【文献】
LWT−Food Science and Technology,2010年,Vol.43,p.1197−1203
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記水不溶性繊維の塩が、アルカリ金属、アルカリ土類金属、及び含窒素化合物からなる群より選択された少なくとも1種に由来するカチオンとの中和塩であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の凍結抑制剤。
【背景技術】
【0002】
水の氷点以下における凍結抑制を可能にする凍結抑制剤が、種々の分野で従来から広く使用されている。
【0003】
ここで凍結抑制とは、一般に、氷晶形態が変化する過程において、氷晶の合一が抑制され、熱ヒステリシスが認められる作用を意味し、不凍活性や氷結晶成長抑制、抗氷核活性とも称されている。特に上記熱ヒステリシスが観察されることが必須であり、単なる凝固点降下や氷の付着低減作用とは機構が異なる。
【0004】
例えば、凝固点降下は、一般に凝固点降下温度が溶質のモル濃度と正比例するモル凝固点降下則によって説明される現象であって、凍結抑制作用を有する物質を含まない水溶液では、これを過冷却して一度完全に凍結させ、次いで、系の温度を徐々に上昇させて融解した温度、即ち、融解温度(融点)よりも僅かに温度を降下させて放置すると凍結が始まり、融点と凝固点とが一致する。
【0005】
一方、凍結抑制作用を有する物質を含む系では、上記操作を経て融解温度から温度を僅かに降下させても凍結は始まらず、更に温度を下げることによって凍結が始まり、上記融解温度と、凍結温度(凝固点)との間に温度差が観察され、この現象は一般に熱ヒステリシスと称される。この場合、凍結抑制作用を有する物質のモル濃度と凝固点降下温度とは正比例の関係を示さない。このような凍結抑制作用を有する物質を含む系においては、氷の結晶成長が抑制され、従って氷の結晶が大きくなることによる細胞組織等の損傷を抑制することができる。
【0006】
上記のような凍結抑制剤は、例えば、農産物や、水産物、畜産物由来の生鮮食品、加工食品、冷凍食品、冷凍パン、飼料、生花(切花)、花粉、藻類、更には、生理活性物質や、医療用薬液、酵素等の凍結抑制のために古くから使用されている。また、食品の凍結、保存、流通、解凍等の一連の工程で生じる凍結障害を凍結抑制剤により解消することも可能であり、日々、技術改良の検討がなされている。また、消費者ニーズの変化に伴い、塗料や医薬・香粧品等の水性液体を媒体とする各種製品にも従来に増して凍結抑制技術が求められている。
【0007】
上記凍結障害とは、種々要因が複合的に関与した現象であるが、(1)「凍結焼け」(又は「冷凍焼け」)と呼ばれる氷点以下での氷の昇華による組織の乾燥、氷昇華後の空隙での空気接触(酸化)、(2)未凍結水の局在化、(3)氷の局在化(氷結晶の成長や氷の再結晶化)による組織破壊、(4)解凍時のドリップへの成分流出、等に起因した食品の劣化現象である。
【0008】
つまり、凍結障害において、タンパク質は氷の昇華に伴う組織変性(スポンジ化)を生じ、それに由来する水や氷の局在化により、解凍時にドリップを生成し、脂質では加水分解による遊離脂肪酸の増加や空気酸化による変性を生じ、糖質ではデンプンの老化が進行する。その結果、栄養面においては酸化による変性や解凍時のドリップへの成分流出による損失等が生じ、また食品の味や、食感、風味等を著しく低下させ、商品価値を大きく低下させるという問題がある。
【0009】
また、豚、牛、馬、鶏、サケ、ニシン等の畜産や水産業用の精子や受精卵の低温保存、凍結保存時の保護においても凍結抑制技術が古くから利用されている。特に、近年ではライフサイエンス分野における技術の急速な進歩から、生体細胞、生体組織、臓器に対する凍結抑制技術も注目されており、人の臓器移植時の細胞保護、精子や、卵子、臍帯血等の保護、自己血からの血液成分の保護、細胞移植や再生医療用組織の保護、更には、希少野生動植物や実験動物の細胞や精子等の保護といった低温保存、冷凍保存に関する新たな技術開発は急務である。
【0010】
その他にも、水の凍結を抑制する技術は多方面で期待されている。一般住居や、公共施設の窓や、鍵、屋根等の凍結、着霜、着氷対策は未だ重要課題であり、熱交換器や、冷凍機、冷蔵庫、氷蓄熱システム用潜熱蓄熱材、太陽光発電設備等の凍結抑制技術による高効率稼働は、省エネルギーの観点から緊急課題のひとつである。
【0011】
また、近年、航空機、鉄道、自動車の高速運行や精密制御の技術革新がみられるが、安全運行の観点から、凍結、着霜、着氷対策は未だ重要な技術課題となっている。更に、舗装道路や橋上道路の凍結、高層建築物や、橋梁、送電線、風力発電設備の回転翼等からの氷塊落下、更に、交通標識や、信号機、アンテナ、レーダー、カメラ、センサー等を有する屋外施設の凍結、着霜、着氷対策も、安定制御や保安上の観点から、その重要性が増している。
【0012】
凍結抑制作用を有する物質としては、極地に生息する魚類、植物、甲虫の幼虫、昆虫、キノコ、カビ、地衣類、又は細菌類に由来する不凍タンパク質や、多糖類、精油抽出物等が知られている。例えば、一般の魚類の体液は、−0.8℃前後で凍結するのに対して、不凍タンパク質を体内に有する魚類の場合、体液は−2℃以下まで下がっても凍結しないという特徴がある。海水は−1.9℃程度で凍ってしまうため、不凍タンパク質を体内に有する魚類は体液が凍ることなく生息が可能となる。
【0013】
