特許第6379999号(P6379999)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6379999ゴムとの接着性に優れためっき鋼線およびそれを用いたゴム複合体ならびにその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6379999
(24)【登録日】2018年8月10日
(45)【発行日】2018年8月29日
(54)【発明の名称】ゴムとの接着性に優れためっき鋼線およびそれを用いたゴム複合体ならびにその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 15/02 20060101AFI20180820BHJP
   C25D 7/06 20060101ALI20180820BHJP
   D07B 1/06 20060101ALI20180820BHJP
【FI】
   C25D15/02 F
   C25D7/06 U
   D07B1/06
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-218298(P2014-218298)
(22)【出願日】2014年10月27日
(65)【公開番号】特開2016-84512(P2016-84512A)
(43)【公開日】2016年5月19日
【審査請求日】2017年6月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100107892
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 俊太
(74)【代理人】
【識別番号】100105441
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 久喬
(72)【発明者】
【氏名】児玉 順一
【審査官】 萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−179871(JP,A)
【文献】 特開2003−239183(JP,A)
【文献】 特開2011−219836(JP,A)
【文献】 特開2012−067421(JP,A)
【文献】 特開昭59−197333(JP,A)
【文献】 特開2016−044370(JP,A)
【文献】 米国特許第05024261(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 13/00−15/02
C25D 5/00−7/12
D07B 1/00−9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線径が0.1〜0.4mmであり、表面に、平均厚さが50〜500nmであるめっき層を有し、該めっき層が、質量%で、
カーボンブラック(以下CBと記載):0.1〜5%、
を含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなることを特徴とする極細めっき鋼線。
【請求項2】
Cuめっきに分散したCBの一次粒子の平均径が10nm〜100nmであることを特徴とする請求項1記載の極細めっき鋼線。
【請求項3】
ゴム組成物に請求項1又は2記載のめっき鋼線が埋設されたゴム複合体。
【請求項4】
ゴム組成物には有機酸コバルト塩を含まないことを特徴とした請求項3記載のゴム複合体。
【請求項5】
カーボンブラック(以下CBと記載)粒子が分散したCuめっき鋼線を伸線加工するに際し、引抜プーリーと鋼線の間でスリップせず、鋼線に作用する逆張力を鋼線破断荷重の5〜30%付与しつつ湿式伸線を行うことを特徴とする、極細めっき鋼線の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スチールコードなど、タイヤを始めとする各種ゴム製品の補強材に使用される、表面にめっき処理が施された極細鋼線であって、ゴムとの接着性に優れた極細めっき鋼線、ゴム複合体および極細めっき鋼線の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ゴム補強材、例えば、タイヤの補強材として使用されているスチールコードの表面には、ブラスめっきが形成されている。このスチールコードを、未加硫ゴムに埋め込み、加硫処理することにより、スチールコードとゴムとを接着させる。なお、加硫処理は、ゴム製品を製造する際の最終工程であり、150〜200℃に20〜40分間加圧、加熱する工程である。
