(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
表面に酸化膜が形成された平均粒径10〜100μmの錫の粒体を,噴射圧力0.5MPa以上,又は噴射速度200m/sec以上で金属成品に対し噴射することにより,アルミニウム又はアルミニウム合金と接触させる部分の前記金属成品の表面に前記酸化膜が形成された前記噴射粒体の一部を溶融付着,拡散浸透,又は被覆させて,酸化錫の被膜を1μm以下の厚みで形成することを特徴とするアルミの凝着防止方法。
前記金属成品に対し平均粒径37〜74μmの鋼球を,噴射圧力0.3MPa以上,又は噴射速度100m/sec以上で噴射する前処理を行った後,前記酸化錫被膜の形成を行うことを特徴とする請求項1又は2記載のアルミの凝着防止方法。
前記金属成品に対し平均粒径38〜90μmのセラミックビーズを,噴射圧力0.2MPa以上,又は噴射速度100m/sec以上で噴射する前処理を行った後,前記酸化錫被膜の形成を行うことを特徴とする請求項1又は2記載のアルミの凝着防止方法。
請求項3に記載の前処理を行った金属成品の表面に対し,更に請求項4に記載の前処理を行った後,前記酸化錫被膜の形成を行うことを特徴とする請求項1又は2記載のアルミの凝着防止方法。
【背景技術】
【0002】
近年,自動車などでは低燃費化を目的とした車体の軽量化の要求から,ハイテン鋼(高張力鋼)の使用による薄肉化による軽量化の他,アルミ材の使用による軽量化が図られる場合も多く,これに伴いアルミの加工や成形作業も増大している。
【0003】
このアルミは,融点が低く軟質な(延性が高い)材料であるため,切削工具等の工具の刃先や金型(ダイカスト,押出し,鍛造,プレス)等,アルミ製の被加工材と摺接あるいは圧接して使用される加工工具に対し短時間のうちに凝着することから,加工工具の交換や凝着したアルミの除去等の作業が必要で,その間の生産を停止する必要がある等,生産性の低下やコスト増を招く問題がある。
【0004】
このようなアルミの凝着を防止する方法としては,金型表面や切削工具の表面にダイヤモンドライクカーボン(DLC)製の潤滑性被膜を形成することが提案されている(特許文献1,非特許文献1)。
【0005】
なお,本発明の発明者は,アルミの凝着を防止する方法に関するものではないが,金属成品の表面を強化するための方法として,金属成品の表面に,酸化膜が形成された平均粒径10〜100μmの錫の粒体を噴射圧力0.5MPa以上,又は噴射速度200m/sec以上で被処理製品に噴射することにより,被処理製品の表面に酸化錫の被膜を1μm以下の厚みで形成することを特徴とする表面強化被膜の形成方法を既に出願している(特許文献2)。
【0006】
なお,錫(Sn)とアルミの組合せが凝着を生じる金属の組合せであることは当業者において公知であり,後掲の特許文献3には,両者の凝着性に着目して電気抵抗を低減することを目的としてアルミ電線用の圧着端子の表面に錫(Sn)めっきを施す構成が開示されており(特許文献3[請求項1][請求項2]参照),また,後掲の非特許文献2には,各種金属同士の組合せにおいて,アルミと錫の組合せが「溶け合い,焼き付きやすいもの」であることが示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
接触面において2つの金属成品の表面が高い面圧で接触すると,接触面を構成する2つの面に形成されている酸化膜同士,一方の面の酸化膜の破壊によって露出した新生面と他方の面の酸化膜,2つの面の新生面同士が原子的あるいは分子的に結合する。
【0010】
このような結合は,2つの面の表面粗さにおける凸部において顕著に生じるものであることから,接触面間に潤滑油が存在しない場合のみならず,潤滑油が存在する場合においても生じ得る。
