(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6374088
(24)【登録日】2018年7月27日
(45)【発行日】2018年8月15日
(54)【発明の名称】医療用材料及び癒着防止材
(51)【国際特許分類】
A61L 31/04 20060101AFI20180806BHJP
A61L 31/14 20060101ALI20180806BHJP
A61L 31/12 20060101ALI20180806BHJP
A61L 31/06 20060101ALI20180806BHJP
【FI】
A61L31/04 120
A61L31/14 500
A61L31/12 100
A61L31/14 400
A61L31/14
A61L31/06
【請求項の数】7
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-502469(P2017-502469)
(86)(22)【出願日】2016年2月25日
(86)【国際出願番号】JP2016055654
(87)【国際公開番号】WO2016136884
(87)【国際公開日】20160901
【審査請求日】2017年4月27日
(31)【優先権主張番号】特願2015-38007(P2015-38007)
(32)【優先日】2015年2月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(72)【発明者】
【氏名】礒野 康幸
(72)【発明者】
【氏名】野一色 泰晴
【審査官】
井関 めぐみ
(56)【参考文献】
【文献】
特開平08−208706(JP,A)
【文献】
特開2005−239687(JP,A)
【文献】
特表平04−504978(JP,A)
【文献】
国際公開第2013/018759(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 31/04
A61L 31/06
A61L 31/12
A61L 31/14
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
A61L 27/20
A61L 27/18
A61L 27/50
A61L 27/56
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
補強材と、前記補強材の少なくとも一部に侵入して前記補強材と一体化した膜部分とを備え、
前記膜部分は、第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料からなる膜前駆部分が、第1の酸無水物を含む処理液で、前記第1のポリアニオン性多糖類に新たな共有結合が形成されることなく水不溶化処理されて形成されており、
前記補強材は、生体内分解・吸収性の高分子材料からなる不織布若しくは織布、又は第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料からなる原料成形体が、第2の酸無水物を含む処理液で、前記第2のポリアニオン性多糖類に新たな共有結合が形成されることなく水不溶化処理されて形成されたスポンジ状担体若しくはフェルト状担体である医療用材料。
【請求項2】
前記膜部分の目付量が5〜100g/m2である請求項1に記載の医療用材料。
【請求項3】
糸掛張力が0.1〜20N/cmである請求項1又は2に記載の医療用材料。
【請求項4】
前記第1のポリアニオン性多糖類及び前記第2のポリアニオン性多糖類が、ヒアルロン酸、カルボキシメチルセルロース、及びアルギン酸からなる群より選択される少なくとも一種である請求項1〜3のいずれか一項に記載の医療用材料。
【請求項5】
前記第1の酸無水物及び前記第2の酸無水物が、それぞれ、無水酢酸及び無水プロピオン酸の少なくともいずれかである請求項1〜4のいずれか一項に記載の医療用材料。
【請求項6】
前記高分子材料が、ポリ乳酸、乳酸−カプロラクトン共重合体、及びポリグリコール酸からなる群より選択される少なくとも一種である請求項1〜5のいずれか一項に記載の医療用材料。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の医療用材料に多価アルコール又は多価アルコール水溶液が保持されてなる癒着防止材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用材料、及び癒着防止材に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸やアルギン酸等のポリアニオン性多糖類は、適度な粘性、粘着性、保湿性、及び生体適合性を示すことが知られている。このため、これらのポリアニオン性多糖類及びその塩は、医療用材料、食品用材料、及び化粧品用材料等の原材料として幅広く用いられている。
【0003】