しかし、上述のような極地に生息する動植物や、昆虫、キノコ、カビ、地衣類、細菌類の商業的規模での数量確保は容易ではなく、また、それらに由来する特定成分の抽出操作は非常に煩雑、且つ、精製に多大な労力を要するために大量生産には不向きである。また、実際的には安価に入手できない場合や、特異臭を有している場合、取り扱いが煩雑である場合、更には、由来原料のイメージから食品類への適用が敬遠される場合等、種々の問題を抱えている。
【0014】
これらの問題を解決する方策として、以下のような技術が提案されている。
【0015】
例えば、特許文献1では、甜菜に含まれるオリゴ糖の一種であるラフィノースが、極低温時に自身の細胞を凍結から守る物質として生成され、特にそのラフィノースのアルキルエーテル誘導体が極めて強い凍結防止効果があることを例示している。
【0016】
また特許文献2では、非タンパク質系、合成系高分子であるポリアクリルアミドが熱ヒステリシスを示し、不凍タンパク質様の機能を有していることを例示している。
【0017】
さらに特許文献3では、汎用的に食品添加物として使用されているカルボキシメチルセルロースナトリウムが食品中で水に溶解して、氷の結晶成長の抑制と局部的な離水を抑制することで、冷凍食品の食感の変化や外表面の組織損傷を抑制する技術を例示している。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態を詳しく説明する。
【0034】
本発明の凍結抑制剤は、セルロース、キチン、及びキトサンからなる群より選択された少なくとも1種の多糖類に由来する水不溶性繊維を含有するものであり、上記水不溶性繊維はその表面が化学修飾されていてもよく、具体的には上記多糖類に非イオン性基、アニオン性基、カチオン性基、又は両性基が導入されていてもよい。これらの水不溶性繊維を主体とする分散液、その濃縮ゲル、及びその乾燥塗膜も本発明に含まれる。
【0035】
セルロース、キチン、若しくはキトサン、又は、それらに非イオン性基、アニオン性基、カチオン性基、若しくは両性基が導入された繊維状物質は常法により得られ、また市販されているものを利用することもできる。これらの繊維状物質を、例えば、叩解性、離解性に優れる分散機を用いて、解繊することにより、本発明で好適に用いられる不溶性繊維を得ることができる。
【0036】
上記水不溶性繊維の数平均繊維径は、特に限定されないが、1μm以下であることが好ましく、1〜500nmであることがより好ましく、2〜150nmであることがさらに好ましく、2〜100nmであることが特に好ましく、10nm以下であることが最も好ましい。すなわち、本発明で用いる水不溶性繊維は、一般に「ナノファイバー」と称されるものであることが特に好ましい。
【0037】
ここで、数平均繊維径は、次のようにして測定することができる。すなわち、固形分率で0.05〜0.1質量%の水不溶性繊維の水分散体を調製し、その水分散体を、親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストして、透過型電子顕微鏡(TEM)の観察用試料とする。なお、大きな繊維径の繊維を含む場合には、ガラス上へキャストした表面の走査型電子顕微鏡(SEM)像を観察してもよい。そして、構成する繊維の大きさに応じて5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。その際に、得られた画像内に縦横任意の画像幅の軸を想定し、その軸に対し、20本以上の繊維が交差するよう、試料及び観察条件(倍率等)を調節する。そして、この条件を満たす観察画像を得た後、この画像に対し、1枚の画像当たり縦横2本ずつの無作為な軸を引き、軸に交錯する繊維の繊維径を目視で読み取っていく。このようにして、最低3枚の重複しない表面部分の画像を、電子顕微鏡で撮影し、各々2つの軸に交錯する繊維の繊維径の値を読み取る(したがって、最低20本×2×3=120本の繊維径の情報が得られる)。このようにして得られた繊維径のデータにより、数平均繊維径を算出する。
【0038】
上記水不溶性繊維の結晶構造は、特に限定されないが、水不溶性の観点から、構成する繊維がセルロースである場合、I型結晶構造を有することが好ましい。ここで、水不溶性繊維を構成するセルロースがI型結晶構造を有することは、例えば、広角X線回折像測定により得られる回折プロファイルにおいて、2シータ=14〜17°付近と、2シータ=22〜23°付近の2つの位置に典型的なピークをもつことから同定することができる。
【0039】
上記水不溶性繊維は、上述の通り、その表面が化学修飾されたものであってもよく、化学修飾の例としては、非イオン性基、アニオン性基、カチオン性基、又は両性基の導入が挙げられる。I型結晶構造を維持することができ、ナノメートルレベルの繊維径まで効率良く解繊することができる観点からは、アニオン変性又はカチオン変性された水不溶性繊維が好ましく、アニオン変性がより好ましい。すなわち、セルロース分子中のグルコースユニット、又は、キチン、キトサン分子中のN−アセチルグルコサミンユニットやグルコサミンユニットに、アニオン性基又はカチオン性基を導入した水不溶性繊維であることが好ましい。
【0040】
アニオン性基としては、特に限定されないが、カルボン酸基、リン酸基、スルホン酸基、硫酸基、又は塩をなしているこれらの基が挙げられ、これらのいずれか1種を有していてもよく、2種以上を有していてもよい。また、グルコースユニット、N−アセチルグルコサミンユニット、又はグルコサミンユニットと、上記アニオン性基との間に連結基を有していてもよい。
【0041】
