(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、自動車構造用部材の強度および寸法精度の向上のために、ホットスタンプ鋼板の需要が高まっている。ホットスタンプ(以下、HSともいう。)加工では、鋼板を加熱して軟質化させた状態で金型によってプレス成形を行う。また、HS加工では、プレス成形時に、金型との接触によって鋼板が冷却される。このようにして、HS加工によれば、プレス成形と同時に焼入れを行うことができる。なお、以下においては、ホットスタンプによって成形された鋼板をHS鋼板といい、ホットスタンプ用の鋼板をHS用鋼板という。
【0003】
HS加工を輻射炉で行う場合には、鋼板を十分な温度まで加熱するための時間が必要となる。このため、生産性を向上するためには、加熱工程の時間短縮が課題となる。そこで、従来、鋼板を急速に加熱する技術(たとえば、直接通電加熱)の適用が検討されている。
【0004】
ところで、熱処理用鋼板は、一般に、Cを0.05質量%以上含有しており、常温ではフェライトおよび炭化物(主にパーライト)の混相組織を有する。このような熱処理用鋼板をHS用鋼板として用いる場合には、プレス成形時に焼入れされにくい(冷却されにくい)部位の強度および靱性を確保するために、熱処理時に炭化物を十分に溶解させる必要がある。しかしながら、従来の熱処理用鋼板を急速加熱する場合には、炭化物を十分に溶解させることが難しい。そこで、従来、急速加熱に適しかつHS鋼板として優れた機械的性質を確保できるHS用鋼板の検討が行われてきた。
【0005】
たとえば、特許文献1および2に記載の技術では、特定の化学組成の鋼板を冷間圧延した後にオーステナイト域まで加熱し、炭化物を一旦溶解させる。その後、鋼板を一定速度以上で冷却し、ベイナイト生成温度で一定時間保持する。これにより、鋼板中の炭化物の球状化率および数密度、ならびに炭化物に占める一定粒径以上の粗大炭化物の個数比率を規定範囲内にすることができる。このため、特許文献1および2の技術(以下、炭化物微細化技術という。)によって製造されたHS用鋼板によれば、HS加工の加熱時(以下、HS加熱時という。)に炭化物の溶解を促進させることができる。その結果、HS用鋼板の焼入性を安定させることができ、かつHS鋼板において優れた機械的性質を確保できる。
【0006】
ところで、HS加熱時の耐スケール性および防錆性向上を目的として、HS用鋼板に合金化溶融亜鉛めっきが施される場合がある。合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、通常、ゼンジミア法と呼ばれる方法で製造される。ゼンジミア法では、冷間圧延ままの鋼板の表面を、還元性の連続焼鈍炉において活性化させた後、Alを含有する溶融亜鉛めっき浴を用いて、付着量を調整しつつ亜鉛めっきを付着させる。より具体的には、主に、二相域またはオーステナイト域まで鋼板を加熱した後に降温させ、溶融亜鉛めっき処理の直前では、鋼板の温度を亜鉛の融点に近い450℃近傍の温度に調整する。その後、めっき処理および合金化処理を順に施す。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、炭化物微細化技術を利用して製造されたHS用鋼板に、ゼンジミア法によって合金化溶融亜鉛めっき処理を施す際には、下記のような問題が生じる。すなわち、従来のゼンミジア法では、合金化処理温度が高いため、熱間圧延および冷間圧延によって得られた炭化物の微細化組織を維持できず、優れた焼入性を確保することが困難である。したがって、従来のゼンジミア法では、優れた焼入性を有するHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造することは困難であった。
【0009】
本発明は、このような問題を解決するためになされたものであり、優れた焼入性を有するHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法、および優れた機械的特性を有するHS鋼材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、炭化物の微細化を可能にするHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法に関して鋭意研究を行った。その結果、以下の知見を得た。
【0011】
従来のゼンジミア法を利用した連続合金化溶融亜鉛めっき法では、十分な冷却速度を確保することが困難であり、炭化物の微細化が困難である。炭化物を微細化するためには、連続焼鈍処理において鋼板の冷却速度を十分に確保する必要がある。また、未変態のオーステナイトをベイナイト化するために鋼板を400℃近傍で保持する必要がある。その後、鋼板を一旦100℃以下まで冷却し、またはそのままの状態で、焼入性に優れた組織を形成した後、再度昇温させて(鋼板を冷却していない場合にはそのまま)、合金化溶融亜鉛めっきを行う。これにより、炭化物を微細化させることができる。
【0012】
合金化溶融亜鉛めっき処理においては下記の点について留意する必要があることを見出した。すなわち、HS加工時の焼入性の低下を防止するために、連続焼鈍処理で得た炭化物の微細化組織の変化を抑制する必要がある。そのためには、合金化温度は必要な範囲内でできるだけ低くし、上記合金化温度での鋼板の保持時間もできるだけ短くすることが好ましい。
【0013】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、下記に示すホットスタンプ用合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法およびホットスタンプ鋼板を要旨とする。
【0014】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.05〜0.35%、
Si:0.5%以下、
Mn:0.5〜2.5%、
sol.Al:0.1%以下、
B:0〜0.005%、
Ti:0〜0.1%、
Cr:0〜0.5%、
Nb:0〜0.1%、
Ni:0〜1.0%、
Mo:0〜0.5%、
残部:Feおよび不純物であり、
不純物としてのP、SおよびNがそれぞれ、
P:0.03%以下、
S:0.01%以下、
