特許第6379907号(P6379907)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6379907
(24)【登録日】2018年8月10日
(45)【発行日】2018年8月29日
(54)【発明の名称】電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20180820BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20180820BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20180820BHJP
   B62D 117/00 20060101ALN20180820BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20180820BHJP
【FI】
   B62D6/00
   B62D101:00
   B62D113:00
   B62D117:00
   B62D119:00
【請求項の数】8
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2014-187993(P2014-187993)
(22)【出願日】2014年9月16日
(65)【公開番号】特開2016-60299(P2016-60299A)
(43)【公開日】2016年4月25日
【審査請求日】2017年8月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】板本 英則
(72)【発明者】
【氏名】玉泉 晴天
(72)【発明者】
【氏名】前田 真悟
【審査官】 飯島 尚郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−215070(JP,A)
【文献】 特開2003−335251(JP,A)
【文献】 特開平11−078940(JP,A)
【文献】 特開2014−004920(JP,A)
【文献】 実開平03−115575(JP,U)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0151079(US,A1)
【文献】 特開2010−155598(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 101/00 −137/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステアリングの操舵状態を示す複数種の状態量に基づきアシスト制御量を演算し当該アシスト制御量に基づき車両の操舵機構に付与するアシスト力の発生源であるモータを制御する制御装置を備え、
前記制御装置は、前記アシスト制御量の演算に使用する各状態量に応じて前記アシスト制御量の変化範囲を制限する制限値を前記状態量ごとに個別に設定し、これら制限値を使用して前記アシスト制御量の値を制限する制限処理と、
前記アシスト制御量の値が制限されてから一定時間経過するタイミングで、使用するアシスト制御量を前記制限されるアシスト制御量である第1のアシスト制御量から前記第1のアシスト制御量とは別個に演算される第2のアシスト制御量へ移行させる切替え処理と、を実行する電動パワーステアリング装置であって、
前記制御装置は、操舵挙動に相関する特定の状態量に基づき、前記第1のアシスト制御量から前記第2のアシスト制御量への移行速度を増減させる電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、前記特定の状態量である操舵トルクの増大に応じて前記移行速度を増大させる電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、前記特定の状態量である操舵トルクの変化方向と前記モータへ供給される電流の変化方向との比較を通じて、前記電流の変化方向が前記操舵トルクの変化を助長する方向であるかどうかを判定し、当該判定の結果に応じて前記移行速度を増減させる電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のうちいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、前記特定の状態量および前記制限される第1のアシスト制御量の少なくとも一に基づき、前記第1のアシスト制御量の操舵挙動に対する影響の度合いを示す移行レベルを判定し、当該判定される移行レベルに応じて前記移行速度を変える電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
ステアリングの操舵状態を示す複数種の状態量に基づきアシスト制御量を演算し当該アシスト制御量に基づき車両の操舵機構に付与するアシスト力の発生源であるモータを制御する制御装置を備え、
前記制御装置は、前記アシスト制御量の演算に使用する各状態量に応じて前記アシスト制御量の変化範囲を制限する制限値を前記状態量ごとに個別に設定し、これら制限値を使用して前記アシスト制御量の値を制限する制限処理と、
前記アシスト制御量の値が制限されてから一定時間経過するタイミングで、使用するアシスト制御量を前記制限されるアシスト制御量である第1のアシスト制御量から前記第1のアシスト制御量とは別個に演算される第2のアシスト制御量へ移行させる切替え処理と、を実行する電動パワーステアリング装置であって、
前記制御装置は、前記制限処理を実行することの操舵挙動に対する影響の有無を判定し、当該判定の結果に応じて前記第1のアシスト制御量から前記第2のアシスト制御量への移行速度を変える電動パワーステアリング装置。
【請求項6】
請求項5に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、操舵挙動に相関する特定の状態量および前記制限される第1のアシスト制御量の少なくとも一に基づき、操舵挙動に対する影響の度合いを示す移行レベルを判定し、当該判定される移行レベルに応じて前記移行速度を変える電動パワーステアリング装置。
【請求項7】
請求項5または請求項6に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、操舵挙動に相関する特定の状態量である操舵トルクの変化方向と前記モータへ供給される電流の変化方向との比較を通じて、操舵挙動に対する影響の有無判定として、前記電流の変化方向が前記操舵トルクの変化を助長する方向であるかどうかを判定し、当該判定の結果に応じて前記移行速度を増減させる電動パワーステアリング装置。
【請求項8】
請求項1〜請求項7のうちいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、前記状態量ごとに個別に設定される複数の制限値を重畳することにより前記アシスト制御量に対する最終的な制限値を生成し、
前記第1のアシスト制御量から前記第2のアシスト制御量への移行が開始されてから当該移行が完了するまでの間、前記最終的な制限値の時間平均値を使用して前記第1のアシスト制御量を制限する電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば特許文献1に記載されるように、電動パワーステアリング装置(以下、「EPS」という。)は、車両の操舵機構にモータのトルクを付与することにより運転者のステアリング操作を補助する。EPSは少なくとも操舵トルクに応じた適切なアシスト力を発生させるためにモータ電流のフィードバック制御を行う。すなわち、EPSは少なくとも操舵トルクに基づき演算されるアシスト電流指令値とモータ電流検出値との差が小さくなるようにPWMデューティの調節を通じてモータ印加電圧を調節する。
【0003】
EPSにはより高い安全性が要求されるところ、引用文献1のEPSではつぎのような構成を採用している。すなわち、EPSは操舵トルクとアシスト電流指令値の方向が一致するときには定められた上限値または下限値でアシスト電流指令値を制限するのに対し、操舵トルクとアシスト電流指令値の方向が反対になるときにはアシスト制御演算に異常が生じたと判定してアシスト電流指令値を「0」に制限する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−155598号公報([0037]、図3図6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、特許文献1のEPSではつぎのような懸念がある。すなわち、特許文献1のEPSは操舵トルクが小さい範囲(0を中心とする正負の一定範囲)であるときにはアシスト電流指令値を「0」に制限することができない。一般に、アシスト電流指令値は操舵トルクに基づく基礎成分にステアリングの挙動を調整するための補償量を重畳して生成されるが、この補償量は操舵トルクの方向と一致しない場合がある。操舵トルクが大きい場合、補償量が操舵トルクの方向に一致しなくても、補償量は基礎成分によって相殺されるためアシスト電流指令値自体は操舵トルクの方向と一致する。したがって、アシスト電流指令値と操舵トルクの方向の不一致はアシスト制御演算の異常とみなすことができる。しかし、操舵トルクが小さい範囲では基礎成分が小さくなり、アシスト電流指令値に占める補償量の割合が大きくなるため、アシスト制御演算が正常であってもアシスト電流指令値と操舵トルクの方向が一致しない場合がある。このような場合にアシスト電流指令値を「0」に制限してしまうとステアリングの挙動を調整できなくなるおそれがある。そこで特許文献1のEPSは、操舵トルクが小さい範囲であるときにはアシスト電流指令値を「0」に制限せず、補償量が制限されない余裕を持たせた範囲内でアシスト電流指令値を制限している。このため、何らかの原因で異常なアシスト電流指令値が誤って演算されたとしても、操舵トルクが小さい領域においてはアシスト電流指令値の制限が甘いため、意図しないアシスト力が操舵機構に付与され、場合によってはセルフアシストが発生するおそれがある。
【0006】
本発明の目的は、操舵系に対してより適切なアシスト力を付与することができる電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成し得る電動パワーステアリング装置は、ステアリングの操舵状態を示す複数種の状態量に基づきアシスト制御量を演算し当該アシスト制御量に基づき車両の操舵機構に付与するアシスト力の発生源であるモータを制御する制御装置を備えている。前記制御装置は、前記アシスト制御量の演算に使用する各状態量に応じて前記アシスト制御量の変化範囲を制限する制限値を前記状態量ごとに個別に設定し、これら制限値を使用して前記アシスト制御量の値を制限する制限処理を実行する。
【0008】