【0011】
ここで,酸化膜の破壊によって露出した新生面は非常に活性であるために,摺接される2つの面がいずれも新生面同士である場合,両者の結合は強固なものとなり凝着や焼付きの原因となる点は金属の種類に拘わらず共通である。
【0012】
そして,摺接される金属が鉄や銅である場合には,被加工材の新生面と接触する加工工具の表面が酸化膜であれば,両者間に生じる結合力は新生面同士の接合力に比べて弱いだけでなく,酸化膜同士の接合力と比較しても弱いことから,一方の面側で新生面が露出したとしても,他方の面で新生面の露出が生じていなければ大きな結合力は生じず,凝着や焼付きに発展し難い。
【0013】
そのため,鉄(鋼)製の切削工具の刃先や金型については,窒化処理等によって表面を高硬度化し,高い面圧が加わった場合であっても新生面の露出が生じ難い状態としてやることで凝着の発生を抑止することが可能となる。
【0014】
しかし,少なくとも一方の材質がアルミである場合,アルミの新生面と表面酸化膜の接合力は,酸化膜同士の接合力よりも強固となるため,加工工具側に窒化処理を行う等,新生面が露出しないような加工を行ったとしても,加工工具の表面に対するアルミの凝着を十分に防止し得ない。
【0015】
その結果,被加工材がアルミである場合,窒化処理等の表面強化処理を行っただけでは加工工具の表面に対するアルミの凝着を十分に防止することができず,アルミの凝着を防止するためには,更に,加工工具の表面を,アルミとの相性(密着性)が悪い状態に加工することが必要となる。
【0016】
この点に関し,前掲の特許文献1や非特許文献1では,加工工具側の表面にDLC膜を形成し,このDLC膜が,「表面の水素による終端によって非炭素固溶性の合金との間で高い滑り特性を持(つ)」(特許文献1[0002]欄)という性質を利用して,アルミの凝着を防止している。
【0017】
その結果DLC膜を形成した切削工具や金型であっても,DLC膜の表面が水素終端という構造を失ってしまうとアルミの凝着を防止できなくなり,例えば,高い加工率で加工を行う等して金型の温度が300℃以上となり,DLC膜の水素が脱離して表面の水素終端構造が失われると被加工材の凝着や堆積が生じることとなる(特許文献1[0005]欄)。
【0018】
そのため,前掲の特許文献1では,このような水素終端構造の喪失に伴うアルミの凝着を防止するために,被加工材を加工する際に冷却潤滑油を噴射してDLC膜を冷却するか(特許文献1[0005]欄),又は,金型内に冷却媒体の流路を形成して冷却媒体を循環させることで(特許文献1の請求項1),DLC膜の温度が300℃以上に上昇しないようにする構成が採用されており,冷却潤滑油の噴射によって冷却する構成では,多量の冷却潤滑油の使用と廃棄にコストがかかる一方,冷媒流路を形成する構成では金型の構造が複雑になると共に,冷却媒体を循環させるための構造が必要となる結果,金型が高価なものとなる。
【0019】
しかも,このようなDLC膜の形成は,CVD法などの気相合成によって行われ(特許文献1[0003],[0033]欄),DLC膜を形成するためには高価なCVD装置が必要となるなど多額の初期投資が必要となり,これらのコストが製品に転嫁される結果,製品の価格を上昇させて市場における価格競争力を失わせることとなる。
【0020】
そのため,より簡易な方法で,かつ,簡単な加工装置を使用して,加工工具等の金属成品に対するアルミの凝着を防止できる方法の提案が望まれている。
【0021】
なお,前述したように本発明の発明者は,酸化膜が形成された錫の粒体を所定の噴射圧力又は噴射速度で噴射することで,処理成品の表面に高硬度の酸化錫被膜を形成できることを見出し,これを表面強化被膜の形成方法として既に出願している(前掲の特許文献2)。
