特許第6374637号(P6374637)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6374637
(24)【登録日】2018年7月27日
(45)【発行日】2018年8月15日
(54)【発明の名称】スギ挿し木苗の効率的製造方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 2/10 20180101AFI20180806BHJP
   A01G 22/00 20180101ALI20180806BHJP
【FI】
   A01G1/00 302A
   A01G1/00 301Z
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-262652(P2012-262652)
(22)【出願日】2012年11月30日
(65)【公開番号】特開2014-108057(P2014-108057A)
(43)【公開日】2014年6月12日
【審査請求日】2015年10月28日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183428
【氏名又は名称】住友林業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】角田 真一
(72)【発明者】
【氏名】中村 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】坂田 益朗
(72)【発明者】
【氏名】盛永 雅子
(72)【発明者】
【氏名】日高 光晴
【審査官】 清藤 弘晃
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−075534(JP,A)
【文献】 特開平05−328840(JP,A)
【文献】 特開2008−061602(JP,A)
【文献】 特開2003−304760(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/146153(WO,A1)
【文献】 米国特許第04138801(US,A)
【文献】 特開平05−227845(JP,A)
【文献】 田淵和夫、藤澤義武,スギ,ヒノキ,アカマツ穂木を用いた−10度の冷凍貯蔵試験,林育研報,日本,林木育種センター,1999年,16,65-74
【文献】 佐々木 研,ペイするスギさし木苗木の生産法,東北の林木育種,日本,東北林木育種場,1971年 3月 1日,No.32,p.5-8
【文献】 藤本浩平、渡辺直史,マルチキャビティコンテナを利用したスギ挿し木苗の根系,日本森林学会誌,日本,日本森林学会,2012年 3月,A24
【文献】 照井隆一,寒冷地におけるスギさし木育苗に関する研究(第1報),岩手林試成果報告第1号,日本,1969年 9月,P.10−20,[平成28年8月18日検索],URL,http://www2.pref.iwate.jp/~hp1017/kenkyu/naibu/seiho.htm#1gou
【文献】 石川広隆、田中郁太郎,発根困難なスギ精英樹のさし木に及ぼすインドール酪酸の効果,日本森林学会誌,日本,日本森林学会,1970年,52(3),99-101
【文献】 大分県農林水産研究センター林業試験場,クロマツの第二世代マツ材線虫病抵抗性種苗生産システムの構築,平成19年度林業試験場年報,日本,大分県農林水産研究センター林業試験場,2008年,50,2-3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スギの穂を、コンテナに挿し付けた後に温度調節された施設内において生育せしめて、該スギの穂をスギの苗木とするスギの苗木を製造する方法であって、
前記スギの穂を採穂前に低温処理に付した後、12月〜2月に採穂し、
該採穂されたスギの穂を冷蔵に付した後に、穂の密度が150本/m以上となるようにコンテナに挿し付ける、スギの苗木を製造する方法。
【請求項2】
採穂前の低温処理が、採穂前の穂を母樹上において低温に曝露する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