この構成によれば、アシスト制御量の制限値はアシスト制御量の演算に使用される各状態量に対して個別に設定される。何らかの原因によって異常値を示すアシスト制御量が演算された場合であれ、各制限値が使用されてアシスト制御量の変化範囲が制限されることにより操舵系に意図しないアシスト力が付与されることが抑制される。また、アシスト制御量の制限値がアシスト制御量の演算に使用される各状態量に対して個別に設定されるため、他の状態量に基づく制御に対する影響を考慮する必要がなく、アシスト制御量に対してより緻密で厳密な制限処理を施すことが可能となる。
【0009】
また、前記制御装置は、前記アシスト制御量の値が制限されてから一定時間経過するタイミングで、使用するアシスト制御量を前記制限されるアシスト制御量である第1のアシスト制御量から前記第1のアシスト制御量とは別個に演算される第2のアシスト制御量へ移行させる切替え処理を実行する。この切替え処理の実行時、前記制御装置は、操舵挙動に相関する特定の状態量に基づき、前記第1のアシスト制御量から前記第2のアシスト制御量への移行速度を増減させる。
【0010】
第1のアシスト制御量から第2のアシスト制御量へ移行させる際、これらアシスト制御量の乖離の程度によってモータトルク、ひいては操舵挙動が変動することが懸念される。モータトルクは、たとえば操舵トルクなどの操舵挙動に相関する特定の状態量の影響を受ける。このため、特定の状態量に基づき前記移行速度を増減させることにより、モータのトルク変動が操舵挙動に及ぼす影響を緩和することが可能である。たとえば特定の状態量に基づきモータのトルク変動が懸念されるときには、前記移行速度をより速くすることが好ましい。移行完了までの期間が短縮される分、操舵挙動の変動の影響は少なくなる。
【0011】
上記の電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、前記特定の状態量である操舵トルクの増大に応じて前記移行速度を増大させることが好ましい。
これは、操舵トルクが増大するほど、モータのトルク変動が発生する蓋然性が高くなるからである。
【0012】
上記の電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、前記特定の状態量である操舵トルクの変化方向と前記モータへ供給される電流の変化方向との比較を通じて、前記電流の変化方向が前記操舵トルクの変化を助長する方向であるかどうかを判定してもよい。そして制御装置は、当該判定の結果に応じて前記移行速度を増減させるようにしてもよい。
【0013】
この構成によれば、モータへ供給される電流の方向が操舵トルクの変化を助長する方向であるかどうかに基づき、第1のアシスト制御量から第2のアシスト制御量への移行がより適切な速さで行われる。このため、モータのトルク変動が操舵挙動に及ぼす影響をより好適に抑制することが可能となる。ちなみに、当該電流の方向が操舵トルクの変化を助長する方向であるとき、前記移行速度をより速くすることが好ましい。
【0014】
上記の電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、前記特定の状態量および前記制限される第1のアシスト制御量の少なくとも一に基づき、前記第1のアシスト制御量の操舵挙動に対する影響の度合いを示す移行レベルを判定し、当該判定される移行レベルに応じて前記移行速度を変えるようにしてもよい。
【0015】
この構成によれば、第1のアシスト制御量の操舵挙動に対する影響の度合いを示す移行レベルに応じて、第1のアシスト制御量から第2のアシスト制御量への移行がより適切な速さで行われる。このため、モータのトルク変動が操舵挙動に及ぼす影響をより好適に抑制することが可能となる。ちなみに、操舵挙動に対する影響の度合いが高い移行レベルであるときほど、前記移行速度をより速くすることが好ましい。
【0016】
上記目的を達成し得る電動パワーステアリング装置は、ステアリングの操舵状態を示す複数種の状態量に基づきアシスト制御量を演算し当該アシスト制御量に基づき車両の操舵機構に付与するアシスト力の発生源であるモータを制御する制御装置を備えている。前記制御装置は、前記アシスト制御量の演算に使用する各状態量に応じて前記アシスト制御量の変化範囲を制限する制限値を前記状態量ごとに個別に設定し、これら制限値を使用して前記アシスト制御量の値を制限する制限処理を実行する。また、前記制御装置は、前記アシスト制御量の値が制限されてから一定時間経過するタイミングで、使用するアシスト制御量を前記制限されるアシスト制御量である第1のアシスト制御量から前記第1のアシスト制御量とは別個に演算される第2のアシスト制御量へ移行させる切替え処理を実行する。さらに、前記制御装置は、前記制限処理を実行することの操舵挙動に対する影響の有無を判定し、当該判定の結果に応じて前記第1のアシスト制御量から前記第2のアシスト制御量への移行速度を変える。
【0017】
この構成によれば、制限処理を実行することの操舵挙動に対する影響の有無に応じて、第1のアシスト制御量から前記第2のアシスト制御量への移行がより適切な速さで行われる。たとえば、操舵挙動に対する影響がある旨判定されるとき、前記移行速度をより増大させることが好ましい。このようにすれば、モータのトルク変動が操舵挙動に及ぼす影響を緩和することが可能である。
【0018】
上記の電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、操舵挙動に相関する特定の状態量および前記制限される第1のアシスト制御量の少なくとも一に基づき、操舵挙動に対する影響の度合いを示す移行レベルを判定し、当該判定される移行レベルに応じて前記移行速度を変えるようにしてもよい。このようにすれば、移行レベルに応じて第1のアシスト制御量から第2のアシスト制御量への移行がより適切な速さで行われる。
【0019】
上記の電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、操舵挙動に相関する特定の状態量である操舵トルクの変化方向と前記モータへ供給される電流の変化方向との比較を通じて、操舵挙動に対する影響の有無として、前記電流の変化方向が前記操舵トルクの変化を助長する方向であるかどうかを判定し、当該判定の結果に応じて前記移行速度を増減させるようにしてもよい。
【0020】
このようにしても、モータのトルク変動が操舵挙動に及ぼす影響を緩和することが可能である。
上記の電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、前記状態量ごとに個別に設定される複数の制限値を重畳することにより前記アシスト制御量に対する最終的な制限値を生成するようにしてもよい。そして前記制御装置は、前記第1のアシスト制御量から前記第2のアシスト制御量への移行が開始されてから当該移行が完了するまでの間、前記最終的な制限値の時間平均値を使用して前記第1のアシスト制御量を制限することが好ましい。
【0021】
この構成によれば、最終的な制限値でアシスト制御量が直接的に制限されるので、制御装置の演算負荷を軽減することが可能となる。また、最終的な制限値の時間平均値を使用することにより、最終的な制限値の変動が抑制される。このため、最終的な制限値の変動に起因する第1のアシスト制御量、ひいてはモータトルクの変動が抑制される。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る電動パワーステアリング装置によれば、操舵系に対してより適切なアシスト力を付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】第1の実施の形態における電動パワーステアリング装置の概略構成図。
図2】第1の実施の形態における電動パワーステアリング装置の制御ブロック図。
図3】第1の実施の形態におけるアシスト制御部の制御ブロック図。
図4】第1の実施の形態における上下限リミット演算部の制御ブロック図。
図5】第1の実施の形態における操舵トルクと制限値との関係を示すマップ。
図6】第1の実施の形態における操舵トルクの微分値と制限値との関係を示すマップ。
図7】第1の実施の形態における操舵角と制限値との関係を示すマップ。
図8】第1の実施の形態における操舵速度と制限値との関係を示すマップ。
図9】第1の実施の形態における操舵角加速度と制限値との関係を示すマップ。
図10】第1の実施の形態におけるアシスト制御量(電流指令値)の変化を示すグラフ。
図11】第1の実施の形態における上下限ガード処理部の処理手順を示すフローチャート。
図12】第1の実施の形態における切替え部の処理手順を示すフローチャート。
図13】第1の実施の形態における切替え部の制御ブロック図。
図14】第2の実施の形態における電流指令値演算部の要部を示す制御ブロック図。
図15】第2の実施の形態における切替え部の制御ブロック図。
図16】(a),(b)は、第2の実施の形態における移行レベル判定部の処理手順を示すフローチャート。
図17】第3の実施の形態における電動パワーステアリング装置の要部を示す制御ブロック図。
図18】第3の実施の形態における切替え部の制御ブロック図。
図19】第3の実施の形態における移行レベル判定マップを示す一覧図。
図20】第4の実施の形態における電流指令値演算部の要部を示す制御ブロック図。
図21】第4の実施の形態における切替え部の制御ブロック図。
図22】第4の実施の形態における上下限リミット演算部の制御ブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
<第1の実施の形態>
以下、電動パワーステアリング装置の第1の実施の形態を説明する。
<EPSの概要>
図1に示すように、電動パワーステアリング装置10は、運転者のステアリング操作に基づいて転舵輪を転舵させる操舵機構20、運転者のステアリング操作を補助する操舵補助機構30、および操舵補助機構30の作動を制御するECU(電子制御装置)40を備えている。
【0025】
操舵機構20は、運転者により操作されるステアリングホイール21、およびステアリングホイール21と一体回転するステアリングシャフト22を備えている。ステアリングシャフト22は、ステアリングホイール21の中心に連結されたコラムシャフト22a、コラムシャフト22aの下端部に連結されたインターミディエイトシャフト22b、およびインターミディエイトシャフト22bの下端部に連結されたピニオンシャフト22cからなる。ピニオンシャフト22cの下端部は、ピニオンシャフト22cに交わる方向へ延びるラック軸23(正確にはラック歯が形成された部分23a)に噛合されている。したがって、ステアリングシャフト22の回転運動は、ピニオンシャフト22cおよびラック軸23からなるラックアンドピニオン機構24によりラック軸23の往復直線運動に変換される。当該往復直線運動が、ラック軸23の両端にそれぞれ連結されたタイロッド25を介して左右の転舵輪26,26にそれぞれ伝達されることにより、これら転舵輪26,26の転舵角θtaが変更される。
【0026】
操舵補助機構30は、操舵補助力の発生源であるモータ31を備えている。モータ31としては、ブラシレスモータなどが採用される。モータ31は、減速機構32を介してコラムシャフト22aに連結されている。減速機構32はモータ31の回転を減速し、当該減速した回転力をコラムシャフト22aに伝達する。すなわち、ステアリングシャフト22にモータのトルクが操舵補助力(アシスト力)として付与されることにより、運転者のステアリング操作が補助される。
