特許第6376671号(P6376671)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6376671
(24)【登録日】2018年8月3日
(45)【発行日】2018年8月22日
(54)【発明の名称】クラッチ摩擦板およびクラッチ装置
(51)【国際特許分類】
   F16D 13/62 20060101AFI20180813BHJP
   F16D 13/52 20060101ALN20180813BHJP
【FI】
   F16D13/62 A
   !F16D13/52 D
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-74384(P2017-74384)
(22)【出願日】2017年4月4日
【審査請求日】2018年5月29日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000128175
【氏名又は名称】株式会社エフ・シー・シー
(74)【代理人】
【識別番号】100136674
【弁理士】
【氏名又は名称】居藤 洋之
(72)【発明者】
【氏名】山本 伸吾
(72)【発明者】
【氏名】小澤 嘉彦
(72)【発明者】
【氏名】松下 和真
(72)【発明者】
【氏名】原 浩樹
(72)【発明者】
【氏名】井嶋 宏之
【審査官】 岩本 薫
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−22765(JP,A)
【文献】 特開2001−221252(JP,A)
【文献】 特開平6−300051(JP,A)
【文献】 特開2003−90369(JP,A)
【文献】 実開昭54−4951(JP,U)
【文献】 特開2014−231852(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 13/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平板環状に形成した芯金の表面に周方向に沿って複数の摩擦材を隙間を介して配置したクラッチ摩擦板において、
前記摩擦材は、
前記芯金の外縁部に面して同外縁部に沿って延びる外側辺と、
前記芯金の内縁部に面して同内縁部に沿って前記外側辺に平行に延びる内側辺とを有し、
前記外側辺および前記内側辺は、
前記摩擦材の中心と前記芯金の中心とを通る直線に直交する直交直線に対して傾斜していることを特徴とするクラッチ摩擦板。
【請求項2】
請求項1に記載したクラッチ摩擦板において、
前記外側辺および前記内側辺は、
前記直交直線に対して3°以上かつ45°以下であることを特徴とするクラッチ摩擦板。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載したクラッチ摩擦板において、
前記外側辺および前記内側辺は、
直線状に延びて形成されていることを特徴とするクラッチ摩擦板。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のうちのいずれか1つに記載したクラッチ摩擦板において、
前記摩擦材は、
前記芯金の表裏面に互いに同じ向きで設けられていることを特徴とするクラッチ摩擦板。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のうちのいずれか1つに記載したクラッチ摩擦板において、
前記摩擦材は、
前記外側辺の両端部と前記内側辺の両端部との間に延びる各側辺が直線状に延びて形成されていることを特徴とするクラッチ摩擦板。
【請求項6】
原動軸の回転駆動力を従動軸に伝達および遮断するクラッチ装置において、
請求項1ないし請求項5のうちのいずれか1つに記載したクラッチ摩擦板と、
前記クラッチ摩擦板に対して相対的に押し付けられまたは離隔されて前記回転駆動力を伝達または遮断する平板環状のクラッチプレートとを備えることを特徴とするクラッチ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原動軸の回転駆動力を従動軸に伝達および遮断するクラッチ装置におけるクラッチ摩擦板および同クラッチ摩擦板を備えたクラッチ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、四輪自動車や二輪自動車などの車両においては、エンジンなどの原動機の駆動力を車輪などの被動体に伝達または遮断するために多板クラッチ装置が用いられている。多板クラッチ装置は、原動機の駆動により回転する複数の平板環状のクラッチ摩擦板に同じく複数の平板環状のクラッチプレートを押し当てまたは離隔させることにより原動機の駆動力を被動体に伝達または遮断する。例えば、下記特許文献1には、複数の方形状の各摩擦材が油溝を構成する隙間を介して円環状に貼り付けられたクラッチ摩擦板を備えた二輪車用の多板式クラッチ装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−285446号公報