【0022】
しかし,本発明の発明者は,このようにして形成された酸化錫被膜が高硬度であることについては認識していたものの,形成された酸化錫被膜にアルミの凝着防止効果があるとの認識はしていなかった。
【0023】
しかも,前掲の特許文献3や非特許文献2を示す迄もなく,錫(Sn)とアルミの組合せは,凝着(焼付)が生じる金属の組合せである一方,酸化錫被膜には,前述したDLC膜の表面が持つ水素終端といったようなアルミの凝着防止を予測させるような特別な構造を持つものでもないことから,金属成品の表面に酸化錫被膜を形成しても,アルミの凝着を防止する効果が発生することの予測ができなかっただけでなく,錫や酸化錫の被膜を形成することは,アルミの凝着をむしろ助長させるものであると予測していた。
【0024】
しかし,試みに上記方法で加工工具の表面に酸化錫被膜を形成したところ,前述した予想に反し,この酸化錫被膜を形成した加工工具では,加工工具の表面に対するアルミの凝着や焼付きを大幅に改善できることが確認された。
【0025】
なお,以上の説明では,アルミの凝着防止処理の対象を,切削工具や金型等の加工工具とする場合を想定して説明したが,例えばアルミ製のピストンやロータと摺接する鉄鋼製シリンダ(スリーブ)に対するアルミの凝着や,アルミ製のエンジンブロックに螺着される鉄鋼製ボルトのカジリ防止等のように,加工工具以外の金属成品であっても,アルミ製の金属成品と接触させて使用する金属成品にあっては,アルミの凝着やこれに伴う焼付き等の問題は共通に生じ得る問題であり,同様にアルミの凝着発生を防止することが望まれる。
【0026】
本発明は,上記従来技術における欠点を解消するためになされたものであり,噴射粒体の噴射という極めて簡単な処理により,低コストかつ短時間で加工工具等の金属成品の表面に対するアルミの凝着を防止することができるアルミの凝着防止方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
上記課題を達成するために,本発明のアルミ凝着防止方法は,
表面に酸化膜が形成された平均粒径10〜100μmの錫の粒体を,噴射圧力0.5MPa以上,又は噴射速度200m/sec以上で金属成品に対し噴射することにより,アルミニウム又はアルミニウム合金と接触させる部分の前記金属成品の表面に
前記酸化膜が形成された前記噴射粒体の一部を溶融付着,拡散浸透,又は被覆させて,酸化錫の被膜を1μm以下の厚みで形成することを特徴とする(請求項1)。
【0028】
上記のアルミ凝着防止方法において,前記金属成品は,塩浴窒化,塩浴軟窒化,ガス窒化,プラズマ窒化,ガス軟窒化などの窒化処理を行った後の金属成品とすることが好ましい(請求項2)。
【0029】
また,前記金属成品に対し平均粒径37〜74μmの鋼球を,噴射圧力0.3MPa以上,又は噴射速度100m/sec以上で噴射する前処理を行った後,前記酸化錫被膜の形成を行うものとしても良く(請求項3),又は,
前記金属成品に対し平均粒径38〜90μmのセラミックビーズを,噴射圧力0.2MPa以上,又は噴射速度100m/sec以上で噴射する前処理を行った後,前記酸化錫被膜の形成を行うものとしても良い(請求項4)。
【0030】
なお,前述した鋼球を噴射して行う前処理と,セラミックビーズを噴射して行う前処理は,双方共に行うものとしても良く,この場合,鋼球を噴射する前処理を行った後,セラミックビーズを噴射する前処理を行うことが好ましい(請求項5)。
【発明の効果】
【0031】
以上で説明した本発明の構成により,本発明のアルミの凝着防止方法を適用した金属成品は,アルミ製の部材と高い面圧で接触させた場合であってもアルミが凝着することを防止できた。
