【実施例】
【0046】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
以下、LC-UV分析は、特に記載の無い限り、以下の条件で行った。
[条件]
装置:Quattro Micro API及びUPLC (Waters)
カラム:Aquity UPLC BEH C18 (1.7μm, 2.1x100 mm, Waters)
カラム温度:40℃
移動相:A)水/アセトニトリル/ギ酸=95/5/0.1 (v/v/v), B)アセトニトリル/ギ酸=100/0.1 (v/v)
グラジエント条件:0 min (A:B=100:0)→12 min (A:B=0:100), リニアーグラジエント
流速:0.4 mL/min
検出器:UV(254nm)
以下、MTT assayは、特に記載の無い限り、CCK-8(同仁化学)を用いて、CCK-8添加後、約1.5時間5%CO2にてインキュベーション反応させることにより、行った。
【0047】
実施例1 NaOClの細胞毒性の回避
(各種溶媒又はビタミンを用いたプレ処置系調製液の作成)
DMSO(ジメチルスルホキシド(dimethylsulfoxide), 和光純薬工業)と0.54M NaOCl水溶液(Sigma-Aldrich)を10/90、20/80、又は40/60(v/v)の比で混合し、及び2%FBS(ウシ胎児血清(fetal bovine serum), Biowest)含有RPMI-1640培地(Sigma-Aldrich)で希釈して表1に示すプレ処置系調製液とした(DMSO、及び各種NaOCl最終濃度を表1に示す)。
また、前記のDMSOに換えて、DMF(N,N-ジメチルホルムアミド(N,N-dimethylformaide), 和光純薬工業)、又はエタノール(Ethanol)(Ethanol 95%, Sigma-Aldrich)、ビタミンA(Vitamin A)(Retinoic Acid, 東京化学工業)、ビタミンE(Vitamin E)((±)-α-Tocopherol, Sigma)を用いて、表1の最終濃度の各プレ処置系調製液を調製した。
各プレ処置系調製液のpHはほぼ中性であった。
【0048】
(NaOClの細胞障害の回避)
HL-60細胞(2×10
4 cells/well)を各プレ処置系調製液(100μl/well)に24時間曝露(5%CO2、37℃にてインキュベーション)した後、MTT assay (CCK-8, 同仁化学)にて細胞生存率を評価した。その結果を表1に示す。なお、対照としては、2%FBS含有RPMI-1640培地を用いた。
DMSOを用いた場合、最終濃度0.10%以上で、NaOClによる細胞毒性を回避できることが確認された。一方、DMSO以外では、NaOClによる細胞毒性を回避できなかった。
【0049】
【表1】
【0050】
実施例2 NaOClによるベスナリノン分解物生成試験
以下に説明するように、NaOCl最終濃度が異なる調製液(NaOCl添加系調製液(NaOCl:0.1mM)、及びプレ処置系調製液(NaOCl:2.7mM))を作成し、これをインキュベーションして、ベスナリノン分解物生成を試験した。なお、NaOClを含有しない調製液を標準溶液とした。
【0051】
(NaOCl添加系調製液(NaOCl:0.1mM)の作成)
ベスナリノンをDMSO(dimethylsulfoxide,和光純薬工業)に溶解して100mMベスナリノン溶液とした。0.54μM NaOCl溶液(Sigma-Aldrich)を2%FBS(fetal bovine serum、Biowest)含有RPMI-1640培地(Sigma-Aldrich)で希釈して1mM NaOCl希釈液とした。100mMベスナリノン溶液の1μL、及び1mM NaOCl希釈液の10μLを分取して、89μLのRPMI-1640培地と混合してNaOCl添加系調製液とした(ベスナリノン:100μM, NaOCl:0.1mM)。
NaOCl添加系調製液のpHはほぼ中性であった。
なお、0.1mM NaOClは、HL-60細胞(DSファーマバオメディカル株式会社)を24時間培養した際に細胞毒性を示さない最大NaOCl濃度であることを別途確認した。
【0052】
(プレ処置系調製液(NaOCl:2.7mM)の作成)
ベスナリノンを初期濃度20%のDMSOに溶解して81mMのベスナリノン溶液とした。この溶液20μLと0.54M NaOCl水溶液(Sigma-Aldrich)80μLとを混合後、2%FBS(fetal bovine serum, Biowest)含有RPMI-1640培地(Sigma-Aldrich)で希釈してプレ処置系調製液とした(ベスナリノン:100μM, NaOCl:2.7mM)。
プレ処置系調製液のpHはほぼ中性であった。