【0004】
しかしながら、上記特許文献1に記載された多板式クラッチ装置においては、クラッチ摩擦板とクラッチプレートとの間に介在するクラッチオイルによってクラッチ摩擦板とクラッチプレートとが互いに相対回転する直前から完全に相対回転するまでの間における両者間に生じる張付きトルクが大きくインギア、ギアチェンジおよびニュートラル出しが円滑に行なわれ難いという問題があった。
【0005】
ここで、インギアとは、自走式二輪車において、原動機からの駆動力を従動軸に伝達しないクラッチオフの状態で変速段をニュートラル状態から1速または2速の変速段に変更することをいう。また、ギアチェンジとは、自走式二輪車の走行時にクラッチをオフにして現状の変速段を解消して他の変速段に変更することをいう。また、ニュートラル出しとは、自走式二輪車が停止した後にクラッチをオフにして現状の変速段を解消してニュートラル状態に変更することをいう。
【0006】
本発明は上記問題に対処するためなされたもので、その目的は、張付きトルクを低減してインギア、ギアチェンジおよびニュートラル出しをそれぞれ円滑に行うことができるクラッチ摩擦板およびクラッチ装置を提供することにある。
【発明の概要】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の特徴は、平板環状に形成した芯金の表面に周方向に沿って複数の摩擦材を隙間を介して配置したクラッチ摩擦板において、摩擦材は、芯金の外縁部に面して同外縁部に沿って延びる外側辺と、芯金の内縁部に面して同内縁部に沿って外側辺に平行に延びる内側辺とを有し、外側辺および内側辺は、摩擦材の中心と芯金の中心とを通る直線に直交する直交直線に対して傾斜していることにある。
【0008】
このように構成した本発明の特徴によれば、クラッチ摩擦板は、摩擦材における芯金の外縁部に面して同外縁部に沿って延びる外側辺および芯金の内縁部に面して同内縁部に沿って外側辺に平行に延びる内側辺が、摩擦材の中心と芯金の中心とを通る直線に直交する直交直線に対して傾斜している。これにより、本発明に係るクラッチ摩擦板は、本発明者らによる実験によれば、従来のクラッチ摩擦板に比べて張付きトルクを低減してインギア、ギアチェンジおよびニュートラル出しをそれぞれ円滑に行うことができる。なお、このような張付きトルクが低減できる効果は、同時に引き摺りトルクも低減できることを意味している。
【0009】
また、本発明の他の特徴は、前記クラッチ摩擦板において、外側辺および内側辺は、直交直線に対して3°以上かつ45°以下であることにある。
【0010】
このように構成した本発明の他の特徴によれば、クラッチ摩擦板は、外側辺および内側辺が直交直線に対して3°以上かつ45°以下の傾斜角で傾斜しているため、本発明者らの実験によれば、従来のクラッチ摩擦板に比べて張付きトルクを効果的に低減してインギア、ギアチェンジおよびニュートラル出しをそれぞれ円滑に行うことができる。
【0011】
また、本発明の他の特徴は、前記クラッチ摩擦板において、外側辺および内側辺は、直線状に延びて形成されていることにある。
【0012】
このように構成した本発明の他の特徴によれば、クラッチ摩擦板は、外側辺および内側辺が直線状に延びて形成されているため、芯金上に貼り付ける摩擦材の歩留まりを向上させることができる。
【0013】
また、本発明の他の特徴は、前記クラッチ摩擦板において、摩擦材は、芯金の表裏面に互いに同じ向きで設けられていることにある。
【0014】
このように構成した本発明の他の特徴によれば、クラッチ摩擦板は、摩擦材を芯金の表裏面に互いに同じ向きで設けることで、本発明者らの実験によれば、摩擦材を芯金の表裏面で逆向きに設けた場合に比べて張付きトルクをより低減することができる。
【0015】
また、本発明の他の特徴は、前記クラッチ摩擦板において、摩擦材は、外側辺の両端部と内側辺の両端部との間に延びる各側辺が直線状に延びて形成されている。
【0016】
