特許第6374089号(P6374089)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6374089-医療用・美容材料及び癒着防止材 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6374089
(24)【登録日】2018年7月27日
(45)【発行日】2018年8月15日
(54)【発明の名称】医療用・美容材料及び癒着防止材
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/04 20060101AFI20180806BHJP
   A61L 31/14 20060101ALI20180806BHJP
   A61L 31/12 20060101ALI20180806BHJP
   A61K 8/73 20060101ALI20180806BHJP
【FI】
   A61L31/04 120
   A61L31/14 500
   A61L31/12 110
   A61K8/73
【請求項の数】6
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-502471(P2017-502471)
(86)(22)【出願日】2016年2月25日
(86)【国際出願番号】JP2016055656
(87)【国際公開番号】WO2016136886
(87)【国際公開日】20160901
【審査請求日】2017年4月27日
(31)【優先権主張番号】特願2015-38009(P2015-38009)
(32)【優先日】2015年2月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(72)【発明者】
【氏名】礒野 康幸
(72)【発明者】
【氏名】野一色 泰晴
【審査官】 井関 めぐみ
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2000/049084(WO,A1)
【文献】 特開2005−239687(JP,A)
【文献】 特表平04−504978(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/018759(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 31/04
A61K 8/73
A61L 31/12
A61L 31/14
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する基剤と、
前記基剤中に分散した、第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の粉末が、酸無水物及び水を含む処理液で、前記第2のポリアニオン性多糖類に新たな共有結合が形成されることなく水不溶化処理されて形成された粉末と、を含有する医療用・美容材料。
【請求項2】
前記基剤が、前記第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の水溶液である請求項1に記載の医療用・美容材料。
【請求項3】
前記基剤が、前記第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料からなる膜状成形体である請求項1に記載の医療用・美容材料。
【請求項4】
前記第1のポリアニオン性多糖類及び前記第2のポリアニオン性多糖類が、それぞれ、ヒアルロン酸、カルボキシメチルセルロース、及びアルギン酸からなる群より選択される少なくとも一種である請求項1〜3のいずれか一項に記載の医療用・美容材料。
【請求項5】
前記酸無水物が、無水酢酸及び無水プロピオン酸の少なくともいずれかである請求項1〜4のいずれか一項に記載の医療用・美容材料。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれか一項に記載の医療用・美容材料に多価アルコール又は多価アルコール水溶液が保持されてなる癒着防止材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用・美容材料、及び癒着防止材に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸やアルギン酸等のポリアニオン性多糖類は、適度な粘性、粘着性、保湿性、及び生体適合性を示すことが知られている。このため、これらのポリアニオン性多糖類及びその塩は、医療用材料、食品用材料、及び化粧品用材料等の原材料として幅広く用いられている。
【0003】
