特許第6371936号(P6371936)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6371936トリチウム吸着材、水中からのトリチウムの分離方法及びトリチウム吸着材の再生方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6371936
(24)【登録日】2018年7月20日
(45)【発行日】2018年8月8日
(54)【発明の名称】トリチウム吸着材、水中からのトリチウムの分離方法及びトリチウム吸着材の再生方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/06 20060101AFI20180730BHJP
   B01J 20/28 20060101ALI20180730BHJP
   B01J 20/34 20060101ALI20180730BHJP
   B01D 59/30 20060101ALI20180730BHJP
【FI】
   B01J20/06 A
   B01J20/28 Z
   B01J20/34 G
   B01D59/30
【請求項の数】6
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2015-536659(P2015-536659)
(86)(22)【出願日】2014年9月12日
(86)【国際出願番号】JP2014074334
(87)【国際公開番号】WO2015037734
(87)【国際公開日】20150319
【審査請求日】2017年6月15日
(31)【優先権主張番号】特願2013-191174(P2013-191174)
(32)【優先日】2013年9月13日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2013-218747(P2013-218747)
(32)【優先日】2013年10月21日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2014-69967(P2014-69967)
(32)【優先日】2014年3月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505334020
【氏名又は名称】古屋仲 秀樹
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】古屋仲 秀樹
【審査官】 池田 周士郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−011003(JP,A)
【文献】 特開2003−245542(JP,A)
【文献】 特表2007−504075(JP,A)
【文献】 特開昭53−093294(JP,A)
【文献】 特表2012−504190(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00−20/34
B01D 59/00−59/50
G21F 9/00− 9/36
C01G 45/00−45/12
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリチウム含有水からトリチウムを捕集するトリチウム吸着材であって、スピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガンで構成されることを特徴とするトリチウム吸着材。
【請求項2】
前記スピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガンが粉末であるか、膜構成体、もしくは電極構成体であることを特徴とする請求項1に記載のトリチウム吸着材。
【請求項3】
請求項1または2に記載のトリチウム吸着材にトリチウム含有水を接触させてトリチウム含有水中のトリチウムを捕集して、分離することを特徴とする水中からのトリチウムの分離方法。
【請求項4】
トリチウムを捕集した前記トリチウム吸着材を酸処理して、トリチウムを溶出させることを特徴とする請求項3に記載の水中からのトリチウムの分離方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のトリチウム吸着材に水素イオンまたはリチウムイオンを補充してトリチウムイオンに対する吸着性を回復させることを特徴とするトリチウム吸着材の再生方法。
【請求項6】
酸処理により水素イオンを補充することを特徴とする請求項5に記載のトリチウム吸着材の再生方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリチウム吸着材、水中からのトリチウムの分離方法及びトリチウム吸着材の再生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トリチウム(T)は、トリチウムイオン()や同位体水(TO、THO)として通常の水(HO)の中に溶解する。トリチウムイオンは水素イオン()の同位体であり、β線(電子線)を発する半減期12.3年の放射性元素である。また、トリチウムイオン()は、水素イオン()と化学的な性質が類似するため、生物の体内においてDNAを構成する水素イオンとイオン交換することで体内に留まる性質を有する。このため、内部被曝の原因物質と成り得、有害である。
【0003】
トリチウムの天然存在比は、極めて微量(水素原子1×1018個に一個の割合)であるが、人工的には核分裂型原子力発電施設や、核融合反応施設において生成される。このため、日本の法規制による排水濃度限度は実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則の規定に基づく線量限度等を定める告示おいて、1リットルあたりのサンプル水からのトリチウム由来の放射能濃度の限度値として6万Bq/L(60Bq/mL)と定められている。
【0004】
通常、水中からトリチウムを分離するためには、水(HO)とは異なる同位体水(TO、THO)の沸点や質量など物理的性質の違いを利用する。これら従来の手法は、例えば、 Vasaru, G. Tritium Isotope Separation 1993, CRC Press, Chap. 4-5、Villani, S. Isotope Separation 1976, Am. Nuclear Soc., Chap. 9、Gould, R.F. Separation of Hydrogen Isotopes 1978, Am. Nuclear Soc., Chap. 9等に解説されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、物理的な性質の違いを利用した既存のトリチウム分離技術は極めて高濃度のトリチウムを水中から分離する技術である。例えば、カナダ型重水炉「CANDU炉」や国内の新型転換炉「ふげん」の運転に伴って生成された高濃度のトリチウムを水中から分離する技術であり、そのトリチウム濃度は、現在その処理が問題になっている福島第一原子力発電所の事故現場における放射性汚染水中のトリチウム濃度である50万〜500万Bq/Lに比べて百万倍近く高い。しかも、既存のトリチウム分離技術は処理速度が遅く、少量のトリチウム含有水(トリチウム汚染水)を処理対象としている。
【0006】
福島第一原子力発電所の事故現場では、セシウムやストロンチウムなどをはじめとする多核種を除去した後に50万〜500万Bq/L(0.14〜1.4ng/L)の低濃度でトリチウムを含む40万トン以上にもおよぶ膨大な量の放射性汚染水が現時点で発生しており、高濃度かつ少量のトリチウム汚染水を処理対象としている従来の手法を用いて同汚染水からトリチウムを除去することは、処理効率の点で技術的にも経済的にも極めて困難な状況にある。また、同汚染水中のトリチウム濃度は、上述の様に0.14〜1.4ng/Lと物質濃度としては低濃度であるが、欧州における飲料水基準で許容されているトリチウム濃度(100Bq/L)の1〜5万倍にも達する高濃度である。今後、溶融した炉心のデブリの回収が終わるまでに少なくとも40年が必要と見積もられており、その間、新たに膨大な汚染水が発生し続けるとされている。このため、同汚染水を排水濃度規制値まで水で希釈して海洋に放流する処理に対して国際的な理解を得る事が困難である。
【0007】
福島第一原子力発電所における大量の汚染水処理をはじめとして、世界中で多くの原子力発電所における廃炉工程においても解体作業に伴って発生する洗浄水の処理において、トリチウムを水から安価に分離することを可能とする吸着材の実現に対する要請が高まりつつあるのが実情である。
【0008】
本発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、トリチウムを水から安価に分離することを可能とするトリチウム吸着材、水中からのトリチウムの分離方法及びトリチウム吸着材の再生方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明のトリチウム吸着材は、トリチウム含有水からトリチウムを分離するトリチウム吸着材であって、スピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガンで構成されることを特徴とする。
