【課題を解決するための手段】
【0009】
上記特許文献1で提案された硫化物スパッタリングターゲットの製造においては、CuS粉、ZnS粉及びSnS粉を、モル比で2:1:1の範囲で調合し、これをホットプレス法で焼結して、単相多結晶のCu
2ZnSnS
4焼結体が作製されていたが、本発明者らは、CuS粉の代わりに、Cu
2S粉を用いて、Cu
2S粉、ZnS粉及びSnS粉が、モル比1:1:1になるように配合し、混合された混合粉末を、比較的低い温度によるホットプレス法で焼結すると、CuとZnとSnとの硫化物相(Cu
2ZnSnS
4相)中に、少なくともCuとSnとの硫化物相(Cu
2SnS
3相)が分散分布した組織を有する多相多結晶構造の焼結体が得られるという知見を得た。
【0010】
そこで、Cu
2S粉、ZnS粉及びSnS
2粉がモル比で1:1:1になるように配合した混合粉末を、温度:520℃、圧力:200kgf/cm
2、保持時間:2時間の条件でホットプレス焼結したところ、Cu
2ZnSnS
4相中に、少なくともCu
2SnS
3相が分散分布した組織を有する多相多結晶構造の焼結体が得られ、その焼結体についてのX線回折分析(XRD)では、Cu
2ZnSnS
4相と、Cu
2SnS
3相とに関連するピークが存在することが確認され、その焼結体が、多相多結晶構造であることが分かった。そして、ホットプレス時、機械加工時及びバッキングプレートへのボンディング時における割れは、発生しなかった。
【0011】
したがって、本発明は、上記知見から得られたものであり、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。
(1)本発明のスパッタリングターゲットは、Cu
2ZnSnS
4膜形成用のスパッタリングターゲットであって、Cu
2ZnSnS
4相中に、他の硫化物相が分散分布している組織を有
し、前記他の硫化物相は、Cu2SnS3相を含むことを特徴とする。
(2)本発明のスパッタリングターゲットの製造方法は、Cu
2S粉:31.3〜43.8wt%と、ZnS粉:14.9〜29.8wt%と、SnS
2粉:33.9〜49.3wt%との混合紛体を、温度:500〜600℃で、
ホットプレス法で焼結して焼結体を得ることを特徴とする。
【0012】
本発明のスパッタリングターゲットは、Cu
2ZnSnS
4相と、他の硫化物相とを含む組織を有した多相多結晶構造になっているので、焼結体の密度が向上し、ホットプレス時、機械加工時及びバッキングプレートへのボンディング時における割れの発生を抑制することができる。
【0013】
本発明において、スパッタリングターゲットの組成は、Cu
2ZnSnS
4膜を成膜できる範囲であればよく、目標とする組成成分比であるCu:Zn:Sn:S=2:1:1:4を中心値として、適宜の範囲で設定することができ、例えば、Cu:20.0〜30.0at%、Zn:8.0〜17.0at%、Sn:9.0〜16.0at%の範囲とすることができる。これは、焼結体の素地となるCuとZnとSnとの硫化物相、即ち、Cu
2ZnSnS
4相が形成される範囲を示したものであり、目標とする組成成分比であるCu:Zn:Sn:S=2:1:1:4を中心値として、焼結体の素地となるCu
2ZnSnS
4相が少なくとも形成される範囲である。
なお、Cu:Zn:Sn:S=2:1:1:4からずれた配合でスパッタリングターゲットを製造する場合、他の硫化物として、Cu
2SnS
3相以外に、CuS相、Cu
2S相、SnS相、ZnS相等が生成する。
【0014】
ここで、
図1に、本発明の硫化物スパッタリングターゲットの一具体例について、EPMA(フィールドエミッション型電子線プローブ)にて得られた元素分布像の写真を示した。この具体例は、Cu:28.6wt%、Zn:14.2wt%、Sn:7.2wt%、S:残部の組成を有する焼結体の場合である。図中の4枚の写真から、Cu、Zn、Sn、Sの各元素の組成分布の様子をそれぞれ観察することができる。
【0015】
なお、EPMAによる元素分布像は、本来カラー像であるが、