なかでもヒアルロン酸は、保水性などの特徴的な物性に優れているとともに、安全性及び生体適合性が高いことから、食品、化粧品、及び医薬品等の様々な用途に利用されている。例えば医療分野では、ヒアルロン酸は関節潤滑剤や癒着防止材の原料などに利用されている。但し、原料となるヒアルロン酸ナトリウムは水溶性が高いため、用途によっては何らかの不溶化処理を施す必要がある。
【0004】
これまで、カルボキシ基を利用した架橋反応によりヒアルロン酸ナトリウムを水不溶化させる方法について種々検討されている。例えば、特許文献1には、カルボジイミドを用いた架橋反応により、ヒアルロン酸やカルボキシメチルセルロース等のポリアニオン性多糖類の非水溶性誘導体を製造する方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献2及び3には、多価カチオンを用いてイオン結合させることにより、ヒアルロン酸やカルボキシアルキルセルロース等のポリアニオン性多糖類を水不溶化させる方法が記載されている。さらに、特許文献4には、金属塩を用いてカルボキシメチルセルロースをイオン交換し、水不溶化フィルムを得る方法が記載されている。
【0006】
そして、特許文献5には、ヒアルロン酸ナトリウム水溶液を酸性条件下で−20℃に冷却し、分子内架橋を形成させて水不溶化する方法が記載されている。また、特許文献6には、粉末状ヒアルロン酸と無水酢酸とを濃硫酸の存在下で反応させてアセチル化することが記載されている。さらに、特許文献7には、アルコールを含む酸性の液を用いてヒアルロン酸ゲルを製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2003−518167号公報
【特許文献2】特開平5−124968号公報
【特許文献3】特開2008−13510号公報
【特許文献4】特開平6−128395号公報
【特許文献5】特開2003−252905号公報
【特許文献6】特開平8−53501号公報
【特許文献7】特開平5−58881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では架橋剤を用いるため、医薬品等の人体に付与される用途等の安全性を考慮する場合には適用が困難な場合が多い。また、特許文献2〜4には、得られたフィルム等の水不溶性の程度については一切記載されていない。
【0009】
さらに、特許文献5に記載の方法では、ヒアルロン酸ナトリウム水溶液のpHを1.2程度に調整する必要があるとともに、粘度が著しく上昇するため、成形等の取扱いが困難である。また、長期間にわたって凍結乾燥するため、冷却に要する電力コストの面においても課題があった。さらに、ヒアルロン酸ナトリウム水溶液を酸性条件下におくと粘度が急激に上昇するため、成形が困難になり、用途が限定される場合がある。なお、特許文献5においては、分子内の架橋構造を確認しているが、不溶化の程度については言及していない。
【0010】
また、特許文献6には、得られたヒアルロン酸のアセチル化物の水不溶性の程度については一切記載されていない。さらに、特許文献7に記載の方法で得られるヒアルロン酸ゲルは多量の水分を含むため、持ち上げることも難しい。このため、成形体の形状を維持したまま不溶化することは困難である。
【0011】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、原料であるポリアニオン性多糖類本来の特性が保持されているとともに、製造時に化学架橋剤を用いる必要がないため安全性が高く、かつ、縫合等が可能な適度な強度を有する医療用材料及び癒着防止材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明によれば、以下に示す医療用材料が提供される。
[1]補強材と、前記補強材の少なくとも一部に侵入して前記補強材と一体化した膜部分とを備え、前記膜部分は、第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料からなる膜前駆部分が、第1の酸無水物を含む処理液で水不溶化処理されて形成されており、前記補強材は、生体内分解・吸収性の高分子材料からなる不織布若しくは織布、又は第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料からなる原料成形体が、第2の酸無水物を含む処理液で水不溶化処理されて形成されたスポンジ状担体若しくはフェルト状担体である医療用材料。
[2]前記膜部分の目付量が5〜100g/m
2である前記[1]に記載の医療用材料。
[3]糸掛張力が0.1〜20N/cmである前記[1]又は[2]に記載の医療用材料。
[4]前記第1のポリアニオン性多糖類及び前記第2のポリアニオン性多糖類が、ヒアルロン酸、カルボキシメチルセルロース、及びアルギン酸からなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]〜[3]のいずれかに記載の医療用材料。
[5]前記第1の酸無水物及び前記第2の酸無水物が、それぞれ、無水酢酸及び無水プロピオン酸の少なくともいずれかである前記[1]〜[4]のいずれかに記載の医療用材料。