採穂後の低温処理が採穂後のスギの穂を冷蔵に付すことによる低温処理であり、該低温処理された穂を夏にコンテナに床替えし、温度調節された施設内における生育に付することをさらに含む、請求項またはに記載の方法。
【請求項4】
温度調節された施設内における生育が秋または冬に行われ、該施設における温度調節された温度が、夜温10°C以上および/または平均温度20°C以上35°C以下である、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
さらに施設内における湿度が調節され、該湿度が相対湿度60%以上である、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜のいずれかに記載の方法および通常の春挿しによるスギの苗木の製造を1年の間に組み合わせて行い、スギの苗木を周年で大量に製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スギの挿し木苗(以下「スギ挿し木苗」ということがある)を効率的に製造(生産)する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
戦後造林地が主伐期を迎え、林業用種苗生産体制の整備が急務となっているところ、スギも例外ではない。スギの苗生産は、主に実生で行われるが、九州地方では、挿し木による育苗が行われている。九州の挿し木育苗は、一般的に露地において緑枝挿しによって行われている。
九州地方における挿し木の時期は主に新芽が米粒大程度の大きさになる3月中旬〜4月中旬に挿し付けられる春挿し、あるいは9月上旬〜10月中旬に補完的に行われる秋挿しがある。また、夏の挿し木は一般的に梅雨挿しが中心で、梅雨明けの高温期には行われない。理由としては、高温のため、発根に最適な環境を作り出すことが難しいばかりでなく、挿し穂の蒸散・呼吸が活発であるため、枯れやすく発根させることが難しいことが上げられる。冬挿しも、特別挿し木の適期ではないが、発根容易な植物や、温室植物等、付加価値の高い植物に限られる。
【0003】
ところで一般樹木の挿し木の時期は、一年を通じて、それぞれ春、夏、秋および冬に挿し木が行われる、春挿し、夏挿し、秋挿しおよび冬挿しがある。しかしながら、冬挿しは一般的ではなく、発根が容易な植物や出荷期を狙った挿し木等において、温室等を利用して保温条件下において行われることがあるにすぎない。
また、スギについては、粗放的な露地生産において冬挿しは行われないことはいうに及ばず、後述する施設を用いた育苗方法においても冬挿しは行われていない。すなわち、冬穂の利用は、一般的な挿し木技術としては存在するが、スギの挿し木においては作付け体系に組み入れられてないし、その報告も存在しない。
【0004】
他方において、野菜類、花卉類またはある種の樹木の挿し木苗の生産においては、挿し木を低温にさらす手法が知られている(特許文献1〜4、非特許文献1)。
具体的には、特許文献1および2には、広葉樹において休眠中の苗木を用いて発根させる技術およびサツキ、ツツジにおいて、休眠期を経過した母樹から採穂して挿し木する方法が、それぞれ開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、ナスおよびトマト等の野菜類、キク、ならびにキョウチクトウおよびポプラの樹木につき、挿し木の葉が露出する雰囲気の温度を養生水よりも低い温度(0〜20℃)に維持して養生することを特徴とする植物の挿し木苗の育苗方法が開示されている。
特許文献4には、切り花用の草植物または花木(切り花用の草植物はキクまたはカーネーションであり、また花木はバラ、ウメ、モモ、ブドウ、カキ、ナシ、キーウイまたはミカン)の茎または枝を切り取ることによって得られた挿し穂または挿し木を、冷蔵庫内で1℃〜5℃、好ましくは2℃〜3℃の温度の空気中に6日間〜21日間、好ましくは7日間〜14日間保存することによって挿し穂または挿し木を低温処理することを含む方法が開示されている。
【0006】
非特許文献1には、弱光かつ低温の環境下でキュウリの挿し木の開放端を局所的に温い培養液に浸漬させることにより、植物の消耗を抑えつつ効率的に発根を促進させる方法が開示されている。
