(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記可撓性材料が、主剤と硬化触媒を重量比で10:1となるように混合したシリコーン樹脂(東レダウコーニング社製Sylgard(登録商標)184)であることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の細胞培養治具。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、これら従前の治具はいずれも以下の通り、別の目的を達成するために開発されたものであることから、培養液の交換を円滑に行うことは極めて困難な構造となっている。
【0014】
まず、ザルトリウス社の治具101については、
図21(a)に示す通り、底部に開口102が設けられている逆円錐形状となっているものである。そして、係る形状とすることによって、治具101を培養皿104に載置した際、底部の開口102に細胞を留めつつ、細胞を加工、処理するためのマニピュレーターやキャピラリーを挿入、操作しやすくすることができるものとなっている。
このように、ザルトリウス社の治具はそもそも培養液の交換を円滑に行うことを目的としたものではなく、マニピュレーターやキャピラリーを挿入、操作しやすくすることを目的とするものである。さらに、その効果を発現させるためにマニピュレーターやキャピラリーを挿入、操作する際に治具が動かないよう、ある程度の高さ(具体的には、
図21(b)に示すように治具の高さ(T‘)が培養皿の高さよりも高くなっていること)を有していることが構成要件として必要となるものである。
【0015】
また、ザルトリウス社の治具はある程度の高さを有していることから、後記する、本発明に係る細胞培養治具のような使い方をしようとすると培養液を必要量以上に用いなければならず、長期間培養する場合にはコンタミネーションの頻度が増してしまうという問題がある。
【0016】
さらに、ザルトリウス社の治具は材質が水に濡れ易い特性を持つものであるため、培養液中のタンパク質などが治具に吸着してしまい、培養の効率が低下してしまうという問題もある。
【0017】
次に、特許文献1に示す治具については、ザルトリウス社の治具に比べて冶具の高さが培養皿の高さに比べて低くなってはいるものの、依然として相当な高さを有している構造となっている。
従って、特許文献1に示す治具も、本発明に係る細胞培養治具のような使い方をしようとすると多量の培養液が必要となってしまうことから、ザルトリウス社の治具と同様の問題を有しているのである。
【0018】
また、特許文献1に示す治具は底面がカバーガラスに接着されている構造となっていることから、培養後の細胞を冶具の中から回収することが困難になってしまうという問題もある。具体的には、特許文献1に示す治具は4つの各ウエルの面積が小さいことから、それぞれのウエルから細胞を回収する際、多くの細胞を一度に集めることが不適となるのである。
さらに、特許文献1に示す治具は培養した細胞を標識抗体などで染色する際、各ウエルがカバーガラスに固定されているので作業が困難となり、詳細な細胞形態や細胞機能の観察には適さなくなるという問題もある。
【0019】
次に、コーニングジャパン社の治具は、細胞を6ウエルプレートの真中のウエルに播種してその片側方に新鮮な培養液を加えると、ウエルの下の微小通路を通じて細胞播種した古い培養液が重力でもう片側方のウエルに流れ、その一方で新鮮な培養液が細胞播種したウエルに少しずつ流れ込む構造となっており、数日間の長期培養が可能となるものである。
しかし、コーニングジャパン社の治具は、培養液の交換作業を省略することは可能であるが、構造が複雑であり高価格という問題がある。また、ウエル径とウエル数も固定されており、細胞培養の臨機応変な実験には到底向かないという問題がある。さらに、使用方法として培養液と細胞浮遊液などを決められたウエルに入れてCO
2インキュベーターに静置しなければならず、CO
2インキュベーターから取り出しての細胞の観察には適していないという問題もある。
【0020】
本発明は、上記した従来の問題点に鑑みてなされたものであって、簡単な構造でありながら、細胞培養の際に不可欠となる培養液の交換作業時において、細胞を誤って喪失してしまうことなく迅速に培養液の交換作業を行うことができる細胞培養治具および細胞培養方法を提供することを目的とするものである。
【0021】
また、細胞に不必要な刺激を与えることなく円滑に培養液の交換作業を行うことができる細胞培養治具および細胞培養方法を提供することを目的とするものである。
【0022】
さらに、以下に記載する技術的効果を発現する細胞培養治具および細胞培養方法を提供することを目的とするものである。
1)細胞を簡便に長期培養できるので、培養の際における細胞の生存率を向上させることができ、また高密度な細胞培養を行うことができる。例えば、培養皿に載置した細胞培養治具の内側で細胞を播種、培養し、細胞培養治具の外側には細胞を播種せず、培養皿内を培養液で満たす。そして、細胞培養治具の外側から培養液を抜き取って、新鮮な培養液を細胞培養治具の外側から供給すれば、細胞培養治具の内側にある細胞に過度な刺激を与えることなく内外の培養液の新鮮な成分と老廃物をゆっくりと交換でき、長期間の培養においても細胞にかかる刺激(ストレス)を軽減することができる。
2)長期培養することで重層化(立体化)した細胞を得ることができる。例えば、細胞培養治具の内側に高密度に播種した細胞が重層化した凝集体を形成することで、細胞の分化誘導を促進することができる。
3)培養した細胞を細胞塊(シート状)として取り出すことができる。
4)異なる種類の細胞塊を複数作成し、さらにそれらを重層化すれば、複数種の細胞が層状となった細胞塊(多層化細胞シート)を作製することもできる。
5)本発明に係る細胞培養治具の輪状体または枠状体の内側に任意の細胞(A細胞)と別の細胞(B細胞)を同時に入れて播種したり、或いは、輪状体または枠状体の内側には任意の細胞(A細胞)を播種し、輪状体または枠状体の外側には別の細胞(B細胞)を播種して、培養皿内を培養液で満たすようにすれば、A、Bの各細胞から分泌される物質がそれぞれの細胞に及ぼす影響を評価することができる。
6)本発明に係る細胞培養治具の輪状体または枠状体の内側に樹立細胞、初代細胞、成体幹細胞、iPS細胞、MUSE細胞、ES細胞、体外受精胚や体細胞クローン胚などの胚などを播種し、輪状体または枠状体の外側に共培養に用いるフィーダー細胞を播種すれば、同じ培養皿の中でこれらの細胞を播種、培養することができ、培養後の樹立細胞、初代細胞、成体幹細胞、iPS細胞、MUSE細胞、ES細胞、体外受精胚や体細胞クローン胚などの胚などを回収する際にフィーダー細胞の混入率を少なくすることができる。
7)一定期間細胞を培養した後に細胞培養治具を培養皿から取り除くことにより、残った細胞の移動能を観察して調べることができる。また、その際に抗がん剤などを共存させることでその薬効を定量的に評価することができる。
8)また、本発明に係る細胞培養治具は、輪状体または枠状体の内側(細胞を播種して培養する部分)が細胞を培養する観点において十分な大きさを有するものとなっている。従って、培養皿の中に複数の細胞培養治具を載置すれば、異なる種類の細胞を同時に同じ培養皿で培養することや細胞培養治具を除いた後の細胞機能(細胞の運動能や形態変化など)の観察を行うことができる。しかも、必要な時に必要な細胞のみを必要な量だけ簡便に培養皿から回収することもできる。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記目的を達成するために、本発明に係る細胞培養治具は、
細胞を培養するための治具であって、
可撓性材料を有するシリコーン樹脂、熱硬化性エラストマー、環状オレフィンコポリマー、熱可塑性エラストマー、シリコーンゴム、フッ素ゴム、天然ゴム、合成ゴムから選択される1種または2種以上の材料を輪状体または枠状体とし、
前記輪状体または前記枠状体の上面に溝部を少なくとも1箇所設け、
前記輪状体または前記枠状体の内壁を底面から上面に向かって次第に拡がるように傾斜させ、
前記輪状体または前記枠状体の底面の表面粗さRaを0.83nm以下とし、さらに該治具が変形することによって、培養容器の内底面に着脱自在に密着可能とし、
前記輪状体または前記枠状体の厚み方向の高さは前記培養容器の高さより低く、
前記輪状体または前記枠状体は前記培養容器より小さいことを特徴とする。
【0026】
また、本発明に係る細胞培養治具は、輪状体または枠状体の内周に、内周の一部を外周側に窪ませて形成した培養液交換部を少なくとも1箇所設けたことを特徴とする。
【0027】
また、本発明に係る細胞培養治具は、輪状体または枠状体の厚み方向の高さが、0.5〜4mmであることを特徴とする。
【0028】
また、本発明に係る細胞培養治具は、
輪状体または枠状体が、培養容器よりも小さいことを特徴とする。
【0029】
また、本発明に係る細胞培養治具は、可撓性材料が、
主剤と硬化触媒を重量比で10:1となるように混合したシリコーン樹脂(東レダウコーニング社製Sylgard184)であることを特徴とする。