【0027】
ECU40は、車両に設けられる各種のセンサの検出結果を運転者の要求あるいは走行状態を示す情報として取得し、これら取得される各種の情報に応じてモータ31を制御する。
【0028】
各種のセンサとしては、たとえば車速センサ51、ステアリングセンサ52、トルクセンサ53および回転角センサ54がある。車速センサ51は車速(車両の走行速度)Vを検出する。ステアリングセンサ52はたとえば磁気式の回転角センサであってコラムシャフト22aに設けられて操舵角θsを検出する。トルクセンサ53はコラムシャフト22aに設けられて操舵トルクτを検出する。回転角センサ54はモータ31に設けられてモータ31の回転角θmを検出する。
【0029】
ECU40は車速V、操舵角θs、操舵トルクτおよび回転角θmに基づき目標アシスト力を演算し、当該目標アシスト力を操舵補助機構30に発生させるための駆動電力をモータ31に供給する。
【0030】
<ECUの構成>
つぎに、ECUのハードウェア構成を説明する。
図2に示すように、ECU40は駆動回路(インバータ回路)41およびマイクロコンピュータ42を備えている。
【0031】
駆動回路41は、マイクロコンピュータ42により生成されるモータ制御信号Sc(PWM駆動信号)に基づいて、バッテリなどの直流電源から供給される直流電力を三相交流電力に変換する。当該変換された三相交流電力は各相の給電経路43を介してモータ31に供給される。各相の給電経路43には電流センサ44が設けられている。これら電流センサ44は各相の給電経路43に生ずる実際の電流値Imを検出する。なお、図2では、説明の便宜上、各相の給電経路43および各相の電流センサ44をそれぞれ1つにまとめて図示する。
【0032】
マイクロコンピュータ42は、車速センサ51、ステアリングセンサ52、トルクセンサ53、回転角センサ54および電流センサ44の検出結果をそれぞれ定められたサンプリング周期で取り込む。マイクロコンピュータ42はこれら取り込まれる検出結果、すなわち車速V、操舵角θs、操舵トルクτ、回転角θmおよび実際の電流値Imに基づきモータ制御信号Scを生成する。
【0033】
<マイクロコンピュータ>
つぎに、マイクロコンピュータの機能的な構成を説明する。
マイクロコンピュータ42は、図示しない記憶装置に格納された制御プログラムを実行することによって実現される各種の演算処理部を有している。
【0034】
図2に示すように、マイクロコンピュータ42は、これら演算処理部として電流指令値演算部61およびモータ制御信号生成部62を備えている。電流指令値演算部61は、操舵トルクτ、車速Vおよび操舵角θsに基づき電流指令値Iを演算する。電流指令値Iはモータ31に供給するべき電流を示す指令値である。正確には、電流指令値Iは、d/q座標系におけるq軸電流指令値およびd軸電流指令値を含む。本実施形態においてd軸電流指令値は零に設定されている。d/q座標系は、モータ31の回転角θmに従う回転座標である。モータ制御信号生成部62は、回転角θmを使用してモータ31の三相の電流値Imを二相のベクトル成分、すなわちd/q座標系におけるd軸電流値およびq軸電流値に変換する。そして、モータ制御信号生成部62は、d軸電流値とd軸電流指令値との偏差、およびq軸電流値とq軸電流指令値との偏差をそれぞれ求め、これら偏差を解消するようにモータ制御信号Scを生成する。
【0035】
<電流指令値演算部>
つぎに、電流指令値演算部について説明する。
図2に示すように、電流指令値演算部61は、主たるアシスト制御部71、上下限リミット演算部72、上下限ガード処理部73、副たるアシスト制御部74および切替え部75を有している。また、電流指令値演算部61は3つの微分器87,88,89を有している。
【0036】
微分器87は操舵角θsを微分することにより操舵速度ωsを演算する。微分器88は前段の微分器87により算出される操舵速度ωsをさらに微分することにより操舵角加速度αsを演算する。微分器89は操舵トルクτを時間で微分することにより操舵トルク微分値dτを演算する。
【0037】
主たるアシスト制御部71は、操舵トルクτ、車速V、操舵角θs、操舵速度ωs、操舵角加速度αsおよび操舵トルク微分値dτに基づきアシスト制御量Ias(以下、「主たるアシスト制御量」という。)を演算する。主たるアシスト制御量Iasは、これら各種の状態量に応じた適切な大きさの目標アシスト力を発生させるためにモータ31へ供給する電流量の値(電流値)である。
【0038】
上下限リミット演算部72は、主たるアシスト制御部71において使用される各種の信号、ここでは操舵トルクτ、操舵角θs、操舵トルク微分値dτ、操舵速度ωsおよび操舵角加速度αsに基づき、主たるアシスト制御量Iasに対する制限値として上限値IULおよび下限値ILLを演算する。上限値IULおよび下限値ILLは主たるアシスト制御量Iasに対する最終的な制限値となる。
【0039】
上下限ガード処理部73は、上下限リミット演算部72により演算される上限値IULおよび下限値ILLに基づき、主たるアシスト制御量Iasの制限処理を実行する。すなわち、上下限ガード処理部73は、主たるアシスト制御量Iasの値ならびに上限値IULおよび下限値ILLを比較する。上下限ガード処理部73は、主たるアシスト制御量Iasが上限値IULを超える場合には主たるアシスト制御量Iasを上限値IULに制限し、下限値ILLを下回る場合には主たるアシスト制御量Iasを下限値ILLに制限する。当該制限処理が施された主たるアシスト制御量Iasが最終的な電流指令値Iとなる。なお、主たるアシスト制御量Iasが上限値IULと下限値ILLとの範囲内であるときには、主たるアシスト制御部71により演算される主たるアシスト制御量Iasがそのまま最終的な電流指令値Iとなる。
【0040】
上下限ガード処理部73は、主たるアシスト制御量Iasが制限されているかどうかを示す制限状態信号Sgrdを生成する。上下限ガード処理部73は、主たるアシスト制御量Ias(制限前または制限後のアシスト制御量)、および制限状態信号Sgrdをそれぞれ切替え部75へ出力する。
【0041】
副たるアシスト制御部74は、主たるアシスト制御部71と同様に、車速V、操舵トルクτ、操舵角θs、操舵トルク微分値dτ、操舵速度ωsおよび操舵角加速度αsに基づき副たるアシスト制御量Ias(以下、「副たるアシスト制御量」という。)を演算する。
【0042】
切替え部75は、主たるアシスト制御量Ias(正確には上下限ガード処理部73を経た後のアシスト制御量Ias)、および副たるアシスト制御量Iasをそれぞれ取り込む。切替え部75は、これら2つのアシスト制御量Iasのいずれかを最終的な電流指令値Iとしてモータ制御信号生成部62へ供給することが可能である。
【0043】
切替え部75は異常判定用のカウンタ76を有している。切替え部75は、上下限ガード処理部73により生成される制限状態信号Sgrdに基づき、主たるアシスト制御量Iasが制限されているかどうかを判定する。切替え部75は、主たるアシスト制御量Iasが制限されている旨判定される度にカウンタ76のカウント値を増加させる。切替え部75は、カウンタ76のカウント値に基づき、使用するアシスト制御量を主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへ移行させる。
【0044】
<アシスト制御部>
つぎに、主たるアシスト制御部71について詳細に説明する。
図3に示すように、主たるアシスト制御部71は基本アシスト制御部81、補償制御部82および加算器83を備えている。
【0045】
基本アシスト制御部81は操舵トルクτおよび車速Vに基づき基本アシスト制御量Iを演算する。基本アシスト制御量Iは、操舵トルクτおよび車速Vに応じた適切な大きさの目標アシスト力を発生させるための基礎成分(電流値)である。基本アシスト制御部81はたとえばマイクロコンピュータ42の図示しない記憶装置に格納されるアシスト特性マップを使用して基本アシスト制御量Iを演算する。アシスト特性マップは操舵トルクτおよび車速Vに基づき基本アシスト制御量Iを演算するための車速感応型の三次元マップであって、操舵トルクτ(絶対値)が大きいほど、また車速Vが小さいほど大きな値(絶対値)の基本アシスト制御量Iが算出されるように設定されている。
【0046】
補償制御部82は、より優れた操舵感を実現するために基本アシスト制御量Iに対する各種の補償制御を実行する。
補償制御部82は慣性補償制御部84、ステアリング戻し制御部85およびトルク微分制御部86を備えている。
【0047】
慣性補償制御部84は、操舵角加速度αsおよび車速Vに基づきモータ31の慣性を補償するための補償量I(電流値)を演算する。補償量Iを使用して基本アシスト制御量Iを補正することにより、ステアリングホイール21の切り始め時における引っ掛かり感(追従遅れ)および切り終わり時の流れ感(オーバーシュート)が低減される。
【0048】
ステアリング戻し制御部85は、操舵トルクτ、車速V、操舵角θsおよび操舵速度ωsに基づきステアリングホイール21の戻り特性を補償するための補償量I(電流値)を演算する。補償量Iを使用して基本アシスト制御量Iを補正することにより、路面反力によるセルフアライニングトルクの過不足が補償される。補償量Iに応じてステアリングホイール21を中立位置に戻す方向へ向けたアシスト力が発生されるからである。
【0049】
トルク微分制御部86は、逆入力振動成分を操舵トルク微分値dτとして検出し、当該検出される操舵トルク微分値dτに基づき逆入力振動などの外乱を補償するための補償量I(電流値)を演算する。補償量Iを使用して基本アシスト制御量Iを補正することにより、ブレーキ操作に伴い発生するブレーキ振動などの外乱が抑制される。補償量Iに応じて逆入力振動を打ち消す方向へ向けたアシスト力が発生されるからである。
【0050】
加算器83は基本アシスト制御量Iに対する補正処理として補償量I、補償量Iおよび補償量Iを加算することにより主たるアシスト制御量Iasを生成する。
【0051】
なお、副たるアシスト制御部74も主たるアシスト制御部71と同様の構成を有している。このため、副たるアシスト制御部74の詳細な説明は割愛する。
ちなみに本例では、副たるアシスト制御部74に主たるアシスト制御部71と同じ機能を持たせたが、主たるアシスト制御部71よりも簡素化した機能を持たせてもよい。副たるアシスト制御部74の機能を簡素化する場合、車速Vおよび操舵トルクτに基づき基本アシスト制御量Iを求め、当該基本アシスト制御量Iを簡易的なバックアップ用のアシスト制御に使用される電流指令値Iとしてもよい。補償制御部82で実行される各種の補償制御は実行しなくてもよいし、一部の補償制御のみを実行するようにしてもよい。実行する補償制御によって副たるアシスト制御部74が取り込む信号は異なる。
【0052】
<上下限リミット演算部>