【0003】
加硫によって、ゴムの架橋とともにスチールコードのブラスめっきとゴムとの界面に接着層が生成する。この接着層は、ブラスめっきのCu及びZnとゴムに含まれるS(硫黄)との反応によって形成された硫化物である。
【0004】
このように、スチールコードとゴムとは、加硫時に生成する硫化物によって接着される。このため、ブラスめっきの組成は加硫処理後の初期接着性とその後の接着劣化を適正に制御するためにCu比率を62〜65%程度の比較的狭い範囲に制御されている。
【0005】
このブラスめっきの製造工程は通常、熱処理後の鋼線に電気銅めっきを行い、さらに、引き続き電気亜鉛めっきを行い層状のめっきとした後に加熱することで、合金化反応を行いブラスめっきとしている。この製造工程では2回の電気めっきと加熱拡散工程が必要となり、エネルギーコストが大きくなる。
【0006】
また、ゴム中には、硫化物の生成を促進する触媒としてCoを含む有機コバルト塩が配合されることがある。Coは、スチールコードとゴムとの初期の接着強度を確保するためには有用である。しかし、タイヤなどを高温、高湿環境で使用すると、ブラスめっきのCu及びZnとゴムに含まれるSとの反応が進行する。その結果、接着層が厚くなり、硫化物の組成が変化し、スチールコードとゴムとの接着強度が低下する。
【0007】
さらに、有機コバルト塩は、ゴム分子の二重結合を切断し、ゴムを劣化させるという問題がある。また、CuとSとの加硫反応の触媒として作用するCoは希少金属であり、ゴムにCoを含有させると、コストが非常に高くなる。そのため、タイヤなどのゴムから有機コバルト塩を削減することが望まれている。
【0008】
このような問題に対して、各種ブラスめっきが提案されており、非シアン浴による合金ブラスめっき(特許文献1)が提案されているが、高電流密度での製造や、めっき液に有機系添加剤を用いるため薬剤のコストが高くなり、実用性に課題があった。また、接着性改善を目的にブラスめっきにCoを含むめっき組成(特許文献2)、Niをブラスめっきに含むもの(特許文献3)、また、スチールコードの耐食性を改善するためにCu比率を低下し、Znの犠牲防食を利用するもの(特許文献4)、CuとZnの多層めっき後拡散処理を行いブラスめっきにするもの(特許文献5)等各種提案されているが、いずれもCuとZnめっき組成あるいはこのブラスめっき組成にCo、Niの微量成分を含むもので、加熱、拡散処理が必要である。
【0009】
さらに、非合金組成のめっきとしてはコンベアベルト用補強材としてZnめっきスチールコード(特許文献6)が提案されているが、Znめっきとゴム界面に生成する硫化物はCu硫化物に比べ接着強度が低いため、ベルトコンベア以外には適用されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−127097号公報
【特許文献2】特開平1−98632号公報
【特許文献3】特開平1−259040号公報
【特許文献4】特開2007−100119号公報
【特許文献5】特開2009−248102号公報
【特許文献6】特開2006−312744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、生産性を損なわず、低コストでCo塩を配合しないゴムとの接着性に優れ、かつ時間が経過しても接着強度の劣化が少ない、めっき鋼線およびゴム複合体、めっき鋼線の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究し、Cuめっきを主体とし、1工程で製造でき、ゴムとの接着反応を制御可能なめっき層の形態について検討した。その結果、Cuを母相とし、カーボンブラック(以下CBと記載)をめっき中に分散させることで、めっき線の伸線加工性を確保し、ゴムとの加硫接着時にCuの反応を制御するとともに、CB粒子とゴム界面に強固な反応層が形成され、その結果、ゴム中にCo塩を配合することなく、接着強度を向上させ、かつ、接着強度の経年劣化を抑制することが可能となることを見出して本発明を完成した。
