特許第6376239号(P6376239)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6376239
(24)【登録日】2018年8月3日
(45)【発行日】2018年8月22日
(54)【発明の名称】電力変換回路の制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02M 7/48 20070101AFI20180813BHJP
【FI】
   H02M7/48 F
【請求項の数】3
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2017-78578(P2017-78578)
(22)【出願日】2017年4月12日
【審査請求日】2018年3月26日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(72)【発明者】
【氏名】山本 康弘
(72)【発明者】
【氏名】濱田 鎮教
【審査官】 高野 誠治
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−046500(JP,A)
【文献】 特開2009−254032(JP,A)
【文献】 特開2011−055608(JP,A)
【文献】 特開2015−047021(JP,A)
【文献】 特開平06−062580(JP,A)
【文献】 特開2012−016232(JP,A)
【文献】 特開2001−352762(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02M 7/42 − 7/98
H02P 21/00 −27/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電流指令値と電流検出値との偏差に基づいて電圧指令値を出力する電流制御部と、
前記電圧指令値に複合電圧補償成分を加算した補正電圧指令値と、三角波キャリア信号と、に基づいてPWM指令値を出力するPWM生成部と、
前記PWM指令値にデッドタイムを付加して、電力変換回路の半導体スイッチング素子にゲート信号を出力するデッドタイム付加器と、
前記電流指令値に基づいて、電圧補償成分を演算する電圧補償演算部と、
前記電圧補償成分を、補償電圧の切換レベルの絶対値の範囲内に制限する第1制限器と、
電圧検出値を2値化して2値のディジタル値を出力する電位2値化部と、
前記2値のディジタル値と前記PWM指令値とによりON遅延時間とOFF遅延時間を計測する遅延時間計測部と、
前記ON遅延時間と前記OFF遅延時間の平均値に、直流電源電圧を三角波キャリア信号の半周期で除算した値を乗算して誤差電圧成分の平均値を出力する乗算部と、
前記誤差電圧成分の平均値から、補償電圧の切換レベルの絶対値を超過した値を抽出する第2制限器と、
前記第1制限器が出力する制限後の電圧補償成分と、前記第2制限器が出力する制限後の誤差電圧成分と、を加算して前記複合電圧補償成分を出力する加算器と、
を備えたことを特徴とする電力変換回路の制御装置。
【請求項2】
電流指令値と電流検出値との偏差に基づいて電圧指令値を出力する電流制御部と、
前記電圧指令値に複合電圧補償成分を加算した補正電圧指令値と、三角波キャリア信号と、に基づいてPWM指令値を出力するPWM生成部と、
前記PWM指令値にデッドタイムを付加して、電力変換回路の半導体スイッチング素子にゲート信号を出力するデッドタイム付加器と、
前記電流指令値に基づいて、電圧補償成分を演算する電圧補償演算部と、
前記電圧補償成分を、補償電圧の切換レベルに半導体スイッチング素子の電圧降下成分を加算した値の絶対値の範囲内に制限する第1制限器と、
電圧検出値を2値化して2値のディジタル値を出力する電位2値化部と、
前記2値のディジタル値と前記PWM指令値とによりON遅延時間とOFF遅延時間を計測する遅延時間計測部と、
前記ON遅延時間と前記OFF遅延時間の平均値に、直流電源電圧を三角波キャリア信号の半周期で除算した値を乗算して誤差電圧成分の平均値を出力する乗算部と、
前記誤差電圧成分の平均値から、補償電圧の切換レベルの絶対値を超過した値を抽出する第2制限器と、
前記第1制限器が出力する制限後の電圧補償成分と、前記第2制限器が出力する制限後の誤差電圧成分と、を加算して前記複合電圧補償成分を出力する加算器と、
を備えたことを特徴とする電力変換回路の制御装置。
【請求項3】
前記電力変換回路の運転状態によって、前記補償電圧の切換レベルを調整することを特徴とする請求項1または2記載の電力変換回路の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体スイッチング素子をPWM変調制御する電力変換回路の制御装置に係り、特に、デッドタイム補償方式に関する。
【背景技術】
【0002】
[基本となるシステム構成]
図14は、三相インバータによるモータ駆動システムの一例を示す図である。直流電源電圧Vdcと6アームの半導体スイッチング素子Su,Sv,Sw,Sx,Sy,Szを組み合わせて、三相電圧形インバータ(電力変換回路)を構成している。ここでは、半導体スイッチング素子として、IGBTと逆並列ダイオードを使用している。
【0003】
図15は、この三相電圧形インバータの制御例をブロック図として表したものである。これはベクトル制御などによって直交二軸回転座標系(dq軸)の電流指令値Iref_dqを与えられるものと仮定し、電流指令値Iref_dq以降の機能を記載している。
【0004】
ここでは負荷としてモータMを想定しており、ディジタル制御では電流制御を回転角に同期した直交二軸回転座標系(dq軸)で構成することが多い。ここで、変数の表記を簡素化するために、三相成分や二軸成分などを電流成分ならIdet_uvwやIref_dqのように表すことにする。三相や二軸成分の一つの要素を表したいときだけ「U相電流検出値:Idet(u)」のように表す。
【0005】
図15の基本となる電流制御部は、回転座標系の二相の電流指令値Iref_dqと回転座標系の二相の電流検出値Idet_dqの差分を電流制御部ACRにてPI制御してモータを駆動する回転座標系の二相の電圧指令値Vref_dqを出力する。
