【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度経済産業省「戦略的基盤技術高度化支援事業」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Mnを28mass%含有するFe―Mn―Si三元合金であるFMS鋼同士、またはFMS鋼と、590MPa以上の引張強度を有する建築用高強度鋼とが、請求項1に記載の溶接ワイヤによって希釈率が20%以上30%以下で溶接され、溶接金属の化学組成がFA凝固モードであることを特徴とする溶接継ぎ手。
【背景技術】
【0002】
日本は、常に大地震の脅威に曝されており、昨今の大震災では、超高層ビルが共振して激しく揺れる長周期地震動の問題も注目され、制震技術の高度化が求められている。構造物の耐震、制震技術として、ブレース、制震ゴム、油圧ダンパーなどが知られている(特許文献1)。独立行政法人物質・材料研究機構は、Mnを28mass%含有するFMS鋼をこれまでに開発している(特許文献2)。なお、FMS鋼におけるMnの含有量である28mass%とは、有効数字を考慮して27.5mass%以上28.5mass%未満の範囲に相当する。
【0003】
このFMS鋼は、疲労特性に優れ、形状記憶特性を持つため、制震ダンパーとして使用することができる。FMS鋼の母相のオーステナイト相では、一般の金属の変形が「すべり変形」によって進むのに対して、地震の揺れの初期段階の変形時に「すべり変形」に代わって「応力誘起マルテンサイト変態」という結晶構造の変化によって変形が進行する。この変形によって生じたマルテンサイト相は、熱を加えることによって、母相であるオーステナイト相に戻すことができるが、熱の代わりに最初に加えた変形と逆向きの変形を付与することによってもオーステナイト相に復元する(特許文献1、2、3)。
【0004】
地震による繰り返し振動という外力を受けたとき、従来型の金属ダンパー(極低降伏点鋼)ではすべり変形が蓄積して金属疲労が急速に進む。これに対して、FMS鋼では応力誘起マルテンサイト変態とその逆変態の繰り返しによって地震のエネルギーが吸収されるため、疲労特性が非常に優れたメンテナンスフリーの制震ダンパーを実現することができる(非特許文献2)。
【0005】
ところで、FMS鋼を「部材化」して制震ダンパーを形成する場合、板材からH型鋼のような大断面形状を有する部材を作製する溶接技術や、建築用高強度鋼と接続するための溶接技術が必要不可欠となる。非特許文献1には、FMS鋼同士、またはFMS鋼と、引張強度が780MPaである建築用高強度鋼(JIS G 3128、以下、HT780鋼と記す)との溶接例として、従来の溶接材料であるY309溶接ワイヤ(JIS Z3221)の使用しか記載されていない。溶接した溶接継ぎ手が、その溶接部の引張強度、疲労特性、衝撃値などの制震ダンパーに要求される特性を満足しているかどうかは、非特許文献1には何ら開示も示唆もされていない。また、非特許文献1には、Mn含有量の比較的高いFMS鋼の溶接に最適な溶接ワイヤに関する情報は記載されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
実際、独立行政法人物質・材料研究機構が開発したFMS鋼(非特許文献1)を市販の溶接材料で溶接すると、凝固割れが生じ、良質な溶接継ぎ手が得られなかった。
【0009】
そこで、本発明は、溶接金属の凝固モードを制御し、凝固割れが生じず、母材と同等またはそれを超える引張強度および疲労特性を有し、制震ダンパーなどとして使用に堪えうる溶接継ぎ手を実現する溶接ワイヤと、この溶接ワイヤを用いて溶接した溶接継ぎ手を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するものとして、本発明の溶接ワイヤは、Mnを28mass%含有するFe―Mn―Si三元合金であるFMS鋼同士の溶接、およびFMS鋼と590MPa以上の引張強度を有する建築用高強度鋼との溶接の両方に用いられる溶接ワイヤであって、溶接ワイヤは、化学組成成分として、Cr、Ni、Mn、Mo、Si、AlおよびCを含有し、残部がFeおよび不可避成分からなるものであり、かつmass%で示した化学組成成分の含有量が、次式1で規定されるCr当量(Cr
