(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層と当該酸化物超伝導層上に形成された金属製の安定化層を有し、前記酸化物超伝導層および前記中間層に、長手方向のスリットが1つまたは複数形成され、前記金属基板および前記安定化層にはスリットが形成されていない高温超伝導多芯テープ線の製造方法であって、
テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層と当該酸化物超伝導層上に形成された安定化層を有する高温超伝導線材を用意するステップと、
前記高温超伝導線材を長手方向に沿って折り曲げることにより、または、前記高温超伝導線材に長手方向に沿って応力を集中させることにより、ないしは、これらの2方法を同時に実行することにより、スリットを設けるスリット形成ステップと、
を含む、高温超伝導多芯テープ線の製造方法。
前記スリット形成ステップでは、前記高温超伝導線材を、互いに対向して設けられた外周部が凸状V字型の第1ローラと外周部が凹状V字型の第2ローラの間を通過させること
により、前記スリットを形成する、
請求項5に記載の高温超伝導多芯テープ線の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、機械的な研削や化学的なエッチングによるスクライビング方法では、フィラメント間の最小溝幅が約0.2mmであるため、溝を複数形成させると臨界電流が半分程度に低下していることが報告されている(非特許文献1)。また、これらの手法では、安定化層が切断されてしまうため、線材の機械的強度が低下するという問題もある。
【0007】
一方、レーザを用いたスクライビング方法ではレーザスポット径を小さくすることにより溝幅を狭くできるため、機械的な研削や化学的なエッチングと比較して交流損失の低減が期待される。しかしながら、この手法では、フィラメント間の溝に安定化層材料由来の溶融物(屑)が残るためフィラメント間の電気抵抗が低下し、カップリング効果により交流損失の低減効果が得られなくなるといった問題がある(特許文献2、特許文献3)。このため、弱いレーザを用いてゆっくり例えば数m/h程度の速度でスクライビングすることや、レーザ照射工程以外に溶融物を除去するための工程(例えばエッチング工程)などが必要となり、製造工程の煩雑化やコストの高騰を招く可能性がある。また、機械的な研削や化学的なエッチングによる方法と同様に、安定化層が切断されてしまうため、線材の機械的強度の問題もある。
【0008】
このような課題を考慮し、本発明は、超伝導性能や機械強度を損なうことなく超伝導層を細線化した高温超伝導線材を簡易かつ量産的に製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第一の態様は、テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層と当該酸化物超伝導層上に形成された金属製の安定化層を有し、前記酸化物超伝導層および前記中間層に、長手方向のスリットが1つまたは複数形成され、前記金属基板および前記安定化層にはスリットが形成されていない高温超伝導多芯テープ線の製造方法である。本発明の第一の態様は、テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層と当該酸化物超伝導層上に形成された安定化層を有する高温超伝導線材を用意するステップと、前記高温超伝導線材を長手方向に沿って折り曲げることにより、または、前記高温超伝導線材に長手方向に沿って応力を集中させることにより、スリットを設けるスリット形成ステップを含むことを特徴とする。
【0010】
本明細書において、金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層と当該酸化物超伝導層上に形成された金属製の安定化層を積層としてなる構造の高温超伝導線材において、酸化物超伝導層及び中間層または酸化物超伝導層のみに形成された長手方向のスリットのことを「内部スリット」と称する。内部スリットは、長手方向に連続したものであってもよいし、不連続なものであってもよい。本発明に係る高温超伝導多芯テープ線は、内部スリットを有する高温超伝導線材と表現することもできる。上記のスリット形成ステップは、前記高温超伝導線材に内部スリットを形成するステップであると表現することもできる。
【0011】
また、ある材料にスリットが形成されるとは、その部分で材料が切断されることを意味する。特に、酸化物超伝導層にスリットが形成されるとは、その部分を超伝導電流が流れないように切断されることを意味する。
【0012】
ここで、線材を長手方向に沿って折り曲げるとは、長手方向を折り線として折り曲げることを意味する。なお、応力を集中させるとは、線材幅方向で応力集中点を有することを意味する。
【0013】
このような製造方法によれば、高温超伝導線材に対する荷重によって、セラミック材料である酸化物超伝導層(および中間層)は切断されるのに対し、金属基板および安定化層は回復されることで切断されないようにできる。したがって、酸化物超伝導層および中間層のみにスリットを設けることができる。酸化物超伝導層がスリットにより分割されるため、酸化物超伝導層の細線化が実現でき、線材面に垂直な磁場に対する反磁性を低減することができる。したがって、このような高温超伝導多芯テープ線を用いた超伝導コイルを製造することで遮蔽電流磁場や交流損失などを低減することができる。また、金属基板および安定化層は切断されないことから機械的強度の低下が少ない。また、荷重による酸化物超伝導層の切断では、スリット幅が機械的研削や化学的エッチングなどによる溝幅(損傷の大きさ)と比較してより小さくできることから、超伝導性能の劣化を抑制できる。したがって、さらに多数のスリットを入れて酸化物超伝導層を大幅に細線化することができる。
【0014】
