(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記陰極触媒層形成工程において、前記塗布液を塗布する工程の上流側に、前記導電性陰極基材に対して予熱する手段を設け、前記塗布液を塗布し、その後に前記基材に塗布した塗布液を乾燥・焼成する工程を複数回繰り返し、繰り返しをする全回数、前記予熱する手段を用いて、前記塗布液を塗布する直前の導電性陰極基材の温度が43℃〜120℃の範囲内になるように加熱する請求項3に記載の電解用陰極の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の電解用陰極及び該電解用陰極の製造方法について、好ましい実施の態様を挙げて本発明を詳細に説明する。
(1)まず、ニッケル又はニッケル合金よりなる導電性陰極基材に、陰極触媒成分の原料を含む塗布液を塗布・乾燥・固化して形成された陰極触媒層を有し、該陰極触媒層において、陰極基材の部材同士が交差した交差部に、余分で無駄な陰極触媒層(「液溜りの固化部分」)を生じていないか、或いは、従来のものよりも、過剰に固定される陰極触媒成分の量を低減できる、高価な陰極触媒成分の使用量の低減を達成した本発明の電解用陰極が簡便に得られる、本発明の電解用陰極の製造方法について説明する。前記したように、本発明は、多数の交差部を有する形態の導電性陰極基材の、少なくとも一方の面に、塗布法を利用して陰極触媒層を形成した際に生じる、本発明者が新たに見出した技術的課題を解決することを目的としている。そして、本発明では、上記した技術課題を、導電性陰極基材への陰極触媒層の形成工程で、1回以上、好ましくは塗布液の塗布を繰り返した場合における全回数、陰極触媒成分の原料を含む塗布液を塗布する直前の導電性陰極基材の温度が43℃〜120℃の範囲内になるように加熱する、という新たな構成によって解決し、上記した顕著な効果を実現している。したがって、本発明の製造方法において、上記した構成以外は、基本的には、従来の電解用陰極の製造方法と同様である。
【0022】
(2)更に、上記本発明の製造方法によれば、従来、看過されていた電解用陰極において生じていた下記の技術課題も解決される。先に述べたように、本発明者は、ニッケル又はニッケル合金の陰極基材の表面に、貴金属、その酸化物、ニッケル酸化物等の出発原料を含有する塗布液を塗布・乾燥・固化して陰極触媒層を形成した際に、特に、塗布液が酸性であると、ニッケル成分が陰極触媒層中に「ニッケルレイヤー」となって析出しやすいという事実を見出した。即ち、本発明を構成する、塗布液を塗布・乾燥・固化する「塗布熱分解法」によって陰極触媒層を形成する際に、陰極基材中のニッケル成分が溶け出し、陰極触媒層中にニッケル析出部として析出してしまう場合があり、このニッケル析出部が焼成工程を経てニッケルレイヤーとなる。そして、陰極の陰極触媒層に、このニッケルレイヤーが存在すると、長期間の電解或いは短時間の逆電解により、ニッケルレイヤーが加速度的に電解液中に溶出して、陰極触媒層を剥離させてしまうことを生じる。本発明者は、本発明の製造方法によって、上記した「ニッケルレイヤー」の出現が抑制されることを見出した。本発明者は、その理由を、塗布液の塗布直前に基材を特定の温度範囲で加熱することによって、塗布液の蒸発が促進され、その結果、陰極基材上での塗布液の乾燥が速まることで、酸性の塗布液と基材との接触時間を短くすることができ、この結果、陰極基材のニッケル成分が陰極触媒層中に「ニッケルレイヤー」となって析出することを効果的に抑制できたためと考えている。このことから塗布液の乾燥を促進させる手段として、塗布液として、揮発性の高いアルコール又はなどの有機溶媒を混合させたものを用いれば、陰極基材上での塗布液の乾燥をより速めることができ、結果として、上記課題を解決可能な陰極触媒層が形成できる。
【0023】
本発明で問題としている塗布法によって陰極触媒層を形成する場合、貴金属又は貴金属酸化物、ニッケル酸化物等の触媒成分の原料物質を均一に溶解した塗布液を用いる必要があるが、これらの原料物質は、後述するように、塩化物、硫酸塩、硝酸塩が用いられ、その溶媒としては、塩酸、硫酸、硝酸等の酸性溶媒が用いられることも多く、塗布液が酸性であることも多い。上記したように、本発明の製造方法によれば、ニッケル又はニッケル合金の陰極基材の表面に、貴金属、その酸化物、ニッケル酸化物等の出発原料を含有する塗布液を用いて陰極触媒層を形成する際に、酸性の塗布液を使用した場合に特に顕著となる、長期間の電解或いは短時間の逆電解により、陰極触媒層中にニッケルレイヤーが析出しやすいことに起因する、陰極触媒層を剥離させてしまうことによって生じる陰極触媒の消耗量が多くなる、といった問題が解決できる。
以下に、本発明の技術課題を生じる対象となる形態をもつ導電性陰極基材について説明する。
【0024】
(導電性陰極基材)
本発明では、導電性陰極基材として、ニッケル又はニッケル合金を用いる。また、該導電性陰極基材(以下、「導電性基材」とも呼ぶ)は、金網、エキスパンドメタル、パンチングメタル又はこれに類似する形状の、部材同士が交差した多数の交差部を有する形態のものである。その理由は、本発明では、下記の点を、解決すべき技術的課題としているからである。即ち、陰極触媒成分を含む塗布液を導電性陰極基材に塗布した際に、例えば、金網を構成する線状の金属等の部材同士が交差する交差部に液溜りが生じ、この液溜りに起因して、交差部に陰極触媒成分が過剰に固定されることが起こっていた。しかし、この「液溜りの固化部分」は、陰極性能の向上への寄与の意味はなく、むしろ高価な材料が無駄に使用された箇所となっているとの知見を得て、本発明では、この「液溜りの固化部分」をできるだけ少なくすることを目的としている。
【0025】
本発明でいう交差部とは、例えば、金網を構成する線状や帯状の金属製等の部材同士が交差する部分や、エキスパンドメタル、パンチングメタル等における空孔の直角又は鋭角部分のことであり、その交差する角度は、特に限定されないが、上記した課題に鑑みて、陰極触媒成分を含む塗布液を通常の状態で基材に塗布した際に液溜りが生じ易い程度の角度であることを要する。例えば、金属製の部材である金属線同士が縦横に交差した、なす角がいずれも90度である、目開き部分の網目形状がいずれも正方形或いは長方形である金網や、金属線同士のなす角の一部に、90度未満である交差した部分がある、目開き部分の少なくとも一部に、三角形、ひし形、台形等の網目形状を有する金網等が挙げられる。
【0026】
上記では、金属製の部材である金属線同士が交差するものを例示したが、上記における金属線は、針金のような断面が円形のものに限らず、楕円や多角形や偏平なものでもよく、帯状の金属板を交差させたものでもよい。また、直線状のものに限らず、凹凸を有するものでもジグザグのものであってもよい。金属線等の部材の太さも特に限定されず、従来より使用されている、金網或いはこれに類似する形態の導電性基材であれば、いずれも該当する。また、導電性基材の全体形状は、特に限定されず、従来より、平織の板状のものが一般的に用いられているが、必ずしも平坦面に限らず、用途に応じて適宜な曲面を有する場合もある。勿論、平織に限定されるものでも、その目開きの大きさが限定されるものでもない。本発明において重要なことは、対象とする導電性基材が、その少なくとも片面に、陰極触媒成分の出発原料を含有する塗布液を塗布した場合に、部材同士の交差部に液溜りが生じ得る形態を有するものに該当している点にある。換言すれば、本発明の技術は、本発明で規定する導電性基材に陰極触媒成分を含有する塗布液を塗布して、陰極触媒層を形成する場合に限られるものでなく、金網状基材の少なくとも片面に、高価な希少金属成分を含む塗布液を塗布して層を形成する必要がある他の場合にも利用可能な、高価な成分の無駄な使用の低減を達成できる、省資源の観点から分野を問わず有用な技術になり得るものである。なお、本発明によれば、部材同士の交差部に、液溜りに起因する固化部分が生じないようにすることもできるので、場合によっては、意匠的な効果の向上にも繋がり、この点でも有用である。
【0027】
上記したような交差部を多数有する導電性基材の材質は、ニッケル又はニッケル合金である。また、導電性基材は、比表面積1.1〜2.4m
2(投影面積1m
