特許第6374333号(P6374333)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6374333坩堝およびそれを用いた単結晶サファイアの製造方法
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  • 特許6374333-坩堝およびそれを用いた単結晶サファイアの製造方法 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6374333
(24)【登録日】2018年7月27日
(45)【発行日】2018年8月15日
(54)【発明の名称】坩堝およびそれを用いた単結晶サファイアの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/20 20060101AFI20180806BHJP
   F27B 14/10 20060101ALI20180806BHJP
   C22C 27/04 20060101ALI20180806BHJP
   C22C 1/04 20060101ALI20180806BHJP
【FI】
   C30B29/20
   F27B14/10
   C22C27/04 101
   C22C27/04 102
   C22C1/04 D
【請求項の数】2
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-47202(P2015-47202)
(22)【出願日】2015年3月10日
(65)【公開番号】特開2015-187067(P2015-187067A)
(43)【公開日】2015年10月29日
【審査請求日】2017年10月5日
(31)【優先権主張番号】特願2014-48979(P2014-48979)
(32)【優先日】2014年3月12日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000220103
【氏名又は名称】株式会社アライドマテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 宜敬
(72)【発明者】
【氏名】深谷 芳竹
(72)【発明者】
【氏名】加藤 昌宏
(72)【発明者】
【氏名】岡本 謙一
【審査官】 宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−169993(JP,A)
【文献】 特開昭63−114935(JP,A)
【文献】 特開2011−127150(JP,A)
【文献】 特開2013−060348(JP,A)
【文献】 特開平05−317681(JP,A)
【文献】 特許第6220051(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/20
C22C 1/04
C22C 27/04
F27B 14/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデンを40質量%以上含むモリブデン−タングステン合金またはモリブデンの鍛造品の坩堝であって、C、NおよびOの総含有率が200質量ppm以下であり底面と側面の境界の角R部での硬さが150HV以上300HV以下であり、Cの含有率が30質量ppm以下であり、Nの含有率が20質量ppm以下であり、Oの含有率が150質量ppm以下である、坩堝。
【請求項2】
請求項1に記載の坩堝内にアルミナの粉末を充填する工程と、
前記アルミナの粉末を加熱溶融した後に凝固させることで前記坩堝内に単結晶サファイアを形成する工程とを備えた、単結晶サファイアの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は坩堝およびそれを用いた単結晶サファイアの製造方法に関し、より特定的にはモリブデンを含む坩堝およびそれを用いた単結晶サファイアの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、坩堝は、特許文献1(特開平2−251085号公報)、特許文献2(特開平2−254285号公報)、特許文献3(特許第3828651号公報)、特許文献4(特許第3917208号公報)、特許文献5(特開2011−127150号公報)および特許文献6(特開2012−107782号公報)に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平2−251085号公報
