特許第6376680号(P6376680)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6376680
(24)【登録日】2018年8月3日
(45)【発行日】2018年8月22日
(54)【発明の名称】通信システム及び通信方法
(51)【国際特許分類】
   H04W 56/00 20090101AFI20180813BHJP
   H04W 74/08 20090101ALI20180813BHJP
   H04W 84/12 20090101ALI20180813BHJP
【FI】
   H04W56/00 130
   H04W74/08
   H04W84/12
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-29848(P2014-29848)
(22)【出願日】2014年2月19日
(65)【公開番号】特開2015-154470(P2015-154470A)
(43)【公開日】2015年8月24日
【審査請求日】2017年2月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】510108951
【氏名又は名称】公立大学法人広島市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100109449
【弁理士】
【氏名又は名称】毛受 隆典
(74)【代理人】
【識別番号】100138955
【弁理士】
【氏名又は名称】末次 渉
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(72)【発明者】
【氏名】小畑 博靖
(72)【発明者】
【氏名】濱本 亮
(72)【発明者】
【氏名】高野 知佐
(72)【発明者】
【氏名】石田 賢治
【審査官】 望月 章俊
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−195705(JP,A)
【文献】 特開2007−124467(JP,A)
【文献】 特開2006−352653(JP,A)
【文献】 特開2006−157441(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04W4/00−H04W99/00
H04B7/24−H04B7/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクセスポイントとこれに接続する複数の無線端末よりなり、前記アクセスポイントを中継して前記端末間の情報通信を行う通信システムにおいて、
前記アクセスポイントは、
前記端末毎に同期状態に至るパラメータを通知する機能を有し、前記端末の数を元に、位相がずれて同期した状態の端末の数の振動子のうち、対応する振動子の位相を算出するための固有振動数、結合強度、初期位相、各端末のID、制御間隔、端末数よりなる同期パラメータを決定するとともに前記端末毎にIDを割り当てる同期パラメータ決定手段と、
該同期パラメータ決定手段により決定された同期パラメータをビーコン信号へ付加し、このビーコン信号を各端末へ送信する同期パラメータ送信手段と、を備え、
前記端末は、
前記同期パラメータ送信手段から送信されたビーコン信号を受信する同期パラメータ受信手段と、
該同期パラメータ受信手段にて受信された前記ビーコン信号から同期パラメータを抜き出し、計算実行時間を管理し一定時間間隔毎に位相計算を実行する位相計算手段と、
該位相計算手段にて計算された位相を用いて通信タイミングとしてのバックオフ時間を計算する通信タイミング計算手段と、
該通信タイミング計算手段にて計算された前記通信タイミングにより送信データの入力を判定するとともに前記通信タイミングを用いてデータを送信するデータ送信手段と、
を備えてなることを特徴とする通信システム
【請求項2】
前記固有振動数が、前記端末間で同一符号に設定されることを特徴とする請求項記載の通信システム
【請求項3】
アクセスポイントとこれに接続する複数の無線端末よりなり、前記アクセスポイントを中継して前記端末間の情報通信を行う通信方法において、
前記アクセスポイントが、
端末数を入力し、前記端末毎に同期状態に至るパラメータを管理するステップ、
入力された前記端末数を元に、位相がずれて同期した状態の端末の数の振動子のうち、対応する振動子の位相を算出するための固有振動数、結合強度、初期位相、各端末のID、制御間隔、端末数よりなる同期パラメータを決定し、かつ端末毎にIDを割り当てるステップ、
同期パラメータをビーコン信号へ付加するとともに該ビーコン信号を各端末へ送信するステップ、
よりなる処理を行い、かつ、
前記端末が、
前記アクセスポイントから送信された、同期パラメータを付加した前記ビーコン信号を受信するステップ、
