特許第6379736号(P6379736)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ アイシン精機株式会社の特許一覧

特許6379736希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩、及び当該複塩を利用した希土類元素の分離回収方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6379736
(24)【登録日】2018年8月10日
(45)【発行日】2018年8月29日
(54)【発明の名称】希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩、及び当該複塩を利用した希土類元素の分離回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 59/00 20060101AFI20180820BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20180820BHJP
   C22B 7/00 20060101ALI20180820BHJP
   C01F 17/00 20060101ALI20180820BHJP
【FI】
   C22B59/00
   C22B3/44 101Z
   C22B7/00 G
   C01F17/00 G
【請求項の数】2
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2014-132951(P2014-132951)
(22)【出願日】2014年6月27日
(65)【公開番号】特開2016-11435(P2016-11435A)
(43)【公開日】2016年1月21日
【審査請求日】2017年5月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】アイシン精機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】近藤 和博
(72)【発明者】
【氏名】別府 弓生
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/094037(WO,A1)
【文献】 特開昭62−145024(JP,A)
【文献】 特表2016−507637(JP,A)
【文献】 特表2016−507636(JP,A)
【文献】 特開2000−313928(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 59/00
C22B 3/00
C01F 1/00 − 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類元素を分離回収する方法であって、
複数種の希土類元素を含有する試料に対して炭酸ナトリウムを添加し、前記複数種の希土類元素による夫々の炭酸塩と炭酸ナトリウムとからなる溶解度の異なる複塩を形成させる工程と、
前記複塩を形成させる工程で添加する前記炭酸ナトリウムの最終濃度よりも高い濃度の炭酸ナトリウム溶液を前記複塩に添加して、前記複塩の溶解度差をもって前記希土類元素を相互に分離する工程とを有する希土類元素の分離回収方法。
【請求項2】
希土類元素を分離回収する方法であって、
重希土類元素と軽希土類元素を含有する試料に対して、炭酸ナトリウムを最終濃度4重量%以上で添加して反応させ、希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩として前記重希土類元素と前記軽希土類元素を沈殿させる工程と、
前記複塩の沈殿物を固液分離により回収する工程と、
前記複塩を15重量%以下で炭酸ナトリウム溶液と反応させて前記重希土類元素を可溶性成分して溶出することにより前記軽希土類元素と分離する工程であって、ここで、前記炭酸ナトリウム溶液の濃度は、前記沈殿させる工程で添加する前記炭酸ナトリウムの最終濃度よりも高い、工程とを有し、
前記分離する工程を4回以上繰り返す希土類元素の分離回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩、及び当該複塩を利用した希土類元素の分離回収方法である。具体的には、単塩の希土類元素の炭酸塩よりも溶解性が高まった希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩、及び当該複塩の溶解性を利用した希土類元素、特には重希土類元素の分離回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類元素(以下、「レアアース」と称する場合がある)は、ランタン(原子番号57)からルテチウム(原子番号71)までの15元素のランタノイドに、スカンジウム(原子番号21)、及びイットリウム(原子番号39)を加えた17元素の総称である。希土類元素の多くは優れた物理的性質などを有しており、永久磁石、二次電池、自動車の排気ガス浄化用触媒、コンピュータをはじめとする情報通信機器等の材料として、或いはエレクトロニクス製品の性能向上に必要不可欠な材料として幅広く使用されており、工業的に重要な存在である。
【0003】
しかしながら、現状では希土類元素を多く含有する高品位の鉱石が特定地域に偏在しており、そのため、その生産地域が限られている。特に、原子量が大きな重希土類元素は資源量が少なく、また地域的偏在が著しいために資源的に希少である。仮に、希土類元素の調達環境が悪化すれば、前記工業生産品の製造に大きな支障を来すことが予想される。そのため、例えば永久磁石の加工時に発生する磁石粉末や情報通信機器等の廃棄物から希土類元素を回収してリサイクルする技術の確立が強く要望されている。また、希土類元素同士の化学的性質が類似するため、相互分離が非常に困難であったことから、相互に希土類元素を分離して回収できる技術の確立も重要な技術的課題であった。
【0004】
従来、希土類元素を回収する方法として、硫酸で希土類元素を溶解浸出し、得られた浸出液からシュウ酸塩沈殿法を用いて回収する方法(例えば、非特許文献1)が公知である。非特許文献1に開示の技術は、シュウ酸塩沈殿物を焼成することにより希土類元素を酸化物として回収するものである。そして、脂溶性リン酸化合物を用いて水溶液中の希土類元素を分離回収する方法(例えば、非特許文献2)も公知である。非特許文献2に開示の技術は、脂溶性リン酸化合物であるジ(2−エチルヘキシル)ホスフィン酸を固定化したカラムを使用し、溶媒抽出後のpH値が3以上となるように抽出時のpH値を調整して希土類元素イオンを吸着及び酸溶出するものである。
【0005】
しかしながら、非特許文献1に開示の希土類元素の回収方法では、シュウ酸塩として希土類元素を沈殿回収するが、希土類元素のシュウ酸塩は溶解度積が小さいため、沈殿物を容易には再溶解できないという問題点があった。そして、希土類元素のシュウ酸塩は、焼成するか、若しくは、そのまま最終産物とするため、後工程での成分分離が困難であるという問題点もあった。更に、重希土類元素であるイットリウム及びテルビウムと、軽希土類元素であるランタン、セリウム、ユウロピウムとの間にシュウ酸による回収率の差はなく、これらを相互分離できるものではなかった。また、非特許文献2に開示の技術は、高精度分析には最適ではある。しかし、大量の磁石粉末や廃棄物から希土類元素を回収する際には、希土類元素を含有する大量の溶液を扱うことになる。この場合、非特許文献2に開示の樹脂を利用して回収しようとすると、大量の樹脂が必要となる。樹脂は一般に高価であるため、分離回収目的にはコスト面で折り合わないとの問題点があった。
【0006】
ここで、希土類元素は炭酸塩として沈殿することが知られている。従前において、希土類元素の炭酸塩の水溶液間での元素分配係数と溶解度積、溶解度との関係が検討されていた(例えば、非特許文献3)。具体的には、希土類元素の炭酸塩の水への溶解度の差がカルサイトとの比をもって検証され、軽希土類元素が重希土類元素よりも水への溶解度が低いことが確認されている。
【0007】
しかしながら、非特許文献3に開示の技術は、希土類元素の炭酸塩の元素間の溶解度等に関する研究報告に過ぎない。そのため、希土類元素と炭酸の結合力の強さ等を検討したものではなく、しかも炭酸は多くの金属と沈殿性の塩を形成することが知られていることから、希土類元素の回収技術への利用を具現化できるような開示はなされていなかった。
【0008】