【0010】
このトリチウム吸着材においては、前記スピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガンを導電性金属の表面に有した電極で構成されていてもよい。
【0011】
このトリチウム吸着材においては、前記スピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガンを導電性金属の表面に有した電極を、トリチウムの分離膜として構成されていてもよい。
【0012】
また、本発明のトリチウムの分離方法は、前記トリチウム吸着材に酸性のトリチウム含有水を接触させることによって、前記トリチウム含有水中のトリチウムを前記トリチウム吸着材で吸着して、前記トリチウム含有水からトリチウムを分離することを特徴とする。
【0013】
この水中からのトリチウムの分離方法において、前記トリチウム吸着材に接触させたトリチウム含有水を再び前記トリチウム吸着材に接触させるように循環させ、前記トリチウム含有水の循環は前記トリチウム含有水に含まれるトリチウム由来の放射能の濃度が基準値以下になるまで行ってもよい。
【0014】
この水中からのトリチウムの分離方法において、トリチウムを吸着した前記トリチウム吸着材を酸処理して、前記トリチウム吸着材からトリチウムを溶出させて回収してもよい。
【0015】
また、本発明のトリチウム吸着材の再生方法は、トリチウムを吸着した前記トリチウム吸着材に水素イオンまたはリチウムイオンを補充することによって、再びトリチウムの吸着が可能な状態に、前記トリチウム吸着材を再生することを特徴とする。
【0016】
前記トリチウム吸着材に水素イオンまたはリチウムイオンを補充する方法としては、水素含有酸化マンガン吸着材に対しては酸処理を施すことによって実施され、リチウム含有酸化マンガン吸着材に対しては弱アルカリ性のリチウムイオン含有水によって処理を施すことによって実施されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、トリチウムを水から安価に分離することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】トリチウム吸着材のX線回折パターンである。
図2】リチウム含有トリチウム吸着材の透過型電子顕微鏡写真である。
図3】焼成温度が異なるリチウム含有トリチウム吸着材のX線回折パターンである。
図4】水素含有酸化マンガン吸着材粉末によるトリチウム濃度変化である。
図5】リチウム含有酸化マンガン吸着材粉末によるトリチウム濃度変化である。
図6】水素含有酸化マンガン吸着材粉末に対する乾燥処理がトリチウムの吸着に与える影響である。
図7】スピネル型以外の結晶構造をもつ酸化マンガンのX線回折パターンである。
図8】スピネル型以外の結晶構造をもつ酸化マンガン粉末によるトリチウム濃度変化である。
図9】電極で構成されるトリチウム吸着材の一実施形態を示した模式図である。
図10】水素含有酸化マンガン電極による水中のトリチウム濃度変化である。
図11】電極膜で構成されるトリチウム吸着材の一実施形態を示した模式図である。
図12】水素含有酸化マンガン電極膜による水中のトリチウム濃度変化である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明のトリチウム吸着材は、スピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン(結晶学に基づく理論組成比:HMn;0<x≦1である)、又は、スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガン(結晶学に基づく理論組成比:LiMn;0<x≦1である)で構成される。
【0020】
スピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガンは、例えば、J. C. Hunter, Preparation of a new crystal structure of manganese dioxide: lambda-MnO2, Journal of Solid State Chemistry 39 (1981) 142-147.や、その水素化を最適にするための条件が、H. Koyanaka, O.Matsubaya, Y.Koyanaka, and N.Hatta, Quantitative correlation between Li absorption and H content in Manganese Oxide Spinel λ-MnO2, Journal of Electroanalytical Chemistry 559 (2003) 77-81.などで報告されている。スピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガンは、例えば、次の方法で合成することができる。
【0021】
スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンは、例えば、炭酸マンガンや炭酸マンガンの水和物等のマンガンの炭酸塩、リチウムの水酸化物、等の薬品を原料として、混合、焼成、精製の工程を経て得ることができる。スピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガンは、前記した工程に加えて、さらに酸処理の工程を経て得ることができる。
【0022】
混合工程では、例えば、上記した原料を室温下で混合する。このとき黒色化するまで混合する。これによって、スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンの結晶核を生成する。焼成工程では、混合工程で生成した核を成長させる。例えば、混合物を、大気中で200℃〜1000℃、好ましくは300℃〜500℃の温度、より好ましくは350℃〜450℃で、1時間〜10時間程度加熱する。精製工程では、焼成工程で得た焼成物を弱アルカリ性の純水に懸濁した後、一定時間静置し、沈殿物を回収する。この沈殿物が、スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンである。スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンを保管する場合には、濾過処理等で回収した沈殿物を湿潤した状態で冷暗所に保管すればよい。また、スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンの乾燥処理が必要な際には、大気中120〜150℃程度で乾燥処理することができる。また、酸処理の工程を経て水素含有酸化マンガンを合成する際には、スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンを希塩酸水溶液等の酸性溶液中に懸濁させ、次いで固液分離して、水素含有酸化マンガン粉末を得る。スピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン粉末は、湿潤した状態で冷暗所に保管する。同粉末に対して乾燥処理を施してはならない。この理由は、乾燥処理によって同結晶構造内の水素イオンが水として結晶から蒸散する反応が進むと吸着材の結晶構造がイオン交換性の水素イオンを含まないラムダ型の二酸化マンガンの結晶構造に変化して、結果的に同吸着材が示す水中のトリチウムイオンに対する吸着性を減じてしまうからである。
【0023】
上記した一連の工程から得られたスピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガンは、トリチウム吸着材を構成する。もちろん、上記した以外の方法で合成されたスピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガンについても、トリチウム吸着材を構成する。
【0024】
スピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガンは、トリチウムの吸着能の観点から、その一次粒子の粒子径が20〜70nmの範囲内であることが好ましい。かかる範囲内の粒子径を得るには、上記した焼成工程において、焼成温度を350℃〜450℃の範囲に設定すればよい。
【0025】
トリチウム吸着材は、上記したスピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガン粉末として使用してもよいし、粉末と樹脂バインダーとによる膜構成体、さらには電極構成体として使用してもよい。膜構成体の場合には、例えば多孔質膜としてもよい。
