(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6374769
(24)【登録日】2018年7月27日
(45)【発行日】2018年8月15日
(54)【発明の名称】水素化ニトリルゴム組成物とオイルシール
(51)【国際特許分類】
C08L 9/02 20060101AFI20180806BHJP
C08L 1/00 20060101ALI20180806BHJP
C08K 3/34 20060101ALI20180806BHJP
F16J 15/10 20060101ALI20180806BHJP
F16J 15/16 20060101ALI20180806BHJP
F16J 15/3204 20160101ALI20180806BHJP
C08F 8/04 20060101ALN20180806BHJP
【FI】
C08L9/02
C08L1/00
C08K3/34
F16J15/10 Y
F16J15/16 B
F16J15/3204
!C08F8/04
【請求項の数】5
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2014-230999(P2014-230999)
(22)【出願日】2014年11月13日
(65)【公開番号】特開2016-94528(P2016-94528A)
(43)【公開日】2016年5月26日
【審査請求日】2017年10月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】特許業務法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 篤史
(72)【発明者】
【氏名】國枝 賢一
【審査官】
三原 健治
(56)【参考文献】
【文献】
特開2004−115637(JP,A)
【文献】
国際公開第2015/146862(WO,A1)
【文献】
国際公開第2016/031848(WO,A1)
【文献】
特開2003−336745(JP,A)
【文献】
特開2006−292083(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L
C08K
F16J
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素化ニトリルゴム100質量部に対して、セルロースパウダー15〜40質量部およびケイ酸カルシウム10〜30質量部を含有することを特徴とする水素化ニトリルゴム組成物。
【請求項2】
前記ケイ酸カルシウムがウォラストナイトであることを特徴とする請求項1に記載の水素化ニトリルゴム組成物。
【請求項3】
前記水素化ニトリルゴムの結合アクリロニトリル量が30質量%以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の水素化ニトリルゴム組成物。
【請求項4】
水素化ニトリルゴムのヨウ素価が20以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の水素化ニトリルゴム組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の水素化ニトリルゴム組成物を用いてなるオイルシール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素化ニトリルゴム組成物と前記水素化ニトリルゴム組成物を用いたオイルシールに関する。
【背景技術】
【0002】
オイルシールは、自動車、産業機械等の分野で、重要な機械要素として広く用いられている。特に、回転軸の軸受け部を密封し、潤滑油等の流体が外部へ漏れ出ることを防ぎ、また外部のダストなどの侵入も防ぐ機械要素として、一般的に使用されている
【0003】
従来、自動車の駆動部の摺動部位に使用されるデフサイドシール等のオイルシールは、使用環境温度(−35〜150℃)が比較的広いことから、アクリルゴム(ACM)のゴム組成物が適用されている。しかし、アクリルゴム(ACM)は一般的に耐摩耗性が悪く、シール摺動部へ異物が噛み込むような使用環境下では、ゴムの摩耗劣化が促進されて、シール寿命の低下に繋がるおそれがあった。ここで、ACMとは、アクリルゴムの1種であり、アクリル酸エステルと2−クロロエチルビニルエーテルとの共重合体のことを意味している。
【0004】