前記ビーコン信号受信後、前記ビーコン信号から同期パラメータを抜き出し、計算実行時間を管理し、一定時間経過したこと判断するステップ、
前記ステップにより一定時間経過が判断されたとき、前記同期パラメータを用いて位相を計算する位相計算ステップ、
位相計算された際に送信データが存在するかどうかを判断するステップ、
位相計算された際に送信データが存在すると判断されたとき、計算された位相を用いて通信タイミングとしてのバックオフ時間を計算するステップ、
前記通信タイミングによりデータを送信するステップ、
前記一定時間経過したこと判断するステップにて一定時間が経過していないと判断されたときであって、送信データが存在する場合、該送信データを通信タイミング計算手段へ送り前記通信タイミングを計算させるステップ、
よりなる処理を行うことを特徴とする通信方法
【請求項4】
前記固有振動数が前記端末間で同一符号に設定されることを特徴とする請求項記載の通信方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクセスポイントと複数の無線端末間における通信データの衝突を回避する通信システム及び通信方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スマートフォンやタブレット端末に代表されるモバイル端末の普及に伴い、IEEE802.11無線 LAN (Local Area Network)(非特許文献1)の利用が一般的になりつつある。IEEE802.11無線 LAN では、通常、メディアアクセス制御として CSMA/CA (Carrier Sense Multiple Access with Collision Avoidance)が利用される。CSMA/CAでは、フレームの衝突を回避するために規定のCW (Contention Window)範囲内で乱数を発生させ、この乱数値を基にランダムな待ち時間で通信タイミング(バックオフ時間)が決められる(特許文献1)。
【0003】
即ちCSMA/CA では 、データフレームの衝突を回避するために、他の端末が電波を出していれば、ある一定期間 (IFS:Inter Frame Space) データフレームの送信を待つ。また、IFS 経過後再び電波の送信状況を観測し、もし周囲の端末が電波を出していなければ、バックオフ時間が経過するまで送信を待機する。バックオフ時間経過後、端末はデータフレームを送信する。なお、バックオフ時間は次の数式1に基づき端末ごとに計算される。
【数1】
【0004】
数式1において、Random() は区間[0,CW]の離散一様分布に従って生成されるランダムな整数値、Slot TimeはIEEE802.11で規定されたスロットタイムをそれぞれ示す。ここで、CWは最小値 CWmin、最大値 CWmaxとなる区間内の整数値である。フレームの衝突が発生した場合、各端末は数式1を用いて再びバックオフ時間を設定する。この時、再送ごとに CW の範囲を2倍に増加させることでフレームが再衝突する確率を低減させる。なお、再送の上限回数は通常7回となっており、上限回数まで再送を試みても送信が失敗した場合には端末は当該データフレームを廃棄する。
【0005】
しかし、同一のアクセスポイントAPに接続している端末数が増加すると、初期CWから得られるバックオフ時間が端末間で一致する確率が増加する。その結果、フレーム衝突が頻発することになり、アクセスポイントAP に接続する全端末の合計スループットが減少し、通信品質の劣化につながる。
【0006】
また、フレーム衝突を回避する代表的な方式として、IEEE802.11で規定されている PCF (Point Coordinator Function)(非特許文献1)やPCFを改良した方式(非特許文献2)がある。しかしこれらの方式では、ポーリングに基づく集中制御を行うことでフレーム衝突を回避できるが、複数のアクセスポイントAPが同一チャネルを利用している場合、各アクセスポイントAP間でビーコンを送信するタイミングが同期していないため、ビーコン同士が衝突し、端末が通信機会を獲得できない可能性がある。また、ポーリング送信のための時間が端末毎に必要なため、端末数が増加するとその影響も大きくなるという問題がある。
【0007】
集中制御を利用したフレーム衝突回避方式であるTDMA (Time Division Multiple Access) に基づく方式(非特許文献3〜7)では、特定スロットを各無線ノードが通信するタイミングとして割当てることによって、ネットワーク内の端末数が増加しても通信タイミングの重複を避けることができる。従って、TDMAに基づく方式ではネットワーク内の端末数が増加してもパケットの衝突は発生しない。しかし端末間で送受信のタイミングを揃えるための時刻同期が必要となる。また時刻同期には高い精度が求められる。さらに、TDMAは各スロットの各端末への割り当てを集中管理的に行う必要がある。
