特許第6381687号(P6381687)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6381687赤外光反射防止膜用耐久MgO−MgF2複合膜を形成する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6381687
(24)【登録日】2018年8月10日
(45)【発行日】2018年8月29日
(54)【発明の名称】赤外光反射防止膜用耐久MgO−MgF2複合膜を形成する方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20180820BHJP
   G02B 5/00 20060101ALI20180820BHJP
   G02B 5/26 20060101ALI20180820BHJP
   C23C 14/32 20060101ALI20180820BHJP
【FI】
   C23C14/06 K
   G02B5/00 B
   G02B5/26
   C23C14/32 Z
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-1061(P2017-1061)
(22)【出願日】2017年1月6日
(62)【分割の表示】特願2014-513578(P2014-513578)の分割
【原出願日】2012年5月24日
(65)【公開番号】特開2017-95805(P2017-95805A)
(43)【公開日】2017年6月1日
【審査請求日】2017年2月3日
(31)【優先権主張番号】61/491,667
(32)【優先日】2011年5月31日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】397068274
【氏名又は名称】コーニング インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100073184
【弁理士】
【氏名又は名称】柳田 征史
(72)【発明者】
【氏名】ホルスト シュライバー
(72)【発明者】
【氏名】ジュエ ワン
(72)【発明者】
【氏名】スコット ジェイ ウィルキンソン
【審査官】 神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】 特表2011−505592(JP,A)
【文献】 特開2001−262317(JP,A)
【文献】 特開2002−047565(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
C23C 14/32
G02B 5/00
G02B 5/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマイオン支援蒸着を用いて基板の表面上に選ばれた材料の薄膜を蒸着する方法において、前記方法が、
真空チャンバを提供する工程、及び
前記チャンバ内に、
膜がその上に蒸着されるべき基板を提供する工程、
MgF材料源を提供し、電子ビームを用いて前記MgF材料を蒸発させて、膜材料の蒸気束を供給する工程であって、前記蒸気束は前記材料源から反転マスクを通って前記基板に達する工程、
プラズマ源からのプラズマ内の酸素イオンを含むプラズマイオンを供給する工程、
前記基板を選ばれた回転周波数fで回転させる工程、
前記MgF材料を前記基板上に被膜として蒸着する工程、及び
前記MgF材料の蒸着前及び蒸着中、前記基板及び前記被膜を前記プラズマイオンで衝撃する工程、
を含み、
前記方法が、平滑で緻密であり、一様な複合MgO-MgF被膜を形成し、
前記複合MgO−MgF被膜が、Mg原子がF原子及びO原子のいずれとも結合している結合構造を有するものである、
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記基板上に蒸着された前記膜材料が2ポンド(0.907kg)から2.5ポンド(1.134kg)の間の押付力を用いる磨耗試験に合格することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記複合MgO−MgF被膜が100nmから1500nmの範囲の厚さを有することを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記蒸着された前記膜材料に前記プラズマイオンを衝撃したときに、フッ素の欠損が起こることを特徴とする請求項1から3いずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の説明】