【0032】
処理対象とする金属成品を,塩浴窒化,塩浴軟窒化,ガス窒化,プラズマ窒化,ガス軟窒化などの各種窒化処理を行ったものとすることにより,酸化錫被膜の下層の強度を向上させ,高い面圧が加わった場合であっても酸化錫被膜が破壊され難く,剥離等が生じることを防止でき,アルミの凝着防止効果を長期に渡り発生させることができた。
【0033】
酸化錫被膜を形成する前に,金属成品の表面に前述した鋼球及び/又はセラミックビーズの噴射による前処理を行う場合には,金属成品の表面に形成されている酸化膜等の変質層が除去されると共に,ピーニング効果によって表面の内部組織が微細化され,酸化錫被膜の下層の強度や圧縮残留応力を向上させることにより,酸化錫被膜の剥離等を生じ難くすると共に,疲労強度等の向上を得ることができた。
【0034】
特に,窒化処理後の金属成品の表面に対し前述した前処理を行う構成では,窒化層表面の化合物層の除去,表面の内部組織の微細化が行われるだけでなく,窒素の更なる内部拡散が行われて窒化層の深化が行われていることが確認されており,次工程で形成される酸化錫被膜の密着強度を高め,また,酸化錫被膜の破損を生じ難くすることができた。
【0035】
なお,前処理においてハイス鋼等の鋼球を噴射する場合には,アルミナ・シリカ等のセラミックビーズを使用する場合に比較して噴射する鋼球の粒径が大きいことから,金属成品の内部深く迄強度の向上を図ることができる一方,金属成品の表面が荒れる。一方,セラミックビーズを噴射する前処理では,金属成品の表面からの深さ方向に対する強度向上は,鋼球を使用する場合に比較して劣るものの,金属成品の表面荒れを少なくすることができ,用途に応じてこれらの前処理を適宜選択することが可能である。
【0036】
更に前記両前処理の特性より,鋼球の噴射後,セラミックビーズの噴射を行う複合型の前処理を行った場合には,鋼球の噴射により金属成品の内部深く迄強度の向上を得ることができると共に,その後のセラミックビーズの噴射により表面荒れを改善する前処理を行うことができた。
【発明を実施するための形態】
【0038】
次に,本発明の実施形態につき添付図面を参照しながら以下説明する
【0039】
〔アルミの凝着防止方法概要〕
本発明のアルミの凝着防止方法は,表面に酸化膜が形成された平均粒径10〜100μm,好ましくは平均粒径20〜50μmの錫の粒体を,噴射圧力0.5MPa以上又は噴射速度200m/sec以上で金属成品に噴射することにより,アルミと接触させる部分の金属成品の表面に厚み1μm以下で付着強度の高い酸化錫の被膜を形成するものである。
【0040】
〔噴射粒体〕
本発明のアルミ凝着防止方法では,前述したように噴射粒体として表面に酸化膜の形成された錫粒体を使用するもので,このような噴射粒体は,一例として噴射粒体である錫粒体を水アトマイズ法によって製造することにより得ることができる。
【0041】
ここで,水アトマイズ法では,溶融した錫を高圧水と衝突させることにより溶融錫の粉粒化と急冷凝固を瞬時に行うことによって粒体を得るものであり,このようにして得られた錫粒体は,水との衝突時の急冷によってその表面が酸化して表面が酸化膜によって覆われた錫の粒体となる。
【0042】
使用する噴射粒体の粒径は,平均粒径10〜100μm,好ましくは20〜50μmのものを使用する。噴射粒体の衝突によって金属成品の表面に被膜を形成するためには,衝突時の発熱により噴射粒体に温度上昇を生じさせる必要があり,この温度上昇は,噴射粒体の衝突速度に比例して上昇するものとなる。
【0043】
上記粒径の範囲の噴射粒体であれば,噴射時に使用する圧縮気体によって生じた気流に乗り易く,高速で噴射粒体を金属成品の表面に衝突させることができ,酸化錫被膜の形成を好適に行うことができる。