【0030】
また、本発明に係る細胞培養方法は、本発明に係る細胞培養治具を用いることを特徴とする。
【0031】
また、本発明に係る細胞培
養方法は、
培養皿に第1の細胞培養治具を載置し、前記第1の細胞培養治具内に細胞を播種する工程と、
前記第1の細胞培養治具の開口に培養液透過フィルムを載せる工程と、
前記培養液透過フィルム上に第2の細胞培養治具を載せる工程と、
前記第2の細胞培養治具以外の前記培養皿に前記第2の細胞培養治具の全体が浸るまで培養液を添加する工程を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0032】
本発明に係る細胞培養治具および細胞培養方法によれば、簡単な構造でありながら、細胞培養の際に不可欠となる培養液の交換作業時において、細胞を誤って喪失してしまうことなく迅速に培養液の交換作業を行うことができる。
【0033】
また、細胞に不必要な刺激を与えることなく円滑に培養液の交換作業を行うことができる。
【0034】
さらに、以下に記載する技術的効果を得ることができる。
1)細胞を簡便に長期培養できるので、培養の際における細胞の生存率を向上させることができる。例えば、培養皿に載置した細胞培養治具の内側で細胞を播種、培養し、外側には細胞を播種せず、培養皿内を培養液で満たす。そして、細胞培養治具の外側から培養液を抜き取って、新鮮な培養液を細胞培養治具の外側から供給すれば、細胞に過度な刺激を与えることなく培養液を交換でき、長期間の培養においても細胞にかかる刺激(ストレス)を軽減することができる。
2)長期培養することで重層化(立体化)した細胞を得ることができる。例えば、細胞培養治具の内側に高密度に播種した細胞が重層化した凝集体を形成することで、細胞の分化誘導を促進することができる。
3)培養した細胞を細胞塊(シート状)として取り出すことができる。
4)異なる種類の細胞塊を複数作成し、さらにそれらを重層化すれば、複数種の細胞が層状となった細胞塊(多層化細胞シート)を作製することもできる。
5)本発明に係る細胞培養治具の輪状体または枠状体の内側に任意の細胞(A細胞)と別の細胞(B細胞)を同時に入れて播種したり、或いは、輪状体または枠状体の内側には任意の細胞(A細胞)を播種し、輪状体または枠状体の外側には別の細胞(B細胞)を播種して、培養皿内を培養液で満たすようにすれば、A、Bの各細胞から分泌される物質がそれぞれの細胞に及ぼす影響を評価することができる。
6)本発明に係る細胞培養治具の輪状体または枠状体の内側に樹立細胞、初代細胞、成体幹細胞、iPS細胞、MUSE細胞、ES細胞、体外受精胚や体細胞クローン胚などの胚などを播種し、輪状体または枠状体の外側に共培養に用いるフィーダー細胞を播種すれば、同じ培養皿の中でこれらの細胞を播種、培養することができ、培養後の樹立細胞、初代細胞、成体幹細胞、iPS細胞、MUSE細胞、ES細胞、体外受精胚や体細胞クローン胚などの胚などを回収する際にフィーダー細胞の混入率を少なくすることができる。
7)一定期間細胞を培養した後に細胞培養治具を培養皿から取り除くことにより、残った細胞の移動能を観察して調べることができる。また、その際に抗がん剤などを共存させることでその薬効を定量的に評価することができる。
8)また、本発明に係る細胞培養治具は、輪状体または枠状体の内側(細胞を播種して培養する部分)が細胞を培養する観点において十分な大きさを有するものとなっている。従って、培養皿の中に複数の細胞培養治具を載置すれば、異なる種類の細胞を同時に同じ培養皿で培養することや細胞培養治具を除いた後の細胞機能(細胞の運動能や形態変化など)の観察を行うことができる。しかも、必要な時に必要な細胞のみを必要な量だけ簡便に培養皿から回収することもできる。
【0035】
また、輪状体または枠状体の上面に溝部を設けたり、輪状体または枠状体の内壁に傾斜を設けたりすることによって、輪状体または枠状体の内側の培養液が表面張力によって盛り上がることを抑制することができる。その結果、培養液の交換時に輪状体または枠状体の外側から新鮮な培養液を供給する際に、輪状体または枠状体の外側と内側の培養液とが乱流を起こすことなくスムースに繋がることになる。従って、培養液の交換時に乱流によって輪状体または枠状体の内側から細胞が流出することを防止できる。また、細胞に余計なストレスを与えることなく培養液の交換時を行うことができる。
さらに、このような形状とすることによって、水との接触角が大きくなってしまう(輪状体または枠状体の内側の培養液が盛り上がりやすくなってしまう)撥水性の可撓性材料が採用し易くなることになる。
【0036】
また、輪状体または枠状体の内周に培養液交換部を設けることによって、輪状体または枠状体の内側における培養液の交換をより効果的に行うことができる。また、培養液の供給および抜き取りの際に発生する培養液の乱流の位置を定位置にすることができるため、細胞の流出や乱流による弊害を最小限に留めつつ、培養液の交換を行うことができる。
【0037】
また、輪状体または枠状体の厚み方向の高さが0.5〜4mmとなるように構成されているので、従前の冶具のように多量の培養液を必要とすることなく、少量の培養液によって上記の効果を発現させることができる。
【0038】
また、底面の表面粗さが小さかったり、可撓性に富む材料によって構成されているので、細胞培養治具を培養皿の内底面との間に隙間をより生じさせることなく載置することができ、細胞や培養液が細胞培養治具と培養皿の内底面との隙間から漏れることをより効果的に防止することができる。
【0039】
また、一の細胞培養治具の開口を培養液透過フィルムで塞ぐようにして積層し、その上に他の細胞培養治具を重ね合わせることによって、免疫細胞やハイブリドーマ細胞などの浮遊性の細胞や細胞培養治具の底部や壁面への接着性が弱い細胞についても確実に培養(特に高密度で培養)を行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0041】
本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、以下に述べる実施形態は本発明を具体化した一例に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものでない。
図1は本発明に係る細胞培養治具の第一の実施形態を示す模式図であり、
図2は
図1の細胞培養治具の使用方法を示す模式図である。
【0042】
(第一の実施形態)
まず、本発明に係る細胞培養治具1は、可撓性材料を輪状体または枠状体とした構造となっている。そして、本発明に係る細胞培養治具1は、輪状体または枠状体となっていることによって開口2が設けられていることが基本構造となっている。
なお、
図1に示す第一の実施形態は、細胞培養治具1(1a)の形状を輪状体とした形態であるがこれに限定されるものではなく、様々な多角枠を採用した枠状体としてもよく、またこのような輪状体や枠状体を複数結合させたものであってもよい。さらに、基本構造の範囲内であれば後記するような様々な実施形態を採用することもできる。
【0043】
また、輪状体や枠状体の内側にさらに円筒状体や角筒状体とした細胞培養治具を設けることによって、培養後の細胞塊を輪状(ドーナツ状)の細胞塊(シート)や枠状の細胞塊(シート)として回収することもできる。
【0044】
次に、本発明に係る細胞培養治具1は底面3が平滑となっている必要がある。底面が平滑面として形成されていることによって、
図2に示すように細胞培養治具1(1a)を培養皿4の中に載置した際に細胞培養治具1(1a)を培養皿4の内底面との間に隙間を生じさせることなく載置することができる。そしてその結果、細胞や培養液が細胞培養治具1(1a)と培養皿4の内底面との隙間から漏れることを防止することができるのである。
なお、底面を後記する方法などを用いて製造または加工することによって、底面の表面粗さRaを1μm以下とすれば、細胞や培養液が細胞培養治具1と培養皿4の内底面との隙間から漏れることをより効果的に防止することができるので好適である。
また、底面の表面粗さRaは、1μm以下の中でも1nm以下であることが好ましく、1nm以下の中でも0.83nm以下であることが好ましく、さらに0.2nm以下であることが好ましく、さらに0.18nm以下であることが好ましい。
【0045】
本発明に係る細胞培養治具1の厚み方向の高さ(T)については、細胞を培養する際に一般的に用いられる培養皿4の高さよりも低くなっている必要がある。このように細胞培養治具1の全体が培養皿4内に収まることによって、後記するように、培養液の交換作業時において迅速、円滑に培養液の交換作業を行うことができるのである。
なお、具体的な細胞培養治具の厚み方向の高さ(T)については特に限定されるものではないが、高さがあまりにも低いと培養液を交換する際に、細胞培養治具の内側に存在する細胞5が開口2から細胞培養治具の外側に流出してしまう恐れがある。一方、高さがあまりにも高いと培養液を交換する際に新鮮な培養液が多量に必要となってしまう。
従って、細胞培養治具の厚み方向の高さ(T)は0.5〜4mmの範囲とすることが好ましく、その中でも1〜3mmの範囲とすることが好ましい。