このように構成した本発明の他の特徴によれば、クラッチ摩擦板は、摩擦材が外側辺の両端部と内側辺の両端部との間に延びる各側辺が直線状に延びて形成されているため、芯金上に貼り付ける摩擦材の歩留まりを向上させることができる。また、クラッチ摩擦材は、摩擦材を方形状に形成することにより、本発明者らの実験によれば、インギア時の張付きトルクを効果的に低減してインギアを円滑に行うことができる。
【0017】
また、本発明は、クラッチ摩擦板の発明として実施できるばかりでなく、このクラッチ摩擦板を用いたクラッチ装置の発明としても実施できるものである。
【0018】
具体的には、原動軸の回転駆動力を従動軸に伝達および遮断するクラッチ装置において、請求項1ないし請求項5のうちのいずれか1つに記載したクラッチ摩擦板と、クラッチ摩擦板に対して相対的に押し付けられまたは離隔されて回転駆動力を伝達または遮断する平板環状のクラッチプレートとを備えるようにするとよい。これによれば、クラッチ装置は、上記クラッチ摩擦板と同様の作用効果を期待することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態に係るクラッチ装置の全体構成を示す断面図である。
図2図1に示すクラッチ装置を構成するクラッチ摩擦板の外観の概略を示す平面図である。
図3図2に示すクラッチ摩擦板において芯金の表裏面に摩擦材が互いに逆相で貼り付けられていることを示すための説明図である。
図4】従来のクラッチ摩擦板の外観の概略を示す平面図である。
図5図4に示す従来のクラッチ摩擦板における芯金上に摩擦材を貼る工程を模式的に示した説明図である。
図6図2に示すクラッチ摩擦板における芯金上に摩擦材を貼る工程を模式的に示した説明図である。
図7図2に示すクラッチ摩擦板における芯金上に摩擦材を貼る別の手法の工程を模式的に示した説明図である。
図8】本発明に係るクラッチ摩擦板の張付きトルクの低減効果を明らかにするために、自走式二輪車の運転時における3つのシチュエーションにおいて図4に示す従来のクラッチ摩擦板、図2に示すクラッチ摩擦板および図9図11にそれぞれ示すクラッチ摩擦板の各張付きトルクを示した図である。
図9】本発明の変形例に係るクラッチ摩擦板の外観の概略を示す平面図である。
図10】本発明の他の変形例に係るクラッチ摩擦板の外観の概略を示す平面図である。
図11】本発明の他の変形例に係るクラッチ摩擦板の外観の概略を示す平面図である。
図12】本発明の他の変形例に係るクラッチ摩擦板の外観の概略を示す平面図である。
図13】本発明の他の変形例に係るクラッチ摩擦板の外観の概略を示す平面図である。
図14】本発明の他の変形例に係るクラッチ摩擦板の外観の概略を示す平面図である。
図15】クラッチ摩擦板における芯金の表裏面に摩擦材を同相で貼り付けた際のトルクの低減効果を明らかにするために、自走式二輪車の運転時における3つのシチュエーションにおいて芯金の表裏面に摩擦材を同相で貼り付けたクラッチ摩擦板および芯金の表裏面に摩擦材を逆相で貼り付けたクラッチ摩擦板の各張付きトルクを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係るクラッチ摩擦板およびクラッチ装置の一実施形態について図面を参照しながら説明する。図1は、本発明に係るクラッチ摩擦板101を備えたクラッチ装置100の全体構成を示す断面図である。なお、本明細書において参照する各図は、本発明の理解を容易にするために一部の構成要素を誇張して表わすなど模式的に表している。このため、各構成要素間の寸法や比率などは異なっていることがある。このクラッチ装置100は、自走式二輪車(オートバイ)における原動機であるエンジン(図示せず)の駆動力を被動体である車輪(図示せず)に伝達または遮断するための機械装置であり、同エンジンと変速機(トランスミッション)(図示せず)との間に配置されるものである。
【0021】
(クラッチ装置100の構成)
クラッチ装置100は、クラッチ摩擦板101を備えている。クラッチ摩擦板101は、図2に示すように、後述するクラッチプレート113に押し当てられる平板環状の部品であり、主として、平板環状の芯金102上に摩擦材103および油溝105をそれぞれ備えて構成されている。芯金102は、クラッチ摩擦板101の基部となる部材であり、アルミニウム材からなる薄板材を略環状に打ち抜いて成形されている。この芯金102の外周部には、後述するハウジング110の内周部にスプライン嵌合するスプライン歯102aが放射状に張り出して形成されている。また、芯金102の表面には、複数の小片状の摩擦材103が油溝105を介して放射状に設けられている。
【0022】
