【課題を解決するための手段】
【0013】
この課題は、請求項1及び7の特徴により解決される。
【0014】
有利な実施形態は従属請求項の対象である。
【0015】
請求項1によれば、ターゲット材料から成るターゲットプレートと安定化層とを有するターゲットであって、この安定化層がターゲットプレートの背面と結合されているターゲットが提供される。即ち、このターゲットにおいては、ターゲットプレートと安定化層とが1つのユニット、即ち、ターゲットを形成している。このターゲット又はターゲットプレートは、必要に応じて又は装置に応じて、任意の(平面的な)形状、例えば円形又は四角形、を有していてよい。ターゲットプレート又はターゲットの前面とは、PVDプロセスでの使用時に、ターゲット材料がそこから蒸発除去される面であり、即ち、ターゲットが装置内で使用されるときに塗被すべき基材に対向している面である。ターゲットプレートの背面は、ターゲットの使用時に塗被すべき基材とは反対側の面である。安定化層は、安定化材料の高運動エネルギースプレー法によりターゲットプレートに被着され又はその上に生成されている。即ち、安定化層は、この種のスプレー操作により、ターゲットプレート上に徐々に構成され、その結果、このスプレー操作により、完全無欠な安定化層が作られている。このような安定化層は、ターゲットプレートの背面でなく、少なくとも部分的に、側面又は周囲面にも被着することができる。
【0016】
高運動エネルギースプレー法は、粉末状の成膜材料を非常に高速で基材に衝突させる方法である。このために、プロセスガス(例えば、窒素、空気、貴ガス、水蒸気)が、ノズル(通常、例えばラバールノズルのようなコンバージェント・ダイバージェントノズル)内での膨張により、加速されて非常に高速になり、次いで、粉末粒子がこのガスジェット内に注入される。或いは、粉末粒子がプロセスガスと一緒に加速される。これらの粒子は、加速されて非常な高速になるので、基材への衝突時に、緻密で、強固に付着する層を形成する。本発明に適した高運動エネルギースプレー法は、例えば、コールドガススプレー法又は水蒸気コーティング法である。
【0017】
高運動エネルギースプレー法で被着された安定化層は、使用された方法に直接的に起因する微細構造を有する。即ち、これらの粉末粒子は、基材への衝突時に冷間変形され、こうして生じた、緻密で強固に付着する層は、元の粉末粒子が引き伸ばされた変形された微細構造を示す。高運動エネルギースプレー法で被着された安定化層は、典型的には、2より大きい、通常は2〜10の、平均アスペクト比を有する。安定化層(元の粉末粒子)の粒径及びこのアスペクト比のいずれも、金属組織学的な研磨断面での線分切断法(Linienschnittverfahren)により簡単に求めることができる。この場合、アスペクト比を決定するために使用される長軸は、スプレーされた層の表面に平行であり、短軸はそれに垂直である。
【0018】
スプレー操作の時間に応じて、厚さが数mm又は数cmまでの安定な層がターゲットプレートに被着される。特に、このスプレー操作は、ターゲット材料又は安定化材料の融点よりも低い、低温で行なわれる。即ち、安定化層のスプレー被着中にターゲットプレートは変形しないか、殆ど変形しない。しかし、このスプレー被着により、ターゲットプレートに応力が持ち込まれ又はスプレー操作の後でも応力が安定化層内に残ることがある。
【0019】
安定化層は、機能性バッキングプレート又は補強要素として機能し、ターゲットプレートの剛性(弾性率)向上又は補強に役立つ。即ち、安定化層を被着することにより、ターゲットプレート又はターゲットの強度及び剛性が向上するので、PVD装置内で使用する時にこのターゲットは変形しないか、殆ど変形しない。このようなPVD装置では、使用されるターゲットは、通常、ターゲットの背面側に配置された柔軟な(変形されうる)冷却プレートにより冷却される。この冷却プレートによりターゲットに圧力が掛かり、これが次にターゲットの変形を引き起こし又はターゲットの強度が小さすぎる場合には、破断を起こすことがある。この作用は、成膜プロセス中にターゲットの厚さが融蝕により減少することによって、更に強くなる。その結果、ターゲットの変形及び/又は破断が起こりやすくなる。強度又は剛性がより向上した安定化層を被着することによって、このような破壊事例を大幅に避けることができる。
【0020】
このようなターゲットをPVD装置で使用する場合に、10W/cm
