に入れ、液体窒素中で急速凍結した。サンプルはタンパク質抽出まで-80℃に保存した。タンパク質抽出液は、RIPA bufferに対し、protease inhibiter cocktail、phosphatase inhibiter cocktail IIおよびIIIをそれぞれ100:1で混合して用いた。100μLのタンパク質抽出液を入れ、ホモジナイザー (Psycotron, Microtec Co., Chiba, Japan) を用いてマイクロチューブを氷中で1分間ホモジナイズした。その後、20分間氷中で反応させ、10,000×g、4℃、20分間遠心した。遠心した上清を回収し、タンパク質抽出液とした。
【0025】
1-3-2. タンパク質定量およびタンパク質濃度調整
タンパク質定量はBCA Protein Assay kitを用いて行った。スタンダードとして、albumin standardを0〜2,000μg/mLの濃度範囲で用いた、希釈液には各cocktailが混合されていないRIPA bufferを用いた。それぞれのサンプルは希釈液で10倍希釈した。Working reagentを添加後、37℃の水浴中で30分間反応させ、その後532 nmの吸光度を測定した。タンパク質濃度は、RIPA bufferを用いて20μg/mLに調整し、1/4量のsample buffer(20% 2-mercaptoethanol含有)を加えて5μg/mLとした。調製後のサンプルは、電気泳動まで-80℃に保存した。
【0026】
1-3-3. 電気泳動および転写
サンプルを-80℃から取り出し、室温に戻した。その後、100℃の熱湯で5分間煮沸し、室温にて5分間、10,000 rpmで遠心した。SDS polyacrylamide gel (SuperSep 10%) を泳動装置にセットし、容器にrunning bufferを入れ、ゲルを取り付けた泳動装置を浸した。泳動装置の中にもrunning bufferを入れた。1 well当りの添加量は分子量マーカーを5μL、各サンプルを10μLとした。サンプルを添加後、ゲル1枚当たり20 mAで90分間泳動した。泳動後、ゲルをcathode buffer (25 mM tris、40 mM 6-amino-n-caproic acid、20 %メタノール) に15分間浸した。転写膜 (Immobiron P) (Millipore, Billerica, MA, USA) は、メタノールに30秒間浸し、超純水に15分間浸した。その後、anode buffer 2 (25 mM tris、20%メタノール) に15分間以上浸した。陽極側から、anode buffer 1 (0.3 M tris、20%メタノール) に浸したろ紙、anode buffer 2に浸したろ紙、転写膜、ゲル、cathode bufferに浸したろ紙の順に組み、0.8 mA/cm
2の条件で45分間転写した。
【0027】
1-3-4. 免疫染色
転写後、転写膜をBlock One-Pで30分間ブロッキングした。その後0.05% tween 含有Tris-buffer saline (T-TBS) で洗浄し、Can get signal solution 1で一次抗体を希釈し、4 ℃で一晩反応させた。T-TBSで洗浄後、Can get signal solution 2で二次抗体を希釈して室温で1時間反応させた。T-TBSで洗浄し、SuperSignal West Femto Maximum Sensitivity Substrateに5分間浸した。その後、Luminescent image analyzer LAS-4000 UV mini (Fujifilm, Tokyo, Japan) を用いて検出した。一次抗体には、抗HB-EGF 抗体、抗VEGF抗体、抗アクチン抗体を1,000倍希釈し、二次抗体には、Horseradish peroxidase (HRP) 結合ヤギ抗ウサギおよびマウス抗体 (Thermo Scientific) を2,000倍希釈して用いた。
【0028】
1-3-5. タンパク質発現の解析
タンパク質の発現は、Multi Gauge Ver 3.0 (Fujifilm) を用いて解析した。Multi Gaugeを用いてバンドの強度を数値化し、個々の値を算出した。
