特許第6379718号(P6379718)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6379718
(24)【登録日】2018年8月10日
(45)【発行日】2018年8月29日
(54)【発明の名称】ボールねじの接触角比設定方法
(51)【国際特許分類】
   F16H 25/22 20060101AFI20180820BHJP
【FI】
   F16H25/22 M
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-128383(P2014-128383)
(22)【出願日】2014年6月23日
(65)【公開番号】特開2016-8636(P2016-8636A)
(43)【公開日】2016年1月18日
【審査請求日】2017年6月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100108914
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 壯兵衞
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【弁理士】
【氏名又は名称】宮坂 徹
(72)【発明者】
【氏名】上田 真大
【審査官】 高橋 祐介
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−190396(JP,A)
【文献】 特開2004−084935(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 25/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ねじ軸と、ナットと、複数のボールとを有し、前記ねじ軸は前記ナットを貫通し、前記ねじ軸の外周面に形成された螺旋状のねじ溝と前記ナットの内周面に形成された螺旋状のねじ溝とにより前記複数のボールが公転運動する転動路が形成されるボールねじの接触角比を設定する方法であって
当該ボールねじとして、ダブルナット予圧方式によって予圧を付与し予圧荷重Faが動定格荷重Caの3〜5%となる領域において用いられるものを対象とし
前記ねじ軸のねじ溝および前記ナットのねじ溝、いずれもゴシックアーク溝とし
前記ボールと前記ナットのねじ溝との接触角と、前記ボールと前記ねじ軸のねじ溝との接触角との比予圧荷重Faが動定格荷重Caの3〜5%となる領域におけるロストモーションΔepの絶対値が、接触角比α0M/α0B=1の場合での値よりも小さくなるように、シミュレーション解析の結果に基づいて、下記(式)を満たす範囲に設定ることを特徴とするボールねじの接触角比設定方法
0.91≦α0M/α0B<1 (式)
但し、前記ボールと前記ナットのねじ溝との接触角がα0M、前記ボールと前記ねじ軸のねじ溝との接触角がα0Bである。
【請求項2】
駆動方向反転時における前記ナット内で公転運動している前記ボールの、前記ねじ軸のねじ溝または前記ナットのねじ溝への食込みを「ボール食込み挙動」と呼ぶとき、
当該ボールねじは、ボール食込み挙動により、前記ねじ軸のねじ溝および前記ナットのねじ溝とが、前記ボールに対して3点で接触するものを限って対象とす請求項1に記載のボールねじの接触角比設定方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボールねじに関する。
【背景技術】
【0002】
マシニングセンタなどの工作機械の送り装置では、運動精度評価のために、円運動精度試験(非特許文献1参照)が行われる。二つの直進運動軸を同時に制御して円運動をさせる送り装置にて円運動精度試験を行うと、円運動象限切換え時(一つの軸の送り方向が+から−、あるいは−から+ヘと変化するとき)において、象限が切り替わる四つの点で突起誤差や段差誤差(以下、それぞれ「象限突起誤差」、「象限段差誤差」ともいう)を生じることが知られている。工作機械の送り装置に象限突起誤差や象限段差誤差が生じることにより、ワークの加工精度低下を引き起こすことが懸念される。
象限突起誤差は、制御技術によって補償することができる(例えば非特許文献2参照)。例えば、送り装置を構成するボールねじ、転がり直動案内あるいは転がり軸受の有する非線形摩擦特性に基づいて、送り系の摩擦トルクのヒステリシスループに近似できるような数学モデルを構築し、これをサーボ情報として送り装置の制御器に入力すればよい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−023852号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】JISB6190−4,工作機械試験方法通則−第4部:数値制御による円運動精度試験
【非特許文献2】堤正臣:「工作機械の運動精度を支配するボールねじと直動案内の摩擦特性」,精密工学会転がり機械要素専門委員会講演資料(2013年6月7日),p.33.