本発明のスリット形成ステップでは、高温超伝導線材を長手方向に沿って折り曲げる手法と、高温超伝導線材を変形せずに応力集中させる方法、および折り曲げと応力集中の両方が採用できる。折り曲げる手法では、酸化物超伝導層の幅方向の一部分のみに荷重を加えて折り曲げる手法(部分曲げ)と、幅方向全体に荷重を加えて折り曲げる手法(全体曲げ)が採用できる。加える荷重の強さは、酸化物超伝導層が切断できるが、金属基板および安定化層が回復して切断されない程度の強さとする。
【0015】
本発明のスリット形成ステップでは、刃部材を前記高温超伝導線材に押し当てることにより前記スリットを形成することができる。ここで、軟質部材に載せた線材に対して刃部材を押し当てることで、刃部材を押し当てた部分を折り曲げることができる。また、硬質部材に載せた線材に対して刃部材を押し当てることで、刃部材を押した部分に応力を集中できる。
【0016】
例えば、互いに対向して設けられた回転刃部材とガイドローラの間を通過させることにより、高温超伝導線材の幅方向の一部分のみに荷重を加えることで、長手方向に折り曲げる、もくしは、応力を集中させることができる。このような手法によれば、長尺な高温超伝導線材に対して簡単に連続的なスリットを形成できる。なお、この回転刃部材として、円周部の一部に刃部材が設けられていないものを採用すれば、線材が断続的に折り曲げられる、もしくは、応力が集中されることになり、長手方向のスリットを断続的に形成することができる。長手方向に断続的なスリットとは、長手方向に破線状のスリットと表現することもできる。破線状のスリットを入れるもう一つの方法としては、加工過程で線材へ完全にスリットが入る加重をより小さくすることで実現できる。スリットが断続的に設けられることで、フィラメント間の分流機能を持たせられ、臨界電流を向上させることができ、カップリング効果を低減することもできる。
【0017】
本発明のスリット形成ステップでは、刃先の幅方向位置が異なる複数の回転刃部材を通過させることで、複数のスリットを設けることもできる。また、異なる幅方向位置に複数の刃先を備えた回転刃部材を通過させることでも、複数のスリットを設けることができる。
【0018】
全体曲げの手法を採用する場合は、本発明のスリット形成ステップでは、型押し加工により高温超伝導線材の幅方向全体に対して荷重を加えて、高温超伝導線材をV字形状に折り曲げ、これによりスリットを形成することができる。このような手法によって、V字形状の角部でスリットを設けることができる。
【0019】
例えば、互いに対向して設けられた外周部が凸状V字型の第1ローラと外周部が凹状V字型の第2ローラの間を通過させることにより前記高温超伝導線材をV字形状に折り曲げてスリットを形成することができる。このような手法によっても、長尺な高温超伝導線材に対して簡単に連続的なスリットを形成できる。なお、第1ローラまたは第2ローラの少なくとも一方について、外周部の一部に切り欠き部が設けられており、この部分で型押し加工がされないローラを採用すれば、断続的なスリット(破線状のスリット)を形成することができる。
【0020】
本発明のスリット形成ステップでは、V字の山の部分の幅方向位置が異なる複数の第1ローラおよび第2ローラの組を通過させることで、複数のスリットを設けることもできる。
【0021】
また、本発明の第二の態様は、テープ状の金属基板上に中間層を介して形成された酸化物超伝導層と当該酸化物超伝導層上に形成された金属製の安定化層を有し、前記酸化物超伝導層および前記中間層に、長手方向のスリットが1つまたは複数形成され、前記金属基板および前記安定化層にはスリットが形成されていないことを特徴とする、高温超伝導多芯テープ線である。
【0022】
本態様において、酸化物超伝導層としてREBa
2Cu
3O
7-δ(ただし、REは一つまたは複数の希土類元素)を採用することができる。安定化層は、酸化物超伝導層上のみに形成されてもよいし、酸化物超伝導層および金属基板の周囲に形成されてもよい。また、安定化層は単層であっても複層であってもよい。
【0023】
内部スリットの幅は、200μm以下であることが好ましく、50μm以下であることがより好ましく、30μm以下であることが更に好ましい。
【0024】
本発明における内部スリットは、長手方向に連続して形成されたものであってもよいし、長手方向に断続的に形成されたものであってもよい。線材幅方向でのスリット間隔より長いスリットを断続的に形成する場合は、スリットが形成されない部分(スリットが途切れている部分)の長さは、細線化された高温超伝導線材の幅方向長さ(フィラメント幅)以上であることが好ましい。これにより、スリット間の分流機能を最適化し、臨界電流が向上できる。また、1つのスリットの長さは、この高温超伝導多芯テープ線を用いて作成するコイルの形状によって適切な値が決まり、コイルの直径以上であることが好ましい。ここでスリットは等間隔でなくてもよい、スリット間隔とは隣り合うスリット間の距離であり、スリットが平行ではない場合は幅方向での最短距離を意味する。
【0025】
本発明の第三の態様は、高温超伝導多芯テープ線の製造装置であって、ガイドローラと、前記ガイドローラと対向して設けられた回転刃部材と、高温超伝導線材を、前記ガイドローラと前記回転刃部材の間に送り出す送り出し部および巻き取り部と、を備える高温超伝導多芯テープ線の製造装置である。
【0026】
本発明の第四の態様は、高温超伝導多芯テープ線の製造装置であって、外周部が凸状の第1ローラと、前記第1ローラと対向して設けられ、外周が凹状の第2ローラと、高温超伝導線材を、前記第1ローラおよび前記第2ローラの間に送り出す送り出し部および巻き取り部と、を備える高温超伝導多芯テープ線の製造装置である。
【0027】
これらの製造装置によれば、酸化物超伝導層および中間層のみが切断され、金属基板および安定化層が切断されていない高温超伝導多芯テープ線を簡易かつ短時間に製造することができる。
【0028】
