(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6370491
(24)【登録日】2018年7月20日
(45)【発行日】2018年8月8日
(54)【発明の名称】抗腫瘍薬の送達のための窒化ホウ素ナノ粒子の作製方法
(51)【国際特許分類】
A61K 47/04 20060101AFI20180730BHJP
A61K 9/14 20060101ALI20180730BHJP
A61K 31/704 20060101ALI20180730BHJP
A61K 31/475 20060101ALI20180730BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20180730BHJP
C01B 21/064 20060101ALI20180730BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20180730BHJP
B82Y 5/00 20110101ALI20180730BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20180730BHJP
【FI】
A61K47/04
A61K9/14
A61K31/704
A61K31/475
A61K45/00
C01B21/064 D
C01B21/064 M
A61P35/00
B82Y5/00
B82Y40/00
【請求項の数】19
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-526841(P2017-526841)
(86)(22)【出願日】2015年2月4日
(65)【公表番号】特表2018-502827(P2018-502827A)
(43)【公表日】2018年2月1日
(86)【国際出願番号】RU2015000064
(87)【国際公開番号】WO2016080860
(87)【国際公開日】20160526
【審査請求日】2017年10月31日
(31)【優先権主張番号】2014146689
(32)【優先日】2014年11月20日
(33)【優先権主張国】RU
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】509291781
【氏名又は名称】ナショナル ユニバーシティ オブ サイエンス アンド テクノロジー エムアイエスアイエス
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】シャタンスキー,ドミトリー ヴラジーミロヴィチ
(72)【発明者】
【氏名】コヴァルスキー,アンドレイ ミハイロヴィチ
(72)【発明者】
【氏名】マトベーエフ,アンドレイ トロフィモヴィチ
(72)【発明者】
【氏名】スホルーコワ,イリーナ ヴィクトロヴナ
(72)【発明者】
【氏名】グローシャナコヴァ,ナタリア アレクサンドロヴナ
(72)【発明者】
【氏名】ジトニャーク,イリーナ ユーリエヴナ
【審査官】
横山 敏志
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−008513(JP,A)
【文献】
特開2010−180066(JP,A)
【文献】
特開2011−121797(JP,A)
【文献】
特表2008−510878(JP,A)
【文献】
特表2014−505695(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/072482(WO,A1)
【文献】
Journal of Alloys and Compounds,2012年10月 5日,Vol.550,pp.292-296
【文献】
Chem. Commun.,2013年,Vol.49,pp.7337-7339
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K47/00−47/69
A61K9/00−9/72
A61P1/00−43/00
A61K31/00−33/44
A61K45/00
B82Y5/00
B82Y40/00
C01B21/064
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
腫瘍細胞への抗腫瘍薬送達のための窒化ホウ素ナノ粒子の作製方法であって、
反応アンモニアガスと、輸送アルゴンガスと、非晶質ホウ素および酸素担体化学物質をベースとする粉末混合物とを用いる化学気相蒸着法により、十分に発達した外表面を有する50〜300nmの大きさの球形窒化ホウ素ナノ粒子を合成することを含み、