【非特許文献3】上田真大,下田博一:「ボールねじの玉挙動とロストモーション(第3報)」,精密工学会誌(2011),Vol.77, No.2, p.183.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一方、送り装置にボールねじを用いる場合に、象限突起誤差を制御技術によって補償しても、ボールねじの駆動方向反転時におけるロストモーションによって、円運動軌跡には、サブミクロンからミクロンオーダーの象限段差誤差が生じてしまう。これに対し、円運動象限切換え時の象限突起誤差の補償方法と同様に、象限段差誤差に対しても送り系の非線形摩擦特性に近似できるような数学モデルを構築して補正できる(例えば、特許文献1参照)。
しかしながら、数学モデルの構築は、実機を用いて試行錯誤的に調整を繰り返しながら行う必要がある(例えば非特許文献2参照)。そのため、実機を用いた数学モデルの構築のためのコストや手間が掛かり過ぎてしまうという問題があり、ボールねじの駆動方向反転時におけるロストモーションによる、ワークの加工精度低下を防止する上で改善の余地が残される。
【0006】
このような問題に対し、近年、ボールねじの駆動方向反転時におけるロストモーションの発生要因に関して、解析的、実験的に調査・研究が実施されている(例えば、非特許文献3参照)。非特許文献3によって、ボールねじのロストモーションは、ナット内で公転運動しているボールの、駆動方向反転時における、ねじ軸のねじ溝またはナットのねじ溝への食込み(以下、「ボール食込み挙動」ともいう)に起因して生じることが明らかにされている。
そこで、本発明は、このような問題点に着目してなされたものであって、ロストモーションを低減または防止し得るボールねじの接触角比設定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ここで、図9に示すように、軸方向荷重Fが作用するボールねじでは(同図(a)参照)、通常、ボール3は、ねじ軸101およびナット102のねじ溝101k、102kと2点(同図の符号M,Bの箇所)で接触しており(同図(b)参照)、主に接触点M,Bでの弾性接触変形に起因して、ねじ軸101とナット102間に軸方向変位δを生じる。なお、同図において、符号mはボール3の中心、αは接触角、δ、δは接触点M,Bでの弾性接触変形量、Pは接触荷重である(以下同様)。
【0008】
いま、ナット102の回転を拘束した状態でねじ軸101を反時計回りに回転すると、ナット102は、図10に示すように、軸方向荷重Fの向きとは逆向きに移動する(このような作動状態を「正方向作動」と呼ぶ)。このとき、ボール3は、同図(b)に示すように、転動方向に対して直角方向にくさび状に食込み、対向するねじ溝101k、102k同士がつくる軌道とボール3との接触状態が2点接触から3点接触(符号M,M’,Bの箇所)へと変化する。そのため、ねじ軸101とナット102間の相対変位もδからδxFのように変化する。
【0009】
次いで、ねじ軸101の回転方向を逆転すると、ナット102の移動方向も反転する(このような作動状態を「逆方向作動」と呼ぶ)。そのため、図11に示すように、軌道に対するボール3の食込みの方向も逆転し(同図(b)参照)、ねじ軸101とナット102間の相対変位はδxBとなる。ゆえに、ボールねじの駆動方向反転時に生じるロストモーションΔeは、下記(式1)で表すことができる。
Δe=δxF−δxB (式1)