eq)および次式2で規定されるNi当量(Ni
eq)で示されるシェフラー型組織図における点P(18.71,10.05)、点Q(17.12,7.46)および点R(7.80,2.68)の3点で囲まれる領域の範囲内に入る(ここで、点座標は(Cr
eq,Ni
eq)である)ことを特徴としている。
式1
Cr当量(Cr
eq)=(mass%Cr)+(mass%Mo)+1.5×(mass%Si)+0.5×(mass%Nb)
式2
Ni当量(Ni
eq)=(mass%Ni)+30×(mass%C)+0.5×(mass%Mn)
【0011】
本発明の溶接継ぎ手は、Mnを28mass%含有するFe―Mn―Si三元合金であるFMS鋼同士、またはFMS鋼と、590MPa以上の引張強度を有する建築用高強度鋼とが、上記溶接ワイヤによって溶接されていることを特徴としている。
【0012】
本発明の溶接継ぎ手においては、溶接金属のδフェライトの体積率が72%以下であり、かつ溶接金属の引張強度が660MPa以上であることが好ましい。
【0013】
本発明の溶接継ぎ手においては、応力振幅±387MPaにおける疲労寿命がFMS鋼と同等の12000回以上であることが好ましい。
【0014】
本発明の溶接継ぎ手においては、溶接金属のシャルピー衝撃値が−20℃以上で100J以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の溶接ワイヤによれば、FMS鋼同士の溶接、およびFMS鋼と、590MPa以上の引張強度を有する建築用高強度鋼との溶接の両方が可能となる。
【0016】
本発明の溶接継ぎ手によれば、FMS鋼を「部材化」してH型鋼のような大断面形状を有する部材を実現することができ、制震ダンパーなどとしての使用が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
建築構造用圧延鋼材(JIS G 3136)では、降伏点(YP)および引張強度(TS)の上下限値、降伏比(YR)の上限、ならびに板厚方向の絞り値の下限が設定され、かつ0℃におけるシャルピー衝撃値の下限が27Jに規定されている。一般的な重層構造物では、通常の溶接をする場合、シャルピー衝撃値は0℃で70J以上が望ましいと規定され(JIS Z 3312)、このシャルピー衝撃値を満足する溶接材料が開発されている。そこで、FMS鋼同士、およびFMS鋼と、590MPa以上の引張強度を有する建築用高強度鋼との溶接継ぎ手では、溶接金属のシャルピー衝撃値に関し、−20℃で100J以上を目標値とした。
【0019】
溶接金属の特性は、溶接金属の化学組成を示すシェフラー型組織図上にプロットすることにより把握することができる。一般に、溶接金属では、種々の凝固モードで凝固が生じ、凝固モードは溶接金属の化学組成によって変化する。溶接金属の凝固割れを抑制するためには、溶接金属がFA凝固モードとなるように溶接ワイヤの化学組成を選定することが有効である。ここで、FA凝固モードとは、鉄鋼材料の凝固において、液相からまずフェライト相が晶出し、その後オーステナイト相が晶出する凝固モードであり、凝固割れ感受性を低くすることができる。このようなFA凝固モードは、
図1に示したシェフラー型組織図においてハッチングした領域となる。溶接金属の化学組成は、溶接条件や開先形状、希釈率などにより異なるが、これらを考慮して溶接金属がFA凝固モードとなるような溶接ワイヤの化学組成を選択する。なお、希釈率とは、全溶接金属量に対する母材溶融量の割合である。
【0020】
一般的なV開先に消耗電極式溶接(GMA溶接)を行ったときの溶接金属の希釈率は20%以上30%以下となる。この条件下でFMS鋼同士の溶接継ぎ手における溶接金属の化学組成がFA凝固モードとなれば、溶接金属の凝固割れを抑制することができる。同様に、FMS鋼と、引張強度が780MPa以上となる建築用高強度鋼(たとえば、HT780鋼)との溶接継ぎ手における溶接金属の化学組成についても、FA凝固モードとなれば、溶接金属の凝固割れを抑制することができる。
【0021】
まず、FMS鋼同士の溶接について説明する。FMS鋼の化学組成の一例を表1に示した。この化学組成に基づいて点座標(Cr
eq,Ni