そこで、アクリルゴム(ACM)に代わるゴム素材として、耐摩耗性に優れた水素化ニトリルゴムが検討されている。特許文献1には、結合アクリロニトリル量が15〜30重量%である水素化ニトリルゴムを基材とするパワーステアリング用オイルシールが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−336745号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般的に、水素化ニトリルゴムは、アクリルゴム(ACM)と比較して、耐熱性では比較的近いものの、オイルシールとしたときのシール機能性においてやや劣っている。ここで、シール機能性とは、オイルの吸込み性能(オイル吸込み量)のことを意味している(以下、同様)。
【0007】
そのため、特許文献1に記載されているように、ゴム素材として、アクリルゴム(ACM)に代えて水素化ニトリルゴムとするだけでは、耐摩耗性は改良されるものの、シール機能性においては、必ずしも十分なものとはいえなかった。
【0008】
本発明は、上記状況に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明の課題は、耐熱性およびシール機能性に優れた水素化ニトリルゴム組成物と前記水素化ニトリルゴム組成物を用いたオイルシールを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記のデフサイドシールの場合、泥水、ダスト等の異物が侵入する部位には、使用環境温度(−35〜150℃)における耐久性の面を重視して、従来はアクリルゴム(ACM)のゴム組成物が用いられてきた。しかし、前記したように、耐摩耗性の観点からは懸念があることから、本発明者らは、アクリルゴム(ACM)に比べ、耐摩耗性が良好な水素化ニトリルゴムを採用して、シール寿命を向上させることとした。
【0010】
さらに、本発明者らは、前記課題を解決するために、水素化ニトリルゴム組成物に、耐熱性を損なわずに、オイルの吸込み性能を付与することが可能となる添加剤について検討を加えた。その結果、セルロースパウダーが当該目的に適合し得ることを見出し、本発明に到達することができた。
【0011】
すなわち、本発明の水素化ニトリルゴム組成物は、水素化ニトリルゴム100質量部に対して、セルロースパウダー15〜40質量部
およびケイ酸カルシウム10〜30質量部を含有することを特徴としている。
また、前記ケイ酸カルシウムがウォラストナイトであることが好ましい。また、前記水素化ニトリルゴムの結合アクリロニトリル量が30質量%以下であることが好ましい。
本発明のオイルシールは、前記水素化ニトリルゴム組成物を用いて形成されるものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の水素化ニトリルゴム組成物は、耐熱性およびシール機能性に優れている。また、本発明のオイルシールも、耐熱性およびシール機能性に優れている。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。ただし、本発明の範囲は、以下に説明する実施形態に限定されるわけではない。
【0014】
本発明の水素化ニトリルゴム組成物は、水素化ニトリルゴム100質量部に対して、セルロースパウダー15〜40質量部を含有することを特徴としている。以下、本発明の水素化ニトリルゴム組成物を構成する成分について説明する。
【0015】
(水素化ニトリルゴム)
水素化ニトリルゴム(H−NBR)は、アクリロニトリル−ブタジエン共重合ポリマーであるニトリルゴムが有するポリマー主鎖中の不飽和結合を水素化することによって、耐熱性、耐薬品性、耐候性などを改良したゴムである。
【0016】
水素化ニトリルゴムのポリマー主鎖中に残留している二重結合量の目安として、ヨウ素価(g/100g)が用いられる。耐熱性を考慮すると、ヨウ素価(g/100g)が20以下のものが好ましく、15以下のものがより好ましい。
【0017】
一方、適度に不飽和結合を残存させることによって、過酸化物架橋や特殊架橋(アミン架橋等)が可能であるゴムとすることが、耐熱性、機械的強度、耐油性等の観点から好ましい。
【0018】
水素化ニトリルゴムは、アクリルゴムに近い耐熱性を有し、優れた化学的安定性を備えている。また、機械的強度、耐摩耗性などにも優れている。そのため、オイルシールやパッキン等の用途に対して適性を有している。
【0019】