また、本発明は、上記のようにして接続された高温超伝導線材を用いた超伝導コイルとしても捉えることができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、超伝導性能や機械強度をほぼ損なうことなく超伝導層を細線化した高温超伝導線材を簡易に製造することができる。超伝導層を細線化することで線材面に垂直な磁場に対する反磁性を低下させることができ、このような高温超伝導線材を用いて超伝導コイルを製造することで、遮蔽電流磁場および交流損失を低減させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための形態を、実施例に基づいて例示的に詳しく説明する。ただし、この実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0032】
<概要説明>
本発明は、REBCO層および中間層(バッファ層)のみにスリットが形成されてフィラメント化されており、安定化層にはスリットが形成されていないREBCO多芯テープ線(高温超伝導多芯テープ線)である。本発明に係るREBCO多芯テープ線の構造について説明する。
【0033】
REBCO多芯テープ線10の構造を
図1(a)に示す。一実施形態に係るREBCO多芯テープ線10は、金属基板11、中間層12、REBCO層13、銀安定化層14、銅安定化層15からなる多層構造を有する。ここで、REBCO層13および中間層12には、
図1(b)〜(d)に示すように、REBCO多芯テープ線10の長手方向に沿っ
たスリット16が設けられているのに対し、銀安定化層14および銅安定化層15にはこのようなスリットが設けられていない。中間層12のスリットは設けなくても構わない。なお、
図1(b)はREBCO多芯テープ線10の垂直断面を示し、
図1(c)はREBCO層13および中間層12の上面から見た図、
図1(d)は銀安定化層14および
銅安定化層15を上面から見た図である。
【0034】
スリット16は、REBCO層13のREBCO材料をその部分で切断したものである。スリット16によって、REBCO材料は電気的に分離される。なお、REBCO材料が電気的に分離されるというのは、その部分において超伝導電流が流れないことを意味する。1本のスリット16によってREBCO層13は2本のフィラメントに分割され、フィラメント1本あたりの太さはスリットがない場合と比較して半分となる。
【0035】
ここでは、スリット16が1本のみ形成されたREBCO多芯テープ線10を例示したが、
図2(a)に示すように、複数本のスリット16が形成されてもよい。スリット16を複数形成することにより、REBCO材料をより一層細線化することができる。
図2(a)では3本のスリットが形成された例を示しているが、超伝導性が劣化しない範囲であれば何本のスリット16を設けても構わない。
【0036】
また、スリット16は長手方向に連続的に形成されたREBCO材料を例示したが、
図2(b)に示すように、長手方向に断続的なスリット17が形成されてもよい。すなわち、長手方向に関して、スリットが形成された部分17aとスリットが形成されていない部分17bとが交互に現れるような構成としてもよい。スリットが形成されていない部分17bの存在により、分離されたREBCOフィラメント間に分流機能を持たせられ、したがってREBCO多芯テープ線10の超伝導性能を向上できる。なお、このような断続的なスリットも、上述のように複数本形成してもよい。また、連続的なスリットと断続的なスリットを混在させても構わない。
【0037】
スリットを形成する方法としては、主に3つの方法がある。第1の手法は、
図3(a)に示すように、REBCO線材に刃先を押し当てることで、線材の一部を折り曲げる手法である。REBCO線材が軟質材料上にある状態で上方から刃先を押し当てることで、REBCO線材を部分的に曲げることができる。REBCO層13および中間層12はセラミックなので曲げに対する可逆応力限界が小さいのに対し、金属基板11および安定化層14,15は金属なので部分的に塑性変形しても切断までの耐力は大きい。したがって、上述のようにREBCO線材を長手方向に折り曲げることで、金属基板11や安定化層14,15を切断することなく、REBCO層13および中間層12を切断することができる。
【0038】
第2の手法は、
図3(b)に示すように、型押し加工(プレス加工)の要領でREBCO線材全体に応力を加えて、REBCO線材をV字状に折り曲げる手法である。本手法によっても、上記と同様に、長手方向に折り曲げることで、REBCO層13および中間層12のみを切断することができる。
【0039】
第3の手法は、REBCO線材に刃先を押し当てる点で第1の手法と同様であるが、REBCO線材を硬質部材上に置いている点で異なる。REBCO線材が硬質部材上にあるのでREBCO線材は折り曲がらないが、刃先が押し当てられた部分に応力が集中する。長手方向に沿った直線部分に応力を集中させることで、REBCO層13および中間層12のみを切断することができる。
【0040】
なお、第1および第2の手法は折り曲げるによるスリット形成手法といえ、第3の手法は応力集中によるスリット形成手法といえる。また、折り曲げによるスリット形成手法のうち、第1の手法は部分曲げによるスリット形成手法といえ、第2の手法は全体曲げによるスリット形成手法といえる。
【0041】
<第1の実施形態>
(製造方法および製造装置)
第1の実施形態は、REBCO層に1本の連続的なスリットを形成したREBCO多芯テープ線である。以下、本実施形態に係るREBCO多芯テープ線のより詳細な構成および製造方法などについて説明する。
【0042】