2を超える高い出力密度の注入に起因する高温及び/又は大きな温度勾配がしばしば現れる。こうして生じた温度又は温度勾配は、このターゲット(又は複数のターゲット)から冷却プレートに排出する必要があり、冷却プレートに大きな熱交換負荷を課す。本発明の実施形態では、安定化層がヒートシンクとして機能する。即ち、PVDプロセス中に基材に面するターゲット面(前面)に発生する熱は、ターゲットプレートよりも高い熱伝導度を有する安定化材料を被着スプレーすることによって、ターゲットを介してより良好に排出することができる。
【0021】
即ち、高運動エネルギースプレー法で被着された安定化層は、以下に述べる効果の少なくとも1つにより、本発明によるターゲットの寿命及び機能にプラスの影響を及ぼす。
−強度の向上
−剛性の向上
−熱伝導度の向上
【0022】
更に、安定化層を被着することにより、切削加工しにくいターゲット材料の場合に、成膜装置内でのターゲットの固定のための仕様に沿ってターゲット背面を機械加工することが容易になる。
【0023】
スプレー操作により、一つには、ターゲットプレートと安定化層との間の非常に安定な結合が得られ、二つには、非常に高密度の安定化層を得ることができる。本発明による方法によって、密度が98%より大きい安定化層を作ることができる。被着された安定化層の相対密度は、浮力法で密度測定を行なうことによって簡単に求めることができる。
【0024】
スプレー操作により、安定化層中のH、N、O元素の含有量が、(原粉末中の含有量に比べて)増加若しくは変化したり又は著しく増加若しくは変化したりすることはない。これらの元素の含有量は、化学分析により求めることができる。
【0025】
本発明による方法は、使用されるターゲットプレートと安定化層に使用される材料との結合が、技術的に制約された製造方法又は技術的な諸制約要件のため、困難な場合に、特に好適である。このことは、ターゲットプレートを構成する材料と安定化層を構成する材料との間で、融点又は変形性が大きく異なる場合に、特に当てはまる。
【0026】
本発明による方法は、アルミニウム系材料、クロム系材料、チタン系材料又はセラミックから成るターゲットプレートに、特に適している。
【0027】
ここで、アルミニウム系材料とは、アルミニウム合金及び少なくとも50原子%のアルミニウムを含有しているアルミニウム複合材料の双方を意味し、この場合、例えば、組成(原子%)は、AlTi 75/25、AlTi 67/33、AlTi 50/50又はAlCr 70/30である。
【0028】
ここで、クロム系材料とは、純クロム、クロム合金及び少なくとも50原子%のクロムを含有しているクロム複合材料を意味し、この場合、例えば、組成(原子%)は、CrB 90/10、CrSi 90/10、CrV 80/20、CrTi 80/20又はCrW 95/5である。
【0029】
ここで、チタン系材料とは、純チタン、チタン合金及び少なくとも50原子%のチタンを含有しているチタン複合材料を意味し、この場合、例えば、組成(原子%)は、TiB 90/10、TiSi 80/20、TiNb 70/30、TiMo 50/50又はTiW 50/50である。
【0030】
ここで、複合材料とは、互いに他に溶融していないか部分的にしか溶融していない多数の成分即ち元素で構成されている材料を意味する。例えば、アルミニウム粒子と包埋されたクロム粒子との圧縮混合物は、アルミニウム・クロム複合体と呼ばれる。
【0031】
本発明によるターゲットにおいてターゲットプレートとして使用されるセラミックは、ここでは、ホウ化物、炭化物、窒化物、珪化物及び酸化物であり、例えば、TiB
2、WC、SiC、TiN、CrSi
2、MoO
3である。
【0032】
本発明によるターゲットにおいて安定化層として使用するのに適した材料は、例えば、銅、黄銅及び青銅を始めとする銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、チタン、チタン合金並びに鋼である。
【0033】
ターゲットプレートとしてのアルミニウム化合物と、安定化層としての銅又は銅合金との組合せは好適である。ターゲットプレートの安定化(弾性変形及び/又は塑性変形の低減)に加えて、銅から成る安定化層が高い熱伝導度を有し、これにより、例えば、ターゲット背面での水冷却による効果的な冷却が可能になる。スプレー被着された銅層の熱伝導度は、バルク銅の熱伝導度と同等である。