非特許文献2には、通常、長さ40〜50cmのスギ挿し穂(通常挿し穂)が用いられるのに対し、通常挿し穂の約半分の大きさの20cmの小型挿し穂を秋に採穂し、露地に挿し付けるスギ苗木の育苗方法が開示されている。
【0007】
また、スギ苗木を育苗する技術として、環境条件の調整が可能な施設内において挿し木を行う方法も知られている。とくに、コンテナ苗による省力化、低コスト化が図られ、徐々に普及しつつある。しかしながら、当該コンテナ苗および施設を用いる方法においても、挿し木の時期は露地の場合と同様に3月中旬〜4月中旬または9月上旬〜10月中旬であるため、周年生産および大量生産は依然として不可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第5070401号公報
【特許文献2】特開平5−328840号公報
【特許文献3】特許第4848234号公報
【特許文献4】特開2003−304760号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】寺倉ら、「キュウリ挿し木の低温貯蔵中における短期間の供給培養液の加温処理が貯蔵中の品質および貯蔵後の発根に及ぼす影響」、生物環境調節、42(2)、p.331−337、2004年
【非特許文献2】「小さな苗を大きく育てる〜小型挿し穂による苗木生産〜」、林技センター情報:No.26(2005年1月)、インターネット <http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/kankyo/shinrin/mfc/lib/cj2602.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
近年国産木材の需要が高まっているにもかかわらず植林用スギの挿し木苗の供給体制はむしろ衰退しているため、大量の苗木を効率的に供給できる体制が必要とされている。
それにもかかわらず、上記のとおりスギの挿し木育苗は採穂時期が限られているのが現状であるため、例えば春先には採穂および挿し付け作業が集中し、苗木生産業者の生産能力の制限因子となっている。また、非特許文献2に記載されているように、小型挿し穂を秋に採穂し、挿し付ける育苗方法もあるが、該方法においては育苗に1年半という通常の方法より半年長い時間を要する。したがって、該方法は大量の苗木を効率的に供給できる育苗方法ではない。
また、本発明者らは、スギの挿し穂を周年で挿し付け発根率を調査したところ、春挿しの適期以降の挿し穂は、枯れやすいことと、発根率が極めて低く、挿し木には不適であることを確認し、夏場の挿し木を適切に行う技術が必要であることも明らかになった。
したがって、とくに温室を利用して通年育苗によって挿し木苗の効率的な大量生産において、採穂作業、挿し木作業の平準化の課題を解決することは急務である。
今後主伐期を迎える大量の国産材を安定的に市場へ供給するためには、伐採作業も市場のニーズに合わせて周年で行う必要がある。その際、今後低コスト林業を考えた場合、植林も伐採作業と同時並行で行う必要があることから、そういった意味でも良質な苗木を季節を問わず供給する体制が求められている。
【0011】
すなわち、スギの挿し木苗の大量生産において、採穂作業、挿し木作業の平準化のためにスギの挿し木苗の生産効率を向上せしめる技術を確立することは、早急に解決されるべき喫緊の課題なのである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、これまで用いることが検討されていなかった時期のスギ挿し穂を用いることにより、従来より効率的にスギの挿し木苗を生産でき周年生産が可能になることを見出し、さらに研究を進めた結果本発明を完成するに至った。
より具体的には、以下の確認された事項に基づく:
(1)高温期において、低温期に採穂された挿し穂を利用することで、発根の歩留まりが夏に採穂されたものに比べて顕著に良好であること。
(2)低温期において、低温期に採穂された挿し穂を利用し、さらに施設内で発根最適条件に制御することで、他の時期に比べて極めて高い発根率、発根量が得られること。
【0013】
すなわち本発明は、少なくとも以下の発明に関する:
