(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
プラスチックは、成形が容易であり、種々の形態に容易に成形できることなどから、各種の用途に広く使用されている。特に、容器壁の内面がポリエチレンテレフタレート(PET)に代表されるポリエステルで形成されているボトルは、各種飲料、食油、調味液等を収容するための容器として好適に使用されている。
一方、ガラスもガス透過性がなく各種ガスバリア性に非常に優れていること、また、その優れた透明性により、各種飲料、調味液等を収容するための容器として好適に使用されている。
【0003】
ところで、特に粘度の高い液体を収容するボトルや瓶では、該内容物を速やかに排出し且つボトル内に残存させることなくきれいに最後まで使いきるために、内容液に対してボトル内面が高い滑り性を示すことが求められる。
【0004】
このような要求を満足するボトルとして、例えば、特許文献1には、最内層が、環状オレフィン系共重合体或いはMFR(メルトフローレート)が10g/10min以上のオレフィン系樹脂からなる多層構造のボトルが提案されている。
この多層構造ボトルは、最内層がマヨネーズやドレッシング等の乳化物に対する濡れ性に優れており、この結果、ボトルを倒立させたり、或いは傾斜させたりすると、マヨネーズ等の乳化物は、最内層表面に沿って広がりながら落下していき、ボトル内壁面(最内層表面)に付着残存することなく、綺麗に排出することができるというものである。
【0005】
また、ケチャップのような植物繊維が水に分散されている粘稠な非油性内容物用のボトルについては、特許文献2或いは特許文献3に、最内層に滑剤として飽和或いは不飽和の脂肪族アミドが配合されたポリオレフィン系樹脂ボトルが提案されている。
【0006】
上述した特許文献1〜3は、何れもプラスチック容器について、容器内面を形成する熱可塑性樹脂組成物の化学組成によって内容物に対する滑り性を向上させたものであり、ある程度の滑り性向上は達成されているが、用いる熱可塑性樹脂の種類や添加剤が限定される為、滑り性向上には限界があり、飛躍的な向上は達成されていないのが実情である。
【0007】
このような観点から、本発明者は、内容物と接触する内表面に液膜が形成されているプラスチック容器を提案している(例えば、特願2012−199236号、特願2013−23468号、特願2013−091244号及びPCT/JP2013/068541)。
即ち、これらは、何れも内容液と非混和性の液体による液膜を形成することにより内容物に対する滑り性を従来公知のものに比して格段に向上させることに成功したものであり、容器を倒立或いは傾倒せしめることにより、容器内壁に付着・残存させることなく、内容液を速やかに容器外に排出することが可能となっている。
ところで、上記の液膜は、内容液が水性である場合には油性液体により形成され、内容液が油性である場合には水性液体により形成され、これにより、内容液に対して著しく高い滑り性が発現することとなる。
【0008】
しかるに、本発明者等のさらなる研究によると、上記の液膜が油性液体により形成されている場合(即ち、油膜である場合)、ボトルの内面がオレフィン系樹脂である時には、高い滑り性が発現するのであるが、ボトルの内面がPET等のポリエステル樹脂やガラスにより形成されている場合には、高い滑り性を発現させることが困難であるという問題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って、本発明の目的は、表面に油膜を形成することが可能であり、油膜の形成により、粘稠な水性内容液に対する優れた滑り性が長期間にわたって安定に発揮し得る容器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、ガラスの内面に油膜を形成したときの内容液に対する滑り性についての検討を推し進めた結果、PET等のポリエステルやガラスが親水性であるため、大気中では安定な油膜が形成されるが、水性の内容物が充填されると、油膜が不安定となり、膜の形態が損なわれてしまい、この結果、高い滑り性を発現することが困難となってしまうという事実を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
即ち、本発明によれば、少なくとも内面が親水性基材から形成された容器において、
前記親水性基材の内面には、水中でのオリーブオイル接触角が40度以下である親油性表面層が形成されていることを特徴とする容器が提供される。
【0013】
本発明の容器においては、
(1)前記親油性表面層は、大気中での水接触角が80度以上であること、
(2)前記親油性表面層の厚みが、1nm〜10μmの範囲にあること、
(3)前記親油性表面層中には炭素を含むこと、
