特許第6376311号(P6376311)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6376311
(24)【登録日】2018年8月3日
(45)【発行日】2018年8月22日
(54)【発明の名称】太陽熱発電用集熱膜およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F24S 70/25 20180101AFI20180813BHJP
【FI】
   F24S70/25
【請求項の数】10
【全頁数】30
(21)【出願番号】特願2018-516102(P2018-516102)
(86)(22)【出願日】2017年9月25日
(86)【国際出願番号】JP2017034545
【審査請求日】2018年3月28日
(31)【優先権主張番号】特願2017-10110(P2017-10110)
(32)【優先日】2017年1月24日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】507224864
【氏名又は名称】ナノフロンティアテクノロジー株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100110973
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 洋
(72)【発明者】
【氏名】津田 薫
(72)【発明者】
【氏名】村上 泰
【審査官】 柳本 幸雄
(56)【参考文献】
【文献】 特公平02−015636(JP,B2)
【文献】 特公昭55−051454(JP,B2)
【文献】 特開2001−99497(JP,A)
【文献】 特開2012−92688(JP,A)
【文献】 特表2009−541698(JP,A)
【文献】 特開2012−201589(JP,A)
【文献】 特開2009−23887(JP,A)
【文献】 特開2006−1820(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2016/0010896(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F24S 70/25
C23C 20/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mn、Cr、Cu、Zr、Mo、Fe、CoおよびBiから選択される2種以上の金属を主として含む金属酸化物の粒子と、前記粒子の表面を部分的若しくは全体的に覆う酸化チタニウムとを備える複合粒子のネットワーク構造を有し、
膜表面の算術平均粗さが1.0μm以上であり、かつ膜平面の面積に対する前記複合粒子のネットワークの面積の比が7以上である太陽熱発電用集熱膜。
【請求項2】
前記金属酸化物は、Cr、MnおよびCuの内の2種以上の金属を主として含む請求項1に記載の太陽熱発電用集熱膜。
【請求項3】
最表面に多孔質シリカ膜をさらに備える請求項1または請求項2に記載の太陽熱発電用集熱膜。
【請求項4】
波長400〜700nmの可視光領域における光反射率が5.0%未満である請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の太陽熱発電用集熱膜。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の太陽熱発電用集熱膜の製造方法であって、
チタニウムアルコキシド(A)と、アセチルアセトンおよびアセト酢酸エチルの内の少なくとも1つ(B)とをモル比にてA:B=1:1以上となるように混合する第一混合工程と、
前記第一混合工程後の液中に、Mn、Cr、Cu、Zr、Mo、Fe、CoおよびBiから選択される2種以上の金属を主として含む金属酸化物の粒子を混合する第二混合工程と、
前記第二混合工程後の混合物を基板上に供給して成膜する成膜工程と、
を含む太陽熱発電用集熱膜の製造方法。
【請求項6】
前記成膜工程は、250〜400℃に加熱された前記基板上に前記混合物を噴霧する工程である請求項5に記載の太陽熱発電用集熱膜の製造方法。
【請求項7】
前記成膜工程は、250℃未満の温度の前記基板上に前記混合物を噴霧する噴霧工程と、
前記噴霧工程の後に、前記混合物を250〜400℃に加熱する加熱工程と、
を含む請求項5に記載の太陽熱発電用集熱膜の製造方法。
【請求項8】
前記金属酸化物は、Cr、MnおよびCuの内の2種以上の金属を主として含む請求項5〜請求項7のいずれか1項に記載の太陽熱発電用集熱膜の製造方法。
【請求項9】
最表面に多孔質シリカ膜を形成するためのシリカ膜形成工程をさらに含む請求項5〜請求項8のいずれか1項に記載の太陽熱発電用集熱膜の製造方法。
【請求項10】
波長400〜700nmの可視光領域における光反射率が5.0%未満である請求項5〜請求項9のいずれか1項に記載の太陽熱発電用集熱膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【クロスリファレンス】
【0001】
本出願は、2017年1月24日に日本国において出願された特願2017−10110号に基づく優先権を主張するものであり、当該出願に記載された内容は全て、参照によりそのまま本明細書に援用される。また、本願において引用した全ての特許、特許出願及び文献に記載された内容は全て、参照によりそのまま本明細書に援用される。
【技術分野】
【0002】
本発明は、太陽熱発電に利用可能な集熱膜およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0003】
近年、環境問題および化石エネルギー資源の枯渇等の観点から、化石燃料代替エネルギーの必要性が高まっている。自然エネルギーの代表格である太陽光を利用して発電する方式として、太陽光発電および太陽熱発電が知られている。太陽光発電は、太陽光を直接電力に変換する方式であり、現在、世界中で実用化されている。一方、太陽熱発電は、太陽光を集光して熱源として利用してタービンを回して発電する方式である。太陽光を熱に変換する場合、太陽光を電気に変換する場合よりも、太陽光エネルギーを高効率で変換できることから、近年、注目を浴びている(例えば、特許文献1を参照)。
【0004】
太陽熱発電の集熱器に用いられる集熱膜としては、例えば、窒化クロムを含む膜が用いられているが、窒化クロムは、環境負荷が大きいことが懸念されている。そこで、可視光を吸収する性質を有するチタニウムオキシナイトライド薄膜が提案されている(例えば、特許文献2を参照)。また、チタニウムオキシナイトライドにカーボンを添加することで、可視光吸収率を向上させることが開示されている(例えば、特許文献3を参照)。また、本発明者は、本発明に先立ち、酸化チタニウムとカーボンナノチューブとを含む膜を発明し、従来よりも実用性の高い集熱膜の開発に成功した(特許文献4を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015−148205号公報
【特許文献2】特表平9−507095号公報
【特許文献3】特開2006−001820号公報
【特許文献4】特開2012−201589号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2記載の膜では、チタニウムオキシナイトライドが可視光を吸収できる。特許文献3の膜では、チタニウムオキシナイトライドが可視光を吸収することに加え、カーボンの添加により、可視光吸収率と赤外光輻射を向上することができる。しかし、膜の光吸収率をさらに向上させることにより、効率よく集熱することが要望されている。
【0007】
本発明者が先に開発した集熱膜、すなわちカーボンナノチューブを酸化チタニウムに添加して成る膜は、従来よりも優れた特性を有している。しかし、カーボンは高温で酸化して消耗する可能性もあり、太陽熱発電の実用化を促進する上では、より高い温度で使用可能な耐熱酸化性に優れた膜が望まれている。
【0008】
本発明は、かかる要望に応じてなされたものであって、耐熱酸化性に優れ、光吸収率の高い太陽熱発電用集熱膜およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明者らが鋭意研究を重ねた結果、カーボンナノチューブより耐熱酸化性の高い金属酸化物の粒子同士を部分的に接合した多孔質構造体(立体膜とも称する)の内部及び外部に酸化チタニウムの膜を被覆した構成の膜を形成することにより、太陽熱発電の集光器に適した膜を得ることができるという知見を得て、本発明の完成に至った。具体的には、以下の手段により、本発明の目的を達成した。
【0010】