化学蒸着は、下記条件下:
1000≦T≦1430
1.2≦ξ≦8
(式中、Tは粉末混合物の温度(℃)であり、ξは比流量の比FAr/FNH3であり、FArは輸送ガスの比流量であり、FNH3は反応ガスの比流量である)
で行われ、
次いで、得られた窒化ホウ素ナノ粒子の凝集体を超音波分散させることと、収着により抗腫瘍薬を浸透させることと、蒸留水中で洗浄することと、を含む方法。
【請求項2】
上記酸素担体化学物質は、ホウ酸および/または酸化マグネシウムおよび/または酸化鉄(II)および/または酸化錫(II)および/またはこれらの混合物から選択され得る、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記粉末混合物における、酸化鉄および非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
酸化鉄 70〜91
非晶質ホウ素 9〜30
である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
上記粉末混合物における、酸化マグネシウムおよび非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
酸化マグネシウム 65〜84
非晶質ホウ素 16〜35
である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
上記粉末混合物における、酸化錫および非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
酸化錫 75〜95
非晶質ホウ素 5〜25
である、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
上記粉末混合物における、ホウ酸および非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
ホウ酸 85〜92%
非晶質ホウ素 8〜15%
である、請求項2に記載の方法。
【請求項7】
上記粉末混合物における、酸化鉄、酸化マグネシウム、および非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
酸化鉄 59〜86
酸化マグネシウム 5〜12
非晶質ホウ素 9〜32
である、請求項2に記載の方法。
【請求項8】
上記粉末混合物における、ホウ酸、酸化マグネシウムおよび非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
ホウ酸 65〜91
酸化マグネシウム 3〜10
非晶質ホウ素 6〜25
である、請求項2に記載の方法。
【請求項9】
40〜100Wのパワーで30分間にわたって超音波処理を行うことにより、窒化ホウ素ナノ粒子を分散させることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
窒化ホウ素ナノ粒子への抗腫瘍薬の収着は、マグネチックスターラーを速度250rpmで用いて、濃度0.5〜5.0mg/mlの抗腫瘍薬溶液中の上記分散されたナノ粒子を12〜24時間連続して攪拌することにより行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
窒化ホウ素ナノ粒子による抗腫瘍薬の収着は、代替的に、濃度0.5〜5.0mg/mlの抗腫瘍薬溶液中の上記分散されたナノ粒子を、150Wのパワーで15〜60分間超音波処理することにより行われ得る、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
上記抗腫瘍薬は、合成抗腫瘍薬または天然抗腫瘍薬から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
上記合成抗腫瘍薬は、アルキル化薬、代謝拮抗物質、または他の群の合成薬から選択される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
上記アルキル化合成抗腫瘍薬は、クロロエチルアミン、エチレンアミン、ニトロソウレア誘導体、またはメタンスルホン酸誘導体から選択される、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
上記代謝拮抗合成抗腫瘍薬は、葉酸拮抗物質、プリン拮抗物質、またはピリミジン拮抗物質から選択されることを特徴とする、請求項13に記載の方法。