2当たりの実表面積)、厚さ0.1〜0.8mm程度のものが好適に使用される。以下に、電解用陰極の製造方法の概略を述べ、更に、本発明の電解用陰極を特徴づける陰極触媒層、及び該陰極触媒層の形成工程について説明する。
【0028】
(電解用陰極の製造方法)
1.前処理工程
図1に、本発明の電解用陰極の製造方法の製造工程の一例を示した。
図1に示したように、陰極触媒層の形成工程の前に、導電性基材に対して、前処理工程を実施してもよい。前処理工程としては、例えば、
図1中に1で示したような、従来の製造工程で行われている各工程を実施するとよい。勿論、前処理工程は、
図1中に示した前処理に限定されるものではない。
【0029】
2.陰極触媒層形成工程
本発明の電解用陰極の製造方法を特徴づける工程は、
図1中に2で示した、陰極触媒層形成工程にある。該工程では、上記した多数の交差部を有する形態の導電性基材の少なくとも一方の面に、陰極触媒成分(以下、単に「触媒成分」とも呼ぶ)の出発原料を含有する塗布液を塗布し、その後に前記基材に塗布した塗布液を乾燥・焼成する、塗布・乾燥・焼成の工程を、1回又は複数回繰り返すことで陰極触媒層(以下、単に「触媒層」とも呼ぶ)を形成する。本発明者の検討によれば、従来の方法では、塗布液を塗布する対象の導電性基材が、先に述べたように、表面積が大きい金網状基材であることから、焼成後、速やかに自然冷却されるので、上記一連の工程を複数回繰り返す場合であっても、再度、塗布液を塗布する場合における、塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度は、周囲温度(常温)近傍となっており、少なくとも、43℃以上という高温となることはなかった。これに対し、本発明の製造方法では、この陰極触媒層形成工程で、1回以上、好ましくは塗布液を塗布する度の全回数、塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度が43℃〜120℃の範囲内になるように、得られる効果と昇温に必要なコストとの兼ね合いから、好適には43〜63℃の範囲内になるように加熱する構成としたことで、従来にない経済的な電解用陰極を得ることを可能にする。上記したように、従来の方法では、塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度を制御することが行われることはなく、周囲温度(常温)のままの状態の導電性基材に塗布液を塗布することが行われており、少なくとも43℃以上という高温となることはなかった。後述するように、本発明者は、塗布液を塗布する直前の金網状等の導電性基材の温度を従来よりも高くしておくことで、陰極触媒層を形成するのに用いられる高価な陰極触媒成分の使用量を低減できるという新たな知見に基づき本発明を達成した。
【0030】
陰極触媒層の形成工程で、本発明の効果を、より効果的に確実に得られるようにするためには、前記塗布液を塗布する工程の上流側に、導電性基材に対して予熱の手段を有するプリヒーティング工程を設ける構成とする。また、所望する厚みの触媒層を形成するために、前記塗布液を塗布し、その後に乾燥・焼成する一連の工程を複数回繰り返すことが行われているが、その場合に、塗布液の塗布を繰り返す度の全回数、予熱する手段を用いて確実に、前記塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度が43℃〜120℃の範囲内に、好適には43〜63℃の範囲内になるように構成することが好ましい。以下に、
図1に例示した工程の概略図を参照して、上記のように構成した場合の本発明の電解用陰極の製造方法の手順を説明する。なお、本発明の顕著な効果は、塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度を43℃〜120℃の範囲内にすることができれば容易に得られるので、この点を実現できる実施形態であればよく、下記に述べる予熱手段によるプリヒーティング工程に限定されるものではない。
【0031】
図1に例示した方法は、導電性基材に触媒成分を含む塗布液を塗布する塗布工程(2−2)の前段に、従来の方法では存在していなかった基材を予熱する手段を有するプリヒーティング工程(2−1)を設け、この予熱する手段を用いて、塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度を43℃〜120℃の範囲内となるように構成している。
図1に示したように、このようにして特定の温度に加温された導電性基材に塗布液を塗布する塗布工程(2−2)を実施した後に、乾燥工程(2−3)、焼成工程(2−3)を経ることで、導電性基材に触媒層が形成される。
【0032】
導電性基材に触媒層を形成する場合は、触媒層の厚みを所望のものにするために、通常、これらの工程を繰り返して所望の厚みの触媒層を形成するが、本発明の製造方法では、その場合に、塗布液の塗布を繰り返す度に全回数、塗布工程(2−2)に先だってプリヒーティング工程(2−1)を行うように構成することがより好ましい。即ち、このように構成すれば、塗布液を塗布する際に、常に、導電性基材の温度が43℃〜120℃の範囲内に、好適には43〜63℃の範囲内になるので、その都度、導電性基材の交差部に形成される液溜りの固化部分を、生じないようにするか、或いは、この部分に過剰に固定される高価な触媒成分の使用量を低減できるので、より高い効果が得られる。勿論、上記工程を繰り返す場合でも、少なくとも1回、導電性基材に対して加熱を行えば、その回において、触媒成分の無駄を従来の場合よりも低減できるので、本発明の効果を得ることができる。しかし、より高い効果を得るためには、塗布工程(2−2)を行う度に、全回数、塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度が43℃〜120℃の範囲内になるように構成することが好ましい。このように構成すれば、いずれの回においても陰極触媒層の形成に用いられる陰極触媒成分の無駄を低減することができる。
【0033】
本発明では、プリヒーティングを行うタイミングと回数を適宜に決定することで、基材の表側と裏側に、所望する量の触媒成分を有する触媒層をそれぞれに形成することをも可能にしている。即ち、本発明者は、導電性基材の表側に塗布液を塗布する場合に、プリヒーティングして基材を予備加熱しておくと、塗布された塗布液の乾燥が早まり、該液中の触媒層形成物質の基材表側への固定所要時間が短縮することを見出した。この結果、金網状基材の裏側に空孔等を介して塗布液が移行する量を低減でき、裏側に移動・固定される触媒層形成物質の量を効果的に制御することができる。このため、プリヒーティングをせずに導電性基材に塗布液を塗布し、その後に乾燥・焼成を行った場合と比較すると、表側に形成される陰極触媒層の触媒成分量が、基材の空孔等を介して基材の裏側に形成される陰極触媒層の触媒成分量よりも明らかに多くなる。
【0034】
本発明の方法においては、プリヒーティング工程を、塗布液を塗布する工程の前に少なくとも1回行えばよく、その回数は、数回若しくは全ての塗布工程の前に行ってもよい。そのタイミングは、必ずしも1回目の工程でプリヒーティングを行う必要はなく、例えば、1回目の工程ではプリヒーティングを行わず、まず、塗布・乾燥・焼成の一連の工程を行い、その後にプリヒーティングを行ってもよい。また、塗布・乾燥・焼成の一連の工程を複数回行った後に、プリヒーティングを行い、その後に塗布・乾燥・焼成の一連の工程を行ってもよい。さらに、プリヒーティングの回数も1回以上であればよく、塗布工程毎に、塗布に先だって必ず行うようにしてもよい。本発明者の検討によれば、プリヒーティングの回数と、プリヒーティングを行うタイミングを調整することによって、導電性基材の、空孔又は上下左右の端を介して導電性基材の裏側に付着することになる電極触媒成分の出発原料を含有する塗布液の付着量を調整することもできる。結果として、導電性基材の表側に形成される陰極触媒層の触媒成分量に対する、該導電性電極基材の裏側に形成される陰極触媒層の触媒成分量は、プリヒーティングの回数が多くなればなるほど少なくなる。即ち、導電性基材の裏側に形成される陰極触媒層の触媒成分量に対して、導電性基材の表側に付着する触媒成分量の割合を多くすることができ、しかも、多くする程度を適宜に制御することも可能である。