【0008】
時刻同期や集中管理を必要とせず、自律分散的に通信タイミングの重複を回避する従来方式として、PDTD (Phase Diffusion Time Division: 位相拡散時分割方式) 方式がある(非特許文献8,9)。この方式は、結合振動子の同期現象に着目したものであり、センサネットワークでの運用を想定している。PDTD は、多くの無線端末が無線通信を行う際、効率的な通信タイミングを近傍の端末 (2ホップ以内に接続している端末) の情報のみ用いて導出する。ここで、2ホップ先のノードまで考慮するのは、隠れ端末問題による衝突を回避するためである。PDTDは、端末の通信タイミングを位相で表現する。また、結合振動子モデルに基づいた位相ダイナミクスを用いて各端末間のタイミングを調整する。これによって、衝突が起こりうる端末との位相差を自律的に形成し、フレームの衝突回避を実現する。しかし、PDTD では隣接端末、及び2ホップ先の端末の位相を必要とし、その情報を送受信するために制御パケットを定期的にやりとりする必要がある。
【0009】
なお、結合振動子の同期現象について相互作用の観点から数理モデル化する研究が行なわれており、代表的なモデルとして蔵本モデル(大域結合振動系)(非特許文献10)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−182644号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】IEEE Standard,“Wireless LAN medium access control (MAC) and physical layer(PHY) specifications,”ANSI/IEEE Std 802.11,1999.
【非特許文献2】水野 晃平,片山 穣,中山 正芳,須田 博人,”マルチホップ無線ネットワークにおける複数チャネル利用型帯域保証メディアアクセス制御プロトコル,”信学論 (B),J85-B,12,pp.2179-2188,2002.
【非特許文献3】D. D. Falconer, F. Adachi, and B. Gudmundson, “Time division multiple access methods for wireless personal communications,”IEEE Commun. Mag., 33, 1, pp.50-57, 1995.
【非特許文献4】C. D.Young,“USAP: a unifying dynamic distributed multichannel TDMA slot assignment protocol,”Proc.IEEE MILCOM'96,1,pp.235-239 1996.
【非特許文献5】F.Guo and T.C.Chiueh,“Software TDMA for VoIP Applications over IEEE802.11 Wireless LAN,”Proc. IEEE INFOCOM 2007, pp.2370-2366, 2007.
【非特許文献6】P.Cheng, F.Zhang,J.Chen,Y. Sun, and X.Shen,“A Distributed TDMA Scheduling Algorithm for Target Tracking in Ultrasonic Sensor Networks,”IEEE Trans. Industrial Electronics,60,9,pp.3836-3845,2012.
【非特許文献7】M.F.Tuysuz, H.A.Mantar, G.Celik, and M.R.Celenlioglu,”An uninterrupted collision-free channel access scheme over IEEE802.11 WLANs,”Proc. IEEE WCNC2013,pp.386-391,2013.
【非特許文献8】K.Sekiyama,Y.Kubo,S.Fukunaga,and M.Date,”Phase diffusion time division method for wireless communication network,”Proc.IEEE IECON 2004,3,pp.2748-2753,2004.
【非特許文献9】Y.Kubo and K.Sekiyama,”Communication timing control with interference detection for wireless sensor networks,”EURASIP Journal on Wireless Communication and Networking,2007,1,2007.
