特許第6384630号(P6384630)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6384630
(24)【登録日】2018年8月17日
(45)【発行日】2018年9月5日
(54)【発明の名称】高周波焼入れ用鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180827BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20180827BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20180827BHJP
   C21D 1/10 20060101ALN20180827BHJP
   C21D 9/32 20060101ALN20180827BHJP
   C21C 7/00 20060101ALN20180827BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Y
   C22C38/54
   !C21D8/06 A
   !C21D1/10 A
   !C21D9/32 A
   !C21C7/00 B
【請求項の数】3
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2017-567500(P2017-567500)
(86)(22)【出願日】2017年7月19日
(86)【国際出願番号】JP2017026008
(87)【国際公開番号】WO2018016506
(87)【国際公開日】20180125
【審査請求日】2017年12月26日
(31)【優先権主張番号】特願2016-141889(P2016-141889)
(32)【優先日】2016年7月19日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】宮西 慶
(72)【発明者】
【氏名】根石 豊
(72)【発明者】
【氏名】志賀 聡
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−037592(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/082685(WO,A1)
【文献】 特開2009−007643(JP,A)
【文献】 特開2013−213245(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/008405(WO,A1)
【文献】 米国特許第05902423(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21C 7/00− 7/10
H05B 6/00− 6/10
H05B 6/14− 6/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.53〜0.58%未満、
Si:0.70〜1.40%、
Mn:0.20〜1.40%、
P:0.020%未満、
S:0.025%以下、
Al:0.06%超〜0.15%、
N:0.0020〜0.0080%、
O:0.0015%以下、
B:0.0003〜0.0040%、
Ti:0.010〜0.050%、
Ca:0.0005〜0.005%、
Cr:0〜0.15%、
Cu:0〜0.50%、
Ni:0〜0.30%、
Mo:0〜0.20%、
V:0〜0.05%、及び、
Nb:0〜0.05%を含有し、残部はFe及び不純物からなり、式(1)〜式(3)を満たし、
鋼組織が、フェライト及びパーライトからなり、前記パーライトの面積率が85%以上であり、
鋼中において、Al介在物及び複合介在物の総個数に対する、前記複合介在物の個数の比率は、20%以上であり、前記複合介在物は、質量%で、2.0%以上のSiO及び2.0%以上のCaOを含有し、残部の99%以上がAlである、高周波焼入れ用鋼。
0.72≦C+Si/7+Mn/5+Cr/9+Mo/2.5≦0.98 (1)
C+Si/10+Mn/20+Cr/25≧0.70 (2)
Cr/Si≦0.20 (3)
ここで、式(1)〜式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載の高周波焼入れ用鋼であって、
前記化学組成は、
Cr:0.05〜0.15%、
Cu:0.03〜0.50%、
Ni:0.03〜0.30%、及び、
Mo:0.01〜0.20%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、高周波焼入れ用鋼。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の高周波焼入れ用鋼であって、
前記化学組成は、
V:0.01〜0.05%、及び、
Nb:0.01〜0.05%からなる群から選択される1種又は2種を含有する、高周波焼入れ用鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼に関し、さらに詳しくは、高周波焼入れ用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
歯車に代表される機械部品は通常、優れた面疲労強度が求められる。表面の硬さが高ければ、優れた面疲労強度が得られる。そのため、面疲労強度が求められる機械部品は、高周波焼入れを実施して製造される場合がある。
【0003】
このような機械部品の製造方法の一例は次のとおりである。高周波焼入れ用鋼材を熱間鍛造して、中間品を製造する。中間品に対して高周波焼入れを実施する。高周波焼入れされた中間品に対して研削加工を実施して、歯車に代表される機械部品を製造する。
【0004】
上述の機械部品の疲労強度を改善する技術が、特許第4014042号(特許文献1)及び特許第5742801号(特許文献2)に提案されている。
【0005】
特許文献1に開示された高周波焼入れ用棒鋼は、質量%で、C:0.5〜0.7%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.2〜1.5%、Cr:0〜1.5%、V:0〜0.10%、S:0.002〜0.05%、Al:0.01〜0.04%およびN:0.005〜0.012%を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、不純物中のTiが0.003%以下、Oが0.0015%以下、Pが0.02%以下で、(1)式で表されるX値が0.62〜0.90である。この棒鋼の表層領域において、(2)式で表されるA値が0.80以上であり、アスペクト比が3以下で、且つ短径が10μm以上であるMnS以外の介在物の個数が2個/mm2以下である。ここで、式(1)はX=C(%)+0.11×Si(%)+0.07×Mn(%)+0.08×Cr(%)である。式(2)はA=(MnMIN/MnAVE)である。(1)式中のC(%)、Si(%)、Mn(%)、Cr(%)は、各元素の含有量(質量%)を意味する。(2)式中のMnMINは、表層領域におけるMn濃度の下限値(質量%)を意味し、MnAVEはMn濃度の平均値(質量%)を意味する。
【0006】
特許文献2に開示された熱間圧延棒鋼又は線材は、質量%で、C:0.55〜0.75%、Si:0.1〜1.0%、Mn:0.3〜1.5%、Cr:0.1〜2.0%、S:0.002〜0.05%、Al:0.01〜0.2%及びN:0.002〜0.01%を含有し、残部はFe及び不純物からなり、不純物中のPおよびOがそれぞれ、P:0.025%以下及びO:0.002%以下で、さらに下記の式(1)で表されるFn1が2.5〜4.5である化学組成を有する。組織において、パーライト分率が90%以上、パーライトラメラの平均間隔が150〜300nmで、かつパーライトラメラ間隔の標準偏差が25nm以下である。式(1)は、Fn1=3Si+Mn+1.5Crであり、式(1)中の元素記号は、各元素の含有量(質量%)を意味する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4014042号
【特許文献2】特許第5742801号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1及び2で提案された鋼材でも、優れた面疲労強度が得られる。しかしながら、他の方法によっても、高周波焼入れ後の鋼材において、優れた面疲労強度が得られる方が好ましい。また、鋼材を用いて歯車を製造する場合、歯元部での優れた曲げ疲労強度も求められる。鋼材を用いて歯車等の機械部品を製造する場合さらに、優れた切削性も求められる。