(1)スギの穂を、挿し付けた後に温度調節された施設内において生育せしめて、該スギの穂をスギの苗木とするスギの苗木を製造する方法であって、前記スギの穂は、秋または冬に採穂され、前記挿し木がなされる前に低温処理に付された穂である、スギの苗木を製造する方法。
(2)低温処理が採穂前のスギの穂に行われ、該スギの穂は低温処理に付された後に12月〜2月に採穂される、前記いずれかの方法。
(3)低温処理が採穂後のスギの穂に行われ、該スギの穂は採穂が10月〜11月に行われた穂である、前記いずれかの方法。
(4)採穂後のスギの穂が、さらに冷蔵に付される、前記いずれかの方法。
(5)低温処理が、採穂前の穂を母樹上において低温に曝露する工程を含む、前記いずれかの方法。
(6)低温の場所への秋挿しまたは冬挿しによる挿し木による低温処理または冷蔵による低温処理であり、該低温処理された穂を夏に育苗用容器(以下、コンテナと記載することがある)に床替えし、温度調節された施設内における生育に付することをさらに含む、前記いずれかの方法。
(7)温度調節された施設内における生育が秋または冬に行われ、該施設における温度調節された温度が、夜温10°C以上および/または平均温度20°C以上35°C以下である、前記いずれかの方法。
(8)さらに湿度が調節され、該湿度が相対湿度60%以上である、前記いずれかの方法。
(9)挿し付けされた穂の密度が150株/m以上である、前記方法。
(10)前記いずれかの方法および通常の春挿しによるスギの苗木の製造を1年の間に組み合わせて行い、スギの苗木を周年で大量に製造する方法。
(11)前記(2)の方法および前記(3)の方法を含む、前記方法。
(12)採穂後のスギの穂に行われる低温処理が、採穂された穂の低温の場所への秋挿しまたは冬挿しによる挿し木による低温処理または冷蔵による低温処理であり、該低温処理された穂を夏にコンテナに床替えし、温度調節された施設内における生育に付することをさらに含む、前記方法
【発明の効果】
【0014】
スギの挿し木苗生産では、春挿しを中心とし秋挿しが補完的に行われていたにすぎず、夏挿しまたは冬挿しを行うことはこれまで実施されていないばかりでなく、検討されることさえなかった。しかし本発明によれば、夏挿しまたは冬挿しにより生産効率の高いスギ挿し木苗の製造が可能になる。
本発明における方法においては、最終的に挿し木苗になる穂の歩留まりが優れている。すなわち、前記のとおり夏の挿し木は、高温のため発根に最適な環境を作り出すことが難しいばかりでなく、挿し穂の蒸散・呼吸が活発であるため挿し木後の苗が枯れやすく、発根率が低いといった理由により行われなかったという背景に鑑みれば、本発明においては高温環境下でもほとんど枯れることがなく高い発根率を達成し得ることは、当業者といえども到底予測することができない顕著な効果である。
本発明の方法によれば、さらに、秋から冬に採穂されたスギの挿し穂について、挿し付けの後、温度調節された施設において発根に好適な環境条件を作ることにより、一般的に採穂される時期における挿し穂より発根力(発根率、発根勢)を高くすることができ、もって歩留まりが高く効率的で、低コストのスギの挿し木苗生産が可能になる。
【0015】
本発明の方法のうち、低温処理が採穂前のスギの穂に行われ、該スギの穂は低温処理に付された後に12月〜2月に採穂され挿し付けされる方法によれば、スギ挿し木苗の製造をさらにより一層高い生産効率で行うことができる。
例えば3月〜4月に集中する採穂作業を、12月から行うことにより、作業期間の延長が可能であり、労働力の平準化が可能となる。これにより、人件費の削減、作業効率が改善される。とくに冬季は育苗作業の端境期であることから、平準化の効果は極めて大きい。
【0016】
本発明の方法のうち、低温処理が採穂後のスギの穂に行われ、該採穂が10月〜11月に行われる方法によれば、より効率的に挿し木苗の製造を行うことができる。
本発明の方法のうち、採穂後のスギの穂が、さらに冷蔵に付される方法、または低温処理が、採穂前の穂を母樹上において低温に曝露する工程を含む方法によれば、さらにより効率的に挿し木苗の製造を行うことができる。冷蔵の方法として冷蔵庫等で貯蔵することにより、これまで採穂不適期とされていた時期を含む、発根力の高い挿し穂をいつでも挿し木に用いることが可能となり、挿し木作業の効率化、得苗率の向上が達成される。
