【実施例】
【0061】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0062】
実施例1: 天然型(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼの取得
(1) (R)−ヒドロキシニトリルリアーゼの精製
ヤンバルトサカヤスデ(Chamberlinius hualienensis)を、鹿児島県にて、その異常発生が認められた2010年11月、2011年11月および2012年8月に捕獲した。捕獲したヤスデは、ドライアイスを入れた容器中で冷却し、使用するまで−80℃で保管した。
図1は、生きているヤンバルトサカヤスデの写真である。
【0063】
冷凍保存されていた上記ヤンバルトサカヤスデ(合計2kg)を、液体窒素中、乳鉢と乳棒を使って磨り潰した。得られた微粒子を、氷冷しつつ、20mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)中で3時間以上撹拌することによって懸濁した。得られた懸濁液を多層に重ねた綿ガーゼに注意深く通すことで、固形物を除去した。得られた溶液をサケ精液から得られた硫酸プロタミン(ナカライテスク社製)で30分間処理した後、4℃、28500×gで30分間遠心分離した。得られた上清から、以下に示す条件により酵素を精製した。なお、以下の操作は、0〜4℃で行った。
【0064】
先ず硫安分画を行い、次いでカラムクロマトグラフィにより、上記上清から(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼを精製した。カラムクロマトグラフィでは、DEAE樹脂(TOSOH社製,「DEAE−TOYOPEARL(登録商標)−650M」)、疎水性樹脂(TOSOH社製,「Butyl−TOYOPEARL(登録商標)」−650M)、陰イオン交換カラム(GEヘルスケアバイオサイエンス社製,「Q−Sepharose FF」)、強陰イオン交換カラム(GEヘルスケアバイオサイエンス社製,「MonoQTM 5/50 GL」)、およびゲルろ過クロマトグラフィカラム(GEヘルスケアバイオサイエンス社製,「Superdex 75」および「Superdex 200 10/300GL」)を用いた。また、精製工程毎に、以下に示す条件で酵素活性を測定した。以下、(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼを「R−ChHNL」と略記する。
【0065】
(2) 酵素活性の測定
ヒドロキシニトリルリアーゼの酵素活性は、ベンズアルデヒドを基質とし、以下のとおりにして測定した。即ち、400mMクエン酸緩衝液(pH4.2,760μL)に、基質としてベンズアルデヒドの1.25M DMSO溶液(40μL)、適量の酵素液(最大100μL)を混合した。次に1M KCN(100μL)を加えて合成反応を開始し、22℃で5分間反応させた。反応後、反応液100μLを回収し、n−ヘキサン:2−プロパノール=85:15の混合液を加えて激しく撹拌し、4℃、16000gで3分間遠心分離した。有機層(500μL)を回収した。
得られた有機層(5μL)を、下記条件のHPLCで分析した。
カラム: キラルOJ−Hカラム(Daicel社製)
溶離液: n−ヘキサン:2−プロパノール=85:15
流速: 1mL/min
カラムオーブン温度: 30℃
検出: 254nm
保持時間: ベンズアルデヒド − 5.5分
(R)−マンデロニトリル − 12分
(S)−マンデロニトリル − 14分
【0066】
また、基質であるベンズアルデヒドの消費は、280nmの吸光度測定によりモニターした。表1に、精製工程毎の酵素データを示す。
【0067】
【表1】
【0068】
また、ラセミ体マンデロニトリルからベンズアルデヒドへの分解反応の活性は、以下のように測定した。2mMのラセミ体マンデロニトリルを含む100mMクエン酸緩衝液(pH5.0−5.5)に酵素溶液を添加し、緩やかに撹拌し、22℃で1〜2分間反応させ、ベンズアルデヒドの生成量を280nmの吸光度で測定した。ベンズアルデヒドの分子吸光係数としては、ε
280=1.4mM
-1cm
-1を適用した。精製酵素のシアノヒドリン合成方向への活性は、シアノヒドリン分解方向の活性より2.6倍高かった。
【0069】
実施例2: 天然型(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼの構造の分析
