(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6381653
(24)【登録日】2018年8月10日
(45)【発行日】2018年8月29日
(54)【発明の名称】表面にレデブライト微細構造を有するスライドリング
(51)【国際特許分類】
C21D 5/00 20060101AFI20180820BHJP
F16J 15/34 20060101ALI20180820BHJP
C22C 37/00 20060101ALI20180820BHJP
B23K 15/00 20060101ALI20180820BHJP
B23K 26/354 20140101ALI20180820BHJP
【FI】
C21D5/00 E
F16J15/34 A
C22C37/00 G
B23K15/00 505
B23K26/354
【請求項の数】6
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2016-544737(P2016-544737)
(86)(22)【出願日】2014年7月3日
(65)【公表番号】特表2016-540896(P2016-540896A)
(43)【公表日】2016年12月28日
(86)【国際出願番号】EP2014064135
(87)【国際公開番号】WO2015043782
(87)【国際公開日】20150402
【審査請求日】2017年3月30日
(31)【優先権主張番号】102013219784.5
(32)【優先日】2013年9月30日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】501081166
【氏名又は名称】フェデラル−モーグル・フリートベルク・ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100164448
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 雄輔
(74)【代理人】
【識別番号】100179947
【弁理士】
【氏名又は名称】坂本 晃太郎
(72)【発明者】
【氏名】クリストフ ブラドル
(72)【発明者】
【氏名】マルク マニュエル マッツ
(72)【発明者】
【氏名】アンドレアス デングラー
(72)【発明者】
【氏名】アンドレス ケンプフミュラー
【審査官】
鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】
特表2008−531848(JP,A)
【文献】
特開2005−281856(JP,A)
【文献】
特開昭63−019431(JP,A)
【文献】
特開昭62−279255(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 5/00− 5/16
C22C 37/00−37/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スライドリングの製造方法であって、
ねずみ鋳鉄(2)のスライドリングを製造するステップと、
前記スライドリングの機能性表面(4)を高エネルギー放射の照射により加熱するステップと、を含み、
前記照射を、照射された表面の少なくとも1つの部分領域がリメルトするように実行し、
前記照射のパラメータを、前記機能性表面の少なくとも1つの部分領域(6)が、冷却後にレデブライト微細構造を備えるように選択し、
少なくとも1種のカーバイドおよび/または自己潤滑物質の粒子を、直接リメルト中に分散させることにより溶解物中に添加することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記リメルトを、マルテンサイト組織の微細構造(8)を備える移行域が、前記レデブライト微細構造(6)と前記ねずみ鋳鉄(2)の間に生じるように実行する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記冷却を、自己冷却のみで達成する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記照射を、レーザビーム、電子ビーム、アーク溶接、プラズマ溶接またはタングステン不活性ガス溶接で行う、請求項1〜3の何れか一項に記載の方法。
【請求項5】
ねずみ鋳鉄から前記スライドリングを製造する際に、V、Cr、W、MoおよびSiから選択された少なくとも1種のカーバイド形成元素を鋳鉄材料に添加する、請求項1〜4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記照射を、表面のリメルトされた部分領域およびリメルトされていない部分領域が、既定のパターンを形成するように実行する、請求項1〜5の何れか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レデブライト微細構造を有する機能性表面を備えるスライドリング、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属製のスライドシールリングは、耐磨耗性が要求されるため、硬度および耐磨耗性が可及的に高い材料から製造される場合が多い。このような材料には、例えばレデブライトのチルド鋳鉄または高クロム鋳鋼が含まれる。通常、これらの材料は硬度が高く(HRC50〜64)、しかも非常に良好な耐摩耗性を有する。しかしこの場合、材料の鋳造およびそれに続く機械的処理をも含めたステップが、何れも非常な労力と高いコストを伴ってのみ可能であるのが不利な点である。さらに、これらの材料は非常に脆いため、衝撃荷重により破壊に至る可能性がある。加えて、熱伝導性が通常は低い。
【0003】
