【実施例】
【0016】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。ここで、以下の実施例はあくまでも本発明の理解を助けるために提示するものであり、これにより本発明を特定の構成に限定しようという意図はないことに注意されたい。
【0017】
図4は、本発明の一実施例であるところの、一次元ナノ構造体としてLaB
6ナノワイヤを用いる電子源の製造方法の各ステップを説明するための概念図である。先ず収束イオンビーム(Focused Ion Beam;FIB)技術を利用して、電子源の先端部材として使用する金属針の先端を加工することにより、そこにリング状先端部及びLaB
6ナノワイヤを取り付けるための平坦部を形成する。このとき、リングの中心線(リングの貫通孔(開口部)により画定される円盤面の中心を通り、円盤面に垂直な直線)はほぼ針の側面に形成された平坦部の平面を通るように加工するのが望ましい。これらを形成した後の金属針の先端付近を
図4(a)に示す。次に、ステップ(a)では、SEMの試料室内に置かれたFIB加工後の金属針上のリング状先端部及び一本のLaB
6ナノワイヤを同じく試料室内に置かれたマニピュレーターで把持する。この様子を
図4(b)に示す。なお、
図4(b)並びにその後のステップである(c)及び(d)中の左右にそれぞれ一つずつ置かれた灰色の円はマニピュレーターによる把持位置を示す。次に、マニピュレーターの操作により、把持されているLaB
6ナノワイヤを金属針先端のリング状先端部の孔に通し、その先にある金属針側面上の平坦部に接触させる。両者が近接した際に働くファンデルワールス力により、LaB
6ナノワイヤは平坦部に付着する。この時、LaB
6ナノワイヤをリングの中心線にほぼ一致するように位置決めするのが望ましい。この様子を
図4(c)に示す。この状態で、電子ビームを用いて固定パッド(
図3も参照のこと)をLaB
6ナノワイヤ上にデポジットすることにより、LaB
6ナノワイヤを金属針の平坦部にしっかりと固定する。最後に、完成したLaB
6ナノワイヤ電子源をマニピュレーターから取り外す。この様子を
図4(e)に示す。
【0018】
ここで、金属針の材料としては従来技術で使用されている材料、例えばタンタル、を使用することができる。また、LaB
6(より一般的には一次元ナノ構造体の材料)と反応する金属、例えばタングステン、であっても、カーボン等の導電性のバリア層を介してLaB
6ナノワイヤを取り付けることができる。本願で先端部材と言う場合には、このようなバリア層まで含めるものとする。
【0019】
このようにして作製したLaB
6ナノワイヤ電子源の実施例の先端近傍のSEM像を
図5(a)に示す。このSEM像からわかるように、リング状先端部は幾何学的に完全な円形のリングである必要はなく、また一次元ナノ構造体がリングのちょうど中心を通ることも必須であるわけではない。リング状先端部の形状や一次元ナノ構造体の貫通位置は、一次元ナノ構造体先端付近及びそこから放出される電子ビーム経路近傍の電界が、電子ビームの進路に有害な偏倚をもたらさないよう、充分な軸対称性を有するものであればよいことに注意されたい。
【0020】
比較対象として、
図5(b)には、リング状先端部を有していない、金属針の先端付近に形成した平坦部にLaB
6ナノワイヤを固定しただけの従来構造の電子源の先端付近のSEM像を示す。両者を見比べるだけで、
図5(a)に示す本発明実施例の構造の方が、リング状先端部による静電シールド効果により金属針側面に形成された軸対称性のない平坦部の影響が遮断されるために、突出したLaB
6ナノワイヤ周囲の電界の軸対称性が遙かに高くなることが理解できるであろう。
【0021】
この直感的な理解は、数値計算で求めた電界分布及びそれによる電子ビームの本来の放出軸方向(つまり、上述のようなわずかな非対称性による外乱の影響を考えずに設定した放出軸の方向。電子源を使用する場合にはこの放出方向を電子光学系の光軸に整列させるため、本願ではこの放出軸を光軸とも称する)からの偏倚を図形表現した結果から確認される。
図5(a)に示す構造を有する本発明の実施例の電界分布及び電子ビームの光軸からの偏倚をそれぞれ
図6A(a)及び(b)に、また
図5(b)に示す従来構造の場合についての対応する電界分布及び偏倚をそれぞれ