なかでもヒアルロン酸は、保水性などの特徴的な物性に優れているとともに、安全性及び生体適合性が高いことから、食品、化粧品、及び医薬品等の様々な用途に利用されている。例えば医療分野では、ヒアルロン酸は関節潤滑剤や癒着防止材の原料などに利用されている。但し、原料となるヒアルロン酸ナトリウムは水溶性が高いため、用途によっては何らかの不溶化処理を施す必要がある。
【0004】
これまで、カルボキシ基を利用した架橋反応によりヒアルロン酸ナトリウムを水不溶化させる方法について種々検討されている。例えば、特許文献1には、カルボジイミドを用いた架橋反応により、ヒアルロン酸やカルボキシメチルセルロース等のポリアニオン性多糖類の非水溶性誘導体を製造する方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献2及び3には、多価カチオンを用いてイオン結合させることにより、ヒアルロン酸やカルボキシアルキルセルロース等のポリアニオン性多糖類を水不溶化させる方法が記載されている。さらに、特許文献4には、金属塩を用いてカルボキシメチルセルロースをイオン交換し、水不溶化フィルムを得る方法が記載されている。
【0006】
そして、特許文献5には、ヒアルロン酸ナトリウム水溶液を酸性条件下で−20℃に冷却し、分子内架橋を形成させて水不溶化する方法が記載されている。また、特許文献6には、粉末状ヒアルロン酸と無水酢酸とを濃硫酸の存在下で反応させてアセチル化することが記載されている。さらに、特許文献7には、アルコールを含む酸性の液を用いてヒアルロン酸ゲルを製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2003−518167号公報
【特許文献2】特開平5−124968号公報
【特許文献3】特開2008−13510号公報
【特許文献4】特開平6−128395号公報
【特許文献5】特開2003−252905号公報
【特許文献6】特開平8−53501号公報
【特許文献7】特開平5−58881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では架橋剤を用いるため、医薬品等の人体に付与される用途等の安全性を考慮する場合には適用が困難な場合が多い。また、特許文献2〜4には、得られたフィルム等の水不溶性の程度については一切記載されていない。
【0009】
さらに、特許文献5に記載の方法では、ヒアルロン酸ナトリウム水溶液のpHを1.2程度に調整する必要があるとともに、粘度が著しく上昇するため、成形等の取扱いが困難である。また、長期間にわたって凍結乾燥するため、冷却に要する電力コストの面においても課題があった。さらに、ヒアルロン酸ナトリウム水溶液を酸性条件下におくと粘度が急激に上昇するため、成形が困難になり、用途が限定される場合がある。なお、特許文献5においては、分子内の架橋構造を確認しているが、不溶化の程度については言及していない。
【0010】
また、特許文献6には、得られたヒアルロン酸のアセチル化物の水不溶性の程度については一切記載されていない。さらに、特許文献7に記載の方法で得られるヒアルロン酸ゲルは多量の水分を含むため、持ち上げることも難しい。このため、成形体の形状を維持したまま不溶化することは困難である。
【0011】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、原料であるポリアニオン性多糖類本来の特性が保持されているとともに、製造時に化学架橋剤を用いる必要がないため安全性が高く、かつ、水不溶性のポリアニオン性多糖類の粉末を患部に均等に留置させることが可能な医療用・美容材料及び癒着防止材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明によれば、以下に示す医療用・美容材料が提供される。
[1]第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する基剤と、前記基剤中に分散した、第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の粉末が、酸無水物を含む処理液で水不溶化処理されて形成された粉末と、を含有する医療用・美容材料。
[2]前記基剤が、前記第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の水溶液である前記[1]に記載の医療用・美容材料。
[3]前記基剤が、前記第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料からなる膜状成形体である前記[1]に記載の医療用・美容材料。