【0046】
本発明に係る細胞培養治具1の開口2の大きさについては、特に限定されるものではなく、使用する培養皿や所望する細胞塊の大きさに合わせて適宜決定することができるが、開口2があまりにも大きいと開口2内に細胞5が点在する状態となることから細胞の増殖(proliferation)、分化(differentiation)、成長(growth)などの効率(特に、パラクラインやオートクラインを起こす細胞における増殖、分化、成長などの効率)が低下する恐れがある。一方、開口2があまりにも小さいと取扱いがし辛くなる。
従って、細胞培養治具の開口は、直径または最長辺の長さを0.5〜60mmの範囲とすることが好ましく、その中でも1〜8mmの範囲とすることが好ましい。
【0047】
(可撓性材料)
本発明に係る細胞培養治具1の材質としては可撓性材料である必要がある。治具が変形しやすい性質を有していることによって、細胞培養治具1を培養皿4の中に載置した際に細胞培養治具1を培養皿4の内底面との間に隙間を生じさせることなく載置することができるからである。そしてその結果、細胞や培養液が細胞培養治具1と培養皿4の内底面との隙間から漏れることを防止することができるのである。また、前記した底面の平滑性との相乗効果からも細胞や培養液が細胞培養治具1と培養皿4の内底面との隙間から漏れることを防止することができるのである。
なお、可撓性材料としては、シリコーン樹脂、熱硬化性エラストマー、環状オレフィンコポリマー、熱可塑性エラストマー、環状オレフィンコポリマー、シリコーンゴム、フッ素ゴム、天然ゴム、合成ゴムなどを挙げることができるが、その中でも細胞培養治具1を培養皿4の内底面に隙間なく密着させることができることから、シリコーン樹脂、環状オレフィンコポリマーを用いることが好ましい。さらにその中でも蛍光を発することなく細胞の蛍光染色に影響を与えない点や、疎水性があることによって培養液中のタンパク質などが治具に吸着しにくい点や、分子間力による培養皿4への吸着効果が期待できる点などからシリコーン樹脂を用いることが好ましい。また、必要に応じて、硬化剤や添加剤などの各種の材料を混合することもできる。
【0048】
(製造方法)
本発明に係る細胞培養治具の製造方法としては特に限定されないが、例えば、所望する細胞培養治具の厚みとなるように、上記可撓性材料を培養皿などの任意の容器に流し込んで硬化させることによって可撓性材料のシート材を作製した後、係るシート材から所望する開口の輪状体または枠状体の型枠を用いて打ち抜くことによって作製する方法が挙げられる。なお、この製造方法では任意の容器に可撓性材料を流し込んだ際に自由液面となる面は平滑性が極めて高くなる(表面粗さRaがnmレベル)。従って、この面を本発明に係る細胞培養治具の底面とすれば、簡便で精度の高い細胞培養治具を得ることができるので好適である。
また、ディスペンサーなどを用いて、上記可撓性材料を培養皿の底面に、所望する厚みおよび開口となるように輪状または枠状に形成することによっても製造することができる。
さらに、細胞培養治具の型を作製し、係る型を用いて可撓性材料を射出成形、押出成形、圧縮成形、注型成形、真空成形などの公知の成形方法によって成形することで製造する方法や予め可撓性材料を所望する開口の大きさを持つ筒状体に成形した後、係る筒状体を所望する厚みに切断することによって製造する方法などを採用することもできる。なお、型を用いて本発明に係る細胞培養治具を製造する場合には、底面の平滑性を実現するためにフォトリソグラフィによって作製したレジストパターンを型として用いることもできる。
【0049】
次に、上記のように構成された本発明に係る細胞培養治具の動作およびその作用を第一の実施形態の細胞培養治具を用いた場合を例にして説明する。
図2は
図1の細胞培養治具の使用方法を示す模式図であり、
図3は
図1の細胞培養治具を用いた細胞培養方法を示す模式図である。
【0050】
まず、
図2に示すように、培養皿4の中に細胞培養治具1(1a)を載置する。なおこの際、必要に応じて細胞培養治具1(1a)をピンセット等を用いて加圧して培養皿4に密着させてもよい。
なお、培養皿4の中に細胞培養治具1(1a)を載置した後、細胞培養治具1(1a)の内側の底部や壁面をコラーゲンやゼラチンなどの各種細胞外マトリックスで固定(前処理)することも可能である。ここで、本発明の細胞培養治具1(1a)は厚み方向の高さが0.5〜4mmと従前の冶具よりも低いことから、細胞培養治具1(1a)の内側を処理することが容易であり、固定後の風乾時間も短時間で行うことが可能である。
そしてこのように、培養皿4の中に細胞培養治具1(1a)を載置し、細胞培養治具1(1a)の内側をコラーゲンやゼラチンなどで固定した後、細胞培養治具1(1a)の内側に培養したい細胞を播種すれば、培養効率を向上させることができる。
さらに長期培養においても、本発明の細胞培養治具は後記するように培養液の交換を細胞培養治具の外側から行うことから、細胞外マトリックスの損傷や剥離を防止することができる。
【0051】
次に、
図3(a)に示すように、培養したい細胞5を細胞培養治具1(1a)の内側に播種し、細胞培養治具1(1a)の内側を培養液6で満たし、インキュベーター内で一定時間保持する。そうすると、最初は培養液6の中で浮遊していた細胞5が徐々に沈み、細胞培養治具1(1a)の内側の底部や壁面に接着することになる。
【0052】
次に、細胞5が細胞培養治具1(1a)の底部や壁面に接着した段階で、
図3(b)に示すように、細胞培養治具1(1a)の内側の上部の培養液6を静かに抜き取る。
なおこの際、細胞培養治具1(1a)の内側の底部や壁面に接着しなかった細胞がある場合は、細胞培養治具1(1a)の内側の上部の培養液6とともにこれらの細胞も合わせて抜き取って廃棄する。
また、細胞培養治具1(1a)の底部や壁面に接着していても接着が弱い細胞がある場合には、細胞培養治具1(1a)の内側の上部の培養液6を静かに抜き取った後に、再度、細胞培養治具1(1a)の内側に培養液6を静かに供給して満たし、その後細胞培養治具1(1a)の内側の上部の培養液6を静かに抜き取る作業を行うことで、細胞培養治具1(1a)の底部や壁面に十分に接着した細胞5のみを細胞培養治具1(1a)の内側に残すことができる。
【0053】
次に、
図3(c)に示すように、細胞培養治具1(1a)の全体が浸漬するように培養皿4の中を培養液6で満たし、インキュベーター内で保持することによって培養を開始する。
なおこの際、細胞培養治具1(1a)の外側から培養液6を供給することで培養皿4の中を培養液6で満たしても良いが、最初に細胞培養治具1(1a)の内側に培養液6を静かに供給して細胞培養治具1(1a)の内側を培養液6で満たした後に細胞培養治具1(1a)の外側から培養液6を供給するようにすると、細胞培養治具1(1a)の外側に存在する培養液6と細胞培養治具1(1a)の内側に存在する培養液6とが繋がる際に発生する乱流を抑制することができ、その結果、細胞5に刺激を与えずに培養皿4の中を培養液6で満たすことができるので好適である。
【0054】
次に、培養液の交換時期が来た際には、細胞培養治具1(1a)の外側の培養液6をピペット(図示せず)等で抜き取ることによって古い培養液を廃棄する。そうすると
図3(d)に示すように、細胞5が入っている細胞培養治具1(1a)の内側の培養液6aはそのままの状態となり、細胞5に刺激を与えることなく、大部分の古い培養液を廃棄することができる。
【0055】
次に、
図3(e)に示すように、細胞培養治具1(1a)の外側から新鮮な培養液6bを供給して培養皿4の中を培養液6で満たす。そうすると、細胞培養治具1(1a)の高さを越える量の培養液6が供給されることから、細胞培養治具1(1a)の内側と外側の培養液6が徐々に混じり合い、培養液が拡散することによって培養液6の交換がゆっくりと行われることになる。
その結果、本発明に係る細胞培養治具1(1a)を用いた場合には、培養液の交換作業時において、細胞を誤って喪失してしまうことなく迅速に培養液の交換作業を行うことができるのである。
また、細胞に刺激を与えることなく円滑に培養液の交換作業を行うことができ、培養における細胞の生存率を向上させることもできるのである。
【0056】
次に、
図3(d)、(e)の作業を繰り返すことによって、細胞5は細胞培養治具1(1a)内において増殖(proliferation)、分化(differentiation)、成長(growth)などをすることになる。そうすると
図3(f)に示すように、増殖、分化、成長などした細胞5は細胞培養治具1(1a)内において重なっていくことになる。そして、係る作業を繰り返した後、
図3(g)、(h)に示すように培養液6および細胞培養治具1(1a)を除去すれば、重層化した状態の細胞を細胞塊(シート状)7として取り出すことができることになる。
従って、本発明に係る細胞培養治具を用いた場合には、極めて簡単に増殖、分化、成長などした細胞の重層化を行うこともできるのである。
【0057】
