特許第6381055号(P6381055)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6381055クロロゲン酸ラクトン類の増加したコーヒー豆抽出物およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6381055
(24)【登録日】2018年8月10日
(45)【発行日】2018年8月29日
(54)【発明の名称】クロロゲン酸ラクトン類の増加したコーヒー豆抽出物およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23F 5/28 20060101AFI20180820BHJP
   A23F 5/36 20060101ALI20180820BHJP
   A23F 5/02 20060101ALI20180820BHJP
   A23F 5/10 20060101ALI20180820BHJP
【FI】
   A23F5/28
   A23F5/36
   A23F5/02
   A23F5/10
【請求項の数】7
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2016-557466(P2016-557466)
(86)(22)【出願日】2015年7月22日
(86)【国際出願番号】JP2015070760
(87)【国際公開番号】WO2016072114
(87)【国際公開日】20160512
【審査請求日】2016年12月26日
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2015/067961
(32)【優先日】2015年6月23日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2014-225261(P2014-225261)
(32)【優先日】2014年11月5日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000214537
【氏名又は名称】長谷川香料株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108143
【弁理士】
【氏名又は名称】嶋崎 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】中西 紫乃
(72)【発明者】
【氏名】上野 潤
【審査官】 北田 祐介
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−093085(JP,A)
【文献】 特開2013−252112(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23F 5/00−5/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/FSTA/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)コーヒー生豆またはL値25以上の焙煎コーヒー豆を水性溶媒で抽出し、コーヒー豆抽出液のBx50°以上の濃縮物、または、該コーヒー豆抽出液の水分1質量%以上10質量%以下の乾燥物を得る工程、
(b)前記工程で得られた濃縮物または乾燥物を、200〜250℃にて2〜15分間、加熱手段により脱水しながら加熱する工程、
を含むことを特徴とする、クロロゲン酸ラクトン類の増加したコーヒー豆抽出物の製造方法。
【請求項2】
加熱手段が、過熱水蒸気加熱、熱風加熱、遠赤外線加熱、マイクロ波加熱またはエクストルーダー加熱のいずれか一種以上である請求項1に記載のコーヒー豆抽出物の製造方法。
【請求項3】
5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンの含有量の質量比(3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸)が0.01以上であり、かつ、コーヒー豆由来の可溶性固形分量に対するクロロゲン酸類総量の質量比が0.1〜0.8である、クロロゲン酸ラクトン類の増加したコーヒー豆抽出物。
【請求項4】
請求項に記載のコーヒー豆抽出物を配合したコーヒー飲料。
【請求項5】
請求項に記載のコーヒー豆抽出物を配合したインスタントコーヒー。
【請求項6】
請求項に記載のコーヒー豆抽出物を配合することによるコーヒー飲料の苦味増強方法。
【請求項7】
請求項に記載のコーヒー豆抽出物を配合することによるインスタントコーヒーの苦味増強方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーヒー豆抽出液を原料とし、脱水加熱を行うことによる、クロロゲン酸ラクトン類の増加したコーヒー豆抽出物の製造方法に関する。さらに詳しくは、特に、生または浅焙煎コーヒー豆の抽出液を原料とし、その濃縮物または乾燥物を脱水加熱することにより得られる、飲食品にすっきりとした苦味を付与または増強するために有用な、クロロゲン酸ラクトン類の増加したコーヒー豆抽出物の製造方法、該製造方法により得られるコーヒー豆抽出物およびその飲食品への使用に関する。
【背景技術】
【0002】
コーヒーは世界中で愛飲されている最もポピュラーな嗜好飲料であり、今まで茶の文化が中心であった中国その他の国々でも、経済成長に伴って欧米のファストフード店やコーヒーショップの文化が急速に浸透し、その需要は急増している。
【0003】
日本では、コーヒーをいつでもどこでも簡便に味わいたいという消費者の要求に応えるものとして日本で独自の発達を遂げた缶コーヒーなどの容器入りコーヒー飲料、チルドタイプのコーヒー飲料、ペットボトル入りのコーヒー飲料あるいは広く一般家庭に普及しているインスタントコーヒーなど多くのコーヒー加工品が消費されている。
【0004】
コーヒーのおいしさは豊かな香り、コク、旨味のバランスにあると考えられるが、コクや旨味とのバランスにおいて、おいしさを醸し出す要因の1つとして「苦味」は重要な要素と考えられる。コーヒーの苦味成分としては従来から、カフェイン、クロロゲン酸類、ビニルカテコールオリゴマー、ジケトピペラジン類、コーヒーメラノイジン類などが知られている。
【0005】
一方、コーヒーはカフェインレスされたものであっても、やはり苦味があることから、前記化合物群以外にも苦味に寄与している成分があると考えられていたが、2006年にカフェインレスコーヒーの苦味に大きく寄与している成分がクロロゲン酸ラクトン類であることが報告された(非特許文献1)。クロロゲン酸ラクトン類は、その存在については古くから知られていたが、前記報告以後、コーヒーの苦味成分として大きく注目され、コーヒー抽出物からのクロロゲン酸ラクトン類を高濃度に含有する抽出物の製造方法やクロロゲン酸ラクトン類の単離方法(特許文献1)、受容体を用いた苦味のアッセイ(特許文献2)などが開示されている。
【0006】
一方、コーヒーの苦味は一般的にはあまり良いイメージではなく、むしろ減らしたほうが良いとの考え方がある。クロロゲン酸ラクトン類はコーヒーの苦味成分であるが、必ずしもコーヒーのおいしさに寄与しているのではないと考え、クロロゲン酸ラクトン類を低減する方法が提案されている。クロロゲン酸ラクトン類を低減する方法としては、例えば、焙煎コーヒー豆抽出物をアルカリ処理してクロロゲン酸ラクトン類をクロロゲン酸類に加水分解する方法(特許文献3)、コーヒー抽出物を肝臓エステラーゼなどの酵素で処理して分解する方法;活性炭、ポリビニルポリピロリドン、ポリスチレン−ジビニルベンゼン、N,N’−メチレンビス(メタクリルアミド)などの吸着剤により吸着除去する方法;ヘキサン、ジクロロメタン、ジエチルエーテル、酢酸エチルなどの有機溶媒により抽出除去する方法(特許文献4)、コーヒー豆抽出物をBx10〜40°の濃度において、pH5.5〜6.5に調整し、100℃以上で加熱する方法(特許文献5)、特定の活性炭を用いて吸着除去する方法(特許文献6)などが提案されている。
【0007】
また、クロロゲン酸ラクトン類はコーヒーの生豆にはほとんど含まれておらず、焙煎中に増加するが、焙煎が深くなるとかえって減少してしまうことが知られている(非特許文献2)。
【0008】
