特許第6381111号(P6381111)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6381111抗腫瘍水溶液および抗癌剤とそれらの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6381111
(24)【登録日】2018年8月10日
(45)【発行日】2018年8月29日
(54)【発明の名称】抗腫瘍水溶液および抗癌剤とそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/42 20060101AFI20180820BHJP
   A61K 33/10 20060101ALI20180820BHJP
   A61K 31/198 20060101ALI20180820BHJP
   A61K 31/4172 20060101ALI20180820BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20180820BHJP
   A61K 41/00 20060101ALI20180820BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20180820BHJP
   H05H 1/24 20060101ALI20180820BHJP
【FI】
   A61K33/42
   A61K33/10
   A61K31/198
   A61K31/4172
   A61K9/08
   A61K41/00
   A61P35/00
   H05H1/24
【請求項の数】6
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2014-122088(P2014-122088)
(22)【出願日】2014年6月13日
(65)【公開番号】特開2016-3184(P2016-3184A)
(43)【公開日】2016年1月12日
【審査請求日】2017年5月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100087723
【弁理士】
【氏名又は名称】藤谷 修
(74)【代理人】
【識別番号】100165962
【弁理士】
【氏名又は名称】一色 昭則
(72)【発明者】
【氏名】堀 勝
(72)【発明者】
【氏名】水野 正明
(72)【発明者】
【氏名】吉川 史隆
(72)【発明者】
【氏名】梶山 広明
(72)【発明者】
【氏名】内海 史
(72)【発明者】
【氏名】中村 香江
(72)【発明者】
【氏名】石川 健治
(72)【発明者】
【氏名】竹田 圭吾
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏昌
(72)【発明者】
【氏名】加納 浩之
【審査官】 今村 明子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/128905(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/161327(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00− 9/72
A61K 31/00−31/80
A61K 33/00−33/44
A61K 47/00−47/69
A61K 41/00
A61P 1/00−43/00
H05H 1/00− 1/54
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌細胞を選択的に死滅させる抗腫瘍水溶液の製造方法において、
リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)とのうちの少なくとも1種類を含む培養液を第1の水溶液として準備する水溶液準備工程と、
プラズマ発生装置によりプラズマ発生領域に発生させた大気圧プラズマを前記第1の水溶液に照射して第2の水溶液とするプラズマ照射工程と、
前記第2の水溶液を冷凍する冷凍工程と、
を有すること
を特徴とする抗腫瘍水溶液の製造方法。
【請求項2】
癌細胞を選択的に死滅させる抗腫瘍水溶液の製造方法において、
リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)とのうちの少なくとも1種類を含む溶質を水に添加した第1の水溶液を準備する水溶液準備工程と、
プラズマ発生装置によりプラズマ発生領域に発生させた大気圧プラズマを前記第1の水溶液に照射して第2の水溶液とするプラズマ照射工程と、
前記第2の水溶液に培養液を添加する培養液添加工程と、
前記培養液を添加済みの前記第2の水溶液を冷凍する冷凍工程と、
を有すること
を特徴とする抗腫瘍水溶液の製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の抗腫瘍水溶液の製造方法において、
前記冷凍工程では、
前記第2の水溶液を−196℃以上0℃以下の範囲内で冷凍すること
を特徴とする抗腫瘍水溶液の製造方法。
【請求項4】
癌細胞を選択的に死滅させる抗癌剤の製造方法において、
リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)とのうちの少なくとも1種類を含む培養液を第1の水溶液として準備する水溶液準備工程と、
プラズマ発生装置によりプラズマ発生領域に発生させた大気圧プラズマを前記第1の水溶液に照射して第2の水溶液とするプラズマ照射工程と、
前記第2の水溶液を冷凍する冷凍工程と、
を有すること
を特徴とする抗癌剤の製造方法。
【請求項5】
癌細胞を選択的に死滅させる抗癌剤の製造方法において、
リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)とのうちの少なくとも1種類を含む溶質を水に添加した第1の水溶液を準備する水溶液準備工程と、
プラズマ発生装置によりプラズマ発生領域に発生させた大気圧プラズマを前記第1の水溶液に照射して第2の水溶液とするプラズマ照射工程と、
前記第2の水溶液に培養液を添加する培養液添加工程と、
前記培養液を添加済みの前記第2の水溶液を冷凍する冷凍工程と、
を有すること
を特徴とする抗癌剤の製造方法。
【請求項6】
請求項4または請求項5に記載の抗癌剤の製造方法において、
前記冷凍工程では、
前記第2の水溶液を−196℃以上0℃以下の範囲内で冷凍すること