【0017】
本発明の方法のうち、低温処理が、採穂された穂の低温の場所への秋挿しまたは冬挿しによる挿し木による低温処理または冷蔵による低温処理であり、該低温処理された穂を夏にコンテナに床替えし、温度調節された施設内における生育に付することをさらに含む方法によれば、スギ挿し木苗の製造をより簡便に行うができる。
該方法のうち、秋挿しまたは冬挿しによる挿し付けの後、所定日数経過後に穂における発根の有無を調査し、発根していないことが確認された穂を温度調節された施設内における生育に付することを含む方法によれば、スギ挿し木苗の製造における歩留りを一層高めることができる。
【0018】
本発明の方法のうち、温度調節された施設内における生育が秋または冬に行われ、該施設における温度調節された温度が、夜温10°C以上および/または平均温度20°C以上35°C以下である方法、またはさらに施設内における湿度が調節され、該湿度が相対湿度60%以上である方法によれば、より効率的に挿し木苗の製造を行うことができる。
本発明の方法のうち、挿し付けされた穂の密度が150株/m以上である方法によれば、スギ挿し木苗の製造をより一層高い生産効率で行うことができる。
【0019】
本発明の上記いずれかの方法および通常の春挿しによるスギの苗木の製造を1年の間に組み合わせて行い、スギの苗木を周年で大量に製造する方法によれば、スギ挿し木苗の周年生産を行うことができる。
本発明の上記方法のうち、上記(2)の方法および上記(3)の方法を含む方法によれば、スギ苗木の周年生産をより効率的に行うことができるばかりでなく、作業の平準化も達成される。
本発明の上記方法のうち、採穂後のスギの穂に行われる低温処理が、採穂された穂の低温の場所への秋挿しまたは冬挿しによる挿し木による低温処理または冷蔵による低温処理であり、該低温処理された穂を夏にコンテナに床替えし、温度調節された施設内における生育に付することをさらに含む方法によれば、冬挿しおよび夏挿しによってスギ苗木の周年生産をより一層効率的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】夏季にコンテナに挿し付ける作型および冬季に挿し付ける作型の例を模式的に示した図である。
図2】年3回のスギ挿し木苗供給を行う場合の年間の製造サイクルの例を示す図である。図中において、「育苗パターン1」は、適期に採穂されたものを挿し穂として挿し付ける、通常の育苗方式である。「育苗パターン2」は、通常より早い時期(1〜2月)に採穂され挿し付けされた挿し穂について、施設内で発根に適した加温条件下で発根を促進させ生育せしめる育苗方式である。「育苗パターン3」は、通常より早い時期(1〜2月)に採穂し、該採穂された穂を冷蔵貯蔵し、従来は挿し付けが行われない時期に温度調節がなされる施設内にて挿し付け生育せしめる育苗方式である。
図3A】実施例1において用いられた、穂全体の半分程度が紅葉した穂を示す写真図である。
図3B】実施例1において対照区として用いられた穂を示す写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本明細書において、「挿し穂」の語は、苗木の育苗を目的としてスギの母樹から分離された穂を含む小枝部分を意味するものとして用いられる。
本明細書において、「秋挿し」および「冬挿し」の語は、本技術分野における通常の意味である秋に挿し木を行うことおよび冬に挿し木を行うことをそれぞれ意味する。秋および冬は、それぞれおおよそ10月〜11月およびおおよそ12月〜2月の時期を意味するところ、地域における気候および年度による変動ならびに本発明の効果を考慮して異なる解釈も可能である。例えば、11月下旬〜12月上旬の期間は、秋と解される地域・年度もあれば、冬と解される地域・年度もある。
本明細書において、「挿し木する」および「挿し付ける」の語は同義に用いられ、いずれも挿し穂を植え付ける工程を意味する。
【0022】
本発明は、スギの穂を、挿し付けた後に温度調節された施設内において生育せしめて、該スギの穂をスギの苗木とするスギの苗木を製造する方法であって、前記スギの穂は、秋または冬に採穂され、前記挿し付けがなされる前に低温処理に付された穂である、スギの苗木を製造する方法である。
