特許第6372972号(P6372972)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ FDK株式会社の特許一覧

特許6372972リチウム二次電池用正極活物質およびリチウム二次電池
<>
  • 特許6372972-リチウム二次電池用正極活物質およびリチウム二次電池 図000002
  • 特許6372972-リチウム二次電池用正極活物質およびリチウム二次電池 図000003
  • 特許6372972-リチウム二次電池用正極活物質およびリチウム二次電池 図000004
  • 特許6372972-リチウム二次電池用正極活物質およびリチウム二次電池 図000005
  • 特許6372972-リチウム二次電池用正極活物質およびリチウム二次電池 図000006
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6372972
(24)【登録日】2018年7月27日
(45)【発行日】2018年8月15日
(54)【発明の名称】リチウム二次電池用正極活物質およびリチウム二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/58 20100101AFI20180806BHJP
   C01B 25/45 20060101ALI20180806BHJP
【FI】
   H01M4/58
   C01B25/45 Z
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-69927(P2013-69927)
(22)【出願日】2013年3月28日
(65)【公開番号】特開2014-194846(P2014-194846A)
(43)【公開日】2014年10月9日
【審査請求日】2016年2月19日
【審判番号】不服2017-9727(P2017-9727/J1)
【審判請求日】2017年7月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000237721
【氏名又は名称】FDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】加藤 彰彦
(72)【発明者】
【氏名】藤井 信三
【合議体】
【審判長】 千葉 輝久
【審判官】 宮本 純
【審判官】 河本 充雄
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/035572(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/068255(WO,A1)
【文献】 特開2005−183395(JP,A)
【文献】 特表2006−523930(JP,A)
【文献】 Sanghun Lee et al.,Structure,Defect Chemistry,and Lithium Transport Pathway of Lithium Transition Metal Pyrophosphates(Li2MP2O7,M:Mn,Fe,and Co):Atomistic Simulation Study,Chemistry of Materials,2012年9月25日,Vol.24,No.18,3550−3557頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/ 13- 4/ 62
C01B 25/ 42
C01B 25/ 45
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式LiFe(1−x)Coで表され、
前記化学式中のxは、0.8<x1であり、
前記化学式に含まれる2個目のLiがレドックス反応に寄与し、
エネルギー密度が791mWh/gよりも大きい、
ことを特徴とするリチウム二次電池用正極活物質。
【請求項2】
請求項1に記載のリチウム二次電池用正極活物質を備えたリチウム二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム二次電池用の正極活物質とその活物質を備えたリチウム二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
電気自動車、携帯情報端末、定置型蓄電設備などでは、高容量の二次電池が利用される。現在、その二次電池の主流は、リチウム二次電池である。そして、リチウム二次電池用の正極活物質としては、LiCoO、LiMnなどが知られている。これらの正極材料は、一つの遷移金属に対して一つのLiが関与する。しかし、より高容量のリチウム二次電池を達成するためには、一つの遷移金属に対して複数のLiが関与する、所謂「多電子反応」を示す材料を開発することが必要となる。
【0003】
そして近年、「多電子反応」が期待できるリチウム二次電池用の電極活物質として、LiFePの化学式で表される化合物(ピロリン酸鉄リチウム)が注目されている。この化合物は、化学式の上では一つのFeに対して2個のLiがレドックス反応に寄与することが可能であり、2個のLiがレドックス反応に寄与すると理論上では220mAh/gの容量となる。また、2個目のLiは高電位(5.3V vs Li/Li)で動作することが理論的に示されているため、高エネルギー密度も期待できる。なお、以下の非特許文献1や2には、ピロリン酸鉄リチウムの特性などについて記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Shin-ichi Nishimura,Megumi Nakamura,Ryuichi Natsui,and AtsuoYamada、「New Lithium Iron Pyrophosphate as 3.5V Class Cathode Material for Lithium Ion Battery」、J.Am.Chem.Soc.、2010,132(39),pp13596-13597