eq)をシェフラー型組織図上にプロットすると、
図2に示した点gとなる。溶接ワイヤに関し、仮の点座標(Cr
eq,Ni
eq)をシェフラー型組織図上にプロットし、点hとする。溶接金属の化学組成に基づく点は線分gh上にあり、これを点iとする。点iのシェフラー型組織図上における位置は希釈率により変化するので、希釈率が20以上30%以下のときに点iがFA凝固モードの領域に入るように溶接ワイヤの化学組成に関する点座標、すなわち、点hを決める。なお、Cr当量(Cr
eq)およびNi当量(Ni
eq)は、次式1および2により規定される。
【0022】
式1
Cr当量(Cr
eq)=(mass%Cr)+(mass%Mo)+1.5×(mass%Si)+0.5×(mass%Nb)
式2
Ni当量(Ni
eq)=(mass%Ni)+30×(mass%C)+0.5×(mass%Mn)
【0024】
次に、FMS鋼と、590MPa以上の引張強度を有する建築用高強度鋼との溶接継ぎ手について説明する。FMS鋼として表1に示した化学組成を一例として取り上げて説明すると、この化学組成に基づく点座標(Cr
eq,Ni
eq)は、
図2に示したシェフラー型組織図の点gである。590MPa以上の引張強度を有する建築用高強度鋼の化学組成に基づく点座標(Cr
eq,Ni
eq)は、
図2に示したシェフラー型組織図の点sである。FMS鋼と建築用高強度鋼では融点が異なるため、溶接時に溶融する割合が異なる。そこで、溶接試験により溶融する割合を調べたところ、FMS鋼と建築用高強度鋼の溶融割合は1:3であることが確認された。この事実に基づき線分sgを1:3に内分する点tが得られる。そして、溶接ワイヤに関し、仮の点座標(Cr
eq,Ni
eq)をシェフラー型組織図上にプロットし、点uとする。FMS鋼と建築用高強度鋼の溶接継ぎ手では、溶接金属の化学組成に基づく点は線分tu上にあり、これを点vとする。点vのシェフラー型組織図における位置は、点iと同様に希釈率により変化する。希釈率が20以上30%以下のときに点vがFA凝固モードの領域に入るように溶接ワイヤの化学組成に関する点座標、すなわち、点uを決める。
【0025】
上記のとおりの点hおよび点uが取り得る範囲が相互に重なり合う部分が、
図3に示したシェフラー型組織図における灰色で示した領域である。
【0026】
また、溶接継ぎ手は、その引張強度が母材の引張強度よりも高いことが望ましい。そこで、良好な引張強度が得られる溶接金属の化学組成を検討した結果、溶接金属の金属微細組織が、マルテンサイト単相、またはマルテンサイト相とδフェライト相の2相組織を有し、かつδフェライト相の体積率が72%以下となることが有効であることが見出された。δフェライト相と引張強度の関係を表2と
図4に示した。溶接金属内にδフェライト相の体積率が72%より高くなる領域では、この領域の引張強度が、母材であるFMS鋼の引張強度よりも低くなる。このため、溶接継ぎ手は溶接金属の部分で破断する。一方、δフェライト相の体積率が72%以下であると、溶接金属の引張強度が
母材であるFMS鋼の引張強度以上となり、溶接継ぎ手は溶接金属の部分で破断しにくくなり、破断は母材で起こりやすくなる。
【0028】
実際に、溶接継ぎ手の引張強度を調べ、溶接金属で破断したときの溶接ワイヤの化学組成と、母材であるFMS鋼で破断したときの溶接ワイヤの化学組成をCr当量およびNi当量として表3に示し、かつ
図5に示したシェフラー型組織図上にプロットした。
図5において溶接金属で破断したときの溶接ワイヤの化学組成に対応する点座標(Cr
eq,Ni
eq)は×印で、FMS鋼で破断したときの溶接ワイヤの化学組成に対応する点座標(Cr
eq,Ni
eq)を☆印で示した。これらのプロットに基づき、溶接金属での破断とFMS鋼での破断の境界である直線kが求められる。
【0030】
また、化学組成を変えた(具体的には、Cr当量およびNi当量を変えた)溶接金属について、δフェライト相の体積率量を調べ、表4に示した。これらの溶接金属の化学組成に対応する点座標(Cr
eq,Ni
eq)を
図5に示したシェフラー型組織図上に併せてプロットした。このプロットにおいて、δフェライト相の体積率が72%より低い場合を○印とし、高い場合を黒四角印とした。直線kよりも左側の領域ではδフェライト相の体積率が72%より低く、母材であるFMS鋼で破断することが確認される。そこで、
