【文献】
Sanghun Lee et al.,Structure,Defect Chemistry,and Lithium Transport Pathway of Lithium Transition Metal Pyrophosphates(Li2MP2O7,M:Mn,Fe,and Co):Atomistic Simulation Study,Chemistry of Materials,2012年9月25日,Vol.24,No.18,3550−3557頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
電気自動車、携帯情報端末、定置型蓄電設備などでは、高容量の二次電池が利用される。現在、その二次電池の主流は、リチウム二次電池である。そして、リチウム二次電池用の正極活物質としては、LiCoO
2、LiMn
2O
4などが知られている。これらの正極材料は、一つの遷移金属に対して一つのLiが関与する。しかし、より高容量のリチウム二次電池を達成するためには、一つの遷移金属に対して複数のLiが関与する、所謂「多電子反応」を示す材料を開発することが必要となる。
【0003】
そして近年、「多電子反応」が期待できるリチウム二次電池用の電極活物質として、Li
2FeP
2O
7の化学式で表される化合物(ピロリン酸鉄リチウム)が注目されている。この化合物は、化学式の上では一つのFeに対して2個のLiがレドックス反応に寄与することが可能であり、2個のLiがレドックス反応に寄与すると理論上では220mAh/gの容量となる。また、2個目のLiは高電位(5.3V vs Li/Li
+)で動作することが理論的に示されているため、高エネルギー密度も期待できる。なお、以下の非特許文献1や2には、ピロリン酸鉄リチウムの特性などについて記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Shin-ichi Nishimura,Megumi Nakamura,Ryuichi Natsui,and AtsuoYamada、「New Lithium Iron Pyrophosphate as 3.5V Class Cathode Material for Lithium Ion Battery」、J.Am.Chem.Soc.、2010,132(39),pp13596-13597
【非特許文献2】Hui Zhou,Shailesh Upreti,Natasha A.Chernova,Geoffroy Hautier,Gerbrand Ceder,and M. Stanley Whittingham、「Iron and Manganese Pyrophosphates as Cathodes for Lithium-Ion Batteries」、Chem. Mater.、2011,23(2),pp293-300
【発明を実施するための形態】
【0011】
===本発明に想到する過程===
<第一原理計算について>
近年、スーパーコンピュータを用いた第一原理計算により、ある種の材料開発の現場では、実際に材料を製造することなく、材料の物性や特性をほぼ正確に特定することができるようになってきた。本発明が対象とするリチウム二次電池の正極活物質についても、第一原理計算によりその特性を計算により得ることができるようになった。なお、第一原理計算に際しては、例えば、以下の文献に記載されている解析プログラムを用いることができる。
Akihiko Kato,Takeshi Yagi and Naoto Fukusako、「First-principles studies of intrinsic point defects in magnesium silicide」、JOURNAL OF PHYSICS:CONDENSED MATTER 21 (2009) 205801
【0012】
<ピロリン酸鉄リチウムについて>
本発明は、多電子反応によって作動するリチウム二次電池用の正極活物質を対象としている。そしてピロリン酸鉄リチウム(
Li2FeP2O7)は、遷移金属である1個のFeに対して2個のLiを含む。したがって、全てのLiがレドックス反応に関与すれば、220mAh/gの高いエネルギー密度を示すことになる。しかし2個目のLiがレドックス反応に寄与するためには、Feが+4価の状態を取らなければならない。
【0013】