【0009】
本発明の目的は、優れた切削性を有し、高周波焼入れ後において、優れた面疲労強度及び優れた曲げ疲労強度が得られる高周波焼入れ用鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明による高周波焼入れ用鋼は、化学組成が、質量%で、C:0.53〜0.58%未満、Si:0.70〜1.40%、Mn:0.20〜1.40%、P:0.020%未満、S:0.025%以下、Al:0.06%超〜0.15%、N:0.0020〜0.0080%、O:0.0015%以下、B:0.0003〜0.0040%、Ti:0.010〜0.050%、Ca:0.0005〜0.005%、Cr:0〜0.15%、Cu:0〜0.50%、Ni:0〜0.30%、Mo:0〜0.20%、V:0〜0.05%、及び、Nb:0〜0.05%を含有し、残部はFe及び不純物からなり、式(1)〜式(3)を満たす。鋼組織が、フェライト及びパーライトからなり、パーライトの面積率が85%以上である。鋼中において、Al23介在物及び複合介在物の総個数に対する、複合介在物の個数の比率は、20%以上である。複合介在物は、質量%で、2.0%以上のSiO2及び2.0%以上のCaOを含有し、残部の99%以上がAl23である介在物である。
C+Si/7+Mn/5+Cr/9+Mo/2.5≦0.98 (1)
C+Si/10+Mn/20+Cr/25≧0.70 (2)
Cr/Si≦0.20 (3)
ここで、式(1)〜式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【発明の効果】
【0011】
本発明による高周波焼入れ用鋼は、優れた切削性を有し、高周波焼入れ後において、優れた面疲労強度及び優れた曲げ疲労強度が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、実施例中のローラピッチング試験で使用した、小ローラ試験片の側面図である。
図2図2は、実施例中の曲げ疲労強度試験で使用した、小野式回転曲げ疲労強度試験片の側面図である。
図3図3は、実施例中のローラピッチング試験で使用した、大ローラ試験片の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、高周波焼入れ用鋼の切削性と、高周波焼入れ後の鋼材(機械部品)の面疲労強度、及び、曲げ疲労強度とについて調査、検討を行った。その結果、本発明者らは次の知見を得た。
【0014】
(1)高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高めるためには、高周波焼入れ後の鋼材の表面硬さを高めることが有効である。表面硬さを高めるには、高周波焼入れにより、鋼材表層のミクロ組織を均一な焼入れ組織(マルテンサイト)とするのが好ましい。鋼材の表層組織にフェライト等が残存する等、表層組織が不均一組織となれば、表面硬さが低くなり、面疲労強度が低下する。
【0015】
高周波焼入れにより均一な焼入れ組織を得るためには、高周波焼入れ用鋼のミクロ組織がフェライト及びパーライトからなり、組織中のパーライトの面積率(以下、パーライト分率という)が高い方が好ましい。
【0016】
Fn1=C+Si/7+Mn/5+Cr/9+Mo/2.5と定義する。Fn1は焼入れ性の指標である。Fn1が高すぎれば、焼入れ性が高くなり過ぎる。この場合、高周波焼入れ用鋼のミクロ組織にベイナイトが生成し、パーライト分率が低下する。その結果、高周波焼入れを実施しても、表層に不均一組織が生成しやすい。Fn1が0.98以下であれば、高周波焼入れ用鋼のミクロ組織がフェライト(初析フェライト)及びパーライトからなり、パーライト分率が85%以上となる。「ミクロ組織がフェライト及びパーライトからなる」とは、ミクロ組織中におけるフェライト(初析フェライト)及びパーライトの総面積率が97%以上であることを意味する。
【0017】
(2)高周波焼入れにより均一な焼入れ組織を得るためには、上述のとおり、高周波焼入れ用鋼のミクロ組織をフェライト・パーライト組織とし、かつ、パーライト分率を85%以上にするのが好ましい。
【0018】
Fn2=C+Si/10+Mn/20+Cr/25と定義する。Fn2は、鋼のミクロ組織がフェライト・パーライト組織である場合のパーライト分率の指標である。Fn2が高いほど、ミクロ組織中のパーライト分率が高まる。Fn2が0.70未満であれば、ミクロ組織中のパーライト分率が85%未満となり、高周波焼入れ後の鋼材の表層に、不均一組織が生成しやすい。その結果、鋼材の面疲労強度が低下する。Fn2が0.70以上であれば、ミクロ組織中のパーライト分率が85%以上となる。
【0019】
(3)高周波焼入れによって均一な焼入れ組織を得るためにはさらに、高周波焼入れ時に、パーライト中のセメンタイトが容易に固溶するのが好ましい。高周波焼入れ後の鋼材に未固溶のセメンタイトが残存すれば、不均一組織が形成され、高周波焼入れ後の鋼材表面の硬さが低下する。その結果、鋼材の面疲労強度が低下する。
【0020】
Si及びCrはいずれも、パーライトのラメラ間隔を狭くして、高周波焼入れ時にセメンタイトを固溶しやすくする。Si及びCrはさらに、鋼の焼戻し軟化抵抗を高める。そのため、Si及びCrはいずれも、焼戻し時のセメンタイトの生成を抑制し、鋼材の面疲労強度を高める。しかしながら、Crはセメンタイトに濃化して、セメンタイトを安定化する。そのため、Cr含有量が高すぎれば、高周波加熱時にセメンタイトが固溶しにくく、高周波焼入れ後の鋼材に未固溶のセメンタイトが残存しやすい。Si含有量に対してCr含有量を低減すれば、パーライトのラメラ間隔を狭くしつつ、Crによるセメンタイトの安定化を抑制できる。この場合、高周波加熱時にセメンタイトが固溶しやすくなり、かつ、高周波焼入れ後にセメンタイトが残存しにくい。
【0021】
Fn3=Cr/Siと定義する。Fn3は高周波焼入れ時のセメンタイトの固溶しやすさを示す指標である。Fn3が低いほど、高周波加熱時に鋼中のセメンタイトが固溶しやすい。一方、Fn3が高ければ、Si含有量に対してCr含有量が高すぎる。この場合、高周波加熱時にセメンタイトが固溶しにくい。その結果、焼入れ後の鋼材において、十分な硬さが得られない。Fn3が0.20以下であれば、高周波焼入れ時にセメンタイトが十分に固溶する。そのため、高周波焼入れ後の鋼材において、十分な表面硬さが得られ、優れた面疲労強度が得られる。
【0022】
(4)高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度にはさらに、鋼中の介在物の形態が影響する。高周波焼入れされて製造される機械部品(たとえば歯車)用の鋼は、Al脱酸で製造される。したがって、鋼中にはAl23介在物が存在する。Al23介在物は凝固過程で互いに凝集しやすく、粗大なAl23介在物群(クラスタ)を形成しやすい。このようなクラスタは、高周波焼入れ後の機械部品の面疲労強度を低下する。なお、本明細書において、Al23介在物とは、質量%で、Al23を99%以上含有する介在物を意味する。
【0023】
Al23介在物はさらに、鋼のマトリクス(母材)界面との密着性が低い。そのため、熱間鍛造等の塑性加工時において、Al23介在物とマトリクスとの界面に隙間が生じやすい。このような隙間は、機械部品の面疲労強度を低下する。
【0024】
以上の知見に基づいて、本発明者らは、介在物の凝集を抑制し、マトリクス界面との密着性を高める方法について調査、検討を行った。その結果、本発明者らは、次の新たな知見を得た。
【0025】
本明細書において、質量%で、2.0%以上のSiO2と、2.0%以上のCaOとを含有し、残部の99質量%以上がAl23である介在物を、「複合介在物」と定義する。複合介在物は、凝集しにくく、クラスタを形成しにくい。さらに、複合介在物のマトリクス界面との密着性はAl23介在物よりも高い。したがって、鋼中の介在物のうち、複合介在物の比率を高めれば、面疲労強度を高めることができる。
【0026】
本明細書において、鋼中のAl23介在物及び複合介在物の総個数に対する、複合介在物の個数の比率を複合介在物比率Ra(%)と定義する。
【0027】
複合介在物比率Raが高ければ、鋼中のAl23介在物の割合が少なくなる。この場合、介在物が凝集しにくくなり、クラスタの生成が抑制される。さらに上述のとおり、複合介在物のマトリクス界面に対する密着性は高い。そのため、複合介在物の生成によりAl23介在物が少なくなれば、鋼中のマトリクスと介在物との密着性の低下に起因した面疲労強度の低下も抑制される。
【0028】