【特許文献2】特開平2−254285号公報
【特許文献3】特許第3828651号公報
【特許文献4】特許第3917208号公報
【特許文献5】特開2011−127150号公報
【特許文献6】特開2012−107782号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1はモリブデン単結晶坩堝とその製造方法に関する発明を開示しており、第(2)頁左上欄において、「しかしながら、上記の方法で作製されたモリブデン坩堝は、2000〜2200℃で使用中に再結晶を起こし、その結晶粒が異常に大きくなる。…その結果、坩堝の使用中に溶湯の漏れが発生する。」との記載がある。
【0005】
特許文献2は、モリブデン坩堝とその製造方法に関する発明を開示しており、第(2)頁左上欄の[発明が解決しようとする課題]に、「ところが、モリブデン坩堝は2000℃〜2200℃での高温時使用中に、2次再結晶を起こし、その再結晶粒径が数cm〜10cm位まで成長してしまうと共に粒界が内壁面から外壁面まで貫通してしまう。その結果、粒界面積が小さくなり」との記載がある。
【0006】
特許文献3はモリブデン鍛造成形部品およびその製造法に関する発明を開示しており、段落番号[0021]に、「また材料流れをスムースにするには、焼結体での酸素含有量が通常40〜80ppmであるのに対し30ppm以下に、しかも総炭素量が10ppm以下、結晶粒径が80μm以下」との記載がある。
【0007】
特許文献4は、タングステン-モリブデン合金製坩堝とその製造方法に関する発明を開示しており、請求項2において「……前記歪取りアニール処理の後に、さらに、真空中2000℃以上の温度条件で熱処理を施して前記モリブデンの結晶粒の粒径を1mmを越えて15mm以下の範囲として構成する第7の工程とを含むことを特徴とするタングステン-モリブデン合金製坩堝の製造方法」との記載がある。さらに、段落番号[0003]に「ところが、……素材の結晶粒界の脆弱化により粒界に割れやひびが生じ、こうした部分から坩堝中の被溶解物が漏れ出して使用不能となってしまう」の記載がある。段落番号[0006]に、「坩堝外壁の熱による亀裂等の損傷の発生に関しては十分に対策されておらず、被溶解物の粒界への溶入を回避することができないという問題がある。」と記載されている。請求項3に、「前記第4の工程での前記加熱保持の温度範囲は、900℃〜950℃である」の記載がある。請求項4に、「前記第6の工程での前記歪取りアニール処理では、温度条件を水素雰囲気中800℃〜900℃の範囲、或いは真空中1000℃以上とする」の記載がある。段落番号[0008]に、「さらにこのモリブデン坩堝の場合、最近実際に必要とされる坩堝のサイズとして、例えば直径(内径)で60mm〜220mmの範囲程度、高さで30mm〜100mmの範囲程度とかなり大型のものまであり、」の記載がある。段落番号[0019]に、「尚、絞り工程等はガス分吸蔵の機会を生じる工程であり、使用前に真空加熱処理するのも良い。これは割れとは別の要因として発生が危惧される膨れ防止の対策に有効である。」の記載がある。段落番号[0033]に、「加えて、第7の工程として、先の第6の工程での歪取りアニール処理の後、タングステン-モリブデン合金製坩堝に対して温度2000℃、真空度10-6Torr(10-6×133Pa)の条件下で真空高温熱処理を施した。」の記載がある。
【0008】
特許文献5は、タングステン−モリブデン合金製坩堝とその製造方法に関する発明を開示している。請求項5に、「単位面積500μm×500μmにおける酸素分布が、モリブデン結晶領域よりもタングステン結晶領域に多く分布していることを特徴とする。」の記載がある。段落番号[0017]に、「また、タングステン及びモリブデン以外の不純物成分は0.1質量%以下、さらには0.05質量%以下と少ないほど良い。代表的な不純物成分は、鉄が0.01wt%(100wtppm)以下、それ以外の金属成分は合計で0.04wt%(400wtppm)以下が好ましい。不純物成分は少ないほどよいことは言うまでもない。」の記載がある。段落番号[0033]に、「坩堝の寿命が低下する理由の一つに、酸素がモリブデン結晶表面に進出してきておきる「ふくれ」現象がある。膨れが発生する」の記載がある。
【0009】