(4)前記親油性表面層中にはさらにケイ素を含むこと、
(5)前記親油性表面層上に油膜が形成されていること、
(6)前記親水性基材は、大気中での水接触角が80度以下であること、
(7)前記親水性基材が、ポリエステル樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリアミド樹脂或
いはガラスであること、
(8)水性内容物が収容されたこと、
が好適である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の容器は、内面がポリエステルやガラス等の親水性基材で形成されているが、この内面には、水中でのオリーブオイル接触角が40度以下の親油性表面層が形成されている。この結果、この表面に油膜を安定に形成することができるばかりか、水性内容物が容器内に収容された場合にも、この油膜の形態が損なわれることなく、安定に保持され、油膜による水性内容物に対する滑り性が長期間にわたって安定に発現することとなる。
【0015】
例えば、低密度ポリエチレン(LDPE)、ポリスチレン(PS)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、及びガラスについて、大気中で測定した水接触角、並びに大気中及び水中で測定したオリーブオイル接触角(単にオイル接触角と呼ぶことがある)は下記表1のとおりである。
【表1】
水接触角が小さいほど親水性であり、オリーブオイル接触角が小さいほど、親油性であるから、上記の結果は、次のことを示している。
PETおよびガラスは、LDPEに比して高い親水性を示す。
一方、大気中でのオリーブオイル接触角は、LDPE及びPETの何れも10度以下であり、高い親油性を示している。従って、LDPE及びPETの上に形成された油膜は、大気中では安定に保持される。
ところが、水中で測定したオリーブオイル接触角は、LDPEでは11度であり、親油性が維持されているのに対して、PETでは68度と著しく高い値を示しており、親油性が著しく損なわれている。即ち、親水性の低いLDPE上に形成された油膜は、水中でも安定に保持されているが、親水性の高いPET上に形成された油膜は、大気中では安定に存在しているが、水中では不安定となる。
さらに、ガラスの場合では、大気中でのオリーブオイル接触角は33度と、LDPE、PS、PETのその値よりも高く、低い親油性を示している。さらに、水中で測定したオリーブオイル接触角は151度と非常に高い値となり、親水性が非常に高いガラス上に形成された油膜は、水中では非常に不安定となる。
【0016】
このことから理解されるように、LDPE等のオレフィン系樹脂のような親水性に乏しい基材上に油膜を形成した場合には、大気中及び水中の何れの環境下でも油膜は安定に保持されるが、PETやガラス等の親水性の高い基材上に油膜を形成した場合には、大気中では油膜は安定に保持されるが、水中では、エネルギー的に不安定となり、油膜の形態が損なわれてしまう。即ち、水性内容物を充填する場合、PETボトルやガラス瓶の内面に形成された油膜は、内容物充填前は安定に保持されているが、内容物を充填すると、油膜の形態が損なわれ、ボトル内面から容易に離脱してしまい、結果として、該油膜による滑り性は発現しなくなってしまう。
しかるに、本発明では、親水性基材からなる容器の内面に、水中でのオリーブオイル接触角が低い(40度以下)親油性表面層を形成することにより、水性内容物が充填された場合にも、安定に油膜が維持され、その水性内容物に対する高い滑り性を安定に発現させることが可能となったものである。
【0017】
従って、本発明の容器は、内容液の充填に先立って、ディッピング等により油膜を形成して使用に供され、特に水を含む水性内容液用の包装容器として好適に使用され、該内容液が高い粘性を有する場合にも、優れた滑り性により、該内容液が容器内面に付着残存することなく、速やかに排出される。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<親水性基材>
本発明において、容器内面を形成する親水性基材は、代表的には、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート(PEN)等の熱可塑性ポリエステルやポリ乳酸が代表的であるが、大気中での水接触角が80度以下の他の熱可塑性樹脂、例えば、(メタ)アクリル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアリレート樹脂、ケン化度の高いエチレン・ビニルアルコール共重合体なども親水性基材として使用することができ、さらにはSiOxやAl
2O
3などに代表される親水性蒸着膜を付与したポリエチレンテレフタレート、ガラスも使用することができる。