複合介在物比率Raが20%以上であれば、Al23介在物のクラスタの生成を十分に抑制できる。さらに、鋼中のマトリクスの介在物との密着性も改善される。その結果、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高めることができる。
【0029】
(5)高周波焼入れ後の鋼材の曲げ疲労強度を高めるためには、上述の条件に加えて、高周波焼入れ後の鋼材の粒界強度を高めることが有効である。Bを含有すればPの粒界偏析が抑制される。そのため、高周波焼入れ後の鋼材の粒界強度が高くなる。その結果、曲げ疲労強度が高まる。
【0030】
(6)高周波焼入れ用鋼の切削性を高めるために、Sを含有する。SはMnと結合してMnSを形成し、鋼の切削抵抗を低下する。その結果、鋼の切削性が高まる。一方、S含有量が高すぎれば、面疲労強度が低下する。本実施形態の高周波焼入れ用鋼の化学組成において、S含有量が0.025%以下であれば、面疲労強度の低下を抑えつつ、鋼の切削性を高めることができる。
【0031】
鋼の切削性をさらに高めるために、鋼の硬さを高めすぎないことが有効である。そこで、本実施形態による高周波焼入れ用鋼の化学組成において、上述のS含有量の規定に加えて、C含有量を0.53〜0.58%未満とする。C含有量が0.53〜0.58%未満であれば、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を維持しつつ、高周波焼入れ用鋼の切削性を高めることができる。
【0032】
(7)鋼の切削性をさらに高めるために、固溶Al量を高めることが有効である。固溶Al量が高い鋼に対して切削加工する場合、切削面において、固溶AlがAl酸化物を形成する。また、鋼材のうち、切削工具に削り取られた部分の表面にもAl酸化物が形成される。そのため、削り取られた部分は切削工具に焼付きにくい。その結果、切削工具の工具摩耗が抑制され、鋼の切削性が高まる。本発明による高周波焼入れ用鋼の化学組成において、Al含有量が0.06%超〜0.15%であれば、上述のAl23介在物に利用されるAlだけでなく、固溶Alとして鋼中に存在するAlも十分に得られる。そのため、鋼の切削性が高まる。
【0033】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による高周波焼入れ用鋼は、化学組成が、質量%で、C:0.53〜0.58%未満、Si:0.70〜1.40%、Mn:0.20〜1.40%、P:0.020%未満、S:0.025%以下、Al:0.06%超〜0.15%、N:0.0020〜0.0080%、O:0.0015%以下、B:0.0003〜0.0040%、Ti:0.010〜0.050%、Ca:0.0005〜0.005%、Cr:0〜0.15%、Cu:0〜0.50%、Ni:0〜0.30%、Mo:0〜0.20%、V:0〜0.05%、及び、Nb:0〜0.05%を含有し、残部はFe及び不純物からなり、式(1)〜式(3)を満たす。鋼組織が、フェライト及びパーライトからなり、パーライトの面積率が85%以上である。鋼中において、Al23介在物及び複合介在物の総個数に対する、複合介在物の個数の比率は、20%以上である。複合介在物は、質量%で、2.0%以上のSiO2及び2.0%以上のCaOを含有し、残部の99%以上がAl23である介在物である。
C+Si/7+Mn/5+Cr/9+Mo/2.5≦0.98 (1)
C+Si/10+Mn/20+Cr/25≧0.70 (2)
Cr/Si≦0.20 (3)
ここで、式(1)〜式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0034】
上記化学組成は、Cr:0.05〜0.15%、Cu:0.03〜0.50%、Ni:0.03〜0.30%、及び、Mo:0.01〜0.20%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0035】
上記化学組成は、V:0.01〜0.05%、及び、Nb:0.01〜0.05%からなる群から選択される1種又は2種を含有してもよい。
【0036】
以下、本実施形態による高周波焼入れ用鋼について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0037】
[化学組成]
本実施形態による高周波焼入れ用鋼の化学組成は、次の元素を含有する。
【0038】
C:0.53〜0.58%未満
炭素(C)は、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高める。C含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、C含有量が高すぎれば、鋼の冷間加工性及び切削性が低下する。したがって、C含有量は0.53〜0.58%未満である。C含有量の好ましい下限は0.54%であり、さらに好ましくは0.55%である。C含有量の好ましい上限は0.57%であり、さらに好ましくは0.56%である。
【0039】
Si:0.70〜1.40%
シリコン(Si)は鋼を脱酸する。Siはさらに、焼戻し軟化抵抗を高め、高周波焼入れ後に行われる焼戻し処理において、セメンタイトの析出を抑制する。Siはさらに、Al23介在物を改質して、凝集しにくい複合介在物(Al23−CaO−SiO2)を形成する。複合介在物が形成されれば、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度が高まる。Si含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、鋼の冷間加工性が低下する。したがって、Si含有量は0.70〜1.40%である。Si含有量の好ましい下限は0.72%であり、さらに好ましくは0.75%である。Si含有量の好ましい上限は1.38%であり、さらに好ましくは1.36%である。
【0040】
Mn:0.20〜1.40%
マンガン(Mn)は高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高める。Mn含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、鋼の冷間加工性が低下する。Mn含有量が高すぎればさらに、偏析が生じる。その結果、粒界強度が低下し、鋼材の面疲労強度及び/又は曲げ疲労強度が低下する。Mn含有量が高すぎればさらに、鋼の切削性が低下する場合がある。したがって、Mn含有量は0.20〜1.40%である。Mn含有量の好ましい下限は0.30%であり、さらに好ましくは0.35%である。Mn含有量の好ましい上限は1.30%であり、さらに好ましくは1.25%である。
【0041】
P:0.020%未満
リン(P)は不純物である。Pは粒界に偏析して粒界を脆化する。そのため、Pは高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を低下する。したがって、P含有量は0.020%未満である。P含有量の好ましい上限は0.015%であり、さらに好ましくは0.012%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0042】
S:0.025%以下
硫黄(S)は不可避的に含有される。Sは介在物(MnS)を形成し、高周波焼入れ用鋼の切削性を高める。一方、S含有量が高すぎれば、粗大な介在物(MnS)が生成して、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度が低下する。したがって、S含有量は0.025%以下である。S含有量の好ましい上限は0.024%であり、さらに好ましくは0.023%である。切削性を高めるためのS含有量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.008%である。
【0043】
Al:0.06%超〜0.15%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Alはさらに、鋼中のNと結合してAlNを形成し、高周波焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制する。Alはさらに、固溶Alとして鋼中に存在する。固溶Alは、切削加工時において、切削された鋼材表面に露出して、Al酸化物を形成する。鋼材のうち、切削工具に削り取られた部分の表面にもAl酸化物が形成される。そのため、削り取られた部分は切削工具に焼付きにくい。その結果、工具摩耗が抑制され、鋼の切削性が高まる。Al含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Al含有量が高すぎれば、粗大なAl23介在物や、複数のAl23介在物が凝集したAl23クラスタが多数生成し、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度が低下する。したがって、Al含有量は0.06%超〜0.15%である。Al含有量の好ましい下限は0.08%であり、より好ましくは0.085%であり、さらに好ましくは0.09%である。Al含有量の好ましい上限は0.14%であり、さらに好ましくは0.13%である。本明細書にいうAl含有量は、全Alの含有量を意味する。