鋳鉄の製造においては、凝固状態のねずみ鋳鉄と白鋳鉄とで区別がされる。液状の鋳鉄が熱力学平衡状態で凝固することを、安定固化という。その場合、微細構造は主として鉄と遊離黒鉛からなり、ねずみ鋳鉄と呼ばれる。しかしながら、系が準安定平衡状態で凝固すると、鉄と炭化鉄よりなる、いわゆるレデブライト微細構造(白鋳鉄)が形成される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従って、表面の耐磨耗性が可及的に高いスライドリングの製造方法であるにも関わらず、費用対効果が良好であり、製造工程を単純化した製造方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明によれば、ねずみ鋳鉄のスライドリングは、機能性表面における微細構造が、残りの微細構造と異なるよう処理される。このために、リングの表面を高エネルギー放射により処理し、表面の少なくとも1つの部分領域をリメルトさせる。部品を冷却すると、表面上にレデブライト微細構造が生じる。この微細構造においては、実質的に全ての炭素が炭化鉄に変質されている。レデブライト微細構造は、元々のねずみ鋳鉄よりも硬度および耐磨耗性が実質的に高い。好適には、マルテンサイト組織の微細構造(硬化微細構造)および遊離黒鉛を備える移行域が、基材の方向でレデブライト微細構造に隣接する。高エネルギー放射は、例えば、レーザビームまたは電子ビームで、あるいはアーク溶接、プラズマ溶接またはタングステン不活性ガス溶接のアークで行うことが可能である。
【0006】
実施形態において、レデブライト微細構造を備える部分領域および硬化微細構造を備える他の部分領域のパターンを、機能性表面上に形成可能である。従って、遊離黒鉛のある領域は、遊離黒鉛のない領域と交互に表れ、黒鉛により潤滑性が改善可能である。硬化微細構造は、マルテンサイト組織の微細構造および/またはベイナイト組織の微細構造を備えることが可能である。
【0007】
実施形態に応じ、レデブライト微細構造は、機能性表面上に1.5mmの深さにまで存在可能である。この場合機能性表面は、例えばスライドリングの摺動面および/またはエラストマー接触面、さもなければ、更なる部品に対する接触面とすることが可能である。実施形態において、機能性表面の表面に、さらに窪み、および/または孔の構成を備えることが可能である。
【0008】
さらに、本発明はスライドリングの製造方法を提供する。その方法は、ねずみ鋳鉄からスライドリングを製造するステップと、機能性表面を高エネルギー放射の照射により加熱するステップと、を含む。さらに、照射された表面の少なくとも1つの部分領域がリメルトするよう照射を実行し、機能性表面の少なくとも1つの部分領域が、冷却後にレデブライト微細構造を備えるよう照射のパラメータを選択する。
【0009】
好適には、マルテンサイト組織の微細構造を備える移行域が、レデブライト微細構造とねずみ鋳鉄の間に形成されるようリメルトを実行可能である。リメルトされた区域の冷却は、例えば自己冷却のみで達成可能である。
【0010】
実施形態において、照射は、レーザビームまたは電子ビームで、あるいはアーク溶接、プラズマ溶接またはタングステン不活性ガス溶接におけるアークで行うことが可能である。
【0011】
実施形態に応じ、ねずみ鋳鉄からスライドリングを製造する際に、V、Cr、WおよびSiから選択された少なくとも1つのカーバイド形成元素を、鋳鉄材料に加えることが可能である。
【0012】
任意選択的に、表面のリメルトされた部分領域およびリメルトされていない部分領域が、異なる微細構造による既定のパターンを局所的に形成するよう照射を実行可能である。
【0013】
本発明を、実施形態および図面を参照して、以下に詳説する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明によるリングの、異なる微細構造の区域を備える断面図である。
【
図2】本発明によるスライドリングの、リメルトされた領域に存在可能な異なるパターンを示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、スライドリングの実施形態の断面図を示す。スライドリングは、本発明による機能性表面を備える。この場合、機能性表面はリングの摺動面4である。摺動面4は、作動中に対向面に接し、対向面上で摺動する。更なる実施形態においては、追加的または代替的な機能性表面も本発明により存在可能であり、例えばエラストマーとスライドリングの間の接触面とすることができる。リングの基材2は、例えばねずみ鋳鉄とすることが可能であり、鋳鉄は、層状黒鉛(EN−GJL)、バーミキュラ黒鉛(EN−GJV)または球状黒鉛(EN−GJS)を備える。
【0016】
機能性表面4上に、リメルト領域6を断面で見ることができる。リメルト領域6は、例えば表面に対して垂直に、約1.5mmの深さにまで延在可能である。この領域において、基材2は、例えばレーザビームである高エネルギー放射によりリメルトされた。表面に近接する領域にあるこの区域6をリメルトし、および続いて、加熱された縁部域と隣接する材料体積を急速に均熱化して自己冷却することで、この領域6にレデブライトの微細構造を形成する。従って領域6には、鉄および炭化鉄の準安定系微細構造が隣接し、この準安定系微細構造には、実質的に遊離炭素または遊離黒鉛がない。
【0017】
レーザビームに替えて、表面を他の高エネルギー放射または熱作用によっても処理可能である。例えば、同様にして電子ビームを使用可能である。レデブライトの微細構造を表面に形成する他の方法として考えられるのは、タングステン不活性ガス溶接(TIG)およびプラズマ溶接のような、アーク溶接法である。当業者にとり、局所的に既定のリメルトを表面で実行可能な同等の方法が適用可能なのは明らかである。
【0018】