を特徴とする抗癌剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書の技術分野は、抗腫瘍水溶液および抗癌剤とそれらの製造方法に関する。さらに詳細には、癌細胞を死滅させることのできる抗腫瘍水溶液および抗癌剤とそれらの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
プラズマ技術は、電気、化学、材料の各分野に応用されている。そして、近年においては、医療への応用が活発に研究されるようになってきた。プラズマの内部では、電子やイオン等の荷電粒子の他に、紫外線やラジカルが発生する。これらには、生体組織の殺菌をはじめとして、生体組織に対する種々の効果があることが分かってきている。
【0003】
例えば、特許文献1には、プラズマの照射により、血液凝固(特許文献1の実施例4、段落[0063]−[0068]参照)と、組織滅菌(特許文献1の実施例5、段落[0069]−[0074]参照)と、リーシュマニア症(特許文献1の実施例6、段落[0075]−[0077]参照)といった、効果があることが記載されている。そして、メラノーマ細胞(悪性黒色腫細胞)を死滅させる効果があると記載されている(特許文献1の実施例7、段落[0078]参照)。
【0004】
また、特許文献2には、pHが4.8以下となるように調整された液体にプラズマを照射することにより、液体中の菌を殺菌する技術が開示されている(特許文献2の段落[0020]等参照)。また、スーパーオキシドアニオンラジカルやヒドロペルオキシラジカル等が殺菌効果を担っている可能性がある旨が記載されている(特許文献2の段落[0090]−[0099]等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2008−539007号公報
【特許文献2】国際公開第2009/041049号
【特許文献3】国際公開第2013/128905号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、このような癌の治療においては一般に、1)癌細胞を死滅させるとともに、2)正常細胞に影響を与えないように、癌細胞を選択的に死滅させることが好ましい。たとえ、癌細胞を死滅させることができたとしても、そのために多数の正常細胞を死滅させると、患者に加わる肉体的負担が大きいからである。そのため、このように癌細胞を選択的に死滅させる治療技術が望まれている。しかし、癌細胞を選択的に死滅させることは容易ではない。特許文献1では、正常細胞への影響の程度が明らかではない。
【0007】
そのため特許文献3に記載されているように、本発明者らは、癌細胞を選択的に死滅させる抗腫瘍水溶液に関する技術を研究開発した(特許文献3の段落[0085]−[0087]および図16等参照)。この抗腫瘍水溶液は、癌細胞を選択的に死滅させることができる。また、この抗腫瘍水溶液は、培養した細胞のみならずマウスに対しても抗腫瘍効果を発揮した(特許文献3の段落[0145]−[0152]および図45、46等参照)。しかし、その抗腫瘍水溶液の抗腫瘍効果は、18時間未満であった(特許文献3の段落[0088]−[0091]および図17参照)。抗腫瘍水溶液を癌治療に用いるには、プラズマ発生装置の設置個所から離れた場所でも使用できるように、抗腫瘍水溶液の抗腫瘍効果がより長く持続することが好ましい。
【0008】
本明細書の技術は、前述した従来の技術が有する問題点を解決するためになされたものである。すなわちその課題とするところは、正常細胞にほとんど影響を与えることなく癌細胞を死滅させることのできる抗腫瘍効果が長時間にわたって持続する抗腫瘍水溶液および抗癌剤とそれらの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1の態様における抗腫瘍水溶液の製造方法は、癌細胞を選択的に死滅させる抗腫瘍水溶液の製造方法である。この抗腫瘍水溶液の製造方法は、リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)とのうちの少なくとも1種類を含む培養液を第1の水溶液として準備する水溶液準備工程と、プラズマ発生装置によりプラズマ発生領域に発生させた大気圧プラズマを第1の水溶液に照射して第2の水溶液とするプラズマ照射工程と、第2の水溶液を冷凍する冷凍工程と、を有する。
【0010】
この製造方法により製造された抗腫瘍水溶液は、癌細胞を死滅させるとともに、正常細胞をほとんど死滅させることがない。つまり、癌細胞を選択的に死滅させることができる。したがって、この抗腫瘍水溶液を直接癌細胞に接触させる方法や、患者に抗腫瘍水溶液を内服させる方法や、患者を開腹等して癌の発生している臓器の周囲を抗腫瘍水溶液で満たすもしくは洗う方法を用いることにより、ヒトの癌を治療することができる。この製造方法で製造された抗腫瘍水溶液は、長時間にわたって抗腫瘍効果が持続する。抗腫瘍効果は、プラズマ発生装置から照射されるイオンやラジカルそのものではなく、抗腫瘍水溶液の内部で何らかの抗腫瘍物質が生成されると考えられる。また、その抗腫瘍物質が冷凍により長時間にわたって化学構造を破壊されることなく、抗腫瘍水溶液中の他の化学種と反応してしまうこともないことを示している。
【0011】
第2の態様における抗腫瘍水溶液の製造方法は、癌細胞を選択的に死滅させる抗腫瘍水溶液の製造方法である。この抗腫瘍水溶液の製造方法は、リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)とのうちの少なくとも1種類を含む溶質を水に添加した第1の水溶液を準備する水溶液準備工程と、プラズマ発生装置によりプラズマ発生領域に発生させた大気圧プラズマを第1の水溶液に照射して第2の水溶液とするプラズマ照射工程と、第2の水溶液に培養液を添加する培養液添加工程と、培養液を添加済みの第2の水溶液を冷凍する冷凍工程と、を有する。
【0012】
の態様における抗腫瘍水溶液の製造方法においては、冷凍工程では、第2の水溶液を−196℃以上0℃以下の範囲内で冷凍する。
【0013】
の態様における抗癌剤の製造方法は、癌細胞を選択的に死滅させる抗癌剤の製造方法である。この抗癌剤の製造方法は、リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)とのうちの少なくとも1種類を含む培養液を第1の水溶液として準備する水溶液準備工程と、プラズマ発生装置によりプラズマ発生領域に発生させた大気圧プラズマを第1の水溶液に照射して第2の水溶液とするプラズマ照射工程と、第2の水溶液を冷凍する冷凍工程と、を有する。
【0014】