【0044】
N:0.0020〜0.0080%
窒素(N)はAlと結合してAlNを形成し、高周波焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制する。その結果、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高める。N含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、N含有量が高すぎれば、Nが過剰にフェライトに固溶してひずみ時効を生じ、鋼の冷間加工性が低下する。N含有量が高すぎればさらに、粗大な窒化物が生成して、鋼材の面疲労強度が低下する。したがって、N含有量は0.0020〜0.0080%である。N含有量の好ましい下限は0.0025%であり、さらに好ましくは0.0030%である。N含有量の好ましい上限は0.0075%であり、さらに好ましくは0.0070%である。
【0045】
O:0.0015%以下
酸素(O)は不純物である。OはAl、Si及びCaと結合して酸化物(又は酸化物系介在物)を形成し、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を低下する。したがって、O含有量は0.0015%以下である。O含有量の好ましい上限は0.0014%であり、さらに好ましくは0.0013%である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0046】
B:0.0003〜0.0040%
ボロン(B)は鋼に固溶して鋼の焼入れ性を高める。その結果、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高める。Bはさらに、粒界強度を高め、高周波焼入れ後の鋼材の曲げ疲労強度を高める。B含有量が低ければ、上記効果が有効に得られない。一方、B含有量が高すぎれば、上記効果が飽和する。したがって、B含有量は0.0003〜0.0040%である。B含有量の好ましい下限は0.0005%であり、さらに好ましくは0.0008%である。B含有量の好ましい上限は0.0038%であり、さらに好ましくは0.0036%である。
【0047】
Ti:0.010〜0.050%
チタン(Ti)は、Ti窒化物又はTi炭化物を形成して、高周波焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制する。その結果、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度及び曲げ疲労強度が高まる。Tiはさらに、Nと結合することにより、BがNと結合するのを抑制し、固溶B量を確保する。Ti含有量が低すぎれば、上記効果が得られない。一方、Ti含有量が高すぎれば、粗大なTi窒化物、Ti炭化物が生成して、鋼の冷間加工性が低下する。したがって、Ti含有量は0.010〜0.050%である。Ti含有量の下限は0.012%であり、さらに好ましくは0.013%である。Ti含有量の好ましい上限は0.048%であり、さらに好ましくは0.046%である。
【0048】
Ca:0.0005〜0.005%
カルシウム(Ca)は、Al23介在物を改質して、複合介在物(Al23−CaO−SiO2)を形成する。Al23介在物を改質して複合介在物を生成することにより、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高める。Ca含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Ca含有量が高すぎれば、粗大な介在物が増加して、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度がかえって低下する。したがって、Ca含有量は0.0005〜0.005%である。Ca含有量の好ましい下限は0.0008%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0048%であり、さらに好ましくは0.0046%である。
【0049】
本実施形態による高周波焼入れ用鋼の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、高周波焼入れ用鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の高周波焼入れ用鋼に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0050】
本実施形態による高周波焼入れ用鋼はさらに、Cr、Cu、Ni、及び、Moからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高める。
【0051】
Cr:0〜0.15%
クロム(Cr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Crは鋼に固溶して、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高める。Crはさらに、鋼の焼戻し軟化抵抗を高め、焼戻し時のセメンタイトの生成を抑制する。その結果、鋼材の面疲労強度が高まる。Crが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。一方、Crはセメンタイトに濃化しやすく、セメンタイトを安定化する。セメンタイトが安定化すれば、高周波焼入れ時にセメンタイトが固溶しにくく、セメンタイトが残存する場合がある。そのため、固溶Cが十分に得られず、十分な鋼材の硬さが得られない。その結果、鋼材の面疲労強度が低下する。したがって、Cr含有量は0〜0.15%である。上記効果をさらに有効に得るためのCr含有量の好ましい下限は0.01%であり、より好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.06%であり、さらに好ましくは0.07%である。Cr含有量の好ましい上限は0.14%であり、さらに好ましくは0.13%である。
【0052】
Cu:0〜0.50%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Cuは鋼に固溶して、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。一方、Cu含有量が高すぎれば、上記効果が飽和する。したがって、Cu含有量は0〜0.50%である。上記効果をさらに有効に得るためのCu含有量の好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.04%である。Cu含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
【0053】
Ni:0〜0.30%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Niは鋼に固溶して、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。一方、Ni含有量が高すぎれば、上記効果が飽和する。したがって、Ni含有量は0〜0.30%である。上記効果をさらに有効に得るためのNi含有量の好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.04%である。Ni含有量の好ましい上限は0.25%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0054】
Mo:0〜0.20%