【0006】
電流検出センサHCTで検出されたアナログ値の電流検出値i_uvwをAD変換器ADにてディジタル値に変換して三相の電流検出値Idet_uvwを出力する。三相/二相変換器3ph/2phは、三相の電流検出値Idet_uvwを固定座標系の二相の電流検出値Idet_αβに変換する。回転座標変換器αβ/dqは固定座標系の二相の電流検出値Idet_αβを回転座標系の二相の電流検出値Idet_dqに変換する。
【0007】
電流制御部ACRの出力電圧である回転座標系の二相の電圧指令値Vref_dqは、逆回転座標変換器dq/αβにおいて、固定座標系の二相の電圧指令値Vref_αβに変換する。二相三相変換器2ph/3phは固定座標系の二相の電圧指令値Vref_αβを三相の電圧指令値Vref_uvwに変換する。そして、PWM生成部PWMにおいて、この三相の電圧指令値Vref_uvwと三角波キャリア信号Cryとを大小比較することにより、最終的な電圧形インバータのPWM指令値PWM_refを生成する。
【0008】
さらに、デッドタイム付加器Deadtimeにおいて、PWM指令値PWM_refにデッドタイム(短絡防止期間)を付加して、上下アームの半導体スイッチング素子に対する合計で6本のゲート信号Gateを生成する。主回路部では、電源電圧の電位であるVdcと0とを交互に出力して、電圧指令値と等価なPWM電圧を負荷に供給する。以上が、電圧形インバータを用いた電流制御系の基本部分である。
【0009】
また、各相のPWM指令値PWM_refが下アームから上アームに転流する場合を「スイッチング=on(電位が0→Vdcに変換)」,逆に上アームから下アームに転流する場合を「スイッチング=off(電位がVdc→に変換0)」と定義することにする。
【0010】
しかし、ゲート駆動や主回路素子のスイッチング特性などの遅れ時間成分が存在するため、図14の上下アームの半導体スイッチング素子(例えば、SuとSx)に与えるゲート信号Gateには、デッドタイムという両アームともオフする短絡防止期間を挿入しなければならない。
【0011】
これにより、PWM指令値PWM_refと実際に出力される電圧のパターンに誤差が生じてくることが知られており、これが電流制御に対する電圧外乱となって出力電流に歪を引き起こす。
【0012】
デッドタイム期間中は上下の両方のIGBTがオフしているため、逆並列に接続されたダイオードに電流が流れる。しかし、出力電流の極性によって流路は上下アームの導通ダイオードに切り換わり、電流が負方向(負荷から主回路方向)の場合には上アーム側を流れるので出力端子に電位Vdcが現れ、電流が正方向(主回路から負荷方向)の場合には下アーム側に流れるので零電位となる。
【0013】
このように電流極性によって電位が変動する成分を「デッドタイムによる誤差電圧」などと呼んでいる。この誤差電圧は、電流の極性が切り替わるとき、つまり正弦波電流波形のうち零クロス付近に大きな歪を発生させる。
【0014】
電流制御は回転座標系の二相の電流指令値Iref_dqに追従させようと外乱電圧を補償しようとするが、制御の応答特性に限界があるため、どうしても電流零クロス部分に波形歪が残ってしまう。この電流歪によりトルク脈動が生じ、場合によってはモータの不安定現象を誘発することもある。
【0015】
そこで、このデッドタイムに起因する電圧誤差成分を検出または推定して補償する方式が考案されており、これらは「デッドタイム補償」と呼ばれている。このデッドタイム補償方式については、既に多くの先行技術文献にて多種多様な方式が報告されているので個別の詳細な説明は省略し、大まかな原理によって分類して比較する。
【0016】
[先行技術文献の原理による分類]
分類項目としては、「情報源を何にするか」,「補償を適用する箇所はどこか」,さらに「素子の電圧降下も考慮するか」などの視点で選定した。
【0017】
(分類1)基準となる情報による分類
(a)出力電流の情報(指令値や検出値)を利用する方式
(b)出力電圧の情報(指令値や検出値)を利用する方式
(c)スイッチング遅れ時間を計測する方式(出力電位をVdc/0の2値に近似する)
(d)上記のうち複数の情報を利用する方式
(分類2)補償を適用する対象による分類
(a)PWMパルスエッジ(スイッチングONとOFF)を遅延させて補正する方式
(b)PWM指令値生成前の電圧指令値に、誤差電圧成分を補正する方式
(分類3)補償演算のタイミングによる分類
(a)三角波キャリア信号の半周期を最小単位として高速に補正演算を行う方式
(b)基本波周期の実効値や6倍高調波などの脈動成分を検出して、長い時間を掛けて補正パターンを学習する方式
(分類4)補償する電圧誤差成分による分類
(a)スイッチング遅れ時間成分に起因する誤差電圧のみ補正する方式
(b)スイッチング遅れ時間成分に起因する誤差電圧だけでなく主回路の電圧誤差成分も補正する方式
(c)(b)に加えて、直流電源電圧Vdcに高速な変動があっても検出して補償する方式。
【0018】
従来例には多数の方式があるが、本願発明に関連している10個の方式を選定したものを先行技術文献に列記した。これらについて上記の分類を適用してみると下記のような表1となり、様々な組み合わせの多様な方式が存在していることがわかる。
【0019】
また、本願では2つの実施形態について説明するが、参考としてこの分類を適用した結果も下段に追加してある。
【0020】
【表1】
【0021】
このうち、本願発明が利用する技術を含むものは、特許文献2と特許文献4および特許文献6であり、これらの機能を組み合わせた方式を説明する。それ以外の先行技術文献は、機能の対比のために引用している。後述する2つの実施形態において、使用する先行技術文献の機能との対応は下記となっている。
(実施形態1)特許文献2と特許文献4を組み合わせる方式
(実施形態2)特許文献2と特許文献4を組み合わせ、さらに、特許文献6の半導体スイッチング素子の電圧降下補償も組み合わせた方式
以降は、まず特許文献2と特許文献4および特許文献6について概要を説明しておく。
【0022】
[特許文献2の概要]