このように、クロロゲン酸ラクトン類は、コーヒーの苦味に寄与している成分であることは知られているが、コーヒー中での呈味全体に対する風味への影響は必ずしも明らかではなかったといえる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Eur. Food Res. Technol.,2006,222,492−508
【非特許文献2】J.Agric. Food Chem.,Vol.54,No.2,2006,374−381
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2008−543336号公報
【特許文献2】特表2009−501317号公報
【特許文献3】特開平10−215771号公報
【特許文献4】特開2008−541712号公報
【特許文献5】特開2012−125237号公報
【特許文献6】特開2014−168433号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、コーヒー飲料等のコーヒー風味食品にすっきりとした切れの良い苦味を付与するための、クロロゲン酸ラクトン類の増加したコーヒー豆抽出物の製造方法およびその製造方法により得られるコーヒー豆抽出物を提供することにある。また、該コーヒー豆抽出物を添加した、すっきりとした切れの良い苦味が付与または増強されたコーヒー飲料、コーヒー風味飲食品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
通常の焙煎コーヒー豆にはクロロゲン酸類とクロロゲン酸ラクトン類の両方が存在し、クロロゲン酸類にも苦味はあるが、クロロゲン酸ラクトン類と比べるとはるかにその苦味は弱いことが知られている。
【0013】
クロロゲン酸ラクトン類は、前記特許文献1に記載されるように、コーヒーの苦味成分として有用性を認める報告もあるが、一方、特許文献3〜6に記載されているように、低減すべき成分との評価もある。
【0014】
そこで、本発明者らは、クロロゲン酸ラクトン類を合成し、その呈味の確認およびコーヒー飲料への添加による効果の確認を行った(後述する[実施例]参照)。その結果、クロロゲン酸ラクトン類は「淹れたてのコーヒー」の上質な苦味成分であり、1ppm〜数ppm程度の添加でレギュラーコーヒー様のキレのよいスッキリとした後味に改変する効果がある有用な成分であるという評価結果を得た。
【0015】
しかしながら、クロロゲン酸ラクトン類そのものを合成法により調製する方法、または、コーヒーエキスから単離して調製する方法は、作業工程の煩雑さやコスト面で実用的ではない。
【0016】
そこで本発明者らは、クロロゲン酸ラクトン類を増加させたコーヒー豆抽出物を得る方法についての開発検討を行った。生のコーヒー豆にはクロロゲン酸類は最も豊富に含まれているが、クロロゲン酸ラクトン類はほとんど含まれていない。コーヒー豆の焙煎が進むと、クロロゲン酸類が減少するとともに、クロロゲン酸ラクトン類が増加していくが、焙煎が進みすぎるとクロロゲン酸類およびクロロゲン酸ラクトン類のいずれもが減少してしまうことが知られている(非特許文献2参照)。
【0017】
そこで本発明者らは、クロロゲン酸類が最も豊富な生、または、ごく浅く焙煎したコーヒー豆を原料として使用し、このコーヒー豆の抽出液に含まれるクロロゲン酸類を何らかの方法を用いてクロロゲン酸ラクトン類に変換することにより、高濃度、高含有量のクロロゲン酸ラクトン類を含むコーヒー豆抽出物が得られるのではないかと考え、さらに鋭意研究した。
【0018】
通常、濃縮コーヒー抽出物中では加熱により、前記特許文献5に記載されているようにクロロゲン酸ラクトン類は減少する傾向にある。しかしながら、驚くべきことに、さらに高濃度としたコーヒー豆抽出物、または、水分を乾燥状態近くまで低減させたコーヒー豆抽出物を乾燥させながら加熱した場合は、クロロゲン酸類のラクトン化反応が進行し、クロロゲン酸ラクトン類が著しく増加することを見出した。また、得られた処理物を、コーヒー飲料に添加することにより、舌に残る苦味ではなく、切れの良い、心地よい苦味が増加することを確認し、本発明を完成するに至った。
【0019】
かくして、本発明は、以下のものを提供する。
(1)(a)コーヒー豆を水性溶媒で抽出し、コーヒー豆抽出液のBx50°以上の濃縮物、または、該コーヒー豆抽出液の水分1質量%以上10質量%以下の乾燥物を得る工程、(b)前記工程で得られた濃縮物または乾燥物を、150〜400℃にて0.1〜60分間、加熱手段により脱水しながら加熱する工程、を含むことを特徴とする、クロロゲン酸ラクトン類の増加したコーヒー豆抽出物の製造方法。
(2)コーヒー豆が、コーヒー生豆またはL値25以上の焙煎コーヒー豆である、(1)に記載のコーヒー豆抽出物の製造方法。
(3)加熱手段が、過熱水蒸気加熱、熱風加熱、遠赤外線加熱、マイクロ波加熱または電気ヒーター加熱のいずれか一種以上である(1)または(2)に記載のコーヒー豆抽出物の製造方法。
(4)(1)〜(3)のいずれかに記載の製造方法により得られるコーヒー豆抽出物。
(5)5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンの含有量の質量比(3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸)が0.01以上であり、かつ、コーヒー豆由来の可性固形分量に対するクロロゲン酸類総量の質量比が0.1〜0.8である、クロロゲン酸ラクトン類の増加したコーヒー豆抽出物。
(6)(4)または(5)に記載のコーヒー豆抽出物を配合したコーヒー飲料。
(7)(4)または(5)に記載のコーヒー豆抽出物を配合したインスタントコーヒー。
(8)(4)または(5)に記載のコーヒー豆抽出物を配合することによるコーヒー飲料の苦味増強方法。
(9)(4)または(5)に記載のコーヒー豆抽出物を配合することによるインスタントコーヒーの苦味増強方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、コーヒー豆から簡便な方法により、コーヒークロロゲン酸ラクトン類の豊富なコーヒー豆抽出物を製造することができる。本発明のコーヒー豆抽出物は切れの良いさわやかな苦味を有し、本発明のコーヒー豆抽出物をコーヒー飲料やインスタントコーヒーに微量添加することにより、コーヒー飲料やインスタントコーヒーの苦味の質および苦味の切れが大幅に改善し、風味豊かなコーヒー飲料やインスタントコーヒーを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は3−カフェオイルキナ酸ラクトン(1)および4−カフェオイルキナ酸ラクトン(2)の混合物の1H−NMR測定結果を示すチャートである(参考例1)。
図2図2は3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン(3)の1H−NMR測定結果を示すチャートである(参考例2)。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明による、クロロゲン酸ラクトン類の増加したコーヒー豆抽出物を得る方法は、コーヒー豆抽出液のBx50°以上の濃縮物、または、コーヒー豆抽出液の水分1質量%以上10質量%以下の乾燥物を、150〜400℃にて0.1〜60分間、脱水しながら加熱する方法である。
【0023】
本発明でいうコーヒー豆抽出液とは、生または焙煎コーヒー豆を水性溶媒で抽出して得られる抽出液のことを指す。
【0024】
原料として使用するコーヒー豆の品種および産地は特に限定はなく、アラビカ種、リベリカ種、ロブスタ種等いずれでもよく、その種類、産地を問わずブラジル、コロンビア、インドネシア等いずれの産地のコーヒー生豆も使用することができる。また、コーヒー豆は、一種類の豆を単独で使用しても、またブレンドした二種類以上の豆を使用してもよい。これらの生豆をまたは生豆をコーヒーロースターなどにより焙煎したものを原料とすることができる。
【0025】
本発明では、クロロゲン酸類の豊富な生のコーヒー豆を原料とすることができるが、適当に焙煎したコーヒー豆を使用してもよい。生のコーヒー豆はクロロゲン酸ラクトン類の原料となるクロロゲン酸類を、豊富に含むと考えられるが、豆の硬度が高く粉砕しづらい、独特の風味を有するなどの欠点もある。そこで、これらの欠点を解消するために焙煎したコーヒー豆を原料とする方法を採用することもできる。
