(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
超短パルス光の波形を制御するための技術として、光パルスの位相スペクトル及び強度スペクトルを空間光変調器によって変調するものがある。この技術では、光パルスの波形を所望の形状に精度良く近づけることが望ましい。本発明は、光パルスの波形を所望の形状に精度良く近づけることができるパルス光整形装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述した課題を解決するために、本発明による第1のパルス光整形装置は、入力パルス光から、該入力パルス光とは異なる波形を有する出力パルス光を生成するパルス光整形装置であって、入力パルス光を波長成分毎に分光する分光素子と、各波長成分に対応する複数の変調領域を有し、各波長成分の位相及び強度を変調する位相変調型の空間光変調器と、空間光変調器に呈示される位相パターンを制御する制御信号を空間光変調器に提供する制御部とを備え、空間光変調器により変調された各波長成分が合波された合波光がパルス光整形装置から出力され、制御部は、山波形と谷波形とが交互に繰り返される強度スペクトルを合波光に与えるための強度変調用パターンと、位相が略一定である波長区間を繰り返す位相スペクトルを合波光に与えるための位相変調用パターンとを含む位相パターンを空間光変調器に呈示させ、互いに隣接する波長区間の境界波長が谷波形の波長範囲に含まれており、制御部は、ブレーズド回折格子を含む強度変調用パターンを各変調領域に呈示させるとともに、該ブレーズド回折格子の振幅が可変であることを特徴とする。
【0006】
また、本発明による第2のパルス光整形装置は、入力パルス光から、該入力パルス光とは異なる波形を有する出力パルス光を生成するパルス光整形装置であって、入力パルス光を波長成分毎に分光する分光素子と、各波長成分に対応する複数の変調領域を有し、各波長成分の位相及び強度を変調する位相変調型の空間光変調器と、空間光変調器に呈示される位相パターンを制御する制御信号を空間光変調器に提供する制御部とを備え、空間光変調器により変調された各波長成分が合波された合波光がパルス光整形装置から出力され、制御部は、山波形と谷波形とが交互に繰り返される強度スペクトルを合波光に与えるための強度変調用パターンと、位相が略一定である波長区間を繰り返す位相スペクトルを合波光に与えるための位相変調用パターンとを含む位相パターンを空間光変調器に呈示させ、互いに隣接する波長区間の境界波長が谷波形の波長範囲に含まれており、制御部は、各変調領域における強度変調用パターンの位相変調量に基づいた位相変調画像の画素値を、各変調領域に対応する各波長に応じて補正することを特徴とする。
【0007】
また、本発明による第3のパルス光整形装置は、入力パルス光から、該入力パルス光とは異なる波形を有する出力パルス光を生成するパルス光整形装置であって、入力パルス光を波長成分毎に分光する分光素子と、各波長成分に対応する複数の変調領域を有し、各波長成分の位相及び強度を変調する位相変調型の空間光変調器と、空間光変調器に呈示される位相パターンを制御する制御信号を空間光変調器に提供する制御部とを備え、空間光変調器により変調された各波長成分が合波された合波光がパルス光整形装置から出力され、制御部は、山波形と谷波形とが交互に繰り返される強度スペクトルを合波光に与えるための強度変調用パターンと、位相が略一定である波長区間を繰り返す位相スペクトルを合波光に与えるための位相変調用パターンとを含む位相パターンを空間光変調器に呈示させ、互いに隣接する波長区間の境界波長が谷波形の波長範囲に含まれており、制御部は、ブレーズド回折格子を含む強度変調用パターンを各変調領域に呈示させるとともに、ブレーズド回折格子の周期を、各変調領域に対応する各波長の大きさに応じて補正することを特徴とする。
【0008】
また、本発明による第4のパルス光整形装置は、入力パルス光から、該入力パルス光とは異なる波形を有する出力パルス光を生成するパルス光整形装置であって、入力パルス光を波長成分毎に分光する分光素子と、各波長成分に対応する複数の変調領域を有し、各波長成分の位相及び強度を変調する位相変調型の空間光変調器と、空間光変調器に呈示される位相パターンを制御する制御信号を空間光変調器に提供する制御部とを備え、空間光変調器により変調された各波長成分が合波された合波光がパルス光整形装置から出力され、制御部は、山波形と谷波形とが交互に繰り返される強度スペクトルを合波光に与えるための強度変調用パターンと、位相が略一定である波長区間を繰り返す位相スペクトルを合波光に与えるための位相変調用パターンとを含む位相パターンを空間光変調器に呈示させ、互いに隣接する波長区間の境界波長が谷波形の波長範囲に含まれており、制御部は、周期的な強度変調用パターンを各変調領域に呈示させるとともに、各変調領域における強度変調用パターンの振幅に応じた位相バイアスを各変調領域の位相変調量に加えることを特徴とする。
