特許第6384341号(P6384341)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6384341耐異常損傷性と耐摩耗性にすぐれた表面被覆切削工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6384341
(24)【登録日】2018年8月17日
(45)【発行日】2018年9月5日
(54)【発明の名称】耐異常損傷性と耐摩耗性にすぐれた表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20180827BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20180827BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20180827BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20180827BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   B23C5/16
   B23B51/00 J
   C23C14/06 A
   C23C14/06 P
【請求項の数】5
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-14918(P2015-14918)
(22)【出願日】2015年1月29日
(65)【公開番号】特開2016-26893(P2016-26893A)
(43)【公開日】2016年2月18日
【審査請求日】2017年9月29日
(31)【優先権主張番号】特願2014-133205(P2014-133205)
(32)【優先日】2014年6月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【弁理士】
【氏名又は名称】倉地 保幸
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 峻
(72)【発明者】
【氏名】仙北屋 和明
(72)【発明者】
【氏名】高橋 正訓
【審査官】 津田 健嗣
(56)【参考文献】
【文献】 特開平8−127863(JP,A)
【文献】 特開2000−17423(JP,A)
【文献】 特開平10−76407(JP,A)
【文献】 特表2015−529571(JP,A)
【文献】 特開平6−136514(JP,A)
【文献】 特開2003−266243(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 14/06
DWPI(Derwent Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC超硬合金、TiCN基サーメット、立方晶型窒化硼素焼結体のいずれかからなる工具基体の表面に、交互積層構造からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、
(a)前記交互積層構造からなる硬質被覆層は、一層平均層厚がそれぞれ5〜30nmのA層とB層が交互に積層され、かつ、A層とB層との間にはC層が介在形成され、
(b)前記A層は、
組成式:(Ti1−xAl)N(但し、xは原子比で、0≦x≦0.5)を満足するTiの窒化物層あるいはTiとAlの窒化物層であり、
前記B層は、
組成式:(Ti1−yAl)N(但し、yは原子比で、0.2≦y≦0.7かつx+0.2≦y)を満足するTiとAlの窒化物層であり、
前記C層は、
組成式:(Ti1−zAl)N(但し、zは原子比で、x<z<y)を満足するTiとAlの窒化物層であり、
(c)前記第C層についてX線回折を行った際のC層の(200)面及び(111)面の回折ピーク強度値をそれぞれI(200)、I(111)とした場合、I(200)/I(111)>1であり、かつ、(200)面のX線回折ピークの半値幅2θが0.5度以下であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記C層の(200)面のX線回折ピーク角度から算出した格子定数a(Å)が、
4.24−0.12y≦a≦4.24−0.12x
を満足することを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記C層の一層平均層厚が1〜10nmであることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記交互積層構造からなる硬質被覆層において、A層、B層が各5層以上積層されており、かつ、合計層厚が0.1〜3.0μmであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記A層が、
組成式:(Ti1−xAl)N(但し、xは原子比で、0≦x≦0.3)を満足するTiの窒化物層あるいはTiとAlの窒化物層であり、
前記B層が、
組成式:(Ti1−yAl)N(但し、yは原子比で、0.2≦y≦0.5かつx+0.2≦y)を満足するTiとAlの窒化物層であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。