また、電極構成体の場合には、例えば、導電性金属の表面に有した電極で構成することもできる。このような電極で構成されるトリチウム吸着材は、白金等の導電性金属と、スピネル結晶構造を有したリチウム含有の酸化マンガンとを有した電極として構成される。スピネル結晶構造を有したリチウム含有の酸化マンガンは、導電性塗料等を用いて導電性金属の表面に固定することができる。例えば、スピネル結晶構造を有したリチウム含有の酸化マンガン粉末を混合した導電性塗料を導電性金属メッシュの表面に塗布し、乾燥させることで、スピネル結晶構造を有したリチウム含有の酸化マンガンを導電性金属メッシュの表面に固定することができる。このトリチウム吸着材を導電性塗料で導電性金属メッシュの表面に固定した状態で希酸に浸すことで、スピネル結晶構造を有した水素含有の酸化マンガンを導電性金属の表面に有した電極で構成されるトリチウム吸着材を得ることができる。
【0026】
後述の実施例1及び2での、スピネル結晶構造を有した水素又はリチウム含有の酸化マンガンで構成されるトリチウム吸着材粉末を用いたトリチウム含有水からのトリチウムの吸着・分離においては、トリチウムの吸着が進むにつれて、トリチウム吸着材を構成するマンガンがトリチウム含有水に溶出する現象が観られた。このような現象は、スピネル結晶構造に吸着したトリチウムからのβ線によってトリチウム吸着材を構成するマンガンが還元されたことによるものと考えられる。これに対して、上記の電極で構成されるトリチウム吸着材は、吸着したトリチウムが発するβ線由来の電子を導電性塗料及び導電性金属に集電して、同電極で構成されるトリチウム吸着材から銅線等の導線を通じてアースに放電させることが可能であるため、同吸着材を構成するマンガンの還元を抑えることができる。このように、電極で構成されるトリチウム吸着材は、アースに接続することで同吸着材からのマンガンの溶出を低減できるため、トリチウム吸着材としての利用の長寿命化が期待できる。また、電極で構成されるトリチウム吸着材は、トリチウム含有水に浸漬するなどしてトリチウム含有水と接触させ、トリチウムを吸着させた後は、トリチウム含有水から引き上げるなどの操作によって、同電極化した吸着材をトリチウム含有水から容易に回収することができる。このように、電極で構成された同吸着材は、トリチウム含有水とトリチウム吸着材との簡易な分離を可能とするため、遠心分離法等によって粉末状の吸着材をトリチウム含有水から固液分離する方法と比べて、処理対象であるトリチウム含有水のトリチウム濃度が低下したタイミングを逃がすことなく、簡易かつ素早く固液分離することを可能とする。また、トリチウムを吸着後のトリチウム吸着材を希酸と接触させて、同吸着材に吸着しているトリチウムを希酸に溶離させながら同吸着材に水素イオンを補充した後、再びトリチウム含有水と接触させる操作を繰り返すことで、トリチウム含有水からトリチウムを段階的に短時間で吸着除去する処理が可能となる。さらに、同電極で構成されるトリチウム吸着材を、トリチウム含有水槽と希酸水溶液槽との間を仕切る電極膜として配置することで、トリチウム含有水から電極膜を通じてトリチウムを希酸水溶液に移動・分離することも可能である。
【0027】
本実施形態のトリチウム吸着材は、水(HO)と同位体水(TO、THO)における沸点や質量の僅かな違いを利用する従来の物理的な水中からのトリチウムの分離手段に比べて、複雑な反応装置を必要とせず、熱や電気等のエネルギー付加も必要としない化学的な吸着手段であって、安価である。したがって、高濃度のトリチウムを処理対象とする従来の手法では実現が困難な、10Bq/L程度の濃度でトリチウムを含む大量の汚染水中からトリチウムを分離することが、本手法によって簡易かつ安価に実現できる。例えば、サージタンクに貯留されたトリチウムを含む処理水を、本吸着材と接触させる吸着槽との間で循環させながら、リアルタイムで放射能濃度をモニタリングできる既存のフロータイプの液体シンチレーションカウンターを用いてトリチウム濃度を監視することによって、処理水中のトリチウム濃度が公共用水域に法規上排出できる濃度に下がった時点で処理水を排出し、濃度が充分下がらない内は処理水をサージタンクに戻す循環システムを構築することで、安価で高効率な水中のトリチウムの分離及び除去が可能になる。
【0028】
本実施形態のトリチウム吸着材によるトリチウムの吸着機構は、本吸着材に対するトリチウムイオン()の吸着反応、および酸化力が高い酸化マンガンを主成分とする本吸着材表面で生じるトリチウムを含んだ水酸化物イオン(OT)の酸化反応(OT+ 2e + (1/2)O)から発生するトリチウムイオン()の吸着に基づくものと考えられる。一般に、水分子の電離度は極めて低いために、水中のトリチウムはイオンではなく、ほとんどが水分子(TO、THO)として存在する。本吸着材は、トリチウム含有水中において、とOTの両方を吸着することで、トリチウム水分子(TO、THO)の解離反応を促進する(例えば、TO → + OT、THO → H + OT、THO → + OH)。この結果、水中に存在するトリチウムの全化学種(、OT、TO、THO)が、水中から本吸着材の固相へと吸着・分離される効果が得られているものと考えられる。実際に、下記実施例1〜3に記載の結果(図4、5、10、および12)においては、各吸着実験に供したトリチウム含有水中のトリチウム総量の12〜45%が本吸着材によって水中から吸着除去されている。これらの高いトリチウム吸着率は、実験に供したトリチウム含有水が吸着材添加前に初期状態で含むおよびOTの存在量に基づいた吸着率を大きく上回る。このため、上記したトリチウムを含む水分子の解離反応が本吸着材によって促進されて、水中のトリチウムが本吸着材にトリチウムイオンとして捕捉されるという吸着機構は、本発明によって実験的にも裏付けられている。また、トリチウム含有水にトリチウムイオン以外の成分が含まれる場合においても、本トリチウム吸着材を構成するスピネル結晶構造には、他成分イオンに比べてイオン半径が小さい水素イオン(H)、重水素イオン(D)、リチウムイオン(Li)、およびトリチウムイオン()しか侵入することができないことから、他成分が共存する水中からトリチウムイオン()を選択的に吸着・分離することが可能であると期待できる。
【0029】
本トリチウム吸着材においては、以下に示した化学式(1)、(2)、および(3)に記述のイオン交換反応に基づいて、水中のトリチウムイオンを吸着すると考えられる。化学式(1)と(2)は、スピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン(HxMn2O4) をトリチウム吸着材として用いた反応であり、化学式(3)は、スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガン(LixMn2O4)をトリチウム吸着材として用いた反応である。
【0030】
【化1】
【0031】
上記の化学式(1)、(2)、および(3)の反応は、いずれも酸化マンガンのスピネル結晶構造に含有されている水素イオン又はリチウムイオンが、水中のトリチウムイオンとイオン交換することで、水中のトリチウムイオンがスピネル結晶構造内に移動し、さらに結晶内の酸素原子との弱い共有結合(強い水素結合)によって固相内に捕捉され、結果として水中のトリチウム濃度が減じることを示している。スピネル型酸化マンガンの結晶内部において、水素イオン(H)が結晶を構成する酸素原子と弱い共有結合(強い水素結合とも言える)で結合し、結晶内部における水素イオンの濃度勾配に応じて水素イオン導伝性を示すことに関しては、つぎの文献で指摘されている。Koyanaka, H.; Ueda, Y.; Takeuchi, K.; Kolesnikov, A. I. Effect of crystal structure of manganese dioxide on response for electrolyte of a hydrogen sensor operative at room temperature, Sens. Act. B 2013, 183, 641-647。このため、本明細書においては、スピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン、およびリチウム含有酸化マンガンによるトリチウムの「吸着」という表現を用いているが、同表現にはスピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン、およびリチウム含有酸化マンガンによるトリチウムイオンの「吸収」および「導伝体」としての定義が含まれる。上記の化学式(1)〜(3)中、記号xは吸着材に含まれる水素イオンまたはリチウムイオンの他成分に対するモル比を示し、yは吸着材に吸着したトリチウムの他成分に対するモル比を示す。特に、化学式(2)の右辺には同左辺との間に電荷中性を構成しない余分な電子が存在する。この電荷中性を妨げる余分な電子が吸着材を粉末としてトリチウム含有水に適用した際に、トリチウムから発生するベータ線由来の電子と共に吸着材のマンガンを還元して溶解を助長する原因であると考えられる。これらの余分な電子は、本吸着材を電極として構成することでアースに放電される。このため、電極として本吸着材を構成した場合には吸着材からのマンガンの溶解を抑えることができる。