アニオン性基の塩としては、特に限定されないが、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩、ホスホニウム塩等のオニウム塩、1級アミン、2級アミン、3級アミン等のアミン塩等が挙げられる。
【0042】
アニオン性基には、上記のように、カルボン酸基、リン酸基、スルホン酸基、硫酸基等の酸型と、カルボン酸塩基、リン酸塩基、スルホン酸塩基、硫酸塩基等の塩型があるが、好ましい実施形態としては、塩型のアニオン性基を含むことであり、塩型のアニオン性基のみ有する水不溶性繊維を使用してもよく、塩型のアニオン性基と酸型のアニオン性基が混在する水不溶性繊維を使用してもよい。
【0043】
カチオン性基としては、特に限定されないが、4級アンモニウム塩、1級、2級、若しくは3級アミノ基、又はこれらと塩酸や酢酸等が塩をなしている基が挙げられ、これらのいずれか1種を有していてもよく、2種以上を有していてもよい。また、グルコースユニット、N−アセチルグルコサミンユニット、又はグルコサミンユニットと上記カチオン性基との間に連結基を有していてもよい。
【0044】
以下、本発明の一実施形態である、アニオン変性された水不溶性繊維の例として、セルロースを構成するグルコースユニットの水酸基を酸化してなる酸化セルロース(A)、及び、セルロースを構成するグルコースユニットの水酸基をカルボキシメチル化してなるカルボキシメチル化セルロース(B)についてより具体的に説明し、それぞれの製造方法の例についても説明する。
【0045】
酸化セルロース(A)としては、特に限定されないが、グルコースユニットの6位の水酸基が選択的に酸化されたものであることが好ましい。酸化セルロース(A)がグルコースユニット上の6位の水酸基が選択的に酸化されたものであることは、例えば、
13C−NMRチャートにより確認することができる。
【0046】
なお、酸化セルロース(A)は、カルボン酸基(COOH)及び/又はカルボン酸塩基(COOX、ここでXはカルボン酸と塩を形成するカチオンを示す)と共に、アルデヒド基又はケトン基を有していてもよいが、アルデヒド基及びケトン基を実質的に有していないことが好ましい。
【0047】
酸化セルロース(A)の製造方法は限定されないが、例えば、(1)酸化反応工程、(2)還元工程、(3)精製工程、(4)分散工程(微細化処理工程)等を含む製造方法により製造することができ、具体的には以下の各工程により製造することが好ましい。
【0048】
(1)酸化反応工程
天然セルロース繊維とN−オキシル化合物とを分散媒体である水に分散させた後、共酸化剤を添加して、反応を開始する。反応中はpHが低下するので0.5mol/lの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHを10〜11に保ち、pHに変化が見られなくなった時点で反応終了と見なす。
【0049】
天然セルロースは、一般に重合度が1,000〜3,000、結晶化度が65〜95%であり、セルロースI型結晶構造を有し、セルロース分子が30〜50本束ねられた結晶性のセルロースミクロフィブリルを構成要素としている。高等植物ではこの繊維様のセルロースミクロフィブリルは、その表面でヘミセルロース及びリグニンと一部複合化して、繊維、繊維集合体、組織という階層構造を形成している。
【0050】
上記天然セルロースとしては、植物や、動物、バクテリア産生ゲル等のセルロースの生合成系から単離した精製セルロースを使用できる。より具体的には、針葉樹系パルプや広葉樹系パルプ等の木材系パルプ、コットンリンターやコットンリント等の綿系パルプ、麦わらパルプやバガスパルプ等の非木材系パルプ等がいずれも好適に用いられ、バクテリアセルロース(BC)、ホヤから単離されるセルロース、海草から単離されるセルロース等も使用可能である。これらは単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0051】
なお、上記の通り、天然セルロースは植物組織中でヘミセルロース及びリグニンと一部複合化して存在していることから、精製工程の有無に関わらず、天然セルロース中に該成分が残存していることがあるが、本発明の凍結抑制効果を阻害しない範囲で該成分が天然セルロース原料に含有していることは許容される。
【0052】
また、N−オキシル化合物としては、例えば、一般に酸化触媒として用いられるニトロキシラジカルを有する化合物が挙げられる。N−オキシル化合物は、水溶性の化合物が好ましく、中でもピペリジンニトロキシオキシラジカルであることがより好ましく、2,2,6,6−テトラメチルピペリジノオキシラジカル(TEMPOラジカル)、4−アセトアミド−TEMPOラジカルであることがさらに好ましい。
【0053】
N−オキシル化合物の添加量は、いわゆる触媒量で充分であり、例えば0.1〜4mmol/l程度である。
【0054】
ここで、上記共酸化剤とは、直接的にセルロースの水酸基を酸化する物質ではなく、酸化触媒として用いられるN−オキシル化合物を酸化する物質のことである。
【0055】
共酸化剤としては、例えば、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸、過酸化水素、過有機酸、又はこれらの塩等が挙げられ、これらは単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。中でも、次亜塩素酸ナトリウム、次亜臭素酸ナトリウム等のアルカリ金属次亜ハロゲン酸塩であることが好ましい。次亜塩素酸ナトリウムを使用する場合、反応速度の点から、臭化ナトリウム等の臭化アルカリ金属の存在下で反応を進めることが好ましい。
【0056】
