特許第6372816号(P6372816)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6372816ステンレス鋼金属繊維、及びステンレス鋼金属繊維の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6372816
(24)【登録日】2018年7月27日
(45)【発行日】2018年8月15日
(54)【発明の名称】ステンレス鋼金属繊維、及びステンレス鋼金属繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/08 20060101AFI20180806BHJP
   B21C 1/00 20060101ALI20180806BHJP
   B21C 37/04 20060101ALI20180806BHJP
   B21B 1/16 20060101ALI20180806BHJP
【FI】
   D01F9/08 D
   B21C1/00 A
   B21C37/04 Z
   B21B1/16 B
【請求項の数】11
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-44831(P2014-44831)
(22)【出願日】2014年3月7日
(65)【公開番号】特開2015-168905(P2015-168905A)
(43)【公開日】2015年9月28日
【審査請求日】2017年1月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002325
【氏名又は名称】セイコーインスツル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100142837
【弁理士】
【氏名又は名称】内野 則彰
(74)【代理人】
【識別番号】100166305
【弁理士】
【氏名又は名称】谷川 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100171251
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 拓也
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】大友 拓磨
【審査官】 岩本 昌大
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−031611(JP,A)
【文献】 特開2010−075832(JP,A)
【文献】 特開2011−245317(JP,A)
【文献】 特開2007−097604(JP,A)
【文献】 特開2006−198520(JP,A)
【文献】 特表2013−521132(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0324972(US,A1)
【文献】 特開2003−034848(JP,A)
【文献】 特開2007−262460(JP,A)
【文献】 特開2011−011480(JP,A)
【文献】 特開平10−025582(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 9/08−9/32
B21C 1/00−19/00、37/04
B21B 1/00−11/00、47/00−99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二相ステンレス鋼のオーステナイト粒の塑性加工物であってオーステナイト相を主体とするファイバー状繊維からなり、前記二相ステンレス鋼のフェライト粒の塑性加工物であるファイバー状繊維からの溶解分離物であるステンレス鋼金属繊維であり、
繊維直径が10μm以上、15μm以下であり、前記二相ステンレス鋼のオーステナイト粒に起因する双晶界面を表面に有することを特徴とするステンレス鋼金属繊維。
【請求項2】
前記オーステナイト粒の塑性加工物である前記ファイバー状繊維の表面に前記二相ステンレス鋼のフェライト粒に起因するフェライト相が付着されたことを特徴とする請求項1に記載のステンレス鋼金属繊維。
【請求項3】
