(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記複数の角度範囲ごとに定められた前記針棒の回動角度は、前記メス針が形成する前記長穴状の針落ち穴の傾斜角度が何れの前記布移動方向に対しても一定の角度範囲内となるように定められていることを特徴とする請求項1記載のミシン。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[実施形態の概要]
本発明の実施の形態を
図1〜
図25に基づいて説明する。
本実施形態として以下に記載するミシン100は、いわゆる電子サイクルミシンであり、縫製を行う被縫製物である布地を保持する布保持部としての保持枠を有し、その保持枠が縫い針であるメス針に対し相対的に移動することにより、保持枠に保持される布地に所定の縫製データに基づく縫製パターンを形成する。
そして、このミシン100では、保持枠による布地の移動方向に応じて適宜、下糸の糸寄せ又は針棒の回動を選択的に実施するヒッチステッチ回避制御と、布移動方向に対応する傾斜角度で針落ち穴が形成されるようにするメス針角度補正制御とを実施することを特徴としている。
【0018】
図1は本発明にかかるミシン100の斜視図、
図2は後述するミシンアーム部101aの内部を示す断面図である。
ここで、後述するメス針11が上下動を行う方向をZ軸方向又は上下方向とし、これと直交する一の方向をX軸方向又は左右方向とし、Z軸方向とX軸方向の両方に直交する方向をY軸方向又は前後方向と定義する。なお、以下の説明における「前」とはミシン100に対して縫製を行う作業者が位置する方向、「左」はミシン100の前側にいる作業者がミシン100と向き合った状態における左手側、「右」はミシン100の前側にいる作業者がミシン100と向き合った状態における右手側を示すものとする。
【0019】
上記ミシン100は、メス針11をその下端部に保持してZ軸方向に沿って上下動を行う針棒12と、ミシンモーター21を駆動源としてメス針11を上下動させる針上下動機構20と、針棒12をZ軸方向に沿ったその中心線回りに回動させる針棒回動機構30と、メス針11に通された上糸に下糸を絡める釜13を備えた釜機構40と、下糸の糸寄せを行う糸寄せ機構50と、上糸の糸張力の可変調節を行う糸調子装置70と、布地を保持してX−Y平面に沿って任意に移動位置決めを行う移動機構としての布移動機構80と、上記各構成の動作制御を行う動作制御手段としての制御装置90と、ミシン100の各構成を支持するミシンフレーム101とを主に備えている。
【0020】
[ミシンフレーム]
図1に示すように、ミシン100は、外形がX軸方向から見て略コ字状を呈するミシンフレーム101を備えている。このミシンフレーム101は、ミシン100の上部をなしY軸方向に延びるミシンアーム部101aと、ミシン100の下部をなしY軸方向に延びるミシンベッド部101bと、上下に位置するミシンアーム部101a及びミシンベッド部101bとを連結する立胴部101cとを有している。
【0021】
[針上下動機構]
図1及び
図2に示すように、針上下動機構20は、上記ミシンアーム部101a内においてY軸方向に沿った状態で回転可能に支持された上軸22と、上軸22の一端部から回転力を付与するミシンモーター21と、上軸22の他端部に設けられた針棒クランク23と、針棒クランク23の回転中心に対する偏心位置に一端部が連結されたクランクロッド24と、針棒12の周囲に係合し不図示のネジにより抱き締め固定された針棒抱き25と、針棒抱き25を介してクランクロッド24から針棒12に上下動を伝達する伝達部材26とを備えている。
上軸22はミシンモーター21の出力軸に直結されて回転駆動が行われ、上軸22の回転は針棒クランク23とクランクロッド24とにより上下の往復動作に変換されて針棒12に伝達される。
【0022】
上記伝達部材26は、針棒抱き25を間に介在せしめる天板部261及び底板部262と、組付けの際に天板部261及び底板部262の間に針棒抱き25を介挿するための開口部263とを備えている。
天板部261及び底板部262は、いずれも平面視の中央部に針棒12を挿入可能な貫通穴が形成されており、当該各貫通穴に針棒12を挿通し、天板部261及び底板部262の間で針棒抱き25を抱き締め固定することで、伝達部材26と針棒12とを上下方向について連動し、なお且つ、針棒12を中心としてZ軸回りの回動を可能とする。
【0023】
さらに、伝達部材26は、Y軸方向に沿った支軸264を備え、クランクロッド24の下端部は、メタル軸受けを介して支軸264を回動可能に支持する。また、この支軸264は、クランクロッド24を貫通しその背後において、角駒265に連結されている。
この角駒265は、長方形状であって、X軸方向の両側には、角駒265が回動せずに上下動を行うためのガイド溝101dがミシンアーム部101aの内壁に形成されている。
従って、クランクロッド24の下端部が上下動を行う際には、伝達部材26は、支軸264回りの揺動及びX軸方のぶれが防止され、針棒12に安定した上下動動作を伝達することを可能とする。
【0024】
[釜]
図3(A)は釜の平面図、
図3(B)は正面図である。
本実施形態たるミシン100では、釜13として半回転釜を採用する場合を例示する。釜13は、大釜131の内側で針棒12の上下動と同期して往復回動を行う中釜132と、中釜132の内側に収納されたボビン133及びボビンケース134と、中釜132に往復回動を付与するドライバ(図示略)とを備えている。そして、前述した上軸22と増速機構を介して連結された下軸にドライバが接続されており、中釜132はメス針11の上下動速度の二倍の速度で往復回動を行っている。