(1)本発明の一実施形態は、Mn、Cr、Cu、Zr、Mo、Fe、CoおよびBiから選択される2種以上の金属を主として含む金属酸化物の粒子と、粒子の表面を部分的若しくは全体的に覆う酸化チタニウムとを備える複合粒子のネットワーク構造を有し、膜表面の算術平均粗さが1.0μm以上であり、かつ膜平面の面積に対する複合粒子のネットワークの面積の比が7以上の太陽熱発電用集熱膜である。
【0011】
(2)本発明の別の実施形態は、好ましくは、金属酸化物がCr、MnおよびCuの内の2種以上の金属を主として含む太陽熱発電用集熱膜である。
【0012】
(3)本発明の別の実施形態は、好ましくは、最表面に多孔質シリカ膜をさらに備える太陽熱発電用集熱膜である。
【0013】
(4)本発明の別の実施形態は、好ましくは、波長400〜700nmの可視光領域における光反射率が5.0%未満の太陽熱発電用集熱膜である。
【0014】
(5)本発明の一実施形態は、前述のいずれかの太陽熱発電用集熱膜の製造方法であって、チタニウムアルコキシド(A)と、アセチルアセトンおよびアセト酢酸エチルの内の少なくとも1つ(B)とをモル比にてA:B=1:1以上となるように混合する第一混合工程と、第一混合工程後の液中に、Mn、Cr、Cu、Zr、Mo、Fe、CoおよびBiから選択される2種以上の金属を主として含む金属酸化物の粒子を混合する第二混合工程と、第二混合工程後の混合物を基板上に供給して成膜する成膜工程と、を含む太陽熱発電用集熱膜の製造方法である。
【0015】
(6)本発明の別の実施形態は、好ましくは、成膜工程を、250〜400℃に加熱された基板上に混合物を噴霧する工程とする太陽熱発電用集熱膜の製造方法である。
【0016】
(7)本発明の別の実施形態は、好ましくは、成膜工程に、250℃未満の温度の基板上に混合物を噴霧する噴霧工程と、その噴霧工程の後に、混合物を250〜400℃に加熱する加熱工程とを含む太陽熱発電用集熱膜の製造方法である。
【0017】
(8)本発明の別の実施形態は、好ましくは、金属酸化物がCr、MnおよびCuの内の2種以上の金属を主として含む太陽熱発電用集熱膜の製造方法である。
【0018】
(9)本発明の別の実施形態は、好ましくは、最表面に多孔質シリカ膜を形成するためのシリカ膜形成工程をさらに含む太陽熱発電用集熱膜の製造方法である。
【0019】
(10)本発明の別の実施形態は、好ましくは、波長400〜700nmの可視光領域における光反射率が5.0%未満の太陽熱発電用集熱膜の製造方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、耐熱酸化性に優れ、光吸収率の高い太陽熱発電用集熱膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1A図1Aは、この実施形態に係る太陽熱発電用集熱膜の製造方法の主な工程のフローを示す。
図1B図1Bは、他の実施形態に係る太陽熱発電用集熱膜の製造方法の主な工程のフローを示す。
図1C図1Cは、さらに別の実施形態に係る太陽熱発電用集熱膜の製造方法の主な工程のフローを示す。
図2図2は、315℃で加熱して得られた太陽熱発電用集熱膜と、その後に400℃加熱した膜の各X線分析の結果を示す。
図3図3は、TTiPとAcAcのモル比を変化させて作製した膜(実験例1〜7)の形態を比較したSEM写真を示す。
図4図4は、実験例8〜10の条件で作製した各膜表面のSEM写真を示す。
図5図5は、実験例1および実験例21の各条件で得られた膜表面のSEM写真を示す(5Aは実験例1であり、5Bは実験例21である)。
図6図6は、実験例1および実験例21の各条件で作製した膜(920立体膜、920平滑膜)と、実験例11および実験例22の各条件で作製した膜(3702立体膜、3702平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。
図7図7は、実験例12および実験例23の各条件で作製した膜(3402立体膜、3402平滑膜)と、実験例13および実験例24の各条件で作製した膜(6331立体膜、6331平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。
図8図8は、実験例14および実験例25の各条件で作製した膜(965立体膜、965平滑膜)と、実験例15および実験例26の各条件で作製した膜(1G立体膜、1G平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。
図9図9は、実験例16および実験例27の各条件で作製した膜(302A立体膜、302A平滑膜)と、実験例17および実験例28の各条件で作製した膜(303B立体膜、303B平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。
図10図10は、実験例18および実験例29の各条件で作製した膜(6301立体膜、6301平滑膜)と、実験例19および実験例30の各条件で作製した膜(6340立体膜、6340平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。
図11図11は、実験例20および実験例31の各条件で作製した膜(444立体膜、444平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。
図12図12は、実験例1および実験例21の各条件で作製した膜(920立体膜、920平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。
図13図13は、実験例11および実験例22の各条件で作製した膜(3702立体膜、3702平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。
図14図14は、実験例12および実験例23の各条件で作製した膜(3402立体膜、3402平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。
図15図15は、実験例13および実験例24の各条件で作製した膜(6331立体膜、6331平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。
図16図16は、実験例14および実験例25の各条件で作製した膜(965立体膜、965平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。
図17図17は、実験例16および実験例27の各条件で作製した膜(302A立体膜、302A平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。
図18図18は、実験例17および実験例28の各条件で作製した膜(303B立体膜、303B平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。
図19図19は、実験例32で作製したベース膜(3250平滑膜)と光吸収膜(3250立体膜)の形態を比較したSEM写真を示す。
図20図20は、実験例32の条件で作製した膜(3250平滑膜、3250立体膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)を表わすグラフである。
図21図21は、実験例32の条件で作製した膜(3250立体膜、3250平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率を表わすグラフである。
図22図22は、実験例32で作製した8個のサンプル(三層構造膜)について、耐熱試験前の光の吸収率の測定結果を示す。
図23図23は、実験例32で作製した膜(サンプル8)について、耐熱試験前の光の吸収率の測定結果を示す。
図24図24は、実験例32で作製した膜(サンプル6および7)について、600℃での耐熱試験前及び試験後の光吸収率の測定結果を示す。
図25図25は、実験例32で作製した膜(サンプル4および5)について、750℃での耐熱試験前及び試験後の光吸収率の測定結果を示す。
図26図26は、実験例32で作製した膜(サンプル1、2および3)について、850℃での耐熱試験前及び試験後の光吸収率の測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
次に、本発明の好適な実施形態について、図面を参照して説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また、実施形態の中で説明されている諸要素及びその組み合わせの全てが本発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0023】