N:0.01%以下であり、
かつ炭化物を含む鋼材に、
熱間圧延処理および冷間圧延処理を施した後に連続焼鈍処理および合金化溶融亜鉛めっき処理を順に施し、
前記連続焼鈍処理が、
鋼材を700〜900℃の第1温度域まで10℃/s以上の平均昇温速度で昇温させた後、前記第1温度域で1〜300s保持する工程、および
前記第1温度域で保持した鋼材を、450〜650℃の範囲内の所定の第2温度域での平均冷却速度が20℃/s以上となるように冷却した後、250〜550℃の第3温度域で60〜1800s保持する工程を備え、
前記合金化溶融亜鉛めっき処理が、
前記連続焼鈍処理後の鋼材に400〜500℃の第4温度域で溶融亜鉛めっき処理を施す工程、および
前記溶融亜鉛めっき処理後の鋼材を450〜550℃の第5温度域で10〜60s保持した後、室温まで冷却する工程を備える、ホットスタンプ用合金化溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【0015】
(2)前記連続焼鈍処理が、前記第3温度域で保持した鋼材を室温まで冷却する工程をさらに備え、
前記合金化溶融亜鉛めっき処理が、前記溶融亜鉛めっき処理前の鋼材を室温から前記第4温度域まで20℃/s以上の平均昇温速度で昇温させる工程をさらに備える、上記(1)のホットスタンプ用合金化溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【0016】
(3)化学組成が、質量%で、
C:0.05〜0.35%、
Si:0.5%以下、
Mn:0.5〜2.5%、
sol.Al:0.1%以下、
B:0〜0.005%、
Ti:0〜0.1%、
Cr:0〜0.5%、
Nb:0〜0.1%、
Ni:0〜1.0%、
Mo:0〜0.5%、
残部:Feおよび不純物であり、
不純物としてのP、SおよびNがそれぞれ、
P:0.03%以下、
S:0.01%以下、
N:0.01%以下であり、
かつ炭化物を含む鋼材に、
熱間圧延処理および冷間圧延処理を施した後に連続焼鈍処理、ニッケルめっき処理および合金化溶融亜鉛めっき処理を順に施し、
前記連続焼鈍処理が、
鋼材を700〜900℃の第1温度域まで10℃/s以上の平均昇温速度で昇温させた後、前記第1温度域で1〜300s保持する工程、
前記第1温度域で保持した鋼材を、450〜650℃の範囲内の所定の第2温度域での平均冷却速度が20℃/s以上となるように冷却した後、250〜550℃の第3温度域で60〜1800s保持する工程、および
前記第3温度域で保持した鋼材を室温まで冷却する工程を備え、
前記合金化溶融亜鉛めっき処理が、
前記ニッケルめっき処理後の鋼材を室温から400〜500℃の第4温度域まで20℃/s以上の平均昇温速度で昇温させた後、溶融亜鉛めっき処理を行う工程、および
前記溶融亜鉛めっき処理後の鋼材を450〜550℃の第5温度域で5〜60s保持した後、室温まで冷却する工程を備える、ホットスタンプ用合金化溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【0017】
(4)前記化学組成が、質量%で、
B:0.0001〜0.005%、
Ti:0.01〜0.1%、
Cr:0.1〜0.5%、
Nb:0.03〜0.1%、
Ni:0.1〜1.0%、および
Mo:0.03〜0.5%から選択される1種以上を含有する、上記(1)または(2)のホットスタンプ用合金化溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【0018】
(5)前記化学組成が、質量%で、
B:0.0001〜0.005%、
Ti:0.01〜0.1%、
Cr:0.1〜0.5%、
Nb:0.03〜0.1%、
Ni:0.1〜1.0%、および
Mo:0.03〜0.5%から選択される1種以上を含有する、上記(3)のホットスタンプ用合金化溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【0019】
(6)前記第2温度域は、少なくとも550〜600℃の温度域を含む、上記(1)から(5)までのいずれかのホットスタンプ用合金化溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【0020】
(7)上記(1)から(6)までのいずれかの製造方法によって製造されたホットスタンプ用合金化溶融亜鉛めっき鋼材にホットスタンプ加工を施すことによって製造された、ホットスタンプ鋼材。
【発明の効果】
【0021】
本発明によって得られるHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼材は、低温かつ短時間の加熱でも十分に焼入れできる。したがって、本発明によって得られるHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼材を用いれば、高周波加熱および通電加熱等のような短時間の加熱後に焼入れを行うHS加工であっても、高強度かつ高靱性の成形品(HS鋼材)を製造することが可能となる。すなわち、優れた機械的特性を有するHS鋼材を得ることができる。また、本発明によって得られるHS用鋼材およびHS鋼材は亜鉛めっきを有するので、優れた耐食性を有する。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明について詳しく説明する。なお、下記の化学組成の説明において、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0023】
1.化学組成
本発明において、鋼材(熱間圧延処理が施される鋼材)の化学組成は次の通りである。
【0024】
C:0.05〜0.35%
Cは、焼入後の鋼材の強度を決定する重要な元素である。C含有量が0.05%未満では、焼入後において十分な強度が得られない。したがって、C含有量は0.05%以上とする。C含有量は0.1%以上であることが好ましく、0.15%以上であることがより好ましい。一方、C含有量が0.35%を超えると、焼入後の鋼材において、靱性および耐遅れ破壊性の劣化が著しくなる。また、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、HS加工前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。したがって、C含有量は0.35%以下とする。C含有量は0.33%以下であることが好ましく、0.30%以下であることがより好ましい。
