(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6384106
(24)【登録日】2018年8月17日
(45)【発行日】2018年9月5日
(54)【発明の名称】転がり軸受用保持器
(51)【国際特許分類】
F16C 33/66 20060101AFI20180827BHJP
F16C 33/38 20060101ALI20180827BHJP
F16C 19/16 20060101ALI20180827BHJP
【FI】
F16C33/66 Z
F16C33/38
F16C19/16
【請求項の数】2
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2014-88736(P2014-88736)
(22)【出願日】2014年4月23日
(65)【公開番号】特開2015-206444(P2015-206444A)
(43)【公開日】2015年11月19日
【審査請求日】2017年3月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】特許業務法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】野田 隆史
【審査官】
日下部 由泰
(56)【参考文献】
【文献】
実開昭58−184024(JP,U)
【文献】
特開2013−47528(JP,A)
【文献】
特開2013−11286(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00 − 19/56
F16C 33/30 − 33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の内輪軌道と外輪軌道との間に配置され、複数の転動体を転動自在に保持するための、周囲が閉じられたポケットを有する転がり軸受用保持器において、
前記保持器は、
内側部材と、
径方向で前記内側部材の外側に位置する外側部材と、
前記内側部材の外側面及び前記外側部材の内側面の一方に設けられる嵌合凹部と、
前記内側部材の外側面及び前記外側部材の内側面の他方に設けられ且つ前記嵌合凹部と嵌合する嵌合凸部と、
潤滑剤を保持するための前記ポケットに開口した空洞部と、を備え、
前記嵌合凹部及び前記嵌合凸部は、前記保持器の軸方向の延びており、
前記保持器は前記内側部材と前記外側部材とが互いに嵌合されて形成され、かかる嵌合により前記空洞部が形成されることを特徴とする転がり軸受用保持器。
【請求項2】
前記内側部材の材質の密度が前記外側部材の材質の密度よりも大きいことを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受用保持器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受の内輪軌道及び外輪軌道間に配置される複数の転動体を転動自在
に保持する転がり軸受用保持器に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受は自動車や各種産業機械等の各種回転機械装置で回転軸等を支持する軸受部に広く使用されている。この転がり軸受の従来例の概略的構成を
図5に示す。
図5の転がり軸受はラジアル玉軸受100であり、ラジアル玉軸受100は、外周面に内輪軌道101を形成した内輪102と、内周面に外輪軌道103を形成した外輪104とを同心に配置し、内輪軌道101と外輪軌道103との間に複数個の転動体としての玉105を転動自在に設けて構成されている。複数個の玉105は保持器106により転動自在に保持されている。
図6は
図5の保持器106の斜視図を示している。
【0003】
図6に示した保持器106は冠型保持器であり、合成樹脂を射出成形することにより形成される。保持器106は、円環状の主部117と、円周方向の複数個所に玉105(
図5参照)を転動自在に保持するために設けられたポケット118と、ポケット118を円周方向で互いに隔てている柱部116とを有する。柱部116の先端部には、弾性変形可能な一対の弾性片116a、116aが形成されている。各ポケット118の周面部119はほぼ全体に球面状に構成されている。各ポケット118の軸方向(
図6上下方向)で主部とは反対側の先端は、隣接する柱部116のそれぞれの隣接する弾性片116a、116aによって、開口部Tが形成されている。
【0004】
図6の冠型保持器106を用いて