【0001】
本出願は2011年5月31日に出願された米国仮特許出願第61/491667号の米国特許法第119条の下の優先権の恩典を主張する。本明細書は上記特許出願の明細書の内容に依存し、その内容の全体が本明細書に参照として含められる。
【技術分野】
【0002】
本開示は全般には反射防止膜に関し、さらに詳しくは遠赤外波長範囲での使用に適する耐久反射防止膜及びその作製方法に関する。
【背景技術】
【0003】
航空宇宙及び国防の要求が赤外(IR)光学素子、特に、1〜3μmの短波赤外範囲(SWIR)、3〜5μmの中波赤外範囲(MWIR)及び8〜14μmの長波赤外範囲(LWIR)で動作するであろう赤外光学素子の急速な発展への主な駆動力の1つであった。LWIR領域に用いることができる材料は、用いられる最も多くの材料が酸化物材料であり、酸化物材料はLWIRスペクトル域において透明ではないため、限られている。ゲルマニウム(Ge)、セレン化亜鉛(ZnSe)及び硫化亜鉛(ZnS)がLWIR域で用いるための最も一般的な光学窓材料であって、これらの材料はそれぞれ、47%、71%及び75%の透過率を有する。別の考慮すべき重要な問題は、上述した材料で作製したIR光学素子が様々な用途に対して苛酷な環境条件にさらされ得ることである。したがって、LWIR光学素子用途には環境に耐え得る反射防止(AR)膜が必要である。
【0004】
AR膜の光学性能は最外層の屈折率によって支配される。最外層の屈折率を低めることで広帯域AR膜の達成が可能になる。しかし、AR膜の耐久性及び環境安定性は主にその最外層によって影響される。この結果、最外層の材料特性は、光学性能だけでなく、機械的強度及び環境安定性にも、肝要な役割を果たす。フッ化イッテルビウム(YbF)が最外層として用いられる、7.7μm〜10.3μmのIR-AR膜が確立されている。光学仕様及び1ポンド(0.4536kg)の最小押付力による中強度磨耗試験のいずれにも合格するIR-AR膜が現在用いられている。しかし、将来のLWIR-AR膜製品には厳しい磨耗試験が要求されるであろうことが最近示された。しかし、既存のAR膜は2ポンド(0.907kg)と2.5ポンド(1.134kg)の間の押付力を用いる厳しい磨耗試験(MIL-C-48497A)には合格し得ないであろう。したがって、広帯域反射防止スペクトル性能及び厳しい磨耗試験に耐えることのいずれも保証するための、耐久機械的特性をもつ低屈折率膜材料が必要とされている。現時点において、(1)1〜3μmの短波赤外範囲(SWIR)、(2)3〜5μmの中波赤外範囲(MWIR)、及び(3)8〜14μmの長波赤外範囲(LWIR)の全てにおいて、透過率及び耐摩耗性を含む、満足できる性能を与える光学AR膜はない。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示は、平滑で緻密であり、一様な複合MgO-MgF膜を有する光学素子の形成並びに、複合MgO-MgF膜をさらに緻密化及び平滑化する、酸素含有プラズマ雰囲気におけるMgF材料の蒸発及びフッ素欠損によるMgF源材料からそのような膜を形成する方法に向けられる。本開示はさらに、1〜14μmにおいて広帯域反射防止スペクトル性能を提供し、厳しい磨耗試験に耐えることができる、耐久機械特性をもつ低屈折率膜材料に向けられる。選ばれたIR範囲、例えば、SWIR,MWIRまたはLWIRに対し、膜厚は膜が用いられるであろう範囲に依存する。すなわち、最も厚い膜がLWIR範囲に用いられ、最も薄い膜がSWIR範囲に用いられ、中間の厚さの膜がMWIR範囲に用いられるであろう。本明細書に説明される複合MgO-MgF膜は3つの範囲の全てにおいて用いることができる。被着膜に対する広い範囲は100nmから1500nmである。LWIR範囲に対する一実施形態において、膜厚は600nmから900nmの範囲にある。MWIR範囲に対する一実施形態において、厚さは250nmから450nmの範囲にある。SWIR範囲に対する一実施形態において、厚さは150nmから300nmの範囲にある。
【0006】