つぎに、上下限リミット演算部72について詳細に説明する。
図4に示すように、上下限リミット演算部72は上限値演算部90および下限値演算部100を備えている。
【0053】
<上限値演算部>
上限値演算部90は、操舵トルク感応リミッタ91、操舵トルク微分値感応リミッタ92、操舵角感応リミッタ93、操舵速度感応リミッタ94、操舵角加速度感応リミッタ95および加算器96を有している。
【0054】
操舵トルク感応リミッタ91は、操舵トルクτに応じてアシスト制御量Iasに対する上限値IUL1を演算する。操舵トルク微分値感応リミッタ92は、操舵トルク微分値dτに応じてアシスト制御量Iasに対する上限値IUL2を演算する。操舵角感応リミッタ93は、操舵角θsに応じてアシスト制御量Iasに対する上限値IUL3を演算する。操舵速度感応リミッタ94は、操舵速度ωsに応じてアシスト制御量Iasに対する上限値IUL4を演算する。操舵角加速度感応リミッタ95は、操舵角加速度αsに応じてアシスト制御量Iasに対する上限値IUL5を演算する。
【0055】
加算器96は5つの上限値IUL1〜IUL5を足し算することによりアシスト制御量Iasに対する上限値IULを生成する。
<下限値演算部>
下限値演算部100は、操舵トルク感応リミッタ101、操舵トルク微分値感応リミッタ102、操舵角感応リミッタ103、操舵速度感応リミッタ104、操舵角加速度感応リミッタ105および加算器106を有している。
【0056】
操舵トルク感応リミッタ101は、操舵トルクτに応じてアシスト制御量Iasに対する下限値ILL1を演算する。操舵トルク微分値感応リミッタ102は、操舵トルク微分値dτに応じてアシスト制御量Iasに対する下限値ILL2を演算する。操舵角感応リミッタ103は、操舵角θsに応じてアシスト制御量Iasに対する下限値ILL3を演算する。操舵速度感応リミッタ104は、操舵速度ωsに応じてアシスト制御量Iasに対する下限値ILL4を演算する。操舵角加速度感応リミッタ105は、操舵角加速度αsに応じてアシスト制御量Iasに対する下限値ILL5を演算する。
【0057】
加算器106は5つの下限値ILL1〜ILL5を足し算することによりアシスト制御量Iasに対する下限値ILLを生成する。
<上下限リミットマップ>
上限値演算部90および下限値演算部100は、それぞれ第1〜第5のリミットマップM1〜M5を使用して各上限値IUL1〜IUL5および各下限値ILL1〜ILL5を演算する。第1〜第5のリミットマップM1〜M5はマイクロコンピュータ42の図示しない記憶装置に格納されている。第1〜第5のリミットマップM1〜M5は、それぞれ運転者のステアリング操作に応じて演算されるアシスト制御量Iasは許容し、それ以外の何らかの原因による異常なアシスト制御量Iasは許容しないという観点に基づき設定される。
【0058】
図5に示すように、第1のリミットマップM1は、横軸を操舵トルクτ、縦軸をアシスト制御量Iasとするマップであって、操舵トルクτとアシスト制御量Iasに対する上限値IUL1との関係、および操舵トルクτとアシスト制御量Iasに対する下限値ILL1との関係をそれぞれ規定する。操舵トルク感応リミッタ91,101はそれぞれ第1のリミットマップM1を使用して操舵トルクτに応じた上限値IUL1および下限値ILL1を演算する。
【0059】
第1のリミットマップM1は、操舵トルクτと同じ方向(正負の符号)のアシスト制御量Iasは許容し、操舵トルクτと異なる方向のアシスト制御量Iasは許容しない観点に基づき設定されることにより、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵トルクτが正の値である場合、アシスト制御量Iasの上限値IUL1は操舵トルクτの増大に伴い正の方向へ増加し、所定値を境として正の一定値に維持される。また、操舵トルクτが正の値である場合、アシスト制御量Iasの下限値ILL1は「0」に維持される。一方、操舵トルクτが負の値である場合、アシスト制御量Iasの上限値IUL1は「0」に維持される。また、操舵トルクτが負の値である場合、アシスト制御量Iasの下限値ILL1は操舵トルクτの絶対値が増大するほど負の方向へ増加し、所定値を境として負の一定値に維持される。
【0060】
図6に示すように、第2のリミットマップM2は、横軸を操舵トルク微分値dτ、縦軸をアシスト制御量Iasとするマップであって、操舵トルク微分値dτとアシスト制御量Iasに対する上限値IUL2との関係、および操舵トルク微分値dτとアシスト制御量Iasに対する下限値ILL2との関係をそれぞれ規定する。操舵トルク微分値感応リミッタ92,102はそれぞれ第2のリミットマップM2を使用して操舵トルク微分値dτに応じた上限値IUL2および下限値ILL2を演算する。
【0061】
第2のリミットマップM2は、操舵トルク微分値dτと同じ方向(正負の符号)のアシスト制御量Iasは許容し、操舵トルク微分値dτと異なる方向のアシスト制御量Iasは許容しない観点に基づき設定されることにより、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵トルク微分値dτが正の値である場合、アシスト制御量Iasの上限値IUL2は操舵トルク微分値dτの増大に伴い正の方向へ増加し、所定値を境として正の一定値に維持される。また、操舵トルク微分値dτが正の値である場合、アシスト制御量Iasの下限値ILL2は「0」に維持される。一方、操舵トルク微分値dτが負の値である場合、アシスト制御量Iasの上限値IUL2は「0」に維持される。また、操舵トルク微分値dτが負の値である場合、アシスト制御量Iasの下限値ILL2は操舵トルク微分値dτの絶対値が増大するほど負の方向へ増加し、所定値を境として負の一定値に維持される。
【0062】
図7に示すように、第3のリミットマップM3は、横軸を操舵角θs、縦軸をアシスト制御量Iasとするマップであって、操舵角θsとアシスト制御量Iasに対する上限値IUL3との関係、および操舵角θsとアシスト制御量Iasに対する下限値ILL3との関係をそれぞれ規定する。操舵角感応リミッタ93,103はそれぞれ第3のリミットマップM3を使用して操舵角θsに応じた上限値IUL3および下限値ILL3を演算する。
【0063】
第3のリミットマップM3は、操舵角θsと反対方向(正負の符号)のアシスト制御量Iasは許容し、操舵角θsと同じ方向のアシスト制御量Iasは許容しない観点に基づき設定されることにより、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵角θsが正の値である場合、アシスト制御量Iasの上限値IUL3は「0」に維持される。また、操舵角θsが正の値である場合、アシスト制御量Iasの下限値ILL3は操舵角θsの増大に伴い負の方向へ増加する。一方、操舵角θsが負の値である場合、アシスト制御量Iasの上限値IUL3は操舵角θsの絶対値が増大するほど正の方向へ増加する。また、操舵角θsが負の値である場合、アシスト制御量Iasの下限値ILL3は「0」に維持される。
【0064】
図8に示すように、第4のリミットマップM4は、横軸を操舵速度ωs、縦軸をアシスト制御量Iasとするマップであって、操舵速度ωsとアシスト制御量Iasに対する上限値IUL4との関係、および操舵速度ωsとアシスト制御量Iasに対する下限値ILL4との関係をそれぞれ規定する。操舵速度感応リミッタ94,104はそれぞれ第4のリミットマップM4を使用して操舵速度ωsに応じた上限値IUL4および下限値ILL4を演算する。
【0065】
第4のリミットマップM4は、操舵速度ωsと反対方向(正負の符号)のアシスト制御量Iasは許容し、操舵速度ωsと同じ方向のアシスト制御量Iasは許容しない観点に基づき設定されることにより、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵速度ωsが正の値である場合、アシスト制御量Iasの上限値IUL4は「0」に維持される。また、操舵速度ωsが正の値である場合、アシスト制御量Iasの下限値ILL4は操舵速度ωsの増大に伴い負の方向へ増加し、所定値を境として負の一定値に維持される。一方、操舵速度ωsが負の値である場合、アシスト制御量Iasの上限値IUL4は操舵速度ωsの絶対値が増大するほど正の方向へ増加し、所定値を境として正の一定値に維持される。また、操舵速度ωsが負の値である場合、アシスト制御量Iasの下限値ILL4は「0」に維持される。
【0066】
図9に示すように、第5のリミットマップM5は、横軸を操舵角加速度αs、縦軸をアシスト制御量Iasとするマップであって、操舵角加速度αsとアシスト制御量Iasに対する上限値IUL5との関係、および操舵角加速度αsとアシスト制御量Iasに対する下限値ILL5との関係をそれぞれ規定する。操舵角加速度感応リミッタ95,105はそれぞれ第5のリミットマップM5を使用して操舵角加速度αsに応じた上限値IUL5および下限値ILL5を演算する。
【0067】
第5のリミットマップM5は、操舵角加速度αsと反対方向(正負の符号)のアシスト制御量Iasは許容し、操舵角加速度αsと同じ方向のアシスト制御量Iasは許容しない観点に基づき設定されることにより、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵角加速度αsが正の値である場合、アシスト制御量Iasの上限値IUL5は「0」に維持される。また、操舵角加速度αsが正の値である場合、アシスト制御量Iasの下限値ILL5は操舵角加速度αsの増大に伴い負の方向へ増加し、所定値を境として負の一定値に維持される。一方、操舵角加速度αsが負の値である場合、アシスト制御量Iasの上限値IUL5は操舵角加速度αsの絶対値が増大するほど正の方向へ増加し、所定値を境として正の一定値に維持される。また、操舵角加速度αsが負の値である場合、アシスト制御量Iasの下限値ILL5は「0」に維持される。
【0068】
したがって、電動パワーステアリング装置10では、主たるアシスト制御量Iasに対する制限値(上限値および下限値)が、主たるアシスト制御量Iasを演算する際に使用する各信号、ここでは操舵状態を示す状態量である操舵トルクτ、操舵トルク微分値dτ、操舵角θs、操舵速度ωsおよび操舵角加速度αsに対して個別に設定される。マイクロコンピュータ42は、主たるアシスト制御量Iasに基づき最終的な電流指令値Iを演算するに際して、各信号の値に応じて主たるアシスト制御量Iasの変化範囲を制限するための制限値を信号毎に設定し、これら制限値を合算した値を主たるアシスト制御量Iasに対する最終的な制限値として設定する。
【0069】
ちなみに、信号毎の制限値、ひいては最終的な制限値は運転者のステアリング操作に応じて演算される通常のアシスト制御量Iasは許容し、何らかの原因に起因する異常なアシスト制御量Iasは制限する観点で設定される。マイクロコンピュータ42は、たとえば運転者の操舵入力に対するトルク微分制御およびステアリング戻し制御などの各種補償制御による補償量は許容する一方、各補償量の値を超える異常出力あるいは誤出力などは制限する。
