【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上に説明したNi又はNi合金スパッタリングターゲットの製造では、Ni又はNi合金によるインゴットを熱間鍛造し、その後に、冷間圧延と熱処理を少なくとも2回以上繰り返されている。この他に、Ni又はNi合金スパッタリングターゲットの製造に際して、冷間圧延ではなく、熱間圧延が用いることも行われている。この製造方法では、Ni又はNi合金によるインゴットが熱間鍛造され熱間圧延された板材から切り出されたターゲット素材を熱処理後、このターゲット素材に対して熱間圧延を施して所定厚さとし、この所定厚さとなった板材をさらに熱処理を施してから、所定寸法のスパッタリングターゲット材を切り出している。
【0008】
スパッタリングターゲットが磁性体の場合には、磁気的に閉回路を作るために、マグネトロンスパッタリングすることが極めて難しいという問題がある。このようなことから、スパッタリングターゲットのエロージョン領域を他の領域に比べて低い透磁率にして磁束の通路をつくり、ターゲット表面で漏れ磁束を増大させる提案がなされている。しかし、このスパッタリングターゲットでは、スパッタリングのエロージョンによるターゲット形状変化でスパッタリングライフを通じて、成膜の均一性が大きく変動するという欠点がある。
【0009】
Ni又はNi合金による強磁性体スパッタリングターゲットでも、強力なマグネットを用いるなどのマグネトロンスパッタリング装置の改善によって、十分な成膜速度が得られるようになっている。しかし、Ni又はNi合金スパッタリングターゲットにおけるスパッタリング面内の磁気特性が不均一であるターゲットを用いると、エロージョン部の最深部が歪み、予定した均一な膜厚分布が得られないという問題がある。
【0010】
圧延を施したスパッタリングターゲット素材の内部に存在する歪みは、等方的ではない。即ち、結晶粒が一方向に延ばされた集合組織となる。このため、三次元的に見た場合には、圧延面内においても、磁気特性に異方性が生ずる。そのため、Ni又はNi合金スパッタリングターゲットには、内部組織に歪み等がそのまま存在し、スパッタリング面内の磁気特性が不均一になるという欠点を有している。
【0011】
しかしながら、上述した従来技術によるNi又はNi合金スパッタリングターゲットの製造方法では、熱間圧延の工程を多段階のパススケジュールで圧延したとしても、それらは、一方向の圧延であり、熱処理の工程を経ても、異常な粒成長を起こし、結晶粒組織の中に微細粒と粗大粒とが混在する不均一な金属組織に成り易い。スパッタリングターゲット材における結晶粒が粗大化し、結晶粒径のばらつきが生じると、そのターゲット材の面内における歪も不均一なものとなる。この様なスパッタリングターゲットを用いて、成膜を行った場合には、スパッタリング膜の均一性に大きく影響する。
【0012】
また、このような粗大化した結晶粒と微細結晶粒とが混在する組織を持ったNi又はNi合金スパッタリングターゲットをマグネトロンスパッタ装置に設置した場合、そのスパッタリングターゲットの表面上に漏れ出る磁場(以下、漏れ磁場と略記する。)がターゲット面内において不均一になるという問題がある。つまり、その漏れ磁束の分布が不均一になることによって、プラズマが収束される量が変わるため成膜される膜厚分布が不均一になる。そのため、粗大化した結晶粒と微細結晶粒とが混在する組織を持ったNi又はNi合金スパッタリングターゲットをマグネトロンスパッタ装置でスパッタリング成膜を行おうとすると、基板上に均一な膜をスパッタリングできないという問題があった。
【0013】
そこで、本出願の発明は、基板上に均一に成膜できるマグネトロンスパッタリング法に最適な、漏れ磁場を均一に生成できるNi又はNi合金スパッタリングターゲッ
トを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、マグネトロンスパッタリング法でスパッタリングするのに好適なNi又はNi合金スパッタリングターゲットを得るべく、種々の研究を行った。スパッタリングターゲットの表面上に漏れ出る漏れ磁場がターゲット面内において均一にするには、スパッタリングターゲットの中心に至るまで、結晶粒が微細であり、かつ、結晶粒のバラツキができるだけ小さいことが重要であることが分かった。そこで、多段回の冷間圧延を施す最初の段階で、加工率を最も大きくし、ターゲット素材の中心まで加工を施すことにより、スパッタリングターゲットの面内方向だけでなく、厚さ方向においても、結晶粒の微細化と、結晶粒のバラツキの低減を実現できることが判明した。
【0015】
そこで、発明者らは、具体的な試験例として、Niスパッタリングターゲットの製造を試みた。先ず、熱間圧延により製造されたNi原材料を用意し、このNi原材料から矩形形状のNi板体を製作した。そして、このNi板体に対して、加工率を8.8%から2.2%まで変化させたプロファイルを有する加工条件で多段回の冷間圧延を実施した後に、500°の温度で熱処理を行い、所定形状に加工して、Niスパッタリングターゲットを製造した。この加工率プロファイルにおいては、初回(1段目)の冷間圧延の加工率を、最も大きくし、例えば、8.8%の加工率に設定され、それ以降の冷間圧延における加工率は、初回の加工率より低く設定され、最終回(最終段)の加工率が最も低く設定されている。
【0016】
ここで製造された試験例のNiスパッタリングターゲットについて、厚み方向表面部、厚み方向中心部及び厚み方向裏面部における組織観察を行った。その組織観察をした画像写真が、
図1の(b)に示されている。な、