酸化反応における反応水溶液のpHは、約8〜11の範囲で維持されることが好ましい。水溶液の温度は約4〜40℃の範囲において任意であり、特に温度の制御は必要としない。共酸化剤の添加量と反応時間で、酸化の程度を制御することにより、所望のカルボキシル基量等を有する酸化セルロース(A)を得ることができる。通常、反応時間は約5〜120分間であり、長くとも240分以内に完了する。
【0057】
(2)還元工程
上記により得られた酸化セルロース(A)は、上記酸化反応後に還元反応を行うことが好ましい。これにより、酸化反応により形成されたアルデヒド基及びケトン基の一部ないし全部が還元され、水酸基に戻すことができる。具体的には、酸化反応後の酸化セルロースを精製水に分散し、水分散体のpHを約10に調整し、各種還元剤により還元反応を行う。
【0058】
還元剤としては、一般的なものを使用することが可能であり、例えば、LiBH
4、NaBH
3CN、NaBH
4等が挙げられる。還元剤の配合量は、酸化セルロースを基準として、0.1〜4質量%であることが好ましい。
【0059】
反応は、室温又は室温より若干高い温度で、通常、10分間〜10時間程度、好ましくは30分間〜2時間程度行う。
【0060】
反応終了後、各種の酸により反応混合物のpHを約2に調整し、精製水をふりかけながら遠心分離機で固液分離を行うことにより、ケーキ状の酸化セルロースを得ることができる。
【0061】
(3)精製工程
上記還元工程を終えた酸化セルロースは、通常、この段階ではナノファイバー単位まで分かれて分散していないため、通常の精製法、すなわち水洗とろ過を繰り返すことで未反応の共酸化剤(次亜塩素酸等)や各種副生成物等を除き、高純度(99質量%以上)の酸化セルロースと水とを含む分散体とすることができる。
【0062】
精製工程における精製方法は、遠心脱水を利用する方法(例えば、連続式デカンダー)のように、上述した目的を達成できる装置であればどのような装置を利用しても差し支えない。
【0063】
(4)分散工程(微細化処理工程)
精製工程にて得られる水を含浸した酸化セルロース(水分散体)を、分散媒体中に分散させ分散処理を行う。処理に伴って粘度が上昇し、微細化された酸化セルロースナノファイバーの分散体を得ることができる。
【0064】
分散工程で使用する分散機としては、高速回転下でのホモミキサー、高圧ホモジナイザー、超音波分散処理機、ビーター、ディスク型レファイナー、コニカル型レファイナー、ダブルディスク型レファイナー、グラインダー等の、強力で叩解性や離解性に優れる装置を使用することが望ましい。
【0065】
なお、この分散工程は、本発明の凍結抑制剤の製造工程のうち、セルロース、キチン、若しくはキトサン、又は、それらに非イオン性基、アニオン性基、カチオン性基、若しくは両性基が導入された繊維状物質から解繊してナノファイバーを得る工程として、共通して適用できる。
【0066】
次に、上記カルボキシメチル化セルロース(B)の製造方法も限定されないが、例えば、上記天然セルロースを原料として用いて、以下のような方法により製造することができる。
【0067】
すなわち、まず天然セルロースに、溶媒として低級アルコールを加える。具体的には、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール等の低級アルコール1種又は2種以上と、水との混合溶媒を使用するのが好ましい。なお、水との混合溶媒中の低級アルコールの混合割合は、60〜95質量%であることが好ましい。溶媒の添加量は、天然セルロースの質量の3〜20倍の質量であることが好ましい。
【0068】
次いで、セルロースと溶媒に対して、セルロースのグルコース残基当たり0.5〜20倍モルのマーセル化剤を混合してマーセル化処理を行う。マーセル化剤としては、水酸化アルカリ金属が挙げられ、具体的には水酸化ナトリウムや水酸化カリウムを使用することができる。このときの反応温度は約0〜70℃であることが好ましく、より好ましくは約10〜60℃であり、反応時間は約15分間〜8時間であることが好ましく、より好ましくは約30分間〜7時間である。
【0069】
その後、カルボキシメチル化剤をグルコース残基当たり0.05〜10倍モル添加してエーテル化反応を行う。カルボキシメチル化剤としては一般に使用されているものが使用でき、例えば、モノクロロ酢酸ナトリウム等が挙げられる。このときの反応温度は約30〜90℃であることが好ましく、より好ましくは約40〜80℃であり、反応時間は約30分間〜10時間であることが好ましく、より好ましくは約1時間〜4時間である。
【0070】
上記のエーテル化反応後、高圧ホモジナイザー等によって解繊処理することでカルボキシメチル化セルロース(B)のナノファイバーを得ることができる。
【0071】
次に、本発明の一実施形態である、アニオン性基としてリン酸基又はその塩を有するアニオン変性セルロース(C)の製造方法について説明する。
【0072】
すなわち、その製造方法も限定されないが、例えば乾燥状態又は湿潤状態の天然セルロース原料にリン酸又はリン酸誘導体の粉末や水溶液を混合する方法、天然セルロース原料の分散液にリン酸又はリン酸誘導体の水溶液を添加する方法等を用いることができる。
【0073】
これらの方法においては、通常、リン酸又はリン酸誘導体の粉末や水溶液を、混合又は添加した後に、脱水処理、加熱処理等を行う。これにより、セルロースを構成するグルコースユニットの水酸基に、リン酸基を含む化合物又はその塩が脱水反応してリン酸エステルが形成され、リン酸基又はその塩が導入される。
【0074】
