特許第6383002号(P6383002)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6383002ワイヤ状の溶射材料が電気アーク中に融解して基材上に皮膜として析出する基材の被覆方法、及びアーク溶射された皮膜
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6383002
(24)【登録日】2018年8月10日
(45)【発行日】2018年8月29日
(54)【発明の名称】ワイヤ状の溶射材料が電気アーク中に融解して基材上に皮膜として析出する基材の被覆方法、及びアーク溶射された皮膜
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/02 20060101AFI20180820BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20180820BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20180820BHJP
   C23C 4/06 20160101ALI20180820BHJP
   C23C 4/131 20160101ALI20180820BHJP
   C23C 4/18 20060101ALI20180820BHJP
   F02F 1/00 20060101ALI20180820BHJP
   C22C 38/38 20060101ALN20180820BHJP
【FI】
   C23C4/02
   C22C38/00 301Y
   C22C38/04
   C23C4/06
   C23C4/131
   C23C4/18
   F02F1/00 R
   !C22C38/38
【請求項の数】6
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2016-556888(P2016-556888)
(86)(22)【出願日】2015年2月6日
(65)【公表番号】特表2017-515971(P2017-515971A)
(43)【公表日】2017年6月15日
(86)【国際出願番号】EP2015000252
(87)【国際公開番号】WO2015135618
(87)【国際公開日】20150917
【審査請求日】2016年9月9日
(31)【優先権主張番号】102014003114.4
(32)【優先日】2014年3月11日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】598051819
【氏名又は名称】ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト
【氏名又は名称原語表記】Daimler AG
(74)【代理人】
【識別番号】100101856
【弁理士】
【氏名又は名称】赤澤 日出夫
(72)【発明者】
【氏名】アルバート ライナー
(72)【発明者】
【氏名】ベーア,トーマス
(72)【発明者】
【氏名】ベーム,イェンス
(72)【発明者】
【氏名】ハウグ,ティルマン
(72)【発明者】
【氏名】ラーゲマン,フォルカー
(72)【発明者】
【氏名】ミヒャエル,マヌエル
(72)【発明者】
【氏名】シェーデル,トビアス
(72)【発明者】
【氏名】シュトローア,マーティン
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−231386(JP,A)
【文献】 特開2012−041617(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/133118(WO,A1)
【文献】 特表2009−525403(JP,A)
【文献】 特開2000−337251(JP,A)
【文献】 特開平11−264341(JP,A)
【文献】 特開平08−210177(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0044385(US,A1)
【文献】 米国特許第05671532(US,A)
【文献】 特開2011−001614(JP,A)
【文献】 特表平11−515057(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/069703(WO,A1)
【文献】 独国特許発明第10308563(DE,B3)
【文献】 独国特許出願公開第102007023418(DE,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00−6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄ベースのワイヤ状の溶射材料が電気アーク中に融解し、基材上に皮膜として析出し、