【非特許文献10】蔵本 由紀,”いわゆる「蔵本モデル」について,”応用数理,17,2, pp79-81,2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、フレーム衝突を回避することによりアクセスポイントAPに接続している全端末の合計スループットの向上を目指して、結合振動子の同期現象を利用した無線 LAN の通信システム及び通信方法を提供する。本発明において、同期現象の特性を見るため、同期に関わるパラメータが同期現象にどのような影響を与えるかを明らかにし、さらにシミュレーションにより全端末の合計スループットとフレームの衝突確率を評価した。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、アクセスポイントとこれに接続する複数の無線端末よりなり、前記アクセスポイントを中継して前記端末間の情報通信を行う通信システムにおいて、前記アクセスポイントは、前記端末毎に同期状態に至るパラメータを通知する機能を有し、前記端末の数を元に、位相がずれて同期した状態の端末の数の振動子のうち、対応する振動子の位相を算出するための固有振動数、結合強度、初期位相、各端末のID、制御間隔、端末数よりなる同期パラメータを決定するとともに前記端末毎にIDを割り当てる同期パラメータ決定手段と、該同期パラメータ決定手段により決定された同期パラメータをビーコン信号へ付加し、このビーコン信号を各端末へ送信する同期パラメータ送信手段と、を備え、前記端末は、前記同期パラメータ送信手段から送信されたビーコン信号を受信する同期パラメータ受信手段と、該同期パラメータ受信手段にて受信された前記ビーコン信号から同期パラメータを抜き出し、計算実行時間を管理し一定時間間隔毎に位相計算を実行する位相計算手段と、該位相計算手段にて計算された位相を用いて通信タイミングとしてのバックオフ時間を計算する通信タイミング計算手段と、該通信タイミング計算手段にて計算された前記通信タイミングにより送信データの入力を判定するとともに前記通信タイミングを用いてデータを送信するデータ送信手段と、を備えてなるものである。
【0015】
また本発明に係る通信システムでは、固有振動数が、端末間で同一符号に設定されるものである。
【0016】
本発明は、アクセスポイントとこれに接続する複数の無線端末よりなり、前記アクセスポイントを中継して前記端末間の情報通信を行う通信方法において、前記アクセスポイントが、端末数を入力し、前記端末毎に同期状態に至るパラメータを管理するステップ、入力された前記端末数を元に、位相がずれて同期した状態の端末の数の振動子のうち、対応する振動子の位相を算出するための固有振動数、結合強度、初期位相、各端末のID、制御間隔、端末数よりなる同期パラメータを決定し、かつ端末毎にIDを割り当てるステップ、同期パラメータをビーコン信号へ付加するとともに該ビーコン信号を各端末へ送信するステップ、よりなる処理を行い、かつ、前記端末が、前記アクセスポイントから送信された、同期パラメータを付加した前記ビーコン信号を受信するステップ、前記ビーコン信号受信後、前記ビーコン信号から同期パラメータを抜き出し、計算実行時間を管理し、一定時間経過したこと判断するステップ、前記ステップにより一定時間経過が判断されたとき、前記同期パラメータを用いて位相を計算する位相計算ステップ、位相計算された際に送信データが存在するかどうかを判断するステップ、位相計算された際に送信データが存在すると判断されたとき、計算された位相を用いて通信タイミングとしてのバックオフ時間を計算するステップ、前記通信タイミングでデータを送信するステップ、前記一定時間経過したこと判断するステップにて一定時間が経過していないと判断されたときであって、送信データが存在する場合、該送信データを通信タイミング計算手段へ送り前記通信タイミングを計算させるステップ、よりなる処理を行うものである。
【0018】