【0026】
コーヒー生豆の焙煎は、コーヒーロースターなどを用い常法により行うことができる。例えば、コーヒー生豆を回転ドラムの内部に投入し、この回転ドラムを回転攪拌しながら、下方からガスバーナー等で加熱することで焙煎できる。かかるコーヒー豆の焙煎の程度は、いかなる範囲内でもよく、例えば、L値として14.5〜60の範囲を挙げることができる。しかしながら、かかるコーヒー豆の焙煎の程度は、コーヒー生豆特有の生臭みが消失し、かつ、クロロゲン酸量が生豆に対し実質的に減少しない範囲が好ましく、L値として25〜60、好ましくはL値40〜55、より好ましくはL値45〜50に焙煎することを例示できる。なお、L値とはコーヒーの焙煎の程度を表す指標で、コーヒー焙煎豆の粉砕物の明度を色差計で測定した値である。黒をL値0で、白をL値100で表す。従って、コーヒー豆の焙煎が深いほどL値の数値は低い値となり、浅いほど高い値となる。
【0027】
参考までに、通常飲用に利用される焙煎豆のL値はほぼ次に示す程度である。イタリアンロースト:16〜19、フレンチロースト:19〜21、フルシティーロースト:21〜23、シティーロースト:23〜25、ハイロースト:25〜27、ミディアムロースト:27〜29。これより浅い焙煎は通常の飲用では一般的にはあまり使用されない。
【0028】
本発明において使用するコーヒー豆は、L値が25より小さい値となるよう焙煎した場合、生豆中のクロロゲン酸類が実質上減少してしまい、クロロゲン酸類を有効に利用するという観点から好ましくない。しかしながら苦味以外の呈味を含めた総合的な風味を勘案した場合、L値が25より小さい焙煎豆が好ましい場合もある。
【0029】
次いでコーヒー豆は粉砕し、常法に従い、バッチ連続式抽出装置、ドリップ型抽出装置、撹拌機付き多機能装置、その他の抽出装置を用い、抽出し、ろ過することによりコーヒー豆抽出液を得ることができる。
【0030】
かかるコーヒー生豆または焙煎コーヒー豆からコーヒーエキスを抽出する溶媒としては、クロロゲン酸類が十分抽出される溶媒が好ましく、水性溶媒が挙げられる。このような水性溶媒としては、例えば、水または含水水混和性有機溶媒、例えば、含水率5質量%以上、好ましくは含水率約5〜約90質量%のメタノール、エタノール、2−プロパノール、アセトン、メチルエチルケトン等の含水水混和性有機溶媒を例示することができる。
【0031】
これらの水または含水水混和性有機溶媒は通常、焙煎コーヒー豆1質量部に対して約2〜約50質量部を使用し、温度約20℃〜約100℃にて抽出を行う。抽出操作は、バッチ式またはカラムによる連続抽出等の既知の抽出方法を採用することができる。
【0032】
また、例えば、前記方法により得られた抽出液を例えば多孔性重合樹脂で処理して該樹脂に吸着させ、次いで該樹脂を例えばエタノールで溶出処理して、クロロゲン酸類を豊富に含むコーヒー豆抽出液を得ることもできる。
【0033】
さらにまた、例えば、前記方法により得られた抽出液を例えば陽イオン交換樹脂で処理し、カフェインを吸着除去させ、通過液を中和し、カフェインレスされたコーヒー豆抽出液を得ることもできる。
【0034】
さらに、得られたコーヒー抽出液は、減圧濃縮、凍結濃縮、逆浸透膜濃縮などを用いる濃縮など種々の方法を用いて、有機溶媒については実質的に除去し、また、水についてもその大部分を除去し、Bx50°以上の濃縮物とする。
【0035】
また、前記コーヒー豆抽出液またはコーヒー豆抽出液のBx50°以上の濃縮物は、例えば、噴霧乾燥、真空乾燥、凍結乾燥など種々の方法で乾燥して粉末化することにより、水分1質量%以上10質量%以下の乾燥物とすることができる。
【0036】
さらにまた、コーヒー豆抽出液は、「コーヒーエキス」といった名称で、市販品として種々のものが流通しており、また、豆の種類、焙煎の程度などを指定して所望のコーヒーエキスを市販品として購入することもでき、これらのコーヒーエキスを、本発明におけるコーヒー豆抽出液、または、Brix値を適宜調整した後、コーヒー豆抽出液のBx50°以上の濃縮物として使用することもできる。さらにまた、市販のインスタントコーヒーも基本的にはこれらのコーヒーエキスと同様の製法で調製され、乾燥されたものであり、水分量を適宜調整した後、本発明におけるコーヒー豆抽出液の水分1質量%以上10質量%以下の乾燥物として使用することができる。
【0037】
次いで、コーヒー豆抽出液のBx50°以上の濃縮物、または、コーヒー豆抽出液の水分1質量%以上10質量%以下の乾燥物を、加熱条件として、150〜400℃にて0.1〜60分間、加熱手段により脱水しながら加熱する。この加熱により前記濃縮物または乾燥物が脱水条件下で加熱されることにより、前記濃縮物または乾燥物中に含まれているクロロゲン酸類が分子内で脱水してエステル化し、クロロゲン酸ラクトン類を生成する。
【0038】
本発明においては、前記濃縮物または乾燥物を前記加熱条件で加熱して、その加熱に伴って脱水させる。したがって、前記脱水条件は、150〜400℃にて0.1〜60分間の前記加熱条件と同様である。前記加熱条件において、加熱温度は、150〜400℃、好ましくは180℃〜300℃、より好ましくは200〜250℃を挙げることができるが、この加熱開始の段階では被加熱物、すなわち前記濃縮物または乾燥物に水分が含まれているため、被加熱物の品温は100〜200℃程度である。加熱開始後、被加熱物の品温が上昇し、数分後に膨化が起こる。これは被加熱物全体が加熱され、内部の水分が水蒸気となり泡状となって蒸発しようとするが、被加熱物の濃度が高く、そのため粘度も高いため、被加熱物の内部全体に発生した水蒸気の気泡が被加熱物全体を膨らませるためである。この膨化は数秒〜数分間続いた後、蒸発する水分がなくなった後にも膨化した形態を保ったまま焼成することもあるが、収縮し板状となることもある。この加熱処理により濃褐色の焼成物が得られる。
【0039】
前記加熱条件(脱水条件を含む)において、加熱時間は、0.1〜60分間、好ましくは0.5〜30分、より好ましくは2〜15分を例示することができる。
【0040】
本発明における、コーヒー豆抽出液のBx50°以上の濃縮物、または、コーヒー豆抽出液の水分1質量%以上10質量%以下の乾燥物の前記加熱手段は、特に限定はなく、いかなる方法を採用することもできるが、例えば、過熱水蒸気加熱、熱風加熱、遠赤外線加熱、マイクロ波加熱、エクストルーダー加熱などを例示することができる。
【0041】
過熱水蒸気加熱は、100℃よりも高温に加熱した水蒸気を被加熱物に接触させる方法である。過熱水蒸気加熱により前記濃縮物または乾燥物に過熱水蒸気を接触させる場合、略大気圧下で接触させる。すなわち、特別に加圧も減圧も行わないで過熱水蒸気と接触させ、加熱処理を行う。このような条件で加熱することにより、熱が被加熱物に素早く伝わり、被加熱物の内部まで均一に加熱される。
【0042】
市販されている、業務用の過熱水蒸気発生装置としては、例えば、Genesis(野村技工株式会社製)、DHF Super−Hi(登録商標、第一高周波工業株式会社)、SVロースターHOT MAX(登録商標、株式会社中西製作所製)、QFB−5980C−3R(登録商標、直本工業株式会社)、スーパーオーブン(清本鐵工株式会社)などがあり、本発明において前記濃縮物または乾燥物を加熱する際に使用できるが、これらに限定されるわけではない。
【0043】
また、特に、実験用として使用する場合は、市販の家庭用調理器として、近年、脚光を浴び、急速に普及した、スチームオーブンやウォーターオーブン(登録商標、シャープ社製)、具体的には、ヘルシオ(登録商標、シャープ社製)と呼ばれる過熱水蒸気を利用した家庭用調理器を使用することもできる。これら家庭用調理器は半密閉空間で過熱水蒸気による加熱が行えるので効率的である。
【0044】
熱風加熱は、空気、窒素ガス、二酸化炭素などの気体を熱源を用いて加熱し、加熱した気体と被加熱物を、容器内で接触させて加熱する方法である。生コーヒー豆や麦茶を焙煎する際などに一般的に利用されている。実際には、生コーヒー豆や麦茶の熱風焙煎に使用する装置をそのまま使用することができる。
【0045】