使用される前記溶射材料が、
− 炭素:0.1重量%〜0.3重量%、
− マンガン:1.5重量%〜2.0重量%、
− ケイ素:0.25重量%〜0.4重量%
の、それぞれ総質量に基づく合金成分を含む、基材の被覆方法であって、
アルミニウム合金製基材が使用され、その表面が、アンダーカットを伴って平均高さ粗さRzで形成されるように、前記皮膜の被覆前に機械的に粗面仕上げされ、その表面が被覆プロセス時に前記溶射材料によって充填されて前記基材との前記皮膜の機械的かみ合わせがもたらされ、
前記皮膜の表面が削り取られることによって、
前記平均高さ粗さRzが、10μm〜150μmの範囲内で、かつ前記皮膜厚が30μm〜150μmである
ことを特徴とする、基材の被覆方法。
【請求項2】
前記基材が前記皮膜の主塗布方向に対して垂直に、少なくとも段階的に2〜8mmの範囲内の厚みを備えることを特徴とする請求項1記載の基材の被覆方法。
【請求項3】
基材上にワイヤアーク溶射された鉄ベースの皮膜であり、
前記皮膜内に、
− 炭素:0.1重量%〜0.3重量%、
− マンガン:1.5重量%〜2.0重量%、
− ケイ素:0.25重量%〜0.4重量%
の、それぞれ総質量に基づく合金成分が含まれる皮膜であって、
前記基材がアルミニウム合金製であり、該基材表面がアンダーカットを伴って平均高さ粗さRzであり、このアンダーカットが前記溶射皮膜の材料で充填され、前記基材との前記溶射皮膜の機械的かみ合わせがもたらされ
記平均高さ粗さRzが、10μm〜150μmの範囲内で、かつ前記溶射皮膜厚が30μm〜150μmである
ことを特徴とする皮膜。
【請求項4】
前記基材が前記皮膜の主塗布方向に対して垂直に、少なくとも段階的に2〜8mmの範囲内の厚みを備えることを特徴とする請求項3記載の皮膜。
【請求項5】
前記基材がシリンダブロックの摺動面として形成されていることを特徴とする請求項3または請求項4記載の皮膜。
【請求項6】
前記皮膜がスチールピストンに対する作動対として前記シリンダブロック内に配置されていることを特徴とする請求項5記載の皮膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワイヤ状の溶射材料が電気アーク中に融解して基材上に皮膜として析出する基材の被覆方法、及び基材上にアーク溶射された皮膜に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関を製造する際、エネルギー効率や排出物低減の理由から、摩擦を最小限にすること、及び高い耐摩滅性と高い耐摩耗性とが求められる。そのために、例えばシリンダボアやその壁部などのエンジン部品には、摺動面被膜が備えられているか、又はシリンダボア内に摺動面被膜を備えたシリンダライナーが配設されている。このような摺動面被膜は、たいてい例えばワイヤアーク溶射のような溶射により施される。ワイヤアーク溶射では、電圧をかけることで2つのワイヤ形状の溶射材料の間に電気アークが生成される。その際にワイヤ先端が融解し、例えば霧化したガスにより被覆すべき表面に、例えばシリンダ壁に給送され、そこに堆積する。
【0003】
特許文献1によれば、溶射材料が少なくとも炭素を含むマイクロ合金として形成され、溶射材料の硬化時にベイナイト及びマルテンサイトが生じることを特徴とする、実質的に鉄から成るワイヤアーク溶射用のワイヤ状の溶射材料が公知である。溶射材料には、特に、0.1重量%〜0.28重量%の炭素、1.4重量%〜2.1重量%のマンガン、及び0.05重量%〜0.3重量%のケイ素が含まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】独国特許第10 2009 061 274 B3号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、密着性、強度、加工性及び熱伝導性が向上した被膜を製造可能な、改良されたワイヤアーク溶射法を提供することである。
【0006】
本発明のもう1つの課題は、ワイヤアーク溶射によって基材に塗布され、かつ加工性に優れ、固着性、強度及び熱伝導性にも富んでいる、改良された溶射皮膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本課題は、本発明により、特許請求の範囲の請求項1によって特徴付けられたワイヤアーク溶射法、及び特許請求の範囲の請求項3によって特徴付けられたアーク溶射皮膜によって解決される。
【発明を実施するための形態】
【0008】
