【実施例】
【0058】
次に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。なお、以下の実施例において、特に断りがない限り、「%」は「質量%」を表す。
【0059】
(参考例1)3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン(混合物:参考品1)の合成
J.Agric. Food Chem.,Vol.58,2010,3720−3728に記載の方法に従って、以下の構造式で表される3−カフェオイルキナ酸ラクトン(1)の合成を行った。
得られた合成品の1H−NMR(400MHz,CD3OD)測定および二次元NMR測定により、該合成品の主成分がキナ酸ラクトンの3位にカフェオイル基が結合したものであることを確認した。また、重メタノール中で経時的に3−カフェオイルキナ酸ラクトン(1)の一部が4−カフェオイルキナ酸ラクトン(2)に転移していることが確認できた。
3−カフェオイルキナ酸ラクトンはアルコールや水といったプロトン溶媒中では、容易にアシル基の転移反応が起こり、4−カフェオイルキナ酸ラクトンを生成すると考えられた。そこで、本発明は、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン(混合物)を標準品(参考品1)として扱うこととした。参考品1の1H−NMR測定結果を示すチャート(400MHz,CD
3OD)を
図1に示す。
【0060】
【化1】
【0061】
(参考例2)3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン(参考品2)の合成
J.Agric. Food Chem.,Vol.58,2010,3720−3728に記載の方法に従って、以下の構造式で表される3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン(3)(参考品2)を標準品として合成した。参考品2の1H−NMR測定結果を示すチャート(400MHz,CD
3OD)を
図2に示す。
【0062】
【化2】
【0063】
参考例3(呈味の確認)
参考品1または参考品2を水に100ppm溶解してよく訓練された5名のパネリストにより官能評価を行った。その平均的な評価結果は以下の通りであった。なお、非特許文献1の記載によると、それぞれの化合物の苦味閾値は次の通りである。3−カフェオイルキナ酸ラクトン:13.4ppm、4−カフェオイルキナ酸ラクトン:12.1ppm、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン:4.8ppm
(官能評価)
参考品1:3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン:渋味刺激は感じられるが、苦味は弱い。苦味の切れは良い。
参考品2:3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン:はっきりとした苦味があり、すっきりしていて、苦味の切れが良い。
【0064】
参考例4(標準品の飲料への添加実験)
市販のペットボトル入りブラックコーヒー飲料に、表1に示す添加濃度となるように参考品1または参考品2を添加して溶解し、溶解後直ちによく訓練された5名のパネリストにより官能評価を行った。評価基準は、無添加品(コントロール)を基準(0点)とした場合に、苦味の強さ、苦味の切れ、雑味の少なさ、コーヒーのコクおよびレギュラーコーヒー感について、極めて良い:10点、非常によい:8点、良い:6点、やや良い:4点、わずかに良い:2点、極めて悪い:−10点、非常に悪い:−8点、悪い:−6点、やや悪い:−4点、わずかに悪い:−2点、として官能評価を行った。その平均点を表1に示す。
【0065】
【表1】
【0066】
表1に示した通り、参考品1または参考品2を前記ブラックコーヒー飲料に添加したところ、いずれも該ブラックコーヒー飲料に対し苦味を付与ないし増強する効果があり、苦味の質としては舌に残る苦味ではなく、後切れ(キレ)のよい、心地よい苦味であった。この苦味の質は、コーヒー本来のおいしさの特徴とされる“甘さの余韻”を邪魔しない苦味、すなわち、いわゆる“先味”と言われる呈味であり、参考品1または参考品2を前記ブラックコーヒー飲料に添加することにより、苦味の質を変え、雑味を感じにくくする効果があり、その結果、レギュラーコーヒー感が増し、コーヒー本来のおいしさをアップさせる効果があると考えられた。