遠赤外線加熱は、被加熱物に3μm〜1000μmの範囲の電磁波(遠赤外線)を照射し、被加熱物を直接加熱する方法である。遠赤外線の性質としてセラミックス、プラスチック、水、繊維、木材、人、動植物などには吸収されやすいが、空気などは透過し、金属などには反射する性質がある。物質を構成する分子や結晶は、それぞれ固有の振動をしており、水などの遠赤外線を吸収しやすい物質は、共通して3〜30μmの固有振動があり、遠赤外線の照射を受けるとお互いの波長帯が合うので、共鳴し合い分子レベルの運動を活発にする。これを熱振動といい、照射された物質の温度を上昇させる。遠赤外線は物質に吸収されると、まず共鳴する振動エネルギーに変換され、これが熱エネルギーとなって、自分から熱を発するようになる。したがって、本発明における、コーヒー豆抽出液のBx50°以上の濃縮物、または、コーヒー豆抽出液の水分1質量%以上10質量%以下の乾燥物に照射した場合、これらの温度が上昇する。遠赤外線の発生方法としては、セラミックスや金属などを、熱源を用いて加熱すると、加熱されたセラミックスや金属などの表面から遠赤外線が輻射されることを利用する。
【0046】
遠赤外線加熱の装置としては、オーブン、オーブントースター、電気ヒーター、電気炉、生コーヒー豆の遠赤外線焙煎装置などをそのまま使用することができる。なお、前記熱風加熱においては、気体を熱源を用いて加熱する際に、周囲の装置(金属製のものが多い)をも加熱することも多く、前記焙煎装置には遠赤外線と熱風を併用した加熱装置も多く見られる。
【0047】
マイクロ波加熱は、被加熱物に100μm〜1mの範囲の電磁波(マイクロ波)を照射し、被加熱物を直接加熱する方法である。加熱に利用されるマイクロ波の周波数には非通信用のISMバンドが利用されており、国際規格では 2.45GHz(約120mm)に統一されている。マイクロ波加熱は、マイクロ波と物質の相互作用による誘電加熱であり、誘電損失により、マイクロ波が物質に吸収され、エネルギーが熱になることにより加熱される。外部熱源による加熱と異なり、熱伝導や対流の影響がほとんど無視できること、特定の物質のみを選択的かつ急速・均一に加熱できること、などの特徴がある。マイクロ波加熱を利用した装置としては、電子レンジを用いることができる。
【0048】
エクストルーダーとは、スクリュー加熱加圧押出成形機のことをいい、複数のスクリューが互いに絡み合い干渉しあって物理的に高いエネルギーを発生させ、また、外部からさらに加熱することで、原料に高温高圧処理を施すことができる装置である。多軸型エクストルーダーは、主に食品分野やプラスチック分野で発展し、食品(穀類、タンパク、畜肉、魚肉等)の加工やプラスチックの射出成形等に広く利用されている。エクストルーダー処理では、原料である粉体または高粘度の流動体を装置に送り込み、スクリューにより原料を混練しながら、高温高圧で原料を移動させ、さらに押出面(ダイ面)に押し付け、ダイ面にあけられた穴から外部に押し出される。ここで、加熱加圧された原料が外部に押し出される瞬間に、高圧のガス状成分の一部が大気圧に戻ることにより膨張し、膨化して固化することもある。エクストルーダーとしては、2軸エクストルーダーEA−20(スエヒロEPM社製)などを使用することができる。
【0049】
本発明では、前述のごとく、コーヒー豆抽出液等を、150〜400℃にて0.1〜60分間、脱水しながら加熱して得られたコーヒー豆抽出物をさらに、水に溶解し、吸着剤に吸着してクロロゲン酸ラクトン類を濃縮することもできる。
【0050】
前記吸着剤としてはポリアミド、ナイロン粉末、ポリビニルピロリドン、ポリビニルポリピロリドン、カゼイン、ゼイン、アンバーライト(登録商標)XAD、アミド基を有するポリマーなど公知の吸着剤が例示でき、前記コーヒー豆抽出物を水に溶解後、カラムまたはバッチ処理により前記吸着剤にクロロゲン酸ラクトン類を吸着させ、エタノール、アセトン、酢酸エチルなどの有機溶媒で、クロロゲン酸ラクトン類を脱着し、有機溶媒を除去後、クロロゲン酸ラクトン類を豊富に含む精製コーヒー豆抽出物として、本発明のコーヒー豆抽出物と同様に、飲食品に使用することができる。
【0051】
かくして得られる本発明のコーヒー豆抽出物は、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンの含有量の質量比(3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸)が0.01以上、好ましくは0.02以上、より好ましくは0.03以上となっている。
【0052】
コーヒー生豆のクロロゲン酸類のうち主なものは、3−カフェオイルキナ酸、4−カフェオイルキナ酸、5−カフェオイルキナ酸、3−フェルロイルキナ酸、4−フェルロイルキナ酸、5−フェルロイルキナ酸、3,4−ジカフェオイルキナ酸、3,5−ジカフェオイルキナ酸および4,5−ジカフェオイルキナ酸の9種類が挙げられる。これらの9種類のうち、最も多く含まれているものは、5−カフェオイルキナ酸(約35質量%)であり、この含有量により、クロロゲン酸類全体の量を代表することができる。
【0053】
一方、コーヒー生豆の焙煎により、クロロゲン酸類からクロロゲン酸ラクトン類が形成されるが、さまざまな転移反応により、クロロゲン酸ラクトン類としては、3−カフェオイルキナ酸ラクトン、4−カフェオイルキナ酸ラクトンおよび3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンが多く生成する。これらのクロロゲン酸ラクトン類のうち、特に苦味の強いものは3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンであり、3−カフェオイルキナ酸ラクトンまたは4−カフェオイルキナ酸ラクトンの約1/4の苦味閾値を有する(非特許文献1参照)。
【0054】
また、コーヒー生豆を焙煎した場合は、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンの生成量は相対的にそれほど多くないが、本発明の方法に従ってコーヒー豆抽出物を加熱した場合は、コーヒー生豆を焙煎する場合と比べて極めて多量の3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンが生成する。
【0055】
例えば、通常の方法、すなわち生コーヒー豆を焙煎する方法においては、焙煎度合いにより異なるが、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンの含有量の質量比は0〜0.003程度であるのに対し、本発明の方法にしたがって、生コーヒー豆抽出物を加熱脱水、加熱処理した場合、上記質量比は0.01以上、好ましくは0.02以上、より好ましくは0.03以上という極めて高い値を示す。これは、通常のコーヒー飲料、市販のコーヒーエキス、市販のインスタントコーヒーなどと比較して高いものであり、このことにより、本発明品はコーヒーに特有の切れの良い苦味を有する。
【0056】
また、前述のごとくして得られる本発明のコーヒー豆抽出物は、コーヒー豆由来の可性固形分量に対するクロロゲン酸類総量の質量比が0.1〜0.8、好ましくは0.2〜0.7、より好ましくは0.3〜0.6である。コーヒー生豆中のクロロゲン酸類含有量(前記9種類のクロロゲン酸類の合計)は5〜10質量%程度であるが、コーヒー豆の焙煎が進むに伴い減少し、深焙煎(例えば、L値16.5)では、未焙煎生豆に対し、1/20程度まで減少してしまう。焙煎や加熱が進むと、クロロゲン酸類の分解に伴い、一旦生成したクロロゲン酸ラクトン類も減少してしまうと考えられる。しかしながら、本発明の方法に従ってコーヒー豆抽出液の濃縮物等を、150〜400℃にて0.1〜60分間、脱水しながら加熱する方法では、加熱脱水前のコーヒー豆抽出液に対しクロロゲン酸類含有量はそれほど減少せず、多くとも1/2〜1/3程度の減少である。したがって、本発明のコーヒー豆抽出物は、特に原料として、生コーヒー豆またはL値25以上の焙煎コーヒー豆からの抽出液の濃縮物等を使用した場合、通常の焙煎コーヒー豆(L値25以下)からの抽出物と比べ、より多くのクロロゲン酸類を含んでいるものとなる。
【0057】
本発明のコーヒー豆抽出物は、そのまま、あるいは、粉砕して粉末とし、または、水、エタノール、グリセリンなどの可食性の溶媒に溶解し、インスタントコーヒー、コーヒー飲料、コーヒー入り乳飲料、コーヒーゼリー、コーヒークッキー、コーヒーチョコレート、コーヒープリン、コーヒーババロア、コーヒーケーキなどあらゆるコーヒー風味を有する飲食品に広範に使用できるほか、ビール風味飲料など種々の飲食品に添加し、さわやかで切れの良い苦味を付与または増強することが可能である。
