特許第6381284号(P6381284)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6381284記憶障害の予防及び/又は治療のための組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6381284
(24)【登録日】2018年8月10日
(45)【発行日】2018年8月29日
(54)【発明の名称】記憶障害の予防及び/又は治療のための組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/18 20060101AFI20180820BHJP
   A61K 31/7048 20060101ALI20180820BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20180820BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20180820BHJP
【FI】
   A61K36/18
   A61K31/7048
   A61P25/28
   A23L33/105
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-102633(P2014-102633)
(22)【出願日】2014年5月16日
(65)【公開番号】特開2015-218134(P2015-218134A)
(43)【公開日】2015年12月7日
【審査請求日】2017年4月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】302019245
【氏名又は名称】タカラバイオ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(72)【発明者】
【氏名】大野木 宏
(72)【発明者】
【氏名】東田 千尋
【審査官】 金子 亜希
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−037822(JP,A)
【文献】 Am J Chin Med,2011年,39(3),551-563
【文献】 ジオスゲニン含有山芋抽出物,2013年 3月29日,URL,http://www.medicinealpha.com/recommend/diosgenin
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/18
A61K 31/7048
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヤムイモを、ペクチナーゼ、キシラナーゼ、アミラーゼ、セルラーゼグルカナーゼプロテアーゼ及びリパーゼを含有する酵素組成物により処理して得られる、ジオスゲニン配糖体を主成分とする水不溶性の酵素処理物を有効成分として含有する記憶障害の予防及び/又は治療のための組成物。
【請求項2】
経口摂取用の、請求項1記載の組成物。
【請求項3】
アルツハイマー病に起因する記憶障害の予防及び/又は治療のための、請求項1記載の組成物。
【請求項4】
記憶障害のヒト又は動物に対する経口投与用組成物の製造における、
ヤムイモを、ペクチナーゼ、キシラナーゼ、アミラーゼ、セルラーゼグルカナーゼプロテアーゼ及びリパーゼを含有する酵素組成物により処理して得られる、ジオスゲニン配糖体を主成分とする水不溶性の酵素処理物の使用。
【請求項5】
記憶障害の予防及び/又は治療が必要な愛玩動物又は産業動物に、
ヤムイモを、ペクチナーゼ、キシラナーゼ、アミラーゼ、セルラーゼグルカナーゼプロテアーゼ及びリパーゼを含有する酵素組成物により処理して得られる、ジオスゲニン配糖体を主成分とする水不溶性の酵素処理物を経口投与することを特徴とする愛玩動物又は産業動物における記憶障害抑制方法。
【請求項6】
記憶障害の予防及び/又は治療のための、請求項1記載の組成物を含有する食品。
【請求項7】
記憶障害の予防及び/又は治療のための、請求項1記載の組成物を含有する経口投与用予防剤又は治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヤムイモ酵素処理物の医薬、機能性食品等の用途に関する。
【背景技術】
【0002】
