【実施例1】
【0019】
図面を参照して実施例を説明する。
図1は、本実施例のCVHR形状測定装置2の構成を示すブロック図である。CVHR形状測定装置2は、R−R間隔時系列データ入力部16とディップ検出部18とディップ深さ算出部20と心拍変動指標算出部22と個別閾値決定処理部24とディップ幅算出部26とディップ間隔算出部28とディップ群特定部30とACV対数算出部32とFCV対数算出部34とACVscore算出部36とその他の演算部38と記憶部40と操作部42と表示部44とを備えている。なお、CVHR形状測定装置2に搭載されているコンピュータがプログラムに従って処理を実行することによって、上記の各部16〜38等が実現される。
【0020】
R−R間隔時系列データ入力部16は、通信回線14に接続されている。通信回線14は、R−R間隔測定装置(本実施例ではホルター心電計)に接続されている。R−R間隔時系列データ入力部16は、R−R間隔測定装置によって測定されて出力された人間のR−R間隔時系列データを入力する。
図2は、R−R間隔時系列データの一例を示す。
図2では、R−R間隔時系列データが24時間に亘って測定されている。ディップ検出部18は、R−R間隔時系列データから複数の局所的ディップを検出する。本実施例では、ディップ検出部18は、24時間のR−R間隔時系列データのうち、就床時のR−R時系列データから複数の局所的ディップを検出する。なお、就床時とは寝床に入っている時間帯を意味するものであり、覚醒状態であってもよいことに注意されたい。また、就床時は、被験者の申告により特定してもよいし、例えば23時〜翌6時までの7時間を一般的な就床時として定義してもよい。上記の説明から明らかなように、データ入力部16が入力するデータ範囲は24時間のデータに限られず、例えば23時から翌6時までの7時間のデータであってもよい。ディップ検出部18は、ディップ幅及びディップ深さ等のデータから、所定のディップ形状を満たすディップ群を検出する。ディップの検出方法については、後で詳しく説明する。ディップ深さ算出部20は、ディップ検出部18によって検出されたディップ群のそれぞれの深さを算出する。ディップ深さを算出する方法については、後で詳しく説明する。なお、R−R間隔測定装置として、ホルター心電計の代わりに睡眠ポリグラフを用いてもよい。また、R−R間隔時系列データの代わりに、脈波計により測定された脈拍間隔時系列データを用いてもよいし、心拍動計により測定された心拍動間隔時系列データを用いてもよい。脈波計には、例えばウェアラブルな脈波計を用いてもよい。
【0021】
心拍変動指標算出部22は、R−R間隔時系列データから高周波数成分(0.15Hz〜0.45Hz)の振幅を算出する。心拍変動指標算出部22は、以下に示す演算方法のいずれかによって周波数成分を抽出することができる。例えば心拍変動指標算出部22は、複素復調分析によって高周波数成分の振幅を算出してもよい。また、心拍変動指標算出部22は、高速フーリエ変換又は自己回帰分析によって高周波数成分の振幅を算出してもよい。心拍変動指標算出部22は、ウェイブレッド変換又は短時間フーリエ変換によって周波数成分の振幅を算出してもよい。心拍変動指標算出部22は、高周波数成分の振幅の推定値として連続するR−R間隔の差分値の自乗平均(root mean square of successive difference)を算出してもよい。
【0022】
個別閾値決定処理部24は、心拍変動指標算出部22によって抽出された高周波数成分の振幅から、CVHRの候補となるディップの深さに関するデータ固有の閾値を、データ固有閾値として決定する。この実施例では、高周波数成分の振幅の2.5倍の値を、データ固有閾値として採用している。ディップ幅算出部26は、複数の局所的ディップのそれぞれの幅(即ち各ディップが出現している時間の長さ)を算出する。ディップ間隔算出部28は、連続する各2つのディップの間隔を算出する。ディップ間隔は、ディップ幅の中心値から、隣接するディップのディップ幅の中心値までの時間である。
【0023】
ディップ群特定部30は、以下の各処理を実行する。
(1)複数の局所的ディップの中から、データ固有閾値よりも大きいディップ深さを有しているディップ群を、有意ディップ群として特定する。
(2)上記の(1)で特定された有意ディップ群の中から、所定の類似の形状を有しているディップ群を類似ディップ群として特定する。
(3)上記の(2)で特定された類似ディップ群の中から、所定の周期性を持って連続しているディップ群を周期性ディップ群として特定する。
(3)で特定された周期性ディップ群のそれぞれのディップがCVHRである。
【0024】