(1) 分子質量と4次構造の分析
上記実施例1で精製されたR−ChHNLの単量体サブユニットのサイズを、分子量マーカー(Bio−Rad社製)を用いたSDS−PAGEにより分析した。分子量と4次構造は、GEヘルスケア社製のSuperdex 10/300GLを用いたゲルろ過クロマトグラフィにより求めた。詳細は、Dadashipourら,Journal of Biotechnology,153, pp.100−110(2011)(以下、当該文献を「Dadashipourら(2011)と略記する)を参照した。SDS−PAGEの結果を
図2(A)に示す。
図2(A)中、1は、上から97.4kDa、66.2kDa、45kDa、31kDa、21.5kDaおよび14.4kDaの分子量マーカーのレーンであり、2は精製R−ChHNLのレーンである。
【0070】
SDS−PAGEとゲルろ過の結果から、R−ChHNLの分子質量は47.3kDaであり、分子質量24.8kDaのサブユニットのホモダイマーであることが明らかになった。
【0071】
(2) 糖鎖の有無
糖鎖の有無は、Pierce Glycoprotein Staining kit(Thermo Scientific社製)を用いて確認した。詳しくは、SDS−PAGEゲルにおいて、グリコプロテインに含まれるcis−ジオールを過ヨウ素酸によりアルデヒドに酸化し、生成したアルデヒド基をシッフ塩基に変換して赤紫色に発色させ、糖鎖の有無を確認した。かかる反応でR−ChHNLの糖鎖の有無を確認した結果を、代表的なグリコプロテインである西洋ワサビペルオキシダーゼの結果と共に
図2(B)に示す。
図2(B)中、1はR−ChHNLのレーンであり、2は西洋ワサビペルオキシダーゼのレーンである。
【0072】
(3) 分光分析
R−ChHNLを20mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に溶解し、紫外可視近赤外分光光度計(島津製作所社製,「UV2600」)で210〜600nmの範囲で測定することにより、補欠分子族を検出した。また、R−ChHNLを、室温、pH7.0で、分光計(Jasco社製,「720 Circular Dichroism Spectrophotometer)により170〜300nmの範囲で分析した。さらに、赤外分光光度計(Waltham社製,「Perkin−Elmer IR Spectrum 100」)を用い、精製酵素の二次構造を推定した。R−ChHNLの紫外・可視・近赤外スペクトル、赤外スペクトル、および円偏光二色性スペクトルを測定した。それぞれの結果を
図3(A)〜(C)に示す。
【0073】
紫外・可視・近赤外スペクトルの測定結果(
図3(A))によれば、R−ChHNLは補酵素FADを含まない。また、赤外スペクトルの測定結果(
図3(B))によれば、1645/cmのピークから、R−ChHNLはβ−リッチなタンパク質であることが分かる。さらに、円偏光二色性スペクトルの測定結果(
図3(C))によれば、222nmの円二色性から、R−ChHNLはα−リッチではないことが明らかとなった。
【0074】
実施例3: 組換え型(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼの製造
(1) R−ChHNLをコードするcDNAのクローニング:
ヤンバルトサカヤスデを氷温麻酔し、ピンセットを用いてその体節側方突起を集めた。取得された組織をtotal RNA分離用試薬(インビトロゲン社製,「TRIzol Reagent」)に添加し、ディスポーザブルホモジナイザー(Nippi社製,「BioMasher II」)を使ってホモジェナイズした。指示書に基づいてRNAを抽出した。5’/3’−RACEのためのcDNAを、Clontech Laboratories社製のSMART RACE cDNA Amplification KitとSMARTScribe Reverse Transcriptaseを使って合成し、RNase H(タカラバイオ社製)で処理した。
【0075】
(2) プライマーの設計
in−gel digestion法(APROライフサイエンス研究所)を用いて若しくは用いずに、エドマン分解法により精製したR−ChHNLのアミノ酸配列を決定した。決定されたアミノ酸配列に基づいて、以下の縮重プライマーを設計した。
【0076】