【0025】
Si:0.5%以下
Siは、一般に不純物として含有されるが、鋼材の焼入性を高める作用を有するので、積極的に含有させてもよい。しかし、Si含有量が0.5%を超えると、A
c3点の上昇が著しくなり、焼入れ時の加熱温度を低くすることが困難となる。また、溶融亜鉛めっきを施す際のめっきの濡れ性が劣化し、鋼材の表面品位の低下が著しくなる。したがって、Si含有量は0.5%以下とする。Si含有量は、0.3%以下であることが好ましい。上記作用による効果をより確実に得るには、Si含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
【0026】
Mn:0.5〜2.5%
Mnは、A
c3点を低下させて鋼材の焼入性を高める作用を有する。しかし、Mn含有量が0.5%未満では、上記作用による効果を得ることが困難である。したがって、Mn含有量は0.5%以上とする。Mn含有量は、1.0%以上であることが好ましい。一方、Mn含有量が2.5%を超えると、焼入れ前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、HS加工前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。また、Mnの偏析に起因したバンド状組織を生じやすくなり、鋼材の靭性の劣化が著しくなる。したがって、Mn含有量は2.5%以下とする。Mn含有量は、2.0%以下であることが好ましい。
【0027】
sol.Al:0.1%以下
Alは、一般に不純物として含有されるが、脱酸により鋼材を健全化する作用を有するので、積極的に含有させてもよい。しかし、sol.Al含有量が0.1%を超えると、A
c3点の上昇が著しくなり、焼入れ時の加熱温度を低くすることが困難となる。したがって、sol.Al含有量は0.1%以下とする。sol.Al含有量は、0.05%以下であることが好ましい。上記作用による効果をより確実に得るには、sol.Al含有量を0.005%以上とすることが好ましい。
【0028】
本発明に用いられる鋼材には、上記の成分のほか、必要に応じて下記に示すB、Ti、Cr、Nb、NiおよびMoのうちから選んだ1種以上を含有させることができる。これらの元素は、鋼材の靭性および焼入性を高める作用を有する。
【0029】
B:0〜0.005%
B含有量が0.005%を超えると、上記の作用による効果が飽和して経済性が低下する。したがって、含有させる場合のB含有量は0.005%以下とする。上記効果をより確実に得るには、B含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。
【0030】
Ti:0〜0.1%
Ti含有量が0.1%を超えると、Tiが鋼中のCと結合してTiCを多量に形成する。この場合、焼入れによって鋼材の強度向上に寄与するCを減少させてしまい、焼入後の鋼材において高い強度が得られないことがある。したがって、含有させる場合のTi含有量は0.1%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、Ti含有量は0.01%以上とすることが好ましい。
【0031】
なお、Tiは、鋼中の固溶Nと結合してTiNを形成することにより、鋼中の固溶Nの量を減じて、焼入前の鋼材の成形性を向上させる作用を有する。また、TiはBよりも優先的に鋼中の固溶Nと結合するため、BNの形成による固溶Bの量の低下を抑制する。すなわち、Tiは、上述したBの作用をより確実に発揮させる作用を有する。したがって、TiとBとを複合して含有させることが好ましい。
【0032】
Cr:0〜0.5%
Cr含有量が0.5%を超えると、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、HS加工前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。したがって、含有させる場合のCr含有量は0.5%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、Cr含有量は0.1%以上とすることが好ましい。
【0033】
Nb:0〜0.1%
Nb含有量が0.1%を超えると、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、HS加工前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。したがって、含有させる場合のNb含有量は0.1%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、Nb含有量は0.03%以上とすることが好ましい。
【0034】
Ni:0〜1.0%
Ni含有量が1.0%を超えると、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、HS加工前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。したがって、含有させる場合のNi含有量は1.0%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、Ni含有量は0.1%以上とすることが好ましい。
【0035】
Mo:0〜0.5%
Mo含有量が0.5%を超えると、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、HS加工前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。したがって、Mo含有量は0.5%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、Mo含有量は0.03%以上とすることが好ましい。
【0036】