また、参考品1または参考品2の添加による苦味の増強効果は、参考品2(3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン)の方が、参考品1(3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン)よりも大きく、また、参考品2は特に、コーヒーのコクを増強する効果が大きかった。これらの効果は、参考品1および参考品2ともに1ppmの添加でも十分感じ取れた。
【0067】
参考例5
コーヒー生豆(インドネシア産ロブスタ種)の粉砕物1000gをカラムに充填し(カラム内径7cm、長さ25cm、1本につきコーヒー豆200gを充填し、5本連結)、95℃に加温した軟水を流速2500ml/hrでカラム上部から下部へ送り込み、カラム下部から抜き取った抽出液は、次のカラムの上部へ順次送り込み5本目のカラムより最終的な抽出液を抜き取る方法にて連続抽出を行い、抜き取り液がBx1.0°を下回った時点で抽出終了(所要時間約3時間)とし、Bx6.0°の抽出液5300g(クロロゲン酸類1.4%)を得た。
得られた抽出液は20℃に冷却後、ケイソウ土50gをプレコートしたNo.26(210mm)濾紙を装着したヌッチェにて吸引濾過し、濾液5300g(pH5.6、クロロゲン酸1.4%、カフェイン0.4%)を得た。この濾液に、10%水酸化ナトリウム水溶液58gを加え、pH10の溶液に調整した。この溶液を、合成吸着樹脂(SP−207)200mlを充填したカラムにSV=2.5で通液し、得られた通過液を引き続き陽イオン交換樹脂(SK−116)200mlを充填したカラムに通液してナトリウムイオンを除き、さらに水押して、コーヒー豆抽出液7789g(Bx2.4°、pH4.2、クロロゲン酸類1.3%、カフェイン0.34%)を得た。
次いで、得られたコーヒー豆抽出液を、ロータリーエバポレーターを用いてBx70°まで減圧濃縮し、該コーヒー豆抽出液の濃縮液267.1g(Bx70°、pH4.1、クロロゲン酸類40.2%、カフェイン9.9%)を得た。
次いで、この濃縮液を、モービルマイナー型スプレードライヤー(ニロジャパン社製)を使用して、熱風入り口温度150℃、排風温度80℃、アトマイザー回転数20000rpmにて噴霧乾燥を行い、コーヒー豆抽出液の乾燥粉末(クロロゲン酸類を精製した生コーヒー豆抽出乾燥粉末)190.3g(参考品3:水分3.1%、クロロゲン酸類55.98%、カフェイン13.89%)を得た。
【0068】
実施例1(クロロゲン酸類を精製した生コーヒー豆抽出乾燥粉末の加熱)
参考品3(10g)をステンレス製トレイに載せ、過熱水蒸気調理器(シャープ社製、ヘルシオ(登録商標)AX−GX2)のウォーターオーブン機能を用いて、表2に示す加熱温度および加熱時間の加熱条件にて脱水加熱処理を行い、褐色の焼成物を得た。このとき、加熱開始後、約2分後に参考品3の膨化が起こり、その後、膨化したまま焼成が進み加熱に伴って黒に近い褐色へと変化した。また、加熱条件によっては数分間、膨化した状態で焼成が進んだ後、収縮し、その後、褐色の薄い飴のような板状の焼成物となった。得られた焼成物をミルで粉砕し、粉末とした(本発明品1〜3)。
【0069】
【表2】
【0070】
比較例1(各種焙煎度のコーヒー豆の熱水抽出乾燥粉末)
コーヒー生豆(インドネシア産ロブスタ種)を焙煎し(プロバット社製サンプルロースター使用/都市ガス)、L値40、L値30、L値27.5、L値25、L値22.5、L値20、L値17.5およびL値16.5の焙煎コーヒー豆を調製した。
上記のコーヒー生豆および各焙煎コーヒー豆を、コーヒーミルにて粉砕し、粉砕物200gをカラムに充填し(カラム内径7cm、長さ25cm)、95℃に加温した軟水を流速500ml/hrでカラム上部から下部へ送り込み、抽出液約2100g(所要時間約3時間)を得た。得られた各抽出液は20℃に冷却後、ケイソウ土50gをプレコートしたNo.26(210mm)濾紙を装着したヌッチェにて吸引濾過し、濾液を得、次いで、ロータリーエバポレーターを用いてBx70°まで減圧濃縮し、濃縮液(コーヒー豆抽出液)を真空乾燥し、表3に示す未焙煎(生)または焙煎度(L値)のコーヒー豆(生または焙煎)の濃縮乾燥抽出物(水分約3%)を得た(比較品1〜9)。
【0071】
【表3】
【0072】
(本発明品の分析)
以下に示した分析方法により、参考品3および本発明品1〜3について、カフェイン、クロロゲン酸類(3−カフェオイルキナ酸、5−カフェオイルキナ酸、4−カフェオイルキナ酸、3−フェルロイルキナ酸、5−フェルロイルキナ酸、4−フェルロイルキナ酸、3,4−ジカフェオイルキナ酸、3,5−ジカフェオイルキナ酸、4,5−ジカフェオイルキナ酸)、クロロゲン酸ラクトン類(3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン(混合物)、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン)の含有量を測定した。分析結果を表4に示す。