PKAAINPIQEf: 5'-CC(A/C/G/T)AA(A/G)GC(A/C/G/T)GC(A/C/G/T)AT(A/T/C)AA(C/T)CC(A/C/G/T)AT(A/T/C)CA(A/G)GA-3'(配列番号4)
APTALDIKf1: 5'-GC(A/C/G/T)CC(A/C/G/T)AC(A/C/G/T)GC(A/C/G/T)TT(A/G)GA(C/T)AT(A/C/T)AA-3'(配列番号5)
APTALDIKf2: 5'-GC(A/C/G/T)CC(A/C/G/T)AC(A/C/G/T)GC(A/C/G/T)CT(A/C/G/T)GA(C/T)AT(A/C/T)AA-3'(配列番号6)
APTALDIKr1: 5'-TT(A/G/T)AT(A/G)TC(C/T)AA(A/C/G/T)GC(A/C/G/T)GT(A/C/G/T)GG(A/C/G/T)GC-3'(配列番号7)
APTALDIKr2: 5'-TT(A/G/T)AT(A/G)TC(A/C/G/T)AG(A/C/G/T)GC(A/C/G/T)GT(A/C/G/T)GG(A/C/G/T)GC-3'(配列番号8)
AAINPIQEf: 5'-GC(A/C/G/T)GC(A/C/G/T)AT(A/C/T)AA(C/T)CC(A/C/G/T)AT(A/C/T)CA(A/G)GA-3'(配列番号9)
ATINPIQEf: 5'-GC(A/C/G/T)AC(A/C/G/T)AT(A/C/T)AA(C/T)CC(A/C/G/T)AT(A/C/T)CA(A/G)GA-3'(配列番号10)
LAINPIQEf1: 5'-TT(A/G)GC(A/C/G/T)AT(A/C/T)AA(C/T)CC(A/C/G/T)AT(A/C/T)CA(A/G)GA-3'(配列番号11)
LAINPIQEf2: 5'-CT(A/C/G/T)GC(A/C/G/T)AT(A/C/T)AA(C/T)CC(A/C/G/T)AT(A/C/T)CA(A/G)GA-3'(配列番号12)
LTINPIQEf1: 5'-TT(A/G)AC(A/C/G/T)AT(A/C/T)AA(C/T)CC(A/C/G/T)AT(A/C/T)CA(A/G)GA-3'(配列番号13)
LTINPIQEf2: 5'-CT(A/C/G/T)AC(A/C/G/T)AT(A/C/T)AA(C/T)CC(A/C/G/T)AT(A/C/T)CA(A/G)GA-3'(配列番号14)
AAINPIQEr: 5'-TC(C/T)TG(A/G/T)AT(A/C/G/T)GG(A/G)TT(A/G/T)AT(A/C/G/T)GC(A/C/G/T)GC-3'(配列番号15)
ATINPIQEr: 5'-TC(C/T)TG(A/G/T)AT(A/C/G/T)GG(A/G)TT(A/G/T)AT(A/C/G/T)GT(A/C/G/T)GC-3'(配列番号16)
LAINPIQEr1: 5'-TC(C/T)TG(A/G/T)AT(A/C/G/T)GG(A/G)TT(A/G/T)AT(A/C/G/T)GC(C/T)AA-3'(配列番号17)
LAINPIQEr2: 5'-TC(C/T)TG(A/G/T)AT(A/C/G/T)GG(A/G)TT(A/G/T)AT(A/C/G/T)GC(A/C/G/T)AG-3'(配列番号18)
LTINPIQEr1: 5'-TC(C/T)TG(A/G/T)AT(A/C/G/T)GG(A/G)TT(A/G/T)AT(A/C/G/T)GT(C/T)AA-3'(配列番号19)
LTINPIQEr2: 5'-TC(C/T)TG(A/G/T)AT(A/C/G/T)GG(A/G)TT(A/G/T)AT(A/C/G/T)GT(A/C/G/T)AG-3'(配列番号20)
NCPETHGCFAFf: 5'-AA(C/T)TG(C/T)CC(A/C/G/T)GA(A/G)AC(A/C/G/T)CA(C/T)GG(A/C/G/T)TG(C/T)TT(C/T)GC(A/C/G/T)TT-3'(配列番号21)
NCPETHGCFAFr: 5'-AA(A/C/G/T)GC(A/G)AA(A/G)CA(A/C/G/T)CC(A/G)TG(A/C/G/T)GT(C/T)TC(A/C/G/T)GG(A/G)CA(A/G)TT-3'(配列番号22)
【0077】
なお、配列の前の記号は、縮重プライマーを設計するもとになったアミノ酸配列と、最後のfとrはcDNA塩基配列に対応するプライマーアニーリングの方向を示す。
【0078】
(3) PCR