本発明において、最も好適にされる親水性基材は、容器の内面に形成しても問題もないことなど容器の用途に適していることや、成形性、耐熱性などの観点から、ポリエステル樹脂あるいはガラスである。
【0019】
<親油性表面層>
上述した親水性基材からなる容器の内面に形成される親油性表面層は、水中で測定したオリーブオイル接触角が40度以下、特に35度以下のものである。即ち、このオイル接触角が小さいほど、この表面層は水中で安定に存在することができる。
【0020】
また、この親油性表面層は、大気中での水接触角が80度以上であることが望ましい。即ち、水接触角は、親水性を示す尺度であり、水接触角が上記範囲にあるということは、親水性がかなり乏しいということである。即ち、親油性表面層の水接触角が上記範囲よりも小さい場合には、親水性基材との親和性が高いため、親水性基材の内面と親油性表面層との間に水分が侵入しやすく、該内面からの剥離を生じ易くなってしまうからである。
【0021】
さらに、親油性表面層の厚みは、かなり薄くてよく、通常、1nm〜10μm、特に、1nm〜1μm、格段には1nm〜500nmの範囲にあればよい。即ち、このような薄膜であっても油膜を安定に保持することが可能であり、また、上記範囲よりも厚くしても水中での油膜保持効果は向上しないばかりか、むしろ、コストの増大を招くばかりか、親水性基材による容器内面特性を低下することもある。従って、この親油性表面層は、上記のようにかなり薄いものとすることが好適である。
【0022】
このような親油性表面層を親水性基材からなる容器の内面に形成する手段としては、以下の方法を挙げることができる。
(a)蒸着により親油性の薄膜を形成する薄膜法;
(b)アルコキシシランなどのシランカップリング剤を用いての表面処理により、親水性基材の表面にシランカップリング剤の表面処理層を形成する表面処理法;
(c)ポリオレフィンワックスなどの親油性のブリード性添加剤を親水性基材用の樹脂に配合する内添法;
(d)電子線硬化型或いは紫外線硬化型の樹脂組成物(例えばアクリル系樹脂組成物)を親水性基材の容器内面に塗布し、これを硬化して成膜するコーティング法;
(e)親油性樹脂或いはグラフト変性等により親油性に改質された樹脂などを、共押出、共射出などにより親水性基材の容器内面に積層しておく多層化法;
【0023】
本発明においては、上記の方法の中でも、薄膜形成が容易であり、親水性基材との間に高い密着性を確保できるという観点から、蒸着による薄膜法及びシランカップリング剤による表面処理法が有効である。
【0024】
蒸着による薄膜法は、スパッタリング、真空蒸着、イオンプレーティングなどに代表される物理蒸着や、プラズマCVDに代表される化学蒸着などによって形成される無機質の蒸着膜、例えば各種金属乃至金属酸化物やDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜等を形成する手法であるが、特に、凹凸や曲率を有する面にも均一に成膜され、緻密で且つ親水性基材の容器内面との間に高い密着性を確保できるという点で、プラズマCVDにより形成される蒸着膜であることが好ましい。
【0025】
プラズマCVDによる蒸着膜は、所定の真空度に保持されたプラズマ処理室内に容器を配置し、膜形成する金属若しくは該金属を含む化合物のガス(反応ガス)、炭化水素ガス及び酸化性ガス(通常酸素やNOxのガス)を、適宜、アルゴン、ヘリウム等のキャリアガスと共に、ガス供給管を用いて、金属壁でシールドされ且つ所定の真空度に減圧されているプラズマ処理室内の容器内部に供給し、この状態でマイクロ波電界や高周波電界などによってグロー放電を発生させ、その電気エネルギーによりプラズマを発生させ、上記化合物の分解反応物を容器内面に堆積させて成膜することにより得られる。
尚、マイクロ波電界による場合は、導波管等を用いてマイクロ波をプラズマ処理室内に照射することにより成膜が行われ、高周波電界による場合は、プラズマ処理室内の容器壁を一対の電極の間に位置するように配置し、この電極に高周波電界を印加して成膜が行われる。
【0026】
上記の反応ガスの種類によって、種々の組成の蒸着膜を形成することができ、例えば、アセチレン、エチレン等の炭化水素ガスを反応性ガスとして用いることによりDLC膜を成膜することができる。また、トリアルキルアルミニウムなどの有機アルミニウム化合物や、有機チタン化合物、有機ジルコニウム化合物、有機ケイ素化合物等のガスを用いることにより、有機金属膜を成膜することができる。
【0027】
本発明において、DLC膜及び有機金属膜の何れも親油性表面層として適用することができるが、DLC膜は、一般に、水中でのオリーブオイル接触角は20度以下であるが、大気中での水分接触角が50〜70度であるため、有機金属膜が親油性表面層としてより好適である。即ち、有機金属化合物は、成膜条件を調整することにより炭素成分を多くすることができ、これにより、水中でのオリーブオイル接触角及び大気中での水分接触角の何れも、前述した範囲に調整することができる。