図15は、特許文献2を本願発明の表現方法に合わせて表した制御ブロック図である。まず、「電流指令値による補償方式」2について説明する。
【0023】
電圧補償演算部dVi_compは、三相の電流指令値Iref_uvwと電圧補償指令値dVi_cmdを入力し、各相の電流値に応じた電圧補償成分dVi_FFを演算する。この電圧補償成分dVi_FFをPWM生成部PWMの前段である三相の電圧指令値Vref_uvwに加算し、補正電圧指令値を算出している。
【0024】
電圧補償演算部dVi_compにおける電圧補償成分dVi_FFの演算には、図16に示すような電流と補償電圧との関数などを使用している。もし、図16の実線(a)で示した曲線状の補正関数の場合には、図17に示すように正弦波状の電流i(u)に対して電圧補償成分dVi_FF(u)は台形に似た複雑な波形になる。
【0025】
しかし、半導体スイッチング素子の特性を厳密に表現するために図16の実線(a)のような曲線の補正電圧関数を設定したり、さらにこれを厳密に計測などによって調整しようとするにはかなりの手間が必要になる。また、実際には半導体スイッチング素子が有するバラツキや温度変動などのドリフト成分があるため、図16の実線(a)の複雑な関数を使用しても、高い補償精度が得られない場合もある。
【0026】
そのため、もっと簡略化して、飽和時の補償電圧dV_satなどを設定値として、図16の一点鎖線(b)のような台形状の折れ線で近似したり、もっと簡単に点線(c)のような正負の2値などに近似して使用することが多い。
【0027】
三相の電流指令値Iref_uvwの代わりに三相の電流検出値Idet_uvwを利用する方法もあり、図15の「電流検出値による補償方式」3にはこの方式を示している。この場合は、電圧補償演算部dVi_compにおいて、三相の電流検出値Idet_uvwと電圧補償指令値dVi_cmdを入力し、電圧補償成分dVi_FBを演算して出力する。基準となる電流成分の情報源が異なるだけで、補償関数以降は同じ機能を使用し、電圧補償成分dVi_FBを三相の電圧指令値Vref_uvwに加算するものである。
【0028】
電流検出値の方が電流指令値より正確であると考えがちだが、実際には出力電流にはPWMリプルが含まれておりこれが外乱要因となる。また、電流センサの出力をサンプルホールドしさらにAD変換したり電流リプルを除去するためのフィルタなどの処理が必要となるため、どうしても時間遅れが存在する。
【0029】
この検出の時間遅れは電流波形の零クロス歪を大きくさせるため、補償性能を劣化させる要因となる。電流制御を利用するシステム構成の場合であれば、時間遅れが少ない電流指令値を使用する補償方式の方が電流の零クロス歪を抑制できるという特長がある。ただし、V/F制御のように電流指令値自体が存在しない場合もあり、その場合には電流検出値の情報を使用するしかない。
【0030】
[特許文献3と特許文献4の概要]
図18は、特許文献3と特許文献4の両方の構成例を示す図である。これらは、電位2値化部Signにて、三相の電圧検出値Vdet_uvwをVdc/2のような中間電位レベルと比較することにより,H(Vdc電位)/L(零電位)という2値のディジタル値PWM_detに近似して検出する。そして、図19のような回路にて、図20に示すような遅延時間計測部dTcountの動作によってON遅延時間dT_on,OFF遅延時間dT_offを検出する。
【0031】
電圧検出による遅延時間計測部dT_countについては、特許文献4の計測部分(図2図3,[0029]〜[0034])と等価な機能を利用するものであり、また、(特許文献4の図3)の1クロックの時間を等価な電圧に変換した値は本願発明で変換係数Vdc/(Tc/2)=直流電源電圧を三角波キャリア信号の半周期で除算した値と等価である。しかし、特許文献4のように遅延時間の計測と電圧変換を同時に行うと分かりにくいので、図19図2)では遅延時間計測部dT_countと単位変換器dVtcompを2個のブロックに分離して描いてある。
【0032】
このように、この遅延時間の計測に関する構成に関しては従来例とほぼ同じなので説明を省略し、(特許文献4,図3)と同様なタイムチャートを図20に示して、異なる変数名の定義だけを明確にしておく。
【0033】
図20はPWM生成部PWMとデッドタイム付加器Deadtime、および、遅延時間計測などの動作を示すタイミングチャートである。PWM生成部PWMでは三角波キャリア信号Cryが入力Cryに、三相の電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*が入力refに与えられ、これらの大小比較を行って出力pwmから三相のPWM指令値PWM_ref(図20ではPu,Pv,Pw)を生成する。
【0034】
ここで、三角波キャリア信号Cryの上側頂点時刻のトリガ信号をCarry_Top,下側の頂点時刻のトリガ信号をCarry_Btmとする。
【0035】
三相のPWM指令値PWM_refのうちU相にのみ着目すると、PWM指令値Puはデッドタイム付加器Deadtimeにて上下アームの半導体スイッチング素子Su,Sxへのゲート信号Gu,Gxに変換される。ゲート信号Gu,GxにはデッドタイムTdeadの期間だけ両方とも休止させてある。
【0036】
このようなデッドタイムTdeadを含んだゲート信号Gu,Gxで駆動されると、主回路から出力される電圧v(u)は電流i(u)の極性によって波形が異なってくる。U相電流が主回路から負荷方向に流れ出す場合には[+I(u)の場合]で示すような波形となり、逆にU相電流が負荷から主回路に流れ込む場合には[−I(u)の場合]で示すような波形になる。
【0037】
次に、スイッチングがONとOFFの場合において、個別にPWM指令値PuからV(u)までの遅れ時間を計測する。スイッチングONは三角波キャリア信号Cryが下降する期間にしか発生しないので、トリガ信号Carry_Topの時刻でカウント値ON_COUNTを零にリセットしておき、PWM指令値Pu(PWM_ref)=Hとv(u)(PWM_det)=Lの期間だけカウントアップさせることにより遅延時間を計測する。
【0038】