【0070】
マイクロコンピュータ42は、主たるアシスト制御量Iasが最終的な上限値IULおよび下限値ILLにより定められる制限範囲を超えるとき、上限値IULを超える主たるアシスト制御量Iasあるいは下限値ILLを下回る主たるアシスト制御量Iasが最終的な電流指令値Iとしてモータ制御信号生成部62に供給されないように制限する。最終的な上限値IULおよび下限値ILLには信号毎に設定された個別の制限値(上限値および下限値)が反映されている。すなわち、異常な値を示す主たるアシスト制御量Iasが演算される場合であれ、当該異常な主たるアシスト制御量Iasの値は最終的な制限値によって各信号値に応じた適切な値に制限される。そして、当該適切な主たるアシスト制御量Iasが最終的な電流指令値Iとしてモータ制御信号生成部62に供給されることにより適切なアシスト力が操舵系に付与される。異常な主たるアシスト制御量Iasが最終的な電流指令値Iとしてモータ制御信号生成部62に供給されることが抑制されるため、操舵系に対して意図しないアシスト力が付与されることが抑制される。たとえば、いわゆるセルフステアなどの発生も抑制される。
【0071】
また、主たるアシスト制御量Iasを演算する際に使用する各信号に基づき、主たるアシスト制御量Iasに対する適切な制限値が個別に設定される。このため、たとえば基本アシスト制御量Iを演算する際に使用される信号である操舵トルクτのみに基づいて主たるアシスト制御量Iasの制限値を設定する場合に比べて、主たるアシスト制御量Iasに対してより緻密な制限処理が行われる。主たるアシスト制御量Iasの制限値の設定において、各種の補償量I,I,Iに対する影響を考慮する必要もない。
【0072】
図10のグラフに示すように、アシスト制御量Iasの値がたとえば下限値ILLを下回るとき(時刻TL0)、上下限ガード処理部73によってアシスト制御量Iasの値は下限値ILLで制限される。アシスト制御量Iasの値が上限値IULを超える場合についても同様である。
【0073】
通常時、切替え部75は主たるアシスト制御量Iasを使用する。ここで通常時とは、上下限ガード処理部73による制限処理が実行されないとき、および当該制限処理が実行されるときであっても当該制限処理が開始されたとき(時刻TL0)からの経過時間が一定期間ΔTに達していないときをいう。
【0074】
異常時、切替え部75は主たるアシスト制御量Iasに代えて、副たるアシスト制御量Iasを使用する。ここで異常時とは、図10のグラフに示されるように、主たるアシスト制御量Iasに対する制限処理が一定期間ΔTだけ継続して行われたとき(時刻TL1)をいう。副たるアシスト制御部74による正常なアシスト制御量Iasを使用することにより、操舵系に対して好適なアシスト力が継続して付与される。
【0075】
<上下限ガード処理部の処理手順>
上下限ガード処理部73による制限処理の詳細な手順はつぎの通りである。
図11のフローチャートに示すように、上下限ガード処理部73は、主たるアシスト制御量Iasが上限値IULよりも大きいかどうかを判断する(ステップS101)。上下限ガード処理部73は、主たるアシスト制御量Iasが上限値IULよりも大きい旨判断されるとき(ステップS101でYES)、主たるアシスト制御量Iasを上限値IULに更新(制限)する(ステップS102)。
【0076】
つぎに、上下限ガード処理部73は制限状態信号Sgrdを生成する(ステップS103)。ここでの制限状態信号Sgrdは、主たるアシスト制御量Iasが制限されている旨示す信号である。
【0077】
つぎに、上下限ガード処理部73は、先のステップS102において上限値IULに更新(制限)した主たるアシスト制御量Iasおよび先のステップS103において生成した制限状態信号Sgrdをそれぞれ切替え部75へ出力して(ステップS104)、処理を終了する。
【0078】
先のステップS101の判断において、上下限ガード処理部73は、主たるアシスト制御量Iasが上限値IULよりも大きくない旨判断されるとき(ステップS101でNO)、当該主たるアシスト制御量Iasが下限値ILLよりも小さいかどうかを判断する(ステップS105)。
【0079】
上下限ガード処理部73は、主たるアシスト制御量Iasが下限値ILLよりも小さい旨判断されるとき(ステップS105でYES)、当該主たるアシスト制御量Iasを下限値ILLに更新(制限)し(ステップS106)、ステップS103へ処理を移行する。
【0080】
先のステップS105の判断において、上下限ガード処理部73は主たるアシスト制御量Iasが下限値ILLよりも小さくない旨判断されるとき(ステップS105でNO)、制限状態信号Sgrdを生成して(ステップS107)、処理をステップS104へ移行する。ここでの制限状態信号Sgrdは、主たるアシスト制御量Iasが制限されていない旨示す信号である。
【0081】
<切替え部の処理手順>
つぎに、切替え部75による切替え処理の手順の一例を説明する。
図12のフローチャートに示すように、切替え部75は、上下限ガード処理部73により生成される制限状態信号Sgrdに基づき、主たるアシスト制御量Iasが制限されているかどうかを判断する(ステップS201)。
【0082】
切替え部75は当該主たるアシスト制御量Iasが制限されている旨判断されるとき(ステップS201でYES)、カウンタ76のカウント値Nに、定められた増加量(カウント量)Naを加算する(ステップS202)。
【0083】
つぎに、切替え部75はカウント値Nが異常判定閾値Nth以上であるかどうかを判断する(ステップS203)。当該判断は、先の図10のグラフに示されるように、主たるアシスト制御量Iasの制限状態が一定期間ΔTだけ継続したかどうかの判断に相当する。
【0084】
切替え部75は、カウント値Nが異常判定閾値Nth以上である旨判断されるとき(ステップS203でYES)、副たるアシスト制御量Iasを使用して操舵アシストを継続し(ステップS204)、処理を終了する。すなわち、切替え部75は、主たるアシスト制御量Iasに代えて、副たるアシスト制御量Iasを最終的な電流指令値Iとしてモータ制御信号生成部62へ供給する。
【0085】
先のステップS203の判断において、切替え部75はカウント値Nが異常判定閾値Nth以上ではない旨判断されるとき(ステップS203でNO)、主たるアシスト制御量Ias(正確には上下限ガード処理部73を経た後のアシスト制御量Ias)を使用して操舵アシストを継続し(ステップS205)、処理を終了する。
【0086】
先のステップS201の判断において、切替え部75は主たるアシスト制御量Iasが制限されていない旨判断されるとき(ステップS201でNO)、カウンタ76のカウント値Nから一定値Nsを減算する(ステップS206)。なお、カウント値Nを減少させる際の一定値Nsはカウント値Nを増加させる際の増加量Naよりも小さい値に設定される。
【0087】
つぎに、切替え部75は主たるアシスト制御量Ias(正確には上下限ガード処理部73を経た後のアシスト制御量Ias)を使用して操舵アシストを継続し(ステップS207)、処理を終了する。
【0088】
なお、図12のフローチャートにおけるステップS206,S207の両処理を省略した構成を採用してもよい。この場合、切替え部75は主たるアシスト制御量Iasが制限されていない旨判断されるとき(ステップS201でNO)、処理を終了する。
【0089】
このように、主たるアシスト制御量Iasが制限される異常な状態が一定時間以上継続するとき、定められたフェイルセーフ動作として、使用されるアシスト制御量が主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへ切り替えられる。このため、より高い安全性が得られる。また、主たるアシスト制御量Iasが制限されているときにはカウント値Nを増加量Naずつ増加させる一方、当該アシスト制御量Iasが制限されていないときにはカウント値Nを一定値Ns(<Na)ずつ減少させる。このため、その時々の制限有無を考慮した切替え処理が行われる。
【0090】
ところが、使用するアシスト制御量Iasが主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへ切り替えられるとき、つぎのようなことが懸念される。たとえば、主たるアシスト制御量Iasが制限されてからカウント値Nが異常判定閾値Nth以上の値に達するまでの間(異常判定期間)、通常時に比べて操舵感が低下するおそれがある。これは、本来の適切な主たるアシスト制御量Iasではなく上限値IULまたは下限値ILLに制限された主たるアシスト制御量Iasが使用されるからである。
【0091】
たとえば制限される主たるアシスト制御量Iasの状態として、つぎの(A1)〜(A3)に示す3つの状態が想定される。
(A1)制限される主たるアシスト制御量Iasの符号(+,−)が交互に反転するとき。このとき、主たるアシスト制御量Iasの値が上限値IULと下限値ILLとの間で交互に切り替わる。モータ31のトルク方向も交互に反転するので、振動の発生につながることが懸念される。
【0092】
(A2)制限される主たるアシスト制御量Iasの符号が操舵トルクτの符号と逆であるとき。このとき、モータ31のトルク方向が本来のトルク方向と反対になる、いわゆる逆アシストの発生が懸念される。
【0093】
(A3)制限される主たるアシスト制御量Iasの符号が操舵トルクτの符号と同じであるとき。このとき、制限されたアシスト制御量Iasと本来の正常なアシスト制御量Iasとの乖離の程度に応じて、いわゆるセルフステア(順方向)の発生が懸念される。
【0094】
ここで、たとえばUターン時など、操舵トルクτの値が大きくなる状況においては、操舵トルクτの値が大きくなる分、上限値IULと下限値ILLとによる制限幅(ガード幅)も広くなる。そして、状況A1、状況A2および状況A3のいずれにおいても、操舵トルクτ、ひいては主たるアシスト制御量Iasの制限幅が大きくなるほど、モータ31のトルク変動に対する影響は大きくなる。したがって、大きな操舵トルクτが生じる場合、副たるアシスト制御量Iasへ速やかに切替えることが好ましい。
【0095】
これに対し、たとえばコーナーリング中におけるステアリングホイールの舵角を微調整する修正舵のように、ゆっくりとした微修正の範囲内で操舵される際には、操舵トルクτの値はそれほど大きな値にならない。このため、上限値IULと下限値ILLとによる主たるアシスト制御量Iasの制限幅は、それほど広くならない。したがって、このとき制限される主たるアシスト制御量Iasの値は、制限前の正常なアシスト制御量Iasにより近い値となる。このため、制限された主たるアシスト制御量Iasがモータ31のトルクに及ぼす影響も小さい。したがって、大きな操舵トルクτが生じる場合に比べて、副たるアシスト制御量Iasへの切り替えを急ぐ必要はない。
【0096】
これらのことを踏まえ、本例では主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの切替えの際におけるモータ31のトルク変動が操舵感に及ぼす影響を抑制するために、つぎの構成を採用している。
