【実施例1】
【0021】
(ドパミンD2/D3受容体アゴニスト投与による遅発性ジストニアの改善確認)
ドパミンD2/D3受容体アゴニストであるプラミペキソール塩酸塩水和物を、不随意運動である遅発性ジストニアと診断された患者に投与して、遅発性ジストニアの改善確認を行った。詳細は、以下の通りである。なお、ジストニアの改善評価は、ESRS{Extrapyramidal Symptoms Rating Scale、錐体外路症状の評価尺度:参照文献:Guy Chouinarda,b,T, Howard C. Margolesea. Manual for the Extrapyramidal Symptom Rating Scale (ESRS). Schizophrenia Research 76 (2005) 247- 265.}を用いた。
【0022】
(患者M)
患者M は、X年ある病院にてうつ病で治療が開始され、sulpiride(スルピリド:抗精神病薬)、levomepromazine(レボメプロマジン:抗精神病薬)等が処方されていた。Fluvoxamine(フルボキサミン:抗うつ薬)、imipramine(イミプラミン:抗うつ薬)も処方されていたようだが、詳細は不明である。
X+3年1月頃より首が動くようになり、首と肩に痛みが生じるようになった。
X+4年2月10日に治療抵抗性のうつ状態と遅発性ジストニアのため当科紹介初診。受診時、lithium(リチウム:気分安定薬)800mg、sulpride 100mg、seroquel (セロクエル:抗精神病薬)75mg、biperiden (ビペリデン:抗コリン薬)2mg、paroxetine (パロキセチン:抗うつ薬)20mg等が処方されていた。当科にて双極性障害及び遅発性ジスキネジアと診断された。治療方針として、当科にて気分障害の治療を行い、遅発性ジストニアについてはA型ボツリヌス毒素製剤(ボトックス)による治療が行われた。さらに、神経内科にて、抗精神病薬による頸部の遅発性ジストニアと診断された。
Trihexyphenidyl (トリヘキシフェニジル:抗コリン薬)6mg、clonazepam (クロナゼパム:ベンゾジアゼピン系薬であり抗不安薬)1mgまで増量するも効果がなかった。A型ボツリヌス毒素製剤注射2回目施行するも改善乏しく、嚥下困難(dysphagia)が出現したため中止した。
抗うつ薬、抗精神病薬を中止してlithium 800mgにてX+4年8月中旬に気分の安定が得られたため、それ以降、精神科的にはlithiumにて治療を行った。
【0023】
(1)X+4年11月26日
右頸部の遅発性ジストニアが著明にみられ、頭を左側に旋回し、両手で抑えながら会話をしていた(ESRS 46点)。Pramipexole 徐放性剤(プラミペキソール塩酸塩水和物:ドパミンD2/D3受容体アゴニスト)0.375mgの処方を開始した。
(2)X+4年11月29日
右頸部の大きな回旋運動は改善し、両手で抑えなくても会話ができたが、依然ジストニアは認められた(ESRS 27点)。継続してPramipexole 徐放性剤0.375mgを処方した。
(3)X+4年12月10日
ジストニアは前回とほとんど変わらなかった(ESRS 23点)。そのため、Pramipexole 徐放性剤を0.75mgに増量して処方した。
(4)X+4年12月17日
ジストニアに改善がみられた(ESRS 16点)。そのためPramipexole 徐放性剤を1.125mgに増量して処方した。
(5)X+5年1月7日
ジストニアは軽度だがさらに改善した(ESRS 12点)。そのため、Pramipexole 徐放性剤を1.5mgに増量して処方した。
(6)X+5年1月28日
回旋運動に悪化がみられた(ESRS 34点)。そのため、Pramipexole 徐放性剤を1.125mgに減量して処方した。
(7)X+5年2月4日
ジストニアは全体的に改善が見られるが、前回の同用量に比べて重度であった(ESRS 27点)。さらに、Pramipexole 徐放性剤を0.75mgに減量して処方した。
(8)X+5年2月18日
ジストニアはやや改善した(ESRS 22点)。さらに、Pramipexole 徐放性剤を0.375mgに減量して処方した。
(9)X+5年2月25日
ジストニアはさらに改善がみられた(ESRS 11点)。Pramipexole 徐放性剤を0.375mgで維持して処方した。
(10)X+5年3月4日
ジストニアは改善した状態が維持された(ESRS 11点)。Pramipexole 徐放性剤0.375mgで維持して処方した。
(11)X+5年3月18日
両手で支えないと止まらない話せないほどに頚部ジストニアが悪化した(ESRS 26点)。Pramipexole 徐放性剤0.75mgに再度増量して処方した。
(12)X+5年3月25日