【0009】
上述した第1〜第4のパルス光整形装置では、まず分光素子によって入力パルス光が波長成分毎に分光された後、各波長成分の位相及び強度が、空間光変調器の各変調領域において変調される。空間光変調器は、強度変調用パターン及び位相変調用パターンを含む位相パターンを呈示する。強度変調用パターンは、山波形と谷波形とが交互に繰り返される(例えば正弦波成分を含む)強度スペクトルを合波光に与える。また、位相変調用パターンは、位相が略一定である波長区間を繰り返す位相スペクトルを合波光に与える。
【0010】
ここで、出力パルス光においてノイズとなる高次成分が発生する場合があるが、このような高次成分は、上記のような位相スペクトルにおける、互いに隣接する波長区間の境界での急激な位相変化が原因であると考えられる。上述した第1〜第4のパルス光整形装置では、互いに隣接する波長区間の境界波長が谷波形の波長範囲に含まれているので、位相が急激に変化する領域における光強度を相対的に抑えることができる。したがって、これらのパルス光整形装置によれば、高次成分を低減して出力パルス光を所望の形状に精度良く近づけることができる。
【0011】
また、第1のパルス光整形装置では、制御部が、ブレーズド回折格子を含む強度変調用パターンを各変調領域に呈示させるとともに、該ブレーズド回折格子の振幅が可変となっている。このように、強度変調用パターンがブレーズド回折格子を含むことによって、強度スペクトルを上記の波形に好適に変調することができる。また、強度スペクトルの変調は必ず光損失を伴うが、ブレーズド回折格子の振幅が可変であるので、強度変調量と光損失とのバランスを適切に調整して、過度な光損失を回避しつつ、強度スペクトルを十分な精度で変調することができる。
【0012】
また、第2のパルス光整形装置では、制御部が、各変調領域における強度変調用パターンの位相変調量に基づいた位相変調画像の画素値を、各変調領域に対応する各波長に応じて補正する。本発明者の知見によれば、空間光変調器において、或る一定の強度変調を行うための位相変調量は同じであるが、それを基に作られた位相変調画像の画素値は、波長によって僅かに異なる。従って、各変調領域に対応する各波長に応じて位相変調量に基づいた位相変調画像の画素値を補正することによって、各波長における強度変調をより精度よく行い、光パルスの波形を所望の形状に更に精度良く近づけることができる。
【0013】
また、第3のパルス光整形装置では、制御部が、ブレーズド回折格子を含む強度変調用パターンを各変調領域に呈示させるとともに、ブレーズド回折格子の周期を各変調領域に対応する各波長に応じて補正する。本発明者の知見によれば、入射光の波長が異なると、同一周期のブレーズド回折格子による回折角が僅かに異なることがある。従って、ブレーズド回折格子の周期の波長依存性を考慮し、ブレーズド回折格子の周期を各変調領域に対応する各波長に応じて補正することによって、各波長における回折角を一致させることができ、一次光を出力光として用いる場合においても、強度スペクトルを高い精度で変調することができる。
【0014】
また、第4のパルス光整形装置では、制御部が、周期的な強度変調用パターンを各変調領域に呈示させるとともに、各変調領域における強度変調用パターンの振幅に応じた位相バイアスを各変調領域の位相変調量に加える。この位相バイアスは、例えば変調振幅の中心が各変調領域において互いに一致するようなバイアスである。これにより、強度スペクトル変調パターンが位相スペクトル変調パターンに影響を与えない状態を実現し、光パルスの波形を所望の形状に更に精度良く近づけることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によるパルス光整形装置によれば、光パルスの波形を所望の形状に精度良く近づけることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、添付図面を参照しながら本発明によるパルス光整形装置の実施の形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0018】