モリブデン(Mo)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Moは鋼に固溶して、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高める。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。一方、Mo含有量が高すぎれば、高周波焼入れ用鋼材中のパーライト比率が85%未満となり、冷間加工性が低下する。したがって、Mo含有量は0〜0.20%である。上記効果をさらに有効に得るためのMo含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Mo含有量の好ましい上限は0.18%であり、さらに好ましくは0.16%である。
【0055】
本実施形態による高周波焼入れ用鋼はさらに、Feの一部に代えて、V及びNbから選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、鋼材の面疲労強度及び曲げ疲労強度を高める。
【0056】
V:0〜0.05%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、VはV窒化物、V炭化物、又は、V炭窒化物を形成して、高周波焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制する。その結果、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度及び曲げ疲労強度が高まる。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。一方、V含有量が高すぎれば、粗大なV析出物が生成して、鋼の冷間加工性が低下する。したがって、V含有量は0〜0.05%である。V含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.025%であり、さらに好ましくは0.03%である。V含有量の好ましい上限は0.045%であり、さらに好ましくは0.04%である。
【0057】
Nb:0〜0.05%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、NbはNb窒化物、Nb炭化物、又は、Nb炭窒化物を形成して、高周波焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制する。その結果、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度及び曲げ疲労強度が高まる。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。一方、Nb含有量が高すぎれば、粗大なNb析出物が生成して、鋼の冷間加工性が低下する。したがって、Nb含有量は0〜0.05%である。上記効果を有効に得るためのNb含有量の下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.012%である。Nb含有量の好ましい上限は0.048%であり、さらに好ましくは0.046%である。
【0058】
[式(1)について]
上記化学組成はさらに、式(1)を満たす。
C+Si/7+Mn/5+Cr/9+Mo/2.5≦0.98 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0059】
Fn1=C+Si/7+Mn/5+Cr/9+Mo/2.5と定義する。Fn1は焼入れ性の指標である。Fn1が1.05を超えれば、焼入れ性が高くなり過ぎる。この場合、圧延後の高周波焼入れ用鋼のミクロ組織の一部に、硬質なベイナイトが生成する。そのため、フェライト・パーライト組織が得られない。Fn1が1.05以下であれば、高周波焼入れ用鋼のミクロ組織がフェライト・パーライト組織になる。しかしながら、Fn1が0.98を超えれば、十分な切削性が得られない。したがって、Fn1を0.98以下とする。この場合、高周波焼入れ用鋼のミクロ組織がフェライト・パーライト組織になり、さらに十分な切削性も得られる。Fn1の好ましい上限は0.97である。焼入れ性を得るためのFn1の好ましい下限は0.72である。
【0060】
[式(2)について]
上記化学組成はさらに、式(2)を満たす。
C+Si/10+Mn/20+Cr/25≧0.70 (2)
ここで、式(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0061】
Fn2=C+Si/10+Mn/20+Cr/25と定義する。Fn2は、鋼のミクロ組織がフェライト・パーライト組織である場合のパーライト分率の指標である。Fn2が高いほど、ミクロ組織中のパーライト分率が高まる。Fn2が0.70未満であれば、ミクロ組織中のパーライト分率が85%未満となる。Fn2が0.70以上であれば、ミクロ組織中のパーライト分率が85%以上となる。Fn2の好ましい下限は0.72である。
【0062】
[式(3)について]
上記化学組成はさらに、式(3)を満たす。
Cr/Si≦0.20 (3)
ここで、式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0063】
上述のとおり、Si及びCrはいずれも、パーライトのラメラ間隔を狭くする。パーライトのラメラ間隔が狭ければ、高周波焼入れ時にセメンタイトが固溶しやすくなる。しかしながら、Crはセメンタイトに濃化してセメンタイトを安定化する。Cr含有量に対してSi含有量を高めれば、パーライトのラメラ間隔を狭くしつつ、Crによるセメンタイトの安定化を抑制できる。そのため、高周波加熱時にセメンタイトが固溶しやすくなり、高周波焼入れ後にセメンタイトが残存しにくい。
【0064】
Fn3=Cr/Siと定義する。Fn3は高周波焼入れ後のセメンタイトの固溶度合いを示す指標である。Fn3が低いほど、高周波加熱時に鋼中のセメンタイトが固溶しやすい。一方、Fn3が高ければ、Si含有量に対してCr含有量が高すぎる。この場合、高周波加熱時にセメンタイトが固溶しにくい。その結果、焼入れ後の鋼材にセメンタイトが残存し、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度が低下する。Fn3が0.20以下であれば、高周波焼入れ後にセメンタイトが十分に固溶する。そのため、高周波焼入れ後の鋼材において、十分な硬さが得られ、優れた面疲労強度が得られる。Fn3の好ましい下限は0.18である。
【0065】
[鋼のミクロ組織]
高周波焼入れ用鋼が上記化学組成を有し、式(1)〜式(3)を満たす場合、ミクロ組織は、フェライト(初析フェライト)及びパーライトからなる。つまり、本実施形態による高周波焼入れ用鋼のミクロ組織は、フェライト・パーライト組織である。本明細書において、「ミクロ組織がフェライト及びパーライトからなる」とは、ミクロ組織におけるフェライト及びパーライトの総面積率が97%以上であることを意味する。好ましくは、高周波焼入れ用鋼のミクロ組織において、フェライト及びパーライトの総面積率が100%である。フェライト及びパーライトの総面積率が100%でない場合、ミクロ組織中のフェライト及びパーライト以外の残部はたとえばベイナイトである。ミクロ組織中のパーライトの面積率をパーライト分率(%)と定義する。本実施形態による高周波焼入れ用鋼のミクロ組織において、パーライト分率は85%以上である。
【0066】
ミクロ組織中のフェライト及びパーライトの合計面積率と、パーライト分率とは次の方法で測定される。高周波焼入れ用鋼からサンプルを採取する。高周波焼入れ用鋼が棒鋼又は線材である場合、棒鋼又は線材の横断面(軸方向に垂直な面)のうち、表面と中心軸とを結ぶ半径Rの中央部(以下、R/2部という)からサンプルを採取する。採取されたサンプル表面のうち、鋼材の圧延方向に垂直な面を観察面とする。観察面を研磨した後、3%硝酸アルコール(ナイタル腐食液)にてエッチングする。エッチングされた観察面を500倍の光学顕微鏡にて観察して、任意の5視野の写真画像を生成する。各視野のサイズは200μm×200μmとする。
【0067】
各視野において、フェライト、パーライト等の各相は、相ごとにコントラストが異なる。したがって、コントラストに基づいて、各相を特定する。特定された相のうち、各視野でのフェライトの総面積(μm2)、及び、パーライトの総面積(μm2)を求める。全ての視野の総面積に対する、全ての視野におけるフェライトの総面積とパーライトの総面積との和の比率を、フェライト及びパーライトの総面積率(%)と定義する。さらに、全ての視野におけるパーライト総面積の、全ての視野の総面積に対する比率を、パーライト分率(%)と定義する。
【0068】
[複合介在物比率Ra]
本実施形態の高周波焼入れ用鋼は、Al23介在物と、複合介在物とを含有する。本明細書において、上述のとおり、2.0%以上のSiO2と、2.0%以上のCaOとを含有し、残部の99%以上がAl23である介在物を、複合介在物と定義する。なお、複合介在物中に含有されるSiO2の上限はたとえば15%であり、CaOの上限はたとえば25%である。