【0034】
好適な代替形態では、鋼から成る安定化層が、クロム複合体から成るターゲットプレート上に、配置されている。鋼から成る安定化層は、より高い剛性に加えて、より高い弾性率に基づいて、より高い延性を有し、この高い延性が脆性破壊によるターゲットの破損を防ぐ。
【0035】
これに加えて、本発明の他の形態において、上述した安定化層の上に、第一の層とは異なる剛性、降伏値又は熱伝導度を有する材料から成る1つ又はそれ以上の層を被着することができる。この追加された1つ又はそれ以上の層が同様に高運動エネルギースプレー法で被着されると、即ち、そのような形態において全部の、多層の安定化層がこの方法でターゲットプレート上にスプレーされると、特に好適である。
【0036】
例えば、ある形態では、銅又は銅合金からなる第一の層が、鋼から成るもう1つの層で補完されている。この場合、これらの2つの材料(銅及び鋼)は、2つの異なる効果を有する。即ち、銅は優れた熱伝導性を有しているので、熱が速く排出され、その結果、ターゲット材料が熱的な過負荷を受けない。他方、鋼は銅よりも幾分大きな降伏値を有しており、また、より高い弾性係数により、ターゲット材料が装置固有の圧力に耐えられ、その結果、付加的に、ターゲットを弾性変形からも塑性変形からも保護する。例えば、幾つかの装置では、ターゲットは、冷却水の水圧により押付けられる。この場合、冷却水の圧力は、水回路を真空チャンバーから分離している柔軟な膜を介してターゲットの背面にかかる。こうして、この材料は、押付けられると同時に冷却される、即ち、機械的にも、熱的にも負荷を受ける。
【0037】
他の好適な実施形態では、安定化層の組成が、ターゲットプレートへの距離に連れて、垂直方向に変化している。他の好適な実施形態では、安定化層の組成がターゲットプレートに対して平行方向に、即ち、例えば円板状ターゲットの場合には半径方向に、変化している。
【0038】
例えば、安定化材料の組成がターゲットプレートへのスプレー中に変えられるので、安定化層の成分に関する傾斜分布が得られる。この場合、安定化材料を変更してもよいし、安定化材料を徐々に、例えば合金化により、変化させてもよい。このように調整された傾斜分布により、剛性、強度又は熱伝導度に関する傾斜分布を生じさせることができる。この場合、この傾斜分布は、不連続/段階的に又は連続的に分布することができるし、また、安定化層の一部のみが、又は多層の安定化層の場合には個々の副層が、傾斜分布を有するようにすることもできる。
【0039】
斯くして、例えばある形態では、最初に純銅を安定化材料としてスプレーし、これに次々に1つ又はそれ以上の付加的な成分を添加することができ、これによって、安定化層の剛性及び強度を高めることができる。この例として、Al、Ni、Fe、Mn、Zn、Sn、Cr、Si、Zrのような合金成分を有する銅合金、例えば、CuAl又はCuCrZrがある。
【0040】
同様にして、当然ながら、チタン及びチタン合金、例えば、チタンとバナジウムとの合金を、本発明の実施形態に使用することができる。
【0041】
同様にして、当然ながら、アルミニウム及びアルミニウム合金、例えば、アルミニウムと珪素との合金を、本発明の実施形態に使用することができる。
【0042】
同様にして、当然ながら、徐々に変化した組成を有する鋼を、本発明の実施形態に使用することができる。
【0043】
本発明によるターゲットは、例えば、円形に構成することができ、例えば、50mm〜400mmの直径及び5mm〜40mmの厚さを有することができる。代案として、本発明によるターゲットは四角形に構成することができ、その場合、ターゲットの幅は、好適には、50mm〜250mm、ターゲットの長さは、好適には、200mm〜2,000mmである。
【0044】
ターゲット表面に対する垂直方向の比率、即ち、ターゲットプレートの厚さに対する安定化層の厚さの比は、好適には1/1と1/5の範囲内にあり、特に好適には、1/2〜1/4である。例えば、安定化層の厚さは、1mm〜10mm、好適には2mm〜5mm、の範囲内である。例えば、ターゲットプレートの厚さは、8mmであり、安定化層の厚さは4mmである。
【0045】