図1は、本発明の一実施形態に係るパルス光整形装置1Aの構成を概略的に示す図である。このパルス光整形装置1Aは、空間光変調器において位相変調と強度変調とを同時に行うことにより、入力パルス光Laから、該入力パルス光Laとは異なる任意の時間波形を有する出力パルス光Ldを生成する、いわゆるSLMパルスシェーパーである。入力パルス光Laとしては、例えば固体レーザから出力されたコヒーレントなパルス光が用いられる。
図1に示されるように、本実施形態のパルス光整形装置1Aは、光学系10と、制御部20とを備える。光学系10は、分光素子12と、曲面ミラー14と、空間光変調器16とを有する。
【0019】
分光素子12は、入力パルス光Laを波長成分毎に分光する。分光素子12は、例えば板面に形成された回折格子を有する。入力パルス光Laは、回折格子に対して斜めに入射し、複数の波長成分に分光される。この複数の波長成分を含むパルス光Lbは、曲面ミラー14に達する。パルス光Lbは、曲面ミラー14によって反射され、空間光変調器16に達する。
【0020】
空間光変調器16は、位相変調型である。一実施例では、空間光変調器16はLCOS型である。
図2は、空間光変調器16の変調面17を示す図である。
図2に示されるように、変調面17には、複数の変調領域17aが或る方向Aに沿って並んでおり、各変調領域17aは方向Aと交差する方向Bに延びている。この方向Aは、分光素子12による分光方向である。したがって、複数の変調領域17aのそれぞれには、分光された各波長成分が入射する。空間光変調器16は、各変調領域17aにおいて、入射した各波長成分の位相及び強度を変調する。なお、本実施形態の空間光変調器16は位相変調型であるため、強度変調は、変調面17に呈示される位相パターン(位相画像)によって実現される。
【0021】
空間光変調器16によって変調された各波長成分を含むパルス光Lcは、再び曲面ミラー14によって反射され、分光素子12に達する。この分光素子12において、パルス光Lcの複数の波長成分は互いに合波される。この合波光は、出力パルス光Ldとしてパルス光整形装置1Aから出力される。
【0022】
制御部20は、空間光変調器16と電気的に接続されており、空間光変調器16に呈示される位相パターンを制御する制御信号を空間光変調器に提供する。制御部20は、任意波形入力部21と、位相スペクトル設計部22と、位相・強度スペクトル設計部23と、位相パターン設計部24と、時間波形選択部25とを有する。任意波形入力部21は、操作者からの任意のパルス時間波形の入力または選択を受け付ける。操作者は、所望のパルス時間波形を任意波形入力部21に入力するか、あるいは、提示された複数のパルス時間波形の中から所望のパルス時間波形を選択する。
【0023】
パルス時間波形に関する情報は、位相スペクトル設計部22に与えられる。位相スペクトル設計部22は、そのパルス時間波形を実現するための出力パルス光Ldの位相スペクトルを、あらかじめ用意された複数の位相スペクトルの中から選択するか、もしくは入力されたパルス時間波形に基づいて算出する。また、位相スペクトル設計部22は、特定された位相スペクトルに基づく位相パターンを設定する。
【0024】
パルス時間波形に関する情報は、位相・強度スペクトル設計部23にも与えられる。位相・強度スペクトル設計部23は、そのパルス時間波形を実現するための出力パルス光Ldの位相スペクトル及び強度スペクトルを、あらかじめ用意された複数の位相スペクトル及び強度スペクトルの中から選択するか、もしくは入力されたパルス時間波形に基づいて算出する。位相パターン設計部24は、位相・強度スペクトル設計部23において求められた位相スペクトル及び強度スペクトルを実現するための位相パターンを設定する。なお、位相パターン設計部24における位相パターンの設定方法は後に詳しく述べる。
【0025】
時間波形選択部25は、位相スペクトル設計部22によって設定された位相パターンと、位相パターン設計部24によって設定された位相パターンとのいずれか一方を選択する。時間波形選択部25は、例えば、入力パルス光Laに対する出力パルス光Ldの強度損失量、及び各位相パターンに固有の波形精度情報に基づいて、位相パターンを選択する。そして、選択された位相パターンを示す制御信号が、空間光変調器16に提供される。