図3に示したシェフラー型組織図に直線kを併記した。
【0032】
以上より、FMS鋼同士の溶接継ぎ手、およびFMS鋼と、590MPa以上の引張強度を有する建築用高強度鋼との溶接継ぎ手の両方に対し、希釈率が20%以上30%以下で溶接金属がFA凝固モードとなり、母材であるFMS鋼または建築用高強度鋼で破断するためには、溶接ワイヤの化学組成は、直線kよりも左側の領域に入る必要がある。つまり、溶接ワイヤの化学組成は、
図3に示したシェフラー型組織図における点P(18.71,10.05)、点Q(17.12,7.46)および点R(7.80,2.68)の3点で囲まれる領域の範囲内に入るものとして定義付けられる。
【0033】
なお、490MPa級の低強度鋼(SM490、JIS G 3106)、600MPa級の高強度鋼(SM590、JIS G 3106)および800MPa級の高強度鋼(HT780、本州四国連絡橋公団(HBS G 3102))では、Cr当量やNi当量の値は、表5に示したように各鋼間で大きくは異ならないので、シェフラー型組織図上ではほぼ同じ位置にプロットされる。このため、400MPa級の低強度鋼、600MPa級の高強度鋼および800MPa級鋼と、FMS鋼との溶接には、化学組成が上記のとおりに定義付けられる溶接ワイヤを等しく適用することが可能である。得られる溶接継ぎ手は、FMS鋼同士の溶接継ぎ手、およびFMS鋼と、590MPa以上の引張強度を有する建築用高強度鋼との溶接継ぎ手のどちらの場合にも、応力振幅±387MPaにおける疲労寿命がFMS鋼と同等の12000回以上であるものとして実現可能である。
【0035】
FMS鋼の化学組成は、一般には、mass%表示において、
Mn:27.5%以上28.4%未満
Si: 2.0%以上10.0%未満
を含有し、付加的に、
Cr:0%以上12.0%未満
Ni:0%以上4.0%未満
Al:0%以上10.0%未満
の含有が許容され、
残部:Feおよび不可避的不純物元素
が例示される。
【0036】
また、590MPa以上の引張強度を有する建築用高強度鋼の化学組成は、たとえば、HT590により例示される。HT590の化学組成は、mass%表示において、
C:0.11
Si:0.23
Mn:1.39
P:0.012
S:0.003
V:0.05
残部:Feおよび不可避的不純物元素
である。
【0037】
<実施例1>
FMS鋼―FMS鋼の突き合わせ溶接継ぎ手、およびFMS鋼―HT780鋼の突き合わせ溶接継ぎ手に関し、溶接時の希釈率が30%である場合に、溶接金属がFA凝固モードとなる開発溶接ワイヤ1を試作した。その化学組成を表6に示した。開発溶接ワイヤ1の化学組成に基づく点座標(Cr
eq,Ni
eq)は、
図3に示したシェフラー型組織図の点P、点Qおよび点Rで囲まれる領域内に入る。
【0039】
この溶接ワイヤを使用し、板厚16mm、60°のV開先で、シールドガスにAr+2%O
2混合ガスを用いたMIG溶接を行った。溶接金属は、すべてFA凝固モードで凝固し、溶接金属には割れは生じなかった。
【0040】
<実施例2>
溶接金属の強度を調べるために、溶接金属からJIS Z 3121 1A号試験片を切り出し、室温での引張試験を行った。その結果を表7に示した。また、比較のために、FA凝固モードで凝固したが、点座標(Cr
eq,Ni
eq)で示される化学組成が、
図3に示した直線kよりも右側にプロットされる比較溶接ワイヤ1および2を試作した。その化学組成を表6に併せて示した。これらの比較溶接ワイヤ1および2を使用し、実施例1と同様に、板厚16mm、60°のV開先で、シールドガスにAr+2%O
2混合ガスを用いたMIG溶接を行った。得られた溶接継ぎ手における溶接金属の引張試験を行った。その結果を表7に併せて示した。
【0042】
開発溶接ワイヤ1を使用して溶接して得られた溶接継ぎ手は、すべてFMS鋼で破断した。これに対し、比較溶接ワイヤ1を使用して得られた溶接継ぎ手は、すべて溶接金属で破断し、比較溶接ワイヤ2を使用して得られた溶接継ぎ手の一部は、溶接金属部で破断した。
【0043】
<実施例3>