の態様における抗癌剤の製造方法は、癌細胞を選択的に死滅させる抗癌剤の製造方法である。この抗癌剤の製造方法は、リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)とのうちの少なくとも1種類を含む溶質を水に添加した第1の水溶液を準備する水溶液準備工程と、プラズマ発生装置によりプラズマ発生領域に発生させた大気圧プラズマを第1の水溶液に照射して第2の水溶液とするプラズマ照射工程と、第2の水溶液に培養液を添加する培養液添加工程と、培養液を添加済みの第2の水溶液を冷凍する冷凍工程と、を有する。
【0015】
の態様における抗癌剤の製造方法において、冷凍工程では、第2の水溶液を−196℃以上0℃以下の範囲内で冷凍する。
【発明の効果】
【0016】
本明細書では、正常細胞にほとんど影響を与えることなく癌細胞を死滅させることのできる抗腫瘍効果が長時間にわたって持続する抗腫瘍水溶液および抗癌剤とそれらの製造方法が提供されている。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】プラズマ照射装置のガス噴出口を走査するロボットアームの構成を説明するための概念図である。
図2図2.Aは第1のプラズマ照射装置の構成を示す断面図であり、図2.Bは電極の形状を示す図である。
図3図3.Aは第2のプラズマ照射装置の構成を示す断面図であり、図3.Bはプラズマ領域の長手方向に垂直な断面における部分断面図である。
図4】実験Aにおいて抗腫瘍水溶液における製造時からの時間と抗腫瘍効果との関係を示すグラフである。
図5】実験Bにおいて抗腫瘍水溶液の効果を癌細胞と正常細胞とで比較したグラフである。
図6】実験Bにおいて癌細胞培養地を抗腫瘍水溶液に浸した場合の結果を示す顕微鏡写真である。
図7】実験Cにおいて抗腫瘍水溶液の抗腫瘍効果の持続時間を示すグラフである。
図8】実験Dにおいて培養液にプラズマを照射した抗腫瘍水溶液における抗腫瘍効果を調べた結果を示すグラフである。
図9】実験Dにおいてリン酸水素二ナトリウム水溶液にプラズマ照射した後で培養液を添加した抗腫瘍水溶液における抗腫瘍効果を調べた結果を示すグラフである。
図10】実験Dにおいて炭酸水素ナトリウム水溶液にプラズマ照射した後で培養液を添加した抗腫瘍水溶液における抗腫瘍効果を調べた結果を示すグラフである。
図11】実験DにおいてL−グルタミン水溶液にプラズマ照射した後で培養液を添加した抗腫瘍水溶液における抗腫瘍効果を調べた結果を示すグラフである。
図12】実験DにおいてL−ヒスチジン水溶液にプラズマ照射した後で培養液を添加した抗腫瘍水溶液における抗腫瘍効果を調べた結果を示すグラフである。
図13】実験DにおいてL−チロシン二ナトリウム二水和物水溶液にプラズマ照射した後で培養液を添加した抗腫瘍水溶液における抗腫瘍効果を調べた結果を示すグラフである。
図14】実験Dにおいて種々の単一成分水溶液にプラズマ照射した後で培養液を添加した抗腫瘍水溶液における抗腫瘍効果を調べた結果を示すグラフである。
図15】実験Eにおいて卵巣癌細胞を投与したヌードマウスに抗腫瘍水溶液もしくは通常の培養液を投与した場合を比較する写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、具体的な実施形態について、抗腫瘍水溶液および抗癌剤とこれらの製造方法を例に挙げて図を参照しつつ説明する。
【0019】
1.抗腫瘍水溶液製造装置
1−1.抗腫瘍水溶液製造装置の構成
本実施形態の抗腫瘍水溶液製造装置PMは、図1に示すように、プラズマ照射部P1と、アームロボットM1とを有している。プラズマ照射装置P1は、プラズマを発生させるとともに、そのプラズマを溶液に向けて照射するためのものである。プラズマ照射装置P1には、後述するように、2種類の方式(第1のプラズマ照射装置100および第2のプラズマ照射装置200)がある。そして、いずれの方式を用いてもよい。
【0020】
アームロボットM1は、図1に示すように、プラズマ照射装置P1の位置をx軸、y軸、z軸方向のそれぞれの方向に移動させることができるようになっている。なお、説明の便宜上、プラズマを照射する向きを−z軸方向としている。これにより、溶液の液面と、プラズマ照射部P1との間の距離を調整することができる。また、この抗腫瘍水溶液製造装置PMは、予めプラズマ照射時間を設定することにより、その時間だけプラズマを照射することができるものである。
【0021】
1−2.第1のプラズマ照射装置
図2.Aはプラズマ照射装置100の概略構成を示す断面図である。ここで、プラズマ照射装置100は、プラズマを点状に噴出する第1のプラズマ照射装置である。図2.Bは、図2.Aのプラズマ照射装置100の電極2a、2bの形状の詳細を示す図である。
【0022】
プラズマ照射装置100は、筐体部10と、電極2a、2bと、電圧印加部3と、を有している。筐体部10は、アルミナ(Al2 3 )を原料とする焼結体から成るものである。そして、筐体部10の形状は、筒形状である。筐体部10の内径は2〜3mmである。筐体部10の厚みは0.2〜0.3mmである。筐体部10の長さは25cmである。筐体部10の両端には、ガス導入口10iと、ガス噴出口10oとが形成されている。ガス導入口10iは、プラズマを発生させるためのガスを導入するためのものである。ガス噴出口10oは、プラズマを筐体部10の外部に照射するための照射部である。なお、ガスの移動する向きは、図中の矢印の向きである。
【0023】
電極2a、2bは、対向して配置されている対抗電極対である。電極2a、2bの対抗面方向の長さは、筐体部10の内径より小さい。例えば1mm程度である。電極2a、2bには、図2.Bに示すように、対向面のそれぞれに凹部(ホロー)Hが多数形成されている。そのため、電極2a、2bの対抗面は、微細な凹凸形状となっている。なお、この凹部Hの深さは、0.5mm程度である。
【0024】
電極2aは、筐体部10の内部であってガス導入口10iの近傍に配置されている。電極2bは、筐体部10の内部であってガス噴出口10oの近傍に配置されている。そのため、プラズマ照射装置100では、電極2aの対抗面の反対側からガスを導入するとともに、電極2bの対抗面の反対側にガスを噴出するようになっている。そして、電極2a、2b間の距離は、24cmである。電極2a、2b間の距離は、これより小さい距離であってもよい。
【0025】
電圧印加部3は、電極2a、2b間に交流電圧を印加するためのものである。電圧印加部3は、商用交流電圧である、60Hz、100Vを用いて9kVに昇圧するとともに、電極2a、2b間に電圧を印加する。
【0026】