【0028】
さらに、有機金属化合物の中では、ガス化が容易であり、反応性ガスとして容易に使用できるという点で、有機ケイ素化合物が好適である。
【0029】
このような有機ケイ素化合物の例としては、ヘキサメチルジシラン、ビニルトリメチルシラン、メチルシラン、ジメチルシラン、トリメチルシラン、ジエチルシラン、プロピルシラン、フェニルシラン、メチルトリエトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン等の有機シラン化合物、オクタメチルシクロテトラシロキサン、1,1,3,3−テトラメチルジシロキサン、ヘキサメチルジシロキサン等の有機シロキサン化合物等が使用される。また、これら以外にも、アミノシラン、シラザンなどを用いることもできる。
上述した有機金属化合物は、単独でも或いは2種以上の組合せでも用いることができる。
【0030】
本発明において、上記のような有機金属化合物の反応ガス及び酸化性ガスを用いてのプラズマCVDによる成膜に際しては、グロー放電出力(例えばマイクロ波或いは高周波出力)を低くし、低出力で成膜を開始した後、高出力でプラズマ反応による成膜を行うことにより、有機金属膜中の炭素成分を多くすることができる。即ち、有機金属化合物の分子中に含まれる有機基(CH
3やCH
2など)は、通常、CO
2となって揮散するが、低出力では、その一部はCO
2まで分解せず、親水性基材の容器内面に堆積して膜中に含まれることとなる。一方、出力が高められるほど、有機基はCO
2まで分解していくこととなる。従って、出力を高めることにより、膜中のC含量は少なく、酸化度の高い有機金属が形成されるが、酸化度の高い膜は、親水性が高く、前述した水接触角が小さくなってしまう。このため、低出力で成膜することにより、膜中のC含量を多くし、有機度を高めることにより、オリーブオイル接触角や水接触角を前述した範囲に調整することができる。
【0031】
例えば、有機ケイ素化合物を用いて得られる有機ケイ素膜においては、ケイ素原子、酸素原子及び炭素原子の合計量当りの炭素原子濃度が45元素%以上、好ましくは50〜75元素%となるように成膜することにより、オリーブオイル接触角や水接触角を前述した範囲に調整することができる。
尚、このような炭素原子を多く含む有機ケイ素膜は、可撓性に富んでおり、特に容器内面の親水性基材に対して高い密着性を示すという点でも有利である。
【0032】
また、親油性表面層として機能する蒸着膜の厚みは、成膜時間によって容易にコントロールすることができる。
【0033】
さらに、シランカップリング剤の表面処理層は、例えばシランカップリング剤の有機溶媒溶液(例えばエタノール、トルエンやキシレン)をコーティング液として使用し、該コーティング液に容器内面を浸漬し、これを容器が変形しない程度の温度に加熱して有機溶媒を除去することにより、容器の内面に形成することができる。
また、シランカップリング剤の有機溶媒溶液中に浸漬することで、表面処理層を形成することも可能である。
いずれの場合においても、表面処理層は単分子膜状に形成してもよいし、凝集体状に形成させても良い。
【0034】
このようなシランカップリング剤としては、例えば、下記式(1);
SiR
1n(OR
2)
4−n (1)
式中、R
1及びR
2は、それぞれ、メチル基、エチル基、イソプロピル基等のアルキ
ル基であり、エポキシ基等の置換基を有していてもよく、
nは、1〜3の数である、
で表されるシラン化合物を例示することができる。
【0035】
即ち、式(1)のシラン化合物は、官能基としてアルコキシシリル基とを有しており、加水分解によりシラノール基(SiOH基)を生成し、縮合反応を経て親水性基材の表面に化学的に結合し、同時に、シロキサン構造を形成して成長することにより、膜状の表面層を形成する。例えば、Si原子に結合しているのがアルコキシシリル基のみである場合(n=0)には、親水性が高く、水中でのオリーブオイル接触角や大気中での水接触角を前述した範囲内とすることができないが、上記のシラン化合物では、基R
1が存在しているため、親油性が付与され、オリーブオイル接触角や水接触角が前述した範囲内にある親油性表面層を形成することができる。
【0036】