本発明に係る鋼材は、上記の元素を含有し、残部はFeおよび不純物からなる。「不純物」とは、鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料その他の要因により混入する成分を意味する。不純物のうち、P、SおよびNについては、その含有量を厳密に制限する必要がある。
【0037】
P:0.03%以下
Pは、焼入前の鋼材の加工性を劣化させ、焼入後の鋼材の靱性を劣化させる作用を有する。したがって、P含有量は少ないほど好ましく、本発明ではP含有量を0.03%以下とする。P含有量は、0.015%以下であることがより好ましい。
【0038】
S:0.01%以下
Sは、焼入前の鋼材の加工性を劣化させ、焼入後の鋼材の靱性を劣化させる作用を有する。したがって、S含有量は少ないほど好ましく、本発明ではS含有量を0.01%以下とする。S含有量は、0.005%以下であることがより好ましい。
【0039】
N:0.01%以下
Nは、焼入前の鋼材の成形性を劣化させる作用を有する。したがって、N含有量は少ないほど好ましく、本発明ではN含有量を0.01%以下とする。N含有量は、0.005%以下であることがより好ましい。
【0040】
2.ミクロ組織および炭化物
本発明に係る鋼材のミクロ組織は、炭化物およびフェライトを含む。本発明において「炭化物」には、セメンタイトに加え、M
23C
6(Mは、Cr等の金属を意味する。)等の金属元素比率が高い炭化物および炭窒化物が含まれる。鋼材のミクロ組織において、炭化物以外の部分は、焼入前の鋼材の加工性の観点から実質的にフェライトであることが好ましい。なお、パーライト、ベイナイトおよび焼戻しマルテンサイトは、炭化物とフェライトとからなる組織である。したがって、炭化物およびフェライトを有する本発明の鋼材のミクロ組織には、パーライト、ベイナイトおよび焼戻しマルテンサイトのうちの何れかが含まれる場合がある。また、本発明の鋼材のミクロ組織には、上記化学組成とすることによって不可避的に形成されるMnSやTiN等の介在物が含まれる。
【0041】
3.HS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造条件
本発明では、上述の化学組成を有する鋼材に、熱間圧延処理、冷間圧延処理、連続焼鈍処理および合金化溶融亜鉛めっき処理をこの順で施す。熱間圧延処理および冷間圧延処理は、常法に従って行えばよい。具体的には、本発明では、たとえば、高張力熱延鋼板を製造する場合のような特殊な製法を用いるのではなく、冷間圧延処理時の負荷を増大させないように、熱間圧延処理では焼きを過度に入れなくてもよい。上記のように、通常の方法で熱間圧延処理および冷間圧延処理を行うことができるので、以下においては、連続焼鈍処理および合金化溶融亜鉛めっき処理について詳細に説明する。なお、以下においては、本発明によって得られるHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼材がHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板である場合を例に挙げて、連続焼鈍処理および合金化溶融亜鉛めっき処理の説明を行う。また、以下の説明において、昇温速度とは平均昇温速度のことであり、冷却速度とは平均冷却速度のことである。
【0042】
(a)連続焼鈍処理
熱間圧延および冷間圧延を経て得られた鋼材(以下、冷延鋼板ともいう。)を、たとえば、連続焼鈍ラインにおいて焼鈍する。焼鈍雰囲気は、非酸化性雰囲気(たとえば、98vol%N
2+2vol%H
2)とすることが好ましい。
【0043】
連続焼鈍ラインでは、まず、冷延鋼板を700〜900℃の第1温度域まで10℃/s以上の昇温速度で昇温させる(加熱工程)。なお、本発明では、たとえば、鋼板の表面温度を鋼板の温度とする。
【0044】
加熱工程において鋼板の到達温度が700℃未満の場合には、再結晶が十分に進行せず、鋼板強度が高くなりやすいという問題が生じる。また、炭化物の微細化のためには、冷延鋼板を一旦オーステナイト域まで昇温させ、炭素をオーステナイト中に十分に固溶させる必要がある。これにより、析出時に炭化物の粒径を制御でき、炭化物を微細化するための準備を整えることができる。しかし、鋼板の到達温度が700℃未満の場合には、フェライトからオーステナイトへの変態が不十分となるため、炭化物の固溶が不十分となる。一方、加熱工程において鋼板の温度が900℃を超える場合には、オーステナイト単相化に起因して、鋼板の冷却中に低温変態相が生成しやすい。これにより、鋼板強度が高くなりやすいという問題が生じる。この場合、たとえば、鋼板の加工性が低下する。以上の観点から、加熱工程においては、鋼板を700〜900℃の温度域まで昇温させる。
【0045】
なお、加熱工程において昇温速度を10℃/s未満にすると、鋼板を700〜900℃の温度域まで昇温させるために要する時間が長くなり、生産性が低下する。したがって、昇温速度は10℃/s以上とする。
【0046】
次に、加熱工程において700〜900℃の第1温度域まで昇温させた鋼板を、第1温度域で1〜300s保持する(均熱工程)。均熱工程において保持時間が1s未満になると、置換型元素であるMn等の偏析が残り、鋼板の組織が不均一となる。また、保持時間が1s未満では、炭素をオーステナイト中に十分に固溶させることができず、上述したように炭化物を微細化できない。一方、均熱工程での保持時間を長くし過ぎるとコストの増加を招く。以上の観点から、均熱工程での保持時間は、1〜300sとする。、
【0047】