特許文献6は、坩堝及びそれを用いたサファイア単結晶の製造方法に関する発明を開示している請求項6に、「酸素含有量が10〜2000wtppmであることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の坩堝」と記載されている。段落番号[0004]に、「高温中で高融点金属坩堝を使用していると、不純物酸素が焼結体内部で膨張する“ふくれ”と呼ばれる現象が起き、坩堝の寿命が短いといった不具合が起きていた。」との記載がある。段落番号[0013]に、「また、タングステンおよびモリブデン以外の不純物成分は、0.1質量%以下、さらには0.05質量%以下と少ないほどよい。代表的な不純物成分は、鉄が0.01wt%(100wtppm)以下、それ以外の金属成分は合計で0.04wt%以下、窒素は0.01wt%以下が好ましい。不純物成分は少ないほどよいことは言うまでもない。」との記載がある。段落番号[0017]に、「また、坩堝は酸素含有量は10〜2000wtppmであることが好ましい。この酸素含有量は不純物酸素および酸素吸着金属酸化物の酸素の両方を合計した値である。」の記載がある。段落番号[0021]に、「高融点金属粉末は酸素の含有量が10〜1000wtppmのものを使う。酸素の含有量が10wtppm未満のものであっても原料粉末としては使用できる」の記載がある。
【0010】
しかしながら、特許文献1から6に記載された坩堝では、高温で使用された場合に坩堝内の融液が漏れるという問題があった。
【0011】
そこで、この発明は上記の問題を解決するためになされたものであり、融液の漏れを防止することが可能な坩堝およびそれを用いた単結晶サファイアの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明に従った坩堝は、モリブデンを40質量%以上含む、鍛造で製造された坩堝であって、C、NおよびOの総含有率が200質量ppm以下であり底面と側面の境界の角R部での硬さが150HV以上300HV以下であり、Cの含有率が30質量ppm以下であり、Nの含有率が20質量ppm以下であり、Oの含有率が150質量ppm以下である。
【発明の効果】
【0013】
この発明に従えば、融液の漏れを防止することが可能な坩堝およびそれを用いた単結晶サファイアの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施の形態に従った坩堝の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[本願発明の実施形態の説明]
最初に本願発明の実施形態の内容を列記して説明する。
【0016】
坩堝は、モリブデンを40質量%以上含む、鍛造で製造された坩堝であって、C、NおよびOの総含有率が200質量ppm以下であり底面と側面の境界の角R部での硬さが150HV以上300HV以下であり、Cの含有率が30質量ppm以下であり、Nの含有率が20質量ppm以下であり、Oの含有率が150質量ppm以下である。
【0017】
好ましくは、鍛造加工の前後に熱処理が施されている。
好ましくは、熱処理は真空雰囲気で行われる。
【0018】
単結晶サファイアの製造方法は、上記のいずれかに記載の坩堝内にアルミナの粉末を充填する工程と、アルミナの粉末を加熱溶融した後に凝固させることで前記坩堝内に単結晶サファイアを形成する工程とを備える。
【0019】
[本願発明の実施形態の詳細]
本発明の実施形態にかかる坩堝の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0020】
本発明者は、モリブデンを含む坩堝においてなぜ融液漏れが発生するかについて調べた。
【0021】
サファイア単結晶育成にモリブデン坩堝が多用されている。アルミナ融点(2050℃)以上の高温環境下での使用であるために、再結晶粒成長に伴い粗大化したモリブデン結晶粒界面の滑りに伴うアルミナ融液の漏れ、あるいは膨れに伴う破裂部からの融液漏れなどの不具合が生じている。
【0022】
モリブデン金属を高温環境下で使用すると再結晶粒成長現象を生じ、結晶粒の粗大化が起こる。当初数μm程度から数百μm程度の大きさであった結晶粒が、高温下において使用されると数mm程度から数cm乃至十数cm程度の大きさの結晶粒に変貌してしまう。この要因としては、塑性加工に伴って蓄積された残留歪の影響、あるいは含有不純物の影響であると考えられている。
【0023】
本発明者は含有不純物の内の、ガス不純物特に酸素不純物に着目した。酸素が膨れの起因の一つであるとされている(特許文献5)。この酸素含有量を減少させることで膨れ不具合を低減できると考え、酸素含有量を簡便に低減できる手法として、真空中高温熱処理に着目した。この処理を適用して結晶粒径を調整する技術が開示されている(特許文献4)が、酸素不純物を積極的に減少させる技術開示ではない。真空中高温熱処理により、酸素含有量を150質量ppm以下とすることによって、膨れ不具合を低減できることを見出した。