X線回折装置を用いたXRDプロファイル結果において、fcc200とfcc220とfcc311に伴う回折強度のピークとbcc220とbcc211に伴う回折強度のピークを有し、前記fcc200とfcc220とfcc311に伴う回折強度のピークが、前記bcc220とbcc211に伴う回折強度のピークよりも大きいことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のステンレス鋼金属繊維。
【請求項4】
前記オーステナイト粒によるファイバー状繊維の表面に前記二相ステンレス鋼のフェライト粒の腐食生成物が付着されたことを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載のステンレス鋼金属繊維。
【請求項5】
前記腐食生成物が、クロム酸化物、モリブテン酸化物、素材製造中に生成する窒化物やオーステナイト相とフェライト相の界面に形成されるFeCrのうち何れか1つ又は2つ以上の組み合わせである請求項に記載のステンレス鋼金属繊維。
【請求項6】
前記オーステナイト粒に起因する前記ファイバー状繊維の一部にヒダ部と二股部と板状部のいずれかが形成されたことを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載のステンレス鋼金属繊維。
【請求項7】
オーステナイト粒とフェライト粒とが混在された組織を有する二相ステンレス鋼を塑性加工し前記オーステナイト粒及び前記フェライト粒をファイバー状組織とし、
前記ファイバー状組織とした二相ステンレス鋼を還元性の酸に浸漬して前記フェライト粒を腐食させ除去しオーステナイト相を主体とする金属繊維を得るステンレス鋼金属繊維の製造方法。
【請求項8】
前記還元性の酸が、塩酸、希硫酸、又はこれらの混合溶液である請求項に記載のステンレス鋼金属繊維の製造方法。
【請求項9】
前記還元性の酸が、濃度5質量%以上、15質量%以下の塩酸である請求項に記載のステンレス鋼金属繊維の製造方法。
【請求項10】
前記塑性加工が、棒材の引抜加工であり、前記引抜加工により前記オーステナイト粒及び前記フェライト粒を針形状のファイバー状組織とするものである請求項7〜請求項9の何れか一項に記載のステンレス鋼金属繊維の製造方法。
【請求項11】
前記塑性加工が、圧延加工であり、前記圧延加工により前記オーステナイト粒及び前記フェライト粒を板形状のファイバー状組織とするものである請求項7〜請求項9の何れか一項に記載のステンレス鋼金属繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼金属繊維、及びステンレス鋼金属繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼製金属繊維はステンレス鋼の強さと、優れた耐食性や耐熱性を有している。そのため、ステンレス繊維は、自動車向けのフィルター、マフラー内の吸音材、プリンター向けインクの吐出用フィルター等に用いられてきている。さらに、建造物補強の目的としてセメントへの添加材として適用されることもある。
【0003】
金属繊維の製造方法として、収束伸線加工法、切削加工法等が知られている。収束伸線加工法は、金属繊維の母合金と外装材の金属材料とを束ねて、大減面率加工を施して金属繊維を得る方法である。切削加工法は、母材を切削バイトによって切削した際の切屑を繊維として利用する方法である。これらの製造方法により得た金属繊維に関して、例えば特許文献1〜3に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭63−161147号公報
【特許文献2】特開2006−198520号公報
【特許文献3】特開平10−53842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
収束伸線加工法では、加工率を上げることで細い金属繊維を得ることができる。より高い加工率を達成するためには、加工硬化した材料に中間焼鈍を施し、さらに加工して線径を細くしていく。しかし、中間焼鈍を実施すると母合金と外装材とが拡散接合してしまい、金属繊維の合金組成が中心と表層において異なってしまうことが懸念されている。
切削加工法では、切削バイトの状態によっては良好な金属繊維が得られないため、切削バイトを頻繁に交換する必要があり製造効率が低いという課題があった。
【0006】