【0013】
本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)線径が0.1〜0.4mmであり、表面に、平均厚さが50〜500nmであるめっき層を有し、該めっき層が、質量%で、カーボンブラック(以下CBと記載):0.1〜5%を含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなることを特徴とする極細めっき鋼線。
(2)Cuめきに分散したCBの一次粒子の平均径が10nm〜100nmであることを特徴とする(1)の極細めっき鋼線。
(3)ゴム組成物に(1)又は(2)記載の極細めっき鋼線が埋設されたゴム複合体。
(4)ゴム組成物には有機酸コバルト塩を含まないことを特徴とした(3)記載のゴム複合体。
(5)CB粒子が分散したCuめっき鋼線を湿式伸線を行う場合、鋼線とプーリー間の滑りがなく、逆張力を鋼線の破断荷重の5〜30%付与しつつ湿式伸線を行うことを特徴とする、CB分散Cuめっき極細鋼線の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明のめっき鋼線をスチールコードとして使用すれば、ゴムとの接着強度が、加硫直後から良好であり、かつ、タイヤの使用時などの高温および多湿の環境で時間が経過しても接着強度の劣化が小さく、優れたゴムとの接着性を確保することができ、補強効果が高いゴム複合体を得ることができる。また、ゴムに有機Co塩を含有させる必要がない。さらに、1工程のめっき処理のみで製造が可能で、合金化させる加熱拡散処理も不要となり、Cuの加工性、CBの固体潤滑性により伸線加工性も悪化しないため製造コストの削減が可能となり、産業上の貢献が極めて顕著である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明のめっき層の模式図である。
図2】CBのストラクチャーの模式図
図3】本発明と従来のめっき線の製造工程を示す
【発明を実施するための形態】
【0016】
めっき鋼線とゴムとの接着は、鋼線表面のめっき層に含まれるCuとゴムに含まれるSが加硫処理時に反応し、接着層を形成することで発現する。接着強度は接着層のCu硫化物の生成状況に依存し、接着反応層の密度が高い場合は反応層の組成がCu2Sに近い組成となり、高い強度が得られるが、過剰に反応した場合は接着反応層の密度が低下し、CuSに近い組成となり、接着強度は低下すると考えられている。しかし、Cu単相めっきでは加硫初期に過剰に反応し、接着層の反応密度が低下し、CuSに近い組成となるため、接着強度が大きく低下する。
【0017】
本発明者らは、Cu単相めっきでのCuとゴム中Sの反応制御について検討を行った。その結果、Cuとゴム中のSの反応を制御するためにはCu中にCBの微粒子を分散させることが有効であることを知見した。
【0018】
さらに詳細に、検討を行った結果、Cuめっき中のCBには適正な配合率、粒子径の範囲があり、これらを適正に制御することでCuとSの反応が適切に制御できることがわかった。
【0019】
また、Cuめっき中に分散されたCBは、伸線加工時にはダイスとの接触面に於いて固体潤滑性能を発揮し、摩擦係数を低下する効果を有し、ゴムとの加硫接着時にはCBがCuの拡散障壁となり、Cuの過剰反応を抑制するとともにめっき表面に露出したCBはゴムとの加熱、加圧による加硫工程で、ゴムとの界面に強固な反応層を形成し、ゴムとめっき層の接着をより強固にする。この反応層は熱や水分の影響を受けず、接着劣化が発生しにくいことも明らかになった。
【0020】