【0097】
図13に示すように、切替え部75は、カウンタ76に加え、増加量設定マップM11、ゲイン設定マップM12、第1の乗算器201、第1の加算器202、第2の乗算器203、および第2の加算器204を有している。
【0098】
増加量設定マップM11は、横軸を操舵トルクτ(絶対値)、縦軸をカウンタ76の増加量Naとするマップである。増加量設定マップM11は、操舵トルクτを取り込み、操舵トルクτに応じた増加量Naを算出する。増加量設定マップM11は、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの切り替えを操舵トルクτの絶対値に応じて適切に行う観点に基づき設定される。増加量設定マップM11は、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵トルクτが「0」であるときの増加量Naである基本増加量Na1を起点として、操舵トルクτの絶対値が大きくなるほど、算出される増加量Naの値が大きくなる。
【0099】
カウンタ76は、増加量設定マップM11により算出される増加量Naを取り込み、当該取り込まれる増加量Naを使用してカウント値Nを増加させる。
ゲイン設定マップM12は、横軸をカウンタ76のカウント値N、縦軸を主たるアシスト制御量Iasおよび副たるアシスト制御量Iasに対する分配ゲインGsとするマップである。分配ゲインGsは、最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasおよび副たるアシスト制御量Iasの割合を変更するために使用される。ゲイン設定マップM12は、カウンタ76のカウント値Nを取り込み、この取り込まれるカウント値Nに応じて分配ゲインGsを算出する。分配ゲインGsは「0」以上「1」以下の値に設定される。ゲイン設定マップM12は、つぎのような特性を有する。すなわち、カウント値Nが「0」から所定のカウント値N1に達するまでの間、分配ゲインGsの値は「1」に維持される。カウント値Nが所定のカウント値N1を超えた以降、異常判定閾値Nth(>N1)に達するまでの間、カウント値Nが増加するにつれて分配ゲインGsの値は減少する。カウント値Nが異常判定閾値Nthに達した以降、分配ゲインGsの値は「0」に維持される。
【0100】
第1の乗算器201は、上下限ガード処理部73を通じて取得される主たるアシスト制御量Ias(制限前または制限後のアシスト制御量)と、ゲイン設定マップM12により算出される分配ゲインGsとを掛け算する。
【0101】
第1の加算器202は、ゲイン設定マップM12により算出される分配ゲインGsをその最大値である「1」から減算することによって、差分ゲインGssを求める。
第2の乗算器203は、副たるアシスト制御部74により算出される副たるアシスト制御量Iasと、第1の加算器202により算出される差分ゲインGssとを掛け算する。
【0102】
第2の加算器204は、第1の乗算器201により算出される分配ゲインGsに応じた主たるアシスト制御量Iasと、第2の乗算器203により算出される差分ゲインGssに応じた副たるアシスト制御量Iasとを足し算することにより、最終的な電流指令値Iを生成する。
【0103】
この構成によれば、操舵トルクτの絶対値が大きいほどカウンタ76の増加量Naがより大きな値に設定される。このため、操舵トルクτの絶対値が大きいほどカウンタ76におけるカウント値Nの増加が早められる。カウント値Nの増加が早められる分、制限値に制限されている主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへ、より早く切り替えられる。すなわち、操舵トルクτの絶対値が大きいほど、主たるアシスト制御量Iasの制限が開始されてから副たるアシスト制御量Iasへ切り替えられるまでの期間(図10:一定期間ΔT)が短縮される。したがって、モータ31のトルク変動の運転者の操舵挙動に対する影響、たとえばセルフステアあるいは逆アシストなどの発生期間を低減することが可能となる。
【0104】
また、操舵トルクτに応じて最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasと副たるアシスト制御量Iasとの割合が変化する。たとえばつぎの(B1)〜(B3)に示す通りである。
【0105】
(B1)分配ゲインGsの値が「1.0」であるとき、最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasと副たるアシスト制御量Iasとの割合は「100:0」となる。このとき、制限された主たるアシスト制御量Iasがそのまま最終的な電流指令値Iとなる。
【0106】
(B2)分配ゲインGsの値が「0.5」であるとき、最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasと副たるアシスト制御量Iasとの割合は「50:50」となる。
【0107】
(B3)分配ゲインGsの値が「0」であるとき、最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasと副たるアシスト制御量Iasとの割合は「0:100」となる。このとき、副たるアシスト制御量Iasがそのまま最終的な電流指令値Iとなる。
【0108】
このように、操舵トルクτ、ひいてはカウント値Nに応じて最終的な電流指令値Iに占める副たるアシスト制御量Iasの割合を変化させることにより、制限された主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへ急激に切り替えられることが抑制される。このため、制限された主たるアシスト制御量Iasと、副たるアシスト制御量Iasとが乖離することに起因するモータ31のトルク変動が抑制される。操舵トルクτに応じて、より適切に操舵のアシストを継続することが可能となる。
【0109】
<実施の形態の効果>
第1の実施の形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)アシスト制御量Iasの制限値はアシスト制御量Iasの演算に使用される各信号(各状態量)に対して個別に設定されるとともに、これら制限値を合算した値がアシスト制御量Iasに対する最終的な制限値として設定される。このため、何らかの原因によって異常値を示すアシスト制御量Iasが演算された場合であれ、当該異常なアシスト制御量Iasは最終的な制限値によって直接的に各信号値に応じた適切な値に制限される。適切な値に制限されたアシスト制御量Iasが最終的な電流指令値Iとしてモータ制御信号生成部62に供給されることにより意図せぬアシスト力が操舵系に付与されるのを的確に抑制することができる。
【0110】
(2)主たるアシスト制御量Iasが制限される異常な状態が一定時間以上継続するとき、定められたフェイルセーフ動作として、使用されるアシスト制御量Iasが主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへ切り替えられる。このため、より高い安全性が得られる。
【0111】
(3)操舵トルクτの絶対値が大きいほどカウンタ76の増加量Naが増加される。このため、操舵トルクτの絶対値が大きいほど、カウント値Nは、より速く異常判定閾値Nthに達する。すなわち、定められたフェイルセーフ動作(ここでは、使用するアシスト制御量Iasの切り替え動作)が早く完了する。したがって、異常判定期間(アシスト制御量の制限処理が開始されてから「N≧Nth」が成立するまでの間)が短縮される分、モータ31のトルク変動、ひいては運転者の操舵挙動に対する影響を低減することが可能となる。
【0112】
(4)カウント値Nが増加するにつれて、最終的な電流指令値Iに占める副たるアシスト制御量Iasの割合が増加する。すなわち、カウント値Nが大きくなるほど、制限された主たるアシスト制御量Iasのモータトルクに対する影響が小さくなる一方で、副たるアシスト制御量Iasのモータトルクに対する影響が大きくなる。このため、異常判定期間におけるモータ31のトルク変動が好適に抑制される。また、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへ切り替える際のトルク変動幅も狭くなる。
【0113】
<第2の実施の形態>
つぎに、電動パワーステアリング装置の第2の実施の形態を説明する。本例は、操舵トルクτだけではなく、制限された主たるアシスト制御量Iasの状態も考慮して、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行速度を変更する点で第1の実施の形態と異なる。
【0114】
図14に示すように、電流指令値演算部61は、移行レベル判定部77を有している。移行レベル判定部77は、主たるアシスト制御量Ias(制限前または制限後)、制限状態信号Sgrd、上限値IUL、下限値ILLおよび操舵トルクτをそれぞれ取り込み、これら取り込まれる信号に基づき移行レベルを判定する。ここで、移行レベルとは、主たるアシスト制御量Ias(制限前または制限後)がモータ31のトルク、ひいては操舵挙動に及ぼす影響の度合いをいう。異常な主たるアシスト制御量Iasが出力される場合、当該主たるアシスト制御量Iasがモータ31のトルクに及ぼす影響の度合いが高いほど、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行速度を、より早くすることが好ましい。
【0115】
移行レベル判定部77は、制限状態信号Sgrd、に基づき主たるアシスト制御量Iasが制限されているかどうかを判定する。移行レベル判定部77は、主たるアシスト制御量Iasが制限されている旨判定されるとき、主たるアシスト制御量Ias、上限値IULおよび下限値ILLに基づき主たるアシスト制御量Iasの状況を判定する。当該判定される状況としては、たとえば先の状況A1〜状況A3がある。移行レベル判定部77は、操舵トルクτを加味しつつ、主たるアシスト制御量Iasの状態に基づき移行レベルを判定する。移行レベル判定部77は、当該判定される移行レベルに応じた値の移行レベルゲインGを生成する。
【0116】
移行レベル判定部77は、主たるアシスト制御量Iasの状況として先の状況A1、状況A2および状況A3が検出されるとき、つぎのように移行レベルを判定する。
(C1)大きな振動が懸念される状況A1が検出されるとき。このとき、移行レベル判定部77は移行レベルL1と判定する。
【0117】
(C2)逆アシストが懸念される状況A2が検出されるとき。このとき、移行レベル判定部77は移行レベルL2と判定する。
(C3)セルフステアが懸念される状況A3が検出されるとき。このとき、移行レベル判定部77は移行レベルL3と判定する。
【0118】
移行レベルL1〜L3のモータトルク、ひいては操舵感に対する影響度の大小関係は次式(i)の通りである。
L1>L2>L3 …(i)
