(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.構造
図1は、本発明の一実施形態に係る摺動部材1の構造を示す模式図である。摺動部材1は、例えば、円筒軸受、いわゆるブシュである。ブシュは、例えば、燃料噴射ポンプ、エンジン、変速機、ショックアブソーバー等においてすべり軸受として用いられる。なお摺動部材1はブシュに限られず、ワッシャ、半割軸受、斜板式コンプレッサの斜板などに用いられてもよい。
【0011】
摺動部材1は、基材層11およびコーティング(オーバーレイ)層12を有する。基材層11は、摺動部材としての特性、例えば、機械強度、摩擦係数、耐焼付性、耐摩耗性、なじみ性、異物埋収性(異物ロバスト性)、および耐腐食性等のうち少なくとも1つの特性を与えるための層である。基材層11は、摺動部材としての形状(例えばブシュであれば円筒形状)を有する。基材層11は、単層構造を有していてもよいし、多層構造(例えば、裏金およびライニング層の2層構造)を有していてもよい。基材層の材料としては、例えば、鋼、アルミニウム合金、銅合金、またはこれらのうち2つ以上を接合したものが用いられる。また、図示は省略したが、摺動部材1は、基材層11とコーティング層12との接合強度を向上させるため、基材層11の表面部分に多孔質金属焼結層を有してもよい。
【0012】
コーティング層12は、摺動部材の特性、例えば、摩擦係数、耐焼付性、耐摩耗性、なじみ性、耐腐食性、異物埋収性、および異物ロバスト性のうち少なくとも1つの特性を改善するための層である。コーティング層12は、バインダー樹脂121および添加物122を有する。バインダー樹脂121は、コーティング層12に対して20〜90質量%含まれることが好ましい。添加物122は、コーティング層12に対して80〜10質量%含まれることが好ましい。
【0013】
バインダー樹脂121は、例えば、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂等、公知のものを使用することができる。具体的には、バインダー樹脂は、ポリアミドイミド(PAI)樹脂、ポリイミド(PI)樹脂、ポリアミド樹脂、フェノール樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリエーテルケーテルケトン樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、およびエポキシ樹脂のうち少なくとも一種を含む。
【0014】
これらのうち、PI樹脂およびPAI樹脂が好ましい。PI樹脂としては、例えば、室温で液状または固体粉末状のポリエステルイミド、芳香族ポリイミド、ポリエーテルイミド、ビスマレインイミドが用いられる。PAI樹脂としては、例えば、芳香族ポリアミドイミド樹脂が用いられる。これらの樹脂はいずれも耐熱性に優れ、摩擦係数が小さいという特徴を有している。
【0015】
この例で、添加物122は、黒鉛(グラファイト)粒子1221およびMoS
2粒子1222を含む。また、図示はしていないが、添加物122は、クレー粒子および沈降防止剤を含む。黒鉛粒子1221およびMoS
2粒子1222は、固体潤滑剤の一例である。黒鉛粒子1221は、コーティング層12に対して5〜60質量%含まれることが好ましい。MoS
2粒子1222は、コーティング層12に対して1〜40質量%含まれることが好ましい。なお、黒鉛およびMoS
2に加えて、またはこれらの少なくとも一方に代えて、他の固体潤滑剤、例えば、WS
2、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、h−BN、およびSB
2O
3のうち少なくとも一種が用いられてもよい。
【0016】
一般に黒鉛は、(002)面が積層した層状結晶構造をもつ物質であり、その層間がすべりやすいという性質を有する。この性質により、黒鉛のへき開面が摺動方向に配向すると摩擦係数が低減する。したがって、固体潤滑剤として黒鉛を用いることによって摩擦係数を低減することができる。また、黒鉛は、エンジン油との親和性が高いという特徴を有している。例えば摺動部材1をエンジンの軸受に用いた場合、エンジン油の保持性が高められ、エンジン油の漏れを防ぐことができる。さらに、黒鉛は濡れ性を向上させ、初期なじみ性を向上させる。初期なじみ性とは、摺動開始後に相手材と摺接する際、摺動面が摩耗して平滑になり、摺動性を向上させる性質である。初期なじみ性の発現により摺動性が向上すると、摺動層全体としての摩耗量が低減される。
【0017】
この例で、黒鉛粒子1221の形状は球に近く、鱗片状黒鉛、土状黒鉛、または薄片化黒鉛などと比較すると等方性が高い(すなわち異方性が低い)。黒鉛粒子1221は等方性の高い形状を有しているため、バインダー樹脂121中に均一に分散されやすいという利点を有する。ただし、形状の異方性が低くなるため、へき開面が摺動方向に配向することがなくなり、鱗片状黒鉛を用いた場合より摩擦係数が高くなってしまう可能性がある。しかし、黒鉛化度の高い(例えば0.6以上。より好ましくは0.8以上)黒鉛を用いることにより、耐焼付性を改善することができる。
【0018】
黒鉛粒子1221の平均粒径(d50)は、10〜15μmであることが好ましい。平均粒径が小さくなると黒鉛粒子は凝集しやすくなる。また、平均粒径が大きくなるとバインダー樹脂中で分散しにくくなる。
【0019】