まず、REBCO層にスリットが形成されていないREBCOテープ線を用意する。ここで用意するREBCOテープ線は既存の任意のものであって構わない。ただし、本実施形態では折り曲げによってスリットを形成することから、曲げによる劣化が少なく加工しやすいように薄いことが好ましく、厚さが0.3mm以下のREBCOテープ線を用いることが好ましい。例えば、SuperPower製のSCS4540を用いることができる。このREBCOテープ線は、幅4mmで、厚さ0.1mmであり、
図1(a)に示す構造を有する。金属基板11は、ニッケルまたはニッケル合金等の各種金属材料等から構成され、厚さが約50μmである。中間層(バッファ層)12は、単層構造あるいは複層構造であり金属酸化物からなり、厚さ約0.2μmである。REBCO層13は、希土類系酸化物超伝導材料(REBa
2Cu
3O
7-δ)からなり、厚さ約1μmである。ここで、REは、一つまたは複数の希土類元素を表す。希土類元素には、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Luが含まれる。銀安定化層14は銀(Ag)からなり、厚さ約1μmである。銅安定化層15は銅(Cu)からなり、厚さ約20μmである。このREBCOテープ線では、安定化層14、15は、REBCO層13の上だけでなく、金属基板11〜REBCO層13の周囲を覆うように設けられる。
【0043】
このようなREBCOテープ線に対して、ローラースリッター(回転刃部材)を備えるスリット形成装置による処理を施すことで、REBCOテープ線のREBCO層にスリットを形成する。
【0044】
スリット形成装置20の構造について、
図4を参照して説明する。
図4(a)はスリット形成装置20の全体概要を示す図である。スリット形成装置は、送り出し部21、ガイドローラ対22,スリット形成ローラ対23、ガイドローラ対24、巻き取り部25を備える。
【0045】
送り出し部21は、REBCOテープ線が巻き線されたリールを含み、巻き取り部25は、REBCOテープ線を巻き取る電動式のローラを含む。巻き取り部25がREBCOテープ線を巻き取ることで、REBCOテープ線が送り出し部21と巻き取り部25の間を走行する。なお、送り出し部21のリールには、走行方向と反対の回転力を付勢するブレーキが備えられており、REBCOテープ線に対して所定の強さの張力を発生させる。本実施形態では、約10MPa〜50MPa程度の張力をかけることが適切である。
【0046】
ガイドローラ対22は、REBCOテープ線の幅方向への移動を規制するためのものである。ガイドローラ対22は、互いに対向して設けられた下側ローラ22aと上側ローラ22bからなる。下側ローラ22aの外周部には、後述するガイドローラ23aと同様にテープ線幅(4mm)程度の溝(凹部)が設けられている。上側ローラ22bには、下側ローラ22aの溝と嵌合する凸部が設けられる。下側ローラ22aと上側ローラ22bがREBCOテープ線を溝部に挟み込むことで、REBCOテープ線の幅方向の位置が位置決めされる。ガイドローラ対24も、ガイドローラ対22と同様の構成を有する。
【0047】
スリット形成ローラ対23は、REBCOテープ線のREBCO層(および中間層)にスリットを形成するためのものである。スリット形成ローラ対23は、互いに対向して設けられたガイドローラ23aとローラスリッター23bからなる。スリット
形成ローラ対23を、テープ線の走行方向から見た図を
図4(b)に示す。
【0048】
ガイドローラ23aの外周部には、テープ線幅(4mm)程度の溝(凹部)Gが設けられている。ガイドローラ23aのうち、少なくとも溝部の底面部は、ポリアセタール(POM)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)などの軟質材料で構成される。これは、ローラスリッター23bによってREBCOテープ線に応力が加えられたときに、REBCOテープ線が折り曲がるようにするためである。
【0049】
ローラスリッター23bの外周部には全周にわたって刃先(刃部材)Bが設けられる。刃先Bの材料は、十分な硬度が得られれば任意の材料であってよく、通常のカッターの刃先として用いられる超硬合金を用いることができる。また、刃先の幅は本実施形態では、20μmである。また、ローラスリッター23bには、所定の応力が印加できるように応力制御部が接続される。所定の応力とは、応力印加によるREBCOテープ線の折り曲げに伴って、REBCO層13(および中間層12)は切断されるが、金属基板11および安定化層14,15は切断されない程度の応力である。この所定の応力は、刃先の太さや処理対象のREBCOテープ線やガイドローラ23aの材料などによって異なるが、本実施形態では、印加応力を50Nとして刃先の集中応力が約100〜300MPaとなるようにしている。応力制御部は、例えば、ロードセル(応力検知部)とロードセルの出力に応じて応力を印加する応力印加部を備える。あるいは、応力制御部はローラスリッター23bをガイドローラ23a方向に付勢するバネであってもよい。
【0050】
スリット形成ローラ対23の位置においてREBCOテープ線がローラスリッター23b側に凸な曲線状となるように、ガイドローラ対22、24をスリット形成ローラ対23よりも下側(ガイドローラ23a側)に配置している。これにより、REBCOテープ線とガイドローラ23aの接触面積が大きくなり幅方向の規制が十分に行える。また、REBCOテープ線とローラスリッター23bの接触面積が小さくなりローラスリッター23bの横方向(テープ線の幅方向)の移動を抑制できる、REBCOテープ線のV字型の曲げを抑制できるなどの効果が得られる。
【0051】
REBCOテープ線を、このように構成されたスリット形成装置20のスリット形成ローラ対23の間を通過させることで、REBCOテープ線は長手方向に沿って折り曲げられて、長手方向のスリットがREBCO層13(および中間層12)に形成される。
【0052】
スリット形成ローラ対23によってREBCOテープ線は折り曲げられ変形するが、ガイドローラ対24によってREBCOテープ線を平らに戻すことができる。