【0069】
本明細書において、Al23介在物及び複合介在物の総個数に対する、複合介在物の個数の比率を複合介在物比率Ra(%)と定義する。複合介在物比率Raが高ければ、鋼中のAl23介在物が少なくなる。この場合、Al23介在物が凝集しにくくなり、クラスタの生成が抑制される。さらに上述のとおり、Al23介在物のマトリクス界面に対する密着性が低いのに対して、複合介在物のマトリクス界面に対する密着性は高い。そのため、複合介在物の生成によりAl23介在物の数が少なくなれば、鋼中のマトリクスと介在物との密着性の低下に起因した面疲労強度の低下も抑制される。
【0070】
複合介在物比率Raが20%以上であれば、Al23介在物のクラスタの生成を十分に抑制できる。さらに、鋼中のマトリクスの介在物との密着性も改善される。その結果、高周波焼入れ後の鋼材の面疲労強度を高めることができる。
【0071】
鋼中のAl23介在物及び複合介在物の特定、及び、複合介在物比率Raの測定は、次の方法で実施できる。高周波焼入れ用鋼の任意の位置からサンプルを採取する。高周波焼入れ用鋼が棒鋼又は線材である場合、棒鋼又は線材のR/2部からサンプルを採取する。R/2部のサンプルの横断面(表面)に対して、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて1000倍の倍率でランダムに20視野(1視野あたりの評価面積100μm×100μm)を観察する。
【0072】
各視野(観察面という)のうち、介在物を特定する。特定した各介在物に対して、エネルギー分散型X線分光法(EDX)を用いて、Al23介在物と複合介在物とを特定する。具体的には、特定された介在物の元素分析結果において、Al含有量及びO含有量が質量%で99%以上である場合、その介在物をAl23介在物と特定する。元素分析の結果、2.0%以上のSiO2と、2.0%以上のCaOとを含有し、残部が実質的にAl23及び不純物からなる(具体的には、残部の99%以上がAl23)である場合、その介在物を複合介在物と定義する。
【0073】
上記特定の対象とする介在物は、円相当径が10μm以上の介在物とする。ここで、円相当径とは、各介在物の面積を、同じ面積を有する円に換算した場合の円の直径を意味する。
【0074】
円相当径がEDXのビーム径の2倍以上の介在物であれば、元素分析の精度が高まる。本実施形態において、介在物の特定に使用するEDXのビーム径は5μmとする。この場合、円相当径が10μm未満の介在物は、EDXでの元素分析の精度を高めることができない。円相当径10μm未満の介在物はさらに、疲労強度への影響が極めて小さい。したがって、本実施形態において、円相当径が10μm以上のAl23介在物及び複合介在物を測定対象とする。なお、Al23介在物及び複合介在物の円相当径の上限は特に限定されないが、たとえば、200μmである。
【0075】
20視野全てにおいて、特定された円相当径10μm以上のAl23介在物の総個数TN1を求める。同様に、特定された円相当径10μm以上の複合介在物の総個数TN2を求める。求めた総個数に基づいて、次の式により複合介在物比率Ra(%)を求める。
Ra=TN2/(TN1+TN2)×100
【0076】
なお、同一組成の介在物が隣り合っており、隣り合う介在物の間の最短距離が1μm未満の場合、これらの介在物は1個体とみなす。
【0077】
[製造方法]
本実施形態による高周波焼入れ用鋼の製造方法の一例を説明する。本実施形態では、高周波焼入れ用鋼の一例として、棒鋼又は線材の製造方法を説明する。しかしながら、本実施形態の高周波焼入れ用鋼は、棒鋼又は線材に限定されない。
【0078】
製造方法の一例は、溶鋼を精錬し、鋳造して素材(鋳片又はインゴット)を製造する製鋼工程と、素材を熱間加工して高周波焼入れ用鋼を製造する熱間加工工程とを備える。以下、それぞれの工程について説明する。
【0079】
[製鋼工程]
製鋼工程は、精錬工程と鋳造工程とを含む。
【0080】
[精錬工程]
精錬工程では初めに、周知の方法で製造された溶銑に対して転炉での精錬(一次精錬)を実施する。転炉から出鋼した溶鋼に対して、二次精錬を実施する。二次精錬において、成分調整の合金元素の添加を実施して、上記化学組成を満たす溶鋼を製造する。
【0081】
具体的には、転炉から出鋼した溶鋼に対してAlを添加して脱酸処理を実施する。脱酸処理後、除滓処理を実施する。除滓処理後、二次精錬を実施する。二次精錬はたとえば、複合精錬を実施する。たとえば、初めに、LF(Ladle Furnace)又はVAD(Vacuum Arc Degassing)を用いた精錬処理を実施する。さらに、RH(Ruhrstahl−Hausen)真空脱ガス処理を実施する。その後、Si及びCaを除く他の合金成分の最終調整を行う。
【0082】
二次精錬を実施して、Si及びCa以外の溶鋼の成分調整を実施した後、溶鋼に対して次の処理(加熱保持工程及び最終成分調整工程)を実施する。
【0083】
[加熱保持工程]
二次精錬(最終成分調整)後の取鍋内の溶鋼に対して、1500〜1600℃の温度で下記式によって算定される均一混合時間τ(s)の2倍以上の保持時間tsで加熱する。
τ=800×ε-0.4
ε=((6.18×Vg×Tl)/Ml)ln(1+(h0/(1.46×10-5×P0)))
ここで、Vg:ガス流量(Nm3/min)、Ml:取鍋内溶鋼質量(ton)、Tl:溶鋼温度(K)、h0:ガス吹き込み深さ(m)、P0:溶鋼表面圧力(Pa)、ε:攪拌動力値(W/ton)、τ:均一混合時間(s)である。
【0084】
保持時間tsが均一混合時間τの2倍未満であれば、Al23介在物が複合介在物に十分に改質しない。つまり、複合介在物比率Raが20%未満と低くなる。保持時間tsが均一混合時間τの2倍以上であれば、他の条件を満たすことを条件として、複合介在物比率Raが20%以上となる。
【0085】
[最終成分調整工程]
加熱保持工程後の溶鋼にSi及びCaを添加して、上述の化学組成及び式(1)〜式(3)を満たす溶鋼を製造する。Si及びCaはそれぞれ単独の原料として溶鋼に添加してもよい。Si−Ca合金を原料として、溶鋼に添加してもよい。
【0086】
加熱保持工程で十分に均一に加熱された溶鋼にSi及びCaを添加すれば、Al23介在物が複合介在物に改質しやすい。上記加熱保持工程後に最終成分調整工程を実施することにより、高周波焼入れ用鋼中の複合介在物比率Raを20%以上にすることができる。
【0087】
仮に、溶鋼にAlを添加する前に、Siを添加すれば、複合介在物が形成されにくい。Al23介在物が存在する溶鋼にSi及びCaを添加することにより、Al23介在物が複合介在物に改質され、複合介在物が生成する。したがって、本実施形態では、溶鋼にAlを添加し、その後、Si及びCaを添加する。Si及びCaの添加順は特に限定されない。Si及びCaを同時に添加してもよい。Si及びCaのいずれかを先に添加してもよい。
【0088】
[鋳造工程]
上記精錬工程により製造された溶鋼を用いて、素材(鋳片又はインゴット)を製造する。具体的には、溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片を製造する。又は、溶鋼を用いて造塊法によりインゴットしてもよい。
【0089】
[熱間加工工程]
製造された素材を熱間加工して、高周波焼入れ用鋼材(棒鋼又は線材)を製造する。熱間加工工程では通常、1又は複数回の熱間加工を実施する。複数回熱間加工を実施する場合、最初の熱間加工はたとえば、分塊圧延又は熱間鍛造であり、次の熱間加工は、連続圧延機を用いた仕上げ圧延である。連続圧延機では、一対の水平ロールを有する水平スタンドと、一対の垂直ロールを有する垂直スタンドとが交互に一列に配列される。仕上げ圧延後の高周波焼入れ用鋼材を、室温になるまで冷却する。このとき、高周波焼入れ用鋼材の表面温度が800〜500℃になるまでの平均冷却速度を1℃/秒以下にする。平均冷却速度が1℃/秒を超えれば、冷却後の高周波焼入れ用鋼材のミクロ組織において、ベイナイトが面積率で3%以上生成する。平均冷却速度が1℃/秒以下であれば、冷却後の高周波焼入れ用鋼材のミクロ組織は、フェライト及びパーライトからなる。平均冷却速度の好ましい下限は0.1℃/秒である。平均冷却速度の好ましい上限は0.7℃/秒である。
【0090】
以上の工程により、本実施の形態による高周波焼入れ用鋼を製造できる。
【0091】
[機械部品の製造方法]
上述の高周波焼入れ用鋼は、歯車に代表される機械部品に製造される。機械部品の製造方法の一例は次のとおりである。