つまり、前述したミシンモーター21は針棒12の上下動と釜13の回動動作の駆動源となり、メス針11の上下動と釜13の回動により上糸を下糸に絡める。なお、半回転釜の構造・構成は周知であるため、詳細な説明は省略する。
【0025】
[針棒回動機構]
図2及び
図4〜
図6に基づいて針棒回動機構30について説明する。
針棒12は、その下端部側が下針棒メタル(メタル軸受け)122により上下動及び回動を可能な状態で支持され、上端部側は針棒回動機構30の針棒回動台31の下端部に設けられた上針棒メタル(メタル軸受け)121により上下動可能に支持されている。
さらに、針棒12の下端部はメス針11を保持し、上端部には針棒回動台31に対する回り止めとなる矩形板123が装備されている。矩形板123は、針棒12の上部に形成された貫通溝12aに挿通されて、不図示のネジにより固定されている。このため、矩形板123は、針棒12に対して、当該針棒12を中心とする円の直径方向両側に突出しており、これら突出部が一対の凸部123a,123bを構成している。
なお、針棒12と矩形板123は別部品で構成したが、これに代えて、針棒に一対の凸部を一体的に形成することも容易に考えられる。
【0026】
針棒回動機構30は、針棒12を内側で上下動可能に支持する円筒状の針棒回動台31と、針棒回動台31の針棒12を中心とするZ軸回りの回動動作の駆動源となる針棒回動モーター32と、針棒回動モーター32から針棒回動台31に回動動作を伝達する伝達機構33とを備えている。
【0027】
針棒回動台31は、その上端部及び下端部がメタル軸受け311、312により針棒12を中心としてZ軸回りに回動可能に支持されている。上側のメタル軸受け311は、ミシンアーム部101aの上面近傍に固定装備されている。
また、下側のメタル軸受け312は、半径方向外側に延出された支持腕部312a(
図4)を介してミシンアーム部101aの壁面に取り付けられた支持部材313により保持されている。
針棒回動台31は、これらにより上下二箇所が支持されているので、鉛直上下方向を向いた状態を強固に維持することができ、針棒12の円滑な上下動動作を可能とする。
また、針棒12も上下の針棒メタル121,122により支持されているので、針棒回動台31と共に鉛直上下方向を向いた状態を強固に維持することができる。
【0028】
また、針棒回動台31は、Z軸方向に沿った長穴状の開口部が
図5におけるY軸方向の両側面部に形成されており、当該開口部にはそれぞれ長尺なるガイド板314,314が上下2箇所でネジ止め固定されている。各ガイド板314,314は、Z軸方向に沿って長穴314aが貫通形成されており、それぞれの長穴314a,314aにはその内側から針棒12の凸部123a,123bが挿入されている。長穴314aの幅は凸部123a,123bの幅よりに僅かに広く形成されており、これにより、凸部123a,123bが長穴314aに沿って滑動することを可能としている。つまり、これらガイド板314,314と針棒12の凸部123a,123bの協働により、針棒12が上下動動作を妨げられることなく、針棒回動台31と共に自らを中心としてZ軸回りに回動を行うことを可能としている。
【0029】
伝達機構33は、針棒回動モーター32をその出力軸が下方に向いた状態で支持するモーターブラケット331と、針棒回動台31のミシンアーム部101aの上面からの突出端部を軸受け334により回動可能に支持する支持ブラケット333と、針棒回動モーター32の出力軸に固定装備された主動スプロケット332と、針棒回動台31の突出端部近傍に固定装備された従動スプロケット335と、主動スプロケット332及び従動スプロケット335に掛け渡されたタイミングベルト336とを備えている。
これにより、針棒回動モーター32が駆動すると、針棒回動台31に回動が付与され、針棒回動台31と共に針棒12を回動させることが可能となっている。また、針棒回動モーター32は、制御装置90の制御により正方向と逆方向のいずれにも駆動することが可能であり、メス針11と針棒12とを正逆いずれにも回動させることができる。
なお、針棒12の中心線と針棒回動台31の回動中心線とはいずれも同一直線上にある。
【0030】
上記の構成により、この針棒回動機構30はメス針11が後述する基準位置(
図12の向き参照)にある状態から時計方向と反時計方向とにそれぞれ少なくとも45°までの範囲について任意の角度に正逆回転を行わせることができる。なお、より高速又はより高トルクの針棒回動モーター32を使用することにより、より広範囲で正逆にメス針11を回動させることが可能である。
【0031】
[中押さえ]
図2における符号13は、針棒12と同じくミシンモーター21を駆動源として図示しない周知の動作伝達機構により針棒12と同期して上下動を行う中押さえである。
この中押さえ13は、メス針11を遊挿する円筒状の枠を布地のすぐ上側で針棒12よりも小さな振幅で上下動を行い、メス針11の上方移動の際に、布地が引き上げられないように、当該布地を押さえるものである。
【0032】
[天秤機構]
図2及び
図5における符号16は天秤機構である。
この天秤機構16は、針棒クランク23に設けられたクランクロッド24の上端部を支持する偏心軸により一端部が軸支されたリンク部材161と、天秤162を有するベルクランク部材163とから構成されている。
ベルクランク部材163は、ミシンアーム部101aの内部で軸支された基部と当該基部から延出された二本の腕部とを有し、一方の腕部がミシンアーム部101aの外部まで延出された天秤162となっている。また、もう一方の腕部163aは、リンク部材161の他端部に連結され、ベルクランク部材163に回動動作が入力される。