実施形態において、レーザビームをエネルギー源として使用する場合、例えば3〜8mmのビーム幅を使用可能である。出力が1〜4.5kWの非パルスレーザビームを使用する場合、例えば毎分0.5〜2mの供給量で表面を処理可能であり、対応領域を溶解させ、および上述したように、自己冷却により再冷却する。しかし同様に、他のパラメータ、他の出力、パルスレーザ放射、および/または、表面を既述のようにリメルトし、レデブライトの微細構造を形成可能である他の方法も、もちろん考慮可能である。
【0019】
断面において、部品中央方向にリメルト領域6に隣接して、移行域8がある。移行域8は、同様に残りの材料2と区別して、破線により示される。移行域8はリメルトされておらず、熱の影響により変質された硬化微細構造のみ、例えば、実質的に黒鉛のあるマルテンサイト組織の微細構造のみを示すものである。さらに硬化領域または移行域8には、基体微細構造2、すなわち元々のねずみ鋳鉄が隣接する。リメルト処理および基材に応じて、
図1に示す上記三区域6,8,2以外の区域、例えばマルテンサイト組織およびベイナイト組織を備える異なる区域も発生可能である。
【0020】
特に、レーザビーム、または強く集光された他の放射線を使用した照射処理により、表面の明確に規定された領域のみをリメルト可能である。従って機能性表面4の全体、例えばスライドリングの全摺動面を、表面的にリメルトして、レデブライト微細構造6とすることが可能である。しかし同様に、これらの表面を部分的にのみ、例えば規則的なパターンの形状で、またはより大きい部分でリメルトが可能である。リメルトされていない領域は、未処理のままとするか、またはリメルトせずに硬化のみさせることが可能である。このようにして、例えば、遊離炭素の無い純粋なレデブライトの微細構造が部分的に存在する領域を形成し、それに隣接して、硬化微細構造のみを備えるが、黒鉛の形態で依然として遊離炭素のある領域を形成可能である。黒鉛のある領域により熱伝導性を改善可能であり、それにより、さらに滑走特性を改善可能である。リメルトされた区域の表面品質は、例えば表面粗さR
Zで20μmで未満とすることが可能である。
【0021】
代替的な実施形態においては、遊離黒鉛の残量が、レデブライトの微細構造の領域においても存在可能である。
【0022】
追加的に、カーバイド形成元素もすでに基材のねずみ鋳鉄中に加えることが可能である。こうしたカーバイド形成元素は、例えばCr、V、Si、MoまたはWである。この場合リメルト処理において、炭化鉄に加えて更なるカーバイド、例えばCr
2C
3、SiC、VCまたはWCが析出する可能性がある。これらは、表面の硬度特性に対し、更に良い影響を与える。基材は,例えば、Mo:17wt%以下、好適には0.5〜5wt%以下、Si:4.5wt%以下、W:5wt%以下、好適には0.3〜1.5wt%、V:2wt%以下および/またはCr:30wt%以下を含有可能である。1種または複数種の異なるカーバイド形成元素を、任意の所望される適切な配合で材料に含有可能である。同様に、例えば黒鉛、六方晶窒化ホウ素、Mo
2Sまたは他の適切な物質である自己潤滑物質を基材に追加可能である。この場合も、個々の物質として、またはそれらを配合し、導入可能である。
【0023】
基材に含有されたカーバイド形成元素に対して代替的または追加的に、適切なカーバイドおよび/または、例えば上述の(または同等の)自己潤滑物質のような他の粒子を、直接リメルト処理中に分散することにより、溶解物中に追加的に導入可能である。
【0024】
図2は異なるパターンを示す。これらのパターンは、例えばレーザビームを使用して、機能性表面4(摺動面)の領域の表面に形成可能である。従って、点、三角形またはひし形のパターンが存在可能である。同様に、太め、または非常に細い線形パターンを形成可能であり、線は周方向または横方向に整列可能であり、および/またはそれらの方向に対して斜めに整列可能である。波線または交差線を、配置可能である。この場合、
図2のパターン例の黒色領域は、実施形態において、レデブライト微細構造6を備えるリメルトされた領域を示す。一方残りの白色領域は、リメルトされておらず、硬化のみされた黒鉛のある領域を示す。しかし同様に、微細構造の分布もまた反転可能であり、白色領域をレーザによりリメルトし、レデブライト微細構造とすることが可能である。集束されたレーザビームまたは同様な方法を介して、極めて正確に局所化した照射および加熱が可能である。当然ながら、例えば実際に予想される、各機能性表面における負荷に応じて、異なるパターンを所望通りに互いに組み合わせることも可能である。さらにこのようにして、パターンが高さの異なる領域を備えることも可能であり、例えば硬化微細構造が、レデブライト微細構造よりも最小限で突出するか、窪むことにもなる。表面のトライボロジ特性は、存在するパターンに左右されるため、目標とされる様式に対応させることが可能である。
【0025】
機能性表面の領域を目標通りにリメルトすることで、更に、滑走面または摺動面とウェブの間の縁部を鋭利にすることが可能であるため、硬化またはリメルトの後に、この縁部を更に処理することが不要となる。これは、同様に他のリングまたはリング部分にも適用される。つまり、すでに処理済みの領域が、所望される場合にはリメルトから除外可能であるため、必要とされる処理のステップが、柔らかいねずみ鋳鉄上をリメルトする前に実行可能である。
【0026】
表面を、例えば再度レーザビームで、既定通りに処理することにより、クラック、溝または孔もまた、機能性表面の領域中に目標とされる様式で導入可能である。このような構造はその後、動作の際に油を保持する容積部として機能可能であり、追加的に潤滑特性を改善可能である。孔構造はマイクロ圧力室を形成可能である。同様に、他の潤滑剤をこうした表面構造に導入可能である。