上記の(1)ではデータ毎に算出されるデータ固有閾値をディップの深さの有意性の判定基準としているため、上記の(1)で特定されるディップ群を、有意ディップ群と呼ぶ。上記の(2)で特定されるディップ群を、類似ディップ群と呼ぶ。上記の(3)で特定されるディップ群を、周期性ディップ群と呼ぶ。なお、ディップ検出部18、ディップ深さ算出部20、心拍変動指標算出部22、個別閾値決定処理部24、ディップ幅算出部26、ディップ間隔算出部28、及びディップ群特定部30が、「CVHR検出手段」の一例に相当する。
【0025】
ACV対数算出部32は、ディップ群特定部30によって特定された周期性ディップ群のそれぞれのディップ(CVHRの波形)を加算平均し、その振幅を心拍数周期性変動の振幅(ACV)として算出し、その対数を算出する。なお、ACV対数算出部32が「CVHR形状特性指標取得手段」の一例に相当する。
【0026】
FCV対数算出部34は、処理対象となるR−R間隔時系列データに出現するCVHRの1時間当たりの頻度(即ち、FCV)を算出し、その対数を算出する。なお、FCV対数算出部34が、「FCV取得手段」の一例に相当する。
【0027】
ACVscore算出部36は、ACV対数算出部32により算出されたACVの対数値を、FCV対数算出部34で算出されたFCVの対数値に基づいて補正し、補正済振幅(ACVscore)として算出する。なお、ACVscore算出部36が、「ACV補正手段」の一例に相当する。
ここで、
図3(a)〜(c)を参照してFCVとACVの相関関係について説明する。
図3(a)のグラフAは、ACVの自然対数(以下、単にACVの対数とも称する)の分布を、FCVの自然対数(以下、単にFCVの対数とも称する)の値毎に示したグラフである。グラフAは、21万例の被験者のホルター心電図のデータが蓄積された大規模なデータベースに基づき作成されている。グラフAの“n of subject”は、FCVの対数値毎の被験者数を示す。グラフAの高さは、ACVの各対数値を有する被験者の、母集団(21万例)における割合を表す。
図3(b)のグラフBは、グラフAのACVの対数の平均値(Mean)を、FCVの対数値毎に示したグラフである。グラフBによると、ACVの対数の平均値は、FCVの対数の増加に伴い線形に増加しており、その振る舞いは、関数f(x)=0.14x+4.2(x:FCVの対数、f(x):ACVの対数の平均値)に近似できることが分かる。また、
図3(c)のグラフCは、グラフAのACVの対数の分布の標準偏差(Standard Deviation, SD)を、FCVの対数値毎に示したグラフである。グラフCによると、ACVの対数の標準偏差の振る舞いは、g(x)=0.064x
2−0.36x+0.90(x:FCVの対数、g(x):ACVの対数の標準偏差)に近似できることが分かる。
記憶部40(後述)は、上記2つの関数f(x)、g(x)を記憶している。ACVscore算出部36は、関数f(x)、g(x)を利用してACVscoreを算出する(後述)。
その他の演算部38は、上記以外の様々な演算処理を行う。演算部38が行う演算処理については、後で詳しく説明する。
【0028】
記憶部40は、ROM、EEPROM、RAM等によって構成されている。記憶部40は、様々な情報を記憶することができる。本実施例では、記憶部40は、上述した2つの関数f(x)、g(x)を記憶している。また、記憶部40は、R−R間隔時系列データ入力部16に入力されたR−R間隔時系列データを記憶している。また、記憶部40は、各ディップの出現時刻、幅及び深さを記憶している。また、記憶部40は、ディップ群特定部30によって特定されたディップ群(即ち、CVHRの波形)に関する様々な情報を記憶している。具体的には、記憶部40は、CVHRの振幅(ACV)、CVHRの1時間当たりの頻度(FCV)、及び補正済振幅(ACVscore)を記憶している。操作部42は、複数のキーを有する。ユーザは操作部42を操作することによって、様々な情報をCVHR形状測定装置2の各部に入力することができる。表示部44は、様々な情報を画面に表示することができる。
【0029】
CVHR形状測定装置2に搭載されたコンピュータプログラムが実行するACVscore算出処理の内容について説明する。
図4〜9は、ACVscore算出処理のフローチャートを示す。R−R間隔時系列データ入力部16は、通信回線14を介してR−R間隔時系列データを入力する(S10)。
【0030】
S10で入力されたR−R間隔時系列データには、期外収縮や心ブロック等の非生理的不整脈、及びアーチファクトに起因するデータの変動が含まれている。そこで、演算部38は、非生理的不整脈及びアーチファクトに起因するデータの変動を除去する演算処理を行う(S12)。これによって、生理的心拍変動及び無呼吸及び低呼吸による心拍変動以外の原因によるデータの変動を除去することができる。