【0073】
【表4】
【0074】
表4に示した通り、参考品3の生コーヒー豆抽出乾燥粉末(クロロゲン酸類を精製したタイプ)には、クロロゲン酸類が約56%、カフェインが約14%含まれているが、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンは0.17%と非常に少なく、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンは、0.002%であり微量しか含まれていなかった。
【0075】
カフェインの含有量については生コーヒー豆からの抽出物である参考品3を200℃以上で加熱した本発明品1〜3においても、14〜15%の範囲内であり、参考品3と比べてほとんど変化せず、カフェインは加熱に対し安定であることが示された。
【0076】
一方、クロロゲン酸類は本発明品1〜3の脱水および加熱条件の強度が増すにつれ減少していき、250℃、5分の加熱(本発明品3)では20.43%まで減少した。クロロゲン酸類のうち、最も多量に含まれている5−カフェオイルキナ酸の含有量は、いずれの加熱品(本発明品1〜3)においてもクロロゲン酸類全体の約35%程度であり、クロロゲン酸類の含有量を表す指標となると考えられた。
【0077】
それに対し、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンおよび3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンは、加熱温度230℃のときに最も増加し(本発明品2)、本発明品1〜3において、加熱処理物中の3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンの含有量は2.37〜3.93%、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンは0.26〜0.55%であった。
【0078】
コーヒーの主要な成分であるクロロゲン酸類の含有量に対する前記クロロゲン酸ラクトン類の含有量の質量比は、切れの良い苦味成分としてのクロロゲン酸ラクトン類の寄与の程度に大きく関与すると考えられるが、クロロゲン酸類全体のうち、最も含有量が多く、一定量含まれている5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、前記クロロゲン酸ラクトン類の含有量の質量比により、クロロゲン酸ラクトンの切れの良い苦味に対する寄与の程度が判断できると考えられた。そこで、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンおよび3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンそれぞれの含有量の質量比を算出した。その結果、本発明品1〜3において、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は、0.13〜0.37、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は0.025〜0.039であった。
【0079】
[クロロゲン酸類、カフェインおよびクロロゲン酸ラクトン類の分析]
前述した、クロロゲン酸類(3−カフェオイルキナ酸、5−カフェオイルキナ酸、4−カフェオイルキナ酸、3−フェルロイルキナ酸、5−フェルロイルキナ酸、4−フェルロイルキナ酸、3,4−ジカフェオイルキナ酸、3,5−ジカフェオイルキナ酸、4,5−ジカフェオイルキナ酸)、カフェインおよびクロロゲン酸ラクトン類(3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン)の分析方法は、以下の通りである。
(1)クロロゲン酸類の定量方法
5−カフェオイルキナ酸を標準物質とし、以下の操作条件により高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって得られた、分析試料のクロマトグラムのピークを、それぞれの保持時間を基に9種類のクロロゲン酸類に帰属させ、ピーク面積値からクロロゲン酸類の濃度(質量%)を求めた。
装置 :Waters HPLC system
カラム:Waters Symetry C18、5μm、4.6×250mm
検出機:Waters 2487 dual λ absorbance detector
溶離液A:10mMクエン酸(80V/V%)/メタノール(20V/V%)
溶離液B:メタノール
濃度勾配条件
時間 溶離液A 溶離液B
0.0分 100% 0%
19.0分 100% 0%
25.0分 80% 20%
35.0分 80% 20%