そこで、本発明者らは、希土類元素に遊離形態の核酸を溶液で反応させることにより、希土類元素が核酸と結合して沈殿物を形成することを利用した希土類元素の回収方法を報告した(特許文献1)。特許文献1には、核酸と結合した希土類元素を工業原料として実用価値の高い炭酸塩に変換できることも開示されている。特許文献1に開示の技術は、希土類元素を煩雑な工程を経ることなく容易かつ簡便に、低コストで分離回収できる技術であり、有価物として希土類元素を回収できる点で優れた技術である。しかしながら、上述した通り、希土類元素は、その化学的性質が類似するため、その相互分離は非常に困難であった。特許文献1に開示の技術であっても、希土類元素の相互分離の観点からは更なる改良の余地があり、希土類元素を相互に分離して、特に、希少価値の高い重希土類元素を軽希土類と相互に分離して回収できる技術の確立が依然として要望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2013-253311号(特願2012-228261号)
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】高橋徹他著、「廃蛍光管からの希土類元素の分離回収(第1報)」、北海道立工業試験場報告No.293、1994年
【非特許文献2】TRISKEM NTERNATIONAL、PRODUCT SHEET、LN / LN2 / LN3 resins、[online]、[平成24年2月23日検索]、インターネット<URL: http://www.triskem-international.com/en/iso_album/ft_resine_ln_en.pdf>
【非特許文献3】鹿園直建他著、「高レベル放射性廃棄物からの核種移行に対する固溶体鉱物-水溶液間の元素分配の役割」、原子力バックエンド研究、2006年3月、Vol.12、No1〜2、第3〜9頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は、希土類元素を煩雑な工程を経ることなく、簡便かつ安価に、工業原料であって商品価値のある有価物として回収可能な希土類元素の分離回収技術の提供を目的とする。更に、希土類元素の相互分離、特には、重希土類元素を軽希土類元素と区別して分離回収できる技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記目的を達成するため鋭意研究を行い、希土類元素を炭酸ナトリウムと反応させることにより、従来公知の単塩の希土類元素の炭酸塩とは異なる特殊な希土類元素の炭酸塩とナトリウムの炭酸塩からなる複塩を形成することを見出した。希土類元素と遊離形態の核酸を反応させて得られた沈殿物に炭酸ナトリウムを反応させることによっても上記複塩を形成でき、しかも、効率良く、かつ再現性高く形成できることを見出した。上記複塩の溶解性の相違を利用することにより、希土類元素の相互分離、特には重希土類元素と軽希土類元素を区別して分離回収できることを見出し、これらの知見をもとに本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、以下の〔1〕〜〔7〕に示す発明を提供する。
【0014】
〔1〕希土類元素の炭酸塩Mp(CO3)qと炭酸ナトリウムNa2(CO3)からなる複塩であって、ここで、Mは希土類元素を示し、p=2及びq=3、又はp=1及びq=1である複塩。
〔2〕上記希土類元素と炭酸ナトリウムとを反応させることによって調製される上記複塩。
〔3〕上記希土類元素が、希土類元素の塩化物である上記複塩。
〔4〕上記炭酸ナトリウムとの反応前に、上記希土類元素を遊離形態の核酸と反応させて希土類金属と核酸との沈殿物を調製し、上記希土類金属と核酸の沈殿物に上記炭酸ナトリウムを反応させる上記複塩。
〔5〕上記核酸がイノシン酸である上記複塩。
【0015】
上記〔1〕〜〔5〕の構成によれば、従来公知の希土類元素の炭酸塩とは異なる希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩を提供できる。従来公知の希土類元素の炭酸塩は、希土類元素イオンと炭酸イオンが結合した単塩であり、ナトリウムイオンを含んで形成される本発明の複塩とは構造的に異なる。構造的な相違のみならず、本発明の複塩は、従来公知の希土類元素の炭酸塩とはその化学的性質も異なる。従来公知の希土類元素の炭酸塩は、ほとんど水性媒体に溶解することはないが、本発明の複塩は水性媒体への溶解性が向上している。この溶解性が複塩に含有している希土類元素の種類によって相違するため、かかる溶解度差を利用して、希土類元素の相互分離が可能となる。特に、複塩に軽希土類元素を含有する場合と重希土類元素を含有する場合とで溶解度差が大きいため、両者を明確に区別して分離回収することが可能となる。特に、試料中に資源的に希少である重希土類元素が少量しか含有しない場合であっても、効率的、かつ再現性高く重希土類元素を分離回収できる。したがって、煩雑な工程を経ることなく簡便に、かつ高価な試薬を使用することもなく安価に希土類元素を効率的に分離回収するために、本発明の複塩を好適に利用できる。
【0016】
更に、上記〔2〕〜〔5〕の構成によれば、効率的に、かつ再現性高く本発明の複塩を調製し提供できる。かかる構成によれば、煩雑な工程を経ることなく簡便に、かつ高価な試薬を使用することもなく安価に本発明の複塩を提供できるとの利点もある。
【0017】
特に、上記〔4〕及び〔5〕の構成によれば、更に効率的、かつ再現性高く本発明の複塩を調製し提供できる。かかる構成によれば、希土類元素と核酸との反応を要するが、反応は迅速かつ再現性高く進行する上、形成された希土類元素と核酸の沈殿物の炭酸複塩への変換も迅速かつ再現性高く進行する。両反応とも、効率的に進行することから、短時間で効率よく本発明の複塩を調製し提供できる。また、上記〔5〕の構成によれば、更に効率的に本発明の複塩を調製し提供できる。核酸モノマーであるイノシン酸は溶解度が高分子の核酸に比べて高いため、高濃度の核酸溶液を調製できる。塩基対当たり同量の希土類元素が結合すると仮定すると、高濃度の核酸溶液を使用することにより体積当たりの金属結合容量が増加する。金属結合容量が増えることにより、核酸と結合する希土類元素の量が増加し、これにより複塩の収率を向上させることができる。イノシン酸は、安価な汎用試薬であるため、更なるコストの削減と取り扱い性の向上を図ることができる。
【0018】
〔6〕希土類元素を分離回収する方法であって、
複数種の希土類元素を含有する試料に対して濃度を制御した炭酸ナトリウムを添加し、前記複数種の希土類元素による夫々の炭酸塩と炭酸ナトリウムとからなる溶解度の異なる複塩を形成させる工程と、
前記複塩の溶解度差をもって前記希土類元素を相互に分離する工程とを有する希土類元素の分離回収方法。
〔7〕希土類元素を分離回収する方法であって、
重希土類元素と軽希土類元素を含有する試料に対して、炭酸ナトリウムを最終濃度 4 %以上で添加して反応させ、希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩として前記重希土類元素と前記軽希土類元素を沈殿させる工程と、
前記複塩の沈殿物を固液分離により回収する工程と、
前記複塩を15 %以下の炭酸ナトリウム溶液と反応させて重希土類元素を可溶性成分して溶出することにより軽希土類元素と分離する工程とを有し、好ましくは、上記分離する工程を4回以上繰り返す希土類元素の分離回収方法。
【0019】
上記〔6〕及び〔7〕の構成によれば、従来公知の希土類元素の炭酸塩とは異なる希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩を利用した希土類元素の分離回収方法を提供できる。本発明の複塩は、従来公知の単塩として構成される希土類元素の炭酸塩に比べて、水性媒体への溶解性が向上している。この溶解性が複塩に含有している希土類元素の種類によって相違するため、かかる溶解度差を利用して、希土類元素の相互分離が可能となる。特に、複塩に軽希土類元素を含有する場合と重希土類元素を含有する場合とで溶解度差が大きいため、両者を明確に区別して分離回収することが可能となる。特に、試料中に資源的に希少である重希土類元素が少量しか含有しない場合であっても、効率よく、かつ再現性高く重希土類元素を分離回収できる。したがって、煩雑な工程を経ることなく簡便に、かつ高価な試薬を使用することもなく安価に希土類元素を効率的に分離回収できる希土類元素の分離回収方法を提供できる。
【0020】