このようなシラン化合物の具体例としては、親油性表面層におけるオリーブオイル接触角(大気中、水中)や水接触角が前述した範囲内にある限り、これに限定されるものではないが、メチルトリメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、トリメチルメトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、ジエチルジエトキシシラン、トリエチルエトキシシラン、メチルトリエトキシシシラン、ジメチルジエトキシシラン、トリメチルトリエトキシシラン、n−プロピルトリメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、ジエトキシメチルオクタデシルシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシランなどを単独ないし混合して使用することができる。
【0037】
<容器の層構造及び形態>
本発明の容器は、その内面が前述した親水性基材により形成され且つその上に前述した親油性表面層が形成されている限り、種々の形態を採ることができる。例えば、親水性基材による単層構造の容器本体とし、この内面に、親油性表面層を形成することができる。また、樹脂製の容器の場合においては、容器本体の内外面を親水性基材の内面層とし、中間層としてエチレン−ビニルアルコール共重合体等からなるガスバリア層を設けた多層構造とすることもできるし、容器を形成する際に生じるスクラップを含むリグラインド層を中間層として設けることもできるし、さらに、多層構造とする場合には、各層との接着性を高めるために、公知の接着剤樹脂層を適宜設けることもできる。
【0038】
また、容器の形態は特に制限されず、カップ乃至コップ状、ボトル状、袋状(パウチ)、シリンジ状、ツボ状、トレイ状等、容器材質に応じた形態を有していてよく、延伸成形されていてもよい。
このような容器は、前述した各層を含む層構造の前成形体をそれ自体公知の方法により成形し、これを、ヒートシールによるフィルムの貼り付け、プラグアシスト成形等の真空成形、ブロー成形などの後加工に付して容器の形態とすることができる。一般的には、容器の形態とした後に、前述した親油性表面層を形成するが、フィルムの貼り付けにより袋状容器とする場合には、フィルムに親油性表面層を形成し、これを貼り付けて袋とする。
【0039】
上記のようにして得られる本発明の容器では、油性液体を、容器の形態に応じて、スプレー噴霧、浸漬等の手段で内面の親油性表面層の表面に施すことにより、油膜を内面に備え、水や水を含む水性内容物が収容された包装容器として使用に供される。
即ち、本発明では、容器内面の親水性基材の上に形成されている親油性表面層上に油膜が設けられるため、上記のように水性の内容物が充填された場合にも、油膜の形態が安定に維持され、該油膜による水性内容物に対する優れた滑り性が長期間にわたって安定に発揮される。
【0040】
油膜を形成する油性液体の種類は、容器に収容される水性内容物の種類に応じて高い滑り性が発現するように、適宜のものが選択される。例えば、大気圧下での蒸気圧が小さい不揮発性の液体(例えば沸点が200℃以上)であることを条件として、フッ素系界面活性剤、シリコーンオイル、脂肪酸トリグリセライド、各種の植物油などが代表的である。植物油としては、大豆油、菜種油、オリーブオイル、米油、コーン油、べに花油、ごま油、パーム油、ひまし油、アボガド油、ココナッツ油、アーモンド油、クルミ油、はしばみ油、サラダ油などが挙げられる。
【0041】
このような油性液体から形成される油膜は、目的とする表面特性や液体の種類によっても異なるが、一般に、液量が0.2乃至50g/m
2、好ましくは0.2乃至30g/m
2、さらに好ましくは0.5至30g/m
2、格段に好ましくは0.5乃至10g/m
2の範囲となるように形成される。即ち、液量が少ないと、十分な表面特性を付与することができず、一方、液量が過度に多いと、液の脱落などを生じ易くなり、液量の変動が大きくなり、安定した表面特性を確保することができなくなるおそれがあるからである。
【0042】
また、本発明においては、このような液層5は、油膜による表面特性を安定に且つムラなく付与するために、下記式(2):
F=(cosθ−cosθ
B)/(cosθ
A−cosθ
B) (2)
式中、
θは、親油性表面層が形成されている容器の内面について大気圧中で測定された水
接触角であり、
θ
Aは、油膜を形成する油性液体について、大気圧中で測定された水接触角であり
、
θ
Bは、油膜を支持する親油性液体について、大気圧中で測定された水接触角であ
る、
で算出される液層の被覆率Fが0.5以上、好ましくは0.6以上となるように形成されるべきである。即ち、容器の内表面での水接触角θと油膜上での水の接触角θ
Aが同じである場合には、被覆率Fは1.0であり、容器の内面(親油性表面層)の全体が油膜で覆われていることになる。
例えば、被覆率Fが上記範囲よりも小さいと、液量が多量にあっても、表面に油性液体が点在するような形態で油膜が形成され、十分な表面特性を発揮することが困難となってしまう。
【0043】