各摩擦材103は、前記クラッチプレート113に対する摩擦力を向上させる部品であり、紙材を長方形状に形成して構成されている。より具体的には、各摩擦材103は、芯金102の外縁部に対向して同外縁部分に沿って延びる外側辺104aと芯金102の内縁部に対向して同内縁部分に沿って前記外側辺104aに平行に延びる内側辺104bとの各両端部がそれぞれ直線状に延びる2つの側辺104c,104dで繋がった長方形状に形成されている。この場合、外側辺104aおよび内側辺104bは、互いに同じ長さに形成されるとともに、側辺104c,104dよりも短い長さに形成されている。
【0023】
これらの各摩擦材103は、芯金102の円環状の部分に周方向に沿って所定の間隔介して等間隔に図示しない接着剤で貼り付けられている。この場合、各摩擦材103は、クラッチ摩擦板101の回転中心である芯金102の中心Oと摩擦材103の中心Oとを結ぶ仮想の直線OLに直交する仮想の直交直線CLに対して外側辺104aおよび内側辺104bが傾斜角θで傾いた向きで芯金102上に貼り付けられている。
【0024】
また、摩擦材103は、図3に示すように、クラッチ摩擦板101のうちの両面でクラッチプレート113に対向するクラッチ摩擦板101における芯金102の表裏面に互いに同じ位置に逆の向きである逆相で貼り付けられている。なお、図3においては、芯金102の表裏面にそれぞれ貼り付けられる各1つずつの摩擦材103のみを示すとともに、裏面に貼り付けられる逆相の摩擦材103を破線で示している。
【0025】
ここで、摩擦材103の中心Oは、摩擦材103の形状の中心または重心である。この場合、摩擦材103の形状の中心とは、例えば、摩擦材103の2つの対角線の交点、互いに対向する2つの長辺の各中点を結ぶ直線と互いに対向する2つの短辺の各中点を結ぶ直線の交点などが考えられる。また、摩擦材103の傾斜角θは、前記直交直線CLに対して3°以上かつ45°以下が好ましく、より好ましくは7°以上かつ45°以下である。なお、本実施形態においては、摩擦材103の傾斜角θは、30°である。
【0026】
油溝105は、各摩擦材103間で後述するクラッチオイルを芯金102の径方向に流通させるための部分であり、芯金102の周方向において互いに隣接し合う摩擦材103間の隙間によって構成されている。この油溝105の幅は、クラッチ装置100の仕様に応じて適宜決定されるが、摩擦材103の周方向の長さである幅よりも短く設定される。また、油溝105は、芯金102の内周側の幅よりも外周側の幅を広く形成するとよい。
【0027】
なお、摩擦材103は、クラッチ摩擦板101とクラッチプレート113との摩擦力を向上させることができる素材で構成されていれば、紙材以外の素材、例えば、コルク材、ゴム材またはガラス材などを用いることもできる。そして、これらの摩擦材103および油溝105がそれぞれ形成されたクラッチ摩擦板101は、ハウジング110に保持されている。
【0028】
ハウジング110は、クラッチ摩擦板101とともにクラッチプレート113およびプレートホルダ114をそれぞれ収容してクラッチ装置100の筐体の一部を構成する部品であり、アルミニウム合金材を有底筒状に形成して構成されている。より具体的には、ハウジング110は、前記有底筒状部の内側に複数枚(本実施形態においては8枚)のクラッチ摩擦板101をハウジング110の軸線方向に沿って変位可能、かつ同ハウジング110と一体回転可能な状態で前記スプライン歯102aを介したスプライン嵌合によってそれぞれ保持している。
【0029】
このハウジング110における図示左側側面には、入力ギア111がトルクダンパ112aを介してリベット112bによって固着されている。入力ギア111は、エンジン(図示せず)の駆動により回転駆動する図示しない駆動ギアと噛合って回転駆動する。したがって、ハウジング110は、入力ギア111を介してエンジンの回転駆動軸とともに一体的に回転駆動する。
【0030】
クラッチプレート113は、クラッチ摩擦板101に押し当てられる平板環状の部品であり、SPCC(冷間圧延鋼板)材からなる薄板材を環状に打ち抜いて成形されている。この場合、各クラッチプレート113の各内周部には、ハウジング110の内部に設けられたプレートホルダ114とスプライン勘合させるための内歯状のスプラインが形成されている。これにより、各クラッチプレート113は、クラッチ摩擦板101を挟んだ状態でプレートホルダ114によって保持されている。
【0031】