上記縮重プライマーとポリメラーゼ(Thermo Fisher Scientific社製,「Dream Taq DNA polymerase」,および,Clontec Laboratories製,「Advantage GC2 Polymerase Mix」)を用い、PCRを行った。反応は、94℃で3分間の後、(i)94℃で1分間、(ii)40℃で1分間、(iii)72℃で1分間の(i)〜(iii)のサイクルを70回繰返して行った。次いで、ゲル(Promega社製,「Wizard SV PCR and Gel Clean−Up System」)を使ってPCR産物を精製し、ベクター(Agilent Technologies社製,「pBluescript II SK (+)」)のEco RV認識部位にライゲーションした。DNA配列を、遺伝子解析器(Applied Biosystems社製,「3500Genetic Analyzer」)を使って決定した。得られた配列をアッセンブルし、シーケンスアセンブリソフトウェア(Genetyx社製,「ATGC and Genetyx」)を使って解析した。
得られたDNA配列に基づいて、以下の遺伝子特異的プライマーを設計した。
【0079】
R-ChHNL-1:5'-CTGACTGAAACCTTCGAATGCACCACTCG-3'(配列番号23)
R-ChHNL-2:5'-GGCATAATGAATCTTGTCGCCGTTTGGAAC-3'(配列番号24)
R-ChHNL-3:5'-TTTGGTAGTGGACCAGCGAGCAGGTTGCAC-3'(配列番号25)
R-ChHNL-4:5'-ATAATCCCTTTAAAGTTCAGGTGCAATTAG-3'(配列番号26)
R-ChHNL-5:5'-ATACCAACACATCAAACTTACCAAGCTTAG-3'(配列番号27)
R-ChHNL-6:5'-ATTATGGCTTACGATTTCGTCGGTGGTCC-3'(配列番号28)
【0080】
上記プライマーとDNAポリメラーゼ(東洋紡社製,「KOD plus neo」)を使い、PCRを行った。鋳型としては、SMART RACE cDNA Amplification Kitで作製した上記のcDNAを用いた。反応は、94℃で2分間の後、(i)98℃で10秒間および(ii)68℃で1分間のサイクルを35回繰返して行った。PCR産物は、ベクター(Agilent Technologies社製,「pBluescript II SK (+)」)にライゲーションし、配列を決定した。その他のプロトコールは、上記と同様にした。全長cDNA配列は、エラーを避けるため、18の独立したクローンを用いて決定した。
【0081】
得られたcDNAの塩基配列と推定アミノ酸配列を
図4に示す。
図4中、アスタリスクは終止コドンを示し、シグナルペプチドはイタリック体で記載しており、矢印はプライマーのアニーリングサイトを示し、アミノ酸残基の下線は決定されたアミノ酸配列を示す。以上のとおり、ヤンバルトサカヤスデ由来の(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼ(R−ChHNL)をコードするcDNAをクローニングした。推定アミノ酸配列は、Blastp searchでのいかなるタンパク質とも相同性を示さなかった。
【0082】
(4) 酵母系発現ベクターの構築
遺伝子特異的プライマーであるChHNL−4およびChHNL−5と、DNAポリメラーゼ(Agilent Technologies社製,「PfuUltra II fusion HS DNA polymerase」)を用い、cDNA全長を増幅した。PCRは、95℃で2分間の後、(i)95℃で20秒間、(ii)40℃で20秒間、(iii)72℃で1分間のサイクルを30回繰返し、最後に72℃で3分間反応させた。反応液を制限酵素(New England Biolabs社製,「Dpn I」)で、37℃で1時間処理した。DNA断片をゲルで精製し、ベクター(Stratagene社製,「pBluescript II SK (+)」)にライゲーションし、上記と同様に配列を決定した。
【0083】
成熟ChHNLをコードするcDNA断片をプラスミドベクターpPICZαA(Life technologies社)へ挿入するために、以下の制限酵素認識サイトを含むプライマーを設計した。
【0084】
XhoIkex2-mChuaHNL:5'-GCGCTCGAGAAAAGACTGACTTGTGATCAACTTCCC-3'(配列番号29)