【0024】
特許文献1ではこの解決方法として、坩堝全体が実質的に一つの結晶で構成されるモリブデン単結晶坩堝とその製法を開示している。この方法は口径数cm×高さ数cm程度の小型の坩堝に応用するには適した技術であるが、近年の大型化した坩堝(例えば、口径20cm〜50cmの範囲程度、高さ20cm〜60cmの範囲程度)に応用するには難がある。
【0025】
特許文献2では、再結晶粒成長を防止するために平打ち鍛造加工方法に工夫を凝らし、数mm程度の粒成長に収まるモリブデン坩堝を開示している。本法は簡便な平打ち鍛造加工によって鍛造素材を得ることができるが、鍛造素材を旋盤切削やミーリングなどの機械加工によって坩堝形状に仕上げる後工程が必須であり、モリブデン材料を多く消費する必要があり、製造コスト大となる。
【0026】
特許文献3では、型鍛造加工法によるモリブデン坩堝とその製法を開示している。雄型と雌型を備えた鍛造装置でモリブデン粉末焼結素材を鍛造することで坩堝形状に成型する方法であり、ニアネット加工ともいえるとともに坩堝の寿命を延伸できる技術を提供するものである。本法、即ち据え込み鍛造加工法は実施例に記載(厚さ15mm)されているような比較的厚さを有する坩堝に適した製法と言える。
【0027】
特許文献4では、坩堝形状に仕上げた坩堝製品に対し、2段階の熱処理技術により結晶粒の大きさを制御した長寿命の坩堝を開示している。第1段階では比較的低い温度条件(水素雰囲気では800℃〜900℃、真空中では1000℃以上)とし、第2段階では真空中2000℃以上としている。含有するガス不純物が及ぼす寿命への影響について定性的な考慮はしているが、定量値についての示唆はない。絞り加工前の平円板の脱ガス真空熱処理の是非に関する言及もあるが、坩堝製品の結晶粒制御に主眼を置いた雰囲気熱処理の発明である。
【0028】
特許文献5では、使用中の不具合の原因を含有酸素、含有金属不純物とするとともに、モリブデンにタングステンを合金化することで結晶粒の粗大化を防止している。さらに、モリブデンをベースにし、結晶内に酸素を取り込みやすいタングステンを合金化することで、結晶表面に進出する酸素を特性する役役割を持たせている。寿命と酸素量の定量的関連に関する開示はない。
【0029】
特許文献6では、高融点金属製坩堝中に酸素吸着金属粒子又はその酸化物粒子を分散させることで粒成長を防止し、高融点金属内の含有酸素量を減少させる発明である。
【0030】
本発明者は、2000℃以上の高温下で使用される坩堝の角R部に頻発する膨れ不具合の低減を達成するために、坩堝中に含有されるC、N、Oの各種ガス不純物の含有量、並びに、角R部の残留歪(代用特性としてビッカース硬度を採用)に着目した。
【0031】
図1は、実施の形態に従った坩堝の断面図である。図1を参照して、坩堝1は、モリブデンまたはその合金製であり、上部が開口形状である。上部には円筒の外周方向に延在する、円周方向に連続するフランジ部12が設けられている。
【0032】
坩堝1は有底形状であり、底面15と側面13との境界部分が角R部16である。坩堝1の側面13が鉛直方向に対してなす角度θは様々に設定することが可能である。
【0033】
坩堝1にサファイアの原料粉末(アルミナ)を充填し、これを加熱、溶融および凝固させることで単結晶サファイアを製造することができる。単結晶サファイア製造後は坩堝1を破壊することで、坩堝1内の単結晶サファイアを取り出すことができる。
【0034】
加熱溶融により原料粉末間の隙間が埋まるので、原料粉末を坩堝1の内容積と同じだけ充填しても、坩堝1の内容積よりも小さな単結晶サファイアを製造できるだけであり、坩堝1の内容積と同じ体積の単結晶サファイアを製造することはできない。より大きな単結晶サファイアを製造するために、坩堝1の上部に円筒状のガイド部材を設け、このガイド部材を坩堝1に係合させる。坩堝1内だけでなくガイド部材内にも原料粉末を充填する。
【0035】
ガイド部材は耐熱性の材料で構成され、好ましくは、坩堝と同じ材料で構成される。坩堝1およびガイド部材内の原料粉末は加熱および溶融されることで坩堝1内に移動し、坩堝1内に大きなサファイアの単結晶を製造することが可能となる。ガイド部材は坩堝に着脱自在に設けられる。
【0036】
1.物の説明
坩堝1では、C、N、Oの総和が200質量ppm以下であり、底面と側面の境界の角R部16のビッカース硬度が150HV以上、300HV以下であり、モリブデンを40質量%以上含む。残部はタングステンと不可避不純分である。好ましくは、含有するガス不純物のCが30質量ppm以下、Nが20質量ppm以下、Oが150質量ppm以下、である。