ヤムイモの一種である、トゲドコロ(学名:Dioscorea esculenta)は、クーガイモとも呼ばれ、主に九州以南で栽培されている。最近、トゲドコロには抗疲労作用、持久力増強作用、滋養強壮作用、及び筋肉増強作用が認められることが明らかになっている(特許文献1)。また、トゲドコロは、ヤムイモの中でも特にジオスゲニン配糖体含量が高い種であることが知られており、この点に着目した健康志向食品の開発も行われている(特許文献2)。さらに、近年トゲドコロ根茎の酵素処理物を含む組成物が抗疲労、持久力増強、滋養強壮並びに体内脂肪低減に有効であることが明らかになっている(特許文献3)。
【0003】
アルツハイマー病とは発育障害、巣症状、下肢の強直拘攣、てんかん様発作などの臨床を伴い、老人性プラーク、アルツハイマー原線維変化などの病理学的所見を見る疾患であり、老人性痴呆の一病型である。近年の高齢化社会で増加の傾向が見られ、重大な社会的関心が払われているが、これといった症状の改善法、治療法が見つかっていない。また、若年性アルツハイマー病についても症状の改善法、治療法が見つかっていない。当該アルツハイマー病は、アセチルコリン作動性神経(アセチルコリンを産生し、放出する神経)の変性や脱落が原因の1つと考えられており、アセチルコリン作動性神経を変性や脱落から保護すること、アセチルコリン作動性神経を活性化しアセチルコリンの放出を促進すること、アセチルコリンの分解を阻害することなども症状改善方法の1つとして考えられている。
【0004】
近年、ジオスゲニン(アグリコン)の腹腔内投与により、アルツハイマー病モデルマウスの記憶障害が軽減されることが報告されている(非特許文献1、2)。当該報告においては、ジオスゲニン投与群では、モデルマウスの大脳皮質、海馬におけるアミロイド沈着が低減され、線維化したtauタンパク質量の減少も見られた。このことからジオスゲニンの標的は、1,25D3−MARRSと考えられた。しかしながら当該報告では、ジオスゲニンの経口投与での効果発現は課題とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2008/123417号パンフレット
【特許文献2】特開2007−274985号公報
【特許文献3】特開2011−37822号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】サイエンティフィック リポーツ(Scientific Reports)、第2巻、第535号(2012年)
【非特許文献2】サイエンティフィック リポーツ(Scientific Reports)、第3巻、第3395号(2013年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、記憶障害が軽減される、経口投与において十分な効果を示すジオスゲニン含有組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の発明は、ヤムイモ酵素処理物を有効成分として含有する記憶障害の予防及び/又は治療のための組成物に関する。本発明の第1の発明の組成物は、ヤムイモを糖質加水分解酵素を含有する酵素剤及び/又は糖質加水分解酵素を産生する微生物で処理して得られる酵素処理物を含有する組成物でもよく、ヤムイモを糖質加水分解酵素を含有する酵素剤及び/又は糖質加水分解酵素を産生する微生物で処理した後、水溶性の物質を除去して得られる水不溶性の酵素処理物を有効成分として含有する組成物であってもよい。また、本発明の第1の発明の組成物は、経口摂取用の組成物であってもよい。さらに、本発明の第1の発明の組成物は、アルツハイマー病に起因する記憶障害の予防及び/又は治療のための組成物であってもよい。
【0009】
本発明の第2の発明は、記憶障害のヒト又は動物に対する経口投与用組成物の製造におけるヤムイモ酵素処理物の使用に関する。
【0010】
本発明の第3の発明は、記憶障害の予防及び/又は治療が必要なヒトにヤムイモ酵素処理物を経口投与することを特徴とするヒトにおける記憶障害抑制方法に関する。
【0011】
本発明の第4の発明は、記憶障害の予防及び/又は治療のための、本発明の第1の発明の組成物を含有する食品に関する。
【0012】
本発明の第5の発明は、記憶障害の予防及び/又は治療のための、本発明の第1の発明の組成物を含有する経口投与用予防剤又は治療剤に関する。
【0013】
本発明において、ヤムイモの酵素処理物としては、トゲドコロ酵素処理物が好適である。
【発明の効果】
【0014】