ガス導入口10iからアルゴンを導入するとともに、電圧印加部3により、電極2a、2b間に電圧を印加すると、筐体部10の内部にプラズマが発生する。図2.Aの斜線で示すように、プラズマが発生する領域をプラズマ発生領域Pとする。プラズマ発生領域Pは、筐体部10に覆われている。
【0027】
1−3.第2のプラズマ照射装置
図3.Aはプラズマ照射装置110の概略構成を示す断面図である。ここで、プラズマ照射装置110は、プラズマを線状に噴出する第2のプラズマ照射装置である。図3.Bは、図3.Aのプラズマ照射装置110のプラズマ領域Pの長手方向に垂直な断面における部分断面図である。
【0028】
プラズマ照射装置110は、筐体部11と、電極2a、2bと、電圧印加部3と、を有している。筐体部11は、アルミナ(Al2 3 )を原料とする焼結体から成るものである。筐体部11の両端には、ガス導入口11iと、多数のガス噴出口11oとが形成されている。ガス導入口11iは、図3.Aの左右方向を長手方向とするスリット形状をしている。ガス導入口11iからプラズマ領域Pの直上までのスリット幅(図3.Bの左右方向の幅)は1mmである。
【0029】
ガス噴出口11oは、プラズマを筐体部11の外部に照射するための照射部である。ガス噴出口11oは、円筒形状もしくはスリット形状である。円筒形状の場合のガス噴出口11oは、プラズマ領域の長手方向に沿って一直線状に形成されている。ガス噴出口11oの内径は1〜2mmの範囲内である。また、スリット形状の場合には、ガス噴出口11oのスリット幅を1mm以下とすることが好ましい。これにより、安定したプラズマが形成される。ガス導入口11iは、電極2aと電極2bとを結ぶ線と交差する向きにガスを導入するようになっている。
【0030】
電極2a、2bおよび電圧印加部3については、図1に示したプラズマ照射装置100と同じものである。そして、同様に、商用交流電圧を用いて、電極2a、2b間に電圧を印加する。これにより、プラズマを一直線状に噴出することができる。
【0031】
また、この一直線状にプラズマを噴出するプラズマ照射装置110を図3.Bの左右方向に列状に並べて配置すれば、プラズマをある長方形の領域にわたって平面的に噴出することができる。
【0032】
2.プラズマ照射装置により発生されるプラズマ
プラズマ照射装置100、110により発生されるプラズマは、非平衡大気圧プラズマである。ここで、大気圧プラズマとは、0.5気圧以上2.0気圧以下の範囲内の圧力であるプラズマをいう。
【0033】
本実施の形態では、プラズマ発生ガスとして、主にArガスを用いる。プラズマ照射装置100、110により発生されるプラズマの内部では、もちろん、電子と、Arイオンとが生成されている。そして、Arイオンは、紫外線を発生する。また、このプラズマは大気中に放出されているため、酸素ラジカルや窒素ラジカル等を発生させる。
【0034】
このプラズマのプラズマ密度は、1×1014cm-3以上1×1017cm-3以下の範囲内である。なお、誘電体バリア放電により発生されるプラズマにおけるプラズマ密度は、1×1011cm-3〜1×1013cm-3程度である。したがって、プラズマ照射装置100、110により発生されるプラズマのプラズマ密度は、誘電体バリア放電により発生されるプラズマのプラズマ密度に比べて、3桁程度大きい。したがって、このプラズマの内部では、より多くのArイオンが生成する。そのため、ラジカルや、紫外線の発生量も多い。なお、このプラズマ密度は、プラズマ内部の電子密度にほぼ等しい。
【0035】
そして、このプラズマ発生時におけるプラズマ温度は、およそ1000K〜2500Kの範囲内である。また、このプラズマにおける電子温度は、ガスの温度に比べて大きい。しかも、電子の密度が1×1014cm-3以上1×1017cm-3以下の範囲内の程度であるにもかかわらず、ガスの温度はおよそ1000K〜2500Kである。このプラズマの温度は、プラズマの発生しているプラズマ領域Pでの温度である。したがって、プラズマの条件や、ガス噴出口から癌細胞までの距離を異なる条件とすることにより、癌細胞の位置でのプラズマ温度を室温程度とすることができる。そのため、このプラズマを癌細胞および正常細胞に照射した場合に、これらの細胞に熱による損傷を与えるおそれはほとんどない。
【0036】
また、酸素ラジカル密度は、2×1014cm-3以上1.6×1015cm-3以下の範囲内である。アルゴンガスに対して混入する酸素ガスの量を調整することにより、この酸素ラジカル密度を調整することができる。
【0037】
3.抗腫瘍水溶液
本実施形態の抗腫瘍水溶液は、原材料である第1の水溶液に大気圧プラズマを照射して第2の水溶液とし、第2の水溶液を冷凍したものである。第1の水溶液の溶媒は、水系溶媒である。第1の水溶液の溶質として、リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)とのうちの少なくとも1種類を含む溶質を用いればよい。または、第1の水溶液として、培養液を用いることもできる。培養液として、例えば、DMEMが挙げられる。そして、DMEMには、グルコース等の糖が含まれている。ここで、培養成分とは、細胞等を培養するための培養液に含まれる成分である。例えば、後述する表3(DMEM成分)に記載されているものである。
【0038】
4.抗腫瘍水溶液の製造方法
本実施形態の抗腫瘍水溶液の製造方法には、2種類の方法がある。よって、それぞれの方法について説明する。
【0039】
4−1.抗腫瘍水溶液の製造方法(第1の方法)
4−1−1.水溶液準備工程(第1の方法)
第1の方法について説明する。まず、第1の水溶液を準備する。第1の水溶液とは、プラズマを照射する前の水溶液のことをいう。この第1の方法では、第1の水溶液として、培養液を準備する。つまり、水にこれらの培養成分を添加した培養液を準備する。この段階における培養液のpHは、ほぼ7である。例えば、5.5以上8.5以下の範囲内である。なお、培養成分については、後述する(表3参照)。
【0040】
4−1−2.プラズマ照射工程(第1の方法)
次に、抗腫瘍水溶液製造装置PMによりプラズマ発生領域に発生させた大気圧プラズマを第1の水溶液(培養液)に照射する。プラズマを照射する際における液面とプラズマ噴出口との間の距離は、例えば、1cmである。また、この距離は、0.5cm以上3cm以下の範囲内で変えてもよい。このプラズマのプラズマ密度は、1×1014cm-3以上1×1017cm-3以下の範囲内である。そして、このプラズマにおけるプラズマ温度は、およそ1000K〜2500Kの範囲内である。ただし、このプラズマ温度は、液面では、室温程度(300K程度)まで下げることもできる。また、酸素ラジカル密度は、2×1014cm-3以上1.6×1015cm-3以下の範囲内である。これらのプラズマ条件を表1に示す。これらの条件は、あくまで一例である。