図1の(a)に、比較のため、熱間圧延により製造された従来例のNiスパッタリングターゲットについて、厚み方向表面部、厚み方向中心部及び厚み方向裏面部における組織観察の結果を示した。この画像写真から分かるように、試験例のNiスパッタリングターゲットの組織における結晶粒は、従来例のNiスパッタリングターゲットの組織に比べて、微細であり、かつ、そのバラツキが少ないことが観察された。ここで、
図1の写真は厚み方向におけるバラツキについて観察したが、試験例のNiスパッタリングターゲットは面内方向においても、結晶粒が、微細であり、そのバラツキが少ないことが観察されている。特に、厚み方向中央部においても、面内方向のバラツキが小さいことが、試験例のNiスパッタリングターゲットの特徴であった。
【0017】
次に、上記試験例のNiスパッタリングターゲット表面における漏れ磁束を測定した。この測定では、スパッタリングターゲットの裏側に磁石を配置して、その上側表面でガウスメーター測定端子により、漏れ磁束を検出した。
図2には、Niスパッタリングターゲットの測定位置(黒点で表示)が示されている。その測定結果が、
図3のグラフに示されている。グラフ(a)は、従来例のNiスパッタリングターゲットについての測定結果を、そして、グラフ(b)は、試験例のNiスパッタリングターゲットについての測定結果をそれぞれ示している。これらのグラフから、試験例のNiスパッタリングターゲットにおける漏れ磁束の測定結果が、従来例のNiスパッタリングターゲットの場合より、バラツキが小さいことが分かる。
【0018】
また、上記試験例のNiスパッタリングターゲット及び上記従来例のスパッタリングターゲットの硬度分布を把握するため、
図4に示される測定位置(P1〜P5)においてビッカース硬度を測定した。各測定位置の測定値の平均を算出して、測定値のバラツキを求めたところ、試験例のNiスパッタリングターゲットに係る硬度のバラツキは、従来例のNiスパッタリングターゲットのそれより大幅に小さいという結果が得られた。
【0019】
以上の結果から、Niスパッタリングターゲットの製造に際して、熱間圧延により製造されたNi原材料から製作されたNi板体に対して、初回の冷間圧延には、8%以上の加工率を設定し、多段回の冷間圧延を実施した後に、熱処理を行うことにより、ターゲット素地中における結晶粒が、微細となり、かつ、大粒径の結晶粒が混在しない組織となり、しかも、ビッカース硬度分布のバラツキの低減、曳いては、漏れ磁束のバラツキの低減を実現できるという知見が得られた。なお、Ni合金スパッタリングターゲットの場合についても、同様の知見が得られた。
【0020】
したがって、本発明は、上記知見から得られたものであり、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。
(1)本発明による薄膜形成用Ni又はNi合金スパッタリングターゲットは、Ni又はNi合金の結晶粒からなる組織を有する板体であって、前記板体における漏れ磁束の面内バラツキが、12%以下であ
り、かつ、前記板体の厚み方向における平均結晶粒径の差が、2.52〜13.52μmであることを特徴とする。
【0021】
本発明の薄膜形成用Ni又はNi合金スパッタリングターゲットは、所定の冷間圧延により結晶粒の面内バラツキが小さくなり、熱処理により硬度の面内バラツキが小さくなり、これにより漏れ磁束の面内バラツキが抑制を達成したものである。
なお、本発明の薄膜形成用Ni又はNi合金スパッタリングターゲットにおいて、前記板体における硬度の面内バラツキは、10%以下であることが好ましい。この理由は、素材の板体全体における硬度の面内バラツキが10%を超えると、漏れ磁束のバラツキも大きくなって、漏れ磁場を均一に生成することができなくなるためである。
【0022】
また、本発明の製造方法では、冷間圧延を多段回実施した後に、熱処理を行うことを基本にした。一方、冷間圧延と熱処理のセットを2回以上繰り返すことも行われているが、素材の板体中における結晶粒の粒径バラツキが大きくなりやすく、この粒径のバラツキに影響を受けて、硬度の面内バラツキも大きくなる可能性がある。また、1回のみの冷間圧延で、素材の板体を所定厚さに加工することは無理である。そのため、加工率を多段階に変化させた冷間圧延を繰り返すことによって、素材の板体中の結晶粒を微細にした。その後に、微細結晶粒を含む板体を熱処理することとした。なお、冷間圧延後の熱処理を省いた場合には、硬度の面内バラツキが発生してしまい、漏れ磁場も不均一になるため、加工の最後には、熱処理することが必要である。
【0023】
本発明の製造方法においては、多段階で繰り返される冷間圧延の加工率を、1段目が8%以上になるようにした。この理由は、最初に大きく加工圧力を加えないと、素材の板体の中心部にまで、厚み方向の加工圧力が加わらず、厚み方向の、即ち、表面側、中心部、裏面側の組織にバラツキが発生するとともに、中心部において面内方向のバラツキも発生してしまうからである。
これとは逆に、最初の加工圧力を小さくしてしまうと、素材の板体の表面側と裏面側のみが加工されてしまうため、その表面が加工硬化されてしまう。その後に加工を施しても、中心部まで加工されない可能性があり、素材の板体における硬度の面内バラツキを10%以下とするためにも、最初(1段目)の加工率を最も大きくする必要がある。
【0024】
なお、8%以上の加工率で実施される最初の冷間圧延の前に、例えば、2%程度以下の小さい加工率で冷間圧延を実施し、反りを矯正してもよい。加工率が十分に小さければ、その後の8%以上の冷間圧延によって中心部まで加工することができる。
冷間圧延前の板材の厚さは、8〜15mmであることが好ましい。8mm未満の板材に上述の冷間圧延を施すとスパッタリングターゲットとしては厚さが薄くなりすぎる。また、15mmを超えると冷間圧延後の厚さが厚すぎてスパッタができなくなるおそれがある。