特許 6381050 昆虫忌避剤

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)

(12)【公報種別】特許公報(B2)

(11)【特許番号】6381050

(24)【登録日】2018年8月10日

(45)【発行日】2018年8月29日

(54)【発明の名称】昆虫忌避剤

(51)【国際特許分類】

   A01N 31/06 20060101AFI20180820BHJP

   A01P 17/00 20060101ALI20180820BHJP

【ＦＩ】

   A01N31/06

   A01P17/00

【請求項の数】3

【全頁数】7

(21)【出願番号】特願2016-171422(P2016-171422)

(22)【出願日】2016年9月2日

(65)【公開番号】特開2018-35115(P2018-35115A)

(43)【公開日】2018年3月8日

【審査請求日】2017年3月28日

(73)【特許権者】

【識別番号】000201733

【氏名又は名称】曽田香料株式会社

(73)【特許権者】

【識別番号】591017283

【氏名又は名称】松井 喜教

(72)【発明者】

【氏名】松尾 健治

(72)【発明者】

【氏名】白川 俊文

(72)【発明者】

【氏名】松井 喜教

【審査官】 三上 晶子

(56)【参考文献】

【文献】 特表２０１２−５２４７４９（ＪＰ，Ａ）

【文献】 特開２０１５−２０３１００（ＪＰ，Ａ）

【文献】 特開平１１−２６９００９（ＪＰ，Ａ）

【文献】 特開２００５−０８２５０２（ＪＰ，Ａ）

【文献】 特表２００９−５３０４２１（ＪＰ，Ａ）

【文献】 特開２００２−３０８７０５（ＪＰ，Ａ）

【文献】 登録実用新案第３０７３６５３（ＪＰ，Ｕ）

(58)【調査した分野】（Int.Cl.，ＤＢ名）

Ａ０１Ｎ ３１／０６

Ａ０１Ｐ １７／００

Ｃ０７Ｃ ３５／２１

ＣＡｐｌｕｓ／ＲＥＧＩＳＴＲＹ（ＳＴＮ）

ＪＳＴＰｌｕｓ／ＪＳＴ７５８０（ＪＤｒｅａｍＩＩＩ）

(57)【特許請求の範囲】

【請求項1】

イソボルニルシクロヘキサノールを有効成分とする昆虫忌避剤。

【請求項2】

イソボルニルシクロヘキサノールを有効成分とする飛翔害虫忌避剤。

【請求項3】

イソボルニルシクロヘキサノールを有効成分とする衣料害虫忌避剤。

【発明の詳細な説明】

【技術分野】

【0001】

本発明は新規な昆虫忌避剤に関する。

【背景技術】

【0002】

従来より、防虫剤として、虫除けスプレーまたは殺虫剤に含まれるN,N-ジエチル-m-トルアミド（DEET）もしくはピレスロイド系化合物（ピレストリン、シネリン、ジャスモリン、アレスリン、テトラメトリン、レスメトリン、フラメトリン、フェノトリン、ペルメトリン、シフェノトリン、ベラトリン、エトフェンプロックス、シフルトリン、テフルトリン、ビフェントリン、シラフルオフェン）が提案されているが、安全性、臭気などに問題があった。

【0003】

例えば、DEETは世界的に何十年と使用され続けているが低用量のDEETで神経系への影響があった事例があり、現在では小児（１２歳未満）に使用させる場合には使用制限を設けている。（非特許文献１）。

【0004】

また、DEETまたはピレスロイド系化合物は揮発性であり、例えば該成分を繊維構造物に付与した後、高温で熱処理すると、成分が蒸発して繊維上に残らないなどの問題がある。
一方、植物精油に含有される化合物（例えば、モノテルペン系化合物等）の中には、害虫忌避効果を発揮するものがあることが知られている。例えば、特許文献１には、害虫忌避成分（Ａ）として、シトロネラールと、ターピネオール、メントール、リモネン、ゲラニオール、シトロネロール、カンフェン等から選ばれる１種又は２種以上とを含み、害虫忌避成分（Ａ）中におけるシトロネラールの含有量が２〜１０質量％である害虫忌避剤揮散組成物が開示されている。