【0041】
[表1]
条件 数値範囲
液面−噴出口距離 0.5cm以上 3cm以下
プラズマ密度 1×1014cm-3以上 1×1017cm-3以下
プラズマ温度 1000K以上 2500K以下
酸素ラジカル密度 2×1014cm-3以上 1.6×1015cm-3以下
【0042】
なお、後述する実験のところで説明するように、抗腫瘍効果を有する抗腫瘍水溶液を製造するためには、プラズマ密度時間積を、次の条件を満たすようにする。
1.2×1018sec・cm-3以上
ここで、プラズマ密度時間積とは、プラズマ発生領域におけるプラズマ密度と、大気圧プラズマをこの水溶液に照射した時間(照射時間)との積である。
【0043】
このように、第1の水溶液(培養液)にプラズマを照射することにより、第1の水溶液(培養液)を第2の水溶液(培養液)にする。プラズマ照射前の第1の水溶液(培養液)のpHは、7に近い。例えば、5.5以上8.5以下の範囲内である。一般に、培養液は、pHを7付近に保持しようとする物質を含んでいる。例えば、炭酸水素イオンである。そのため、プラズマを照射する前後で、この水溶液のpHはほとんど変化しない。プラズマ照射後の第2の水溶液(培養液)のpHは、7に近い。例えば、5.5以上8.5以下の範囲内である。
【0044】
4−1−3.冷凍工程(第1の方法)
次に、第2の水溶液(培養液)を冷凍する。そのために、第2の水溶液(培養液)を−196℃以上0℃以下で冷凍する。具体的には、冷凍庫に保存する。冷凍庫として、生物実験用冷蔵庫(例えば、日本フリーザー株式会社製のバイオフリーザーGS−5203KHC)を用いることができる。この冷凍庫で冷凍した第2の水溶液(培養液)の温度は、−28℃以上−14℃以下の範囲内である。また、第2の水溶液(培養液)の温度は、この範囲に限らない。通常の冷凍温度であればよい。例えば、−196℃以上0℃以下の範囲内である。好ましくは、−196℃以上−10°以下である。より好ましくは、−150℃以上−20℃以下である。さらに好ましくは、−80℃以上―30℃以下である。このように、冷凍工程では、第2の水溶液(培養液)を冷凍することにより、冷凍状態の第3の水溶液(培養液)を作製する。
【0045】
4−2.抗腫瘍水溶液の製造方法(第2の方法)
4−2−1.水溶液準備工程(第2の方法)
第2の方法について説明する。まず、第1の水溶液を準備する。第1の水溶液とは、プラズマを照射する前の水溶液のことをいう。この第2の方法では、第1の水溶液として、次の水溶液を準備する。ここでは、リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)とのうちの少なくとも1種類を含む溶質を水に添加した第1の水溶液を準備する。
【0046】
4−2−2.プラズマ照射工程(第2の方法)
次に、抗腫瘍水溶液製造装置PMによりプラズマ発生領域に発生させた大気圧プラズマを第1の水溶液に照射する。プラズマを照射する際の種々の条件は、第1の方法と同様である。このように、第1の水溶液にプラズマを照射することにより、第2の水溶液が作製される。
【0047】
4−2−3.培養成分添加工程(第2の方法)
次に、第2の水溶液に、培養成分(例えば、後述する表3のDMEM成分)を添加する。便宜上、この第2の水溶液に培養成分を添加した水溶液についても、同様に、第2の水溶液ということとする。
【0048】
4−2−4.冷凍工程(第2の方法)
次に、第2の水溶液を冷凍する。そのために、第2の水溶液を−196℃以上0℃以下で冷凍する。好ましくは、−196℃以上−10°以下である。より好ましくは、−150℃以上−20℃以下である。さらに好ましくは、−80℃以上―30℃以下である。このように、冷凍することは、第1の方法の場合と同様である。これにより、冷凍状態の第3の水溶液が得られる。
【0049】
5.冷凍した抗腫瘍水溶液における抗腫瘍効果の持続時間
5−1.第2の水溶液(冷凍前)の抗腫瘍効果
第2の水溶液(冷凍前)の抗腫瘍効果について説明する。この項目で説明する第2の水溶液とは、第1の方法における第2の水溶液と、培養成分を添加後の第2の方法における第2の水溶液を指している。冷凍前の抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)は、後述するように、抗腫瘍効果を奏する。そして、第2の水溶液における抗腫瘍効果の持続時間は、8時間以上18時間未満であった。
【0050】
5−2.第3の水溶液(冷凍後)の抗腫瘍効果
一方、本実施形態の製造方法で製造された抗腫瘍水溶液、すなわち冷凍状態の第3の水溶液では、抗腫瘍効果を保持し続ける。実際、後述するように、冷凍保冷期間が28日以上の抗腫瘍水溶液は、解凍後に抗腫瘍効果を発揮した。つまり、抗腫瘍水溶液は、長期間にわたって冷凍保存することができる。そして、この抗腫瘍水溶液の冷凍および解凍によって、抗腫瘍効果が失われることはほとんどない。詳細については、後述する。
【0051】
5−3.第2の水溶液(冷凍前)の抗腫瘍効果についての考察
冷凍前の抗腫瘍水溶液は、何らかの抗腫瘍物質を含んでいると考えられる。この抗腫瘍物質は、特許文献2で挙げられているような、ヒドロキシラジカル、スーパーオキシドアニオンラジカル、ヒドロペルオキシラジカル等のラジカルではないと考えられる。その理由として、(1)殺菌効果と抗腫瘍効果とは効果そのものが異なること、(2)効果の持続時間が異なること、(3)効果とpH依存性との関連性が異なっていること、の3つが挙げられる。
【0052】
まず、一つ目の殺菌効果と抗腫瘍効果との違いは言うまでもない。また、本実施形態の抗腫瘍水溶液は、選択性を有している。この抗腫瘍水溶液は、正常細胞にはほとんど影響はないが、癌細胞を選択的に死滅させる。これは、全ての細胞に対して過酷な生存環境をもたらすのではなく、癌細胞という標的に絞って選択的に死滅させることを意味している。
【0053】
次に、持続時間について説明する。特許文献2では、例えば、スーパーオキシドアニオンラジカルは、水中でも数秒間存在できるとの記載がある。また、比較的寿命が長いとの記載もある(特許文献2の段落[0090]−[0093]等参照)。それに対して、第2の水溶液(冷凍前)は、少なくとも8時間以上抗腫瘍効果が持続する。
【0054】
次に、効果とpH依存性について説明する。特許文献2に記載のラジカルは、pHの低い酸性条件下では十分な殺菌効果をもたらすが、中性に近い条件下ではほとんど殺菌効果をもたらさない(特許文献2の段落[0084]−[0089]および図8図11参照)。また、pHが低いほど、ヒドロペルオキシラジカルが増加する旨が記載されている(特許文献2の段落[0093])。これに対して本実施形態の抗腫瘍水溶液は、中性条件下で抗腫瘍効果を奏する。
