(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
原子力発電プラントにおいて、ステンレス鋼およびニッケル基合金等は構造材と呼ばれ、原子炉機器および配管等の構造部材に用いられる。これらの構造材は、原子炉冷却材と接触する部位において、特定の条件下で応力腐食割れ(SCC:Stress Corrosion Cracking)の感受性を示す。そこで、原子力発電プラントの健全性を維持するために、SCCの抑制策が適用されている。また、近年では、原子力発電プラントの設備利用率の向上および長寿命化のような経済性向上の観点からも、SCCの抑制策が適用されている。SCC抑制策には、材料の耐食性向上、応力の改善、あるいは腐食環境の緩和を目的とした技術がある。
SCCは、炉内環境において、電気化学腐食電位(ECP:Electrochemical Corrosion Potential)を−0.1Vvs.SHE以下に低下することで、発生、進展ともに抑制できることが知られている。ECPは、基準となる電位を発生する電極を基準として、溶液中に浸漬された金属が発生する電位であり、腐食環境の強度を表すパラメータとして用いられる。基準となる電極電位として、標準水素電極(SHE)電位が広く用いられている。SHEに対する電位は、各温度における式(1)の反応における電子のエネルギーを0Vとおいた場合の相対電位であり、Vvs.SHEの単位で表記される。
H
2 = 2H
+ + 2e
− ・・・(1)
原子炉冷却材(以下、炉水と称す)中に一定以上の濃度の溶存水素が存在すると、炉内機器材料のECPが低下することが知られている。このため、沸騰水型原子力発電プラントでは、SCC抑制策の1つとして、沸騰水型原子力発電プラントの構造部材に接触する炉水の腐食環境を改善するため、水素注入が広く用いられている。原子炉内の炉水には、炉水の放射線分解により生成され、構造部材の腐食の原因となる酸化剤として、酸素および過酸化水素が含まれており、主としてそれらが腐食環境を形成している。水素注入は、給水系配管等を介して炉水に水素を注入し、炉水の放射線分解により生成する酸素および過酸化水素の生成量を減じる技術である。酸素や過酸化水素などの酸化剤の濃度の低下によりECPが低下し、構造部材におけるSCCの発生および進展が緩和される。
【0003】
水素注入を実施した際におけるECPの低下をさらに促進させる技術として、例えば、原子炉停止中に、炉水に白金族貴金属元素を注入すると共に水素注入を併用することが知られている(特許文献1)。貴金属元素の表面上では水素の酸化反応が触媒的に進行するため、水素注入によるECPの低減幅がさらに大きくなる。
また、特許文献2には、炉水に水素を注入し、電気化学ノイズを用いて原子炉内の腐食をモニタリングする技術が示されている。測定される電気化学ノイズから、電極表面の酸化皮膜のボイド移動速度を求め、予め求められたボイド移動速度とSCC発生確率との相関を用いて炉水と接する構造部材のSCC発生確率を求めるものである。
ECP測定に基づいてオンライン貴金属注入の有効性を確認する方法の一つとして、脱塩水を使用して炉水サンプルの酸素濃度を調節する方法が、特許文献3に記載されている。ECP測定部に炉水が到達するまでに、配管内で酸素が消費され、酸素濃度が低下することにより過剰に低いECPが測定され得る。そこで特許文献3では、ECP測定部より上流側で脱塩水を炉水に注入し酸素濃度を上昇させ、本来、ECP測定すべき炉水を模擬する、すなわち、炉水と同等の酸素濃度とするものである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施形態における防食方法及び防食システムでは、電気化学ノイズの測定法を適用して、貴金属注入の有効性を確認する。ここで、電気化学ノイズの測定法とは、測定対象材料である原子炉内機器材料(以下では、原子炉構成材という場合もある)の電位や電流を人為的に変化させないパッシブな測定法であり、化学プラント等の腐食監視に用いられている。本明細書では、原子炉内機器及び給水系配管等の各種配管の構成材料を、原子炉内機器材料(原子炉構成材料)と呼称する。