【0005】

また、特許文献２には、天然に存在する成分テルピネン−４−オールを有効成分とする衣料用防虫剤が、開示されている。
さらに、特許文献３には、β−フェニルエチルアルコールまたはそれとジヒドロジャスモン酸メチルを有効成分として含有する蚊忌避剤が開示されている。これらは、植物精油に含有される化合物、あるいは香料として利用されている化合物であり安全性は高いものの、揮発性が高いことで持続性に課題が残る場合がある。

【0006】

例えば繊維製品、塗料、家庭用雑貨、壁材などに害虫忌避効果を求める場合、臭気が少なく、揮散性が低く、長期間の持続性が高い忌避剤が求められる。

【0007】

テルペン系化合物の中には、例えばボルネオール、シトラール、シトロネラール、シトロネロール、リモネン、ゲラニオール、リナロール、メントール、テルピネオール、チモールなどが挙げられ、それぞれの成分で忌避効果が得られるが、揮発性が高いために繊維や雑貨などを加工する際の加熱時に、これらの残存率が低くなる。

【0008】

一方、イソボルニルシクロヘキサノールは、従来からはんだ用のフラックスとして使用されており、金属の表面や溶けたはんだ表面の酸化膜や汚れを除去する表面洗浄作用を有していることが知られている。沸点３０８〜３１３℃と高く臭いも無臭に近い。

【0009】

イソボルニルシクロヘキサノールは、サンダルウッド油代替品の開発の際に見出された物質のひとつであり、いくつかの異性体を含んでいる。特許文献４には、カンフェンとグアヤコールを、三フッ化ホウ素を用いて反応させ、次いでラネーニッケルを触媒として水素化して得られる物質について記載されている。これらは、イソボルニル、イソカンフィルまたはイソフェンキルが置換したシクロヘキサノールの混合物のかたちで、いくつかの商品名で市販されている。例えば、Givaudan社は商品名：SANDELAを、またRhodia社は商品名：IBCH-87を市販している。強いサンダル香を有する物質はイソカンフィルヘキサノールであることが知られている。（非特許文献２）

【0010】

特許文献５には、ミリスチン酸イソプロピルとボルニルシクロヘキサノールとの混合物を有効成分とする屋内塵性ダニ忌避剤が開示されている。ミリスチン酸イソプロピルとボルニルシクロヘキサノールとの混合物は、香料成分等として用いられる揮発性成分であり商業的にも入手することができることが記載されているが、二つの化合物の成分比が記載されているのみで、いずれの成分が主体であるか不明である。また、屋内塵性ダニ類に対する効果が示されているのみで、他の有害生物に対する効果は示唆されていない。

【0011】

一方、イソボルニルシクロヘキサノールは、ほとんど臭気を有しない。日本テルペン化学社は、イソボルニルシクロヘキサノールが主成分の商品名：テルソルブMTPHを市販している。これは、ペースト用溶剤、レオロジー制御剤などに利用されている。しかしながら、イソボルニルシクロヘキサノールが昆虫の忌避効果を有することは知られていなかった。

【先行技術文献】

【特許文献】

【0012】

【特許文献1】特開２００３−２０１２０３号公報

【特許文献2】特開平０６−２２７９０６号公報

【特許文献3】特開平０５−２０８９０２号公報

【特許文献4】西独国特許第８３４，５９３号

【特許文献5】特開２０１３−２３４２０６公報

【非特許文献】

【0013】

【非特許文献1】厚生労働省医薬食品局安全対策課、ディートを含有する医薬品及び医薬部外品に関する安全対策について、［online］、平成１７年８月２４日、http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/08/tp0824-1.html

【非特許文献2】「アルコール」、香料、日本香料協会編、１９８５年、第１４５号、ｐ．３７−４８

【発明の開示】

【発明が解決しようとする課題】

【0014】

本発明の課題は、安全性が高く、持続性の高い昆虫忌避剤を提供することである。

【課題を解決するための手段】

【0015】

当該発明者は、安全性が高く、持続性の高い忌避剤を開発すべく、鋭意検討した結果、イソボルニルシクロヘキサノールが忌避効果を有することを見出し、本発明を完成した。

【発明の効果】

【0016】

本発明に寄れば、イソボルニルシクロヘキサノールを有効成分とすることにより、それ自体は無臭で、持続性に優れた昆虫忌避剤を提供することができる。

【発明を実施するための形態】

【0017】

本発明において用いられ得るイソボルニルシクロヘキサノールは、テルペン系化合物の誘導体であり、蚊や、衣類害虫などの昆虫に対して忌避性が高いものの、人体に対しては安全性が高い。