スイッチングが完了するとカウント値ON_COUNTは変化しなくなるので、トリガ信号Carry_Btmより少し遅れた時刻(スイッチング遅れよりも十分に遅く、計測値が安定な期間中)にON遅延時間dT_onとして読み出す。
【0039】
同様に、スイッチングOFFは三角波キャリア信号Cryが上昇する期間にしか発生しないので、トリガ信号Carry_Btmの時刻でカウント値OFF_COUNTを零にリセットしておき、PWM指令値Pu(PWM_ref)=Lとv(u)(PWM_det)=Hの期間だけカウントアップさせることにより遅延時間を計測する。スイッチングが完了するとカウント値OFF_COUNTは変化しなくなるので、トリガ信号Carry_Topより少し遅れた計測値が安定な時刻に、OFF遅延時間dT_offとして読み出す。
【0040】
電流極性が[+I(u)の場合]と[−I(u)の場合]とでは、ON遅延時間dT_onやOFF遅延時間dT_offの値が異なるが、これによりデッドタイムによる影響成分を計測できていることになる。
【0041】
特許文献3では、前回のON遅延時間dT_onとOFF遅延時間dT_offに応じて、補正期間同期部dTcompにて補正期間を三角波キャリア信号Cryに同期させた後に、図18の遅延補正部1にて、この遅れ時間を補償するようにPWMパターンのON/OFF時刻を遅延、つまり、パルス波形の幅を調整して電圧外乱分を補償している。
【0042】
特許文献4では、計測したON遅延時間dT_onとOFF遅延時間dT_offを単位変換器dVtcompにおいて、Vdc/(Tc/2)の変換係数により、誤差電圧成分dVt_FBに変換して、三相の電圧指令値に加算することにより誤差電圧成分を補償する。
【0043】
したがって、これらは遅延時間という誤差電圧の時間方向の成分を検出して補正する方式であるといえる。前者の特許文献3では直流電源電圧Vdcの情報を使用していないため、直流電源電圧Vdcが一定でないと正確に補償できない。後者の特許文献4では誤差電圧の計測時とPWM生成時の直流電源電圧Vdcが変動した場合でも、正確な誤差電圧を補正できるという利点がある。
【0044】
[特許文献6の概要]
これは特許文献4の方式に、(分類4(b))の半導体スイッチング素子の電圧降下成分の補償機能を組み合わせたものである。各相の電流と半導体スイッチング素子の電圧降下成分を補償する電圧指令値との関係は、図16の電圧誤差の補償関数と似た特性である。したがって、特許文献2の電流による電圧補償の形態を利用して、補償量の設定値を飽和時の補償電圧dV_satから半導体スイッチング素子の電圧降下成分dV_drop相当に置き換えたものを電圧指令値に加算補正している。従って、特に新しい機能ブロックを考案したものではなく、従来の複数の機能を流用して組み合わせた方式と言える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0045】
【特許文献1】特開昭60−118082号公報
【特許文献2】特開平6−62580号公報
【特許文献3】特開平2−307369号公報
【特許文献4】特開2012−16232号公報
【特許文献5】特開2015−47021号公報
【特許文献6】特開2001−352762号公報
【特許文献7】特開2008−178159号公報
【特許文献8】特開2012−44785号公報
【特許文献9】特開2004−201414号公報
【非特許文献】
【0046】
【非特許文献1】Y. Murai; T. Watanabe; H. Iwasaki: “Waveform Distortion and Correction Circuit for PWM Inverters with Switching Lag-Times”, IEEE Trans. on Industry Applications, IA-23, Issue:5,p.881-886 (1987)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0047】
前述の分類1には、(a)出力電流の情報(指令値や検出値),(b)出力電圧の情報(指令値や検出値),(c)スイッチング遅れ時間の計測という3種類が存在することを示した。この分類に対応して、次のような問題点がある。
【0048】
(a)出力電流の情報(指令値や検出値)を使用する方式の問題点
前述したように、電流検出値を使用する方法では電流のリプル成分が外乱となること、また検出遅れがあるために補償電圧にも遅れが生じる。この時間遅れにより誤差電圧が補償できない成分が残るため、電流波形の零クロス付近に大きな歪が発生してしまう。
【0049】
もう一方の電流指令値を使用する方式ではこの時間遅れの成分が生じなくなるが、図16に示すような補正電圧の関数(補正パターン)をどのように設定するかが問題となる。半導体スイッチング素子には個々にバラツキがあるし温度変動によるスイッチング特性の変化も存在する。したがって、常に良好な補償精度を得るためには、何らかの学習機能を実装したり、外乱オブザーバなどのロバスト性のある方式を組み合わせるなどの対策が必要になる。
【0050】
(b)出力電圧の情報(指令値や検出値)を使用する方式の問題点
前述の先行技術文献の説明では省略しているが、電圧検出値をAD変換して補正に使用する方式もある。これについてはPWMパルス波形からどのようにして基本波成分を抽出するかが問題となる。PWMパルス波形には高い周波数成分(高調波成分)まで含まれているので、正確なフィルタや高速なAD変換器、および、AD変換後のディジタルフィルタ処理などが必要になる。そして、高調波成分除去用のフィルタには大きな遅れ時間が生じるため、電流検出値を利用する方式にて説明したように、遅延時間が大きな電流歪を発生させてしまう。
【0051】
(c)スイッチング遅れ時間の計測を使用する方式の問題点
出力電圧をH/L(電位Vdc/0)の2値に近似してPWM波形として取り扱い、ディジタル回路でスイッチング遅れ時間を計測する方式である。しかし、2値に近似する際に、半導体スイッチング素子の電圧降下成分などは無視してしまっている。さらに、誤差時間を電圧情報に変換するためには直流電源電圧Vdcの計測情報が必要である。