【0055】
以上のことから、この抗腫瘍水溶液は、抗腫瘍物質を含んでいると考えられる。
【0056】
5−4.第3の水溶液(冷凍後)の抗腫瘍効果についての考察
冷凍状態の抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)では、この抗腫瘍物質が化学構造を破壊されることなく存在していると考えられる。また、冷凍状態下における抗腫瘍物質は、抗腫瘍水溶液中の他の化学種と反応して抗腫瘍物質が消失するおそれもないことを示唆している。冷凍状態では、化学反応がほとんど進まないと考えられる。さらに、この抗腫瘍物質は、冷凍による水の相転移(固化)によっても壊れることがない。
【0057】
したがって、この抗腫瘍水溶液については、その抗腫瘍効果を保持したまま保管することができる。もちろん、冷凍状態で輸送することもできる。そして、冷凍状態で保管してある抗腫瘍水溶液については、使用する直前に解凍すれば、必要な際にいつでも使用することができる。
【0058】
6.抗腫瘍水溶液を用いた癌の治療
6−1.抗腫瘍水溶液の性質および用途(抗癌剤)
この抗腫瘍水溶液は、癌細胞を選択的に死滅させる抗腫瘍効果を有する。つまり、この抗腫瘍水溶液について、抗癌作用を有する抗癌剤として用いることができる。この抗癌作用は、冷凍保存を行うことにより、長時間持続する。そして、本実施形態の抗腫瘍水溶液は、後述するように、正常細胞にはほとんどダメージを与えない。
【0059】
7.実験A(抗腫瘍水溶液における抗腫瘍効果の持続時間)
本実験は、冷凍状態の抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)における製造時からの経過時間と抗腫瘍効果との関係について行った実験である。
【0060】
7−1.用いた癌細胞
本実験では、癌細胞としてグリオーマを用いた。グリオーマは、神経膠細胞(グリア細胞)に発生する神経膠腫である。すなわち、脳腫瘍の一種である。グリオーマとして、具体的には、表2に示すものを用いた。つまり、U251SPである。表2には、この後に説明する実験で用いた細胞についても記載されている。
【0061】
[表2]
細胞名 状態 種類 耐性
U251SP 癌細胞 グリオーマ −
RI−371 正常細胞 アストロサイト −
SKOV3 癌細胞 卵巣癌細胞 −
NOS2TR 癌細胞 卵巣癌細胞 パクリタキセル耐性
【0062】
7−2.実験方法
7−2−1.癌細胞の培養
上記の癌細胞を、プレートに培養して癌細胞培養地を作成した。プレートは、プラスチック製の容器である。そして、プレートの内部には、培養液を入れた。その培養液は、DMEMと血清(FBS)と抗生物質(ペニシリン・ストレプトマイシン)とを混合した溶液である。DMEMの成分を、表3に示す。
【0063】
[表3]
塩化カルシウム
硝酸第二鉄・9H2
硫酸マグネシウム(無水)
塩化カリウム
炭酸水素ナトリウム
塩化ナトリウム
リン酸−ナトリウム(無水)
L−アルギニン・HCl
L−シスチン・2HCl
L−グルタミン
グリシン
L−ヒスチジン・HCl・H2
L−イソロイシン
L−ロイシン
L−リジン・HCl
L−メチオニン
L−フェニルアラニン
L−セリン
L−スレオニン
L−トリプトファン
L−チロシン・2Na・2H2
L−バリン
塩化コリン
葉酸
myo−イノシトール
ナイアシンアミド
D−パントテン酸
ピリドキシン・HCl
リボフラビン
チアミン・HCl
D−グルコース
フェノールレッド・Na
【0064】
7−2−2.抗腫瘍水溶液の作製
癌細胞培養地を用意するのとは別に、抗腫瘍水溶液を作製した。本実験では、第1の方法を用いた。本実験では、6個の穴が設けられたプレートを用いた。この穴は、非貫通孔である。そのため、穴の内部に溶液を入れることができるようになっている。まず、このプレートの穴に3mLの培養液を入れる。ここで用いた培養液は、前述したDMEMと血清(FBS)と抗生物質(ペニシリン・ストレプトマイシン)とを混合した溶液である。DMEMの成分は、表3のとおりである。
【0065】
次に、抗腫瘍水溶液製造装置PMを用いて、プラズマを培養液に照射する。その際、プラズマ発生領域を培養液に接触させない位置に培養液の液面を配置した状態で大気圧プラズマを水溶液に照射した。そして、抗腫瘍水溶液製造装置PMの対向電極を培養液の外部であって培養液の液面を挟まない位置に対向して配置した。その状態で、大気圧プラズマを水溶液に照射した。このように、プラズマ発生領域は、培養液に接触していないが、プラズマ中で生成される種々のラジカルが培養液に照射される。プラズマがプレートにおける培養液の上方の大気を押し出すようにする。そのため、プラズマ照射時間中には、培養液は大気に触れることがほとんどない。これにより、第2の水溶液が作製された。
【0066】
そのプラズマの条件を、表4に示す。プラズマを発生させるためのガスとしてアルゴンガスのみを用いた。ガスの流量は、2.0slmであった。また、プラズマ噴出口と液面との間の距離は、13mmであった。そして、プラズマ照射時間は、5分であった。また、プラズマ発生領域におけるプラズマ密度は、2×1016cm-3であった。
【0067】
[表4]
ガスの流量 2.0slm
プラズマ噴出口と液面との間の距離 13mm
プラズマ照射時間 5分
プラズマ密度(発生時) 2×1016cm-3
【0068】
次に、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)を冷凍庫で凍らせた。用いた冷凍庫は、日本フリーザー株式会社製のバイオフリーザーGS−5203KHCであった。この冷凍庫の温度については、−28℃以上−14℃以下の範囲内で調整可能である。そして、この冷凍庫の内部で−20℃の温度で抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)を凍らせた。そして、一定時間凍らせた状態を保持した。そして、冷凍時間の異なる培養液(第3の水溶液)を作製した。なお、培養液(第1の水溶液)にプラズマを照射してから、その培養液(第2の水溶液)を冷凍庫に入れるまでの時間は、2〜3分程度である。そして、培養液(第3の水溶液)を常温に放置することにより解凍した。培養液(第3の水溶液)の容積は、0.2mLである。そのため、この解凍に要する時間は非常に短い。
【0069】
7−2−3.癌細胞培養地への抗腫瘍水溶液の供給