【0026】
ここで、位相・強度スペクトル設計部23における位相パターンの設定方法について詳しく述べる。本実施形態の制御部20は、適切な位相スペクトルを出力パルス光Ldに与えるための位相変調用の位相パターン(以下、位相変調用パターンという)と、適切な強度スペクトルを出力パルス光Ldに与えるための強度変調用の位相パターン(以下、強度変調用パターンという)とを含む位相パターンを空間光変調器16に呈示させる。
【0027】
図3(a)及び
図4(a)は、位相スペクトルと強度スペクトルとの組み合わせの例を示すグラフである。また、
図3(b)及び
図4(b)は、それぞれ
図3(a)及び
図4(a)に示された位相スペクトルと強度スペクトルとの組み合わせによって実現される出力パルス光Ldの時間波形を示すグラフである。また、
図5(a)及び
図5(b)は、それぞれ
図3(a)及び
図4(a)に示された位相スペクトルを実現するための位相変調用パターンを可視的に示す図である。なお、
図3(a)及び
図4(a)において、グラフG11及びG21は位相スペクトルを示し、グラフG12及びG22は強度スペクトルを示し、横軸は波長(nm)を示し、左の縦軸は強度スペクトルの強度値(任意単位)を示し、右の縦軸は位相スペクトルの位相値(rad)を示す。また、
図3(b)及び
図4(b)において、横軸は時間(フェムト秒)を表し、縦軸は光強度(任意単位)を表す。また、
図5(a)及び
図5(b)において、方向Aは分光方向であって
図2に示された複数の変調領域17aの並び方向を表しており、位相変調量は色の濃淡によって表されており、濃いほど0π(rad)に近く、薄いほど2π(rad)に近い。
【0028】
図3(a)及び
図5(a)に示される例では、位相スペクトル及び位相変調用パターンは波長によらず一定であり、また、強度スペクトルは変調されておらず、単一のピークを有するレーザ光に特有のスペクトル形状となっている。この場合、
図3(b)に示されるように、出力パルス光Ldの時間波形は急峻な単一のピークP1を有するシングルパルスとなる。これに対し、
図4(a)及び
図5(b)に示される例では、位相スペクトル及び位相変調用パターンの位相が、或る波長帯域にわたって周期的且つ離散的に変化している。具体的には、位相スペクトル及び位相変調用パターンにおいて、一定の位相値ph1を有する波長区間と、一定の位相値ph2(<ph1)を有する波長区間とが交互に繰り返されている。なお、強度スペクトルは
図3(a)に示されたものと同じである。この場合、
図4(b)に示されるように、出力パルス光Ldの時間波形は、急峻な2つのピークP2,P3を有するダブルパルスとなる。
【0029】
このように、空間光変調器16を用いて、2つの位相値を周期的に繰り返す位相スペクトルを与えることにより、シングルパルスである入力パルス光Laからダブルパルスである出力パルス光Ldを好適に生成することができる。なお、これはあくまで一例であり、位相が略一定である波長区間を繰り返す様々な位相スペクトルによって、出力パルス光Ldの時間波形を任意の形状に整形することができる。
【0030】
ここで、
図4(b)を参照すると、ダブルパルスである出力パルス光Ld以外に、小さなピーク波形(ビート)B1が周期的に出現していることがわかる。このピーク波形B1は、位相変調用パターンに含まれる高周波成分に起因するものと考えられる。すなわち、位相が略一定である波長区間Dを繰り返す位相変調用パターンでは、波長区間の境界の波長において位相値が急激に変化するので、該波長付近に高周波成分が含まれる。この高周波成分によって、意図しない高次成分(ピーク波形B1)が生じてしまう。この高次成分は出力パルス光Ldに対してノイズとなるので、除去されることが望ましい。
【0031】
図6(a)は、上記の問題点を解決するための位相スペクトルと強度スペクトルとの組み合わせの例を示すグラフである。また、
図6(b)は、
図6(a)に示された位相スペクトルと強度スペクトルとの組み合わせによって実現される出力パルス光Ldの時間波形を示すグラフである。なお、
図6(a)において、グラフG31は位相スペクトルを示し、グラフG32は強度スペクトルを示し、横軸は波長(nm)を示し、左の縦軸は強度スペクトルの強度値(任意単位)を示し、右の縦軸は位相スペクトルの位相値(rad)を示す。また、
図6(b)において、横軸は時間(フェムト秒)を表し、縦軸は光強度(任意単位)を表す。
図6(a)に示されるように、この例では、位相スペクトルは