【0052】
また、デッドタイムに起因するスイッチング遅れ時間は短いのだが、これを計測する期間は最低でも三角波キャリア信号の半周期Tc/2以上の間隔が必要になる。さらにこの検出情報を使用して電圧指令値やPWMパルス幅の補正を実施するためには、更なる時間遅れが発生する。したがって、遅れ時間を計測する方法でも、補償値が反映されるまでの制御遅れ(ムダ時間)が大きいことが問題となっている。この制御遅れの影響による電流歪は、電流の零クロス付近で顕著に表れる。
【0053】
このように、どの方式においても何らかの問題があり、すべての条件を満足する方式はまだない。以上示したようなことから、電力変換回路の制御装置において、電流歪を適切に抑制することが課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0054】
本発明は、前記従来の問題に鑑み、案出されたもので、その一態様は、電流指令値と電流検出値との偏差に基づいて電圧指令値を出力する電流制御部と、前記電圧指令値に複合電圧補償成分を加算した補正電圧指令値と、三角波キャリア信号と、に基づいてPWM指令値を出力するPWM生成部と、前記PWM指令値にデッドタイムを付加して、電力変換回路の半導体スイッチング素子にゲート信号を出力するデッドタイム付加器と、前記電流指令値に基づいて、電圧補償成分を演算する電圧補償演算部と、前記電圧補償成分を、補償電圧の切換レベルの絶対値の範囲内に制限する第1制限器と、電圧検出値を2値化して2値のディジタル値を出力する電位2値化部と、前記2値のディジタル値と前記PWM指令値とによりON遅延時間とOFF遅延時間を計測する遅延時間計測部と、前記ON遅延時間と前記OFF遅延時間の平均値に、直流電源電圧を三角波キャリア信号の半周期で除算した値を乗算して誤差電圧成分の平均値を出力する乗算部と、前記誤差電圧成分の平均値から、補償電圧の切換レベルの絶対値を超過した値を抽出する第2制限器と、前記制限後の電圧補償成分と、前記制限後の誤差電圧成分と、を加算して前記複合電圧補償成分を出力する加算器と、を備えたことを特徴とする。
【0055】
また、他の態様において、電流指令値と電流検出値との偏差に基づいて電圧指令値を出力する電流制御部と、前記電圧指令値に複合電圧補償成分を加算した補正電圧指令値と、三角波キャリア信号と、に基づいてPWM指令値を出力するPWM生成部と、前記PWM指令値にデッドタイムを付加して、電力変換回路の半導体スイッチング素子にゲート信号を出力するデッドタイム付加器と、前記電流指令値に基づいて、電圧補償成分を演算する電圧補償演算部と、前記電圧補償成分を、補償電圧の切換レベルに半導体スイッチング素子の電圧降下成分を加算した値の絶対値の範囲内に制限する第1制限器と、電圧検出値を2値化して2値のディジタル値を出力する電位2値化部と、前記2値のディジタル値と前記PWM指令値とによりON遅延時間とOFF遅延時間を計測する遅延時間計測部と、前記ON遅延時間と前記OFF遅延時間の平均値に、直流電源電圧を三角波キャリア信号の半周期で除算した値を乗算して誤差電圧成分の平均値を出力する乗算部と、前記誤差電圧成分の平均値から、補償電圧の切換レベルの絶対値を超過した値を抽出する第2制限器と、前記制限後の電圧補償成分と、前記制限後の誤差電圧成分と、を加算して前記複合電圧補償成分を出力する加算器と、を備えたことを特徴とする。
【0056】
また、その一態様として、前記電力変換回路の運転状態によって、前記補償電圧の切換レベルを調整することを特徴とする。
【発明の効果】
【0057】
本発明によれば、電力変換回路の制御装置において、電流歪を適切に抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
図1】実施形態1における電力変換回路の制御機能を示すブロック図。
図2】実施形態1における復号化ブロックを示すブロック図。
図3】実施形態1における動作を説明するためのタイミングチャート。
図4】電流を基準とするデッドタイム補償方式(dVi_cmd=1.0×dV_sat)の動作シミュレーションの一例を示すタイムチャート。
図5図4の時間軸拡大図。
図6】電流を基準とするデッドタイム補償方式(dVi_cmd=0.8×dV_sat)の動作シミュレーションの一例を示すタイムチャート。
図7図6の時間軸拡大図。
図8】電圧検出を基準とするデッドタイム補償方式(dVi_cmd=0.8×dV_sat)の動作シミュレーションの一例を示すタイムチャート。
図9図8の時間軸拡大図。
図10】実施形態1におけるデッドタイム補償方式(dVi_cmd=0.8×dV_sat,dV_level=0.7×dV_sat)の動作シミュレーションの一例を示すタイムチャート。
図11図10の時間軸拡大図。
図12】実施形態2における復号化ブロックを示すブロック図。
図13】実施形態2における動作を説明するためのタイミングチャート。
図14】三相電圧形インバータの一例を示す構成図。
図15】電流を基準とするデッドタイム補償方式の従来例を示すブロック図。
図16】電流波形と補償電圧成分の相間関数を示す図。
図17】電流波形と補償電圧成分の時間波形を示すタイムチャート。
図18】電圧検出を基準とするデッドタイム補償方式の従来例を示すブロック図。
図19図18の遅延時間計測部を示すブロック図。
図20】PWM生成部PWMとデッドタイム付加器Deadtime、および、遅延時間計測などの動作を示すタイミングチャート。
【発明を実施するための形態】
【0059】
本願発明は、電流零クロス付近の誤差電圧の変化が大きな箇所には、時間遅れの少ない電流指令値を使用した補償方式を適用し、電流がある程度の振幅に達すると、比較的定常時の精度がよい遅延時間の計測による補償方式を適用したものである。
【0060】
以下、本願発明の電力変換回路の制御装置の実施形態1,2を図1図13に基づいて詳述する。
【0061】
[実施形態1]