【0035】
上述したように、陰極触媒層の形成に用いられる触媒成分の使用量が低減された本発明の経済的な電解用陰極は、陰極触媒層形成工程に、予熱する手段を有するプリヒーティング工程(2−1)を新たに設けておき、周囲温度以下の温度になっている導電性基材に対して、1回以上、好適には塗布液を塗布する都度、全ての回においてプリヒーティングを行い、触媒成分を含む塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度が43℃〜120℃の範囲内になるように加熱する本発明の電解用陰極の製造方法によって、極めて容易に、且つ、確実に得ることができる。また、本発明者の検討によれば、上記において、得られる効果と、加熱に要するコスト等を考慮した場合、塗布工程直前の導電性基材の温度を43℃〜63℃にすることがより好ましく、このように構成することで、良好な陰極触媒層をより経済的に形成することができる。以下、本発明を特徴づける陰極触媒層の形成工程で、塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度を43℃〜120℃の範囲内とするために設けたプリヒーティング工程(2−1)の一例について説明し、塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度を本発明で規定する範囲としたことによる効果について、詳細に説明する。
【0036】
[2−1:プリヒーティング工程]
上記したように、本発明の電解用陰極の製造方法は、導電性基材の少なくとも一方の面に陰極触媒層を形成する触媒層の形成工程において、1回以上、前記塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度を、特定の温度範囲内となるようにしたことを特徴とするが、その他の工程は、従来の電解用陰極の製造方法における陰極触媒層の形成方法と同様でよい。具体的には、従来、多数の交差部を有する導電性基材(金網状基材)の表面に陰極触媒層を形成する場合には、該基材の表側となる一方の面に、触媒成分の出発原料を含有する塗布液を塗布し、その後に乾燥・焼成を行い、この塗布・乾燥・焼成の一連の工程を複数回繰り返すことで、所望する量の陰極触媒成分を有する、所望の厚さの陰極触媒層を基材表面に形成しているが、本発明の方法も基本的には同様である。本発明の製造方法の特徴は、塗布・乾燥・焼成の一連の工程を複数回繰り返す場合に、1回以上、塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度が43℃〜120℃の範囲内になるように加熱して、基材に塗布液を塗布するように構成した点にある。
【0037】
本発明者の検討によれば、前記塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を43℃〜120℃の範囲内の温度としたことで、基材の表面に塗布した出発原料を含有する塗布液の乾燥が早まり、基材表面の塗布液の濡れ広がりが抑制されることで交差部に液溜りが生じにくくなり、また、液溜まりが生じたとしても、プリヒーティング工程を行わない場合と比較して、明らかに金網状基材の交差部に溜まる触媒成分の量が低減される。この結果、塗布液を塗布後に、乾燥・焼成して触媒層を形成すると、導電性基材にある多数の交差部には、上記塗布液を塗布した際に生じた液溜りに起因する過剰な「液溜りの固化部分」が生じないか、或いは、液溜りに起因して固化した過剰な「液溜りの固化部分」があるとしても、この部分の断面の形態は、多数の鬆(す)が内部まである網目状の細孔を有する、触媒成分の使用量が低減された状態になる。
【0038】
図2に、「液溜りの固化部分」の様子を示したSEM写真を示した。
図2−1は、プリヒーティング工程を設けることで、塗布液を塗布する直前の、金網状基材の温度を実測63℃程度となるように加熱し、その後に乾燥・焼成して触媒層を形成した場合の、交差部における断面形態のSEM写真の図である。いずれも触媒成分が100g/Lである同様の濃度の塗布液を用い、導電性基材に、同様の材質及び形態からなるニッケル製の平織金網(φ0.15×40メッシュ)を用いて試験を行ったものの結果である。上段と下段のデータは、試験した日が異なり、また、
図2−1の上段と下段におけるそれぞれ左右のデータは、同日に行った試験で、観察する箇所を替えた場合におけるニッケル線の交差部における断面形態のSEM写真の図である。また、
図2−2は、プリヒーティング工程を設けないこと以外は、
図2−1で行ったと同様の条件で触媒層を形成した場合におけるSEM写真の図である。上段と下段のデータは、試験した日が異なる。なお、
図2に示したSEM写真用のサンプルの調製は、陰極触媒層を形成後、電解用陰極から導電性基材の交差部を含む部分を切り出し、これを透明樹脂中に鉛直方向に埋め込んで固化させ、交差部で切断・研磨し、基材の切断面を観察することで行った。詳細については後述する。
【0039】
両者の比較から、プリヒーティング工程の有無で、特に、金網を構成するニッケル線の交差部に形成された触媒層の状態が明らかに変わることが確認された。具体的には、本発明の実施品は、外部から観察した場合、従来品に比して明らかに、ニッケル線が交差した交差部における塗布液の液溜りに起因する固化部分が少ないか、場合によっては、液溜りの固化部分が殆ど認められないものとなることが分かった。より具体的には、
図2−1に示した交差部の断面形態のSEM写真の図から、本発明の電解用陰極は、触媒層の交差部に液溜りの固化部分がある場合、その断面の形態は、内部まで鬆(す)があり、網目状に多数の細孔が存在している状態となっており、
図2−2に示した従来の電解用陰極における液溜りの固化部分とは明らかに異なるものとなる。従来の電解用陰極における液溜りの固化部分にも孔が認められる場合があるが、
図2−2に示したように、本発明の電解用陰極の場合と異なり、内部まで鬆(す)がある網目状の細孔となることはない。このため、上記で行ったと同様にして、触媒層が形成された導電性基材における部材同士の交差部の断面形態を観察することで、本発明の電解用陰極に該当するか、従来の電解用陰極であるかを簡単に判定することができる。
【0040】
本発明者は、塗布液を塗布する直前の金網からなる導電性基材(金網状基材)に対し、上記したプリヒーティング工程を実施することによって得られる効果について、更に詳細な検討を行った。具体的には、プリヒーティングすることで、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を種々に変化させて、金網の交差部に形成された触媒層の状態の違いを詳細に検討した。その結果、塗布液を塗布した金網状基材の温度をある温度以上にしておくことで、塗布直後の塗布液の乾燥を早め、その後に焼成して固定することで、塗布した塗布液の濡れ広がりが抑制され、特に、金網の交差部に生じ得る液溜りの固化部分において、従来の場合と比較して、明らかに触媒成分の使用量が少なく抑えられることを確認した。また、下記に述べるように、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度によって、その低減効果に違いがあることも分かった。
【0041】
本発明者の詳細な検討によれば、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を43℃〜120℃の範囲内とすることで、部材同士の交差した部分に形成した触媒層における、陰極触媒成分が過剰に固定された「液溜りの固化部分」の断面の状態が、確実に、
図2−1に示したような、内部まで多数の鬆(す)がある網目状の細孔を有するものになる。この結果、使用する陰極触媒成分量の低減を確実に達成できる。本発明者は、本発明の効果が達成できる条件について、より客観的な判断を可能にするため、後述する方法で、この「液溜りの固化部分」の断面における空孔率を求めることを実施し、上記した温度範囲を確定した。この点については、実施例で詳述する。
【0042】