【実施例】
【0058】
次に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。なお、以下の実施例において、特に断りがない限り、「%」は「質量%」を表す。
【0059】
(参考例1)3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン(混合物:参考品1)の合成
J.Agric. Food Chem.,Vol.58,2010,3720−3728に記載の方法に従って、以下の構造式で表される3−カフェオイルキナ酸ラクトン(1)の合成を行った。
得られた合成品の1H−NMR(400MHz,CD3OD)測定および二次元NMR測定により、該合成品の主成分がキナ酸ラクトンの3位にカフェオイル基が結合したものであることを確認した。また、重メタノール中で経時的に3−カフェオイルキナ酸ラクトン(1)の一部が4−カフェオイルキナ酸ラクトン(2)に転移していることが確認できた。
3−カフェオイルキナ酸ラクトンはアルコールや水といったプロトン溶媒中では、容易にアシル基の転移反応が起こり、4−カフェオイルキナ酸ラクトンを生成すると考えられた。そこで、本発明は、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン(混合物)を標準品(参考品1)として扱うこととした。参考品1の1H−NMR測定結果を示すチャート(400MHz,CDOD)を図1に示す。
【0060】
【化1】
【0061】
(参考例2)3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン(参考品2)の合成
J.Agric. Food Chem.,Vol.58,2010,3720−3728に記載の方法に従って、以下の構造式で表される3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン(3)(参考品2)を標準品として合成した。参考品2の1H−NMR測定結果を示すチャート(400MHz,CDOD)を図2に示す。
【0062】
【化2】
【0063】
参考例3(呈味の確認)
参考品1または参考品2を水に100ppm溶解してよく訓練された5名のパネリストにより官能評価を行った。その平均的な評価結果は以下の通りであった。なお、非特許文献1の記載によると、それぞれの化合物の苦味閾値は次の通りである。3−カフェオイルキナ酸ラクトン:13.4ppm、4−カフェオイルキナ酸ラクトン:12.1ppm、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン:4.8ppm
(官能評価)
参考品1:3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン:渋味刺激は感じられるが、苦味は弱い。苦味の切れは良い。
参考品2:3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン:はっきりとした苦味があり、すっきりしていて、苦味の切れが良い。
【0064】
参考例4(標準品の飲料への添加実験)
市販のペットボトル入りブラックコーヒー飲料に、表1に示す添加濃度となるように参考品1または参考品2を添加して溶解し、溶解後直ちによく訓練された5名のパネリストにより官能評価を行った。評価基準は、無添加品(コントロール)を基準(0点)とした場合に、苦味の強さ、苦味の切れ、雑味の少なさ、コーヒーのコクおよびレギュラーコーヒー感について、極めて良い:10点、非常によい:8点、良い:6点、やや良い:4点、わずかに良い:2点、極めて悪い:−10点、非常に悪い:−8点、悪い:−6点、やや悪い:−4点、わずかに悪い:−2点、として官能評価を行った。その平均点を表1に示す。
【0065】
【表1】
【0066】
表1に示した通り、参考品1または参考品2を前記ブラックコーヒー飲料に添加したところ、いずれも該ブラックコーヒー飲料に対し苦味を付与ないし増強する効果があり、苦味の質としては舌に残る苦味ではなく、後切れ(キレ)のよい、心地よい苦味であった。この苦味の質は、コーヒー本来のおいしさの特徴とされる“甘さの余韻”を邪魔しない苦味、すなわち、いわゆる“先味”と言われる呈味であり、参考品1または参考品2を前記ブラックコーヒー飲料に添加することにより、苦味の質を変え、雑味を感じにくくする効果があり、その結果、レギュラーコーヒー感が増し、コーヒー本来のおいしさをアップさせる効果があると考えられた。
また、参考品1または参考品2の添加による苦味の増強効果は、参考品2(3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン)の方が、参考品1(3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン)よりも大きく、また、参考品2は特に、コーヒーのコクを増強する効果が大きかった。これらの効果は、参考品1および参考品2ともに1ppmの添加でも十分感じ取れた。
【0067】
参考例5
コーヒー生豆(インドネシア産ロブスタ種)の粉砕物1000gをカラムに充填し(カラム内径7cm、長さ25cm、1本につきコーヒー豆200gを充填し、5本連結)、95℃に加温した軟水を流速2500ml/hrでカラム上部から下部へ送り込み、カラム下部から抜き取った抽出液は、次のカラムの上部へ順次送り込み5本目のカラムより最終的な抽出液を抜き取る方法にて連続抽出を行い、抜き取り液がBx1.0°を下回った時点で抽出終了(所要時間約3時間)とし、Bx6.0°の抽出液5300g(クロロゲン酸類1.4%)を得た。
得られた抽出液は20℃に冷却後、ケイソウ土50gをプレコートしたNo.26(210mm)濾紙を装着したヌッチェにて吸引濾過し、濾液5300g(pH5.6、クロロゲン酸1.4%、カフェイン0.4%)を得た。この濾液に、10%水酸化ナトリウム水溶液58gを加え、pH10の溶液に調整した。この溶液を、合成吸着樹脂(SP−207)200mlを充填したカラムにSV=2.5で通液し、得られた通過液を引き続き陽イオン交換樹脂(SK−116)200mlを充填したカラムに通液してナトリウムイオンを除き、さらに水押して、コーヒー豆抽出液7789g(Bx2.4°、pH4.2、クロロゲン酸類1.3%、カフェイン0.34%)を得た。
次いで、得られたコーヒー豆抽出液を、ロータリーエバポレーターを用いてBx70°まで減圧濃縮し、該コーヒー豆抽出液の濃縮液267.1g(Bx70°、pH4.1、クロロゲン酸類40.2%、カフェイン9.9%)を得た。
次いで、この濃縮液を、モービルマイナー型スプレードライヤー(ニロジャパン社製)を使用して、熱風入り口温度150℃、排風温度80℃、アトマイザー回転数20000rpmにて噴霧乾燥を行い、コーヒー豆抽出液の乾燥粉末(クロロゲン酸類を精製した生コーヒー豆抽出乾燥粉末)190.3g(参考品3:水分3.1%、クロロゲン酸類55.98%、カフェイン13.89%)を得た。
【0068】
実施例1(クロロゲン酸類を精製した生コーヒー豆抽出乾燥粉末の加熱)
参考品3(10g)をステンレス製トレイに載せ、過熱水蒸気調理器(シャープ社製、ヘルシオ(登録商標)AX−GX2)のウォーターオーブン機能を用いて、表2に示す加熱温度および加熱時間の加熱条件にて脱水加熱処理を行い、褐色の焼成物を得た。このとき、加熱開始後、約2分後に参考品3の膨化が起こり、その後、膨化したまま焼成が進み加熱に伴って黒に近い褐色へと変化した。また、加熱条件によっては数分間、膨化した状態で焼成が進んだ後、収縮し、その後、褐色の薄い飴のような板状の焼成物となった。得られた焼成物をミルで粉砕し、粉末とした(本発明品1〜3)。
【0069】
【表2】
【0070】
比較例1(各種焙煎度のコーヒー豆の熱水抽出乾燥粉末)
コーヒー生豆(インドネシア産ロブスタ種)を焙煎し(プロバット社製サンプルロースター使用/都市ガス)、L値40、L値30、L値27.5、L値25、L値22.5、L値20、L値17.5およびL値16.5の焙煎コーヒー豆を調製した。