安定化層の少なくとも一部がターゲットプレートの縁を超えて横方向に突き出ていると、好適である。安定化層が環状のフランジを形成していると、特に好適である。即ち、スプレーされた安定化層を用いて、ターゲットを、例えばクランプ機構により覆われることなしに、簡単にPVD装置内に、取り付けることができる。代案として、安定化層とターゲットプレートとを横方向にピッタリ並べて構成することができる。
【0046】
好適には、ターゲットプレートの背面が、少なくとも1つの窪み、例えば、1つ(又はそれ以上の)例えば螺旋形の襞(ひだ)、溝及び/又は切れ込み、を有しており、それによって、安定化層を被着する前に、多数の窪み又は突起を有する縦断面が準備される。これらの窪み(突起)により、ターゲットプレートの表面積がより大きくなるので、ターゲットプレートと安定化層との結合が、より安定し、ターゲットの剛性が高められる。このような実施形態は、安定化材料がターゲット材料とは異なる熱膨張係数を有している場合に、特に好適である。これに加えて、これらの窪み又は突起によりもたらされたターゲットプレートの背面の表面積の増大によって、熱排出が改善される。
【0047】
好適な形態では、ターゲットが、ターゲットプレートと安定化層との間に配置された、接着促進のための拡散促進層を有している。このような接着促進層の例は、電気メッキされたニッケルである。
【0048】
本発明によるターゲットの背面は、多くの形態において、例えば磁石収納用のらせん又は切り欠きを有している。
【0049】
ターゲット、特に上述したようなターゲット、を製造するための、本発明による請求項7に記載の方法においては、先ずターゲットプレートが準備される。次に、その背面に、高運動エネルギースプレー法により安定化材料が被着され、その結果、ターゲットプレートの背面に安定化層が製造又は構成される。本発明による方法のために調整すべきパラメータ、例えば、プロセスガス、プロセスガス圧力、プロセス温度、ターゲットプレートからの距離、スプレー角度の選択は、最適化手順において簡単に求めることができる。本発明による方法に使用される粉末又は粉末混合物も、同様に、最適化手順において、その組成、粒径、粒子形状及び粒径分布が求められる。粒径及び粒径分布の決定は、Malvelan Mastersizer2000を用いた乾式測定により簡単に行なわれる。
【0050】
特に好適には、安定化材料をターゲットプレートにスプレーする前に、少なくとも1つの窪みがターゲットプレートの背面に生成され又は製造される。即ち、ターゲットプレート背面が、相互に隣接する多数の窪み、例えば、丸い若しくは四角い穴又は溝、により、異形化される。
【0051】
安定化層を被着する前に、ターゲットプレートと安定化層との結合を更に強めるために、ターゲットプレートに接着促進のための拡散促進層を被着することができる。この層は、例えばメッキ塗装することができるが、他の堆積方法、例えば、PVD又は懸濁液コーティング(Suspensionsbeschichtung)も可能である。
【0052】
安定化材料をスプレーした後で、所望により熱処理を行なうこともでき、ターゲットプレート及び/又は安定化層に内部応力が発生し残留していれば、この熱処理によって、除去することができる。このような随意の熱処理により、ターゲットプレートと安定化層との界面における又は多層の安定化層の場合には副層間の界面における、拡散プロセスが活性化されて、その結果、接着性が更に改善される。
【0053】
好適には、安定化層を被着した後で、相互に結合されたターゲットプレート及び安定化層の最終加工が行なわれる。ターゲットは、例えば、旋盤、フライス及び/又は研削により、加工されて所望の仕上がり寸法を有する。このような機械加工により、例えば、本発明によるターゲットの背面に、ねじを切ることもでき、また、例えば磁石を収納するための窪みを用意することもできる。
【0054】
上述し、また、下述するターゲット及びターゲット製造方法の実施形態の個々の特徴は、任意のやり方で互いに組み合わせることができる。
【0055】
本発明によるターゲットの寸法例
【表1】
【0056】
本発明によるターゲットに使用可能な材料の物性データ
【表2】
【0057】
表1に記載された寸法及び表2に記載された数値の双方とも参考値と理解すべきである。当然ながら、他の寸法及び他の材料も供給可能であり、使用可能である。
【0058】
表2の物性値は、参考値である。というのは、特に弾性限界は、微細構造、合金及び不純物の含有量並びに熱処理状態に強く影響されるからである。
【0059】
図に基づき本発明の実施形態を詳細に説明する。