【0032】
次に、本発明の水中からのトリチウムの分離方法の実施形態について説明する。
【0033】
まず、トリチウム含有水に上記したトリチウム吸着材を接触させる。次いで、トリチウム含有水のpHを以下に記述の様に酸性に調整する。これによって、トリチウム含有水中のトリチウムが吸着材に吸着して、トリチウム含有水中のトリチウム濃度を減じることができる。
【0034】
本実施形態では、水素含有酸化マンガンを有したトリチウム吸着材(HxMn2O4)を用いる場合、酸性のトリチウム含有水をトリチウム吸着材に接触させている。その際、吸着材にトリチウム含有水中からトリチウムを効果的に吸着させるためには、トリチウム含有水のpHが4.0以上7.0未満であることが好ましい。なぜならば、トリチウム含有水のpHが1〜2と強酸性の場合には、化学式(1)における右辺の水素イオン(H)濃度が高いため、化学式(1)によるトリチウムの吸着反応は進行しにくい。結果として強酸性の水溶液中では、吸着材(HxMn2O4)に対するトリチウムの安定した吸着がほとんど生じない。また、トリチウム含有水のpHが7.0以上の中性およびアルカリ性の場合には、化学式(2)による OT- の起源のトリチウムの吸着は進行するが、化学式(2)の右辺における余分な電子発生の効果によって同吸着材の結晶を構成しているマンガンを水溶性の高い2価のマンガンイオン(Mn2+)に変化させる還元反応が進行する。このため、pHが7.0以上の条件下では、pHが7.0未満の条件下と比較して水素含有酸化マンガンの表面の溶解性が高まり、吸着したトリチウムイオンが水中に再溶解すると考えられ、結晶構造の溶解によって吸着材の寿命も短くなると考えられる。特に、水素含有酸化マンガン吸着材粉末を懸濁させたpH7以上のトリチウム含有水から採取されたサンプル水には、マンガンの溶解による黄茶色の着色が観察される。ただし、化学式(2)の余分な電子によるマンガンの溶解効果は、吸着材を電極化して余分な電子を放電させることで大幅に軽減できる。また、pH7以上の条件下では、処理対象水中にリチウムイオン(Li)がトリチウムイオン(3)と同時に溶解している場合、吸着材(HxMn2O4)に対するリチウムイオンとトリチウムイオンの吸着が競合する。このため、pH7以上の条件下では、トリチウムイオンの吸着性が低下する。したがって、本実施形態のトリチウムの分離方法において、水素含有酸化マンガンを有したトリチウム吸着材(HxMn2O4)を用いる場合には、トリチウム含有水のpHを4.0以上7.0未満に調整することが好ましい。より好ましくは、5.5以上6.5以下に調整することが望ましい。
【0035】
一方、リチウム含有酸化マンガンを有したトリチウム吸着材(LixMn2O4)を用いる場合には、上記の化学式(3)において、吸着材に含まれるリチウムイオン(Li)と水中のトリチウムイオン()がイオン交換することによって、トリチウム含有水中のトリチウム濃度が低下する。その際、トリチウム含有水のpHが1〜2の強酸性である場合には、吸着材(LixMn2O4)に含まれるリチウムイオンが水素イオン(H)に直ちに置換されるため、吸着材の化学組成が水素含有酸化マンガントリチウム吸着材(HxMn2O4)に変化する。したがって、化学式(3)に基づいて吸着材中のリチウムイオンと水中のトリチウムイオンのイオン交換を促進するためには、pHが4.0以上7.0未満の弱酸性の条件下で吸着材(LixMn2O4) を適用することによって、リチウム含有酸化マンガン(LixMn2O4)から水素含有酸化マンガン(HxMn2O4)への変化を抑制しながら、上記の化学式(3)の反応をトリチウム吸着の主反応とすることが好ましい。特に、処理対象であるトリチウム含有水がリチウムイオンを含む場合には、リチウム含有酸化マンガントリチウム吸着材(LixMn2O4)が、その固相に約30mg/g以上の高濃度で含むリチウムイオンを含むため、吸着材からのリチウムの溶出にともなってトリチウムイオンに対するイオン交換反応が進む。その際、液相中からリチウムイオンは吸着材の固相には移動しないため、リチウムイオンよりもトリチウムイオンに対する選択的な吸着が生じる。したがって、処理対象水となるトリチウム含有水にリチウムイオンが含まれる場合には、水素含有酸化マンガンを有したトリチウム吸着材に比べて高いトリチウムの吸着が期待できる。一方、トリチウム含有水のpHが7.0以上の条件下においては、リチウム含有酸化マンガンの結晶中からリチウムイオンがほとんど溶出しないため、化学式(3)の反応においてトリチウムイオンがリチウム含有酸化マンガンに吸着される方向である右辺に進行しにくい。このため、pHが7.0以上の条件下では、リチウム含有酸化マンガントリチウム吸着材(LixMn2O4)に対するトリチウムイオンの吸着は生じにくい。したがって、本実施形態のトリチウムの分離方法において、リチウム含有酸化マンガンを有したトリチウム吸着材(LixMn2O4)を用いる場合には、トリチウム含有水のpHを4.0以上7.0未満に調整することが好ましい。より好ましくは、4.0以上6.0以下に調整することが望ましい。
【0036】
以上の様に、本発明のトリチウム吸着材(HxMn2O4、またはLixMn2O4)を用いてトリチウムイオンを吸着する際には、トリチウム吸着材の固相に含まれた水素イオン(H)またはリチウムイオン(Li)と、トリチウム含有水中のトリチウムイオン()とを、化学的にイオン交換させることによって、トリチウムが液相から固相に移動・吸着する反応を利用する。このため、トリチウムイオンの吸着が進行するにしたがって、本吸着材の固相に含まれる水素イオンまたはリチウムイオンの量は徐々に水中に溶出しながら減少し、その結果、本吸着材(HxMn2O4、またはLixMn2O4)が示すトリチウムイオンに対する吸着性も低下する。そこで、本発明では吸着材に対して水素イオンまたはリチウムイオンを外部から補充することで、トリチウムイオンの吸着性を回復させる。
【0037】
外部から本発明のトリチウム吸着材に水素イオンを補充する方法としては各種であってよい。リチウムイオンの補充も同様である。
水素イオンの補充としては簡便には酸処理が考慮される。一般的には、例えば、pH1〜2程度の希酸が好適に用いられる。具体的には、使用済みのトリチウム吸着材、または使用中のトリチウム吸着材に対して、例えば希酸を用いた酸処理を実施することで、水素イオンを補充し、トリチウムイオンに対する吸着性を回復させる。具体的には、例えば、使用済みの電極化したトリチウム吸着材(HxMn2O4)を希塩酸水溶液に10分程度浸して水素イオンを再補充した後、再びトリチウム含有水に適用する方法や、電極化したトリチウム吸着材(HxMn2O4)をイオン交換膜として、トリチウム含有水と希酸水溶液の間に設置することで常時水素イオンを補充することによって、水中のトリチウムに対する吸着性を維持する手法が好ましく考慮される。
【0038】
酸処理としては、例えば、希塩酸、希硫酸、希硝酸等の希酸をトリチウム吸着材に少量添加する。これによって、トリチウム吸着材からトリチウムイオンを溶出させ、使用後のトリチウム吸着材(つまり、水素イオンの含有量が低下した吸着材)に、水素イオンを再補充してトリチウム吸着材(HxMn2O4)として再生することができる。
また、あるいは、トリチウムを吸着したトリチウム吸着材(Lix-yTyMn2O4)を、弱アルカリ性のリチウムイオンを含んだ水溶液と接触させる。これによって、トリチウムを吸着したトリチウム吸着材からリチウムイオンを含んだ同水溶液にトリチウムイオンを溶出させ、使用後のトリチウム吸着材(つまり、リチウムイオンの含有量が低下した吸着材)に、リチウムイオンを再補充してトリチウム吸着材(LixMn2O4)として再生することができる。
【0039】
また、本実施形態では、トリチウム吸着材に接触させたトリチウム含有水を再びトリチウム吸着材に接触させるように循環させてもよい。ここで、フロータイプの液体シンチレーションカウンターを用いるなどしてトリチウム含有水中のトリチウム由来の放射能の濃度を常時測定し、その放射能濃度が基準値(例えば、公共用水域に法規上排出できる濃度)に下がった時点でトリチウム含有水を排出し、基準値に達しない場合には基準値以下になるまでトリチウム吸着材に対してトリチウム含有水を繰り返し接触させるように、トリチウム含有水の循環を続ける。これによって、安価かつ高効率な水中のトリチウムの分離及び除去が可能になる。
【0040】
トリチウム吸着後の吸着材(Hx-yTyMn2O4)の取り扱いにおいては、吸着材に吸着したトリチウムが大気中の水分子に含まれる水素イオンとイオン交換反応することで、トリチウムが大気中に同位体水(HTO)として蒸散することを防止する必要がある。このため、本吸着材を用いたトリチウム回収施設においては、安全上の観点から除湿設備を設置して、回収施設内の大気中に蒸散したトリチウムを含んだ同位体水を除湿・回収するシステムを設置する。
【0041】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0042】
<実施例1>
<トリチウム吸着材の合成>