【非特許文献2】Hui Zhou,Shailesh Upreti,Natasha A.Chernova,Geoffroy Hautier,Gerbrand Ceder,and M. Stanley Whittingham、「Iron and Manganese Pyrophosphates as Cathodes for Lithium-Ion Batteries」、Chem. Mater.、2011,23(2),pp293-300
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したように、ピロリン酸鉄リチウムは、理論的には高い容量とエネルギー密度を備えている。しかし、上記非特許文献1や2にも記載されているように、1個分のLiに相当する容量(110mAh/g)に近い容量は確認されたものの、それ以上の容量を発現させるには至っていない。また、FeをMnに置換することによって2個目のLiに相当する多電子反応を実現しようとする試みはあるが、置換するほど容量が低下してしまうのが現状である。
【0006】
したがって本発明は、多電子反応によって作動するリチウム二次電池用の正極活物質と、その正極活物質を用いたリチウム二次電池を提供することを主な目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するための本発明は、化学式LiFe(1−x)Coで表され、
前記化学式中のxは、0.8<x1であり、
前記化学式に含まれる2個目のLiがレドックス反応に寄与し、
エネルギー密度が791mWh/gよりも大きい、
ことを特徴とするリチウム二次電池用正極活物質としている。
【0008】
なお本発明の範囲には、上記リチウム二次電池用正極活物質を備えたリチウム二次電池も含まれている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、多電子反応に基づく高容量特性と高エネルギー密度特性を備えたリチウム二次電池用正極活物質とリチウム二次電池を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】第一原理計算により求めたLiFePの状態密度を示す図である。
図2図1に示した状態密度曲線において、フェルミエネルギー直下の電子状態を空間分布として示した図である。
図3図1に示した状態密度曲線において、上記LiFePの2個目のLiの離脱と挿入に伴う電子状態を空間分布として示した図である。
図4】第一原理計算により求めたLiFe(1−x)Niの状態密度を示す図である。
図5図4に示した状態密度曲線において、上記LiFe(1−x)Niの2個目のLiの離脱と挿入に伴う電子状態を空間分布として示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
===本発明に想到する過程===
<第一原理計算について>
近年、スーパーコンピュータを用いた第一原理計算により、ある種の材料開発の現場では、実際に材料を製造することなく、材料の物性や特性をほぼ正確に特定することができるようになってきた。本発明が対象とするリチウム二次電池の正極活物質についても、第一原理計算によりその特性を計算により得ることができるようになった。なお、第一原理計算に際しては、例えば、以下の文献に記載されている解析プログラムを用いることができる。
Akihiko Kato,Takeshi Yagi and Naoto Fukusako、「First-principles studies of intrinsic point defects in magnesium silicide」、JOURNAL OF PHYSICS:CONDENSED MATTER 21 (2009) 205801
【0012】
<ピロリン酸鉄リチウムについて>
本発明は、多電子反応によって作動するリチウム二次電池用の正極活物質を対象としている。そしてピロリン酸鉄リチウム(LiFeP)は、遷移金属である1個のFeに対して2個のLiを含む。したがって、全てのLiがレドックス反応に関与すれば、220mAh/gの高いエネルギー密度を示すことになる。しかし2個目のLiがレドックス反応に寄与するためには、Feが+4価の状態を取らなければならない。
【0013】
よく知られているように、Feが+4価の状態となるのは稀であり、第一原理計算を駆使した本発明者らの研究によれば、LiFePにおけるFeが+3価から+4価に酸化される前にP−Oのポリアニオンの骨格が酸化され、LiFePは多電子反応によって作動させることが極めて難しいことがわかった。そこで本発明者は、ピロリン酸鉄リチウムの組成を参考にしつつ、P−Oのポリアニオンの骨格の酸化を抑制し、2個目のLiをレドックス反応に寄与させるための組成を求めるために鋭意研究を重ねた。また当該研究の一つの目標として、ピロリン酸鉄リチウムに近似するリチウムイオン二次電池用正極材料として知られるオリビン酸鉄リチウムLiFePOよりも優れた特性を有する正極活物質を得ることを挙げた。具体的には、LiFePOは平均作動電位3.4V で約160mAh/gの容量、すなわち約540Wh/gのエネルギー密度を示すため、540Wh/gよりも大きなエネルギー密度を得られる組成を規定することを目標とした。そして本発明は、この目標に到達する過程で得た研究結果や知見に基づいてなされたものである。
【0014】
===本発明の実施例===
本発明者は、ピロリン酸鉄リチウムの化学式LiFePにおけるFeをNiやCoなどの遷移金属に置換すれば、その遷移金属が+4価になり、2個目のLiが動作することを第一原理計算によって確認した。そして以下では、具体的に一般式LiFe(1−x)Niで表される化合物からなるリチウム二次電池用正極活物質を挙げ、この正極活物質についての特性を検討することで、本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の組成を規定した。
【0015】
<第一原理計算の信頼性>
本実施例のリチウム二次電池用正極活物質(以下、正極活物質とも言う)の組成を規定する前に、第一原理計算による正極活物質の開発手法自体が妥当であるか否かを検証した。当該検証に際しては、まず、LiFePの状態密度を第一原理計算により求め、その計算結果から判定されるフェルミエネルギーの直下にある電子状態を特定した。さらに、その電子状態を視覚化するために、当該電子状態についての状態密度分布、すなわち波動関数の絶対値の2乗に対応する空間分布を求めた。