また本発明に係る通信方法では、前記固有振動数が端末間で同一符号に設定されるものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、結合振動子の同期現象を利用して通信タイミングすなわちバックオフ時間を決定することにより、従来のCSMA/CA方式に比べて全端末の合計スループットが大幅に向上し、フレームの衝突確率を大きく低下させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に係る通信システムの構成を示すブロック図である。
図2】本発明の動作を説明するためのフローチャートである。
図3】複数の振動子間の位相がずれて同期した状態を示す波形図である。
図4】複数の振動子の初期位相を均等にずらした場合の位相の時間変化を示す波形図である。
図5】複数の振動子の初期位相をランダムに設定した場合の位相の時間変化を示す波形図である。
図6】複数の振動子の固有振動数の値をすべて正に設定した場合の位相の時間変化を示す波形図である。
図7】1つの振動子だけ固有振動数の値を負に設定した場合の位相の時間変化を示す波形図である。
図8】振動子の結合強度Kと位相差の時間変化の関係を示す波形図である。
図9】シミュレーションモデルを示す図である。
図10】各フロー(端末)数に対する各端末の合計スループット(TCP-Reno with Sack)を示すグラフである。
図11】各フロー(端末)数に対する全端末の合計スループット(CUBIC-TCP)を示すグラフである。
図12】各フロー(端末)が獲得したスループットの標準偏差(CUBIC-TCP)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明にあっては、結合振動子の同期現象を利用して通信タイミングすなわちバックオフ時間を決定する。同期現象とは、異なる周期を持つ複数のリズム (ほぼ一定の周期で同じ出来事を繰り返す現象) がある相互作用もしくは一方的な作用によって、完全に、もしくはほぼ一致した振動周期を持つ現象である。ここでは、リズムを生み出す1つのシステムを振動子と呼ぶ。同期現象が発生する場合は一方の振動子が他方の振動子に影響を与えるため、振動子同士が結合していると考えられる。このように、振動子が複数個非線形結合したものを結合振動子と呼ぶ。同期現象を振動子の観点から考えると、振動子の位相と振動数が以下の条件を満たしている場合である。
(1) 結合している全振動子の位相差が変化しない (位相固定)。
(2)振動子の振動数が同一となること(振動数固定)。
このとき、振動子の位相差が必ずしも0となる (同位相振動) 必要はない。
【0022】
これまで、結合振動子の同期現象について様々な研究が行われてり、その中の1つに結合振動子の同期現象を相互作用の観点から数理モデル化する研究がある。代表的な数理モデルである蔵本モデルを用いてN個の振動子の同期現象を考える。蔵本モデルの場合、各々の振動子は固有振動数ωiを持ち、他の全ての振動子と等しく相互作用している、すなわち全ての振動子が互いに結合していると考える。この時、i番目の振動子の位相θiの時間変化は、次の数式で求められる。
【数2】
【0023】
数式2において、K(>0)は振動子間の結合強度を表し、右辺第2項を相互作用項と呼ぶ。ここで、右辺第2項では、係数K/Nにより相互作用項の大きさがシステムの大きさNに依存しないように規格化されている。
【0024】
本発明では、バックオフ時間の決定に数式2で得られる位相 (全振動子の位相がずれて同期した状態) を利用する。
【0025】
図1は、アクセスポイントAPとこれに接続する複数の無線端末よりなり、アクセスポイントAPを中継して端末間の情報通信を行う通信システムを示し(図では、一つの端末の構成を示す)、1は、端末毎に同期状態に至る同期パラメータを管理する機能、入力された前記端末の数を元に同期パラメータを決定する機能及び端末毎にIDを割り当てる機能を含む同期パラメータ決定手段である。2は、同期パラメータ決定手段1により決定された同期パラメータをビーコン信号へ付加する機能、及び同期パラメータが付加されたビーコン信号を各端末へ送信する機能を含む同期パラメータ送信手段である。アクセスポイントAPは、これら同期パラメータ決定手段1及び同期パラメータ送信手段2を内蔵する。
【0026】