電気化学ノイズの測定法は、溶液中に浸漬された金属電極が自然に生起する、電位の経時的な揺らぎから、又は電流の経時的な揺らぎから、或はその両方の経時的な揺らぎから求めた電位/電流比から、腐食状態を評価する手法である。評価対象材料(測定対象材料)で製作した同種材料の少なくとも2個以上の電極、或は、評価対象材料で製作した電極と、基準となる一定の電位を常に発生する疑似参照電極とを、電位差計や無抵抗電流計に接続して測定する。
【0012】
本発明の実施形態では、電気化学ノイズの測定法を用いて、貴金属上で触媒的に生じる水素の酸化反応の反応量を算出し、その結果から測定対象材料である原子炉構成材料上に残存する貴金属の量を推定することで、貴金属注入の有効性を、その有効性が喪失するよりも以前の時点で判定することを特徴とする。
なお、電気化学ノイズの測定法には、(a)電位ノイズのみを測定する方式、(b)電流ノイズのみを測定する方式、(c)電位ノイズと電流ノイズ双方を同時に測る方式、とがある。また、電気化学ノイズ測定用電極も複数種類存在する。上記(a)の場合は、評価対象材料(測定対象材料)で製作した同種材料の2個の電極、或は、評価対象材料で製作した電極と、常に基準となる一定の電位を発生する疑似参照電極とを一組として使用する。上記(b)の場合は、評価対象材料で製作した同種材料の2個の電極が用いられる。上記(c)の場合は、評価対象材料で製作した同種材料の3個の電極、或は、評価対象材料で製作した同種材料の2個の電極と、常に基準となる一定の疑似参照電極1個とを一組として使用する。
加えて、電気化学ノイズの評価法には、(a)ランダムなノイズから全面腐食の進行状態を評価するものと、(b)個々の波形を解析することで局部腐食の発生有無を評価するものとがある。
【0013】
本発明の実施形態では、電位ノイズと電流ノイズを同時に連続的に測定し、得られたランダムなノイズを用いて、貴金属上における単位時間あたりの水素の酸化反応の量を評価して貴金属の残存付着量を推定する。以下、本明細書では、電位ノイズと電流ノイズの総称として、単に、電気化学ノイズと称する場合もある。
【0014】
一般に各種プラント等の設備管理で用いられている電気化学ノイズの測定は、腐食速度を監視する目的で適用される。腐食は、電極と溶液の固液界面で生じる電気化学反応によって生じる。原子炉内における主要な酸化剤である酸素の還元反応と、主要な原子炉構成材料の一成分である鉄の酸化反応がカップリングした場合の腐食の模式図を
図2に示す。
図2の上段に示すように、鉄が溶出する際に材料(原子炉構成材料)内に放出する電子が、酸素の還元反応によって消費される。電気化学ノイズは、腐食に伴って材料内を流れる電荷の移動量のゆらぎと、それに伴って生じる電位の揺らぎであって、それらが腐食速度と相関を持つことから腐食モニタリング法として用いられている。
【0015】
一方、貴金属注入を適用し、かつ、炉水(原子炉冷却材)中に溶存水素を添加しているプラントでは、
図2の下段に示すように、貴金属上において水素が触媒的に酸化されるため、鉄の酸化反応に代わって、貴金属の表面上において水素の酸化反応が生じる。水素の酸化反応で放出された電子は材料内へ移動するため、材料側の電子移動は腐食反応の際と類似となる。このことから、発明者らは、鉄がイオン化して溶出する腐食の速度を評価可能な電気化学ノイズの測定法によって、貴金属表面上における水素の酸化反応の速度もまた評価可能であることを見出した。
【0016】
電気化学ノイズは、電極表面での電気化学反応の結果生じる、電極電位と電流のゆらぎである。得られた電位ノイズΔEと、電流ノイズΔIを演算部に逐次入力し、その都度ΔE/ΔIを算出する。このとき、ΔE、ΔIの経時変化から求めた各々の標準偏差σ
E、σ
Iを用いて、σ
E/σ
Iとしても良い。電圧/電流は抵抗の単位を持ち、反応の進行しやすさを表している。ΔE/ΔIも同様に抵抗の単位を持ち、ノイズ抵抗R
nと呼ばれている。ノイズ抵抗R
nは、界面での電荷移動反応の容易さを表しており、単位時間あたりの電荷移動反応量が多いと小さくなる。ノイズ抵抗R
nは、固液界面において単位電流が流れたときの電位変化、すなわち分極曲線の平衡電位近傍における傾きを表していることになる。
【0017】