【0053】
(ベスナリノン分解生成比較とその結果)
NaOCl添加系調製液はMCO-18AIC(UV)(三洋電機株式会社)にて24時間、37℃で5%CO2にてインキュベーションした後に、一方、プレ処置系調製液は作成後直ちに、それぞれタンパク質を除去して、UV 254nmにおいて、ベスナリノン分解生成物のLC-UV分析を行った。
図1にLC-UV分析結果を示す(縦軸は信号強度(AU)であり、横軸は溶出時間(分)である)。
標準溶液のクロマトグラムにおけるピークとNaOCl添加系調製液のクロマトグラムにおけるピークはほぼ同じであり、NaOCl濃度0.1mMでは、24時間インキュベーションしてもベスナリノンの分解物がほとんど生成しないことが確認された。
一方、NaOCl濃度が2.7mMという高濃度であるプレ処置系調製液では、ベスナリノンの分解物が多く生成することが確認された。
【0054】
実施例3 NaOClプレ処置系の細胞毒性、及びGSHによる細胞保護効果
(各ベスナリノン濃度のプレ処置系調製液の段階希釈調製)
ベスナリノンを初期濃度20%のDMSOに溶解して81mMのベスナリノン溶液とした。この溶液20μLと0.54M NaOCl水溶液(Sigma-Aldrich)80μLとを混合し、及び2%FBS(fetal bovine serum, Biowest)含有RPMI-1640培地(Sigma-Aldrich)で段階希釈して、各ベスナリノン濃度のプレ処置系調製液とした(ベスナリノン:100μM、33μM、10μM、3.3μM)。
各プレ処置系調製液のpHはほぼ中性であった。
【0055】
(試験方法)
HL-60細胞(2×10
4 cells/well)を、各ベスナリノン濃度のベスナリノンのプレ処置系調製液(100μl/well)に24時間曝露(5%CO2、37℃にてインキュベーション)した後、MTT assay (CCK-8,同仁化学)にて細胞生存率を評価した。また同様にして、還元型グルタチオン(GSH)(1mM)を共存させて、24時間曝露後の細胞生存率を測定した。なお、ベスナリノンを溶解していないプレ処置系調製液を対照とした。結果を
図2に示す(縦軸は細胞生存率(%)であり、横軸はベスナリノン濃度(μM)である)。
【0056】
(試験結果)
図2に示されるように、HL-60細胞(2×10
4 cells/well)を、ベスナリノンのプレ処置系調製液(100μl/well)に曝露した結果、濃度依存的な細胞毒性が認められ、一方、これに1mMのGSHを共存させた場合には、細胞は保護された。
従って、ベスナリノンのプレ処置系調製液の細胞毒性が、次亜塩素酸ナトリウムによってベスナリノンから生じた反応性代謝物による細胞毒性であることが示唆された。
さらに、同様の試験を他の血液系細胞株(THP-1)を用いて実施したところ、同様の結果が得られた。
【0057】
実施例4 NaOClによるベスナリノン分解物のクロマトグラフィー
ベスナリノンをDMSO(dimethylsulfoxide,和光純薬工業)に溶解して81mMベスナリノン溶液とした。この溶液20μLと0.54M NaOCl水溶液(Sigma-Aldrich)80μLとを混合し、及び2%FBS(fetal bovine serum, Biowest)含有RPMI-1640培地(Sigma-Aldrich)で希釈してプレ処置系調製液とした(ベスナリノン:100μM, NaOCl:2.7mM)。
当該調製液100μLに2%FBS含有RPMI-1640を10μL添加し(GSH(−))、あるいは、当該調製液100μLに2%FBS含有RPMI-1640に溶解した10mM GSHを10μL添加した(GSH(+))。
各プレ処置系調製液のpHはほぼ中性であった。
両群ともに、2%FBS含有RPMI-1640を用いてタンパク質を除去して、LC-UV分析を行った。
なお、実施例3と同様に細胞生存率を比較した結果、GSHを添加しない場合は細胞毒性が認められ、GSHを添加した場合は細胞毒性が認められなかった。
【0058】
(ベスナリノン分解物比較とその結果)
図3にGSH(−)、及びGSH(+)のLC-UV分析結果を示す(縦軸は信号強度(AU)であり、横軸は溶出時間(分)である)。
当該分析結果において、4.67分でのピークの物質をXM-1と称し、及び9.77分でのピークの物質をXM−2と称する。
HL-60細胞(2×10
4 cells/well)を、ベスナリノンのプレ処置系調製液に曝露した場合(即ち、GSH(−)条件)、細胞生存率が濃度依存的に低下し、及びXM−1及びXM−2が主に生成していた(
図3、上図)。一方、HL-60細胞(2×10
4 cells/well)を、ベスナリノンのプレ処置系調製液及び1mM GSHに曝露した場合(即ち、GSH(+)条件)、細胞生存率は低下せず、及びXM−2が消失し、代わりにXM-1の生成が増加した(