【0044】
なお,使用する噴射粒体の個々の粒子の形状は,球状であっても良く,又は多角形状であっても良く,更にはこれらが混在したものであっても良く,その形状は特に限定されない。
【0045】
〔噴射方法〕
前述の噴射粒体の噴射には,噴射粒体を圧縮空気等の圧縮気体と共に噴射する既知の各種のブラスト加工装置を使用することができ,このブラスト加工装置の噴射方式は,直圧式,重力式,サクション式等の既知の如何なる方法によって行うものであって良く,前述した噴射圧力又は噴射速度で噴射粒体を噴射し得るものであれば特に限定されない。
【0046】
噴射粒体の噴射は,噴射圧力0.5MPa以上,又は噴射速度200m/sec以上で行う。噴射粒体が金属成品の表面に衝突した際に生じる温度上昇は速度に比例し,金属成品の表面に噴射粒体を好適に溶融付着させるためには,噴射粒体を高速で噴射する必要がある。
【0047】
特に,本発明の方法で使用する噴射粒体は,表面に酸化膜が形成されていると共に,この酸化膜(酸化錫)は,錫(未酸化)に対して融点が上昇していることから,前述した高い噴射圧力,噴射速度での噴射が要求される。
【0048】
〔被処理対象(金属成品)〕
本発明のアルミ凝着防止方法で処理対象とする金属成品は,アルミと接触させて使用するものであり,かつ,前述した噴射粒体を前述した噴射圧力又は噴射速度による噴射,衝突によって酸化錫の被膜を形成可能なものであれば,各種材質,形状,用途のものを使用することができ,例えばアルミ材用の切削工具の刃先,アルミ成形用の金型(ダイカスト,押出,鍛造,プレス),アルミ製のピストンやロータと摺接した状態で使用されるシリンダの内壁(スリーブ),アルミ製の部材に螺着されるボルト等の締結具や固定具等を挙げることができる。
【0049】
好ましくは処理対象とする金属成品は,塩浴窒化,塩浴軟窒化,ガス窒化,プラズマ窒化,ガス軟窒化などの各種窒化処理を行った金属成品,より好ましくは,窒化処理が行われた鉄鋼製品を処理対象とする。
【0050】
処理対象とする金属成品に対しては,酸化錫被膜を形成する前に,前処理として平均粒径37〜74μmのハイス鋼等の鋼球を,噴射圧力0.3MPa以上,又は噴射速度100m/sec以上で噴射する前処理を行い,又は,前記前処理に代え,又は前記前処理の後に,金属成品に対し平均粒径20〜63μmのアルミナ・シリカビーズ等のセラミックビーズを,噴射圧力0.2MPa以上,又は噴射速度100m/sec以上で噴射する前処理を行うものとしても良い。
【0051】
〔作用等〕
以上のように,表面に酸化膜の形成された平均粒径10〜100μmの錫粒体,好ましくは20〜50μmの錫粒体を,0.5MPa以上,又は噴射速度200m/sec以上という比較的高速で噴射して金属成品の表面に衝突させると,噴射された錫粒体は,金属成品の表面に衝突し,弾き返される際にその一部が金属成品の表面に溶着し,又は拡散・浸透,被覆して酸化錫の被膜が形成される。
【0052】
前述した噴射圧力又は噴射速度で金属成品の表面に錫粒体を高速で噴射すると,錫粒体は金属成品の表面に対する衝突前後の速度変化により熱エネルギーが生じる。この熱エネルギーは,錫粒体が衝突した変形部分のみで行われるので,錫粒体及びこの錫粒体が衝突した金属成品の表面付近に局部的に温度上昇が起こる。
【0053】
また,温度上昇は錫粒体の衝突前の速度に比例するので,錫粒体の噴射速度を高速にすると,錫粒体及び金属成品の表面の温度を高温に上昇させることができる。このとき錫粒体が金属成品の表面で加熱されるために,この温度上昇によって錫粒体の温度上昇部分において酸化が生じると共に,噴射粒体の表面に形成された酸化膜を含む噴射粒体の一部分が,その温度上昇により金属成品の表面に溶融付着,拡散浸透,又は被覆して被膜が形成されるものと考えられる。