図3は、材料(母材)表面に付着した貴金属の量が多い場合と少ない場合の、炉水及び母材界面の断面模式図である。例えば、沸騰水型原子炉(BWR)の炉水条件においては、炉水中の水素濃度が一定の場合、ノイズ抵抗R
nは貴金属上における水素の酸化反応の反応量に依存する。すなわち、
図3の上図に示すように、水素の酸化反応の反応量が多い場合は、貴金属付着量が多いと判定できる。また、
図3の下図に示すように、水素の酸化反応の反応量が少ない場合は、貴金属付着量が少ないと判定できる。従って、水素濃度一定の条件の下、予め貴金属付着量とノイズ抵抗R
nとの相関を求めておくことで、原子炉構成材料表面に付着している貴金属の量を推定できる。
なお、従来のECPのみを測定する方式では、仮に、水素と酸素が同時に流れてきた場合、水素による影響及び酸素による影響が同時に検出されてしまう。しかし、本発明の実施形態で用いる電気化学ノイズの測定法によれば、貴金属上での水素の酸化反応が触媒的に生じるため、如何なる酸素濃度の状況下においても、酸化反応に供される水素量を検出することができる。よって、電気化学ノイズの測定法を用いることにより、酸素濃度の調整は不要となる。
以下、図面を用いて本発明の実施例について説明する。
【実施例1】
【0018】
図1は、本発明の一実施例に係る実施例1の防食システムの全体構成図である。
図1に示すように、防食システム1は、内部を炉水(原子炉冷却材)が流動する評価対象である給水系配管6に水素供給配管を介して所定量の水素を注入する水素注入装置4、給水系配管6に貴金属供給配管9を介して所定量の貴金属を注入する貴金属注入装置5、分岐配管7に設置され、給水系配管6と同種材料にて形成された電気化学ノイズ測定用電極2、及び電気化学ノイズ測定装置3を備える。
給水系配管6は、オンライン貴金属注入によって接液面に貴金属が付着されている。なお、給水系配管6の一方端、すなわち、炉水の流動方向に沿って下流側の端部は、図示しない原子炉圧力容器に接続されている。そして、給水系配管6の内部を流動する炉水(原子炉冷却材)は、原子炉圧力容器のダウンカマ内へ流入し、複数の燃料集合体が装荷された炉心(図示せず)の下方から上方へと通流することにより、燃料集合体を冷却する。
分岐配管7は、給水系配管6の所定の位置に設けられ、給水系配管6内を流動する炉水の一部をその内部へ導入する。分岐配管7の接液面も貴金属が付着されている。
図1に示すように、水素注入装置4及び貴金属注入装置5は、給水系配管6内を流動する炉水(原子炉冷却材)の流動方向において、分岐配管7より上流側にて、それぞれ、水素供給配管8及び貴金属供給配管9を介して、給水系配管6に接続されている。
【0019】
電気化学ノイズ測定用電極2は、給水系配管6と同様の処理により表面に貴金属が付着されている。また、電気化学ノイズ測定用電極2は、分岐配管7の内部を流動する炉水に接するよう、分岐配管7に装荷されており、詳細は後述する表面に貴金属が付着された3個の電極から構成される。これら3個の電極は、それぞれリード線40a、40b、40cを介して電気化学ノイズ測定装置3に接続される。電気化学ノイズ測定装置3からの出力は、制御信号線37を介して貴金属注入装置5に入力される。なお、
図1では、給水系配管6へ注入すべき水素量の指令値を水素注入装置4へ送信する制御信号線を省略している。
【0020】
電気化学ノイズ測定装置3は、リード線40a及びリード線40bと接続される電位差計31、リード線40b及びリード線40cと接続される電流計32、電位差計31に接続され、電位差計31の出力から所望の周波数のみを抽出するためのフィルタ33a、電流計32に接続され、電流計32の出力から所望の周波数のみを抽出するためのフィルタ33b、フィルタ33a及びフィルタ33bの出力に基づきノイズ抵抗R
nを演算する演算部34、予め実測により得られた貴金属付着量とノイズ抵抗R
nとの相関関係を表す検量線を格納する記憶部35、及び演算部34に接続され、貴金属注入装置5へ制御信号線37を介して給水系配管6へ注入すべき貴金属量の指令値を出力する制御部36から構成される。ここで、演算部34は、求めたノイズ抵抗R