【0092】
初めに、準備された高周波焼入れ用鋼材に対して熱間鍛造を実施して、中間品を製造する。中間品に対して、必要に応じて、応力除去焼きなまし処理を実施する。熱間鍛造後又は応力除去焼きなまし処理後の中間品に対して切削加工を実施して、粗製品を製造する。機械部品が歯車である場合、粗製品は歯車粗形状を有する。粗製品に対して、高周波焼入れを実施する。高周波焼入れ後、研削加工を実施して、歯車に代表される機械部品を製造する。
【0093】
本実施形態の高周波焼入れ用鋼では、上記式(1)〜式(3)を満たし、さらに複合介在物比率Raが20%以上である。そのため、高周波焼入れ用鋼の切削性を高め、さらに、高周波焼入れ後の機械部品の面疲労強度及び曲げ疲労強度を高めることができる。
【実施例】
【0094】
表1の化学組成を有する溶鋼を製造した。
【0095】
【表1】
【0096】
表1中の「−」は対応する元素の含有量が不純物レベルであることを意味する。具体的には、B含有量における「−」は、B含有量が0.0001%未満であることを意味する。Ti含有量における「−」は、Ti含有量が0.001%未満であることを意味する。Ca含有量における「−」は、Ca含有量が0.0001%未満であることを意味する。Cr、Cu、Ni、Mo含有量における「−」は、各元素の含有量が0.01%未満であることを意味する。V含有量における「−」は、V含有量が0.001%未満であることを意味する。Nb含有量における「−」は、Nb含有量は0.001%未満であることを意味する。
【0097】
表1中の「Fn1」欄には、対応する試験番号の鋼のFn1値が記載されている。「Fn2」欄には、対応する試験番号の鋼のFn2値が記載されている。「Fn3」欄には、対応する試験番号の鋼のFn3値が記載されている。
【0098】
各試験番号の溶鋼は次の方法で製造した。周知の方法で製造された溶銑に対して転炉での一次精錬を同じ条件で実施した。
【0099】
試験番号40以外の溶鋼に対しては、転炉から出鋼後、Alを添加して脱酸処理を実施し、その後、除滓処理を実施した。除滓処理後、VADを用いた精錬処理を実施し、その後、RH真空脱ガス処理を実施した。以上の工程により、Si及びCa以外の合金元素の組成成分の調整を行った。
【0100】
続いて、加熱保持工程を実施した。各試験番号における保持時間tsの均一混合時間τに対する比(ts/τ)は、表1に示すとおりであった。加熱保持工程後、試験番号40以外の溶鋼に対して、Si−Ca合金を添加して、Si含有量、Ca含有量を調整し、表1の化学組成の溶鋼を製造した。
【0101】
一方、試験番号40の溶鋼に対しては、転炉から出鋼後、Siを添加した脱酸処理を実施した。その後の加熱保持工程までの処理は、試験番号1〜39及び41と同様とした。加熱保持工程後、Al及びCaを添加して、表1に示す化学組成の溶鋼を製造した。
【0102】
試験番号1〜41の溶鋼を用いて、連続鋳造法により、400mm×300mmの横断面を有する鋳片を製造した。
【0103】
製造された鋳片を1250℃に加熱した。加熱された鋳片を用いて、分塊圧延にて162mm×162mmの横断面を有する鋼片を製造した。製造された鋼片を常温(25℃)まで空冷した。鋼片を再び1200℃に加熱した。加熱された鋼片に対して連続圧延機を用いて熱間圧延(仕上げ圧延)を行い、その後冷却し、直径70mmの高周波焼入れ用棒鋼を製造した。
【0104】
各試験番号における、仕上げ圧延後の棒鋼の表面温度が800〜500℃になるまでの平均冷却速度を表1に示す。表1中の「冷却速度」欄において「S」(Slow)は、対応する試験番号について、仕上げ圧延後の棒鋼の表面温度が800〜500℃になるまでの平均冷却速度が1℃/秒以下であったことを示す。表1中の「冷却速度」欄において「F」(Fast)は、対応する試験番号について、仕上げ圧延後の棒鋼の表面温度が800〜500℃になるまでの平均冷却速度が1℃/秒を超えていたことを示す。製造された各試験番号の棒鋼の化学組成を測定した。その結果、各試験番号の棒鋼の化学組成は、表1のとおりであった。
【0105】
[ミクロ組織観察]
各試験番号の棒鋼のR/2部から、組織観察用の試験片を採取した。試験片の表面のうち、棒鋼の長手方向(つまり、圧延方向又は延伸方向)と平行な断面を観察面と定義した。上述の方法に基づいて、フェライト及びパーライトの総面積率(%)を求めた。総面積率が97%以上のミクロ組織について、「F+P」として表2に示す。一方、総面積率が97%未満であり、残部にベイナイトが観察されたミクロ組織について、「F+P+B」として表2に示す。
【0106】
【表2】
【0107】
さらに、上述の観察面に対して、上述の方法でパーライト分率(%)を求めた。その結果を表2に示す。
【0108】
[複合介在物比率Ra]
高周波焼入れ用棒鋼に対して、上述の方法で、複合介在物比率Ra(%)を測定した。円相当径で10μm以上のAl23介在物及び複合介在物を特定し、上述の方法で複合介在物比率Ra(%)を求めた。その結果を表2に示す。
【0109】
[評価試験]
[面疲労強度試験片及び平滑小野式回転曲げ疲労強度試験片の作製]
機械部品を模擬した面疲労強度試験片及び平滑小野式回転曲げ疲労強度試験片(以下、単に曲げ疲労強度試験片という)を次の方法で作製した。各試験番号の棒鋼を、1200℃で30分加熱した。次に、仕上げ温度を950℃以上として熱間鍛造し、直径35mmの丸棒を製造した。直径35mmの丸棒を機械加工して、面疲労強度試験片として、小ローラ試験片を作製した。具体的に、図1に示すローラピッチング試験用小ローラ試験片を試験番号ごとに作製した(図1中の寸法の単位はmm)。
【0110】
さらに、直径35mmの丸棒を機械加工して、図2に示す曲げ疲労強度試験片を試験番号ごとに複数作製した(図2中の寸法の単位はmm)。曲げ疲労強度試験片は、直径6mm、及び長さ25mmの平行部を有した。
【0111】
作製された各試験片に対して、高周波焼入れを実施した。具体的には、小ローラ試験片の周面FP(直径26mmの部分)に対して、出力20kW、周波数50kHzの高周波加熱装置を用いて、硬化層深さが1.5mmとなるように、加熱時間を5〜10秒の範囲内で調整して高周波焼入れ処理を実施した。その際、小ローラ試験片表面の加熱温度は900〜1100℃であった。その後、通常の熱処理炉を用いて160℃で1時間の焼戻しを行った。さらに、曲げ疲労強度試験片の平行部に対して、小ローラ試験片と同じ条件で高周波焼入れを実施し、その後、通常の熱処理炉を用いて、小ローラ試験片と同じ条件で焼戻しを行った。
【0112】
[ビッカース硬さ試験]
高周波焼入れ後の各試験番号の小ローラ試験片の周面FP(直径26mmの部分)、及び、曲げ疲労強度試験片の平行部のビッカース硬さを測定した。具体的には、小ローラ試験片の周面FP及び曲げ疲労強度試験片の平行部の表面の任意の3点に対して、JIS Z 2244(2009)に準拠したビッカース硬さ試験を実施した。このときの試験力は9.8Nとした。得られたビッカース硬さの平均値を、その試験番号のビッカース硬さ(HV)と定義した。曲げ疲労強度試験片で得られたビッカース硬さの平均値は、小ローラ試験片で得られたビッカース硬さの平均値と同じであった。そのため、高周波焼入れ後のビッカース硬さは、小ローラ試験片での測定結果の平均値とした。測定結果を表2に示す。
【0113】
[面疲労強度試験]
ローラピッチング試験により、面疲労強度を求めた。ローラピッチング試験は、上記の小ローラ試験片と大ローラ試験片とを組合せて実施した。図3は大ローラ試験片の正面図である(図3中の寸法の単位はmm)。大ローラ試験片は、JIS規格SCM420Hの規格を満たす鋼からなり、一般的な製造工程、つまり、焼きならし、試験片加工、ガス浸炭炉による共析浸炭、低温焼戻し及び研磨、の工程によって作製された。ローラピッチング試験の条件は次のとおりである。
【0114】
試験機:ローラピッチング試験機
試験片:小ローラ試験片(直径26mm)、
大ローラ試験片(直径130mm)、接触部150mmR
最大面厚:3600MPa
試験数 :6個
すべり率:−40%
小ローラ回転数:2000rpm
周速:小ローラ:2.72m/s、大ローラ:3.81m/s
潤滑油温度:90℃
使用オイル:オートマチック用オイル
【0115】
各試験番号について、ローラピッチング試験における試験数は6とした。試験後、縦軸に面圧、横軸にピッチング発生までの繰り返し数をとったS−N線図を作成した。繰り返し数2.0×107回までピッチングが発生しなかったもののうち、最も高い面圧を面疲労強度とした。なお、小ローラ試験片の表面が損傷している箇所のうち、最大のものの面積が1mm2以上になった場合をピッチング発生と定義した。