【0054】
同時に,噴射粒体の衝突によってショットピーニングとしての表面加工熱処理等の効果が得られるものである。したがって,この際に付与された残留応力等により,金属成品の疲労強度の上昇に伴い長寿命化等も同時に達成される。
【0055】
ここで,金属成品の表面に酸化金属被膜を形成することで,アルミの凝着が防止できるメカニズムについては必ずしも明らかではない。
【0056】
しかし,錫とアルミの組合せが,凝着や焼付きが生じる金属の組合せであることを考えると(特許文献1,非特許文献2),本発明の方法によって形成された被膜が,錫の被膜ではなく,酸化錫の被膜であることが,凝着の防止に貢献している一つの要因であると考えることができる。
【0057】
ここで,凝着は,接触面に加わった加重や摩擦熱によって接合面における原子間あるいは分子間の結合によって生じるものであるから,親和性のある材量同士を接触させた場合ほど強固な結合となり易く,また,反応性が高い組み合わせ程,強固な結合となり易く,更に,低融点の金属同士である程,また,軟質の(延性の高い)金属同士である程,摩擦によって混ざり易いものと考えられる。
【0058】
ここで,本発明のアルミの凝着防止方法において金属成品の表面に形成するのは酸化錫の被膜であり,錫に比較して酸化により化学的に安定した物質となっているため,酸化錫被膜の表面エネルギーは,錫被膜の表面エネルギーに比較して低くなっているものと考えられる。
【0059】
また,錫は232℃と融点が低いが,酸化錫の融点は1630℃と高くなっていることから,摩擦時の発熱によって軟化し難く,しかも,金属としての錫は,ビッカース硬さで5kg/mm
2程度の軟質な金属であるが,この錫の酸化物である酸化錫は,最大でビッカース硬さで約1650kg/mm
2という高硬度の物質であり,このようにして形成された酸化錫の被膜の硬度は,ジルコニア(HV1100kg/mm
2程度),アルミナ(HV1800kg/mm
2程度),炭化ケイ素(HV2200kg/mm
2程度),窒化アルミ(HV1000kg/mm
2程度)等のセラミックスに匹敵する硬度を有するものとなっていることから,アルミと混ざり難くなっていることが,凝着や焼き付きの防止に貢献する一因であると考えられる。
【0060】
しかも,このようにして形成された酸化錫の被膜,特に所定の前処理を行った後に形成した酸化錫の被膜は,付着強度が高く,切削工具の刃先部や機械部品の摺動部等,高荷重で他部材との摺接が行われる部分にこれを形成して使用した場合であっても,剥離等が生じ難いものであり,母材(新生面)の露出を防止する効果についても十分に備わっている。
【0061】
なお,金属成品の表面が粗い場合,表面に形成された凹部に軟質な金属であるアルミが変形して詰まることも凝着の発生原因となり得るところ,酸化錫被膜の形成前に鋼球を噴射し,及び/又はセラミックビーズを噴射する前処理を行う構成では,窒化処理等によって粗くなった金属成品の表面粗さを改善することができ,この点も,アルミの凝着を防止できた一因であると考えられる。
【0062】
このようにして形成される酸化錫の被膜は,1μm以下と極めて薄いものであることから,錫粒体の噴射を行う金属成品の形状は,これを最終製品の形状に可及的に近似させた形状(所謂「ニアネットシェイプ」)とすることができ,設計などに際して形成する被膜の膜厚に対する考慮が不要であるといった利点もある。
【実施例】
【0063】
以下,各種金属成品(金型)に対し,本発明のアルミ凝着防止方法を実施した実施例について説明する。
【0064】
〔処理条件〕
下記の表1〜表5に,実施例1〜5として行った本発明のアルミ凝着防止方法の処理条件を示す。