nと詳細後述する検量線を参照することにより、電気化学ノイズ測定用電極2の表面に付着する貴金属付着量を推定する。制御部36は、演算部34により得られた電気化学ノイズ測定用電極2の貴金属付着量に基づき、所定量の貴金属を給水系配管6へ注入するよう貴金属注入装置5を制御する。すなわち、演算部34及び制御部36は、給水系配管6へ貴金属注入装置5から貴金属を添加すべき時期(添加時期)の検出を、協働して実行する。
フィルタ33a及びフィルタ33bは、例えば、所望の周波数帯域の周波数のみを通過させるバンドパスフィルタにて実現される。また、演算部34及び制御部36は、例えば、各種プログラムを格納するROM、演算過程のデータを一時的に格納するRAM、及び、ROMに格納された各種プログラムを読出し実行するCPU等のプロセッサにて実現される。ここで、ROMに格納される各種プログラム及び/又は、RAMに格納される演算過程のデータを、記憶部35に格納するよう構成しても良い。
【0021】
図4は、
図1に示す電気化学ノイズ測定用電極の縦断面図及びA−A断面矢視図である。
図4の縦断面図に示すように、電気化学ノイズ測定用電極2は、給水系配管6等の原子炉構成材料と同種材料で形成される第一電極21a、第二電極21b、及び第三電極21cから構成される。第一電極21a、第二電極21b、及び第三電極21cの表面には、給水系配管6と同様の処理により貴金属が付着されている。また、白抜き矢印にて示す炉水(原子炉冷却材)の分岐配管7内における流動方向に沿って、上流側より下流側へと、第一電極21a、第二電極21b、第三電極21cが配される。第一電極21aと第二電極21b間、第二電極21bと第三電極21c間には絶縁部材22が配され、相互に電気的に接触しない構成とされている。また、炉水の流動方向において、最上流側及び最下流側に配される絶縁部材22と接触する構造部材23は、分岐配管7に溶接によって固定されている。そして、最上流側及び最下流側に配される絶縁部材22は、それぞれ構造部材23にロウ付けによって固定されている。これにより、電気化学ノイズ測定用電極2を構成する第一電極21a、第二電極21b、及び第三電極21cは、分岐配管7側の末端が炉水に接するよう固定され、相互に電気的に接触することなく、かつ、分岐配管7と電気的に接触することなく配される。
図4のA―A断面矢視図に示すように、電気化学ノイズ測定用電極2を構成する第一電極21a〜第三電極21c及び絶縁部材22の分岐配管7側の末端は、分岐配管7内を流動する炉水(原子炉冷却材)に対し流路抵抗とならぬよう配される。また、第一電極21a〜第三電極21cの分岐配管7側の末端とは反対側の端部は、それぞれ、リード線40a〜40cに接続されている。
次に、防食システム1の動作について説明する。
図5は、
図1に示す防食システムの動作を示すフローチャートである。原子炉の定格運転中において、給水系配管6内には常に炉水(原子炉冷却材)が流動する。給水系配管6内を流動する炉水の一部は、分岐配管7へ導入され、原子炉の定格運転期間中は、常に、電気化学ノイズ測定用電極2を構成する第一電極21a〜第三電極21cの接液部(分岐配管7側の末端)と接触する。この状態において、電気化学ノイズ測定装置3を構成する制御部36(
図1)からの指令値に応じて、貴金属注入装置5は貴金属供給配管9を介して給水系配管6へ貴金属を注入する。すなわち、オンライン貴金属注入を施工する(ステップS11)。ステップS11により、電気化学ノイズ測定用電極2を構成する第一電極21a、第二電極21b、及び第三電極21cの接液部に、給水系配管6と同様の施工条件で貴金属が付着される。
ステップS12では、制御部36からの指令値に応じて、水素注入装置4は水素供給配管8を介して給水系配管6へ水素を注入する。ステップS12により、給水系配管6内を流動する炉水(原子炉冷却材)中に水素が溶存される。
【0022】
ステップS13では、電気化学ノイズ測定装置3を構成する電位差計31(