(式1)に示すように、ボールねじの駆動方向反転時に生じるロストモーションΔeは、正方向作動時の軸方向変位δxFと逆方向作動時の軸方向変位δxBとの差を抑制すれば、Δeを低減または極小化することができる。本願発明者は、このような考察のもと、鋭意検討の結果、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、上記課題を解決するために、本発明の一態様に係るボールねじの接触角比設定方法は、ねじ軸と、ナットと、複数のボールとを有し、前記ねじ軸は前記ナットを貫通し、前記ねじ軸の外周面に形成された螺旋状のねじ溝と前記ナットの内周面に形成された螺旋状のねじ溝とにより前記複数のボールが公転運動する転動路が形成されるボールねじの接触角比を設定する方法であって、当該ボールねじとして、ダブルナット予圧方式によって予圧を付与し予圧荷重Faが動定格荷重Caの3〜5%となる領域において用いられるものを対象とし、前記ねじ軸のねじ溝および前記ナットのねじ溝、いずれもゴシックアーク溝とし、前記ボールと前記ナットとの接触角と、前記ボールと前記ねじ軸との接触角との比予圧荷重Faが動定格荷重Caの3〜5%となる領域におけるロストモーションΔepの絶対値が、接触角比α0M/α0B=1の場合での値よりも小さくなるように、シミュレーション解析の結果に基づいて、下記(式2)を満たす範囲に設定ることを特徴とする。
0.91≦α0M/α0B<1 (式2)
但し、前記ボールと前記ナットとの接触角がα0M、前記ボールと前記ねじ軸との接触角がα0Bである。
【0011】
ここで、駆動方向反転時における前記ナット内で公転運動している前記ボールの、前記ねじ軸のねじ溝または前記ナットのねじ溝への食込みを「ボール食込み挙動」と呼ぶとき、本発明の一態様に係るボールねじの接触角比設定方法は、ボール食込み挙動により、前記ねじ軸のねじ溝および前記ナットのねじ溝とが、前記ボールに対して3点で接触するものを限って対象とすることが好ましい。
【0012】
本発明の一態様に係るボールねじの接触角比設定方法によれば、ナットとの接触角α0Mおよびねじ軸との接触角α0Bの比が、0.91≦α0M/α0B<1となる範囲を採用したので、後述するシミュレーション解析の結果にも明らかなように、正方向作動時の軸方向変位δxFと逆方向作動時の軸方向変位δxBとの差異を小さくすることができる。よって、ボールねじの駆動方向反転時に生じるロストモーションを低減または防止することができる。
【発明の効果】
【0013】
上述のように、本発明によれば、ロストモーションを低減または防止きる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の一態様に係るボールねじの一実施形態を示す図であり、同図(a)は、ナットを軸線方向に沿った断面にて示し、(b)は、ねじ軸の軸線に直交する断面を示している。
図2】本発明に係るボールねじを規定する転動路の一例であって、同図は、図1に示すボールねじの転動路の横断面を模式的に示している。
図3】本発明に係るボールねじを規定するための転動路を説明する模式図であり、同図(a)は、ナット単体でのすきま(単体すきま)が零の場合を示し、(b)はボールとねじ溝間のすきま分だけ軸方向に移動した状態を示している。
図4図1でのボールの転動路の横断面を模式的に示す図であり、同図(a)は静止状態、(b)は正方向作動の状態、(c)は逆方向作動の状態をそれぞれ示している。
図5】本発明に係るボールねじの第一実施例におけるシミュレーション解析の結果を示すグラフであって、同図は、(予圧荷重F/動定格荷重C)に対するロストモーションΔeの大きさの関係を示している(以下、他の実施例について同じ)。
図6】本発明に係るボールねじの第二実施例におけるシミュレーション解析の結果を示すグラフである。
図7】本発明に係るボールねじの第三実施例におけるシミュレーション解析の結果を示すグラフである。
図8】通常のボールねじの転動路の一例(比較例)を説明する図であり、同図は、その転動路の横断面を模式的に示している。
図9】ロストモーションを説明する図であり、同図は、静止時の2点接触状態であって、同図(a)がボールねじを模式的に示す平面図、(b)が転動路の横断面を模式的に示す図である。
図10】ロストモーションを説明する図であり、同図は、正方向作動時に生じる3点接触状態であって、同図(a)がボールねじを模式的に示す平面図、(b)が転動路の横断面を模式的に示す図である。