天秤162は、その先端部に上糸Uを挿通する貫通穴が形成されている。
かかる構成により、天秤機構16は、針棒12と同周期で天秤162が上下動を行う。但し、天秤162は針棒12よりも上軸角度で約60°程度遅れて上死点に到達するよう設計されている。
【0033】
[糸寄せ機構]
図7は糸寄せ機構50の平面図、
図8は斜視図である。
糸寄せ機構50は、ミシンベッド部101bの内部であって針板14よりも下側に設けられ、糸寄せ部材51により下糸の糸寄せを行う。この糸寄せ機構50は、ボビンケースから針板14の針穴15に渡る下糸を先端部で引っ掛けて移動することで、その糸経路を変更する糸寄せ部材51と、当該糸寄せ部材51の糸寄せ動作の駆動源となる糸寄せ用モーター52と、糸寄せ用モーター52により作動する糸寄せカム部材53と、糸寄せカム部材53から動作付与が行われる従動体としてのコロ54と、コロ54から糸寄せ部材51に下糸の糸寄せ動作を伝達するリンク機構55とを主に備えている。リンク機構55は、コロ腕541と支軸542から構成される。
【0034】
上記糸寄せ用モーター52は、ミシンベッド部101bの内部に取り付けられたモーター取り付け台521により出力軸を垂直上方に向けた状態で支持されており、当該出力軸には主動歯車522が装備されている。モーター取り付け台521の上面には、主動歯車522に隣接して小径の従動歯車523が設けられており、これらは相互に噛合しており、主動歯車522から従動歯車523へ増速回転が伝わるようになっている。
従動歯車523は、その回動軸524を介して糸寄せカム部材53と連結されており、従動歯車523の回動は糸寄せカム部材53に伝達される。
【0035】
図9は糸寄せカム部材53の平面図である。糸寄せカム部材53は略扇形であり、略円弧状の外縁部がコロ54に当接して変位を付与するカム部531となっている。そして、このカム部531は、回動中心位置から一定の距離を維持する円弧のカム形状の不動区間532,533を有し、二つの不動区間532,533の間には、これらに連なる動作区間534が形成されている。二つの不動区間532,533は、いずれも回動中心から一定の距離を維持するカム形状であるが、不動区間533は不動区間532よりも径が大きく設定されている。
動作区間534は、一方の不動区間532との境界位置から徐々に拡径して他方の不動区間533との境界位置で当該不動区間533と同じ径に至るカム形状となっている。
すなわち、糸寄せカム部材53は、糸寄せ部材51に糸寄せ動作を付与しない不動区間532、533と、糸寄せ部材51に糸寄せ動作を付与する動作区間534とが連続して形成されたカム部531を有する。
【0036】
詳細は後述するが、糸寄せ機構50は、縫製中に一定の上軸角度の範囲内となるタイミングで糸寄せ部材51を所定の角度範囲で一定方向に回動させると共に、また別の上軸角度の範囲内となるタイミングで糸寄せ部材51を前回と同じ角度範囲で逆方向に回動させるためのものである。従って、縫製速度が高速となればなるほど、糸寄せ部材51の各方向への回動動作も高速で行わなければならない。
従って、糸寄せカム部材53のカム部531に不動区間532又は533を設け、当該不動区間532又は533をコロ54の待機位置とし、不動区間532又は533をコロ54が相対移動する際の助走期間として十分に加速した後に、コロ54が動作区間534に沿って相対移動するように、糸寄せカム部材53が設計されている。これにより、糸寄せ用モーター52の高速域のみを利用して糸寄せ部材51の高速回動動作を行うことが可能となっている。
【0037】
なお、糸寄せ部材51は、往復回動を行うが、往路の回動と復路の回動との間で一旦停止が行われる。
従って、一方の不動区間532は糸寄せ部材51の往路の回動時における助走期間のために使用され、もう一方の不動区間533は糸寄せ部材51の復路の回動時における助走期間のために使用される。
これにより、糸寄せ部材51の往路の回動と復路の回動のそれぞれを高速に行うことが可能となっている。
なお、糸寄せ機構50に、糸寄せカム部材53の基準の待機位置を検出する原点センサを設け、当該待機位置から糸寄せカム部材53の回動を開始させることにより糸寄せ用モーター52が丁度高速状態になる時に糸寄せ部材51が回動動作を行うように構成しても良い。
【0038】
糸寄せカム部材53のカム部531に当接するコロ54は、ベルクランクであるコロ腕541の一方の腕部541aに回転可能に保持されており、コロ腕541のもう一方の腕部541bには糸寄せ部材51が保持されている。
また、このコロ腕541は、二本の腕部541a,541bの基端部側がモーター取り付け台521に設けられた支軸542により回動可能に支持されている。
また、コロ腕541は、コロ54が常時、糸寄せカム部材53のカム部531に当接するようにねじりコイルバネ543により付勢されている。
また、コロ腕541には、糸寄せカム部材53が余分に回動してコロ54がカム部531から脱落した場合に、ねじりコイルバネ543により過剰に回動しないように、ストッパ544が併設されている。
【0039】
糸寄せ部材51は、その基端部がコロ腕541の腕部541bの回動端部に保持されており、当該糸寄せ部材51の先端部は針板14の下側において針穴15の方向に延出されている。また、この糸寄せ部材51の先端部側が自由端となっており、また、先端部は尖鋭な形状に形成されている。そして、糸寄せ部材51は、通常は、その先端部が針穴15に対して前方に離れて待避しており、糸寄せの際には、先端部が針穴15の真下を通過するように移動してボビンケース134から針穴15に渡る下糸に係合して後方に寄せる動作を行う。
【0040】
