(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保護の観点から、自動車からのCO
2排出量の低減の一環として、自動車車体の軽量化が求められており、自動車用鋼材の高強度化が指向されている。これは、鋼材の強度を向上させることにより、自動車用鋼材の薄肉化が可能となるためである。一方、自動車の衝突安全性向上に対する社会的要求もいっそう高くなっており、単に鋼材の高強度化だけでなく、走行中に衝突した場合の耐衝撃性に優れた鋼材の開発も望まれている。
【0003】
ここで、衝突時の自動車用鋼材の各部位は、数10(s
−1)以上の高いひずみ速度で変形を受けるため、動的強度特性に優れた高強度鋼材が要求される。
【0004】
このような高強度鋼材として、静動差(静的強度と動的強度との差)が高い低合金加工誘起変態型(TRIP型)鋼、またはマルテンサイトが主体の第2相を有する複相組織鋼といった高強度複相組織鋼材が知られている。
【0005】
低合金TRIP型鋼に関しては、例えば、特許文献1に、動的変形特性に優れたTRIP型高強度鋼板が開示されている。
【0006】
また、マルテンサイトが主体の第2相を有する複相組織鋼板に関しては、下記のような発明が開示されている。
【0007】
特許文献2には、微細なフェライト粒からなり、結晶粒径が1.2μm以下のナノ結晶粒の平均粒径dSと、結晶粒径が1.2μmを超えるミクロ結晶粒の平均結晶粒径dLとがdL/dS≧3の関係を満足する、強度と延性とのバランスに優れ、静動差が170MPa以上である高強度鋼板が開示されている。
【0008】
特許文献3には、平均粒径が3μm以下のマルテンサイトと平均粒径が5μm以下のマルテンサイトの2相組織からなり、静動比が高い耐衝撃性に優れる自動車用高張力熱延鋼板が開示されている。そして、特許文献4には、平均粒径が3.5μm以下のフェライト相を75%以上含有し、残部組織が実質的に焼き戻しマルテンサイトからなる衝撃吸収特性に優れる冷延鋼板が開示されている。
【0009】
特許文献5には、予変形を加えてフェライトとマルテンサイトから構成される2相組織とし、5×10
2〜5×10
3/sの歪速度における静動差が60MPa以上を満足する冷延鋼板が開示されている。さらに、特許文献6には、85%以上のベイナイトとマルテンサイトなどの硬質相のみからなる耐衝撃特性に優れた高強度熱延鋼板が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来の衝撃吸収部材の素材である鋼材(以下、単に「鋼材」ともいう。)には、以下のような課題がある。すなわち、衝撃吸収部材(以下、単に「部材」ともいう。)の衝撃吸収エネルギーを向上するには、鋼材の高強度化が必須である。
【0013】
しかしながら、非特許文献1に、衝撃吸収エネルギーを決定づける平均荷重(F
ave)が、
F
ave∝(σY・t
2)/4
σY:有効流動応力
t:板厚
として与えられることが開示されているように、衝撃吸収エネルギーは鋼材の板厚に大きく依存する。したがって、単に鋼材を高強度化することだけでは、衝撃吸収部材について薄肉化と高衝撃吸収性能とを両立させることには限界がある。
【0014】
ところで、例えば、特許文献7〜9にも開示されるように、部材の衝撃吸収エネルギーはその形状にも大きく依存する。すなわち、塑性変形仕事量を増大させるように部材の形状を最適化することによって、単に鋼材を高強度化することだけでは達成し得ないレベルまで、部材の衝撃吸収エネルギーを飛躍的に高めることができる可能性がある。
【0015】
しかしながら、塑性変形仕事量を増大させるように部材の形状を最適化したとしても、鋼材がその塑性変形仕事量に耐え得る変形能を有していなければ、想定していた塑性変形が完了する前に、部材に早期に割れが生じてしまい、結果的に塑性変形仕事量を増大させることができず、衝撃吸収エネルギーを飛躍的に高めることができない。また、割れが早期に部材に生じると、この部材に隣接して配置された他の部材を損傷する等の予期せぬ事態を招きかねない。
【0016】
従来は、部材の衝撃吸収エネルギーが鋼材の動的強度に依存するとの技術思想に基づいて、鋼材の動的強度を高めることが指向されてきた。しかしながら、単に鋼材の動的強度を高めることを指向するのでは顕著な変形能の低下を招く場合がある。このため、塑性変形仕事量を増大させるように部材の形状を最適化したとしても、部材の衝撃吸収エネルギーを飛躍的に高めることができるとは限らなかった。