【請求項16】
上記他の群の合成抗腫瘍薬は、プロスピジナム、スピラシジン、ジカルバシン、ナツラン、シスプラチン、またはイミザドールカルボキサミドから選択されることを特徴とする、請求項13に記載の方法。
【請求項17】
上記天然抗腫瘍薬は、抗生物質または植物性薬から選択されることを特徴とする、請求項12に記載の方法。
【請求項18】
上記抗生物質群の上記天然抗腫瘍薬は、アドリアマイシン、ブレオマイシン、ダクチノマイシン、ルボマイシン、ブルネオマイシン、またはマイトマイシンCから選択される、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
上記自然抗腫瘍植物性薬は、コルカミン、ビンブラスチン、またはビンクリスチンから選択される、請求項17に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
〔技術分野〕
本発明は、ナノ医療技術に関するものであり、より具体的には、抗腫瘍化学療法薬の送達のための輸送ナノ剤(transporting nanoagents)の開発に関する。
【0002】
癌患者の治療における抗腫瘍化学療法の非効率性は、主に、悪性新生物の進行と、細胞から抗腫瘍薬を除去する膜輸送因子(membrane transporting agents)の活性化により生ずる、いわゆる多剤耐性を有する、腫瘍進行を原因とする細胞の発生とに起因すると考えられる。さらに、腫瘍性疾患の治療に用いられる多くの薬物は、親水性が低く、かつ、健康な体内組織に対して毒性作用をもたらす。これらの問題の解決法の1つとして、薬物を腫瘍細胞に送達するナノ輸送剤(nanotransporting agents)の使用が挙げられる。
【0003】
〔先行技術〕
化学気相蒸着により球形の窒化ホウ素ナノ粒子を得る方法が知られている(US 2011/0033707(2011年2月10日公開))。上記方法によれば、直径50nm未満の窒化ホウ素ナノ粒子が得られる。上記方法においては、エーテルと、ホウ酸と、窒素との混合物をアンモニウムおよびアルゴンの雰囲気下で加熱することにより反応生成物を形成し、当該反応生成物をさらに結晶化させることにより球形ナノ粒子前駆体を形成し、当該前駆体を不活性ガス中で最終加熱する。
【0004】
上記方法においては、粒子の大きさが小さく表面が滑らかであることから、効率的な抗腫瘍治療のために必要となる量の薬物を粒子に運ばせることができないという問題、並びに、腫瘍細胞に対する粒子の付着および透過が制限されるという問題がある。
【0005】
また、薬物送達のためのナノ粒子を得る方法が知られている(WO 2014/124329(2014年8月14日公開))。
【0006】
上記方法においては、鉄または酸化鉄の球形磁性粒子(金または酸化ケイ素でコーティングされた鉄または酸化鉄の球形磁性粒子を含む)が使用される。腫瘍性疾患の治療のために、エーテル等のリンカーを用いて薬物を磁性粒子に付着させる。外部からの熱または電磁場により粒子が昇温されることによってリンカーの分子間環化が生じ、その結果、薬物が放出される。上記方法によれば、薬物放出の制御が可能となり、副作用を最小限に抑えるとともに、既存の薬物による治療の効率化につながる。
【0007】
上記方法には、治療に求められる効率性を達成するために、更なる外的作用が必要となるという欠点がある。また、上記方法は、磁性粒子の形状によっては、毒性が生じる場合があるという欠点もある。
【0008】
また、腫瘍性疾患の治療のための、ナノ担体、抗癌剤とナノ担体との複合体、および医薬組成物の製造方法が知られている(US 2014/0147508(2014年5月29日公開))。
【0009】
上記発明は、薬物を付着させるための球形金属ナノ粒子およびポリヌクレオチドを含む、抗癌剤用ナノ担体に関する。上記方法によれば、患部における薬物の放出を制御することにより、腫瘍細胞への治療効果をもたらすことが可能である。
【0010】
上記方法には、ナノ担体が薬物を腫瘍細胞へ直接送達しないことから、薬物放出が細胞の近傍において行われるという欠点がある。これにより、腫瘍細胞が多剤耐性を持つようになるため、上記方法の効率が低下する。
【0011】
さらに、金属ナノ粒子を用いて抗癌剤を癌細胞に送達する方法が知られている(US 2013/0331764(2013年12月12日公開))。上記抗腫瘍薬の送達は、5〜15nmのpH感受性金粒子により行われる。これらのpH感受性金属ナノ粒子は、体内に入った後、中性またはアルカリ性である正常細胞内に分散し、選択的に、酸性のpHを有する癌細胞内において凝集する。上記方法による治療効果は、抗腫瘍薬の化学効果と、患者の体内深くまで届く近赤外線照射により加熱される粒子凝集体の光熱効果とによって達成される。