【0029】
1-4. 免疫組織染色
レーザー照射直後、1、3、5、7日目のサンプルを用いて、1-1-2と同様に脈絡膜に8箇所切れ込みを入れた後、室温下で10% normal goat serumおよび0.3% Triton X-100を用いて1時間ブロッキングした。ブロッキング後、一次抗体を用いて4℃で一晩反応させた。その後、二次抗体を用いて遮光下で1時間反応させ、平面状態にしてFluoromount
TMで包埋した。一次抗体には、抗HB-EGF抗体 (1:100) および抗VEGF抗体 (1:100) を用いた。二次抗体には、Alexa-633 conjugated goat anti-rabbit IgG (1:1,000) Alexa-546 conjugated goat anti-rat IgG (1:1,000) を用いた。
【0030】
1-5. ヒト網膜毛細血管内皮細胞による検討
1-5-1. 細胞培養
ヒト網膜毛細血管内皮細胞 (human retinal microvascular endothelial cell: HRMEC, DS Pharma Biomedical, Osaka, Japan) は10% FBS含有CS-C培地 [10% FBSおよびCell Boostを含んだ培地] で37℃、5% CO
2の条件下で培養した。3日後に培地交換を行い、その3日後に継代を行った。3〜9次継代した培養細胞を実験に使用した。培養器材は器材表面を細胞接着因子で浸し、よく馴染ませてから使用した。
【0031】
1-5-2. 増殖試験
HRMECを96ウェルプレートへ2,000細胞/ウェルの密度で播種し、24時間、37℃、5% CO
2のもとで培養した後、10% FBS CS-C培地 (Cell Boostを含まない培地) へ培地置換を行い、24時間、37℃、5% CO
2で培養した。HB-EGFおよびVEGFまたは HB-EGFおよびVEGFを同時にそれぞれ終濃度が1〜10 ng/mLおよび10 ng/mLとなるように調整し、HRMECに添加し、CRM-197はHB-EGFおよびVEGF添加1時間前に終濃度10μg/mLとなるように添加した。さらに48時間10% FBS CS-C培地で培養した後、CCK-8を各ウェルへ添加し、3時間、37℃、5% CO
2にてインキュベートした。CCK-8は、テトラゾリウム塩 [2-(2-methoxy-4-nitrophenyl)-3-(4-nitrophenyl)-2H tetrazolium monosodium salt: WST-8] を含有している。WST-8 (無色) は電子メディエーターである1-methoxy-5-methylphenazium methyl sulfate (1-methoxy PMS) の存在下で生細胞内の脱水素酵素により還元され、水溶性のホルマザン (橙色) を生成する。このホルマザン吸光度492 nm (対照波長660 nm) を直接測定することにより、生細胞を計測した。
【0032】
1-5-3. 遊走試験
12ウェルプレートへ0.03%コラーゲンをコートし、HRMECを40,000細胞/ウェルの密度で播種した。24時間、37 ℃、5% CO
2にて培養した。その後、1% FBS CS-C培地 (Cell boostを含まない培地) へ置換し、6時間インキュベートした。その後、1000μl用チップ (TR-222-C, Axcygen Scientific, Central Avenue, CA, USA) を用いてウェルの中央線上に存在する細胞を剥離し、PBSにて洗浄し、培地交換を行った。その直後に高感度冷却charge coupled device (CCD) カメラ (DP30BW, OLYMPUS, Tokyo, Japan) を用いて各ウェル4ヶ所 (3.6 mm
2/1ヶ所) 撮影した (遊走前)。HB-EGFおよびVEGFまたはHB-EGFおよびVEGFを同時にそれぞれ終濃度が0.1〜10 ng/mLおよび10 ng/mLとなるように添加した。CRM-197はHB-EGFおよびVEGF添加1時間前に終濃度が10μg/mLとなるように添加した。24時間、37℃、5% CO
2にてインキュベートした後、各ウェルを同様に撮影した。遊走前と比較して剥離した場所に移動した細胞数を計測し、各ウェル4ヶ所の平均を算出した (