本発明の水素化ニトリルゴムは、使用できる温度領域を一般的なアクリルゴム(ACM)と同等にするため、結合アクリロニトリル量(結合AN量)は、30質量%以下とすることが好ましく、24質量%以下がより好ましい。
【0020】
水素化ニトリルゴムのムーニー粘度ML
1+4(100℃)は、機械的強度や加工性の観点から40〜150のものが好ましく、70〜120のものがより好ましい。
【0021】
水素化ニトリルゴムとしては、例えば、日本ゼオン社製のゼットポール(Zetpol、登録商標)3310(結合アクリロニトリル含有量23.6質量%、ヨウ素価15)やゼットポール3610(結合アクリロニトリル含有量21質量%、ヨウ素価10未満)等を用いることができる。
【0022】
(セルロースパウダー)
本発明の水素化ニトリルゴム組成物は、セルロースパウダーを含有させることによって、水素化ニトリルゴム組成物に優れたシール機能性を付与することができる。セルロースパウダーは、高度に精製した天然セルロースを微細化した粉末である。パウダー形態とすることによって、ゴム組成物の物性に対する影響を極力抑制して、ゴム組成物に均一にシール機能性を付与することができる。
【0023】
セルロースパウダーは、水素化ニトリルゴム組成物にオイル吸込み量2ml/hr以上の優れたシール機能性を付与するためには、水素化ニトリルゴム100質量部に対して15〜40質量部を含有させる。
【0024】
セルロースパウダーの粒度としては、50メッシュから400メッシュで透過量90%以上のものや粒子径で約20〜50μmのものを使用することができる。セルロースパウダーとしては、例えば、日本製紙社製のKCフロック(登録商標)のW−250等の各種グレードを用いることができる。
【0025】
(ケイ酸カルシウム)
本発明の水素化ニトリルゴム組成物は、さらにケイ酸カルシウムを含有させることができる。ケイ酸カルシウムは、酸化カルシウム(CaO)と二酸化ケイ素(SiO
2)と水とが様々な割合で結合した組成物の総称である。メタケイ酸カルシウム(CaSiO
3)、オルトケイ酸カルシウム(Ca
2SiO
4)、ケイ酸三カルシウム(Ca
3SiO
5)などの化学形態が知られている。ケイ酸カルシウムを含有させることによって、水素化ニトリルゴム組成物のオイル吸込み量を増大させ、耐摩耗性を向上させることができる。ケイ酸カルシウムの含有量は、好ましくは0〜30質量部である。
【0026】
ケイ酸カルシウムとしては、ウォラストナイトであることが好ましい。ウォラストナイトは、珪灰石ともいい、化学式はCaSiO
3で表される繊維状の珪酸塩鉱物である。主成分は、CaOとSiO
2をほぼ等量含有している。水素化ニトリルゴム組成物に添加することによって、オイル吸込み量、引張強度、寸法安定性をさらに向上させることができる。ウォラストナイトとしては、例えば、NYCO社製のNYAD400等を用いることができる。
【0027】
本発明の水素化ニトリルゴム組成物には、さらにゴム配合材として、ゴム工業で一般的に使用されている配合剤を、本発明の効果を損なわない範囲で必要に応じて適宜添加することができる。例えば、取り扱い性向上と強度補強のために、ゴム補強性充填剤として、カーボンブラックやホワイトカーボン(シリカ)が用いられる。
【0028】
ゴム組成物の調製は、物性上要求される架橋剤系を加えて、オープンロール、ニーダー等を用いる任意の混練手段によって行われる。調製されたゴム組成物は、150℃〜200℃、3〜30分間等の条件下でヒートプレス等の架橋手段によって架橋成形される。
【0029】
ゴム組成物の一般的な架橋方法としては、硫黄による架橋(加硫)と有機過酸化物による架橋がある。これらの架橋方法、架橋条件については、公知の方法を適用することができる。
【0030】
以上説明してきたように、本発明の水素化ニトリルゴム組成物は、セルロースパウダーを使用することによって、シール機能性(オイル吸込み性能)に優れたゴム組成物を提供することができる。また、耐熱性についても、一般的なアクリルゴムと同等レベルのものである。
【0031】
本発明の水素化ニトリルゴム組成物を用いて、オイルシールを製造することによって、耐熱性とシール機能性に優れたものとすることができる。オイルシールは、公知の条件を適用して、架橋成形させることによって製造することができる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を用いて、本発明をより詳細に説明する。
(実施例1〜12、比較例1〜3)
(原材料)
水素化ニトリルゴム:日本ゼオン社製ゼットポール3310、ゼットポール3610