【0016】
図1に第一原理計算により求めたLiFePの状態密度を示した。この図では電子エネルギー(eV)に対する状態密度(相対値)をグラフにして示した。このグラフからは、まずレドックス反応により化学式LiFePにおいてLiが一つ減ったときの電子状態が読み取れる。具体的には、化学式LiFeP中のLiが一つ減ることは、その一つのLiに相当する電子が結晶中から減ることであり、このときの電子状態は、図1に示したグラフ曲線100において、フェルミエネルギーすなわち電子エネルギーの原点(0eV)101の直下における電子状態102に対応する。
【0017】
図2は当該電子状態102を波動関数の絶対値の2乗に対応する空間分布(以下、空間分布とも言う)として表現したものである。なお図2では電子の状態をより認識しやすいようにLiFeP中の各元素(Li、Fe、P、O)と電子eを異なるハッチングによって示した。この図2より、図1における上記電子状態102がFeのd電子であることがわかる。すなわち、1個目のLiが離脱する際にフェルミエネルギー101直下の上記電子状態102を占有しているFeの1個の電子が奪われるため、Liの脱離と挿入に伴ってFeが+2価か+3価となることが示されている。
【0018】
さらに、図1に示したグラフ曲線100において、−0.8eV近辺にピーク103がある電子状態104がLiFeP中の二個目のLiの脱離と挿入に伴って増減するときの状態に対応する。図3に、この電子状態104に対応する空間分布を示した。図3より図1における電子状態104が酸素(O)の2p電子状態であることがわかる。すなわち、LiFeP中の2個目のLiの脱離と挿入に伴って増減する電子がOの2p電子であることを示している。言い換えれば、二個目のLiが脱離すると酸素が酸化されることを示している。そして、Oの2p電子が離脱するとP−Oの骨格が壊れる可能性が高い。これは、充放電を行う二次電池としては、2個目のLiがレドックス反応に寄与できない(2個目のLiが離脱し難い)ことを示しており、LiFePは、1個のLiがレドックス反応に寄与したときの110mAh/g以上の容量を発現しないことがわかる。そして、この第一原理計算に基づくLiFePにおける容量の限界については、上記非特許文献1や2に記載されている内容と合致する。すなわち、第一原理計算の信頼性が確認できた。
【0019】
<実施例>
上述したように、図1における状態密度曲線100においてLiFeP中の二個目のLiの脱離と挿入に伴って増減するときの電子状態104では2個目のLiが離脱できないことがわかった。言い換えれば、LiFeP中のFeを、この電子状態104よりも高いエネルギーに2個分の3d電子の状態を持つ遷移金属に置換すれば2個目のLiが離脱できるようになる。そこで、本発明の一実施例として、化学式LiFePにおけるFeの一部あるいは全部をNiに置換したLiFe(1−x)Niを挙げる。
【0020】
図4は第一原理計算により求めたLiFe(1−x)Niの化学式で表される化合物(以下、本実施例に係る正極活物質とも言う)の状態密度を示すグラフである。なおここでは、x=0.125として計算した結果を示した。この図4における状態密度曲線110において、フェルミエネルギー111直下の電子状態112は、充放電に伴って上記化学式について1個目のLiが脱離あるいは挿入される場合に増減する状態に対応する。この状態112は図1に示したフェルミエネルギー101直下の電子状態102と同じである。そして、当該状態密度曲線110において、−0.6eV近辺にピーク113がある電子状態114が化学式LiFe(1−x)Ni当たり2個目の中の二個目のLiの脱離と挿入に伴って増減するときの電子状態に対応する。
【0021】
図5は当該電子状態114に対応する空間分布を示したものである。ここでも電子状態をより認識しやすいように、本実施例に係る正極活物質を示す化学式LiFe(1−x)Ni中の各元素(Li、Fe、Ni、P、O)と電子eを異なるハッチングによって示した。この図5より、2個目のLiの脱離と挿入に際して増減する電子がNiの3d電子であることがわかる。これは、Niが可逆的に+3価と+4価になり得ることを示しており、言い換えれば、本実施例に係る正極活物質における結晶格子の骨格構造(ホスト骨格)となるP−Oに2個目のLiが脱離あるいは挿入する際に電子状態が変化しないことを示している。したがって、化学式LiFe(1−x)Niで表される本実施例に係る正極活物質は、可逆的に二個目のLiを充放電に関与させることが可能となり、高容量となる。また、図4より上記電子状態114は、フェルミエネルギー直下の状態112より0.6eVほど深い準位であることから、2個目のLiが関与する充放電の作動電位が1個目のLiが関与する充放電の作動電位よりも0.6Vほど高いことになる。すなわち、より高エネルギー密度化も達成できる。
【0022】
<その他の実施例>
本実施例に係る正極活物質において、2個目のLiがレドックス反応に寄与する際の電子状態(図2、符号114)は、Niの+2価の状態がロースピン状態であることに由来している。そのため、LiFePのFeの一部を同じ+2価でロースピン状態をとるCoに置換したLiFe(1−x)Coをリチウム二次電池用の正極活物質として利用すれば、高容量特性と高エネルギー密度特性が確実に期待できる。さらには、LiFePのFeの一部をNiやCoと同じ遷移金属であるTi、V、Crのいずれかに置換した化学式LiFe(1−x)で表される化合物(Mは遷移金属)も多電子反応によって作動するリチウム二次電池用の正極活物質として利用できることが期待できる。
【0023】
なお、化学式LiFe(1−x)で表される化合物のエネルギー密度(mWh/g)は、ファラデー定数をFとして以下の式
[3.5×(1−x)+4.1×2x]×F×1000/[分子量×3600]
で表されるため、化学式中でMに対応する遷移金属の原子量から、MをNiあるいはCoとすると、x≧0.3で、LiFePOのエネルギー密度である約540mWh/gを超える。
【符号の説明】
【0024】
100 LiFePの状態密度、
110 LiFe(1−x)Niの状態密度
図1
図2
図3
図4
図5