秋〜冬の低温下において、多くの植物は凍結しないように体内の浸透圧を高めるため糖等の炭水化物の量が高まること、さらに体内の糖等の炭水化物の量の上昇が発根率を高めることが報告されている。理論に束縛されることを望むものではないが、かかる現象と同様なメカニズムが、スギの挿し木において本発明の効果が奏される要因の一つである可能性がある。
【0023】
特許文献3には、常緑樹であるキョウチクトウについて、挿し木の葉が露出する雰囲気の温度を養生水よりも低い温度(0〜20℃)に維持して養生することを特徴とする植物の挿し木苗の育苗方法が開示されている。しかしながら、該方法において用いられる穂は、秋または冬に採穂されたものではない。秋または冬に採穂された穂を用いることについては、特許文献1〜2および4ならびに非特許文献1にも何らの教示も与えられていない。しかも、これらの文献は、挿し木の対象としてスギについて記載するものでもない。
【0024】
非特許文献2には、通常の挿し穂の約半分の長さの20cmの小型のスギの穂を秋に採穂し、露地に挿し付けるスギ苗木の育苗方法が開示されている。しかしながら、該方法においては、育苗は温度調節された施設内で行われるのではなく露地にて行われ、育苗に1年半以上を要する。また、本発明の方法においては、用いられるスギの穂の大きさは限定されず、約20cm〜約40cmでよい。
したがって、本発明の方法は、上記各従来技術とはまったく別異の方法である。
【0025】
本発明における温度調節された施設は限定されないところ、通常の温室や実験室ならびに恒温室等を挙げることができる。
また、本発明における低温処理における温度は限定されず、スギの苗木の生産地の一つである九州地方の冬季の気温が基準になる。低温処理における温度は、例えば日最高気温が約15°C未満であり、日最低気温が約12°C未満である本発明の方法は好ましい。
本発明において低温処理は、低温処理の状態にない状態を間に挟んで2回以上行ってもよい。また、1回の低温処理の期間は限定されず、また、低温処理の温度によって適宜調整してよい。1回の低温処理の期間は、例えば約0.5ヶ月以上の期間であり、1ヶ月以上の期間または2ヶ月以上の期間であってよい。
【0026】
本発明の方法において挿し穂の密度は限定されないところ、挿し付けされた穂の密度が約150本/m以上である本発明の方法は大量生産をするために好ましい。挿し付けされた穂の密度として、約200株/m以上はより好ましく、約240株/m以上は最も好ましい。通常の露地における挿し穂においては、密度は約100株/mにすぎない。
本発明の方法において挿し穂の密度を上記のように高めることができるのは、挿し付けされる穂が低温処理に付されているため、光合成および蒸散のバランスが安定し発根力が高まっていることから直ちに発根し、高密度の挿し木を行っても過湿による枯れが少ないからであると考えられる。
【0027】
本発明の方法において、挿し木がなされる穂の採穂の時期は、秋または冬であれば限定されない。低温処理が、採穂前のスギの穂に母樹上において行われ、該スギの穂は低温処理に付された後に12月〜2月に採穂される本発明の方法は好ましい。また、低温処理が採穂後のスギの穂に行われ、該採穂が10月〜11月に行われる本発明の方法も好ましい。
挿し付けされる穂の採穂を行う時期は、スギの穂が紅葉する地域においては、紅葉する時期を目安に判断してよい。かかる地域においては、紅葉が通常開始される前後の、それぞれ約1ヶ月間の間において採穂を行ってよい。
採穂を行う時期はまた、穂の紅葉の程度により判断してよい。例えば、紅葉後に採穂をされる穂は、穂全体の約10%以上が紅葉している状態であってもよい。
【0028】
また、本発明の方法においては、低温処理が、採穂前の穂を母樹上において低温に曝露する工程を含む方法においては、採穂後に低温処理に付さずに、直ちに挿し付けしてよい。かかる方法においては、低温処理を行う手間やコストを回避または抑制することができる。
【0029】