【0037】
A:ガス不純物含有量の定義
(1)Cが30質量ppm以下;30質量ppmを越えると、モリブデン或いは不純物元素への固溶量、合金化量が多くなっていると考えられる。その結果、結晶粒界の脆弱化に結びつき、膨れ不具合の発生確率が高くなる。
【0038】
(2)Nが20質量ppm以下;20質量ppmを越えると、Cと同様の現象が起こっていると考えられ、膨れ不具合の発生確率が高くなる。
【0039】
(3)Oが150質量ppm以下;150質量ppmを越えると、C、Nと同様の現象のほかに、結晶粒界面にわずかに存在するボイド内に集積する量が増加するために、膨れ発生が生じ易くなる。
【0040】
(4)C、N、Oの総和が200質量ppm以下;脱ガス処理後の含有ガス不純物として最も量の多いOを主体とした、3種類のガス不純物の総量を規定している。
【0041】
ガス不純物の化学定量方法は、CおよびOがともに赤外線吸収法であり、Nが熱伝導度法である。
【0042】
B:角R部のビッカース硬度値の定義
(1)モリブデン(理論密度10.2g/cm3);本願の真空高温熱処理によって残留する塑性加工歪は解放され、真空高温熱処理後のビッカース硬度は150HVから200HVである。
【0043】
(2)70質量%モリブデン-30質量%タングステン合金(略称7MW、理論密度11.88g/cm3);タングステン含有量の増大とともにビッカース硬度は高くなる。真空高温熱処理後のビッカース硬度は、170HVから240HVである。
【0044】
(3)40質量%モリブデン-60質量%タングステン合金(略称4MW、理論密度14.22g/cm3);真空高温熱処理後のビッカース硬度は190HVから260HVである。
【0045】
(4)30質量%モリブデン-70質量%タングステン合金(略称3MW、理論密度15.23g/cm3);真空高温熱処理後のビッカース硬度は200HVから300HVである。
【0046】
硬度測定はビッカース硬度計を利用し、荷重は10kgとした。
これらの好適硬度範囲は、各材質によって異なるが、それぞれの硬度下限を下回る数値の場合、再結晶が進み結晶粒界強度の低下、粒界面の剥離および膨れに繋がるため、部分的な再結晶は許されるが上記下限値を下回るほどの再結晶は避ける必要がある。一方、硬度が高すぎると塑性歪が多く残っているため加工性が悪く、鍛造加工での歩留まりが極端に下がるため、上記硬度上限を超えないことが望ましい。
【0047】
C:モリブデンの含有量範囲の定義
坩堝を構成する材料としてはサファイア溶融温度に耐える融点を持ち、高温強度が高いモリブデン、タングステン並びにモリブデン−タングステン合金が用いられている。モリブデン−タングステン合金中のタングステン含有量が60質量%を越えると、合金化技術が高度になる上に、成形鍛造加工も難となる。さらにコストアップとなるだけでなく、性質がタングステンに近似してくるため、採用するメリットは少ない。
【0048】
2.物の製造方法の発明
<工程の詳細>
工程1;原料
FSSS(Fisher sub-sieve sizer)粒度が1μm〜10μm、好ましくは2μm〜6μm、純度99.5質量%のモリブデン金属粉末、およびFSSS粒度が1μm〜10μm、純度99.5質量%のタングステン金属粉末を準備する。粉末粒度が細かすぎると成形割れなどの欠陥が生じやすく、粗すぎると焼結密度が低くなるためである。
【0049】
工程2;混合
所要重量の粉末をV型ミキサーで0.5時間〜3時間混合する。混合はダブルコーンミキサー、ボールミルなどの一般的な混合機を用いても所望の混合粉末が得られる。
【0050】
工程3;成形
所要の秤量を終えた粉末をラバーケースに投入し、静水圧プレス(CIP)にて1から3ton/cm2の圧力で成形した。
【0051】
工程4;焼結
粉末成形体は水素焼結炉で焼結される。モリブデン坩堝用粉末成形体は1600〜2000℃、モリブデン‐タングステン合金坩堝成形体は1800〜2200℃、時間はそれぞれ5〜20時間焼結した。
【0052】
工程5;真空脱ガス処理工程
C、N、Oガス不純物含有量を減少させるために、1500〜2200℃で1〜10時間の真空高温脱ガス処理を5×10-6torr(5×10-6×133Pa)以下の真空下で行う。この高温処理によって焼結密度は約1%以上向上した。
【0053】
工程6;鍛造成形工程