図1は、本実施形態1の電力変換回路の制御装置を示す図である。図15図18と同様の箇所には同様の符号を付してその詳細な説明は省略する。これは、図15の「電流指令値の補償方式」2と、図18の特許文献4に相当する電位2値化部Sign,遅延時間計測部dTcount,単位変換器dVtcompを利用しており、これらの補償情報を複合化ブロック4にて合成して複合電圧補償成分dV_mixedを生成し、これを電圧指令値の補正量として加算することにより補正電圧指令値Vref_uvwを生成している。
【0062】
この複合化ブロック4とその前段の単位変換器dVt_compについて、詳細な構成例を図2に示している。図2のポイントは異なる情報源による2種類の補償成分を合成するために、新たに補償電圧の切換レベルdV_levelを設定したことにある。
【0063】
電流指令値に基づく電圧補償成分dVi_FFを飽和特性(リミッタ)を有する第1制限器5を通して補償電圧の切換レベルdV_levelの絶対値の範囲内に制限して制限後の電圧補償成分dVi_FF_bとする。
【0064】
一方、遅延時間の計測値を基準とする補償については、電圧指令成分に変換したいので、先ずON遅延時間dT_onからOFF遅延時間dT_offを減算して1/2を乗算して平均値を算出した後に、乗算部7において時間⇒電圧の変換係数(直流電源電圧を三角波キャリア信号の半周期で除算した値)Vdc/(Tc/2)を掛けて誤差電圧成分の平均値dVt_FB_aveにする。そして、設定されたレベルの不感帯特性(デッドゾーン)を有する第2制限器6を通して、補償電圧の切換レベル±dV_levelの絶対値を超過した制限後の誤差電圧成分dV_FB_cだけを抽出する。
【0065】
そして、これらの2種類の第1,第2制限器5,6の出力、つまり、飽和特性(リミッタ)側の制限後の電圧補償成分dVi_FF_bと不感帯特性(デッドゾーン)側の制限後の誤差電圧成分dVt_FB_cとを加算器8で加算して新たな複合電圧補償成分dV_mixedとする。
【0066】
ここで、補償電圧は三角波キャリア信号Cryの半周期Tc/2と同期させたいので、三角波キャリア信号Cryの上と下の頂点時刻のトリガ信号Carry_Top/Btmでサンプルすることにより同期をとってある。このサンプラの設置位置は、もっと前段部分でもよく、ON遅延時間dT_onやOFF遅延時間dT_offの部分と電圧補償成分dVi_FFの部分などに分割して移行しても等価な動作をする。
【0067】
このように、2種類の特徴が異なる補償情報を、それぞれの長所が生きるように合成するために、補償電圧幅(補償電圧の切換レベル)±dV_levelの内側成分と外側成分とを抽出し、それらを組み合わせて再合成することが本実施形態1の構成である。
【0068】
図3は、U相の電流波形と、ON遅延時間dT_onやOFF遅延時間dT_offの関係を示したものである。電流制御の電流指令値のU相成分を(a)の破線で示したようなIref(u)とすると、電流制御による応答遅れが存在するので、電流出力値は実線で示したi(u)のように電流指令値Iref(u)に対して少し遅れて追従するようになる。
【0069】
電流出力値i(u)が(a)の実線で示すような波形の場合、ON遅延時間dT_onは(b1)の一点鎖線のように、またOFF遅延時間dT_offは(b2)の破線のように変化する。このように、電流の極性によって半波ごとに遅延時間の発生量が異なるという特徴がある。
【0070】
この2種類の遅延時間のうちON遅延時間dT_onの期間の方は出力電圧を減少させ、OFF遅延時間dT_offの期間の方は出力電圧を増加するような誤差電圧を発生させる。
【0071】
そこで、図2に示すように、ON遅延時間dT_onの方を補償するには正の補償電圧が必要なので+極性に、OFF遅延時間dT_offの方は負の補償電圧が必要なので負値として、これらの平均演算を行って補償成分に変換している。
【0072】
この負値と正値の加算は差分演算のことであり、図3(c)の一点鎖線と破線に1/2を乗算すると、実線のような「ON遅延時間dT_onとOFF遅延時間dT_offの平均相当の補償電圧成分」となる。そして、これを電圧の単位に変換するためにVdc/(Tc/2)を乗算すると、(d)に示すような誤差電圧成分の平均値dVt_FB_aveの波形が得られる。
【0073】
ここで、補償電圧の切換レベルdV_levelの設定値は、電流指令値に基づく電圧補償成分dVi_FFの振幅(通常は図16のdV_sat)より少し小さくなるように設定しておく。
【0074】
図2の第2制限器6では、補償電圧の切換レベル±dV_levelの幅を超過した部分を抽出するため、制限後の誤差電圧成分dVt_FB_cは図3(d)の網掛け部のような両端部だけが出力され、補償電圧の切換レベル±dV_levelの幅より内側(0V側)の成分は削除される。
【0075】
図3(e)は、図17の電圧補償成分dVi_FFを第1制限器5により補償電圧の切換レベル±dV_levelの幅で制限した制限後の電圧補償成分dVi_FF_bと前述の制限後の誤差電圧成分dVt_FB_cを加算して、これを最終的な補償電圧成分としたものである。ここで、制限後の電圧補償成分dVi_FF_bの台形状の波形は、(a)の電流指令値Iref(u)を基準として生成されているため、電流出力値i(u)の零クロスタイミングに対して時間遅れが存在しない。
【0076】
つまり、図3(e)は、電流指令値に基づくので時間遅れのない補償電圧の切換レベル±dV_levelの幅内の制限後の電圧補償成分dVi_FF_bと、実電流による時間遅れのある補償電圧の切換レベル±dV_levelの幅より超過した制限後の誤差電圧成分dVt_FB_cという異なる成分を合成したものになっている。
【0077】
本実施形態1によれば、図3(e)のように2種類の補償動作を合成することにより、電流零クロス付近の電流歪の要因であるデッドタイムによる電圧誤差のうち時間遅れの問題については、時間遅れが無い制限後の電圧補償成分dVi_FF_bを適用することにより歪を抑制することができる。
【0078】