また、Cuめっき中にCBが分散しためっき層を有する鋼線を伸線加工を行った後でも、同様なめっき構造を維持するためには伸線時にめっき層に作用する摩擦力を低減することが効果的であり、ダイスとの摩擦低減とともに引抜きプーリーと鋼線間での摩擦を低減することで、めっき層の構造の変化がなく、極細鋼線に伸線してもめっき層構造を維持でき、ゴムとの接着性を制御できることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0021】
以下、本発明について、詳細に説明する。
【0022】
線径:0.1〜0.4mm
めっき鋼線の線径は、しなやかさを得るために、0.4mm以下とする。これは、線径が0.4mmより太くなり、しなやかさが低下すると、タイヤのゴム補強材に使用した場合に、自動車の乗り心地が低下するためである。また、線径が太くなると、伸線加工による加工強化代が小さくなり、十分な補強効果が得られない。したがって、極細めっき鋼線の線径は0.4mm以下が好ましい。一方、線径を細くすると、製造工程が長くなり、最終製品の生産性も低下するために製造に時間とコストがかかる。さらに、めっき線の比表面積が増加し、ゴム中Sとめっき中Cuの反応が進行し、CB分散による反応制御性が低下し、十分な接着性を確保できなくなるため、極細めっき鋼線の線径の下限を0.1mm以上とすることが好ましい。極細鋼線の線径は、より好ましくは0.17〜0.34mmである。
【0023】
極細めっき鋼線の強度は、ゴム製品の補強効果を得るため、3200MPa以上であることが好ましい。鋼線の成分は必ずしも限定はされないが、強度を確保するため、C含有量を、0.7〜1.2質量%とすることが好ましい。また、鋼線の金属組織は、パーライト組織が面積率で95%以上で、粒界にフェライトやセメンタイトの析出を抑制することで、伸線加工性が良好で高強度のめっき線が製造可能となり、好ましい。
【0024】
本発明の極細めっき鋼線は、熱間圧延材を伸線加工によって製造され、伸線途中で、熱処理、めっき後に拡散加熱処理なしで、更に伸線加工を行い、所定の線径の極細鋼線を得ることができる。例えば、線径が3〜5.5mmの鋼線を熱間圧延によって製造し、これを線径1〜3mmまで伸線加工する。次に、線径1〜3mmの鋼線に、必要に応じてパテンティング熱処理を行い、湿式めっきを施して、Cuめっき中にCBが分散しためっき鋼線を得る。更に湿式伸線により、線径が0.1〜0.4mmになるように伸線加工を行う。鋼線の引張強さは、熱処理以降の伸線加工の加工度によって調整する。
【0025】
本発明の極細めっき鋼線のめっき層は、図1に示すようにCu母相にCBが分散しためっきである。上述のとおり、本発明のめっき層は、Cuとゴムとの接着性を向上させるための接着反応を適正に制御するとともに、CBが直接ゴムと反応層を形成し、強固な接着を可能とするものである。さらに、1工程でめっきを行いかつ、拡散のための熱処理が不要となることを最大の特徴とする。以下、好ましいめっき組成、形態について説明する。なお、めっき組成の「%」は、「質量%」を意味する。
【0026】
CB:0.1〜5%
CBはCu母相に分散しており、Cuとゴムに含まれるS加硫処理時に形成する硫化物相の過剰形成を抑制する効果を有する。また、めっき層の表層に露出したCBは加硫処理時に、ゴムとの接着面で緻密な反応層を形成し、直接接着作用を発揮する。この結果、Cuを主体とするめっき層でもゴムとの高い接着強度が得られるものである。Cuは展伸性に富み、湿式伸線時の潤滑性を改善し、伸線加工性を向上させる効果があるが、CBを含むことで、CBの固体潤滑性能によりさらに潤滑性が改善される。Cuめっきに分散したCBによるこれらの効果を得るためにはCuめっき中のCB分散量を、0.1%以上にすることが好ましい。一方、CBが多く分散するとCuとSとの反応が阻害され、めっき表面に露出したCBとゴムの反応層のみの接着効果しかなくなり十分な接着強度が得られないため、Cuめっき中のCB分散量は5%以下にすることが好ましい。伸線加工性と、ゴムとの初期接着と接着劣化性をより改善するにはCBの配合量を0.7〜3%にすることがより好ましい。
【0027】