[4]前記第1のポリアニオン性多糖類及び前記第2のポリアニオン性多糖類が、それぞれ、ヒアルロン酸、カルボキシメチルセルロース、及びアルギン酸からなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]〜[3]のいずれかに記載の医療用・美容材料。
[5]前記酸無水物が、無水酢酸及び無水プロピオン酸の少なくともいずれかである前記[1]〜[4]のいずれかに記載の医療用・美容材料。
【0013】
また、本発明によれば、以下に示す癒着防止材が提供される。
[6]前記[3]〜[5]のいずれかに記載の医療用・美容材料に多価アルコール又は多価アルコール水溶液が保持されてなる癒着防止材。
【発明の効果】
【0014】
本発明の医療用・美容材料は、原料であるポリアニオン性多糖類本来の特性が保持されているとともに、製造時に化学架橋剤を用いる必要がないため安全性が高く、かつ、水不溶性のポリアニオン性多糖類の粉末を患部に均等に留置させることが可能なものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】ヒアルロン酸ナトリウムの粉末(左側)及び実施例2で得たヒアルロン酸粉末−ヒアルロン酸ナトリウム複合膜(右側)の状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
【0017】
(医療用・美容材料)
本発明の医療用・美容材料は、第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する基剤と、この基剤中に分散した粉末とを含有する。第1のポリアニオン性多糖類は、カルボキシ基やスルホン酸基等の負電荷を帯びた1以上のアニオン性基をその分子構造中に有する多糖類である。また、第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩は、第1のポリアニオン性多糖類中のアニオン性基の少なくとも一部が塩を形成したものである。なお、第1のポリアニオン性多糖類中のアニオン性基は、多糖類の分子中に導入されたものであってもよい。
【0018】
第1のポリアニオン性多糖類の具体例としては、カルボキシメチルセルロースやカルボキシエチルセルロース等のカルボキシアルキルセルロース、カルボキシメチルでんぷん、カルボキシメチルアミロース、コンドロイチン硫酸(コンドロイチン−4−硫酸及びコンドロイチン−6−硫酸を含む)、ヒアルロン酸、ヘパリン、ヘパリン硫酸、ヘパラン硫酸、アルギン酸、ペクチン、カラギーナン、デルマタン硫酸、及びデルマタン−6−硫酸等を挙げることができる。これらの第1のポリアニオン性多糖類は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0019】
第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩としては、無機塩、アンモニウム塩、及び有機アミン塩等を挙げることができる。無機塩の具体例としては、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属塩;カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩;亜鉛、鉄等の金属塩等を挙げることができる。
【0020】
基剤の具体例としては、(i)第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の水溶液、(ii)第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料からなる膜状成形体等を挙げることができる。基剤が(i)の水溶液である場合、本発明の医療用・美容材料の性状は液状、ペースト状等である。また、基剤が(ii)の膜状成形体である場合、本発明の医療用・美容材料の性状は固体状(膜状、シート状)等である。
【0021】
基剤中に分散した粉末は、第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の粉末が、酸無水物を含む処理液で水不溶化処理されて形成されたものである。第2のポリアニオン性多糖類としては、前述の第1のポリアニオン性多糖類と同様のものを用いることができる。第1のポリアニオン性多糖類と第2のポリアニオン性多糖類は、同一であっても異なっていてもよい。
【0022】
第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の粉末を水不溶化処理するために用いる処理液は、酸無水物を含有する。酸無水物の具体例としては、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水コハク酸、無水酪酸、無水フタル酸、及び無水マレイン酸等を挙げることができる。なかでも、無水酢酸及び無水プロピオン酸が好ましい。これらの酸無水物は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0023】