ここで、細胞を重層化すること自体は従前においても行われているが、従前においては培養した細胞を遠心管に入れて遠心処理を繰り返すことによって細胞を重ねていく方法が一般的である。また、近年は複数のポンプやバルブを制御することによって培養した細胞を培養皿内に重ねていく方法も提案されている。
しかし、これら従前の重層化方法はいずれも手間の係る処理や複雑な制御が必要となるものとなっている。また重層化した細胞を培養皿に設置するときに外周の細胞が細胞塊から剥がれて、培養液の乱流で離れてばらばらになることが起こりえる。
一方、本発明に係る細胞培養治具を用いた培養方法であれば、このような複雑な設備を用いることなく極めて簡単に細胞の重層化を行うことができるのである。さらに細胞がばらばらに離れる危険性を極端に低く抑えることができる。
【0058】
また、このように重層化した細胞は、
図20に示すような従前の培養方法によって得られる単一の細胞ではなく立体的な細胞組織となっていることから、実際に体内に存在する状態に近似するものとして有用なものとなる。具体的には、軟骨前駆細胞や脂肪前駆細胞などは立体的な重層化した細胞凝集体となることにより、分化誘導が促進されて成熟した軟骨細胞や脂肪細胞になることが知られている。本発明に係る細胞培養治具を用いて重層化した軟骨前駆細胞や脂肪前駆細胞など作製すれば、従来以上に簡便に短期間に分化成熟した細胞凝集体を得ることができる。
また、癌細胞を例に挙げると、創薬の分野において従前では研究開発中の医薬品(例えば抗癌剤)が一つ一つの癌細胞に対してどのような効果を示すかしか評価することしかできなかった。
一方、本発明に係る細胞培養治具を用いて重層化した癌細胞を作製すれば、研究開発中の医薬品(例えば抗癌剤)が一つ一つの癌細胞に対してどのような効果を示すのかを評価できるだけでなく、癌細胞の内部にまで効果を示すか、すなわち体内においてどの程度の効果を示すかについてまで評価することができるようになるのである。
【0059】
次に、本発明に係る細胞培養治具の別の動作およびその作用を第一の実施形態の細胞培養治具を用いた場合を例にして説明する。
図4は
図1の細胞培養治具を用いた別の細胞培養方法を示す模式図である。
【0060】
係る細胞培養方法においては、
図4(a)に示すように培養皿4内に載置した細胞培養治具1(1a)の内側に任意の細胞5aを播種し、細胞培養治具1(1a)の外側には任意の細胞とは異なる別の細胞5bを播種する。そして、培養皿4内を培養液6で満たして培養を開始する。
【0061】
そうすると、それぞれの細胞から分泌される分泌物が培養液によって拡散することになり、細胞5aからの分泌物が細胞5bにどのような影響を与えるか、あるいは細胞5bからの分泌物が細胞5aにどのような影響を与えるかを評価することができるのである。特に、パラクラインやオートクラインなどを起こす細胞については、簡便にその影響を評価することができるので好適である。
また、
図4(b)、(c)に示すように、培養液6を少しずつ交換することによって、細胞からの分泌物が他の細胞にどのような影響を与えるかをより継続的に評価することができる。
【0062】
(第二の実施形態)
次に、本発明に係る細胞培養治具の第二の実施形態を説明する。
図5は本発明に係る細胞培養治具の第二の実施形態および使用方法を示す模式図である。
第二の実施形態に係る細胞培養治具1(1b)は、
図5(a)に示すように、第一の実施形態に係る細胞培養治具1(1a)の上面に少なくとも1箇所の溝部8を設けた構造としたものである。
【0063】
次に、上記のように構成された第二の実施形態に係る細胞培養治具の動作およびその作用を説明する。
まず、
図5(b)に示すように、培養皿4の中に細胞培養治具1(1b)を載置する。なおこの際、第一の実施形態の細胞培養治具1(1a)における動作と同様に、細胞培養治具1(1b)の内側の底部や壁面をコラーゲンやゼラチンなどの各種細胞外マトリックスで固定(前処理)することも可能である。
【0064】
次に、
図3(a)、(b)に示す、第一の実施形態に係る細胞培養治具を用いる場合と同様の作業を行うことによって、培養したい細胞5を細胞培養治具1(1b)の内側に播種するとともに、細胞5を細胞培養治具1(1b)内側の底部や壁面に接着させる。
【0065】
次に、
図3(c)に示すような培養皿4の中が培養液6で満たされる状態とすべく、細胞培養治具1(1b)の外側から培養液6の供給を開始する。そうすると、細胞培養治具1(1b)の外側において培養液6の液面が上昇していくことになる。そして、培養液6の液面が細胞培養治具1(1b)の高さ(T)以上となった際には、細胞培養治具1(1b)の外側の培養液6は、溝部8を通じて細胞培養治具1(1b)の内側に少しずつ流れ込むことになる。そして、徐々に細胞培養治具1(1b)の外側から流れ込む培養液6の量が多くなると、細胞培養治具1(1b)の外側に存在する培養液6と細胞培養治具1(1b)の内側に存在する培養液6とが繋がり、さらに細胞培養治具1(1b)の外側に供給される培養液6の量が多くなると、
図3(c)に示すような培養皿4の中が培養液6で満たされる状態となる。
【0066】
従って、第二の実施形態に係る細胞培養治具1(1b)においては、培養液の供給や交換の際、細胞培養治具1(1b)の外側に存在する培養液6と細胞培養治具1(1b)の内側に存在する培養液6とをスムースに接触させることができる。そしてその結果、培養液6が繋がる際に発生する乱流を抑制することができ、さらに細胞培養治具1(1b)の内側において培養している細胞が細胞培養治具1(1b)の外側に流出してしまう事態を防止することができるのである。
【0067】
そしてその後、上記の手法によって
図3(d)、(e)に示す培養液6の交換作業を行い、最後に
図3(g)、(h)に示すようにして培養した細胞を細胞塊(シート状)7として回収することになる。
【0068】
なお、
図5に示す形態は溝部8を4箇所設けたものであるが、溝部の数はこれに限定されるものではなく必要に応じて適宜決定することができる。また、溝部8の形状についても特に限定されるものではなく、断面がU字状、V字状、凹状など各種の形状や各種の形状の組合せを採用することができる。
【0069】
(第三の実施形態)
次に、本発明に係る細胞培養治具の第三の実施形態を説明する。
図6は本発明に係る細胞培養治具の第三の実施形態および使用方法を示す模式図であり、
図7は
図6のB−B‘断面図(
図7(a))を
図1のA−A‘断面図(
図7(b))と比較した図である。
第三の実施形態に係る細胞培養治具1(1c)は、
図6(a)に示すように、第一の実施形態に係る細胞培養治具1(1a)の内壁部分を底面から上面に向かって次第に拡がるように傾斜させた内壁9としたものである。
【0070】
次に、上記のように構成された第三の実施形態に係る細胞培養治具の動作およびその作用を説明する。
まず、
図6(b)に示すように、培養皿4の中に細胞培養治具1(1c)を載置する。なおこの際、第一の実施形態の細胞培養治具1(1a)における動作と同様に、細胞培養治具1(1c)の内側の底部や壁面をコラーゲンやゼラチンなどの各種細胞外マトリックスで固定(前処理)することも可能である。
【0071】
次に、
図3(a)、(b)に示す、第一の実施形態に係る細胞培養治具を用いる場合と同様の作業を行うことによって、培養したい細胞5を細胞培養治具1(1c)の内側に播種するとともに、細胞5を細胞培養治具1(1c)内側の底部や壁面に接着させる。
【0072】
次に、
図3(c)に示すような培養皿4の中が培養液6で満たされる状態とすべく、細胞培養治具1(1c)の外側から培養液6を供給する作業を行うことになる。
【0073】
ここで、第三の実施形態に係る細胞培養治具1(1c)においては、細胞培養治具1(1c)の内側が培養液6で満たされて第一の実施形態に係る細胞培養治具1(1a)と同じ表面張力(接触角(Θ))を受ける状態となった場合でも、
図7(a)に示すように、内壁9の傾斜があることから、細胞培養治具1(1c)の内側における培養液6の液面の盛り上がりを小さくすることができる。その結果、培養液6を細胞培養治具1(1c)の外側から供給した場合でも、細胞培養治具1(1c)の外側に存在する培養液6と、細胞培養治具1(1c)の内側に存在する培養液6とが一気に繋がる現象を防止することができ、培養液6が繋がる際の乱流の発生を抑制することができることになる。そしてその結果、培養液の供給や交換の際に細胞培養治具1(1c)の内側で培養している細胞が細胞培養治具1(1c)の外側に流出してしまう現象を防止することができるのである。
【0074】
一方、第一の実施形態に係る細胞培養治具1(1a)においては、
図7(b)に示すように、細胞培養治具1(1a)の内側における培養液6の液面が接触角(Θ)によって大きく盛り上がることになってしまう。そして、このような状態で培養液6を細胞培養治具1(1a)の外側から供給してしまうと、細胞培養治具1(1a)の外側に存在する培養液6と細胞培養治具1(1a)の内側に存在する培養液6とが一気に繋がってしまうことから、培養液6が繋がる際に乱流が発生してしまうことになる。そしてその結果、係る乱流によって細胞培養治具1(1a)の内側で培養している細胞が細胞培養治具1(1a)の外側に流出してしまう恐れが生じることになるのである。