溶接金属の引張強度に及ぼすδフェライト相の体積率の影響を調べた。開発溶接ワイヤ1と比較溶接ワイヤ1を使用し、板厚16mm、60°Vの開先で、シールドガスにAr+2%O
2混合ガスを用いたMIG溶接を行い、溶接金属から平行部の長さ1mm、幅1mm、厚み0.5mm微小引張試験片を切り出した。δフェライト相の体積率が0%、10%、30%、51%、63%、72%および90%になる微小引張試験片に対して、室温において引張試験を行った。微小引張試験片のδフェライト相の体積率の測定値と微小引張試験を行った結果は表2に示したとおりである。なお、表2には、FMS鋼とHT780鋼について微小引張試験を行った結果を併せて示した。また、引張強度とδフェライト相の体積率の関係は
図4に示したとおりである。微小試験片の引張強度は、δフェライト相の体積率の増加にともない、約900MPaから500MPaまで減少し、δフェライト相の体積率が72%を超えると、母材であるFMS鋼の引張強度未満で破断した。
【0044】
<実施例4>
溶接継ぎ手の強度を調べるために、開発溶接ワイヤ1(試験体番号3)と比較溶接ワイヤ1(試験体番号7)について、板厚16mm、60°のV開先で、シールドガスにAr+2%O
2混合ガスを用いたMIG溶接を行い、溶接金属の化学組成を調べた。溶接部の断面は
図6に示したとおりである。溶接部の1層目を領域1、2層目を領域2、3層目を領域3、4層目領域4、5層目を領域5として、各領域1〜5における溶接金属の化学組成を分析した。その結果を表8に示した。開発溶接ワイヤ1(試験体番号3)では、すべての領域1〜5でδフェライト相の体積率が3%以下であった。また、表3に示したように、引張試験において溶接継ぎ手は、母材であるFMS鋼で破断した。これに対し、比較溶接ワイヤ1(試験体番号7)では、δフェライト相の体積率が72%以上となる領域が存在した。表3に示したように、引張試験において溶接継ぎ手は、溶接金属で破断した。
【0046】
図7は、溶接継ぎ手における溶接部の金属組織を示した写真である。開発溶接ワイヤ1を使用して溶接した溶接継ぎ手である試験体番号3では、表8に示したように、δフェライト相の体積率は最大で3%となり、
図7に示したように、90%以上がεマルテンサイト相からなるニアマルテンサイト組織であった。これに対し、比較溶接ワイヤ1を使用して溶接した溶接継ぎ手である試験体番号7では、表8に示したように、δフェライト相の体積率が72%を超える領域が存在し、
図7に示したように、針状のεマルテンサイト相とδフェライト相の二相組織となった。
【0047】
<実施例5>
開発溶接ワイヤ1、比較溶接ワイヤ1および比較溶接ワイヤ2を使用し、板厚16mm、60°のV開先で、シールドガスにAr+2%O
2混合ガスを用いたMIG溶接を行い、FMS鋼―FMS鋼の溶接継ぎ手とFMS鋼―HT780鋼の溶接継ぎ手とを作製した。これらの溶接継ぎ手について応力振幅一定条件における疲労試験を行った。その結果を表9に示した。FMS鋼―FMS鋼の溶接継ぎ手とFMS鋼―HT780鋼の溶接継ぎ手との両方において、応力振幅±387MPaにおける疲労寿命がFMS鋼と同等の12000回以上になるのは、開発溶接ワイヤ1を使用して溶接した溶接継ぎ手のみであった。
【0049】
また、溶接継ぎ手について、溶接金属のシャルピー試験を行った。その結果を表10に示した。
【0051】
FMS鋼―FMS鋼の溶接継ぎ手では、開発溶接ワイヤ1と比較溶接ワイヤ2を使用して溶接した場合に、シャルピー吸収エネルギーは、すべての試験温度で100J以上となったが、比較溶接ワイヤ1を使用して溶接した場合に、−50℃でのシャルピー吸収エネルギーが100J未満となった。
【0052】
また、FMS鋼―HT780鋼の溶接継ぎ手では、開発溶接ワイヤ1を使用して溶接した場合、比較溶接ワイヤ1および2を使用して溶接した場合よりも、0℃以上でのシャルピー吸収エネルギーが大きくなった。比較溶接ワイヤ2を使用して溶接した場合は、すべての試験温度でシャルピー吸収エネルギーは100J未満となった。
【0053】
以上から、FMS鋼―FMS鋼の溶接継ぎ手およびFMS鋼―HT780鋼の溶接継ぎ手において、良好なシャルピー吸収エネルギーが得られるのは、開発溶接ワイヤ1を使用して溶接した場合のみであることが確認された。