前回よりも改善しているが日によって変動があった(ESRS 22点)。Pramipexole 徐放性剤0.75mgで維持して処方した。
(13)X+5年4月8日
発作的な引っ張られるジストニアは消失しているが、緊張するとジストニアは出現した(ESRS 19点)。Pramipexole 徐放性剤0.75mgで維持して処方した。
(14)X+5年4月25日
揺れたり、右に傾くという症状が見られ、片手で動きを支えており、やや悪化した(ESRS 22点)。Pramipexole 徐放性剤0.75mgで維持して処方した。
(15)X+5年6月6日
ジストニアは軽度改善した(ESRS 19点)。Pramipexole 徐放性剤をさらに増量し 1.125mgで処方した。
(16)X+5年6月20日
ジストニアは改善した(ESRS 14点)。Pramipexole 徐放性剤増量し 1.5mg で処方した。
(17)X+5年6月27日
ジストニアは改善した(ESRS 6点)。患者Mの自覚的には不変であった。Pramipexole 徐放性剤を1.5mgにて維持して処方した。
(18)X+5年7月18日
ジストニアは不変であった(ESRS 6点)。Pramipexole 徐放性剤を1.875mgに増量して処方した。
(19)X+5年8月8日
やや右に傾いているが不変であった(ESRS 6点)。Pramipexole 徐放性剤 を1.875mgで維持して処方した。
(20)X+5年8月29日
精神的な緊張で悪化することがあるが、診察時は改善が維持されていた(ESRS 6点)。Pramipexole 徐放性剤1.875mgで維持して処方した。
【0024】
(患者Mのジストニアの改善確認)
上記プラミペキソール塩酸塩水和物(Pramipexole 徐放性剤)の投与スケジュール、ESRSの総得点及びESRS-Dystonia得点を下記表1に示す。さらに、ESRSの総得点及びESRS-Dystonia得点の推移を
図1に示す。
下記表1及び
図1から明らかなように、プラミペキソール塩酸塩水和物の投与によりESRSのスコアが減少した。すなわち、錐体外路症状、特に遅発性ジストニアが改善されたことを確認した。
より詳細には、プラミペキソール塩酸塩水和物は当初用量依存的に遅発性ジストニアを改善したが、その後、1.5mgで増悪し、減量により改善した。しかし、その後また悪化したため、増量により再度改善しその後1.875mgで維持した。服薬遵守は患者の申告に基づくが、少量から効果発現し、その後、増量により一過性に悪化するも、さらに増量すると改善が得られるというU-shape型の遅発性ジストニア改善効果を得られた。
【0025】
【表1】
【0026】
(患者N)
本患者Nの診断名は、統合失調感情障害及び遅発性ジスキネジアであった。抗精神病薬を長期使用後に、不随意運動が出現し、特に些細なストレスで不随意運動が増悪すること、さらに抗精神病薬を減量しても症状は改善しなかったため遅発性ジストニアと診断した。詳細は以下の通りである。
【0027】
(1)1996年5月に2〜3週HPD(ハロペリドール:抗精神病薬)を使い18mgまで増量して処方した。該増量の際に、急性ジストニアが出たのでRIS(リスペリドン:抗精神病剤薬)4mgに変更し、その後10年程3〜4mgで維持し、RIS4mgの状態で遅発性ジストニアが出現した。
(2)2010年3月頃より遅発性ジストニアの不随意運動として頚部の左方捻転、左上肢から頚部の体幹を巻き込むような捻転、眼輪筋の緊張による閉眼が出現した。
ミラペックス
(登録商標)(プラミペキソール塩酸塩水和物:ドパミンD2/D3受容体アゴニスト)を0.375mgまで増量したところ、上記それぞれの症状は軽度軽減した。しかし、未だ食事をとることができないほどの症状であった。さらに、0.75mgの増量で特に左上肢の捻転、眼輪筋の緊張による閉眼が改善し、食事がとれるまでに改善した。
【0028】
(患者Nのジストニアの改善確認)
上記プラミペキソール塩酸塩水和物の投与スケジュール、ESRSの総得点、ESRS-Dystonia得点、PANSS(Positive and Negative Syndrome Scale:統合失調症の指標)の総得点及びGAF(Global Assessment of Functioning:日常生活や社会生活の質の評価)得点を下記表2に示す。
下記表2から明らかなように、プラミペキソール塩酸塩水和物の投与によりESRSのスコア及びESRS-Dystoniaスコアが減少した。すなわち、錐体外路症状、特にジストニアが改善されたことを確認した。
PANSSに関し、スコアの変化がなかった。すなわち、プラミペキソール塩酸塩水和物の投与により、統合失調症には、悪化も、改善もなく、影響しなかった。
GAFに関し、スコアが上昇した。すなわち、統合失調症症状が変化ないにもかかわらず上昇したことは、ジストニアの改善により生活の質が大きく改善した。