処理液は、水及び水溶性有機溶媒の少なくともいずれかの媒体をさらに含むとともに、この媒体中に酸無水物が溶解又は分散していることが好ましい。このような媒体中に酸無水物が溶解又は分散した処理液を使用することで、第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の粉末を十分かつ速やかに水不溶化させることができる。
【0024】
水溶性有機溶媒の具体例としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、アセトニトリル、及びテトラヒドロフラン等を挙げることができる。なかでも、メタノール、エタノール、及びジメチルスルホキシドが好ましい。これらの水溶性有機溶媒は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0025】
処理液中の酸無水物の濃度は、通常、0.1〜50質量%であり、5〜30質量%であることが好ましい。酸無水物の濃度が0.1質量%未満であると、水不溶化の程度が不十分になる、或いは水不溶化に長時間を要する傾向にある。一方、酸無水物の濃度が50質量%を超えると、効果が頭打ちになる傾向にある。
【0026】
第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の粉末をより十分かつ速やかに水不溶化させる観点から、処理液が媒体として水を含有することが好ましい。処理液中の水の含有量は、0.01〜50質量%であることが好ましく、5〜20質量%であることがさらに好ましい。処理液中の水の含有量が0.01質量%未満であると、メタノール以外の溶媒では水不溶化が不十分となる場合がある。また、処理液中の水の含有量が50質量%超であると、第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の粉末が溶解しやすくなる場合がある。
【0027】
水不溶化処理の際の温度は、処理液の沸点を超えない温度であればよく、特に限定されない。ポリアニオン性多糖類の分解変性を抑制する観点、及び媒体や副生成物等の揮散を抑制する観点からは、水不溶化処理の際の温度は0〜80℃とすることが好ましく、0〜70℃とすることがさらに好ましく、室温(25℃)〜60℃とすることが特に好ましい。但し、水不溶化処理の際に処理液が揮散しない条件、例えば、ヒートプレスや熱ローラー等により処理すれば、分解変性等が生ずることなく、より短時間で医療用材料を得ることができる。例えば、ヒートプレスや熱ローラー等により水不溶化処理する場合、水不溶化処理の際の温度は50〜90℃とすることが好ましく、処理時間は30分以下とすることが好ましい。水不溶化処理後、必要に応じて水や水溶性有機溶媒等を用いて洗浄すること等によって、基剤中に分散させる粉末を得ることができる。
【0028】
ポリアニオン性多糖類のナトリウム塩の粉末を、無水酢酸のアルコール溶液で処理した場合に想定される反応を以下に示す。なお、想定した反応が水不溶化の一つの要因とはなりうるが、他の水不溶化要因との組み合わせ、あるいは全く別の要因により水不溶化している可能性もある。すなわち、本発明は想定される以下の反応によって何ら限定されるものではない。
【0029】
【0030】
反応式(1)中、R1はポリアニオン性多糖類の主鎖を示し、R2はアルコールの主鎖を示す。無水酢酸はアルコール存在下で開裂する際に、ポリアニオン性多糖類のナトリウムを奪い、カルボキシ基がナトリウム塩型から酸型となる。この点については、Na含量の測定又はアルカリ溶液による滴定によって確認することができる。
【0031】
反応系に水が存在する場合には、上記反応式(1)で示される反応の他に、下記式(2)で示される反応が同時に進行し、カルボキシ基がナトリウム塩型から酸型となると予想される。
【0032】
【0033】
なお、得られる医療用・美容材料においては、分子中のすべてのアニオン性基が酸型となっていなくてもよい。
【0034】
ポリアニオン性多糖類の水溶性塩の粉末を塩酸等の無機酸や酢酸等の有機酸に浸漬しても、十分に水不溶化した粉末を得ることは極めて困難である。また、処理液中の酸無水物を、この酸無水物に対応する酸に置き換えても水不溶化した粉末を得ることはできない。このことから、ポリアニオン性多糖類のアニオン基が酸型に変化する以外の要因も加わって水不溶化すると予想される。
【0035】