従来の製造方法で行うことのなかった金網状基材に対するプリヒーティング工程を実施したことで、本発明の電解用陰極は、金網状基材の交差部に生じ得る、余分に触媒成分が固定した「液溜りの固化部分」の断面の形態における平均空孔率が、15%以上となることがわかった。更に、条件によっては、100%、即ち、本発明で課題としている交差部における「液溜りの固化部分」の存在をなくすことが可能になることがわかった。このため、本発明の電解用陰極は、触媒層の形成に使用されている高価な陰極触媒成分のコーティング量が効果的に低減された経済性に優れたものとなる。即ち、この平均空孔率が高いほど、コーティングされた貴金属等の陰極触媒成分の使用量が低減されていることを意味するので、本発明のより高い効果を得るためには、この「液溜りの固化部分」の断面の形態における平均空孔率がより高くなるように、プリヒーティング工程の条件を決定することが望まれる。そのようにすることで、触媒層の形成に使用されている高価な陰極触媒成分の使用量が、一層、効果的に低減でき、電解用陰極の経済性の向上が達成される。
【0043】
前述のように、本発明は、陰極触媒層の形成工程において、1回以上、好ましくは塗布を繰り返した場合の全回数、陰極触媒成分を含む常温の塗布液を塗布する際に、塗布液を塗布する直前の導電性陰極基材の温度が43℃〜120℃の範囲内になるように加熱を行う。そして、この構成によって、前記導電性陰極基材の交差部に、液溜りの固化部分が認められないか、認められる場合は、その固化部分の断面の形態が、網目状の細孔を有する平均空孔率が15%以上のものとなるとともに、導電性陰極基材のニッケル成分は、陰極触媒層中に溶出することがなく、陰極触媒層中にニッケル析出部が形成されることがない。結果として、ニッケル析出部又はニッケルレイヤーによって生じていた、陰極触媒層の剥離が防止される。
【0044】
本発明で使用する陰極触媒成分は、白金、イリジウム、ルテニウム、パラジウム、オスミウム、ニッケル又はこれらの酸化物から選ばれた少なくとも1種を含有するとともに、ランタン、セリウム、イットリウム等の希土類元素、チタン、タンタル等のバルブメタル又はこれらの酸化物を含有するものである。これらの成分はいずれも高価な希少金属材料であるのに対し、本発明の電解用陰極は、触媒層の形成に要する陰極触媒成分の使用量が効果的に低減されたものとなっている。このため、本発明の電解用陰極は、従来の製品と比較して、高価な希少金属材料にかかる費用が確実に低減され、経済性に優れたものになる。
【0045】
以下、プリヒーティング工程の詳細について説明する。
(温度範囲)
上記経済性に優れる本発明の電解用陰極は、塗布工程の前段で金網状基材に対して行うプリヒーティング工程で、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を43℃〜120℃の範囲内になるように加熱することで容易に得られる。上記温度は、43℃を下回る温度では、顕著な効果がなく、一方、120℃を超える温度、例えば、塗布液の沸点温度近くになると、塗布液が蒸発してしまい、塗布液の沸点より大幅に下回る温度以下になるよう加熱する必要がある。本発明で規定する臨界的温度範囲は、実験によって検証されたものである。本発明者の詳細な検討によれば、本発明の顕著な効果が得られる下限値は43℃であり、一方、温度が高くなるにつれて本発明で課題としている「液溜りの固化部分」を少なくできる傾向があり、120℃でも顕著な効果が得られる。しかし、実施例に示した通り、63℃程度で、陰極触媒成分の低減において高い効果を実現しており、加熱に要するコストを勘案した場合、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度は63℃程度とすることがより好ましい。
【0046】
プリヒーティング工程で、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度が43℃より下回る場合には、以下の課題が生じる。
(1)前記導電性陰極基材が、部材同士が交差した多数の交差部を有する形態のものである場合に、塗布した段階で、この多数の交差部に、必要以上の量の塗布液が集まり、いわゆる液溜りが形成される。そして、この液溜りは、その後に、乾燥・焼成工程を行うと、固化し、その結果、導電性基材の交差部に陰極触媒成分が過剰に固定された状態となるが、この液溜りに起因して生じた交差部に過剰に固定された陰極触媒成分は、電解に有効に寄与するものでなく、少なくとも、余分であり、むしろ無駄な部分であることを確認した。
(2)ニッケル基材に塗布液を塗布した場合、通常、直接接触或いは陰極触媒層を浸透して、ニッケル基材と塗布液とが接触する現象は、次工程である乾燥工程まで継続する。そのため、特に塗布液が酸性である場合、ニッケル基材が下層の塗布液の膜中或いは半乾燥状態の塗布液中に溶出し、その後の焼成工程で、陰極触媒層中にニッケルレイヤーが形成される。このレイヤーは、長期電解或いは短時間の逆電解により加速度的に溶出し、この空隙を起点とした陰極触媒層の剥離を引き起こす。その結果、陰極触媒の消耗量が多くなる。
【0047】
これに対して、プリヒーティング工程で、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度が43℃以上とした場合には、下記の顕著な効果が得られる。
(1)金網等の多数の交差部を有する導電性陰極基材の表面に塗布法を利用して陰極触媒成分を含む塗布液を塗布して前記導電性基材の表側と裏側に陰極触媒層を形成した際に、多数の交差部に、塗布液の液溜りに起因する陰極触媒成分を過剰に含む固化した部分(余分で無駄な部分)が生じないか、このような塗布液の液溜りに起因する固化した部分が生じていたとしても、この部分の断面の形態が、多数の鬆(す)が確認できる網目状の細孔を有するものになる。この結果、余分で無駄な固化部分が低減されるので、形成した陰極触媒層に用いられる高価な陰極触媒成分の量が、従来の陰極触媒層に比べて効果的に低減でき、その結果、経済性に優れた電解用陰極の提供が可能になる。
(2)塗布液を基材に塗布後からの塗布液自身の乾燥を促進することが可能なため、酸性の塗布液とニッケル基材とが接触する時間は短く、ニッケルの陰極触媒層への溶出を抑制することができる。この結果、陰極触媒層中のニッケルレイヤー形成はない。即ち、陰極触媒層を形成する際に高温で焼成した場合に、ニッケルは、陰極触媒層中に、ニッケル析出部として、析出することがなく、ニッケル析出部による陰極触媒層の剥離が防止され、結果として、使用時における陰極触媒の消耗量を低減することができ、電解用陰極の耐久性が向上する。
【0048】
なお、上記温度が120℃を超えると、塗布液の沸点よりかなり低い温度であっても、含有水分など塗布液溶媒の急激な蒸発が始まり、熱分解反応が起きる温度以前に塗布液の内部で突沸などの相変化が起こり、陰極触媒層のポーラス化などにより均一な触媒層が得られなくなる。そのため、上記温度は、120℃以下とする必要がある。その経済性を考慮すれば、先に述べたように、63℃以下とすることが好ましい。
【0049】
本発明者の検討によれば、上記した簡便なプリヒーティング工程を実施することで、金網状基材の金属線の交差部に、塗布液が過剰に溜まってできる液溜りが生じないか、或いは、液溜りが生じたとしても、金網状基材を塗布した塗布液を乾燥・焼成して陰極触媒層を形成した場合に、「液溜りの固化部分」の断面の形態が、内部まで多数の鬆(す)がある状態で固化した、断面の形態が網目状の細孔を有するものになる。本発明者は、常温(周囲温度)の塗布液を塗布する際の金網状基材の温度を、常温(周囲温度)よりも高め、本発明で規定する特定の温度範囲内になるようにしたことで、基材への塗布直後における塗布液の乾燥が早まり、塗布工程後に行う乾燥工程で、塗布された塗布液中の溶媒の蒸発が加速され、塗布液の濡れ広がりが抑制されて、塗布液が速やかに固化される結果、交差部に液溜りが生じにくく、また、生じたとしても、「液溜りの固化部分」の断面の形態が、
図2−1に示したような、内部まで多数の鬆(す)が確認できる網目状の細孔を有するものになったものと、その触媒成分の使用量が低減できたメカニズムを考えている。
【0050】