【0031】
S14では、演算部38は、R−R間隔時系列データの補間を行う。例えばステップ補間を行う場合、個々のR−R間隔の間は、関数値がそのR−R間隔の値に等しい一定値をとるような補間関数を用いる。続いて、演算部38は、2Hzの周波数で補間関数の値を再サンプリングする。これによって、等間隔でサンプリングされたR−R間隔時系列データX(t)を作成する。続いて、ディップ検出部18は、時系列データX(t)の上で、次の(式1)を−5から5秒の範囲の全てのTに対して満たす時点tをディップ候補の存在時刻として検出する(S16)。
(式1){X(t)+T
2/49≧X(t+T),T=−5,5}
(式1)は、時系列データX(t)を時間tに対するグラフとして描いたときに下方に頂点を有する放物線(H=T
2/49,ここでTは放物線の中心からの時間[s],Hは放物線の頂点からの高さ[ms])が内接し得る変動部位をディップ候補の存在時刻として検出する。
【0032】
ディップ検出部18は、ディップ候補に内接する放物線の頂点が、前後10秒間に存在するどのディップ候補に内接する放物線の頂点の値よりも小さい場合に、当該ディップ候補をディップとして特定する(S18)。ディップ検出部18によって特定されたディップに放物線が内接する位置が、当該ディップの最小値である。以下では、ディップの最小値を、ディップの底とも称する。また、ディップの底が存在する時刻を、ディップの底時刻とも称する。
【0033】
ディップ深さ算出部20は、S18で検出された複数の局所的ディップにおいて、それぞれのディップ深さDiを算出する。iは検出されたディップの序数である。
図7は、ディップ深さDiの算出処理のフローチャートを示す。ディップ深さ算出部20は、S18で検出されたそれぞれのディップについて、
図7の処理(S50〜S56)を実行する。
【0034】
ディップ深さ算出部20は、ディップの中心時刻の前後25秒間の時系列データについて窓幅5秒の移動平均を算出する。得られた移動平均値の位相のずれを補正した時系列をXMV5(t)とする(S50)。ディップの時間軸方向の中央点(中心時刻diにおいてX(di)を算出する(S54)。X(di)は、ディップの底付近の値である。ディップ深さ算出部20は、以下の(式2)によってディップ深さDiを算出する(S56)。
(式2)Di={max[XMV5(t),t=di−25,di]+max[XMV5(t),t=di,di+25]}/2−X(di)
即ち、ディップ深さ算出部20は、ディップの中央点diの前の25秒間における移動平均XMV5(t)の最大値と、中央点diの後の25秒間における移動平均XMV5(t)の最大値を算出し、両者の平均値をベースラインの値として算出している。ディップ深さ算出部20は、ベースラインと底付近の値の差を算出することにより、ディップ深さDiを算出する。
【0035】
図4のS22では、心拍変動指標算出部22は、R−R間隔時系列データから高速フーリエ変換によって高周波数成分(0.15〜0.45Hz)の振幅HFAMPを算出する。心拍変動指標算出部22は、データに固有のディップの深さに関する閾値DDTHを、HFAMPの2.5倍の値とする(S24)。高周波数成分の振幅HFAMPはそれぞれのデータについて算出される。したがって、DDTHはデータに適応したデータ固有の閾値となる。
【0036】
ディップ群特定部30は、ディップ深さDiがデータ固有閾値DDTHよりも大きいか否かによってディップiが有意なディップか否かを判断する(S25)。ここでYESの場合は、ディップ群特定部30はディップiを有意なディップとして残す(S26)。S26で残されたディップ群が、有意ディップ群である。続いてディップ群特定部30はディップiがR−R間隔時系列データの最後のディップであるか否かを判断する(S28)。ここでYESの場合は、
図5のS30に進む。一方において、S28でNOの場合、ディップ群特定部30は、次のディップを特定し(S29)、S25に戻る。これにより、次のディップについて、ディップ深さDiとデータ固有閾値DDTHが比較される。
【0037】
一方において、S25でNOの場合は、ディップ群特定部30はディップiを除去する(S27)。続いてディップ群特定部30はディップiがR−R間隔時系列データの最後のディップであるか否かを判断する(S28)。ここでYESの場合は、
図5のS30に進む。一方において、S28でNOの場合、ディップ群特定部30は、次のディップを特定し(S29)、S25に戻る。
【0038】