50.0分 60% 40%
60.0分 60% 40%
61.0分 100% 0%
70.0分 100% 0%
流速:1.0ml/min
カラムオーブン設定温度:30℃
検出:紫外吸収(吸光度の測定):325nm
分析試料注入量:10μl
分析試料の調製:試料(コーヒー抽出物粉末の場合)約0.02gを精秤後、溶離液Aにて10mLにメスアップし、メンブレンフィルター(GLクロマトディスク25A,孔径0.45μm,ジーエルサイエンス(株))にて濾過後、分析に供した。
クロロゲン酸類(9種のクロロゲン酸類)の保持時間:3−カフェオイルキナ酸(7.9分)、5−カフェオイルキナ酸(15.9分)、4−カフェオイルキナ酸(18.7分)、3−フェルロイルキナ酸(15.5分)、5−フェルロイルキナ酸(30.8分)、4−フェルロイルキナ酸(31.2分)、3,4−ジカフェオイルキナ酸(41.6分)、3,5−ジカフェオイルキナ酸(43.0分)、4,5−ジカフェオイルキナ酸(49.3分)
(2)カフェインの定量方法
カフェインの定量分析は、クロロゲン酸類と同時に行った。すなわち、前記クロロゲン酸類の定量条件にて、紫外吸収(吸光度の測定):270nm 、カフェインを標準物質とした以外はクロロゲン酸類の場合と同様の方法で、同時に実施した。
カフェインの保持時間:18.2分
(3)クロロゲン酸ラクトン類の確認および定量方法
クロロゲン酸ラクトン類の定量分析は、クロロゲン酸類と同時に行った。すなわち、前記クロロゲン酸類の定量条件にてクロロゲン酸類の場合と同様の方法で、同時に実施した。またクロロゲン酸ラクトン類の確認は以下の条件にてLC−MS/MSにより行った。
3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン:m/z=337を用いて、スキャンおよびシングルイオン観測モードで実施し、標準品との比較により確認した。
3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン:m/z=497→335および497→161の質量遷移反応を用いて、多反応観測モードで実施し、標準品との比較により確認した。
クロロゲン酸ラクトン類の保持時間:3−モノカフェオイルキナ酸ラクトン(29.6分)、4−モノカフェオイルキナ酸ラクトン(31.7分)、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン(55.4分)。ただし、前述の通り、3−カフェオイルキナ酸ラクトンはアルコールや水といったプロトン溶媒中では、容易にアシル基の転移反応が起こり、4−カフェオイルキナ酸ラクトンを生成するため、両者を一括して3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン(混合物)とした。
【0080】
(比較品の分析)
前記分析方法に基づき、比較品1〜9について、カフェイン、クロロゲン酸類(前記の9種)、クロロゲン酸ラクトン類(3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン(混合物)、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン)の含有量を測定した。分析結果を表5に示す。
【0081】
【表5】
【0082】
表5に示した通り、未焙煎(生)のコーヒー豆の水抽出物(比較品1)では、クロロゲン酸類が約38%含まれているが、クロロゲン酸ラクトン類はほとんど含まれていなかった。一方、比較品2〜9では、コーヒー豆の焙煎強度が進むにつれ、特に、L値25以下になるとクロロゲン酸類は20%未満に減少し、L値20以下では10%未満となり、さらに16.5では1.97%と非常に少ない量しか残存しなかった。
【0083】
コーヒー豆の焙煎強度が低いもの(生からL値25程度までの間)では焙煎強度が進むにつれてクロロゲン酸ラクトン類が生成または増加する傾向がみられるが、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンはL値27.5で、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンではL値40で、最も含有量が多かった。しかしながら、いずれのクロロゲン酸ラクトン類も、さらに焙煎が深くなると、減少する傾向が見られた。比較品1〜9において、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンの含有量は0.12(生)〜2.23(L値27.5)%、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンでは0.000(生およびL値16.5)〜0.023(L値40)%であった。