また、各クラッチプレート113における各両側面(表裏面)には、クラッチオイルを保持するための深さ数μm〜数十μmの図示しない油溝が形成されている。なお、クラッチプレート113における油溝が形成された各両側面(表裏面)には、耐摩耗性を向上させる目的で表面硬化処理がそれぞれ施されているが、この表面硬化処理については本発明に直接関わらないため、詳しい説明は省略する。
【0032】
プレートホルダ114は、前記複数のクラッチプレート113をそれぞれ保持して一体的に回転駆動する部品であり、アルミニウム合金材を二重の円筒状部分を有する形状に形成して構成されている。より具体的には、プレートホルダ114は、径方向の外側の筒状部の外周面上に複数枚(本実施形態においては7枚)のクラッチプレート113を前記クラッチ摩擦板101を挟んだ状態でプレートホルダ114の軸線方向に沿って変位可能、かつ同プレートホルダ114と一体回転可能な状態でスプライン嵌合によってそれぞれ保持している。この場合、プレートホルダ114における径方向の外側の筒状部上には、後述する押圧カバー115によって押されるクラッチプレート113およびクラッチ摩擦板101を受け止める受け体114aが径方向の外側に張り出した状態で形成されている。
【0033】
また、プレートホルダ114における径方向の内側の筒状部と外側の筒状部とを互いに連結する3つの連結部分には、それぞれ筒状支持柱114bがそれぞれ形成されている(図1においては1つのみ示す)。これら3つの筒状支持柱114bは、プレートホルダ114の軸線方向外側(図示右側)に向って突出した状態でそれぞれ形成されており、プレートホルダ114と同心の位置に配置された押圧カバー115がボルト116a,受けキャップ116bおよびコイルバネ116cを介してそれぞれ組み付けられている。
【0034】
押圧カバー115は、クラッチ摩擦板101の外径と略同じ大きさの外径の略円板状に形成されており、前記コイルバネ116cによってプレートホルダ114側に押圧されている。また、押圧カバー115の内側中心部には、後述するプッシュロッド118における図示右側先端部に対向する位置にこのプッシュロッド118によって押圧されるレリーズベアリング115aが設けられている。
【0035】
このプレートホルダ114の内部には、所定量のクラッチオイル(図示しない)が充填されている。クラッチオイルは、クラッチ摩擦板101とクラッチプレート113との間に供給されてこれらのクラッチ摩擦板101とクラッチプレート113との間で生じる摩擦熱の吸収や摩擦材103の摩耗を防止する。すなわち、このクラッチ装置100は、所謂湿式多板摩擦クラッチ装置である。そして、このプレートホルダ114は、径方向の内側の筒状部の内周面にプレートホルダ114の軸線方向に沿って多数のスプライン溝が形成されており、このスプライン溝にシャフト117がスプライン嵌合している。
【0036】
シャフト117は、中空状に形成された軸体であり、一方(図示右側)の端部側がニードルベアリング117aを介して入力ギア111およびハウジング110を回転自在に支持するとともに、前記スプライン勘合するプレートホルダ114をナット117bを介して固定的に支持する。すなわち、プレートホルダ114は、シャフト117によってハウジング110と同心に配置されるとともにこのシャフト117とともに一体的に回転する。一方、シャフト117における他方(図示左側)の端部は、二輪自動車における図示しない変速機に連結されている。
【0037】
このシャフト117の中空部には、軸状のプッシュロッド118がシャフト117における前記一方(図示右側)の端部から突出した状態で貫通して配置されている。プッシュロッド118は、シャフト117における一方(図示右側)の端部から突出した端部の反対側(図示左側)が二輪自動車における図示しないクラッチ操作レバーに連結されており、同クラッチ操作レバーの操作によってシャフト117の中空部内をシャフト117の軸線方向(図示左右方向)に沿って摺動して前記レリーズベアリング115aを押圧する。
【0038】
(クラッチ摩擦板101の製造方法)
ここで、クラッチ摩擦板101の製造方法について簡単に説明しておく。このクラッチ摩擦板101の製造は、従来技術に係るクラッチ摩擦板91における芯金92上に摩擦材93を貼り付ける手法を用いることができる。ここで、従来技術に係るクラッチ摩擦板91は、図4に示すように、外側辺94a、内側辺94b、および側辺94c,94dからなる長方形状に形成された各摩擦材93が芯金92上に油溝95を介して貼り付けられている。この場合、各摩擦材93は、クラッチ摩擦板91の回転中心である芯金92の中心Oと摩擦材93の中心Oとを結ぶ直線OLに直交する直交直線CLに対して外側辺94aおよび内側辺94bが平行な向きで芯金92上に貼り付けられている。