特に、上記〔6〕の構成によれば、本発明の複塩の構成成分である炭酸ナトリウムの濃度を制御することにより、希土類元素を相互に分離回収する希土類元素の分離回収方法を提供できる。本発明の複塩は、複塩形成時に希土類元素と反応する炭酸ナトリウム濃度、そして複塩と共存する炭酸ナトリウム濃度により、水性媒体への溶解性が異なる性質を有する。高濃度の炭酸ナトリウムの存在下では、重希土類元素を含有する複塩が水性媒体中に溶出する傾向があり、原子量が大きくなるほどその傾向は大きい。イットリウムに関しては、原子量に関わらずその傾向は大きい。一方、軽希土類元素ではその傾向は小さくなる。したがって、炭酸ナトリウム濃度を適切に制御することで、含有している希土類元素の種類によって相違する複塩の溶解特性を利用した希土類元素の相互分離が可能となる。特に、溶解特性の大きく異なる複塩を形成する軽希土類元素と重希土類元素を明確に区別して分離回収することが可能となる。
【0021】
上記〔7〕の構成によれば、軽希土類元素と重希土類元素とを相互に分離して回収する希土類元素の分離回収方法を提供できる。本発明の複塩は、複塩形成時に希土類元素と反応する炭酸ナトリウム濃度、複塩と共存する炭酸ナトリウム濃度により、水性媒体への溶解性が異なる性質を有する。高濃度の炭酸ナトリウムの存在下では、重希土類元素を含有する複塩が水性媒体中に溶出する傾向がある一方で、軽希土類元素はその傾向が小さい。したがって、炭酸ナトリウム濃度を、軽希土類元素は複塩として沈殿し、重希土類元素は水性媒体中に溶出するよう適切に制御することにより、両者を明確に区別して分離回収することが可能となる。分離する工程を4回以上繰り返すことで、重希土類元素の溶出を繰り返すことができる。これにより、高い収率をもって重希土類元素を回収することができ、試料中に重希土類元素が少量しか含有しない場合であっても、特に効率的、かつ再現性高く重希土類元素を分離回収できる。
【0022】
また、好ましくは、上記炭酸ナトリウムの添加の前に、前記試料を遊離形態の核酸と反応させて希土類元素と核酸との沈殿物を調製する工程を有することができ、特に好ましくは、上記核酸が、イノシン酸である。かかる構成によれば、更に効率的、かつ再現性高く希土類元素を分離回収する方法を提供できる。上記構成によれば、希土類元素を核酸と反応させる工程を要するが、反応は迅速かつ再現性高く進行する上、形成された希土類元素と核酸の沈殿物の炭酸複塩への変換も迅速かつ再現性高く進行する。両反応とも、効率的に進行することから、短時間で効率よく本発明の複塩を調製できる。これにより、分離回収に要する時間を短縮でき、効率良く、かつ再現性高く希土類元素を分離回収できる。特に、核酸モノマーであるイノシン酸は溶解度が高分子の核酸に比べて高いため、高濃度の核酸溶液を調製できる。塩基対当たり同量の希土類元素が結合すると仮定すると、高濃度の核酸溶液を使用することにより体積当たりの金属結合容量が増加する。金属結合容量が増えることにより、核酸と結合する希土類元素の量が増加し、これにより希土類元素を高い収率をもって分離回収できる。イノシン酸は、安価な汎用試薬であるため、更なるコストの削減と取り扱い性の向上を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0024】
1.本発明の希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩
本発明の複塩は、一定比で希土類元素の炭酸塩及び炭酸ナトリウムを含んで構成される複塩である。ここで複塩とは、陽イオン又は陰イオン、若しくは両方を2種類以上含有する塩であり、それぞれ塩を構成するイオンがそのまま存在しているものを意味する。したがって、水に溶解させた場合には各成分イオンに解離する。本発明の複塩は、希土類元素とナトリウムの2種類の陽イオンと、陰イオンとして炭酸イオンを含んで構成され、水に溶解させると希土類元素イオン、ナトリウムイオン、炭酸イオンに解離するものであることが好ましい。
【0025】
例示的に、本発明の複塩は、式:[Mp(CO3)q]x・[Na2(CO3)]yで表すことができる。式中、Mは希土類元素を示す。p及びqはMの価電子の数により決定される整数であり、好ましくは、p=2及びq=3、又はp=1及びq=1である。x及びyは整数であり、好ましくは、x=1〜3、及び y=1〜2であり、特に好ましくは、x=1及びy=1、又はx=2及びy=1である。
【0026】
希土類元素は、レアアースや希土類金属とも称し、周期表の3族であるスカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、及びランタノイド15元素を合わせた17元素の総称である。ランタノイドは、元素周期表の原子番号57から71までの15種類の元素の総称であり、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)である。これらは、化学的性質が互いによく似ていることが知られている。以下、希土類元素については、元素名の後に括弧書きで記した元素記号によって表す場合がある。
【0027】
本発明の複塩は、好ましくは、希土類元素として、重希土類元素を含有する。ここで、重希土類元素は、原子番号でガドリニウム〜ルテチウムまでと、イットリウムを指す。即ち、重希土類元素にはガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム及びイットリウムが含まれる。一方、ガドリニウムよりも原子量が小さい原子番号でランタン〜ユウロピウムまでと、スカンジウムは軽希土類元素に分類される。なお、重希土類元素のガドリニウム、並びに軽希土類元素のサマリウム、及びユウロピウムを中希土類元素と分類する場合もある。
【0028】
本発明の複塩は、単塩である市販の希土類元素の炭酸塩や先行技術文献の項で提示した非特許文献3に開示される希土類元素の炭酸塩とは異なる特殊な炭酸塩である。従来公知の希土類元素の炭酸塩は、希土類元素イオンと炭酸イオンが結合した単塩であり、ナトリウムを含んで形成される本発明の複塩とは構造的に異なる。構造的な相違のみならず、本発明の複塩は、従来公知の希土類元素の炭酸塩とはその化学的性質も異なる。従来公知の希土類元素の炭酸塩は、ほとんど水性媒体に溶解することはない。これに関しては、下記比較例1で示す通り、0.2 %以上の濃度で溶解することはないことが確認されていることからも明確である。一方、本発明の複塩は水性媒体への溶解性が向上し、この溶解性が複塩に含有している希土類元素の種類によって相違するものである。かかる溶解度差を利用して、希土類元素の相互分離が可能となる。特に、軽希土類元素を含有する場合と重希土類元素を含有する場合とでその溶解度差が大きいため、両者を明確に区別して分離回収することが可能となる。特に、試料中に資源的に希少である重希土類元素が少量しか含有しない場合であっても、効率的、かつ再現性高く重希土類元素を分離回収できる。このような溶解度差は、溶解性が向上したために顕在化したものである。一方、単塩として構成される従来公知の希土類元素の炭酸塩ではほとんど水性媒体に溶解しないため、希土類元素の分離回収技術には利用できるものではなかった。したがって、煩雑な工程を経ることなく簡便に、かつ高価な試薬を使用することもなく安価に希土類元素を効率的に分離回収するために、本発明の複塩を好適に利用できる。また、先行技術文献の項で提示した本発明者らの特許文献1の炭酸塩についても詳細な構造的解析及び化学的性質の解明はなされておらず、複塩の可能性や溶解性についての知見は何ら開示されていなかった。
【0029】
2.本発明の希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩の構築(直接反応)
本発明の希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩は、希土類元素と炭酸ナトリウムを反応させることによって構築できる。希土類元素は適当な塩の形態、例えば、塩化物やリン酸塩等として炭酸ナトリウムと反応させることが好ましい。
【0030】
希土類元素と炭酸ナトリウムの反応は、例えば、水や緩衝液等の水性媒体中で行う。緩衝液としては適当な緩衝成分を含んで調製されたものを利用できる。適当な緩衝成分としては、トリス酢酸、トリス塩酸等の汎用の緩衝成分を使用できるが、炭酸、ナトリウム、及び希土類元素の複塩形成と競合しないものが好ましい。緩衝液のpHについては特に制限はない。ただし、反応途中において、希土類元素の塩の種類や量、及び炭酸ナトリウムの量によってpHは変動することから、構築される複塩の安定性を損なわないように、適宜、調整できる。また、緩衝成分の最終濃度についても特に制限はなく、更に必要に応じて、各種添加物を添加しても良い。
【0031】