1.太陽熱発電用集熱膜の構成材料
本実施形態に係る太陽熱発電用集熱膜は、金属酸化物の粒子と、当該粒子の表面を部分的若しくは全体的に覆う酸化チタニウムとを備える複合粒子のネットワーク構造を有する。太陽熱発電用集熱膜は、好ましくは、その最表面に多孔質シリカ膜を備える。なお、太陽熱発電用集熱膜は、金属酸化物粒子、その表面を覆う酸化チタニウム、太陽熱発電用集熱膜の最表面を覆う多孔質シリカ以外の他の材料を含むものでも良い。
【0024】
(1)金属酸化物の粒子
太陽熱発電用集熱膜を形成する金属酸化物の粒子は、好ましくは0.5〜5μmの範囲の平均粒子径を有する。当該平均粒子径を含む粒子径は、レーザー回折散乱法によって測定されたものである。金属酸化物は、Mn、Cr、Cu、Zr、Mo、Fe、CoおよびBiから選択される2種以上の金属を主として含む金属酸化物の粒子である。
【0025】
好適な金属酸化物としては、
(a)Cr,Mn,Cu,Mo,Zrmの各酸化物を主として含むもの;
(b)Cr,Mn,Cu,Zrの各酸化物を主として含むもの;
(c)Mn,Fe,Coの各酸化物を主として含むもの;
(d)Cu,Mo,Feの各酸化物を主として含むもの;
(e)Cr,Cu,Zrの各酸化物を主として含むもの;
(f)Cr.Cuの各酸化物を主として含むもの;
(g)Cr,Mn,Cu,Moの各酸化物を主として含むもの;
(h)Cr,Mn,Cuの各酸化物を主として含むもの;
(i)Mn,Biの各酸化物を主として含むもの;
(j)Cr,Feの各酸化物を主として含むもの;
(k)Mn,Feの各酸化物を主として含むもの;および
(l)Cr,Cu,Feの各酸化物を主として含むもの
を例示できる。金属酸化物は、単体の金属酸化物が複数種混合しているものの他、複数種の金属が酸化物を構成した複合酸化物でも良い。例えば、スピネル構造を有する複合酸化物を好適に例示できる。上記例示の金属酸化物の中では、特に、Cr、MnおよびCuの内の2種以上の金属を主として含むものが好ましい。
【0026】
(2)酸化チタニウムの膜
酸化チタニウムは、金属酸化物の粒子表面を覆う膜の形態を有する。酸化チタニウムは、該粒子の全面を覆っていても、該粒子の表面の一部を覆っていても良い。金属酸化物の粒子は、太陽熱発電用集熱膜の骨格を形成しており、三次元ネットワーク状の多孔体を構成する。酸化チタニウムは、粒子同士の接合部位に介在している場合もあるが、介在していない場合もある。酸化チタニウムは、好ましくは、太陽熱発電の集光器の一部に使用されていない段階ではアナターゼ型の結晶構造を有する。ただし、集光器として使用されると高温に晒されるので、ルチル型の結晶構造に変わり得る。なお、酸化チタニウムの膜が最初からルチル型の結晶構造であっても良い。
【0027】
(3)多孔質シリカ膜
多孔質シリカ膜は、太陽熱発電用集熱膜の最表面を覆う膜である。太陽熱発電用集熱膜およびその膜を形成した基板が熱膨張した場合に、当該熱膨張に耐え得る膜であることを要する。多孔質シリカ膜を形成するのは、多孔質の立体膜がくずれず、また熱膨張にも耐えるようにするためある。
【0028】
2.太陽熱発電用集熱膜の形態・特性
太陽熱発電用集熱膜は、基板上に形成される膜であって、多数の孔(オープンポアであるかクローズドポアであるかを問わない)を有する多孔体膜(立体膜と称しても良い)である。基板としては、鋼板、銅板、アルミニウム板、アルミニウムめっき鋼板、アルミニウム系合金めっき鋼板、銅めっき鋼板、錫めっき鋼板、クロムめっき鋼板あるいはステンレス鋼板、ニッケル基超合金等の熱伝導率の高い金属材料を用いたものが好ましい。熱伝導率の高い金属材料を基板として用いることにより、太陽熱発電用集熱膜により伝導された熱をさらに基板から加熱物へ伝導させやすくなる。その中でも、基板として、ステンレス鋼板あるいはニッケル基超合金等の耐熱性の高い材料を用いるのがより好ましい。多孔体膜は、好ましくは、膜の投影面積(膜平面の面積:S1)に対する複合粒子のネットワークの面積(S2)の比(=S2/S1)が7以上、さらに好ましくは8以上である。S2/S1が大きいほど、多孔体中の孔の存在によって増える面積も大きくなる。したがって、太陽熱発電用集熱膜は、その表面の投影面積に対して7倍以上、より好ましくは8倍以上の表面積を有するほど多数の孔を備えるのが好ましい。太陽熱発電用集熱膜の表面の粗さは、算術平均粗さ(Ra)にて1.0μm以上であるのが好ましい。また、太陽熱発電用集熱膜の表面の最大高さ(Rz)は、14μm以上、さらには16μm以上である方が好ましい。金属酸化物がCr、MnおよびCuの内の2種以上の金属を主として含むものである場合には、Raが1.0μm以上である方が好ましい。
【0029】
「投影面積」は、基板の表面に垂直な方向(基板板の厚さ方向)から見た、ある測定領域(顕微鏡視野)の面積である。「表面積が投影面積に対し7倍以上」とは、その測定領域での実表面積が、測定領域の投影面積の7倍以上であることを意味する。投影面積に対する表面積、RaおよびRzは、形状測定レーザー顕微鏡を用いて測定される値を用いることができる。
【0030】
金属酸化物の粒子のネットワークに酸化チタニウムの膜をコートした多孔体膜は、基板上に直接形成しても良いが、基板上に金属酸化物と酸化チタニウムとを含むベース材を形成し、その上に形成されても良い。
【0031】
この実施形態に係る太陽熱発電用集熱膜は、好ましくは、波長400nm〜700nm(400nm以上700nm以下と同義。「〜」はその前後の数値も含むように解釈される。以後も同様である。)の可視光領域における光反射率が5%未満の膜である。「光反射率が5%未満」は、「光吸収率が95%以上」を意味する。太陽光の波長域において、波長400〜700nmの特定範囲の波長域で光反射率が低い(すなわち、光吸収率が高い)ことが集熱の観点で重要となる。タワー型太陽熱発電のように高温(800〜900℃)で使用する場合には、波長700nmあたりから熱放射が始まると考えられる。このため、波長400nm〜700nmの範囲で特に高い光吸収率であることが望ましいと考えられる。また、400〜700nmの可視光領域のみならず、700nmを超える波長域においても、集熱膜の光反射率が好ましくは20%未満、より好ましくは15%未満、さらにより好ましくは10%未満であるのが望ましい。
【0032】
3.太陽熱発電用集熱膜の製造方法
図1Aは、この実施形態に係る典型的な太陽熱発電用集熱膜の製造方法の主な工程のフローを示す。
【0033】
この実施形態に係る太陽熱発電用集熱膜の製造方法は、図1Aに示すように、好ましくは、チタニウム前駆体とアセチルアセトンとを混合する第一混合工程(S100)と、第一混合工程にて混合した混合液を加熱する混合液加熱工程(S200)と、その後に、Mn、Cr、Cu、Zr、Mo、Fe、CoおよびBiから選択される2種以上の金属を主として含む金属酸化物の粒子を混合する第二混合工程(S300)と、第二混合工程後の混合物を基板上に供給して成膜する成膜工程(S400)と、太陽熱発電用集熱膜の最表面に多孔質シリカ膜を形成するためのシリカ膜形成工程(S500)と、を含む。ここで、成膜工程は、好ましくは、250〜400℃、より好ましくは280〜360℃に加熱された基板上に混合物を噴霧する工程である。
【0034】
また、別の太陽熱発電用集熱膜の製造方法は、図1Bに示すように、好ましくは、上記S100〜S300に続いて、250℃未満の温度の基板上に混合物を噴霧する噴霧工程(S410)と、噴霧工程の後に、混合物を250〜400℃、より好ましくは280〜360℃に加熱する加熱工程(S420)とを含む。この加熱工程において、混合物を供した基板を加熱しても、あるいは混合物に熱源を接し若しくは近づけて加熱するようにしても良い。
【0035】
次に、図1Aに示す各製造方法の各工程について、より詳細に説明する。
【0036】
図1Aの各工程−
(1)第一混合工程(S100)
第一混合工程では、酸化チタニウム前駆体とアセチルアセトンおよびアセト酢酸エチルの内の少なくとも1つとが混合される。酸化チタニウム前駆体は、熱分解して酸化チタニウムとなり得る。酸化チタニウム前駆体としては、有機チタニウム化合物および無機チタニウム化合物が存在する。混合は、攪拌機、マグネチックスターラー、超音波発生機などの如何なる機器を用いて行っても良い。酸化チタニウム前駆体(A)と、アセチルアセトンおよびアセト酢酸エチルの内の少なくとも1つ(B)との好適な比率は、モル比にて、A:B=1:1以上、好ましくは1:1.5以上、さらに好ましくはA:B=1:1.5〜4である。
【0037】