被覆される基材としてのアルミニウム合金の使用、特に本発明に係る方法又は本発明に係る皮膜の使用に関しては、内燃機関のシリンダブロック製造時の利点が挙げられる。なぜならば、それによって一方では、従来使用されてきた鋳鉄エンジンと比較して著しく軽量化された内燃機関の製造が可能になり、他方では、アルミニウム合金がより優れた熱伝導性を有するためである。より優れた熱伝導性によって、燃焼熱のより速い伝導が可能になり、これによりオイルコーキングのリスクが明白に低減される。しかしながら、アルミニウム合金のトライボロジー上の負荷容量は、エンジン製造において一般に使用される鉄合金又はスチール合金よりも明白に劣る。そのため、これまでは一般に、トライボロジー上の十分な負荷容量を確保するために、ねずみ鋳鉄ブッシュがアルミニウムクランクケースに挿入されるか、又は鋳込まれていた。このブッシュは、明白に熱伝導性が劣る、少なくとも数ミリメートルの壁厚を有し、かつアルミニウム基材との接合が不十分であるため、熱伝導に支障をきたしている。これによって、放熱の改良という観点で、アルミニウム合金の利点が相当程度相殺されている。
【0009】
そのため、熱的負荷が比較的小さいガソリンエンジンの場合に、鋳造ブッシュが熱溶射皮膜の形態の摩耗保護皮膜によって既に置換されていた。この摩耗保護皮膜は、ブッシュと同様のトライボロジー上の負荷容量を有するが、壁厚はわずか10μm〜数100μmの範囲内であり、かつ基材に対して著しく向上した接合を有する。このような皮膜によって、高熱伝導性アルミニウム基材への燃焼熱の排出が、大きな障害なく実現可能となる。
【0010】
負荷が著しく大きな、ターボチャージャ付きディーゼルエンジンの場合、摩耗保護皮膜とその製造方法とに対して極めて高い要求がある。一方では、より多くの熱量を排出する必要があるため、可能な限り薄い皮膜の実現に努力しなければならない。他方では、この皮膜は、ピストンによる摩擦負荷及び衝撃負荷に耐えなければならず、かつ特に基材から剥離しないようにしなければならない。後者の要求には基材の適切な粗面仕上げによって対処することが可能であり、この粗面仕上げは、溶射材によって充填されるアンダーカットを導入することで、摩耗保護皮膜と基材との間に十分な機械的かみ合わせをもたらす。しかしその際、必要な迅速かつ均一な熱排出を基材内に実現するために、粗面輪郭曲線の高さ合計と溶射皮膜の厚み合計との比率が適切か注意しなければならない。平均高さ粗さRzが10μm〜150μmの範囲内で、かつ皮膜厚が30μm〜150μmであって、適切な組み合わせのパラメータを示すことが好ましく、一方では十分な固定と、他方では迅速かつ均一な熱排出が、トライボロジー上の十分な負荷容量を実現する。ここでの、高さ粗さは、個別測定区間における最大の輪郭曲線の山の高さと、最大の輪郭曲線の谷の深さとの合計と定義される。平均高さ粗さRzは、5つの個別測定区間の測定結果の平均から算出される。皮膜厚は、基材の表面輪郭曲線の最大の輪郭曲線の山に沿って溶射皮膜表面までの基準線によって決定される。ほとんどの適用例では、最大平均高さ粗さRzは100μm未満であり、たいていの場合は50μm未満にすぎない。本発明に係る方法及び本発明に係る皮膜は、被覆アルミニウム合金によって置換されたシリンダ壁部分で、鋳造ねずみ鋳鉄ブッシュよりも熱伝導率が4倍高い。
【0011】
本発明に係る皮膜の本発明に係る製造方法の場合、ワイヤアーク溶射用に、実質的に鉄を含むワイヤ状の溶射材料が使用され、すなわち、その材料は、明確に言及された合金成分及び不可避的な不純物のほかに、合金の最大成分を構成する鉄でできている。
【0012】
前述の溶射材料は、好ましくは、少なくとも炭素を含むマイクロ合金として形成されているため、溶射材料の硬化時に既に、少なくともパーライト、ベイナイト、及び微量のマルテンサイトが生成し、その場合、耐摩耗性に優れた相を形成するため、及びトライボロジー上の特徴改善のために、マイクロ合金成分が補足的に想定され得る。これによって、摩耗保護皮膜は、ビッカース硬さ250〜400HV0.1の範囲内という比較的小さな硬さで生成及び塗布できる。そのような皮膜は、皮膜の加工性とその必要なトライボロジー上の特性との間でのトレードオフを表している。トライボロジー上の特性は、同時に低硬度である場合、ナノ結晶構造の低摩耗性が優位である。低硬度は、特に、例えばピストンによりシリンダ摺動面が受ける衝突応力に対して利点がある。高硬度の皮膜は破損しやすい(卵殻効果)。
【0013】
前述のマイクロ合金は、ほぼ一成分から成る合金であるが、総質量に対する割合がごく僅かな分量だけ他の成分が添加されている。硬いFe3C及びフェライトから成る微細縞状パーライトは、トライボロジー上有利に作用する相である。ベイナイトは、中硬度及び中耐摩耗性の移行相である。マルテンサイトは、高硬度、高耐摩耗性構造である。マルテンサイトの形成、特に構造全体の中での割合及び分布は、溶射材料の冷却形態とマイクロ合金の合金成分の選択とによって、目的に合致して作用することができる。前述の溶射材料を使用したワイヤアーク溶射による堆積時に、アルミニウム基材上、例えばシリンダ摺動面上に生成される皮膜は、好ましくはベイナイト、マルテンサイトから成る耐摩耗性アイランド、及び微細縞状パーライトを含む。