図1)。
【0033】
1-6. 統計学的解析
統計学的解析はStudent's t-test、Dunnett's testまたはTukey's testを用いた。実験結果は平均値±標準誤差で表し、危険率5%以下を有意とした。
【0034】
2.結果
2-1. HB-EGF欠損マウスにおけるレーザー誘発脈絡膜血管新生モデルにおける影響の検討
HB-EGF欠損マウスにおいて、野生型マウスと比較して、CNV発現面積を24%抑制した(
図2)。
【0035】
2-2.HB-EGF欠損マウスにおける高酸素負荷モデルにおける影響の検討
HB-EGF欠損マウスにおいて、野生型マウスと比較して、異常血管数を23%、異常血管面積を28%抑制した(
図3)。
【0036】
2-3. マウスレーザー誘発脈絡膜血管新生モデルにおけるHB-EGFおよびVEGFの発現量の変化
レーザー誘発脈絡膜血管新生モデルにおけるHB-EGFおよびVEGFの経時的変化について検討を行った。HB-EGFはレーザー照射3日後において有意に発現が上昇した。一方、VEGFはレーザー照射5および7日後において有意に発現が上昇した(
図4)。さらにレーザー照射後よりHB-EGFおよびVEGFが新生血管部位に共局在していた(
図4)。
【0037】
2-4. HRMEC増殖に対するHB-EGFの作用
網膜血管内皮細胞に対するHB-EGFの影響を調べるために、ヒトリコンビナントHB-EGFをHRMECに添加し、細胞増殖能を評価した。HB-EGF (1〜10 ng/mL)は、HRMECの増殖に対して濃度依存的な促進作用を示し、各々1、5、10 ng/mLの濃度で有意であった(
図5)。さらにVEGFと同時にHB-EGFを添加することでHRMECの増殖に対して濃度依存的にその作用をさらに増強させ、各々1、10 ng/mLの濃度で有意であった(
図5)。
【0038】
2-5. HRMEC遊走に対するHB-EGFの作用
HRMECの遊走能はwound-healingアッセイを用いて評価した(Nakamura S, Hayashi K, Takizawa H, Murase T, Tsuruma K, Shimazawa M, Kakuta H, Nagasawa H, Hara H. (2011) An arylidene-thiazolidinedione derivative, GPU-4, without PPARγ activation, reduces retinal neovascularization. Curr Neurovasc Res. 8 (1), 25-34.)。ヒトリコンビナントHB-EGFは、濃度依存的かつ有意にHRMECの遊走を促進した(
図6)。HB-EGF (0.1、1、5、10 ng/mL)の添加により、対照群と比較して各々約1.3〜1.8倍の遊走促進作用が認められた。さらにHB-EGFとVEGFを同時添加した群ではVEGF単独群と比較して有意な細胞遊走促進作用が認められた(
図6)。
【0039】
2-6. HRMEC増殖に対するCRM-197の作用
網膜血管内皮細胞に対するHB-EGFの影響を調べるために、HB-EGFの阻害剤であるCRM-197をHRMECに添加し、HB-EGF誘発細胞増殖におけるCRM-197の作用を評価した。CRM-197 (10μg/mL) は、HB-EGF誘発およびVEGF誘発HRMECの増殖に対して抑制作用を示した(
図7)。
【0040】
2-7. HRMEC遊走に対するCRM-197の作用
網膜血管内皮細胞に対するHB-EGFの影響を調べるために、HB-EGFの阻害剤であるCRM-197をHRMECに添加し、HB-EGF誘発細胞遊走におけるCRM-197の作用を評価した。CRM-197 (10μg/mL) は、有意にHB-EGF誘発およびVEGF誘発HRMECの遊走を抑制した。さらに、HB-EGFおよびVEGFを同時処置した群においてもCRM-197 (10μg/mL)は、有意に細胞遊走を抑制した(
図8)。
【0041】
3.まとめ
眼内血管新生にHB-EGFが関与し、有効な治療ターゲットになることが明らかとなった。また、CRM-197がHB-EGFの作用を効果的に抑制することが判明した。CRM-197は、眼内血管新生を伴う眼科疾患に対する予防又は治療剤として有効といえる。