有機チタニウム化合物としては、チタニウムテトラメトキシド、チタニウムテトラエトキシド、チタニウムテトラアリルオキシド、チタニウムテトラn−プロポキシド、チタニウムテトライソプロポキシド、チタニウムテトラn−ブトキシド、チタニウムテトライソブトキシド、チタニウムテトラsec−ブトキシド、チタニウムテトラt−ブトキシド、チタニウムテトラn−ペンチルオキシド、チタニウムテトラシクロペンチルオキシド、チタニウムテトラヘキシルオキシド、チタニウムテトラシクロヘキシルオキシド、チタニウムテトラベンジルオキシド、チタニウムテトラオクチルオキシド、チタニウムテトラキス(2−エチルヘキシルオキシド)、チタニウムテトラデシルオキシド、チタニウムテトラドデシルオキシド、チタニウムテトラステアリルオキシド、チタニウムテトラブトキシドダイマー、チタニウムテトラキス(8−ヒドロキシオクチルオキシド)、チタニウムジイソプロポキシドビス(2−エチル−1,3−ヘキサンジオラト)、チタニウムビス(2−エチルヘキシルオキシ)ビス(2−エチル−1,3−ヘキサンジオラト)、チタニウムテトラキス(2−クロロエトキシド)、チタニウムテトラキス(2−ブロモエトキシド)、チタニウムテトラキス(2−メトキシエトキシド)、チタニウムテトラキス(2−エトキシエトキシド)、チタニウムブトキシドトリメトキシド、チタニウムジブトキシドジメトキシド、チタニウムブトキシドトリエトキシド、チタニウムジブトキシドジエトキシド、チタニウムブトキシドトリイソプロポキシド、チタニウムジブトキシドジイソプロポキシド、チタニウムテトラフェノキシド、チタニウムテトラキス(o−クロロフェノキシド)、チタニウムテトラキス(m−ニトロフェノキシド)、チタニウムテトラキス(p−メチルフェノキシド)、チタニウムテトラキス(トリメチルシリルオキシド)、ジイソプロポキシチタニウムビス(アセチルアセトナト)、ジノルマルブトキシビス(トリエタノールアミナト)チタニウム、チタニウムステアレート、チタニウムイソプロポキシオクチレングリコレート、テトライソプロポキシチタニウム重合体、テトラノルマルブトキシチタニウム重合体、ジヒドロキシビス(ラクタト)チタニウム、プロパンジオキシチタニウムビス(エチルアセトアセテート)、オキソチタニウムビス(モノアンモニウムオキサレート)、トリノルマルブトキシチタニウムモノステアレート、ジイソプロポキシチタニウムジステアレート、ジヒドロキシビス(ラクタト)チタニウムアンモニウム塩等が挙げられる。これらの有機チタニウム化合物は、単独で、または2種以上からなる化合物を組み合わせて用いられる。
【0038】
これらの有機チタニウム化合物の内でも、チタニウムテトライソプロポキシドは、材料の保存安定性、溶剤の選択性、熱分解温度と結晶化温度の関係および基板への付着性の点等からより好ましく用いることができる。また、無機チタニウム化合物としては、塩化チタニウム(TiCl)等が挙げられる。なお、無機チタニウム化合物と有機チタニウム化合物とを混合して用いても良い。
【0039】
酸化チタニウム前駆体は、そのまま用いてもよいし、溶媒や分散媒を用いて、溶液または、コロイド溶液、乳濁液もしくは懸濁液といった分散液として用いてもよい。特に、酸化チタニウム前駆体をスプレーにて吹き付ける場合には、流動性を向上させるために、酸化チタニウム前駆体を溶液や分散液として用いるのが好ましい。酸化チタニウム前駆体を溶液あるいは分散液として用いるための溶媒あるいは分散媒としては、エタノール、メタノール、プロパノール、ブタノールといったアルコール類、ヘキサン、トルエン、クロロベンゼン、塩化メチルあるいはパークロロエチレン等を好適に用いることができる。また、溶媒や分散媒は少量の水を含んでいても良い。
【0040】
アセチルアセトンおよびアセト酢酸エチルの内の少なくとも1つは、酸化チタニウム前駆体(好ましくは、有機チタニウム化合物、特に好ましくはチタニウムアルコキシド)が熱分解して酸化チタニウムになる温度を高くするのに寄与する。アセチルアセトンあるいはアセト酢酸エチルと酸化チタニウム前駆体とが反応する結果、チタニウム−アセチルアセトン錯体あるいはチタニウム−アセト酢酸エチル錯体が生成する。これら錯体が熱分解して酸化チタニウムになるためには、比較的高い温度を必要とする。これに対して、マロン酸ジエチルは、アセチルアセトンやアセト酢酸エチルよりも配位が弱く、配位して生成した錯体の分解温度が低いため、酸化物の生成より先にマロン酸ジエチルが分解する。このようなチタニウム錯体の分解温度の違いが多孔質膜形成の可否に関与していると考えられる。
【0041】
(2)混合液加熱工程(S200)
混合液加熱工程は、第一混合工程後に得られた混合液を加熱して、酸化チタニウム前駆体と、アセチルアセトンおよびアセト酢酸エチルの内の少なくとも1つとを反応させる工程である。当該反応によって、アセチルアセトンを用いた場合にはチタニウム−アセチルアセトン錯体が生成し、アセト酢酸エチルを用いた場合にはチタニウム−アセト酢酸エチル錯体が生成する。混合液を加熱する際の温度は、60〜100℃、好ましくは70〜90℃、より好ましくは75〜85℃である。加熱時間は、特に制約されないが、好適には2〜12時間、さらに好適には4〜8時間である。
【0042】
(3)第二混合工程(S300)
第二混合工程は、第一混合工程後の液中に、Mn、Cr、Cu、Zr、Mo、Fe、CoおよびBiから選択される2種以上の金属を主として含む金属酸化物の粒子を混合する工程である。混合に際して、第一混合工程で得られた混合液(反応液と称しても良い)をアルコール(好適には、イソプロピルアルコール)等で希釈するのが好ましい。上記混合液(X)と希釈用のアルコール(Y)との比率は、質量比にて、好ましくはX:Y=1:1〜6、より好ましくはX:Y=1:2〜4である。金属酸化物の粒子(A)は、アルコール等にて希釈された液(B)中に、質量比にて、A:B=1:10〜100、より好ましくはA:B=1:20〜50の範囲になるように混合される。混合は、第一混合工程と同様、攪拌機、マグネチックスターラー、超音波発生機などの任意の機器を用いて行うことができる。
【0043】
(4)成膜工程(S400)
成膜工程は、第二混合工程後の混合物を基板上に供給して成膜する工程である。この成膜工程では、250〜400℃、より好ましくは280〜360℃に加熱された基板上に前工程の混合物を噴霧する工程である。噴霧の工程は、好適にはスプレーによって行われる。上記温度まで昇温させた基板に対し、第二混合工程にて調製した原料を、スプレーにて所定回数噴霧する。基板に噴霧された原料は、原料中の有機溶媒が揮発し、熱分解により生成した酸化チタニウムが金属酸化物の粒子表面にて結晶化する。この過程で、チタンと結合していた成分が揮発する。揮発は加温に伴い徐々に生じるよりも、短時間で生じる方が望ましい。かかる短時間での揮発は、膜中に多数の孔を形成するのに大きく寄与するからである。また、スプレーにて基板に原料を噴霧することにより、成分および構造共に均一な膜が形成される。
【0044】
スプレーノズルの直径は、好ましくは0.1〜0.8mm、より好ましくは0.3〜0.5mmである。噴霧の際のエアー圧は、好ましくは0.1〜0.4MPa、より好ましくは0.15〜0.25MPaである。また、この工程では、原料を噴霧した後、基板の温度が上昇するまで待って(例えば、3秒間待って)、次の噴霧を行っても良い。また、スプレーによる噴霧時間は、3cm×3cmの面への噴霧の場合、50〜280秒の範囲内であるのが望ましい。
【0045】
また、上述の製造方法により基板1上に形成された太陽熱発電用集熱膜は、細孔を多く有する三次元網目形状に形成される。この結果、太陽熱発電用集熱膜の受光面積が大きくなり、また、太陽熱発電用集熱膜に照射された光が正反射しにくくなり、効率よく光を吸収できる。特に、上述の噴霧による成膜により、スパッタリング等の手法を用いずに容易かつ安価に太陽熱発電用集熱膜の受光面積を大きくすることができる。また、スパッタリング等と比較してより微細な孔を太陽熱発電用集熱膜に多く設けることができる。
【0046】
また、上述の工程では、原料をスプレーにより基板に噴霧することにより、基板に太陽熱発電用集熱膜を形成できるため、例えばPVD法(Physical Vapor Deposition法:物理蒸着法)やスパッタリング法と比較して容易にかつ安価に太陽熱発電用集熱膜を形成できる。しかし、太陽熱発電用集熱膜の形成方法は、スプレーに限定されず、他の方法を用いてもよい。また、成膜工程では、噴霧に限らず、スピンコート、印刷等の如何なる成膜方法を用いた工程でも良い。
【0047】
(5)シリカ膜形成工程(S500)