【0017】
また、そもそも上記技術思想に基づいて製造された鋼材の使用を前提として部材の形状が検討されてきたため、部材の形状の最適化は、当初から既存の鋼材の変形能を前提として検討されており、塑性変形仕事量を増大させるように、鋼材の変形能を高め、それに基づいて部材の形状を最適化するという検討自体が、これまで十分になされていなかった。
【0018】
さらには、鉄鋼材料の変形能は、強度の上昇に伴い著しく低下する。したがって、1400MPaを超える高強度材の衝撃吸収部材への適用は、これまでに前例がない。
【0019】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたものであり、1400MPaを超える引張強度を有しつつ、衝撃割れの発生を抑制でき、衝撃吸収特性に優れる高強度鋼材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、耐割れ性に優れた高衝撃吸収鋼を提案するため、衝撃吸収エネルギーを高めつつ衝撃割れの発生を抑制する方法について鋭意検討を行った結果、以下の知見を得るに至った。
【0021】
[衝撃吸収エネルギーの向上]
(a)鋼材の衝撃吸収エネルギーを高めるには、降伏強度および低ひずみ域での加工硬化係数を高めることが有効である。
【0022】
(b)降伏強度の向上には、鋼のミクロ金属組織を下部ベイナイト組織単相とすることが有効である。
【0023】
(c)ベイナイト単相鋼の低ひずみ域での加工硬化係数の向上には、炭素含有量を高めることが有効である。
【0024】
[衝撃割れの抑制]
(d)衝撃吸収部材において、衝撃荷重負荷時に割れが発生すると、エネルギー吸収能が低下するばかりでなく、隣接する他の部分の損傷原因となる。
【0025】
(e)しかしながら、材料強度、特に、降伏強度の上昇に伴い、衝撃過重負荷時における割れに対する感受性(以下、「衝撃割れ感受性」ともいう。)が高くなる。
【0026】
(f)ベイナイト単相鋼において衝撃荷重負荷時における脆化割れは旧オーステナイト粒界で発生する場合が多い。したがって、脆化割れの発生を抑制するには、旧オーステナイト粒径を微細にし、靭性を向上させることが有効である。
【0027】
(g)さらに、ベイナイト単相鋼において衝撃荷重負荷時における座屈変形部の割れを抑制するには、伸び、局部延性および靭性を向上させることが有効である。
【0028】
(h)ベイナイト単相鋼の伸びを向上させるためには、旧オーステナイトを微細化し、ベイナイトブロックサイズを微細化することが有効である。
【0029】
(i)旧オーステナイト粒界の微細化には、MoおよびBを複合添加することが有効である。
【0030】
(j)MoとBとを複合的に含有させることで、オーステナイト域で転位および結晶粒界の運動が抑制され、オーステナイト粒径の微細化に寄与する。これは、MoとBとによるホウ化物、または、Mo−Bの相互作用に起因する作用効果である。
【0031】
(k)MoおよびBは焼入れ性の向上にも有効である。オーステナイト粒を微細化すると、焼き入れ性が低下するため、冷却中にフェライトが生成し、ベイナイト単相組織が得られ難くなる。しかしながら、MoおよびBの複合添加により焼入れ性が向上し、旧オーステナイト粒径が極微細なベイナイト単相組織を得ることができる。
【0032】
本発明は、上記の知見を基礎としてなされたものであり、下記の高強度鋼材およびその製造方法を要旨とする。
【0033】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.2%を超えて0.55%以下、
Si:0.1〜0.3%、
Mn:0.1〜0.3%、
Mo:1〜4%、
Ti:0.002〜0.008%、
Al:0.01〜0.2%、
B:0.001〜0.006%、
N:0.001〜0.015%、
V:0〜0.3%、
Nb:0〜0.05%、
残部:Feおよび不純物であり、
金属組織が旧オーステナイト粒径5μm以下の下部ベイナイト組織単相であり、
1400MPaを超える引張強度を有する、高強度鋼材。
【0034】
(2)前記化学組成が、質量%で、
V:0.05〜0.3%、
Nb:0.01〜0.05%、
から選択される1種以上を含有する、上記(1)に記載の高強度鋼材。