【0053】
なお、スリット形成装置20はより簡易なものであってもよい。例えば、送り出し部21や巻き取り部25を備えずに手動でREBCOテープ線を移動させて、スリット形成ローラ対23によってスリットを形成してもよい。また、ガイドローラ対22,24のいずれかまたは両方を省略しても構わない。
【0054】
(測定結果)
上記のようにして作成したREBCO多芯テープ線の特性について説明する。
【0055】
・外観観察
まず、銅安定化層15の表面を3次元顕微鏡で観察した結果を
図5(a)(b)に示す。
図5(a)は、銅安定化層15の表面のうちローラスリッター23bを押し当てた部分を含む部分の観察結果である。図面中の左右方向がテープ線の長手方向、上下方向が幅方向に対応する。
図5(a)から分かるように、ローラスリッター23bを押し当てた部分に溝が形成されていることが分かる。
図5(b)は、銅安定化層15の溝部分の断面形状を示す図である。溝部分の幅は上端部で67.5μm、下端部で18.3μmであり、深さは8.3μmであった。銅安定化層15の厚さは20μm程度であるので、スリット形成処理によっても銅安定化層15は切断されていないことが分かる。
【0056】
次に、REBCO層表面を3次元顕微鏡で観察した結果を説明する。
図5(c)(d)は、REBCO層13から金属基板11を剥離して、露出したREBCO層13の表面を3次元顕微鏡で観察した観察結果を示す。
図5(c)は、ローラスリッター23bを押し当てた部分を含む部分の観察結果である。図面中の左右方向がテープ線の長手方向、上下方向が幅方向に対応し、ローラスリッター23bを押し当てた部分を含む長手方向および幅方向にそれぞれ約70μm程度の領域を示している。図の略中央部分に皺状の破壊の形跡が見られる。破壊が見られる部分は、幅が約33μmであり、深さが約3.3μ
mであった。この部分が、スリット形成装置20によって形成されたスリットといえる。なお、スリット部分においてREBCO層が粉砕されていない(粉状になっていない)ことも見てとれる。粉砕されていないので、スリット部の接着強度が保たれ、線材の機械的強度はほぼ維持可能である。
図5(d)は、ローラスリッター23bを押し当てた部分のより広い範囲を示す図である。この図から、スリットは一定の幅で長手方向(図中左右方向)に連続して形成されていることが分かる。
【0057】
・磁化測定
スリットを形成したREBCO多芯テープ線の磁化測定について説明する。
図6は、SQUID磁束計(カンタムデザイン社MPMS)を用いて測定した印加磁場と磁化の強さの関係を示す図である。この磁化測定では、長さ4mmのREBCO多芯テープ線を2枚重ねたものをサンプルとして測定している。測定は、まずサンプルを印加磁場ゼロの状態で4.2Kまで冷却し、4.2Kに保温したままテープ面に垂直な磁場を印加しながら磁化測定することにより行った。
【0058】
図6のグラフの横軸は印加磁場の強さを表し、縦軸はサンプルの磁化の強さを表す。比較のために、スリット形成前のREBCOテープ線と、現在NMR装置において実用されているBi2223多芯線もサンプルとして同様の磁化測定を行っている。
図6のグラフのうち、61がスリットを形成したREBCOテープ線(REBCO多芯テープ線)、62がスリットを形成していないREBCOテープ線、63がBi2223多芯線の測定結果である。
【0059】
図6から分かるように、スリットを形成したREBCO多芯テープ線では、スリットを形成していないREBCOテープ線と比較して反磁性が大幅に改善していることが分かる。反磁性が減少することで、超伝導コイルにおける遮蔽電流場や交流損失を低減できる。
【0060】
・電流電圧特性測定
スリットを形成したREBCO多芯テープ線の電流電圧特性測定について説明する。
【0061】
まず、スリットによって電気的な分離がなされていることを確認するために、幅4mmと長さ70mmのREBCOテープ線に対して幅方向にスリットを形成したサンプルを用意し、このスリットを挟んで電流電圧特性を測定した。測定手順は、以下の通りである。スリットを挟んで10mmの間隔で電圧端子を配置したサンプルを液体窒素(77K)に入れて、サンプルに流れる電流を10A/minで上げながら電圧測定を行った。このときの外部印加磁場はゼロである。得られた電流電圧特性曲線を
図7(a)に示す。この結果から、サンプルには超伝導電流は流れず、スリットによってREBCO層(超伝導層)が完全に切断(電気的に分離)されていることが分かる。
【0062】
次に、テープ線の長手方向にスリットを形成した本実施形態に係るREBCO多芯テープ線の臨界電流を測定した。電圧端子は、長手方向に10mmの間隔で配置し、REBCO線全体での電流電圧特性を測定した。測定は上記と同様の手順で行っており、サンプルを液体窒素(77K)で冷却して、外部印加磁場ゼロの状態で、電流を10A/minで上昇させた。得られた電流電圧特性曲線を
図7(b)に示す。なお、
図7(b)には、スリットを形成した本実施形態のREBCO多芯テープ線の電流電圧特性(黒丸)とともに、スリット形成前のREBCOテープ線の電流電圧特性(四角)も示している。臨界電流の基準は1μV/cmに定義した。この結果から、スリット1本の形成により臨界電流は1%程度しか低下しないことが分かる。
【0063】
・機械強度測定
スリットを形成したREBCO多芯テープ線の機械的強度の測定について説明する。
【0064】
まず、本実施形態に係るREBCO多芯テープ線の可逆限界応力を測定した。測定手順は、以下の通りである。サンプルとして長手方向にスリットを形成した長さ40mmで幅4mmのREBCO多芯テープ線に、電圧端子を10mmの間隔で配置する。引張用ジグでサンプルの両端を10mmずつねじ式固定板で固定し、それを液体窒素(77K)に入れて引っ張った状態で電流を流して電圧を測定した。外部印加磁場はゼロであり、電流の上昇速度は50−100A/minである。