また、針板14の左側部には、上下二枚の板状体の隙間に板状の糸寄せ部材51を回動動作の前後に渡って介挿するように支えるガイド511が設けられており、糸寄せ部材51の回動動作時における上下方向の震えを抑止している。
【0041】
上記の構成により、糸寄せ機構50では、コロ54が糸寄せカム部材53のカム部531の不動区間532における所定の待機位置に位置する状態から、糸寄せ用モーター52が駆動を開始すると、主動歯車522,従動歯車523を介して糸寄せカム部材53が回動を開始する。
そして、糸寄せ用モーター52により、コロ54は糸寄せカム部材53の不動区間532で加速し、動作区間534で高速で相対移動を行う。これにより、コロ腕541が回動し、糸寄せ部材51を回動させる。そして、この糸寄せ部材51の往路の回動動作により糸寄せ部材51は針穴15の真下を通過して下糸Dを後方に寄せる動作を行う。
そして、糸寄せ用モーター52は、コロ54がもう一方の不動区間533内の所定の停止位置に到達すると駆動を停止する。
【0042】
また、糸寄せ機構50は、コロ54が不動区間533に位置する状態から、糸寄せ用モーター52を逆回転で駆動させて、不動区間533で加速させつつコロ54を相対移動させ、動作区間534において糸寄せ部材51の復路の回動動作を行わせる。
さらに、糸寄せ用モーター52は、コロ54が不動区間532内の当初の待避位置に到達すると駆動を停止する。
【0043】
[布移動機構]
図1に示すように、布移動機構80は、ミシンベッド部101bの上面において布地を保持する保持枠81と、保持枠81を昇降可能に支持する支持アーム82と、支持アーム82を介して保持枠81をX軸方向に移動させる
図14に示すX軸モーター83と、支持アーム82を介して保持枠81をY軸方向に移動させる
図14に示すY軸モーター84とを備えている。
布移動機構80は、かかる構成により、保持枠81を介して布地をX−Y平面の任意の位置に移動位置決めすることができ、一針ごとに任意の位置に針落ちを行うことができ、自在な縫い目の形成が可能となっている。すなわち、移動機構とも称する布移動機構80は、布地を水平面に沿って任意の位置に移動させて任意の位置に針落ちを行わせる。
【0044】
[糸調子装置]
図10は糸調子装置70の断面図である。糸調子装置70は、上糸に糸張力を付与する糸調子器79と、糸調子器79による糸張力を可変調節する糸張力調節用アクチュエータとしての糸調子ソレノイド71とから主に構成される。
上記糸調子器79は、ミシンアーム部101aの右側面に設けられ、糸供給源から天秤142に至る経路の上糸を挟持して糸張力の付与を行うものである。この糸調子器79は、上糸を挟む二枚の糸調子皿72,72と、これらの糸調子皿72,72が互いに接離するX軸方向にそって移動可能に支持する中空支軸73と、中空支軸73の内部を貫通して一方の糸調子皿72を他方の糸調子皿72に押圧することが可能な押圧軸74と、糸取りバネ75と、これらを格納保持する本体ケース76とを備えている。
【0045】
一方、糸調子ソレノイド71は糸調子器の左方において、通電される電流値に応じて突出する方向に推力を生じる出力軸71aが、前述した押圧軸74と同一線上に並ぶように配置されている。
そして、出力軸71aは、コイルバネ77に挿通された伝達軸78と結合されており、この伝達軸78は、出力軸71aを押し戻す方向に押圧するコイルバネ77に挿通されている。
従って、糸調子ソレノイド71の非通電時には、出力軸71aはコイルバネ77に押し戻され、押圧軸74を糸調子皿72の方向に押圧する押圧力が得られないので、二枚の糸調子皿72,72はフリーとなり、糸張力の付与が行われない。
また、糸調子ソレノイド71に通電を行うと、その電流値に応じた推力で出力軸71aが突出し、コイルバネ77に抗して伝達軸78が押圧軸74を介して一方の糸調子皿72を押圧し、当該押圧力に応じて二枚の糸調子皿72,72の間に介挿された上糸に張力を付与することができる。
なお、糸調子ソレノイド71の通電量は制御装置90により制御され、糸調子装置70において、任意の糸張力を上糸に付与することが可能となっている。
また、制御部としての制御装置90は、糸寄せを実行する運針又は当該運針を含む複数針数の運針の際に、算出した布移動方向が、A又はBの角度範囲に属する場合、糸張力を低減調節するように糸張力調節用アクチュエータとしての糸調子ソレノイド71を制御する。
【0046】
[メス針]
図11(A)は基準位置にあるメス針11の正面図、
図11(B)は基準位置にあるメス針11の側面図、
図12は基準位置にあるメス針11の平面図を示している。
このメス針11はその先端部112が扁平且つ尖鋭に形成された平メス型のメス針である。このメス針11は、断面略丸型縫製針の針とは異なり、略長穴状の針落ち穴、例えば、一文字形、菱形、三日月形の針落ち穴を形成する。
そして、
図12に示すように、メス針11が基準位置にある状態で目孔11aがY軸方向に沿った状態となり、扁平な先端部112はX軸方向に沿った状態となる。このように先端部112が目孔11aに直交するメス針11を横メスという。なお、図中の符号Cはメス針11の中心線を示している。
また、メス針11は、基準位置にある状態で、目孔11aの一端部が作業者側(前側)を向いており、目孔11aの他端部は平坦にえぐられている。当該目孔11aの一端部側を正面側113、目孔11aの他端部側をえぐり側114とすると、上糸供給源から引き出された上糸Uは、メス針11の目孔11aの正面側113からえぐり側114に向かって挿入され、布地に至る。