ChuaHNLstop-XbaI:5'-CGCTCTAGATTAGTAAAAAGCAAAGCAACCGTGGGTTTC-3'(配列番号30)
【0085】
上記プライマーを用いて上記と同様にPCRを行い、得られたPCR複製物をベクター(Stratagene社製,「pBluescript II SK (+)」)にライゲーションして塩基配列を確認した後、挿入配列をプラスミドベクター(Life Technologies社製,「pPICZαA」)の制限酵素認識部位にライゲーションした。
【0086】
(5) 形質転換体の作製と組換え型R−ChHNLの精製
作製されたプラスミドベクターを、制限酵素SacIを用いて37℃で3〜4時間消化した。陽性の酵母クローンを得るため、EasySelect Pichia Expression Kit(Life technologies社)と、GS115系統のピキア・パストリス(Pichia pastoris)酵母を使用した。Pichiaコンピテント細胞の調製法は、Joan Lin−Cereghinoら,BioTechniques,38,pp.44−48(2005)の方法に従った。形質転換体をヒスチジン添加最少グリセロール培地で培養した後、タンパク質の発現を誘導するために、さらにヒスチジン添加最少メタノール(0.5%)培地4L中、30℃で4日間培養した。
【0087】
培地をタンジェントフォロー・フィルトレーションシステムで濃縮し、陰イオン交換樹脂カラム(DEAE−TOYOPEARL(登録商標)−650M,カラム体積:25mL)に添加した。非吸着画分を疎水性相互作用クロマトグラフィ(Butyl−TOYOPEARL(登録商標)−650M)で分離し、さらにSuperdex 10/300GLでR−ChHNLを精製した。
【0088】
実施例4: R−ChHNLの基質
R−ChNHLの基質を、シアノヒドリン合成反応によりスクリーニングした。R−ChNHLの基質を決定するために、酵素試料として強陰イオン交換カラム画分(25μL,表1)を2.5U用い、ブランクとしては、酵素試料の代わりに再蒸留水を用いた。300μmolのクエン酸ナトリウム緩衝液(pH4.2)、酵素試料、50mMのカルボニル化合物および100mMのKCNを混合し(総量:1mL)、25℃で5分間反応させた。結果は、検出波長を254nmとするOJ−Hキラルカラムを用いたHPLCでモニターし、反応生成物を検出することにより活性の有無を決定した。
【0089】
但し、ベンズアルデヒド以外の芳香族被検化合物は、50mM DMSO溶液(4μL)として反応させた。被検化合物4−ブロモベンズアルデヒドのための抽出溶媒は、n−へキサン:2−プロパノール=19:1の混合溶媒を用いた。被検化合物が水に溶解しない場合には、30℃、1000〜1500rpmで撹拌した。また、脂肪族の被検化合物の場合、反応時間を2時間とした。反応後、反応液400μLにジイソプロピルエーテル600μLを加え、激しく撹拌し、16000gで5分間遠心分離した。上清400μLに、無水酢酸20μL、ピリジン10μL、4−ジメチルアミノピリジン2〜3mgを加え、37℃で一晩反応させた。引き続き、シアノヒドリン化合物と4−ジメチルアミノピリジンの気化のため、60℃で2〜4時間反応させた。さらに水100μLとエチルアセテート400μLを加え、遠心後、上清150μLを試料とした(Effenberger,Stelzer,Tetrahedron: Asymmetry,6,pp.283−286(1995)を参照)。生成化合物の検出には、Supelco β−Dex 325カラムを接続したガスクロマトグラフィ(Shimadzu社製「GC−2014」)を用い、キャリアガスとしてはヘリウムを使用した。活性が認められた化合物を表2に示す。
【0090】
【表2】
【0091】
表2に示す結果のとおり、R−ChNHLは、一般的な天然NHLが基質とするベンズアルデヒドのみならず、様々なカルボニル化合物を基質とすることが明らかとなった。
【0092】
実施例5: R−ChHNLの動力学的分析
基質として様々なアルデヒド化合物またはマンデロニトリルのラセミ体を用い、上記と同様の条件で酵素反応を行った。但し、基質としてベンズアルデヒドを用いた場合には、反応条件をpH5.2で且つ22℃、またはpH5.8で且つ35℃とした。基質として様々な濃度のベンズアルデヒドを使い、酵素活性測定はそれぞれ3回行い、その平均値を算出して基質飽和曲線を作成し、V
max、K
mおよびk