【0065】
なお,下記の表1〜5において,「前処理」は酸化錫被膜の形成前に行う処理,「本処理」は酸化錫被膜の形成処理の際の条件であり,「前処理」において「第1工程」,「第2工程」とあるものは,第1工程の処理後,第2工程の処理を行う,2段階処理を行ったことを示す。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
【表3】
【0069】
【表4】
【0070】
【表5】
【0071】
〔前処理の結果〕
(1)処理結果
実施例1〜5で処理対象とした金属成品の前処理前(窒化処理後のもの)と,前処理後における各金属成品の表面硬度,圧縮残留応力及び表面粗さ(いずれも機械加工時約Ra0.4μm)の変化を表6に,実施例1及び実施例2で処理対象とした金属成品の前処理前後における金属成品の断面を撮影した電子顕微鏡写真を
図1(実施例1)及び
図2(実施例2)にそれぞれ示す。
【0072】
なお,
図1及び
図2において,(A)は前処理前(窒化処理品),(B)は前処理後の状態をそれぞれ示す。
【0073】
【表6】
【0074】
実施例1〜4では,いずれも前処理によって窒化層表面に形成されていた化合物層が除去され,表面付近の内部組織が微細化されていると共に,
図1(A)に対し,
図1(B)の窒化層では,母材との境界が前処理前の状態に比較して下方にシフトして窒化層の深さが増大していること,すなわち内部拡散により窒化がより深部にまで及んでいるものと考えられる。
【0075】
また,実施例1〜4の前処理では,いずれも表面硬度の向上,圧縮残留応力の増大が得られており,また,表面粗さについても窒化処理後に粗くなっていたものが機械加工時の表面粗さ近くまで改善されていることが確認された。
【0076】
前述した化合物層の除去や表面粗さの改善は,次工程で形成される酸化錫被膜の密着強度を高め得ると共に,表面組織の微細化によって酸化錫被膜の下層の硬度が上昇すること,窒素の内部拡散による窒化層の拡大により,酸化錫被膜と下層との硬度差が小さくなり,また,高い面圧を受けた場合であっても変形し難く,酸化錫被膜の割れや破壊が防止できると共に,圧縮残留応力の付与により疲労強度が向上することで,密着強度が高く,且つ,長期にわたりアルミの凝着防止効果を発揮する酸化錫被膜の形成に寄与するものと考えられる。
【0077】
なお,実施例5では硬度と表面粗さについては前処理の前後で変化が見られなったものの,圧縮残留応力については2倍に上昇しており,金属成品表面の疲労強度等を大幅に改善することができるものとなっている。
【0078】
〔耐久性試験〕
本発明の方法で形成された酸化錫被膜に対し垂直引張型の密着強度試験を行った結果,密着強度が20.7(kgf/cm
2)という高い数値を示すものであり,簡単に剥離してしまった電気めっき法で形成した錫(Sn)めっき層と比較して,高い密着強度で形成されていることが確認された。
【0079】
また,実施例1〜5として説明した条件で酸化錫被膜を形成した各種金型の金属成品を使用してアルミ材の成形を行い,金属成品が寿命となるまでのショット数(但し,押出金型である実施例3及び比較例3については焼付が生じた時点での加工済みアルミ製の被加工材の重量)を測定した結果を,下記の表7に示す。
【0080】
なお,下記の表7における比較例1〜5は,実施例1〜5として示した処理条件中,前処理のみを行い,本処理(酸化錫被膜の形成)を行っていない金属成品である。
【0081】
【表7】
【0082】
以上の結果,本発明の方法で酸化錫被膜の形成を行った金型では,アルミの凝着が生じ難く,窒化と前処理のみを行っただけの金型(比較例1〜5)に対し2〜15倍もの寿命の向上が得られるという,顕著な効果が得られることが確認された。