図15に示すように、切替え部75は乗算器205を有している。乗算器205は、増加量設定マップM11とカウンタ76との間の演算経路に設けられている。乗算器205は移行レベル判定部77により生成される移行レベルゲインGを取り込み、この取り込まれる移行レベルゲインGと、増加量設定マップM11により算出される増加量Naとを掛け算する。カウンタ76は、移行レベルゲインGが掛け算された増加量Naを使用してカウント値Nを増加させる。
【0119】
つぎに、移行レベル判定部77による移行レベル判定処理の手順を説明する。
図16(a)のフローチャートに示すように、移行レベル判定部77は主たるアシスト制御量Iasの状況が状況A1であるかどうかを判断する(ステップS301)。移行レベル判定部77は、状況A1ではない旨判断されるとき(ステップS301でNO)、ステップS302へ処理を移行する。
【0120】
ステップS302において、移行レベル判定部77は主たるアシスト制御量Iasの状況が状況A2であるかどうかを判断する。移行レベル判定部77は、状況A2ではない旨判断されるとき(ステップS302でNO)、ステップS303へ処理を移行する。
【0121】
ステップS303において、移行レベル判定部77は主たるアシスト制御量Iasの状況が状況A3であるかどうかを判断する。移行レベル判定部77は、状況A3ではない旨判断されるとき(ステップS303でNO)、処理を終了する。
【0122】
これに対し、ステップS303において、移行レベル判定部77は状況A3である旨判断されるとき(ステップS303でYES)、移行レベルゲインGとしてゲインGL3を生成し(ステップS304)、処理を終了する。
【0123】
また、先のステップS302において、移行レベル判定部77は状況A2である旨判断されるとき(ステップS302でYES)、移行レベルゲインGとしてゲインGL2を生成し(ステップS305)、処理を終了する。
【0124】
また、先のステップS301において、移行レベル判定部77は状況A1である旨判断されるとき(ステップS301でYES)、移行レベルゲインGとしてゲインGL1を生成し(ステップS306)、処理を終了する。
【0125】
ここで、3つのゲインGL1,GL2,GL3の値の大小関係は次式(ii)の通りであって、すべて「1」よりも大きな値を有する。
1<GL3<GL2<GL1 …(ii)
このため、状況A1、状況A2および状況A3のうちのいずれか一が発生するとき、カウンタ76に取り込まれる増加量Naの値は、増加量設定マップM11により算出される増加量Naの値よりも大きな値になる。したがって、カウント値Nは通常時(状況A1〜状況A3のいずれの状況でもないとき)よりも大きな値になるので、ゲイン設定マップM12により算出される分配ゲインGsの値は通常時よりも小さな値となる。すなわち、最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasの割合は通常時よりも低くなる一方、副たるアシスト制御量Iasの割合は通常時よりも高くなる。最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasの割合が低くなる分、モータ31のトルク変動に対する影響も小さくなる。
【0126】
また、先の式(ii)にも示されるように、モータ31のトルク変動に及ぼす影響が大きい状況であるときほど、大きな値の移行レベルゲインG(GL1,GL2,GL3)が算出される。このため、最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasの割合は、よりいっそう低くなる。
【0127】
さらに、同じ状況A1〜状況A3であれ、操舵トルクτの大きさ(絶対値)によってモータ31のトルク変動に及ぼす影響の度合いが異なる。すなわち、操舵トルクτの値が大きいほど、モータ31のトルク変動に及ぼす影響の度合いは高くなる。この点を鑑み、本例では操舵トルクτの絶対値が大きくなるほどカウンタ76の増加量Naの値が大きく、ひいては分配ゲインGsの値がより小さく設定される。このため、最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasの割合は、よりいっそう低くなる。
【0128】
そして、カウント値Nが異常判定閾値Nthに達した以降、分配ゲインGsは0(零)に維持される。このため、最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasの割合は0%になる一方、主たるアシスト制御量Iasの割合は100%となる。すなわち、使用されるアシスト制御量Iasが主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへ完全に切り替えられる。操舵トルクτの絶対値が大きいほど、またモータトルクの変動に影響を及ぼす状況であるほど、カウンタ76の増加量Naの値がより大きな値に設定されるので、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行速度は速くなる。
【0129】
ちなみに、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行速度を速くするだけではなく、逆に遅くしてもよい状況も想定される。たとえば、つぎの(A4),(A5)に示す2つの状況である。
【0130】
(A4)制限された主たるアシスト制御量Iasの符号(+,−)が操舵トルクτの符号と同じであって、かつ制限された主たるアシスト制御量Iasの絶対値が小さいとき。すなわち、いわゆるセルフステア(順方向)が発生するほどではないものの、アシスト力が過大となるおそれがあるとき。
【0131】
(A5)制限された主たるアシスト制御量Iasの符号(+,−)が操舵トルクτの符号と同じ、あるいは逆であって、制限されたアシスト制御量Iasの絶対値が0(零)に近似する程度に小さいとき。すなわち、アシスト力が過小となるおそれがあるとき。
【0132】
移行レベル判定部77は、主たるアシスト制御量Iasの状況として状況A4、または状況A5が検出されるとき、つぎのように移行レベルを判定する。
(C4)いわゆる過大アシストが懸念される状況A4が検出されるとき。このとき、移行レベル判定部77は移行レベルL4と判定する。
【0133】
(C5)いわゆる過小アシストが懸念される状況A5が検出されるとき。このとき、移行レベル判定部77は移行レベルL5と判定する。
移行レベルL1〜L5のモータトルク、ひいては操舵感に対する影響度の大小関係は次式(iii)の通りである。
【0134】
L1>L2>L3>L4>L5 …(iii)
状況A4および状況A5が発生した場合、モータ31のトルク変動、ひいては操舵感に及ぼす影響は、先の状況A1〜A3が発生した場合に比べて極めて小さいと考えられる。このため、移行レベル判定部77による移行レベル判定処理の手順をつぎのようにしてもよい。
【0135】
図16(b)のフローチャートに示すように、先のステップS303において、移行レベル判定部77は主たるアシスト制御量Iasの状況が状況A3ではない旨判断されるとき(ステップS303でNO)、ステップS307へ処理を移行する。
【0136】
ステップS307において、移行レベル判定部77は、主たるアシスト制御量Iasの状況が状況A4であるかどうかを判断する。移行レベル判定部77は、状況A4ではない旨判断されるとき(ステップS307でNO)、ステップS308へ処理を移行する。
【0137】
ステップS308において、移行レベル判定部77は、主たるアシスト制御量Iasの状況が状況A5であるかどうかを判断する。移行レベル判定部77は、状況A5ではない旨判断されるとき(ステップS308でNO)、処理を終了する。
【0138】
これに対し、先のステップS308において、移行レベル判定部77は状況A5である旨判断されるとき(ステップS308でYES)、移行レベルゲインGとしてゲインGL5を生成し(ステップS309)、処理を終了する。
【0139】
また、先のステップS307において、移行レベル判定部77は状況A4である旨判断されるとき(ステップS307でYES)、移行レベルゲインGとしてゲインGL4を生成し(ステップS310)、処理を終了する。
【0140】
ここで、2つのゲインGL4,GL5の値の大小関係は次式(iv)の通りである。
0<GL5<GL4<1 …(iv)
このため、状況A4または状況A5が発生するとき、カウンタ76に取り込まれる増加量Naの値は、増加量設定マップM11により算出される増加量Naの値よりも小さな値になる。したがって、ゲイン設定マップM12により算出される分配ゲインGsの値は、通常時(状況A4および状況A5のいずれの状況でもないとき)よりも大きな値となる。すなわち、最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasの割合は通常時よりも高くなる一方、副たるアシスト制御量Iasの割合は低くなる。またカウント値Nが増加する速度、ひいては分配ゲインGsに基づく主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行速度は通常時よりも遅くなる。
【0141】
なお、移行レベル判定部77は、ステップS308において状況A5である旨判断されるとき(ステップS308でYES)、およびステップS307において状況A4である旨判断されるとき(ステップS307でYES)、それぞれ移行レベルゲインGを生成することなく処理を終了してもよい。この場合、カウンタ76のカウント値Nが異常判定閾値Nthに達するまでの間、制限された主たるアシスト制御量Iasに基づき操舵のアシストが継続される。状況A4および状況A5においては、モータトルクに対する影響が少ないので大きな問題はない。
【0142】
また、切替え部75として、増加量設定マップM11および乗算器205を割愛した構成を採用してもよい。この場合、たとえば移行レベルゲインGとカウンタ76に格納される増加量Naとを掛け算する。このようにしても、増加量Naは移行レベルゲインGに応じて増減する。
【0143】
したがって、第2の実施の形態によれば、つぎの効果を得ることができる。
(5)主たるアシスト制御量Iasの状態(モータのトルク変動に及ぼす影響度合い)に応じて、最終的な電流指令値Iに占める主たるアシスト制御量Iasの割合が変更される。また、主たるアシスト制御量Iasの状態に応じて、副たるアシスト制御量Iasへの移行速度が変更される。たとえば、モータトルク変動に及ぼす影響が大きいときほど、副たるアシスト制御量Iasへより速く移行する。このため、制限される主たるアシスト制御量Iasの状態に応じて、モータトルクの変動がより好適に抑制される。操舵挙動の変化も抑えられる。
【0144】
<第3の実施の形態>
つぎに、電動パワーステアリング装置の第3の実施の形態を説明する。本例は、操舵トルクτだけではなく、モータ31に供給される電流の変化も考慮して、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行速度を変更する点で第1の実施の形態と異なる。