本願の発明者らは、ヤムイモ、例えばトゲドコロ根茎を糖質加水分解活性を有する酵素剤及び/又は糖質加水分解酵素を産生する微生物により処理した水難溶の酵素処理物を有効成分として含有する組成物が記憶障害の症状を改善する効果を有することを初めて見出した。さらに、この酵素処理物は、単にジオスゲニン配糖体を同量含有するエキスよりも前記効果が高いことを見出し、本発明を完成させた。本発明により、ヤムイモ酵素処理物を有効成分として含有する、記憶障害の予防あるいは治療のための組成物が提供される。本発明の組成物は、経口摂取可能な組成物であることから、記憶障害の予防あるいは治療において非常に有用である。また、本発明の組成物は、食品、飼料、医薬品などの形態にできるため、経口投与用として提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例2において、本発明の組成物による記憶障害抑制効果を示す図である。
図2】実施例3において、本発明の組成物による記憶障害改善効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(1)本発明の酵素処理物とその製造方法
本発明の組成物は、ヤムイモから調製された酵素処理物を含有することを特徴とする。当該酵素処理物(以下、本発明の酵素処理物と記載する)の原料となるヤムイモは、以下に記載する方法で製造された酵素処理物が経口投与により学習・記憶能力の向上作用又は改善作用、記憶障害の予防作用、又は抗記憶障害作用を発現しうるものであれば、その種類は特に限定されない。前記の各生理作用は、例えば後述の実施例2又は実施例3のようなアルツハイマー病モデルマウス5XFADを用いた方法に準じて確認することができる。特に本発明を限定するものではないが、ジオスゲニン含量の高いトゲドコロやイエローギニアヤム、ホワイトギニアヤム、メキシカンヤム、ワイルドヤムが本発明に好適である。
【0017】
本発明の酵素処理物は、当該ヤムイモを糖質加水分解活性を有する酵素剤及び/又は糖質加水分解酵素を産生する微生物により処理して得られる。以下、トゲドコロ根茎を例にして詳細を述べるが、本発明はトゲドコロを原料とするものに限定はされない。例えば、トゲドコロ根茎に糖質加水分解活性を有する酵素剤や麹菌を作用させた場合、ジオスゲニン配糖体は加水分解を受けずにその構造が維持されるが、トゲドコロ根茎の細胞壁等を構成する多糖は加水分解を受け低分子化する。また、麹菌を用いる場合や酵素剤にリパーゼやプロテアーゼが含まれる場合には、更にトゲドコロ根茎に含まれるタンパク質や脂質も分解される。これによって、ジオスゲニン配糖体以外のトゲドコロ根茎の構成成分の多くが水に可溶性となる。ジオスゲニン配糖体は水に難溶性であるため、糖質加水分解活性を有する酵素剤や糖質加水分解酵素を産生する微生物でトゲドコロ根茎を処理して得られる水に難溶性の組成物は、ジオスゲニン配糖体を高濃度で含有する。従って、糖質加水分解活性を有する酵素剤及び/又は糖質加水分解酵素を産生する微生物によりトゲドコロ根茎を処理した後、固液分離で固層を分取することにより、ジオスゲニン配糖体を豊富に含む酵素処理物を採取することができる。
【0018】
本発明の酵素処理物の原料となるトゲドコロ根茎としては、例えば収穫したそのままでもよく、好適には、例えばトゲドコロ根茎の磨砕物、粉砕物、破砕物又はこれらの混合物、更に好適にはこれらの乾燥粉末等の処理物が使用できる。
【0019】
本明細書において、粉砕物、破砕物とは、例えば、植物体を裁断したものや、乾燥させた後に砕いたもののことを指し、一般には粒径の大きいものを破砕物と称し、粒径の小さいものを粉砕物と称す。また、本明細書において、乾燥粉末とは、前記の粉砕物、破砕物よりもさらに粒径が小さな乾燥物を指し、このような乾燥粉末の製造方法としては、例えばトゲドコロ根茎を乾燥させ、粉砕機を使用して粉砕することで粉状のトゲドコロ根茎の乾燥粉砕物を得る方法が挙げられる。
【0020】
トゲドコロ根茎は、そのまま糖質加水分解活性を有する酵素剤による加水分解処理や糖質加水分解酵素を産生する微生物を用いた発酵処理に供してもよく、この方法も本発明に包含されるが、水性液体と混合した後にこれらの処理に供するのが好適である。水性液体としては、水、例えば水道水、脱イオン水、蒸留水等が例示され、水には無機塩(食塩等)や有機塩等が含まれていてもよい。また、所望により、他の成分(糖質加水分解活性を有する酵素剤の活性を増強させる物質や麹菌の生育促進のための栄養源等)が添加された水を使用してもよい。なお、トゲドコロ根茎と水性液体とを混合する場合は、pHをその後の糖加水分解処理や麹菌による発酵処理に適したpHに調整してもよい。このようなpHとしては、本発明に好適であれば特に限定はないが、pH2〜10が好ましく、pH3〜9がより好ましく、pH3.5〜8が更に好ましい。