3は、アクセスポイントAPの同期パラメータ送信手段2から送信されたビーコン信号を受信する同期パラメータ受信手段、4は、同期パラメータ受信手段3からのビーコン信号を入力し、ビーコン信号から同期パラメータを抜き出し、位相を計算するとともに、計算実行時間を管理し一定時間間隔毎に位相計算を実行する位相計算手段である。送信する位相情報は、端末に割り当てられたIDiの位相である。5は、位相計算手段4にて計算された位相を用いて通信タイミングを計算する通信タイミング計算手段、6は、通信タイミング計算手段5からの通信タイミングにより送信データの入力を判定するとともに通信タイミングを用いてデータを送信するデータ送信手段である。端末は、これらの各手段を内蔵する。
【0027】
図2は、アクセスポイントAPとこれに接続する複数の無線端末よりなり、アクセスポイントAPを中継して前記端末間の情報通信を行う通信方法の処理ステップをアクセスポイントAP及び端末ごとに示すものである。
【0028】
アクセスポイントAPは、以下のステップS1〜S3の処理を行う。
S1:端末数を入力し、端末毎に同期状態に至るパラメータを管理するステップ、
S2:入力された端末数を元に同期パラメータを決定し、かつ端末毎にIDを割り当てるステップ、
S3:同期パラメータをビーコン信号へ付加するとともにビーコン信号を各端末へ送信するステップ。
【0029】
端末は、以下のステップS4〜S10の処理を行う。
S4:アクセスポイントAPから送信された、同期パラメータを付加したビーコン信号を受信するステップ、
S5:ビーコン信号受信後、ビーコン信号から同期パラメータを抜き出し、計算実行時間を管理し、一定時間経過したこと判断するステップ、
S6:ステップにより一定時間経過が判断されたとき、同期パラメータを用いて位相を計算する位相計算ステップ、
S7:位相計算された際に送信データが存在するかどうかを判断するステップ、
S8:位相計算された際に送信データが存在すると判断されたとき、通信タイミングを計算するステップ、
S9:通信タイミングでデータを送信するステップ、
S10:一定時間経過したこと判断するステップS5にて一定時間が経過していないと判断されたときであって、送信データが存在する場合、送信データを通信タイミング計算手段へ送り通信タイミングを計算させるステップ。
【0030】
図3に、振動子数が4の場合において、各振動子の位相がずれて同期した状態(cos波)の一例を示す。図に示すように、位相がずれて同期した場合、ある時刻tにおける値は各振動子間で異なる値を取ることが分かる。また、時刻が経過した場合 (t+Δt) には、各振動子間の値の大小関係も変わる。したがって、このようにずれて同期した状態の位相をバックオフ時間の計算に利用することで、各端末間でのバックオフ時間の重複を回避できる。ただし、本発明では、次の前提条件をおく。
(1) 通信開始後、無線端末数は変化しない。
(2)無線端末は移動しないものとする。
(3)すべての無線端末は本発明システムを導入しているものとする。
(4)RTS/CTSフロー制御は利用しない。
【0031】
まず、アクセスポイントAPは、接続する全端末に対して固有振動数ωi、結合強度K、各端末に対応する ID であるi、初期位相θi(0)、制御時間間隔Δt、端末数Nをビーコン信号により通知する。次に、各端末は通知された値を利用し制御時間間隔Δt毎に数式2を用いて位相θi(t)を計算する(各端末において全端末の位相を計算)。また、データフレームを送信する場合、各端末は時刻tにおける割り当てられた IDiの位相θi(t)を用いて数式3によりバックオフ時間を決定する。ただし、数式3において、Nは端末数、SlotTimeは IEEE802.11で規定されたスロットタイムを示す。また、αは位相から得られた値を正規化する係数であり、本発明では、α=100とする。
【数3】
【0032】
データフレームの衝突が発生した場合、再度、数式3で計算し直しバックオフ時間を設定する。なお、バックオフ時間計算以外の制御は、従来のCSMA/CAと同様に動作する。以上のように、アクセスポイントAPから位相を計算するための情報を受信した後は、各端末が自律的に結合振動子の同期現象モデルに基づき動作する。
【0033】
以下、本発明で利用する初期位相、固有振動数、および結合強度が同期現象に与える影響について述べ、次に、ネットワークシミュレータを利用して得た結果について説明する。