シリカ膜形成工程は、太陽熱発電用集熱膜の最表面に多孔質シリカ膜を形成するための工程である。この工程は、オプションであり、行わなくても良い。なお、多孔質シリカ膜を当該最表面に形成することにより、太陽熱発電用集熱膜を保護し、使用による崩壊や欠けを防止できるというメリットがある。多孔質シリカ膜を形成するには、集熱膜の最表面に、例えばジメチルジクロロシラン、トリメトキシモノエトキシシランあるいはテトラエトキシシラン等に代表される有機シランの溶液を噴霧して、加熱して形成するのが好ましい。多孔質シリカ膜の好適な形成方法の一例としては、オルトケイ酸テトラエチルに代表されるアルコキシシランとヒドロキシアセトンとをエタノールおよび/または水の存在下にて混合して、得られた溶液をさらにエタノール等で希釈したものを、ステップS400にて得られた膜上にスプレー噴霧し、300〜500℃の範囲内の適正な温度にて加熱する方法を挙げることができる。なお、本明細書において、用語「太陽熱発電用集熱膜」又は「集熱膜」とは、文脈によって、シリカ膜を含む場合と含まない場合とがある。以下、シリカ膜を含まず、成膜工程(S400)で形成された太陽熱発電用集熱膜のことを、特に、「光吸収膜」と称することとする。
【0048】
図1Bの各工程−
S100〜S300までおよびS500は、前述の各工程の説明と同様である。ここでは、図1(1A)に示す前述のフローと異なるS400のみについて説明する。
【0049】
(1)噴霧工程(S410)
噴霧工程は、成膜工程(S400)の一部を構成する工程であり、250℃未満の温度の基板上に、第二混合工程で得られた混合物を噴霧する工程である。
【0050】
(2)加熱工程(S420)
加熱工程は、成膜工程(S400)の一部を構成する工程であり、噴霧工程の後に、混合物を250〜400℃に加熱する工程である。
【0051】
このように、250℃以上に加熱された基板に混合物を噴霧せず、それより低い温度の基板上に混合物を噴霧した後に基板を250℃以上に加熱することでも、太陽熱発電用集熱膜を製造できる。
【0052】
図1Cの各工程−
S100〜S500は、図1Aの各工程の説明と同様である。ここでは、図1Aの第二混合工程(S300)と成膜工程(S400)との間に追加された、新たなベース膜作成工程(S350)のみについて説明する。
【0053】
(1)ベース膜作製工程(S350)
ベース膜作製工程は、第二混合工程(S300)後の混合物を基板上に供給して成膜する前に、基板上にあらかじめベース膜(下地層膜)を塗布する工程である。この工程は、オプションであり、行わなくてもよい。なお、多孔体からなる立体膜(光吸収膜)と基板との間に、ベース膜を形成することにより、基板と光吸収膜との密着性が高まり、太陽熱発電用集熱膜の耐久性がさらに向上するというメリットがある。
【0054】
このベース膜を構成する材料は、基板及び光吸収膜との密着性があり、光吸収膜から基板への熱伝導を低下させることがなければ特に制限されないが、金属酸化物粒子を含むことが好ましい。金属酸化物を含むことで、集熱膜の黒色度を上げ、また金属酸化物の熱伝導により基板に効率的に熱を伝え、熱放射を抑制するからである。また、基板との密着性を高めるために、この金属酸化物粒子を接合して平滑な膜を形成することが好ましい。このため、例えば有機チタンポリマーにより金属酸化物粒子の表面を被覆して接合することができる。ベース膜を形成するには、加熱または非加熱条件下で基板表面に、ベース膜材料を含む混合液を噴霧して加熱する方法がある。ベース膜の好適な形成方法の一例としては、有機溶媒と混合した有機チタンポリマーと、混合液加熱工程(S200)で用いた金属酸化物粒子とを混合して、得られた溶液を基板上にスプレー噴霧し、300〜500℃の範囲内の適正な温度にて加熱する方法を挙げることができる。有機チタンポリマーは、一般に入手可能な物であれば特に限定されないが、例えば、前述した有機チタニウム化合物を熱的に架橋重合して製造することができる。
【0055】
このベース膜の厚みは2〜15μm程度あればよく、5〜10μmが好ましく、7〜9μmがさらに好ましい。このベース膜作製工程(S350)の後に、前述の成膜工程(S400)及び多孔質シリカ膜の形成工程(S500)を行う。図1Cに示す各工程を経て得られた太陽熱発電用集熱膜は、ベース膜、光吸収膜及びシリカ膜の三層構造からなり、その膜厚は、通常15〜50μm、好ましくは20〜30μmである。
【0056】
(2)ベース膜作成工程(S350)の変形例
上記でベース膜の作製に用いた有機チタンポリマーを含む混合液に代えて、その他の金属錯体を用いてもよい。例えば、アルミニウム錯体(川研ファインケミカル株式会社製のエチルアセテートアルミニウムジイソプロピレート; 有効成分濃度75重量%、溶媒IPA)4gと日本乳化剤株式会社製のイソプロピルジグリコール(iPDG)6gを混合し、超音波洗浄機にて15分間超音波照射して混合する。この混合物に、9gの粉末状の金属酸化物(アサヒ化成工業株式会社製、No.ブラック3250LM、粒子径約700nm)を混合し、60℃で24時間加熱攪拌を行う。その後、再度15分間超音波処理したものを、スピンコートやスプレー噴霧して基板上に成膜する。成膜後に350℃に加熱したヒーターに基板を乗せて1時間静置することでベース膜(平滑膜)を作製することができる。
【0057】
4.太陽光集熱器
次に、本実施の形態に係る太陽熱発電用集熱膜を備えた太陽光集熱器について説明する。
【0058】
太陽光集熱器は、上述の太陽熱発電用集熱膜と、太陽熱発電用集熱膜を支持する基板と、を含む。かかる太陽光集熱器は、効率よく太陽光を吸収して集熱できる。太陽熱発電用集熱膜は、光吸収率が高く、かつ膜の裏面側へ熱を伝えやすいからである。
【0059】
太陽光集熱器は、例えば、太陽熱発電用集熱膜を表面に設けたパイプに太陽光をあてて、パイプ内部を流れる溶媒(低温用ではオイル、高温用では溶融塩)を加熱する構成である。パイプは、熱交換器に直結しているため、加熱された溶融塩等は、熱交換器部分において、水等を加熱することができる。
【実施例】
【0060】
次に、本発明の実験例(実施例と比較例とを含む)について説明する。ただし、本発明は、以下記載の実施例に限定されるものではない。
【0061】
1.使用した化合物とその略称
(1)酸化チタニウム前駆体
チタニウムテトライソプロポキシド:(関東化学株式会社製、カタログ上の品番:40884−05)・・・「TTiP」と略
(2)アセチルアセトン:(関東化学株式会社製、鹿一級試薬、カタログ上の品番:01040−71)・・・「AcAc」と略
(3)アセト酢酸エチル:(東京化成工業株式会社製、品番:A0649)・・・「EAcAc」と略
(4)マロン酸ジエチル:(和光純薬工業株式会社製、カタログ上の品番:057−01436)・・・「DEM」と略
(5)希釈用溶剤
イソプロピルアルコール:(和光純薬工業株式会社製)・・・「IPA」と略
【0062】
(6)金属酸化物
(a)Copper Chromite Black Spinel:(アサヒ化成工業株式会社製、No.ブラック3702)・・・「3702」と略
(b)Iron Cobalt Black Spinel:(アサヒ化成工業株式会社製、No.ブラック3402)・・・「3402」と略
(c)Cu(Fe,Mn):(アサヒ化成工業株式会社製、No.F−6331−2 Coal Black)・・・「6331」と略
(d)(Fe,Cr):(アサヒ化成工業株式会社製、No.ブラック6340 Chromium Iron Oxide)・・・「6340」と略
(e)(Bi,Mn):(アサヒ化成工業株式会社製、No.ブラック6301 Bismuth Manganate Black Rutile)・・・「6301」と略
(f)CuCrMnO:(シェファードカラージャパン製、No.BLACK 20C920 Copper Chromite Black Spinel)・・・「920」と略
(g)CuCr:(シェファードカラージャパン製、No.BLACK 30C965 Copper Chromite Black Spinel)・・・「965」と略
(h)CuCr:(シェファードカラージャパン製、No.ブラック1G Copper Chromite Black Spinel)・・・「1G」と略
(i)(Mn,Cu,Fe)(Mn,Fe):(シェファードカラージャパン製、No.ブラック444 Manganese Ferrite Black Spinel)・・・「444」と略
(j)Cu(Cr,Mn):(東罐マテリアルテクノロジー株式会社製、No.42−302A Copper Chromite Black Spinel)・・・「302A」と略
(k)Cu(Cr,Mn):(東罐マテリアルテクノロジー株式会社製、No.42−303B Copper Chromite Black Spinel)・・・「303B」と略
(l)Copper Chromite Black Spinel(アサヒ化成工業株式会社製、No.ブラック3250LM、粒子径約700nm)・・・「3250」と略
(7)有機シラン