【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性を備えた表面被覆切削工具に関し、さらに詳しくは、鋼や鋳鉄などの高速切削加工に供した場合においても、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷が発生しにくく、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるインサート、被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、またインサートを着脱自在に取り付けてソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うインサート式エンドミルなどが知られている。
【0003】
従来、被覆工具としては、例えば、WC基超硬合金、TiCN基サーメット、cBN焼結体を工具基体とし、これに硬質被覆層を形成した被覆工具が知られており、切削性能の改善を目的として種々の提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、基体表面上に、周期律表第IVa、VaおよびVIa族元素、AlならびにBから成る群の中から選択される少なくとも1種の元素の立方晶型結晶構造を有する金属結合性の窒化物、炭化物または炭窒化物(a)と、常温、常圧、平衡状態で立方晶型以外の結晶構造を有する少なくとも1種の共有結合性の化合物(b)との超薄膜積層膜からなる立方晶型の結晶構造を有する交互積層構造を構成することにより、切削工具の強度、耐磨耗性、高温硬度、耐酸化性を改善することが提案されている。
【0005】
また、特許文献2には、周期律表IVa、Va、VIa族元素、Al、Si、およびBから選択される1種以上の元素(第1元素)と、B、C、N、およびOから選択される1種以上の元素(第2元素)とを主成分とし、互いに異なる組成を有する少なくとも2種の化合物層からなり、該各層間で1周期以上連続した結晶格子を有する積層部を形成するとともに、該積層部の基材側に、周期律表IVa、Va、およびVIa族元素から選択される1種以上の元素(第3元素)と、C、N、およびOから選択される1種以上の元素(第4元素)とからなる中間層を形成し、該中間層と前記積層部の少なくとも最も基材側の層とが、連続した格子を有するようにすることによって、切削工具の硬質被覆層の耐摩耗性を改善することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−104583号公報
【特許文献2】特開平8−127862号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前記従来技術で提案されている超薄膜積層膜あるいは積層部からなる硬質被覆層を有する被覆工具は、鋼や鋳鉄の通常の切削条件ではすぐれた硬さ、耐熱性を備えるとともにすぐれた耐摩耗性を発揮するが、これを、切れ刃に断続的な高負荷が作用する断続切削加工に供した場合には、工具基体と硬質被覆層、あるいは、硬質被覆層同士での付着強度が低いために、チッピング、剥離等の異常損傷が発生し易く、そのため、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮することができないという問題点があった。
そこで、切れ刃に断続的な高負荷が作用する断続切削加工条件下であっても、長期にわたって安定した耐摩耗性を発揮するような被覆工具が求められている。
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決すべく硬質被覆層の構造について鋭意検討したところ、次のような知見を得たのである。
【0009】
前記従来技術に示されるように、工具基体表面に、A層及びB層という異なる組成のTiとAlの窒化物(以下、「(Ti,Al)N」という場合もある)層を、ナノメートルオーダーの層厚で交互に被覆し、交互積層構造の硬質被覆層を形成すると、切削加工時の切れ刃に作用する負荷によって、工具基体と硬質被覆層の界面、硬質被覆層中でクラックが発生しても、積層界面方向へのクラック分散効果により、ある程度、チッピング、欠損等の異常損傷の発生を改善することができる。
しかし、断続切削加工のような断続的・衝撃的高負荷が切れ刃に作用する切削加工条件においては、上記A層とB層からなるナノメートルオーダーの交互積層構造のみでは、十分に満足できる耐チッピング性、耐欠損性が発揮されるとはいえない。
【0010】
本発明者らは、上記A層とB層の交互積層構造からなる硬質被覆層において、A層とB層との間に、X線回折によってA層、B層とは明確に区別し得る新たな第3の層であるC層を介在形成して交互積層構造を形成することによって、断続的・衝撃的高負荷が作用する断続切削加工条件下でも、耐チッピング性、耐欠損性等の耐異常損傷性を格段に向上させ得ることを見出したのである。
【0011】
また、本発明者らは、ナノメートルオーダーの層厚の交互積層により硬質被覆層を形成した場合、交互積層を構成するA層とB層との間には格子不整合が生じ、A層−B層の界面には歪が生じるが、上記したC層をA層−B層間に介在形成せしめることによって、A層とB層との間の格子不整合が緩和され、これによって、一段と耐異常損傷性が向上することを見出したのである。
【0012】
さらに、本発明者らは、工具基体表面に平行な面内方向の原子の自由度が高くなるようにC層の(200)面配向を高めることによって、上記格子不整合の緩和効果をより向上させ得ること、また、C層の(200)面のX線回折ピークの半値幅を小さくすることによって、クラックの分散効果、進展抑制効果を高められることを見出したのである。
【0013】
本発明は、前記の研究結果に基づいてなされたものであって、
「(1)WC超硬合金、TiCN基サーメット、立方晶型窒化硼素焼結体のいずれかからなる工具基体の表面に、交互積層構造からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、
(a)前記交互積層構造からなる硬質被覆層は、一層平均層厚がそれぞれ5〜30nmのA層とB層が交互に積層され、かつ、A層とB層との間にはC層が介在形成され、