[6]前記高分子材料が、ポリ乳酸、乳酸−カプロラクトン共重合体、及びポリグリコール酸からなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]〜[5]のいずれかに記載の医療用材料。
【0013】
また、本発明によれば、以下に示す癒着防止材が提供される。
[7]前記[1]〜[6]のいずれかに記載の医療用材料に多価アルコール又は多価アルコール水溶液が保持されてなる癒着防止材。
【発明の効果】
【0014】
本発明の医療用材料及び癒着防止材は、原料であるポリアニオン性多糖類本来の特性が保持されているとともに、製造時に化学架橋剤を用いる必要がないため安全性が高く、かつ、縫合等が可能な適度な強度を有する。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
【0016】
(医療用材料)
本発明の医療用材料は、補強材と、補強材の少なくとも一部に侵入して補強材と一体化した膜部分とを備える。膜部分は、膜前駆部分が所定の処理液で水不溶化処理されることで形成されている。そして、膜前駆部分は、第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料によって形成されている。第1のポリアニオン性多糖類は、カルボキシ基やスルホン酸基等の負電荷を帯びた1以上のアニオン性基をその分子構造中に有する多糖類である。また、第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩は、第1のポリアニオン性多糖類中のアニオン性基の少なくとも一部が塩を形成したものである。なお、第1のポリアニオン性多糖類中のアニオン性基は、多糖類の分子中に導入されたものであってもよい。
【0017】
第1のポリアニオン性多糖類の具体例としては、カルボキシメチルセルロースやカルボキシエチルセルロース等のカルボキシアルキルセルロース、カルボキシメチルでんぷん、カルボキシメチルアミロース、コンドロイチン硫酸(コンドロイチン−4−硫酸及びコンドロイチン−6−硫酸を含む)、ヒアルロン酸、ヘパリン、ヘパリン硫酸、ヘパラン硫酸、アルギン酸、ペクチン、カラギーナン、デルマタン硫酸、及びデルマタン−6−硫酸等を挙げることができる。これらの第1のポリアニオン性多糖類は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0018】
第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩としては、無機塩、アンモニウム塩、及び有機アミン塩等を挙げることができる。無機塩の具体例としては、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属塩;カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩;亜鉛、鉄等の金属塩等を挙げることができる。
【0019】
膜前駆部分を水不溶化処理するために用いる処理液は、第1の酸無水物を含有する。酸無水物の具体例としては、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水コハク酸、無水酪酸、無水フタル酸、及び無水マレイン酸等を挙げることができる。なかでも、無水酢酸及び無水プロピオン酸が好ましい。これらの酸無水物は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0020】
処理液は、水及び水溶性有機溶媒の少なくともいずれかの媒体をさらに含むとともに、この媒体中に第1の酸無水物が溶解又は分散していることが好ましい。このような媒体中に第1の酸無水物が溶解又は分散した処理液を使用することで、膜前駆部分を十分かつ速やかに水不溶化させて膜部分を形成することができる。
【0021】
水溶性有機溶媒の具体例としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、アセトニトリル、及びテトラヒドロフラン等を挙げることができる。なかでも、メタノール、エタノール、及びジメチルスルホキシドが好ましい。これらの水溶性有機溶媒は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0022】
処理液中の第1の酸無水物の濃度は、通常、0.1〜50質量%であり、5〜30質量%であることが好ましい。第1の酸無水物の濃度が0.1質量%未満であると、形成される膜部分の水不溶化の程度が不十分になる、或いは水不溶化に長時間を要する傾向にある。一方、第1の酸無水物の濃度が50質量%を超えると、効果が頭打ちになる傾向にある。
【0023】