図5のS30では、演算部38は、ディップの底からDiの2/3の高さにおけるディップ幅Wiを算出する。続いて、ディップ群特定部30は、各ディップについて以下の(式3)、(式4)、(式5)を全て満たすか否かを判断する(S31)。
(式3)abs(log(Di/Di+1)<log(2.5)
(式4)abs(log(Wi/Wi+1)<log(2.5)
(式5)abs(log(Wi・Di+1/Wi+1・Di)<log(2.5)
ここでは、ディップ群特定部30はディップの幅及び深さから、連続するディップi,ディップi+1の形状が類似しているか否かを判断する。S31でYESの場合は、ディップ群特定部30はディップi,ディップi+1を残す(S32)。S32で残ったディップ群が、類似ディップ群である。続いてディップ群特定部30はディップiがR−R間隔時系列データの最後のディップであるか否かを判断する(S34)。ここでYESの場合は、S36に進む。一方において、S34でNOの場合、ディップ群特定部30は、次のディップを特定し(S35)、S31に戻る。S31では、ディップ群特定部30は、次のディップについて、類似性の有無を判断する。
【0039】
一方において、S31でNOの場合は、ディップ群特定部30はディップiを除去する(S33)。続いてディップ群特定部30はディップiがR−R間隔時系列データの最後のディップであるか否かを判断する(S34)。ここでYESの場合は、S36に進む。一方において、S34でNOの場合、ディップ群特定部30は、次のディップを特定し(S35)、S31に戻る。
【0040】
図10は、R−R間隔時系列データの模式図である。
図10を用いて、ディップ群特定部30がS31の処理を終えた後に、どのディップを残すのかを判断する判断方法について詳しく説明する。ディップi〜ディップi+3は時系列に連続して出現している。Wiはディップiのディップ幅である。Diはディップiのディップ深さである。まず、ディップ群特定部30は、ディップiとディップi+1の組合せAの類似性を判断する。続いて、ディップi+1とディップi+2の組合せBの類似性を判断する。続いて、ディップi+2とディップi+3の組合せCの類似性を判断する。
【0041】
組合せAが類似性を満たす場合は、ディップ群特定部30はディップiとディップi+1の両方を残す。続いて組合せBも類似性を満たす場合には、ディップ群特定部30はディップi+1とディップi+2を残す。このとき、ディップi+1は組合せA,Bの両方の処理において残されることになる。一方において、組合せBが類似性を満たさない場合には、ディップi+2のみが除去される。組合せAで一度残ったディップi+1は、組合せBの結果に関わらず、除去されることはない。
【0042】
組合せBが類似性を満たさない場合に、組合せCが類似性を満たす場合には、ディップ群特定部30はディップi+2とディップi+3を残す。即ち、ディップi+2は組合せBでは除去されたが、組合せCにおいて残ることができる。
【0043】
S36では、演算部38は、S34で残ったディップ群のうち、4つの連続するディップの中の隣接する2つのディップの時刻差Ii、Ii+1、Ii+2をそれぞれ算出する。時刻差Iiは、ディップiの中心時刻diと連続するディップi+1の中心時刻di+1との時刻差である。ディップ群特定部30は、以下の(式6)、(式7)、(式8)を全て満たす4つの連続するディップ群を残す(S38)。
(式6)25<Ii,Ii+1,Ii+2<120
(式7)(3−2Ii/S)(3−2Ii+1/S)(3−2Ii+2/S)>0.6
(式8)S=(Ii+Ii+1+Ii+2)/3
ここでは、ディップ群特定部30は、時刻差の大きさと、連続する時刻差の大きさのばらつきから、時刻差Ii、Ii+1、Ii+2を形成する4つのディップ群に周期性があるか否かを判断する。S38で残ったディップ群が、周期性ディップ群である。CVHR形状測定装置2は、S38で残った周期性ディップ群をCVHRとして検出する。
【0044】
図11は、R−R間隔時系列データの模式図である。
図11を用いて、ディップ群特定部30がS38の処理において、どのディップ群を残すのかを判断する判断方法について詳しく説明する。ディップi〜ディップi+7は、時系列に連続して出現している。まず、ディップ群特定部30は、Ii〜Ii+2で構成される組合せAの周期性を判断する。続いて、ディップ群特定部30は、Ii+1〜Ii+3で構成される組合せBの周期性を判断する。ディップ群特定部30は、同様にディップを1つずつ時系列順にずらして判断し、Ii+4〜Ii+6で構成される組合せEの周期性を判断する。
【0045】