図1)が、第一電極21a及び第二電極21b間に生じる電位Eを、10Hzのサンプリング周波数で連続的に測定する。同時に、電気化学ノイズ電測定装置3を構成する電流計32は、第二電極21b及び第三電極21c間に生じる電流Iを、10Hzのサンプリング周波数で連続的に測定する。これにより、1sec間当たり、10個の電位E及び電流Iのサンプリングデータが取得される。フィルタ33aは、電位差計31により測定された電位Eのうち、10Hzから100Hzの周波数帯域の信号のみを通過させ、演算部34へ出力する。同様に、フィルタ33bは、電流計32により測定された電流Iのうち、10Hzから100Hzの周波数帯域の信号のみを通過させ、演算部34へ出力する。このとき、フィルタ33a及びフィルタ33bを通過し演算部34へ入力される信号は、記憶部36へ逐次格納される。
【0023】
ステップS14では、演算部34は、記憶部35に格納される電位ノイズの直近の所定時間tsec間の時系列データを抽出する。また、同様に、演算部34は、記憶部35に格納される電流ノイズの直近の所定時間tsec間の時系列データを抽出する。ここで、所定時間tsecを、例えば、600secと設定した場合、演算部34により抽出される電位ノイズEの時系列データは、6000個(サンプリングデータ数)の点列となる。また、同様に、演算部34により抽出される電流ノイズIの時系列データは、6000個(サンプリングデータ数)の点列となる。
ステップS15では、演算部34は、抽出された電位ノイズEの時系列データ、すなわち、電位ノイズEの経時変化から標準偏差σ
Eを算出する。また、演算部34は、抽出された電流ノイズIの時系列データ、すなわち、電流ノイズIの経時変化から標準偏差σ
Iを算出する。更に、演算部34は、R
n=σ
E/σ
Iの関係式により、ノイズ抵抗R
nを算出する(ステップS16)。
【0024】
次に、ステップS17では、演算部34は、記憶部35を参照し、予め記憶部35内に格納される電気化学ノイズ測定用電極2の構成材料表面の貴金属付着量Wとノイズ抵抗R
nとの相関関係を表す検量線を読み出し、上述のステップS16にて得られたノイズ抵抗R
nから貴金属付着量Wを推定する。ここで、
図6に、ノイズ抵抗と貴金属付着量との相関関係を表す検量線を示す。検量線は、横軸をノイズ抵抗R
n、縦軸を貴金属付着量Wとするグラフとして、記憶部35に格納されている。
図6に示すように、ノイズ抵抗R
nと貴金属付着量Wは、反比例の関係にある。ステップS16にて算出されたノイズ抵抗R
nがR
n1の場合、検量線により貴金属付着量WはW1と推定される。
なお、ステップS17では、演算部34が、
図6に示す検量線を用いて、算出されたノイズ抵抗R
nから貴金属付着量Wを推定する構成としたが、これに限られるものではない。例えば、
図6に示す検量線に替えて、ノイズ抵抗R
nに加え、炉水(原子炉冷却材)の温度、圧力、水素濃度、酸化剤濃度、電気伝導度、pH、及び流速のうちのいずれか、又はこれらの組み合わせをパラメータとして含め、予め求めたこれらパラメータと貴金属付着量Wとの相関関係を示す相関式を用いる構成としても良い。
【0025】
図5に戻り、ステップS18では、演算部34は、推定した貴金属付着量Wが、記憶部35内に予め格納された事業者が定めた下限付着量である下限値(Wmin)以下か否か判定する。判定の結果、推定した貴金属付着量Wが下限値(Wmin)以下の場合には、ステップS19へ進む。一方、判定の結果、推定した貴金属付着量Wが下限値(Wmin)を上回る場合には、ステップS13へ戻り、ステップS18までの処理を繰り返し実行する。すなわち、ステップS18では、演算部34が、給水系配管6へ貴金属注入装置5から貴金属を添加すべき時期(添加時期)の検出を実行する。
ステップS19では、制御部36は、演算部34より推定した貴金属付着量Wが下限値(Wmin)以下であることを示す信号を受信すると、所定量の貴金属を注入するよう指令値を、制御信号線37を介して貴金属注入装置5へ出力する。貴金属注入装置5は、制御部36からの指令値に応じて、所定量の貴金属を、貴金属供給配管9を介して給水系配管6へ注入する。すなわち、オンライン貴金属注入を再施工する。その後、ステップS13へ戻り、ステップS18までの処理を繰り返し実行し、ステップS18にて、推定された貴金属付着量Wが下限値(Wmin)を上回ると判定されるまで、連続的、または断続的に貴金属注入装置5より給水系配管6へ所定量の貴金属が注入される。