【0012】
上記方法には、追加的に赤外線照射が必要であるという欠点、および、患者の体に対して追加的な外的作用を及ぼさずに、薬物を効率よく浸透させることができないという欠点がある。さらに、粒子が腫瘍細胞に選択的に凝集することから、上記方法の効率を予測できない。また、5〜15nmという粒子の大きさは、粒子が過剰に素早く細網内皮系に吸収されることから、好ましくない。
【0013】
プロトタイプとして、本発明者らは、化学療法薬の細胞内送達のための、メソ多孔質シリカを用いて機能を付与された窒化ホウ素ナノチューブを得る方法を選択した(X. Li, Ch. Zhi, N. Hanagata, M. Yamaguchi, Y. BandoおよびD. Golberg, Boron Nitride Nanotubes Functionalized with Mesoporous Silica for Intracellular Delivery of Chemotherapy Drugs, Сhem. Commun., 2013, 49, 7337)。上記方法は、化学気相蒸着によって窒化ホウ素ナノチューブを得ること、窒化ホウ素ナノチューブを空気中で5時間酸化させること、TEOS加水分解によりメソ多孔質シリカ被膜を形成すること、さらに、抗腫瘍薬を浸透させることを示唆している。上記方法によれば、ドキソルビシン抗腫瘍薬の効率を、遊離ドキソルビシンと比較して3〜4倍に向上できる。
【0014】
上記方法の主な問題点は、窒化ホウ素の形態が、細胞吸収にとって望ましくないことである。ナノチューブ形状の粒子は、細胞取り込み活性が不十分であることが知られており、毒性を持つ場合もある。
【0015】
〔発明の開示〕
本発明においてもたらされる技術的成果は、十分に発達した外表面を有する50〜300nmの大きさの分散された窒化ホウ素ナノ粒子の適用により、抗腫瘍薬を有するナノコンテナの細胞への取り込み活性の向上によって抗腫瘍化学療法の効率を向上させること、および、細胞に対するナノコンテナの毒性を防止することである。
【0016】
上記技術的成果は、特定の方法により実現される。
【0017】
腫瘍細胞への抗腫瘍薬送達のための窒化ホウ素ナノ粒子の作製方法は、反応アンモニアガスと、輸送アルゴンガスと、非晶質ホウ素および酸素担体化学物質をベースとする粉末混合物とを用いた化学気相蒸着法により、十分に発達した外表面を有する50〜300nmの大きさの球形窒化ホウ素ナノ粒子を合成することを伴う。
【0018】
化学蒸着法は、以下に示す条件下:
1000≦T≦1430
1.2≦ξ≦8
(式中、Tは粉末混合物の温度であり、ξは比流量(specific flows)の比F
Ar/F
NH3であり、F
Arは輸送ガスの比流量であり、F
NH3は反応ガスの比流量である)
で行われる。
【0019】
次いで、得られた窒化ホウ素ナノ粒子の凝集体を超音波処理により分散させ、収着により抗腫瘍薬を浸透させ、蒸留水中で洗浄する。
【0020】
ホウ酸および/または酸化マグネシウムおよび/または酸化鉄(II)および/または酸化錫(II)および/またはこれらの混合物は、酸素担体化学物質として使用され得る。
【0021】
上記粉末混合物における、酸化鉄および非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
酸化鉄 70〜91
非晶質ホウ素 9〜30
である。
【0022】
上記粉末混合物における、酸化マグネシウムおよび非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
酸化マグネシウム 65〜84
非晶質ホウ素 16〜35
である。
【0023】
上記粉末混合物における、酸化錫および非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
酸化錫 75〜95
非晶質ホウ素 5〜25
である。
【0024】
上記粉末混合物における、ホウ酸および非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
ホウ酸 85〜92%
非晶質ホウ素 8〜15%
である。
【0025】
上記粉末混合物における、酸化鉄、酸化マグネシウムおよび非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
酸化鉄 59〜86