加えて、これらの製造方法により製造されるステンレス鋼の金属繊維には、耐食性の問題があった。一般的に、ステンレス鋼は表面がクロムを主組成とする非常に薄い水酸化物の皮膜で覆われることで不動態化し、耐食性を発揮する。従来のステンレス鋼金属繊維による製品は硝酸、アルカリ、有機溶剤や酸化性の環境においては耐食性を示す。しかしながら、塩酸、希硫酸のような還元性酸類や、ハロゲン基を含み不動態皮膜が破壊される環境や不動態皮膜の自己回復機能が発揮されない非酸化性の環境では十分な耐食性を示さないことがある。
さらには、とりわけ切削加工法において、母材の切削性を向上させるために添加する硫黄は硫化物を形成する。硫化物は孔食や粒界腐食の要因とされており、耐食性の低下が懸念される。
したがって、従来製品ではステンレス鋼製の金属繊維であっても耐食性を発揮できない場合があり、優れた耐食性を有するステンレス鋼金属繊維が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
二相ステンレス鋼は面心立方格子構造(FCC)のオーステナイト相と体心立方格子構造(BCC)のフェライト相との二相が混在した組織を有している。この二相ステンレス鋼を棒状に塑性加工することで材料組織は長手方向に伸張したファイバー状組織となる。本発明者らは、ファイバー状組織を有する二相ステンレス鋼のフェライト相を選択的に除去することでオーステナイト相の金属繊維が得られるという着想を得た。
【0008】
本発明に係るステンレス鋼金属繊維は、二相ステンレス鋼のオーステナイト粒の塑性加工物であってオーステナイト相を主体とするファイバー状繊維からなり、前記二相ステンレス鋼のフェライト粒の塑性加工物であるファイバー状繊維から溶解分離されたステンレス鋼金属繊維であって、繊維直径が10μm以上、15μm以下であり、前記二相ステンレス鋼のオーステナイト粒に起因する双晶界面を表面に有することを特徴とする。
また、本発明に係るステンレス鋼金属繊維は、前記オーステナイト粒によるファイバー状繊維の表面に前記二相ステンレス鋼のフェライト粒に起因するフェライト相が付着されていても良い。
また、本発明に係るステンレス鋼金属繊維は、X線回折装置を用いたXRDプロファイル結果において、fcc200とfcc220とfcc311に伴う回折強度のピークとbcc220とbcc211に伴う回折強度のピークを有し、前記fcc200とfcc220とfcc311に伴う回折強度のピークが、前記bcc220とbcc211に伴う回折強度のピークよりも大きいことを特徴とするものでも良い。
また、本発明に係るステンレス鋼金属繊維は、前記オーステナイト粒によるファイバー状繊維の表面に前記二相ステンレス鋼のフェライト粒の腐食生成物が付着されていても良い。
また、本発明に係るステンレス鋼金属繊維は、前記腐食生成物が、クロム酸化物、モリブテン酸化物、素材製造中に生成する窒化物やオーステナイト相とフェライト相の界面に形成されるFeCrのうち何れか1つ又は2つ以上の組み合わせであって良い。
また、本発明に係るステンレス鋼金属繊維は、前記オーステナイト粒に起因する前記ファイバー状繊維の一部にヒダ部と二股部と板状部のいずれかが形成されていても良い。
【0009】
本発明に係るステンレス鋼金属繊維の製造方法は、オーステナイト粒とフェライト粒とが混在された組織を有する二相ステンレス鋼を塑性加工し前記オーステナイト粒及び前記フェライト粒をファイバー状組織とし、前記ファイバー状組織とした二相ステンレス鋼を還元性の酸に浸漬して前記フェライト粒を腐食させ除去しオーステナイト相を主体とする金属繊維を得る。
また、本発明に係るステンレス鋼金属繊維の製造方法は、前記還元性の酸が、塩酸、希硫酸、又はこれらの混合溶液であってもよい。
また、本発明に係るステンレス鋼金属繊維の製造方法は、前記還元性の酸が、濃度5質量%以上、15質量%以下の塩酸であってもよい。
また、本発明に係るステンレス鋼金属繊維の製造方法は、前記塑性加工が、棒材の引抜加工であり、前記引抜加工により前記オーステナイト粒及び前記フェライト粒を針形状のファイバー状組織とするものであってもよい。