【0084】
前述の通り、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、クロロゲン酸ラクトン類の含有量の質量比により、クロロゲン酸ラクトン類の切れの良い苦味への寄与の程度が判断できると考えられるが、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、クロロゲン酸ラクトン類の含有量の質量比については、比較品1〜9において、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は、0.01〜0.79であり、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は0〜0.0023であった。
【0085】
生コーヒー豆の抽出乾燥粉末を脱水加熱処理した場合(実施例1:本発明品1〜3)とあらかじめコーヒー豆自体を焙煎してから抽出し、その後、脱水加熱処理を施さない場合(比較例1:比較品1〜9)を比較すると、生コーヒー豆抽出乾燥粉末を脱水加熱処理した場合では、実施例1の条件の範囲内では、クロロゲン酸類はほとんど減少しないが(本発明品3以外では参考品3のクロロゲン酸類含有量の約2/3以上は残存)、クロロゲン酸ラクトン類は多量に生成する。そのうち特に、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンが多量に生成することが認められる(表4参照)。
【0086】
それに対し、コーヒー豆そのものを焙煎してから抽出し、その後、脱水加熱処理を施さない場合(比較例1:比較品1〜9)は、浅い焙煎(L値で25以上)ではクロロゲン酸類はあまり減少せず、クロロゲン酸ラクトン類、特に、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンはやや多く生成するが、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンはあまり生成しない。さらに焙煎を深め、焙煎がL値で25以下になると、クロロゲン酸類は大幅に減少し(L値20〜25では生豆の1/2〜1/4)、それと同時に、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンと3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンのいずれも大幅に減少していく。さらに焙煎が深まると(L値17.5および16.5)、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンの含有量の質量比は高い値となるが、抽出物中の3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンの含有量(絶対量)自体が生コーヒー豆抽出乾燥粉末の加熱処理物の量よりもより少なくなってしまう。
【0087】
一方、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、3,4−ジカフェオイルクロロゲン酸ラクトンの含有量の質量比は、コーヒー豆を焙煎した場合では、0.0023が最大(L値30)であり(比較品3)、生コーヒー豆抽出乾燥粉末を脱水加熱処理した場合の最小値である0.025(本発明品1)の約1/11の小さな値にすぎなかった。
【0088】
以上より、生コーヒー豆の抽出乾燥粉末を脱水加熱処理した場合(実施例1:本発明品1〜3)は、生コーヒー豆又はあらかじめコーヒー豆自体を焙煎してから抽出し、その後、脱水加熱処理を施さない場合(比較例1:比較品1〜9)と比べ、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンの生成量が多く、また、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンの含有量の質量比が高いことが認められた。
【0089】
3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンが、コーヒーのすっきりとした苦みに大きく寄与することは、前述の通り参考例3により確認されており、本発明品1〜3では、5−カフェオイルキナ酸含有量に対する、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン含有量の質量比(3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸)を、クロロゲン酸ラクトン類由来のすっきりとした苦味を付与する能力の指標とすることができると考えられた。
【0090】
[官能評価]飲料への添加