【0065】
結果を
図8(a)に示す。
図8(a)の横軸は張力を表し、縦軸は臨界電流(張力0のときの臨界電流で正規化)を表す。ここで、臨界電流の90%となる応力を引張強度と定義すると、本実施形態のREBCO多芯テープ線の引張強度は約837MPaである。なお、
図8(a)には、スリットを形成する前のREBCOテープ線についての同様の結果も示してあり、その引張強度は約873MPaである。この実験結果から、本実施形態に係るREBCO多芯テープ線は、スリット形成による機械的強度の劣化が約4%と少なく、800MPa以上の非常に高い機械的強度を有することが分かる。
【0066】
次に、張力を与えた状態での臨界電流の磁場依存性を測定した。この測定では、本実施形態のREBCO多芯テープ線に対して長手方向に50MPaの一定の張力を加え、外部印加磁場を変えながら臨界電流を測定した。結果を
図8(b)に示す。
図8(b)の横軸は外部印加磁場の強さを表し、縦軸は臨界電流(外部印加磁場0のときの臨界電流で正規化)を表す。
図8(b)には、スリットを形成する前のREBCOテープ線についての同様の結果も示している。この結果から分かるように、スリットを形成しても、張力印加時の臨界磁場の低下は見られず、高磁場にも強いといえる。
【0067】
(本実施形態の有利な効果)
本実施形態に係るREBCO多芯テープ線は、REBCO層および中間層に対して長手方向のスリットを有しているので、テープ面の反磁性を低減させることができる。したがって、本実施形態に係るREBCO多芯テープ線を用いた超伝導コイルの遮蔽電流磁場や交流損失を低減させることができる。
【0068】
また、REBCO層に形成されるスリットの幅を約33μmと細くできることから、超伝導性能の劣化を抑制できる。スリットを形成する前と比較して、臨界電流の低下を1%程度に抑制できる。なお、従来の機械的研削や化学的エッチングによる溝形成では、溝幅は200μm程度が限界である。したがって、本実施形態によれば、機械的研削や化学的エッチングによる手法と比較して、スリット幅を1/6にすることができる。
【0069】
また、本実施形態に係るREBCO多芯テープ線では、金属基板および安定化層にはスリットが形成されず破壊されていないことから、機械的強度を保つことができ、高磁場での使用に支障がない。
【0070】
また、本実施形態で説明したREBCO多芯テープ線の製造方法は、簡易かつ高速な加工処理が可能であり、量産が可能である。レーザを用いた溝形成では溝幅の狭く十分な機械的強度を持つ多芯テープ線の製造が可能であるが、非常に長い製造時間がかかってしまう。本実施形態によれば、短時間で大量に長尺の多芯テープ線を製造可能である。
【0071】
<第1の実施形態の変形例1>
第1の実施形態では、ローラスリッター23bとガイドローラ23aからなるスリット形成ローラ対23を用いて、REBCOテープ線を部分的に折り曲げてスリットを形成している。しかしながら、REBCOテープ線を変形させなくても、部分的に応力を集中させることによってもスリットを形成することができる。
【0072】
すなわち、上記で説明したスリット形成装置20において、スリット形成ローラ対23のガイドローラ23aの外周部を軟質部材ではなく、超硬合金やSUSのような硬質材料で構成してもよい。刃先の形状(幅)や印加応力は、刃先の集中応力が適切な値となるように適宜設計する。このようなガイドローラとローラスリッター23bによってREBCOテープ線を挟むことで、ローラスリッター23bの刃先が当てられた部分に応力が集中し、この部分のREBCO層にスリットを形成することができる。
【0073】
なお、応力集中によってスリットを形成する場合には、比較的厚いREBCOテープ線を用いることが好ましい。具体的には、厚さが0.2mm以上のものを用いることが好適であり、例えばフジクラ製のFYSC-SC05を用いることができる。
【0074】
<第1の実施形態の変形例2>
第1の実施形態では、ローラスリッター23bとガイドローラ23aからなるスリット形成ローラ対23を用いて、REBCOテープ線を部分的に折り曲げてスリットを形成している。しかしながら、REBCOテープ線の幅方向全体に対して荷重を加えてV字形状に折り曲げることによってスリットを形成することもできる。
【0075】
本変形例では、スリット形成装置20においてスリット形成ローラ対23の代わりに、
図9(a)または
図9(b)に示すスリット形成ローラ対91または92が用いられる。
図9(a)および
図9(b)は、本変形例に係るスリット形成ローラ対91、92をテープ線の走行方向から見た図である。
【0076】
図9(a)に示すスリット形成ローラ対91は、互いに対向して設けられた下側ローラ91aと上側ローラ91bからなる。下側ローラ91aの外周部はテープ線幅(4mm)程度の溝が設けられており、溝の底面は凸状V字形状となっている。上側ローラ91bの外周部は、下側ローラ91aの溝と嵌合するように同程度の幅で凹状V字形状となっている。下側ローラ91aおよび上側ローラ91bの少なくとも外周部分は硬質材料、例えば、超硬合金やSUSなどで構成される。
【0077】
図9(b)に示すスリット形成ローラ対92は、下側ローラ92aは底面が凹状V字形状の溝を外周部に有し、上側ローラ92bの外周部が凸状V字形状となっている。その他は
図9(a)のスリット形成ローラ対91と同様である。
【0078】
REBCOテープ線をスリット形成ローラ対91または92の間を通過させることで、テープ線をV字形状に折り曲げることができ、折り曲げた部分(V字の頂点部分)にスリットを形成することができる。
【0079】
<第2の実施形態>
第1の実施形態では、REBCOテープ線に1本のみのスリットを形成している。本実施形態では、複数本のスリットが形成されたREBCO多芯テープ線およびその製造方法について説明する。
【0080】