(b)前記A層は、
組成式:(Ti1−xAl)N(但し、xは原子比で、0≦x≦0.5)を満足するTiの窒化物層あるいはTiとAlの窒化物層であり、
前記B層は、
組成式:(Ti1−yAl)N(但し、yは原子比で、0.2≦y≦0.7かつx+0.2≦y)を満足するTiとAlの窒化物層であり、
前記C層は、
組成式:(Ti1−zAl)N(但し、zは原子比で、x<z<y)を満足するTiとAlの窒化物層であり、
(c)前記C層についてX線回折を行った際のC層の(200)面及び(111)面の回折ピーク強度をそれぞれI(200)、I(111)とした場合、I(200)/I(111)>1であり、かつ、(200)面のX線回折ピーク強度の半値幅2θが0.5度以下であることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記C層の(200)面のX線回折ピーク角度から算出した格子定数a(Å)が、
4.24−0.12y≦a≦4.24−0.12x
を満足することを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記C層の一層平均層厚が1〜10nmであることを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記交互積層構造からなる硬質被覆層において、A層、B層が各5層以上積層されており、かつ、合計層厚が0.1〜3.0μmであることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(5)前記A層が、
組成式:(Ti1−xAl)N(但し、xは原子比で、0≦x≦0.3)を満足するTiの窒化物層あるいはTiとAlの窒化物層であり、
前記B層が、
組成式:(Ti1−yAl)N(但し、yは原子比で、0.2≦y≦0.5かつx+0.2≦y)を満足するTiとAlの窒化物層であることを特徴とする(1)乃至(4)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0014】
ここで、本発明の被覆工具について、より詳しく説明する。
【0015】
図1(a)の模式図に示すように、本発明被覆工具は、工具基体表面に、ナノメートルオーダーの層厚の交互積層構造からなる硬質被覆層が被覆形成されている。
そして、図1(b)に、硬質被覆層の部分拡大図を示すが、交互積層の形態は、A層とB層が交互に積層されると同時に、A層とB層間にはC層が介在形成されている交互積層構造を有する。
交互積層構造からなる硬質被覆層の合計層厚について特段の規定はしないが、長期にわたる耐摩耗性の維持・確保、また、耐異常損傷性の低減という観点からは、0.1〜3.0μmの合計層厚とすることが望ましい。また、A層、B層の各層数は耐異常損傷性の低減の観点から、5層ずつ以上積層することが望ましい。
また、本発明の硬質被覆層は、前記交互積層構造からなる硬質被覆層の下地層あるいは表面層として、耐摩耗性や密着力に優れる他の窒化物層もしくは炭窒化物層をさらに形成することを妨げるものではない。好ましい下地層あるいは表面層としては、例えばTiN層、Ti(C,N)層、TiSiN層、TiSi(C,N)層、AlTi(C,N)層、AlCrN層、AlCr(C,N)層などを挙げることができる。
【0016】
A層の組成、一層平均層厚:
A層は、組成式:(Ti1−xAl)N(但し、xは原子比で、0≦x≦0.5)を満足する5〜30nmの一層平均層厚を有するTiN層または(Ti,Al)N層からなる。
ここで、xの値が0.5を超え、A層におけるAlの含有割合が相対的に増加すると、層の硬さは高くなるものの、工具基体と硬質被覆層との付着強度が低下するとともに、後記するA層とB層の格子不整合に起因する歪を緩和するC層を安定的に形成することができなくなることから、A層におけるAlの含有割合xの上限を0.5としたが、より好ましいAlの含有割合xの上限は0.3である。なお、金属成分と非金属成分の比は化学量論比である1:1に限定されず、1:1の場合と同一の結晶構造が維持されていれば本発明の効果を得ることができる。これは後記するB層、C層についても同様である。
また、A層の一層平均層厚が5nm未満であると、格子不整合によるひずみが増大し、自壊し易くなり、一方、一層平均層厚が30nmを超えると、クラックの分散効果、進展抑制効果が十分に得られなくなることから、A層の一層平均層厚を5〜30nmと定めた。
【0017】
B層の組成、一層平均層厚:
B層は、組成式:(Ti1−yAl)N(但し、yは原子比で、0.2≦y≦0.7かつx+0.2≦y)を満足する5〜30nmの一層平均層厚を有する(Ti,Al)N層からなる。
ここで、yの値が0.2未満であると、後記するA層とB層の格子不整合を緩和する機能を有するC層を形成することができないばかりか、硬さも十分でないため長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮することはできず、一方、yの値が0.7を超えると、六方晶構造が形成され易くなり硬さの低下を招くことから、B層におけるAlの含有割合yの値を0.2〜0.7とした。より好ましくは、0.2〜0.5である。
但し、格子不整合に起因する歪を緩和する機能を備えたC層を安定して形成するためには、B層におけるAlの含有割合yは、A層におけるAlの含有割合xより高くし、x+0.2≦yの関係を満足させることが必要である。
また、B層の一層平均層厚が5nm未満であると、格子不整合によるひずみが増大し、自壊し易くなり、一方、一層平均層厚が30nmを超えると、クラックの分散効果、進展抑制効果が十分に得られなくなることから、B層の一層平均層厚を5〜30nmと定めた。
【0018】
C層の組成:
C層は、組成式:(Ti1−zAl)N(但し、原子比で、x<z<y)を満足する(Ti,Al)N層であり、例えば、物理蒸着の一種であるアークイオンプレーティングにおいて、成膜速度と成膜温度を調整し、結晶の成長速度、原子の拡散速度を制御することで、前記A層とB層の界面に、格子不整合から生じる歪を緩和するために形成される。
なお、C層の好ましい一層平均層厚は1〜10nmである。