熱間鍛造装置を用いて、成形鍛造を行った。1100〜1400℃の加熱炉の中に焼結体を投入し、30分間加熱した後、鍛造装置にセッティングした熱間鍛造金型の中心部付近に置く。金型には事前に炭素潤滑材を塗布した後、200℃程度に加熱しておく。鍛造初期は2TONmから3TONmで数回鍛造し、続いて9TONm〜10TONmで5回乃至6回鍛造して坩堝状素材に荒仕上げした。この間は再加熱は行わなかった。粗坩堝の大略寸法は、底厚さが14mm、開口部直径が228mm、総高さ79mmであった。鍛造後の粗坩堝の密度はそれぞれの理論密度に対し、約98.5%乃至99%に到達していた。しかしながらまだ多くのガス不純物を内包している。
【0054】
工程7;旋盤切削加工
NC縦型旋盤に粗坩堝をセットし、超硬バイトで開口部端面の余剰部分やバリを切削除去して坩堝製品に仕上げた。仕上がり寸法は、壁部厚さが7mmで、底部の厚さ9.5mm、開口部内径200mm、総高さ200mmである。切削除去面のRaは2〜3μmで、割れ、ボイドなどの欠陥は目視検査、超音波探傷検査で共に認められず良好であった。
【0055】
工程8;真空脱ガス処理工程
熱間鍛造工程において吸着したガス不純物の低減を目的に、仕上げ加工を終了した坩堝に真空高温脱ガス処理を行った。加熱温度はモリブデン坩堝の場合は1800℃〜2000℃、モリブデン‐タングステン合金坩堝の場合は2000℃〜2200℃でそれぞれ1時間行った。到達真空度は5×10-6torr(5×10-6×133Pa)以下であった。
【0056】
なお、前記工程4の焼結工程は、他の焼結方法に置き換えることが可能である。例えばHIP処理においてカプセル化する際、温度500℃から〜1000℃でベーキングしながら真空排気した後封止する。その後、温度1100℃から〜2000℃にて3時間から〜10時間程度HIP焼結処理しても良い。
【0057】
また、前記工程4の焼結工程において大気圧水素雰囲気炉で焼結温度、時間および水素流量、水素流入口の配置などにより水素露点を適宜調整し焼結しても良い。
【0058】
なお、前記の焼結工程で、ガス不純物C,N,およびOの総含有率が100質量ppm以下であり、Cの含有率が30質量ppm以下、Nの含有率が20質量ppm以下、Oの含有率が50質量ppm以下、純度および底面と側面の境界の角R部での硬さが150HV以上310HV以下の坩堝が得られるならば、前記工程の5および8の真空脱ガス処理工程は省略することが出来る。
【0059】
<実施例>
単結晶サファイア育成装置を利用して、膨れ不具合の発生状況について調査した。製作したそれぞれの坩堝の中にアルミナ粉末を充填し、2100℃に加熱融解後10時間保持、そして500℃までの冷却を1サイクルとして、5サイクル終了後の状況を目視にて観察した。本願発明坩堝並びに比較例の坩堝、は同様の冷熱負荷を与えて評価した。高温加熱とともに冷熱負荷を与えた目的は、熱膨張・収縮が坩堝を構成する多結晶材料の結晶粒界面への熱ストレスを加速することで、膨れ不具合の発生頻度を高めることにある。評価結果を表1で示す。
【0060】
【表1】
【0061】
ここで表中の試料No.1〜3、6〜8、11〜13および16〜18は実施例であり、No.4,5,9,10,14,15,19,20は工程7までの切削加工までの工程で製作した坩堝から切り出した試験体による比較例である。表から膨れを防止するには、ガス成分の量を真空脱ガス処理によって減少させる必要があることが判明した。
【0062】
また、No.16〜18は1次真空脱ガス処理によってガス成分の量をある程度減少させても不十分であり、かつ硬度が高く鍛造成形工程にて加工性に問題を生じ角R部のクラック発生頻度が高く、2次真空脱ガス処理を施すレベルではなく、工業的な製造は不可でありモリブデンに対するタングステンの添加量は60質量%以下に制限される。
【0063】
真空加熱処理条件と、真空加熱処理後の硬度のバランスを取ることが重要である。真空加熱処理の温度、時間が過剰であると再結晶化が進み、ガス成分の残留量は減少するが、再結晶による粒界強度の低下に伴い膨れが発生する。
【0064】
逆に、真空加熱処理の温度、時間が不十分であれば、残留歪減少も脱ガス量も不十分であり、素材が脆く加工時に内部クラックが発生しやすくなる。残留ガス成分が粒界を通した拡散により集中し易くなり、結果的にガス成分が溜まり、クラック発生頻度を高くし、最終的には膨れにつながることになる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
この発明は、坩堝の分野で用いることができる。
【符号の説明】
【0066】
1 坩堝、12 フランジ部、13 側面、15 底面、16 角R部。
図1