【0018】

本発明の有効成分であるイソボルニルシクロヘキサノールは、それ自体を溶剤などとして使用するために市販されている化合物である。したがって、市販品を使用することもできる。また、公知の合成香料であるイソカンフィルシクロヘキサノールの副生成物としても知られている。当該合成香料の量的な主成分はイソボルニルシクロヘキサノールであることが知られており、これを分離精製することもできる。また、たとえば西独国特許第８３４５９３号に記載の方法など公知の製造方法に従って合成することもできる。

【0019】

本発明の忌避剤は、イソボルニルシクロヘキサノールを通常の昆虫忌避剤に使用される担体や成分等と組合せ、製剤化することにより調製される。

【0020】

例えば、本発明の昆虫忌避剤は、イソボルニルシクロヘキサノールをそのまま、あるいはこれを溶剤に溶解または可溶化して、液体製剤とすることができる。溶剤としては、アルコール類、グリコール類、炭化水素類、グリコールエーテル類、水などを用いることができる。本発明の有効成分が一様に分散するよう、必要に応じて界面活性剤、増粘剤などを加えて調整することができる。この液体製剤は、そのまま容器に入れた製剤としたり、吸い上げ芯で吸い上げて揮散させる液芯型製剤としたり、浸透透過性フィルムを有する容器に入れフィルムを通して揮散させる製剤としたり、ゲル化剤を加えてゲル製剤とすることもできる。対象物によっては、液体製剤を直接対象物に塗布、含浸したり、スプレー製剤として対象物に散布することも可能である。

【0021】

また、本発明の昆虫忌避剤は、担体に担持させて固体製剤とすることもできる。担体としては、セルロース、レーヨン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリウレタン、羊毛、タルク、クレー、素焼き、陶磁器粉などからなる粉末、顆粒、錠剤、シート、マット、フェルト、スポンジ、板、紙、織布、不織布、フィルム状などの多孔性または非多孔性担体を用いることができる。担持の方法としては、滴下、散布、噴霧などによる含浸、塗布、印刷、練り混みなどを挙げることができる。

【0022】

本発明の昆虫忌避剤の調製に当たっては、必要に応じて、ピレスロイド系化合物など他の防虫剤とともに使用することができる。また、必要に応じて、防カビ剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤等の任意成分を加えることもできる。さらに、香料を適宜加えれば、微香を有する防虫剤や快い香りをもつ防虫剤を得ることもできる。

【0023】

本発明の昆虫忌避剤が適用され得る昆虫としては、衛生害虫、不快害虫、農業害虫として知られるものの内、昆虫に分類されるものである。より具体的には、例えばアカイエカ、コガタアカイエカ、チカイエカ、ネッタイイエカなどイエカ属、ネッタイシマカ、ヒトスジシマカなどヤブカ属、シナハマダラカなどハマダラカ属などを含む蚊類、イエバエ、サシバエなどイエバエ科、ヒメイエバエなどヒメイエバエ科、ケブカクロバエなどクロバエ科、シマバエ科、キイロショウジョウバエなどショウジョウバエ科、ツェツェバエ科、ノミバエ科、センチニクバエなどニクバエ科などを含むハエ類、オオチョウバエ、ホシチョウバエなどのチョウバエ類、セスジユスリカ、アカムシユスリカなどのユスリカ類の飛翔害虫が挙げられる。これら飛翔害虫にはたとえばコガタアカイエカ、ヒトスジシマカ、ネッタイシマカ、サシバエ、ツェツェバエなどの吸血性昆虫もしくは刺咬性害虫と呼ばれ病原体を媒介することが知られるものを含んでいる。また、イガ、コイガなどヒロズコガ科、ノシメマダラメイガなどメイガ科などのガ類が挙げられ、これらのガ類はその幼虫が衣料害虫として知られている。また、ヒメカツオブシムシ、ヒメマルカツオブシムシなどカツオブシムシ科、ゾウムシ科、コクヌスト科、シバンムシ科の甲虫類が挙げられる。これらは、食品、農作物などの食害をなすものとして知られており、カツオブシムシ科の甲虫ではさらに衣料品に対する食害をなすものもある。