このとき、希土類元素及び炭酸ナトリウムの量又は濃度は、希土類元素の種類、並びに、希土類元素、炭酸ナトリウム及び構築される複塩の溶解度等に応じて適宜設定できる。構築される複塩は、高濃度の炭酸ナトリウムの存在下では、重希土類元素の場合には特に沈殿物として析出せずに溶解する。したがって、例えば、原子番号でエルビウム〜ルテチウム又はイットリウムの炭酸塩と炭酸ナトリウムとの複塩を固体として取得したい場合には、炭酸ナトリウムを反応時の最終濃度を5 %以下、好ましくは4〜5 %に、ジスプロシウム又はホルミウムの場合には7.5 %以下、好ましくは6〜7.5 %に、ガドリニウム又はテルビウムの場合には10 %以下、好ましくは8〜10 %に調整することが好ましい。
【0032】
希土類元素と炭酸ナトリウムの反応は、通常、室温で行われるが、必要に応じて30〜50 ℃に加温して行うこともできる。また、反応時間も特に制限はないが、短時間の反応では再現性が低くなる場合もあるので、希土類元素の種類、並びに希土類元素及び炭酸ナトリウムの量や形態に応じて適宜設定できる。好ましくは16時間以上、若しくは20時間以上であり、特に好ましくは24時間程度である。
【0033】
本発明の複塩の回収は、沈殿性の塩として析出した複塩は固液分離等により沈殿物として回収できる。固液分離は、慣用の手法を用いることができる。例えば、濾過、中空糸フィルター、遠心分離、自然沈降等を採用できる。さらに、回収後の沈殿物を、洗浄することにより不純物を除去できる。洗浄の回数は特に制限はなく、また洗浄後の洗浄液に含有する沈殿物を濾過等により分離回収してもよい。更に、沈殿物を、慣用技術を用いて濃縮してもよい。ただし、洗浄に際しては、水等の公知の溶媒を使用できるが、希土類元素の溶出を招く溶媒の使用を避けることが必要である。したがって、炭酸ナトリウム溶液を使用する場合には上記濃度範囲内に調製したものを使用することが好ましい。
【0034】
このように構成することにより効率的、かつ再現性高く本発明の複塩を調製し提供できる。そして、かかる構成によれば煩雑な工程を経ることなく簡便に、かつ高価な試薬を使用することもなく安価に本発明の複塩を提供できるとの利点もある。
【0035】
3.本発明の希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩の構築(核酸沈殿反応経由)
上記2の項で説明した本発明の複塩の構築において、前記炭酸ナトリウムとの反応前に、希土類元素を、遊離形態の核酸との反応により形成された希土類元素と核酸との沈殿物(以下、「希土類元素−核酸沈殿物」と称する。)として調製する工程を含めてもよい。つまり、希土類元素を遊離形態の核酸と反応させて希土類元素−核酸沈殿物を形成し、この希土類元素−核酸沈殿物を固液分離等により回収する。この沈殿物を上記2の項で説明した通り炭酸ナトリウムと反応させることによって、本発明の複塩を構築できる。
【0036】
希土類元素は適当な塩の形態、例えば、塩化物、硫酸塩や硝酸塩等として遊離形態の核酸と反応させることが好ましい。
【0037】
遊離形態の核酸とは、本明細書においては、核酸が、細胞やウイルス内、固相担体等に捕捉された状態にないことを意味する。ここで、細胞やウイルス内に捕捉された状態にないとは、核酸を含有する生体試料から細胞やウイルスを単離し、これを公知の抽出処理により核酸を抽出した状態にあることを意味する。必要に応じて精製等の処理を行っていてもよい。核酸の抽出方法としては、SDS等の界面活性剤処理、リゾチーム及びプロテインナーゼ等の酵素処理、熱処理、超音波処理、カオトロピック塩等、或いはこれらの組み合わせにより細胞等を破壊し、フェノール/クロロホルム等の常法に基づいて核酸を抽出することにより行うことができる。また、固相担体に捕捉された状態にないとは、核酸が固相担体に架橋分子等を介して固定化された状態にないことを意味する。固相担体としては、例えば、ガラス、シリカゲル、ベントナイト等の無機物質、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン等の合成高分子物質、アガロース、デキストラン、ポリサッカライド等の不溶性多糖が例示される。
【0038】
核酸は遊離形態である限り制限はない。したがって、核酸の長さ及び塩基配列等に対する制限はない。また、一本鎖、二本鎖の鎖数、そして鎖状及び環状等の別を問わない。また、DNA、RNA、PNA等の如何なる核酸であってもよいが、安定性や取扱性を鑑みてDNAであることが好ましい。例えば、上述のように細胞やウイルスより抽出、及び必要に応じて精製された生物由来の核酸を利用できる。具体的には、生物のゲノムDNAでもよく、或いは、該ゲノムDNAを物理的手段若しくは制限酵素や化学的消化により切断された断片であっても良い。また、当該技術分野で常用されているDNAポリメラ−ゼ等の酵素により合成されたDNA、核酸自動合成機等を使用して化学的に合成されたDNA等の人工的産物等、いずれも利用できる。
【0039】
なお、生物由来の核酸の供給源としては、核酸を含有するあらゆる生体試料や培養細胞を適用できる。例えば、産業廃棄物として破棄されることが多い魚類の精巣である白子であれば、安価に入手できる。
【0040】
核酸としては、核酸モノマーを含有する。核酸モノマーは、ヌクレオチドとも称され、塩基と糖とリン酸から構成される。ここでの使用においては、種類に特に制限はなく、いずれの核酸モノマーも使用できる。塩基としては、アデニン、グアニン等のプリン塩基、チミン、シトシン、ウラシル等のピリミジン塩基、ニコチンアミド、ジメチルイソアロキサジン等が例示される。また、糖としては、デオキシリボースやリボースが例示される。具体的には、アデノシン一リン酸(AMP)、アデノシン二リン酸(ADP)、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン一リン酸(GMP)、グアノシン二リン酸(GDP)、グアノシン三リン酸(GTP)、ウリジン一リン酸(UMP)、ウリジン二リン酸(UDP)、ウリジン三リン酸(UTP)、シチジン一リン酸(CMP)、シチジン二リン酸(CDP)、シチジン三リン酸(CTP)等リボヌクレオチド、デオキシアデノシン一リン酸(dAMP)、デオキシアデノシン二リン酸(dADP)、デオキシアデノシン三リン酸(dATP)、デオキシグアノシン一リン酸(dGMP)、デオキシグアノシン二リン酸(dGDP)、デオキシグアノシン三リン酸(dGTP)、デオキシチミジン一リン酸(dTMP)、デオキシチミジン二リン酸(dTDP)、デオキシウリジン三リン酸(dUTP)、デオキシシチジン一リン酸(dCMP)、デオキシシチジン二リン酸(dCDP)、デオキシシチジン三リン酸(dCTP)等のデオキシヌクレオチドが含まれる。更に、イノシン酸(IMP)等の修飾塩基をもつものであってもよい。特に、コスト面からイノシン酸の利用が好ましい。また、これらの核酸モノマーの使用に際しては、一種でもよく、又は複数種を混合してもよい。そして、核酸モノマー同士が結合により連なったヌクレオチドポリマーである上述のDNA等の高分子核酸と混合して用いてもよい。
【0041】
遊離形態の核酸は、好ましくは水や適当な緩衝液等の水性媒体に溶解させて溶液の状態で希土類元素と反応させる。緩衝液としては、適当な緩衝成分を含んで調製されたものを使用できるが、リン酸ナトリウム並びにリン酸カルシウム等のリン酸塩を含んだものは使用に適さない。リン酸基が、核酸と希土類元素との結合に競合する。そのため、核酸と希土類元素との間での複合体形成を阻害し、その結果、分離可能な沈殿物を取得することができなくなる。好適な緩衝成分としては、トリス酢酸、トリス塩酸等の汎用の緩衝成分を利用できる。緩衝液のpHは、核酸の安定化を損なわない限り何れのpHであってもよい。pH 5〜9、若しくpH 5〜8の範囲に設定することが好ましく、pH 7前後の中性領域が特に好ましい。また、緩衝成分の最終濃度についても特に制限はなく、更に、必要に応じて、各種添加物を添加してもよい。
【0042】
このとき、核酸濃度は、使用する核酸の溶解度に応じて適宜設定できるが、核酸の飽和濃度付近に設定することが好ましい。例えば、DNA等の高分子核酸は、一般的に5 mg/ml程度で飽和する。したがって、DNAを用いる場合には、下記実施例1で示すように5 mg/mlのDNA溶液を調製でき、例えば0.6〜5 mg/mlの範囲に設定することが希土類元素の回収効率の観点から好ましい。一方、核酸モノマーは溶解度が高分子の核酸に比べて高いことから、高濃度の核酸溶液を調製できる。高濃度核酸溶液を使用することによって、希土類元素−核酸沈殿物の収率を向上させることができる。つまり、上記した通り一般的にDNAは溶解度が低いが、核酸モノマーは溶解度が高いため最大溶解濃度として250 mg/ml程度溶解できる。塩基対当たり同量の希土類元素が結合すると仮定すると、体積当たりの金属結合容量が増加し収率が向上することになる。例えば核酸モノマーを用いる場合には、下記実施例3、4で示すように250 mg/mlの核酸モノマー溶液を調製でき、例えば0.6〜250 mg/mlの範囲に設定することが希土類元素−核酸沈殿物の収率の観点から好ましい。
