(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
一定のrをもつ形状をなす治具と、前記治具に貼り付けられた板体の磁性体の磁気共鳴周波数を測定する周波数測定部と、前記rの大きさに応じた磁性体の歪量と前記周波数測定部で測定した磁気共鳴周波数とに基づき磁歪値を算出する磁歪値算出部と、を備える磁歪計測装置。
【背景技術】
【0002】
磁性体には、Ni-FeやFe-Siなどの軟磁性材料と、Fe-Nd-B、Sm-Coなどの硬質磁性材料とがあり、産業の基盤材料の役割を担っている。磁性体の磁歪と材料の機械的歪みが共存すると、磁気弾性効果を通して磁気異方性の乱れが生じ、本来あるべき磁気特性に望ましくない変化を与える。機械的歪みは、材料の形態(薄膜であるか、バルクであるか)に関係なく、ほとんど全ての加工プロセスにおいて発生するものである。それゆえ、磁歪の計測は、品質管理のうえで重要である。
【0003】
従来の磁歪計測法は、磁性体に磁場を印加し、磁化方向の変化に伴う磁歪、すなわち磁性体の伸び縮みを測定し、磁歪定数λを算出する方法(本明細書では、磁場印加法と表記する)が提案されている。具体的に、バルク材料であれば、その伸び縮みを電気容量の変化として検出し、磁歪定数λを算出する装置が一般的である。薄膜であれば、薄膜及び薄膜が形成された基板の複合的な反りを、表面に照射したレーザ光の反射方向の変化として検出し、磁歪定数λを算出する。
【0004】
一方、材料に既知の歪みを加えて、その時の磁気特性の変化から歪みに起因する磁気異方性を推定し、磁歪定数λを求める方法(本明細書では、歪み印可法と表記する)が提案されている。この方法は、上記従来法に比べて高感度であり、強い磁場を必要としないので軟磁性、硬質磁性を問わず応用できる点で優れたアイディアである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の応力印加機構及び磁歪計測装置について、図面を参照して説明する。
【0013】
[応力印加機構]
図2に示すように、応力印加機構1は、磁性体を有する板体Wを保持し、磁性体の磁歪を計測するために用いられる。本実施形態では、板体Wは、磁性体の薄膜を形成したウエハWを例として説明するが、磁性体自体を板状に形成したものでもよい。応力印加機構1は、偏平形状の本体10と、本体10とウエハWとの間に気密空間SPを形成するための環状シール部材11と、板体Wをシール部材11へ押圧するための押え機構12と、気密空間SPに流体を出し入れするための導通路13と、を有する。
【0014】
本体10は、正面視円盤状に形成されており、正面視中央部にウエハWが配置される。本体10の中央部には、正面視で環状シール部材11が配置されている。本実施形態では、シール部材11はOリングであり、正面視で円形に配置されているが、環内側に気密空間SPを形成できれば、材質、正面視の形状は限定されない。シール部材11の正面視の配置形状は、閉ループが形成されていれば、円形の他に、矩形状、多角形状などが挙げられる。環状シール部材11は、ウエハWの端部に沿って配置されている。本体10、シール部材11及び押え機構12によってウエハWの端部が把持される。
【0015】
押え機構12は、押え部材12aと、第2の環状シール部材12bと、を有する。押え部材12aは、正面視でリング状に形成されており、ウエハWの中央部を正面側に開放する開放窓12hが形成されている。第2の環状シール部材12bは、上記環状シール部材11と対をなしてウエハWを挟む。押え部材12aは、その周縁部の複数箇所で本体10に固定可能に構成されている。押え部材12aは、周縁部の複数箇所に長穴12cを有する。長穴12cは、本体10に設けられたボルトvoが通る大きさの挿通領域と、ボルトvoの軸のみが通りボルト頭に干渉する大きさの干渉領域と、を有する。このため、押え部材12aを周方向にスライド動作させるだけで押え部材12aを本体10に着脱可能となる。
【0016】
本実施形態では、押え機構12は、第2の環状シール部材12bを有するが、これを設けなくてもよい。
図3に示すように、押え部材12aにシール部材11に対応する突起12dを設けてウエハWを直接押えるようにしてもよい。また、押え部材12aは、リング状に形成され、周方向に連結しているが、押え部材12aを複数設けて、周方向の複数箇所でウエハWを保持するようにしてもよい。