【0035】
(3)上記(1)または(2)に記載の化学組成を有する鋼を、800〜900℃の温度域まで加熱した後、10℃/s以上の冷却速度で350〜450℃の温度域まで冷却し、その温度で10〜100s保持し、その後、冷却する熱処理工程を備える、高強度鋼材の製造方法。
【0036】
(4)上記(1)または(2)に記載の化学組成を有する鋼を、500〜750℃の温度域において断面減少率が20%以上となるように温間加工を加えた後、800〜900℃の温度域まで加熱し、その後、10℃/s以上の冷却速度で350〜450℃の温度域まで冷却し、その温度で10〜100s保持し、その後、冷却する熱処理工程を備える、高強度鋼材の製造方法。
【0037】
(5)上記(1)または(2)に記載の化学組成を有する鋼を、断面減少率が20%以上となるように冷間加工を加えた後、800〜900℃の温度域まで加熱し、その後、10℃/s以上の冷却速度で350〜450℃の温度域まで冷却し、その温度で10〜100s保持し、その後、冷却する熱処理工程を備える、高強度鋼材の製造方法。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、衝撃荷重が負荷された時における衝撃吸収部材の割れの発生を抑制できるため、衝撃吸収部材の衝撃吸収エネルギーを飛躍的に高めることが可能となる。したがって、本発明に係る高強度鋼材は、衝撃吸収部材、特に自動車用の衝撃吸収部材の素材として用いるのに好適である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0040】
1.化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0041】
C:0.2%を超えて0.55%以下
Cは、鉄鋼材料の強度を向上させる基本的な元素である。Cはベイナイト中の炭化物を微細に分散させ、フェライト相の高強度化に寄与する。加えて、ベイナイト加工硬化性を向上させる。しかしながら、C含有量が0.2%以下では、上記作用による効果を得ることが困難である。したがって、Cは0.2%を超えて含有させる必要がある。一方、C含有量が0.55%を超えると、セメンタイトが粗大化し、延性および靭性が低下する。したがって、C含有量は0.55%以下とする。C含有量は0.25%以上であるのが望ましく、0.35%以上であるのがより望ましい。また、C含有量は0.5%以下であるのが望ましく、0.45%以下であるのがより望ましい。
【0042】
Si:0.1〜0.3%
Siは、脱酸効果により鋼中の介在物を抑制し、衝撃割れを防止する効果を有する元素である。しかしながら、Si含有量が0.1%未満では、上記の効果を得ることが困難である。したがって、Si含有量は0.1%以上とする。一方、Si含有量が0.3%を超えると、ベイナイト組織中の旧オーステナイト粒界が弱化し、かえって衝撃割れが起こりやすくなる。したがって、Si含有量は0.1〜0.3%とする。Si含有量は0.15%以上であるのが望ましく、0.25%以下であるのが望ましい。
【0043】
Mn:0.1〜0.3%
Mnは、焼き入れ性を向上させ、ベイナイト相の生成を容易にする。しかしながら、Mn含有量が0.1%未満では、上記の効果を得ることが困難である。したがって、Mn含有量は0.1%以上とする。一方、Mn含有量が0.3%を超えると、マルテンサイト相が生成しやすくなり、延性および靭性が劣化する。したがって、Mn含有量は、0.1〜0.3%とする。Mn含有量は0.15%以上であるのが望ましく、0.25%以下であるのが望ましい。
【0044】
Mo:1〜4%
Moは、Bと複合的に含有させることにより、焼入れ性を向上させ、ベイナイト相の生成を容易にする元素である。さらに、オーステナイト粒界およびオーステナイト中の転位の運動を抑制し、オーステナイト粒の微細化に寄与する。しかしながら、Mo含有量が1%未満では、上記の効果を得ることが困難である。したがって、Mo含有量は1%以上とする。一方、Mo含有量が4%を超えると、旧オーステナイト粒界に粗大な炭化物が生成し、局部延性および靭性が低下する。したがって、Mo含有量は1〜4%とする。Mo含有量は1.5%以上であるのが望ましく、3.5%以下であるのが望ましい。
【0045】
Ti:0.002〜0.008%