【0075】
その後、上記の手法によって
図3(d)、(e)に示す培養液6の交換作業を行い、最後に
図3(g)、(h)に示すようにして培養した細胞を細胞塊(シート状)7として回収することになる。
【0076】
なお、内壁9の傾斜度合や傾斜面の形状は特に限定されるものではなく必要に応じて適宜決定することができる。
【0077】
(第四の実施形態)
次に、本発明に係る細胞培養治具の第四の実施形態を説明する。
図8は本発明に係る細胞培養治具の第四の実施形態および使用方法を示す模式図である。
第四の実施形態に係る細胞培養治具1(1d)は、
図8(a)に示すように、第一の実施形態に係る細胞培養治具1(1a)の内周に、内周の一部を外周側に窪ませて形成した培養液交換部10を1箇所設けた構造としたものである。
【0078】
次に、上記のように構成された第四の実施形態に係る細胞培養治具の動作およびその作用を説明する。
まず、
図8(b)に示すように、培養皿4の中に細胞培養治具1(1d)を載置する。なおこの際、第一の実施形態の細胞培養治具1(1a)における動作と同様に、細胞培養治具1(1d)の内側の底部や壁面をコラーゲンやゼラチンなどの各種細胞外マトリックスで固定(前処理)することも可能である。
【0079】
次に、
図3(a)、(b)に示すように、培養したい細胞5を細胞培養治具1(1d)の内側に播種し、さらに細胞5を細胞培養治具1(1d)内側の底部や壁面に接着させる作業を行うことになるが、本実施形態においてはピペットの先端を培養液交換部10に差し入れることによって、培養液6の供給または交換作業を行うことになる。
具体的にはまず、空のピペットの先端を培養液交換部10に差し入れて、細胞培養治具1(1d)の内側の培養液を静かに吸引した後、静かにピペットの先端を培養液交換部10から抜き取ることによって細胞培養治具1(1d)の内側の古い培養液を廃棄する。
次に、ピペットの先端を培養液交換部10に差し入れることによって、新しい培養液を細胞培養治具1(1d)の内側に、無用な乱流が発生しないように注意しながらゆっくりと供給する。
【0080】
次に、第四の実施形態に係る細胞培養治具1(1d)においては、培養液6の交換作業(第一の実施形態に係る細胞培養治具を用いる場合における
図3(c)〜(e)に相当する作業)を行う際にも、ピペットの先端を培養液交換部10に差し入れることによって細胞培養治具1(1d)の内側の培養液6の交換作業を行った後、細胞培養治具1の外側(1d)から培養液6を供給して細胞培養治具1(1d)の全体が浸漬するように培養皿4の中を培養液6で満たすことで培養液の交換作業を完了する。
【0081】
従って第四の実施形態においては、培養液6の供給や交換の際に発生する培養液6の乱流が常に培養液交換部10の近傍という決まった場所において発生することになるため、細胞培養治具1(1d)の内側で、かつ培養液交換部10の近傍以外の部分に培養されている多くの細胞は培養液6の乱流による影響をほとんど受けずに増殖、分化、成長などをすることができることになる。また、供給された培養液6は、培養液交換部10の内壁に衝突した後、すなわち培養液交換部10の内壁によって乱流が軽減された後に細胞培養治具1(1d)の内側に拡散していくことから、この点においても細胞培養治具1(1d)の内側で、かつ培養液交換部10の近傍以外の部分に培養されている多くの細胞は、培養液6の乱流による影響をほとんど受けずに増殖、分化、成長などをすることができることになる。
【0082】
また、培養液6の交換作業は細胞が細胞培養治具1(1d)内側の底部や壁面に接着した状態で行うものであることから、仮に培養液6の乱流が発生した場合でも培養液交換部10の近傍という決まった場所においてのみ細胞の剥離、流出が発生することになり、細胞の損失を最小限に止めることができるのである。
【0083】
なお、第四の実施形態に係る細胞培養治具においては、培養液の交換作業の際に、細胞培養治具1(1d)の内側に存在する古くなった培養液の大部分を廃棄することができることから、細胞培養治具の内側上部の培養液のみを廃棄する第一〜第三の実施形態に係る細胞培養治具(1a)〜(1c)に比べて、多くの新鮮な培養液を細胞に供給することができ、培養効率を向上させることができることになるのである。
【0084】
そして最後に、
図3(g)、(h)に示すようにして、培養した細胞を細胞塊(シート状)7として回収することになる。
【0085】
また、第四の実施形態に係る細胞培養治具1(1d)においては、培養液6の供給または交換作業を行う際、細胞培養治具1(1d)の内側のみで培養液6の供給または交換作業を完了することもできる。
具体的には、空のピペットの先端を培養液交換部10に差し入れて静かにピペット内に細胞培養治具1(1d)内側の培養液6を吸引した後、静かにピペットの先端を培養液交換部10から抜き取ることによって培養液6の廃棄を行う作業と、ピペットの先端を培養液交換部10に差し入れることによって新しい培養液を細胞培養治具1(1d)の内側に供給する作業を繰り返せば、細胞培養治具1(1d)の内側のみで培養液6の供給または交換作業を完了することができる。
その結果、細胞培養治具1(1d)の外側から培養液6を供給することなく培養液の供給や交換作業を行うことができ、培養液の消費量を削減することができる。
【0086】
なお、
図8に示す形態は培養液交換部10がU字状になっているものであるが、培養液交換部の形状はこれに限定されるものではなく、V字状、凹状など各種の形状や各種の形状の組合せを採用することができる。
【0087】
(第五の実施形態)
次に、本発明に係る細胞培養治具の第五の実施形態を説明する。なお、本実施形態は免疫細胞やハイブリドーマ細胞などの浮遊性の細胞や細胞培養治具の底部や壁面への接着性が弱い細胞を培養する際に好適な実施形態である。
図9は本発明に係る細胞培養治具の第五の実施形態および使用方法を示す模式図である。
第五の実施形態に係る細胞培養治具1(1e)は、
図9(a)〜(c)に示すように、本発明の細胞培養治具1(1a)〜1(1d)を2つと、培養液透過フィルム11を用い、培養液透過フィルム11を一の細胞培養治具の上面側の開口を塞ぐように配置した後、さらにその上に他の細胞培養治具を重ね合わせた構成としたものである。
なお、
図9(a)〜(c)に示した細胞培養治具1(1e)は、第一の実施形態に係る細胞培養治具1(1a)を2つと、培養液透過フィルム11を用いて構成したものであるが、本実施形態はこれに限定されるものではなく、必要に応じて細胞培養治具1(1a)〜1(1d)から任意に選択した2つの細胞培養治具1を組み合せて用いることができる。
【0088】
また、本実施形態において使用される培養液透過フィルム11は多孔質性のフィルムであり、例えば、酢酸セルロースやPVDF(ポリフッ化ビニリデン)などで作製されたメンブレンフィルターなどを用いることができる。なお、培養液透過フィルム11の孔径は、培養液は通過するが培養対象とする細胞は通過しない範囲の中で適宜選択されることになる。
【0089】
次に、上記のように構成された第五の実施形態に係る細胞培養治具の動作およびその作用を説明する。
図10は
図9の細胞培養治具を用いた細胞培養方法を示す模式図である。
【0090】
まず、下段の細胞培養治具となる、一の細胞培養治具1(1a)を培養皿4の中に載置する。
次に、
図10(a)に示すように、培養したい細胞5(本実施形態においては浮遊性の細胞)を細胞培養治具1(1a)の内側に播種する。
なおこの際、第一の実施形態の細胞培養治具1(1a)における動作と同様に、下段の細胞培養治具1(1a)の内側の底部や壁面をコラーゲンやゼラチンなどの各種細胞外マトリックスで固定(前処理)することも可能である。
【0091】
次に、メタノール、エタノール、生理食塩濃度を含むりん酸緩衝液(pH7.4)の順に十分に浸漬することによって前処理した培養液透過フィルム11を用意し、
図10(b)に示すように、係る培養液透過フィルム11を下段の細胞培養治具1(1a)の上面側の開口を塞ぐように配置した後、その上に、上段の細胞培養治具となる、別の細胞培養治具1(1a)を重ね合わせて、細胞培養治具1(1e)を形成する。
【0092】
次に、
図10(c)に示すように、細胞培養治具1(1e)の全体が浸漬するように培養皿4の中を培養液6で満たし、インキュベーター内で保持することによって培養を開始する。
【0093】
次に、培養液の交換時期が来た際には、細胞培養治具1(1e)の外側の培養液6をピペット(図示せず)等で抜き取ることによって古い培養液を廃棄する。そうすると
図10(d)に示すように、細胞5が入っている下段の細胞培養治具1(1a)の内側の培養液6aはそのままの状態となる。従って、細胞5に刺激を与えることなく、また浮遊性の細胞の流出を防止しながら大部分の古い培養液のみを廃棄することができる。
【0094】
次に、細胞培養治具1(1e)の外側から新鮮な培養液6bを供給して培養皿4の中を培養液6で満たす。そうすると、