また、本発明に係るステンレス鋼金属繊維の製造方法は、前記塑性加工が、圧延加工であり、前記圧延加工により前記オーステナイト粒及び前記フェライト粒を板形状のファイバー状組織とするものであってもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明のステンレス鋼金属繊維は、二相ステンレス鋼を母材とし、この二相ステンレス鋼からフェライト相の結晶粒(フェライト粒)を除去したものである。二相ステンレス鋼の各相の安定性は熱力学的に決定されるものであり、温度と圧力に応じた平衡状態が保たれている。したがって塑性加工において各相の化学組成が変化することがなく、さらには中間焼鈍などにおいても固溶状態から急冷を実施する冶金学的対策を講じればフェライト相とオーステナイト相は維持される。したがって、従来法における金属繊維内の組成のばらつきの懸念がなく、安定した特性(耐久性及び強度)を得ることができる。
【0011】
また、従来のステンレス鋼金属繊維は酸化性環境下において十分な耐食性を発揮してはいるものの、還元性酸類やハロゲン基を含む環境のおいては十分ではなかった。本発明のステンレス鋼金属繊維は、還元性酸において溶解しないオーステナイト相を金属繊維として抽出したものである。したがって、このステンレス鋼金属繊維は、還元性酸類やハロゲン基を含む環境においても高い耐食性を発揮できる。
【0012】
さらに、本発明のステンレス鋼金属繊維は、塑性加工により結晶粒をファイバー状組織とした二相ステンレス鋼から、フェライト粒を選択的に腐食させ除去して得られている。したがって、各繊維は、塑性加工時に形成されたファイバー状の結晶粒に由来し、繊維中に腐食の起点となりやすい結晶粒界がない。したがって、耐食性の高いステンレス鋼金属繊維を提供できる。
【0013】
加えて、本発明のステンレス鋼金属繊維は、通常の冶金的工程によって組織の調整およびファイバー化した結晶粒を、そのまま繊維として取り出したものである。したがって、このステンレス鋼金属繊維は、塑性加工による加工硬化の影響を残し、強度の高い金属繊維となる。さらには金属繊維の形態は塑性加工後の結晶粒の形状に依存するため、適用する加工方法によっては針形状や板形状の部分を有する金属繊維とすることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明に係るステンレス鋼金属繊維の一実施形態を示す模式図である。
図2】塑性加工を行った二相ステンレス鋼の丸棒の金属組織の写真であり、図2(a)は丸棒の横断面の金属繊維を示し、図2(b)は丸棒の縦断面の金属繊維を示す。
図3】実施例におけるステンレス鋼金属繊維のSEM画像である。
図4】実施例において、3質量%、5質量%、10質量%、36質量%の塩酸に二相ステンレス鋼を浸漬させた後の試料の外観を示す画像である。
図5】ステンレス鋼金属繊維と二相ステンレス鋼のXRDプロファイル結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の一実施形態について図面を基に説明する。
図1に本実施形態のステンレス鋼金属繊維1の模式図を示す。このステンレス鋼金属繊維1の製造方法は、二相ステンレス鋼を塑性加工し結晶粒をファイバー状組織とし、前記ファイバー状組織とした二相ステンレス鋼を還元性の酸に浸漬してフェライト相を腐食させオーステナイト相の繊維を得るものである。
【0016】
<二相ステンレス鋼>
二相ステンレス鋼は、オーステナイト相とフェライト相とを有するステンレス鋼である。二相ステンレス鋼の金属組織は、オーステナイト相及びフェライト相がそれぞれの結晶粒であるオーステナイト粒とフェライト粒として混在した状態となっている。
【0017】
二相ステンレス鋼は、高い耐食性を有していることが知られており、特に酸化性の酸に対し高い耐食性を示すため、その利用範囲が拡大している。しかしながら、二相ステンレス鋼は、還元性の酸に対しては耐食性を維持することができないという問題がある。
【0018】
二相ステンレス鋼の各相のうち、オーステナイト相は、還元性の酸に対しても高い耐食性を有しているが、フェライト相は、還元性の酸に対して腐食、溶解する。したがって、二相ステンレス鋼を還元性の酸に浸漬させることで、フェライト相が除去されオーステナイト相が残留することとなる。
【0019】
本実施形態の製造方法において母材は、二相ステンレス鋼であれば、いかなる成分比率のものを用いても良いが、例えば、SUS329J4Lや、SUS329J1L等を使用することができる。