もう一つの問題は、電圧補償成分dVi_FFを生成するために設定する電圧補償指令値dVi_cmdとしては図16の飽和時の補償電圧dV_satが設定されるべきだが、実際には半導体スイッチング素子の特性のバラツキや温度変動などによる誤差が生じることであった。そこで、第1,第2制限器5,6などに設定する補償電圧の切換レベルdV_levelの値を、電流補償指令値(dVi_cmd≒dVi_sat)よりも想定したバラツキや変動分だけ小さくした値を設定する。こうして、まずはバラツキの最低限の補償電圧を確保することができる。
【0079】
そして、バラツキ範囲の成分については、実測した遅延時間に基づく制限後の誤差電圧成分dVt_FB_cを電圧指令値に上乗せ加算することにより補償の精度の方を確保する。
【0080】
ON遅延時間dT_onやOFF遅延時間dT_offの検出値は、図3の(b1)と(b2)のように、理想的な電流指令通りの電流が流れた場合よりも遅れて検出されるが、この理想波形と実計測波形の差異が補償量の誤差になる。この誤差が大きいのは時間に対する傾きが大きな部分つまり補償電圧の切換レベルdV_levelの幅以内の部分である。逆に、時間に対する傾きが小さな補償電圧の切換レベルdV_levelの幅を超過した部分では、同じ遅延時間が生じていても補償量の誤差は少ないため、電流歪は発生しにくい。
【0081】
この特性を利用して、2種類の補償方式の長所のみを取り出して合成することにより、電流歪を抑制できることがこの方式の効果である。
【0082】
具体的な波形例として示すために、数値シミュレーションを行って特性を比較したものが、図4図11である。この4種類の波形は、下記のような条件で行っている。
【0083】
図4図5は、電流を基準とするデッドタイム補償方式(図15)の動作シミュレーションの一例を示すタイムチャートである。
dVi_cmd=1.0×dV_sat(適切な補償振幅の場合)
dV_level=1.1×dV_sat(遅延時間の計測による補正は強制的に零に制限されている)
図6図7は、電流を基準とするデッドタイム補償方式(図15)の動作シミュレーションの他例を示すタイムチャートである。
dVi_cmd=0.8×dV_sat(補償振幅が80%と少ない場合)
dV_level=1.1×dV_sat(遅延時間の計測による補正は強制的に零に制限されている)
図8図9は、電圧検出を基準とするデッドタイム補償方式(図18)の動作シミュレーションの一例を示すタイムチャートである。
dVi_cmd=0.8×dV_sat(補償振幅が80%と少ない場合)
dV_level=0(電流側の補償は強制的に零とし、時間遅延による補償のみ動作している)
図10図11は、本実施形態1の電圧指令値と電圧検出値の両方を基準とするデッドタイム補償方式を混合化した場合の動作シミュレーションを示すタイムチャートである。
dVi_cmd=0.8×dV_sat(補償振幅が80%と少ない場合),
dV_level=0.7×dV_sat(このレベルで2種類の補償量が切り分け再合成されている)
ここで、電流歪が大きい方が改善効果を分かり易くなるため、定格周波数の1/6程度の低い周波数に設定し、電流振幅も20%程度と低い条件に設定している。電流制御の応答特性も1000rad/s程度と低めに設定してある。また、それぞれ図4図6図8図19では「2周期分の波形」、図5図7図9図11では「時間軸を拡大した波形」の2種類を示してある。
【0084】
各図には、次の4段の波形を示している。1段目は、電流制御に使用する電流検出値Idet_dqの各要素成分であり、PWMリプルを除去した三相の電流検出値を回転座標系の直交二軸(dq軸)に変換したものである。特にd軸の波形Idet_dに歪の影響が大きく現れる。
【0085】
2段目は、実電流の三相の電流検出値i(u),i(v),i(w)であり、これは零クロス付近に歪が大きく現れる。これらは実波形であるので、PWMリプル成分も含んでいる。
【0086】
3段目は、U相成分だけに着目して図2の3種類の成分を示したものであり、上段が合成された複合電圧補償成分dV_mixed,中段が電流指令値により生成された電圧補償成分dVi_FF,下段が遅延時間の計測により生成された誤差電圧成分dVt_FBである。複合電圧補償成分dV_mixedは、下の2種類の波形から補償電圧の切換レベルdV_levelの設定に基づいて合成されており、この補償電圧の切換レベル±dV_levelを点線で示している。
【0087】
4段目は、複合電圧補償成分dV_mixedを加算された三相の補正電圧指令値Vref(u),Vref(v),Vref(w)の三相交流成分である。電流制御により正弦波電圧が出力され、これにデッドタイム補償による台形状の補償電圧を加算したものである。
【0088】
図4から図11までに示した4種類の波形のうち、図4図5が理想的な補償を適用した場合であり、これを本実施形態1が実現する目標とみなす。
【0089】
図6図7も電流指令値による補償方式だけの場合であるが、補償量をdVi_cmd=0.8×dV_sat(補償振幅が80%)と少なく設定したことによる補償誤差成分が存在しており、それによる電流歪が示されている。図8図9は、逆に遅延時間を有する計測による補償量だけを適用した方式であり、これも電流歪が大きいことを示している。
【0090】
最後の図10図11は、本実施形態1を適用したものであり、電流指令値の補償量の振幅設定を図6図7と同じdVi_cmd=0.8×dV_satとして補償誤差が存在する条件としておき、補償電圧の切換レベルをdV_level=0.7×dV_satのように電流指令値による補償振幅よりも少し小さめに設定してある。
【0091】
その結果、図4図5とほぼ同様な電流波形が得られ、デッドタイムに起因する電圧誤差を正確に補償したことにより、電流歪が抑制できていることが確認できた。4種類の時間拡大図(図5図7図9図11)の3段目を比較してみると、補償特性の差異が明確になる。
【0092】
図5では、理想的な電流指令値による補正の例であり、また実電流の歪も小さいので、遅延時間計測による補償成分の時間遅れも少ない。
【0093】
しかし、図7では、図5と同じ遅延時間だが補償電圧の振幅が不足している。そのため電流歪が発生し、遅延時間計測による補償成分の波形も変化している。
【0094】
図9では、時間遅れの大きな遅延時間計測による補償成分を使用しているため電流波形歪が大きくなり、これがさらに遅延時間計測による補償成分の時間遅れを増大させていることが分かる。