図10(e)に示すように、上段の細胞培養治具1(1a)の高さを越える量の培養液6bが供給されることから、細胞培養治具1(1e)の高さを越えて上段の細胞培養治具1(1a)の内側に供給された培養液6bは、培養液透過フィルム11を通過して、下段の細胞培養治具1(1a)の内側に供給されることになり、下段の細胞培養治具1(1a)の内側において培養液6が徐々に混じり合い、培養液6が拡散することによって培養液6の交換が行われることになる。
その結果、第五の実施形態の細胞培養治具1(1e)を用いた場合には、浮遊性の細胞や細胞培養治具の底部や壁面への接着性が弱い細胞であっても、培養液の交換作業時において、細胞を誤って喪失してしまうことなく迅速に培養液の交換作業を行うことができるのである。
また、細胞に刺激を与えることなく円滑に培養液の交換作業を行うことができ、培養における細胞の生存率を向上させることもできるのである。
【0095】
次に、
図10(d)、(e)の作業を繰り返すことによって、細胞5は
図10(f)に示すように下段の細胞培養治具1(1a)内において増殖、分化、成長などをすることになる。
【0096】
次に、係る作業を繰り返した後、
図10(g)に示すように、培養液6を液面の高さが下段の細胞培養治具1(1a)の高さより低くなる位置まで、細胞培養治具1(1e)の外側から抜き取った後、上段の細胞培養治具1(1a)と培養液透過フィルム11を除去する。
【0097】
最後に、下段の細胞培養治具1(1a)の内側に存在する培養した細胞5を含む培養液6をピペットによって吸引することによって、培養した細胞5を回収する。
【0098】
従って、本実施形態の細胞培養治具を用いた場合には、浮遊性の細胞であっても細胞を誤って喪失してしまうことなく、細胞の培養を行うことができるのである。また、従前の浮遊性の細胞の培養においては培養液の交換のために細胞と培養液とを遠心分離することが行われているが、本実施形態の細胞培養治具を用いた場合には、このような遠心分離の工程を経ることなく簡単に細胞の培養を行うことができるのである。
【0099】
また、もう一つの利点として、ハイブリドーマ細胞などの細胞が分泌する抗体などの有用成分を回収するには、細胞培養治具1(1e)の外側の培養液6をピペット(図示せず)で回収すればよい。そうすると、ハイブリドーマ細胞と培養液の遠心分離の作業を経ることなく効率よく培養液中の抗体などの有用成分を得ることができる。
【0100】
以上から、本実施形態の細胞培養治具を用いた場合には、浮遊性の細胞であっても細胞を誤って喪失してしまうことなく、簡単に細胞の培養を行うことができ、さらに細胞が分泌する抗体などの有用成分についても簡単に回収を行うことができるのである。
【0101】
(第六の実施形態)
次に、本発明に係る細胞培養治具の第六の実施形態を説明する。
図11は本発明に係る細胞培養治具の第六の実施形態および使用方法を示す模式図である。
第六の実施形態に係る細胞培養治具1(1h)は、
図11(a)、(b)に示すように、2つの細胞培養治具1(1a)〜1(1d)にそれぞれ嵌合部材11を設けた以外は、第五の実施形態に係る細胞培養治具1(1e)と同じ構成としたものである。
なお、
図11(a)、(b)においては、下段の細胞培養治具1に凸型の嵌合部材11を設け、上段の細胞培養治具1には凹型の嵌合部材(図示せず)を設けた形態となっているが、これに限定されるものではなく、凸型と凹型の嵌合部材を逆の細胞培養治具に設けることもでき、また嵌合構造についても各種の構造のものを採用することができる。
【0102】
次に、上記のように構成された第六の実施形態に係る細胞培養治具の動作については、第五の実施形態と同様であることから省略するが、本実施形態の作用としては、2つの細胞培養治具が嵌合構造によって連結していることから、培養液の交換の際においても上方の細胞培養治具が動いたりずれたりすることを防止することができ、その結果培養液の交換作業をより確実に行うことができることになる。
【0103】
(第七の実施形態)
次に、本発明に係る細胞培養治具の第七の実施形態を説明する。
図12は本発明に係る細胞培養治具の第七の実施形態および使用方法を示す模式図である。
第七の実施形態に係る細胞培養治具1(1i)は、
図12(a)、(b)に示すように、第一の実施形態に係る細胞培養治具1(1a)を端部を残して輪切り状に切り込みを入れた後、係る切れ込みに培養液透過フィルム11を挟み込んだ構成としたものである。
【0104】
次に、上記のように構成された第七の実施形態に係る細胞培養治具の動作およびその作用を説明する。
【0105】
まず、培養皿4の中に輪切り状に切り込みを入れた細胞培養治具1(1a)を載置する。
次に、細胞培養治具1(1a)の上方部分を捲って、培養したい細胞5(本実施形態においては浮遊性の細胞)を細胞培養治具1(1a)の下方部分の内側に播種する。そして、メタノール、エタノール、生理食塩濃度を含むりん酸緩衝液(pH7.4)の順に十分に浸漬することによって前処理した培養液透過フィルム11を細胞培養治具1(1a)の切れ込みに挟み込んだ後、細胞培養治具1(1a)の上方部分を元に戻す(細胞培養治具1(1a)の上方部分で培養液透過フィルム11を押える)ことによって、
図12(c)に示すように細胞培養治具1(1i)を培養皿4の中に載置する。そして、その後は第五の実施形態と同様の動作を行うことによって、培養液の交換を行う。
【0106】
次に、培養液6の交換作業を繰り返した後、培養液6を液面の高さが細胞培養治具1(1a)の下方部分の高さより低くなる位置まで、細胞培養治具1(1i)の外側から抜き取る。
【0107】
最後に、細胞培養治具1(1a)の上方部分を捲って培養液透過フィルム11を除去した後、細胞培養治具1(1a)の下方部分の内側に存在する培養した細胞5を含む培養液6をピペットによって吸引することによって、培養した細胞5を回収する。
従って、本実施形態の細胞培養治具を用いた場合においても、浮遊性の細胞を誤って喪失してしまうことなく、簡単に細胞の培養を行うことができ、さらに細胞が分泌する抗体などの有用成分についても簡単に回収を行うことができることになる。
【実施例】
【0108】
次に、本発明に係る細胞培養治具および細胞培養方法を実施例および比較例に基づいて詳しく説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0109】
(実施例1)
まず、主剤と硬化触媒を重量比で10:1となるように混合した東レダウコーニング社製のシリコーン樹脂(Sylgard
(登録商標)184)を脱気した。そして、このシリコーン樹脂を直径150mmの培養皿に厚さが2mmとなるように流し込み、60℃で2時間放置して硬化させた。次に、硬化したシリコーン樹脂を外径8mm、内径4mmの輪状体の型枠で打ち抜くことによって実施例1の細胞培養治具(第一の実施形態に相当する細胞培養治具)を作製した。なお、実施例1の細胞培養治具の底面(硬化時に自由液面となっていた面)の表面粗さRaは0.83nmであった。
【0110】
(実施例2)
シリコーン樹脂を硬化させる際に真空雰囲気とした以外は実施例1と同様にして実施例2の細胞培養治具(第一の実施形態に相当する細胞培養治具)を作製した。なお、実施例2の細胞培養治具の底面(硬化時に自由液面となっていた面)の表面粗さRaは0.18nmであった。
【0111】
(実施例3)
次に、実施例1の細胞培養治具を
図2に示すように内径35mmの培養皿の底面にピンセットで加圧して密着させた。
次に、ヒト乳腺癌上皮細胞(MCF7)を、培養液である10%のウシ胎児血清を含むDMEM培養液で懸濁させ、係る懸濁液を細胞培養治具の内側に供給することで播種した。
次に、この培養皿をCO
2インキュベーターに60分間静置した後、細胞培養治具の内側の上部の培養液をピペットで静かに抜き取って廃棄した。
次に、再度、細胞培養治具の内側に新しい培養液をピペットで0.3ml静かに供給し、その後細胞培養治具の内側の上部の培養液をピペットで静かに抜き取って廃棄することで細胞培養治具1の内側の底部や壁面に十分に接着した細胞のみを残した。
次に、細胞培養治具の内側に培養液をピペットで0.3ml静かに供給してから、細胞培養治具の外側から培養液をピペットで1.7ml静かに供給することによって細胞皿を培養液で満たした。なおこの際、細胞培養治具は培養液によって培養皿内で完全に浸漬した状態となっており、細胞培養治具の内側と外側とは上方にある培養液でつながっていることを確認した。そして、このまま培養液を交換せずにCO
2インキュベーターにおいて培養を開始した。
次に、4日後に細胞培養治具の外側の培養液をピペットで静かに抜き取り、細胞培養治具の外側から新鮮な培養液をピペットで1.7ml静かに供給することで培養液の交換を行い、再度CO
2インキュベーターにおいて3日間培養した。なおこの際も、細胞培養治具は培養液によって培養皿内で完全に浸漬した状態となっており、細胞培養治具の内側と外側とは上方にある培養液でつながっていることを確認した。
【0112】
培養の結果、培養開始7日後にMCF7は細胞培養治具の内側で増殖していることが確認された。また、細胞培養治具の内側の底部や壁面に接着(生存)できずに浮いてしまった細胞は認められなかった。さらに、培養液および細胞培養治具を除去した後のMCF7は、