図3、下図)。
従って、XM−2がベスナリノンのプレ処置系において認められた細胞毒性の原因物質(反応性代謝物)であることが示唆された。
【0059】
実施例5 クロマトグラフィーによる反応性代謝物の同定
(プレ処置系調製液の作成)
ベスナリノン、又はXM-1を、それぞれDMSO(dimethylsulfoxide,和光純薬工業)に溶解して、81mM ベスナリノン溶液、又は81mM XM-1溶液とした。この溶液20μLと0.54M NaOCl水溶液(Sigma-Aldrich)80μLとを混合し、及び2%FBS(fetal bovine serum, Biowest)含有RPMI-1640培地(Sigma-Aldrich)で希釈してプレ処置系調製液とした(ベスナリノン、又はXM-1:100μM, NaOCl:2.7mM)。
各プレ処置系調製液のpHはほぼ中性であった。
XM−2をDMSOにて溶解してXM−2標準溶液とした(XM−2濃度:100μM)。
各液をメタノールで20倍希釈し、タンパク質を除去して、LC-UV分析及びLC-MSスペクトル分析を行った。
図4−1にクロマトグラム(UV 254nm)(縦軸は信号強度(AU)であり、横軸は溶出時間(分)である)を、及び
図4−2にスペクトルを示す。
(試験結果)
ベスナリノンのプレ処置系調製液、XM-1のプレ処置系調製液、及びXM−2の標準溶液のクロマトグラム(
図4−1)で共通して、溶出時間9.64分のピーク(
図4−1中、矢印で示す。)が観察され、そのLC-MSスペクトル(m/z)(
図4−2)として主に285や165(それぞれを、
図4−2中、矢印で示す。)が認められた。
従って、ベスナリノンのプレ処置系調製液で認められた反応性代謝物は、XM−2であることが同定された。
XM−2の構造を以下に示す。
【化1】
当該反応式を一般化すると、次式の通りである。
【化2】
[式中、R
1は、ジメトシキベンゾイル骨格を有する置換基であり、及びR
2は、カルボスチリル骨格を有する置換基である。]
【0060】
実施例6 XM−2の細胞毒性評価
(代謝物XM−2の調製)
実施例5と同様の方法でXM−2を抽出精製した。
(プレ処置系調製液の調製)
XM−2をDMSO(dimethylsulfoxide,和光純薬工業)に溶解して、各濃度(100mM、33mM、10mM、及び3.3mM)のXM−2のDMSO溶液とした。
各プレ処置系調製液のpHはほぼ中性であった。
(試験方法)
HL-60細胞(2×10
4cells/well)を、各濃度のXM−2のDMSO溶液に曝露(約24時間、5%CO2にてインキュベーション)した後、MTT assay(CCK-8、同仁化学)にて細胞生存率を評価した。
また同様にして、還元型グルタチオン(GSH)(1mM)を一部の細胞に共存させて、24時間曝露後の細胞生存率を測定した。結果を
図5に示す。細胞生存率は対照(DMSO)に対する割合(%)で示す。***は、対照と比較してp<0.001であることを示す。データはmean±SD(n=3)である。縦軸は細胞生存率(%)であり、横軸はXM−2の濃度(μM)である。
(試験結果)
図5に示されるように、HL-60細胞を、XM−2のDMSO液に曝露すると、濃度依存的な細胞毒性が認められた。一方、1mMのGSHを共存させると、細胞毒性は軽減された。
従って、XM−2は細胞毒性を示す反応性代謝物であることが明らかとなった。
【0061】
実施例7 XM−1及びXM−2のヒト血漿成分中での安定性の評価
(代謝物XM−1及びXM−2の調製)
XM−1、及びXM−2をそれぞれメタノール(Sigma-Aldrich)に溶解して1 mg/mLのXM−1試験液、及びXM−2試験液とした。
(試験方法)
ヒト血漿として、6個体(男性3名及び女性3名)からプールしたヒト血漿(日本農産工業株式会社)を用いた。
XM−1については、これを、ヒト血漿に添加して1μg/mLの濃度とし、37℃で、各時間(0,0.5,1,2,4,8h)、5%CO2にてインキュベーションした。
一方、XM−2については、これを、氷冷したヒト血漿及び水成分(Water/Plasma=100/0, 95/5, 90/10, 75/25, 50/50, 0/100)に添加し、及び混合した。
それぞれ2倍量のメタノールでタンパク質を除去して、LC-UV分析を行った。
図6にXM−1の結果を、及び
図7にXM−2の結果を示す。縦軸は信号強度(AU)であり、横軸は溶出時間(分)である。
図6中、実線矢印はXM−1を示し、点線矢印は、ベスナリノンを示す。
図7中、実線矢印はXM−1を示し、大きな白抜き矢印は、XM−2を示す。
図7中、Water/PlasmaをW/Pと略記する。