なお、極細めっき鋼線のCuめっき層中に分散したCB量は、めっき線をアンモニア原液に過硫酸アンモニウムを10%混合したアルカリ溶液に浸漬してめっき層を溶解し、めっき全質量を求め、溶解液中のCuをICP(誘導結合プラズマ発光分光分析)あるいは原子吸光分析により求め、全めっき量からCuの質量を差し引いた値をCBの質量とし、全めっき質量に対する比率として算出した。
【0028】
CBの粒子サイズ:10〜100nm
CBは図2に模式的に示すように単一粒子が凝集したストラクチャーを形成する。しかし、伸線加工時にめっき層に作用する大きな面圧によりストラクチャー構造は変形と分断により、一次粒子が並んだ分散状況になる。従って、めっき中のCuの拡散パスに影響を及ぼすCBの粒径は単一の一次粒子となる。この一次粒子径が小さい場合はCuの拡散抑制効果が得られないとともに、ダイスとCB表面の接触面積が低下し、伸線時にダイスと鋼線間の摩擦低減効果も小さくなるため、CB粒子サイズは10nm以上が好ましい。一方、CBの粒径が大きい場合は伸線によりCuめっき母相中のCB粒子が粗な状態で分散するために、Cuの拡散制御が不均一となり、接着反応層の形成が局部的に変化し、接着強度ばらつきが大きくなるとともに安定した潤滑性改善効果が得られないためCBの平均粒径は100nm以下が好ましい。より好ましくは20〜80nmである。
【0029】
CBの粒子サイズはめっき断面のSEM(走査型電子顕微鏡)あるいはTEM(透過型電子顕微鏡)観察で、分散粒子を観察し、その画像の粒子を画像解析により、円換算して粒子分布を求め、面積率が50%となる粒子径を平均粒子径として求めることができる。
【0030】
本発明で用いるCBは一般的な、各種製法によるものが利用可能で、製造方法は熱分解によるサーマル法、アセチレン分解、不完全燃焼法:コンタクト法、ランプ法、ガスファーネス法、オイルファーネス法によるものが使用可能である。
【0031】
また、粒子径の異なるCBはそれぞれ異なる種類のCBを使用することで変えることが可能で、例えば、ISAF、HAF、FEF、GPF、SRFの略号で示され、平均粒径が10nm〜100nmのものが使用可能である。
【0032】
めっき厚さ:50〜100nm
CBが分散したCuめっきが薄すぎると、めっきを施す前の鋼線の表面の凹凸に起因して、めっき鋼線の表面に、局所的に地鉄が露出した部分(Fe露出部)が生じることがある。このFe露出部では、ゴムと接着しないのみではなく、伸線時にダイスとの直接接触による焼き付きが発生し、伸線材の著しい延性の低下、傷の発生、ダイスの割損等のトラブルとなる。したがって、CBが分散したCuめっきの平均厚さを50nm以上にすることが好ましい。一方、めっきが厚すぎると、使用時に接着層に供給されるCu量が増加し、時間の経過とともに、接着層が成長し、Cu硫化物の組成がCuSに近くなり、接着強度が低下することがある。したがって、極細めっき鋼線とゴムとの接着強度の経年劣化を抑制するには、CBが分散したCuめっきの平均厚さを500nm以下にすることが好ましい。さらに好ましくはCBが分散したCuめっきの平均厚さは150〜350nmである。
【0033】
極細めっき鋼線のめっき層の平均厚さは、めっき線をアンモニア原液に過硫酸アンモニウムを10%混合したアルカリ溶液に浸漬してめっき層を溶解し、めっき全質量を求め、溶解液中のCuをICP(誘導結合プラズマ発光分光分析)あるいは原子吸光分析により求め、全めっき量からCuの質量を差し引いた値をCBの質量とし、Cu、CBの比重から以下の式でめっきの平均厚さを求める。
めっき厚t=W/(A×ρ) (1)
ただし、t:平均めっき厚さ、W:単位長さのめっき質量、A:単位長さのめっき層の表面積、ρ:めっき層の平均比重である。めっき層の平均比重ρは、下記式によって算出することができる。
ρ=ρCu×WCu+ρCB×WCB (2)
ただし、ρCu:Cuの比重、ρCB:CBの比重、WCu:めっき中Cuの質量比、WCB:めっき中CBの質量比である。
【0034】
次に、本発明の極細めっき鋼線の製造工程の例について説明する。図3の製造工程のブロック図に示すように、まず、熱間圧延によって製造した線径が3〜5.5mmの鋼線を、デスケーリングして、これを線径1〜3mmまで伸線加工(乾式伸線)して、コイルに巻き取る。次に、コイルから繰り出した線径1〜3mmの鋼線に、パテンティング熱処理を施し、加工の影響を除去することが好ましい。さらに、必要に応じて、酸洗によるデスケーリング、脱脂のめっき前処理を施す。