【0095】
図11では、図5とほぼ同様な補償電圧が発生しており、補償電圧の切換レベルdV_levelより超過した部分だけに検出遅れによる差異が生じている。しかし、その遅延が影響している期間は短いので、電流歪の発生要因となっていないことが分かる。以上が、効果を示すためのシミュレーション結果の比較である。
【0096】
さらに、図2の構成であれば補正電圧の切換レベルdV_levelを連続的に変化させることも可能であり、電流振幅が小さくて正確な電流極性を推定できない場合には補償電圧の切換レベルdV_levelの値を下げることによって遅延時間に基づく補償量の比率を高くするように調整することが可能になる。つまり、電力変換回路の運転状態によって補償電圧の切換レベルdV_levelを調整するという自由度が増えたとも言える。
【0097】
これと似た機能を実現する手法として、学習機能により電流と補償電圧の関係を修正する方式がある。しかし、軽負荷と重負荷が急変した場合など、電流振幅が急変すると学習が追従できないこともある。これに対して、本実施形態1の方式では、検出値を直接に補正量として利用しているため、学習のような大きな追従遅れは発生しない。また、外乱電圧の推定オブザーバで問題となるモデルの設定も必要ない。
【0098】
[実施形態2]
本実施形態2は、実施形態1と同じ図1の構成を利用するものであり、図2図12のように変更したものである。この図2図12との差異は,電流指令値による電圧補償成分dVi_FFを制限する第1制限器5の設定値を、補正電圧の切換レベルdV_levelに半導体スイッチング素子の電圧降下成分dV_dropだけ加算した値に置き換えた。つまり、第1制限器5では、±(dV_level+dV_drop)の範囲内に制限するようにした。
【0099】
一方、時間遅れ計測による補償量の超過分を抽出する方のデッドゾーン特性の第2制限器6のレベルは実施形態1と同じままである。
【0100】
このように、第1,第2制限器5,6のレベルに差を付けることにより,(分類4(b))で示したような半導体スイッチング素子の電圧降下成分も補償することができるようになる。
【0101】
実施形態1とほぼ同じ動作をするが、図13に示すように電流指令値に基づく時間遅れのない電圧補償成分dVi_FF_b成分の方を、±dV_levelの幅内から±(dV_level+dV_drop)≒±(dV_sat+dV_drop)の幅内に変更することにより、電圧降下成分だけ拡大させる動作になる。これにより、電流極性に応じた半導体スイッチング素子の電圧降下成分が補正できる。
【0102】
誤差電圧成分dVt_FB_cの方には、出力電圧を2値化する際に半導体スイッチング素子の電圧降下成分dV_dropなどは無視されているので、こちらには電圧降下成分dV_dropの補償は必要ない。
【0103】
PWMインバータの誤差電圧には、デッドタイムに起因する電圧誤差だけでなく、半導体スイッチング素子の電圧降下成分dV_dropによる電圧誤差も存在している。実施形態1の方式では、出力電圧を2値化して誤差電圧成分dVt_FBに変換する際に半導体スイッチング素子の電圧降下成分dV_dropを無視しているため、この半導体スイッチング素子の電圧降下による電圧誤差V_drop分補償する効果は無かった。
【0104】
そこで、本実施形態2では、電流指令値を用いた電圧補償成分dVi_FF_bの補償電圧の方に、半導体スイッチング素子の電圧降下成分dV_dropを補償する機能を追加したものであり、デッドタイムに起因する誤差電圧だけでなく、半導体スイッチング素子の電圧降下による誤差成分も補償する機能が得られることが効果である。
【0105】
半導体スイッチング素子の電圧降下成分dV_dropの特性はデッドタイムに起因する誤差電圧と似ており、電流極性により変化する特性と誤差電圧が飽和するという特性とを有している。したがって、電圧補償成分dVi_FF側の飽和特性(リミッタ)の制限レベルだけを、±(dV_level+dV_drop)≒±(dV_sat+dV_drop)のように電圧降下分だけ増量させるだけで、制限後の電圧補償成分dVi_FF_b側に電圧降下成分dV_dropの補償の効果を追加することができる。
【0106】
本実施形態2を適用すると、デッドタイムだけでなく半導体スイッチング素子の電圧降下成分dV_dropによる誤差電圧を補償することができるので、より正確なPWM電圧を出力することができる。その結果、電流制御の外乱電圧をさらに抑制できるため、電流波形の歪も抑制することができる。
【0107】
以上、本発明において、記載された具体例に対してのみ詳細に説明したが、本発明の技術思想の範囲で多彩な変形および修正が可能であることは、当業者にとって明白なことであり、このような変形および修正が特許請求の範囲に属することは当然のことである。
【0108】
なお、本発明は、モータを駆動するインバータ以外の電力変換器にも適用できる。例えば、交流系統電力を直流電力に変換するPWMコンバータにも適用できる技術である。
【符号の説明】
【0109】
ACR…電流制御部
PWM…PWM生成部
Deadtime…デッドタイム付加器
5…第1制限器
6…第2制限器
Sign…電位2値化部
dTcount…遅延時間計測部
【要約】
【課題】電力変換回路の制御装置において、電流歪を適切に抑制する。
【解決手段】第1制限器5において、電圧補償成分dVi_FFを補償電圧の切換レベルdV_levelの絶対値の範囲内に制限する。ON遅延時間dT_onとOFF遅延時間dT_offの平均値に、直流電源電圧を三角波キャリア信号の半周期で除算した値Vdc/(Tc/2)を乗算して誤差電圧成分の平均値dVt_FB_aveを出力する。第2制限器6において、誤差電圧成分の平均値dVt_FB_aveから、補償電圧の切換レベルdV_levelの絶対値を超過した値を抽出する。制限後の電圧補償成分dVi_FF_bと、制限後の誤差電圧成分dVt_FB_cと、を加算して複合電圧補償成分dV_mixedを出力する。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20