図5のようなラジアル玉軸受100を組み立てる場合、玉105を、ポケット118の一対の弾性片116a、116aの先端縁同士の間隔を弾性的に押し広げて開口部Tから押し込むようにして挿入する。このように、冠型保持器106は各ポケット118内に各玉105を抱き込むことで、玉105を内輪軌道101と外輪軌道103との間で転動自在に保持する。
【0005】
図7は
図6の保持器106の要部を径方向外方からみた展開図である。冠型保持器106が二点鎖線で示す玉105をポケット118内に保持した状態で
図5のラジアル玉軸受100として使用されると、軸受の回転に伴い、玉105は冠型保持器106のポケット118内で転動中心軸Vを中心にして転動(自転)する。このとき、もし軸受内部に充填されたグリース等の潤滑剤が玉105とポケット118の周面部119の端部119a(
図6参照)との接触により掻き取られてしまうと、ポケット118内に潤滑剤が溜り難くなってしまう場合がある。
【0006】
玉105とポケット118の周面部119との間に、潤滑剤Gの膜が例えば
図7の破線のように部分的にしか形成されなくなってしまうと、玉105と周面部119との間の摩擦が大きくなり、ポケット118の磨耗や玉105の焼き付きや騒音発生等の問題が生じる場合がある。また、玉105と周面部119との間に潤滑剤を充分に供給するために、潤滑剤の軸受内部への充填量を増やすことが考えられるが、そうすると、軸受内部における潤滑剤の撹拌抵抗が増加してしまい、回転トルクの上昇につながってしまう虞がある。
【0007】
このような問題の対策として、
図8や
図9や
図20に示す冠型保持器126、146が提案されている(特許文献1参照)。
図8は
図7と同様な冠型保持器径方向外方からみた展開図であり、
図9は
図8のX矢視図である。この冠型保持器126は円環状の主部137の円周方向に等間隔に形成された複数のポケット138を備え、各ポケット138は玉105を保持するための球面状の周面部139を有している。各隣接するポケット138、138の間の柱部136の内部には、空洞部131が形成され、さらに、周面部139と空洞部131とを連通する連通部132が設けられている。空洞部131内にはグリース等の潤滑剤Gを予め充填、貯蔵している。ラジアル玉軸受が回転した際には、潤滑剤が連通部132内に入り込んで、各ポケット138の周面部139に適量の潤滑剤を滲み出すことができる。
【0008】
また、
図10に示す別の冠型保持器146では、空洞部131が蓋部材140により閉塞されているので、ラジアル玉軸受が回転した際に、空洞部131内に充填したグリース等の潤滑剤Gが保持器146の外に漏れ出ることを防ぐことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−261478号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、
図5〜10に示す樹脂製の冠型保持器は、金属製のプレス保持器(波形保持器)と比べ、高速回転や静音性を要求される用途(例えばモータ用など)に好適ではあるが、更に大きな荷重が作用する場合には、転動体数を多くできるアンギュラ玉軸受が採用されるので、かかる軸受に対応した保持器が求められる。この場合には転動体数が増加することで転動体間の間隔が狭くなり保持器が薄くなるため、転動体を保持するポケットの周りが閉じられた、いわゆるもみ抜き型保持器を使用するほうが好ましい場合も出てくる。このもみ抜き型保持器においても、上述した冠型保持器と同様、転動体とポケットの周面部との間に潤滑剤が充分に供給される構造になっていることが好ましい。
【0011】
本発明は、上述のような要求に鑑み、転動体を潤滑する潤滑剤を保持するための空洞部を有し、転動体を介して軸受内を潤滑することが可能な軸受用保持器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明による転がり軸受用保持器は、
転がり軸受の内輪軌道と外輪軌道との間に配置され、複数の転動体を転動自在に保持するための、周囲が閉じられたポケットを有する転がり軸受用保持器において、
前記保持器は潤滑剤を保持するための前記ポケットに開口した空洞部を備え、