後述するように、例えば、プリヒーティング工程を実施することで、常温(周囲温度)の塗布液を塗布する際の金網状基材の温度を43℃〜120℃になるように、好適には43℃〜63℃の範囲内で加熱して、陰極触媒層を形成にすると、金網状基材にある多数の交差部に生じ得る「液溜りの固化部分」の断面形態における平均空孔率が、15%以上となる。更に、プリヒーティング工程を実施して、常温(周囲温度)の塗布液を塗布する際の金網状基材の温度を63℃程度に高めることで、金網状基材の交差部に生じる「液溜りの固化部分」の断面形態における平均空孔率を44%以上とすることができる。
【0051】
(予熱する手段)
本発明で使用するプリヒーティング工程における、金網状基材に対する予熱する手段としては、発熱効率が高いことや、昇温レスポンスが早いといった理由から、例えば、誘導加熱装置を用いることが好ましいが、勿論、その他の加熱手段を用いることもできる。その他の加熱手段としては、赤外線やラジアントチューブなどによる輻射熱を用いた加熱方法や、温風を導電性基材に当てる加熱などが挙げられ、これらの方法を、状況に合わせて適宜に利用することが可能である。
【0052】
誘導加熱(Induction Heating:以下、略称IH)は、電磁誘導の原理を利用して加熱コイルに電流を流して、加熱対象である金属等導電体自体を発熱させる方法である。その加熱原理は、加熱コイルに交流電流を流すとその周りに向き、強度の変化する磁力線が発生する。その近くに電気を通す金属等物質を置くとこの変化する磁力線の影響を受けて金属の中に渦電流が流れる。金属自身の電気抵抗により(電流)
2×抵抗分のジュール熱が発生して、金属が自己発熱する。この現象を誘導加熱IHという。IHの最大の利点は、加熱開始から数秒で導電性基材を所定の温度に昇温できることである。従って、IHを利用すれば、プリヒーティングと塗布の各設備を隣接して設置することが可能である。
【0053】
[2−2:塗布工程]
次に、本発明の製造方法で規定する陰極触媒成分の出発原料を含有する塗布液を、先に説明したようにして、43℃〜120℃の温度範囲内にした金網状基材の少なくとも一方の面に塗布する塗布工程について説明する。この際に行う塗布液を塗布する方法としては特に限定されないが、上記の温度範囲内にした金網状基材の少なくとも一方の面に、例えば、ローラー又はスプレー等の方法により塗布液を塗布し、その後に、乾燥・焼成して触媒層を形成することで、先に述べた本発明の顕著な効果を得ている。塗布方法は、上記したローラー又はスプレー以外の方法、例えば、刷毛塗り、静電塗装、その他の方法によって行うこともできる。
【0054】
上記において使用する塗布液としては、先に挙げたような触媒成分の出発原料を、無機溶媒又は有機溶媒等に溶解した溶液よりなるものが挙げられるが、具体的には、次のようにして調製される。例えば、不溶性金属陽極の製造に用いられる陰極触媒成分の出発原料としては、白金、イリジウム、ルテニウム、パラジウム、オスミウムから選ばれた少なくとも1種の金属の無機又は有機化合物が用いられる。例えば、出発原料としては、上記金属の塩化物、硫酸塩、硝酸塩などがある。これらの出発原料を含有する塗布液としては、上記に挙げた出発原料を、溶媒に溶解した溶液を用いることができる。本発明で使用する塗布液には、上記に挙げた触媒成分の出発原料に、更に、チタン、タンタル、ニオブ、ジルコニウム、ハフニウム等のバルブ金属の無機又は有機化合物を無機溶媒又は有機溶媒に溶解したものを加えた、無機溶液又は有機溶液を用いることもできる。
【0055】
また、電解用陰極の製造に用いられる陰極触媒成分の出発原料としては、上記に挙げた出発原料とともに、ニッケル化合物、ランタン、セリウム、イットリウム等の希土類元素の化合物及びシュウ酸の水和物等を用いることが好適である。
【0056】
陰極触媒成分の出発原料として使用される具体的な化合物としては、例えば、以下のようなものが挙げられるが、勿論、これらに限定されるものではない。
白金:塩化白金酸或いは白金硝酸化合物:
イリジウム:塩化イリジウム
ルテニウム:塩化ルテニウム
パラジウム:塩化パラジウム
チタン:塩化チタン
タンタル:五塩化タンタル
セリウム:塩化セリウム
ニッケル:硝酸ニッケル
【0057】
本発明において使用する塗布液には、酸性溶媒を用いることもできる。具体的には、塩酸、硫酸、硝酸等の無機系の酸性溶媒が挙げられる。更に、本発明で使用する塗布液の溶媒には、上記酸性溶媒と、揮発性の高いアルコールなどの有機溶媒とを混合した混合溶液とすることもできる。具体的には、例えば、四塩化イリジウム、五塩化タンタルを35%塩酸に溶解した無機溶液が挙げられる。その他の塗布液の例としては、塩化ルテニウム、塩化イリジウム、塩化チタン溶液を、塩酸とIPA(イソプロピルアルコール)に溶解した無機・有機混合溶液や、ジニトロジアンミン白金、硝酸セリウムを硝酸に溶解した無機溶液などの酸性の塗布液も使用することができる。
【0058】
下記に、本発明において行う、上記したような塗布液を、前記したような形態の金網状基材の少なくとも一方の面に塗布する際における塗布条件の一例を挙げるが、本発明は、勿論、これに限定されるものではない。食塩電解用陽極を製造する場合であれば、塗布液中の、触媒成分の出発原料の濃度にもよるが、例えば、1回当たりの塗布量を0.36g〜0.66gとして、塗布回数を6〜12とし、全体の塗布量を2.16g〜5.28gとなるように塗布することが挙げられる。本発明において重要なことは、このような条件で周囲温度(常温)の塗布液を塗布する際に、1回以上、塗布直前の金網状基材の温度を43℃〜120℃の範囲内、好適には43℃〜63℃の範囲内にすることである。それ以外は特に限定されないが、上記のように塗布を繰り返す場合には、周囲温度(常温)の塗布液の塗布を行う度に、全回数、塗布直前の金網状基材の温度を上記の温度範囲内とすることが好ましい。このように構成することで、金網状基材の多数の交差部に生じ得る「液溜りの固化部分」の断面形態における平均空孔率を、より向上させたることができる。その結果、形成した陰極触媒層中の高価な陰極触媒成分の使用量の低減が達成されるので、本発明の電解用陰極は、より経済的なものになる。
【0059】
また、本発明者の検討によれば、本発明の電解用陰極を調製する際に、前記したような陰極触媒成分の出発原料を含む塗布液に高濃度の溶液を用いると、「液溜りの固化部分」の断面形態における空孔率が向上する傾向にあることがわかった。塗布液の濃度を高めることで、本発明のより顕著な効果が得られた理由は、含有する化合物が高濃度になることは、塗布液中における溶媒量が少なくなることを意味しており、このことによって、プリヒーティング工程を実施し、塗布直前の金網状基材の温度を43℃〜120℃の範囲内と高くすることで塗布直後の乾燥を早めるようにしたこととの相乗効果が発揮されたためと考えられる。本発明で使用する塗布液中における陰極触媒成分の濃度としては、触媒成分の出発原料の種類や溶剤の種類による塗工性の違いがある場合もあるものの、例えば、20g/L〜500g/L程度、より好ましくは、50g/L〜250g/L程度とするとよい。
【0060】
[2−3:乾燥工程]
前記した塗布工程で形成した塗布層は、その後に、乾燥・焼成されて、触媒層を形成する。乾燥工程は、特に限定されないが、例えば、コーティングブースから続く連続炉の乾燥ゾーンを経てレベリングされた後、乾燥時間5〜10分、設定温度30℃〜80℃の温度で乾燥される。なお、この乾燥工程は、塗布液の塗布後に、焼成の前段階として行われるものであって、本発明を特徴づける塗布液を塗布する前に金網状基材を加熱して、塗布液の塗布に供する基材温度を特定の範囲内にするプリヒーティング工程とは明確に区別されるものである。
【0061】
[2−4:焼成工程]
前記2−3の乾燥工程後の塗布液の塗布層は、焼成工程で焼成されて、触媒成分(触媒層形成物質)を含有してなる陰極触媒層となる。塗布・乾燥・焼成を繰り返す場合は、触媒層の一部となる。焼成工程における焼成方法は、特に限定されないが、例えば、乾燥工程が行われる乾燥ゾーンから続く連続炉の焼成ゾーンを使用して行われる。焼成条件も特に限定されず、陰極触媒成分によっても異なるが、例えば、大気雰囲気で、焼成時間10〜15分、焼成温度約350〜600℃といった条件で焼成される。
【0062】