また、二相ステンレス鋼は、オーステナイト相とフェライト相の比率はほぼ等しいものが一般的に知られている。しかしながら、オーステナイト相とフェライト相の比率は、限定されるものではなく、オーステナイト相の比率を高めたものを用いても良い。オーステナイト相の比率を高めた二相ステンレス鋼は、ステンレス鋼金属繊維1の製造にあたって、腐食させるフェライト相の比率が相対的に低いために、還元性の酸を浸漬させる時間を短縮することができる。オーステナイト相とフェライト相の比率は、ステンレス鋼の成分と熱履歴によって決まる。したがって、含有される元素の比率や熱処理の条件を調整することで、オーステナイト相とフェライト相の比率を調整することができる。
【0020】
<塑性加工>
二相ステンレス鋼の組織は、所定の範囲の結晶粒径を有する不定形のオーステナイト粒とフェライト粒が、多数隣接し混在した状態となっている。このような二相ステンレス鋼に対し塑性加工を行うと、加工方向に沿って結晶粒(オーステナイト粒及びフェライト粒)が変形し結晶粒形状がファイバー状(繊維形状)となる。ただし、このように形成された結晶粒形状は、途中板状となったりいびつな形状となったりと、必ずしも一定の繊維形状を維持していない。即ち、本実施形態の結晶粒形状は、概ね繊維形状であるが、局所的にはいびつな形状を有している。
【0021】
ファイバー状組織の形状は、塑性加工の方法に応じて様々な形状に形成できる。
本実施形態では、塑性加工として棒材の延伸加工を行うものとする。この場合には、それぞれの結晶粒の形状が針のように断面が略円形であり先端が尖鋭な針形状となる。
【0022】
二相ステンレス鋼を、圧延加工すると、板形状のファイバー状組織を形成することができる。さらに、上述したように針形状としたファイバー状組織を有する二相ステンレス鋼の丸棒に対して、さらに塑性加工として圧延加工を行うこともできる。この場合には、各結晶粒の針形状が押し広げられて板状の繊維組織(ファイバー状組織)となる。
【0023】
<還元性の酸への浸漬>
このように、ファイバー状組織とした二相ステンレス鋼を、還元性の酸に浸漬することで、図1に示すステンレス鋼金属繊維1を製造できる。ファイバー状組織とされたオーステナイト相及びフェライト相の結晶粒は、それぞれ隣接して配置されている。二つの相のうち、フェライト相は、還元性の酸に対して耐食性が低いため、還元性の酸に浸漬させると、フェライト相の結晶粒は腐食する。腐食が進むと、フェライト相の結晶粒が徐々に消失し、オーステナイト相の結晶粒のみが残留する。この残留したオーステナイト相の結晶粒は、塑性加工により形成されたファイバー状組織を有しているため、このファイバー状組織に由来するステンレス鋼金属繊維1が表出する。
【0024】
フェライト相を腐食させる還元性の酸としては、塩酸、希硫酸、又はこれらの混合溶液を使用することができる。特に、還元性の酸として、塩酸を用いる場合には、濃度が5質量%以上15質量%以下の塩酸を用いることが望ましい。
塩酸の濃度を高くすることで腐食を促進させることができ、濃度が5質量%以上の塩酸を用いることでフェライト相を腐食させることができる。しかしながら、塩酸の濃度が10質量%を超えると、腐食の形態が全面腐食に遷移し、15質量%を超えると全面腐食が支配的となるため腐食の進行が遅くなる。塩酸の濃度を15質量%以下とすることで、腐食の形態を局部腐食として、腐食を促進させることができる。
したがって、塩酸の濃度は、15質量%以下とすることが望ましく、10質量%以下とすることがより望ましい。これにより、効果的に繊維を抽出することができる。
なお、濃度15質量%を超える塩酸は取り扱いに細心の注意が必要であるため、製造設備に必要なコストが高くなる。係る観点からも、塩酸の濃度は15質量%以下とすることが好ましい。
【0025】
還元性の酸への浸漬時間は、還元性の酸の種類と濃度に応じて、適宜調整することができる。例えば5質量%未満の塩酸であっても、十分に長い浸漬時間(例えば1000時間以上)とすることで、ステンレス鋼金属繊維1を得ることができる。しかしながら、生産性を加味して浸漬時間が100時間以内となるような還元性の酸、及びその濃度を選択することが望ましい。
【0026】
浸漬時の還元性の酸の温度は、室温(25℃程度)とすればよい。還元性の酸のフェライト相に対する反応速度を速めて浸漬時間を短くする目的で、還元性の酸の温度を高くしてもよい。しかしながら、還元性の酸として塩酸を用いる場合には、塩酸の揮発を抑えるために、室温(25℃)で浸漬を行うことが望ましい。