【0043】
遊離形態の核酸と希土類元素の反応は、通常、室温で行われるが、必要に応じて30〜50 ℃に加温して行うこともできる。また、反応時間も特に制限はなく、希土類元素を含有する試料及び遊離形態の核酸の量や形態に応じて適宜設定できる。好ましくは、30分間〜1時間程度である。しかしながら、沈殿物は反応直後から生じるため短時間であっても回収率が低下することはない。ただし、反応時間を長くしても、それにより沈殿物が消失する等の好ましくない状況は招かないため、厳密に時間を設定する必要性は特にない。
【0044】
得られた希土類元素−核酸沈殿物は固液分離が容易なため、慣用技術を用いて回収できる。固液分離に関しては、上記2の項で詳述した通りに行うことができる。
【0045】
続いて、回収した沈殿物を上記2の項で詳述した直接反応の場合と同様、炭酸ナトリウムと反応させる。希土類元素−核酸の沈殿物からの炭酸複塩への変換は迅速に進行するため、反応時間は、直接反応の場合に比べて短時間でよい。短時間での反応であっても再現性は高く、効率的に本発明の複塩を得ることができる。好ましくは1時間程度であり、また1時間を超えてもよい。
【0046】
上記構成によれば、更に効率的、かつ再現性高く本発明の複塩を調製し提供できる。上述した通り、希土類元素と核酸との反応を要するが、反応は迅速かつ再現性高く進行する上、形成された希土類元素−核酸沈殿物の炭酸複塩への変換も迅速かつ再現性高く進行する。両反応とも、効率的に進行することから、短時間で効率よく本発明の複塩を調製し提供できる。また、高濃度の核酸溶液を調製可能なイノシン酸等の核酸モノマーを利用することにより、核酸体積当たりの金属結合容量が増加させることができ、効率的に希土類元素−核酸沈殿物を調製できる。ひいては、かかる希土類元素−核酸沈殿物から炭酸複塩への変換も効率良く進行することから、本発明の複塩を高い収率をもって提供できる。特に、イノシン酸は、安価な汎用試薬であるため、更なるコストの削減と取り扱い性の向上を図ることができる。
【0047】
4.本発明の希土類元素の分離回収方法(直接反応)
本発明の希土類元素の分離回収方法は、以下の工程を有する。
(a)複数種の希土類元素を含有する試料に対して炭酸ナトリウムを添加して液中で反応させ、希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩を形成させる工程。
(b)工程(a)で形成させた複塩の溶解度差により希土類元素を分離する工程。
【0048】
ここで、本発明の希土類元素の回収方法が適用対象となる複数種の希土類元素を含有する試料は、複数種の希土類元素を含有する可能性のある試料であれば特に制限ない。ここで、複数種の希土類元素が含有する可能性のある試料とは、複数種の希土類元素が含有していることが予め判明しているか、複数種の希土類元素が含有していると考えられる試料のことである。特に好ましくは、重希土類元素と軽希土類元素が含有していることが予め判明しているか、重希土類元素と軽希土類元素が含有していると考えられる試料である。ただし、1種類しか希土類元素を含有しない試料、若しくは1種類しか希土類金属を含有しないと考えられている試料への適応を除外するものではない。試料としては、例えば、永久磁石の加工時に発生する磁石粉末、情報通信機器などの廃棄物などから集められた試料が挙げられる。当該試料の態様は限定されるものではないが、好ましくは液体状の試料を使用する。試料に含有する希土類元素量についても制限はなく、希土類元素を1重量%以上含有する試料にも適用できる。また、固体状の試料に適用する場合には後述する緩衝液等の水性媒体に必要に応じて溶解してもよい。
【0049】
上記工程(a)は、複数種の希土類元素を含有する試料に対して炭酸ナトリウムを添加して反応させることにより、希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩を形成させるものである。反応条件及び手法等については、上記2の項に準じて設計できる。沈殿性の複塩は、必要に応じて、固液分離等の手段により試料から回収できる。なお、固液分離の手法については、上記2の項で詳述した。これにより、試料中の夾雑物質と希土類元素を分離できる。
【0050】
上記工程(b)は、工程(a)で形成した複塩の溶解度差により希土類元素を分離するものである。本発明の複塩は、従来公知の単塩として構成される希土類元素の炭酸塩に比べて、水性媒体への溶解性が向上している。この溶解性が複塩に含有する希土類元素の種類によって相違するため、かかる溶解度差を利用して、希土類元素の相互分離が可能となる。
【0051】
特に、本発明の複塩は軽希土類元素を含有する場合と重希土類元素を含有する場合とで水性媒体への溶解度差が大きいため、両者を明確に区別して分離回収できる。例えば、実施例1で示す通り、最終濃度で12.5〜15 %の炭酸ナトリウムを複数種の希土類元素を含む試料に添加して反応させた場合、軽希土類元素は沈殿性の複塩を形成し、重希土類元素は沈殿性の複塩を形成せず水性媒体中へ溶出する。したがって、上澄みを回収することにより重希土類元素を軽希土類元素と分離して回収できる。
【0052】
また、本発明の複塩は、複塩形成時に希土類元素と反応する炭酸ナトリウム濃度、そして複塩と共存する炭酸ナトリウム濃度により、水性媒体への溶解性が異なる性質をも有する。高濃度の炭酸ナトリウムの存在下では、重希土類元素を含有する複塩が水性媒体中に溶出する傾向があり、原子量が大きくなるほどその傾向は大きい。イットリウムに関しては、原子量に関わらずその傾向は大きい。一方、軽希土類元素ではその傾向は小さくなる。したがって、重希土類元素は高濃度の炭酸ナトリウムとの反応では、沈殿性の複塩が形成されにくくなり、また、形成された複塩を高濃度の炭酸ナトリウム溶液で洗浄することにより、重希土類元素は可溶性成分として溶出する。一方、軽希土類元素についてはその傾向が小さいため、沈殿性の複塩を形成しやすい。
【0053】
例えば、原子番号でエルビウム〜ルテチウム又はイットリウムの炭酸塩と炭酸ナトリウムとの複塩の沈殿物は、希土類元素と最終濃度5 %以下、好ましくは4〜5 %の炭酸ナトリウムと反応させた場合に形成されるが、最終濃度で5 %を超える濃度では沈殿性の複塩を生じない。ジスプロシウム又はホルミウムの場合には、最終濃度7.5 %以下、好ましくは6〜7.5 %の炭酸ナトリウム、ガドリニウム又はテルビウムの場合には最終濃度10 %以下、好ましくは8〜10 %の炭酸ナトリウムと反応させた場合には複塩の沈殿を生じるが、それぞれ上記濃度を超える最終濃度では沈殿性の複塩を生じない。一方、軽希土類元素の場合には、反応時間を、例えば16時間以上、好ましくは20時間以上とする等、反応条件を適切に制御すれば最終濃度12.5〜15 %の炭酸ナトリウムと反応させた場合でも沈殿性の複塩を形成する。
【0054】
上記の通り、形成された複塩の溶解性の相違を利用することによって、希土類元素の相互分離回収を行うことができる。複数種の希土類元素を含有する試料が、軽希土類元素と重希土類元素を含み、これを相互に分離したい場合には、軽希土類元素は沈殿性の複塩を形成し、重希土類元素が可溶性成分として溶出する条件を選択すればよい。つまり、炭酸ナトリウム濃度を、軽希土類元素は複塩として沈殿し、重希土類元素は水性媒体中に溶出するよう適切に制御することにより、両者を明確に区別して分離回収することが可能となる。
【0055】
ここで、具体的な分離回収の態様の一例を示す。原子番号でガドリニウム〜ルテチウム、又はイットリウムの重希土類元素を分離回収する場合には、まず、複数種の希土類元素を含有する試料に対して、炭酸ナトリウムを最終濃度で5 %以下、好ましくは4〜5 %となるように添加する。これにより、試料中に含有する希土類元素が炭酸ナトリウムと反応して、沈殿性の複塩を形成する。この沈殿物を固液分離等の手段により回収する。固液分離については上記2の項で詳述した。続いて、沈殿性の複塩を、最終濃度12.5 %以上、好ましくは最終濃度12.5〜15 %の炭酸ナトリウムと反応させる。これにより、軽希土類元素は炭酸ナトリウムと沈殿性の複塩として残存する一方で、上記重希土類元素は可溶性成分として溶出される。上澄みを回収することにより、軽希土類元素と分離して重希土類元素のみを回収できる。
【0056】