ここで、リン酸又はリン酸誘導体としては、例えば、リン原子を含有するオキソ酸、ポリオキソ酸又はそれらの誘導体から選ばれる少なくとも1種の化合物が挙げられる。
【0075】
アニオン変性セルロースにおけるアニオン性基の量は、特に限定されず、例えば、0.05〜3.0mmol/g含有してもよく、0.1〜2.5mmol/g含有してもよい。
【0076】
ここで、アニオン性基の量は、次の方法により求めることができる。すなわち、乾燥重量を精秤したアニオン変性セルロース試料から0.5〜1質量%スラリーを60ml調製し、0.1mol/lの塩酸水溶液によってpHを約2.5とした後、0.05mol/lの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して、電気伝導度測定を行い、pHが約11になるまで続け、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下記の式(1)に従い求めることができる。
【0077】
式(1):
アニオン性基量(mmol/g)
=V(ml)×〔0.05(mol/l)/セルロース試料重量(g)〕
【0078】
本発明の凍結抑制剤の必須成分である水不溶性繊維は、固形分としては、好ましくは、0.001〜100質量%の範囲で適用され、分散液、若しくは、その濃縮ゲル、又は、その乾燥塗膜のいずれの形態でも用いることができるが、実際に機能を発現させる際の実用濃度は0.05〜100質量%であるのが好ましい。
【0079】
この時、本発明の凍結抑制剤の用途は、特に限定されるものではないが、水の凍結を抑制する目的で農水産物や畜産物、又は、それらに由来する各種製品、加工食品、その他、生体組織、生理活性物質、医療用薬液、酵素類、更に、塗料や医薬・香粧品等の水性液体を媒体とする各種製品等に添加して利用できる。
【0080】
また、本発明の凍結抑制剤は、固体表面における水の凍結抑制、氷の局在化抑制、及び氷結晶の成長抑制の作用から、凍結、着霜、着氷を所望しない固体表面にも適用することができる。
【0081】
例えば、一の実施形態として、水を必須成分として、有機溶剤を1種以上含んだ溶媒に、本発明の凍結抑制剤の必須成分である水不溶性繊維が分散した、流動性を有するナノファイバー分散液を添加して利用することができる。また、その所望量を秤取した後、必要に応じて混合装置、混練装置、攪拌装置等を用いて、ナノファイバー成分を均一混合して添加することができる。また、本発明の凍結抑制剤において、必要に応じて余分の液体成分を除去する操作を行ってもよく、不足の液体成分を追加する操作を行ってもよい。また、適宜所望の器具、装置を選択して、本発明の凍結抑制剤を刷毛やスプレー噴霧等により塗布してもよい。
【0082】
また、他の実施形態として、水を必須成分として、有機溶剤及び/又は油類を含有した溶媒に、本発明の凍結抑制剤の必須成分である水不溶性繊維が分散した、固形状、半固形状、又はゲル状のナノファイバー分散体を添加して利用することができる。
【0083】
さらに、上記各実施形態のナノファイバー分散体を、刷毛やスプレー噴霧等により塗布した後、液体成分を除去する操作を経て、又は、自然放置により乾燥させて乾燥塗膜として利用することもできる。
【0084】
本発明の凍結抑制剤は、本発明の効果を阻害しない範囲において、実際の使用に際して、(未反応)セルロース、合成触媒残渣、繊維膨潤助剤、解繊助剤、pH調整剤、溶剤、保湿剤、無機塩、有機酸塩、他種増粘剤、他種ゲル化剤、防腐剤、抗菌剤、界面活性剤類、レベリング剤、水溶性ポリマー、他種有機性及び無機性フィラー類、着色剤、香料等を含むことは許容される。
【実施例】
【0085】
本発明の凍結抑制剤の必須成分である水不溶性繊維、好適には水不溶性ナノファイバーの調製方法について、以下の通り、例示する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、以下の説明において特に記述がない限り、濃度は質量%で示され、配合割合等は質量基準である。
【0086】
(製造例1)
〈酸化セルロースナノファイバー〉
家庭用ミキサーで粉砕した針葉樹パルプ(LBKP)20gに、水を1500ml、臭化ナトリウムを2.5g、2,2,6,6−テトラメチルピペリジノオキシラジカル(TEMPO)を0.25g加え、充分撹拌して分散させた後、13質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液(共酸化剤)を、上記パルプ10gに対して次亜塩素酸ナトリウム量が6.5mmol/gとなるように加え、反応を開始した。反応の進行に伴いpHが低下するため、pHを10〜11に保持するように0.5N水酸化ナトリウム水溶液を滴下しながら、pHの変化が見られなくなるまで120分間反応させた。
【0087】
反応終了後、0.1N塩酸を添加して中和したのち、ろ過と水洗を繰り返して精製し、繊維表面が酸化されたアニオン変性セルロース繊維を得た。次いで、該アニオン変性セルロース繊維に純水を加えて2質量%に希釈し、高圧ホモジナイザーを用いて圧力140MPaで3回処理することにより、本発明で用いるアニオン変性セルロースナノファイバーの水分散体を得た。得られたアニオン変性セルロースナノファイバーは、アニオン性基としてカルボン酸ナトリウム塩基(−COONa)を有し、最大繊維径が10nm、数平均繊維径が4nm、アニオン性基(カルボキシル基)量は1.83mmol/gであった。
【0088】
(製造例2)
〈カルボキシメチルセルロースナノファイバー〉