参考例4と同様に、市販のペットボトル入りブラックコーヒー飲料に、参考品3、本発明品1〜3または比較品1〜9をそれぞれ0.01質量%(100ppm)添加して溶解し、溶解後直ちに、よく訓練された5名のパネリストにより官能評価を行った。評価基準は、無添加品(コントロール)を基準(0点)とした場合に、苦味の強さ、苦味の切れ、雑味の少なさ、コーヒーのコクおよびレギュラーコーヒー感について、極めて良い:10点、非常によい:8点、良い:6点、やや良い:4点、わずかに良い:2点、極めて悪い:−10点、非常に悪い:−8点、悪い:−6点、やや悪い:−4点、わずかに悪い:−2点、として官能評価を行った。その平均点を表6に示す。
【0091】
【表6】
【0092】
表6に示した通り、コーヒー豆を焙煎してから抽出物を得た後、脱水加熱処理を施していない比較品1〜9を添加したコーヒー飲料では、苦味は強くなるものの、苦味の切れとレギュラーコーヒー感はむしろ低減し、コクは増加するものの、雑味も同時に増加する傾向が見られた。この傾向はコーヒー豆の焙煎が深くなるにつれて、顕著に表れた。それに対し、生コーヒー豆抽出物を脱水加熱した本発明品1〜3を添加したコーヒー飲料は、苦味が増強されるとともに、苦味の切れ、雑味が低減し、コーヒーのコクが増し、レギュラーコーヒー感が増加した。
【0093】
脱水加熱温度と官能評価の関係は、200〜250℃の間では、苦味の切れ、雑味の少なさ、コーヒーのコクおよびレギュラーコーヒー感は230℃が最も良好であった。それに対し、苦味の強さは250℃が最も強かった。一般的に、コーヒーの苦味強度自体は、焙煎が進むにつれ増加することが知られているが、これは、ビニルカテコールオリゴマーなどのクロロゲン酸ラクトン類以外の苦味成分の増加に起因すると考えられており、生コーヒー豆抽出物を脱水加熱した本発明品1〜3の場合も、250℃の脱水加熱温度では、ビニルカテコールオリゴマーなどのクロロゲン酸ラクトン類以外の苦味成分の増加により苦味の強さが強まったと考えられる。
【0094】
3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は、前述の通り切れの良い苦味に大きく寄与すると考えられるが、コーヒー豆を焙煎してから抽出物を得た後、脱水加熱処理を施していない比較品1〜9では0.0023未満であるのに対し、生コーヒー豆抽出物を脱水加熱した本発明品1〜3では、0.0247よりも大きな値となっており、両者は10倍以上の差が見られた。
【0095】
本発明品1〜3を添加したコーヒー飲料の風味の傾向は、クロロゲン酸ラクトン類、特に、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンを添加した時の風味変化と類似しており(参考例1、表1参照)、前述の通り3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は本発明の苦味付与効果の指標となると考えられ、表6の結果からも、0.020以上、好ましくは0.030以上、より好ましくは0.035以上、と高くなるにつれ、より大きな本発明の苦味付与効果が得られていることが認められる。
【0096】
また、コーヒー豆の焙煎やコーヒー豆抽出物の加熱処理では、焙煎や加熱が進むにつれ、コーヒー豆中のクロロゲン酸類(前記の9種類)の含有量は減少する傾向があるが、その結果、抽出物中の、コーヒー豆由来の可
溶性固形分量に対するクロロゲン酸類総量の質量比も低減していく。コーヒー豆由来の可
溶性固形分量に対するクロロゲン酸類総量の質量比はクロロゲン酸類が加熱により過度に分解・減少していないことの指標になると考えられるが、比較品7〜9ではこの質量比は0.1未満となっている。焙煎や加熱が進むと、クロロゲン酸類の分解に伴い、一旦生成したクロロゲン酸ラクトン類も減少してしまうと考えられる。したがって、この質量比の値はある程度高いことが必要であると考えられ、その範囲としては表6に示した結果から、通常は0.1〜0.8、好ましくは0.2〜0.7、より好ましくは0.3〜0.6の範囲内と考えられた。
【0097】
実施例2
比較例1で使用した、比較品1〜4をそれぞれ10gステンレス製トレイに載せ、過熱水蒸気調理器(シャープ社製、ヘルシオ(登録商標)AX−GX2)のウォーターオーブン機能を用いて、230℃、4分間脱水加熱処理を行い、褐色の焼成物を得た。このとき、脱水加熱処理開始後、約2分後に比較品1〜4の膨化が起こり、その後、膨化したまま焼成が進み加熱に伴って黒に近い褐色へと変化した。得られた焼成物をミルで粉砕し、粉末とした(本発明品4〜7)。
本発明品4〜7について、前記と同様の方法にてクロロゲン酸類、カフェインおよびクロロゲン酸ラクトン類の分析を行った。結果を表7に示す。
【0098】
【表7】
【0099】