【0027】
<ステンレス鋼金属繊維>
このように形成したステンレス鋼金属繊維1は、二相ステンレスのオーステナイト相が残留したものであるため、オーステナイト相が主体となっている。
また、このステンレス鋼金属繊維1の繊維表面には、完全に腐食せずに残留したフェライト相と、フェライト相を腐食させることにより生成される腐食生成物2が付着している。
【0028】
腐食生成物2は、還元性の酸とフェライト相との反応によって生成されたものであり、フェライト相を構成する金属元素であるクロム、モリブテン等に由来する。具体的には、腐食生成物2は、クロム酸化物、モリブテン酸化物等の酸化物である。また、この腐食生成物2の内部には、素材製造中に生成する窒化物やオーステナイト相とフェライト相の界面に形成されるFeCrが含まれる。
即ち、本実施形態の金属繊維の繊維表面には、クロム酸化物、モリブテン酸化物、素材製造中に生成する窒化物やオーステナイト相とフェライト相の界面に形成されるFeCrのうち何れか1つ又は2つ以上の組み合わせ腐食生成物2が付着したものとなる。
また、この腐食生成物2は、ステンレス鋼金属繊維1を電解研磨するなどして、除去することもできる。
【0029】
本実施形態のステンレス鋼金属繊維1は、塑性加工によって形成された、結晶粒の形状に由来する繊維形状を有している。したがって、その形状は均一なものとはならない。また、部分的にヒダ部1aが形成されるか、二股部1bが形成されるか、途中に板状部1cが形成されている。
また、各繊維の長さ、断面形状及び断面積も一定とはならない。母材の2相ステンレス鋼の結晶粒サイズを、可能な範囲で均一にしておくことで、断面積をある程度そろえることができる。
一例として繊維の直径を10μm以上、15μm以下とすることができる。
【0030】
本実施形態のステンレス鋼金属繊維1は、ヒダ部1a、二股部1b、板状部1cなどが混在されたものとなる。これによって、ステンレス鋼金属繊維1はその表面積を大きくすることができ、このステンレス鋼金属繊維1をフィルターとして使用する場合には、除去物質を確実にとらえることができる。したがって、フィルターとしての性能を高めることができる。
【0031】
本実施形態のステンレス鋼金属繊維1は、二相ステンレス鋼を母材とし、この二相ステンレス鋼からフェライト相の結晶粒(フェライト粒)を除去したものである。二相ステンレス鋼の各相の安定性は熱力学的に決定されるものであり、温度と圧力に応じた平衡状態が保たれている。したがって塑性加工において各相の化学組成が変化することがなく、さらには中間焼鈍などにおいても固溶状態から急冷を実施する冶金学的対策を講じればフェライト相とオーステナイト相は維持される。したがって、従来法における金属繊維内の組成のばらつきの懸念がなく、安定した特性(耐久性及び強度)を得ることができる。
【0032】
また、本実施形態のステンレス鋼金属繊維1は、還元性酸において溶解しないオーステナイト相を金属繊維として抽出したものである。したがって、本実施形態のステンレス鋼金属繊維1は、還元性酸類やハロゲン基を含む環境においても高い耐食性を発揮できる。
【0033】
さらに、本実施形態のステンレス鋼金属繊維1は、塑性加工により結晶粒をファイバー状組織とした二相ステンレス鋼から、フェライト相を選択的に腐食させ除去して得られている。したがって、各繊維は、塑性加工時に形成されたファイバー状の結晶粒に由来する。この結晶粒には、製造過程(凝固、再結晶)で双晶関係の境界(双晶界面)が形成されているが、双晶界面は原子が密な面であり耐食性が高い。したがって、この結晶粒に由来する繊維の中に腐食の起点となりやすい界面はなく、耐食性の高いステンレス鋼金属繊維1を提供できる。
【0034】
加えて、本実施形態のステンレス鋼金属繊維1は、通常の冶金的工程によって組織の調整およびファイバー化した結晶粒を、そのまま繊維として取り出したものである。したがって、このステンレス鋼金属繊維1は、塑性加工による加工硬化の影響を残し、強度の高い金属繊維となる。さらには金属繊維の形態は塑性加工後の結晶粒の形状に依存するため、適用する加工方法によっては針形状や板形状の部分を含む金属繊維とすることもできる。特に、板形状の金属繊維は、その表面積が大きくなるため、フィルターとして用いる場合には、吸着効率が高まる。