試料中に希土類元素しか含有しないことが判明している等、試料中に不要な夾雑物質が存在しない場合には、上記前段階の処理は必要ではない。例えば、下記5の項で説明する核酸沈殿反応経由の場合には、遊離核酸と反応させることにより希土類元素−核酸沈殿物を形成し、試料中の夾雑物質は除去されることになる。したがって、このような場合には、試料を最終濃度12.5 %以上の炭酸ナトリウムと反応させるだけで、重希土類元素を上澄みとして、軽希土類元素を沈殿物として相互に分離して回収できる。
【0057】
回収された重希土類元素の炭酸溶液は、必要に応じて中和して、遊離形態の核酸と反応させて希土類元素−核酸沈殿物として回収できる。また、低濃度の炭酸ナトリウム、例えば、最終濃度4 %の炭酸ナトリウムと反応させることでも沈殿物として回収することもできる。
【0058】
更に、炭酸ナトリウム濃度を適切に制御することで、含有する希土類元素の種類によって相違する複塩の溶解特性を利用した希土類元素の相互分離が可能となる。したがって、重希土類元素を相互に分離回収するために利用することもできる。
【0059】
例えば、原子番号でエルビウム〜ルテチウム、又はイットリウムを他の重希土類元素と分離して回収する場合には、上記最終濃度5 %以下の炭酸ナトリウムとの反応後に得られた沈殿物を、最終濃度で5 %を超え、かつ7.5 %以下、好ましくは6〜7.5 %、特に好ましくは7.5 %の炭酸ナトリウムと反応させることで、沈殿物から上記希土類元素のみを上澄みに溶出できる。上記希土類元素に加えて、ジスプロシウム又はホルミウムを他の希土類元素と分離して回収する場合には、最終濃度で7.5 %を超え、かつ10 %以下、好ましくは8〜10 %、特に好ましくは10%の炭酸ナトリウムと反応させて上澄みを回収することによって行うことができる。
【0060】
ガドリニウム又はテルビウムを他の希土類元素から分離回収する場合には、複数種の希土類元素を含む試料、若しくは上記最終濃度5 %以下の炭酸ナトリウムとの反応後に得られた沈殿物に、最終濃度5 %を超え、かつ10 %以下、好ましくは8〜10 %、特に好ましくは10 %の炭酸ナトリウムを添加して反応させ沈殿物を回収する。このとき、原子番号でジスプロシウム〜ルテチウム、又はイットリウムは可溶性成分として溶出する。続いて、この沈殿物を、最終濃度で10 %を超える濃度、好ましくは11〜12.5 %、特に好ましくは12.5 %の炭酸ナトリウムと反応させるとガドリニウム又はテルビウムは可溶性成分として溶出するので、上澄みを回収することにより軽希土類元素と分離できる。
【0061】
このように、炭酸ナトリウム濃度を適宜調製することにより、所望の希土類元素を分離回収できる。また、溶出に際しては、炭酸ナトリウム溶液で沈殿物を洗浄し、この洗浄液を回収することによって行うことができる。また、溶出は複数回行うことができ、好ましくは4回以上、特に好ましくは6回以上であり、これにより、所望の希土類元素の回収率が向上させることができる。これにより、試料中に重希土類元素が少量しか含有しない場合であっても、効率的、かつ再現性高く重希土類元素を分離回収できる。
【0062】
必要に応じて、上記分離回収操作を複数回繰り返してもよく、これにより、希土類元素の収率を向上させることができる。例えば、試料中に10 %程度しか重希土類元素が存在しない場合であっても、1回の分離回収操作により重希土類元素の回収率が95 %程度、軽希土類元素が半分程度であれば、分離回収操作を5回程度繰り返すことで、理論上は90 %以上を重希土類元素として回収することが可能となる。したがって、上記回数は、試料中の希土類元素の存在量等に基づいて適宜決定すればよい。
【0063】
上記のように構成することより、従来公知の希土類元素の炭酸塩とは異なる希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩を利用した希土類元素の分離回収方法を提供できる。本発明の複塩は、従来公知の単塩として構成される希土類元素の炭酸塩に比べて、水性媒体への溶解性が向上している。この溶解性が複塩に含有する希土類元素の種類によって相違するため、かかる溶解度差を利用した希土類元素の相互分離が可能となる。本発明の複塩は軽希土類元素を含有する場合と重希土類元素を含有する場合とで溶解度差が大きいため、両者を明確に区別して分離回収することも可能である。特に、試料中に資源的に希少である重希土類元素が少量しか含有しない場合であっても、効率的、かつ再現性高く重希土類元素を分離回収できる。したがって、煩雑な工程を経ることなく簡便に、かつ高価な試薬を使用することもなく安価に希土類元素を効率的に分離回収できる希土類元素の分離回収方法を提供できる。
【0064】
本発明の複塩は、複塩形成時に希土類元素と反応する炭酸ナトリウム濃度、および、複塩と共存する炭酸ナトリウム濃度により、水性媒体への溶解性が異なる性質を有する。したがって、炭酸ナトリウム濃度を適切に制御することで、含有する希土類元素の種類によって相違する複塩の上記溶解特性を利用した希土類元素の相互分離が可能となる。特に、溶解特性の大きく異なる複塩を形成する軽希土類元素と重希土類元素を明確に区別して分離回収することが可能となるという利点もある。また、上記必要な成分を含む本発明の希土類金属の分離回収する方法を実施するためのキットを調製できる。
【0065】
5.本発明の希土類元素の分離回収方法(核酸沈殿反応経由)
本発明の希土類元素の分離回収方法は、以下の工程を有する。
(a)希土類元素を含有する試料を遊離形態の核酸と反応させて、希土類元素と核酸との沈殿物を形成させる工程
(b)工程(a)の沈殿物に対して炭酸ナトリウムを添加して反応させ、希土類元素の炭酸塩と炭酸ナトリウムからなる複塩を形成させる工程
(c)工程(b)で形成させた複塩の溶解度差により希土類元素を分離する工程を有する希土類元素の分離回収方法。
【0066】
工程(a)において、複数種の希土類元素を含有する試料と遊離形態の核酸とを反応させることにより、希土類元素と核酸が結合しゲル状の希土類元素−核酸沈殿物が形成される。これを固液分離することにより希土類元素−核酸沈殿物を回収できる。これにより、試料中の夾雑物質と希土類元素を分離できる。なお、反応条件及び手法等については上記3の項に準じて設計することができる。
【0067】
工程(b)及び(c)については、それぞれ上記4の項で詳述した工程(a)及び(b)に準じて実施することができ、工程(a)で形成された希土類元素−核酸沈殿物に炭酸ナトリウムを反応させる。
【0068】
このように構成することにより、更に効率的、かつ再現性高く希土類元素を分離回収する方法を提供できる。上記構成によれば、希土類元素を核酸と反応させる工程を要するが、反応は迅速かつ再現性高く進行する上、形成された希土類元素と核酸の沈殿物の炭酸複塩への変換も迅速かつ再現性高く進行する。両反応とも、効率的に進行することから、短時間で効率よく本発明の複塩を調製できる。これにより、分離回収に要する時間を短縮でき、効率良く、かつ再現性高く希土類元素を分離回収できる。また、遊離形態の核酸として核酸モノマーであるイノシン酸を利用することにより、核酸体積当たりの金属結合容量が増加させることができ、効率的に希土類元素−核酸沈殿物を調製できる。ひいては、かかる希土類元素−核酸沈殿物から炭酸複塩への変換も効率よく進行することから、本発明の複塩を高い収率をもって形成することができ、希土類元素を高い収率をもって分離回収できる。特に、イノシン酸は、安価な汎用試薬であるため、更なるコストの削減と取り扱い性の向上を図ることができる。また、上記必要な成分を含む本発明の希土類金属の分離回収する方法を実施するためのキットを調製できる。
【実施例】
【0069】
比較例1.市販の希土類元素の炭酸塩の溶解度
ここでは、試薬として市販されている希土類元素の炭酸塩の水に対する溶解度を検証した。
【0070】
(方法)
和光純薬から市販されている炭酸セリウム(III)八水和物、炭酸ネオジム八水和物、炭酸サマリウム(III)n水和物、炭酸ガドリニウムn水和物、炭酸ジスプロシウム二水和物、炭酸エルビウムn水和物、炭酸イットリウムn水和物を検証の対象とした。これらの市販の希土類元素の炭酸塩を水に溶解させ、0.2%濃度の水溶液を調製しようと試みた。
【0071】
(結果)
何れの市販の希土類元素の炭酸塩も水に溶解することはなかった。また、上記市販の希土類元素の炭酸塩を15 %炭酸ナトリウムに溶解させ、0.2 %濃度の塩化希土類元素含有溶液を調製しようと試みた。しかしながら、何れの市販の希土類元素の炭酸塩も溶解することはなかった。したがって、単塩である市販の希土類元素の炭酸塩は、溶解度が極めて低く、0.2 %以上の濃度で溶解することはないことが判明した。
【0072】
実施例1.希土類元素含有溶液への炭酸ナトリウム溶液添加による沈殿形成−1.