【0043】
以下の手順に従って、スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンで構成されるトリチウム吸着材、及びスピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガンで構成されるトリチウム吸着材を合成した。
<原料と混合> 和光純薬工業製の試薬炭酸マンガン水和物(MnCO・nHO)と水酸化リチウム水和物(LiOH・HO)の粉末を重量比2対1で混合し、室温下で黒色化するまでよく混合する。
<焼成> 電気炉(YAMATO製FO−410)を用いて同混合粉末を大気中390℃で6時間加熱した後、室温まで冷却する。
【0044】
<精製> 自然冷却後の粉末をビーカー等の容器内の適量のイオン交換純水に懸濁させ、ビーカー等の容器の壁面を通じて超音波をあてて粉末の凝集をほぐす。未反応の炭酸マンガンは比重が軽いためイオン交換純水の上澄みに濁りとして残り、比重の重たいスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンは容器の底に沈殿する。一定時間静置した後に上澄みの炭酸マンガンを、アスピレーター等を利用して除去し、沈殿したスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガン粉末を回収する。この時、粉末を懸濁させたイオン交換純水のpHを弱アルカリからアルカリ側に維持する。この一連の精製処理を3回繰り返すことで焼成の工程で未反応物として残留している炭酸マンガンを除去する。
【0045】
<保管> 濾過処理等で回収されたスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガン粉末を湿潤した状態で冷暗所に保管する。乾燥処理が必要な際には、120℃程度で12時間乾燥処理する。
【0046】
<酸処理> スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガン1gを例えば0.5M濃度の希塩酸水溶液1L中に懸濁させてマグネチックスタラーを用いて1時間程攪拌を続け、その後、減圧濾過を用いて固液分離することで、スピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン粉末を得る。なお、本合成方法で得られるリチウム含有酸化マンガンおよび、水素含有酸化マンガンの化学組成は、H. Koyanaka, O.Matsubaya, Y.Koyanaka, and N.Hatta, Quantitative correlation between Li absorption and H content in Manganese Oxide Spinel λ-MnO2, Journal of Electroanalytical Chemistry 559 (2003) 77-81.において、それぞれ、(Li1.15Mn4.6)、(H1.35Mn4.1)と化学分析されている。
【0047】
以上の操作によって、一次粒子径が20〜70nmのスピネル結晶構造を有する水素含有酸化マンガンで構成されるトリチウム吸着材、およびスピネル結晶構造を有するリチウム含有酸化マンガンで構成されるトリチウム吸着材を得た。得られたスピネル結晶構造を有する水素含有酸化マンガン、およびスピネル結晶構造を有するリチウム含有酸化マンガンのX線回折パターンを図1の上段および下段にそれぞれ示した。図1では、上段に示した水素含有酸化マンガンに関する回折パターンが下段に示したリチウム含有酸化マンガンの回折パターンに比べて高角側にわずかにシフトしており、リチウム含有酸化マンガンを酸処理することでリチウムイオンが溶出し、イオンサイズがリチウムイオンよりも小さい水素イオンに置き換わったことによる結晶サイズのわずかな縮小効果が現れている。また、これらの分析結果は、それぞれの吸着材が、J. C. Hunter, Preparation of a new crystal structure of manganese dioxide: lambda-MnO2, Journal of Solid State Chemistry 39 (1981) 142-147.で報告された、結晶性の高いスピネル結晶構造を有する酸化マンガンのX線回折パターンとピーク位置がほぼ一致していることを示している。また、焼成の工程において、焼成温度を本吸着材に適したイオン交換特性が得られる390℃に設定した場合のスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガン、および異なる焼成温度によって得られるスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンの透過型電子顕微鏡写真を図2に示した。この図2においては焼成温度を変化させて得られる一次粒子径の違いが比較できる。なお、図2中の「RT」は室温を示す。また、図3に、図2に示した各リチウム含有酸化マンガンのX線回折パターンを示した。図3の各回折パターンを比較することで、図2に示した各リチウム含有酸化マンガンがスピネル結晶構造を有することがわかる。焼成温度が低いほど、図3のX線回折ピーク強度が低下してブロードになっており、図2からは焼成温度が低いほど得られる一次粒子のサイズが細かくなる様子がわかる。一般に、粒子径が細かいと比表面積値が大きくなるために化学的な反応性は高まる。図2では、焼成温度が200℃の場合や、原料の混合だけで焼成を実施しない室温合成の場合には、390℃で焼成した吸着材に比べて細かい一次粒子が得られている。しかしながら、細か過ぎる一次粒子では表面の割合がバルクの割合に比べて高まるために、結晶構造が乱れた表面におけるアモルファス構造の影響が増加する。このため、スピネル結晶構造に由来するトリチウム吸着能は390℃で焼成した吸着材の方が良好である。390℃で焼成した同吸着材の比表面積は、窒素ガス吸着法によって約33m2/gと測定された。また、1000℃の焼成によって得られるスピネル結晶構造を有するリチウム含有酸化マンガンは、単に比表面積が小さいだけではなく、結晶内のリチウムイオンと液相の水素イオンとの間でイオン交換反応性が著しく低下する。このため、390℃の焼成によって得られる20〜70nmのスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガン、又は390℃の焼成によって得られる20〜70nmのスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガン、および同リチウム含有酸化マンガンに対して上記の酸処理を実施して得られる水素含有酸化マンガンがトリチウム吸着材として好ましい。
【0048】
<トリチウムの吸着試験>
【0049】
トリチウム水の標準試薬(DuPont 5 mCi, 5.0 g, 1.0Ci/g 4/25/1985)40μLを室温(23.6℃、pH5.61)の蒸留水100mLで希釈して放射能濃度5606.87Bq/mLの実験用トリチウム含有水をガラス製のビーカーに調合した。したがって、同実験用トリチウム含有水100mLからは560687Bqのトリチウム由来の放射能が総量として発生している計算になる。放射能濃度の測定には、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD (USA))をもちいた。実験用トリチウム含有水のサンプル1mLに対し、シンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer PICO−FLUOR PLUS)を10mL添加して、サンプル1mLあたりからのトリチウム由来の放射能濃度を測定した。ブランク試料として、実験に用いた蒸留水1mLを同様に前処理してトリチウム由来の放射能を計測し、1.1Bq/mLを検出した。このため、本放射能の計測法においては1.1Bq/mLが実験用に添加したトリチウム由来の放射能の検出下限値であることを確認した。実験用トリチウム含有水のpH調整には、試薬0.01M、0.1M、0.5M希塩酸水溶液、および試薬0.01M、0.5M、1M水酸化ナトリウム水溶液を用いた。pHおよび水温の確認には、pHメーター(HORIBA製pH/DOメーター、D−55ガラス電極型式9678)、およびpH試験紙を使用した。
【0050】
<スピネル結晶構造を有する水素含有酸化マンガン吸着材を用いた吸着試験>
【0051】