【0035】
従来はめっき前処理に引き続き、湿式Cuめっきを行い、その後、湿式Znめっきを行い、温度480〜550℃に5〜10s加熱してCuとZnを拡散により、合金化処理を行わせ、ブラスめっきとし、さらに伸線を行い、極細鋼線を製造する。
【0036】
一方、本発明は前処理後、CBが分散したCuイオンが溶解しためっき浴により湿式電気めっきを行い、めっき層中にCB粒子が分散しためっきとし、めっき後は、全く熱処理を行わず、さらに伸線加工を行い、極細鋼線を製造するものである。
【0037】
CB粒子が分散したCuめっきは、例えばピロリン酸銅めっき浴中に、CB粒子を添加し、攪拌したものを電気めっきすることで得られる。また、高電流密度でめっきを行う場合は、めっき浴流速を1m/s以上とすることで、30A/dm2でもめっき焼けが発生せず、通電のON/OFFを周期的に繰り返す、パルスめっきを行うことで、より安定した分散めっきを得ることが可能となる。
【0038】
パルスめっきを行う場合は、duty(=ton/(ton+toff)×100)を30〜70%とし、電硫の印加時間を0.1ms〜100msで制御することが好ましい。ここで、tonとは通電印加時間を意味し、toffとは通電停止時間を意味する。
【0039】
CBが分散したCuめっき鋼線はさらに湿式伸線により線径が0.1〜0.4mmまで伸線する。ここで、湿式伸線はめっきの剥離を抑制し、めっき層の構造変化をなくするために伸線材表面の摩擦力を低減して伸線することが好ましい。具体的にはダイスと鋼線の間の潤滑性能を高めるために低摩擦係数となる湿式潤滑剤を使用する。特にめっき表面に露出したCBは固体潤滑機能により伸線時の摩擦を低減し、伸線加工性を改善する。この結果、めっき層は伸線加工により長手方向に延びていくが、同時に厚さも薄くなるため、めっき層中のCBのストラクチャーが変形、分断することで、単一粒子の分散状況はめっき時の状態が維持されるため、CBの効果が極細伸線後も十分確保される。
【0040】
また、引抜キャプスタンと鋼線の間のスリップがないノンスリップ式伸線を行うことで伸線加工時のめっきの剥離が抑制される。従来のスリップ式伸線ではめっきの剥離が大きいため、伸線後にはめっき中のCBの分散状況は粗になり、粒子密度が低下し、目的の効果が得にくい。
【0041】
さらに、湿式伸線でめっきを剥離することなく、伸線するために逆張力を制御することが好ましい。伸線材の破断荷重に対する割合(逆張力比)で、5%以上の逆張力を負荷することで、ダイスとの接触部で面圧が低減し、伸線材表面に作用する摩擦力が減少し、めっき層に加わる力が低減されるためにめっきの剥離が少なくなり、均一なめっき層の分散状態を維持したままでの伸線加工が可能となり、好ましい。一方、逆張力比が30%を越えるとワイヤにかかる負荷が大きくなり、断線が発生し易くなるため、30%の逆張力比を上限とすることが好ましい。より好ましくは5〜20%の逆張力比を付与して湿式伸線を行う条件である。
【0042】
湿式伸線時の逆張力の付与する方法は特に限定はされないが、ダンサー式あるいはモーターのトルク制御により逆張力の制御が可能である。特にダンサー式の逆張力の制御方法はリアルタイムに制御できるため、より高精度の逆張力制御が可能となり、好ましい伸線時の逆張力制御方法である。
【0043】
本発明の極細めっき鋼線を補強材としてタイヤに適用する場合は、タイヤの走行性能にあわせて適宜複数本撚り合わせ、スチールコードとしてゴムとCB、硫黄、酸化亜鉛、その他各種添加剤を配合した原材料を練ったシート状ゴムに埋め込み、補強ベルト構造とする。その後、タイヤ構成部材を貼り合わせて加硫機にセットし、プレス、加熱し、ゴムの強度を発現するための架橋と同時にゴムとスチールコードとの接着を行い、ゴムとスチールコードからなるゴム複合体を得ることができる。
【0044】