メス針11は、基準位置にある状態で、メス針11に対してえぐり側114に釜13が配置されており、メス針11のえぐり側114から釜13が上糸ループの捕捉を行う。即ち、基準位置とは、えぐり側114と釜13が対向して、釜13が上糸ループの捕捉を行う際の向きをいう。
そして、メス針11の針回動を行う場合には、針棒12の上死点(上軸角度0°)で基準位置を向いた状態にあり、針棒12が下降を開始してメス針11の先端部が布地に到達するまでに目標とする回動角度まで針棒12の回動が行われ、針棒12の下死点(上軸角度180°)までに基準位置に戻されて、その後、上糸Uが釜13に捕捉されて結節が形成される。
【0047】
[ミシンの制御系:制御装置]
図13はミシン100の制御系を示したブロック図である。ミシン100は、上述した各部、各部材の動作を制御するための制御部としての制御装置90を備えている。そして、制御装置90は、縫製における動作制御を行うためのプログラムが格納されたROM92と、演算処理の作業領域地となるRAM93と、縫製データを記憶する記憶手段としての不揮発性のデータメモリ94と、ROM92内のプログラムを実行するCPU91とを備えている。
【0048】
また、CPU91は、ミシンモーター駆動回路21a、X軸モーター駆動回路83a、Y軸モーター駆動回路84a、糸寄せ用モーター駆動回路52a、針棒回動モーター駆動回路32a、糸調子ソレノイド駆動回路71bを介して、ミシンモーター21、X軸モーター83、Y軸モーター84、糸寄せ用モーター52、針棒回動モーター32及び糸調子ソレノイド71のそれぞれに接続され、各モーター21,83,84,52,32及び糸調子ソレノイド71の駆動を制御する。
また、CPU91にはインターフェイス95aを介して設定手段としての操作パネル95が接続されており、オペレーターが各種の設定を入力することが可能となっている。
また、ミシンモーター21は、図示しないエンコーダを備えており、その検出角度がCPU91に出力される。また、上記各モーター83,84,52,34はステッピングモーターであり、これらの図示しない原点検索手段がCPU91に接続され、その出力からCPU91は各モーターの原点位置を認識することができる。
【0049】
データメモリ94に格納されている縫製データには、所定の縫製パターンを縫製するための一針ごとのX軸モーター83及びY軸モーター84の動作量が順番に記憶されており、CPU91は、縫製の際には、一針ごとにX軸モーター83及びY軸モーター84の動作量を読み込むと共に当該各動作量に応じてX軸モーター83及びY軸モーター84を駆動する動作制御を行う。すなわち、制御装置90は、所定の縫製パターンを形成するための一針ごとの針落ち位置又は布地の移動量を定めた縫製データに基づいて布移動機構80を制御する。
なお、縫製データは、所定の縫製パターンを縫製するための一針ごとの針落ち位置の位置座標(X−Y座標)を記録したものでも良い。その場合には、制御装置90は、各位置座標から毎回の針落ち後との一針ごとにX軸モーター83及びY軸モーター84の動作量を算出しながらX軸モーター83及びY軸モーター84を駆動する動作制御を行う。
【0050】
[ヒッチステッチの発生要因]
上記CPU91は、上記縫製データに基づく縫製制御の実行に伴い、ヒッチステッチ回避制御を実行する。ヒッチステッチの発生要因は2つある。
まず、第1要因としては、上糸Uがメス針11に絡む方向が挙げられる。布移動機構80により布を縫製データに応じて毎針ごとに任意の方向に移動する場合、その布移動方向、つまり縫目形成方向に応じて、メス針11が布に刺さるときにメス針11の目孔11aを通った上糸Uがメス針11に絡む方向が左巻き(
図14(A))となるか右巻き(
図14(B))となるかの2通りある。これが、パーフェクトステッチとなるかヒッチステッチとなるかを決定する1要因となる。
また、第2要因としては、下糸Dの経路に対する針落ち位置が挙げられる。前述した
図3に示すように、釜13のボビンケース134の角の部分から針板14の針穴15に下糸Dが渡っている状態において、針落ち位置は、下糸Dの経路に対し、メス針11が左側Lと右側Rの何れかに針落ちする。これが、パーフェクトステッチとなるかヒッチステッチとなるかを決定する1要因となる。
【0051】
図15は、前述の第1発生要因と第2発生要因の組み合わせに応じて、針穴15を中心として布移動機構80の布移動方向の角度範囲をA〜Dの四つに分けた状態を示している。
図16は
図15に示した各範囲について、ヒッチステッチが生じるか、また、その要因は前述したいずれに該当するのかを示している。
まず、Aの布移動方向の角度範囲は、この角度範囲の方向に布が送られるとき、下糸がボビンケースから針穴15に向かう方向にほぼ一致するため、針穴15を通る下糸に対し、メス針11が右側に落ちるか左側に落ちるかが不確定な領域で、ヒッチステッチ要因が発生し得る。一方、この領域は、その布移動方向により、メス針11に対する上糸の絡み方向は確実に右側で、ヒッチステッチの発生要因にはならない。従って、Aの布移動方向は、パーフェクトステッチとヒッチステッチのいずれも発生し得る領域である。
【0052】
次に、Bの布移動方向の角度範囲は、この角度範囲の方向に布が送られると、釜(ボビンケース)から針穴15に連なる下糸経路に対し、メス針11が落ちる側が確実に左側となり、且つ、この領域はその布移動方向によりメス針11に対する上糸の絡み方向は右側になる。この場合、ヒッチステッチ要因が発生し、Bの布移動方向はヒッチステッチになる領域である。
【0053】
次に、Cの布移動方向の範囲は、この角度範囲の方向に布が送られると、釜(ボビンケース)から針穴15に連なる下糸経路に対し、メス針11が落ちる側が確実に左側で、ヒッチステッチ発生要因にはならない。一方、メス針11に対する上糸の絡み方向は不確定なため、ヒッチステッチ要因が発生し得る。従って、Cの布移動方向は、パーフェクトステッチとヒッチステッチのいずれも発生し得る領域である。