図11】ロストモーションを説明する図であり、同図は、逆方向作動に生じる3点接触状態であって、同図(a)がボールねじを模式的に示す平面図、(b)が転動路の横断面を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一態様に係るボールねじの一実施形態について、図面を適宜参照しつつ説明する。
図1に示すように、このボールねじ10は、ねじ軸1と、ねじ軸1に対してボール3を介して螺合するナット2とを有する。
ナット2は、軸方向に並べられた第1ナット2A及び第2ナット2Bと、両ナット2A、2Bの間に介在された間座9とが一体となって構成されている。一方のナット2Aには、端部に円環状のフランジ31が形成されている。フランジ31の内周部とねじ軸1との間、および、第2ナット2Bの軸方向他端部とねじ軸2との間は防塵用シール32で塞がれている。また、二つのナット2A、2Bは、回転方向の位相がずれないようにキー溝5に挿通された不図示のキーにより回転方向が位置決めされている。
【0016】
ねじ軸1の外周面には、螺旋状のねじ溝11が形成されている。二つのナット2A、2Bは、各ナット2A、2Bの内周面に、ねじ軸1のねじ溝11に対向する螺旋状のねじ溝21がそれぞれ形成されている。また、各ナット2A、2Bには、各ナット2A、2Bの軸方向に沿ってボール戻し通路4a,4bが形成されている。そして、各ナット2A、2Bの両端には、各ナット2A、2Bのボール戻し通路4a,4bの両端部に連通するように、一対のエンドデフレクタ6a,6bがそれぞれ嵌め込まれている。
【0017】
複数のボール3は、対向するねじ溝11,21で形成される転動路とボール戻し通路とからなる循環経路内に配置される。すなわち、転動路を転動するボール3は、各ナット2A、2Bの転動路の一端まで移動した後に、一方のエンドデフレクタ6aに掬い上げられ、ボール戻し通路4a,4bを通って反対側の端部に移動し、他方のエンドデフレクタ6bから再び転動路に戻るという循環経路が形成されている。そして、この循環経路を循環しつつ転動路内で転動(負荷状態で回転しながら移動)する複数のボール3を介して、ねじ軸1とナット2とが相対移動するようになっている。
【0018】
このボールねじ10に予圧を与えるときは、二つのナット2A、2B同士の間に間座9を挟んだ状態で軸方向に締め上げ、各ナット2A、2Bに反対向きの軸方向の力を作用させて転動路内のボール3に予圧を与える。予圧量は間座9の厚みによって調整する。これにより、各ボール3は、ナット2A、2Bのねじ溝21の1点と、これに対向する位置のねじ軸1のねじ溝11の1点との2点で接触する。
【0019】
すなわち、このボールねじ10は、予圧付加方式にダブルナット間座予圧方式を採用し、左右それぞれの転動路間のリードをずらして予圧をかけることによって、ボール3と転動路との接触を二点接触形式としている。但し、本実施形態では、ナット2とねじ軸2とが、ボール4の転動を介して軸方向に相対移動する際に、ボール食込み挙動により、3点目の接触が生じるような溝形式を設定している。なお、本実施形態では、予圧付加方式にダブルナット間座予圧方式を採用した定位置予圧の例を示したが、本発明はこれに限らず、ダブルナット予圧方式によって予圧を付与するものであれば、定圧予圧を用いてもよい。
【0020】
上記対向するねじ溝11,21で形成される転動路の溝直角断面形状を図2に示す。
このボールねじ10は、ねじ軸1のねじ溝11およびナット2のねじ溝21は、いずれもゴシックアーク溝である。すなわち、ねじ軸1のねじ溝11およびナット2のねじ溝21の横断面形状は、曲率中心の異なる2つの同一円弧を組合せた略V字状である。そして、ボール3に対し、同図に示す、ナット2のねじ溝21との接触角α0M、およびねじ軸1のねじ溝11との接触角α0Bの比が、0.91≦α0M/α0B<1となる範囲に設定されている。なお、ねじ軸1のねじ溝11の外側(両縁部)には、ねじ軸1の外径面12に滑らかに接続する面取り7が施されている。