次に、均熱後の鋼板を、700〜900℃の第1温度域から冷却する(冷却工程)。冷却工程では、所定の第2温度域での冷却速度が20℃/s以上となるように鋼材を冷却する。第2温度域は、鋼板の製造条件(鋼板の化学組成およびラインスピード等)等を考慮して、450〜650℃の範囲内において適宜設定される。第2温度域は、たとえば、550〜600℃に設定することが好ましい。この場合には、550〜600℃の温度域での冷却速度が20℃/s以上となるように、鋼板を冷却する。第2温度域の最高温度は、650℃であってもよく、600℃であってもよく、550℃であってもよく、600℃よりも高くかつ650℃未満であってもよく、550℃よりも高くかつ600℃未満であってもよい。第2温度域の最低温度は、450℃であってもよく、500℃であってもよく、550℃であってもよく、600℃であってもよく、450℃よりも高くかつ500℃未満であってもよく、500℃よりも高くかつ550℃未満であってもよく、550℃よりも高くかつ600℃未満であってもよい。したがって、第2温度域は、たとえば、450〜650℃であってもよく、450〜550℃であってもよく、500〜550℃であってもよく、600〜650℃であってもよい。なお、冷却工程において、第2温度域以外の温度域での鋼板の冷却速度は20℃/s以上でなくてもよい。したがって、たとえば、第2温度域が600〜650℃に設定されている場合には、第1温度域から650℃(第2温度域の最高温度)までの冷却速度は、20℃/s未満であってもよい。また、本発明では、第2温度域の最低温度(たとえば、600℃)が後述する第3温度域の最高温度(550℃)よりも高い値に設定される場合には、鋼板を第3温度域までさらに冷却する必要がある。この場合、第2温度域の最低温度から第3温度域までの冷却速度は、20℃/s未満であってもよい。
【0048】
ここで、炭化物の微細化は、析出核数を多くすることによって実現できる。具体的には、析出核数を増加させることによって、析出核に沿って析出する炭化物の密度の増加および微細化を実現できる。しかし、第2温度域における冷却速度が20℃/s未満の場合には、析出核数が減少し、析出核数の密度が低下する。その結果、析出核を中心として析出する炭化物の径が大きくなる。すなわち、炭化物を十分に微細化できない。これにより、HS加工時の鋼板の焼入性が低下する。そこで、第2温度域における鋼板の冷却速度は、20℃/s以上とした。第2温度域における冷却速度は、20〜100℃/sであることが好ましく、20〜50℃/sであることがより好ましい。なお、650℃よりも高温の領域では、炭化物を十分に析出させることができない。一方、450℃未満の領域では、低温変態相の生成が促進されてしまう。そこで、本発明では、450〜650℃の範囲内において第2温度域を設定することにした。特に、少なくとも550〜600℃の温度域を含むように第2温度域を設定することによって、鋼板の焼入性を十分に向上できる。
【0049】
最後に、上記冷却後の鋼板を、250〜550℃の第3温度域で60〜1800s保持した後、室温まで冷却する。このときの冷却速度は特に制限されない。250〜550℃の温度域で60〜1800s保持するのは、未変態オーステナイトのベイナイト変態を促進するためである。これにより、炭化物を微細化させることができる。なお、250℃未満または550℃を超える温度で鋼板を保持した場合、ベイナイト変態速度が遅くなるので工業的に好ましくない。250〜550℃の温度域での望ましい保持時間は60〜600sであり、さらに望ましい保持時間は60〜300sである。なお、第3温度域において鋼板を保持する際の保持温度(たとえば、250℃)が、上述の第2温度域の最低温度(たとえば、500℃)よりも低い場合には、第2温度域の最低温度から上記保持温度までさらに鋼板を冷却する必要がある。この場合、第2温度域の最低温度から上記保持温度への鋼板の冷却速度は特に限定されず、経済性等を考慮して適宜設定される。
【0050】
(b)合金化溶融亜鉛めっき処理
焼鈍処理後の鋼板を、室温から400〜500℃の第4温度域(溶融亜鉛めっき浴の温度に近い温度域)まで20℃/s以上の昇温速度で昇温させた後、溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、めっき処理を施す。昇温速度が20℃/s未満では、鋼板を第4温度域まで昇温させる際に、焼鈍処理によって得られた炭化物の微細化組織を十分に維持することができない。昇温速度は、30℃/s以上であることが好ましい。鋼板の温度が400℃未満では、溶融亜鉛めっき浴が固化する。一方、鋼板の温度が500℃を超えると、炭化物の微細化組織を十分に維持できない。安定して溶融亜鉛めっきを行う観点からは、鋼板の温度は420℃以上であることが好ましく、炭化物の微細化組織の維持の観点からは、460℃以下であることが好ましい。なお、鋼板を第4温度域まで昇温させる際に鋼板が酸化するとめっき性に悪影響を与える。そのため、還元性の雰囲気で鋼板を上記温度域まで昇温させることが好ましい。
【0051】
溶融亜鉛めっきを合金化するために、めっき処理後の鋼板は、速やかに適正温度で保持する必要がある。たとえば、上記のめっき処理後に、鋼板の温度が低下した場合には、速やかに適正温度まで加熱する必要がある。具体的には、合金化は、めっき処理後の鋼板を、450〜550℃の第5温度域で10〜60s保持して行う。合金化の際の鋼板温度が450℃未満であると、合金化が十分に進まない。一方、鋼板温度が550℃を超えると、合金化が進み過ぎるだけでなく、炭化物の微細化組織の維持が困難となる。合金化の際の鋼板温度は、500℃以上であることが好ましく、530℃以下であることが好ましい。また、保持時間は合金化が達成可能であれば、できるだけ短い方が好ましい。保持時間は、30s以下であることが好ましく、20s以下であることがより好ましい。合金化の際の鋼板温度および保持時間は、炭化物の微細化組織の維持と合金化の促進を両立できるように設定すればよい。
【0052】
なお、連続焼鈍処理後でかつ溶融亜鉛めっき処理前に、後述する金属めっきを施す場合には、亜鉛めっきの合金化が進みやすくなる。このため、合金化する際の鋼板温度を低く、または合金化する際の保持温度を短くすることができる。この場合には、鋼板を450〜550℃の第5温度域で5〜60s保持する。より好ましい鋼板温度は470℃以上であり、より好ましい保持時間は20秒以下である。
【0053】
合金化処理終了後、鋼板を室温まで冷却する。このときの冷却速度は、たとえば、5℃/s以上とすることが好ましい。冷却速度を5℃/s以上とすることによって、炭化物の微細化組織をより十分に維持できる。具体的には、炭化物の微細化組織を維持するためには、入熱量を少なくすることが好ましいため、冷却速度は大きい方が好ましい。ただし、炭化物の微細化組織を維持できても、鋼板の性状、形状、および表面品質を損なうことは避けなければならないので、冷却速度を必要以上に大きくしなくてよい。たとえば、冷却速度を大きくし過ぎると、特に連続溶融亜鉛めっきラインにおいて、冷却速度差に起因する鋼板の平坦不良および変形が生じやすくなる。したがって、冷却速度は、製造設備の特性等に応じて、5℃/s以上の速度で適宜設定することが好ましい。