第1のポリアニオン性多糖類は親水性が高いため、膜前駆部分をより十分かつ速やかに水不溶化させる観点から、処理液が媒体として水を含有することが好ましい。処理液中の水の含有量は、膜前駆部分が溶解又は膨潤しない程度とすることが好ましい。具体的には、処理液中の水の含有量は、0.01〜50質量%であることが好ましく、5〜20質量%であることがさらに好ましい。処理液中の水の含有量が0.01質量%未満であると、メタノール以外の溶媒では水不溶化が不十分となる場合がある。また、処理液中の水の含有量が50質量%超であると、形成される膜部分の形状維持が困難となる場合がある。
【0024】
本発明の医療用材料を構成する補強材は、(i)生体内分解・吸収性の高分子材料からなる不織布若しくは織布、又は(ii)第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料からなる原料成形体が、第2の酸無水物を含む処理液で水不溶化処理されて形成されたスポンジ状担体若しくはフェルト状担体である。
【0025】
本発明の医療用材料は、補強材と膜部分を備えており、膜部分が補強材の少なくとも一部に侵入して補強材と一体化した構造を有するため、縫合等が可能な適度な強度を有する。例えば、本発明の医療用材料の糸掛張力は、好ましくは0.1〜20N/cm、さらに好ましくは10〜20N/cmである。糸掛張力が低すぎると、固定後に補強材が破損する可能性がある。また、固定に用いる縫合糸と比較して著しく高い糸掛張力である必要はない。
【0026】
また、膜部分の目付量は、5〜100g/m
2であることが好ましく、20〜50g/m
2であることがさらに好ましい。医療用材料を構成する膜部分の目付量を上記の範囲とすることで、癒着防止材として用いた場合の効果(癒着防止効果)と、縫合等が可能な強度とのバランスが良好になる。
【0027】
不織布及び織布を構成する生体内分解・吸収性の高分子材料としては、ポリ乳酸、乳酸−カプロラクトン共重合体、及びポリグリコール酸からなる群より選択される少なくとも一種を用いることが好ましい。一般的に、ポリ乳酸等の高分子材料からなる不織布等を生体の患部に留置しても、癒着を抑制又は防止する効果を得ることはできない。しかし、ポリ乳酸等の高分子材料からなる不織布等の補強材と、第1のポリアニオン性多糖類を用いて形成した膜部分とを組み合わせて構成された本発明の医療用材料は、第1のポリアニオン性多糖類の特性が発揮され、有効な癒着防止効果を得ることができる。
【0028】
スポンジ状担体及びフェルト状担体は、第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料からなる原料成形体が、第2の酸無水物を含む処理液で水不溶化処理されて形成される。第2のポリアニオン性多糖類としては、前述の第1のポリアニオン性多糖類と同様のものを用いることができる。第1のポリアニオン性多糖類と第2のポリアニオン性多糖類は、同一であっても異なっていてもよい。また、第2の酸無水物としては、前述の第1の酸無水物と同様のものを用いることができる。第1の酸無水物と第2の酸無水物は、同一であっても異なっていてもよい。
【0029】
スポンジ状担体を製造するには、例えば、第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の水溶液を適当な容器に流し入れた後、乾燥又は凍結乾燥することによってスポンジ状の原料成形体を形成する。そして、このスポンジ状の原料成形体を第2の酸無水物を含む処理液で水不溶化処理すれば、スポンジ状担体を得ることができる。また、フェルト状担体は、上記のようにして得られたスポンジ状担体を、例えばプレス処理すること等によって得ることができる。
【0030】
本発明の医療用材料を製造するには、まず、第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料に補強材を浸漬し、補強材の少なくとも一部に原材料を染み込ませる。次いで、乾燥等することで、補強材と、補強材の少なくとも一部に侵入して補強材と一体化した膜前駆部分とを備えた複合膜を得る。その後、第1の酸無水物を含む処理液を用いて膜前駆部分を水不溶化処理して膜部分を形成すれば、本発明の医療用材料を得ることができる。なお、第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料には、さらに、硫酸バリウム等の造影剤をはじめとするX線不透過剤を含有させてもよい。
【0031】
第1の酸無水物を含む処理液で複合膜を処理することによって
、その形状を維持したまま膜前駆部分が水不溶化される。複合膜を処理液で処理する方法は特に限定されないが、複合膜の全体に処理液が接触するとともに、膜前駆部分の内部にまで処理液が浸透するように処理することが好ましい。具体的な処理方法としては、複合膜を処理液中に浸漬する、複合膜に処理液を塗布又は吹き付ける(噴霧する)等の方法を挙げることができる。
【0032】