セルロースパウダー:日本製紙社製KCフロックW−250
ケイ酸カルシウム:NYCO社製NYAD400
カーボンブラック:東海カーボン社製FEF(Fast Extruding Furnace)、シーストGSO
シリカ:東ソーシリカ社製ニップシールER
カーボンブラックの含有量は、架橋ゴムの硬度が約70となるように、実施例・比較例毎に調整した。
【0033】
(水素化ニトリルゴム組成物の調製)
表1〜表3に記載した各実施例と各比較例の原料と組成に対して、さらに一般的な有機過酸化物架橋剤系を加えて混練して、水素化ニトリルゴム組成物の未架橋ゴム生地を作製した。その後、180℃で6分間の加圧架橋成形を行って、評価用の架橋ゴム試験片を作製した。
【0034】
上記方法で調製した未架橋ゴム生地または架橋ゴム試験片を用いて、以下の評価を行った。
(1)硬度
硬度は、JIS K6253:1997に準拠して、硬度計(Shore A型、瞬時)を用いて測定した。
【0035】
(2)引張強度・伸び
引張強度と伸びは、JIS K6251:2010に準拠して、引張破断時の引張強度(MPa)と伸び(%)を測定した。ダンベル状試験片は3号形を用いた。引張試験機は、AE−CTストログラフ(東洋精機社製)を用いた。
【0036】
(3)耐熱性
上記した方法により、調整した架橋ゴムをJIS K6257:2010に準拠して、老化試験を実施した。老化試験は、ギアオーブンを用いて、150℃×500hrの条件で、空気加熱することによって行った。老化試験前後の引張強度と伸びは、引張試験機(AE−CTストログラフ、東洋精機社製)を用いて、上記と同様に測定した。
引張強度と伸びについて、初期値と老化試験後の値を比較して、初期値に対する老化試験後の変化率(%)を算出した。
硬度については、上記の硬度の測定方法に準じて行った。初期値と老化試験後の値を比較して、初期値に対する老化試験後の変化率(%)を算出した。
変化率(%)は、増大するときは数値の前に+を記載し、減少するときは数値の前に−を記載した。
【0037】
(4)シール機能性
一般なオイルシールの回転試験の方法で、オイルシールのシール機能性(オイル吸込み量)を評価した。
オイル:エンジン油、トヨタ自動車社製キャッスルSN 0W−20
評価条件:シャフトの回転数2000rpm、オイル温度100℃の条件下で実使用状態を想定して、測定を行った。
シール機能性(オイル吸込み量)の評価:固定されたオイルシールと回転するシャフトとの摺動部位に規定量の油を注入し、油が吸い込み終わるまでの時間を計測し、オイル吸込み量(ml/hr)を算出する方法により行った。オイル吸込み量は、2ml/hr以上が好ましく、5ml/hr以上がより好ましいと判定した。
【0038】
(5)加工性(分散性)
上記した方法により、調整した未架橋ゴムの分散性について問題ないか下記手法によって確認した。
混練後の未架橋ゴム生地を目視にて、白点が確認できる場合は×、白点が確認できない場合は○、として判定した。
【0039】
評価結果を表1、表2、表3に示した。
【0040】
【表1】
【0041】
【表2】
【0042】
【表3】
【0043】
表1〜表3から分かるように、実施例1〜12は、耐熱性とシール機能性に優れていた。実施例1〜4では、セルロースパウダーを15〜40質量部含有させることによって、オイル吸込み量が2〜5ml/hrとなり、シール機能性に優れたものとなった。実施例5〜10では、さらにウォラストナイトを10〜30質量部含有させることによって、含有させない場合と比べてオイル吸込み量が増大し、シール機能性がさらに向上した。
【0044】
実施例11は、実施例3のゼットポール3310の代わりにゼットポール3610を使用したものである。また、実施例12は、実施例6のゼットポール3310の代わりにゼットポール3610を使用したものである。いずれの場合も、ゼットポール3310を使用した場合と比べて、ゼットポール3610を使用することによって、耐熱性が改善された。これは、ゼットポール3610がゼットポール3310に比べて、ポリマー主鎖中に残留している二重結合量が少ないためと考えられる。
【0045】
比較例1は、セルロースパウダーを10質量部含有するものであるが、オイル吸込み量が1.0ml/hrと劣っていた。比較例2は、セルロースパウダーを50質量部含有するものであるが、未架橋ゴム生地の分散性が劣っていた。比較例3は、セルロースパウダーもウォラストナイトも含有しないものであるが、オイル吸込み量が0ml/hrと劣っていた。