【0039】
そして、このように構成された従来技術に係るクラッチ摩擦板91は、例えば、図5に示すように、芯金92における摩擦材93の貼り付け位置において芯金92の径方向に直交する方向(図示左側)から摩擦材93が供給されて貼り付けられる。この場合、摩擦材93は、長尺の帯状に延びて形成された長尺摩擦材LMがカッター(図示せず)によって切断されながら芯金92の環状部分に供給される。また、芯金92は、芯金92の中心Oを中心として所定の角度ごとに図示破線矢印方向に回転するターンテーブル上に支持されるとともに、このターンテーブル上において摩擦材93が供給される上流側の位置で接着剤が塗布される。
【0040】
そして、本実施形態に係るクラッチ摩擦板101においては、例えば、図6または図7にそれぞれ示すように、ターンテーブル(図示せず)上に支持された芯金102における摩擦材103の貼り付け位置において芯金102の径方向に対して傾斜角θで傾いた向きの摩擦材103が供給されて貼り付けられる。この場合、図6においては、摩擦材103を供給する長尺摩擦材LMは、芯金102に対して図5に示された摩擦材93の供給位置と同じ位置において傾斜角θだけ傾斜した向きで設けられている。また、図7においては、摩擦材103を供給する長尺摩擦材LMは、図5に示された摩擦材93の供給方向と同じ方向を向いた状態で芯金102に対して摩擦材103を傾斜角θだけ傾斜した向きで供給できる位置に設けられている。
【0041】
なお、芯金102上に摩擦材103を貼り付ける作業は、この他に、大きな摩擦材のシートから摩擦材103を打抜いて芯金102上に供給してもよいし、摩擦材103を手作業で芯金102上に貼り付けることもできる。
【0042】
(クラッチ装置100の作動)
次に上記のように構成したクラッチ装置100の作動について説明する。このクラッチ装置100は、前記したように、車両におけるエンジンと変速機との間に配置されるものである。そして、車両の操作者によるクラッチ操作レバーの操作によってエンジンの駆動力の変速機への伝達および遮断が行われる。
【0043】
すなわち、車両の操作者がクラッチ操作レバー(図示せず)を操作してプッシュロッド118を後退(図示左側に変位)させた場合には、プッシュロッド118の先端部がレリーズベアリング115aを押圧しない状態となり、押圧カバー115がコイルバネ116cの弾性力によってクラッチプレート113を押圧する。これにより、クラッチ摩擦板101およびクラッチプレート113は、プレートホルダ114の外周面にフランジ状に形成された受け体114a側に変位しつつ互いに押し当てられて摩擦連結された状態となる。この結果、入力ギア111に伝達されたエンジンの駆動力がハウジング110、クラッチ摩擦板101、クラッチプレート113、プレートホルダ114およびシャフト117を介して変速機に伝達される。
【0044】
一方、車両の操作者がクラッチ操作レバー(図示せず)を操作してプッシュロッド118を前進(図示右側に変位)させた場合には、プッシュロッド118の先端部がレリーズベアリング115aを押圧する状態となり、押圧カバー115がコイルバネ116cの弾性力に抗しながら図示右側に変位して押圧カバー115とクラッチプレート113とが離隔する。これにより、クラッチ摩擦板101およびクラッチプレート113は、押圧カバー115側に変位しつつ互いに押し当てられて連結された状態が解除されて互いに離隔する。この結果、クラッチ摩擦板101からクラッチプレート113への駆動力の伝達が行われなくなり、入力ギア111に伝達されたエンジンの駆動力の変速機への伝達が遮断される。
【0045】
このようなクラッチ摩擦板101とクラッチプレート113との押し当て状態または離隔状態におけるクラッチ摩擦板101の回転時においては、クラッチ摩擦板101の内周側にあるクラッチオイルはクラッチ摩擦板101の回転による遠心力の大きさに応じてクラッチ摩擦板101の外周側に変位する。この場合、クラッチ摩擦板101の内周側に存するクラッチオイルは、クラッチ摩擦板101における油溝105を介してクラッチ摩擦板101の外周側に導かれる。これにより、本発明者らによる実験によれば、従来技術におけるクラッチ摩擦板に比べて張付きトルクが低減されることを確認した。
【0046】