最も硬い金属フッ化物材料の1つであるMgFは、LWIRまでの透過率により低屈折率キャッピング層として優れた候補であるように思われるが、1つの欠点がある。可視スペクトル域及びUVスペクトル域に比較して、LWIRスペクトル域には比較的厚い層が必要であることは既知である。実際、LWIR範囲におけるMgFAR膜はUV範囲のMgF膜より40倍にも厚くならなければならない。しかし、MgF膜の多孔度及び表面粗さは膜厚が大きくなるにつれてかなり高くなり、これは続いて、LWIR用途における、対応する膜耐久性を減じる。本開示はこの問題を、化学的及び機械的に強化されたMgO-MgF複合膜の作製による技術的解決策を提供するための、その場プラズマ平滑化をともなう改良プラズマイオン支援蒸着の使用によって解決する。
【0007】
赤外AR膜のための耐久MgO-MgF複合膜の目標は、
1.フッ素を欠損させ、フッ素を酸素で置換する−プラズマイオンによるMgO-MgF複合膜の形成、
2.改良PIAD(プラズマイオン支援蒸着)を反転マスク法とともに用いるMgO-MgF複合膜の緻密化、
3.その場プラズマ平滑化とプラズマ支援蒸着の比の調節によるMgO-MgF複合膜の光学特性及び機械的特性の最適化、
の工程を用いて達成できることが本明細書に示される。
【0008】
結果は、本明細書に説明されるSWIR範囲、MWIR範囲及びLWIR範囲のそれぞれにおいて用いることができる、広帯域MgO-MgF複合膜の高められた耐久性を提供する、平滑で緻密化されたMgO-MgF複合膜である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、厚く、緻密化された、平滑なMgO-MgF複合膜の蒸着を可能にする、反転マスク及び側方遮蔽を用いる富酸素プラズマ環境内の改良PIAD蒸着システムの略図である。
図2図2は、改良PIAD法を用いて得られた改変MgO-MgF複合膜の、赤外スペクトル範囲における屈折率対波長のグラフである。
図3a図3aは改良PIADプロセスで蒸着した200nm厚MgO-MgF複合膜のAFM像である。対応する膜表面粗さは0.4nmである。
図3b図3bは改良PIAD法を用いずに蒸着した標準200nm厚MgO-MgF複合膜のAFM像である。対応する膜表面粗さは2.4nmである。
図4図4は、入射角12°における、参照数字30で示されるようなMgO-MgF複合キャッピング層をもたないLWIR広帯域AR膜の反射率(Rx)及び参照数字32で示されるようなMgO-MgF複合キャッピング層をもつLWIR広帯域AR膜の反射率(Rx)のグラフである。
図5図5は、MgO-MgF複合キャッピング層をもつLWIR広帯域AR膜の、参照数字44で表されるスペクトル透過率(Tx)及び参照数字46で表される反射率(Rx_12°)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書において「複合膜」は、MgFが、本明細書に説明されるようにPIAD及び富酸素雰囲気を用いて基板上に蒸着されて、フッ素の欠損及び置換がプラズマイオン支援によって緻密化及び平滑化されるMgO-MgF膜の形成とともにおこるような、バルク材料として用いられる、MgO-MgF膜を意味する。得られる膜はMg原子がF原子及びO原子のいずれとも結合して一様な膜となることができる膜であり、MgF構造のボイドまたは微孔をMgOが埋めているだけの膜ではない。複合膜においては、複合膜が蒸着されている間に、基金属フッ化物材料の微孔が埋められて緻密化され、よってより厚く、より耐久性がある膜が作成され得る。以前の膜では、金属フッ化物層が形成された後に酸化物が別の層として施され、金属フッ化物の微孔またはいずれの柱状組織も埋めている。さらに、以前の用途においては、膜構造はUV光に用いるためであった。そのような構造は赤外領域、特にLWIRにおいて用いることはできない。また、本明細書において「膜」と「被膜」は互換で用いられ得る。さらに、本明細書に説明される膜は、1〜3μmの短波赤外範囲(SWIR)、3〜5μmの中波赤外範囲(MWIR)及び8〜14μmの長波赤外範囲(LWIR)での動作に向けられる。
【0011】