【0145】
図17に示すように、切替え部75は電流センサ44を通じて検出される電流値Imを取り込む。
図18に示すように、切替え部75は判定部206を有している。判定部206は、制限状態信号Sgrd、操舵トルクτおよび電流値Imをそれぞれ取り込む。判定部206は、主たるアシスト制御量Iasが制限されている旨示す制限状態信号Sgrd、が取り込まれるとき、操舵トルクτおよび電流値Imに基づき、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行速度を速くするか遅くするかを判定する。判定部206は移行速度を速くするか遅くするかの判定結果に応じて移行速度ゲインGを生成する。
【0146】
図19に示すように、判定部206は、操舵トルクτの変化方向(正負の符号)および電流値Imの変化方向(正負の符号)に基づき、モータ31へ供給される電流が操舵トルクτの変化を増やす方向の電流かどうかを判定する(YES/NO)。
【0147】
具体的には、判定部206は、操舵トルクτの変化方向として操舵トルクτの変化値Δτを演算する。操舵トルクτの変化値Δτは、今回の操舵トルクτから過去の操舵トルクτを引き算することにより得られる。また、判定部206は、電流値Imの変化方向として電流値Imの変化値ΔImを演算する。電流値Imの変化値ΔImは、今回の電流値Imから過去の電流値Imを引き算することにより得られる。
【0148】
判定部206は、次式(v)に示されるように、操舵トルクτの変化値Δτと電流値Imの変化値ΔImとの乗算結果の符号が正(+)であるとき、モータ31へ供給される電流は操舵トルクτの変化を増やす方向の電流ではない旨判定する(NO判定)。これに対して、判定部206は、次式(vi)に示されるように、操舵トルクτの変化値Δτと電流値Imの変化値ΔImとの乗算結果の符号が負(−)であるとき(YES判定)、モータ31へ供給される電流は操舵トルクτの変化を増やす方向の電流である旨判定する。
【0149】
操舵トルクτの変化値Δτ×電流値Imの変化値ΔIm<0 …(v)
操舵トルクτの変化値Δτ×電流値Imの変化値ΔIm>0 …(vi)
判定部206は、モータ31へ供給される電流が操舵トルクτの変化を増やす方向の電流である旨判定されるとき(YES判定)、移行速度を速くするための移行速度ゲインGとしてゲインGVHを生成する。また、判定部206は、モータ31へ供給される電流が操舵トルクτの変化を増やす方向の電流ではない旨判定されるとき(NO判定)、移行速度を遅くするための移行速度ゲインGとしてゲインGVLを生成する。ゲインGVHは「1」より大きな値に、ゲインGVLは「1」よりも小さな値に設定される。
【0150】
操舵トルクτの変化方向(正負の符号)と電流値Imの変化方向(正負の符号)との組み合わせは、つぎの(D1)〜(D4)に示す4パターンである。
(D1)操舵トルクτの変化方向が正(+)、電流値Imの方向も正(+)であるとき。このとき、操舵トルクτの変化値Δτと電流値Imの変化値ΔImとの乗算結果の符号は正(+)となる。このため、モータ31へ供給される電流は操舵トルクτの変化を増やす方向の電流ではない旨判定される(NO判定)。したがって、移行速度を遅くするためのゲインGVLが生成される。
【0151】
(D2)操舵トルクτの変化方向が正(+)、電流値Imの方向が負(−)であるとき。このとき、操舵トルクτの変化値Δτと電流値Imの変化値ΔImとの乗算結果の符号は負(−)となる。このため、モータ31へ供給される電流は操舵トルクτの変化を増やす方向の電流である旨判定される(YES判定)。したがって、移行速度を速くするためのゲインGVHが生成される。
【0152】
(D3)操舵トルクτの変化方向が負(−)、電流値Imの方向が正(+)であるとき。このとき、操舵トルクτの変化値Δτと電流値Imの変化値ΔImとの乗算結果の符号は負(−)となる。このため、モータ31へ供給される電流は操舵トルクτの変化を増やす方向の電流である旨判定される(YES判定)。したがって、移行速度を速くするためのゲインGVHが生成される。
【0153】
(D4)操舵トルクτの変化方向が負(−)、電流値Imの方向も負(−)であるとき。このとき、操舵トルクτの変化値Δτと電流値Imの変化値ΔImとの乗算結果の符号は正(+)となる。このため、モータ31へ供給される電流は操舵トルクτの変化を増やす方向の電流ではない旨判定される(NO判定)。したがって、移行速度を遅くするためのゲインGVLが生成される。
【0154】
なお、モータ31へ供給される電流が操舵トルクτの変化を増やす方向の電流ではない旨判定されるとき(NO判定)、移行速度を変化させないようにしてもよい。この場合、ゲインGVLの値は「1」に設定する。
【0155】
したがって、第3の実施の形態によれば、つぎの効果を得ることができる。
(6)モータ31へ供給される電流が操舵トルクτの変化を増やす方向の電流であるとき、制限された主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行速度は通常よりも速くされる。制限された主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへ速く切り替えられる分だけ、操舵トルクτの変化量増大が操舵挙動に及ぼす影響を緩和することが可能である。
【0156】
(7)モータ31へ供給される電流が操舵トルクτの変化を増やす方向の電流ではないとき、制限された主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行速度を積極的に速くする必要はない。むしろ制限されているとはいえ、主たるアシスト制御量Iasを継続して使用することが好ましい場合も考えられる。たとえば副たるアシスト制御部74に、主たるアシスト制御部71よりも簡素化した機能を持たせる場合などである。このような場合には、なるべく主たるアシスト制御部71により生成されるアシスト制御量Iasを使用することが望まれる。
【0157】
<第4の実施の形態>
つぎに、電動パワーステアリング装置の第4の実施の形態を説明する。本例は、先の第1〜第3の実施の形態のいずれについても適用することが可能である。
【0158】
図20に示すように、切替え部75は、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行が開始されるタイミングで移行フラグFmovを生成する。移行フラグFmovは、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行が開始された旨示す信号である。上下限リミット演算部72は、切替え部75により生成される移行フラグFmovを取り込む。
【0159】
図21に示すように、切替え部75のゲイン設定マップM12は、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行が開始されるタイミングとして、カウンタ76のカウント値Nが所定のカウント値N1(<Nth)に達したとき、移行フラグFmovを生成する。カウント値Nが所定のカウント値N1を超えた以降、分配ゲインGsは「1」よりも小さな値となる。なお、所定のカウント値N1は、移行フラグFmovを生成するタイミングを判定する際の基準となるタイミング判定閾値として機能する。
【0160】
図22に示すように、上下限リミット演算部72は、第1の平均値演算部301および第2の平均値演算部302を有している。
第1の平均値演算部301は、移行フラグFmovが取り込まれるとき、上限値演算部90により生成される上限値IULの時間平均値を演算し、当該演算される時間平均値を最終的な上限値IULとして上下限ガード処理部73へ出力する。第1の平均値演算部301は、移行フラグFmovが取り込まれないとき、上限値演算部90により演算される上限値IULをそのまま最終的な上限値IULとして上下限ガード処理部73へ出力する。
【0161】
第2の平均値演算部302は、移行フラグFmovが取り込まれるとき、下限値演算部100により生成される下限値ILLの時間平均値を演算し、当該演算される時間平均値を最終的な下限値ILLとして上下限ガード処理部73へ出力する。第2の平均値演算部302は、移行フラグFmovが取り込まれないとき、下限値演算部100により生成される下限値ILLをそのまま最終的な下限値ILLとして上下限ガード処理部73へ出力する。
【0162】
なお、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行が完了したとき、切替え部75は上限値IULの時間平均値および下限値ILLの時間平均値の演算をそれぞれ停止してもよい。正確には、切替え部75のゲイン設定マップM12は、カウント値Nが異常判定閾値Nthに達して分配ゲインGsの値が「0」に至ったとき、移行フラグFmovの生成を停止する。移行フラグFmovの生成が停止されることにより、第1の平均値演算部301および第2の平均値演算部302における平均値演算も停止される。このようにすれば、無駄な演算処理が抑制される。また、主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行が完了したとき、主たるアシスト制御部71、上下限リミット演算部72および上下限ガード処理部73のうちの少なくとも一の動作を停止させるようにしてもよい。
【0163】
したがって、第4の実施の形態によれば、つぎの効果を得ることができる。
(8)使用するアシスト制御量Iasが主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへ移行されるとき、上限値IULまたは下限値ILLが変動することにより、これら上限値IULまたは下限値ILLに制限される主たるアシスト制御量Iasも変動するおそれがある。この点、本例では主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへ移行されるとき、上限値IULの時間平均値および下限値ILLの時間平均値が最終的な上限値IULおよび下限値ILLとして使用される。このため、最終的な上限値IULおよび下限値ILLの変動、ひいてはこれら上限値IULまたは下限値ILLに制限された主たるアシスト制御量Iasの変動が抑制される。したがって、モータ31のトルク変動、ひいては操舵挙動の変化も緩和される。
【0164】
(9)主たるアシスト制御量Iasから副たるアシスト制御量Iasへの移行が完了したとき、少なくとも上限値IULの時間平均値および下限値ILLの時間平均値の演算をそれぞれ停止させるようにすれば、無駄な演算処理が抑制される。
【符号の説明】
【0165】
10…電動パワーステアリング装置、20…操舵機構、31…モータ、40…ECU(制御装置)、75…切替え部、M1〜M5…第1〜第5のリミットマップ。
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