図13に示すようにシート状の塊となっており、重層化していることが確認された。
従って、本発明に係る細胞培養治具を用いれば、簡単な構造でありながら細胞培養の際に不可欠となる培養液の交換作業時において細胞を誤って喪失してしたり細胞に刺激を与えてしまったりすることなく、迅速、円滑に培養液の交換作業を行うことができることがわかった。
また、細胞を死滅させることなく長期間培養でき、重層化した細胞を簡単に作製することができることがわかった。
また、実施例1の細胞培養治具はシリコーン樹脂を用いていることから、培養液中のタンパク質などが治具に吸着しにくく、培養の効率が低下しないことがわかった。
さらに、実施例1の細胞培養治具は無蛍光なので、細胞の蛍光染色に影響を与えないこともわかった。
【0113】
(実施例4)
実施例2の細胞培養治具を用い、細胞にマウス線維芽細胞(NIH/3T3)を、培養液に10%仔ウシ血清を含むDMEM培養液を用いた以外は実施例3と同様の作業行った。
【0114】
その結果、NIH/3T3についても細胞培養治具の内側で増殖していることが確認され、細胞培養治具の内側の底部や壁面に接着(生存)できずに浮いてしまった細胞は見られなかった。また、培養液および細胞培養治具を除去した後のNIH/3T3は、
図14に示すように重層化していることが確認された。
【0115】
(実施例5)
実施例1の細胞培養治具を用い、
図2に示すように内径35mmの培養皿の底面にピンセットで加圧して密着させた。
次に、ヒト骨髄間葉系幹細胞を間葉系幹細胞増殖培養液(ロンザジャパン株式会社製、MSCGM、BulletKit PT−3001)で懸濁させ、係る懸濁液を細胞培養治具の内側に供給することで播種した。
次に、この培養皿をCO
2インキュベーターに60分間静置した後、細胞培養治具の内側の上部の培養液をピペットで静かに抜き取って廃棄した。次に、再度、細胞培養治具の内側に新しい培養液をピペットで0.3ml静かに供給して、その後細胞培養治具の内側の上部の培養液をピペットで静かに抜き取って廃棄することで細胞培養治具1の内側の底部や壁面に十分に接着した細胞のみを残した。
次に、細胞培養治具の内側に培養液をピペットで0.3ml静かに供給してから、細胞培養治具の外側から培養液をピペットで1.7ml静かに供給した。なおこの際、細胞培養治具は培養液によって培養皿内で完全に浸漬した状態となっており、細胞培養治具の内側と外側とは上方にある培養液でつながっていることを確認した。そして、このまま培養液を交換せずにCO
2インキュベーターにおいて培養を開始した。
翌日、細胞培養治具の外側の培養液をピペットで静かに抜き取り、細胞培養治具の外側から骨芽細胞分化培養液(ロンザジャパン株式会社製、BulletKit PT−3002)をピペットで1.7ml静かに供給することで培養液の交換を行い、再度CO
2インキュベーターにおいて分化誘導培養した。なおこの際も、細胞培養治具は骨芽細胞分化培養液によって培養皿内で完全に浸漬した状態となっており、細胞培養治具の内側と外側とは上方にある骨芽細胞分化培養液でつながっていることを確認した。
以降、6日に1回の間隔で骨芽細胞分化培養液を交換しながらCO
2インキュベーターにおいて15日間培養した。
【0116】
培養後、ヒト骨髄間葉系幹細胞の分化状態(石灰化)を確認するために、骨芽細胞分化培養液および細胞培養治具を除去した後、アリザリンレッドSを用いて染色を行った。染色後のヒト骨髄間葉系幹細胞の写真を
図15に示す。
その結果、
図15に示すとおり、細胞培養治具の内側であった部分が染色(石灰化)されたことから、培養したヒト骨髄間葉系幹細胞が骨芽細胞へ分化誘導されていることが確認できた。
【0117】
(実施例6)
実施例1の細胞培養治具を用い、
図2に示すように内径35mmの培養皿の底面にピンセットで加圧して密着させた後、細胞培養治具の内側をコラーゲンで処理(コラーゲンを固定)した以外は、実施例5と同様にしてヒト骨髄間葉系幹細胞の培養を行った。
【0118】
培養後、ヒト骨髄間葉系幹細胞の分化状態(石灰化)を確認するために、骨芽細胞分化培養液および細胞培養治具を除去した後、アリザリンレッドSを用いて染色を行った。染色後のヒト骨髄間葉系幹細胞の写真を
図16に示す。
その結果、
図16に示すとおり、
図15に比べて著しい染色(石灰化)が認められた。従って、細胞培養治具の内側をコラーゲン(各種細胞外マトリックス)で固定(前処理)した場合には、コラーゲンが剥離することなく細胞の分化誘導が行われ、その結果、分化誘導をより促進することが可能であることが確認できた。
【0119】
(実施例7)
まず、実施例1の細胞培養治具を作製し、係る細胞培養治具の上面に断面視U字状の溝部を4箇所、切削加工することによって、
図5(a)に示す、実施例7に使用する細胞培養治具(第二の実施形態に相当する細胞培養治具)を作製した。
【0120】
次に、作製した細胞培養治具を
図5(b)に示すように内径35mmの培養皿の底面にピンセットで加圧して密着させた。
次に、ヒト肝癌細胞(HepG2)を、培養液である10%のウシ胎児血清を含むDMEM培養液で懸濁させ、係る懸濁液を細胞培養治具の内側に供給することで播種した。
次に、この培養皿をCO
2インキュベーターに240分間静置した後、細胞培養治具の内側の上部の培養液をピペットで静かに抜き取って廃棄した。
次に、再度、細胞培養治具の内側に新しい培養液をピペットで0.2ml静かに供給し、その後細胞培養治具の内側の上部の培養液をピペットで静かに抜き取って廃棄することで細胞培養治具1の内側の底部や壁面に接着した細胞のみを残した。
次に、細胞培養治具の内側に培養液をピペットで0.2ml静かに供給してから、細胞培養治具の外側から培養液をピペットで4ml静かに供給することによって細胞皿を培養液で満たした。なおこの際、細胞培養治具は培養液によって培養皿内で完全に浸漬した状態となっており、細胞培養治具の内側と外側とは上方にある培養液でつながっていることを確認した。そして、このまま培養液を交換せずにCO
2インキュベーターにおいて培養を開始した。
【0121】
そして培養開始4日後、ギムザ染色を行うことによってHep G2の生存、増殖状態の評価を行った。ギムザ染色を行い、細胞培養治具を除去した状態の写真を
図17に示す。なお、細胞培養治具の内側の底部や壁面に接着(生存)できずに浮いてしまった細胞は見られなかった。
【0122】
その結果、
図17に示すとおり、細胞培養治具の内側であった部分が染色されたことからHep G2が生存、増殖していることが確認できた。
従って、第二の実施形態に係る細胞培養治具を用いれば、溝部を通じて培養液の供給や交換を行うことができ、細胞に刺激を与えてしまったりすることなく、迅速、円滑に培養液の交換作業を行うことができることが確認できた。またその結果、細胞培養治具の内側において培養している細胞を培養液の供給や交換の際に喪失してしまう事態を防止できることが確認できた。
さらに、ギムザ染色を行う際においても、固定液、染色液、洗浄液などを細胞培養治具の上面に設けた溝部を通じて供給、吸引することができるため、細胞(標本)の損傷を最小限に抑えることができることも確認することができた。
【0123】
(実施例8)
まず、実施例1の細胞培養治具を作製し、係る細胞培養治具の内周に、内周の一部をU字状に外周側に窪ませて形成した培養液交換部を1箇所設けることによって、
図8(a)に示す、実施例8に使用する細胞培養治具(第四の実施形態に相当する細胞培養治具)を作製した。
【0124】
次に、作製した細胞培養治具を
図8(b)に示すように内径35mmの培養皿の底面にピンセットで加圧して密着させた。
次に、ヒト肺癌細胞(A549)を、培養液である10%のウシ胎児血清を含むDMEM培養液で懸濁させ、係る懸濁液を細胞培養治具の内側に供給することで播種した。
次に、この培養皿をCO
2インキュベーターに60分間静置した後、ピペットの先端を培養液交換部の液面に差し入れて静かに吸引することによって、細胞培養治具の内側の上部の培養液を抜き取って廃棄した。
次に、ピペットの先端を培養液交換部に差し入れて、再度細胞培養治具の内側に新しい培養液を0.2ml静かに供給し、その後細胞培養治具の内側の上部の培養液をピペットで静かに抜き取って廃棄することで細胞培養治具1の内側の底部や壁面に接着した細胞のみを残した。
次に、ピペットの先端を培養液交換部に差し入れて細胞培養治具の内側に培養液を0.2mlを静かに供給してから、細胞培養治具の外側から培養液をピペットで4ml静かに供給することによって細胞皿を培養液で満たした。なおこの際、細胞培養治具は培養液によって培養皿内で完全に浸漬した状態となっており、細胞培養治具の内側と外側とは上方にある培養液でつながっていることを確認した。そして、このまま培養液を交換せずにCO
2インキュベーターにおいて培養を開始した。
【0125】
培養開始2日後、ギムザ染色を行うことによってA549の生存、増殖状態の評価を行った。ギムザ染色を行い、細胞培養治具を除去した状態の写真を
図18に示す。なお、細胞培養治具の内側の底部や壁面に接着(生存)できずに浮いてしまった細胞は認められなかった。
【0126】
その結果、