尚、本発明においては、基本的には必要とはしないが、油膜の液量を多量にさせたい場合に限り、油膜の脱落を効果的に防止し、油膜をより安定に保持するために、親油性表面層の表面を、油性液体が有効に浸透しうるような適度な凹凸面とすることもできる。即ち、油性液体が効果的に浸透し得る凹凸面は、油性液体の接触角θが90度未満であり、毛管現象が重力に比して支配的となる面である。
【0044】
毛管現象が支配的である範囲は毛管長(τ
−1)と呼ばれ、下記式で表される。
τ
−1=(γa/ρg)
1/2
式中、γaは、油性液体と気体(空気)との間の界面張力であり、
ρは油性液体の密度であり、
gは重力加速度である。
即ち、毛管長(τ
−1)以下の範囲内においては重力に比べ、毛管現象(毛管力)が支配的となる。この毛管長は、上記式から理解されるように、親油性表面層の材質にかかわらず、液によって一定であり、従って、液浸透性の凹凸面とするためには、凹部の内径を毛管長(τ
−1)以下に設定すればよい。この毛管長は、油膜を形成する油性液体の種類によって異なるが、多くの油性液体で1mmを超える範囲にあるので、1mm以下の内径を有する凹部を親水性表面層の表面全体にわたって分布しておけばよい。この場合、凹部の深さやピッチ及び凹部の密度(単位面積当りの凹部の数)などは、油性液体の種類によっても異なるが、通常、油膜を形成している油性液体の量が0.2乃至50g/m
2、好ましくは0.2乃至30g/m
2、さらに好ましくは0.5至30g/m
2、格段に好ましくは5乃至20g/m
2の範囲に維持されるように設定しておけばよい。
【0045】
上記のような凹凸面を形成する手段としては、例えば、親油性表面層の下地となっている親水性基材の容器内面に、微粒子(金属酸化物微粒子やポリマー微粒子)や多孔質体、結晶性添加剤などをコートして凹凸面を形成することもできるし、このような剤を、容器内面を形成する樹脂やガラスに練り込み等により混合して親水性基材を内面とする容器を成形することや、特に、ガラスの場合においては、フッ酸やフルオロカーボンガスによるエッチング処理により凹凸面を形成することができる。即ち、親油性表面層はかなりの薄膜であるため、このような親水性基材の容器内面の凹凸が親油性表面層5の表面に反映されることとなる。
【0046】
このようにして油膜が内面に形成されている本発明の容器では、長期間にわたって油膜による表面特性を安定に発揮させることが可能となり、後述する各種の粘稠な水性内容物に対する滑り性が長期間にわたって維持され、このような内容物を速やかに排出することができる。
【0047】
上述した本発明の容器は、油膜による表面特性を十分に発揮させることができるため、特に、粘度(25℃)が100mPa・s以上の粘稠な内容物、例えば、ケチャップ、水性糊、蜂蜜、各種ソース類、マヨネーズ、マスタード、ドレッシング、ジャム、チョコレートシロップ、乳液等の化粧液、液体洗剤、シャンプー、リンス等の粘稠な内容物が充填された容器として最も好適である。
【実施例】
【0048】
本発明を次の実験例にて説明する。
尚、以下の実験例等で行った各種の特性、物性等の測定方法は次の通りである。
【0049】
1.接触角測定
後述の方法で作製した親油性表面層上での接触角を固液界面解析システムDropMaster700(協和界面科学(株)製)を用いて測定した。接触角としては、大気中における親油性表面層上での水接触角(純水、3μL)、大気中でのオリーブオイル接触角(和光純薬工業(株)製、2μL)、水中でのオリーブオイル接触角(1.5μL)の3つの値を測定した。
【0050】
2.親油性表面層の表面形状測定
後述の方法で作製した親油性表面層表面の形状を原子間力顕微鏡(NanoScopeIII、Digital Instruments社製)により測定した。測定条件を下記に示す。
カンチレバー:共振周波数f
0=363〜392kHz、
バネ定数k=20〜80N/m
測定モード:タッピングモード
Scanrate:1Hz
スキャン範囲:5μmx5μm
スキャンライン数:256
得られた3次元形状のデータから、前記原子間力顕微鏡に付属のソフトウェア(Nanoscope:version5.30r2)を用いて、スキャン範囲(25μm
2)における二乗平均面粗さRMSを求めた。二乗平均面粗さRMSは下記式(3)で与えられる。
【数1】
式中、nはデータポイント数であり、
Z(i)は各データポイントのZの値であり、
Z
aveは全Z値の平均値である。
【0051】
3.親油性表面層の厚み測定
後述の方法で作製した親油性表面層の厚みを、X線光電子分光システム(K−Alpha、サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)製)を用いて測定した。測定条件を下記に示す。
アルゴンモノマーイオン銃出力:2KV high
ラスターサイズ:オート