また、ゴム配合原料にはブラスめっきとの接着促進剤として配合される、有機酸Co塩(例えば、ナフテン酸コバルト、ステアリン酸コバルト、ネオデカン酸コバルト等)を含まなくても、Cuめっき中に分散されたCBの作用により十分な接着反応層を形成するために、高い接着強度のゴム複合体を得ることが可能である。
【0045】
本発明の鋼材成分は特に限定はされないが、C:0.72〜1.2質量%、Si:0.2〜0.5質量%、Mn:0.2〜0.6質量%、P:0.01質量%以下、S:0.01質量%以下、Cr:0.01〜0.35質量%の成分を有し、パーライト面積率が95%以上からなる材料が極細線の強度を確保し、ゴム複合体の補強効果を発揮させるのに好ましい。
【実施例】
【0046】
以下、本発明の実施例について説明する。なお、本実施例に記載の内容により本発明の内容は制限されない。
【0047】
表1に示す成分を有する鋼材を図3に示す製造工程に従い、線径が5.5mmの熱間圧延線材を原材料とし、熱間圧延線材を酸洗し、スケールを除去した後、石灰処理を行い、ステアリン酸Naを主体とした乾式潤滑剤を用いて1.5mmまで伸線加工した。この伸線材に、熱処理として1000℃の加熱炉に導入し、45s保持し、金属組織をオーステナイトにした後、600℃の鉛浴に6s浸漬するパテンティング処理を行った。
【0048】
【表1】
【0049】
パテンティング処理を行った鋼線に、連続して、硫酸による電解酸洗とアルカリ溶液による電解脱脂を施し、ピロリン酸銅めっきにCB粒子が分散しためっき浴を用いて電気めっきを行った。この時のめっき液中のCB濃度、粒子サイズの異なるCBを用い、めっき中のCB濃度、CB粒子サイズの異なるCB分散Cuめっきを有する鋼線を得た。一部の比較例については、電気めっきとして前記に換えてCuめっきとZnめっきを行った後拡散熱処理を行い、Cu濃度が63%であるブラスめっき極細めっき鋼線とした。
【0050】
めっき後の湿式伸線については、ノンスリップ式のダンサーにより逆張力が制御可能な伸線機でエマルションタイプの湿式潤滑剤を用いて湿式伸線により、線径が0.1〜0.4mmになるように伸線加工を行い、極細めっき鋼線を製造した。一部実施例では、スリップ式湿式伸線によって極細めっき鋼線を製造した。湿式伸線加工性は、ダイス寿命と断線発生率によって評価し、ブラスめっき鋼線をスリップ式伸線機で伸線した場合(表2の比較例No.15)の伸線性を100とし、これに対する指数を極細めっき鋼線の伸線加工性として評価した。伸線性指数が90以上であれば合格とした。
【0051】
極細めっき鋼線から試料を採取し、レーザー式非接触線径測定装置によって極細めっき鋼線の線径を測定した。めっき厚さは、原液に過硫酸アンモニウムを10%混合したアルカリ溶液に浸漬し、めっきを溶解し、溶解液をICP分析でCu濃度を求め、めっき溶解質量中Cu量を求め、全めっき質量からCu質量を除いた質量をC質量として、めっき中C量をCB量とし、前記(1)式、(2)式より求めた。
【0052】
さらに鋼線の断面を研磨し、めっき層をSEMで観察して、CB粒子の分散状況を確認した。CB粒子の分散しためっき層のSEM写真を用いて、写真中のCBストラクチャーを特定し、画像処理を行い、CB単一粒子の面積率、円相当の粒子サイズを求め、平均粒子径はCB粒子の面積率が50%となる粒子径とした。
【0053】
表2に極細めっき鋼線の線径、鋼材、めっき性状(めっき組成、CB質量比、CB平均粒子径)、平均めっき厚さ、湿式伸線方法を示す。なお、極細めっき鋼線の強度は、試験No.22を除いて3200MPa以上であった。
【0054】
【表2】
【0055】
次に、極細めっき鋼線の性能を評価した。ゴムとの接着性は極細めっき鋼線4本を、5mmのピッチで撚り合わせてコードとし、金型にセットしてゴム組成物に埋め込み、160℃で、18分加熱するホットプレスにより加硫処理を行い、接着性評価用試料を製造した。ゴム組成物の組成として、表3に示すCo塩なしとCo塩ありとを用い、表2に示すように使い分けた。
【0056】