次に、解凍した抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)を癌細胞培養地に供給する。具体的には、癌細胞培養地から培養液を除去し、抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)を癌細胞培養地に入れる。その際の抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)の供給量は、0.2mLである。そして、培養液を抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)に交換してから予め定めた時間が経過した後に、培養液を再び交換する。ここで癌細胞培養地に再び供給する培養液は、通常の培養液である。
【0070】
このように、癌細胞の生存率を調べた。そして、抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)を癌細胞培養地に供給してから16時間経過後に、癌細胞の生存率を調べた。その際に、顕微鏡観察により、生存している癌細胞の数をカウントした。
【0071】
7−3.実験結果
実験結果を図4に示す。図4の横軸は、培養液にプラズマを照射した時点からの経過時間である。図4の縦軸は、抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)等を供給した場合の細胞の生存率である。図4における各癌細胞(U251SP)の縦軸の数値は、癌細胞の生存率を示している。この数値が「1」の場合には、癌細胞が生きていることを示している。「0」の場合には、癌細胞が全て死滅していることを示している。例えば、0.6の場合には、抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)を供給する前に比べて60%程度の数の癌細胞が生きていることを示している。
【0072】
図4に示すように、プラズマを照射した直後、プラズマを照射してから1日経過後、3日経過後、7日経過後、14日経過後、21日経過後、28日経過後において、癌細胞の生存率は、ほぼゼロである。つまり、プラズマを照射してから少なくとも28日以内においては、抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)は、抗腫瘍効果を奏する。
【0073】
図4において、「未照射」とは、プラズマを照射しなかった培養液における癌細胞の生存率を示す。この「未照射」の場合は、比較例である。
【0074】
このように、抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)には、抗腫瘍効果がある。つまり、抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)は、抗腫瘍効果のある抗癌剤である。
【0075】
8.実験B(癌細胞への影響と正常細胞への影響との比較)
8−1.用いた癌細胞および正常細胞
本実験では、冷凍していない抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)について、抗腫瘍効果の選択性を調べた。癌細胞として、表2に示したU251SP(グリオーマ)を用いた。一方、正常細胞として、表2に示したRI−371(アストロサイト)を用いた。抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)の癌細胞への影響と正常細胞への影響とを比較するためである。
【0076】
8−2.実験方法
癌細胞培養地および正常細胞培養地に抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)を供給した。その方法は、前述の実験Aと同様である。また、本実験では、いずれの培養地においても細胞の数を10000個とした。そして、これらの培養地を抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)に浸した。
【0077】
8−3.実験結果
その実験結果を、図5に示す。図5に示すように、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)に浸した癌細胞(グリオーマ:U251SP)は死滅している。一方、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)に浸した正常細胞(アストロサイト:RI−371)はほとんど死滅していない。そして、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)に浸した正常細胞の数は、通常の培養液に浸した正常細胞の数とほとんど同じである。これは、癌細胞を死滅させるとともに、正常細胞を死滅させることがほとんどないことを示している。このように、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)を用いることで、癌細胞のみを選択的に死滅させることが可能である。つまり、脳腫瘍癌を治療することができる。
【0078】
8−4.アポトーシスの誘導
図6は、第2の水溶液を投下後の癌細胞を示す顕微鏡写真である。癌細胞は、U251SPである。図6は、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)による浸漬を行った場合の顕微鏡写真である。ここで、各図におけるバーは、100μmの長さを示している。図6の矢印の箇所に、死滅した癌細胞を示す。図6に示すように、球形に収縮したアポトーシス小胞が見られる。すなわち、これらの細胞は、アポトーシスの誘導により死滅した細胞である。
【0079】
9.実験C(抗腫瘍効果の持続時間)
ここで、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)の抗腫瘍効果の持続時間について行った実験について説明する。
【0080】
9−1.用いた癌細胞
本実験では、癌細胞として、表2に示したU251SP(グリオーマ)を用いた。
【0081】
9−2.実験方法
実験Aで説明したように、癌細胞培養地を抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)に浸した。その場合に、プラズマの照射からの経過時間を変えた抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)を用意して、それぞれの場合について抗腫瘍効果を調べた。用意した抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)は、プラズマを1分照射してから、それぞれ0時間、1時間、8時間、18時間経過したものである。