表7に示した通り、脱水加熱処理していないコーヒー豆の抽出物(抽出物の脱水加熱処理なし、比較品1〜4)では、生コーヒー豆抽出物において、クロロゲン酸類が約38%含まれており、L値40の焙煎ではほとんど減少しないが、L値が30、27.5と焙煎が進むにつれ徐々に減少することが認められた。
一方、比較品1〜4において、クロロゲン酸ラクトン類のうち、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンは、生コーヒー豆抽出物(比較品1)ではほとんど含まれていないが、L値27.5までの焙煎において、焙煎が進むにつれ増加することが認められた。それに対し、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンは、生コーヒー豆抽出物(比較品1)ではほとんど含まれていないが、L値40の焙煎において最も多く(比較品2)、その後、焙煎が進むにつれ減少することが認められた。
前述の通り、クロロゲン酸ラクトン類のうち、特に、すっきりとした苦味に寄与する成分は3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンであること、および、飲料用のコーヒー豆の焙煎度として、いわゆる「飲み頃」といわれる焙煎度が、L値25以下であることを勘案すると、L値25以下に深く焙煎した焙煎豆は、すっきりとした苦味、すなわち、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンを多く含むという観点からは、必ずしも有利ではないと考えられた。
【0100】
一方、比較品1〜4を230℃、4分間、脱水加熱処理した本発明品4〜7について考察すると、生コーヒー豆抽出物の脱水加熱処理物(本発明品4)ではクロロゲン酸類が約30%含まれているが、コーヒー豆の焙煎が深くなるにつれて(L値が30、27.5と低い値となるにつれて)徐々に減少した。それに対し、クロロゲン酸ラクトン類は抽出物の脱水加熱処理により増加し、生またはL値40の焙煎豆を使用した本発明品4および本発明品5において特に多く含まれていた。しかしながら、コーヒー豆の焙煎が深いもの(L値30、27.5)を加熱処理してもクロロゲン酸ラクトン類の量はそれほど増加しなかった。これは、コーヒー豆自体の焙煎により、すでにクロロゲン酸類が減少しており、クロロゲン酸ラクトン類を生成させる潜在能力が低下してしまうためと考えられた。
【0101】
この結果から、本発明において、使用するコーヒー抽出液の原料となるコーヒー豆は、コーヒー生豆またはL値25程度以上の焙煎コーヒー豆が好ましいと考えられた。コーヒー生豆のL値がほぼ60であることから、本発明に使用する焙煎(または未焙煎)コーヒー豆のL値としては、25〜60、好ましくはL値40〜55、より好ましくはL値45〜50と考えられた。
【0102】
[官能評価]インスタントコーヒーへの添加実験
市販のインスタントコーヒー(焙煎コーヒー豆エキス100%、スプレードライ品)に、比較品1〜4または本発明品4〜7をそれぞれ10ppm添加して良く粉体混合した。
それぞれのインスタントコーヒーを1質量%水に溶解し、直ちに、よく訓練された5名のパネリストにより官能評価を行った。評価基準は、無添加品(コントロール)を基準(0点)とした場合に、苦味の強さ、苦味の切れ、雑味の少なさ、コーヒーのコクおよびレギュラーコーヒー感について、極めて良い:10点、非常によい:8点、良い:6点、やや良い:4点、わずかに良い:2点、極めて悪い:−10点、非常に悪い:−8点、悪い:−6点、やや悪い:−4点、わずかに悪い:−2点、として官能評価を行った。その平均点を表8に示す。
【0103】
【表8】
【0104】
表8に示した通り、焙煎コーヒー豆の抽出物を加熱処理していないもの(比較品1〜4)を添加したインスタントコーヒーでは、焙煎度合いにかかわらず、風味への影響はほとんどなかった。それに対し、それぞれの比較品のコーヒー豆抽出物を加熱した本発明品4〜7を添加したコーヒー飲料は、苦味が増強されるとともに、苦味の切れ、雑味が低減し、さらにコーヒーのコクやレギュラーコーヒー感が増し、非常においしくなる効果が認められた。
本発明品4〜7は5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンの含有量(3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸)の質量比が比較品1〜4と比べて、いずれも極めて大きな値を示しており、この値はすっきりとした苦味の指標になると考えられ、このことに起因して、苦味が増強されるとともに、苦味の切れ、雑味が低減し、さらにコーヒーのコクやレギュラーコーヒー感が増し、非常においしくなっていると考えられた。