【0021】
トゲドコロ根茎やトゲドコロ根茎と水性液体との混合物は、糖質加水分解活性を有する酵素剤による加水分解処理や糖質加水分解酵素を産生する微生物を用いた発酵処理を行う前に、殺菌のために加熱処理を施してもよい。当該加熱処理の条件は、その後の酵素剤によるトゲドコロ根茎の加水分解処理及び/又は麹菌によるトゲドコロ根茎の発酵処理に適した条件であればよく、温度条件としては、例えば70℃〜130℃が好ましく、好適には80℃〜120℃、更に好適には90℃〜110℃である。また、特に本発明を限定するものではないが、加熱処理時間としては、5分〜10時間が好ましく、好適には10分〜5時間、更に好適には15分〜1時間である。
【0022】
本明細書において、糖質加水分解活性を有する酵素剤とは、糖質加水分解酵素活性(グリコシド結合を加水分解する活性)を有する酵素を含有する組成物のことを言い、例えば、ペクチナーゼ、キシラナーゼ、ヘミセルラーゼ、マンナナーゼ、アミラーゼ、グルコアミラーゼ、グルカナーゼ、グルコシダーゼ、及びセルラーゼからなる群から選択される少なくとも一種の糖加水分解酵素を含有する酵素組成物が例示される。また、当該酵素剤は、さらにプロテアーゼやリパーゼを含有していてもよい。ここに例示した糖加水分解酵素の由来生物としては、特に本発明を限定するものではないが、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)、アスペルギルス・ウサミイ(Aspergillus usamii)、アスペルギルス・ウサミイ・ミュータント・シロウサミイ(Aspergillus usamii mut. Shiro−usamii)、アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)等の麹菌、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)等のクロカビ、バチルス・サブチリス(Bacillus subtillis)、バチルス・アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)等のグラム陽性菌、並びにリゾプス sp.(Rhizopus sp.)、トリコデルマ・リーセイ(Trichoderma reesei)のような糸状菌が例示される。本発明に使用可能な酵素剤としては、上記生物より公知の方法により調製したものや市販されているものを用いることができる。市販されているものの例としては、スクラーゼ(登録商標、三菱化学フーズ社)、コクラーゼ(登録商標、三菱化学フーズ社)、グルターゼ(エイチビィアイ社)、セルロシン(エイチビィアイ社)、グルク吟(天野エンザイム社)、ユニアーゼ(登録商標、ヤクルト薬品工業社)等の食品加工用の酵素剤が例示される。このうち、果汁清澄用の酵素剤であるスクラーゼ(登録商標)A(三菱化学フーズ社)には、麹菌由来のペクチナーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、リパーゼ及びアミラーゼが含まれる。また、スクラーゼ(登録商標)X(三菱化学フーズ社)には、トリコデルマ属糸状菌由来のキシラナーゼ、セルラーゼ、ペクチナーゼ及びグルカナーゼが含まれる。
【0023】
本発明では糖質加水分解酵素を産生する微生物として、例えば麹菌を使用することができる。本発明の組成物の製造に使用できる麹菌としては、アスペルギルス・アワモリ、アスペルギルス・サイトイ、アスペルギルス・ウサミイ等の黒麹菌、アスペルギルス・カワチ、アスペルギルス・ウサミイイ・ミュータント・シロウサミイ等の白麹菌、並びにアスペルギルス・オリゼー等の黄麹菌及びその白色変異株であるアスペルギルス・ソヤ(Aspergillus sojae)が例示される。これらの麹菌は、ペクチナーゼ、キシラナーゼ、ヘミセルラーゼ、マンナナーゼ、アミラーゼ、グルコアミラーゼ、グルカナーゼ、グルコシダーゼ、セルラーゼ等の酵素を産生する。トゲドコロ根茎の発酵に用いる麹菌としては、特に本発明を限定するものではないが、黒麹菌又は白麹菌が好ましく、好適にはアスペルギルス・カワチ、アスペルギルス・アワモリを用いることができる。
【0024】
本発明の酵素処理物の製造には、糖質加水分解活性を有する酵素剤のみを用いても、糖質加水分解酵素を産生する微生物のみを用いても、または前記の酵素剤を用いた加水分解処理と前記の微生物を用いた発酵処理とを併用してもよい。