家庭用ミキサーで粉砕した針葉樹パルプ(LBKP)20gに、イソプロピルアルコール(IPA)112gと水48gとの混合溶媒160gを加え、次に水酸化ナトリウムを8.8g加え、撹拌、混合させた後、30℃で60分間攪拌した。次いで、反応液を70℃まで昇温し、モノクロロ酢酸ナトリウムを12g(有効成分換算)添加した。1時間反応させた後に、反応物を取り出して、中和、洗浄して、グルコース単位当たりの置換度0.05のアニオン変性セルロース繊維を得た。その後、アニオン変性セルロース繊維を固形分濃度2%とし、高圧ホモジナイザーを用いて圧力140MPaで5回処理することにより、アニオン性基としてカルボキシメチル基由来のカルボン酸ナトリウム塩基(−CH
2COONa)を有する、本発明で用いるアニオン変性セルロースナノファイバーの水分散体を得た。得られたアニオン変性セルロースナノファイバーは、数平均繊維径が25nm、アニオン性基(カルボキシル基)量が0.30mmol/gであった。
【0089】
(製造例3)
〈杉酵素処理セルロースナノファイバー〉
国立研究開発法人 森林総合研究所から入手した杉酵素処理セルロースナノファイバー(ソーダ・アントラキノン法によるアルカリ蒸解)を行った杉パルプを酵素処理し、更に湿式粉砕法により解繊したセルロースナノファイバー)を所定の濃度に希釈して本発明のセルロースナノファイバー水分散体として試験に供した。
【0090】
(製造例4)
〈リン酸化セルロースナノファイバー〉
尿素を20g、リン酸二水素ナトリウム二水和物を12g、リン酸水素二ナトリウムを8g、水20gに溶解させてリン酸化剤を調整し、家庭用ミキサーで粉砕した針葉樹パルプ(LBKP)20gをニーダーで攪拌しながらリン酸化剤をスプレー噴霧し、リン酸化剤含浸パルプを得た。次いで、リン酸化剤含浸パルプを140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機内で60分間、加熱処理してリン酸化パルプを得た。得られたリン酸化パルプに水を加えて固形分濃度2%とし、攪拌、混合して均一に分散させた後、濾過、脱水の操作を2回繰り返し、回収パルプを得た。次いで、得られた回収パルプに、水を加えて、固形分濃度2%とし、攪拌しながら、1N水酸化ナトリウム水溶液を少しずつ添加し、pH12〜13のパルプスラリーを得た。続いて、このパルプスラリーを濾過、脱水し、更に水を加えて濾過、脱水の操作を2回繰り返した。この一連の操作により得られたリン酸化パルプの回収物に水を加えて固形分濃度2%の水分散体とし、高圧ホモジナイザーを用いて圧力140MPaで3回処理することにより、本発明で用いるアニオン変性セルロースナノファイバーの水分散体を得た。得られたアニオン変性セルロースナノファイバーは、アニオン性基としてリン酸ナトリウム塩基(−PO
4Na
2)を有し、数平均繊維径が5nmであった。
【0091】
(製造例5)
〈エビ殻由来キチンナノファイバー〉
ブラックタイガーの殻(20g)を5%KOH水溶液に加え、6時間還流し、エビ殻中のタンパク質を除去し、エビ殻を濾過、回収した後、中性になるまで水でよく洗浄した。エビ殻を7%HCl水溶液で室温下、2日間撹拌し、エビ殻中の灰分を除去し、次いでエビ殻を濾過、回収した後、中性になるまで水でよく洗浄した。続いて、1.7%亜塩素酸ナトリウムの0.3mol/l酢酸ソーダ緩衝溶液に、回収したエビ殻を加え、80℃で、6時間撹拌し、エビ殻に含まれる色素分を除去し、エビ殻を濾過、回収した後、中性になるまで水でよく洗浄した。回収したエビ殻を水に分散させ、分散液を家庭用ミキサーで粉砕後、エビ殻を石臼式摩砕機で解繊してキチンナノファイバー水分散体を得た。更に得られたキチンナノファイバー水分散体に水を加えて固形分濃度1%の水分散体とし、高圧ホモジナイザーを用いて圧力140MPaで1回処理した。得られたキチンナノファイバーは、数平均繊維径が18nmであった。
【0092】
(製造例6)
〈エビ殻由来キトサンナノファイバー〉
ブラックタイガーの殻(20g)を5%KOH水溶液に加え、6時間還流し、エビ殻中のタンパク質を除去し、エビ殻を濾過、回収した後、中性になるまで水でよく洗浄した。エビ殻を7%HCl水溶液で室温下、2日間撹拌し、エビ殻中の灰分を除去し、次いでエビ殻を濾過、回収した後、中性になるまで水でよく洗浄した。続いて、1.7%亜塩素酸ナトリウムの0.3mol/l酢酸ソーダ緩衝溶液に、回収したエビ殻を加え、80℃で、6時間撹拌し、エビ殻に含まれる色素分を除去し、エビ殻を濾過、回収した後、中性になるまで水でよく洗浄した。上記操作にてタンパク質、灰分、色素分を除いたエビ殻に、40%水酸化ナトリウムを加え、窒素ガスを絶えず吹き込みながら、6時間還流し、脱アセチル化を行った後、エビ殻を濾過、回収した後、中性になるまで水でよく洗浄した。回収したエビ殻を水に分散させ、分散液を家庭用ミキサーで粉砕後、エビ殻を石臼式摩砕機で解繊してキトサンナノファイバー水分散体を得た。更に得られたキトサンナノファイバー水分散体に水を加えて固形分濃度1%の水分散体とし、高圧ホモジナイザーを用いて圧力140MPaで1回処理した。得られたキトサンナノファイバーは、N−アセチル基の置換度35%(元素分析結果)、数平均繊維径が25nmであった。
【0093】
(製造例7)
〈セルロースナノクリスタル〉