次に、図1下段にX線回折パターンを示したスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガン(Li1.15Mn4.6)0.73gを、室温の0.5M希塩酸1Lに添加し、テフロン(登録商標)樹脂でコーティングされた攪拌子とマグネチックスタラーをもちいて1時間攪拌した。この酸処理によって、同リチウム含有酸化マンガンに含まれるリチウムを溶出させて、スピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン(H1.35Mn4.1)へと化学組成を変化させた。同0.5M希塩酸中から減圧濾過によってガラス繊維濾紙(ADVANTEC製GS−25)上に、湿潤状態のスピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン(H1.35Mn4.1)を回収した(120℃で5時間乾燥した際の重量としては0.5g)。この湿潤状態のスピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガンを、上記の放射能濃度5606.87Bq/mLの実験用トリチウム含有水100mLに懸濁させて、マグネチックスタラーで攪拌しながら10分間保った。その際、実験用トリチウム含有水のpHは、吸着材懸濁前の初期値pH5.61から懸濁直後に2.96に変化した。その時点で水酸化ナトリウム水溶液の滴下を開始して、実験用トリチウム含有水のpHを5.75〜5.91の間で維持しながら、水酸化ナトリウム滴下開始から10分経過時点のpH5.8の際に、ロックシリンジ注射器に装着するタイプのガラス繊維製濾紙が内装されたアドバンテック製の濾過用器具(DISMIC−25AS)をもちいて実験用トリチウム含有水のサンプル2mLを懸濁液から濾取し、その2mLから精秤・分取した1mLに対して上記の界面活性剤10mLを加え、液体シンチレーションカウンターで放射能濃度を計測した結果、5177.58Bq/mLを得た。さらに、同様にpHを5.72〜5.88に維持して10分経過した20分経過時点で同様に採取した実験用トリチウム含有水のサンプル1mLからの放射能を分析した結果、3861.12Bq/mLを得た。したがって、約20分で初期放射能濃度5606.87Bq/mLが3861.12Bq/mLに減少した。よって、サンプル1mLに関する放射能の減少濃度は、1745.75Bq/mLと得られた。したがって、100mLの同実験用トリチウム含有水中では、放射能174575Bqのトリチウムがスピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン吸着材の吸着効果によって、同実験用トリチウム含有水の液相から吸着材の固相に移動した。したがって、同吸着材の乾燥重量0.5gあたりに174575Bqが約20分間で吸着したことがわかった。以上の結果から、同吸着材の乾燥重量1gあたりのトリチウム放射能の最大吸着率は、349150Bq/gに達し、本吸着材の高いトリチウム吸着能力が確認された。吸着によって減少した放射能の値を以下の(4)式により、トリチウムのモル数に換算すると、0.325 × 10−9moLとなる。したがって、吸着したトリチウムの質量は、トリチウムの質量数3を同モル数に乗じて、0.975ngと得られた。
【0052】
【化2】
【0053】
ここで、(4)式において、-dN/dtはトリチウムの一秒間あたりの崩壊数(Bq); lnは自然対数記号; Tはトリチウムの半減期12.32(年); およびNはトリチウムの原子数を表す。
【0054】
さらに、同実験用トリチウム含有水のpHを5.70〜5.92に保って、最初の水酸化ナトリウムの添加から100分間攪拌保持した。同100分の間で一定時間の経過時点において、上記と同様に実験用トリチウム含有水をサンプリングし、放射能濃度を計測した結果、図4に示した各1mLのサンプルに関する放射能濃度の変化を得た。
【0055】
図4から、20分経過時点までの放射能濃度の減少傾向に比べて、20分経過以降には吸着したトリチウムが再び実験用トリチウム含有水に溶出していることが示唆されている。この理由は、結晶構造内に吸着したトリチウムイオンがβ線(電子線)を発しながらマンガンを溶解性の高い+2価のマンガンイオンに還元する効果、および吸着材に含まれるイオン交換性の水素イオンが20分経過時点でトリチウムイオンを液相から吸着材の固相に移動させるために不足したことによるものと考えられる。また、吸着したトリチウムはβ崩壊することで希ガスのヘリウムHeに変化するため、吸着材の結晶構造内に発生したヘリウムが留まり、吸着材の結晶構造におけるトリチウムイオンの侵入経路の内圧が高まることで、新たにトリチウムイオンが結晶構造内に侵入することを阻害している可能性もある。上記の還元効果に関する考察を裏付ける現象として、同吸着材1gあたりのトリチウム吸着放射能が約10000〜30000Bq/gを超えた状態でサンプリングされた実験トリチウム含有水にはマンガンの溶解を示す薄い黄茶系の着色が見られた。この様な着色は、同吸着材に対する同様なpH条件下におけるリチウムイオンの吸着に関する過去の研究報告(例えば、H. Koyanaka, O.Matsubaya, Y.Koyanaka, and N.Hatta, Quantitative correlation between Li absorption and H content in Manganese Oxide Spinel λ-MnO2, Journal of Electroanalytical Chemistry 559 (2003) 77-81.)では全く見られなかった現象であり、同吸着材へのトリチウムの吸着による影響と考えられた。
【0056】
上記の結果を踏まえると、本吸着材を実際のトリチウム含有水に適用する際には、本吸着材とトリチウム含有水を接触させる処理槽において、既存のフロータイプの液体シンチレーションカウンターを設置し、リアルタイムで処理中のトリチウム含有水の放射能濃度をモニタリングすることによって、処理水のトリチウム放射能濃度が吸着材の添加によってトリチウムの吸着が最も進んだ時点で吸着材と処理水とを分離する必要がある。処理槽においてトリチウム濃度が充分下がらない内は処理水を処理槽内で循環処理するシステムを構築し、トリチウム濃度が公共用水域に法規上排出できる濃度に減少した時点で処理水を排出用タンクに移し、公共用水域に排出することによって、実質的な水中のトリチウムの吸着・分離が可能となる。
【0057】
<スピネル結晶構造を有するリチウム含有酸化マンガン吸着材を用いた吸着試験>
【0058】
トリチウムの標準試薬(DuPont 5 mCi, 5.0 g, 1.0Ci/g 4/25/1985)40μLを室温(22.9℃)のイオン交換純水100mLで希釈して放射能濃度5718.13Bq/mLの実験用トリチウム含有水をガラス製のビーカーに調合した。したがって、同実験用トリチウム含有水100mLからは571813Bqのトリチウム由来の放射能が総量として発生している計算になる。放射能濃度の測定には、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD(USA))をもちいた。実験用トリチウム含有水のサンプル1mLに対し、シンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer PICO−FLUOR PLUS)を10mL添加して、サンプル1mLあたりからのトリチウム由来の放射能濃度を測定した。実験用トリチウム含有水のpH調整には、試薬0.01M、0.1M、0.5M、1M希塩酸水溶液、および試薬0.01M、0.1M、0.5M、1M水酸化ナトリウム水溶液をもちいた。pHおよび水温の計測には、pHメーター(HORIBA製pH/DOメーター、D−55ガラス電極型式9678)、およびpH試験紙を使用した。
【0059】
次に、図1中の下段にX線回折パターンを示したスピネル結晶構造を有するリチウム含有酸化マンガン約0.725g(乾燥重量としては約0.5g)を、上記の実験用トリチウム含有水に懸濁させた。同吸着材は上述の精製過程において弱アルカリ〜アルカリ性の水溶液で湿潤しているために、実験用トリチウム含有水100mLに懸濁させた際に、実験用トリチウム含有水のpHは懸濁前のpH5.58からpH9.5程度まで吸着材の懸濁後、素早く上昇した。これに、0.01M、0.5M、または1Mの希塩酸水溶液を適量・適時に滴下することで、約5分程度の時間、pH3〜4に調整した。その後、同実験用トリチウム含有水のpHを試薬0.01M、0.1M、0.5M、1M水酸化ナトリウム水溶液を適量・適時に滴下する事で、pH5.75〜5.98に収束する様に調整しながら、テフロン(登録商標)樹脂コーティングされた攪拌子を用いてマグネチックスタラーで攪拌を続けた。上記の希塩酸水溶液の滴下によるpHの調整を開始した時点から、10分、20分、30分、40分、50分の各経過時点で、ロックシリンジ注射器に装着するタイプのガラス繊維製の濾紙が装填されたアドバンテック製の濾過用器具(DISMIC−25AS)をもちいて実験用トリチウム含有水のサンプル2mLを濾取し、その2mLから精秤・分取した1mLに対して上記の界面活性剤10mLを加え、液体シンチレーションカウンターで放射能濃度を計測した。以上の実験から得られた結果を、図5に示した。図5では30分経過後に採取された同実験用トリチウム含有水サンプルの放射能濃度が2971.28Bq/mLと最も低下したことがわかる。同実験用トリチウム含有水の初期放射能濃度は5718.13Bq/mLであることから、30分経過時点における同初期濃度からの減少濃度は2746.85Bq/mLに達した。したがって、同実験用トリチウム含有水100mL中の減少放射能は274685Bqとなった。すなわち、同実験で添加した吸着材の0.5g(乾燥重量)あたりのトリチウム吸着は、274685Bqに達し、吸着材1gあたりの放射能除去率に換算すると、549370Bq/gに相当する結果が得られた。