【0025】
糖質加水分解活性を有する酵素剤でトゲドコロ根茎を処理する場合、酵素剤の添加量、反応条件等は、ジオスゲニン配糖体を高濃度で含有する組成物が得られる条件であれば特に限定はなく、使用する酵素剤の性質等を考慮して適宜決定することができる。例えば、乾燥重量100kgのトゲドコロ根茎もしくはその処理物から10〜20kgの水不溶性の酵素処理物が得られるような酵素処理条件が本発明には好適である。特に限定はされないが例えば、実施例1記載の方法のように酵素剤としてスクラーゼ(登録商標)Aとスクラーゼ(登録商標)Xを用いる場合、原料のトゲドコロ根茎に対して0.1重量%〜20重量%の酵素剤を用いればよく、室温〜50℃の温度範囲で、1時間〜3日間程度反応すればよい。トゲドコロ根茎の酵素剤による処理の後には、必要に応じて酵素を失活させる処理(加熱処理等)を行ってもよい。
【0026】
麹菌でトゲドコロ根茎を発酵処理する場合、トゲドコロ根茎に麹菌の胞子を直接接種しても、予め準備した固体麹や液体麹(麹菌培養液)をトゲドコロ根茎やトゲドコロ根茎と水性液体との混合物に添加してもよい。固体麹は酒類製造に用いられる公知の方法により製造することができる。固体麹の原料としては米、麦類、芋類、豆類、雑穀類等を使用でき、必ずしもトゲドコロ根茎である必要はない。また、液体麹は、液体培地に麹菌の胞子又は前培養した麹菌の菌糸を接種して培養することにより製造できる。
【0027】
麹菌によるトゲドコロ根茎の発酵処理の条件は、ジオスゲニン配糖体を高濃度で含有する組成物が得られる条件であれば特に限定はないが、温度条件としては5℃〜40℃が好ましく、15℃〜30℃がより好ましい。また、発酵時間も特に限定はないが、1日間〜30日間が好ましく、1日間〜7日間がより好ましい。トゲドコロ根茎の麹菌による発酵処理の後には、必要に応じて滅菌処理を行ってもよい。
【0028】
麹菌による発酵処理と糖質加水分解活性を有する酵素剤による加水分解処理とを併用してトゲドコロ根茎を処理する場合には、どちらの処理を先に行ってもよく、また、麹菌による処理と酵素剤による処理とを同時に行ってもよい。
【0029】
本発明の酵素処理物の製造方法においては、水不溶性画分として回収する工程があってもよい。特に限定はされないが酵素処理後の固液物をそのまま、あるいはさらに加熱処理などの酵素不活化処理後の固液を既存の方法で固液分離し、水不溶性物として回収することができる。既存の方法としては、フィルタープレス濾過、遠心分離などが挙げられる。
【0030】
また、当該酵素処理物を公知の方法にて分画した画分も、学習・記憶能力の向上作用又は改善作用、記憶障害の予防作用、又は抗記憶障害作用を有していれば、本発明の酵素処理物として使用してもよい。なお、好適な態様においては、酵素処理されたヤムイモより得られる水不溶性画分そのものが本発明の酵素処理物として使用される。前記分画の手段としては抽出、分別沈殿、カラムクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー等が挙げられる。また、これらの分画物はそれぞれ単独で、もしくは2種以上混合して使用することができる。また、本発明では同じヤムイモ、例えばトゲドコロから異なった酵素処理条件で得られた処理物をそれぞれ単独で、もしくは2種以上混合して使用することもできる。
【0031】
(2)本発明の組成物
本発明の組成物は、本発明の酵素処理物を含有させた組成物を意味する。前記の酵素処理物を経口摂取可能な公知の成分、例えば賦形剤あるいは担体と混合して、自体公知の方法により製剤化される。賦形剤および担体としては、薬理学的に許容されるものであれば、いずれでもよく、例えば、液状担体として水、アルコール類もしくは大豆油、ピーナッツ油、ゴマ油、ミネラル油などの動植物油または合成油が用いられる。固体担体としては、乳糖、マルトース、スクロース、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチなどの糖類、アミノ酸類、ヒドロキシプロピルセルロースなどのセルロース誘導体、ステアリン酸マグネシウムなどの有機酸塩、デキストラン、デキストラン硫酸、コンドロイチン硫酸、ヘパリン、ゼラチンなどが使用される。これらの固体担体または液状担体を用いて、任意の形状として作製することができる。
本発明の組成物の例としては、当該酵素処理物を組成物の乾燥重量1g当たり100μg〜500mg含み、ジオスゲニン低含有で有効なジオスゲニン配糖体高含有の組成物が提供できる。