図4(a)に示されたものと同様であるが、強度スペクトルは
図4(a)に示されたものとは異なる。すなわち、この強度スペクトルでは、周期的に強度が変化しており、山波形(ピーク波形)と谷波形(ボトム波形)とが交互に繰り返されている。
【0032】
図7(a)は、
図6(a)に示された強度スペクトルを実現するための強度変調用パターンを可視的に示す図である。
図7(a)において、方向Aは分光方向であって
図2に示された複数の変調領域17aの並び方向を表しており、位相変調量は色の濃淡によって表されており、濃いほど0π(rad)に近く、薄いほど2π(rad)に近い。
【0033】
図6(a)に示された強度スペクトルは、例えば、
図7(a)に示されるように、複数の変調領域17a毎に振幅の大きさが設定されたブレーズド回折格子(鋸歯状溝)を含む強度変調用パターンを各変調領域17aに呈示することによるコサイン変調によって好適に実現される。このブレーズド回折格子における格子の並び方向は、複数の変調領域17aの並び方向と交差する。
図7(b)は、
図5(b)に示された位相変調用パターンと、
図7(a)に示された強度変調用パターンとを重ね合わせた位相パターンである。制御部20は、この位相パターンを空間光変調器16に呈示させる。
【0034】
ここで、
図6(a)を参照すると、位相スペクトルにおいて互いに隣接する波長区間Dの境界の波長が、強度スペクトルの谷波形の波長範囲に含まれている。言い換えれば、強度スペクトルのボトム波長は、位相スペクトルにおいて位相が急激に変化する波長域内若しくはその近傍に位置する。そして、周期的に変化する強度スペクトルの複数のピーク(極大部)は、それぞれ位相スペクトルの各波長区間D内(立ち上がりから立ち下がりまでの間、もしくは立ち下がりから立ち上がりまでの間)に位置する。
【0035】
これにより、位相スペクトルにおいて位相が急激に変化する波長、すなわち高周波成分を含む波長では強度を相対的に抑え、高周波成分を含まない(位相が一定の)波長域では強度を高めることができる。したがって、位相スペクトルにおける高次成分(
図4(b)に示されたピーク波形B1)を効果的に除去することができ、出力パルス光Ldの時間波形を所望の形状に近づけることができる(
図6(b)参照)。なお、本実施形態において谷波形の波長範囲とは、極小点を含む範囲であって、一方の変曲点から他方の変曲点までの範囲をいう。
【0036】
ここで、出力パルス光Ldの時間波形を所望の形状に更に精度良く近づけるために、強度スペクトルを波長軸に対して滑らかにし、強度変調分解能を高くすることを考える。強度スペクトルの変調精度を高める方式としては、以下の4つが挙げられる。
・ブレーズド回折格子の振幅操作
・位相変調量の波長依存性を考慮
・ブレーズド回折格子の周期の波長依存性を考慮
・ブレーズド回折格子の変調振幅量に応じたバイアス変調
以下、これらの方式についてそれぞれ詳細に説明する。
【0037】
(1)ブレーズド回折格子の振幅操作
本実施形態では、各変調領域17aにおける強度変調を、ブレーズド回折格子によって実現している。このブレーズド回折格子の振幅を可変とすることにより、各波長における強度変調をより精度よく行うことができる。
図8は、ブレーズド回折格子の振幅の違いによる回折光量の違いを説明するための図である。或る波長(例えば800nm)において、
図8(a)に示されるブレーズド回折格子GR1(振幅A1)が回折光量90%を実現するものとする。このとき、
図8(b)に示されるブレーズド回折格子GR2の回折光量を90%よりも小さい値、例えば60%としたい場合には、ブレーズド回折格子GR2の振幅A2を振幅A1よりも小さくすれば良い。
【0038】
図9は、このようなブレーズド回折格子の振幅変化を利用した、強度スペクトルの変化の一例を示すグラフである。
図9において、横軸は波長(nm)を示し、縦軸は強度(任意単位)を示す。また、グラフG41〜45は強度スペクトルであって、谷波形における極小部の強度(以下、ボトム強度という)が、グラフG41からG45に移行するにつれて次第に小さくなっている。例えば、グラフG41は、強度変調を行わない場合の強度スペクトルであって、前述した
図4(a)のグラフG22と同じものである。また、グラフG45は、ボトム強度がほぼゼロである場合の強度スペクトルであって、前述した
図6(a)のグラフG32と同じものである。このグラフG45に示される強度スペクトルによって、位相スペクトルに含まれる高次成分を最も効果的に除去することができる。