形成されるC層の組成は、A層とB層の中間的な組成を持つ(Ti,Al)N層となるが、C層についてX線回折を行うと、A層、B層とは明確に異なるX線回折ピークが観察される。
図2に、本発明被覆工具の交互積層について測定したX線回折結果の一例を示す。
なお、図2に示すものは、A層としてTiN層(即ち、A層の組成式におけるx=0)、B層として(Ti0.5Al0.5)N層(即ち、B層の組成式におけるy=0.5)を形成したものである。
図2によれば、A層の(111)面,(200)面の回折ピーク、B層の(111)面,(200)面の回折ピークに加えて、C層の(111)面,(200)面の回折ピークが観察される。
【0019】
本発明では、I(200)/I(111)の値は1を超える値としているが、この値が1を超える値であると、C層の配向度は、工具基体表面の法線方向に対して最密面である(111)面よりも(200)面が高いため、工具基体表面に平行な面内方向の原子の自由度が高くなり、格子の不整合を緩和する効果が高められる。
また、本発明では、C層の(200)面のX線回折ピークにおける半値幅を2θで0.5度以下としているが、半値幅が0.5を超えるとC層は明確な層を形成しておらず、交互積層の界面が明確でないために、クラックを分散させる効果が十分に得られない。
さらに、C層の(200)面のX線回折ピークから算出した格子定数aが、4.24−0.12y未満、もしくは、4.24−0.12xを超えると、格子の不整合を抑制する効果が得られない。
【0020】
A層、B層、C層からなる各層の組成、一層平均層厚については、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy:SEM)、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)、エネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X−ray Spectroscopy:EDS)を用いた断面測定により、測定することができる。
また、C層がA層、B層の界面に形成されていることは、断面からのTEMによる直接観察から確認でき、A層、B層、C層がそれぞれ明確な層を形成していることはXRDやTEMの電子線回折図形から確認できる。
さらに、C層の配向性、半値幅、格子定数については、X線回折装置(XRD)を用いて得られた層の回折ピークから算出することができる。
なお、交互積層構造の硬質被覆層と工具基体との間に他の下地層を形成した場合、或いは、硬質被覆層の表面に他の表面層を形成した場合であっても、C層とX線回折ピークが重ならない限り、上記の各値は問題なく決定でき、一部が重なるような場合には、数学的な処理を用いてX線回折ピークを分離することで上記各値を決定できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の被覆工具は、A層(組成式:(Ti1−xAl)N(但し、xは原子比で、0≦x≦0.5)を満足するTiの窒化物層あるいはTiとAlの窒化物層)とB層(組成式:(Ti1−yAl)N(但し、yは原子比で、0.2≦y≦0.7かつx+0.2≦y)を満足するTiとAlの窒化物層)の交互積層構造からなる硬質被覆層において、A層−B層間にC層(組成式:(Ti1−zAl)N(但し、zは原子比で、x<z<y)を満足するTiとAlの窒化物層)を介在形成せしめ、更にC層の(200)面配向度及び(200)面のX線回折ピークの半値幅を制御することによって、A層とB層との間の格子不整合に起因する歪発生が緩和され、これによって、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する断続切削加工条件下でも、クラックの分散効果、進展抑制効果を高めることができるとともに、チッピング、欠損等発生を抑制し、耐異常損傷性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】(a)は、本発明被覆工具の硬質被覆層の断面概略模式図であり、(b)は、部分拡大図を示す。
図2】本発明被覆工具の交互積層について測定したX線回折結果の一例を示す。
図3】被覆工具の硬質被覆層を蒸着形成するためのアークイオンプレーティング装置の概略図であり(a)は正面図、(b)は側面図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、具体的な説明としては、cBN基体からなる被覆工具、超硬合金基体からなる被覆工具について説明するが、TiCN基サーメットを工具基体とする被覆工具についても同様である。
【実施例1】
【0024】
工具基体の作製:
原料粉末として、2.0μmの平均粒径を有するcBN粒子を硬質相形成用原料粉末として用意するとともに、いずれも2.0μm以下の平均粒径を有するTiN粉末、TiC粉末、TiCN粉末、Al粉末、AlN粉末、Al粉末を結合相形成用原料粉末として用意する。
これら中からいくつかの原料粉末とcBN粉末の合量を100体積%としたときのcBN粒子の含有割合が40〜70容量%となるように表1に示される配合比で配合する。
次いで、この原料粉末をボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、成形圧100MPaで直径:50mm×厚さ:1.5mmの寸法にプレス成形し、ついでこの成形体を、圧力:1Pa以下の真空雰囲気中、900〜1300℃の範囲内の所定温度に保持して仮焼結し、その後、超高圧焼結装置に装入して、圧力:5GPa、温度:1200〜1400℃の範囲内の所定の温度で焼結することにより、cBN焼結体を作製する。
この焼結体をワイヤー放電加工機で所定寸法に切断し、Co:5質量%、TaC:5質量%、WC:残りの組成およびISO規格CNGA120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製インサート本体のろう付け部(コーナー部)に、質量%で、Cu:26%、Ti:5%、Ag:残りからなる組成を有するAg系ろう材を用いてろう付けし、上下面および外周研磨、ホーニング処理を施すことによりISO規格CNGA120408のインサート形状をもったcBN工具基体1〜3を製造した。
【0025】
【表1】