水不溶化処理の際の温度は、処理液の沸点を超えない温度であればよく、特に限定されない。ポリアニオン性多糖類の分解変性を抑制する観点、及び媒体や副生成物等の揮散を抑制する観点からは、水不溶化処理の際の温度は0〜80℃とすることが好ましく、0〜70℃とすることがさらに好ましく、室温(25℃)〜60℃とすることが特に好ましい。但し、水不溶化処理の際に処理液が揮散しない条件、例えば、ヒートプレスや熱ローラー等により処理すれば、分解変性等が生ずることなく、より短時間で医療用材料を得ることができる。例えば、ヒートプレスや熱ローラー等により水不溶化処理する場合、水不溶化処理の際の温度は50〜90℃とすることが好ましく、処理時間は30分以下とすることが好ましい。水不溶化処理後、必要に応じて水や水溶性有機溶媒等を用いて洗浄すること等によって、本発明の医療用材料を得ることができる。
【0033】
ポリアニオン性多糖類のナトリウム塩を用いて形成した膜前駆部分を、無水酢酸のアルコール溶液で処理した場合に想定される反応を以下に示す。なお、想定した反応が水不溶化の一つの要因とはなりうるが、他の水不溶化要因との組み合わせ、あるいは全く別の要因により水不溶化している可能性もある。すなわち、本発明は想定される以下の反応によって何ら限定されるものではない。
【0035】
反応式(1)中、R
1はポリアニオン性多糖類の主鎖を示し、R
2はアルコールの主鎖を示す。無水酢酸はアルコール存在下で開裂する際に、ポリアニオン性多糖類のナトリウムを奪い、カルボキシ基がナトリウム塩型から酸型となる。この点については、Na含量の測定又はアルカリ溶液による滴定によって確認することができる。
【0036】
反応系に水が存在する場合には、上記反応式(1)で示される反応の他に、下記式(2)で示される反応が同時に進行し、カルボキシ基がナトリウム塩型から酸型となると予想される。
【0038】
なお、得られる医療用材料の膜部分においては、分子中のすべてのアニオン性基が酸型となっていなくてもよい。
【0039】
ポリアニオン性多糖類の水溶性塩を用いて形成した成形体等を塩酸等の無機酸や酢酸等の有機酸に浸漬しても、十分に水不溶化した成形体を得ることは極めて困難である。また、処理液中の酸無水物を、この酸無水物に対応する酸に置き換えても水不溶化した成形体を得ることはできない。このことから、ポリアニオン性多糖類のアニオン基が酸型に変化する以外の要因も加わって水不溶化すると予想される。
【0040】
本発明の医療用材料は、製造時に化学的架橋剤を用いる必要がないため、分子中に化学的架橋剤に由来する官能基等の構造が取り込まれることがない。このため、本発明の医療用材料は、原料であるポリアニオン性多糖類本来の特性が保持されているとともに、安全性が高い。したがって、本発明の医療用材料は癒着防止材等として好適である。なお、本発明の医療用材料を癒着防止材の構成材料として用いる場合、医療用材料の厚さは特に限定されないが、好ましくは20〜200μmであり、さらに好ましくは60〜120μmである。
【0041】
本発明の医療用材料を構成するポリアニオン性多糖類の分子は、実質的に架橋していない。さらに、ポリアニオン性多糖類には、新たな共有結合が実質的に形成されていない。但し、ポリアニオン性多糖類の分子間には、水素結合、疎水結合、及びファンデルワールス力などの物理的結合が形成されていると推測される。そのような物理的結合がポリアニオン性多糖類の分子間で形成されている点については、赤外吸収スペクトルを測定することによって確認することができる。
【0042】
本発明の医療用材料を構成する膜部分は、酸性からアルカリ性までの広範なpH域において安定して水不溶性なものである。但し、本発明の医療用材料を構成する膜部分は、例えばpH12以上の水性媒体に接触又は浸漬等した場合には、分子間同士の物理的結合が解離して容易に溶解しうる。
【0043】
(癒着防止材)
本発明の癒着防止材は、前述の医療用材料に多価アルコール又は多価アルコール水溶液が保持されてなるものである。多価アルコールの具体例としては、エチレングルコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、メチルグリセロール、ポリオキシエレングリコシド、マルチトール、マンニトール、キシリトール、ソルビトール、還元水飴、ジプロピレングリコール、ブチレングリコール、バリン、プロピレングリコール、グリセリン(グリセロール)、ポリグリセリン、グリセリン脂肪酸エステル等を挙げることができる。なかでも、グリセリン、キシリトール、ソルビトール、低分子ポリエチレングリコール等、医療分野や食品分野で使用されている多価アルコールが好適に用いられる。これらの好適に用いられる多価アルコールは、市場から入手してそのまま使用できる。グリセリン、ソルビトール等については、日本薬局方に適合したものを用いることが望ましい。グリセリンは、静脈への注射剤としても使用されるほど安全性の高い素材であるために特に好ましい。
【0044】
医療用材料に多価アルコール又は多価アルコール水溶液を保持させる方法としては、例えば、医療用材料を多価アルコール又は所定濃度の多価アルコール水溶液に浸漬する方法等がある。すなわち、医療用材料を多価アルコール水溶液に浸漬し、膜部分の内部を多価アルコール水溶液で置換することで、所望とする濃度の多価アルコール水溶液を保持させて、所望とする本発明の癒着防止材を得ることができる。なお、本発明の癒着防止材の厚さは特に限定されないが、好ましくは20〜2000μmであり、さらに好ましくは60〜1200μmである。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0046】