本実施例において、希土類元素含有溶液に炭酸ナトリウム溶液を添加することにより沈殿が形成するか否かを検証した。
【0073】
(方法)
1.試薬の調製
(希土類元素含有溶液)
本実施例の対象となる希土類元素含有溶液として、塩化セリウム(III)、塩化ネオジム(III)、塩化サマリウム(III)、塩化ガドリニウム(III)、塩化ジスプロシウム(III)、塩化エルビウム(III)、塩化イットリウム(III)溶液を調製した。具体的には、和光純薬製の特級試薬の塩化セリウム(III)、塩化ネオジム(III)、塩化サマリウム(III)、塩化ガドリニウム(III)、塩化ジスプロシウム(III)、塩化エルビウム(III)、塩化イットリウム(III)を4 %の濃度になるようにそれぞれ蒸留水に溶解することによって調製した。
【0074】
(炭酸ナトリウム溶液)
炭酸ナトリウム溶液は、20 %の濃度となるように炭酸ナトリウムを蒸留水に溶解したものを、適宜、希釈して使用した。
【0075】
2.手順
4 %濃度の希土類元素含有溶液50 μlに、炭酸ナトリウム溶液を最終濃度5〜15%となるように150 μl加えて混合した。これにより、希土類元素含有溶液は最終濃度1%濃度となる。これを、室温で20時間放置することで沈殿を形成した。なお、必要に応じて、遠心分離により上澄みと沈殿を回収した。
【0076】
(結果)
結果を表1に要約する。
希土類元素含有溶液に炭酸ナトリウム溶液を混合したところ、最終濃度5 %の炭酸ナトリウム溶液では、全ての希土類元素で沈殿が生じた。しかしながら、炭酸ナトリウム水溶液の濃度が高くなるにつれ、重希土類元素のガドリニウム、ジスプロシウム、エルビウム、イットリウムでは沈殿が溶解し、沈殿が形成されにくくなる傾向が観察された。なお、ここで実験を行わなかった希土類元素についても、原子番号の近い希土類元素の複塩と同様の溶解挙動を示すと考えられる。
【0077】
【表1】
【0078】
実施例2.希土類元素含有溶液への炭酸ナトリウム溶液添加による沈殿形成−2.
実施例1に続いて、本実施例においても、希土類元素含有溶液に炭酸ナトリウム溶液を添加することにより沈殿が形成するか否かを検証した。
【0079】
(方法)
放置時間を1時間とすることを除いて、実施例1と同様にして沈殿の形成を確認した。
【0080】
(結果)
結果を表2に要約する。
重希土類元素では、20時間反応の結果が再現された。一方、20時間の反応により沈殿を形成していた軽希土類元素のネオジム、及びサマリウムは、最終濃度12.5及び15%の炭酸ナトリウムとの1時間の反応では、沈殿の形成が確認されないか、確認されても微量の沈殿であった。これにより、高濃度の炭酸ナトリウムによっては、長時間の反応により確認された沈殿形成を短時間では再現できにくいケースがあることが判明した。
【0081】
【表2】
【0082】
実施例3.希土類元素−イノシン酸沈殿物の炭酸塩への変換と沈殿形成−1
本実施例では、希土類元素とイノシン酸を結合して形成した沈殿物(本明細書では、「希土類元素−イノシン酸沈殿物」と称する場合がある)を炭酸塩に変換し、希土類元素の炭酸塩沈殿の形成を検証した。
【0083】
(方法)
1.試薬の調製
(イノシン酸溶液)
イノシン酸(IMP)は、和光純薬製(10 kg特注品)を用いて、200 g/lとなるように
蒸留水に溶解し、イノシン酸溶液とした。
【0084】
(希土類元素含有溶液、及び炭酸ナトリウム溶液)
希土類元素含有溶液は、実施例1と同様に4 %濃度に調製した。炭酸ナトリウム溶液は、実施例1と同様に調製した。
【0085】
2.手順
本実施例では2段階の反応により希土類元素の炭酸塩を得た。1段階目では、希土類元素含有溶液とイノシン酸溶液を反応させることにより希土類元素−イノシン酸沈殿物を得た。2段階目では、得られた希土類元素−イノシン酸沈殿物を、炭酸ナトリウム溶液と反応させることにより希土類元素の炭酸塩変換を行った。具体的には、4 %濃度の希土類元素含有溶液200 μlにイノシン酸溶液50 μlを加えて、希土類元素−イノシン酸沈殿物を形成させた、続いて、遠心分離によって回収した沈殿に、最終濃度5〜15 %となるように炭酸ナトリウム溶液をそれぞれ200 μl加えて懸濁し、室温で1、又は20時間放置した。必要に応じて、遠心分離により再び上澄みと沈殿を回収した。
【0086】
(結果)
結果を表3に要約する。
希土類元素含有溶液に炭酸ナトリウム溶液を混合したところ、5 %濃度の炭酸ナトリウム溶液では、全ての希土類で沈殿が生じた。しかしながら、炭酸ナトリウム水溶液の濃度が高くなるにつれ、重希土類元素のガドリニウム、ジスプロシウム、エルビウム、イットリウムでは沈殿が溶解し、沈殿が形成されにくくなる傾向が観察された。この重希土類元素についての結果は、実施例1及び2の結果と合致するものであった。
【0087】
しかし、軽希土類では、実施例1及び2で認められたような沈殿形成における反応時間の相違による沈殿形成挙動に差が認められなかった。1時間の反応でも、実施例1の20時間での希土類元素含有溶液の炭酸塩沈殿の結果と、同一の結果が得られた。ここで、希土類元素−イノシン酸沈殿物形成に要する時間は1時間未満である。したがって、希土類元素−イノシン酸沈殿物の形成反応を経由する方が、実施例1及び2の手順に従って直接的に炭酸塩沈殿を導くよりも、希土類元素の炭酸塩沈殿の形成までの総時間が短く、かつ再現性を有しているというメリットがあることが判明した。
【0088】
【表3】
【0089】
実施例4.希土類元素の炭酸塩の成分分析
本実施例では、実施例1のネオジム炭酸塩及び3のネオジム炭酸塩並びにジスプロシウム炭酸塩の成分分析を行った。
【0090】
(方法)
実施例1及び3で調製したネオジム炭酸塩の成分分析を行った。具体的には、ネオジム量はICP質量分析、ナトリウム量はフレーム原子吸光、炭酸量は中和滴定により測定した。
【0091】
(結果)
結果を表4に要約する。
ナトリウムの沈殿乾物に対する重量比は、塩化ネオジムを炭酸塩沈殿とした場合には8.1%、ネオジム−イノシン酸沈殿物を炭酸塩に変換した場合には4.1%と倍程度の相違が認められた。しかしながら、何れの場合にも、ネオジムとナトリウムを含有する炭酸塩を形成することが判明した。したがって、実施例1及び3で形成された希土類元素の炭酸塩は、単塩ではなく、ナトリウムとの複塩となっていることが理解できる。成分比から、塩化ネオジムを炭酸複塩とした場合、炭酸ナトリウム(Na2CO3)と炭酸ネオジム(Nd2 (CO3)3)が1:1で複塩を形成し、希土類元素−イノシン酸沈殿物の炭酸複塩変換では炭酸ナトリウム(Na2CO3)と炭酸ネオジム(Nd2 (CO3)3)が1:2で複塩を形成していると考えられる。