オルトケイ酸テトラエチル:(東京化成工業株式会社製)・・・「TEOS」と略
(8)ヒドロキシアセトン:(東京化成工業株式会社製)・・・「HA」と略
【0063】
上記各金属酸化物の組成を表1に示す。表中の%は、金属酸化物全体を100%としたときの各金属酸化物の質量%を意味する。また、表1の数値は、左欄の金属酸化物換算の数値に過ぎない。金属酸化物中の金属は、左欄以外の酸化物の形態もとり得る。
【0064】
【表1】
【0065】
2.分析方法
(1)膜表面の形態観察には、株式会社日立ハイテクノロジーズ社製の走査型電子顕微鏡(SEM,型式:MiniscopeTM3030Plus及びS−4800)を用いた。
(2)膜の投影面積に対する表面積、最大高さ(Rz)および算術平均粗さ(Ra)の測定には、キーエンス株式会社製の型式「VK−X100」の形状測定レーザー顕微鏡を用いた。
(3)膜中の酸化チタニウムの結晶形の同定には、CuKαを線源としたX線回折装置(株式会社リガク製、型式「RINT2500HF」)を用いた。測定は、操作速度を毎分2度/minおよびステップ幅を0.02度として行った。
(4)250〜2500nmの短波長領域における光反射率は、株式会社島津製作所製の紫外可視分光光度計(型式:3100PC)を用いて測定した。
(5)2〜20μmの長波長領域における光反射率は、Agilent Technologies社製の分光光度計(型式:BIO−RAD FTS6000)を用いて測定した。
(6)2〜25μmの波長領域における熱放射率は、Agilent Technologies社製の赤外分光放射測定器(型式:Varian 680−IR)を用いて測定した。
(7)光吸収率の測定は、分光光度計(PerkinElmerのUV/VIS/NIRLambda1050)を使って、入射角8°で、室温にて測定した。分光光度計は、試料の表面からの反射「半球方向指向性反射(HDR)」「反射率ρ」を測定するための積分球を備えている。試料は不透明であるので、透過率はなしと考えた。従ってρ(λ)+α(λ)=1であり、ここで、αは吸収率であり、λは波長である。
スペクトル値はΔλ=10nmインターバルで得た。スペクトル太陽放射照度G(λ)は、米国材料試験協会(ASTM)の標準G173−03を用いて計算した。日射に対する全吸収率、又は加重太陽光吸収率をαで表し、下記の数式として定義した。
【0066】
【数1】
【0067】
この積分は、矩形法の中点近似によって評価した。数式(1)の下限は、G−173データの下限に対応するように280nmに設定した。光吸収率測定は室温の25℃で行った。他の高温用コーティング(Pyromarkなど)でおこなった研究に基づいて、光吸収率は温度に依存しないと考えられる。
【0068】
3.太陽熱発電用集熱膜の作製および膜特性
(実験例1)
TTiP:AcAc=1:2(モル比)となるように、61.85gのTTiPと43.58gのAcAcとを混合して、約80℃で加熱することによりTTiPとAcAcとを反応させた。次に、306.963gのIPAを反応液中に入れて、反応液を希釈した。続いて、12.5gの粉末状の金属酸化物「920」を混合した。次に、前記までの工程で得られた混合物(混合液ともいう)をスプレー装置(HARDER & STEENBECK社製のスプレーガン、0.4mmノズル、商品名:コラーニ)に投入した。SUS304製の基板を315℃まで加熱し、基板の一端側から他端側までスプレーを移動させながら、基板に110秒間噴霧して成膜を行った。スプレー時の圧力は0.2MPaとした。次に、20.83gのTEOSと63.36gのエタノールとの混合液と、7.41gのHAと63.36gのエタノールと9.01gのイオン交換水との混合液とを混合して40℃にて静置させた液を、固形分濃度0.6質量%となるようにエタノールにて希釈したものを上記と同じスプレー装置に投入した。室温にて、上記成膜上に2秒間噴霧し、すぐに基板を400℃に加熱して1時間保持し、上記成膜上に多孔質シリカ膜を形成した。
【0069】
上記条件で得られた膜を400℃にて加熱したときの結晶形態を調べるため、315℃の加熱条件を経て得られた膜、および当該膜を400℃で1時間加熱した後の膜のX線分析を行った。各膜のX線チャートを図2に示す。315℃の加熱条件を経て得られた膜では金属酸化物のピークとの重なりから明確ではないが、400℃に加熱した膜ではアナターゼ型の酸化チタニウムのピーク(黒い下矢印を参照)が認められた。この結果から、太陽熱発電用集熱膜の作製時に用いたTTiPとAcAcとの反応により、最終的にアナターゼ型の酸化チタニウムが形成されていることがわかった。
【0070】
(実験例2〜7)
モル比にて、TTiP:AcAc=1:0(実験例2)、1:0.5(実験例3)、1:1(実験例4)、1:1.5(実験例5)、1:3(実験例6)および1:4(実験例7)となるように、TTiPとAcAcとを混合した以外、実験例1と同じ条件で成膜を行い、SEMにより膜表面の形態観察を行った。モル比にてTTiP:AcAc=1:2の実験例1と併せて、図3に示す。図3から明らかなように、TTiP:AcAc=1:1以上(実験例1,4〜7)、好ましくは1:1.5以上(実験例1,5〜7)にて細孔を多く有する膜を形成できることがわかった。実験例2,3は比較例に相当する。
【0071】
(実験例8〜10)
AcAcに代えて、EAcAc(実験例8)およびDEM(実験例9,10)を、それぞれTTiP:EAcAc=1:2、TTiP:DEM=1:2およびTTiP:DEM=1:4の各モル比になるように使用して、それ以外を実験例1と同じ条件として成膜を行った。実験例9,10は比較例に相当する。図4に、各膜表面のSEM写真を示す。図4中、低倍率とは撮影時の倍率が500倍を意味し、高倍率とは撮影時の倍率が5000倍を意味する。図4に示す形態からもわかるように、EAcAcを使用した場合にはAcAc使用時と同様の多孔体膜が形成できた。しかし、DEMを使用した場合には多孔体膜を形成できなかった。
【0072】
(実験例11〜20)
粉末状の金属酸化物「920」を、「3702」(実験例11)、「3402」(実験例12)、「6331」(実験例13)、「965」(実験例14)、「1G」(実験例15)、「302A」(実験例16)、「303B」(実験例17)、「6301」(実験例18)、「6340」(実験例19)および「444」(実験例20)にそれぞれ代えて、他の条件を実験例1と同じ条件として成膜を行った。
【0073】
(実験例21)・・・比較例に相当
実験例1の比較として、以下の条件にて平滑膜を作製した。まず、日本曹達株式会社製の有機チタンポリマー(品番:B−10、テトラ−n−ブトキシチタニウム重合体)3gと、日本乳化剤株式会社製のイソプロピルジクリコール(iPDG)6gと、和光純薬工業株式会社製の1−ブタノール(試薬一級)1.85gとを混合し、Branson社製の超音波洗浄器(商品名:Bransonic)内で15分超音波照射して混合した。この混合物に9gの粉末状の金属酸化物「920」を添加し、再度、15分超音波を照射して混合物を作製した。次に、この混合物を、スプレー装置(HARDER & STEENBECK社製のスプレーガン、0.4mmノズル、商品名:コラーニ)に投入し、0.2Mpaの圧力で、加熱しない(室温の)SUS304に2秒噴霧して成膜を行った。成膜後すぐに、400℃の加熱したヒーターに基板を載せて1時間静置させた。その後、実験例1と同様の条件で多孔質シリカ膜を形成した。
【0074】
・・・比較例に相当
(実験例22〜31)
粉末状の金属酸化物「920」を、「3702」(実験例22)、「3402」(実験例23)、「6331」(実験例24)、「965」(実験例25)、「1G」(実験例26)、「302A」(実験例27)、「303B」(実験例28)、「6301」(実験例29)、「6340」(実験例30)および「444」(実験例31)にそれぞれ代えて、他の条件を実験例21と同じ条件として成膜を行った。
【0075】
表2は、実験例1,11〜15の条件で作製した膜の形態に起因する各種特性を示す。表3は、実験例16〜20の条件で作製した膜の形態に起因する各種特性を示す。表4は、実験例21〜26の条件で作製した膜の形態に起因する各種特性を示す。表5は、実験例27〜31の条件で作製した膜の形態に起因する各種特性を示す。表中、「立体」と表示のあるのは、多孔体膜(立体膜)が形成できていることを意味する。「平滑」と表示があるのは、多孔体膜(立体膜)が形成できていないことを意味する。
【0076】
【表2】
【0077】
【表3】
【0078】
【表4】
【0079】
【表5】
【0080】