上記したような条件で焼成することで、前記塗布液中の出発原料は、熱分解されて、陽極用の場合であれば、例えば、白金、イリジウム、ルテニウム、パラジウム、オスミウム及びこれらの酸化物から選ばれた少なくとも1種の白金族金属及び/又はこれらの合金よりなる陰極触媒成分を含有してなる触媒層が形成される。また、塗布液中に含有させる出発原料の成分によっては、上記した白金族金属及び/又はその酸化物に、チタン、タンタル、ニオブ、ジルコニウム、ハフニウム等のバルブ金属の酸化物を加えた複合酸化物又は固溶体よりなる陰極触媒成分を含有してなる触媒層が形成される。また、陰極用の場合、前記した白金族金属、ニッケル及び/又はその酸化物に、セリウム、ランタン等の希土類元素の酸化物との混合酸化物を含有してなる陰極触媒層が形成される。
【0063】
(3.後工程)
本発明の電解用陰極の製造方法では、上記したような触媒層形成工程の後に、
図1に示したように、必要に応じて、性能調整工程、中和処理工程、形状加工などの後処理がなされ、電解用陰極が製造される。これらの後処理工程は、本発明においても従来の方法と同様に行えばよく、従来の方法と何ら異なるものではない。
【0064】
なお、
図1に破線で示したように、2−4の焼成工程後、次の3.の後工程に進む前に、再度、2−2の塗布工程を行い、その後に、乾燥・焼成工程を繰り返し、所望の厚みの陰極触媒層を形成するが、その場合、焼成後の導電性基材の温度は、本発明で対象とする基材が表面積の大きい金網状等であることから、速やかに自然冷却される。本発明者の検討によれば、通常の繰り返し手順で一連の工程を行った場合、再度、塗布液を塗布する際の、塗布液を塗布する直前の導電性基材の温度は、周囲温度の近傍まで低下しており、少なくとも本発明の製造方法で規定する43℃以上の温度になることはない。
【実施例】
【0065】
次に、実施例と比較例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
<実施例1〜4及び比較例1、2>
【0066】
<陰極触媒層の形成>
図3に示した工程図に従って、金網からなる導電性基材を用い、該金網状基材に、塗布法を利用して陰極触媒成分を含有する触媒層を形成した。
図3に示したように、導電性基材には、1.の前処理工程で前処理した金網状基材を用い、該金網状基材に、2.の陰極触媒層形成工程の手順で陰極触媒層を形成した。その際、2−1のプリヒーティング工程を実施しないか、或いは、プリヒーティング工程を実施することで、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を種々に変化させた。それ以外の2−2〜2−4の工程は、後述する方法で同様に行った。そして、得られた陰極触媒層が形成された金網状基材の交差部の部分の性状を比較するため、
図3に示した4.の手順で、「液溜りの固化部分」の断面形態における空孔率の測定用サンプルを作製し、後述する方法で空孔率を測定した。そして、測定した空孔率を用いて、本発明を特徴づけるプリヒーティング工程を実施したことによる高価な陰極触媒成分の低減効果を評価した。以下に、各工程の手順等について説明する。
【0067】
(導電性陰極基材)
上記試験では、導電性基材として、ニッケル製の平織金網基材(φ0.15×40メッシュ)を使用した。それぞれ条件の異なる試験を行ったが、各条件の試験毎に、100mm角サイズの上記金網を、それぞれ4枚ずつ用意した。これらの金網状基材には、いずれも下記の前処理がされているものを用いた。
【0068】
〔1.前処理工程〕
[1−1:粗面化処理工程]
金網状基材の両面をアルミナ研磨剤(#320サイズ)にて乾式ブラスト処理を施して粗面化処理した。
【0069】
[1−2:エッチング処理工程]
金網状基材を20%塩酸水溶液中(約25℃)にて約3分間浸漬して、エッチング処理を行うと同時に基材の水洗浄処理を行った。
【0070】
[1−3:耐食性向上処理]
金網状基材を大気中で約500℃、30分以内の加熱処理を行った。
【0071】
(塗布液)
陰極触媒成分の出発原料として塩化ルテニウム(RuCl
3)溶液、塩化セリウム粉末及びシュウ酸粉末を用い、塩化ルテニウム溶液に塩化セリウム粉末とシュウ酸粉末を混合溶解した無機・有機混合溶液を酸性の塗布液として用意した。その際、配合濃度をRu濃度で、100g/Lと、200g/Lとなるよう調整した、低濃度と高濃度の濃度の異なる2種類の塗布液を作製した。
【0072】
〔2.陰極触媒層形成工程〕
上記した金網状基材及び塗布液を用い、
図3に示した2.陰極触媒層形成工程に従って、金網状基材に触媒層を形成した。
【0073】
[2−1:プリヒーティング工程]
炉内サイズが200mm(W)×200mm(H)×200mm(L)の電気炉を準備し、これを用いて塗布前のサンプル加熱を行なった。
【0074】
そして、加熱対象となる金網状基材への加熱条件を、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度が次に挙げる3種類になるように、電気炉温度を設定した。プリヒーティングの保持時間は5分とし、金網状基材の温度が均一に所望の温度になるようにした。そして、後述した、金網状基材に形成した陰極触媒層の交差部における「液溜りの固化部分」の断面形態の違いから、下記のように、常温(周囲温度)の塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度の違いによって実施例と比較例とに区別した。
【0075】
(1)加熱しない(周囲温度25℃、比較例1、2)。
(2)加熱の設定温度を60℃としてプリヒーティングして、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を上昇させた。そして、各金網状基材について、この時の基材温度を測定したところ、基材温度は、いずれの基材も43℃〜46℃の範囲内で安定していることを確認した(実施例1、2)。以下、この条件を、上記試験で効果の検証がなされた下限値の43℃をとり、43℃と表記した。なお、本明細書の全体において、43℃としている表記は、同様の意味を有する。
(3)加熱の設定温度を90℃としてプリヒーティングして、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を上昇させた。そして、各金網状基材について、この時の基材温度を測定したところ、基材温度は、いずれの基材も62℃〜64℃の範囲内で安定していることを確認した(実施例3、4)。以下、この条件を中央値の63℃と表記した。即ち、63℃は、±1℃の誤差をもって実測された温度を意味している。なお、本明細書の全体において、63℃としている表記は、同様の意味を有する。
【0076】
[2−2:塗布工程、2−3:乾燥工程、2−4:焼成工程]
先に準備した低濃度塗布液(100g/L濃度塗布液)と、高濃度塗布液(200g/L濃度塗布液)とをそれぞれに用い、これらの塗布液を、前記したプリヒーティング工程で各温度にそれぞれ調整された金網状基材の一方の面に、電気炉から取り出した直後コーティングブース内でローラーコーティングにより塗布した。以下に、塗布工程の詳細を説明する。
【0077】
プリヒーティング及び塗布工程では、上記した塗布液と金網状基材以外に下記のものを準備して用いた。プリヒーティングされた金網状基材の温度が、常温(周囲温度)の塗布液を塗布する工程で、コーティングブース内雰囲気で急冷されないようにするため、金網状基材の保持用裏板(3mm厚のTi薄板)を用いた。また、塗布液を塗布するための塗布用ローラーと、塗布用台を用意し、後述するようにして塗布した。塗布用台には、Tiメッシュ製の乾燥・焼成炉内にそのまま挿入できるものを用いた。
【0078】
そして、塗布工程、乾燥工程、焼成工程における手順、要領は、以下の通りとした。
塗布工程では、前記塗布液の種類と、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を替えた組合せで、各金網状基材に塗布液を塗布し、その後に、乾燥工程、焼成工程で、塗布液を乾燥・焼成して陰極触媒層を形成した。その際に、具体的には、以下のようにして実施した。
(イ)各金網状基材に予め刻印で識別マークを付けた。その際、それぞれの条件で、4枚ずつの金網状基材を用いてバラツキを確認した。
(ロ)金網状基材の温度が、変化しないように基材の保持用裏板を用い、速やかに塗布液を塗布するようにした。