【0034】
先ず数値計算を用いて初期位相θi(0)、固有振動数ωi、及び結合強度Kが同期現象に与える影響を明らかにする。ここでは、数式2におけるN=10の蔵本モデルを利用する。はじめに、初期位相θi(0)が同期現象に与える影響について述べる。まず、初期位相θi(0)を 0.0,0.1,…,0.9と0.1刻みの固定間隔に設定する。ただし、固有振動数ωiは 1.0,0.9,…,0.1として、結合強度K=5とする。この時、位相の時間変化の数値計算結果を図4に示す。なお、結果は振動子1から4のみ表示している。図4より、各振動子の位相は時間が経過するにつれて同期している(Time=0.5付近)ことが分かる。同様に、初期位相θi(0)を区間[0.1,2.0]の一様乱数で与えた場合につき述べる。なお、それ以外のパラメータは初期位相θi(0)を等間隔で設定した図4の場合と同様である。この条件における数値計算結果を図5に示す。なお、結果は振動子1から4のみ表示している。
【0035】
図5より、初期位相θi(0)をランダムに与えた場合と同様に、各振動子の位相は時間経過とともに同期していることが分かる(Time=1.0付近)。また、図4図5より、各振動子間の初期位相の差が大きくなると、同期までの時間が長くなることが分かる。
【0036】
固有振動数ωiの影響について説明する。まず、固有振動数ωiをすべて正の数とした場合であって、初期位相θi(0)は 0.0,0.1,…,0.9と0.1刻みで、結合強度Kには5をそれぞれ設定する。図6に固有振動数ωiを[0,1]の区間でランダムに設定した場合の各振動子の位相の時間変化を示す。図6では、振動子1から4のみ表示している。図6より、各振動子の固有振動数ωiが重複しないランダムな値かつすべて正の数の場合、位相が近い状態で同期現象が発生していることが分かる。
【0037】
次に、固有振動数ωiに正の数と負の数が混在する場合につき説明する。ここで、固有振動数ωi<0とは、振動を等速回転運動と見なした場合に、正と定めた回転方向とは逆向きに回転していることを意味する。図7は、固有振動数ωiをi=1のみ-0.6に、 i=2, 3,…, Nは1.0,0.9,…,と0.1刻みでそれぞれ設定した時の各振動子の位相の時間変化を示す。また、初期位相θi(0)と結合強度Kは固有振動数ωiをすべて正に設定した場合と同一である。
【0038】
図7では、振動子1から4のみ表示している。図7より、負の数を持つ振動子1のみ同時間帯における位相が大きくずれていることが分かる。この状態を無線LANのアクセス間隔として利用した場合、固有振動数として負の数を持つ1端末のみその他の端末と大きく異なり、結果として、スループットに差が生じる可能性がある。従って、端末間のアクセス間隔をなるべく平等にするためには、固有振動数ωiの値は振動子間 (端末間) で同符号に設定する必要がある。
【0039】
さらに、結合強度Kの影響について述べる。ここでは、結合強度Kの値を2,4,…,10と変化させた場合に、i=1の振動子とi=2の振動子との位相差の絶対値を調べる。図8は、結合強度Kを2から10まで変化させた場合のi=1の振動子とi=2の振動子間の位相差(絶対値)の時間変化を示す。図8において、初期位相θi(0),固有振動数ωiはそれぞれ0.0,0.1,…,0.9の0.1刻み、1.0,0.9,…,0.1の0.1刻みで設定した。図8より、時間経過とともに位相差が一定になっていることが分かる。これは、振動子の位相が同期していることを示す。また、結合強度Kの値が増加すると、位相が一定となるまでの時間 (収束時間) が速くなることが分かる。しかし、Kが大きくなるにつれ、収束速度の向上はあまり見られなくなる(K =4以降)。以上のことから、結合強度Kの値を大きく設定することで迅速に振動子間 (端末間) の同期が実現できる。
【0040】
以上より、端末にパラメータを設定させる場合は以下を考慮する必要がある。
(1) 各振動子の初期位相θi(0)差は小さくする。
(2) 固有振動数ωiは端末間で同一の符号とする。
(3) 結合強度Kはできるだけ大きな値を設定する(本環境においては、K=4以上)。
【0041】