以上により、プラミペキソール塩酸塩水和物投与により、錐体外路症状、さらには、ジストニアは、改善した。しかし、統合失調症には変化がなかった。すなわち、統合失調症の治療薬剤の副作用であるジストニアのみが改善されたので、プラミペキソール塩酸塩水和物がジストニアを改善した。
【0029】
【表2】
【0030】
(総評)
本発明者らは、上記実施例1の結果及び現在の本発明者らの知見により、抗精神病薬(ドパミンD2受容体アンタゴニスト又はドパミンD2/D3アンタゴニスト)の長期投与により前シナプスのD2受容体数及びD3受容体数が増加し、該増加が遅発性ジストニアの原因となっていると考える。
そして、ドパミンD2/D3受容体アゴニスト投与による不随意運動、特に遅発性ジストニアの改善は前シナプスのD2受容体及びD3受容体に作用することにより発揮され、遅発性ジストニア発現機序及び徐放性ドパミンD2受容体アゴニストの用量依存的効果は以下であると考える。
【0031】
(遅発性ジストニア発現機序)
遅発性ジストニアは、ストレスや姿勢を保持しようとするときに局所の筋肉が一過性に収縮し、それを繰り返すタイプ(phasic type、相動性緊張型)と、局所の筋肉が持続的に緊張し続けて捻じれた姿勢が維持されるタイプ(tonic type、緊張持続型)に大きく分かれる。そして、前シナプス(プレシナプス)のドパミンD2及びD3受容体は後シナプス(ポストシナプス)のD2及びD3受容体よりもドパミンへの結合親和性が高い。そのため、放出されたドパミンが前シナプスのD2及びD3受容体に結合してドパミン放出を抑制・停止させる。前シナプスのD2及びD3受容体数が増加していれば、ドパミン放出に伴った運動が一気に過剰抑制されるが、ドパミン不足が生じるために再度ドパミンが放出されてまた運動の過剰抑制が生じるという相動性緊張型を示す。一方、前シナプスのドパミンD2及びD3受容体数がさらに過剰な場合には、シナプス間隙に常時存在する量のドパミンによっても放出抑制が生じていて、緊張持続型のジストニアが生じる。
【0032】
(徐放性ドパミンD2受容体アゴニストの用量依存的効果)
1.(極低投与量)
一定量以下の極低投与量の徐放性ドパミンD2受容体アゴニストは少数の前シナプスのD2受容体に常に結合するものの、前シナプスのD2受容体を介したドパミン放出抑制はほとんど起こさないと考えられる。従って、該アゴニストのD2受容体への親和性が十分に高ければ、一定量のD2受容体が該アゴニストによって既に占拠されているため、ストレス等で放出されたドパミンが結合可能な前シナプスのD2受容体数は減少する。その結果、ドパミン放出後に生じる急激な放出抑制は軽減し、相動性緊張型のジストニアは軽減する。
極低投与量は、1日当たり0.375mg程度である。
2.(低投与用量)
徐放性ドパミンD2受容体アゴニストの投与量を上記「1」から更に増加させた場合には、ドパミンD2受容体を介して軽度ドパミン放出を抑制している。この時にストレス等でドパミンが放出されると、その一過性に増加したドパミンによる急激な放出抑制と該アゴニストによって生じている放出抑制が相互作用してしまい、相動性緊張型のジストニアが再度悪化する。
低投与量は、1日当たり0.75mg程度である。
3.(中投与量)
徐放性ドパミンD2受容体アゴニストの投与量を上記「2」から更に増加させると、持続的に比較的多くのドパミンD2受容体に結合しドパミン放出量を抑制し、ストレス等で放出されるドパミン量も少なくなる。そのため、相動性緊張型のジストニアは改善する。
中投与量は、1日当たり1.5mg程度である。
4.(高投与量)
徐放性ドパミンD2受容体アゴニストの投与量を上記「3」から更に高投与量とすると、前シナプスのD2受容体を過剰に占拠して、ドパミン放出量が常に過剰抑制されており、またストレス等で放出されるドパミン量も少ないため、持続緊張型のジストニアが生じる。
高投与量は、1日当たり2.000mg程度である。
5.(極投与量)
徐放性ドパミンD2受容体アゴニストの投与量が大過剰、すなわちパーキンソン病治療における投与では後シナプスのD2受容体を刺激したときの反応が出始める。この時、遅発性ジストニアが生じる人では後シナプスのD2受容体数も過剰となっていることが考えられるため、このような場合ではジスキネジアが生じる。
【0033】
(徐放性ドパミンD2/D3受容体アゴニスト)
Pramipexole等のようなD2/D3受容体アゴニストについては、D3受容体を介した用量依存的な作用も同時に生じていることが考えらえる。
その場合、いずれの受容体を介した作用が先に生じるかはその薬剤のD2受容体への親和性の高さとD3受容体への親和性の高さによって異なる。Pramipexoleの場合にはD3受容体への親和性がD2受容体に対して60倍程度とされており、極低投与量では主にD3受容体を介した効果が中心に出現していると考えられる。