ここで、所定量とは、例えば、予め定めた一定量でも良く、または、初期状態の貴金属付着量(Wo)とステップS17にて推定された貴金属付着量Wとの差分、或はこの差分に応じた量を含むものとする。また、事業者により予め設定される下限付着量である下限値(Wmin)は、例えば、貴金属が水素の酸化反応における触媒的効果を発揮することが困難となる貴金属量に所定量を加算した値を下限値として設定しても良い。
なお、ステップS18の処理を、演算部34に替えて、制御部36が実行するよう構成しても良い。この場合、ステップS17にて演算部34により得られる、推定された貴金属付着量Wを制御部36が受信する。その後、制御部36は、推定された貴金属付着量Wが下限値(Wmin)以下か否かを判定する。
【0026】
以上のように、防食システム1が動作することにより、オンライン貴金属注入の有効性が喪失する前に、貴金属の添加時期が検出され、オンライン貴金属注入が再施工されるため、原子炉内機器及び給水系配管等の原子炉構成材料の応力腐食割れを抑制することができる。
【0027】
なお、
図5において、ステップS14において、電位ノイズE及び電流ノイズIの時系列データを抽出するための直近の所定時間tsecを、600secに替えて、3600secとしても良い。この場合、演算部34により抽出される電位ノイズEの時系列データ及び電流ノイズIの時系列データは、36000個(サンプリングデータ数)の点列となる。ここで、設定する直近の所定時間tsecは、長い時間となる程サンプリングデータ数が増大し、変動が少なくなる。しかし、逆に、貴金属付着量が徐々に減少している場合、その変化を検出することが困難となる可能性がある。従って、電位ノイズE及び電流ノイズIの時系列データを抽出するための直近の所定時間tsecとして、600sec〜3600secの範囲内で、所望の時間を設定することが望ましい。
【0028】
また、本実施例では、第一電極21a及び第二電極21b間に生じる電位E、及び第二電極21b及び第三電極21c間に生じる電流Iを、10Hzのサンプリング周波数で連続的に測定する構成としたが、これに限られるものではない。例えば、10Hzに替えて1Hzのサンプリング周波数で電位E及び電流Iを連続的に測定する構成としても良い。この場合、フィルタ33a及びフィルタ33bに設定する通過周波数帯域は、0.1Hzから10Hzとすれば良い。
【0029】
本実施例によれば、オンライン貴金属注入を適用した原子炉の定格運転期間中を通じて、原子炉内機器及び給水系配管等の各種配管などの原子炉構成材料の表面に残存付着している貴金属量を監視でき、貴金属の離脱によって、SCC抑制に必要な下限貴金属付着量に到達するよりも以前の時点で、オンライン貴金属再注入の時期(貴金属の添加時期)を検出できるため、オンライン貴金属注入によるSCC抑制効果が効果的に得られ、健全性が維持できる。
【0030】
また、適切な貴金属注入量、時期を策定することが可能となり、合理的なオンライン貴金属注入の運用が可能となる。
【実施例2】
【0031】
図7は、本発明の他の実施例に係る実施例2の防食システムの全体構成図である。本実施例の防食システム1aは、分岐配管7内に、炉水(原子炉冷却材)の流動方向に沿って、上流側より下流側へと相互に離間配置される3個の電気化学ノイズ測定用電極2a、2b、2cを備え、これら電気化学ノイズ測定用電極2a、2b、2cと、実施例1にて説明した電気化学ノイズ測定装置3を構成する電位差計31及び電流計32との接続を切り替えるスキャナ51を有する点が実施例1と異なる。その他の構成は実施例1と同様であり、
図1に示す構成要素と同一の構成要素に同一符号を付し、以下では、重複する説明を省略する。
【0032】
図7に示す、電気化学ノイズ測定用電極2a、2b、2cのそれぞれは、
図4にて上述した第一電極21a、第二電極21b、第三電極21cを備え、第一電極21a及び第二電極21b間、第二電極21b及び第三電極21c間に絶縁部材22が配される。また、最上流側及び最下流側に配される絶縁部材22と構造部材23により、第一電極21a、第二電極21b、及び第三電極21cは、分岐配管7側の末端が炉水に接するよう固定されている。電気化学ノイズ測定用電極2a、2b、2cを構成する、一組の第一電極21a〜第三電極21cは、例えば、ステンレス鋼製の原子炉内機器及び給水系配管6等の各種配管の原子炉構成材料と同種材料で形成されている。