【0021】
以下、上記ボールねじ10の転動路についてより詳しく説明する。
本実施形態のボールねじでは、上記ボール3の直径、ボール3と各ねじ溝11,21との各接触角、および各ねじ溝11,21の溝半径を、図3に示すように定義する。つまり、図3(a)は、単体すきまが零の場合でのボール3と軌道(ねじ溝11,21)との関係を示し、このとき、ボール3とねじ軸1のねじ溝11との接触角(以下、「ねじ軸接触角」ともいう)をα0B(反対の側はα0B’)、ボール3とナット2のねじ溝21との接触角(以下、「ナット接触角」ともいう)をα0M(反対の側はα0M’)、ねじ軸1のねじ溝21の溝半径をR、ナット2のねじ溝21の溝半径をRとする。
【0022】
同図に示すように、単体すきまが零の場合、ボール3(ボール径φDa0)は、ねじ軸11とナット21のゴシックアーク溝とそれぞれ2か所の計4か所おいて荷重ゼロで接触する。しかし、同図のような接触状態は、ボールねじ各部の寸法誤差等によって実際にはほとんど起こり得ないと考えた方が合理的である。
つまり、本実施形態のボールねじ(特に、予圧荷重Fが動定格荷重Cの3〜5%となる領域において用いられるボールねじ)では、図3(a)において破線で描かれたボール3(ボール径φD)のように、ボール3とねじ溝11,21との間に僅かなすきまを有するものと考える。よって、ボール3と各ねじ溝11,21とのすきま分だけねじ軸1およびナット2を軸方向に移動すれば、図3(b)に示すように、ボール3は軌道(ねじ溝11,21)と荷重ゼロで2点接触するものと考えることができる。このとき、ボール3と軌道間の接触角は、単体すきまが零の場合の接触角αからαへと変化することになり、このときのねじ軸1とナット2間の軸方向相対変位が軸方向すきまδcaとなる。
【0023】
次に、図3(b)に示した態様に基づき、ボールねじを軸方向荷重下において作動させた際での、ボール3と軌道(ねじ溝11,21)との接触状態を図4に示す。
図4(a)は、ボールねじが静止状態において、図3(b)に示す状態から、ボールねじに作用する軸方向荷重によってボール3と軌道間に接触荷重P2M、P2Bがそれぞれ作用している場合を示している。図4(a)において、ボールねじは静止状態にあるので、ボール3に作用する接触荷重P2M、P2Bもつり合い状態にある。
【0024】
そこで、ボールねじ10を「正方向作動」させると、上述した「ボール食込み挙動」によってナット2のねじ溝21の反主荷重側フランク(符号P2Mに示すゴシックアーク溝フランクの反対側)に向かってボール3が食い込み、接触状態は、図4(b)に示すような3点接触(符号P3M,P3M’,P3Bの接触荷重が作用する箇所)の状態となる。このときのねじ軸1とナット2間の変位がδxFである。
【0025】
また、ボールねじ10を「逆方向作動」させると、ボール3の食込み方向も反転し、図4(c)に示すように、「ボール食込み挙動」によってねじ軸1のねじ溝11の反主荷重側フランク(符号P2Bに示すゴシックアーク溝フランクの反対側)に向かってボール3が食い込み、接触状態は、3点接触(符号P4M,P4M’,P4Bの接触荷重が作用する箇所)の状態となる。このときのねじ軸1とナット2間の変位がδxBである。
【0026】
ここで、上述したように、ボールねじの駆動方向反転時のロストモーションΔeは、ボール3の食込み方向の逆転によって生じた、ねじ軸1とナット2間の変位δxF,δxBの差異として、(Δe=δxF−δxB)にて表わされる。したがって、ロストモーションΔeを低減する目的から、本実施形態のボールねじでは、通常の接触角をもつボールねじ(ナット接触角α0M=ねじ軸接触角α0B、つまり、α0M/α0B=1)に対し、ナット接触角α0Mをねじ軸接触角α0Bよりも小さく(つまり、ナット接触角α0M<ねじ軸接触角α0B、α0M/α0B<1)設定している(図2参照)。さらに、後述する実施例のシミュレーション解析の結果に基づいて、ナット接触角α0Mをねじ軸接触角α0Bよりも小さく設定する範囲の下限を、0.91≦α0M/α0Bに設定した。