(実施例1)
植物原料由来のポリ乳酸織布(メッシュカウント97本/インチ、開口率62%、厚さ90μm)を縦12cm×横10cmの大きさに切断し、ステンレストレイに敷いた。1%ヒアルロン酸ナトリウム(分子量80万Da)水溶液30mLをトレイに流し込み、ポリ乳酸織布に染み込ませた後、20℃の恒温槽内で乾燥させて、ポリ乳酸織布−ヒアルロン酸ナトリウムの複合膜を得た。得られた複合膜を処理液(20%無水酢酸/80%エタノール溶液)に浸漬し、50℃で1時間放置して水不溶化処理して、厚さ約100μmのポリ乳酸織布−ヒアルロン酸複合膜(医療用材料)を得た。得られたポリ乳酸織布−ヒアルロン酸複合膜の膜部分(ヒアルロン酸)の目付量は40g/m
2であり、糸掛張力は12.1N/cmであった。
【0047】
(実施例2)
ポリ乳酸織布に代えて、ポリグリコール酸不織布(商品名「Biofelt」、コアフロント社製、厚さ1mm)を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして厚さ約1000μmのポリグリコール酸織布−ヒアルロン酸複合膜(医療用材料)を得た。得られたポリグリコール酸織布−ヒアルロン酸複合膜の膜部分(ヒアルロン酸)の目付量は70g/m
2であり、糸掛張力は19.5N/cmであった。
【0048】
(実施例3)
1%ヒアルロン酸ナトリウム(分子量80万Da)水溶液50mLを縦12cm×横10cmのステンレストレイに流し込み、−80℃冷凍庫内で凍結させた。凍結したものを真空凍結乾燥(真空度−20Pa、棚温度25℃)し、ヒアルロン酸ナトリウムからなるスポンジ状担体を得た。得られたスポンジ状担体を処理液(20%無水酢酸/80%エタノール溶液)に浸漬し、50℃で1時間放置して水不溶化処理して、ヒアルロン酸からなるスポンジ状担体を得た。得られたスポンジ状担体に1%ヒアルロン酸ナトリウム(分子量80万Da)水溶液50mLを染み込ませた後、20℃の恒温槽内で乾燥させて、スポンジ状担体−ヒアルロン酸ナトリウムの複合膜を得た。得られた複合膜を処理液(20%無水酢酸/80%エタノール溶液)に浸漬し、50℃で1時間放置して水不溶化処理して、厚さ約120μmのスポンジ状担体−ヒアルロン酸複合膜(医療用材料)を得た。得られたスポンジ状担体−ヒアルロン酸複合膜の膜部分(ヒアルロン酸)の目付量は50g/m
2であり、糸掛張力は10.5N/cmであった。
【0049】
(実施例4)
手動プレス機を使用して実施例3で得たヒアルロン酸からなるスポンジ状担体を約10kgfでプレスし、フェルト状担体を得た。そして、ヒアルロン酸からなるスポンジ状担体に代えて、上記で得られたフェルト状担体を用いたこと以外は、前述の実施例3と同様にして、厚さ約90μmのフェルト状担体−ヒアルロン酸複合膜(医療用材料)を得た。得られたフェルト状担体−ヒアルロン酸複合膜の膜部分(ヒアルロン酸)の目付量は50g/m
2であり、糸掛張力は13.4N/cmであった。
【0050】
(評価1:溶解度試験)
各実施例で製造した複合膜を2cm角に切断し、直径3.5cm、深さ1.5cmの容器に入れ、PBS緩衝液(pH6.8)5mLを加えた。この容器を37℃に調整した振盪機に入れ、10〜20rpmで振盪し、経時的な状態変化を目視観察した。その結果、いずれの複合膜についても、72時間後であっても膜の原形が保持されており、水不溶化されていることが分かった。また、72時間後の膨潤率(膨潤膜/乾燥膜(質量比))は2.3であった。
【0051】
(実施例5)
実施例1で製造した複合膜を、10体積%グリセリン水溶液に浸漬した後、風乾して滅菌用袋に封入した。25kGyの放射線を照射して滅菌用袋ごと滅菌して厚さ約100μmの癒着防止膜を得た。成犬(ビーグル犬、雌、1.5歳、体重約10kg)を全身麻酔処置後に開腹し、腹側壁表皮を3cm角に剥離した。剥離部分を覆うように癒着防止膜を配置して閉腹した。2週間後、同犬を全身麻酔処置後に開腹したところ、癒着は発生していなかった。また、犬の体内に配置(埋植)した癒着防止膜は、埋植後2週間で消失していた。これは、生体内のナトリウムイオン等によって癒着防止膜を構成するヒアルロン酸のカルボキシ基が徐々に中和され、可溶性のヒアルロン酸塩に変化して溶解し、生体内に吸収されたものと推測される。これに対して、癒着防止膜を配置することなく閉腹した犬については、剥離部分と腸に癒着が生じていることが観察された。また、上記の癒着防止膜に代えてポリ乳酸織布のみを配置して閉腹した犬についても、剥離部分と腸に癒着が生じていることが観察された。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の医療用材料は、癒着防止材を構成するための素材として有用である。