【0032】
本発明の組成物は、それ自体で後述の医薬として、また医薬や食品の有効成分として、それぞれ使用することができる。
【0033】
(3)本発明の組成物を含有する経口投与用の医薬
本発明に係る有効成分は、安全かつ適切に記憶障害の予防あるいは治療に効果を発揮することができる。従って、当該有効成分を含んでなる本発明の医薬は、記憶障害の予防剤あるいは治療剤として極めて有効である。
【0034】
本明細書において「有効成分」の語は、有効成分そのものを意味する。具体的に説明すると、例えば、有効成分としての酵素処理物は、実際の使用においては混合物として用いられる場合がある。しかしながら、当該「酵素処理物」とは、該混合物を意味するのではなく、前記混合物中のトゲドコロ酵素処理物そのものを意味し、従って、有効成分としてのトゲドコロ酵素処理物とはトゲドコロ酵素処理物そのもの(すなわち、トゲドコロ酵素処理物そのものの乾燥物等)を意味する。また、生物個体もしくは個体とは、ヒトや後述する養殖動物等の生物をいう。
【0035】
本発明の医薬は、その投与方法を経口投与とすることにより、本発明の医薬の有する記憶障害の予防あるいは治療作用を効果的に発現することができる。すなわち、本発明の医薬はこれらの作用を発揮することにより、記憶障害並びにその周辺症状、例えば、記憶減退、健忘、失語、失行、失語、遂行機能障害などを呈する認知症、アルツハイマー病等の治療剤又は予防剤として有用である。これらの作用は、後述の本発明の食品又は飼料においても同様に発揮される。
【0036】
本発明の医薬は、本発明の酵素処理物を単独で、または賦形剤あるいは担体と混合して、自体公知の方法により製剤化される。賦形剤および担体としては、前記したものが使用できる。また、前記の本発明の組成物をさらに賦形剤あるいは担体と混合して製剤化してもよい。本発明の医薬は錠剤、カプセル剤、粉剤、顆粒剤、液剤、ドライシロップ剤、マイクロスフェア製剤などの経口投与用の剤形とすることができる。また、本発明の医薬には、pH調製等の目的で、酸やアルカリまたは適量の緩衝剤を加えてもよい。さらに、本発明の医薬には、経口吸収性を高めるために、ラウリン酸ナトリウム、グリココール酸等の界面活性剤や、β−シクロデキストリンを添加してもよい。また、消化管粘膜からの取込みを促進させ、吸収性を高めるために、生分解性の乳酸重合体、乳酸−グリコール酸共重合体等を用いてマイクロスフェア製剤にすること、所望により湿潤剤、懸濁剤のような補助剤、甘味剤、風味剤、防腐剤などを添加することも許容される。さらに、固形の製剤は糖衣又は胃溶性もしくは腸溶性物質のフィルムで被覆してもよい。
【0037】
本発明の経口投与用組成物中におけるトゲドコロ酵素処理物の含量は剤型により種々異なるが、通常、0.1〜100重量%、好ましくは1〜98重量%である。一般に、錠剤、カプセル剤、粉剤、顆粒剤は5〜100重量%、好ましくは25〜98重量%の有効成分を含む。
【0038】
本発明の医薬には、記憶障害並びにその周辺疾患に有効な他の有効成分を配合してもよい。
【0039】
以上の各種製剤は、それぞれ常法により製造することができる。また、かかる製剤における有効成分の含有量は、その投与形態などを考慮し、好ましくは後述の投与量範囲で当該有効成分を投与できるような量であれば特に限定されるものではない。一般には、本発明の医薬における有効成分の含有量としては、その投与形態などを考慮し、好ましくは後述の投与量範囲で当該有効成分を投与できるような量であれば特に限定されるものではない。
【0040】
本発明の医薬としての投与量は、その製剤形態、投与方法、使用目的及び当該医薬の投与対象である個体の年齢、体重、症状によって適宜設定され一定ではない。一般には、製剤中に含有される前記有効成分の投与量で、好適にはヒト(例えば、成人)1日当り10mg〜10gであり、より好適には100mg〜1gである。
【0041】
有効成分の投与量は、種々の条件によって変動するので、上記投与量より少ない量で十分な場合もあるし、あるいは範囲を超えて必要な場合もある。投与は、所望の投与量範囲内において、1日内において単回で、又は数回に分けて行ってもよい。投与期間も任意である。また、本発明の医薬はそのまま経口投与するほか、任意の飲食品に添加して日常的に摂取させることもできる。
【0042】
記憶障害の患者に対する経口投与用組成物の製造における本発明の酵素処理物の使用、も本発明の態様の一つである。
【0043】
(4)本発明の経口投与用予防剤及び/又は治療剤を用いた記憶障害抑制方法