図8は、本発明者らによる実験結果を示しており、従来技術に係るクラッチ摩擦板91に対して本発明に係るクラッチ摩擦板101、クラッチ摩擦板201、クラッチ摩擦板301およびクラッチ摩擦板401の各張付きトルク(Nm)を3つのシチュエーションごとに表している。ここで、3つのシチュエーションとは、自走式二輪車の運転時における3つの場面である「IN GEAR」,「SHIFT FEELING」,「NEUTRAL FIND」である。「IN GEAR」は、自走式二輪車において、原動機からの駆動力を従動軸に伝達しないクラッチオフの状態で変速段をニュートラル状態から1速または2速の変速段に変更する場面である。また、「SHIFT FEELING」は、自走式二輪車の走行時にクラッチをオフにして現状の変速段を解消して他の変速段に変更する場面である。また、「NEUTRAL FIND」は、自走式二輪車が停止した後にクラッチをオフにして現状の変速段を解消してニュートラル状態に変更する場面である。
【0047】
また、3つのクラッチ摩擦板201,301,401は、クラッチ摩擦板101とは
各摩擦材103における外側辺104aおよび内側辺104bが直交直線CLに対して傾斜角θで傾いていることが共通する一方で側辺104c,104dの形状が異なっている。具体的には、クラッチ摩擦板201は、図9に示すように、クラッチ摩擦板101における四隅の角度がそれぞれ90°以外の角度でかつ2組の対角が互いに等しい角度の平行四辺形に形成されている。また、クラッチ摩擦板301は、図10に示すように、クラッチ摩擦板101における側辺104c,104dを凸状および凹状の2つの円弧が連続的に組み合わさった曲線形状に形成されている。また、クラッチ摩擦板401は、図11に示すように、クラッチ摩擦板101における側辺104cを凸状の1つの円弧で構成するとおもに側辺104dを前記側辺104cに対応する凹状の1つの円弧で構成した形状に形成されている。
【0048】
図8に示す実験結果によれば、本発明に係るクラッチ摩擦板101,201,301,401は、基準となるクラッチ摩擦板91に対していずれも張付きトルクを低減することができる。特に、「SHIFT FEELING」,「NEUTRAL FIND」においては、本発明に係るクラッチ摩擦板101,201,301,401は、基準となるクラッチ摩擦板91に対して張付きトルクを半分以下に低減することができる。これは、クラッチ摩擦板101,201,301,401のクラッチプレート113に対する相対回転時において油溝105内へのクラッチオイルの一部の進入が摩擦材103の傾斜によって阻害されて油膜の維持が困難になるためと考えられる。
【0049】
上記作動説明からも理解できるように、上記実施形態によれば、クラッチ摩擦板101は、摩擦材103における芯金102の外縁部に面して同外縁部に沿って延びる外側辺104aおよび芯金102の内縁部に面して同内縁部に沿って外側辺104aに平行に延びる内側辺104bが、摩擦材103の中心Oと芯金の中心Oとを通る直線に直交する直交直線CLに対して傾斜している。これにより、本発明に係るクラッチ摩擦板101は、本発明者らによる実験によれば、従来のクラッチ摩擦板91に比べて張付きトルクを低減してインギア、ギアチェンジおよびニュートラル出しをそれぞれ円滑に行うことができる。なお、このような張付きトルクが低減できる効果は、同時に引き摺りトルクも低減できることを意味している。
【0050】
さらに、本発明の実施にあたっては、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。なお、下記に示す各変形例においては、上記実施形態におけるクラッチ摩擦板101と同様の構成部分には同じ符号を付して、その説明は省略する。
【0051】
例えば、上記実施形態においては、摩擦材103は、長方形状に形成した。この場合、クラッチ摩擦板101は、図8で明らかなように、摩擦材103における側辺104c,104dが一直線に形成することで「IN GEAR」時の張付きトルクを最も低減することができる。
【0052】
しかし、摩擦材103は、外側辺104aおよび内側辺104bが直交直線CLに対して傾斜するように構成されていればよい。したがって、摩擦材103は、図12に示すクラッチ摩擦板501に示すように、正方形などの長方形以外の方形に形成されていてもよいし、図13に示すクラッチ摩擦板601のように、四隅の角部が丸みを帯びた曲線で形成されていてもよい。この場合、摩擦材103を正方形(厳密な正方形以外に実質的な正方形(正方形に近い長方形)を含む)に形成することにより、芯金102の外縁部分および/または内縁部分に摩擦材103が存在せずクラッチオイルが流れ得る領域が形成された場合であっても張付きトルクを軽減することができる。