【0039】
また、本実施形態のように山波形と谷波形とを交互に繰り返す強度スペクトルを入力パルス光Laに与えた場合、谷波形の部分において光強度が減衰されることから、必ず光損失を伴う。例えば、
図4(b)に示されたダブルパルスのピーク強度は約1.8であるが、
図6(b)に示されたダブルパルスのピーク強度は約1.2となっている。多くの場合、十分な光強度を有する出力パルス光Ldを得るために、入力パルス光Laの強度に対し、出力パルス光Ldの強度は出来るだけ小さくならないことが望まれる。したがって、位相スペクトルに含まれる高次成分を許容できる程度まで低減しつつ、過度な光損失を回避することができるような大きさに、ボトム強度を設定することが好ましい。高次成分に許容される大きさはパルス光整形装置1Aが使用される場面や状況によって異なると考えられるため、ブレーズド回折格子の振幅を可変として使用者に操作させることにより、このようなボトム強度の設定を好適に行うことができる。
【0040】
図10は、上記のような変調強度の操作の際に参照される特性の一例を示す図である。
図10の横軸は強度変調による光損失を表し、左側の縦軸は光強度を表す。図中のグラフG51はダブルパルスのピーク高さPmを示し、グラフG52は高次成分のうち最も大きなもののピーク高さPsを示す。また、右側の縦軸及び図中のグラフG53は、ダブルパルスのピーク高さPmに対する高次成分のピーク高さPsの割合(%)を示す。
【0041】
図10を参照すると、強度変調による光損失が増えるほど、グラフG51に示されるダブルパルスのピーク高さPmが小さくなり、また、グラフG52に示される高次成分のピーク高さPsも小さくなる。そして、高次成分の割合(グラフG53)を参照すると、強度変調による光損失が増えるほどその割合が低下していることがわかる。つまり、ボトム強度を小さくするほど光損失が大きくなるが、高次成分が抑制されてピーク高さPsの割合が小さくなる。逆に、ボトム強度を比較的大きくすれば高次成分が増加してピーク高さPsの割合が大きくなるが、強度変調による光損失を低減することができる。使用者が、例えばこのようなグラフを参照しつつ、許容し得る光損失の範囲で高次成分のピーク高さPsの割合が最も小さくなるボトム強度を選択できるように、制御部20を構成すると良い。例えば、
図10に示される例では、50%程度の強度損失を許容する場合には高次成分のピークがほぼ現れない。一方で、強度変調を行わない場合には約11%の高次成分ピークが現れている。この方式(1)の利点は、必要な波形精度を使用者が定めることにより、任意に強度損失量を減らすことができる点である。
【0042】
(2)位相変調量の波長依存性を考慮
本実施形態では、分光された各波長ごとに、対応する各変調領域17aにおいて強度変調を行っている。しかしながら、空間光変調器16においては、入射光の波長が異なると、同一の位相パターンに対する位相変調用画像の画素値が僅かに異なることがある。このような場合、制御部20は、位相変調用画像の画素値の波長依存性を考慮し、各変調領域17aにおける強度変調用パターンの位相変調量に基づく位相変調用画像の画素値を、各変調領域17aに対応する各波長に応じて補正するとよい。これにより、各波長における強度変調をより精度よく行うことができる。
【0043】
図11は、互いに異なる波長において回折光量を等しくした場合(例えば回折光量90%)における、ブレーズド回折格子の振幅の違いを説明するための図である。
図11(a)は例えば波長が800nmである場合を示し、
図11(b)は例えば波長が810nmである場合を示す。このとき、各波長に応じて各振幅を補正すると、
図11(a)に示されるブレーズド回折格子GR3の振幅A3よりも、
図11(b)に示されるブレーズド回折格子GR4の振幅A4が小さくなる。
【0044】
(3)ブレーズド回折格子の周期の波長依存性を考慮
本実施形態では、各変調領域17aにおける強度変調を、ブレーズド回折格子によって実現している。しかしながら、空間光変調器16においては、入射光の波長が異なると、同一周期のブレーズド回折格子による回折角が僅かに異なることがある。このような場合、制御部20は、ブレーズド回折格子の周期の波長依存性を考慮し、ブレーズド回折格子の周期を各変調領域17aに対応する各波長に応じて補正するとよい。これにより、各波長における回折角を一致させることができ、一次光を出力光として用いる場合においても、強度スペクトルを高い精度で変調することができる。