測定元素:Si、O、C
測定範囲:φ400μm
親油性表面層をアルゴンモノマー銃でスパッタした後の面についてXPS測定を行い、Cの組成比が1mol%未満になった時点をガラス基板と親油性表面層との界面と見なし、親油性表面層の厚みを求めた。
【0052】
4.親油性表面層上での油膜形成性試験
後述の方法で作製した親油性表面層を形成させたガラス基板を、中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)中にディップコートし、室温で24時間静置した。24時間静置後、親油性表面層上に中鎖脂肪酸トリグリセライドの油膜が形成されていたものを○、油膜がはじかれて消失していたものを×と評価した。
【0053】
5.水中での油膜の安定性試験
後述の方法で作製した親油性表面層を形成させたガラス基板を、中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)中にディップコートし、室温で24時間静置した。その後、液膜が被覆されたこのガラス基板を純水中に浸漬した。純水中への浸漬後も油膜がガラス基板表面に安定に存在していたものを○、ガラス基板表面から剥離したものを×と評価した。
【0054】
6.油膜塗布量の測定
上述の親油性表面層上での油膜形成性試験前後でのガラス基板の重量の変化を読み取り、ガラス基板の表面積で除した値から油膜塗布量(g/m
2)を求めた。この値が小さい程、薄い油膜が形成されていることを示している。
【0055】
7.流動性内容物の滑落速度測定
後述の方法で作製した各種ガラス基板を用い、23℃50%RHの条件下、固液界面解析システムDropMaster700(協和界面化学(株)製)を用い、評価面が上になるように固定し、70mgの流動性内容物を試験片にのせ、45°の傾斜角における滑落挙動をカメラで撮影し、滑落挙動を解析し、移動距離−時間のプロットから滑落速度を算出した。この滑落速度を滑落性の指標とした。前記滑落速度の値が大きい程、流動性内容物の滑落性が優れている。用いた流動性内容物は下記の通りである。なお、流動性内容物の粘度として、音叉型振動式粘度計SV−10((株)エー・アンド・デイ製)を用いて25℃で測定した値も共に示す。
用いた流動性内容物;
お好みソース(オタフクソース(株)製、粘度=560mPa・s)
【0056】
<ガラス基板>
スライドグラス(S2441、松浪硝子工業(株)製)
【0057】
<油膜形成用液体>
中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)
表面張力:28.8mN/m(23℃)
粘度:33.8mPa・s(23℃)
沸点:210℃以上
引火点:242℃(参考値)
尚、液体の表面張力は固液界面解析システムDropMaster700(協和界面科学(株)製)を用いて23℃にて測定した値を用いた。なお、液体の表面張力測定に必要な液体の密度は、密度比重計DA−130(京都電子工業(株)製)を用いて23℃で測定した値を用いた。また、潤滑液の粘度は音叉型振動式粘度計SV−10((株)エー・アンド・デイ製)を用いて23℃にて測定した値を示した。
【0058】
<実施例1>
容量125mLのフッ素加工広口試薬瓶(HDPE製)に、0.62gのフェニルトリメトキシシラン(Ph−TMS、信越化学工業(株)製)、125mLのキシレン(特級、和光純薬工業(株))を入れ、充分に攪拌した。攪拌後、スライドグラスを入れ、72h静置し、スライドグラス表面上に親油性表面層を形成した。72h静置の後、スライドグラスを取り出し、キシレン(特級、和光純薬工業(株)製)、アセトン(特級、和光純薬工業(株)製)、純水の順で表面を充分に洗浄し、大気中で乾燥させた。乾燥後、上述の接触角測定、親油性表面層の表面形状測定、親油性表面層の厚み測定、親油性表面層上での油膜形成性試験、水中での油膜の安定性試験を行った。結果をまとめて表2に示す。
【0059】
さらに、油膜塗布量の測定、流動性内容物の滑落速度測定を行った。結果をまとめて表3に示す。
【0060】
<実施例2>
フェニルトリメトキシシラン(0.62g)を0.56gのメチルトリメトキシシラン(Me−TMS、信越化学工業(株)製)に変更した以外は実施例1と同様にスライドグラス表面上に親油性表面層を形成し、各種測定を行った。結果をまとめて、表2および表3に示す。
【0061】
<実施例3>
フェニルトリメトキシシラン(0.62g)を0.51gのn−プロピルトリメトキシシラン(Pr−TMS、信越化学工業(株)製)に変更し、96hの静置時間と変更した以外は実施例1と同様にスライドグラス表面上に親油性表面層を形成し、各種測定を行った。結果をまとめて、表2および表3に示す。
【0062】
<比較例1>