つまり、本実施形態のボールねじは、ボール3とねじ軸1のねじ溝11との接触角α0Bと、ボール3とナット2のねじ溝21との接触角α0Mとの比が、上記(式2)を満たす範囲に設定されている。
【0027】
以下、上記実施形態のボールねじについて、実施例に基づいてより詳しく説明する。
[第一実施例]
工作機械用のボールねじ(日本精工株式会社製ボールねじ、型式:BS3610)を表1に示す。表1に示すボールねじは、上記で説明した、単体すきまが零の場合を数値範囲を規定する基礎とした諸元を有する。
第一実施例は、表1に示すボールねじ(比較例)を用いて、図4に示すような実際の接触状態になった場合において、ボールねじの駆動方向反転時におけるロストモーションを低減または極小化したシミュレーション解析である。
【0028】
【表1】
【0029】
上記比較例のような通常のボールねじが駆動反転した際における、ボール食込み挙動に起因するロストモーションを低減させる実施例として、表2に示す種々のナット接触角となる場合についてシミュレーション解析を実施した。すなわち、第一実施例では、表2に示すように、ねじ軸接触角α0Bを44.42°に一定とし、ナット接触角α0Mについて、α0M/α0B=1,0.98,0.96,0.95,…,0.90のように8通りに変化させた。動定格荷重Cを表2に併せて示す。
【0030】
【表2】
【0031】
ねじ軸接触角α0Bを44.42°に一定とし、ナット接触角α0Mを上記の8通りに変化させた場合の、ロストモーションΔeとボールねじに作用するアキシアル荷重Fとの関係(シミュレーション解析の結果)を図5に示す。
同図から判るように、接触角比α0M/α0B<1とすれば、ロストモーションΔeは低減されることがわかる。しかし、接触角比α0M/α0B≦0.90となると、ロストモーションΔeの絶対値が、接触角比α0M/α0B=1の場合での値を越えてしまう。そこで、上記実施形態では、この第一実施例のシミュレーション解析の結果に基づいて、ナット接触角α0Mの範囲を、0.91≦α0M/α0B<1の範囲に設定した。特に、この第一実施例では、同図から判るように、α0M/α0B=0.95の場合に、予圧荷重Fが動定格荷重Cの3〜5%となる領域において、ロストモーションΔeが除去あるいは極小化されていることがわかる。
【0032】
すなわち、第一実施例のボールねじによれば、ボール3とねじ軸1のねじ溝11との接触角α0Bと、ボール3とナット2のねじ溝21との接触角α0Mとの比が、上記(式2)を満たす範囲に設定されているので、ロストモーションを低減または防止することができる。
なお、本発明に係るボールねじは、上記実施形態ないし第一実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能である。以下、他の実施例について説明する。
【0033】
以下に示す工作機械用のボールねじ(日本精工株式会社製ボールねじ、型式:BS2505(第二実施例のシミュレーション解析の基礎となるボールねじ)、BS5016(第三実施例のシミュレーション解析の基礎となるボールねじ))に対して本発明をそれぞれ適用した。第二および第三実施例においても、上記第一実施例同様に、ねじ軸接触角α0Bを一定とし、ナット接触角α0Mについて、α0M/α0B=1,0.98,0.96,0.95,…,0.90のように8通りに変化させた。実施したシミュレーション解析の結果は、それぞれ図6、および図7に示すように得られた。
【0034】
[第二実施例]
第二実施例のシミュレーション解析の基礎となるボールねじの諸元は以下のとおりである。