【0017】
図2に示すように、導通路13は、チャック本体10内を通っている。本実施形態では、正面視で本体10の周端部から中央部にある気密空間SPに向けて面方向に沿って延びている。これにより、本体10の正面側及び裏面側を有効利用可能にしている。また、本体10は、環状シール部材11の内周側に凹部10aを有し、凹部10aは導通路13に連通している。勿論、本体10の裏面から表面側に導通路13を板厚方向に延びるように形成してもよい。その場合、凹部10aは設けなくてもよいが、凹部10aは、気密空間SPであると共にウエハWの反り代としても機能する。
【0018】
図1に示すように、対をなすシール部材11,12bでウエハWを挟み込み、本体10及び押え機構12によってウエハWを把持した状態において、導通路13を介して気密空間SPへ流体を入れて加圧すると、気密空間SPの圧力が外部環境の気圧よりも高くなり、その結果、ウエハWの把持点を支点としてウエハWが実線で示すように正面側へ凸状に反る。一方、把持状態において、導通路13を介して気密空間SPから流体を抜き減圧すると、気密空間SPの圧力が外部環境の気圧よりも低くなり、その結果、ウエハWの把持点を支点としてウエハWが二点鎖線で示すように裏面側へ凹状に反る。したがって、導通路13を介した気密空間SPへの流体の加圧又は減圧によって、磁性体及びウエハWに対して歪みを付与可能となる。流体を用いているので、気密空間SPに接触する部位全体に均一に歪みを与えることが可能となる。
【0019】
流体としては、気体及び液体のいずれでもよいが、ウエハWへの付着を考慮すれば、気体の方が好ましい。気体としては、空気、窒素、アルゴンなどの不活性ガスが挙げられる。液体としては、水、油が挙げられる。
【0020】
本実施形態では、本体10は正面視で円形であるが、これに限定されない。例えば、矩形形状などでもよい。また、本実施形態では、シール部材11が正面視円状に配置されており、ウエハWの支点が円状になるので、ウエハWが歪む領域が円形になり、他の形状に比べて、均一な歪みを印加することができる。また、矩形形状でシールできない場合、たとえば小さな短冊状の試料は、ダミーウエハに貼付けダミーウエハごと歪みを印加することができる。
【0021】
[磁歪計測装置、方法]
磁歪計測装置は、歪み印可法により磁性体の磁歪を計測する装置である。磁歪計測装置は、上記応力印加機構1と、応力印加機構1の気密空間SPの圧力を制御する圧力制御機構2、板体の磁性体の磁気共鳴周波数を測定する周波数測定部3と、気密空間SPの圧力に応じた磁性体の歪量と周波数測定部3で測定した磁気共鳴周波数とに基づき磁歪値を算出する磁歪値算出部4と、を有する。
【0022】
圧力制御機構2は、応力印加機構1の導通路13を介して気密空間SPの圧力を検出する圧力センサ20と、応力印加機構1の導通路13に対して流体を加圧又は減圧する流体駆動部21と、圧力センサ20が検出した圧力値に基づき、気密空間SPの圧力が所定値になるように流体駆動部21を制御する流体駆動制御部22と、を有する。流体駆動部21は、減圧及び加圧するポンプ、レギュレータ、バッファタンク、電磁弁、電磁弁制御回路、及びポンプ制御回路を有する。
【0023】
周波数測定部3は、プローブ30と、ネットワークアナライザ31と、磁気共鳴周波数特定部32と、を有し、プローブ30により直流磁界を印加しキャリブレーションを行い、ネットワークアナライザ31で各周波数での透過係数(S21)を計測し、磁気共鳴周波数特定部32が透過係数の周波数変化のうちピークを識別して、磁気共鳴周波数を特定する。周波数測定部3は既知であるので詳細を省略する。
【0024】
磁歪値算出部4は、歪みを印加していないときの磁気共鳴周波数(fr
0)と、伸び方向に所定量の歪み(+σ
f)を与えたときの磁気共鳴周波数(fr
+)と、縮み方向に前記所定量と同じ量の歪み(−σ
f)を与えたときの磁気共鳴周波数(fr
−)と、に基づき下記式(1)を用いて磁歪値(λs)を算出する。
λs={8πMs
2・r・hf・Δfr}/{fr
0・Es・hs
2} …(1)
Δfrは磁気共鳴周波数の変化量(fr
+ − fr
−)である。
は、歪みが伸びのときの磁気共鳴周波数
Msは飽和磁化(10
4/4π)である。
Esは板体(例えばSiウエハW)のヤング率である。