Tiは、TiC、TiN等の炭・窒化物を生成し、結晶粒の成長に対するピンニング効果により結晶粒の粗大化を抑制する効果を有する元素である。さらに、Tiは固溶Nを低減する効果を有する。後述のようにBを含有する鋼において、固溶Nが存在すると、BとNとが結合してBNを形成するため、Bを含有させることによる効果が発揮されない。したがって、TiはBの効果を間接的に発揮させるのに有効な元素である。しかしながら、Ti含有量が0.002%未満では、上記の効果を得ることが困難である。したがって、Ti含有量は0.002%以上とする。一方、Ti含有量が0.008%を超えると、粗大なTiNが生成し、局部延性および靭性が低下する。したがって、Ti含有量は0.002〜0.008%とする。Ti含有量は0.003%以上であるのが望ましく、0.006%以下であるのが望ましい。
【0046】
Al:0.01〜0.2%
Alは、脱酸効果により鋼中の介在物を抑制し、衝撃割れを防止する効果がある。しかしながら、Al含有量が0.01%未満では、上記の効果を得ることが困難である。一方、Al含有量が0.2%を超えると、酸化物および窒化物を粗大化し、かえって衝撃割れが助長される。したがって、Al含有量は0.01〜0.2%とする。Al含有量は0.02%以上であるのが望ましく、0.1%以下であるのが望ましい。
【0047】
B:0.001〜0.006%
Bは、Moと複合的に含有させることにより、焼入れ性を向上させ、ベイナイト相の生成を容易にする元素である。しかしながら、B含有量が0.001%未満では、上記の効果を得ることが困難である。したがって、B含有量は0.001%以上とする。一方、B含有量が0.006%を超えると、旧オーステナイト粒界に粗大な炭化物が生成し、局部延性および靭性が低下する。したがって、B含有量は0.001〜0.006%とする。B含有量は0.003%以上であるのが望ましく、0.005%以下であるのが望ましい。
【0048】
N:0.001〜0.015%
Nは、窒化物を生成することにより、オーステナイトおよびフェライトの粒成長を抑制し、衝撃割れを抑制する効果を有する元素である。しかしながら、N含有量が0.001%未満では、上記の効果を得ることが困難である。一方、N含有量が0.015%を超えると窒化物が粗大化し、かえって衝撃割れが助長される。したがって、N含有量は0.001〜0.015%とする。N含有量は0.002%以上であるのが望ましく、0.010%以下であるのが望ましい。
【0049】
V:0〜0.3%
VはMoと同様、Bと複合的に含有させることにより、焼入れ性を向上させ、ベイナイト相の生成を容易にする元素である。さらに、オーステナイト粒界およびオーステナイト中の転位の運動を抑制し、オーステナイト粒の微細化に寄与する。したがって、必要に応じてVを含有させても良い。しかしながら、V含有量が0.3%を超えると、粗大なVCおよびVNが生成し、延性および靭性が低下する。したがって、V含有量は、0〜0.3%とする。V含有量は0.25%以下であるのが望ましい。また、上記の効果を得たい場合は、V含有量を0.05%以上とすることが望ましい。
【0050】
Nb:0〜0.05%
NbはMoと同様、Bと複合的に含有させることにより、焼入れ性を向上させ、ベイナイト相の生成を容易にする元素である。さらに、オーステナイト粒界およびオーステナイト中の転位の運動を抑制し、オーステナイト粒の微細化に寄与する。したがって、必要に応じてNbを含有させても良い。しかしながら、Nb含有量が0.05%を超えると、粗大なNbCおよびNbNが生成し、延性および靭性が低下する。したがって、Nb含有量は0〜0.05%とする。Nb含有量は0.04%以下であるのが望ましい。また、上記の効果を得たい場合は、Nb含有量を0.01%以上とすることが望ましく、0.015%以上とすることがより望ましい。
【0051】
P:0.02%以下
Pは、不純物として含有され、粒界を脆弱にし、熱間加工性の悪化を招く。P含有量が0.02%を超えると熱間加工性の悪化が顕著となる。したがって、P含有量は0.02%以下とする。P含有量は0.015%以下であるのが望ましい。P含有量は少なければ少ないほど望ましいが、過剰な低減は著しいコスト上昇を招く。現実的な製造工程と製造コストとの観点から、P含有量は0.001%以上とすることが望ましい。
【0052】
S:0.005%以下