酸化マグネシウム 5〜12
非晶質ホウ素 9〜32
である。
【0026】
上記粉末混合物における、ホウ酸、酸化マグネシウムおよび非晶質ホウ素の含有量は、以下の重量比、重量%:
ホウ酸 65〜91
酸化マグネシウム 3〜10
非晶質ホウ素6〜25
である。
【0027】
40〜100Wのパワーで30分間にわたって超音波法を用いることにより、窒化ホウ素ナノ粒子は分散される。
【0028】
窒化ホウ素ナノ粒子への抗腫瘍薬の収着は、マグネチックスターラーを速度250rpmで用いて、濃度0.5〜5.0mg/mlの抗腫瘍薬溶液中の上記分散されたナノ粒子を12〜24時間連続して攪拌することにより行われる。
【0029】
窒化ホウ素ナノ粒子への抗腫瘍薬の収着は、代替的に、濃度0.5〜5.0mg/mlの抗腫瘍薬溶液中の上記分散されたナノ粒子を、150Wのパワーで15〜60分間超音波処理することにより行われ得る。
【0030】
上記抗腫瘍薬は、合成抗腫瘍薬または天然抗腫瘍薬から選択される。
【0031】
上記合成抗腫瘍薬は、アルキル化薬、代謝拮抗物質、または他の群の合成薬から選択される。
【0032】
上記アルキル化合成抗腫瘍薬は、クロロエチルアミン、エチレンアミン、ニトロソウレア誘導体、またはメタンスルホン酸誘導体から選択される。
【0033】
上記代謝拮抗合成抗腫瘍薬は、葉酸拮抗物質、プリン拮抗物質、またはピリミジン拮抗物質から選択される。
【0034】
上記他の群の合成抗腫瘍薬は、プロスピジナム、スピラシジン、ジカルバシン、ナツラン、シスプラチン、またはイミザドールカルボキサミドから選択される。
【0035】
上記天然抗腫瘍薬は、抗生物質または植物性薬から選択される。
【0036】
上記抗生物質群の上記天然抗腫瘍薬は、アドリアマイシン、ブレオマイシン、ダクチノマイシン、ルボマイシン、ブルネオマイシン、またはマイトマイシンCから選択される。
【0037】
上記植物由来の天然抗腫瘍薬は、コルカミン、ビンブラスチン、またはビンクリスチンから選択される。
【0038】
十分に発達した外表面を有する窒化ホウ素ナノ粒子は、中央部が中空の球形であり、側部に複数の花弁状の露出した窒化ホウ素層を有することを特徴とする。ナノ粒子が高空隙率および顕著に増加した比表面積を有していることにより、窒化ホウ素ナノコンテナは医薬分子を保持して腫瘍細胞へ送達することができ、その結果、抗腫瘍治療の効率が向上する。
【0039】
〔発明を実施するための形態〕
本発明は、以下の通り実施される。
【0040】
酸化反応物と非晶質ホウ素とを含む粉末混合物を調製する。用いられる反応物は、ホウ酸および/または酸化マグネシウムおよび/または酸化鉄(II)および/または酸化錫(II)および/またはこれらの混合物である。
【0041】
酸化マグネシウム粉末は、マッフル炉または管状電気炉内で、空気中、400℃にて予めアニールしておく。
【0042】
精度0.1mgの実験室用はかりにて、粉末混合物の各成分の重さを計測する。
【0043】
高温誘導炉を用いて、球形窒化ホウ素ナノ粒子の合成を行う。粉末混合物が収容されたるつぼを、反応チェンバ内の黒鉛ヒータ内部に設置された、窒化ホウ素製の反応炉の底部に載置する。
【0044】
反応炉は、取り外し可能な円柱状構造であり、外径75mm、内径55mm、および高さ340mmを有する。反応炉の側壁の上部には、球形窒化ホウ素ナノ粒子の放出用の直径3mmの開口部が設けられている。反応炉の黒鉛ヒータは、炭素/炭素複合被膜を有する反応チェンバの壁から離間して設けられている。このように反応炉を設計することにより、底部から上方へとアルゴン輸送ガスを送ることができるとともに、頂部から下方へとアンモニウム反応物ガスを送ることができる。
【0045】
粒子の大きさおよび化学組成は、エネルギー分散X線分光検出器を備えたJEOL JSM−7600F電子顕微鏡(JEOL社、日本)を用いて制御される。
【0046】
球形ナノ粒子の大きさの平均値は、50〜300nmの間でばらつきがあり、主に、合成温度と、輸送ガス(アルゴン)および反応物ガス(アンモニア)の流量とに依存する。
【0047】
実験温度によって、合成生成物における窒化ホウ素ナノ粒子の体積分率および形態が決まる。要求される大きさおよび形態の窒化ホウ素ナノ粒子を、80%(体積)を超える量で得るためには、1000〜1430℃の温度で粉末混合物の合成を行う必要がある。1000℃未満の場合、ホウ素と酸化反応物との間の反応速度が低下するため、窒化ホウ素構造物の成長速度が著しく低下する。一方、1430℃を超える場合、要求される大きさの球形窒化ホウ素ナノ粒子の体積分率は減少する。