次に本発明をシミュレーションによる評価について述べる。なお、本発明では、従来方法としてIEEE802.11で規定されたCSMA/CAを用いた。表1にシミュレーションパラメータを示す。
【表1】
【0042】
図9は、本発明におけるシミュレーションモデルを示し、無線LAN規格はIEEE802.11gを利用し全無線端末に適用した例である。アクセスポイントAP、送信端末7、ルーター8、受信端末9よりなる。
【0043】
本発明において、各制御パラメータは次のように設定した。まず、結合強度Kおよび制御時間間隔Δtは迅速に同期状態にするため、K=5、Δt=10msとし、また、初期位相θi(0)、および固有振動数ωiは、それぞれ (0,1) および[0,2]の範囲において各端末間で重複しない値とした。また、通信中の端末数Nは固定とし、各無線端末は移動しないこととした。
【0044】
本発明では、無線端末を送信端末とし、60秒間の FTPトラヒックを発生(1端末に1フローのみ発生)させる。TCPのバージョンは、基本的な制御であるTCP-Reno with SackとLinux(登録商標)およびAndroid(登録商標)の標準TCPであるCUBIC-TCPを用いた。シミュレーション結果は、10回試行の平均値を示す。
【0045】
図10図11は、フロー(端末)数を5から20まで変化させた時、TCP-Reno with SackとCUBIC-TCPの各フロー(端末)数に対する全端末の合計スループットをそれぞれ示す。図10図11より、本発明は従来方法に比べて高い合計スループットが得られることが分かる。また、従来方法では、CUBIC-TCPの場合、フロー(端末)数が増加するとTCP-Reno with Sackの場合とは異なり合計スループットが減少する傾向にある。CUBIC-TCPはTCP-Reno with Sackよりも急激に輻輳ウィンドウサイズを上昇させるため、フロー数が増加すると送信するデータフレームが急増する。そのため、データフレームの衝突が連続して起きやすくなり、TCPセグメントが破棄される可能性が高くなる。結果として、CUBIC-TCPの場合はフロー(端末)数の増加とともに合計スループットが低下した。
【0046】
一方、本発明では、TCP-Reno with SackとCUBIC-TCPのいずれの場合においても、フロー(端末)数の増加にともない合計スループットも上昇している。これは、本発明がデータフレームの衝突回数を大きく減らし、無線チャネルを効率的に利用しているためである。ここで、表2は、各フロー(端末)数に対するデータフレームの衝突回数 (CUBIC-TCPの場合) を示す。
【表2】
【0047】
表2より、本発明では大幅に衝突回数を減少していることが分かる。したがって、フロー(端末)数が増加したとしても、データフレームの衝突がほぼ無いため、フロー(端末)数の増加とともに通信チャネルを利用しない時間が減る。その結果、フロー(端末)数の増加とともに合計スループットが向上している。
【0048】
次に、図12は、各フロー(端末)数に対するスループットの標準偏差 (CUBIC-TCPの場合) を示す。図12より、従来方法ではフロー数が5から10に増加するとスループットの標準偏差が上昇し、フロー間のスループットに差が生じている。これは、データフレーム衝突が発生した端末と発生していない端末との間で輻輳ウィンドウサイズに差が生じたことが原因である。
【0049】
これに対し、本発明では、全端末が同期現象に基づくアクセス間隔を用いることで、ほとんど衝突が発生しない。その結果、フロー(端末)数が増加しても、輻輳ウィンドウサイズに差が生じにくいため、スループットが同等となり、標準偏差が上昇しない。したがって、本発明では、従来方法よりもフロー(端末)間のスループットに差が生じにくいことが分かる。
【符号の説明】
【0050】
AP アクセスポイント
1 同期パラメータ決定手段
2 同期パラメータ設定手段
3 同期パラメータ受信手段
4 位相計算手段
5 通信タイミング計算手段
6 データ送信手段
7 送信端末
8 ルーター
9 受信端末
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12