粒子サイズが200μmの微小結晶セルロース10gを、ガラス製セパラブルフラスコ内で200mlの蒸留水に懸濁させた。このセパラブルフラスコを氷浴中に置き、撹拌しながら系中の温度を40℃以下に維持しながら、最終濃度が48質量%となるまで濃硫酸を徐々に加えた。次いで、この懸濁液を60℃の水浴に移して30分間攪拌を継続した後、粗製物を取り出し、8000rpmで10分間遠心分離を行った。この遠心分離操作により余剰の硫酸を除去し、残留物を蒸留水に再懸濁させ、遠心分離後、再び蒸留数を添加する操作を繰り返して洗浄と再懸濁を5回繰り返した。この操作で得られた残留物を蒸留水に懸濁させ、pHを8に調整した後、固形分濃度が5質量%となるように調整してセルロースナノクリスタルスラリーを得た。その後、得られたセルロースナノクリスタルスラリーを高圧ホモジナイザーを用いて圧力140MPaで1回処理してセルロースナノクリスタル水分散体を得た。得られたセルロースナノクリスタル水分散体は、数平均繊維径が15nmであり、結晶長は約190nmであった。
【0094】
〈基礎評価〉
(実施例1〜10、比較例1)
上記製造例1で得られた、酸化セルロースナノファイバーの水分散体に必要に応じて水を加えて、固形分濃度を、1質量%、0.5質量%、0.1質量%にそれぞれ調製し、この順に実施例1〜3とした。
【0095】
また、上記製造例2で得られた、カルボキシメチルセルロースナノファイバーの水分散体に必要に応じて水を加えて、固形分濃度を、1質量%、0.5質量%にそれぞれ調製し、この順に実施例4,5とした。
【0096】
また、上記製造例3〜7で得られたナノファイバー水分散体に水を加えて、それぞれ固形分濃度0.5質量%に調製し、順に実施例6〜10とした。
【0097】
さらに、比較例1としては、カルボキシメチルセルロース(第一工業製薬(株)製、商品名「セロゲンBSH−12」、置換度0.7)に水を加えて、固形分濃度0.5質量%の水分散液を調製したものを用いた。
【0098】
得られた実施例1〜10、及び比較例1の各水分散液について、氷結晶核剤となるAgI(1mg/1ml)を添加して撹拌してから示差走査熱量測定(DSC測定)を行い、その結果から供試品の凍結開始温度(T
SC)、蒸留水の凍結開始温度(T
SCW)、凝固点(T
F)、融点(T
M)、蒸留水に対する供試品の過冷却の程度を示す凍結抑制活性(ΔT
SC=T
SC−T
SCW)、及び、供試品の凝固点と融点の差異を示す熱ヒステリシス(ΔT=T
M−T
F)をそれぞれ求めた。測定結果は表1に実施例1〜10、及び比較例1として示した。使用した測定装置、測定条件は次の通りである。
【0099】
・測定装置:Rigaku Thermo plusEVO DSC 8230型装置
・降温速度:0.25℃/min
・昇温速度:0.25℃/min
【0100】
【表1】
【0101】
表1より、実施例1〜3の酸化セルロースナノファイバーの凍結開始温度は、蒸留水の凍結開始温度を下回り、蒸留水に対する凍結抑制効果、即ち、過冷却の程度は供試した0.1〜1.0質量%の濃度範囲において、−2.2℃〜−5.3℃であった。
【0102】
また、同じく実施例1〜3の凝固点は−1.2〜−2.1℃となり、本試験条件下における水の凝固点−0.2℃を1.0℃以上、下回わる結果となった。
【0103】
また、実施例4〜10においても、実施例1〜3と同様に、本発明の凍結抑制剤の凍結開始温度は、蒸留水の凍結開始温度を下回り、いずれも優れた凍結抑制効果を有していることが確認された。また、凝固点は−1.1〜−1.8℃の範囲にあり、本試験条件下における水の凝固点を下回る結果となった。
【0104】
さらに、実施例1〜10のいずれの系においても、DSC測定で実施された本評価において、凝固点(T
F)と融点(T
M)との温度差(=T
M−T
F)として定義される熱ヒステリシス(ΔT)が認められ、前記結果と合わせて、不凍活性を示すことが知られる不凍タンパク質様の効果が得られていると考えられる。
【0105】
比較例1は、水不溶性でも繊維状でもないカルボキシルメチルセルロースを使用したものであり、本質的に本発明と異なる様態の供試検体である。この比較例1において、凍結温度は蒸留水の凍結開始温度と大きな差異は認められず、また、同じカルボキシル基を有し、水不溶性のナノファイバーを主体とする実施例1〜10に比較して、その凍結抑制効果は小さかった。また、熱ヒステリシスは実施例1〜10に比較して小さかった。
【0106】
ここでDSC測定結果の説明のために、実施例2と比較例1のDSC測定結果を模式化したグラフを
図1に示す。本評価では0.25℃/min.で降温すると実施例2、比較例1ともに過冷却状態からDSC発熱ピークが現れ、凝固点(T
F)として実施例2では−2.0℃、比較例1では−0.2℃が観測され、水の凍結が認められる。また、0.25℃/min.で昇温すると実施例2、比較例1ともにDSC吸熱ピークが現れ、融点(T
M)として0.7℃が観測され、これらの温度で氷の融解が起こったことが認められる。
【0107】
〈応用評価〉
1.アルミホイル上での氷晶成長確認試験
(実施例11〜14、比較例2)
上記製造例1、2、4、7で得られたナノファイバー水分散体に攪拌しながら蒸留水を添加して固形分0.3質量%の水分散体をそれぞれ調製し、順に実施例11〜14として以下の試験に供試した。なお、比較例2として蒸留水を同様に供試した。
【0108】
アルミホイルを巻いた300mlのステンレス製容器に200mlの液体窒素を注ぎ、ステンレス製の蓋を被せた後、2分間静置してアルミホイル表面が水の氷点以下まで十分に冷えたことを確認した。次いで、固形分0.3質量%のナノファイバーの水分散体及び蒸留水をそれぞれ市販のトリガー式スプレーボトルを用いてアルミホイル表面に噴霧して、アルミホイル表面における氷晶の成長状態を時間経過とともに観察し、以下評価基準に従って評価を行った。その結果を表2に実施例11〜14及び比較例2として示した。
【0109】
評価基準(氷晶成長評価):