【0035】
なお、上述の実施形態における還元性の酸への浸漬工程において、フェライト相の結晶粒(フェライト粒)のうち全てが溶解する必要はない。例えばフェライト粒全体に対して、70%以上が溶解していれば、オーステナイト粒の間に介在する部分が途絶え、オーステナイト相を主体とする金属繊維を取り出すことができる。この場合は、繊維表面にフェライト相が残留した状態の金属繊維が得られる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0037】
<試験例1>
まず、二相ステンレス鋼として、SUS329J4L合金からなり、塑性加工として冷間引抜加工を行った直径14mmの丸棒を用意した。
この二相ステンレス鋼丸棒の横断面をとった際の金属組織の写真を図2(a)に示し、縦断面をとった際の金属組織の写真を図2(b)に示す。
図2(a)、(b)において、暗い色(灰色)で示された部分が、フェライト相の結晶粒(フェライト粒)であり、明るい色(白色)で示された部分がオーステナイト相の結晶粒(オーステナイト粒)である。これらの写真からわかるように、フェライト相及びオーステナイト相からなる結晶粒は、長手方向に引き伸ばされてファイバー状組織となっている。フェライト相とオーステナイト相の各結晶粒組織は隣接して配置されている。また、ファイバー状の各結晶粒は、各ファイバーが加工方向にそろって配向した組織となっている。
【0038】
このように、ファイバー状組織を有する塑性加工工程を行った丸棒を様々な試薬に、100時間浸漬させた。資料である丸棒の表面積、浸漬前後の質量の差(腐食減量)、浸漬時間とから腐食度を求めた。表1に試験結果をまとめて示す。
なお、腐食度は、以下の式によって求めることができる。
(腐食度)={(腐食減量)/ (表面積)}/(浸漬時間)
【0039】
【表1】
【0040】
表1に示す結果のうち、塩酸(サンプルNo.3、4)に浸漬した場合は腐食度が非常に高く、著しく溶解している様子が観察された。また、腐食が進行するに伴い、二相ステンレス鋼の表面から徐々に繊維が表出した。
【0041】
図3は、10質量%の塩酸に浸漬させることで表出した繊維(サンプルNo.3)のSEM画像である。図3に示すように、表面には繊維の長手方向に並行なヒダ部(例えば符号Aに示す部位)や、二股に分かれた部分(例えば符号Bに示す部位)や、途中が板形状(例えば符号Cに示す部位)になっているなど、金属繊維は複雑な形状であることが示された。このようなヒダ部、二股に分かれた部分、板形状は、様々な箇所で散見され本実施例で得られる繊維の一般的な形状であると考えられる。また、SEM像で観察された繊維の幅を計測し、便宜的に繊維の直径とみなすと、繊維の直径は12.4±0.9μmであった。なお、3視野、各10本ずつ合計30本の測定値より、有意水準0.01として直径を推定した。
【0042】
表1に示す結果のうち、水酸化ナトリウム水溶液(サンプルNo.1、9)、次亜塩素酸ナトリウム水溶液(サンプルNo.2、10)、リン酸水溶液(サンプルNo.8)、過酸化水素水(サンプルNo.11)に浸漬した場合は、二相ステンレス鋼の腐食度は、0かその付近の非常に小さい値となった。即ち、二相ステンレス鋼は、これらの試薬に対し高い耐食性を示した。
また、硫酸(希硫酸、サンプルNo.5)、硝酸(サンプルNo.6)、クエン酸水溶液(サンプルNo.7)に浸漬した場合は、二相ステンレス鋼の腐食度は、比較的低い値(8.6×10−1μg./cm/h以下)となっており、腐食の進行は遅いことが分かった。
これらの試薬(サンプルNo.1、2及びサンプルNo.5〜11)では、二相ステンレス鋼の腐食が極微量であり、試料の金属表面には浸漬前後で変化は認められなかった。
【0043】
次に、10質量%の塩酸に浸漬させることで表出した繊維(サンプルNo.3)に磁石を近づけて、その磁性を調べたところ、この繊維は磁石に付かない非磁性材料であった。
ステンレス鋼のうち、マルテンサイト系、フェライト系、二相系(オーステナイト・フェライト系)のステンレス鋼は、磁石に付く強磁性材料であることが一般的に知られている。これに対して、オーステナイト系は磁石に付かない非磁性材料である。
10質量%塩酸に浸漬させることで表出した繊維が非磁性材料であることから、この繊維は、フェライト相が腐食しオーステナイト相が残ったものであることが確認された。