【0054】
残りのDの布移動方向の範囲は、この角度範囲の方向に布が送られると、釜(ボビンケース)から針穴15に連なる下糸経路に対し、メス針11が落ちる側が確実に右側で、メス針11に対する上糸の絡み方向は左側になる。ヒッチステッチ要因が発生しないため、Dの布移動方向はパーフェクトステッチになる領域である。
【0055】
[制御装置:ヒッチステッチ回避制御]
このように、ミシン100では、パーフェクトステッチとヒッチステッチのいずれになるかは、釜(ボビンケース)から針穴15に連なる下糸経路に対してメス針11が落ちる位置と、メス針11に対する上糸の絡み方向との二つの要因が絡んで決定され、また、それぞれの要因が不確定となる領域については縫い目の種類も不確定となる傾向を示す。
従って、ヒッチステッチの発生の回避のみを目的とする場合には、布移動機構80による布移動方向の前述したA〜Dの四つの角度範囲について、
図16に示すように、角度範囲Aと角度範囲Bに布地を移動する場合には糸寄せ機構50により糸寄せを実行し、角度範囲Cに布地を移動する場合には針棒回動機構30による針棒回動を実行すれば良い。なお、この場合の針棒12の回動方向及び回動角度は、基準位置から反時計方向にだいたい45°回動させれば良い。
従って、制御装置90は、データメモリ94に角度範囲Aと角度範囲Bの数値範囲を示す糸寄せ駆動データを記憶しており、縫製データに基づく布移動機構80により布地の移動方向が角度範囲A及びBの数値範囲内である場合には、糸寄せ機構50による糸寄せ動作を実行するよう制御する。
即ち、角度範囲A及びBは、「予め定められた糸寄せ角度範囲」に相当し、角度範囲Cは、「予め定められた糸絡方向変更角度範囲」に相当する。
【0056】
[メス針角度補正制御]
一方、このミシン100は、縫い針としてメス針11を使用するので、針棒回動機構30の動作制御は、ヒッチステッチの回避を行いつつも、布移動方向に対応する方向に傾斜した針落ち穴が形成されるようにするメス針角度補正制御を実施する必要がある。
本実施形態のミシン100のメス針11は平メス型であるため、布地には一文字の針落ち穴が形成される。例えば、
図17に示すように、一文字の針落ち穴hが布移動方向Fに対して時計方向に傾斜した状態を維持するように針棒回動機構30を制御するには、
図18のようにメス針11の角度を決定する制御を行う必要がある。
【0057】
なお、ここに示す針落ち穴hの向きは一例であって、任意に変更可能である。変更する場合には、基準位置に対して形成される一文字の針落ち穴の向きが異なる他のメス針を使用することが望ましい。
【0058】
この
図18ではX軸方向とY軸方向とにそれぞれ二辺が平行な矩形の縫製パターンを例示する。
図18の縫製パターンのf1方向(前方を0°とした場合の90°)の布移動では、メス針11は前述した基準位置に対して時計方向(正方向とする)に45°傾斜した向きで針落ちを行い、縫製パターンのf2方向(前方を0°とした場合の180°)の布移動では、メス針11は前述した基準位置に対して反時計方向(逆方向とする)に45°傾斜した向きで針落ちを行い、縫製パターンのf3方向(前方を0°とした場合の270°)の布移動では、メス針11は前述した基準位置に対して時計方向に45°傾斜した向きで針落ちを行い、縫製パターンのf4方向(前方を0°とした場合の0°)の布移動では、メス針11は前述した基準位置に対して反時計方向に45°傾斜した向きで針落ちを行う。
このように、何れの布移動方向Fに対しても同じ方向に傾斜した針落ち穴hを形成するためには、±45°(時計方向を正方向、反時計方向を逆方向とする)の範囲で針棒12を回動させればよい。
【0059】
従って、
図19に示すように、上記f3方向を中心とする±45°の布移動方向範囲を第1の角度範囲(45°〜135°)、上記f4方向を中心とする±45°の布移動方向範囲を第2の角度範囲(135°〜225°)、上記f1方向を中心とする±45°の布移動方向範囲を第3の角度範囲(225°〜315°)、上記f2方向を中心とする±45°の布移動方向範囲を第4の角度範囲(315°〜45°)とする。
そして、制御装置90は、布移動方向が第1の角度範囲に含まれる場合には針棒12を時計方向に45°回動させ、第2の角度範囲に含まれる場合には針棒12を反時計方向に45°回動させ、第3の角度範囲に含まれる場合には針棒12を時計方向に45°回動させ、第4の角度範囲に含まれる場合には針棒12を反時計方向に45°回動させる。
これにより、縫製パターンに従って布移動方向が変化する場合でも、布移動方向に対して常に時計方向に傾斜した状態で針落ち穴hを形成することができ、針落ち穴を布移動方向の変化に対応した向きに維持しつつ縫い目を形成することが可能となる。
なお、第1〜第4の角度範囲における針棒12の回動角度の値は、設定手段としての操作パネル95により任意に設定することが可能となっている。
【0060】
ところで、f4方向を含む第2の角度範囲は、前述した針棒回動によりヒッチステッチを回避すべき角度範囲C(
図15参照)の全域を含んでいる。しかし、基準位置に対する針棒12の回動方向及び回動角度が、ヒッチステッチを回避するための針棒12の回動方向及び回動角度と一致すれば、縫い目の形成方向に対応する方向を向いた針落ち穴を形成しつつ、ヒッチステッチを回避することが可能となる。