組合せAが周期性を満たす場合には、ディップ群特定部30はディップi〜ディップi+3を残す。続いて組合せBが周期性を満たす場合には、ディップ群特定部30はディップi+1〜ディップi+4を残す。このとき、ディップi+1〜ディップi+3は組合せA,Bの両方の処理において残されることになる。一方において、組合せBが周期性を満たさない場合には、組合せBを構成するディップi+1〜ディップi+4のうちディップi+4のみが除去される。組合せAで一度残ったディップi+1〜ディップi+3は、組合せBの結果に関わらず、除去されることはない。
【0046】
組合せBが周期性を満たさない場合に、組合せEが周期性を満たす場合には、ディップ群特定部30はディップi+4〜ディップi+7を全て残す。即ち、ディップi+4は組合せBでは除去されたが、組合せEにおいて残ることができる。また、組合せBと組合せEの間には図示しない組合せが存在しているが、これらの判断結果に関わらず、組合せEが周期性を満たす場合には、ディップi+4〜ディップi+7が残される。
【0047】
図6のS40では、ACV対数算出部32が、S38で検出された全てのCVHRを加算平均し、加算平均後のCVHRの振幅(ACV)の対数を算出する。
図8は、ACVの対数算出処理のフローチャートを示す。ACV対数算出部32は、
図8の処理(S60〜S64)を実行する。
【0048】
図12(a)は、S38で検出されたn個のCVHRを示す。ACV対数算出部32は、S38で検出されたn個のCVHRのそれぞれの底時刻t1、t2、t3・・・、tnの前後60秒間におけるセグメントs1、s2、s3・・・、snを加算平均する。具体的には、各セグメントs1〜snを、各CVHRの底時刻t1〜tnをアンカーポイントとして揃え、全セグメントs1〜snを時刻毎に平均する。これにより、
図12(b)に実線で示すような加算平均時系列が作成される(S60)。
図12(b)では、n個のセグメントs1〜snのアンカーポイント(即ち、加算平均時系列の底時刻)がTime=0[s]の位置にセットされている。
次に、ACV対数算出部32は、底時刻の前の60秒間における加算平均時系列の最大値M1と、底時刻の後の60秒間における加算平均時系列の最大値M2を結ぶ直線Lを作成する(S62)(
図12(b)の破線参照)。続いて、ACV対数算出部32は、底時刻における加算平均時系列の値と直線Lの差(距離)を算出することによりACVを算出し、その対数を算出する(S64)。
【0049】
図6のS42では、FCV対数算出部34が、S38で検出されたCVHRの1時間当たりの頻度(FCV)を算出し、その対数を算出する。FCV対数算出部34は、R−R間隔時系列データにおける最初のCVHRの底時刻から最後のCVHRの底時刻までの間においてFCVを算出することが望ましい。FCVは、最初のCVHRの底時刻から最後のCVHRの底時刻までの時間に出現するCVHRの個数の1時間当たりの平均値として算出してもよいし、あるいは、一定の時間間隔内のCVHRの1時間当たりの頻度として算出してもよい。
【0050】
S44では、ACVscore算出部36が、補正済振幅(ACVscore)を算出する。
図9は、ACVscore算出処理のフローチャートを示す。ACVscore算出部36は、
図9の処理(S70〜S72)を実行する。
【0051】
ACVscore算出部36は、記憶部40に記憶されている2つの関数:f(x)=0.14x+4.2及びg(x)=0.064x
2−0.36x+0.90のxに、S42で算出されたFCVの対数値をそれぞれ代入し、ACVの対数の平均値、及びACVの対数の標準偏差を算出する(S70)。次に、ACVscore算出部36は、以下の(式9)にS40で算出されたACVの対数値(ln(ACV))と、S70で算出されたACVの対数の平均値(Mean(ln(ACV)))及びACVの対数の標準偏差(SD(ln(ACV)))を代入して、補正済振幅(ACVscore)を算出する(S72)。
(式9)ACVscore=[ln(ACV)−Mean(ln(ACV))]/SD(ln(ACV))×1.0+5.0
【0052】
S46(
図6参照)では、表示部44は、S44で算出されたACVscoreを画面に表示する。なお、表示部44は、ACVscoreの履歴、FCV(の対数値)、S64で算出されるACVの対数値、及び/又はS60で作成されるCVHRの加算平均時系列のグラフ等を表示してもよい。また、表示部44は、CVHRの出現時刻を、R−R間隔時系列データと合わせて表示してもよいし、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO
2)や他の解析結果と併せて表示してもよい。また、表示部44は、CVHRの出現頻度が最大となる短い時刻帯(例えば30分間)及びその間のCVHRの出現頻度等を表示してもよい。また、CVHR形状測定装置2では、表示部44の代わりに、音声出力部がACVscoreをアナウンスする構成であってもよい。