前記保持器は内側部材と外側部材とが互いに嵌合されて形成され、かかる嵌合により前記空洞部が形成されることを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明の転がり軸受用保持器によれば、保持器は外側部材と内側部材とが互いに嵌合されて形成され、かかる嵌合により空洞部が形成されるため、この空洞部に潤滑剤を充填しておくことが可能になる。このため、軸受の回転に伴い、潤滑剤が空洞部からポケットの周面部へと供給されるので、玉とポケットの周面部との間に潤滑剤を充分に供給可能となる。また、軸受内への潤滑剤の充填量増加によるトルク上昇も回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明に係る保持器が適用された転がり軸受の断面図、
【
図3】本発明に係る転がり軸受用保持器用外側部材の斜視図、
【
図4】本発明に係る転がり軸受用保持器用内側部材の斜視図、
【
図7】従来の転がり軸受用保持器を径方向外方から見た図、
【
図8】別の従来の転がり軸受用保持器を径方向外方から見た図、
【
図9】
図8の転がり軸受用保持器を軸方向から見た側面図、
【
図10】更に別の従来の転がり軸受用保持器を径方向外方から見た図である。
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について
図1〜4を用いて説明する。
【0016】
図1は、本発明に係る保持器が適用された転がり軸受の断面図である。図に示すアンギュラ玉軸受10は、外周面に内輪軌道1を形成した内輪2と、内周面に外輪軌道3を形成した外輪4とを同心に配置し、内輪軌道1と外輪軌道3との間に複数個の転動体としての玉5を転動自在に設けて構成されている。複数個の玉5は保持器6により転動自在に保持されている。
【0017】
図2は本発明の実施の形態によるもみ抜き型保持器(以下単に「保持器」ともいう)6の斜視図である。保持器6は、外側部材6outと内側部材6inとを組み合わせたもので、転がり軸受の内輪軌道1と外輪軌道3との間に配置される複数の転動体としての玉5を転動自在に保持する。保持器6は全体として円環状の本体16と、この本体16の円周方向の複数箇所に設けられたポケット18を有する。ポケット18には玉5を収容するための周面部19が設けられている。本体16には空洞部11が設けられ、この空洞部11は周面部19に開口している。
【0018】
図3は
図2の保持器6の外側部材6outを示し、
図4は保持器6の内側部材6inを示す。保持器6は、これら外側部材6outと内側部材6inを組み合わせることにより構成される。
図3に示す外側部材6outは、ポケット18outと、玉5を収容するための周面部19outとを有する。また、隣接するポケット18out、18outの間には仕切り部15outが形成されており、この仕切り部15outの両側には周方向に延びた空洞部11outが設けられている。
【0019】
図4に示す内側部材6inは、ポケット18inと、ポケット18inに玉5を収容するための周面部19inを有する。また、隣接するポケット18in、18inの間には仕切り部15inが設けられ、この仕切り部15inの両側には周方向に延びた空洞部11inが形成されている。
【0020】
外側部材6out(
図3参照)の内側面のポケットの側方には、嵌合凹部6aが形成されている。また、外側部材6outの内側面と相対する面となる内側部材6inの外側面には、この嵌合凹部6aと嵌合する嵌合凸部6bが形成されている。これら相対する面に形成された嵌合凹部6aと嵌合凸部6bとを嵌合することにより、外側部材6outと内側部材6inを一体化させ保持器6としている。そして、かかる嵌合により、ポケットに開口した空洞部11が形成される。尚、本実施形態とは逆に、外側部材に嵌合凸部が形成され、内側部材に嵌合凹部が設けられていても良い。
【0021】
保持器6用の樹脂材料としては、66ナイロンを用いることができるが、高温強度や耐熱性に優れる46ナイロンを用いることが好ましい。また、例えば、耐摩耗性や耐油性や耐熱性が求められる用途においては、耐摩耗性や耐油性や耐熱性に優れた直鎖型ポリフェニレンサルファイドを用いることがより好ましい。そして、これら材料の何れかを外側部材6outと内側部材6inに共に使用したり、又は、外側部材6outと内側部材6inにそれぞれ密度や線膨張係数などの異なる材料を使用して適宜組み合わせることで保持器6を形成する。
【0022】
潤滑剤はグリースとし、グリースの種類は特に限定しないが、グリースのおかれる環境は剪断がかかり難いので、稠度は大、基油粘度は小、そして温度変化に対して粘度変化は小の流動特性を示すグリースが好ましい。例えば、基油は、鉱油またはジエステル油、シリコーン油等の合成油等が使用できる。増ちょう剤としては、各種の金属石けん、ベントナイト等の無機質増ちょう剤、あるいはウレア、ふっ素化合物等の耐熱性有機質増ちょう剤が使用できる。かかるグリースは、