(ハ)塗布液の規定量を容器に注入し、適量ローラーに染み込ませローラーを基材に軽く押し付け転写し、更に、規定量の全量を基材に転写させ塗布した。
(ニ)塗布後、乾燥工程で、5分×60℃乾燥した。
(ホ)乾燥後、焼成工程で、10分×550℃焼成を行った。
(へ)各金網状基材について、上記(ハ)〜(ホ)を規定回数(12回)繰り返して、陰極触媒層を形成した。
【0079】
更に、後述するようにして、金網状基材の交差部における「液溜りの固化部分」を観察し、後述する方法でその部分の断面形態における空孔率を測定して、陰極触媒成分の低減の程度を評価した。表1にまとめた、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度の違いによって、形成された触媒層の「液溜りの固化部分」の明確な形態の違いが確認され、そのことが塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度の違いに起因していたことから、表1に示したように、それぞれを実施例1〜4、比較例1、2とした。表1に、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度とともに、塗布液の塗布量、塗布回数についてまとめて示した。表1に記載の通り、陰極触媒層を形成した実施例1〜4、比較例1、2の金網状基材を用い、後述する方法で試料1〜6の6種類の評価用の試料をそれぞれ作成した。なお、表1の基材温度とは、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度であり、塗布量は、塗布液の濃度から歩留100%として算出した値である。
【0080】
【0081】
表1に示した実施例1〜4(試料3〜6)と、比較例1、2(試料1、2)の各試料について、金網状基材の交差部における「液溜りの固化部分」の段名形態の観察及び空孔率を測定するため、
図3に示した、4.空孔率測定用サンプル作製の手順でそれぞれ測定用サンプルを調製した。そして、調製したサンプルを用いて、下記の方法で、「液溜りの固化部分」の断面形態における空孔率を測定した。
【0082】
[4:「液溜りの固化部分」の断面の空孔率測定方法]
(4−1)測定用サンプル採取
先に製作した試料1〜6の触媒層を形成した実施例1〜4、比較例1、2の金網状基材の中央部から、それぞれ約20mm角サイズを切り出した。
(4−2)金網状基材の樹脂埋込及び研磨
上記で切り出した金網状基材を鉛直方向に透明樹脂に埋込み、研磨等を行って交差部の基材の断面を露出させる測定用試料の調製を行った。
(4−3)電子顕微鏡観察
交差部の「液溜りの固化部分」の断面を電子顕微鏡で観察し、空孔率測定に使用する画像を抽出した。
【0083】
(4−4)空孔率測定
抽出した電子顕微鏡で観察し、抽出した画像の「液溜りの固化部分」のそれぞれについて、2値化処理用画像ソフトを用いて空孔率を測定した。
図4〜
図6にその一例を示した。具体的には、
図4に示したように、まず、抽出した画像の「液溜りの固化部分」の断面形態について、液溜まりに起因する固化部分の範囲を特定して認識させる作業を行い、その部分の面積を求めさせた。これとともに、上記の特定した範囲内にある多数の空孔部分をそれぞれ特定して認識させる作業を行い、個々の空孔について面積を求め、空孔のトータルの面積を求めさせた。そして、上記で求めた液溜まりに起因する固化部分の範囲の面積に対する、空孔のトータルの面積の割合を算出し、これを「液溜りの固化部分」の断面形態における空孔率とした。
【0084】
図4は、実施例3の、100g/Lの低濃度塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を63℃とした、4枚の試料5についての測定状態を示したものである。空孔率の測定は、
図4に示したように、4枚の金網状基材のそれぞれについて、金網を構成している部材の交差部の断面形態の画像における、部材の両側にある「液溜りの固化部分」について、それぞれ測定した。したがって、空孔率の測定値の数は、各条件で8個ずつである。
図5は、実施例4(試料6)の、200g/Lの高濃度塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を63℃とした場合における、上記と同様の空孔率の測定状態を示すものであり、実施例3(試料5)との比較のために、その一部の結果を一例として示した。両者の比較から、高濃度塗布液を用いた実施例4(試料6)の場合の方が、低濃度塗布液を塗布した実施例3(試料5)よりも空孔率も高くなることがわかった。また、実施例4(試料6)の条件では、
図5に示したように、「液溜りの固化部分」がまったく生じない場合があることが確認できた。
【0085】
図6は、プリヒーティングをせず、周囲温度においた金網状基材に、100g/Lの低濃度塗布液を塗布した、比較例1(試料1)の場合の交差部の「液溜りの固化部分」の断面形態における、空孔率の測定状態を示したものである。
図6に示した交差部は、
図4、
図5に示した「液溜りの固化部分」の断面形態と明らかに異なっており、本発明の実施例の場合のような、多数の鬆(す)が確認できる網目状の細孔を有するものではなかった。このため、空孔率も本発明の実施例と比べて、明らかに小さいことが確認された。
【0086】
上記のようにして得た、比較例1、2(試料1、2)と、実施例1〜4(試料3〜6)のそれぞれの、金網状基材の交差部の「液溜りの固化部分」の断面形態における空孔率の測定結果を、表2及び表3にまとめて示した。表2は、100g/Lの低濃度塗布液を使用した場合の測定結果であり、表3は、200g/Lの高濃度塗布液を使用した場合の測定結果である。
【0087】
【0088】
図7は、表2に示した低濃度塗布液を使用した場合における空孔率の測定結果について、塗布液の塗布直前の金網状基材の温度に対し、前記したようにして測定して得られた条件毎に8個ずつ得られた空孔率のデータをプロットしたものである。また、
図7中の直線は、これらの測定値を用いて統計的処理して得たものであるが、極めてよい相関を示した。
図7中にも示したが、統計処理の結果、その近似式として下記式(1)の一次関数が算出された。
y=0.9369x−19.495 (1)
R
2=0.7127
このことは、常温(周囲温度)の塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を高くすることで、金網状基材の交差部の「液溜りの固化部分」の断面形態における空孔率を確実に高くできることを示している。「液溜りの固化部分」の断面形態における空孔率が高くなることは、形成した触媒層中の高価な陰極触媒成分の使用量が低減することを意味している。
【0089】
【0090】
図8は、表3に示した高濃度塗布液を使用した場合における空孔率の測定結果について、常温(周囲温度)の塗布液の塗布する直前の金網状基材の温度に対し、前記したようにして測定して得られた条件毎に8個ずつ得られた空孔率のデータをプロットしたものである。また、
図8中の直線は、これらの測定値を用いて統計的処理して得たものであるが、
図7と同様に、極めてよい相関を示した。
図8中にも示したが、統計処理の結果、その近似式として下記式(2)の一次関数が算出された。
y=1.2261x−27.692 (2)
R
2=0.5409
【0091】
また、
図7との比較から、高濃度塗布液を使用した
図8の方が、塗布液の塗布直前の金網状基材の温度を高くした場合に、より安定して確実に、金網状基材の交差部の「液溜りの固化部分」の断面形態における空孔率を高くできることがわかった。
【0092】
表4は、塗布液の濃度と、該塗布液の塗布直前の金網状基材の温度を変化させた、実施例及び比較例の各試料1〜6における表2、3に示した測定結果を、その条件毎に、空孔率の測定値の幅(バラツキ)、その最大値、平均空孔率の観点でまとめたものである。表4からも、塗布液の塗布直前の金網状基材の温度を高めることによって得られる空孔率の向上効果、塗布液の濃度を高めることによって得られる空孔率が向上する傾向がわかる。
【0093】
【0094】
以上の結果から、次のことが判明した。
(1)比較例1及び比較例2の結果