【0053】
図13(a)、(b)は、それぞれS60で作成されるCVHRの加算平均時系列のグラフD、Eを示す。
図13(a)のグラフDは予後が良い被験者の例であり、
図13(b)のグラフEは、1年後に死亡した被験者の例である。グラフDとグラフEを比較すると、グラフDは大きく振動する一方で、グラフEはほとんど振動していない。このため、グラフDのACVのほうが、グラフEのACVよりも格段に大きい。ACVは補正前の指標であるため、両者の比較は完全に公平とは言えないものの、両者のACVの差は歴然としており、予後が良い被験者のほうが、所定期間経過後に死亡した被験者よりも、ACV(即ち、無呼吸・低呼吸負荷における心拍応答の強さ)が大きいことがわかる。
【0054】
図14(a)〜(d)は、それぞれ同一の病状又は病態を有する集団のACVscoreと死亡率(Mortality)の関係を示すKaplan−Meier曲線である。
図14(a)は急性心筋梗塞に罹患した集団(n=715人、追跡期間中央値=748日)の死亡率を示し、
図14(b)は急性心筋梗塞に罹患した別の集団(n=217、追跡期間中央値=1338日)の死亡率を示し、
図14(c)は末期腎不全血液透析患者の集団(n=297、追跡期間中央値=2549日)の死亡率を示し、
図14(d)は慢性心不全に罹患した集団(n=77、追跡期間中央値=1172日)の死亡率を示す。
図14(a)〜(d)のいずれも、少なくとも180日経過後は、ACVscoreが大きいほど同一期間内における死亡率が低くなっている。また、ACVscoreが小さいほど、死亡率の増加割合が急になっており、期間が経過するにつれてACVscore別の死亡率の差が顕著になっている。このことから、ACVscoreと死亡率には強い関連性があることが分かる。ACVscoreは、病気の種類に関わらず、人間の所定期間内における死亡率を予測する強力な指標となることが分かる。また、
図14(a)〜(d)のいずれの場合も、ACVscore≦3.0と4.0≦ACVscoreの間には、死亡率の増加の推移に顕著な差がある。このため、例えばACVscoreが3.0以下の心不全の患者に対しては、心臓移植を優先して行うことを決定することができる。また、ACVscoreが3.0以下の心筋梗塞後の患者や重症の不整脈に罹患している患者に対しては、埋込型除細動器を適用することを決定することができる。このように、様々な疾患において、ACVscoreの値を治療方針の決定に役立てることができる。なお、本実施例ではACVscoreと死亡率の関連性を調べたが、本発明者の研究の結果、ACVscoreは、死亡率以外の様々な健康リスクとも強い関連性を示すことが確認されている。
【0055】
本実施例のCVHR形状測定装置2では、ディップ検出部18〜ディップ群特定部30からなるCVHR検出手段が、人間の就床時の心拍を時系列で示したデータから、心拍数周期性変動(CVHR)を検出する。ACV対数算出部32は、CVHRの振幅(ACV)を測定し、その対数を算出する。ACVの大きさと所定期間内における死亡率などの健康リスクの程度(健康リスク)は密接に関連している。このため、CVHR形状測定装置2が測定したACVを参照することにより、人間の健康リスクを従来よりも正確に予測できる。
【0056】
また、本実施例のCVHR形状測定装置2は、複数のCVHRのそれぞれを加算平均することによりACVを測定する。これにより、複数のCVHRのそれぞれの形状が異なる場合であっても、ACVの信頼性が高くなり、就床時の無呼吸負荷又は低呼吸負荷に対する人間の心拍応答の強さをより正確に反映したACVを求めることができる。
【0057】
また、
図3(b)で示すように、ACVの対数の平均値は、FCVの対数に比例する。このため、2人の被験者のACVが同一であったとしても、一方の被験者のFCVが小さく、他方の被験者のFCVが大きい場合は、そのACV値が意味する健康リスクが異なる。本実施例のCVHR形状測定装置2では、ACVscore算出部36が、FCV対数算出部34で算出したFCVの対数値に基づいて、ACV対数算出部32で算出したACVの対数値を補正し、補正済振幅(ACVscore)を算出する。ACVscoreは、FCVの値から独立した汎用的な指標となる。このため、ACVscoreを用いることで、被験者の健康リスクを、FCVの値によらずに正確に予測することができる。また、FCVが大きく異なる被験者同士の健康リスクを正確に比較することができる。
【0058】
また、本実施例のCVHR形状測定装置2では、ACVscore算出部36が、被験者毎のACV及びFCVが蓄積されたデータベースから導き出された2つの関数:f(x)=0.14x+4.2(x:FCVの対数、f(x):ACVの平均値)とg(x)=0.064x