また、pH6.5以上でサンプリングされた実験用トリチウム含有水、および同吸着材1gあたりのトリチウムの放射能除去率が約10000〜30000Bq/gを超えた状態でサンプリングされた実験用トリチウム含有水にはマンガンの溶解を示す薄い黄茶系の着色が見られた。
【0060】
<水素含有酸化マンガン吸着材に対する乾燥処理がトリチウム吸着に及ぼす影響>
【0061】
図6に、トリチウム含有水に添加する前の水素含有酸化マンガン吸着材に対する乾燥処理が、トリチウム吸着に及ぼす影響をトリチウム濃度の減少率を比較することで実験的に確認した結果を示した。すなわち、水素含有酸化マンガン吸着材粉末(0.5g)を、乾燥処理無し、100℃で4時間乾燥、および100℃で16時間乾燥処理と、3種類の各粉末サンプルを作成し、他は同一条件下でトリチウム含有水に適用した際のトリチウム濃度の減少率の変化を比較した。図6に示した結果で明らかな様に、100℃で乾燥処理した水素含有酸化マンガンのサンプルらは、乾燥処理無のサンプルに比べて、トリチウム濃度の減少率が10%以下であり、吸着能が乾燥処理無しのサンプルの結果に比べて明らかに低い。これは、乾燥処理によって水素含有酸化マンガン吸着材に含まれるイオン交換性の水素イオンが水として蒸発することで吸着材から失われ、結果としてトリチウム吸着能が劣化するためである。このためスピネル結晶構造を有する水素含有酸化マンガンは、乾燥処理せずに酸処理の工程後に得られる湿潤状態で保管されるべきである。
【0062】
<比較例>
【0063】
<他の酸化マンガンをトリチウム吸着材としてもちいた比較実験>
【0064】
上記の実施例1で述べたトリチウムの吸着効果が、スピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン、およびスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンに特有な機能性であることを確認するために、スピネル結晶構造以外の結晶構造を有する酸化マンガンをトリチウム吸着材として試験した。図7にX線回折パターンを示した(a)ラムズデライト型(オルソロンビック構造)の結晶構造を有した二酸化マンガン(下段には理想的なラムズデライト型二酸化マンガンの理論ピークが示されている)、(b)多くの結晶構造が混晶している市販の二酸化マンガン(和光純薬工業製 酸化マンガンIV化学処理品)、および(c)ベータ型(ルチル構造)の結晶構造を有した二酸化マンガンの各々0.5gを比較対象として、実施例1と同様なトリチウム吸着実験を実施した。実験用トリチウム含有水(初期pH5.68、水温24.5℃、初期放射能濃度5509Bq/mL)、および(初期pH5.63、25.5℃、初期放射能濃度5644Bq/mL)を調合し、ラムズデライト型の結晶構造を有した二酸化マンガン、および多くの結晶構造が混晶している市販の二酸化マンガンを、それぞれ試験した。また、ベータ型の二酸化マンガンの実験では、初期放射能濃度2510Bq/mL、初期pH5.85、水温25.0℃の条件下で実験を実施した。実験用トリチウム含有水のpHは、いずれの実験においても、実施例1と同様に、マグネチックスタラーで攪拌しながら、水酸化ナトリウム水溶液を滴下することでpH5.50〜5.98を維持した。pH調整を開始した時点から、10分、20分、30分経過時点で実験用トリチウム含有水を濾過サンプリングし、実施例1と同様に放射能濃度の変化を調べた。実験結果を、図8に示した。これらの比較対象として試験された酸化マンガンでは、初期放射能濃度から最大でも66Bq/mL程度の低下しか見られない。したがって、トリチウムに対する吸着性は結晶構造に強く依存しており、実施例1で記述したスピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン、およびスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンに特有な性質に基づくことを確認した。
【0065】
<実施例2>
<スピネル結晶構造を有する水素含有酸化マンガン吸着材を電極化して用いたトリチウム吸着試験>
【0066】
図1の下段にX線回折パターンを示したスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガン粉末(化学組成:Li1.15Mn4.6)を、乾燥機(EYELA製WFO-401)内で大気中120℃に保ち、12時間乾燥した。乾燥した吸着材粉末0.1gを、図9(a)に示したように、白金メッシュ(サイズ5cm×2cm×0.16mm、100メッシュ)Aの表面4cm×2cmに、導電性塗料と混合して塗布し、乾燥機内で大気中150℃に保ち、3時間乾燥した。この処理によって、スピネル結晶構造を有するリチウム含有酸化マンガンの粉末(PMOS)を、表面に厚さ0.3mmで担持した白金電極Bが作成できた。同電極を、図9(a)に示した。なお、導電性塗料には、藤倉化成製のエポキシ樹脂にカーボンフィラーが混合された塗料XC-12を使用した。
【0067】
トリチウムの標準試薬(DuPont 5 mCi, 5.0 g, 1.0Ci/g, 4/25/1985)40μLを、室温(20℃)の蒸留水100mLで希釈して、放射能濃度3574.73Bq/mLの実験用トリチウム含有水をガラス製のビーカーに調整した。したがって、同実験用トリチウム含有水100mLからは357473Bqのトリチウム由来の放射能が総量として発生している計算になる。放射能濃度の測定には、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD(USA))をもちいた。ブランク試料として、実験に用いた蒸留水1mLを同様に前処理してトリチウム由来の放射能を計測し、1.1Bq/mLを検出した。このため、本放射能の計測法においては1.1Bq/mLが実験用に添加したトリチウム由来の放射能の検出下限値であることを確認した。実験用トリチウム含有水からサンプル1.2mLを、0.2μmメッシュのフィルターユニット(DISMIC−25AS, ADVANTEC製) とディスポーザブル・シリンジ(テルモ SS−02Sz)を使って採取し、この内1mLを精秤・分取した。同サンプル1mLに対し、シンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer PICO−FLUOR PLUS)を10mL添加した。同シンチレーターを加えたサンプルを、液体シンチレーションカウンターをもちいて、サンプル1mLが含むトリチウム由来の放射能濃度を測定した。実験用トリチウム含有水100mLのpH調整には、試薬0.01M、0.1M、および0.5M水酸化ナトリウム水溶液をもちいた。pHおよび水温の計測には、pHメーター(HORIBA製pH/DOメーター、D−55ガラス電極型式9678)、およびpH試験紙を使用した。
【0068】
実験に当たっては、まず、スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンの乾燥処理粉末0.1gを導電性塗料によって表面に固着させた白金メッシュ電極(図9(a))を作成し、それを40mLの0.5M 希塩酸に浸してマグネチックスタラーを用いて1時間攪拌した(図9(b))。この酸処理によって、スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンからリチウムイオンを除去して、スピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン(化学組成:H1.35Mn4.1)を表面に担持した白金メッシュ電極を得た。図9(c)に示すように、この水素含有酸化マンガンを表面に担持した白金メッシュ電極をトリチウム含有水100mLに浸した。試薬水酸化ナトリウム水溶液の滴下によってトリチウム含有水のpHを5.5〜6.0に保ちながら、トリチウム含有水をテフロン(登録商標)コートされた攪拌子を用いてマグネチックスタラーにより攪拌し、規定の時間経過毎にトリチウム含有水からサンプル1.2mLを採取し、採取したサンプルから分取した1.0mL中の放射能濃度の変化を計測した。本実験では、図9(c)に示したように同電極を実験の間中、銅線を通じて電気的にアースに接地した。また、同電極からアースに流れる微小電流値を、日置電気製の微小電流計DSM−8104で測定した。
【0069】