図10(a)は、本実施形態に係るREBCO多芯テープ線10に設けられるスリットを説明する図である。本実施形態に係るREBCO多芯テープ線10のREBCO層13および中間層12には、REBCO層13および中間層12を幅方向に等分するように5本のスリット16−1〜16−5が設けられる。これら5本のスリットによって、REBCO層13および中間層12は6分割される。
【0081】
本実施形態では、
図10(b)に示すスリット形成装置100を用いてREBCOテープ線にスリットを形成する。スリット形成装置100は、第1の実施形態におけるスリット形成装置20と基本的に同様であるが、5つのスリット形成ローラ対23−1〜23−5が設けられている点で異なる。スリット形成ローラ対23−1〜23−5は、それぞれ対向して設けられたガイドローラ23−1a〜23−5aとローラスリッター23−1b〜23−5bからなる。ガイドローラ23−1a〜23−5aは同じ構成を有する。ローラスリッター23−1b〜23−5bは、基本的に同じ構成だが刃先の幅方向位置が異なる。
図10(c)は、テープ線の走行方向から見た、スリット形成ローラ対23−1〜23−5の模式図であり、ローラスリッター23−1b〜23−5bの刃先の位置を説明する図である。図に示すように、それぞれの刃先の位置がテープ線の幅方向にずれていて、これにより幅方向の異なる位置にスリットが形成できる。それぞれのローラスリッター23−1b〜23−5bには応力制御部が接続されて、ローラスリッターごとに適切な応力制御がなされる。
【0082】
なお、
図10(c)では、刃先の位置が一端から他端にかけて徐々にずれるように配置しているが、このように順番に配置せずに適当な順番で配置されてもよい。また、1つのローラスリッターが複数の刃先を有して、1つのスリット形成ローラ対によって複数本のスリットを同時に形成してもよい。
【0083】
また、
図10(b)では、スリット形成装置100を走行するテープ線が円弧状または楕円弧状になるように各ローラを配置している。これにより、各スリット形成ローラ対において、ローラスリッターの刃先とテープ線の設置面積を小さくできる。しかしながら、各スリット形成ローラ対の部分において、テープ線がローラスリッター側に凸になるような走行経路であれば、必ずしも全体を円弧状や楕円弧状としなくても構わない。
【0084】
このように5本のスリットを設けることで、REBCO層を6分割でき、フィラメント幅を1/6にできる。1本のスリットにより2分割する第1の実施形態と比較しても、フィラメント幅を1/3にできる。したがって、テープ面の反磁性をより低減させることができる。このようなREBCO多芯テープ線を用いた超伝導コイルを用いた超伝導コイルは、遮蔽電流磁場や交流損失がより低減される。また、1本あたりのスリット幅が狭いことから5本のスリットを設けても超伝導性能の劣化、すなわち臨界電流の低下はそれほど大きくならない。安定化層は切断されないので、機械的強度も保たれる。
【0085】
ここでは、5本のスリットを設ける例について説明したが、スリットの本数はこれより多くても少なくても構わない。超伝導テープ線の臨界電流の低下が許容される範囲内でできるだけ多くのスリットを設けることが好ましいといえる。
【0086】
スリットの本数を1本から4本とした場合の磁化測定、電流電圧特性測定、機械強度測定の結果を、
図11(a)〜
図11(c)に示す。
【0087】
図11(a)は、第1の実施形態と同様の磁化測定を行った結果を示す。
図11(a)において、61,64,65,66がそれぞれスリット1本から4本を形成したREBCOテープ線(REBCO多芯テープ線)の測定結果である。比較のために
、Bi2223多芯線の測定結果63も示している。スリットの本数を増やすことで反磁性がより減少さ
せることができ、超伝導コイルにおける遮蔽電流場や交流損失をより一層低減できる。
【0088】
図11(
c)は、第1の実施形態と同様の電流電圧特性測定を行った結果であり、スリット本数に応じた臨界電流(スリット無しの場合の臨界電流で正規化)を示している。なお、第1の実施形態における測定(
図7(b))と同様に1μV/cmの電位差が生じる電流を臨界電流と定義している。スリット1本の形成により臨界電流の低下は1%程度であり、スリットの本数が増えるにしたがって臨界電流は徐々に減少する。しかしながら、4本のスリットを形成した場合でも、臨界電流はスリット無しの場合の約95%を保つことができる。
【0089】
図11(
b)は、第1の実施形態と同様に機械強度測定を行った結果であり、スリット本数に応じた引張強度を示している。引張強度の定義は、第1の実施形態と同様に、臨界電流が応力0の場合の90%となる応力である。この結果から、スリットの本数を増やしてもREBCO多芯テープ線の引張強度はスリット本数によってほぼ変化しないことがわかる。すなわち、4本のスリットを形成しても機械的強度の劣化は約4%以下と少なく、800MPa以上の非常に高い機械的強度を有することが分かる。
【0090】
なお、上記ではローラスリッターの刃先を押し当てて、テープ線を部分的に折り曲げてスリットを設ける製造方法を説明したが、応力集中や全体曲げの手法(第1の実施形態の変形例1,2の手法)によっても同様にスリットが形成できる。応力集中の手法の場合は、スリット形成ローラ対にガイドローラの底面部を硬質部材で形成すればよい。また全体曲げの手法の場合には、
図9で示したようなプレスによるスリット形成ローラ対を複数用い、それぞれにおけるV字形状の先端部の位置を幅方向にずらせばよい。
【0091】
<第3の実施形態>
第1の実施形態では、REBCOテープ線のREBCO層に、長手方向に連続的なスリットを形成している。本実施形態では、長手方向に断続的なスリット(破線状のスリット)を形成する。
【0092】