2−0.36x+0.90(x:FCVの対数、g(x):ACVの対数の標準偏差)を利用してACVの対数値を補正する。データベースから導き出された関数を補正に用いることで、ACVscoreの汎用性を向上することができる。特に、本実施例のデータベースは、急性心筋梗塞や末期腎不全といった様々な病気に罹患した被験者の21万例のACVとFCVを蓄積しているため、このようなデータベースを用いることで、信頼性の高い近似関数を構築することができる。
【0059】
また、本実施例のCVHR形状測定装置2では、R−R間隔時系列データとして、ホルター心電計で測定したデータを使用する。このため、従来のようにデータ取得のために入院したりする必要がなくなり、手軽にデータを入手できる。ACVscoreを、日常生活において無侵襲かつ安全に繰り返し取得することができる。このため、継続してACVscoreを測定し、その値の推移を観察することにより、CVHR形状測定装置を、治療の効果や、生活習慣(飲酒、喫煙等)又は生活環境(PM2.5等)の改善効果を検証する目的で使用することができる。ACVscoreを、健康状態を図る指標として、医療分野で利用したり、自身の健康管理のために利用したりすることができる。また、人間の活動とその活動が心拍に及ぼす影響との相関を把握できるようになるため、研究目的にも利用できる(生活水準、ストレス等)。また、これらのデータは様々な装置で取得可能であるため、データを集積し易く、膨大なデータが蓄積されたデータベースを構築することが可能となる。データベース内のデータが増えることで、例えば病気の種類毎の傾向を分析する等、より詳細な分析が可能となる。結果として、ACVscoreの信頼性や応用性を向上させ易くなる。
【0060】
また、発明者が鋭意研究した結果、ACVscoreの健康リスクの予測力は、ホルター心電計等で24時間R−R間隔を測定した場合の健康リスクの予測力と同等かそれ以上に高いものであることがわかった。このため、測定データにCVHRが1回でも出現していれば、24時間のデータ測定が不要となった。特に、本実施例のCVHR形状測定装置2は、就床時のR−R間隔時系列データを使用するため、従来のようにホルター心電計を24時間装着する必要がない。このため、活動時にホルター心電計を装着する煩わしさがなくなり、従来よりも手軽に且つ快適にデータ測定が可能になると共に、従来と同等又はそれ以上の精度で健康リスクを予測できる。また、発明者が上記のデータベースを分析した結果、CVHRは男性の96.9%、女性の96.0%と非常に高い確率で発生することが分かった。ACVscoreはCVHRが1回でも発生する場合に算出可能である。このため、ACVscoreは、ほぼ全ての被験者が測定可能な指標となり、指標としての利便性が高い。
【0061】
(変形例) 実施例1ではACVscoreを用いて健康リスクを予測したが、健康リスクを予測する指標はこれに限られない。例えば、CVHRの波形の傾き、CVHRの波形の持続時間に対する振幅の比、又はCVHRの波形の面積を指標として用いてもよい。
図15はR−R間隔時系列データから抜粋した平滑後のCVHRの波形を示す。CVHRの波形は、点A、B、Cを有する。点Bは極小点である。点Aは点Bに最も近い極大点であり、点Bよりも前に出現する。点Cは点Bに最も近い極大点であり、点Bよりも後に出現する。ACVは直線ACと点Bとの距離であり、賦活化時間AT(Activation Time)は点Aから点Bまでの経過時間であり、回復時間RT(Recovery Time)は点Bから点Cまでの経過時間であり、持続時間DCV(Duration of Cyclic Variation)は点Aから点Cまでの経過時間である。CVHRの波形の傾きには、賦活化スロープAS(Activation Slope)と、回復スロープRS(Recovery Slope)の2種類ある。賦活化スロープ及び回復スロープは、それぞれAS=ACV/AT、RS=ACV/RTで定義される。また、CVHRの波形の持続時間に対する振幅の比は、ACV/DCVと定義され、CVHRの波形の面積は、CVHRの波形と直線ACによって囲まれた範囲の大きさとして定義される。
【0062】
次の表1、表2は、CVHRの波形の各形状特性指標(指標)と病気別の死亡リスクを表す。データは、コックス・ハザード回帰分析によるハザード比(HR)、その95%信頼限界(CI)、χ
2値、及び有意確率(P)を示す。HRは、各指標が1低下したときに死亡率が何倍になるかを示す。χ
2値は死亡リスクの予測力の高さを示し、値が大きいほど予測力が高いことを意味する。
【表1】
【表2】