【0026】
硬質被覆層の成膜:
前述の工程によって作製した工具基体1〜3に対して、図3に示すアークイオンプレーティング装置を用いて、硬質被覆層を形成した。
なお、図3には、A層形成用カソード電極(蒸発源)、B層形成用カソード電極(蒸発源)としての具体的なターゲット組成を記載していないが、目標とするA層、B層に応じて、組成の異なる複数のターゲットを装置内に配備すればよい。
(a)工具基体1〜3を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、アークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着する。
(b)まず、装置内を排気して10−2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、0.5〜2.0PaのArガス雰囲気に設定し、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−400〜−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、もって工具基体表面をアルゴンイオンによって5〜30分間ボンバード処理する。
(c)次いで、交互積層構造からなる硬質被覆層を次のようにして形成した。
まず、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して表2に示す4〜10Paの範囲内の所定の反応雰囲気とすると共に、同じく表2に示す装置内温度に維持し、また、同じく表2に示す回転テーブルの回転数に制御し、回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に表2に示す−25〜−75Vの範囲内の所定の直流バイアス電圧を印加し、かつ、A層形成用カソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に表2に示す90〜140Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させると同時に、B層形成用カソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に同じく表2に示す90〜140Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させ、工具基体1〜3の表面に、それぞれ表4に示される目標組成、一層目標平均層厚のA層とB層を蒸着形成した。
そして、上記A層とB層の蒸着形成工程において、蒸着条件のうちの特に、装置内温度及び回転テーブルの回転数を表2に示される値に制御することによって、A層とB層との間には、表4に示される組成、一層平均層厚のC層が介在形成された本発明被覆工具(「本発明工具」という)1〜6を作製した。
【0027】
図2には、本発明工具3の硬質被覆層について測定したX線回折結果の一例を示すが、C層の(200)面回折ピーク強度I(200)と、(111)面回折ピーク強度I(111)との比の値I(200)/I(111)が1.03であることが分かり、また、C層の(200)面回折ピークから算出した格子定数aは4.20であることが分かる。
【0028】
比較のため、工具基体1〜3に対して、表3に示す条件で、A層とB層からなる交互積層構造の硬質被覆層を蒸着することにより、表5に示す比較例被覆工具(「比較例工具」という)1〜6を作製した。
【0029】
上記で作製した本発明工具1〜6および比較例工具1〜6について、硬質被覆層の縦断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、エネルギー分散型X線分光法(EDS)を用いた断面測定により、A層、B層、C層の組成、一層層厚を複数箇所で測定し、これを平均することにより、平均組成、一層平均層厚を算出した。
なお、C層がA層とB層との界面に形成されていることは、断面からのTEMによる直接観察から確認でき、また、A層、B層、C層が明確な層になっていることはX線回折ピーク強度測定やTEMの電子線回折図形から確認できる。
さらに、C層の配向性、半値幅、格子定数については、X線回折ピーク強度測定で得られた層の回折ピークから算出した(図2参照)。
【0030】
表4、表5に、上記で求めた各種の値を示す。
【0031】
【表2】