前述したように、角度範囲Cに布地を移動する場合、ヒッチステッチを回避するためには、針棒回動機構30により針棒12を反時計方向に45°の回動を行えば良い。第2の角度範囲では、メス針11を反時計方向に45°に回動して傾斜した針落ち穴hを形成するため、ヒッチステッチを回避するための針棒12の回動方向及び回動角度と一致する。従って、第2の角度範囲では、縫い目の形成方向に対応する方向を向いた針落ち穴の形成と、ヒッチステッチの回避と、の双方が実現可能となっている。
【0061】
そして、制御装置90は、縫製実行時において、以下の動作制御を実行する。即ち、所定の縫製パターンの縫製を行うために一針分のX軸モーター83及びY軸モーター84の動作量を縫製データから読み込むと、X軸方向とY軸方向の移動量から布の移動方向が角度範囲A及び角度範囲Bに属するかを判定する。また、同時に、布の移動方向が第1〜第4のいずれの角度範囲に属するかを判定する。
そして、布の移動方向が角度範囲A又は角度範囲Bに属する場合には、糸寄せ機構50の糸寄せ用モーター52を制御して糸寄せ動作を実行して、ヒッチステッチの回避をする。
また、布の移動方向が第1又は第3の角度範囲に属する場合には針棒回動機構30の針棒回動モーター32により時計方向に45°の針棒回動動作を行って、布移動方向に対して時計方向に傾斜した針落ち穴hを形成する。また、第2又は第4の角度範囲に属する場合には反時計方向に45°の針棒回動動作を行って、布移動方向に対して時計方向に傾斜した針落ち穴hを形成する。また、第2の角度範囲には、ヒッチステッチ回避制御における角度範囲Cが含まれるが、傾斜した針落ち穴hを形成するために、針棒12は反時計方向に45°の回動動作が付与されているため、ヒッチステッチは回避される。
【0062】
[制御装置:針棒回動の実行タイミングについて]
次に、メス針角度補正制御における針棒回動を実行する場合の適正なタイミングについて説明する。
図20は上軸角度とメス針11の高さとの関係を示す線図である。
図20において、
a区間:針先が縫製物から抜けてから針棒上死点へ到達するまでの上昇区間、
b区間:針棒上死点より針先が縫製物に到達するまでの下降区間、
c区間:針先が縫製物に到達してから針棒下死点に到達するまでの下降区間、
d区間:針棒下死点から釜剣先と針が一致するまでの上昇区間、
e区間:針と釜剣先一致してから針が縫製物を抜けるまでの上昇区間、
を示している。
傾斜した針落ち穴hを形成するために、針棒の回動は、
図20における針刺さり角度に達するまでにメス針11の向きが必要な角度だけ回動していることが要求される。従って、針棒回動機構30の針棒回動モーター32は、少なくとも、針刺さり角度に到達するタイミングよりも、針棒12を45°回動させるための所要時間分だけ前から駆動を開始するよう制御される。
なお、上軸角度は、ミシンモーター21に設けられたエンコーダの出力により監視される。
【0063】
また、メス針11の向きは、少なくとも針釜一致の上軸角度に到達する前、望ましくは、針棒下死点の上軸角度に到達する前に元の向き(基準位置)に戻す必要がある。従って、針棒回動機構30の針棒回動モーター32は、少なくとも、針棒下死点の上軸角度に到達するタイミングよりも、針棒12を45°回動させるための所要時間分だけ前から駆動を開始するよう制御される。
【0064】
[制御装置:糸寄せの実行タイミングについて]
次に、ヒッチステッチ回避制御における糸寄せを実行する場合の適正なタイミングについて説明する。
図21はミシン100におけるメス針11、釜13、天秤162のモーションダイヤグラムである。
図21における▲印の線は針棒曲線を示し、■印の線は釜曲線を示し、◆印の線は天秤曲線を示している。また、
図22、
図23は糸寄せ部材51と針穴15との位置関係を示す平面図であり、
図22は糸寄せを実行していない状態を示し、
図23は糸寄せを実行している状態を示す。
【0065】
図22及び
図23に示すように、糸寄せ部材51は、針落ち位置となる針穴15を横切ることから、糸寄せの実行において、糸寄せ部材51の往路の回動は、針刺さり角度となる上軸角度113°までに糸寄せ部材51の往路の回動が完了していることが望ましい。従って、糸寄せ機構50の糸寄せ用モーター52は、少なくとも、針刺さり角度に到達するタイミングよりも、糸寄せカム部材53の不動区間532の待機位置から不動区間533の停止位置に到達するまでの所要時間分だけ前から駆動を開始するよう制御される。
また、糸寄せ部材51の復路の回動は、上糸が釜により針心から最も遠ざかる上軸角度270°となる上糸開き角度で糸寄せ部材51の往路の回動が行われることが望ましい。従って、糸寄せ機構50の糸寄せ用モーター52は、糸寄せカム部材53の不動区間533から動作区間534に移行するタイミングと上糸開き角度(上軸角度270°)とが一致するように駆動を開始するよう制御される。
糸寄せ部材51の回動動作は、往路復路共に短いタイミングでの動作が要求されるが、糸寄せ用モーター52は、不動区間532又は533で助走してから高速状態で動作区間534に至るため、糸寄せ部材51を高速で回動させることができ、短いタイミングでの動作の要求に十分に対応することが可能である。
【0066】
図24に示すように、糸寄せを実行すると、下糸は糸寄せ部材51に寄せられて経路長が長くなり、ボビン側から引き出されることとなる。
従って、上糸張力は通常時より小さく設定しても、上下の糸の結節を布の上側に引き上げることができ、低張力で締りのよい縫い目を形成することができる。
従って、縫製時に糸寄せの実行と判定された針落ちの際には、糸張力を低減するよう糸調子ソレノイド71の制御が実行される。
この時、糸調子ソレノイド71の糸張力は、縫製データに設定されている糸張力の設定値を自動的に演算により所定量を減じたり、所定の比率で低減して自動的に求めても良いし、或いは、糸寄せの実行に適した糸張力値を事前に設定し、糸寄せの実行時に一律で糸寄せの実行に適した糸張力値となるように糸調子ソレノイド71の制御を行っても良い。