Sは、不純物として含有され、粒界を脆弱にし、熱間加工性および延性の劣化を招く。S含有量が0.005%を超えると熱間加工性および延性の劣化が顕著となる。したがって、S含有量は0.005%以下とする。S含有量は0.004%以下であるのが望ましい。S含有量は少なければ少ないほど望ましいが、過剰な低減は著しいコスト上昇を招く。現実的な製造工程と製造コストとの観点から、S含有量は0.0005%以上とすることが望ましい。
【0053】
本発明の高強度鋼材は、上記のCからSまでの元素と、残部Feおよび不純物とからなる化学組成を有する。
【0054】
ここで「不純物」とは、鋼板を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0055】
2.金属組織
組織:下部ベイナイト組織単相
本発明に係る高強度鋼材は、1400MPaを超える引張強度を有しつつ、延性と靭性とを向上させるため、下部ベイナイト組織単相の金属組織を有するものとする。下部ベイナイト組織とは、板状のフェライトからなり、フェライト板内にセメンタイト粒子が生成した組織である。下部ベイナイト組織は、セメンタイトが同一方向に配列する特徴があり、走査型電子顕微鏡または透過型電子顕微鏡を用いた観察によって、他の組織(マルテンサイト、フェライト、パーライト、上部ベイナイト等)と容易に峻別することができる。
【0056】
なお、本発明において「下部ベイナイト組織単相」は、セメンタイト、フェライト、オーステナイト等の下部ベイナイト以外の組織が、合計で5%未満の範囲において含まれることを許容するものとする。
【0057】
旧オーステナイト結晶粒径:5μm以下
下部ベイナイト組織は、ベイナイト生成温度域の中でも低温域にあるため、ベイナイト変態に伴い、組織中で炭素の再分配が生じ、炭素の高い領域で硬質のマルテンサイト組織が生成する場合がある。下部ベイナイト組織中に硬質のマルテンサイトが生成すると、局部延性および靭性が低下する場合がある。しかしながら、旧オーステナイト粒界を微細化することによって、マルテンサイトの生成が抑制され、均質な下部ベイナイト組織が得られることが明らかとなった。
【0058】
旧オーステナイト粒径が5μmを超えると、マルテンサイトの生成を抑制する効果が得られなくなる。したがって、旧オーステナイト粒径は5μm以下とする。旧オーステナイト粒径は3μm以下であるのが望ましい。旧オーステナイト粒径はできる限り小さいことが望ましいが、過剰に細粒にすることは現実的でないため、1μm以上とすることが望ましい。
【0059】
3.製造方法
本発明に係る高強度鋼材の製造方法について特に制限はないが、例えば、上記の化学組成を有する鋼に対して以下に示す熱処理を施すことにより製造することができる。
【0060】
3−1 熱処理前における鋼の金属組織
熱処理に供する鋼(以下、「熱処理用鋼」ともいう。)の金属組織は、フェライト、パーライト、セメンタイトおよび焼戻しマルテンサイトから選択される1種の単相組織または2種以上が混在する複相組織とすることが望ましい。その組織は細粒であるのが望ましく、フェライトとパーライトとの複合組織またはフェライトとセメンタイトとの複合組織の場合には、フェライト粒径は10μm以下に制御することが望ましい。また、焼戻しマルテンサイトの場合には、旧オーステナイト粒径を10μm以下とすることが望ましい。これらの結晶粒径は、5μm以下とすることがより望ましく、3μm以下とすることがさらに望ましい。上記の組織要件を満足する熱処理用鋼は熱間圧延、熱間鍛造、熱処理のいずれの工程で製造しても良い。
【0061】
3−2 熱処理工程
上述のように、本発明に係る高強度鋼材は、上記熱処理用鋼に対して下記のステップを含む熱処理を施すことによって製造することが可能である。上記熱処理工程における各ステップについて、以下に詳しく説明する。
【0062】
a)加熱ステップ
本発明の熱処理工程においては、800〜900℃の温度域まで加熱する。組織をオーステナイト化するため、加熱温度は800℃以上とすることが望ましい。一方、加熱温度が900℃を超えると結晶粒が粗大化し延性および靭性に悪影響を及ぼす。したがって、加熱温度は800〜900℃の範囲にすることが望ましい。なお、加熱後、必要に応じて熱間加工を加えても良い。
【0063】
b)冷却ステップ