【0014】
これらの好ましい特性は、特に、以下のその他の合金成分が溶射ワイヤに含まれる場合に、実現可能である。すなわち、
− 銅0.05重量%〜0.25重量%、及び/又は
− クロム0.001重量%〜0.1重量%、及び/又は
− チタン0.001重量%〜0.01重量%、及び/又は
− リン0.001重量%〜0.02重量%、及び/又は
− 硫黄0.001重量%〜0.02重量%、及び/又は
− バナジウム0.0001重量%〜0.001重量%、及び/又は
− アルミニウム0.001重量%〜0.02重量%、及び/又は
− ホウ素0.0001重量%〜0.0004重量%、及び/又は
− 窒素100ppm〜200ppm。
【0015】
量の表示は、別の表示がない限り重量パーセントであり、それぞれ総質量に基づいている。
【0016】
方法及び皮膜の特に有利な実施形態では、アルミニウム基材は、少なくとも段階的に2〜8mmの範囲内の厚みを備えている。これによって、例えば、第一に十分な強度を備え、かつ第二にシリンダ摺動面として形成されたアルミニウム基材の非被覆面にあるウォータジャケットに、燃焼熱の迅速排出システムを備えたシリンダブロックの製造が可能になる。
【0017】
特に、本発明に係る方法と本発明に係る皮膜は、溶射被覆済みシリンダ摺動面及びスチールピストンを有する、アルミニウム合金製シリンダブロックから成るディーゼルエンジンの製造への使用に有利であると認められる。スチールとアルミニウムとでは熱伝導性が異なるため、この種の組み合わせは、これまでは例えば、第一にシリンダ摺動面へのスチールブッシュの鋳込み、及び第二に全作動時間にわたるオイルジェットを使用したピストンの能動冷却を必要とする設計技術及び制御技術に高コストをかけた場合に限り、実現可能であった。したがって、先行技術に基づくこの解決法は、エネルギーの観点からも不利である。これに対して、本発明に係る方法と本発明に係る皮膜を使用する場合、作動中に公知のコーキングを発生させることなく、かつコーキングに関連したオイルの劣化、ピストン及び摺動面の損傷に至ることなく、溶射被膜済み摺動面を備えたアルミニウム合金製スチールピストン及びクランクケースを有する、高出力密度の高耐負荷性ディーゼルエンジンを製造することが可能である。それによって、スチールピストンとアルミニウムクランクケースとの組み合わせの使用による利点を完全に利用することができ、かつエネルギーの観点で不都合なオイルジェットノズルによる常時能動冷却といった正反対の作用又は類似の対策を回避するか、あるいは少なくとも制限することができる。
【実施例】
【0018】
以下に、2つの実施例により本発明を詳しく説明する。
【0019】
第1の実施例によれば、被覆すべきアルミニウム合金製基材の表面に対して最初に、平均高さ粗さRzが約20μmのアンダーカットが形成されるように、機械で粗面仕上げを施した。その後、基材の粗面仕上げ部分は、ワイヤアーク溶射によって被覆し、その際、別の合金成分として以下を含む鉄ベースのワイヤ状の溶射材料を使用した。すなわち、
−炭素0.12重量%
−ケイ素0.28重量%
−マンガン1.7重量%
−銅0.18重量%
−クロム0.027重量%
−窒素150ppm。
量の表示は、重量パーセントであり、それぞれ総質量に基づいている。
【0020】
溶射材料による被覆工程時、谷及び特に粗面仕上げ済み基材表面のアンダーカットも溶射材料によって充填され、こうして基材との被膜の機械的かみ合わせをもたらす。次に、被覆済み表面をホーニングによって研磨し、その際、残存厚みが約100μmになるまで削り取った。
【0021】
第2の実施例によれば、ディーゼルエンジン内で基材としてアルミニウム合金製シリンダブロックの摺動面を使用し、かつ第1の実施例により摩耗保護皮膜によって該摺動面を被覆した。クランクケースの壁厚は、摩耗保護皮膜とその下にあるウォータジャケットとの間で約5mmであり、クランクケース内には、スチールピストンが作動可能なように配置した。
【0022】
ディーゼルエンジン作動時に発生する燃焼熱は、摩耗保護皮膜とその下にあるクランクケース壁面によってウォータジャケット内にある水に、エンジン高負荷時には十分迅速に排出されることによって、能動オイル冷却を常時使用しなくても、オイルコーキングのリスクとそれによるピストン及び/又は摺動面の損傷が著しく低減される。同時に、摩耗保護皮膜は十分に厚く、柔らかく、かつ機械的かみ合わせによって摺動壁面に十分確実に接合されることで、作動負荷、特にスチールピストンの横力に常時耐えることができる。
【0023】
本発明に係る方法と本発明に係る皮膜は、トライボロジー上の優れた特性によっても、高負荷ディーゼルエンジンの製造に特に適している。