hsは板体(例えばSiウエハW)の厚みである。
rは歪んだ状態の基板中心の半径である。
hfは磁性体の膜厚である。
【0025】
磁気共鳴周波数以外のパラメータは、図示しない操作部を介して予め記憶されていることが好ましい。歪み量(基板中心の半径r)について、気密空間を所定圧力にしたときの歪み量(半径r)が既知である場合には、圧力制御機構によって上記所定圧力に制御することを条件として、歪み量(半径r)を予め記憶されていることが好ましい。新規のウエハWを用いた場合など、圧力と歪み量(半径r)の関係が未知の場合には、
図1にて点線で示すように、ウエハWの歪み量(半径r)を計測するためにレーザ変位計などの歪量検出部5を設けることが挙げられる。歪量検出部5は任意で設けることができる。
【0026】
上記以外に、ウエハWに外部磁界を印加する磁界印加部、応力印加機構1をX軸及びY軸に移動させる移動機構を設けてもよい。
【0027】
式(1)は、下記のように導出できる。
歪みがないときの磁気共鳴周波数fr
0は、式(2)で表される。
薄膜材料の磁気異方性磁界+外部磁界(100 Oe)は、次の式(3)で表される。
歪みが伸び方向のときの磁気共鳴周波数fr
+は、式(4)で表される。
歪みが縮み方向のときの磁気共鳴周波数fr
−は、式(5)で表される。
磁気共鳴周波数の変化量は、式(6)で表される。
式(6)を変形すると式(1)が導出できる。
【0028】
[測定例]
Si(シリコン)ウエハWに、磁性体を薄膜として形成し、上記装置を用いて磁歪を測定した。
試料薄膜は、Co
90Zr
10 , Ms = 10
4/4π= 796 emu/cm
3 、fr
0 = 5.75x10
9 Hzで、膜厚(hf)は、0.4μmである。
ウエハWの基板厚み(hs)は150μm、ヤング率(Es)は10
12dyn/cm
2である。
図4Aのように気密空間に圧力を加えて薄膜を延ばし、半径rを30cmにした状態で計測した結果を
図5Aに示す。磁気共鳴周波数の変化量は約130MHzであった。
図4Bのように気密空間を減圧して薄膜を縮め、半径rを30cmにした状態で計測した結果を
図5Bに示す。磁気共鳴周波数の変化量は約60MHzであった。
Δfr=130+60=190x10
6Hzとなる。
これを式(1)に代入すれば、λs=2.8×10
−6 となる。
試料薄膜(Co
90Zr
10)の磁歪定数(光反射法により測定)3×10
−6に一致する。
【0029】
磁歪の評価について、使用したネットワークアナライザ(型番5227A)のカタログによれば周波数制度(Frequency Accuracy)は±1ppmであった。これを周波数に換算すると約6GHzで周波数精度は6kHzとなる。よって2.9×10
−6の歪みに対して190MHz周波数シフトしたから、歪の測定精度(理論値)は約10
−10と得られた。これは既存の評価方法に比較して高感度な手法である。さらに強磁性共鳴周波数の推移についてはCoNbZr薄膜を用いた実験で1nm厚みまでの評価できていることから、光学的手法では評価困難な極薄膜における磁歪評価にも本手法は適用可能である。
【0030】
以上のように、本実施形態の応力印加機構1は、磁性体を有する板体Wを保持するための本体10と、本体10と板体Wとの間に気密空間SPを形成するための環状のシール部材11と、板体Wをシール部材11へ押圧するための押え機構12と、気密空間SPに流体を出し入れするための導通路13と、を有し、導通路13を介した気密空間SPへの流体の加圧又は減圧によって、磁性体及び板体Wに対して歪みを付与可能に構成されている。
【0031】
このように、ウエハなどの板体Wと本体10との間に環状のシール部材11によって気密空間SPを形成し、この気密空間SPに流体の加圧又は減圧によって板体Wに歪みを与えるので、板体W及び磁性体に均一な歪みを付与可能となる。それでいて、シール部材と流体を用いるだけなので、複雑な機械的機構を設けずにすみ、小型化が可能となる。
【0032】
本実施形態において、本体10は、正面視偏平形状であり、導通路13は、正面視で周縁部から正面視中央部に延びている。この構成によれば、正面側及び裏面側に、導通路13を構成する部材を配置しなくてよいので、正面側及び裏面側を有効利用可能となる。
【0033】