上記のコーヒー生豆および各焙煎コーヒー豆を、コーヒーミルにて粉砕し、粉砕物200gをカラムに充填し(カラム内径7cm、長さ25cm)、95℃に加温した軟水を流速500ml/hrでカラム上部から下部へ送り込み、抽出液約2100g(所要時間約3時間)を得た。得られた各抽出液は20℃に冷却後、ケイソウ土50gをプレコートしたNo.26(210mm)濾紙を装着したヌッチェにて吸引濾過し、濾液を得、次いで、ロータリーエバポレーターを用いてBx70°まで減圧濃縮し、濃縮液(コーヒー豆抽出液)を真空乾燥し、表3に示す未焙煎(生)または焙煎度(L値)のコーヒー豆(生または焙煎)の濃縮乾燥抽出物(水分約3%)を得た(比較品1〜9)。
【0071】
【表3】
【0072】
(本発明品の分析)
以下に示した分析方法により、参考品3および本発明品1〜3について、カフェイン、クロロゲン酸類(3−カフェオイルキナ酸、5−カフェオイルキナ酸、4−カフェオイルキナ酸、3−フェルロイルキナ酸、5−フェルロイルキナ酸、4−フェルロイルキナ酸、3,4−ジカフェオイルキナ酸、3,5−ジカフェオイルキナ酸、4,5−ジカフェオイルキナ酸)、クロロゲン酸ラクトン類(3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン(混合物)、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン)の含有量を測定した。分析結果を表4に示す。
【0073】
【表4】
【0074】
表4に示した通り、参考品3の生コーヒー豆抽出乾燥粉末(クロロゲン酸類を精製したタイプ)には、クロロゲン酸類が約56%、カフェインが約14%含まれているが、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンは0.17%と非常に少なく、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンは、0.002%であり微量しか含まれていなかった。
【0075】
カフェインの含有量については生コーヒー豆からの抽出物である参考品3を200℃以上で加熱した本発明品1〜3においても、14〜15%の範囲内であり、参考品3と比べてほとんど変化せず、カフェインは加熱に対し安定であることが示された。
【0076】
一方、クロロゲン酸類は本発明品1〜3の脱水および加熱条件の強度が増すにつれ減少していき、250℃、5分の加熱(本発明品3)では20.43%まで減少した。クロロゲン酸類のうち、最も多量に含まれている5−カフェオイルキナ酸の含有量は、いずれの加熱品(本発明品1〜3)においてもクロロゲン酸類全体の約35%程度であり、クロロゲン酸類の含有量を表す指標となると考えられた。
【0077】
それに対し、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンおよび3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンは、加熱温度230℃のときに最も増加し(本発明品2)、本発明品1〜3において、加熱処理物中の3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンの含有量は2.37〜3.93%、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンは0.26〜0.55%であった。
【0078】
コーヒーの主要な成分であるクロロゲン酸類の含有量に対する前記クロロゲン酸ラクトン類の含有量の質量比は、切れの良い苦味成分としてのクロロゲン酸ラクトン類の寄与の程度に大きく関与すると考えられるが、クロロゲン酸類全体のうち、最も含有量が多く、一定量含まれている5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、前記クロロゲン酸ラクトン類の含有量の質量比により、クロロゲン酸ラクトンの切れの良い苦味に対する寄与の程度が判断できると考えられた。そこで、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンおよび3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンそれぞれの含有量の質量比を算出した。その結果、本発明品1〜3において、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は、0.13〜0.37、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は0.025〜0.039であった。
【0079】
[クロロゲン酸類、カフェインおよびクロロゲン酸ラクトン類の分析]
前述した、クロロゲン酸類(3−カフェオイルキナ酸、5−カフェオイルキナ酸、4−カフェオイルキナ酸、3−フェルロイルキナ酸、5−フェルロイルキナ酸、4−フェルロイルキナ酸、3,4−ジカフェオイルキナ酸、3,5−ジカフェオイルキナ酸、4,5−ジカフェオイルキナ酸)、カフェインおよびクロロゲン酸ラクトン類(3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン)の分析方法は、以下の通りである。
(1)クロロゲン酸類の定量方法
5−カフェオイルキナ酸を標準物質とし、以下の操作条件により高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって得られた、分析試料のクロマトグラムのピークを、それぞれの保持時間を基に9種類のクロロゲン酸類に帰属させ、ピーク面積値からクロロゲン酸類の濃度(質量%)を求めた。
装置 :Waters HPLC system
カラム:Waters Symetry C18、5μm、4.6×250mm
検出機:Waters 2487 dual λ absorbance detector
溶離液A:10mMクエン酸(80V/V%)/メタノール(20V/V%)
溶離液B:メタノール
濃度勾配条件
時間 溶離液A 溶離液B
0.0分 100% 0%
19.0分 100% 0%
25.0分 80% 20%
35.0分 80% 20%
50.0分 60% 40%
60.0分 60% 40%
61.0分 100% 0%
70.0分 100% 0%
流速:1.0ml/min
カラムオーブン設定温度:30℃
検出:紫外吸収(吸光度の測定):325nm
分析試料注入量:10μl
分析試料の調製:試料(コーヒー抽出物粉末の場合)約0.02gを精秤後、溶離液Aにて10mLにメスアップし、メンブレンフィルター(GLクロマトディスク25A,孔径0.45μm,ジーエルサイエンス(株))にて濾過後、分析に供した。
クロロゲン酸類(9種のクロロゲン酸類)の保持時間:3−カフェオイルキナ酸(7.9分)、5−カフェオイルキナ酸(15.9分)、4−カフェオイルキナ酸(18.7分)、3−フェルロイルキナ酸(15.5分)、5−フェルロイルキナ酸(30.8分)、4−フェルロイルキナ酸(31.2分)、3,4−ジカフェオイルキナ酸(41.6分)、3,5−ジカフェオイルキナ酸(43.0分)、4,5−ジカフェオイルキナ酸(49.3分)
(2)カフェインの定量方法
カフェインの定量分析は、クロロゲン酸類と同時に行った。すなわち、前記クロロゲン酸類の定量条件にて、紫外吸収(吸光度の測定):270nm 、カフェインを標準物質とした以外はクロロゲン酸類の場合と同様の方法で、同時に実施した。
カフェインの保持時間:18.2分
(3)クロロゲン酸ラクトン類の確認および定量方法
クロロゲン酸ラクトン類の定量分析は、クロロゲン酸類と同時に行った。すなわち、前記クロロゲン酸類の定量条件にてクロロゲン酸類の場合と同様の方法で、同時に実施した。またクロロゲン酸ラクトン類の確認は以下の条件にてLC−MS/MSにより行った。
3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン:m/z=337を用いて、スキャンおよびシングルイオン観測モードで実施し、標準品との比較により確認した。
3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン:m/z=497→335および497→161の質量遷移反応を用いて、多反応観測モードで実施し、標準品との比較により確認した。