よく知られているように、Feが+4価の状態となるのは稀であり、第一原理計算を駆使した本発明者らの研究によれば、
Li2FeP2O7におけるFeが+3価から+4価に酸化される前にP−Oのポリアニオンの骨格が酸化され、
Li2FeP2O7は多電子反応によって作動させることが極めて難しいことがわかった。そこで本発明者は、ピロリン酸鉄リチウムの組成を参考にしつつ、P−Oのポリアニオンの骨格の酸化を抑制し、2個目のLiをレドックス反応に寄与させるための組成を求めるために鋭意研究を重ねた。また当該研究の一つの目標として、ピロリン酸鉄リチウムに近似するリチウムイオン二次電池用正極材料として知られるオリビン酸鉄リチウムLiFePO
4よりも優れた特性を有する正極活物質を得ることを挙げた。具体的には、LiFePO
4は平均作動電位3.4V で約160mAh/gの容量、すなわち約540
mWh/gのエネルギー密度を示すため、540
mWh/gよりも大きなエネルギー密度を得られる組成を規定することを目標とした。そして本発明は、この目標に到達する過程で得た研究結果や知見に基づいてなされたものである。
【0014】
===本発明の実施例===
本発明者は、ピロリン酸鉄リチウムの化学式Li
2FeP
2O
7におけるFeをNiやCoなどの遷移金属に置換すれば、その遷移金属が+4価になり、2個目のLiが動作することを第一原理計算によって確認した。そして以下では、具体的に一般式Li
2Fe
(1−x)Ni
xP
2O
7で表される化合物からなるリチウム二次電池用正極活物質を挙げ、この正極活物質についての特性を検討することで、本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の組成を規定した。
【0015】
<第一原理計算の信頼性>
本実施例のリチウム二次電池用正極活物質(以下、正極活物質とも言う)の組成を規定する前に、第一原理計算による正極活物質の開発手法自体が妥当であるか否かを検証した。当該検証に際しては、まず、Li
2FeP
2O
7の状態密度を第一原理計算により求め、その計算結果から判定されるフェルミエネルギーの直下にある電子状態を特定した。さらに、その電子状態を視覚化するために、当該電子状態についての状態密度分布、すなわち波動関数の絶対値の2乗に対応する空間分布を求めた。
【0016】
図1に第一原理計算により求めたLi
2FeP
2O
7の状態密度を示した。この図では電子エネルギー(eV)に対する状態密度(相対値)をグラフにして示した。このグラフからは、まずレドックス反応により化学式Li
2FeP
2O
7においてLiが一つ減ったときの電子状態が読み取れる。具体的には、化学式Li
2FeP
2O
7中のLiが一つ減ることは、その一つのLiに相当する電子が結晶中から減ることであり、このときの電子状態は、
図1に示したグラフ曲線100において、フェルミエネルギーすなわち電子エネルギーの原点(0eV)101の直下における電子状態102に対応する。
【0017】
図2は当該電子状態102を波動関数の絶対値の2乗に対応する空間分布(以下、空間分布とも言う)として表現したものである。なお
図2では電子の状態をより認識しやすいようにLi
2FeP
2O
7中の各元素(Li、Fe、P、O)と電子e
−を異なるハッチングによって示した。この
図2より、
図1における上記電子状態102がFeのd電子であることがわかる。すなわち、1個目のLiが離脱する際にフェルミエネルギー101直下の上記電子状態102を占有しているFeの1個の電子が奪われるため、Liの脱離と挿入に伴ってFeが+2価か+3価となることが示されている。
【0018】
さらに、
図1に示したグラフ曲線100において、−0.8eV近辺にピーク103がある電子状態104がLi
2FeP
2O
7中の二個目のLiの脱離と挿入に伴って増減するときの状態に対応する。
図3に、この電子状態104に対応する空間分布を示した。
図3より
図1における電子状態104が酸素(O)の2p電子状態であることがわかる。すなわち、Li
2FeP
2O
7中の2個目のLiの脱離と挿入に伴って増減する電子がOの2p電子であることを示している。言い換えれば、二個目のLiが脱離すると酸素が酸化されることを示している。そして、Oの2p電子が離脱するとP−Oの骨格が壊れる可能性が高い。これは、充放電を行う二次電池としては、2個目のLiがレドックス反応に寄与できない(2個目のLiが離脱し難い)ことを示しており、Li