【0032】
【表3】

【0033】
【表4】

【0034】
【表5】

【0035】
次いで、本発明工具1〜6および比較例工具1〜6について、
切削条件A:
被削材:JIS・SCM415の焼入れ材(HRC60)の穴付き丸棒、
切削速度:140 m/min.、
切り込み:0.2 mm、
送り:0.15 mm、
の乾式断続切削条件で切削試験を行い、切削長700mまで切削し、逃げ面摩耗幅を測定した。
表6にその結果を示す。
【0036】
【表6】

【実施例2】
【0037】
工具基体の作製::
原料粉末として、いずれも0.5〜5μmの平均粒径を有する、Co粉末、VC粉末、Cr粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、WC粉末を用意し、これら原料粉末を、表7に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてボールミルで72時間湿式混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力でプレス成形し、これらの圧粉成形体を焼結し、所定寸法となるように加工して、ISO規格SEEN1203AFTN1のインサート形状をもったWC基超硬合金工具基体11〜13を製造した。
【0038】
【表7】

【0039】
成膜工程:
前述の工程によって作製したWC基超硬合金工具基体11〜13に対して、図3に示したアークイオンプレーティング装置を用いて、実施例1の場合と同様にして、表8に示す条件で硬質被覆層を蒸着形成することにより、A層とB層との間には、表10に示される組成、一層平均層厚のC層が介在形成された本発明被覆工具(「本発明工具」という)11〜16を作製した。
【0040】
比較のため、上記工具基体11〜13に対して、比較例工具1〜6と同様に、表9に示す条件で硬質被覆層を蒸着形成することにより、表11に示す比較例被覆工具(「比較例工具」という)11〜16を作製した。
【0041】
上記で作製した本発明工具11〜16および比較例工具11〜16について、実施例1と同様にして、各層の平均組成、一層平均層厚を算出した。
また、C層がA層とB層との界面に形成されていることは、断面からのTEMによる直接観察から確認し、A層、B層、C層が明確な層になっていることはX線回折ピーク強度測定やTEMの電子線回折図形から確認した。
さらに、C層の配向性、半値幅、格子定数については、X線回折ピーク強度測定で得られた層の回折ピークから算出した。
表10、表11に、上記で求めた各種の値を示す。
【0042】
【表8】

【0043】
【表9】

【0044】
【表10】

【0045】
【表11】

【0046】
次いで、本発明工具11〜16および比較例工具11〜16について、SE445R0506Eのカッタを用いて、以下の切削条件Bで、単刃の高速正面フライス切削試験を実施した。
切削条件B:
被削材:JIS・S45Cの幅60mm×長さ250mmのブロック材、
切削速度:280 m/min.、
回転速度:713 rev/min、
切り込み:1.5 mm、
送り:0.1 mm/刃、
切削幅:65mm
の条件で、切削長1400mまで切削し、逃げ面摩耗幅を測定した。
表12にその結果を示す。
【0047】
【表12】

【0048】
表6の結果によれば、本発明工具1〜6では、逃げ面摩耗幅の平均は約0.11mmであるのに対して、比較例工具1〜6は逃げ面摩耗が進行し、また、短時間で欠損による寿命となるものも生じた。
また、表12の結果によれば、本発明工具11〜16では、逃げ面摩耗幅の平均は約0.13mmであるのに対して、比較例工具11〜16は逃げ面摩耗が進行し、また、短時間で欠損による寿命となるものも生じた。
この結果から、本発明工具は、比較例工具に比して、耐欠損性、耐摩耗性のいずれもすぐれていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の表面被覆切削工具は、各種の鋼などの通常の切削条件での切削加工は勿論のこと、高熱発生を伴い、しかも、切刃に高負荷が作用する合金鋼、ステンレス鋼などの高速断続切削加工においても、すぐれた耐欠損性および耐摩耗性を発揮し、長期に亘ってすぐれた切削性能を示すものであるから、切削加工装置の高性能化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
図1
図2
図3