【0054】
なお、上記の例では、連続焼鈍処理の最後の工程で、250〜550℃の第3温度域で60〜1800s保持した鋼板を室温まで冷却し、その後、再度400〜500℃の第4温度域に加熱して溶融亜鉛めっき処理を施しているが、室温まで冷却することなく、溶融亜鉛めっき処理を施してもよい。たとえば、上記最後の工程で冷却しなった鋼板の温度が400〜500℃の温度域の場合には、そのまま溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、めっき処理を施すことができる。また、たとえば、上記最後の工程で冷却しなかった鋼板の温度が500℃を超えている場合には、鋼板を400〜500℃の第4温度域に冷却した後、溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、めっき処理を施すことができる。さらに、たとえば、上記最後の工程で冷却しなかった鋼板の温度が400℃未満の場合には、鋼板を20℃/s以上の昇温速度で400〜500℃の第4温度域まで昇温させた後、溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、めっき処理を施すことができる。なお、後述するNiめっきを行う場合には、連続焼鈍処理の最後の工程で、鋼板を室温まで冷却する。
【0055】
(c)溶融亜鉛めっき浴中のAl濃度
溶融亜鉛めっき浴に含まれるAl濃度(質量%)は、後述する金属めっきを施さない場合には、0.10〜0.14%とすることが好ましい。Al濃度が0.10%未満では、めっき初期の合金化バリア層(Fe−Zn合金化反応を抑制する層)となるFe−Al−Zn層の形成が不十分となり、Fe−Zn合金化が部分的に生じる場合がある。この場合、均一な合金化制御が困難となる。また、溶融亜鉛めっき浴中へのFeの溶解によって、めっき浴中にドロスが発生する場合がある。この場合、鋼板のめっき中にドロスが含まれることによって外観を損ねる。一方、Al濃度が0.14%を超えると、Fe−Al−Zn層を形成しすぎて、均一な合金化制御が困難になる場合がある。この場合、合金化の際の鋼板温度を高くする必要、または保持時間を長くする必要が生じる。Al濃度は、0.12%以上であることがより好ましく、0.135%以下であることがより好ましい。
【0056】
後述する金属めっきを施す場合には、金属めっき層を施さない場合に比べて合金化しやすくなる。したがって、Al濃度を高くしても、合金化を十分に進行させることができる。金属めっき(特に、Niめっき)を施す場合には、Al濃度は、0.10〜0.18%とすることが好ましい。Al濃度が0.10%未満では、Fe−Al−Ni−Zn層の形成が不十分となり、均一な合金化制御が困難となる場合がある。一方、Al濃度が0.18%を超えると、Fe−Al−Ni−Zn層を形成しすぎて、均一な合金化制御が困難になる場合がある。金属めっき(特に、Niめっき)を施す場合のAl濃度は、0.12%以上であることがより好ましく、0.17%以下であることがより好ましい。
【0057】
(d)金属めっき
連続焼鈍処理後でかつ溶融亜鉛めっき処理前に、鋼板表面に金属めっき(たとえば、Niめっき)を施してもよい。めっき方法は特に限定されるものではないが、電気めっきおよび置換めっき等の方法が簡便で制御しやすい。Niめっきを施す際には、Ni単体を用いてもよいし、Niを含む合金を用いてもよい。ただし、後に溶融亜鉛めっきを行う観点から、溶融亜鉛めっき中に含まれるFe、AlおよびZnのいずれかの金属を含む合金(Ni−Fe、Ni−AlおよびNi−Zn等)を用いることが好ましい。Niめっきを行う場合には、Niを含有する金属の付着量を0.01〜10g/m
2とすることによって、合金化速度が速くなり、合金化のための均熱温度を下げることが可能となる。また、合金化のための保持時間を短縮することができる。上記付着量は、0.01〜5g/m
2とすることが好ましい。
【0058】
4.HS鋼板の製造方法
上述の製造方法によって製造されたHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板に、ホットスタンプ加工を施すことによって、機械的性質(強度および靱性)に優れたHS鋼板を製造できる。なお、ホットスタンプ加工は、通常の方法で行うことができる。
【0059】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0060】
表1に示す化学組成となるように、実験室にて複数の種類の溶鋼を作成し、鍛造を行った後、20mm厚の鋳片を切り出した。これらの鋳片を、1250℃の加熱炉で加熱した後、1150℃で熱間圧延を開始し、870℃で熱間圧延を完了した。その後、圧延された鋼板を50℃/sの冷却速度で冷却し、600℃で巻き取って、板厚が4.0mmの熱延鋼板を得た。このようにして得られた熱延鋼板を酸洗によって脱スケールした。脱スケールした熱延鋼板を、65%の圧延率で冷間圧延し、板厚が1.4mmの冷延鋼板を得た(鋼種A〜N)。
【0061】
【表1】
【0062】
上述の冷延鋼板に焼鈍処理および合金化溶融亜鉛めっき処理を施した。具体的には、まず、上記冷延鋼板を4vol%の水素を含む窒素雰囲気中において10℃/sの昇温速度で850℃まで昇温させ、850℃で45s保持した。続いて、冷延鋼板を50℃/sの冷却速度で400℃まで冷却し、400℃で200s保持した後、10℃/sの冷却速度で室温まで冷却した。その後、冷延鋼板を4vol%の水素を含む窒素雰囲気中で30℃/sの昇温速度で450℃まで昇温させ、0.135wt%のAlを含有する溶融亜鉛めっき浴に浸漬した。その後、めっき浴から引き上げた冷延鋼板の表面および裏面に窒素を吹き付け、溶融亜鉛めっきの付着量が表面および裏面ともに50g/m
2となるように調整し、溶融亜鉛めっき鋼板を作製した。その後、溶融亜鉛めっき鋼板を20℃/sの昇温速度で昇温させ、表2に示す合金化処理条件(鋼板温度・保持時間)で合金化処理を施した。その後、10℃/sの冷却速度で室温まで冷却して、No.1〜58のHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板を作製した。