AR膜の光学性能が最外層の屈折率によって支配されることは既知である。最外層の屈折率を低めることで広帯域AR膜の達成が可能になる[ジュー・ウォン(Jue Wang)等,「超低屈折率SiO膜を含む光学膜(Optical coatings with ultralow refractive index SiO2 films),第41回ボールダーダメージシンポジウム(Boulder Damage Symposium)」、2009年9月21〜23日,SPIE 7504,75040F]。他方で、膜の耐久性及び環境性は主として光学膜の最外層により影響される。この結果、最外層の材料特性が光学性能だけでなく機械的強度及び環境安定性にも肝要な役割を果たす。最も硬いフッ化物材料の1つとして、MgFはUV,可視範囲からLWIRまでの光学膜用途にための低屈折率層として優れた候補である。しかし、LWIR範囲におけるAR膜のためのMgF膜厚はUV範囲におけるAR膜のために用いられるMgF膜厚より40倍厚い必要がある。さらに、MgF膜の多孔度及び表面粗さは膜厚に強く相関する。厚いMgF膜では多孔質になり、また非常に粗い表面が生じ、この結果、耐摩耗性が低くなる。LWIR範囲での使用に適し、高められた耐久性を提供する、MgO-MgF複合膜を、高バイアス電圧を用いる改良PIAD及び富酸素プラズマ環境を用いて作製した。
【0012】
改良プラズマイオン支援蒸着(PIAD)はSiOのような酸化物膜に対して確立され、米国特許出願公開第2010/02154932号及び第2009/0141358号の明細書に説明されている。改良PIAD法により、緻密で平滑な酸化物膜の作成が可能になる。しかし、DUV膜に用いられるような混成酸化物−フッ化物膜に対しては、金属フッ化物層を蒸着し、次いで金属フッ化物層間にその場平滑化された酸化物層を挿入することによって間接的にフッ化物層を埋め、平滑化するために、この方法が用いられた。DUV膜とは対照的に、本開示においては、プラズマイオンが反転マスク構成−米国特許出願公開第2008/0050910号明細書を見よ−及び富酸素環境内で改変MgF膜に直接に用いられ、MgO-MgF複合膜が形成される。強化されたMgO-MgF複合膜はLWIR広帯域AR膜のためのキャッピング層として用いられ、耐摩耗性及び環境耐久性が高められたMgO-MgFキャッピング層が得られた。
【0013】
図1は、同時に緻密化もされる、厚いMgO-MgF複合膜の蒸着を可能にした、反転マスク及び側方遮蔽を用いる改良PIADの略図である。図1は、基板24を載せた基板キャリア22が中に配置された真空チャンバ28及び、ターゲット18に入射して,基板24上への蒸着のために反転マスク12を通過する蒸気束20をつくる、電子ビーム10を備える蒸着装置8を備える。さらに、プラズマ21,例えばアルゴンプラズマを発生するプラズマ源16及びプラズマを酸素含有プラズマとしてつくるための酸素源/フィードがある。
【0014】
膜緻密化プロセスは図1に示されるようなマスク技術を用いて制御され、図1において区画α及びβはそれぞれマスク遮蔽領域及びマスク非遮蔽領域に対応する。このプロセスは式(1):
【0015】
【数1】
【0016】
で表され、ここで、Pαはその場プラズマ平滑化を表し、Pβはプラズマイオン支援蒸着に対応する。Vはバイアス電圧であり、Jはイオン/(cm・秒)単位のプラズマイオン束であり、mはa.u.単位の質量である。Rはnm/秒単位の膜蒸着速度であり、eは電子の電荷であり、κは単位変換係数であり、nは原子/cm単位の表面原子密度であり、α及びβは蒸気束のマスク遮蔽領域及びマスク非遮蔽領域が、回転周波数がfの回転プレートの中心に対してなす、ラジアン単位の角度である。マスクの形状及び高さ、APSパラメータ及びプレート回転周波数の調節により、フッ素欠損とプラズマ支援蒸着に対する運動量転移の大きさを別々に制御することが可能になる。フッ素減損を補償してMgO-MgF複合膜を得るため、改良PIADプロセス中に酸素ガス,Oが蒸着システム内に導入される。本明細書に説明される蒸着プロセスにおいて用いたパラメータは、V=110V,α/β=2/1,O流量=6sccm,Ar流量=11sccm,R=0.25nm/秒,f=0.4Hz及び基板温度=120℃である。ここでsccmは標準状態における立方cm/分を表す。酸素流量は蒸着速度及び印加バイアス電圧に比例し、蒸着束炉及びバイアス電圧に依存して3sccmから25sccmの範囲とすることができる。本明細書に説明されるプロセスにおいては比較的高い110Vのバイアス電圧がプロセスに用いられていることに注意するべきである。本プロセス条件とは対照的に、DUV用途のためのPIAD MgF膜の蒸着においては、ほぼ50Vの低いバイアス電圧がフッ素欠損を排除するために必要である。MgF源材料のフッ素欠損及び酸素による置換によって複合MgO-MgF膜が形成される本開示においては、MgO-MgF膜を形成するための、富酸素雰囲気内におけるMgF膜改良のために、高いバイアス電圧が意図的に印加される。改良PIADプロセスによって作製されたMgO-MgF複合膜の強化された耐摩耗性には、改変された膜組成、高められた膜充填密度及び平滑化された膜表面、の3つの属性がある。