図6B(a)及び(b)に示す。
図6A(a)及び
図6B(a)において、金属針の先端は図の上端付近にあり、そこからLaB
6ナノワイヤが下向きに伸びてそれぞれの図の中心に至る。この先端から下に向かって伸びている細い直線はLaB
6ナノワイヤの先端から放出される電子ビームを示す。
図6A(a)に示す本発明の実施例の電界分布は、リング状部から下の領域で左右対称(三次元空間で見ればLaB
6ナノワイヤの中心軸の周りに回転対称)になっていることがわかる。これに対して、従来構造の場合の電界分布を示す
図6B(a)では、針先端付近に形成された平坦部の影響により、LaB
6ナノワイヤの先端に至ってもまだ電界の非対称性が残留している。
図6A(a)及び
図6B(a)の下部に、中心軸がそれぞれの図の下部外枠と交差する位置を0とし、そこから左右への距離を示す。本発明の実施例の場合を示す
図6A(a)では電子ビームが光軸の位置であるちょうど0の位置を通っている。これに対して、従来構成の場合の
図6B(a)では、電子ビームが下部外枠と交差する点は0位置から僅かに左にずれている。この交差位置付近を拡大することでそれぞれの電子ビーム軌道の偏倚を見やすく示す図である
図6A(b)及び
図6B(b)から、実施例の電子ビームがちょうど0位置を通っているのに対して、従来構造の電子源からの電子ビームは光軸からの偏倚は約−40であることがわかる。
【0022】
図7は、本発明の
図5(a)に示す構造の一実施例及び
図5(b)に示す従来構成の電子源から放出された電子ビームをそれぞれマイクロチャンネルプレート(Micro-channel Plate、MCP)で観測した結果を示す。
図7(a)にこの観測のための測定系機器構成を示す。実施例または従来構造の電子源の光軸がMCPの中心を通るように両者を正対させて配置した。その結果MCPから得られた出力パターンをそれぞれ
図7(b)及び
図7(c)に示す。両図の中心の円はMCPの中心孔を示す。本発明の実施例からの電子ビームの観測結果を示す
図7(b)では電子ビーム照射位置を示す明るい部分がMCPの中心孔位置と一致し、電子ビームの偏倚がなかったことがわかる。これに対して、従来構成の電子源からの電子ビームの観測結果を示す
図7(c)では電子ビーム照射位置はMCPの中心孔から左下方向にかなりずれた位置になっていた。これにより、従来構成では上で縷々説明した電界の非対称性により大きな偏倚が生じることが実証された。
【0023】
各部のサイズを変化させた本発明の実施例のLaB
6ナノワイヤを使用した電子源を6基作成して、それぞれのサイズ及びその電子ビーム軸偏角(電子ビームが光軸に対してなす角。電子ビームが光軸に完全に一致した場合は0°)を測定した。その結果を以下の表に示す。
【0024】
【表1】
【0025】
原理的には、ナノワイヤ突出長が長いほど(つまり、ナノワイヤ先端が針の非対称性による電界の乱れから遠方にあるほど)、またリング外径が大きいほど(つまり、静電シールド部が大きいほど)、電子ビームへの非対称性の影響が小さくなり、電子ビーム軸偏角が小さくなるはずである。しかしながら、実際の測定結果は、突出長及びリング外径が広い範囲で変化しても電子ビーム軸偏角は充分に小さな値を維持した。これは、軸非対称性を有する部分とナノ構造体先端との間に比較的小さな軸対称部材を置くだけで、電界の軸対称性の乱れに対する充分に高いシールド効果が発揮されることを示している。
【0026】
以上、本発明を実施例に基づいて説明したが、既に述べたように本発明は上記実施例に限定されるものではない。例えば、上記実施例では一次元ナノ構造体としてLaB
6ナノワイヤを使用したが、例えばカーボンナノチューブ、希土類六ホウ化物ナノワイヤ等の従来技術の電子線源に使用できる一次元ナノ構造体であれば本発明にも同様に使用できる。また、金属針(先端部材)には必ずしも一次元ナノ構造体を取り付けやすくするための平坦部分を設ける必要はないし、またこのような取り付けを助けるための構造を設けるとしても平坦部材に限られるものではない。更に、冷陰極電界放出型電子源に関して本発明を説明したが、本発明はこの形式の電子源に限定されるものではなく、その先端付近に何らかの態様で印加される電界の軸対称性の乱れが電子ビームの軌道に悪影響を与えるような電子源に対して適用することができることにも注意されたい。