本発明に係る有効成分には、特に毒性は認められない。それゆえ、安全かつ適切に記憶障害の予防あるいは治療に効果を発揮することができる。従って、当該有効成分を含んでなる本発明の医薬は、記憶障害抑制方法において使用可能である。
【0044】
(5)本発明の食品及び飼料
本発明の組成物は、食品や飲料に使用することができる。本発明の食品の製造法に特に限定はなく、例えば、配合、調理、加工等は一般の食品のものに従えばよく、それらの製造法により製造することができ、得られた食品に前述の本発明の組成物が含有されていればよい。ここで、「含有」とは含有、添加及び/又は希釈を意味し、含有とは食品、飲料又は飼料中に本発明の有効成分が含まれるという態様を、添加とは食品、飲料又は飼料の原料に、本発明の有効成分を添加するという態様を、希釈とは本発明の有効成分に、食品、飲料又は飼料の原料を添加するという態様をいう。
【0045】
前記食品の種類にも特に限定はなく、例えば、本発明の組成物が含有されてなる、穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、水産製品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料、調味料、香辛料などの農産・林産加工品、畜産加工品、水産加工品などが挙げられる。前記食品は液体形状であってもよい。すなわち、本発明の食品は飲料を包含する。
【0046】
また、本発明の食品は、本発明の組成物と同様の効果を有する公知の成分と組み合わせてもよい。
【0047】
本発明の食品中の前記有効成分の含有量は特に限定されず、その官能と活性発現の観点から適宜選択できるが、本発明の有効成分として、例えば食品中に好ましくは0.01重量%以上、より好ましくは1〜100重量%、更に好適には10〜90重量%であり、例えば、飲料中に好ましくは0.001重量%以上、より好ましくは0.1〜100重量%、更に好適には1〜90重量%である。また本発明の食品は、本発明の有効成分が、ヒト(例えば成人)1日あたり当該有効成分を好ましくは0.001〜100g/kg体重、特に好適には0.01〜10g/kg体重となるように摂取すればよい。
【0048】
上記の、本発明の食品を摂取することにより、有効成分の有する学習・記憶能力の向上作用又は改善作用、記憶障害の予防作用、又は抗記憶障害作用が発揮される。したがって、本発明の食品は記憶障害の予防あるいは治療に有用である。
【0049】
また、本発明の食品は、記憶障害を予防あるいは治療のために愛玩動物や産業動物に投与してもよい。当該動物とは、例えば、養殖動物、ペット動物などであり、養殖動物としては、ウマ、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ラクダ、ラマなどの家畜、マウス、ラット、モルモット、ウサギなどの実験動物、ニワトリ、アヒル、七面鳥、駝鳥などの家禽、ペット動物としてはイヌ、ネコなどが挙げられる。
【0050】
本発明で使用される前記有効成分は、その作用発現にとっての有効量の経口投与を行っても毒性は認められない。例えば本発明の組成物を2g/kg体重でマウスに単回経口投与しても有害事象の発生はなく、また、死亡例は認められない。
【0051】
本発明の食品には前記有効成分が単独もしくは複数含有、添加及び/又は希釈されており、その記憶障害の予防及び治療効果を発現するための必要量が含まれていれば特にその形状に限定はなく、タブレット状、顆粒状、カプセル状等の形状の経口的に摂取可能な形状物も包含する。
【0052】
本発明の医薬は、その投与方法を経口投与とすることにより、本発明の医薬の有する記憶障害の予防あるいは治療作用を効果的に発現することができる。すなわち、本発明の医薬はこれらの作用を発揮することにより、記憶障害並びにその周辺症状、例えば、記憶減退、健忘、失語、失行、失語、遂行機能障害などを呈する認知症、アルツハイマー病等の記憶障害の治療剤又は予防剤としての使用が可能となる。また、記憶障害抑制方法としての使用は、前述の本発明の食品においても同様に可能である。
【実施例】
【0053】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0054】
実施例1 酵素処理トゲドコロ末の調製