【0063】
【表2】
【0064】
No.1〜58のHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板について、合金化処理性およびHS焼入性を評価した。合金化処理性の評価では、各鋼板について、腐食抑制剤を含有する濃度10%の塩酸でめっき皮膜のみを溶解させた。そして、ICP発光分析によってZnおよびFeの定量を行い、定量値をめっき皮膜中のZn量およびFe量に換算した。得られたZn量およびFe量に基づいて、めっき皮膜中のFe濃度を算出した。本評価では、めっき皮膜中のFe濃度が7%以上であった鋼板については合金化が適切に完了しているとして、合金化処理性に優れていると判断した。表2においては、Fe濃度が7〜9%であった鋼板を「○」で示した。また、表2において、Fe濃度が10%以上であった鋼板については、より合金化処理性に優れていたと判断して「◎」で示し、Fe濃度が7%未満であった鋼板については合金化処理性が劣っていたと判断して「×」で示している。
【0065】
HS焼入性の評価では、No.1〜58の鋼板からそれぞれ15個の試験片(縦:30mm、横:200mm)を切り出した。HS加工を仮想して、各試験片を加熱および冷却した。具体的には、切り出した各試験片の両端を通電加熱装置に取り付け、大気中で100℃/sの昇温速度で室温から900℃まで昇温させた。その後、表面にアルゴンを吹き付けながら試験片を室温まで冷却した。各鋼板の15個の試験片を室温まで冷却する際の冷却速度は、試験片ごとに設定した。より具体的には、15個の試験片のそれぞれの冷却速度は、10〜150℃/sの範囲で10℃/sずつ変えて設定した。その後、各試験片のビッカース硬さを測定した。各鋼板の15個の試験片のうち、400Hv以上の硬さを確保できた試験片は十分に焼入れされていると判断し、400Hv未満の硬さであった試験片は焼入れが不十分であったと判断した。表2には、400Hv以上の硬さを確保できた試験片の冷却速度のうち最も低い冷却速度を限界冷却速度として示した。なお、No.23,24の鋼板の15個の試験片では、400Hv以上の硬さを確保できなかった。したがって、限界冷却速度が150℃/sを超えていると判断した。本評価では、限界冷却速度が70℃/s以下であった鋼板をHS焼入性に優れていると判断し、限界冷却速度が80℃以上であった鋼板をHS焼入性に劣っていると判断した。また、限界冷却速度が小さいほど、HS焼入性に優れていると判断した。
【0066】
表2に示すように、限界冷却速度は、合金化処理時の保持時間の増加に伴って大きくなる。言い換えると、合金化処理時の保持時間が長くなると、HS焼入性が低下する。特に、上記保持時間が60sを超えており、本発明の要件を満たしていないNo.6,12,18,24,30,36,42の鋼板では、限界冷却速度が80℃/s以上になり、優れたHS焼入性を確保できなかった。なお、鋼種Bは、ホウ素(B)を含有させることによって焼入性を向上させた鋼材である。しかしながら、No.30,36,42の鋼板の実験結果から分かるように、鋼種Bを用いた場合でも、上記保持時間が60sを超えると優れたHS焼入性を確保できなかった。これらのことから、HS焼入性を改善するためには、上記保持時間を短くする必要があることが分かる。しかし、上記保持時間が10s未満であり、本発明の要件を満たしていないNo.1,7,13,25,31,37の鋼板では、合金化処理性が悪くなった。なお、合金化処理時の鋼板温度を高くすることによって、上記保持時間を短くすることは可能である。しかしながら、鋼板温度が550℃を超えており、本発明の要件を満たしていないNo.19〜24の鋼板では、保持時間にかかわらず優れたHS焼入性を確保できなかった。また、合金化処理条件については本発明の要件を満たすが、化学組成が本発明の要件を満たしていないNo.55の鋼板においても、優れたHS焼入性を確保できなかった。一方、本発明の要件を満たした鋼板では、優れた合金化処理性およびHS焼入性を確保できた。
【実施例2】
【0067】
表1に示した鋼種A〜Nの冷延鋼板に実施例1と同様の条件で焼鈍処理を施した後、鋼板の表面に、電気めっき法によってNiめっきを施した。その後、実施例1と同様の条件で溶融亜鉛めっき処理を施した。但し、本実施例では、溶融亜鉛めっき浴のAl濃度は、0.16wt%とした。得られた溶融亜鉛めっき鋼板を、20℃/sの昇温速度で昇温させ、下記の表3に示す合金化処理条件(鋼板温度・保持時間・冷却速度)で合金化処理を施し、No.59〜111のHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板を作製した。なお、Niめっきは下記の条件で行った。Niめっき浴は、硫酸ニッケル(NiSO
4・6H
2O:300g/L)、ホウ酸(H
3BO
3:40g/L)および硫酸ナトリウム(Na
2SO
4:100g/L)からなり、pHは2.7とした。めっき浴の温度は60℃とし、電流密度は30A/dm
2とした。通電時間は、表3に示すNiめっき付着量となるように適宜調整した。
【0068】
【表3】
【0069】
No.59〜111のHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板について、実施例1と同様の方法で合金化処理性およびHS焼入性を評価した。その結果、溶融亜鉛めっき処理前にNiめっきを施した実施例2に係る鋼板では、合金化処理時の保持時間が5sであっても合金化が完了していた。すなわち、実施例2に係る鋼板では、Niめっきを有していない実施例1に係る鋼板に比べて、合金化時間を短縮できた。なお、上記保持時間が5s未満であり、本発明の要件を満たしていないNo.59,65,71,77,83,89の鋼板では、合金化処理性が悪くなった。このことから、Niめっきを施した鋼板でも、合金化処理時の保持時間は、5s以上にする必要があることが分かった。また、合金化処理条件については本発明の要件を満たすが、化学組成が本発明の要件を満たしていないNo.108の鋼板においては、優れたHS焼入性を確保できなかった。一方、本発明の要件を満たすことによって、Niめっきを施した鋼板においても、Niめっきを施していない鋼板と同様に、優れた合金化処理性およびHS焼入性を確保できることが分かった。
【実施例3】