BS2505:軸径D=25mm,ボール中心円径d=25.5mm,リードL=5mm,ボール径D=3.175−1.40×10−3mm,ねじ軸およびナット溝R比fpB=fpM=54%,ねじ軸接触角α0B=44.42°,アキシアルすきまδca=4.00μm,ナット有効巻数ζ=2.5,列数ξ=1,動定格荷重C=8.22kN
【0035】
図6にシミュレーション解析の結果を示す。同図に示すように、第二実施例においても、接触角比α0M/α0B<1とすれば、ロストモーションΔeは低減されている。しかし、上記第一実施例同様に、接触角比α0M/α0B≦0.90となると、ロストモーションΔeの絶対値が、接触角比α0M/α0B=1の場合での値を越えてしまう。そこで、第二実施例のシミュレーション解析結果からも、ねじ接触角α0Bに対するナット接触角α0Mの範囲は、0.91≦α0M/α0B<1とする。特に、第二実施例においても、α0M/α0B=0.95の場合に、予圧荷重Fが動定格荷重Cの3〜5%となる領域においてロストモーションΔeが除去あるいは極小化されていることがわかる。
【0036】
[第三実施例]
第三実施例のシミュレーション解析の基礎となるボールねじの諸元は以下のとおりである。
BS5016:軸径D=50mm,ボール中心円径d=51.5mm,リードL=16mm,ボール径D=7.9375−3.50×10−3mm,ねじ軸およびナット溝R比fpB=fpM=54%,ねじ軸接触角α0B=44.44°,アキシアルすきまδca=10.00μm,ナット有効巻数ζ=2.5,列数ξ=1,動定格荷重C=38.5kN
【0037】
図7にシミュレーション解析の結果を示す。同図に示すように、第三実施例においても、接触角比α0M/α0B<1とすれば、ロストモーションΔeは低減されている。しかし、上記第一ないし第二実施例同様に、接触角比α0M/α0B≦0.90となると、ロストモーションΔeの絶対値が、接触角比α0M/α0B=1の場合での値を越えてしまう。そこで、第三実施例のシミュレーション解析結果からも、ねじ軸の接触角に対するナットの接触角の範囲は、0.91≦α0M/α0B<1とする。特に、第三実施例においても、α0M/α0B=0.95の場合に、予圧荷重Fが動定格荷重Cの3〜5%となる領域においてロストモーションΔeが除去あるいは極小化されていることがわかる。
【0038】
以上のように、実施例のシミュレーション解析結果に基づき説明したように、本発明は、ボールねじの諸元に係わらず適用でき、本発明の構成、つまり、ボール3とねじ軸1のねじ溝11との接触角α0Bと、ボール3とナット2のねじ溝21との接触角α0Mとの比が、上記(式2)を満たす範囲に設定されていれば、ボールねじの諸元に係わらず、ロストモーションを低減または防止することができる。
【0039】
なお、ボールねじとしては、ダブルナット予圧方式によって予圧を付与して用いられるものであれば、種々のボールねじに本発明を適用できるが、特に、予圧荷重Fが動定格荷重Cの3〜5%となる領域において用いられるボールねじに対して本発明を適用することが好ましい。また、ダブルナット予圧方式についても、種々の方式を採用できるが、予圧付加方式にダブルナット間座予圧方式を採用し、左右それぞれの回路間のリードをずらして予圧をかけることによって、ボール3と軌道との接触を二点接触形式とし、当該ボールねじがボール食込み挙動により、ねじ軸のねじ溝およびナットのねじ溝とが、ボールに対して3点で接触するものに対して本発明を適用することが好ましい。また、本発明を適用する上で、アキシアル外力が無視できるような条件下に限って適用することが好ましい。
【符号の説明】
【0040】
1 ねじ軸
2 ナット
3 ボール
7 面取り
11 ねじ軸のねじ溝
12 ねじ軸の外径面
21 ナットのねじ溝
図1
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図3
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図11