【0045】
図12は、互いに異なる波長において回折角度を等しくした場合における、ブレーズド回折格子の周期の違いを説明するための図である。
図12(a)は例えば波長が800nmである場合を示し、
図12(b)は例えば波長が810nmである場合を示す。このとき、
図12(a)に示されるブレーズド回折格子GR5の周期T1よりも、
図12(b)に示されるブレーズド回折格子GR6の周期T2を小さくすれば良い。
【0046】
(4)ブレーズド回折格子の変調振幅量に応じたバイアス変調
本実施形態の制御部20は、ブレーズド回折格子といった周期的な強度変調用パターンを、各変調領域17aに呈示させる。例えば上記の(1)〜(3)に示された方式などを適用する際に、各変調領域17aにおける周期的な強度変調用パターンの振幅を変化させることがある。このとき、例えば或る位相値を基準とし、最大位相値を変化させることにより強度変調用パターンの振幅を好適に変化させることができる。しかしながら、このような方式では平均位相値が変動し、強度スペクトル変調パターンが位相スペクトル変調量に影響を及ぼしてしまう。そこで、制御部20は、各変調領域17aにおける強度変調用パターンの振幅に応じた位相バイアスを、各変調領域17aの位相変調量に加えるとよい。
【0047】
ここで、上記(3)に示された方式においてこのような位相バイアスを加える例について説明する。
図13(a)は、
図12(a)に示されたブレーズド回折格子GR5を示しており、
図13(b)は、
図12(b)に示されたブレーズド回折格子GR6を示している。これらのブレーズド回折格子GR5及びGR6の位相平均値を均等にするために、ブレーズド回折格子GR6に位相バイアスを加えると
図13(c)のようになる。
図13(c)に示されたブレーズド回折格子GR7では、任意の位相バイアスが一様に加えられたことによって、その平均位相値がPH1となり、ブレーズド回折格子GR5の平均位相値と略一致している。言い換えれば、変調振幅の中心(図中の直線E)が、ブレーズド回折格子GR5及びGR6において略一致している。このように、振幅の変化の度合いに応じて適切な大きさの位相バイアスを加えることにより、平均位相値の変動を抑制して、強度スペクトル変調精度を維持しつつ、強度スペクトル変調パターンが位相スペクトル変調量に影響を及ぼすことを防ぐことができる。
【0048】
以上に説明したように、本実施形態のパルス光整形装置1Aでは、
図6(a)に示されたように、位相スペクトルにおいて互いに隣接する波長区間の境界の波長が、強度スペクトルの谷波形の波長範囲に含まれている。これにより、位相スペクトルにおいて位相が急激に変化する波長における光強度を相対的に抑えることができる。したがって、位相スペクトルの高次成分を低減し、出力パルス光Ldの時間波形を所望の形状に精度良く近づけることができる。
【0049】
また、上記の方式(1)において説明したように、制御部20は、ブレーズド回折格子を含む強度変調用パターンを各変調領域17aに呈示させるとともに、該ブレーズド回折格子の振幅を可変とすることが好ましい。このように、強度変調用パターンがブレーズド回折格子を含むことによって、強度スペクトルを好適に変調することができる。また、強度スペクトルの変調は必ず光損失を伴うが、ブレーズド回折格子の振幅が可変であるので、強度変調量と光損失とのバランスを適切に調整して過度な光損失を回避しつつ、強度スペクトルを十分な精度で変調して出力パルス光Ldの時間波形を所望の形状に精度良く近づけることができる。
【0050】
また、上記の方式(2)において説明したように、制御部20は、各変調領域17aにおける強度変調用パターンの位相変調量を基に、位相変調用画像の画素値を各変調領域17aに対応する各波長に応じて補正することが好ましい。本発明者の知見によれば、空間光変調器において、或る一定の強度変調を行うための位相変調量に対応する位相変調用画像の画素値は、波長によって僅かに異なる。従って、各変調領域17aに対応する各波長に応じて対応する画素値を補正することによって、各波長における強度変調をより精度よく行い、出力パルス光Ldの波形を所望の形状に更に精度良く近づけることができる。
【0051】