【0044】
次に、サンプルNo.3として、塩酸による浸漬試験(100時間)を行った後の10質量%塩酸をろ過して得た残渣(ろ過した後に残留物)について調査した。この残渣に含まれる元素を蛍光X線分析装置を用いて分析した結果を表2に示す。
【0045】
【表2】
【0046】
表2に示す結果から、10質量%塩酸の浸漬試験後の溶液から得られた残渣にはオーステナイト相安定化元素のNiが8.4質量%含まれる。このことから、残渣はオーステナイト相と推察される。
残渣は、試薬に浸漬する前の二相ステンレス鋼の内部において腐食する部分の間に挟まれた腐食しなかった部分である。この残渣が、オーステナイト相であることから、浸漬前の二相ステンレス鋼においてフェライト相の間に挟まれており、かつ十分な長さのファイバー状組織となっていなかったオーステナイト相の結晶粒が、フェライト相の腐食により滑落し残渣になっていると考えられる。オーステナイト相の残渣が溶液中から見つかったことからも、表出した繊維は、オーステナイト相の金属繊維であることが確認された。
【0047】
<試験例2>
次に、二相ステンレス鋼として、SUS329J4L合金からなり、丸棒形状に塑性加工した後、板状に切出した平板を用意して、様々な濃度の塩酸の試薬による浸漬を行った。
試薬として、3質量%、5質量%、10質量%、36質量%の塩酸を用い、上述した二相ステンレス鋼の平板をこの試薬に100時間浸漬させた。これにより、繊維形状が板形状の金属繊維を形成した。
【0048】
図4は、各試薬に100時間浸漬した後の試料の外観を示す画像である。
試薬として3質量%の塩酸を用いた場合では試験片の表面が灰白色に変化したのみで、金属繊維は形成されなかった。これは、浸漬時間に対して塩酸の濃度が低く、腐食させる能力が不足しているためであると考えられる。
試薬として5質量%および10質量%の塩酸を用いた場合では繊維状の腐食生成物が試験片表面に形成された。
試薬として36質量%の塩酸を用いた場合には、二相ステンレス鋼には繊維状の腐食生成物は生成されず、試験片表面に僅かな凹凸が確認された。これは、二相ステンレス鋼を濃度36質量%の塩酸に浸漬させた場合に腐食の形態が全面腐食となり、腐食の進行が遅くなるためであると考えられる。
【0049】
次に、10質量%の塩酸を用いて形成したステンレス鋼金属繊維と、浸漬試験前の二相ステンレス鋼に対して、X線回折装置を用いて分析した。
図5に、X線回折装置を用いて分析したステンレス鋼金属繊維と二相ステンレス鋼のXRDプロファイル結果を示す。
ステンレス鋼金属繊維からはオーステナイト相(FCC)やフェライト相(BCC)とともに窒化クロム、クロムおよびモリブデンの酸化物、さらにはFeCrの金属間化合物のXRDプロファイルが得られた。また、フェライト相(BCC)の強度はオーステナイト相(FCC)と比較してXRDプロファイルの強度が低いことが分かる。
一方、母合金ではわずかにオーステナイト相(FCC)の強度が高いものの、オーステナイト相(FCC)とフェライト相(BCC)とがほぼ同程度存在する二相組織であることが分かる。
【0050】
浸漬前後のXRDプロファイルを比較することで、二相ステンレス鋼においてフェライト相(BCC)が溶解し、オーステナイト相(FCC)が残留することでステンレス鋼金属繊維が得られたことが確認された。
ステンレス鋼金属繊維が多相であるのはフェライト相(BCC)やオーステナイト相(FCC)とフェライト相(BCC)の界面に形成されていた窒化物や金属間化合物相が、フェライト相(BCC)が溶解することで顕在化したためであると考えられる。
ステンレス鋼金属線に窒化クロム、クロムおよびモリブデンの酸化物、さらにはFeCrが含まれるのは、塩酸とフェライト相との反応によってこれらが生成され、繊維表面に付着しているためであると考えられる。
【0051】
以上に、本発明の実施形態を説明したが、各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨から逸脱しない範囲内で、構成の付加、省略、置換、及びその他の変更が可能である。また、本発明は実施形態によって限定されることはない。
【符号の説明】
【0052】
1…ステンレス鋼金属繊維、1a…ヒダ部、1b…二股部、1c…板状部、2…腐食生成物
図1
図2
図3
図4
図5