本実施例では、電気化学ノイズ測定用電極2a、2b、2cの初期状態における貴金属付着量(Wo)がそれぞれ異なるよう構成している。具体的には、電気学ノイズ測定用電極2aの初期状態における貴金属付着量(Wo)は、0.01μg/cm
2としている。電気化学ノイズ測定用電極2bの初期状態における貴金属付着量(Wo)は、0.1μg/cm
2としており、また、電気化学ノイズ測定用電極2cの初期状態における貴金属の付着量(Wo)を、1μg/cm
2のとしている。よって、炉水(原子炉冷却材)の流動方向に沿って、下流側に配される電気化学ノイズ測定用電極ほど、初期状態における貴金属付着量(Wo)が大となる構成としている。なお、予め電気化学ノイズ測定用電極2a、2b、2cへ貴金属を付着させる処理は、実施例1と同様に、給水系配管6と同様の施工条件で行われる。
【0033】
また、
図7に示す電気化学ノイズ測定装置3を構成する記憶部35には、電気化学ノイズ測定用電極毎に、ノイズ抵抗R
nと貴金属付着量Wとの相関関係を表す検量線が格納されている。検量線の作成は、実施例1と同様に、予め実測により得られた貴金属付着量Wとノイズ抵抗Rnを、電気化学ノイズ測定用電極2a、2b、2c毎にそれぞれ求め、記憶部35に格納する。すなわち、本実施例では、異なる3つの検量線が記憶部35に格納されている。
【0034】
図7に示す状態では、スキャナ51により最上流側に配される電気化学ノイズ測定用電極2aが、電気化学ノイズ測定装置3を構成する電位差計31及び電流計32と接続状態にあることを示している。すなわち、電気化学ノイズ測定用電極2aを構成する、第一電極21aに接続されるリード線40a及び第二電極21bに接続されるリード線40bが、スキャナ51を介して電位差計31に電気的に接続されている。また、電気化学ノイズ測定用電極2aを構成する、第二電極21bに接続されるリード線40b及び第三電極21cに接続されるリード線40cが、スキャナ51を介して電流計32に電気的に接続されている。
スキャナ51は、
図7に示す状態から次に、電気化学ノイズ測定用電極2bを構成する、第一電極21aに接続されるリード線41a及び第二電極21bに接続されるリード線41bが、電位差計31と電気的に接続されるよう切り替える。これと同時に、スキャナ51は、第二電極21bに接続されるリード線41b及び第三電極21cに接続されるリード線41cが、電流計32と電気的に接続されるよう切り替える。
続いて、スキャナ51は、電気化学ノイズ測定用電極2cを構成する、第一電極21aに接続されるリード線42a及び第二電極21bに接続されるリード線42bが、電位差計31に電気的に接続されるよう切り替える。これと同時に、スキャナ51は、第二電極21bに接続されるリード線42b及び第三電極21cに接続されるリード線42cが、電流計32に電気的に接続されるよう切り替える。
【0035】
上述のスキャナ51による切替え動作、すなわち、電気化学ノイズ測定用電極2aと電位差計31及び電流計32との電気的接続、電気化学ノイズ測定用電極2bと電位差計31及び電流計32との電気的接続、及び電気化学ノイズ測定用電極2cと電位差計31及び電流計32との電気的接続の切替えは、1sec以内に実行され、毎秒繰り返し実行される。
【0036】
防食システム1aの動作は、実施例1で説明した
図5に示すフローチャートと同様であるものの、ステップS13において、電位差計31が、電気化学ノイズ測定用電極2a〜2cを構成する、各第一電極21a及び第二電極21b間に生じる電位Eを、1Hzのサンプリング周波数で連続的に測定する。また、同様に、電流計32は、電気化学ノイズ測定用電極2a〜2cを構成する、各第二電極21b及び第三電極21c間に生じる電流Iを、1Hzのサンプリング周波数で連続的に測定する。これにより、電気化学ノイズ測定用電極2a〜2cのそれぞれについて、1sec間当たり、1個の電位E及び電流Iのサンプリングデータが取得される。すなわち、電気化学ノイズ測定用電極2a〜2cに対応する3組の電位ノイズE及び電流ノイズIが測定される。
演算部34は、