【0048】
非晶質ホウ素と酸化反応物との間の反応により、揮発性酸化ホウ素が発生し、当該揮発性酸化ホウ素は、輸送ガス(アルゴン)によって、ナノ構造の合成が生じるアンモニア反応領域へと輸送される。
【0049】
アルゴン輸送ガスの流量とアンモニア反応ガスの流量との比率によって、窒化ホウ素ナノ粒子の合成の速度が決まり、したがってナノ構造の直径も決まる。50〜300nmの大きさを有するナノ粒子の高い体積分率(>80体積%)は、流量比ξ=F
Ar/F
NH3が1.2≦ξ≦8の範囲にある場合に実現される。
【0050】
ガス流量比ξ≦1.2の場合、アンモニアは粉末混合物に到達して粉末混合物の表面に窒化ホウ素微粒子の層を形成する。これによりガス状の酸化ホウ素の更なる放出が防止され、その結果、球形窒化ホウ素ナノ粒子の合成が著しく阻害されて、最終生成物の生産量の急激な減少につながる。
【0051】
ガス流量比ξ≧8の場合、ガス状の酸化ホウ素がアンモニアと完全に反応するための時間が不足するため、やはり球形窒化ホウ素ナノ粒子の生産量が減少するとともに、固体の酸化ホウ素の大量形成につながる。
【0052】
粉末混合物中の各成分の比率は、上述の範囲から選択される。
【0053】
上述の範囲から外れると、球形窒化ホウ素ナノ粒子が形成されないか、または球形窒化ホウ素ナノ粒子の大きさが変化するか、または合成生成物において、要求される大きさの球形窒化ホウ素ナノ粒子の量が減少する。
【0054】
合成中、ガス状の酸化ホウ素を輸送するアルゴン輸送ガスとアンモニア反応ガスとの比流量の比において、限定された温度範囲(1000〜1430℃)で酸化ホウ素蒸気とアンモニアとの間の相互作用が行われる結果として、十分に発達した外表面を有する球形窒化ホウ素ナノ粒子が形成される。
【0055】
合成生成物において、しばしば球形窒化ホウ素ナノ粒子が凝集していることがある。個々の窒化ホウ素ナノ粒子を含む懸濁液を得るためには、40mlの蒸留水中で40〜100Wのパワーにて30分間超音波分散を行う必要がある。40〜100Wという超音波パワーの範囲を選ぶ理由は、これより低いパワーにおいては、窒化ホウ素ナノ粒子の凝集体が個々のナノ粒子に分割されることがなく、また、これより高いパワーにおいては、懸濁液が加熱される結果、窒化ホウ素ナノ粒子が部分的に加水分解される可能性があるためである。超音波処理の実行時間が30分間未満である場合、要求される凝集体の分散度を達成することができず、また、30分間以上である場合、ナノ粒子が破壊される虞がある。
【0056】
腫瘍細胞を破壊する能力を窒化ホウ素ナノ粒子に付与するために、窒化ホウ素ナノ粒子に抗腫瘍薬を浸透させる。
【0057】
窒化ホウ素ナノ粒子への抗腫瘍薬の浸透は、Heidolph MR(Hei−Standard、ドイツ)マグネチックスターラーを速度250rpmで用いて、濃度0.5〜5.0mg/lの抗腫瘍薬溶液中で分散されたナノ粒子を12〜14時間連続して攪拌することによる収着によって実現される。濃度が0.5mg/ml未満である場合、要求される治療効率を確保できず、また、濃度が5.0mg/mlを超える場合、窒化ホウ素ナノ粒子の懸濁液は24時間を超えて安定性を保つことができない。
【0058】
窒化ホウ素ナノ粒子への抗腫瘍薬の浸透に必要な時間は、少なくとも12時間である。12時間未満の処理では、要求される水準までナノ粒子に薬物を浸透させることができない。12〜24時間の処理であれば、要求される水準までナノ粒子の表面に抗腫瘍薬を浸透させるのに十分である。24時間を超えて処理を行っても、ナノ粒子への抗腫瘍薬のさらなる収着は起こらない。
【0059】
粒子に薬物を浸透させる代替方法として、Bandelin Sonoplus HD2200装置(ドイツ)を用いて、150Wで15〜60分間超音波処理してもよい。
【0060】
上記範囲に比べて高いパワーかつ長い時間で処理を行った場合、抗腫瘍薬の分子が破壊される可能性がある。一方、上記範囲に比べて低いパワーかつ短い時間で処理を行った場合、窒化ホウ素ナノ粒子における抗腫瘍薬の濃度が、要求される水準に届かない。
【0061】
窒化ホウ素ナノ粒子の生体適合性についての調査から明らかになったところによると、腫瘍細胞による吸収という観点からは、ナノ粒子の大きさは50〜300nmが最適である。これよりも細かい粒子の表面では、腫瘍細胞を効率的に破壊するために十分な量の薬物を輸送することができず、また、これよりも粗い粒子は、腫瘍細胞によって取り込まれない。
【0062】
十分に発達した外表面を有する球形窒化ホウ素ナノ粒子によって、要求される薬物収着値が実現され、続く腫瘍細胞への薬物送達も実現される。