トゲドコロ根茎の乾燥粉末20kgを蒸留水200Lに加えて混合した後、95℃で30分間加熱殺菌した。冷却後、スクラーゼAとスクラーゼX(三菱化学フーズ社製)を各200g加え、45℃で24時間反応させた。その後、反応液を95℃で20分間加熱し酵素失活を行った。冷却後、フィルタープレス濾過により固液分離した。回収した固形物3kgにデキストリン(商品名:パインデックス#100、松谷化学社製)を1kg添加して凍結乾燥し、酵素処理トゲドコロ末4kgを得た。この酵素処理トゲドコロ末中のジオスゲニン配糖体含量は、ジオスシンとジオスシニンの標準物質を用いたHPLC法により定量した結果、0.73%であった。
【0055】
実施例2 酵素処理トゲドコロ末の記憶障害予防作用の評価
記憶障害を発症する前の5XFADマウス(日本チャールズリバー社製、17〜18週齢)に実施例1で調製した酵素処理トゲドコロ末を粉末餌(CE−2、日本クレア社製)に10%混ぜて自由に食べさせた。投与前(訓練時)ならびに投与33日目に東田らの報告[サイエンティフィック リポーツ(Scientific Reports)、第3巻、第3395号(2013年)]に準じて物体認知試験を行った。この試験は、訓練時に認識させた物体を試験時に新しい物体に置き換えた場合に、実験動物がこの新しい物体への変化を察知できるかどうかを確認するものである。比較として、野生型マウス(5XFADマウスと正常マウス(B6 SJL)との交配種、18週齢)に前記粉末餌を投与した群(正常群)、5XFADマウスに前記粉末餌を投与した群(対照群)を設定した。その結果を図1に示す。
【0056】
すなわち、図1は、本発明の組成物の記憶障害抑制効果を示すグラフであり、縦軸は総探索回数に対する新たな物体への探索回数の割合(%)を探索指向指数として示し、横軸は各実験群と当該実験群の訓練時並びに試験時を示す。図1に示したように、本発明の組成物の投与により、記憶障害の発症が明らかに抑制あるいは予防された。
【0057】
実施例3 酵素処理トゲドコロ末の記憶障害改善作用の評価
記憶障害を発症した5XFADマウス(29〜30週齢)に実施例1で調製した酵素処理トゲドコロ末を粉末餌(CE−2)に10%混ぜて自由に食べさせた。投与前(訓練時)ならびに投与32日目に物体認知試験を行った。比較として、野生型マウス(29週齢)に前記粉末餌を投与した群(正常群)、5XFADマウスに前記粉末餌を投与した群(対照群)を設定した。その結果を図2に示す。
【0058】
すなわち、図2は、本発明の組成物の記憶障害改善効果を示すグラフであり、縦軸は探索指向指数を示し、横軸は各実験群と当該実験群の訓練時並びに試験時を示す。図2に示したように、本発明の組成物の投与により、記憶障害が明らかに改善された。
【0059】
実施例4 トゲドコロエキス末の調製
実施例1で調製した酵素処理トゲドコロ末に10倍量の60%エタノールを加え、室温で2時間抽出し遠心で固液分離を行った。抽出残渣に8倍量の60%エタノールを加え、同様に抽出した。抽出液を混合し、エバポレータ―を用いて濃縮を行った。次に、オープンカラムに合成吸着剤セパビーズSP207(三菱化学株式会社製)を充填し、濃縮液をアプライ後、樹脂の3倍量の水、2倍量の50%エタノールでそれぞれ洗浄を行った。最後に、樹脂の3倍量のアセトンをアプライし、溶出液を回収した。得られた溶出液をエバポレータ―で濃縮、凍結乾燥することによりトゲドコロエキス末を得た。このトゲドコロエキス末中のジオスゲニン配糖体含量は21%であった。
【0060】
実施例5 トゲドコロエキス末の記憶障害改善作用の評価
記憶障害を発症した5XFADマウス(20〜22週齢)に、実施例4で調製したトゲドコロエキス末を粉末餌(CE−2)に0.5%、1%混ぜて自由に食べさせた。投与前(訓練時)ならびに投与40日目に物体認知試験を行った。比較として、野生型マウス(20〜22週齢)に前記粉末餌を投与した群(正常群)、5XFADマウスに前記粉末餌を投与した群(対照群)を設定した。その結果、正常群では記憶が維持されていたが、トゲドコロエキス末の投与では記憶障害の改善効果は認められなかった。また、粉末餌中のジオスゲニン配糖体含有量は、実施例2及び3で使用された粉末餌よりも本実施例の粉末餌の方が高い。以上のことから、実施例2、3で試験された酵素処理トゲドコロ末が記憶障害に対して顕著な効果を有することが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明により、ヤムイモ酵素処理物を有効成分として含有する、記憶障害の予防あるいは治療のための組成物が提供される。本発明の組成物は、経口摂取可能な組成物であることから、記憶障害の予防あるいは治療において非常に有用である。
図1
図2