【0070】
表1に示した鋼種Bの冷延鋼板に、焼鈍処理および合金化溶融亜鉛めっき処理を施して、No.112〜134のHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板を作製した(下記の表4参照)。具体的には、まず、上記冷延鋼板を4vol%の水素を含む窒素雰囲気中において20℃/sの昇温速度で880℃まで昇温させ、880℃で60s保持した。続いて、冷延鋼板を450℃まで冷却した後、一定温度で所定時間保持した。その後、10℃/sの冷却速度で室温まで冷却した。なお、本実施例では、冷延鋼板を880℃から450℃まで冷却する際の冷却速度、冷却後の鋼鈑を一定温度で保持する際の鋼鈑の温度(保持温度)、および上記保持温度での鋼板の保持時間を、表4に示すように鋼板ごとに設定した。なお、鋼板No.128〜131については、450℃まで冷却した後、20℃/sの冷却速度で保持温度までさらに冷却した。鋼鈑No.132〜134については、450℃まで冷却した後、10℃/sの昇温速度で保持温度まで加熱した。
【0071】
その後、室温まで冷却された冷延鋼板を、4vol%の水素を含む窒素雰囲気中で30℃/sの昇温速度で460℃まで昇温させ、0.135wt%のAlを含有する溶融亜鉛めっき浴に浸漬した。その後、めっき浴から引き上げた冷延鋼板の表面および裏面に窒素を吹き付け、溶融亜鉛めっきの付着量が表面および裏面ともに45g/m
2となるように調整し、溶融亜鉛めっき鋼板を作製した。その後、溶融亜鉛めっき鋼板を20℃/sの昇温速度で500℃まで昇温させ、500℃で20s保持することによって合金化処理を施した後、10℃/sの冷却速度で室温まで冷却した。このようにして、No.112〜134のHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板を作製した。
【0072】
【表4】
【0073】
得られたNo.112〜134のHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板について、実施例1と同様の方法で合金化処理性およびHS焼入性を評価した。その結果、表4に示すように、焼鈍処理時の冷却速度が20℃/s未満であり、本発明の要件を満たしていないNo.112,113の鋼板では、HS焼入性が悪くなった。これは、冷却速度が小さかったために、炭化物が粗大化したからだと考えられる。また、焼鈍処理時の保持時間が60s未満であり、本発明の要件を満たしていないNo.118,119の鋼板でも、HS焼入性が悪くなった。これは、保持時間が短かったために、析出した微細な炭化物とは別に粒径の大きい炭化物が成長したため、すなわちベイナイト組織とは別に粒径の大きい炭化物が成長したからだと考えられる。さらに、焼鈍処理時の保持温度が250℃未満または550℃を超えており、本発明の要件を満たしていないNo.128,134の鋼鈑でも、HS焼入性が悪くなった。これは、保持温度が低過ぎたため、または高過ぎたために、ベイナイト変態を促進できなかったからだと考えられる。このため、粒径の大きい炭化物が成長したと考えられる。一方、本発明の要件を満足する焼鈍処理を行った鋼板では、優れた合金化処理性およびHS焼入性を確保することができた。
【実施例4】
【0074】
表1に示した鋼種Bの冷延鋼板に、焼鈍処理および合金化溶融亜鉛めっき処理を施して、No.135〜153のHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板を作製した(下記の表5参照)。具体的には、まず、上記冷延鋼板を4vol%の水素を含む窒素雰囲気中において15℃/sの昇温速度で600〜1000℃の温度域まで昇温させた後、600〜1000℃の温度域で所定時間保持した。本実施例では、このときの保持温度および保持時間を、表5に示すように、鋼板ごとに設定した。続いて、冷延鋼板を30℃/sの冷却速度で450℃まで冷却し、450℃で200s保持した後、10℃/sの冷却速度で室温まで冷却した。その後、室温まで冷却された冷延鋼板を、4vol%の水素を含む窒素雰囲気中で30℃/sの昇温速度で460℃まで昇温させ、0.135wt%のAlを含有する溶融亜鉛めっき浴に浸漬した。その後、めっき浴から引き上げた冷延鋼板の表面および裏面に窒素を吹き付け、溶融亜鉛めっきの付着量が表面および裏面ともに45g/m
2となるように調整し、溶融亜鉛めっき鋼板を作製した。その後、溶融亜鉛めっき鋼板を20℃/sの昇温速度で500℃まで昇温させ、500℃で20s保持することによって合金化処理を施した後、10℃/sの冷却速度で室温まで冷却した。このようにして、No.135〜153のHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板を作製した。
【0075】
【表5】
【0076】
得られたNo.135〜153のHS用合金化溶融亜鉛めっき鋼板について、実施例1と同様の方法で合金化処理性およびHS焼入性を評価した。その結果、表5に示すように、焼鈍処理時の保持温度が700℃未満であり、本発明の要件を満たしていないNo.135,136の鋼板では、HS焼入性が悪くなった。これらの鋼板では、保持温度が低かったために、フェライトからオーステナイトへの変態が不十分であったと考えられる。そのため、炭素をオーステナイト中に十分に固溶させることができず、炭化物を十分に微細化できなかったと考えられる。それにより、HS焼入性が悪くなったと考えられる。また、焼鈍処理時の保持時間が1s未満であり、本発明の要件を満たしていないNo.144の鋼板でも、HS焼入性が悪くなった。この鋼板では、保持時間が短すぎたために、炭素をオーステナイト中に十分に固溶させることができず、炭化物を十分に微細化できなかったと考えられる。それにより、HS焼入性が悪くなったと考えられる。なお、No.142,143の鋼板では、優れた合金化処理性およびHS焼入性を確保できた。しかし、保持温度が900℃を超えているので、鋼板が硬くなりすぎて、HS加工前の加工性が悪くなった。また、保持温度が900℃を超えると効果が飽和して、経済性が低下する。No.153の鋼板においても優れた合金化処理性およびHS焼入性を確保できたが、保持時間が300sを超えると効果が飽和して、経済性が低下する。