加熱後、10℃/s以上の冷却速度で350〜450℃の温度域まで冷却した後、冷却を停止する。冷却速度が10℃/s未満であると、フェライトが析出し、下部ベイナイト組織単相とならなくなるおそれがある。また、冷却停止温度が450〜350℃の範囲でないと、ベイナイトまたはマルテンサイトの変態温度範囲とはならず、フェライトが析出するようになる。
【0064】
c)保持ステップ
上記冷却停止温度まで冷却させた後、その温度で10〜100s保持する。この保持時間内で、ベイナイトまたはマルテンサイト変態させるが、保持時間が10s未満だと、ベイナイト変態が完了せず、伸び、局部延性、および靭性が劣化するおそれがある。一方、保持時間が100sを超えると炭化物が粗大化し靭性に悪影響を及ぼすおそれがある。
【0065】
d)その他
本発明の熱処理工程においては、上記の加熱、冷却および保持ステップの後に、400〜600℃の温度域で1h以内の焼戻し処理を行っても良い。
【0066】
3−3 温間加工工程
上記の鋼に対して熱処理を行う前に温間加工を施すと、その後の熱処理で、オーステナイト結晶粒の微細化が起こりやすくなり、旧オーステナイト粒径の微細な下部ベイナイト組織からなる金属組織を有する鋼材を得るのが容易になる。温間加工を熱処理前に施す場合には、500〜750℃の温度域で、断面減少率が20%以上となるような条件で行うことが望ましい。温間加工温度が750℃を超える場合または断面減少率が20%未満の場合には、温間加工の効果が発揮されないおそれがある。一方、温間加工温度は低い方が望ましいが、現実的には500℃以上とすることが望ましく、600℃以上とすることがより望ましい。また、断面減少率は高ければ高い方が望ましいが、設備の性能上、上限は50%とすることが望ましい。なお、温間加工は、板圧延、穴型圧延、温間プレス等の一般的な工程により行うことができる。
【0067】
3−4 冷間加工工程
上記の鋼に対して熱処理を行う前に冷間加工を施すと、その後の熱処理で、オーステナイト結晶粒の微細化が起こりやすくなり、旧オーステナイト粒径の微細な下部ベイナイト組織からなる金属組織を有する鋼材を得るのが容易になる。冷間加工を熱処理前に施す場合には、断面減少率が20%以上となるような条件で行うことが望ましい。断面減少率は高ければ高い方が望ましいが、設備の性能上、上限は50%とすることが望ましい。なお、冷間加工は、圧延、プレス、曲げ加工等の一般的な工程により行うことができる。
【0068】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0069】
表1に示す化学組成を有する鋼を、150kgの溶鋼を真空溶製して鋳造した後、炉内温度1250℃で加熱し、950℃以上の温度で熱間鍛造を行い、さらにそれぞれ以下に示す処理を施すことで各熱処理用鋼を作製した。
【0070】
【表1】
【0071】
試験番号1〜4については、6パスの多パス圧延により熱間圧延を行い、920℃で総圧下率43%の仕上げ圧延を加えた後、空冷させ熱処理用鋼を作製した。また、試験番号5〜8および30については、6パスの多パス圧延により熱間圧延を行い、780℃で総圧下率65%の仕上げ圧延を加えた後、水冷させ熱処理用鋼を作製した。
【0072】
試験番号9〜16については、850℃で30minのオーステナイト化熱処理後、水冷させ、その後、680℃で2hの焼戻し処理を行い、熱処理用鋼を作製した。そのうち、試験番号13〜16については、焼戻し処理の後に650℃で総圧下率40%の温間圧延を施した。
【0073】
試験番号17〜20については、6パスの多パス圧延により熱間圧延を行い、850℃で総圧下率43%の仕上げ圧延を加えた後、室温まで空冷させ、その後、総圧下40%の冷間圧延を施し、熱処理用鋼とした。そして、試験番号21〜23については、6パスの多パス圧延により熱間圧延を行い、780℃で総圧下率65%の仕上げ圧延を加えた後、室温まで空冷させ、その後、総圧下率40%の冷間圧延を施し、熱処理用鋼とした。
【0074】
試験番号24については、4パスの多パス圧延により熱間圧延を行い、920℃で総圧下率35%の仕上げ圧延を加えた後、空冷させ、その後、総圧下率25%の冷間圧延を施し、熱処理用鋼とした。試験番号25および26については、6パスの多パス圧延により熱間圧延を行い、830℃で総圧下率53%の仕上げ圧延を加えた後、水冷させ、その後、650℃でそれぞれ総圧下率30%および40%の温間圧延を施し、熱処理用鋼とした。
【0075】