ゴム組成物からのコード引抜荷重を測定し、接着性を評価した。加硫直後の初期接着強度は、引張試験装置でコードをゴムから引き抜いた時の引抜力を測定し、最大引抜力で評価した。また、接着強度の経年劣化は、ゴムに埋設した試料を80℃の水に3日浸漬した後、初期接着強度と同様にして、コードをゴムから引き抜いた時の最大引抜力として評価した。なお、接着性は、比較例である試験NO.14のブラスめっき鋼線をCo塩を配合したゴム組成物と加硫接着した場合の初期接着強度を100とし、これに対する指数で評価した。初期接着指数は、評点75以上であれば良好、評点70以上であれば合格とした。劣化後の接着指数は、評点70以上であれば良好、評点60以上であれば合格とした。
【0057】
【表3】
【0058】
表2に、極細めっき鋼線のゴムとの接着性、伸線加工性の評価結果を示す。
【0059】
表2の試験No.1〜15が本発明例である。試験No.1〜13は本発明の好適範囲を具備しており、本発明のめっき鋼線はノンスリップ式伸線、スリップ式伸線のいずれでも、またゴム中に有機酸コバルトを配合有無のいずれのゴム組成でも、評点75以上の良好な初期接着性が確保された。劣化処理後の接着性の低下については、従来のブラスめっき(比較例の試験No.16)が評点35であるのに対して、本発明例試験No.1〜13はいずれも65以上であって改善効果が明らかである。ノンスリップ式伸線で製造する場合はスリップ式伸線(試験No.3)より高い接着強度と高い伸線加工性が得られる。
【0060】
本発明の試験No.14はめっき中のCB粒子径が好適範囲よりは小さく、Cuの拡散の制御性が低くなるため、初期接着、劣化後の接着性とも合格ではあるが良好には至らなかった例である。試験No.15はCuめっき中のCB粒子が好適範囲よりは大きく、部分的に接着反応層が生成し、接着特性が合格ではあるが良好には至らなかった例である。
【0061】
一方、比較例の試験No.16は従来の拡散ブラスめっき線をスリップ式湿式伸線機で伸線したもので、ゴム中にナフテン酸コバルトを配合したゴムとの接着性を評価したもので、接着性の基準であるが、Cu、Znからなる拡散ブラスめっきのため劣化処理後の接着性が低下した例である。
【0062】
めっき性状の影響として、試験No.17はCBを含まないCu単相めっき線で、初期接着、劣化後の接着性とも悪化した例である。試験No.18はCBの配合が少なく、Cu単相めっきと同様に初期接着、劣化後の接着性が悪化した例である。試験No.19はCBの分散量が多く、めっきとゴム中Sの反応が阻害され、十分な接着層が形成されず、初期接着性が低下した例である。
【0063】
試験No.20はめっき層厚が薄く、伸線加工で地鉄が露出し、伸線加工性が悪化するととともに、局部的にゴムとの接着性機能が失われ、接着性も低下した例である。試験No.21はめっき層が厚く、劣化処理による経時変化によるゴム中Sと過剰に反応し、接着反応層の密度が低下し、劣化後の接着性が低下した例である。
【0064】
ゴム補強効果について、試験No.22は線径が太く、強度が3200MPa未満であってゴム複合体としての補強効果が小さくなった例である。試験No.23は線径が細く、伸線加工性が低下するとともに、比表面積が増加し、ゴム中Sとの反応性が高くなり、CBによる反応制御性が低下し、十分な接着強度が得られなかった例である。
【0065】
試験No.24は拡散ブラスめっきであるがゴム中にナフテン酸コバルトを配合しないために初期接着が低下した。さらにノンスリップ式湿式伸線で高い逆張力比で伸線しており、めっき中にCBを含まないために潤滑性改善が見られなかったことと相まって、断線が多発し、伸線性が低下した例である。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明のめっき鋼線は、製造コストも低く、ゴムと強固に接着され、時間が経過してもその接着強度の低下が小さいため、ゴム製品の補強材として好適に使用可能で、補強効果を高く維持可能である。また、ゴム中に接着性を改善するための有機酸コバルトを配合する必要がなく、原材料コストの削減も可能なため、タイヤコード及びビードワイヤだけでなく、ゴムホースやベルトの補強材として使用することが可能であり、産業上の利用可能性が極めて高い。
【符号の説明】
【0067】
1:カーボンブラック(CB)
2:Cuめっき層
3:地鉄(被めっき線)
図1
図2
図3