2FeP
2O
7は、1個のLiがレドックス反応に寄与したときの110mAh/g以上の容量を発現しないことがわかる。そして、この第一原理計算に基づくLi
2FeP
2O
7における容量の限界については、上記非特許文献1や2に記載されている内容と合致する。すなわち、第一原理計算の信頼性が確認できた。
【0019】
<実施例>
上述したように、
図1における状態密度曲線100においてLi
2FeP
2O
7中の二個目のLiの脱離と挿入に伴って増減するときの電子状態104では2個目のLiが離脱できないことがわかった。言い換えれば、Li
2FeP
2O
7中のFeを、この電子状態104よりも高いエネルギーに2個分の3d電子の状態を持つ遷移金属に置換すれば2個目のLiが離脱できるようになる。そこで、本発明の一実施例として、化学式Li
2FeP
2O
7におけるFeの一部あるいは全部をNiに置換したLi
2Fe
(1−x)Ni
xP
2O
7を挙げる。
【0020】
図4は第一原理計算により求めたLi
2Fe
(1−x)Ni
xP
2O
7の化学式で表される化合物(以下、本実施例に係る正極活物質とも言う)の状態密度を示すグラフである。なおここでは、x=0.125として計算した結果を示した。この
図4における状態密度曲線110において、フェルミエネルギー111直下の電子状態112は、充放電に伴って上記化学式について1個目のLiが脱離あるいは挿入される場合に増減する状態に対応する。この状態112は
図1に示したフェルミエネルギー101直下の電子状態102と同じである。そして、当該状態密度曲線110において、−0.6eV近辺にピーク113がある電子状態114が化学式Li
2Fe
(1−x)Ni
xP
2O
7当たり2個目の中の二個目のLiの脱離と挿入に伴って増減するときの電子状態に対応する。
【0021】
図5は当該電子状態114に対応する空間分布を示したものである。ここでも電子状態をより認識しやすいように、本実施例に係る正極活物質を示す化学式Li
2Fe
(1−x)Ni
xP
2O
7中の各元素(Li、Fe、Ni、P、O)と電子e
−を異なるハッチングによって示した。この
図5より、2個目のLiの脱離と挿入に際して増減する電子がNiの3d電子であることがわかる。これは、Niが可逆的に+3価と+4価になり得ることを示しており、言い換えれば、本実施例に係る正極活物質における結晶格子の骨格構造(ホスト骨格)となるP−Oに2個目のLiが脱離あるいは挿入する際に電子状態が変化しないことを示している。したがって、化学式Li
2Fe
(1−x)Ni
xP
2O
7で表される本実施例に係る正極活物質は、可逆的に二個目のLiを充放電に関与させることが可能となり、高容量となる。また、
図4より上記電子状態114は、フェルミエネルギー直下の状態112より0.6eVほど深い準位であることから、2個目のLiが関与する充放電の作動電位が1個目のLiが関与する充放電の作動電位よりも0.6Vほど高いことになる。すなわち、より高エネルギー密度化も達成できる。
【0022】
<その他の実施例>
本実施例に係る正極活物質において、2個目のLiがレドックス反応に寄与する際の電子状態(
図2、符号114)は、Niの+2価の状態がロースピン状態であることに由来している。そのため、Li
2FeP
2O
7のFeの一部を同じ+2価でロースピン状態をとるCoに置換したLi
2Fe
(1−x)Co
xP
2O
7をリチウム二次電池用の正極活物質として利用すれば、高容量特性と高エネルギー密度特性が確実に期待できる。さらには、Li
2FeP
2O
7のFeの一部をNiやCoと同じ遷移金属であるTi、V、Crのいずれかに置換した化学式Li
2Fe
(1−x)M
xP
2O
7で表される化合物(Mは遷移金属)も多電子反応によって作動するリチウム二次電池用の正極活物質として利用できることが期待できる。
【0023】
なお、化学式Li
2Fe
(1−x)M
xP
2O
7で表される化合物のエネルギー密度(mWh/g)は、ファラデー定数をFとして以下の式
[3.5×(1−x)+4.1×2x]×F×1000/[分子量×3600]
で表されるため、化学式中でMに対応する遷移金属の原子量から、MをNiあるいはCoとすると、x≧0.3で、LiFePO
4のエネルギー密度である約540mWh/gを超える。