(試験結果)
図6から明らかなように、XM−1はヒト血漿(37℃)中で8時間インキュベーションしても溶出時間に変化がなく、ヒト血漿(37℃)において安定であった。
一方、
図7から明らかなように、氷冷下でさえ、ヒト血漿成分の存在下ではXM−2は速やかにXM−1へ変換された。
以上より、XM−1はヒト血漿中で安定に存在できるが、XM−2はヒト血漿中では不安定であり、生成しても速やかにXM−1へ変換されることが示唆された。
【0062】
実施例8 各種市販薬の細胞毒性の評価
(各種市販薬のプレ処置系調製液の調製)
実施例1のベナスリノン分解試験液の調製と同様にして、各種市販薬をDMSOに溶解して81 mM 薬物溶液とし、この薬物溶液20 μLと0.54M NaOCl水溶液80 μLとを混合して、16.4 mM各薬物分解試験液とした。この各薬物分解試験液を2%FBS含有RPMI-1640培地で段階希釈して、各プレ処置系調製液とした(ベスナリノン、各種市販薬濃度:33μM,
3.3μM)。
各プレ処置系調製液のpHはほぼ中性であった。
なお、対照(Control)としては、DMSOのみをNaOCl水溶液と混合して用いた。
【0063】
(各種市販薬の細胞毒性の評価)
HL-60細胞(2×10
4 cells/well)を、各種市販薬のプレ処置系調製液(100μl/wellに24時間曝露(5%CO2、37℃にてインキュベーション)した後、MTT assay(CCK-8, 同仁化学)にて細胞生存率を測定することにより、各種市販薬の細胞毒性を評価した。結果を
図8に示す。縦軸に細胞生存率(cell viability)(%)を示し、横軸に各種市販薬の一般名を示す(Controlは、前記対照(Control)である)。
【0064】
(試験結果)
顆粒球減少症(無顆粒球症)が知られている代表的な薬物である、プロカインアミド(Procainamide)、アセトアミノフェン(Acetaminophen)、クロザピン(Clozapine)、ハロペリドール(Haloperidol)及び塩酸チクロピジン(Ticlopidine Hydrochloride)(
図3中、Ticlopidine)は、いずれも次亜塩素酸モデルで濃度依存的な細胞毒性が認められた。一方、ベスナリノン同様にピペラジンを有しているが、顆粒球減少症がほとんど知られていない薬物であるオランザピン(Olanzapine)やレボフロキサシン(Levofloxacin)は、細胞毒性が認められなかった。したがって、本発明の方法は、市販薬においても顆粒球減少のポテンシャル評価が可能であり、毒性評価モデルとして広く応用可能であると考えられた。
【0065】
実施例9 各種市販薬の細胞毒性に対する保護効果
(プレ処置系調製液)
ベスナリノンをDMSO(dimethylsulfoxide,和光純薬工業)に溶解して81mMベスナリノン溶液とした。この溶液20μLと0.54M NaOCl水溶液(Sigma-Aldrich)80μLとを混合し、及び2%FBS(fetal bovine serum, Biowest)含有RPMI-1640培地(Sigma-Aldrich)で希釈してプレ処置系調製液とした(ベスナリノン:33μM, NaOCl:2.7mM)。
また、前記のベスナリノンに換えて、プロカインアミド(procainamide)、又はアセトアミノフェン(acetaminophen)を用いて各プレ処置系調製液とした(プロカインアミド、又はアセトアミノフェン:33μM、NaOCl:0.9mM)。なお、対照(Control)としては、DMSOのみをNaOCl水溶液と混合して用いた(NaOCl:0.9mM)。
(試験方法)
HL-60細胞(2×10
4 cells/well)を、各溶液のプレ処置系調製液に24時間曝露(5%CO2、37℃にてインキュベーション)した後、MTT assay(CCK-8, 同仁化学)にて細胞生存率を評価した。
また、同様にして、但し、還元型グルタチオン(GSH)(1mM)、N-アセチル-L-システイン(N-Acetyl-L-Cystein)(NAC 1mM)、N-アセチル-L-チロシン(N-Acetyl-L-Tyrosin)(NAT 1mM)、又はカタラーゼ(Catalase)(CAT 0.1 mg/mL)を一部の細胞に共存させて、24時間曝露後の細胞生存率を測定した。結果を
図8に示す。縦軸は信号強度(AU)であり、横軸は溶出時間(分)である。グラフのカラムは、左から、ブランク、GSH(1mM)、NAC(1mM)、NAT(1mM)、又、及びカタラーゼ(Catalase)(CAT 0.1 mg/mL)である。
結果、GSHとNACで各薬物による細胞毒性に対して、保護効果が認められた。
従って、SH基が保護的に作用していることが示唆された。