【0017】
(a)改変された膜組成及び高められた膜充填密度
式(1)に基づけば、膜組成に与えられるプラズマ運動量転移量Pβは式(2):
【0018】
【数2】
【0019】
によって定められる。
【0020】
プラズマイオン支援により膜が緻密化及び平滑化される、PIAD改良膜の屈折率は膜充填密度及び膜組成に直接に相関することが分かっている。図2は200nm厚改良MgO-MgF膜の屈折率,nの波長の関数としてのグラフである。バルクのMgF及びMgOに対し、改良MgO-MgF膜について、多くの参照データが利用できる、2μmの波長における屈折率の比較を行うことができる。本明細書に開示される改良MgO-MgF膜の推定屈折率は1.43である。同じ波長におけるMgF及びMgOのバルク材料の屈折率はそれぞれ1.37及び1.73である(「化学・物理ハンドブック(Handbook of Chemistry and Physics),第48版,(The Chemical Rubber Co.,米国オハイオ州クリーブランド,1968年),p.B−192」。改良MgO-MgF膜の比較的高い屈折率を説明するためには、富酸素プラズマ環境における膜緻密化プロセスの影響を考察する必要がある。
【0021】
初めに組成を見ると、フッ素欠損は一般にプラズマがフッ素と相互作用をするときに生じる(ジェイ・ウォン等,「フッ化物光学素子の長寿命化(Extended lifetime of fluoride optics)」,第39回ボールダーダメージシンポジウム,2009年,SPIEプロシーディングス,6720,672011-9を見よ)。フッ素欠損量は強くプロセスに依存する。110Vのバイアス電圧及び0.25nm/秒の蒸着速度を用いれば、結果としてMgO-MgF膜の形成をもたらすMgF改変プロセス中に最大で10%のフッ素が欠損するとの想定が妥当である。富酸素プラズマ環境内では欠損フッ素サイトが酸素で置換されて、MgOが形成され、この結果、MgO-MgF複合膜が得られる。膜形成源材料としてMgO及びMgFを用いて蒸着した材料の、10%のMgOと90%のMgFからなる膜の、2μmの波長における推定屈折率は1.40であり、これは、MgFだけが金属含有源材料であり、いくらかのMgFをMgOに転換するために酸素が用いられる、本開示の改良MgO-MgF膜に対する値の1.43より低い。改変MgF膜の屈折率の追増分は、PIADプロセスの結果、MgFバルク材料より高い、高膜充填密度が得られるという事実の一因となり得る。同様の緻密化効果がSiO膜で得られている(ジェイ・ウォン等,「緻密化SiO膜の弾性/塑性緩和(Elastic and plastic relaxation of SiO2 films)」,Applied Optics,2008年,第47巻,第13号,p.189-192)。PIADプロセスに酸素が用いられる本開示においては、改変MgF膜または被膜が、純MgF膜または被膜の代わりに、MgO-MgF複合膜を形成するために緻密化される。
【0022】
(b)平滑化された膜表面
上で論じたような高い膜充填密度及び改変された膜組成に加えて、平滑な膜表面が膜の耐久性を強化することを認識することも重要である。プラズマ平滑化に用いられるプラズマ運動量転移Pβは式(3):
【0023】
【数3】
【0024】
で定めることができる。ここで、式(3)のnは原子/cm単位の蒸着膜の表面原子密度である。他の全てのパラメータは式(1)において説明してある。このプロセスは、プラズマが3〜4原子層毎の蒸着膜表面と連続的に相互作用するから、その場プラズマ平滑化と呼ばれる。
【0025】
プラズマ平滑化効果は改良MgO-MgF複合膜の表面構造をPVDで得られた標準的純MgF膜の表面構造と比較することで実証することができる。図3a及び3bはそれぞれ、改良PIADプロセスで蒸着された200nm厚MgO-MgF複合膜及び膜厚が同じ標準的純MgF膜のAFM像を示す。図3a及び3bについて対応する表面粗さはそれぞれ0.4nm及び2.4nmである。図3aの平滑化された膜構造はさらに、特にキャッピング層として用いられる場合に、膜の耐久性を高める。
【0026】