本発明を特徴づけるプリヒーティングを全く実施せず、金網状基材の温度を周囲温度(25℃)のまま塗布液を塗布した場合、比較例1の試料1の結果を示した
図6からわかるように、金網状基材の交差部の「液溜りの固化部分」の断面の形態は、実施例の場合と明らかに異なり、内部まで鬆(す)が確認できる網目状の細孔を有するものではなかった。図示しなかったが、使用する塗布液の濃度を高めた比較例2の試料2でも同様であった。また、表2〜4に示した通り、比較例1の試料1及び比較例2の試料2における空孔率は、塗布液の濃度にかかわらず、最大でも18%程度で、平均値は8%未満と小さく、金網状基材の温度を周囲温度(25℃)のまま塗布液を塗布した場合、「液溜りの固化部分」は、触媒成分が過剰に存在する詰まった状態になっており、陰極性能の向上に寄与しない部分に陰極触媒成分が無駄に使用されていることが確認された。
【0095】
(2)実施例1及び実施例2の結果−基材温度43℃
実施例1の試料3及び実施例2の試料4では、金網状基材を、電気炉の設定温度を60℃にして加熱し、常温(周囲温度)の塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を43℃程度とし、触媒層を形成した。図示しなかったが、これらの実施例では、比較例の
図6と異なり、金網状基材の交差部の「液溜りの固化部分」の断面の形態が、内部まで鬆(す)が確認できる網目状の細孔を有するものとなった。また、表2〜4及び
図7に示した通り、実施例1の試料3及び実施例2の試料4では、金網状基材の交差部の「液溜りの固化部分」の断面形態における空孔率は、最大29%程度、平均値は15%〜17%であり、金網状基材の温度を周囲温度のままに塗布液を塗布した比較例の場合に比べて、明らかに空孔率が高くなることが確認された。このことから、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を43℃程度に高めれば、確実に、「液溜りの固化部分」において、陰極触媒成分が過剰で、無駄な使用がされている状態が解消されて、触媒層を形成するための陰極触媒成分の量の低減が可能になることが分かった。
【0096】
(3)実施例3及び実施例4の結果−基材温度63℃
実施例3の試料5及び実施例4の試料6では、金網状基材を、電気炉の設定温度を90℃にして加熱し、常温(周囲温度)の塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を63℃程度とし、触媒層を形成した。
図4に示した通り、実施例3の試料5では、比較例の
図6と異なり、金網状基材の交差部の「液溜りの固化部分」の断面の形態が、内部まで鬆(す)が確認できる網目状の細孔を有するものとなった。また、
図5に示したように、実施例3の場合よりも塗布液の濃度を高めた実施例4の試料6では、場合によっては、金網状基材の交差部の「液溜りの固化部分」が存在しない状態とできることが確認された。表2〜4及び
図8に示した通り、基材温度を63℃とした実施例3の試料5及び実施例4の試料6では、金網状基材の交差部の「液溜りの固化部分」の断面形態における空孔率は、最大100%、固化部分が存在する場合でも67%程度と極めて高く、平均値も43%〜55%と高かった。このことから、基材温度を63℃とより高くしたことで、金網状基材の温度を周囲温度のままに塗布液を塗布した比較例の場合とは勿論、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を43℃程度とした実施例1の試料3及び実施例2の試料4に比べても明らかに空孔率が高くなり、陰極触媒成分の使用量の低減がより顕著になることが確認された。
【0097】
また、実施例1の試料3と実施例2の試料4との比較、実施例3の試料5と実施例4の試料6との比較から、塗布液として、100g/Lの低濃度塗布液を使用した場合と、200g/Lの高濃度塗布液を使用した場合とでは、表4に示されているように、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度にかかわらず、金網状基材の交差部の「液溜りの固化部分」の断面形態における空孔率は、高濃度の塗布液を用いた方が大きくなる傾向があることが確認された。その理由は、塗布液が高濃度になると、該塗布液の溶媒量が少なくなることから、金網状基材の温度を高くしたことによる効果との相乗効果が発現した結果と考えられる。
【0098】
<実施例5、6及び比較例3>
次に、塗布工程の前段で行うプリヒーティング工程で、塗布液を塗布する直前の金網状基材の温度を43℃(実施例5)及び63℃(実施例6)になるように加熱した後、基材に塗布した塗布液を乾燥・焼成する塗布法を利用して、導電性基材の表側と裏側に陰極触媒成分を含有する陰極触媒層を形成して得た実施例5、6の電解用陰極と、上記プリヒーティング工程を行うことなく、常温のままで、金網状基材に塗布した塗布液を乾燥・焼成する塗布法を利用して、上記実施例と同様にして陰極触媒層を形成した比較例3の電解用陰極をそれぞれに用い、電解試験を行った。そして、電解前後の電極について、陰極触媒層中のニッケル析出部、それにより生じる剥離の状態について、下記の実験により確認した。
【0099】
[評価]
(試験サンプルの製造方法)
本試験に供した実施例のサンプルの製造方法では、基材を、塗布液を塗布する前に電気加熱式乾燥炉に所定温度で加熱保持しておき、塗布液を塗布する直前に乾燥炉から取り出し基材が冷めないうちに塗布液を塗布し、その後乾燥と焼成する、という一連の塗布工程を所定回数繰り返し、試験用のサンプルを製作した。比較例のサンプルの調製は、基材を加熱保持することを行わない以外は、上記と同様にした。
【0100】
実施例のサンプルの製作の際には、事前に塗布液の塗布直前の基材温度を測定しておき、塗布直前の基材温度として規定した。また、評価試験の前にサンプルの初期重量を測定しておくことで、評価試験によって生じた触媒層の消耗量を算出できるようにした。
【0101】
(試験条件)
上記のようにして得た各評価用の電極サンプルに対し、表5に示した順序で、逆電解を含む電解を行った。逆電解を行った場合、触媒層中に「ニッケルレイヤー」の析出があると剥離が生じる。電解試験後、サンプルは水洗し、乾燥を経て秤量し、予め測定しておいた初期重量を用い、消耗量を算出した。
【0102】
1)評価サンプル
基材:φ0.15mmのニッケル線を使用した平織り金網
塗布液:実施例1〜4に示した塗布液と同様
2)電解条件(表5に記載の電解順序による)
【0103】
【0104】
(試験結果)
表6に、基材温度と触媒層の消耗量を示した。
【0105】
表6の結果から明らかなように、実施例5及び6と比較例3における触媒層の消耗量の比較から、プリヒーティングしたことで、比較例3に比べて消耗量を大幅に減少させることができることが確認された。その理由は、基材を加熱しておいたことで、塗布液の塗布後の液乾燥が促進され、その結果、陰極触媒層中への導電性基材よりのニッケルの溶出を抑えることが可能となったことによるものである。これに対して、塗布液を塗布する直前の金網状基材を加熱せず、常温のままとした比較例3の電極の場合、消耗量は、0.706mg/cm
2であり、実施例5、6と比較して消耗量が極めて大きかった。
【0106】
図9−1は、実施例5の電解試験前の電解用陰極の断面のSEM写真の図を示したものである。陰極基材のニッケルは、陰極触媒層中に溶出しておらず、陰極触媒層は、触媒成分又はその酸化物のみで構成された安定な状態に保持されている。この電解用陰極を用いて表5に示す条件で電解及び逆電解を行ったが、陰極触媒層の剥離は確認できなかった。このことは前記した消耗量の少なさからも確認できた。
【0107】
図9−2は、比較例3の電解用陰極の電解試験前の電極の断面のSEM写真の図を示したものである。陰極基材のニッケルが陰極触媒層中に析出し、レイヤーが形成されていることが確認された。
【0108】
図9−3は、表5に示した電解および逆電解した後の比較例3の電極の断面図を示したものである。陰極基材のニッケルが陰極触媒層中に析出したニッケルレイヤーが、電解および逆電解によって溶出してしまったために陰極触媒層中に空隙を生じ、これを起点として陰極触媒層が剥離されている。