本実験結果を、図10においてInitialと記述した曲線に示した。各サンプル中の放射能濃度は、初期濃度である3575Bq/mLから15分経過時には、3257Bq/mLに低下し、その後、再上昇と再下降を示した。同15分経過時に試験水100mLから吸着材に吸着されたトリチウムの総量は、初期濃度からの減少値318Bq/mLを100倍することで、31800Bqと算出された。上記の実施例1において、0.5gのスピネル結晶構造を有した水素含有酸化マンガン粉末を吸着材としてもちいた際には、最大で174575Bqのトリチウムが20分かけて吸着された。これに対して、約0.1gの吸着材を電極化して適用した本実施例2では、吸着材の単位重量あたりの最大トリチウム吸着量は、0.5gの粉末吸着材を利用した実施例1の場合と同程度に維持された結果が得られた。さらに、実施例1の実験において、pH6以上で観られたマンガンの溶出による試験水の着色は、電極化して吸着材を適用した本実施例2では観察されなかった。これは吸着したトリチウムが発するβ線由来の電子をアースに逃がすことによって、吸着材を構成するマンガンの還元と溶出を防止した効果と考えられた。同効果によって、吸着材を粉末として適用する場合に比べて吸着材の寿命を延ばすことができると考えられる。また、微小電流測定によって、トリチウム濃度の低下前にはマイナス数百ピコアンペアレベルの電流(アースに向かう電子の流れに基づく電流値ためにマイナス表示となる)が、間欠的に観測された。同電流は、本吸着材と導電性塗料および白金メッシュから構成されたトリチウム吸着電極からのアースへの放電を捉えたものと考えられる。
【0070】
次に、上記の実験によってトリチウムを吸着した電極を、図9(b)に示した濃度0.5Mの希塩酸40mLに10分間浸して、吸着材に吸着したからトリチウムを希酸に溶出させた。同希塩酸へのトリチウムの溶出量は、吸着量の約10%相当することをシンチレーションカウンターによる計測によって確認した。
【0071】
さらに、上記の希塩酸に10分浸してトリチウムを脱着させた電極を、図9(c)の実験系において上記実験終了後の残液に再度接触させた。このように、本電極を用いて、トリチウム含有水に浸漬(10分)、酸処理によるトリチウム脱着と水素イオンの補充(10分)、トリチウム含有水に再度浸漬(10分)を繰り返すことで、図10の2nd、3rdに示した結果を得た。結果として、図10では、同一のトリチウム含有水に対して、10分間の吸着処理を3回繰り返すことで、トリチウム濃度を初期濃度3575Bq/mLから3043Bq/mLまで、532Bq/mL低下させた結果が得られた。本測定結果を、実験に用いたトリチウム含有水100mL中の低下量に換算すると、53200Bqとなる。したがって、本実施例の電極(4cm×2cm×0.3mm)を利用した3回の吸着処理によって、約50000Bqのトリチウムが除去された。したがって、吸着時間と酸処理時間を考慮したうえで、同電極の単位平方メートル当たりのトリチウム吸着効率は、3.3×10 Bq/mhと算出された。実施例1に記載の粉末吸着材としての適用に比較して、電極化することによって、固液分離が簡易となり、かつ吸着材の結晶内においてトリチウムイオンとイオン交換するための水素イオンの補充を簡易な酸処理で実施できることが利点である。
【0072】
<実施例3>
<スピネル結晶構造を有する水素含有酸化マンガン吸着材を電極化してトリチウム分離膜として用いたトリチウム吸着試験>
【0073】
本実験系を、図11に示した。透明アクリル製の水槽を、電極化したスピネル結晶構造を有する水素含有酸化マンガン吸着材(化学組成:H1.35Mn4.1)が、トリチウム含有水と接触する面積(1cm×1cm)を有するアクリル壁によって二槽に仕切り、左側の槽には100mLのトリチウム含有水を満たし、右側の槽には濃度0.5Mの希塩酸(和光純薬工業製)40mLを満たした。実験では、これらの二槽に満たされたトリチウム含有水および希塩酸中のトリチウムの放射能濃度の経時変化を調べた。
【0074】
トリチウムの標準試薬(DuPont 5 mCi, 5.0 g, 1.0Ci/g 4/25/1985)40μLを室温(25.0℃)の蒸留水100mLで希釈して放射能濃度4396.4Bq/mLの実験用トリチウム含有水をガラス製のビーカーに調合した。したがって、同実験用トリチウム含有水100mLからは439640Bqのトリチウム由来の放射能が総量として発生している計算になる。放射能濃度の測定には、液体シンチレーションカウンター(Liquid Scintillation Analyzer TRI−CARB 2100TR PACKARD(USA))をもちいた。実験用トリチウム含有水および希塩酸のサンプル1mLに対し、シンチレーターとしてβ線で発光する蛍光剤を含んだ界面活性剤(Perkin Elmer PICO−FLUOR PLUS)を10mL添加して、サンプル1mLあたりからのトリチウム由来の放射能濃度を測定した。実験用トリチウム含有水のpH調整には、試薬0.1M水酸化ナトリウム水溶液をもちいた。pHおよび水温の計測には、pHメーター(HORIBA製pH/DOメーター、D−55ガラス電極型式9678)、およびpH試験紙を使用した。ブランク試料として、実験に用いた蒸留水1mLを同様に前処理してトリチウム由来の放射能を計測し、1.0Bq/mLを検出した。このため、本放射能の計測法においては1.0Bq/mLが実験用に添加したトリチウム由来の放射能の検出下限値であることを確認した。
【0075】
実験にあたっては、まず、図1下段にX線回折パターンを示したスピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガン(化学組成:Li1.15Mn4.6)を、乾燥機(EYELA製WFO-401)内で大気中120℃に保ち、12時間乾燥した。次に、乾燥した同吸着材粉末(Li1.15Mn4.6)0.1gを、白金メッシュ(サイズ5cm×2cm×0.16mm、100メッシュ)の表面4cm×2cmに、導電性塗料と混合して塗布し、乾燥機内で大気中150℃に保ち、3時間乾燥した。この処理によって、スピネル結晶構造を有したリチウム含有酸化マンガンの粉末を、表面に厚さ0.3mmで担持した白金電極を作成した(図9(a))。なお、導電性塗料には藤倉化成(株)製のエポキシ樹脂にカーボンフィラーが混合された塗料XC-12を使用した。この電極の表面を1cm露出させて、厚さ0.5mmのシリコンゴム膜の防水シールとアクリル板で挟み込み、これをアクリル壁に接着固定することによって、図11に示した実験用のアクリル槽を二層に隔てるアクリル壁を構成した。漏水防止のために、アクリル槽の各継ぎ目にはシリコンシーラを塗布して2日間乾燥した。また、電極化した吸着材は銅線を通じてアースに接地した。実験を開始する24時間前に、同アクリル槽の二槽に0.5Mの希塩酸を満たし、二層を隔てる電極面のリチウム含有酸化マンガンからリチウムを溶出させて、水素含有酸化マンガン(化学組成:H1.35Mn4.1)に組成を変化させた。
【0076】
実験開始直前に、0.5M希塩酸を二槽から除去して蒸留水で充分すすいだ後、トリチウム含有水100mLと0.5M希塩酸を二槽にそれぞれ満たした。次に、同トリチウム含有水をテフロン(登録商標)コートされた攪拌子とマグネチックスタラーで攪拌しながら、トリチウム含有水のpHをpH5.5〜6.5に維持した。規定の時間が経過する毎にトリチウム含有水と0.5M希塩酸のサンプルを、それぞれの槽から1mLずつ精密マイクロピペットで採取し、上記の手法でサンプル中の放射能濃度を計測した。なお、トリチウム含有水のpHは、試薬水酸化ナトリウム水溶液の滴下によって調整した。
【0077】
図12に実験結果を示した。図12(a)はトリチウム含有水のトリチウム濃度変化を示し、図12(b)は0.5M希塩酸中のトリチウム濃度変化を示す。図12(a)から、60分経過時にトリチウム含有水中のトリチウム濃度が初期濃度の4396.4Bq/mLから3916.1Bq/mLへと、480.3Bq/mL減少したことがわかる。実験では100mLのトリチウム含有水を使用しているので、本実験で試験した電極膜に48030Bqのトリチウムが吸着したことがわかった。また、同電極膜で隔てられた0.5M希塩酸の中のトリチウム濃度が、トリチウム含有水側とは異なって増減変動せずに上昇している結果も得られた。この0.5M希塩酸の中のトリチウム濃度の上昇は、同電極膜に吸収されたトリチウムが電極膜を通じて希塩酸側に移動した結果であると考えられる。本実験系では、二槽の間に設置した水素含有酸化マンガン電極膜に対して希塩酸槽側から水素イオンが同電極膜に供給され、同電極膜内で形成される水素イオンの濃度勾配にしたがってトリチウム含有水槽側の電極膜表面に水素イオンが供給されているものと考えられる。このため、実施例2で連続的なトリチウムの吸着処理のために必須であった電極の酸処理を繰り返して水素イオンを電極に補充する操作が必要なくなるために、より実用的な手法であるといえる。本手法では、フロータイプのシンチレーションカウンターで処理対象水中のトリチウム濃度を常時モニタリングすることによって、約1時間程度で最大のトリチウム分離効果が得られている。同電極膜の面積を増すことによって、より高い分離効率が得られるものと期待できる。
図1
図2
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図5
図6
図7
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図10
図11
図12