クロロゲン酸ラクトン類の保持時間:3−モノカフェオイルキナ酸ラクトン(29.6分)、4−モノカフェオイルキナ酸ラクトン(31.7分)、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン(55.4分)。ただし、前述の通り、3−カフェオイルキナ酸ラクトンはアルコールや水といったプロトン溶媒中では、容易にアシル基の転移反応が起こり、4−カフェオイルキナ酸ラクトンを生成するため、両者を一括して3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン(混合物)とした。
【0080】
(比較品の分析)
前記分析方法に基づき、比較品1〜9について、カフェイン、クロロゲン酸類(前記の9種)、クロロゲン酸ラクトン類(3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン(混合物)、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン)の含有量を測定した。分析結果を表5に示す。
【0081】
【表5】
【0082】
表5に示した通り、未焙煎(生)のコーヒー豆の水抽出物(比較品1)では、クロロゲン酸類が約38%含まれているが、クロロゲン酸ラクトン類はほとんど含まれていなかった。一方、比較品2〜9では、コーヒー豆の焙煎強度が進むにつれ、特に、L値25以下になるとクロロゲン酸類は20%未満に減少し、L値20以下では10%未満となり、さらに16.5では1.97%と非常に少ない量しか残存しなかった。
【0083】
コーヒー豆の焙煎強度が低いもの(生からL値25程度までの間)では焙煎強度が進むにつれてクロロゲン酸ラクトン類が生成または増加する傾向がみられるが、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンはL値27.5で、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンではL値40で、最も含有量が多かった。しかしながら、いずれのクロロゲン酸ラクトン類も、さらに焙煎が深くなると、減少する傾向が見られた。比較品1〜9において、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンの含有量は0.12(生)〜2.23(L値27.5)%、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンでは0.000(生およびL値16.5)〜0.023(L値40)%であった。
【0084】
前述の通り、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、クロロゲン酸ラクトン類の含有量の質量比により、クロロゲン酸ラクトン類の切れの良い苦味への寄与の程度が判断できると考えられるが、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、クロロゲン酸ラクトン類の含有量の質量比については、比較品1〜9において、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は、0.01〜0.79であり、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は0〜0.0023であった。
【0085】
生コーヒー豆の抽出乾燥粉末を脱水加熱処理した場合(実施例1:本発明品1〜3)とあらかじめコーヒー豆自体を焙煎してから抽出し、その後、脱水加熱処理を施さない場合(比較例1:比較品1〜9)を比較すると、生コーヒー豆抽出乾燥粉末を脱水加熱処理した場合では、実施例1の条件の範囲内では、クロロゲン酸類はほとんど減少しないが(本発明品3以外では参考品3のクロロゲン酸類含有量の約2/3以上は残存)、クロロゲン酸ラクトン類は多量に生成する。そのうち特に、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンが多量に生成することが認められる(表4参照)。
【0086】
それに対し、コーヒー豆そのものを焙煎してから抽出し、その後、脱水加熱処理を施さない場合(比較例1:比較品1〜9)は、浅い焙煎(L値で25以上)ではクロロゲン酸類はあまり減少せず、クロロゲン酸ラクトン類、特に、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンはやや多く生成するが、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンはあまり生成しない。さらに焙煎を深め、焙煎がL値で25以下になると、クロロゲン酸類は大幅に減少し(L値20〜25では生豆の1/2〜1/4)、それと同時に、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンと3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンのいずれも大幅に減少していく。さらに焙煎が深まると(L値17.5および16.5)、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンの含有量の質量比は高い値となるが、抽出物中の3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンの含有量(絶対量)自体が生コーヒー豆抽出乾燥粉末の加熱処理物の量よりもより少なくなってしまう。
【0087】
一方、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、3,4−ジカフェオイルクロロゲン酸ラクトンの含有量の質量比は、コーヒー豆を焙煎した場合では、0.0023が最大(L値30)であり(比較品3)、生コーヒー豆抽出乾燥粉末を脱水加熱処理した場合の最小値である0.025(本発明品1)の約1/11の小さな値にすぎなかった。
【0088】
以上より、生コーヒー豆の抽出乾燥粉末を脱水加熱処理した場合(実施例1:本発明品1〜3)は、生コーヒー豆又はあらかじめコーヒー豆自体を焙煎してから抽出し、その後、脱水加熱処理を施さない場合(比較例1:比較品1〜9)と比べ、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンの生成量が多く、また、5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンの含有量の質量比が高いことが認められた。
【0089】
3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンが、コーヒーのすっきりとした苦みに大きく寄与することは、前述の通り参考例3により確認されており、本発明品1〜3では、5−カフェオイルキナ酸含有量に対する、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン含有量の質量比(3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸)を、クロロゲン酸ラクトン類由来のすっきりとした苦味を付与する能力の指標とすることができると考えられた。
【0090】
[官能評価]飲料への添加
参考例4と同様に、市販のペットボトル入りブラックコーヒー飲料に、参考品3、本発明品1〜3または比較品1〜9をそれぞれ0.01質量%(100ppm)添加して溶解し、溶解後直ちに、よく訓練された5名のパネリストにより官能評価を行った。評価基準は、無添加品(コントロール)を基準(0点)とした場合に、苦味の強さ、苦味の切れ、雑味の少なさ、コーヒーのコクおよびレギュラーコーヒー感について、極めて良い:10点、非常によい:8点、良い:6点、やや良い:4点、わずかに良い:2点、極めて悪い:−10点、非常に悪い:−8点、悪い:−6点、やや悪い:−4点、わずかに悪い:−2点、として官能評価を行った。その平均点を表6に示す。
【0091】
【表6】
【0092】
表6に示した通り、コーヒー豆を焙煎してから抽出物を得た後、脱水加熱処理を施していない比較品1〜9を添加したコーヒー飲料では、苦味は強くなるものの、苦味の切れとレギュラーコーヒー感はむしろ低減し、コクは増加するものの、雑味も同時に増加する傾向が見られた。この傾向はコーヒー豆の焙煎が深くなるにつれて、顕著に表れた。それに対し、生コーヒー豆抽出物を脱水加熱した本発明品1〜3を添加したコーヒー飲料は、苦味が増強されるとともに、苦味の切れ、雑味が低減し、コーヒーのコクが増し、レギュラーコーヒー感が増加した。