このように、糸寄せの際に糸張力を低減する制御を行うことにより、糸寄せを実行する縫い目と、実行しない縫い目との糸締まりの均一化を図ることができる。
【0067】
[ヒッチステッチ回避制御及びメス針角度補正制御の動作説明]
図25はヒッチステッチ回避制御のフローチャートである。図示のように、ミシン100の制御装置90は、縫製データに基づく縫製の実行時において、上軸の一回転ごとの回転角度(位相)が所定の読み込み角度の場合に、縫製データから次の運針のX軸方向及びY軸方向の移動量の読み込みを実行する(ステップS1)。
そして、X軸方向及びY軸方向の移動量から布移動方向を算出する(ステップS3)。
【0068】
次いで、制御装置90は、前述したデータメモリ94に記憶された角度範囲A及び角度範囲Bの数値範囲を参照し、算出した布移動方向が、A又はBの角度範囲に属するか否かを判定する(ステップS5)。
その結果、布移動方向が角度範囲A又はBに属する場合には、糸調子ソレノイド71を制御して糸張力を設定値よりも低減するか或いは所定の低張力の値となるように制御する(ステップS7)。
【0069】
さらに、布移動方向が第1の角度範囲に属するかを判定し(ステップS9)、属する場合には、上軸角度を監視して、適正なタイミングで糸寄せ用モーター52の駆動を開始して糸寄せを実行すると共に、適正なタイミングで針棒回動モーター32の駆動を開始して針棒12を時計方向に45°回動させる(ステップS11)。
また、布移動方向が第1の角度範囲に属さない場合には、上軸角度を監視して、適正なタイミングで糸寄せ用モーター52の駆動を開始して糸寄せを実行すると共に、適正なタイミングで針棒回動モーター32の駆動を開始して針棒12を反時計方向に45°回動させる(ステップS13)。
そして、ヒッチステッチ回避制御及びメス針角度補正制御の動作を終了する。
【0070】
一方、ステップS5において、算出した布移動方向が、A又はBの角度範囲のいずれにも属さない場合には、布移動方向が第1又は第3の角度範囲に属するかを判定する(ステップS15)。そして、属する場合には、上軸角度を監視して、適正なタイミングで針棒回動モーター32の駆動を開始して針棒12を時計方向に45°回動させる(ステップS17)。
また、布移動方向が第1又は第3の角度範囲に属さない場合には、上軸角度を監視して、適正なタイミングで針棒回動モーター32の駆動を開始して針棒12を反時計方向に45°回動させる(ステップS19)。
そして、ヒッチステッチ回避制御及びメス針角度補正制御の動作を終了する。
【0071】
[実施形態の効果]
以上のように、ミシン100では、糸寄せ角度範囲で糸寄せを実行し、糸絡方向変更角度範囲で針棒の回動を実行するので、ヒッチステッチを回避することが可能である。
さらに、針棒回動機構30が針棒12の回動角度を基準位置から正逆双方に角度調節可能であるため、針棒12の回動角度を任意に広範囲に調節することができ、針棒回動機構を、メス針11の向きを布移動方向に応じて適正に調節するメス針角度補正制御に適用することが可能となる。
【0072】
特に、ミシン100では、布移動機構80による布地の移動方向を、第1〜第4の角度範囲に分割し、第2の角度範囲は糸絡方向変更角度範囲である角度範囲Cを含んでいるので、メス針11の縫い目形成の適正化とヒッチステッチの回避の双方を行うことが可能となる。
また、第1〜第4の角度範囲について定められた針棒の回動角度は、メス針11が形成する針落ち穴の向きが布移動方向に対して一定の角度範囲内となるように定められているので、よりメス針11の縫い目の向きのさらなる適正化を図ることが可能である。
【0073】
[その他]
上記実施形態では、被縫製物として布地を例示しているがこれに限らず、皮革類など運針が可能なあらゆるシート状のものを被縫製物とすることが可能である。
【0074】
また、上記ミシン100では、布移動方向を第1〜第4の角度範囲に分割して、ここの角度範囲でメス針11の回動角度を一定の値に決めている。このため、例えば、45〜90°の範囲では一様にメス針11は同じ向きとなり、針落ち穴の向きが布移動方向に対して一定の角度範囲となっているが、この角度範囲をより狭くするために、第1〜第4の角度範囲よりも細かく角度範囲を分割しても良い。これにより、布移動方向がいずれの方向である場合でも、布移動方向に対する針落ち穴の向きをより均一にすることができ、縫いの適正化を図ることが可能となる。
【0075】
また、上記ミシン100では、釜として半回転釜を例示したが釜の種類はこれに限られない。全回転釜、水平釜などいずれを用いることもできるが、角度範囲A〜Dの値が変動するので、これらは釜の種類ごとに試験等を行って取得し、適正な数値を設定することが望ましい。
【0076】
また、針棒回動機構30において針棒回動モーター32から針棒12に回動動作を付与するのにベルト機構を用いているが、これに限られない。針棒回動モーター32から針棒12への回動動作の伝達には、正回転と逆回転の双方の動作付与が自在且つ良好に行うことができるもの、例えば、歯車機構、或いは、針棒回動台31を針棒回動モーター32の出力軸に直結する構造としても良い。
【0077】
また、縫い針としてメス針を例示したが、一定の形状であって布移動方向に対して方向性のある形状の針落ち穴を形成するものであれば通常の縫い針にも上記ミシンを適用可能である。また、略長穴形状は、一文字状に限らず、正円以外の多角形、長円、その他の形状であっても良い。また、一定方向に長く、180°回転しても同一となる形状であればより好ましい。