【0024】

イソボルニルシクロヘキサノールを用いた昆虫忌避剤の調製は、例えば、液体製剤または固体製剤とすればよい。製剤化に当たってイソボルニルシクロヘキサノールの使用量は、特に制約されるものではないが、一般的には、１製剤当り０．０１〜５０重量％が好ましい。

【0025】

本発明の忌避剤はそれ自体が無臭であり適宜副資材と組み合わせることで任意の形態で使用することができる。

【0026】

例えば、皮膚外用剤としてスプレー剤、塗布剤、貼付剤とすることができる。家庭用衛生材用品として、芳香消臭剤、抗菌剤などと組み合わせて、固体又は液体の揮散剤、スプレー、清掃用液剤などとすることもできる。園芸用品としてスプレーなどとして使用することもできる。前記の使用方法については、本発明の昆虫忌避剤を添加する他には、それぞれ一般に行われる方法に従って製造することができる。

【0027】

さらには、繊維、木材、紙、セラミック材料などに固定化して昆虫忌避効果を付加した、衣料、建築材料、壁紙、装飾品などとすることもできる。これらの固定化方法は液剤の含浸、吹き付け、マイクロカプセル化しての付着させる方法など公知の方法を使用することができる。

【実施例】

【0028】

以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。なお、本例中の忌避率、あるいは喫食阻害率をそれぞれ次の方法により求めた。

【0029】

（１）ヒトスジシマカの忌避率
被験者の手に厚手の木綿製軍手を填めた上にさらに木綿製内履き手袋を重ねて填め、その上に３０×３０ｃｍの検体を巻き付け、できるだけ皺にならないように輪ゴムでとめる。
ヒトスジシマカを放った２８×２８×２８cmの全面ナイロンゴース貼りのケージに手首から先を3分間挿入し、1分毎に3回、検体の上に止まった供試虫の数を数え累積飛来数とする。

【0030】

試験は、無処理検体を巻き付けた場合の無処理区累積飛来数を計数した後、約20分間供試虫を休ませ、処理検体を巻き付けた場合の処理区累積飛来数を計数する。
忌避率の計算は以下の式を用いた。

【0031】

忌避率（％）＝｛(無処理検体の累積飛来数-処理検体の累積飛来数)／無処理検体の累積飛来数｝×１００

【0032】

（実施例１）
イソボルニルシクロヘキサノール（日本テルペン(株)製）をイソプロピルアルコールに溶かした溶液中に、ポリエステル繊維を浸漬させた。繊維に対して忌避成分が0.1重量％となるように、室温で乾燥した。忌避率は、51％だった。

【0033】

（実施例２）
実施例１と同様に、繊維に対して忌避成分が0.5重量％含有する繊維を調製した。忌避率は、81％だった。

【0034】

（実施例３）
実施例１と同様に、繊維に対して忌避成分が1.0重量％含有する繊維を調製した。忌避率は、89％だった。

【0035】

（２）ヒメカツオブシムシ幼虫の喫食阻害率
内径約4.1cm、深さ約1.6cmのガラスシャーレに、供試虫25個体と直径約4ｃｍに切った検体を入れ、金網を貼った蓋をしたものを試験容器とした。市販のポリプロピレン製密閉容器（容積約5L）に、調湿用の飽和食塩水を入れた容器と供に試験容器を納め、25℃の恒温器内に設置し、6週間後に検体の喫食量と供試虫の生死を観察した。尚、試験開始時と終了後の環境湿度の違いによる試験布の重量の変化を補正するために、供試虫を入れない未処理布を準備した。

【0036】

検体の重量変化率＝終了後の基準区の重量／初期の基準区の重量
補正喫食量＝初期重量×重量変化率−終了時重量
喫食阻害率（％）＝｛(無加工生地の喫食量-加工生地の喫食量)／無加工生地の喫食量｝×１００

【0037】

（実施例５）
イソボルニルシクロヘキサノール（日本テルペン(株)製）をイソプロピルアルコールに溶かした溶液中に、ウール布を浸漬させた。繊維に対して忌避成分が0.2重量％となるように、室温で乾燥した。喫食阻害率は、66.0％だった。