【0093】
脱水加熱温度と官能評価の関係は、200〜250℃の間では、苦味の切れ、雑味の少なさ、コーヒーのコクおよびレギュラーコーヒー感は230℃が最も良好であった。それに対し、苦味の強さは250℃が最も強かった。一般的に、コーヒーの苦味強度自体は、焙煎が進むにつれ増加することが知られているが、これは、ビニルカテコールオリゴマーなどのクロロゲン酸ラクトン類以外の苦味成分の増加に起因すると考えられており、生コーヒー豆抽出物を脱水加熱した本発明品1〜3の場合も、250℃の脱水加熱温度では、ビニルカテコールオリゴマーなどのクロロゲン酸ラクトン類以外の苦味成分の増加により苦味の強さが強まったと考えられる。
【0094】
3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は、前述の通り切れの良い苦味に大きく寄与すると考えられるが、コーヒー豆を焙煎してから抽出物を得た後、脱水加熱処理を施していない比較品1〜9では0.0023未満であるのに対し、生コーヒー豆抽出物を脱水加熱した本発明品1〜3では、0.0247よりも大きな値となっており、両者は10倍以上の差が見られた。
【0095】
本発明品1〜3を添加したコーヒー飲料の風味の傾向は、クロロゲン酸ラクトン類、特に、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンを添加した時の風味変化と類似しており(参考例1、表1参照)、前述の通り3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸の値は本発明の苦味付与効果の指標となると考えられ、表6の結果からも、0.020以上、好ましくは0.030以上、より好ましくは0.035以上、と高くなるにつれ、より大きな本発明の苦味付与効果が得られていることが認められる。
【0096】
また、コーヒー豆の焙煎やコーヒー豆抽出物の加熱処理では、焙煎や加熱が進むにつれ、コーヒー豆中のクロロゲン酸類(前記の9種類)の含有量は減少する傾向があるが、その結果、抽出物中の、コーヒー豆由来の可性固形分量に対するクロロゲン酸類総量の質量比も低減していく。コーヒー豆由来の可性固形分量に対するクロロゲン酸類総量の質量比はクロロゲン酸類が加熱により過度に分解・減少していないことの指標になると考えられるが、比較品7〜9ではこの質量比は0.1未満となっている。焙煎や加熱が進むと、クロロゲン酸類の分解に伴い、一旦生成したクロロゲン酸ラクトン類も減少してしまうと考えられる。したがって、この質量比の値はある程度高いことが必要であると考えられ、その範囲としては表6に示した結果から、通常は0.1〜0.8、好ましくは0.2〜0.7、より好ましくは0.3〜0.6の範囲内と考えられた。
【0097】
実施例2
比較例1で使用した、比較品1〜4をそれぞれ10gステンレス製トレイに載せ、過熱水蒸気調理器(シャープ社製、ヘルシオ(登録商標)AX−GX2)のウォーターオーブン機能を用いて、230℃、4分間脱水加熱処理を行い、褐色の焼成物を得た。このとき、脱水加熱処理開始後、約2分後に比較品1〜4の膨化が起こり、その後、膨化したまま焼成が進み加熱に伴って黒に近い褐色へと変化した。得られた焼成物をミルで粉砕し、粉末とした(本発明品4〜7)。
本発明品4〜7について、前記と同様の方法にてクロロゲン酸類、カフェインおよびクロロゲン酸ラクトン類の分析を行った。結果を表7に示す。
【0098】
【表7】
【0099】
表7に示した通り、脱水加熱処理していないコーヒー豆の抽出物(抽出物の脱水加熱処理なし、比較品1〜4)では、生コーヒー豆抽出物において、クロロゲン酸類が約38%含まれており、L値40の焙煎ではほとんど減少しないが、L値が30、27.5と焙煎が進むにつれ徐々に減少することが認められた。
一方、比較品1〜4において、クロロゲン酸ラクトン類のうち、3(および4)−カフェオイルキナ酸ラクトンは、生コーヒー豆抽出物(比較品1)ではほとんど含まれていないが、L値27.5までの焙煎において、焙煎が進むにつれ増加することが認められた。それに対し、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンは、生コーヒー豆抽出物(比較品1)ではほとんど含まれていないが、L値40の焙煎において最も多く(比較品2)、その後、焙煎が進むにつれ減少することが認められた。
前述の通り、クロロゲン酸ラクトン類のうち、特に、すっきりとした苦味に寄与する成分は3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンであること、および、飲料用のコーヒー豆の焙煎度として、いわゆる「飲み頃」といわれる焙煎度が、L値25以下であることを勘案すると、L値25以下に深く焙煎した焙煎豆は、すっきりとした苦味、すなわち、3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンを多く含むという観点からは、必ずしも有利ではないと考えられた。
【0100】
一方、比較品1〜4を230℃、4分間、脱水加熱処理した本発明品4〜7について考察すると、生コーヒー豆抽出物の脱水加熱処理物(本発明品4)ではクロロゲン酸類が約30%含まれているが、コーヒー豆の焙煎が深くなるにつれて(L値が30、27.5と低い値となるにつれて)徐々に減少した。それに対し、クロロゲン酸ラクトン類は抽出物の脱水加熱処理により増加し、生またはL値40の焙煎豆を使用した本発明品4および本発明品5において特に多く含まれていた。しかしながら、コーヒー豆の焙煎が深いもの(L値30、27.5)を加熱処理してもクロロゲン酸ラクトン類の量はそれほど増加しなかった。これは、コーヒー豆自体の焙煎により、すでにクロロゲン酸類が減少しており、クロロゲン酸ラクトン類を生成させる潜在能力が低下してしまうためと考えられた。
【0101】
この結果から、本発明において、使用するコーヒー抽出液の原料となるコーヒー豆は、コーヒー生豆またはL値25程度以上の焙煎コーヒー豆が好ましいと考えられた。コーヒー生豆のL値がほぼ60であることから、本発明に使用する焙煎(または未焙煎)コーヒー豆のL値としては、25〜60、好ましくはL値40〜55、より好ましくはL値45〜50と考えられた。
【0102】
[官能評価]インスタントコーヒーへの添加実験
市販のインスタントコーヒー(焙煎コーヒー豆エキス100%、スプレードライ品)に、比較品1〜4または本発明品4〜7をそれぞれ10ppm添加して良く粉体混合した。
それぞれのインスタントコーヒーを1質量%水に溶解し、直ちに、よく訓練された5名のパネリストにより官能評価を行った。評価基準は、無添加品(コントロール)を基準(0点)とした場合に、苦味の強さ、苦味の切れ、雑味の少なさ、コーヒーのコクおよびレギュラーコーヒー感について、極めて良い:10点、非常によい:8点、良い:6点、やや良い:4点、わずかに良い:2点、極めて悪い:−10点、非常に悪い:−8点、悪い:−6点、やや悪い:−4点、わずかに悪い:−2点、として官能評価を行った。その平均点を表8に示す。
【0103】
【表8】
【0104】
表8に示した通り、焙煎コーヒー豆の抽出物を加熱処理していないもの(比較品1〜4)を添加したインスタントコーヒーでは、焙煎度合いにかかわらず、風味への影響はほとんどなかった。それに対し、それぞれの比較品のコーヒー豆抽出物を加熱した本発明品4〜7を添加したコーヒー飲料は、苦味が増強されるとともに、苦味の切れ、雑味が低減し、さらにコーヒーのコクやレギュラーコーヒー感が増し、非常においしくなる効果が認められた。
本発明品4〜7は5−カフェオイルキナ酸の含有量に対する3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトンの含有量(3,4−ジカフェオイルキナ酸ラクトン/5−カフェオイルキナ酸)の質量比が比較品1〜4と比べて、いずれも極めて大きな値を示しており、この値はすっきりとした苦味の指標になると考えられ、このことに起因して、苦味が増強されるとともに、苦味の切れ、雑味が低減し、さらにコーヒーのコクやレギュラーコーヒー感が増し、非常においしくなっていると考えられた。
図1
図2