試験番号27および28については、6パスの多パス圧延により熱間圧延を行い、780℃で総圧下率65%の仕上げ圧延を加えた後、水冷させ、その後、650℃で40%の温間圧延を施し、熱処理用鋼とした。試験番号29については、850℃で30minのオーステナイト化熱処理後、水冷させ、その後、680℃で2hの焼戻し処理を行った。その後、650℃で40%の温間圧延を施し、熱処理用鋼とした。
【0076】
上記の熱処理用鋼からそれぞれ試験片を切り出した後、鏡面研磨した。その後、ナイタール腐食、またはピクリン酸腐食し、走査型電子顕微鏡(倍率3000倍)を用いて、各試料5視野について観察し、金属組織の同定および平均粒径の測定を行った。ここで平均粒径とは、ASTM−E112に準拠して求めたASTM公称粒径を意味する。なお、ASTM公称粒径は、平均粒切片を1.13倍することにより算出することができる。
【0077】
上記の工程で得た熱処理用鋼の板厚は、いずれも2mmである。各熱処理用鋼に対して熱処理を施し、鋼材を製造した。熱処理は、加熱ステップ、冷却ステップおよび保持ステップを含むものであり、各処理条件は表2に示すとおりである。その後、各鋼材の特性の評価を行った。特性の評価項目は、引張特性、靭性(シャルピー衝撃特性)および曲げ特性である。特性の評価方法について以下に説明する。
【0078】
【表2】
【0079】
<引張特性>
JIS13号引張試験片を採取して引張試験を行うことにより、0.2%耐力(MPa)、最大引張応力(MPa)、降伏比、伸び(%)および幅絞り(%)の値を測定した。
【0080】
<靭性>
靭性はシャルピー衝撃試験により評価した。上記の2mmの鋼板サンプルを5枚積層してネジ止めした後、断面が10mm角になるよう加工し、積層体を作製した。その後、積層体の側面に深さが2mm、角度が45°のVノッチを、亀裂断面が上記の10mm角の断面と平行に入るように加工して、シャルピー衝撃試験片とした。衝撃特性は、温度0℃における衝撃エネルギーで評価した。
【0081】
<曲げ特性>
曲げ特性は、曲げ半径5mmおよび7mmで曲げ加工を行った後の亀裂の有無で評価した。なお、亀裂の有無は実体顕微鏡を用いて判定した。
【0082】
本発明では、0.2%耐力:1200MPa以上、降伏比:0.85以上、伸び:10%以上、幅絞り:10%以上、シャルピー値:30J/cm
2以上、曲げ性:R=7mm、5mmともに割れなし、という条件を全て満足するものを、「衝撃吸収特性に優れる」と判断した。
【0083】
表2から分かるように、比較例である試験番号1、5、13および28は、鋼材の金属組織が下部ベイナイト組織単相となっていないため、必要な引張強度が得られず、0.2%耐力および降伏比も悪かった。試験番号2は、鋼材の金属組織が下部ベイナイト組織単相となっておらず、また旧オーステナイト粒径も粗大であるため、シャルピー衝撃特性および曲げ特性がわずかに劣る結果となった。試験番号3、4、7〜9、12、16および23は、鋼材の金属組織がマルテンサイト単相となり、また旧オーステナイト粒径も粗大であるため、0.2%耐力、降伏比、伸び、シャルピー衝撃特性および曲げ特性の全てが劣る結果となった。
【0084】
試験番号10および24は、金属組織が下部ベイナイト組織単相であるものの、旧オーステナイト粒径も粗大であるため、シャルピー衝撃特性および曲げ特性が劣る結果となった。試験番号11および15は、鋼材の金属組織がマルテンサイト単相となり、また旧オーステナイト粒径も粗大であるため、降伏比、伸び、シャルピー衝撃特性および曲げ特性が劣る結果となった。
【0085】
試験番号25は、SiおよびMoの含有量が規定の範囲から外れており、試験番号26は、MnおよびMoの含有量が規定の範囲から外れており、ともに鋼材の金属組織が下部ベイナイト組織単相となっていないため、降伏比、伸び、シャルピー衝撃特性および曲げ特性が劣る結果となった。試験番号29および20は、B含有量が規定の範囲から外れており、鋼材の金属組織が下部ベイナイト組織単相となっていないため、必要な引張強度が得られず、0.2%耐力および降伏比も悪かった。
【0086】
一方、本発明例である試験番号6、14、17〜22および27は、1400MPaを超える引張強度を有しており、0.2%耐力、降伏比、伸び、シャルピー衝撃特性および曲げ特性の全てが良好であり、衝撃吸収特性に優れることが明らかである。