表1、2によると、FCVの有意確率Pはいずれの病気においても5%以上であるため、死亡リスクとの間には有意な関連がないことが分かる。他方、FCV以外の指標(即ち、ACVの自然対数、ACVscore、賦活化スロープAS、回復スロープRS、持続時間に対する振幅の比ACV/DCV、及び面積(Area))の有意確率Pはいずれの病気においても5%未満であるため、死亡リスクとの間には有意な関連があり、死亡リスクを予測する指標として有用であることが分かる。特に、各指標のχ
2値を病気別に比較すると、いずれの病気においてもACVscoreのχ
2値が最大となっている。このため、ACVscoreが最も精度良く死亡リスクを予測できる指標であることが分かる。
【0063】
以上、本明細書が開示する技術の実施例について詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、本明細書が開示するCVHR形状測定装置は、上記の実施例を様々に変形、変更したものが含まれる。例えば、実施例1ではホルター心電計を用いてデータを測定したが、データ測定に用いる装置はこれに限られない。例えば、ベッドサイドモニタ、睡眠呼吸障害の検査装置(CPAP装置等)、寝室と寝具とを組み合わせたセンサ、腕時計型センサ、眼鏡型センサ、衣類電極、皮膚に貼付するテープ型センサ、又は埋込型センサ等を用いてデータを測定してもよい。また、心拍数又は脈拍数は、種々の方法によって測定され得る。例えば、心拍数又は脈拍数は、心音、血管音、皮膚温、身体の振動、身体の重心の位置の振動、脈波(圧、容積、血流速度、組織血液(ヘモグロビン吸光)量、生体インピーダンス)などに基づいて測定されてもよい。
【0064】
また、実施例1では就床時のR−R間隔時系列データが用いられたが、用いられるデータは就床時のものに限られない。CVHRが検出できれば、覚醒時のデータが用いられてもよい。例えば、高齢者や心不全の患者では、覚醒時であっても無呼吸又は低呼吸になる場合があり、覚醒時にCVHRが検出されることがある。また、実施例1では人間のデータが用いられたが、人間に限られず、動物(厳密には、肺呼吸する動物)のデータを用いてもよい。即ち、本明細書が開示するCVHR形状測定装置は、人間を含む、肺呼吸する動物全般を対象としてもよい。
【0065】
また、実施例1ではCVHR形状測定装置2を通信回線14を介してR−R間隔測定装置に接続したが、この構成に限られない。例えば、ACV(ACVscore)を測定するアルゴリズムを、ホルター心電図解析装置に組み込んでもよいし、ウェアラブルな脈波計に組み込んでもよい。
【0066】
また、CVHRの検出手段は実施例1の手法に限られない。例えば、本願発明者らが開発した公知のアルゴリズムを利用してもよい。また、上記のCVHRの検出手法では、少なくとも4つのCVHRが群となって検出される。しかしながら、1つのCVHRを検出できるアルゴリズムを用いてもよい。また、CVHR形状測定装置2は、表示部44を備えていなくてもよい。例えば、CVHR形状測定装置2を別の装置に接続し、当該別の装置からACVの測定結果を出力してもよい。
【0067】
また、ACVの算出手段は実施例1の手法に限られない。例えば、ACV対数算出部32は、ディップ深さ算出部20で算出したディップ深さDiのうち、S38で検出された全てのCVHRのそれぞれのディップ深さDiの平均をとることによりACVを算出してもよい。あるいは、ACV対数算出部32は、各CVHRに対してS62と同様の処理を実行してもよい。即ち、ACV対数算出部32は、CVHRの底時刻の前の60秒間における最大値と、当該CVHRの底時刻の後の60秒間における最大値を結ぶ直線を作成してもよい。そして、当該直線と、底時刻における当該CVHRの値の差を算出することにより、当該CVHRの振幅を求めてもよい。この処理をS38で検出された全てのCVHRに実施し、それぞれの振幅の平均を取ることによりACVを算出してもよい。
【0068】
また、実施例1ではACVをFCVに基づいて補正したが、ACV以外の指標(例えば、AS、RS、ACV/DCV、又は面積)をFCVに基づいて補正してもよい。また、これらの指標を、FCV以外の要素(例えば、CVHRの幅)に基づいて補正してもよい。また、ディップの回復時間RTを健康リスクを予測する指標として用いてもよい。
【0069】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。また、本明細書又は図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書又は図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。