【0082】
9−3.実験結果
その実験結果を、図7に示す。図7に示すように、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)の抗腫瘍効果は、プラズマ照射直後から少なくとも8時間以上持続する。そして、18時間を経過する前に、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)の抗腫瘍効果は消失する。すなわち、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)の抗腫瘍効果は、プラズマ照射開始以後プラズマ照射開始から18時間未満の経過時間だけ持続する。つまり、冷凍状態で保管しない場合には、抗腫瘍効果は18時間未満の経過時間で失われる。
【0083】
10.実験D(第2の方法)
本実験では、表3に示されてる多数の培養成分のうち、いずれかの単一成分を含有する単一成分水溶液を第1の水溶液とした。
【0084】
10−1.用いた細胞
本実験では、癌細胞として、表2に示すように、SKOV3(卵巣癌細胞)を用いた。
【0085】
10−2.抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)の作製
リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)と、その他の培養成分について、単一成分水溶液を作製し、それを1時間放置した。このように作製された第1の水溶液にプラズマを照射した後、培養液を添加して第2の水溶液とする。
【0086】
10−3.実験結果
実験結果を図8から図14に示す。これらの図に示すように、リン酸水素二ナトリウム(Na2 HPO4 )と、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3 )と、L−グルタミン(L−Glutamine)と、L−ヒスチジン(L−Histidine)と、L−チロシン二ナトリウム二水和物(L−Tyrosine・2Na・2H2 O)と、を含有する単一成分水溶液を第1の水溶液とした場合には、その第2の水溶液は、抗腫瘍効果を発揮した。
【0087】
10−4.実験の考察
以上説明したように、5種類の単一成分水溶液にプラズマを照射した後に培養液を加えた溶液で、抗腫瘍効果が確認された。つまり、必ずしも1種類の成分から抗腫瘍物質が生成されているわけではない。また、アミノ酸および無機塩のいずれもが、抗腫瘍物質の原材料となりうる。すなわち、これら5種類の物質がプラズマから供給される何らかのラジカル等と反応して、多段階反応の後、抗腫瘍物質が生成されると考えられる。
【0088】
11.実験E(動物実験:抗癌剤耐性)
11−1.用いたマウス
本実験では、メスのヌードマウスを用いた動物実験を行った。ヌードマウスの両脇腹皮下に卵巣癌細胞を播種した。用いた卵巣癌細胞は、表2のNOS2TRである。そして、1箇所当たり2000個の卵巣癌細胞を投与するとともに同量のマトリゲルを投与した。
【0089】
11−2.実験方法
マウスに卵巣癌細胞を播種した翌日から、1週間当たり3回だけ抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)を局所的に投与した。プラズマの照射時間を10分とした。そして、卵巣癌細胞を播種した1箇所当たり0.2mlを局所的に注入した。また、比較対象とするマウスには、プラズマを照射していない単なる培養液を注入した。
【0090】
11−3.実験結果
図15は、NOS2TRを播種したマウスの4週目の様子を示す写真である。図15の左側に、通常の培養液を投与したマウスを示す。図15の右側に、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)を投与したマウスを示す。通常の培養液を投与したマウスでは、腫瘍による膨らみが見られるが、抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)を投与したマウスでは、腫瘍による膨らみはほとんど見られない。
【0091】
以上説明したように、実験Aについては、冷凍した抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)を用いた。実験B−Eについては、冷凍していない抗腫瘍水溶液(第2の水溶液)を用いた。しかし、冷凍した抗腫瘍水溶液(第3の水溶液)についても、実験B−Eで調べた効果を奏するものと考えられる。
【0092】
12.抗腫瘍水溶液のpH
また、抗腫瘍水溶液のpHについて調べた。ここでは、第1の方法の抗腫瘍水溶液(培養液)を用いた。培養液の培養成分は、表3のDMEMである。第1の水溶液(培養液)のpHは7.8であった。また、プラズマを5分照射した後の第2の水溶液(培養液)のpHは8.0であった。比較として、蒸留水のpHを調べた。蒸留水のpHは、7.6であった。プラズマを5分照射した後の蒸留水のpHは、3.9であった。抗腫瘍水溶液は、プラズマの照射前後でほぼ中性である。蒸留水は、プラズマを照射することにより、酸性になる。
【0093】
13.本実施形態のまとめ
以上詳細に説明したように、本実施形態に係る抗腫瘍水溶液は、培養液にプラズマを照射したものである。もしくは、特定の培養成分を溶質とする水溶液にプラズマを照射し、その後に培養成分を添加したものである。そして、これらの水溶液を冷凍したものである。この抗腫瘍水溶液は、抗腫瘍効果を有している。冷凍することにより、抗腫瘍効果の持続効果は長くなる。さらには、癌細胞を死滅させるとともに、正常細胞を死滅させることがほとんどないという効能を有している。つまり、癌細胞を選択的に死滅させることができる。
【0094】
本実施形態の抗腫瘍水溶液は、癌細胞のみについてアポトーシスを誘導して、腫瘍を縮小させることができる抗癌剤である。また、この抗癌剤は選択性を有しているので、副作用をほとんど起こさないことが期待される。
【符号の説明】
【0095】
100、110…プラズマ照射装置
10、11…筐体部
10i、11i…ガス導入口
10o、11o…ガス噴出口
2a、2b…電極
P…プラズマ領域
H…凹部(ホロー)
P1…プラズマ照射装置
M1…ロボットアーム
PM…抗腫瘍水溶液製造装置
図1
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