表2〜5の比較から明らかなように、多孔体膜の表面積/面積(すなわち、膜の投影面積「膜平面の面積:S1」に対する複合粒子のネットワークの面積「S2」の比=S2/S1)は8.2以上と8を超えている一方で、平滑膜のS2/S1は約5.6以下と6未満であった。
【0081】
図5は、実験例1および実験例21の各条件で得られた膜表面のSEM写真を示す(5Aは実験例1であり、5Bは実験例21である)。撮影時の倍率は、共に5000倍である。両SEM写真を比較して明らかなように、TTiPにAcAcを反応させる工程を経た実験例1では多孔体膜が形成できるが、テトラ−n−ブトキシチタニウム重合体をiPDGにて分散させただけの工程を経た実験例21では多孔体膜が形成されず、平滑膜が形成された。
【0082】
次に、各種立体膜および各種平滑膜の短波長領域における光反射率を比較して説明する。
【0083】
図6は、実験例1および実験例21の各条件で作製した膜(920立体膜、920平滑膜)と、実験例11および実験例22の各条件で作製した膜(3702立体膜、3702平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。図7は、実験例12および実験例23の各条件で作製した膜(3402立体膜、3402平滑膜)と、実験例13および実験例24の各条件で作製した膜(6331立体膜、6331平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。図8は、実験例14および実験例25の各条件で作製した膜(965立体膜、965平滑膜)と、実験例15および実験例26の各条件で作製した膜(1G立体膜、1G平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。図9は、実験例16および実験例27の各条件で作製した膜(302A立体膜、302A平滑膜)と、実験例17および実験例28の各条件で作製した膜(303B立体膜、303B平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。図10は、実験例18および実験例29の各条件で作製した膜(6301立体膜、6301平滑膜)と、実験例19および実験例30の各条件で作製した膜(6340立体膜、6340平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。図11は、実験例20および実験例31の各条件で作製した膜(444立体膜、444平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)をグラフに示す。図6図11における各グラフの横軸は波長(nm)を、縦軸は光反射率(%)をそれぞれ意味する。各グラフにおいて、破線は平滑膜を、実線は立体膜を示す。また、各グラフの右側に、波長400、500、600および700nmのときの各膜の光反射率を示す。
【0084】
いずれの立体膜についても、平滑膜よりも光反射率が低い、すなわち光吸収率が高い傾向が認められた。また、各立体膜の光反射率は、可視光領域における波長400〜700nmにおいて、5%未満であった。これに対して、平滑膜の場合には、「6331」、「303B」および「444」の3つの膜だけが波長400〜700nmにおいて5%未満の光反射率を示しているものの、残りの平滑膜については、上記波長領域のいずれかの波長において5%以上の光反射率を示していた。
【0085】
次に、図6図11に示す各種膜の内の一部について、長波長領域における光反射率および熱放射率を比較して説明する。
【0086】
図12は、実験例1および実験例21の各条件で作製した膜(920立体膜、920平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。図13は、実験例11および実験例22の各条件で作製した膜(3702立体膜、3702平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。図14は、実験例12および実験例23の各条件で作製した膜(3402立体膜、3402平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。図15は、実験例13および実験例24の各条件で作製した膜(6331立体膜、6331平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。図16は、実験例14および実験例25の各条件で作製した膜(965立体膜、965平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。図17は、実験例16および実験例27の各条件で作製した膜(302A立体膜、302A平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。図18は、実験例17および実験例28の各条件で作製した膜(303B立体膜、303B平滑膜)の長波長領域における光反射率(%)および熱放射率をグラフに示す。図12図18における各グラフの横軸は波長(μm)を、左側の縦軸は光反射率を、右側の縦軸は熱放射率(下は1、上はゼロ)をそれぞれ意味する。熱放射率は、完全黒体の熱放射率を1とし、それに対する比率で示されている。各グラフにおいて、太線は光反射率を、細線は熱放射率をそれぞれ示す。立体膜についてはグラフ上において実線で示し、平滑膜についてはグラフ上において破線で示す。
【0087】
ここで、「熱放射」とは、吸収した太陽熱を電磁波として外方向に放出することを意味する。このため、熱放射はゼロに近いほうが好ましい。一般的に光吸収率の測定や熱放射の測定の際に比較対象となる完全黒体は、光吸収率が100%であり、そのときの熱放射を1とする。キルヒホッフの法則から、光吸収率=熱放射と考えられるため、完全黒体は100%の光吸収率を有する一方、そのすべてを外に熱放射すると考える。理想の膜は、完全黒体なみに100%の光吸収率を有し、外方向に熱放射しない(熱放射がゼロ)のものである。このような膜は、現実的には存在しないが、光吸収率と熱放射率の差が大きいほど、良い膜といえる。逆に、好ましくない膜は、光吸収率が低く熱を集める力が弱いのに、熱放射率が高いものである。太陽光を吸収しにくく、吸収した光によってもたらされる熱を外に放射しやすいからである。図12図18の光吸収率と熱放射率との関係から、まず、いずれの立体膜も平滑膜より光反射率が低い、すなわち光吸収率が高い傾向が認められた。また、高温時の太陽熱の熱放射エネルギーが一番大きい2〜5μmの波長において、いずれの立体膜についても、平滑膜に比べて光反射率の値が熱放射の値を下回っているのが認められた。すなわち、立体膜は低い光反射率(高い光吸収率)でありながら熱放射が抑えられていた。前述のようにキルヒホッフの法則により、理論的には光吸収率=熱放射率と考えると、完全黒体は光吸収率100%(光反射率0%)でかつ熱放射率1であるが、膜の構造等によりその均衡を変えられることがわかった。太陽熱発電の集熱体は低光反射率(高光吸収率)で低熱放射率であるのが理想であり、できるだけこれらの両数値の乖離があるものが望まれる。「920」、「303B」および「302A」の各平滑膜の特性としては、2〜5μmの波長ではわずかに光反射率が熱放射率を下回っている、もしくは同じ、あるいは若干上回っている。しかし、5μm以上の波長域では、顕著に光反射率が熱放射率を上回る傾向が認められた。すなわち、光反射率が高い(光吸収率が悪い)のに熱放射が高くなり太陽熱発電用には不向きであると考えられる。これに対して、「920」、「303B」および「302A」の立体膜では、光吸収率が熱放射率を上回る傾向が確認できた。その他の膜(例えば、「965」、「6331」あるいは「3402」)でも、立体膜にすることにより同様の傾向が認められた。
【0088】
以上より、Mn、Cr、Cu、Zr、Mo、Fe、CoおよびBiから選択される2種以上の金属を主として含む金属酸化物の粒子と、粒子表面を部分的若しくは全体的に覆う酸化チタニウムとを備える複合粒子のネットワーク構造を有し、膜表面のRaを1.0μm以上とし、かつ膜平面の面積に対する前記複合粒子のネットワークの面積の比を7以上とした立体膜では、光反射率が低く、光吸収率に対する熱放射率の低い良好な特性が認められた。
【0089】
(実験例32)