また、上記の方式(3)において説明したように、制御部20は、強度変調用パターンに含まれるブレーズド回折格子の周期を各変調領域17aに対応する各波長に応じて補正することが好ましい。本発明者の知見によれば、入射光の波長が異なると、同一周期のブレーズド回折格子による回折角が僅かに異なることがある。従って、ブレーズド回折格子パターンの周期を各変調領域17aに対応する各波長に応じて補正することによって、各波長における回折角度を一定に保つことができる。その結果、方式(3)を用いることで、一次光を出力光として用いる場合においても、強度変調精度を落とすことなく、出力パルス光Ldの波形を所望の形状に更に精度良く近づけることができる。
【0052】
また、上記の方式(4)において説明したように、制御部20は、各変調領域17aにおける強度変調用パターンの振幅に応じた位相バイアスを、各変調領域17aの位相変調量に加えることが好ましい。これにより、強度スペクトル変調精度を維持しつつ、強度スペクトル変調パターンが位相スペクトル変調量に影響を及ぼすことを防ぐことができる。
【0053】
(変形例)
上記実施形態では、2つの位相値を周期的に繰り返す位相スペクトルが例示されたが、位相スペクトルを最適化することにより、波形制御の役割の多くを位相スペクトルに分担させ、強度スペクトルにおける制御量を小さくして光損失を更に低減することが可能である。
【0054】
図14は、上記実施形態の一変形例に係る位相スペクトルを示すグラフである。
図14において、横軸は波長(nm)を示し、縦軸は位相(rad)を示す。グラフG61は、初期位相スペクトルとして用いられる上記実施形態の位相スペクトルを示し、グラフG62は最適化された位相スペクトルを示す。本変形例では、例えばダブルパルス波形を所望の時間波形とし、位相スペクトルに対して例えば反復フーリエ法(IFTA)などの数値計算手法を用いた最適化により、所望の時間波形を実現するための位相スペクトルを求める。グラフG62は、一例として、IFTAにより20回の演算を行った後の位相スペクトルを示している。
【0055】
図15は、本変形例による、
図10に示された特性の変化を示すグラフである。
図15の横軸は強度変調による光損失を表し、縦軸はダブルパルスのピーク高さPmに対する高次成分のピーク高さPsの割合(%)を示す。グラフG71は
図10のグラフG53と同一であり、上記実施形態による特性を示している。また、グラフG72は本変形例による特性を表している。
図15に示されるように、本変形例では上記実施形態と比較して同一の光損失でのピーク高さPsの割合が格段に小さくなっている。このように、本変形例によれば、許容し得る光損失の範囲において、高次成分のピーク高さを効果的に低減することができる。
【0056】
(実施例)
上記実施形態の一実施例について説明する。
図16は、上記実施形態の手法により作成された、高精度な強度スペクトル変調を実現しうる(a)矩形型の位相変調用パターン、(b)コサイン波形型の強度変調用パターン、及び(c)これらのパターンが合成された位相パターンの一例を示す図である。また、
図17は、
図16に示された各パターンによって実現される(a)位相スペクトル、(b)強度スペクトル、及び(c)位相スペクトルと強度スペクトルとの重ね合わせを示すグラフである。なお、
図16において、波長軸方向は分光方向であって
図2に示された複数の変調領域17aの並び方向Aを表しており、位相変調量は色の濃淡によって表されており、濃いほど位相が小さく、薄いほど位相が大きい。
【0057】
なお、これらのパターンは、0次光を利用することを前提に作成されたものであるため、強度変調の必要がない山波形の波長域、例えば
図16(b)における波長800nm付近では、ブレーズド回折格子パターンが呈示されていない。一方、強度変調が行われる谷波形の波長域では、その変調量に応じたブレーズド回折格子パターンが縞模様として確認される。
【0058】
本発明によるパルス光整形装置は、上述した実施形態に限られるものではなく、他に様々な変形が可能である。例えば、上記実施形態及び変形例では強度変調用パターンとしてブレーズド回折格子を適用したが、強度変調用パターンはこれ以外にも様々な周期的パターンを適用することができる。例えば、強度変調用パターンとして適用可能なものとして以下の回折格子が挙げられる。
・正弦波型回折格子(正弦波状溝)
・バイナリー型回折格子(矩形状溝)
上記実施形態で用いられたブレーズド回折格子では、0次光及び1次光の双方を利用可能である。これに対し、正弦波型回折格子及びバイナリー型回折格子は、主に0次光を利用する場合に使用され、1次光を利用する場合には光利用効率が劣る。