一般にMoS
2は、六方晶型の層状結晶構造を有する。各層は、モリブデンの層の両面を硫黄で挟んだ構造を有している。モリブデンと硫黄は強固な共有結合で結ばれているのに対し、2つの層間の硫黄同士は弱いファンデルワールス力により結ばれている。そのため、せん断力が加わると容易に層間がすべる。このため摩擦係数が低くなり、潤滑性を発揮する。また、MoS
2は、下地(この例では基材層11)との密着性(接着性)が高いという特徴を有する。
【0020】
MoS
2粒子1222の平均粒径(d50)は、黒鉛粒子1221の平均粒径よりも小さいことが好ましい。例えば、MoS
2粒子1222の平均粒径は、0.5〜2.5μmであることが好ましい。
【0021】
図1においては、黒鉛粒子1221の周りをMoS
2粒子1222が取り囲むように配置されている。なお、ここでは、1つの黒鉛粒子1221の周りにMoS
2の膜が形成されているような、すなわち黒鉛粒子1221がMoS
2でコーティングされているような図を示しているが、実際には、1つの黒鉛粒子1221の周りを複数の小さなMoS
2粒子1222が取り囲んでいる。ここではMoS
2粒子を1つ1つ図示することが困難であるため、模式的に、複数のMoS
2粒子が1つの膜(層)を形成しているかのように図示している。
【0022】
このように、本実施形態によれば、MoS
2粒子が下部に沈降してしまい摺動表面において局所的にMoS
2粒子が欠乏することが少なくなる。これにより、局部的な摺動特性の劣化を抑制することができる。
【0023】
クレー粒子は、硬質物の一例である。硬質物は、耐摩耗性を向上させるために添加される。硬質物としては、クレーに加えて、または代えて、ムライトおよびタルクの少なくとも一種が用いられてもよい。あるいは、硬質物は添加されなくてもよい。
【0024】
沈降防止剤は、コーティング層12を形成する際の前駆体溶液においてMoS
2粒子の沈降を防止するため、すなわちバインダー樹脂121におけるMoS
2粒子の分散を均一化させるために添加される。沈降防止剤は、例えば、コーティング層12に対し0.5〜5質量%含まれることが好ましい。
【0025】
2.製造方法
図2は、一実施形態に係る摺動部材1の製造方法を示すフローチャートである。
【0026】
ステップS1において、沈降防止剤およびMoS
2粒子が混合される。混合は、例えば、混練機を用い、せん断速度0.1〜2m/sの条件で行われる。MoS
2の均一な分散のため、希釈剤を用いることが好ましい。希釈剤としては、例えば、N−メチルピロリドン(NMP)またはキシレンが用いられる。また、希釈剤の配合比率は、例えばバインダー樹脂の前駆体溶液に対して5〜20質量%である。
【0027】
ステップS2において、バインダー樹脂の前駆体溶液に、ステップS1の混合物が混合(混練)される。なお、バインダー樹脂として2種以上の樹脂を混合して用いる場合、ステップS2の事前に、これら2種以上の樹脂の前駆体溶液を混合しておく。
【0028】
ステップS3において、黒鉛粒子およびその他の添加物が、ステップS2の混合物に混合される。
【0029】
ステップS4において、前駆体溶液が基材に塗布される。前駆体溶液を塗布する方法としては、例えば、パッド印刷、スクリーン印刷、エアスプレー、エアレススプレー、静電塗装、タンブリング、スクイズ法、ロール法等が用いられる。また、膜厚が不足する場合には、希釈剤中の前駆体の濃度を高くするのではなく、複数回に渡って重ね塗りをしてもよい。
【0030】
ステップS5において、前駆体が乾燥および焼成され(すなわち塗布された組成物が硬化し)、樹脂層が形成される。乾燥は、例えば大気下で100〜200℃で5分〜1時間、行われる。乾燥時間は、5〜30分であることがより好ましい。焼成は、例えば、昇温速度5〜15℃/分で徐々に焼成温度まで昇温し、窒素雰囲気中で200〜300℃、0.2〜1.5時間、行われる。
【0031】
3.実験例
まず、沈降防止剤の効果を確認するため、下記の組成で試料(実験例1および実験例2)を作成した。実験例1については、
図2のフローに従って試料を作成した。これらの試料について、断面を光学顕微鏡で観察することにより、樹脂中にMoS
2粒子が均一に分散しているか評価した。
【0032】
表1は、実験例1および実験例2の試料のコーティング層の組成を示す。
【表1】
実験例1は、表1に組成物の全量に対し2質量%の沈降防止剤を含む。実験例2は、沈降防止剤を含んでいない。なお、沈降防止剤としては、脂肪酸アマイドワックス(楠本化成株式会社製ディスパロン(登録商標)6900−20X)を用いた。
【0033】
図3は、実験例1および実験例2の光学顕微鏡による断面写真を示す。両者を対比すると、実験例1においてはMoS
2粒子がより均一に分散しており、実験例2においてはMoS
2粒子がより凝集していることがわかる。
【0034】
次に、製造工程の差による効果を確認するため、実験例3の試料を作成した。実験例3は、以下の製造方法で製造された。まず、バインダー樹脂の前駆体溶液に沈降防止剤が混合される。次に、その混合物に、黒鉛粒子およびMoS
2粒子が混合される。
【0035】
図4は、実験例1および実験例3の電子顕微鏡による断面写真を示す。両者を対比すると、実験例1においてはMoS
2粒子が黒鉛粒子の周囲をコーティングした状態で分散しており、実験例3においてはMoS
2粒子が黒鉛粒子の周囲をコーティングしている様子は見られない。