図18に示すとおり、細胞培養治具の内側であった部分が染色されたことからA549が生存、増殖していることが確認できた。なお、
図18の写真においては、培養液交換部の染色度合13が薄くなっていることから、係る部分においては培養液の交換作業の際に乱流が発生し、細胞の喪失が起こっているがその他の部分においては良好な培養が行われていることが確認できた。
従って、第四の実施形態に係る細胞培養治具を用いれば、培養液交換部を通じて培養液の供給や交換を行うことができ、多くの細胞に刺激を与えてしまったりすることなく、迅速、円滑に培養液の交換作業を行うことができることが確認できた。またその結果、細胞培養治具の内側において培養している細胞を培養液の供給や交換の際に喪失してしまう事態を防止できることが確認できた。
さらに、ギムザ染色を行う際においても、固定液、染色液、洗浄液などを培養液交換部を通じて供給、吸引することができるため、細胞(標本)の損傷を最小限に抑えることも確認することができた。
【0127】
(実施例9)
実施例1の細胞培養治具を用い、
図2に示すように内径35mmの培養皿の底面にピンセットで加圧して密着させた。
次に、SV40 large T antigenを発現しているヒト胎児腎細胞(293T)を、培養液である10%のウシ胎児血清を含むDMEM培養液で懸濁させ、係る懸濁液を細胞培養治具の内側に供給することで播種した。
次に、この培養皿をCO
2インキュベーターに120分間静置した後、細胞培養治具の内側の上部の培養液をピペットで静かに抜き取って廃棄した。次に、再度、細胞培養治具の内側に新しい培養液をピペットで0.2ml静かに供給して、その後細胞培養治具の内側の上部の培養液をピペットで静かに抜き取って廃棄することで細胞培養治具1の内側の底部や壁面に十分に接着した細胞のみを残した。
次に、細胞培養治具の内側に培養液をピペットで0.2ml静かに供給してから、細胞培養治具の外側から培養液をピペットで4ml静かに供給した。なおこの際、細胞培養治具は培養液によって培養皿内で完全に浸漬した状態となっており、細胞培養治具の内側と外側とは上方にある培養液でつながっていることを確認した。そして、このまま培養液を交換せずにCO
2インキュベーターにおいて培養を開始した。
翌日、細胞培養治具の外側の培養液をピペットで静かに抜き取り、細胞培養治具の外側から培養液をピペットで4ml静かに供給することで培養液の交換を行い、再度CO
2インキュベーターにおいて分化誘導培養した。なおこの際も、細胞培養治具は骨芽細胞分化培養液によって培養皿内で完全に浸漬した状態となっており、細胞培養治具の内側と外側とは上方にある骨芽細胞分化培養液でつながっていることを確認した。
以降、3日に1回の間隔で培養液を交換しながらCO
2インキュベーターにおいて5日間培養した。
【0128】
培養の結果、293Tは細胞培養治具の内側で増殖していることが確認された。また、細胞培養治具の内側の底部や壁面に接着(生存)できずに浮いてしまった細胞は認められなかった。
従って、本発明に係る細胞培養治具を用いれば、293Tのような接着性の弱い細胞(従前の方法では培養液の交換の際に簡単に剥離してしまうような細胞)であっても、培養液の交換作業時において細胞を誤って喪失してしたり細胞に刺激を与えてしまったりすることなく、迅速、円滑に培養液の交換作業を行うことができることが確認できた。
【0129】
(実施例10)
実施例10においては、実施例1の細胞培養治具を2個と培養液透過フィルム(セルロース混合エステルタイプ メンブレンフィルター:A500A(ADVANTEC社製)を直径10mmのサイズに切り出したもの)を用いることによって、
図9(a)、(b)に示す、本実施例に使用する細胞培養治具(第五の実施形態に相当する細胞培養治具)を形成した。
【0130】
まず、実施例1の細胞培養治具(下段の細胞培養治具)を1個、内径35mmの培養皿の底面にピンセットで加圧して密着させた。
次に、
図10(a)に示すように、ヒト骨髄性白血病細胞(HL-60)を、培養液である10%のウシ胎児血清を含むRPMI1640培養液で懸濁させ、係る懸濁液を下段の細胞培養治具の内側に供給することで播種した。
次に、この培養皿をCO
2インキュベーターに120分間静置した。
次に、メタノール、エタノール、生理食塩濃度を含むりん酸緩衝液(pH7.4)の順に十分に浸漬することによって前処理した培養液透過フィルムを上記の細胞培養治具(下段の細胞培養治具)の上面側の開口を塞ぐように配置した後、その上に別の細胞培養治具(上段の細胞培養治具)を重ね合わせることによって、本実施例の細胞培養治具を形成した。
次に、上段の細胞培養治具の内側に培養液をピペットで0.2ml静かに供給してから、細胞培養治具の外側から培養液をピペットで4ml静かに供給することによって細胞皿を培養液で満たした。なおこの際、細胞培養治具は培養液によって培養皿内で完全に浸漬した状態となっており、細胞培養治具の内側と外側とは上方にある培養液でつながっていることを確認した。そして、このまま培養液を交換せずにCO
2インキュベーターにおいて培養を開始した。
培養開始1日後に、細胞培養治具の外側の培養液をピペットで静かに抜き取り、細胞培養治具の外側から培養液をピペットで4ml静かに供給することで培養液の交換を行い、再度CO
2インキュベーターにおいて培養した。なおこの際も、細胞培養治具は培養液によって培養皿内で完全に浸漬した状態となっており、細胞培養治具の内側と外側とは上方にある培養液でつながっていることを確認した。
【0131】
培養開始3日後、
図10(g)、(h)に示すように培養後の細胞培養治具の内側のHL-60をピペットで回収したところ、従前の培養方法において培養したHL-60よりも数倍以上の高密度でHL-60を回収することができた。
また、細胞培養治具の外側の培養液を回収することによって、HL-60からの分泌物を回収することができた。
【0132】
従って、第五の実施形態に係る細胞培養治具を用いれば、浮遊性の細胞や細胞培養治具の底部や壁面への接着性が弱い細胞であっても、培養液の交換作業時における細胞の喪失を防止しつつ、細胞を培養することが可能であることが確認できた。
また、従前のような培養液の交換のための遠心分離の工程を経ることなく、細胞を培養することが可能であることが確認できた。
さらに、細胞が分泌する抗体などの有用成分についても簡単に回収することが可能であることが確認できた。
【0133】
(比較例)
細胞培養治具を用いずに培養皿のみを用い、培養皿の底部をコラーゲンで処理(コラーゲンを固定)し、3日に1回の間隔で骨芽細胞分化培養液を交換した以外は、実施例5と同様にしてヒト骨髄間葉系幹細胞の培養を行った。
【0134】
培養後、ヒト骨髄間葉系幹細胞の分化状態(石灰化)を確認するために、骨芽細胞分化培養液および細胞培養治具を除去した後、アリザリンレッドSを用いて染色を行った。染色後のヒト骨髄間葉系幹細胞の写真を
図19に示す。
【0135】
その結果、
図19に示すように、細胞培養治具を用いずに培養皿のみを用いた場合には、コラーゲンで固定(前処理)した状態であっても染色(石灰化)の度合が弱くなり、分化誘導の程度が低いものとなった。また、培養皿の底部全体にヒト骨髄間葉系幹細胞が広がってしまい、細胞塊として回収することができなかった。
【0136】
以上、一連の実施例による評価を通じて、本発明に係る細胞培養治具を用いれば培養液の交換頻度を大幅に削減することができ、細胞の喪失を効果的に防止できることがわかった。なお、培養液の交換頻度を大幅に削減できることは、培養皿をインキュベーターから外に出して作業する回数、運搬による振動や対流が加わる回数、培養液の温度が保温温度(例えば37℃)から室温に変化する回数、CO
2濃度が変化する回数、培養液のpHが変化する回数などを削減することにも繋がる。
従って、本発明に係る細胞培養治具を用いることによって、細胞にとって生存条件が変化すること(外部からの刺激)を防止することができ、細胞を長期間にわたって安定に培養することができることもわかった。
【0137】
一方、比較例のような従前の培養治具や培養方法(
図20を参照)では、2〜3日に1回の頻度で培養液を交換しなければならないことから、培養中の細胞が分化しても、培養液の交換の際に係る細胞を喪失してしまう可能性が高く、培養効率が向上しないことが確認できた。
【0138】
以上の結果から、本発明に係る細胞培養治具を用いれば迅速かつ円滑に培養液の交換作業を行うことができ、細胞に刺激を与えることなく長期間培養でき、重層化した細胞を簡単に作製することができることがわかった。
また、培養液の交換に伴う振動や対流、温度変化、培養液のpH変化などの不用な刺激を軽減し、細胞を喪失することなく安定に培養、観察できる利点は再生医療分野の研究の発展に欠かせないものとなることがわかった。
さらに、再生医療の研究や治療においてはある程度の面積(ある程度の細胞数)を持つ細胞塊が要求されることから、この点からも本発明に係る細胞培養治具は有用であることがわかった。
さらに本発明に係る細胞培養治具の内側と外側、高さのサイズは、培養する細胞の特性と研究目的に合わせて簡単に変えられるので、様々な分化細胞の培養に用いることができることがわかった。