図5に示すステップS14〜ステップS16までの処理を実行することにより、電気化学ノイズ測定用電極2a〜2cに対応する3組の電位ノイズEの標準偏差σ
E及び電流ノイズIの標準偏差σ
Iが算出され、これらそれぞれの標準偏差σ
E、σ
Iから3種のノイズ抵抗R
nが算出される。すなわち、電気化学ノイズ測定用電極2a〜2c毎のノイズ抵抗R
nが得られる。ステップS17では、演算部34は、記憶部35に予め格納される電気化学ノイズ測定用電極2a〜2cに対応する検量線を参照し、上記得られた3種のノイズ抵抗Rnに基づき、各電気化学ノイズ測定用電極(2a,2b,2c)の貴金属付着量Wを推定する。以降のステップS18及びステップS19については、実施例1と同様であるため説明を省略する。
【0037】
本実施例によれば、実施例1の効果に加え、初期状態において0.01μg/cm
2から1μg/cm
2の範囲で貴金属が付着した部位について、部位毎にオンライン貴金属注入の有効性を推定或いは判定することが可能となる。
【実施例3】
【0038】
図8は、本発明の他の実施例に係る実施例3の防食システムの全体構成図である。本実施例の防食システム1cは、分岐配管7内に炉水(原子炉冷却材)に接するよう配される電気化学ノイズ測定用電極を、実施例1にて説明した
図4に示す第一電極21a及び第三電極21cの2つの電極のみで構成し、第二電極21bに替えて、アースに接続される分岐配管7を電極として用いるよう構成した点が実施例1と異なる。その他の構成は実施例1と同様であり、
図1に示す構成要素と同一の構成要素に同一符号を付し、以下では、重複する説明を省略する。
【0039】
図8に示す、電気化学ノイズ測定用電極2dは、
図4にて上述した第一電極21a及び第三電極21cを備え、第一電極21a及び第三電極21c間に絶縁部材22が配される。また、最上流側及び最下流側に配される絶縁部材22と構造部材23により、第一電極21a及び第三電極21cは、分岐配管7側の末端が炉水に接するよう固定されている。一組の第一電極21a及び第三電極21cは、例えば、ステンレス鋼製の原子炉内機器及び給水系配管6等の各種配管の原子炉構成材料と同種材料で形成されている。また、電気化学ノイズ測定用電極2dは、給水系配管6と同様の処理により予めその表面に貴金属が付着されている。
【0040】
また、アースに接続される分岐配管7は、リード線43を介して電気化学ノイズ測定装置3を構成する電位差計31及び電流計32に接続されている。第一電極21aに接続されるリード線40aは電位差計31に接続され、第三電極21cに接続されるリード線40cは電流計32に接続されている。
防食システム1bの動作は、
図5で説明した実施例1と同様であるため説明を省略する。
【0041】
本実施例によれば、実施例1の効果に加え、本実施例では、アースに接続された分岐配管7を第二電極21bに替えて用いることにより、炉水(原子炉冷却材)が流動する、実配管である分岐配管の流動状態における情報を得ることが可能となる。
また、実施例1及び実施例2と比較し、第二電極21bを必要とせず、電極数を低減することが可能となる。
【0042】
上述の実施例1及び実施例2では、電気化学ノイズ測定用電極2,2a〜2cを、原子炉内機器及び給水系配管6等の各種配管の原子炉構成材料と同種材料で形成された、第一電極21a、第二電極21b及び第三電極21cを備える構成とした。これに替えて、第二電極21bを、常に基準となる一定電位を発生する疑似参照電極に替えても良い。この場合、疑似参照電極である第二電極21bは、第一電極21a及び第三電極21cの構成材料である、例えは、ステンレス鋼製或いはニッケル基合金と異なる構成材料にて形成される。疑似参照電極である第二電極21bの構成材料としては、Ti、Ti合金、Zr、Zr合金、Pt、Rh、及びPbに何れかとするのが望ましい。なお、疑似参照電極を用いる場合において、その他の構成は、実施例1及び実施例2と同様の構成とすれば良い。
【0043】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の実施例の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。