ベース膜を含む三層構造の集熱膜を以下の方法により作製した。まず、日本曹達株式会社製の有機チタンポリマー(品番:B−10、テトラ−n−ブトキシチタニウム重合体)3gと、日本乳化剤株式会社製のイソプロピルジクリコール(iPDG)6gと、和光純薬工業株式会社製の1−ブタノール(試薬一級)1.85gとを混合し、Branson社製の超音波洗浄器(商品名:Bransonic)内で15分超音波照射して混合した。この混合物に9gの粉末状の金属酸化物「3250」を添加し、再度、15分超音波を照射して混合物を作製した。次に、この混合物を、スプレー装置(HARDER & STEENBECK社製のスプレーガン、0.4mmノズル、商品名:コラーニ)に投入し、0.2Mpaの圧力で、室温または加熱したSUS304に2秒噴霧して成膜を行った。成膜後すぐに、400℃の加熱したヒーターに基板を載せて30分間静置させた。ベース膜の膜厚は約8μmであった。
【0090】
次に、光吸収膜の原料として、TTiP:AcAc=1:2(モル比)となるように、61.85gのTTiPと43.58gのAcAcとを混合して、約80℃で6時間加熱することによりTTiPとAcAcとを反応させた。次に、306.963gの2−プロパノールを反応液中に入れて、反応液を希釈した。続いて、12.5gの粉末状の金属酸化物「3250」を混合し、30分間超音波処理した。次に、前記までの工程で得られた混合物(混合液ともいう)をスプレー装置(HARDER & STEENBECK社製のスプレーガン、0.4mmノズル、商品名:コラーニ)に投入した。350℃の温度を保ったベース膜の一端側から他端側までスプレーを移動させながら、ベース膜の上に110秒間噴霧して成膜を行った。スプレー時の圧力は0.2MPaとした。光吸収膜原料のチタン前駆体は、ヒーター上で熱分解して結晶化する際に金属酸化物粒子を固化し、有機溶媒の蒸発によって細孔が作製される。基板表面の温度を保ちながら、この工程を数回繰り返した。次に、20.83gのTEOSと63.36gのエタノールとの混合液と、7.41gのHAと63.36gのエタノールと9.01gのイオン交換水との混合液とを混合して40℃にて静置させた液を、固形分濃度0.6質量%となるようにエタノールにて希釈したものを上記と同じスプレー装置に投入した。室温にて、上記光吸収膜上に2秒間噴霧し、すぐに基板を400℃に加熱して1時間保持し上記光吸収膜上に多孔質シリカ膜を形成した。光吸収膜の厚みはおおよそ17μm、多孔質シリカ膜の厚みはおおよそ5〜10nm、そして、ベース膜、光吸収膜及び多孔質シリカ膜からなる三層構造の厚みは、おおよそ25μmであった。以下の耐熱試験用に3×3cm四方の8個のサンプル(以下、「サンプル1〜8」と称する)を作製した。
【0091】
実験例32で作製した膜の形態に起因する各種特製を表6に示す。また、ベース膜及び光吸収膜のそれぞれの形態を比較したSEM写真を図19に示す。ベース膜表面に対し、光吸収膜はスプレーコーティングを繰り返すことによって細孔が形成されていることがわかる。
【表6】
【0092】
図20は、実験例32で作製した光吸収膜(3250立体膜)およびベース膜(3250平滑膜)の短波長領域(250〜2500nm)における光反射率(%)を表わすグラフである。立体膜は平滑膜よりも光反射率が低い、すなわち光吸収率が高いことは、図6図11に示した結果と同様である。また、立体膜の光反射率は、可視光領域における波長400〜700nmにおいて、4%未満と小さく、平滑膜と比較して有意な差を示した。
【0093】
図21は、実験例32で作製した光吸収膜(3250立体膜)およびベース膜(3250平滑膜)の長波長領域(2〜25μm)における光反射率(%)および熱放射率を表わすグラフである。3250平滑膜は、2〜5μmの波長でわずかに光反射率が熱放射率を下回っているが、5μm以上では特定の波長域で光反射率が熱放射率を大きく上回る傾向が認められた。これに対して、3250立体膜では、光反射率の値が小さく、光吸収率が熱放射率を上回る傾向が確認できた。
【0094】
4.耐熱試験及び光吸収率の測定
(耐熱試験方法)
耐熱試験と光吸収率測定はAustralian National University (ANU)で実施した。600℃、750℃又は850℃の温度にて、それぞれ10時間、20時間または100時間の耐熱試験を行い、対照として高耐熱性シリコンコーティング材であるPyromark2500を用いて作製した膜と比較した。試料(塗膜+基板)をプログラミング化されたマッフル炉に入れて耐熱試験を実施した。昇温および降温は3℃/分に設定した。本試験では、目標温度に到達し、室温に戻るまでの時間は、耐熱試験時間に追加する。
【0095】
(結果)
上記試験の結果を図22〜26及び表7〜9に示す。図22は、実験例32で作製した8個のサンプル(三層構造膜)についての耐熱試験前の光吸収率測定データである。400〜2500nmの波長領域では、これら8個のサンプルの加重太陽光吸収率は、96.91%±0.08%と極めて均一であった。図23は、実験例32で作製した三層構造膜(サンプル8)(図中、3250と表示)の耐熱試験前の光吸収率を、対照膜(図中、Pyromarkと表示)と比較した結果である。横軸は測定波長、縦軸は光吸収率である。それぞれの膜は同じ耐熱ステンレス基板(SS253MA)上に塗布されている。図23に示したように、実験例32で作製した三層構造膜は、対照膜よりはるかに吸収率が高いことがわかる。
【0096】
図24は、実験例32で作製した三層構造膜(図中、3250と表示)について、600℃での耐熱試験前、試験後の光吸収率を示す。サンプル7とサンプル6を用いて、それぞれ600℃で10時間と100時間の耐熱試験を行った。サンプル6は最初に600℃で10時間耐熱試験を行い、室温にて光吸収率を測定し、その後90時間600℃にて追加加熱し、再度光吸収率を測定したものである。参照として太陽放射強度を2軸に示す。サンプル7、サンプル6とも低い波長域では、対照膜(Pyromark)と比較して光吸収率は低下した。しかし、700nm以降の波長域では、対照膜よりも高い光吸収率でありながら、光吸収率の低下はほとんどなかった。加重太陽光吸収率を表7に示す。どの事例に於いても、予想される不確実性の範囲内に於いて、耐熱試験前の光吸収率と比較して、わずかな低下しかなかった(±0.1%以内)。結果として、サンプル7とサンプル6は600℃の試験において、大変耐熱性があるといえる。
【0097】
【表7】
【0098】
図25は、実験例32で作製した三層構造膜(図中、3250と表示)について、750℃での耐熱試験前、試験後の光吸収率の測定結果である。600℃耐熱試験と同様の手法で、サンプル5とサンプル4で750℃の耐熱試験(10時間と100時間(10+90時間)を行った。サンプル4は10時間の耐熱試験後に90時間を追加して光吸収率測定を行った。加重太陽光吸収率を表8に示す。測定結果は600°Cと似たような結果となったが、100時間後の光吸収率は耐熱試験前と比較して、600℃試験の際よりも低下した。しかし、750℃では、表8に示されるように対照膜よりサンプル4および5の低下は少なかった。
【0099】
【表8】
【0100】
図26は、実験例32で作製した三層構造膜(図中、3250と表示)について、850℃での耐熱試験前、試験後の光吸収率の測定結果である。サンプル3は10時間、サンプル1は20時間、サンプル2は100時間の耐熱試験を行った。サンプル1は最初に10時間を行い、追加で10時間の耐熱試験を行った。サンプル2は最初に10時間、その後に追加で90時間の耐熱試験を行った。加重太陽光吸収率結果を表9に示す。
【0101】
【表9】
【0102】
結果は600℃、750℃と比較して低下した。特に1500nm付近では特に低下した。興味深いのは、20時間(−0.49%)と100時間(−0.50%)では、ほとんど加重太陽光吸収率では低下がなかった。しかし、本現象を確信するためには、更なる長時間の耐熱試験が必要と考えられる。加重太陽光吸収率の低下度合は対照膜(試験前96.77%、10時間の耐熱試験後94.02%、−2.75%低下)よりもはるかに少ない。対照膜は100時間では剥離が起きてしまった。これらの結果から実験例32で作製した膜(3250)は対照膜と比較して、単に光吸収率が高いだけではなく、高温耐久性があることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明に係る太陽熱発電用集熱膜は、太陽熱発電に利用することができる。
【要約】
本発明は、耐熱酸化性に優れ、光吸収率の高い太陽熱発電用集熱膜およびその製造方法に関する。この太陽熱発電用集熱膜は、Mn、Cr、Cu、Zr、Mo、Fe、CoおよびBiから選択される2種以上の金属を主として含む金属酸化物の粒子と、当該粒子の表面を部分的若しくは全体的に覆う酸化チタニウムとを備える複合粒子のネットワーク構造を有する。膜表面の算術平均粗さは1.0μm以上であり、かつ膜平面の面積に対する複合粒子のネットワークの面積の比は7以上である。
図1A
図1B
図1C
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26