第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の粉末を水不溶化処理して得た粉末と、第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の水溶液とを混合し、適宜撹拌等すれば、液状又はペースト状の医療用・美容材料を得ることができる。また、第2のポリアニオン性多糖類の水溶性塩の粉末を水不溶化処理して得た粉末と、第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料とを混合した後、膜状に成形して乾燥すれば、固体状(膜状、シート状)の医療用・美容材料を得ることができる。
【0036】
液状又はペースト状の医療用・美容材料は、例えば、関節機能改善剤や皮下注入用美容材料等として使用することができる。本発明の液状又はペースト状の医療用・美容材料が患部に注入又は塗布されると、基剤は生体内で分解及び吸収されるが、水不溶性のポリアニオン性多糖類の粉末は患部にそのまま残留する。このため、本発明の液状又はペースト状の医療用・美容材料を用いれば、水不溶性のポリアニオン性多糖類の粉末を噴霧等の手法で患部に注入又は塗布する場合に比べて、より均一かつ適切な範囲に水不溶性のポリアニオン性多糖類の粉末を留置することができる。また、水不溶性のポリアニオン性多糖類の粉末は、体内の中和作用により徐々に水溶性の塩に変化し、吸収代謝される。このため、本発明の液状又はペースト状の医療用・美容材料を用いれば、処置部(患部)で長期にわたってゆっくりとその効果を維持発揮する徐放システムが実現される。
【0037】
また、固体状(膜状、シート状)の医療用・美容材料は、例えば、癒着防止材の素材として使用することができる。本発明の固体状(膜状、シート状)の医療用・美容材料を用いて得た癒着防止材が患部に配置されると、基剤は生体内で分解及び吸収されるが、水不溶性のポリアニオン性多糖類の粉末は患部にそのまま残留する。このため、本発明の固体状(膜状、シート状)の医療用・美容材料を用いれば、水不溶性のポリアニオン性多糖類の粉末を噴霧等の手法で患部に配置する場合に比べて、より均一かつ適切な範囲に水不溶性のポリアニオン性多糖類の粉末を留置することができる。
【0038】
本発明の医療用・美容材料は、製造時に化学的架橋剤を用いる必要がないため、分子中に化学的架橋剤に由来する官能基等の構造が取り込まれることがない。このため、本発明の医療用・美容材料は、原料であるポリアニオン性多糖類本来の特性が保持されているとともに、安全性が高い。したがって、本発明の医療用・美容材料は、癒着防止材等として好適である。なお、本発明の医療用・美容材料を癒着防止材の構成材料として用いる場合、医療用・美容材料の厚さは特に限定されないが、好ましくは20〜200μmであり、さらに好ましくは60〜120μmである。
【0039】
本発明の医療用・美容材料を構成するポリアニオン性多糖類の分子は、実質的に架橋していない。さらに、ポリアニオン性多糖類には、新たな共有結合が実質的に形成されていない。但し、ポリアニオン性多糖類の分子間には、水素結合、疎水結合、及びファンデルワールス力などの物理的結合が形成されていると推測される。そのような物理的結合がポリアニオン性多糖類の分子間で形成されている点については、赤外吸収スペクトルを測定することによって確認することができる。
【0040】
本発明の医療用・美容材料を構成する水不溶性のポリアニオン性多糖類の粉末は、酸性からアルカリ性までの広範なpH域において安定して水不溶性なものである。但し、この水不溶性のポリアニオン性多糖類の粉末は、例えばpH12以上の水性媒体に接触又は浸漬等した場合には、分子間同士の物理的結合が解離して容易に溶解しうる。
【0041】
(癒着防止材)
本発明の癒着防止材は、前述の医療用・美容材料(但し、基剤が、第1のポリアニオン性多糖類の水溶性塩を含有する原材料からなる膜状成形体であるもの)に多価アルコール又は多価アルコール水溶液が保持されてなるものである。多価アルコールの具体例としては、エチレングルコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、メチルグリセロール、ポリオキシエレングリコシド、マルチトール、マンニトール、キシリトール、ソルビトール、還元水飴、ジプロピレングリコール、ブチレングリコール、バリン、プロピレングリコール、グリセリン(グリセロール)、ポリグリセリン、グリセリン脂肪酸エステル等を挙げることができる。なかでも、グリセリン、キシリトール、ソルビトール、低分子ポリエチレングリコール等、医療分野や食品分野で使用されている多価アルコールが好適に用いられる。これらの好適に用いられる多価アルコールは、市場から入手してそのまま使用できる。グリセリン、ソルビトール等については、日本薬局方に適合したものを用いることが望ましい。グリセリンは、静脈への注射剤としても使用されるほど安全性の高い素材であるために特に好ましい。