【0063】
表1に、十分に発達した外表面を有する窒化ホウ素ナノ粒子の合成パラメータが異なる、本発明の各実施形態を示す。表2に、抗腫瘍薬の浸透方法が異なる、本発明の各実施形態を示す。
【0064】
〔実施例1〕
垂直誘導炉VIN−1,6−20(Vac ETO Co.、ロシア)内で、化学気相蒸着により球形窒化ホウ素ナノ粒子を合成した。59重量%の酸化鉄と、12重量%の酸化マグネシウムと、29重量%の非晶質ホウ素とからなる十分に均質化された粉末混合物(質量:10.88g)を収容したるつぼを、炉内に載置した。作業チェンバの表面に吸着した水および酸素を除去するために、恒常的に真空排気を行いながら、反応炉の作業チェンバを300℃まで加熱した。続いて、チェンバ内をアルゴンで満たし、大気圧の状態にした。850℃まで加熱後、炉内のアルゴン輸送ガスおよびアンモニア反応ガスの流れをオープンにした。1310℃まで加熱後、当該温度を200分間にわたって維持した。合成完了後、作業チェンバを40〜50℃まで冷却し、続いて通気および開放を行った。
【0065】
合成の結果、軟質の(fozy)純白の粉末の塊280mgが得られた。SEMにより観察したところ、この純白の粉末は、直径1〜5μmの窒化ホウ素ナノ粒子の凝集体であることが分かった。直径100〜150nmの個々の窒化ホウ素ナノ粒子は、球形であり、十分に発達した外表面を有していた。
【0066】
超音波分散機「Sonoplus HD2200」(Bandelin、ドイツ)内にて、個々の窒化ホウ素ナノ粒子が十分に発達した外表面を有する安定した懸濁液を得た。窒化ホウ素ナノ粒子の凝集体を分離させるため、分散機のパワーを100Wに設定して40mlの蒸留水中で30分間にわたって超音波処理を行った。窒化ホウ素ナノ粒子の濃度は2mg/mlであった。超音波処理後の粒子の大きさの分布を調べたところ、80%を超える粒子が、100〜200nmの直径を有していた。
【0067】
マグネチックスターラー「Heidolph MR」(Hei−Standard、ドイツ)内で、抗腫瘍薬溶液中に窒化ホウ素ナノ粒子を継続的に混和させることにより、球形窒化ホウ素ナノ粒子に抗腫瘍薬を浸透させた。エッペンドルフ(ドイツ)製の遠心分離機を用いて、ナノ粒子を液相から分離した。ドキソルビシン抗腫瘍薬の水溶液の濃度は、0.5mg/mlであった。抗腫瘍薬の浸透後、窒化ホウ素ナノ粒子を蒸留水で3回洗浄し、遠心分離機にかけてナノ粒子の表面から薬物の残留物を除去した。
【0068】
Alexa488−ファロイジンで染色された細胞の培養物を共焦点顕微鏡法に供することにより、薬物の浸透したナノ粒子の、新生細胞による吸収を調べた。増殖培地中、薬物を浸透させたナノ粒子の存在下で、7日間培養を行い、その間の形質転換細胞の増殖の動態を計測するとともに、計測結果を、蛍光顕微鏡による制御およびDAPI染色を用いた対照用の試料と比較することにより、ナノ粒子に晒された後の新生細胞の生存率を調べた。
【0069】
共焦点顕微鏡法により、ドキソルビシンを運ぶ窒化ホウ素ナノ粒子は、IAR−6−1系統の形質転換(腫瘍)細胞に浸透する能力を有することが分かった。生存率の試験結果から、腫瘍細胞内部において、ドキソルビシンが粒子から放出されて細胞を破壊することが分かった。
【0070】
〔実施例2〕
78重量%のホウ酸と、4重量%の酸化マグネシウムと、18重量%の非晶質ホウ素とからなる質量11.76gの粉末混合物を、反応炉内のるつぼの中に載置した。反応炉を予め浄化して不純物を除去し、反応炉内を不活性ガスで満たし、作業温度まで加熱し、輸送ガスおよび反応物ガスを流入させた後(実施例1に記載の方法に従う)、作業温度を1190℃にし、当該温度を320分間にわたり維持した。合成の結果、直径70〜100nmの窒化ホウ素ナノ粒子の凝集体である、質量345mgの軟質の純白の粉末が得られた。
【0071】
蒸留水中にて、80Wのパワーで30分間にわたり超音波分散を行った。窒化ホウ素ナノ粒子の濃度は2mg/mlであった。粒子サイズの分布を調べたところ、250nmを超える大きさのナノ粒子およびナノ粒子凝集体の量は、1%未満であった。
【0072】
5mg/mlのドキソルビシン水溶液中で窒化ホウ素ナノ粒子を15分間にわたって超音波処理することにより、ナノ粒子に抗腫瘍薬を浸透させた。
【0073】
実施例1に記載の方法にしたがい、形質転換(腫瘍)IAR−6−1細胞を用いて生体試験を行った結果、細胞死を引き起こすドキソルビシンを運ぶナノ粒子が、細胞によって首尾よく吸収されることが示された。