本発明の方法のうち、採穂された穂を、挿し付けする前に冷蔵に付することを含む方法は好ましい。低温処理を行うことによって、穂の内的条件をより発根に適したものにすることができる。また、低温処理により、挿し付けが行われるまで穂を貯蔵しておくこともできる。
冷蔵の方法は限定されないところ、冷蔵庫や低温チャンバーによる冷蔵が例示される。
【0030】
本発明の方法のうち、低温処理が、採穂された穂を低温の場所に秋挿しまたは冬挿しによる挿し木による低温処理または冷蔵による低温処理であり、該低温処理された穂を夏にコンテナに床替えし温度調節された施設内における生育に付することをさらに含む方法は好ましい。前記低温の場所は露地であってよい。
当該方法において、秋挿しまたは冬挿しによる挿し付けの後、所定日数経過後に穂における発根の有無を調査し、発根していないことが確認された穂を温度調節された施設内における生育に付することを含む方法は好ましい。かかる方法によって、従来は発根させることを検討さえされることがなかった発根していない穂を、高い歩留まりで発根せしめ、もってスギの苗木に生育せしめることが可能である。
これらの夏季にコンテナに挿し付ける作型について、冬季に挿し付ける作型とともに図1に模式的に例示した。なお、冬季に挿し付ける作型においても、採穂後、コンテナに挿し付ける前に低温処理に付してよい。採穂時期が比較的早い場合(10月〜11月)には、低温処理を行うことが好ましい。また、気候の年次変動を考慮して、12月に採穂された穂を適宜低温処理に付してもよい。
【0031】
本発明の方法において、施設内の温度は、挿し付けされたスギの穂が発根・生育する温度に調節されていればよい。本発明において、温度調節された温度が、夜温10°C以上および/または平均温度20°C以上35°C以下である方法は好ましい。夜温15°C以上および/または平均温度25°C以上30°C以下である方法は、より好ましい。
本発明の方法において、施設内の温度以外の育苗条件は通常の条件を用いることができる。
【0032】
本発明の方法において、施設内の湿度はとくに限定されない。本発明の方法のうち、湿度が調節され、該湿度が相対湿度60%以上である方法は好ましく、相対湿度70%以上である方法はより好ましい。
本発明の方法において、他の条件や器具等は、施設を利用した通常のスギ挿し木苗を製造する方法におけるものを用いることができる。
本発明の方法において、施設内の光条件はとくに限定されないところ、採穂後の挿し穂の光合成および呼吸活性を抑制するために、施設の遮光が行われる方法は好ましい。遮光が行われる場合、遮光率は、40%以上が好ましく、50%以上がさらに好ましい。
本発明の方法のうち、挿し付け後の穂の生育が、温度条件に加えて湿度条件および光条件が調節された施設内において行われる方法は好ましい。
【0033】
上記本発明の方法によれば、これまで作業が行われなかった秋から冬に採穂を行い、および/または夏に挿し木を行うことにより、作業を分散させることができるため、従来の方法より高い効率によってスギ苗の製造を行うことができる。また、本発明の方法を他の方法と組み合わせて用いることによって、スギの苗木をより大量に製造することが可能となる。
例えば、本発明の方法および通常の春挿しによるスギの苗木の製造を1年の間に組み合わせて行い、スギの苗木を周年で大量に製造する方法が挙げられる。かかる大量に製造する方法によれば、スギ苗木を周年に亘り供給することが可能になる。
【0034】
前記大量に製造する方法として、
・低温処理が採穂前のスギの穂に行われ、該スギの穂は低温処理に付された後に12月〜2月に採穂され挿し付けされる方法および
・低温処理が採穂後のスギの穂に行われ、該採穂が10月〜11月に行われる方法を、
・通常の春挿しおよびその前における採穂によるスギの苗木の製造を組み合わせることは好ましい。かかる組み合わせによる大量製造方法の年間スケジュールの例を図2に示す。
通常の春挿しによるスギの苗木の製造は、施設を用いる方法あるいは施設を用いずに露地による方法のいずれでもよい。施設を用いる方法は、採穂の時期をずらすことにより、作業の平準化を伴うより大量のスギの苗木の製造が可能となるため好ましい。