(c)耐久IR反射防止膜用キャッピング層としてのMgO-MgF複合膜
改良MgO-MgF複合膜には、IR光学素子に、特に改良MgO-MgF複合膜がキャッピング層としてはたらき、高められた耐摩耗性及び環境安定性をもたらす、IR反射防止膜に、多くの可能な用途がある。例えば、MgO-MgF複合膜はLWIR広帯域AR用途のためのキャッピング層として用いることができる。図4はLWIR広帯域AR膜の入射角12°における反射率(Rx)を、MgO-MgF複合キャッピング層が無い場合(参照数字30)及びMgO-MgF複合キャッピング層がある場合(参照数字32)について、グラフで示す。図4に示されるように、MgO-MgF複合キャッピングコーティング層を有する光学素子の反射率は7.25μmから11.75μmの波長範囲において2%より低い。7.5μmから11.5μmの波長範囲において、反射率Rxは1%より低い。対照的に、MgO-MgF複合キャッピングコーティング層をもたない膜の反射率は同じ波長範囲において2%より高い。
【0027】
図5は、MgO-MgF複合膜をキャッピング層として用いているLWIR広帯域AR膜のスペクトル透過率Tx(参照数字40)及び反射率Rx_12°(参照数字42)をグラフで示す。反射率Rxはほぼ7.25μmから11.25μmの波長範囲において2%より低く、透過率Txは同じ波長範囲において60%より高い。キャッピング層をもたないLWIR広帯域AR膜は、本明細書のどこか他で説明した厳しい磨耗試験に落ちる。MgO-MgF複合AR膜の耐久性は700nm厚MgO-MgF複合キャッピング層の使用によって高まる。上述したように作製した700nm厚MgO-MgF複合キャッピング層をもつ味見試料はMIL-C-48497Aを用いた厳しい磨耗試験及び環境紙面の全てに合格した。
【0028】
上述したように、本開示は、1μmから14μmの範囲の波長を有する赤外光とともに用いるに適する、複合MgO-MgF反射防止膜をその上に有する光学素子に向けられ、反射防止膜厚は波長範囲によって可変であり、膜厚は100nmから1500nmの範囲にある。1〜3μm赤外波長範囲に適する一実施形態において、膜厚は150nmから300nmの範囲にある。3〜5μm赤外波長範囲に適する一実施形態において、膜厚は250nmから450nmの範囲にある。8〜13μm赤外波長範囲に適する一実施形態において、膜厚は600nmから1500nmの範囲にある。別の実施形態において、前記膜の反射率Rは、7.25μmから11.75μmの波長範囲において2%より低い。別の実施形態において、前記膜の反射率は、7.5μmから11.5μmの波長範囲において1%より低い。別の実施形態において、被覆光学素子は7.5μmから11.5μmの波長範囲において60%より高い透過率を有する。別の実施形態において、被覆光学素子の被膜は2ポンド(0.907kg)から2.5ポンド(1.134kg)の間の押付力を用いる磨耗試験に合格する。
【0029】
本開示はさらに、プラズマイオン支援蒸着を用いて基板の表面上に選ばれた材料の薄膜を蒸着する方法に向けられ、方法は、
真空チャンバを提供する工程、及び
真空チャンバ内に、
膜がその上に蒸着されるべき基板を提供する工程、
MgF材料源を提供する工程及び、膜材料蒸気束を供給するために、電子ビームを用いてMgF材料を蒸発させる工程、
−蒸気束はMgF材料源から反転マスクを通って基板に達する、
プラズマ源からのプラズマ内に酸素イオンを含むプラズマイオンを供給する工程、
基板を選ばれた回転周波数fで回転させる工程、
MgF材料を基板上に被膜として蒸着する工程、及び
MgF材料蒸着前及び蒸着中、基板及び被膜をプラズマイオンで衝撃する工程、
を含み、
方法は平滑で緻密であり、一様な複合MgO-MgF被膜を形成する。
【0030】
この方法において、被膜は100nmから1500nmの範囲の厚さに蒸着される。1〜3μmの波長範囲での使用のため、被膜は150nmから300nmの範囲の厚さに蒸着される。3〜5μmの波長範囲での使用のため、被膜は250nmから450nmの範囲の厚さに蒸着される。8〜13μmの波長範囲での使用のため、被膜は600nmから1500nmの範囲の厚さに蒸着される。
【符号の説明】
【0031】
8 蒸着装置
10 電子ビーム
12 反転マスク
16 プラズマ源
18 ターゲット
20 蒸気束
21 プラズマ
22 基板キャリア
24 基板
28 真空チャンバ
図1
図2
図3a
図3b
図4
図5