【0116】
表2に、試験により得られた面疲労強度を示す。表2中の面疲労強度では、試験番号21の面疲労強度を基準値(100%)とした。そして、各試験番号の面疲労強度を、基準値に対する比(%)で示した。面疲労強度が100%以上であれば、優れた面疲労強度が得られたと判断した。
【0117】
[曲げ疲労強度試験]
上述の曲げ疲労試験片を用いて小野式回転曲げ疲労強度試験を実施し、曲げ疲労強度を求めた。
【0118】
各試験番号について、小野式回転曲げ疲労強度試験における試験数は7とした。室温大気雰囲気中で疲労試験を実施し、縦軸に負荷応力、破損までの繰り返し数をとったS−N線図を作成した。繰り返し数1.0×107回まで破損しなかったもののうち、最も高い負荷応力を曲げ疲労強度とした。
【0119】
表2に、試験により得られた曲げ疲労強度を示す。表2中の曲げ疲労強度では、試験番号21の曲げ疲労強度を基準値(100%)とした。そして、各試験番号の曲げ疲労強度を、基準値に対する比(%)で示した。曲げ疲労強度が115%以上であれば、優れた曲げ疲労強度が得られたと判断した。
【0120】
[切削性評価試験片の作製]
切削性評価試験片を次の方法で作製した。面疲労強度試験片と同様に、各試験番号の棒鋼を、1200℃で30分加熱した。次に、加熱後の棒鋼に対して熱間鍛造を実施し、直径35mmの丸棒を製造した。熱間鍛造時の仕上げ温度は950℃以上であった。熱間鍛造により製造された丸棒を機械加工して、直径30mm、高さ15mmの円盤状試験片(以下、切削性試験片という)に仕上げた。
【0121】
[切削性評価試験]
作製された切削性試験片に対して、ドリル加工による切削性評価試験を実施した。具体的に、加工穴の総深さが1000mmとなるまで、一定の切削速度でドリル加工を実施した。加工穴深さが1000mmとなった場合、ドリル加工をいったん終了した。そして、切削速度をさらに高めて設定し、設定された切削速度で、加工穴の総深さが1000mmとなるまで、ドリル加工を再度実施した。同様に、切削速度を高めながら順次ドリル加工を実施し、加工穴の総深さが1000mm以上可能な最大切削速度(m/min)を求めた。最大切削速度は通常、工具寿命の評価指標として用いられており、最大切削速度が大きいほど工具寿命が良好であると判断できる。各試験番号について最大切削速度を求めた。
【0122】
切削性評価試験のドリル加工条件は次のとおりであり、ドリル加工時、水溶性の切削油を使用した。
切削ドリル:φ3mmハイスドリル
切削速度:10〜90m/min
送り:0.25mm/rev
【0123】
表2に、試験により得られた切削性評価を示す。表2中の切削性評価では、試験番号21の切削性評価を基準値(100%)とした。そして、各試験番号の切削性評価を、基準値に対する比(%)で示した。最大切削速度が135%以上であれば、優れた切削性が得られたと判断した。
【0124】
[評価結果]
表1及び表2を参照して、試験番号1〜20の鋼では、化学組成が適切であり、式(1)〜式(3)を満たした。さらに、精錬工程における製造条件は適切であった。そのため、ミクロ組織はフェライト・パーライト組織であり、パーライト分率は85%以上であった。さらに、複合介在物比率Raは20%以上であった。さらに、ビッカース硬さは730HV以上であった。その結果、面疲労強度は100%以上であり、優れた面疲労強度が得られた。さらに、曲げ疲労強度は115%以上であり、優れた曲げ疲労強度が得られた。さらに、切削性も135%以上であり、優れた切削性が得られた。
【0125】
一方、試験番号22では、Si含有量が低すぎた。そのため、Al23介在物を複合介在物に十分に改質できず、複合介在物比率Raが20%未満であった。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。
【0126】
試験番号23では、Mn含有量が高すぎた。そのため、圧延後の組織にベイナイトが生成し、パーライト分率が85%未満であった。その結果、高周波焼入れ後の鋼材のビッカース硬さが730HV未満であった。その結果、面疲労強度が100%未満となり、優れた面疲労強度が得られなかった。さらに、切削性が135%未満であり、優れた切削性が得られなかった。
【0127】
試験番号24では、Mn含有量が低すぎた。そのため、高周波焼入れ後の鋼材の強度が低く、高周波焼入れ後の鋼材のビッカース硬さが730HV未満であった。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。
【0128】
試験番号25では、Cr含有量が高すぎた。そのため、高周波焼入れ後の鋼材の強度が低く、高周波焼入れ後の鋼材のビッカース硬さが730HV未満であった。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。高周波焼入れ時にセメンタイトが十分に固溶せず、焼入れによるマルテンサイトが均一に生成しなかったためと考えられる。
【0129】
試験番号26では、Al含有量が高すぎた。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。粗大なAl23介在物が多量に生成したためと考えられる。
【0130】
試験番号27では、Al含有量が低すぎた。その結果、切削性が135%未満であり、優れた切削性が得られなかった。
【0131】
試験番号28では、B含有量が低すぎた。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。さらに、曲げ疲労強度が115%未満であり、優れた曲げ疲労強度が得られなかった。
【0132】
試験番号29では、Ti含有量が低すぎた。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。さらに、曲げ疲労強度が115%未満であり、優れた曲げ疲労強度が得られなかった。
【0133】
試験番号30では、Ca含有量が高すぎた。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。粗大な酸化物系介在物が生成したためと考えられる。
【0134】
試験番号31では、Ca含有量が低すぎた。そのため、複合介在物比率Raが20%未満であった。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。
【0135】
試験番号32及び33では、Fn1が式(1)を満たさなかった。そのため、ミクロ組織にベイナイトが生成した。その結果、切削性が135%未満であり、優れた切削性が得られなかった。
【0136】
試験番号34及び35では、Fn2が式(2)を満たさなかった。そのため、パーライト分率が85%未満であった。そのため、不完全焼入れが生じ、ビッカース硬さが730HV未満であった。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。
【0137】
試験番号36及び37では、Fn3が式(3)を満たさなかった。そのため、ビッカース硬さが730HV未満であった。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。高周波焼入れ時に未固溶のセメンタイトが残存したためと考えられる。
【0138】
試験番号38及び39では、化学組成が適切であり、式(1)〜式(3)を満たした。しかしながら、精錬工程中の加熱保持工程において、ts/τ(保持時間/均一混合時間)が低かった。そのため、複合介在物比率Raが20%未満となった。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。
【0139】
試験番号40では、化学組成が適切であり、式(1)〜式(3)を満たした。しかしながら、Al、Si、Caの添加順が適切でなかった。そのため、複合介在物比率Raが20%未満となった。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。
【0140】
試験番号41では、化学組成が適切であり、式(1)〜式(3)を満たした。しかしながら、仕上げ圧延後の平均冷却速度が速すぎた。そのため、ミクロ組織にベイナイトが生成した。そのため、パーライト分率が85%未満であった。その結果、面疲労強度が100%未満であり、優れた面疲労強度が得られなかった。さらに、曲げ疲労強度が115%未満であり、優れた曲げ疲労強度が得られなかった。さらに、切削性が135%未満であり、優れた切削性が得られなかった。
【0141】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1
図2
図3