上記方法のうち、採穂後のスギの穂に行われる低温処理が、採穂された穂の低温の場所への秋挿しによる挿し木による低温処理または冷蔵による低温処理であり、該低温処理された穂を夏にコンテナに床替えし、温度調節された施設内における生育に付することをさらに含む方法はより好ましい。該施設内の環境条件が、より発根に適した環境条件に調節された上記方法は一層より好ましい。かかる環境条件には光条件および温湿度条件が包含されるところ、それぞれ遮光およびミスト等によって調節してよい。
【0035】
実施例によって、本発明をさらに詳細に説明するが、これらの実施例はいかなる意味においても本発明を限定するものではない。
(実施例1)
(1)目的 冬穂を用いた場合の、本発明の方法の効果を確認する。
(2)試験方法
・容器
容量200ml(長さ140mm、上径52mm、下径15mm)のコンテナ(日新農工産業製38連樹木用トレイ、商品名:トレイマスター)を用いた。挿し付け密度は248株/mであった。
・品種
オビアカを用いた。
・育苗方法
宮崎県日向市の採穂園にて2012年1月13日または同年2月14日に採穂された冬穂をコンテナに挿し付けし、温室内の密閉条件にて育苗を行った。2012年1月13日に採穂した穂は、挿し付け時には穂全体の半分程度が紅葉した状態であった(図3A)。
低温期には暖房機および密閉処理により加温・加湿を行った。ミスト、潅水は、時期に応じて適宜行った。
また、対照区として2011年9月15日に採穂・挿し木を行い、温度調節を行わずにミスト処理によって育苗を行った。対照区において用いられた穂は紅葉していなかった(図3B)。
・調査
初期発根の時期を確認するとともに、挿し付け後150日目の発根状況として発根率および根の生育状況(地下部生体重)を調査した。
対照区については、挿し付け後134日目に同様に発根率および根の生育状況を調査した。
【0036】
(3)試験結果・考察
結果を下記表1にまとめた。
【表1】
【0037】
冬穂については、初期発根は挿し付け後60日目に確認された。
また、挿し付け後150日目の発根状況については、発根率88%(1月13日採穂区)および95%(2月14日採穂区)であり、地下部生体重はそれぞれ9.2g/株および6.0g/株であった。これに対して対照区では、発根率63%であり、地下部生体重は3.9g/株であった。
以上の結果より、本発明の方法のスギ苗木を製造する方法により、スギ苗木を高い効率で製造できることが明らかになった。
【0038】
(実施例2)
(1)目的 秋穂を用いた場合の、本発明の方法の効果を確認する。
(2)試験方法
・容器
容量150ml、深さ150mmのスリット付きコンテナ(BCC社製、商品名:Flexi frame 77)を用いた。栽植密度は362株/mであった。
・品種
オビアカを用いた。
・育苗方法
下記の4種類の生産ロットを設けた:
【表2】
【0039】
挿し付け後の穂は温室内にて管理を行った。低温期には暖房機および密閉処理によりにより加温・加湿を行った。ミスト、潅水は、時期に応じて適宜行った。
なお、採穂は宮崎県日向市の採穂園において行った。
・調査
表2に示した挿し付け後日数が経過した日に、発根状況として発根率を調査するとともに苗の枯死率を調査した。
【0040】
(3)試験結果・考察
結果を下記表3にまとめた。
【表3】
【0041】
秋穂(秋に採穂した挿し穂)を一旦露地に挿し付けてから夏場にコンテナに床替えした生産ロット3においては、夏場の高温条件でも枯死がほとんどなく、春挿しの穂(生産ロット1)より発根率が高かった。一方、夏場に挿し付けたもの(生産ロット2)は、ほとんど発根せず、苗木の生産が実質的にできなかった。また、秋穂をそのままコンテナに挿し付けた場合(生産ロット4)も、発根率は比較的高かったが、生産ロット3には劣った(以上、表3)。以上の結果より、本発明の方法によれば、秋穂を高密度で挿し付けを行っても高い効率でスギ苗木の生産が可能であることが確認された。とくに、秋穂を一旦低温処理に付すことにより、発根状況が一層改善されることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明により、スギ挿し木苗の生産効率を従来の方法より高くすることが可能になり、また、作業の平準化が達成される。したがって、本発明はスギ挿し木苗の生産産業および関連産業の発展に寄与するところ大である。
図1
図2
図3A
図3B