図2の矢印IN方向から、保持器6の空洞部11に封入される。
【0023】
グリースの封入量は、従来同様使用条件に適した体積割合に相当する量を目安としてよいが、この限りではない。なぜなら、保持器外部に封入する通常の方法では、転走面から排除された大部分のグリース以外の少量により潤滑するが、一方で本構成では全てのグリースが潤滑対象になるため、必ずしも従来ほどの量は必要ないと考えられるからである。すなわち前記少量のグリースを空洞部に封入すればよい。これに伴って空洞部の容積、保持器のサイズが縮小方向に一意的に定まり、保持器の軽量化、グリースの節約が可能となる。さらにはグリース量が少ないため潤滑剤の攪拌抵抗が小さくなり、低トルク化にも繋がる。
【0024】
本構成によると、グリースは周囲を保持器6で囲まれ、かつ空洞部11の開口部である周面部19は,玉5により蓋をされた、密封に近い状態にあるということができる。軸受
が回転するとグリースは流動を始めるが、その流出口は周面部19に面した開口部に制限されている。よってグリースおよびグリースから染み出た基油が外部に流れ出る際には、その大部分が玉5に付着して転走面に運ばれる過程を経て潤滑に寄与することになる。したがって初期に封入した大部分のグリースを無駄なく効率良く消費できるので、転がり軸受の長寿命化を図ることができる。
【0025】
またグリースは密封に近い状態にあり、グリースの漏れ対策にも効果的である。グリース潤滑では、封入したグリースのうち潤滑に寄与するのは僅かで、大半は玉に掻き分けられて転走面から排除されてしまう。長時間の使用中にシール隙間から漏れる原因となるのは、主に後者によるものが大きい。本構成では、空洞部11から流れ出たグリースが玉5を介して軌道面に達したのち排除されるという過程を経ているので、グリース全体が激しく攪拌されて漏れを引き起こすということが起こらない。潤滑に寄与し、役目を終えたグリースのうち一部が漏れる恐れがあるといった程度なので、軸受周りの環境を極力汚染せずに済む効果もある。
【0026】
さらには、グリースは周囲を保持器6で囲まれているため、空気との接触が低減され、その表面において無駄な酸化を抑制することができる。この点からも寿命延長に効果的である。また運転にともなう軸受温度上昇により、空洞部11のグリース粘度が低下するので、基油の染み出しを効率的に促進させる効果も期待できる。
【0027】
また、本構成では、玉5を空洞部11が両側から挟む構造となっているため、玉5の公転方向によらずグリースを玉5表面に安定的に供給させることができる。
【0028】
また、保持器6の空洞部11中央に仕切り部15in、15outを設けた構造であるので、空洞部11を有する構造であっても、保持器6径方向の圧縮及び遠心膨張に対する剛性を大きくすることができる。さらに、外側部材6outの内側面に形成した嵌合凹部6aと内側部材6inの外側面に形成した嵌合凸部6bとを嵌合させるだけで、保持器6を一体化させることができるので、組付け性を向上させることができる。
【0029】
また、内側部材6inと外側部材6outとは、前述した通りそれぞれ密度の異なる材質により成形されている場合は、密度の大きい単一の材質から成る場合に比べ、保持器6全体では慣性モーメントの上昇を抑えることができる。これにより、軸受回転開始時や停止時のように玉5が急加減速されたときも、玉5と保持器6との当接時の衝撃を抑えることができる。
【0030】
また、内側部材6inの材質の密度が外側部材6outの材質の密度よりも大きい場合は、保持器6が回転して遠心力が作用したときに、遠心力の大きい内側部材6inが遠心力の小さい外側部材6outに密着するため、保持器強度を確保することができる。またこのときの慣性モーメントの大きさは、外側部材6outの材質の密度の方が大きい場合に比べるとより小さくなる。従って、玉5と保持器6との当接時の衝撃をより小さく抑えることができる。
【0031】
なお、以上の実施形態の説明では、内側部材と外側部材とは軸方向に延びた凹凸部を嵌合して一体化させる例を示したが、周方向に延びた凹凸部を嵌合させてもよい。また、本発明は嵌合に限定されるものではなく、内側部材と外側部材とは接着にて一体化してもよい。
【符号の説明】
【0032】
1 内輪軌道
2 内輪
3 外輪軌道
4 外輪
5 玉(転動体)
6 保持器
6in 内側部材
6out 外側部材
11、11in、11out 空洞部
16、16in、16out 本体
18、18in、18out ポケット
19、19in、19out 周面部