本実施形態において、押え機構12は、正面視リング状の押え部材12aと、環状のシール部材11と対をなして板体Wを挟む第2の環状シール部材12bと、を有する。この構成によれば、板体Wを正面及び裏面の両側からシール部材11,12bで保持するので、加圧及び減圧によって正面側及び裏面側の両方に板体を変形させる場合でも、適切な保持が可能となる。
【0034】
本実施形態の磁歪計測装置は、上記応力印加機構1と、気密空間SPの圧力を制御する圧力制御機構2と、磁性体の磁気共鳴周波数を測定する周波数測定部3と、気密空間SPの圧力に応じた磁性体の歪量と周波数測定部3で測定した磁気共鳴周波数とに基づき磁歪値を算出する磁歪値算出部4と、を備える。
【0035】
この構成によれば、ウエハなどの板体W上の磁性体に均一な歪みを与え、磁気共鳴周波数を測定することで磁歪値を計測することが可能となる。それでいて、従来の磁場中での試料の伸縮を計測する方法では、試料に十分な厚みが必要であり、材料から試料を切り出して測定しなければならなかったが、本装置によれば、薄くなるほど歪みが増えるといった歪みを与える試料の厚みに制限がないこと、さらに、試料を破壊せずにプローブの位置によって局所的に計測できる。よって、非破壊且つ生産ライン上に適用できる計測装置を提供できる。
【0036】
本実施形態では、磁歪計測装置は、応力印加機構1に保持されている磁性体の歪量を計測する歪量検出部5を備える。この構成によれば、気密空間SPの圧力と歪量の関係が未知の板体であっても、歪量を計測することにより、磁歪値を測定可能となる。
【0037】
本実施形態の磁歪計測方法は、上記応力印加機構1を用い、磁性体を有する基板Wを保持する応力印加機構1の気密空間SPへ加圧し、基板Wを凸状に所定量歪ませた状態で磁性体の磁気共鳴周波数を計測すること、
応力印加機構1の気密空間SPを減圧し、基板Wを凹状に前記所定量歪ませた状態で磁性体の磁気共鳴周波数を計測すること、
2つの状態の磁気共鳴周波数の変化量及び歪量に基づき磁歪値を算出すること、を含む。
【0038】
この方法によって、上記磁歪計測装置と同じ作用効果を奏することができ、有用である。
【0039】
以上、本発明の実施形態について図面に基づいて説明したが、具体的な構成は、これらの実施形態に限定されるものでないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施形態の説明だけではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0040】
上記実施形態では、流体を用いて板体に応力を印加する圧力印加機構1を用いているが、圧力を印加する他の手段として、例えば
図1のx方向またはy方向(互いに直交する第1方向及び第2方向のうちいずれか一方向)にのみ一定のrを持つ形状を有する専用治具を設け、この専用治具に板体を貼り付けることで、均一な歪を印加することができる。
【0041】
上記治具を用いる場合、磁歪計測装置は、次のように構成できる。すなわち、磁歪計測装置は、互いに直交する第1方向及び第2方向のうちいずれか一方向にのみ一定のrをもつ形状をなす治具と、前記治具に貼り付けられた板体の磁性体の磁気共鳴周波数を測定する周波数測定部3と、前記rの大きさに応じた磁性体の歪量と周波数測定部3で測定した磁気共鳴周波数とに基づき磁歪値を算出する磁歪値算出部4と、を有する。
【0042】
さらに、磁歪計測装置は、前記治具に貼り付けられている磁性体の歪量を計測する歪量検出部5を備えてもよい。この構成によれば、一定のrを持つ形状に加工した治具上で板体のrに誤差が生じた場合であっても、歪量を計測することにより、磁歪値を測定可能となる。
【0043】
磁歪計測方法は、磁性体を有する基板を、一定のrを有する形状の治具に貼付け、基板Wを凸状に所定量歪ませた状態で磁性体の磁気共鳴周波数を計測すること、
前記治具を用いて、基板Wを凹状に前記所定量歪ませた状態で磁性体の磁気共鳴周波数を計測すること、
2つの状態の磁気共鳴周波数の変化量及び歪量に基づき磁歪値を算出すること、を含む。ここでいう所定量は、治具のrの大きさに応じた量である。
【0044】
上記の各実施形態で採用している構造を他の任意の実施形態に採用することは可能である。各部の具体的な構成は、上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。