図1の写真では、白黒像に変換して示しているため、その写真中において、白いほど、当該元素の濃度が高いことを表している。具体的には、Cuに関する分布像では、Cu元素が全体的(灰色)に存在し、特に白く斑点状に、Cuリッチ領域が分布し、Znに関する分布像では、Zn元素が全体的に存在しているが、Cuリッチ領域に対応する領域には、Zn元素が存在していないことが観察される。また、Snに関する分布像では、Sn元素が全体的に存在しているといえるが、Sn元素が存在していないか又は、全体から比較すると少ない領域が斑点状に分布し、Sに関する分布像では、S元素が全体的に存在するが、S元素の濃度が低い領域が斑点状に存在することが観察される。これらのことから、焼結体中には、CuとZnとSnとの硫化物相と、Cu、Sn及びZnのうちの少なくとも1種以上の硫化物相とが、別々に存在していることが分かる。
【0016】
一方、
図2のグラフは、上記の硫化物スパッタリングターゲットの一具体例のX線回折(XRD)による分析結果を示している。
図2の上段のグラフは、全体のピークを示しているが、その中段のグラフには、Cu
2ZnSnS
4相に係るピークが、そして、その下のグラフは、Cu
2SnS
3相に係るピークが示されている。
図1に示された分布画像と
図2のグラフに現れたピークとを併せて考慮すると、焼結体は、Cu
2ZnSnS
4相と、Cu
2SnS
3相との2相を含む多相多結晶構造であることが分かる。
【0017】
また、本発明の硫化物スパッタリングターゲットの製造方法では、Cu
2S粉、ZnS粉及びSnS
2粉を、モル比でCu
2S粉::ZnS粉:SnS
2粉=1:1:1となるように配合しており、CuとZnとSnとの硫化物相と、Cu、Sn及びZnのうちの少なくとも1種以上の硫化物相とにより多相構造になるように、Cu
2S粉を31.3〜43.8wt%、ZnS粉を14.9〜29.8wt%、SnS
2粉を33.9〜49.3wt%配合し混合して混合紛体を作製している。この混合粉末を、温度:500〜600℃で、ホットプレス法により焼結して焼結体を作製している。なお、この温度が、500℃未満の場合には、目標組成であるCu
2ZnSnS
4相が形成され難くなり、一方、600℃を超える場合には、他の硫化物相、即ち、Cu
2SnS
3相、CuS相、Cu
2S相、SnS相及びZnS相が形成されず、Cu
2ZnSnS
4相による単相多結晶構造になってしまうので、焼結時の温度は、500〜600℃の範囲であることが好ましい。
【0018】
この様に、上記硫化物スパッタリングターゲットの製造方法によれば、Cu
2S粉:31.3〜43.8wt%と、ZnS粉:14.9〜29.8wt%と、SnS
2粉:33.9〜49.3wt%との混合紛体を、温度:500〜600℃で、焼結して得られた焼結体は、Cu
2ZnSnS
4相中に、他の硫化物相が含まれる多相多結晶構造となっており、密度比が高い焼結体が得られる。
【発明の効果】
【0019】
以上の様に、本発明のスパッタリングターゲットは、Cu
2ZnSnS
4膜形成用のスパッタリングターゲットであって、Cu
2ZnSnS
4相中に、他の硫化物相が分散分布している多相多結晶構造を有しているので、密度比が高い硫化物の焼結体が得られ、ホットプレス時、機械化加工時及びバッキングプレートへのボンディング時における割れの発生を抑制することができる。
【0020】
また、本発明のスパッタリングターゲットの製造方法によれば、Cu
2S粉:31.3〜43.8wt%と、ZnS粉:14.9〜29.8wt%と、SnS
2粉:33.9〜49.3wt%との混合紛体を、温度:500〜600℃で、焼結して焼結体を得ているので、Cu
2ZnSnS
4相中に、他の硫化物相が分散分布した多相多結晶構造の硫化物の焼結体を作製でき、硫化物の焼結体における密度比を向上でき、ホットプレス時、機械化加工時及びバッキングプレートへのボンディング時における割れの発生を抑制できるため、スパッタリングターゲットの生産性向上に寄与する。