catの値を求めるためHanes−Woolfプロットした。結果を表3に示す。なお、表3中の「S.A.」は比活性であり、相対比活性は、基質としてベンズアルデヒドを用いてpH5.2,22℃で反応させた場合に対する比活性である。また、基質としてマンデロニトリルラセミ体を用いた場合は分解反応になるので、比活性は算出できない。
【0093】
【表3】
【0094】
表3に示す結果のとおり、R−ChNHLは、これまで知られているHNLに比べても、補酵素としてFADを利用しないにもかかわらず最も高いk
cat/K
m値を示した。
【0095】
実施例6: R−ChHNLの温度およびpHに対する安定性
上記実施例1で得た天然型R−ChHNLまたは上記実施例3で得た組換え型R−ChHNLについて、最終濃度400mMのクエン酸塩緩衝液と基質としてベンズアルデヒドを用い、上記と同様の酵素反応条件により温度とpHに対する安定性を試験した。温度による安定性は、pH7.0の反応液中、0〜70℃の温度範囲で1時間反応させることにより測定した。また、反応温度を20℃に設定し、pHを3〜11に変更して同様に反応を行った。この際、pH3〜8ではクエン酸−リン酸緩衝液を用い、pH8〜11ではグリシン−NaOH緩衝液を用いた。酵素活性は、Dadashipourら(2011)に記載の方法に従って測定した。天然型R−ChHNLの反応pHと比活性および残存活性との関係をそれぞれ
図5(A)と
図5(B)に示し、反応温度と比活性および残存活性との関係をそれぞれ
図6(A)と
図6(B)に示す。また、両R−ChHNLの反応温度および反応pHと残存活性との関係をそれぞれ
図7(A)と
図7(B)に示す。
【0096】
図5のとおり、天然由来R−ChHNLはpH5.8で最大活性を示し、pH4でも最大活性値の約10%の活性を示す。この至適pHは、他の植物由来HNLの至適pHである5.1より高い。また、
図5(B)のとおり、天然由来R−ChHNLは広いpH範囲において安定性を示すことが分かる。
【0097】
また、
図5のとおり、天然由来R−ChHNLは、0〜70℃という広い温度範囲で活性を示し、35℃が至適温度であり、60℃以下で高い活性を示すことが明らかとなった。なお、既知の植物由来HNLの中で最も安定なのは、アーモンド由来のHNLであり、60℃で1時間保持しても安定であると記載されている(Woker,Rら,Methods Enzymol.,228,pp.584−590(1994);Jansen,I.ら,Biotechnol.Appl.Biochem.,15,pp.90−99(1992))。しかし、最も安定なアーモンド由来のHNLでも、75℃では30分間で完全に失活する。それに対して本発明に係るR−ChHNLの活性は、
図5のとおり60℃では1時間超の保持でも維持されることが予想され、75℃で1時間保持しても20%の活性が維持されている。このように本発明に係るR−ChHNLは、既知のHNLに比べて安定性が高いといえる。
【0098】
さらに、
図6のとおり、組換え型R−ChHNLは、天然由来R−ChHNLほどpHや温度に対して安定ではないものの、一般的な酵素に比べれば十分に高い安定性を有することが示された。
【0099】
実施例6: R−ChHNLの活性阻害剤の検討
R−ChHNLについて、活性阻害剤につき実験した。上記と同様の酵素反応条件において、実施例1で得た天然由来R−ChHNLを用い、1mMまたは0.1mMの濃度の被検化合物を反応液に加え、10mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)中、20℃で60分間反応を行った。残存活性を3回測定した。その平均値を表4に示す。
【0100】
【表4】
【0101】
表4に示す結果のとおり、試験した被検化合物のうち、阻害活性を示すものはわずかしかなかった。例えばスルフヒドリル試薬であるヨード酢酸とヨードアセトアミドは、10mMまで濃度を上げた場合にR−ChHNLの活性を阻害した。同じ傾向は、有名なセリンプロテアーゼ阻害剤であるPMSFでも認められた。チオシアン酸アンモニウムは、トウダイグサ科植物であるパラキノゴムおよびバリオスペルマムに由来するS−HNLを強く阻害するが、本発明に係るR−ChHNLは阻害しなかった。金属の中では、水銀イオンと銀イオンが30〜40%の阻害活性を示したのみであった。以上の結果のとおり、本発明に係るR−ChHNLは、従来酵素に対する様々な活性阻害剤の存在下でも安定した活性を示すことが明らかとなった。