【0092】
ジスプロシウムについても同様にナトリウムとの複塩を形成することが判明した。
【0093】
ここで、比較例1にて検討した市販の希土類元素の炭酸塩試薬は、ナトリウムを含有しないものである。ナトリウムを含有しない希土類元素の炭酸塩試薬は0.2%でも溶解しない。そのため、実施例1〜3で確認されたような重希土類元素と軽希土類元素の溶解度差を具現化することができない。これに対して、実施例1〜3の方法で得られた炭酸塩は、希土類元素と炭酸ナトリウムの複塩である。そして、複塩とすることで希土類元素の溶解性が高まり、溶解度差を利用した希土類元素の分離回収への実用性を示すことができる。
【0094】
【表4】
【0095】
実施例5.希土類元素−イノシン酸沈殿物の炭酸塩への変換と沈殿形成−2
実施例3に続いて、本実施例では、希土類元素−イノシン酸沈殿を炭酸塩に変換し、希土類元素の炭酸塩沈殿の形成を検証した。ここでは、特に、重希土類元素と軽希土類元素の炭酸塩の溶解挙動について比較検証した。
【0096】
(方法)
1.試薬の調製
(イノシン酸溶液、希土類元素含有溶液、炭酸ナトリウム溶液)
イノシン酸溶液は、実施例3と同様に、希土類元素含有溶液、及び炭酸ナトリウム溶液は、実施例1と同様にして調製した。なお、希土類元素含有溶液は、4%濃度で、軽希土類元素であるネオジム及び重希土類元素であるジスプロシウムについて調製したものを用いた。
【0097】
2.手順
4 %濃度のネオジム、又はジスプロシウム溶液200 μlにイノシン酸溶液を50 μl加えて、希土類元素−イノシン酸沈殿物を形成した。続いて、遠心分離により沈殿を回収し、この沈殿に10 %濃度の炭酸ナトリウム溶液をそれぞれ200 μl加えて懸濁し、室温で5分間放置した。遠心分離により、上澄みと沈殿を回収し、ICP重量分析により希土類元素量を測定し、上澄み回収率(%)を求めた。
【0098】
(結果)
結果を表5に要約する。
軽希土類であるネオジム炭酸塩は、10 %濃度の炭酸ナトリウムでは溶解しないが、重希土類であるジスプロシウムは17 %が溶解することが判明した。
【0099】
【表5】
【0100】
実施例6.希土類元素−イノシン酸沈殿物の炭酸塩への変換と沈殿形成−3
実施例3及び5に続いて、本実施例では、希土類元素−イノシン酸沈殿物を炭酸塩に変換し、希土類元素の炭酸塩沈殿の形成を検証した。ここでは、特に、重希土類元素と軽希土類元素の混合液からの炭酸塩の溶解挙動について検証した。
【0101】
(方法)
1.試薬の調製
(希土類元素混合溶液)
複数の希土類元素が混合した希土類元素混合溶液を調製した。具体的には、充電池タイプとして4 %セリウムと0.4 %のイットリウムを含有する希土類元素混合溶液と、磁石タイプとして2 %ネオジムと2 %ジスプロシウムを含有する希土類元素混合溶液を調製した。
【0102】
(イノシン酸溶液、炭酸ナトリウム溶液)
イノシン酸溶液は実施例3と同様に、炭酸ナトリウム溶液は実施例1と同様にして調製した。
【0103】
2.手順
希土類元素混合溶液200 μlにイノシン酸溶液を50 μl加えて、希土類元素−イノシン酸沈殿物を形成させた。続いて、遠心分離によって回収した沈殿に、5〜10 %濃度の炭酸ナトリウム溶液をそれぞれ200 μl加えて懸濁し、室温で30 分間放置した。遠心分離により上澄みと沈殿を回収し、ICP質量分析により希土類元素量を測定し、上澄み回収率(%)を求めた。
【0104】
(結果)
結果を表6に要約する。
混合溶液であっても、軽希土類元素と重希土類元素は、炭酸ナトリウム溶液に対する溶解性が異なることが確認された。上記実施例で得られた結果と同様、高濃度の炭酸ナトリム溶液であるほど、重希土類元素が溶解しやすい傾向があることが確認できた。
【0105】
【表6】
【0106】
実施例7.希土類元素−イノシン酸沈殿物の炭酸塩への変換と沈殿形成−4
実施例3、5及び6に続いて、本実施例では、希土類元素−イノシン酸沈殿物を炭酸塩に変換し、希土類元素の炭酸塩沈殿の形成を検証した。ここでは、実施例6と同様に、重希土類と軽希土類元素の混合液からの炭酸塩沈殿の溶解挙動について検証した。
【0107】
(方法)
1.試薬の調製
(希土類元素混合溶液)
複数の希土類元素が混合した溶液を調製した。具体的には、充電池タイプとして4 %セリウムと0.4 %のイットリウムを含有する希土類元素混合溶液を実施例6と同様に調製した。
【0108】
(イノシン酸溶液、炭酸ナトリウム溶液)
イノシン酸溶液は、実施例3と同様に、炭酸ナトリウム溶液は、実施例1と同様にして調製した。
【0109】
2.手順
希土類元素混合溶液200 μlにイノシン酸溶液を50 μl加えて、希土類元素−イノシン酸沈殿物を形成させた。続いて、遠心分離によって回収した沈殿に、15 %濃度の炭酸ナトリウム溶液を200 μl加えて懸濁し、室温で30分間放置した。遠心分離により上澄みと沈殿を回収し、沈殿は、15 %炭酸ナトリウム溶液による抽出を繰り返した。ICP質量分析によりレアアース量を測定し、上澄み回収率(%)を求めた。
【0110】
(結果)
結果を表7に要約する。
軽希土類元素のセリウムは、6回の抽出で計40 %近くが抽出されたのに対して、重希土類元素のイットリウムは同一条件で90 %以上の95 %近くが抽出できた。したがって、複数回の抽出を行うことで重希土類元素を90 %以上回収し、一方、軽希土類元素は半量以上を回収しない条件を設定できることが確認できた。
【0111】
このように試料からの重希土類元素の回収率が重希土類で95 %程度、軽希土類で40 %程度であれば、試料中に10 %程度しか重希土類元素が存在しない場合であっても、同じ操作を5回程度繰り返すことで理論上は90 %以上を重希土類として回収することが可能となると考えられる。
【0112】
【表7】
【産業上の利用可能性】
【0113】
本発明は、希土類元素を含有する試料から希土類元素を分離回収する技術に利用でき、特に重希土類元素の分離回収に利用できる。当該技術の利用が要求される全ての分野で利用可能であり、特に、環境分野、電気化学、医療、食品分野等、種々の産業分野において利用可能である。