◎…2mm径未満の微小氷晶のみが、アルミホイル表面全体にほぼ均一に認められる
○…2mm径未満ながら、氷晶の成長が所々で認められる
△…氷晶の成長により2mm径以上の霜状結晶が点在している
×…氷晶の成長により2mm径以上の霜状結晶が全体に認められる
【0110】
【表2】
【0111】
実施例11〜14では、試験開始後1分過ぎから徐々に1mm径程度の微小氷晶が全体に認められたが、その後の氷晶の成長は遅く、試験開始2分後においても氷晶は2mm径未満に留まっていた。一方、比較例2では蒸留水噴霧直後から氷晶が霜状に急速に成長し始め、試験開始2分後には3〜5mmの霜状結晶が表面全体に認められた。試験開始2分後の表面観察から供試品のナノファイバー含有の有無で氷晶の様態に明らかな差異が現れ、
図2に示す写真(1)〜(3)からも分かるようにナノファイバーによる氷結晶成長抑制効果は明確であった。
【0112】
その後、実施例11〜14のいずれにおいても氷晶の成長が所々で認められたが、試験開始5分後においてもナノファイバーによる氷結晶成長抑制効果は比較例2に比較して明確であった。その後、試験開始15分後においては実施例11〜14及び比較例2のいずれの系においても粗大な霜状結晶で表面が覆われ、目視上の差異はなくなった。
【0113】
2.透明ゼリーにおける氷晶成長確認試験
(実施例15〜17、比較例3、4)
上記製造例1、2、6で得られたナノファイバー水分散体に攪拌しながら蒸留水を添加して固形分1質量%の水分散体をそれぞれ調製し、順に実施例15〜17として以下の処方に従ってゼリー調合液を調製して試験に供試した。なお、比較例3として蒸留水を、比較例4としてカルボキシメチルセルロース(第一工業製薬(株)製、商品名「セロゲンBSH−12」、置換度0.7)に水を加えて、固形分濃度1質量%に調製した水分散液を用いて、以下の処方に従ってゼリー調合液を調製して試験に供試した。
【0114】
カップに水30g(表3における水道水(1))を加え、次いで、ゼラチン3gを加えて軽く攪拌した後、15分間放置した。次に、砂糖30gを投入し、電子レンジで1分間加熱し、ゼラチンと砂糖が均一になるまでよく攪拌した。次に1%−ナノファイバー水分散体(実施例15〜17)60gを加え、更に水140g(表3における水道水(2))を加えて、全体が均一になるよう十分に攪拌した。市販のゼリー型枠(各2個)を準備し、そこへゼリー調合液を所定量加えた後、冷蔵庫にて3時間程度冷却してゼリーを調製した。比較例3は透明ゼリーの標準処方であり、1%−ナノファイバー水分散体の仕込み相当量を水に置き換えて水200g(表3における水道水(2))を残部として同様に加えた以外は同様の操作を行って透明ゼリーを調製した。
【0115】
【表3】
【0116】
次に、ゼリーの成型性と外観を確認するために、冷蔵庫からゼリー各1個を取り出し、ガラス製シャーレの上にゼリーを取り出して、目視で観察し、その成型性と透明性について以下の評価基準に従って評価を行った。その結果を表4に示した。
【0117】
評価基準(ゼリーの成型性):
○…型枠から取り出してもゼリーの保形性は保たれている
△…型枠から取り出した際にゼリーの形が崩れて分離や扁平が見られる
×…型枠から取り出した際にゼリーの形が崩れて保形性が認められない
【0118】
評価基準(ゼリーの透明性):
○…型枠から取り出したゼリーは、全体が透明であり、離水や成分の分離も見られず均一である
△…型枠から取り出したゼリーには、部分的に不透明な部分や、離水や成分の分離による不均一な部分が見られる
×…型枠から取り出したゼリーは、全体に濁りや、離水や成分の分離が見られる
【0119】
次に、ゼリー凍結後の氷晶成長の様子を評価するために、上記操作で調製したゼリー各1個を冷蔵庫から−20℃に設定された業務用冷凍庫に移し、1週間静置した。1週間後、冷凍庫からゼリーを取り出し、チルド冷蔵庫に移して3時間静置した後、ガラス製シャーレの上にゼリーを取り出し、包丁で注意深くゼリーを等分に切り分け、25℃の恒温室で放置してゼリー中央部の凍結(氷晶)の様態を15分後、及び45分後に目視で観察し、その様態について以下の評価基準に従って評価を行った。その結果を表4に示した。
【0120】
評価基準(ゼリーの氷晶成長評価):
◎…ゼリー全体が透明である
○…ゼリー中心部に僅かな濁りが見られるが、全体に透明感がある
△…ゼリー周辺部に透明感があるが、ゼリー中心部に凍結(氷晶)部が残存している
×…ゼリー全体にわたって凍結(氷晶)部が残存している、或いは、離水や成分の分離が生じ不均一である
【0121】
【表4】
【0122】
実施例15〜17は、ゼリーの成型性(保形性)や透明性は標準処方(比較例3)と差異はなく、良好に透明ゼリーを調製できた。また、冷凍保存から解凍後のゼリーの凍結(氷晶成長)の様態については、実施例15〜17ともに標準処方(比較例3)に比較してゼリーの透明性が高く、また、ゼリー内部の離水や不均一も認められなかった。
【0123】
また、水不溶性でも繊維状でもないカルボキシルメチルセルロースを使用した比較例4に比較して、水不溶性で繊維状のカルボキシメチルセルロースナノファイバーを使用した実施例16の氷晶成長抑制効果は明確であった。
【0124】
これらの結果から、本発明の凍結抑制剤を用いた透明ゼリーは、冷凍流通・冷凍保存が可能で、解凍しても保形性や透明性といった外観が従来品に比較して改善されることから商業上の商品価値を高めることに寄与できる。
【0125】
以上のように、本発明の凍結抑制剤は、特異的な凍結抑制効果を示し、また、本発明の凍結抑制剤の特性である、より大きな熱ヒステリシスを示すことが明らかである。