【0042】
医療用・美容材料に多価アルコール又は多価アルコール水溶液を保持させる方法としては、例えば、医療用・美容材料を多価アルコール又は所定濃度の多価アルコール水溶液に浸漬する方法等がある。すなわち、医療用・美容材料を多価アルコール水溶液に浸漬し、基剤の内部を多価アルコール水溶液で置換することで、所望とする濃度の多価アルコール水溶液を保持させて、所望とする本発明の癒着防止材を得ることができる。なお、本発明の癒着防止材の厚さは特に限定されないが、好ましくは20〜200μmであり、さらに好ましくは60〜120μmである。
【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0044】
(実施例1)
ヒアルロン酸ナトリウム(分子量80万Da)の粉末1.0gを80%エタノール水溶液100mLに分散させた。撹拌下で50℃に加熱した後、無酢酢酸20mLを添加してさらに1時間加熱撹拌した。遠心分離して回収した沈殿をエタノール及び水で洗浄した後、乾燥及び粉砕して、ヒアルロン酸粉末を得た。得られたヒアルロン酸粉末0.5gを4%ヒアルロン酸ナトリウム(分子量80万Da)水溶液50mLに入れた。ホモジナイザーを用いてヒアルロン酸粉末を均一に分散させて、ペースト状の組成物(医療用・美容材料)を得た。
【0045】
(実施例2)
ヒアルロン酸ナトリウム(分子量80万Da)の粉末1.0gを80%エタノール水溶液100mLに分散させた。撹拌下で50℃に加熱した後、無酢酢酸20mLを添加してさらに1時間加熱撹拌した。遠心分離して回収した沈殿をエタノール及び水で洗浄した後、乾燥及び粉砕して、ヒアルロン酸粉末を得た。得られたヒアルロン酸粉末0.5gを1%ヒアルロン酸ナトリウム(分子量80万Da)水溶液50mL中に分散させ、縦12cm×横10cmのステンレストレイに流し込んだ後、20℃の恒温槽内で乾燥させて、厚さ約55μmのヒアルロン酸粉末−ヒアルロン酸ナトリウム複合膜(医療用・美容材料)を得た。
【0046】
(評価)
実施例2で得たヒアルロン酸粉末−ヒアルロン酸ナトリウム複合膜1枚をゼラチンシート上に載置した。水をかけたところ、ヒアルロン酸ナトリウムからなる膜部分が溶解し、水不溶化したヒアルロン酸粉末がゼラチンシート状に均一に残存した。一方、実施例2で使用したヒアルロン酸ナトリウムの粉末0.5g、及び実施例2で得た水不溶化したヒアルロン酸粉末0.5gを、粉末噴霧器を用いてゼラチンシート上に噴霧塗布したところ、いずれの粉末も広範囲かつ不均一に塗布された。ヒアルロン酸ナトリウムの粉末(左側)及び実施例2で得たヒアルロン酸粉末−ヒアルロン酸ナトリウム複合膜(右側)の状態を示す図を図1に示す。
【0047】
(実施例3)
ヒアルロン酸ナトリウム(分子量80万Da)の粉末1.0gを80%エタノール水溶液100mLに分散させた。撹拌下で50℃に加熱した後、無酢酢酸20mLを添加してさらに1時間加熱撹拌した。遠心分離して回収した沈殿をエタノール及び水で洗浄した後、乾燥及び粉砕して、ヒアルロン酸粉末を得た。得られたヒアルロン酸粉末0.5gを、グリセリン(日本薬局方)を0.5%配合した1%ヒアルロン酸ナトリウム(分子量80万Da)水溶液50mL中に分散させた。縦12cm×横10cmのステンレストレイに流し込んだ後、20℃の恒温槽内で乾燥させて、グリセリンを含有するヒアルロン酸粉末−ヒアルロン酸ナトリウム複合膜を得た。得られた複合膜を滅菌用袋に封入し、エチレンオキサイドガスにより滅菌用袋ごと滅菌して、厚さ約55μmの癒着防止膜を得た。
【0048】
成犬(ビーグル犬、雌、1.5歳、体重約10kg)を全身麻酔処置後に開胸し、肺を10分間外気にさらした後、得られた癒着防止膜を開胸部の傷口直下の肺上に配置して閉胸した。4週間後、同犬を全身麻酔処置後に開胸したところ、癒着は発生していなかった。また、犬の体内に配置(埋植)した癒着防止膜は、埋植後4週間で消失していた。これは、生体内のナトリウムイオン等によって癒着防止膜を構成するヒアルロン酸のカルボキシ基が徐々に中和され、可溶性のヒアルロン酸塩に変化して溶解し、生体内に吸収されたものと推測される。これに対して、癒着防止膜を配置することなく閉胸した犬については、開胸後に縫合した部分と肺表面とに癒着が生じていることが観察された。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の医療用・美容材料は、癒着防止材等を構成するための素材として有用である。
図1