図12(a)は、本実施形態に係るREBCO多芯テープ線10に設けられるスリットを説明する図である。図に示すように、REBCO層13には、長さLのスリットが間隔Sを空けて長手方向に断続的なスリット17が形成される。このように、スリットがない部分を設けることで、長尺テープ線のフィラメント間に分流機能を持たせることができ、テープ線の臨界電流を向上できる。なお、線材のカップリング電流がスリットのない部分を通ることで、カップリング電流の減衰時間(時定数)が短くできるため、カップリング影響を大いに低減できる。臨界電流の観点からは、スリットの間隔Sはフィラメント幅Wよりも大きければ大きいほどよい。しかしながら、スリットの間隔Sを大きくしすぎると反磁性の低減効果が弱まる。したがって、超伝導コイルの遮蔽電流や交流損失低減の観点からは、間隔Sは、このテープ線を用いて作成するコイルの内径の半分程度を上限とすることが好ましい。また、1つのスリットの長さLは、このテープ線を用いて作成するコイルの直径よりも長いことが好ましい。スリットの長さがコイルの直径よりも短い場合には、側面からの磁場に対して反磁性のループが形成され、遮蔽電流に対する性能が下がるためである。スリットの長さLをコイルの直径よりも長くすることで、連続的なスリットの場合と同等の遮蔽電流効果を得ることができる。
【0093】
次に、
図12(b)を参照して、本実施形態に係るREBCO多芯テープ線の製造方法について説明する。
図12(b)は、部分曲げの手法によって本実施形態に係るREBCO多芯テープ線を製造する場合のローラスリッター26を示す図である。このローラスリッター26は外周部の一部26aに刃先(刃部材)が設けられていない。このようなローラスリッター26を、
図4に示すスリット形成装置のローラスリッター23bの代わりに適用すればよい。刃先が設けられている部分ではローラスリッターの刃先とガイドローラによってテープ線が折り曲げられスリットが形成されるのに対して、刃先が設けられていない部分ではテープ線は折り曲げられずスリットが形成されない。ただし、ローラスリッター26の外周部の一部26aに刃先を設けない代わりに、刃先にかける応力をスリット形成に必要な応力よりも小さくして、外周部26の刃先で不完全なスリットをいれることによっても、
図12(c)のような断続的なスリットを形成することができる。その場合のスリット長さLとスリット間隔Sは十分短いものの、数μmから数百μm程度になれる。
【0094】
全体曲げによる手法の場合は、
図9に示すスリット形成ローラ対において、上側ローラまたは下側ローラの少なくとも一方の一部に、対向するローラの外周部と接触しないようにするための切り欠き部を設ければよい。このような構成によっても、この切り欠き部分ではテープ線が折り曲げられずにスリットが形成されないので、断続的なスリットを形成できる。また、テープ線を折り曲げずに応力集中によってスリットを形成する場合は、上記と同様に一部に刃先が設けられていないローラスリッターを用いてテープ線に荷重をかけることで断続的なスリットを形成できる。なお、ローラに印加する加重をスリット形成に必要な応力より小さくすることでも断続的なスリットが可能である。
【0095】
図12(a)では、REBCO多芯テープ線に1本の断続的なスリットが設けられているが、
図12(c)に示すように複数本の断続的なスリットを設けてもよい。この場合、隣接する幅方向に隣接スリット間でスリットが設けられていない隙間部分が重複しないようにずらすことが好ましい。
図12(c)では、スリットの隙間部分の長手方向位置が、隣接するスリットのスリット形成部分の長手方向中央に一致するようにしている。スリットの長さLおよび間隔Sについての好ましい条件は、上記と同様である。すなわち、間隔Sは、フィラメント幅Wより大きく、作成するコイルの内径の半分以下であることが好ましい。また、長さLは、作成するコイルよりも長いことが好ましい。
図12(c)では幅方向に3本のスリットを設けているが、その数はより多くても構わない。
【0096】
<その他の実施形態>
REBCO多芯テープ線の構成は種々の変形が可能である。例えば、上記の説明では、REBCOテープ線を移動させて、スリット形成装置のスリット形成ローラ対によってスリットを形成しているが、REBCOテープ線を固定した状態でスリット形成ローラ対(またはローラスリッター)を移動させてもよい。
【0097】
また、安定化層が金属基板およびREBCO層の周囲全体を覆うように設けられているREBCOテープ線ではなく、安定化層がREBCO層上だけに設けられたREBCOテープ線を用いても構わない。
【0098】
また、上記の説明では幅33μmのスリットを形成しているが、スリットの幅はこれ以上の大きさであっても構わない。スリット幅は小さいほど好ましいといえるが、少なくともREBCO層および中間層のみにスリットが形成され、安定化層にはスリットが形成されなければ、機械的強度を損なうことなく反磁性を低減することができる。なお、機械的研削や化学的エッチングによって形成されるスリット幅の下限が200μm程度であることを考慮すると、スリット幅は200μm以下であることが好ましく、さらにはそれ以下の100μm以下であることより好ましく、50μm以下であることがより好ましく、33μm以下であることが更に好ましい。
【0099】
刃先を押し当てて線材にスリットを形成する場合、刃先を押し当てる表面は、超伝導層側でも基板側でもよい。すなわち、刃先を押し当てる際に、基板に対して刃先と超伝導層が同じ側に位置するようにしてもよいし、基板に対して刃先と超伝導層が反対側に位置するようにしてもよい。線材を折り曲げてスリットを形成する場合、山折りにしてもよいし谷折りにしてもよい。また、複数のスリットを形成する場合、スリットごとに、刃先を押し当てる表面を変えたり、山折りにするか谷折りにするかを変えたりしてもよい。
【0100】
線材に複数のスリットを形成する場合、それぞれのスリットについてスリット形成手法(部分曲げ、全体曲げ、応力集中)を異ならせてもよい。また、1つのスリットを形成する際に、これら複数の手法を組み合わせて実行してスリットを形成してもよい。