スライドグラス表面に親油性表面層を形成せず、上述の接触角測定、表面形状測定、油膜形成性試験、水中での油膜の安定性試験を行った。結果をまとめて表2に示す。さらに、油膜塗布量の測定、流動性内容物の滑落速度測定を行った。結果をまとめて表3に示す。
【0063】
<比較例2>
n−プロピルトリメトキシシラン(0.51g)を0.78gのヘキシルトリエトキシシラン(He−TES、信越化学工業(株)製)に変更した以外は実施例3と同様にスライドグラス表面上に親油性表面層を形成し、各種測定を行った。結果をまとめて、表2に示す。この表面層上では大気中において安定的に油膜が形成することができなかった。
【0064】
<比較例3>
ヘキシルトリエトキシシラン(0.78g)を0.86gのオクチルトリエトキシシラン(Oc−TES、信越化学工業(株)製)と変更した以外は比較例2と同様にスライドグラス表面上に親油性表面層を形成し、各種測定を行った。結果をまとめて、表2に示す。この表面層上では大気中において安定的に油膜が形成することができなかった。
【0065】
<比較例4>
ヘキシルトリエトキシシラン(0.78g)を0.82gのデシルトリメトキシシラン(De−TMS、信越化学工業(株)製)と変更した以外は比較例2と同様にスライドグラス表面上に親油性表面層を形成し、各種測定を行った。結果をまとめて、表2に示す。この表面層上では大気中において安定的に油膜が形成することができなかった。
【0066】
<比較例5>
フェニルトリメトキシシラン(0.62g)を1.30gのオクタデシルトリエトキシシラン(OD−TES、信越化学工業(株)製)に変更し、168hの静置時間に変更した以外は実施例1と同様にスライドグラス表面上に親油性表面層を形成し、各種測定を行った。結果をまとめて、表2に示す。この表面層上では大気中において安定的に油膜が形成することができなかった。
【0067】
<参考例1>
実施例1の手順でスライドグラス上に親油性表面層を作製し、油膜を形成せずに流動性内容物の滑落速度測定を行った。結果を表3に示す。
【0068】
<参考例2>
実施例2の手順でスライドグラス上に親油性表面層を作製し、油膜を形成せずに流動性内容物の滑落速度測定を行った。結果を表3に示す。
【0069】
<参考例3>
スライドグラス表面に親油性表面層を形成せず、油膜を形成せずに流動性内容物の滑落速度測定を行った。結果を表3に示す。
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
表2の親油性表面層上での油膜形成性試験の結果から、実施例1から3および比較例1ではガラス基板上に安定的に油膜を形成できることが分かる。一方、比較例2から5では、大気中において、油膜を安定的に形成できないことが分かる。この結果から、大気中において、油膜を安定的に形成させるためには、大気中でのオリーブオイル接触角が少なくとも40度以下であることが必要であることが理解できる。
さらに、水中での油膜の安定性試験の結果から、大気中で油膜が形成できた実施例1から3および比較例1において、親油性表面層を形成した実施例1から3では、水中でも油膜が安定に存在できたのに対し、親油性表面層を形成していない比較例1では油膜が表面から剥離し、安定に存在できないことが分かる。この結果から、水中での油膜の安定性は、水中でのオリーブオイル接触角と相関があり、水中でのオリーブオイル接触角が40度以下とすることにより、水中でも油膜を安定に維持させることが可能になると解釈できる。
【0073】
次に、表3の流動性内容物の滑落速度測定結果から、ガラス基板表面に親油性表面層を形成し、大気中及び水中で油膜が安定的に維持されていた実施例1から3においては、水性の流動性内容物であるお好みソースの滑落速度が10mm/min以上と非常に優れているのに対し、水中で油膜が安定的に維持されていない比較例1ではその滑落速度が1.6mm/minと低くなり、油膜の性質が発揮できていないことが分かる。この結果から、水性内容物であるお好みソースの滑落性を向上させるためには、ガラス基板表面に油膜を安定的に維持させるための親油性表面層を形成させることが必要であることが分かる。
また、油膜を形成させていない参考例1から3においては、お好みソースの滑落速度は0.8から1.7mm/minの範囲であり、油膜を形成させない場合では、高い滑落性は発現しないことが理解できる。
【0074】
以上の結果から、ガラスに代表される高親水性表面上に油膜を安定的に形成し、かつ、油膜による高い滑落性を安定的に発現させるためには、親油性表面層を形成させることが極めて重要であり、この親油性表面層の表面特性として、水中でのオリーブオイル接触角を40度以下とすることが必要不可欠であることが分かる。さらに、油膜を大気中で形成させる場合には、大気中でのオリーブオイル接触角を40度以下にすることが必要であることも理解できる。