【0053】
また、摩擦材103は、図10または図11にそれぞれ示すように、側辺104c,104dが曲線で形成されていてもよいし、図14に示すクラッチ摩擦板701のように、側辺104c,104dが屈曲する直線で形成されていてもよい。また、芯金102上に設ける摩擦材103の数および油溝105の数も上記実施形態に限定されるものではなく、クラッチ装置100の仕様に応じて適宜決定されるものである。
【0054】
また、上記実施形態においては、摩擦材103は、外側辺104aおよび内側辺104bを直線で形成した。しかし、摩擦材103は、外側辺104aと内側辺104bが互いに平行に形成されていればよい。したがって、摩擦材103は、外側辺104aおよび内側辺104bが曲線であってもよい。この場合、摩擦材103は、外側辺104aの両端部を結ぶ仮想直線および内側辺104bの両端部を結ぶ仮想直線が直交直線CLに対して傾斜するように芯金102上に貼り付けられる。
【0055】
また、上記実施形態においては、摩擦材103は、芯金102の表裏面で互いに逆の向きの逆相で貼り付けた。しかし、摩擦材103は、芯金102の表裏面で互いに同じ向きの同相で貼り付けることもできる。これにより、図15に示す本発明者らによる実験結果によれば、摩擦材103を芯金102の表裏面に同相で貼り付けたクラッチ摩擦板101は、摩擦材103を芯金102の表裏面で逆向きに貼り付けて構成したクラッチ摩擦板101に比べて張付きトルクをより低減することができる。なお、芯金102の表裏面にそれぞれ貼り付けた各摩擦材103は、両摩擦材103を表裏面間で互いに同一の位置に貼り付けてもよいし、両摩擦材103を表裏面間で互いに異なる位置に貼り付けてもよい。
【0056】
また、上記実施形態においては、クラッチ装置100は、複数のクラッチ摩擦板101およびクラッチプレート113を備えて構成されている。しかし、クラッチ装置100は、少なくとも1枚ずつのクラッチ摩擦板101およびクラッチプレート113を備えていればよく、必ずしも上記実施形態に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0057】
…芯金の中心、O…摩擦材の中心、OL…芯金の中心と摩擦材の中心とを通る直線、CL…直交直線、θ…摩擦材の外側辺および内側辺の直交直線に対する傾斜角度、LM…長尺摩擦材、
91…従来のクラッチ摩擦板、92…芯金、93…摩擦材、94a…外側辺、94b…内側辺、94c,94d…側辺、95…油溝、
100…クラッチ装置、101,201,301,401,501,601,701…クラッチ摩擦板、102…芯金、102a…スプライン歯、103…摩擦材、104a…外側辺、104b…内側辺、104c,104d…側辺、105…油溝、
110…ハウジング、111…入力ギア、112a…トルクダンパ、112b…リベット、113…クラッチプレート、114…プレートホルダ、114a…受け体、114b…筒状支持柱、115…押圧カバー、115a…レリーズベアリング、116a…ボルト、116b…受けキャップ、116c…コイルバネ、117…シャフト、117a…ニードルベアリング、117b…ナット、118…プッシュロッド。
【要約】
【課題】張付きトルクを低減してインギア、ギアチェンジおよびニュートラル出しをそれぞれ円滑に行うことができるクラッチ摩擦板およびクラッチ装置を提供する。
【解決手段】クラッチ装置100は、クラッチ摩擦板101を備えている。クラッチ摩擦板101は、平板環状に形成された芯金102の表面に複数の小片状の摩擦材103が油溝105を介して放射状に貼り付けられている。摩擦材103は、芯金102の外縁部に面する外側辺104aと芯金102の内縁部に面して外側辺104aに平行に延びる内側辺104bとを有して長方形状に形成されている。この摩擦材103は、クラッチ摩擦板101の回転中心である芯金102の中心Oと摩擦材103の中心Oとを結ぶ直線OLに直交する直交直線CLに対して外側辺104aおよび内側辺104bが傾斜角θで傾いた向きで芯金102上に貼り付けられている。
【選択図】 図2
図1
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図3
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図10
図11
図12
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図14
図15